(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6236005
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】バイオテクノロジー生産におけるラマン分光法を用いたマイコプラズマ汚染の識別
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20171113BHJP
【FI】
G01N21/65
【請求項の数】16
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-528533(P2014-528533)
(86)(22)【出願日】2012年8月29日
(65)【公表番号】特表2014-525581(P2014-525581A)
(43)【公表日】2014年9月29日
(86)【国際出願番号】US2012052777
(87)【国際公開番号】WO2013033148
(87)【国際公開日】20130307
【審査請求日】2015年7月30日
(31)【優先権主張番号】61/528,849
(32)【優先日】2011年8月30日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】591072086
【氏名又は名称】バテル メモリアル インスティチュート
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100174001
【弁理士】
【氏名又は名称】結城 仁美
(74)【代理人】
【識別番号】100181272
【弁理士】
【氏名又は名称】神 紘一郎
(72)【発明者】
【氏名】アンドリュー ピー バートコ
【審査官】
吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】
特表2010−509601(JP,A)
【文献】
特開2005−140794(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0241357(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0178067(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/65
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のマイコプラズマ検出を含む製造方法であって,
試料を製造応用に用いられる培養細胞から収集するステップと,
処理装置により分光計を制御し,試料内の標的体積のラマンスペクトルを収集し,興味の対象である既知の細胞株の単細胞のラマンスペクトルを収集するステップと,
一意的に前記既知の細胞株と関連する照合スペクトルを取得するステップであって,その際取得された前記照合スペクトルは,マイコプラズマそのもの,マイコプラズマ汚染された細胞株及び純粋な細胞株の計測スペクトルを含むステップと,
前記照合スペクトルを,処理デバイスを使用して収集されたスペクトルと比較するステップと,
前記照合スペクトルと前記収集されたスペクトルとの比較に基づき,前記収集されたスペクトル内の少なくとも1つの異常な分子組成の有無を識別するステップと,
前記収集されたスペクトル内で少なくとも1つの異常な分子組成が識別された場合に,前記収集されたラマンスペクトル中のマイコプラズマ検出の有無に関する表示を提供するステップと,
前記収集されたラマンスペクトル中にマイコプラズマが検出された場合に前記製造応用を停止するステップと,
を備える,試料中のマイコプラズマ検出方法。
【請求項2】
前記標的体積の,チャイニーズハムスター卵巣細胞株及び大腸菌株のうち選択されたいずれか1つからの細胞含有の有無を識別するステップを更に備える,請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記照合スペクトルを前記収集されたスペクトルと比較する際に,前記照合スペクトルと前記収集されたスペクトルとの間の差異として,処理デバイスで差異スペクトルを算出するステップを備える,請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記照合スペクトルと前記収集されたスペクトルとの比較に基づき,前記収集されたスペクトル内の少なくとも1つの異常な分子組成の有無を識別するステップは,前記差異スペクトルの分析に基づき異常な分子を識別するステップを備える,請求項3に記載の方法。
