(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6236030
(24)【登録日】2017年11月2日
(45)【発行日】2017年11月22日
(54)【発明の名称】低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法およびその製造方法により製造される鋼の使用
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20171113BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20171113BHJP
【FI】
C22C38/00 303Z
C22C38/58
【請求項の数】8
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2015-95126(P2015-95126)
(22)【出願日】2015年5月7日
(62)【分割の表示】特願2013-508527(P2013-508527)の分割
【原出願日】2011年4月18日
(65)【公開番号】特開2015-206118(P2015-206118A)
(43)【公開日】2015年11月19日
【審査請求日】2015年6月1日
(31)【優先権主張番号】20100196
(32)【優先日】2010年5月6日
(33)【優先権主張国】FI
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】591064047
【氏名又は名称】オウトクンプ オサケイティオ ユルキネン
【氏名又は名称原語表記】OUTOKUMPU OYJ
(74)【代理人】
【識別番号】100079991
【弁理士】
【氏名又は名称】香取 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】タロネン、 ユホ
(72)【発明者】
【氏名】コドゥクラ、 スレシュ
(72)【発明者】
【氏名】タウラブオリ、 テロ
【審査官】
鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−154890(JP,A)
【文献】
特開平03−002357(JP,A)
【文献】
特開昭53−106620(JP,A)
【文献】
特開昭48−031116(JP,A)
【文献】
特開昭47−003411(JP,A)
【文献】
特公昭51−000532(JP,B1)
【文献】
特開昭48−013215(JP,A)
【文献】
特公昭50−005971(JP,B1)
【文献】
特開昭52−024914(JP,A)
【文献】
特開昭54−038217(JP,A)
【文献】
特開昭57−108250(JP,A)
【文献】
特開2007−126688(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00− 6/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遅れ破壊に高い耐性を持つ低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、該鋼は、0.02〜0.15重量%の炭素と、0.1〜2重量%のケイ素と、7〜10重量%のマンガンと、14〜19重量%のクロムと、1〜2重量%のニッケルと、0.1〜3重量%の銅と、0.05〜0.35重量%の窒素と、残り部分として鉄および不可避な不純物とからなり、炭素と窒素の含有量の総計(C+N)の組合せおよび前記鋼の実験的に測定されたMd30温度を
点 Md30℃ C+N%
D -80 0.40
E -80 0.2
F -20 0.2
G -53 0.40
の点DEFGで規定された領域内に制御し、
鋼の深絞りの絞り比は少なくとも2.0であり遅れ破壊の起こらないことを特徴とする低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、該鋼は15〜17.5%のクロムを含有することを特徴とする低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載の低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、該鋼は0.1〜2.4%の銅を含有することを特徴とする低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、該鋼は