(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記リチウム鉄複合酸化物層は、前記窒素化合物層側に向かう深さ方向において、リチウム元素の濃度が徐々に低下する傾斜組成を有する請求項1又は2に記載のダイカスト用金型。
前記リチウム鉄複合酸化物層は、前記窒素化合物層側に、リチウム鉄複合酸化物と窒素化合物との混合領域を有する請求項1〜3のいずれか1項に記載のダイカスト用金型。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0014】
本実施形態のダイカスト用金型は、鉄系の金型母材と、金型母材の上層に設けられた窒素拡散層と、窒素拡散層の上層に設けられた窒素化合物層と、窒素化合物層の上層に設けられた、最表層をなすリチウム鉄複合酸化物層と、を備える。そして、リチウム鉄複合酸化物層の厚さは、1.0μm以上9.0μm以下である。
【0015】
鉄系の金型母材に何ら表面処理が施されていない場合、その金型母材の表面に、アルミニウム合金などの低融点金属の溶湯が接触すると、金属溶湯と金型母材の鉄系材料(鋼材)とが反応して金型母材が溶け出す現象(溶損)が生じる。この溶損現象は、金属溶湯と金型表面との界面において、鉄アルミニウム金属間化合物(Fe−Al系やFe−Al−Si系)が形成し、脱落及び形成を繰り返しながら、金型部材中の鉄原子が流出することによって進行する。
【0016】
これに対して、本実施形態のダイカスト用金型では、最表層に存在するリチウム鉄複合酸化物層が、緻密で熱的安定性が高いことによって、低融点金属の溶湯から金型母材を保護し、溶湯と金型母材の鉄系材料(鋼材)との直接反応を抑制する。そのため、本実施形態のダイカスト用金型は、金属溶湯に対する耐溶損性が向上したものとなる。
【0017】
従来、鉄系(例えばJIS規格のSKD61材などの鋼材)の金型母材に、表面硬化層を形成するためにガス窒化、ガス軟窒化、又はプラズマ窒化などの窒化処理を施し、若しくはその後さらに高温の大気や水蒸気雰囲気で酸化処理を施して得られたダイカスト用金型が提案されている。また、ダイカスト用金型における金属溶湯に対する耐溶損性の向上には、最表面の組織として、酸化層の存在が有効であると考えられ、多くの提案がなされている。
【0018】
しかし、前述の窒化処理後に行う酸化処理で形成されるFe
2O
3やFe
3O
4などの鉄酸化物層では、熱的安定性やその厚さについても近年の要求に対して決して十分でない。そのため、さらにクロム及びチタンなどの窒化物コーティングやダイヤモンドライクカーボン(DLC)皮膜処理などのハードコーティング処理などの複雑な表面改質処理が必要となり、その結果、ダイカスト用金型の製造コストが上昇することから、その用途は限られている。
【0019】
一方、塩浴軟窒化処理によりリチウム鉄複合酸化物層を最表面に形成する技術は従来から存在していたが、リチウム鉄複合酸化物層は、リチウムを含有し、窒素化合物層などとは異質な層であるという点で、窒素化合物層に比べれば剥離し易い層であると考えられていた。そのため、溶湯が接触するダイカスト用金型には向いていないと考えられていた。しかし、本発明者らは、1.0μm以上9.0μm以下の厚さのリチウム鉄複合酸化物層であれば、剥離し難く、ダイカスト用金型にも適用し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0020】
以下、
図1を参照しながら、本実施形態のダイカスト用金型の構成及び製造方法などに関して詳述する。
図1は、本実施形態のダイカスト用金型の構成を説明するための、本実施形態の一例に係るダイカスト用金型1の断面を模式的に示した図である。ダイカスト用金型1は、鉄系の金型母材2、窒素拡散層3、窒素化合物層4、及び最表層をなす厚さ1.0μm以上9.0μm以下のリチウム鉄複合酸化物層5を備える。
【0021】
リチウム鉄複合酸化物層5は、ダイカスト用金型1の最表面をなす層であり、窒素化合物層4の上層に形成されている。リチウム鉄複合酸化物層5は、主として金属溶湯に対する耐溶損性を向上させるための層である。リチウム鉄複合酸化物層5を形成するリチウム鉄複合酸化物は、(Li,Fe)O、Li