【請求項5】
製造応用によって用いられる培養細胞から試料を収集するステップは,組換プロセスに用いられる培養細胞の単細胞株としての前記試料を収集するステップを含有する,請求項1に記載の方法。
【請求項6】
処理装置により分光計を制御しラマンスペクトルを収集するステップは,前記収集された試料内の単細胞の含有物を,完全な状態でテストすべく十分なスペクトル成分を含有するラマンスペクトルを収集するステップを含有する,請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記収集されたラマンスペクトルは,ラマンスペクトルを収集すべく使用されたレーザにより照射される単細胞の,全ての分子材料の重複像である,請求項1に記載の方法。
【請求項8】
請求項1に記載の方法であって,
興味の対象である前記試料をスキャンし,少なくとも1つの標的体積をマイコプラズマの潜在的宿主として識別するステップであって,その際前記標的体積は興味の対象である既知の細胞株に帰属すると識別されるステップと,
前記標的体積がマイコプラズマの潜在的宿主であると決定されると,前記標的体積を評価するステップと
を更に備える方法であって,前記評価するステップは,
試料内の標的体積のラマンスペクトルを収集するステップであって,その際前記標的体積は興味の対象である既知の細胞株を含有するステップと,
一意的に前記既知の細胞株と関連する照合スペクトルを取得するステップであって,その際取得された前記照合スペクトルは,マイコプラズマ汚染が存在しないことが既知であるステップと,
前記照合スペクトルを,処理デバイスを使用して収集されたスペクトルと比較するステップと,
前記照合スペクトルと前記収集されたスペクトルとの比較に基づき,前記収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無を識別するステップと,
前記収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無に関する識別に基づき,前記収集されたラマンスペクトル中のマイコプラズマ検出の有無に関する表示を提供するステップとにより評価される方法。
【請求項9】
製造応用においてマイコプラズマ汚染された細胞の検出システムであって,
製造応用に用いられる培養細胞から試料を収集する収集部と,
興味の対象である既知の細胞株の単細胞のラマンスペクトルを収集すべく,試料領域内の標的体積に対してレーザを向けるよう制御されたラマン分光計を作動する光学撮像システムと,
前記光学撮像システムに接続された処理装置とを備えるシステムにおいて,
前記処理装置は
前記ラマンスペクトルを受信するよう構成され,
一意的に既知の細胞株と関連し,マイコプラズマそのもの,マイコプラズマ汚染された細胞株及び純粋な細胞株の計測スペクトルを含む照合スペクトルにアクセスし,
前記照合スペクトルを収集されたスペクトルと比較し,
前記照合スペクトルと前記収集されたスペクトルとの比較に基づき,前記収集されたスペクトル内の少なくとも1つの異常な分子組成の有無を識別し,
前記収集されたスペクトル内の少なくとも1つの異常な分子組成の有無に関する識別に基づき,前記収集されたラマンスペクトル中のマイコプラズマ検出の有無に関する表示を提供するよう更に構成され,
前記収集されたラマンスペクトル中にマイコプラズマが検出された場合に前記製造応用を停止するシステム。
【請求項10】
前記光学撮像システムは前記処理装置により制御され,興味の対象である前記既知の細胞株の細胞含有を疑われる標的体積を位置付けすべく,前記試料領域をスキャンする,請求項9に記載のシステム。
【請求項11】
前記処理装置は,前記標的体積の,チャイニーズハムスター卵巣細胞株及び大腸菌株のうち選択されたいずれか1つからの細胞含有の有無を識別するよう更に構成される,請求項9に記載のシステム。
【請求項12】
前記処理装置は,前記照合スペクトルと前記収集されたスペクトルとの間の差異として差異スペクトルを算出することで,前記照合スペクトルを前記収集されたスペクトルと比較する,請求項9に記載のシステム。