次の、最大3%のモリブデン、最大0.5%のチタン、最大0.5%のニオブ、最大0.5%のタングステン、最大0.5%のバナジウム、最大50ppmのボロン、および/または最大0.05%のアルミニウムからなる群の少なくとも1つを含むことを特徴とする低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、降伏強度Rp0.2は260MPa以上であり、最大抗張力Rmは550MPa以上であることを特徴とする低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、破断伸度A80mm%は40%以上であることを特徴とする低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載の低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、耐孔食指数PREは17以上(PRE=%Cr+3.3%Mo+16%N)であることを特徴とする低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれかに記載の製造方法により製造された遅れ破壊に高い耐性を持つ低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼を使用して、深絞り、張り出し成形、曲げ、へら絞り、ハイドロフォーミング、および/またはロール成形の作業方法によって、あるいは該作業方法の組み合わせによって金属製品を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形性の高い低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法に関するものであり、本製造方法により製造される鋼は、現在市場に出回っている低ニッケル型オーステナイト系鋼の品種よりも遅れ破壊に対する耐性が高い。また、本発明は、本製造方法により製造される鋼を種々の作業方法によって製造される金属製品に使用することに関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルの価格変動が大きいため、低ニッケルおよびニッケルを含有しない、Cr-Ni合金オーステナイト系ステンレス鋼からなる代替物への関心が高まっている。以下において元素量について述べるときは、含有量の単位はとくに指定する場合を除いて重量%である。200シリーズのマンガン合金オーステナイト系ステンレス鋼は、通常、300シリーズのCr-Ni合金品種に比べて成形性が均一であり、そのほかの特性も同程度である。しかしながら、ほとんどのマンガン合金品種、とくに含有量が0%〜5%という低ニッケル含有品種は、遅れ破壊現象の影響を受けやすく、この現象によって難しい深絞り作業が必要となる用途での使用が阻まれてしまう。現在市販されている低ニッケルの品種に係る別の問題点は、クロム含有量を減らして、確実に完全なオーステナイト相の結晶構造にすることである。例えば、ニッケル量が約1%という低ニッケル品種には、一般にクロムは15%しか含まれていないため、耐食性が低下してしまう。
【0003】
ニッケル量の低いMn合金鋼の品種の1つに、AISI 204 (UNSS20400)という品種があり、これは銅(Cu)を用いて合金化した改良版として作成できる。規格にあった新しい銅合金材料は、米国ASTM規格A 240-09bおよびENの指定等級1.4597に則って、S20431と呼ばれている。これらの鋼は、浅い釜や鍋、その他の消費者製品といった屋内電気器具に広く使われている。しかしながら、現在利用可能な鋼は遅れ破壊の影響をかなり受けやすく、そのため、材料を深絞り加工する用途においては使用できない。
【0004】
これまでに、遅れ破壊に対する耐性を持たせるためにニッケル含有量を低減させたオーステナイト系ステンレス鋼の品種のいくつかが、提案されている。特許文献1には、遅れ破壊の影響を受けにくい不安定オーステナイト系ステンレス鋼が開示されていて、当該ステンレス鋼はCおよびNの含有量が少ないことを基本としている。ただし、当該ステンレス鋼では最低Ni含有量が6.5%と規定されているため、鋼の費用効果が弱い。
【0005】
特許文献2は、CおよびNの含有量を制限し、かつ鋼のオーステナイトの安定度を示すM
d30温度を調節することで遅れ破壊に耐性を持たせたオーステナイト系ステンレス鋼を開示している。しかしながら、該公報の鋼は最低6%のニッケルを含有しているため、費用効果がない。
【0006】