5Fe
5O
8、Li
2Fe
3O
4、Li
2Fe
3O
5、LiFe
5O
8、又はLiFeO
2の結晶構造を有する複合酸化物のいずれか又はその混合物として形成されていることが好ましい。
【0022】
リチウム鉄複合酸化物層5の厚さは、1.0μm以上9.0μm以下である。リチウム鉄複合酸化物層5の厚さが1.0μm未満であると、本発明の目的を達成することができない。一方、リチウム鉄複合酸化物層5の厚さが9.0μmを超えると、表面硬さの低下を招き、また、耐摩耗性が低下し、リチウム鉄複合酸化物層5が剥離し易い層となる。
【0023】
リチウム鉄複合酸化物層5の厚さは、例えば、本実施形態のダイカスト用金型1の製造に好適に採用し得る塩浴窒化処理の処理温度及び処理時間を調整することによって決定することができる。また、リチウム鉄複合酸化物層5の厚さは、ダイカスト用金型1の側面又は断面を光学顕微鏡又は電子顕微鏡で観察することにより測定することができる。この厚さの測定は、後述する他の層においても同様である。
【0024】
リチウム鉄複合酸化物層5の表面のリチウム元素の濃度(以下、Li濃度と記す)は、1.0質量%以上であること好ましく、より好ましくは1.1質量%以上、さらに好ましくは1.2質量%以上である。また、このLi濃度が高すぎる場合、必然的にリチウム鉄複合酸化物層も厚くなり、その厚さが9.0μmを超えるほどになれば剥離しやすくなるため、Li濃度は、例えば3.0質量%以下であることが好ましく、2.3質量%以下であることがより好ましい。リチウム鉄複合酸化物層5の表面のLi濃度は、リチウム鉄複合酸化物層5の表層側領域5aにおける表面付近(例えば、リチウム鉄複合酸化物層5の外表面から0.50μmの深さまでの領域)において、マーカス型高周波グロー放電発光分析装置を用いたグロー放電発光分析法により測定される、Li濃度(質量%)である。
【0025】
リチウム鉄複合酸化物層5は、後述する窒素化合物層4に向かう深さ方向において、Li濃度が徐々に低下する傾斜組成を有することが好ましい。このLi濃度に関する傾斜組成は、リチウム鉄複合酸化物層5における窒素化合物層4側に存在することが好ましい。Li濃度に関する傾斜組成は、リチウム鉄複合酸化物層の表面から窒素化合物層に向かう深さ方向において、マーカス型高周波グロー放電発光分析装置を用いたグロー放電発光分析法により測定して得られる、深さ方向に対するLi濃度の関係を表したグラフから確認することができる。
【0026】
Li濃度に関する傾斜組成の発現に伴い、リチウム鉄複合酸化物層5は、窒素化合物層4に向かう深さ方向において、酸素元素の濃度(以下、O濃度と記す)が徐々に低下する傾斜組成を有していることも好ましく、鉄元素の濃度(以下、Fe濃度と記す)が徐々に上昇する傾斜組成を有していることも好ましく、窒素元素の濃度(以下、N濃度と記す)が徐々に上昇する傾斜組成を有していることも好ましい。Li濃度、O濃度、Fe濃度、及びN濃度の各濃度に関する傾斜組成は、好ましくは、リチウム鉄複合酸化物層5における窒素化合物層4側の領域(後述する混合領域5b)に存在する。
【0027】
リチウム鉄複合酸化物層5は、窒素化合物層4側に、リチウム鉄複合酸化物層5を形成するリチウム鉄複合酸化物と、窒素化合物層4を形成する窒素化合物との混合領域5bを有することが好ましい。この混合領域5bでは、窒素化合物層4のみをみた場合に窒素化合物層4が多孔質な状態となっており、その窒素化合物の孔にリチウム鉄複合酸化物が浸潤したような構成をとることができる。この場合、この混合領域5bにおいて、上層側から下層側に向かう深さ方向において、Li濃度が徐々に低下する傾斜組成を有していることが好ましい。また、混合領域5bでは、上層側から下層側に向かう深さ方向において、O濃度が徐々に低下する傾斜組成、Fe濃度が徐々に上昇する傾斜組成、N濃度が徐々に上昇する傾斜組成を有していることが好ましい。
【0028】
なお、前述したリチウム鉄複合酸化物層5の厚さは、リチウム鉄複合酸化物層5が混合領域5bを備える場合、混合領域5bを含めた厚さである。