【請求項13】
前記処理装置は,前記照合スペクトルと前記収集されたスペクトルとの比較に基づき,前記収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無を,前記差異スペクトルの分析に基づき異常な分子を識別するステップにより識別する,請求項12に記載のシステム。
【請求項14】
前記製造応用を停止するステップは,アラーム発信及びメッセージ発信の少なくとも1つを含むイベントを引き起こすステップを含有する,請求項1に記載の方法。
【請求項15】
製造応用により用いられる培養細胞から試料を収集するステップは,バクテリア内で材料を改造する組換技術を使用するバイオプロセス製造応用により用いられる培養細胞から前記試料を収集するステップを含有する,請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記処理装置は,アラーム発信及びメッセージ発信の少なくとも1つを含むイベントを引き起こすことにより前記バイオプロセスを停止するプログラムコードを更に実行する,請求項9に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマイコプラズマの検出に関し,より詳しくは,バイオテクノロジー生産においてマイコプラズマ汚染されていない細胞と汚染されている細胞とを区別するため,及び/又はさもなければ識別するためのラマン分光法の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
最新のバイオプロセス製造応用の数多くは細胞培養システムを使用している。例えば従来のバイオプロセスにおいては,培養細胞は微生物中の生化学的反応を触媒し,微生物の細胞組成を生成するために使用できる。制御環境における一連の反応の後,培養細胞は化学的に反応物質を最終製品へと変化させる。
【0003】
残念ながら細胞培養システムがマイコプラズマ汚染されることは,こうしたバイオプロセス製造応用にとり有害である。マイコプラズマは細胞壁を欠損している代わりに,自らの形質膜を維持するためにホストに寄生し,栄養を得るために自らの宿主の細胞壁に固着する。このようにマイコプラズマは非常に小さく,検出及びフィルタによる除去が困難である。更にマイコプラズマは,宿主細胞において例えば細胞の成長,細胞代謝といった予想外の逸脱を引き起こす可能性がある。その結果,培養細胞が汚染され,培養細胞からの生産製品が歪み,培養細胞の有用性が破壊される可能性がある。
【発明の概要】
【0004】
本発明の多様な態様に従い,試料中のマイコプラズマは,関心の対象である試料内の標的体積のラマンスペクトルを収集することにより検出される。この際,標的体積は既知の被検査細胞株を含有する。更に試料中のマイコプラズマは,照合スペクトルを取得することにより検出される。照合スペクトルは一意的に既知の細胞株と関連しており,取得された照合スペクトルはマイコプラズマ汚染が存在しないことが既知である。また更に試料中のマイコプラズマは,処理デバイスを使用して照合スペクトルと収集されたスペクトルとを比較し,照合スペクトルと収集されたスペクトルとのこの比較に基づき,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無が識別され,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無に関するこの識別に基づき,収集されたラマンスペクトル中のマイコプラズマ検出の有無に関する表示を提供することにより検出される。
【0005】
例えば,標的体積がチャイニーズハムスター卵巣細胞株又は大腸菌株といった既知の細胞株に帰属すると識別されると,標的体積は潜在的な宿主体積であると識別できる。この点に関して,照合スペクトルを収集されたスペクトルと比較する際に,チャイニーズハムスター卵巣細胞株又は大腸菌株のスペクトルといった照合スペクトルと収集されたスペクトルとの間の差異として,処理デバイスで差異スペクトルを算出するステップを備えることが可能である。更に,収集されたラマンスペクトルは,例えば単細胞の標的体積の含有物を,少なくとも実質的に完全な状態でテストすべく十分なスペクトル成分を含有するよう計測可能である。
【0006】