特許文献3は、ニッケルを低減させたオーステナイト系ステンレス鋼が開示していて、M
d30温度を調節して遅れ破壊に耐性を持たせている。ただし、このEP特許の鋼は最低3%のニッケルを含有しているため、鋼の費用効果が低い。
【0007】
また、費用効果を得るために、従来のCr-Ni合金鋼の品種に代わるものとして、数々の合金が提案されてきた。しかし、現存の合金はどれも、ニッケルの低含有量(1%)と遅れ破壊への高い耐性という組み合わせを備えていない。
【0008】
例えば、特許文献4は、ニッケルを1.5〜3.5%含有するオーステナイト系ステンレス鋼を開示している。この鋼はマンガンを9〜11%含有しているが、これが鋼の表面の品質および耐食性を損ねている。特許文献5は、ニッケルを1〜4%含むオーステナイト系ステンレス鋼を開示している。特許文献6は、最低8.06%のマンガンとわずか0.14%の窒素を含有するニッケルフリー型オーステナイト系ステンレス鋼を開示している。特許文献7は、ニッケルを少なくとも2.5%含んでいるオーステナイト系ステンレス鋼を開示しているため、最適な費用効果は示されていない。また、前述の鋼のいずれも、遅れ破壊に対する耐性を持たせるように設計されていず、難しい成形作業を施す必要のある用途での使用が制限されてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】英国特許第1419736号
【特許文献2】国際公開公報第WO95/06142号
【特許文献3】EP特許第2025770号
【特許文献4】EP特許第0694626号
【特許文献5】米国特許第6274084号
【特許文献6】米国特許第3893850号
【特許文献7】EP特許第0593158号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来技術における問題点を解消して、現在市場に出回っている低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼よりも遅れ破壊の影響を受けにくい低ニッケル型オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法を供することを目的とする。遅れ破壊への耐性は、オーステナイトの安定性と炭素および窒素の含有量の最適な組み合わせを示す、入念に設計した鋼の化学組成を取り入れることで確保できる。また、本発明は、遅れ破壊が起きることのある作業方法を用いて金属製品を製造する際に、本製造方法により製造される鋼を使用することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の基本的な特徴は、本願特許請求の範囲に記載する。
【0012】
本発明に係る製造方法により製造されるオーステナイト系ステンレス鋼の好適な化学組成は以下のとおりである(単位:重量パーセント)。
C :0.02〜0.15%
Si:0.1〜2%
Mn:7〜15%
Cr:14〜19%
Ni:0.1〜4%
Cu:0.1〜3%
N :0.05〜0.35%
残りの組成:鉄および不可避不純物
【0013】
本発明に係る製造方法により製造される鋼は、次の、3%までのモリブデン(Mo)、0.5%までのチタン(Ti)、0.5%までのニオブ(Nb)、0.5%までのタングステン(W)、0.5%までのバナジウム(V)、50ppmまでのボロン(B)、および/または0.05%までのアルミニウム(Al)、からなる群の少なくとも1つを任意で含んでいてもよい。
【0014】
本発明に係る鋼は、以下のような特徴を示す。
−降伏強度R
p0.2%は、260MPa以上である。
−最大抗張力R
mは、550MPa以上である。
−破断伸度A
80mm%は、40%以上である。
−耐孔食指数PREは、17以上である(PRE=%Cr+3.3%Mo+16%N)。
【0015】
本発明に係る製造方法により製造される鋼は、遅れ破壊が発生することなく、最大で、少なくとも2.0以上の絞り率を深絞りで達成できる。絞り率は、可変径を有する円形状ブランクの各径と、深絞り作業で使用する、径が一定であるパンチとの比率として設定する。本発明に係る製造方法により製造されるオーステナイト系ステンレス鋼は、深絞り、張り出し成形、曲げ、へら絞り、ハイドロフォーミング、および/またはロール成形などの作業方法によって、あるいはこれらの作業方法の組み合わせによって製造される金属製品の遅れ破壊に耐性を持たせるために使用する。
【0016】
本発明に係る製造方法により製造されるオーステナイト系ステンレス鋼の効果および元素の、重量パーセントで表した含有量は、以下のとおりである。