本発明の更なる態様に従い,マイコプラズマ汚染された細胞の検出システムは光学撮像システム及び処理装置を備える。光学撮像システムは,興味の対象である既知の細胞株の単細胞のラマンスペクトルを収集すべく,試料領域内の標的体積に対してレーザを向けるよう制御されたラマン分光計を作動する。処理装置は光学撮像システムに接続され,ラマンスペクトルを受信し,マイコプラズマ不在が既知であるスペクトルにより,興味の対象である既知の細胞株を描写する照合スペクトルにアクセスし,照合スペクトルを収集されたスペクトルと比較するよう構成される。更に処理装置は,照合スペクトルと収集されたスペクトルとの比較に基づき,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無を識別し,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無に関する識別に基づき,収集されたラマンスペクトル中のマイコプラズマ検出の有無に関する表示を提供するよう構成される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明の多様な態様に従うラマン分光法システムの概略図である。
【
図2】例えば
図1のラマンシステムから収集可能なラマンスペクトルデータを処理する処理デバイスのブロック図である。
【
図3】本発明の多様な態様に従うマイコプラズマ検出方法のブロック図である。
【
図4】本発明の多様な態様に従い,例示試料のマイコプラズマ検出を示す例示的スペクトルのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
多くのバイオプロセスは細胞培養を使用している。例えばバイオプロセスにおいては,組換蛋白質薬剤の工業生産のために宿主細胞を使用することが可能である。例証として挙げれば,薬剤生産分野のバイオテクノロジーは,大腸菌等のバクテリア内で材料を改造し,ヒトインスリンを製造するために組換技術を使用する。更に,多様な他の細胞株が,多くの新薬の生合成用テンプレートを含有し,テンプレートとして機能するために使用されている。しかしながら,細胞株が汚染されると組換プロセスは正しい治療材料又は薬剤を産しない。
【0009】
マイコプラズマは一般的であり,上述のようなバイオプロセス製造応用において,汚染の診断が困難である。例えばマイコプラズマは,微生物中の生化学反応を触媒するために使用されている細胞培養を汚染し,破壊することがある。更に,マイコプラズマは細胞へのダメージを明確に示さずに長期間存続可能であるため,マイコプラズマ汚染の初期検出は,挑戦と言えるほどに困難である。このようにマイコプラズマは,組換蛋白質薬剤の工業生産に宿主細胞を使用するバイオプロセスを含む工業的バイオプロセスにとり,特に有害なのである。
【0010】
マイコプラズマは自身の細胞壁を持たず,生き残るために宿主細胞との関係性に依存する。マイコプラズマは他の細胞内に存在しているため,ELISA法(抗原に基づく酵素結合免疫吸着測定法)又は抗原抗体検出システム等の科学的方法をもってしても,汚染の検出が困難である。
【0011】
大腸菌に加え,マイコプラズマに汚染されやすい他の細胞株としてチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO)株が挙げられ,この細胞株は複雑な蛋白質製薬剤を製造するバイオプロセスにおいて広く使用されている。宿主CHO細胞は非常に効率的に組換蛋白質を発現し,バイオテクノロジー産業においては,大腸菌に対する哺乳類の類似体となる。CHO細胞の発現が最適化されると,CHO細胞は薬剤製造に必要とされる非常に高レベルの蛋白質を産する。
【0012】
本発明の態様に従いラマン分光法は,バイオテクノロジー生産又は研究応用において,マイコプラズマ汚染を免れている(マイコプラズマ汚染されていない)宿主細胞をマイコプラズマ汚染されている細胞と区別するため,及び/又はさもなければ識別するために使用される。マイコプラズマを検出することにより,試料のテストにより,製品が汚染されていると示された場合には処理の停止が可能となり,数週間にわたる潜在的な処理時間及び高価な試薬を節約できる。
【0013】
図のうち特に
図1を参照されたい。
図1は,ラマンシステムを明確に図示するための概略図である。細胞培養におけるマイコプラズマの検出は,ラマン分光計を作動する光学撮像システム10を使用した本発明の多様な態様により達成可能である。より詳しく述べると,光学撮像システムはラマン分光計を作動し,ラマン分光計は,興味の対象である既知の細胞株の単細胞のラマンスペクトルを収集すべく,試料領域内の標的体積に対してレーザを向けるよう処理装置に制御される。この詳細について以下に述べる。
【0014】
図示において,光学撮像システム10は一般的に光源12,光学系14及び少なくとも1つの画像出力装置16を備える。図示の例において光源12は,狭いスペクトルバンド幅を有するレーザビーム18を生成可能な高強度レーザを備える。光学系14は,1つ以上の光学部品を備える。これら光学部品は,レンズ,反射面,及び/又はレーザビーム18を試料領域20に向けるために必要とされる他の光学装置である。例えば図示においては,レーザビーム18は第1光学機器22を通過する。第1光学機器22は,例えば1つ以上の光学レンズ,及び/又はレーザビーム18をロングパスのダイクロイックミラー等である光学装置24に向ける反射面である。図示のように,レーザビーム18は実線矢印で概略的に示された第1光路に沿い,光学機器22を通過する。
【0015】
レーザビーム18からの光は,第2光路に沿って光学装置24に反射され,光学装置24から対物レンズ26に向かう矢印として概略的に示されるように,対物レンズ26を通過する。対物レンズ26は,レーザビーム18を試料領域20内の試料表面に集束すべく機能する。例えば本発明の多様な態様に従い,対物レンズ26を,試料領域20内に位置する単細胞表面にレーザビーム18を集束すべく使用することも可能であり,この詳細について以下に述べる。
【0016】
本発明の多様な態様に従い,試料領域20は例えば培養細胞から収集されるか又は精査領域20A表面,例えば試料領域内の試料基板に配置された試料を含む。しかし,いかなる所望のサンプリング及び/又は試料調整技術でも,精査に適した試料を収集するために使用可能である。サンプリング技術の如何を問わず,試料領域20の精査領域20A中に収集された試料の標的体積は光源12に照射される。
【0017】
散乱光及び分散光は試料領域20から収集され,戻って対物レンズ26を通過し,一般的に第2光路と反対方向である第3光路に沿う。この点に関して,レーザ光と試料領域20中に収集された試料との相互作用は光のラマン散乱に至り,この光のラマン散乱は光源12からの波長において変位する。このように,第3光路に沿って方向づけられた光は,ラマン散乱に起因する非弾性散乱光子を含有する。非弾性散乱光子は,第3光路に沿って,対物レンズ26から光学装置24に向かう二重鎖線矢印により概略的に図示され,レーザ波長での光(対物レンズ26から光学装置24に向かう実線矢印)からラマン散乱を明確に区別する。
【0018】
第3光路に沿った光は光学装置24により,第3光路に平行し,光学装置24とフィルタ装置28との間に図示された第4光路に沿うよう向きを変えられる。これと類似して,第4光路に沿う非弾性散乱光子は,二重鎖線矢印により概略的に図示され,レーザ波長での光(実線矢印)から明確に区別される。
【0019】
第4光路に沿って向きを変えられた非弾性散乱光子は,例えばロングパスフィルタ又はバンドパスフィルタ等である,少なくとも1つの適切なフィルタ装置28を使用し,弾性入射光子から分離され,非弾性散乱光子は分光計30及び処理デバイス32に至る。処理デバイス32は,詳細に上述したように1つ以上のフィルタを作動する。このように,非弾性散乱光子を示す二重鎖線矢印のみが(レーザ波長での光に対応する実線矢印でなく),フィルタ装置28から分光計30へ通過する様子が概略的に図示される。
【0020】
非制限的である図示の実施形態において,分光計30は分光計の回折格子を備えることが可能であり,回折格子はフィルタ光を,例えば二次元的な電荷結合素子(CCD)である画像出力装置16に送る。この際,回折格子を出る光の角度において発散が生じ,異なる波長の光が,精査中の粒子のラマンスペクトルを描写するスペクトルデータを捕らえるCCDに到達する。従って,画像出力装置16は非弾性散乱光子を受信し,試料基板上で精査されている試料に関する情報を出力する。
【0021】
光学出力装置16のCCDから収集されたラマンスペクトルは,処理デバイス32により収集される。処理デバイス32の分析エンジン36は収集されたスペクトルを分析し,収集されたスペクトルが,テストされた試料中にマイコプラズマの存在を示唆しているかどうか決定する。