【0017】
炭素(C)は、オーステナイトを形成、安定化させる有用な元素であり、炭素によって高価な元素であるNi、Mn、およびCuの使用を少なくできる。炭素合金の上限は、鋼の耐食性を低下させる炭化物の析出の危険性に応じて決定する。そのため、炭素の含有量は0.15%未満、好ましくは0.12%未満、また最適には0.1%未満に限定するものとする。脱炭法を用いて炭素含有量を低量に抑えることは非経済的なので、炭素含有量が0.02%を下回らないようにする。炭素含有量を制限して低量にすると、別の高価なオーステナイト形成材または安定化材の必要性も高まってしまう。
【0018】
溶解工場で脱酸素を行うために、シリコン(Si)をステンレス鋼に加える。シリコンは0.1%未満にならないようにする。シリコンはフェライト形成成分なので、含有量は2%未満、好ましくは1%未満に抑える。
【0019】
マンガン(Mn)は本発明の鋼において重要な元素であり、オーステナイト相の結晶構造の安定化を確実にし、より高額なニッケルの使用を減らすことができる。また、マンガンは窒素が鋼に溶解する度合いを高めてくれる。なるべく少量のニッケル合金で、完全にオーステナイト系の十分安定した結晶構造を実現するには、マンガンの含有量を7%以上にしなければならない。マンガン含有量が多いと、鋼の脱炭工程が困難になり、その結果、鋼の表面品質が損なわれて、耐食性が低下してしまう。したがって、マンガンの含有量は、15%以下、望ましくは10%以下とする。
【0020】
クロム(Cr)は、鋼の耐食性の確保に係るものである。また、クロムはオーステナイト相の構造を安定させるため、遅れ破壊現象の防止に関して重要となる。そのため、クロムの含有量は少なくとも14%とする。このレベルから量を増加させていくことで、鋼の耐食性を向上できる。クロムはフェライト生成元素である。そのため、クロムの含有量が増えると、高額なオーステナイト生成材であるNi、Mn、Niの必要性が高まったり、実際的でないほど高い量のCおよびNが必要となったりする。したがって、クロムの含有量は、19%以下、好ましくは17.5%以下とする。
【0021】
ニッケル(Ni)は、強力なオーステナイト成形材料であり安定化材である。しかし、ニッケルは高価な元素であるため、本発明に係る鋼では費用効果を維持するために、ニッケル合金の使用上限を4%とする。好ましくは、費用効果をさらに向上させるために、ニッケル含有量を2%、適切には1.2%とする。ニッケル含有量をかなり低くすると、ほかのオーステナイトの成形元素や安定化元素と混合して実際的でないほど費用のかかる合金化を行わなければならないであろう。したがって、ニッケル含有量は好ましくは0.5%以上とし、より好ましくは、銅(Cu)をニッケルの廉価代替品としてオーステナイトの成形材料および安定化材としてもよい。銅の含有量は、熱間延性の損失により、3%以上にはならないであろう。好ましくは、銅含有量は2.4%を超えないものとする。
【0022】
窒素(N)も、強力なオーステナイト成形材料であり、安定化材である。そのため、窒素合金化によって、ニッケル、銅、およびマンガンの使用量を少なくでき、本発明に係る鋼の費用効果が向上する。上述の合金元素の使用を適度に少なくできるようにするために、窒素含有量を少なくとも0.05%、好ましくは0.15%以上とする。窒素含有量が多いと鋼の強度が高まり、その結果、成形作業がより大変になる。そのうえ、窒素含有量が増えるにつれて、窒化物が析出するリスクが大きくなる。そのため、窒素含有量は0.35%を上回らないようにすべきであり、好ましくは、0.28%以下とする。
【0023】
モリブデン(Mo)は任意で用いる元素であり、鋼の耐食性を向上させるために付加する。ただし、高額なものなので、鋼におけるモリブデン含有量は3%未満とする。
【図面の簡単な説明】
【0024】
添付の図面を参照して、本発明について詳細に述べる。
【
図1】炭素と窒素の含有量(C+N)の総計および測定したM
d30温度に関し、本発明に係る鋼の化学組成の変化域を示す図である。
【
図2】本発明に係る製造方法により製造される鋼に関し、表1の合金2の微細組織を示す図である。
【
図3】本発明に係る製造方法により製造される鋼を深絞りして形成したカップを示す図である(合金1)。
【
図4】本発明に係る製造方法により製造される鋼を深絞りして形成したカップを示す図である(合金2)。
【
図5】ニッケルを1.1%含有する従来型の鋼を深絞りして形成したカップを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