【0022】
本発明の態様に従い,処理装置はラマンスペクトルを受信するよう構成される。更に処理装置は照合スペクトルにアクセスし,照合スペクトルはマイコプラズマが存在しないことが既知であるスペクトルによって,興味の対象である既知の細胞株を描写する。また更に処理装置は,照合スペクトルを収集されたスペクトルと比較し,照合スペクトルと収集されたスペクトルとの比較に基づき,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無を識別し,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無に関するこの識別に基づき,収集されたスペクトル内のマイコプラズマ検出の有無に関する表示を提供するよう構成される。
【0023】
図示の実施形態において,光学撮像システムは処理装置により制御され,興味の対象である既知の細胞株の細胞含有を疑われる標的体積を位置付けすべく,試料領域をスキャンする。例えば処理装置は,標的体積の,チャイニーズハムスター卵巣細胞株及び大腸菌株のうち選択されたいずれか1つからの細胞含有の有無を識別する。
【0024】
上述の実施形態の図示の例のように,処理デバイス32はレーザ源12の向きを制御し,対物レンズ26により,試料領域20の精査領域20A内の単細胞表面に集束されるビーム18を放射する。処理デバイス32はその後,試料領域を所定の目標位置で精査し,分析エンジンにより精査データを作成し,より詳細に上述したように,標的精査細胞がマイコプラズマ汚染の特徴を明示するか否か決定する。
【0025】
更なる図示例の実施形態においては,処理デバイス32の処理装置は,試料領域20の精査領域20Aを広範囲に精査する。処理デバイスはその後,より詳細な精査を目指し,精査された領域内から1つ以上の特定の細胞を選択する。処理デバイス32はその後,対物レンズ26により試料領域20の精査領域20A内の選択された標的単細胞表面に集束されるビーム18を放射するよう,レーザ源12を指示する。処理デバイス32はその後,試料領域を所定の目標位置で精査し,精査データを作成する。
【0026】
分析エンジン36は,特定の標的スペクトルを評価し,標的精査細胞がマイコプラズマ汚染の特徴を明示するか否か決定する。例えば,図示の実施形態において処理装置は,照合スペクトルと収集スペクトルとの間の差異として差異スペクトルを算出することで,照合スペクトルを収集されたスペクトルと比較する。更に処理装置は,照合スペクトルと収集されたスペクトルとの比較に基づき,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無を,差異スペクトルの分析に基づき異常な分子を識別することにより識別する。処理デバイス32は,マイコプラズマ検出の有無に関するアラーム又はメッセージを任意で発信可能である。
【0027】
この点に関して,他の光学系の構成は本発明の精神と範囲内において実行可能である。例えば,光学系14はフィルタ,ビームスプリッタ,レンズ,ミラー等の多様な組合せを使用可能であり,光学出力装置16はラマン処理に適した代替の構成でも実行可能である。更に,処理デバイス32は一般的な精査のために第1光学装置を,試料領域等内の特定細胞の標的導入に第2光学装置を使用できる。また更に他の標的導入及び/又は選択のためのアプローチも,ラマン分析用の試料領域20を識別するために使用可能である。
【0028】
更にラマン分光法は,Blackらによる2009年5月12日発行の米国特許第7,532,314号明細書「生物学的及び化学的検出のためのシステム及び方法(Systems and Methods for Biological and Chemical Detection)」が提示するいかなるシステム及び/又はプロセスをも使用して適用可能であり,この明細書の開示する内容は,その全体を参照することにより本明細書中に織り込み済みである。
【0029】