前述の合金化元素のそれぞれの範囲だけでなく、M
d30温度と鋼中の炭素と窒素の含有量(C+N)の総計の組み合わせを調節して、組み合わせが
図1に示す範囲ABCDで定めた範囲内となるようにする。
図1における点A、B、C、Dの値は次のとおりである。
点 M
d30℃ C+N%
A -80 0.1
B +7 0.1
C -40 0.40
D -80 0.40
【0026】
M
d30温度は、真性引張塑性ひずみ比が0.3の場合、50%のひずみ誘起マルテンサイトが形成される温度として規定される。これまでに、M
d30温度を求める実験式がいろいろと提示されてきた。注目すべき点は、それらの式のいずれも、マンガンの含有量が高い本発明の鋼に関しては的確ではないということである。よって、本発明に係る製造方法により製造される鋼に関し、実験的に測定したM
d30温度を参照する。
【実施例】
【0027】
本発明に係る鋼を試験するために、複数の低ニッケル-マンガン合金のオーステナイト系ステンレス鋼を60kgの小規模熱処理で生産した。鋳造したインゴットは熱間圧延および冷間圧延にかけて、1.2〜1.5mmの薄さに伸ばした。鋼のニッケル含有量は、1〜4.5%であった。また、遅れ破壊しやすいことが認められている、商業化可能な標準的な品種も、いくつか試験に取り入れた。試験材の遅れ破壊の脆弱性は、さまざまな径の円形ブランクを円筒型パンチで深絞りしてカップを形成して、Swiftカップ試験を行って調べた。
【0028】
材料がひずみ誘起材料相に変態しようとする傾向を表す鋼のオーステナイト安定度は、鋼のM
d30温度を実験的に測定して割り出す。引張試験の試料をさまざまな一定温度下で真性塑性ひずみ比が0.3となるように変形させて、材料中の強磁性体の相の割合を測定するフェライトスコープを使って、マルテンサイト含有量を測定した。フェライトスコープの測定値は、測定値に校正定数1.7を掛けてマルテンサイト含有量に換算した。M
d30温度は回帰分析による実験結果に基づいて決めた。
【0029】
実験によるM
d30温度の決定は冗長な作業であるため、いくつかの材料に対しては実験結果の回帰分析で得られた実験式を使ってM
d30温度を決めた。
【0030】
図1は、実験結果の概要を示している。図中の各データポイントは、個々の試験材を表している。符号1.4、1.6、1.8、2.0、および2.1は、深絞り作業から2ヶ月以内に遅れ破壊が起こることなく材料を深絞りできた絞り加工の最高比率を示している。斜線は、実験データポイントに基づいて描いてあり、これにより、M
d30温度の効果および鋼中の炭素と窒素の含有量の総計(C+N)をより明確に示すものである。
【0031】
実験結果は、明らかに、遅れ破壊のリスクがM
d30温度および鋼の炭素と窒素の含有量の総計(C+N)の組み合わせに左右されることを示している。M
d30温度、炭素含有量、ならびに窒素含有量が低いほど、破壊発生のリスクも低かった。
図1に示す展開図を本発明に係る鋼の化学組成の設計に活用することで、遅れ破壊に対する所期の耐性を最低限の原料費で実現できた。
【0032】
本発明の製造方法により製造される鋼における2通りの典型的な化学組成を、遅れ破壊しやすい従来型のニッケルを1%含む鋼と対比させて表1に示す。合金1は
図1の範囲ABCD内に位置し、この合金は、2.0の絞り比で遅れ破壊が起きることなく深絞りできた。合金2は
図1の範囲DEFG内に位置し、絞り比2.1で遅れ破壊が起きることなく深絞りできた。従来型の鋼は絞り比1.4でのみ絞り加工できた。
図3、
図4、および
図5はそれぞれ、合金1、合金2、および従来型の鋼を深絞り加工したカップ型試料を示している。
【0033】
【表1】
【0034】
本発明の製造方法により製造される鋼のほかの重要な特徴は、合金2の場合のように、d−フェライトが生成される危険性が生じることなく、クロム含有量を最大で17%まで増加できるという点である。従来のニッケルを約1%含有する低ニッケル鋼では、クロム含有量を15%に制限して、鋼の熱間圧延時に問題が起きることがあるd−フェライトの含有を防がなければならない。本発明の製造方法により製造される鋼はクロム含有量が高いため、従来型の鋼に比べて、耐食性をより高くできる。例えば、合金2は、クロム含有量が高いにもかかわらず、d−フェライトが含まれていなかった。そのため、ホットバンドの端部に割れが生じることなく、合金2を熱間圧延できた。
図2は、冷間圧延処理後の合金2の完全なオーステナイトの微細組織を示している。