図2を参照すると,処理デバイス32の例示的な実施形態のブロック図は,本発明の多様な実施形態に従って示される。処理デバイス32は1つ以上のプロセッサー42を備え,プロセッサー42はシステムバス44に接続する。又システムバス44へは,メモリ46,コンピュータで使用可能な媒体48,及び1つ以上の入力/出力デバイス50も接続する。コンピュータで使用可能な媒体48は,コンピュータで使用可能なプログラムコードを具現化しており,このプログラムコードはプロセッサー42により実行され,例えば分析エンジン36,及び/又は詳細に上述したマイコプラズマ検出方法のいかなる態様をも作動する。
【0030】
処理デバイス32のアーキテクチャ及び特徴は図示されているが,これに制限されるものではない。この点に関して,処理デバイス32は
図2に関連する記載に対して代替のアーキテクチャ及び/又は特徴を備えることができる。更に,処理デバイス32は物理的に光学装置16に接続する必要はない。むしろ,光学撮像システム10が処理デバイス32によるその後の処理のために蓄積されるデータを収集可能であれば,処理デバイス32がより詳細に上述されたフィルタを作動可能である限り,処理デバイス32が光学撮像システム10に統合されるか,オフライン,オフサイト又は他の構成で配置されるかは問題ではない。
【0031】
組換技術はバクテリア内の材料を改造するために使用可能である。この点に関して,多様な細胞株が,多くの製品の生合成用テンプレートを含有し,テンプレートとして機能するために使用されている。しかしながら,細胞株が汚染されると組換プロセスは正しい治療材料又は薬剤を産しない。しかし本発明の態様により,マイコプラズマ汚染されていない細胞をマイコプラズマ汚染されている細胞から識別する方法が提供されるのである。
【0032】
図3を参照すると,試料中のマイコプラズマ検出方法60が提供される。方法は,62において試料内の標的体積のラマンスペクトルを収集するステップを含み,その際標的体積は,興味の対象である既知の細胞株を含有する。例えば標的体積は,
図1の光学撮像システム10中の試料領域20の精査領域20A内に位置する細胞を含有可能である。図示によれば,方法60は,チャイニーズハムスター卵巣細胞株又は大腸菌細胞株のような感受性細胞株を含有するバイオプロセス中の培養株を検査するために使用可能であり,収集されたラマンスペクトルが対応する既知の細胞株の単細胞を好適に標的導入するかどうかには係らない。
【0033】
更に方法は64において,一意的に既知の細胞株と関連する照合スペクトルを取得するステップを含み,その際取得されたスペクトルは,マイコプラズマ汚染が存在しないことが既知である。図示の例において既知のスペクトルは,マイコプラズマそのもの,汚染された細胞株及び純粋な細胞株の各スペクトルを計測することで収集される。
【0034】
スペクトルを収集すべく使用されるラマンシステムに対し,興味の対象である試料をスキャンし,少なくとも1つの標的体積をマイコプラズマの潜在的宿主として識別するよう要求することが可能であり,その際標的体積は興味の対象である既知の細胞株に帰属すると識別される。さもなければ代替的に,ラマンシステムは試料領域全体を評価し,興味の対象である細胞株からの細胞を含有する標的体積を位置付け,識別する。従って方法は,興味の対象である試料内の標的体積のラマンスペクトルを収集し,標的体積が既知の細胞株,例えばチャイニーズハムスター卵巣細胞株又は大腸菌株が例として挙げられるが,こうした既知の細胞株に帰属すると識別されると,標的体積をマイコプラズマの潜在的宿主として識別することが可能である。
【0035】
更に方法は66において,64の照合スペクトルを収集されたスペクトルと比較するステップを含む。例示的な実施形態において,照合スペクトルは処理デバイス32を使用して,より詳しくは
図1の分析エンジン36を使用して収集されたスペクトルと比較される。特に照合スペクトルは,例えば処理デバイス32及び/又は分析エンジン36により照合スペクトルと収集されたスペクトルとの間の差異として差異スペクトルを算出することにより,収集されたスペクトルと比較される。
【0036】
また方法は,照合スペクトルと収集されたスペクトルとの比較に基づき,68において,収集されたスペクトル内の未知の又は異常な分子組成の有無を識別するステップと,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無に関する識別に基づき,70において,収集されたラマンスペクトル中のマイコプラズマ検出の有無に関する表示を提供するステップとを含む。この点に関して,ラマン分光法はマイコプラズマ汚染されていない宿主細胞をマイコプラズマ汚染されている細胞から識別するために使用される。その結果,汚染されたプロセスは停止可能となり,従って数週間にわたる潜在的な処理時間が節約可能である。
【0037】
例示的な実施形態においては,収集されたラマンスペクトル中のマイコプラズマ検出の有無に関する表示は,収集されたスペクトル内の異常な分子組成の有無に関するこの識別に基づく。異常な分子組成は,収集されたスペクトルと照合スペクトルとの間で算出された差異スペクトルの分析に基づいて異常な分子を識別することにより識別可能である。
【0038】
本発明の多様な態様に従い,ラマン分光法が発展させられ,バクテリア識別のために使用される。識別は現象的なものであり,細胞の蛋白質性成分を示す,非常に複雑なスペクトルプロフィールを産する。この点に関して,純粋であることが既知な細胞と汚染された細胞との間には,スペクトルの差異が存在する。しかしながら,例えば
図1のシステム及び/又は
図3の方法を使用して試料を評価することで,汚染された細胞を早期に探知可能であり,従って数週間にわたる潜在的なバイオプロセスの時間及び費用が節約可能である。
【0039】
本発明の態様に従い,細胞の含有物全体がテストされる。例えば,ここで例示されたチャイニーズハムスター卵巣宿主細胞又は大腸菌宿主細胞内に寄生細胞が存在していると,ラマンスペクトルは汚染されていない細胞とは一意的に異なる様相を呈する。従って,ここで詳細に記述されたラマン分光法により,バイオテクノロジープロセスモニタリングに関して,初期診断技術が提供されるのである。
【0040】
図4を参照すると,例示的スペクトルが示される。図示のように,横座標軸に波数を,縦座標軸にラマン強度がとられる。差異測度は,ラマンスペクトルと反対側の軸にとられる。
図4に示すように,汚染された細胞と汚染されていない細胞との間に,僅かな差異が測定される。この点に関して,測定されたスペクトル情報は,検出された全ての分子材料,例えば
図1のレーザ源12のレーザビーム18に照射された全ての分子材料の重複像として描かれる。
【0041】
図示のバイオプロセス応用においては,チャイニーズハムスター卵巣細胞がテストされる。収集されたスペクトル情報は,線全体に間隔を空けて点を配置した線として図示される。汚染されていないと既知である線は実線の薄いグレーの実線で示され,収集されたスペクトルが重ねられる。培養された細胞株の独自性は既知であり,例えばチャイニーズハムスター卵巣宿主細胞のラマンスペクトル指標は既知であるか,又はさもなければ既定済みである。従って本発明の多様な態様に従い,差異スペクトル(既知のスペクトル-測定されたスペクトル)は,照射された体積(細胞)内に未知の又は異常な分子組成が存在することを示す。差異スペクトルは薄い実線で図示され,目盛は右端の縦軸上に示す。とりわけ,収集されたスペクトルが既知のスペクトルと合致すると,差異スペクトルは実質的に水平線となるであろう。しかしながら,多様なスペクトル位置における差異は,収集された試料内の異常な分子組成を示す。この差異シグナルを評価することにより,その差異シグナルに含まれた情報が,試料中のマイコプラズマの存在の有無に関する表示として機能する。
【0042】
本明細書中で使用された用語は,特定の実施形態についてのみ記載すべく使用されたものであり,本発明を限定するものではない。本明細書中では,特に内容が明確に単数形を示していない限り,単数形の冠詞「a, an, the」は同様に複数形を含むものとする。更に,本明細書中で使用された「備える(有する,含む)」及び/又は「備えている(有している,含んでいる)」の語句は,記載された特徴,整数,ステップ,オペレーション,成分及び/又は構成要素の存在を規定するが,1つ以上の他の特徴,整数,ステップ,オペレーション,成分,構成要素の存在又は追加,及び/又はそれらのグループの存在又は追加を除外していない,と理解されたい。
【0043】
本発明に関する記載は例示及び記載を目的としたものであるが,本発明を開示された形態に包括及び限定することを意図してはいない。当業者にとり,本発明の範囲及び精神から逸脱することなく多くの変更及び変形が可能であることは明白であろう。
【0044】
このように,本願発明については詳細に実施形態を参照して記述されたが,添付の請求項に記載された本発明の範囲から逸脱することなく,変更及び変形が可能であることは明白であろう。