【0029】
窒素化合物層4は、リチウム鉄複合酸化物層5の下層に形成されている。窒素化合物層4は、好適には窒素と鉄の結晶構造を有する化合物の層であり、この場合の窒素化合物層4は、非金属的特性を有している。また、窒素化合物層4には、ε相(ε−Fe
2〜3N)、及びγ’相(γ’−Fe
4N)を含む鉄窒化物又は鉄−添加元素多元型窒化物が形成されていることが好ましい。金属溶湯に対する耐溶損性を高める観点から、窒素化合物層4は、γ’相よりも熱的に安定なε相を多く含むことが好ましく、ε相を20体積%以上含有することがより好ましい。
【0030】
窒素化合物層4には、鉄窒化物のε相(ε−Fe
2〜3N)が含有されていることが好ましい。また、リチウム鉄複合酸化物層5における前述の混合領域5bには、その混合領域5bにおける窒素化合物中、鉄窒化物のε相(ε−Fe
2〜3N)が支配的に含有されていることが好ましい。さらに、混合領域5bや窒素化合物層4の上層側(混合領域5b側)において、ε相がγ’相(γ’−Fe
4N)よりも多く含有されていることがより好ましい。前述の通り、ε相はγ’相よりも熱的に安定であることから、窒素化合物層4の上層側にε相が多く含有されていることにより、ダイカスト用金型1の金属溶湯に対する耐溶損性が高まりやすくなる。窒素化合物層4の下層側(窒素拡散層3側)は、ε相とγ’相とが同程度含まれていてもよい。
【0031】
窒素化合物層4の厚さは、0.5μm以上20μm以下であることが好ましい。窒素化合物層4の厚さが0.5μm以上であることにより、金属溶湯に対する耐溶損性の安定性を十分にできる。この観点から、窒素化合物層4の厚さは、1μm以上であることがより好ましく、2μm以上であることがさらに好ましい。また、窒素化合物層4の厚さが20μm以下であることにより、ダイカスト用金型1の強靭性を保持することが可能となる。この観点から、窒素化合物層4の厚さは、10μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることがさらに好ましい。
【0032】
窒素拡散層3は、窒素化合物層4の下層に形成され、金型母材2の上層に形成されている。この窒素拡散層3は、本実施形態のダイカスト用金型1を製造する上で好適な塩浴窒化処理の過程で形成することができ、少なくとも窒素元素が拡散することにより形成される。窒素拡散層3は、炭素及び酸素のうちのいずれか一方又は両方を窒素元素に加えて拡散元素として含むように形成されていてもよい。
【0033】
窒素拡散層3の厚さは、特に限定されないが、10μm以上200μm以下であることが好ましい。窒素拡散層3の厚さが10μm以上200μm以下であることにより、窒素拡散層3、窒素化合物層4、及びリチウム鉄複合酸化物層5を含む表面処理層と、金型母材2との熱膨張率の差が緩和され、表面処理層の密着性を高めることが可能となる。また、窒素拡散層3の厚さが10μm以上であることにより、ダイカスト用金型1に要求される性能が発現しやすくなる。この観点から、窒素拡散層3の厚さは、15μm以上であることがより好ましく、20μm以上であることがさらに好ましい。また、窒素拡散層3の厚さが200μmを超えると、窒化処理に多大な時間を要することとなり、金型の生産性が低下する場合がある。この観点から、窒素拡散層3の厚さは、150μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることがさらに好ましい。
【0034】
鉄系の金型母材2は、本実施形態のダイカスト用金型1の基材である。この金型母材2には、通常、鋳造されるダイカスト製品に応じた所定形状のキャビティが形成されている。金型母材2は、入子などを嵌め込むためのベースとなる母型、及びキャビティが彫り込まれ、母型に嵌め込まれる入子、並びに鋳造後にダイカスト製品を取り出す前に入子から引き抜かれる中子などから構成されていてもよい。金型母材2には、少なくとも金属溶湯が接触される側(すなわち、キャビティの内側)に、窒素拡散層3、窒素化合物層4、及びリチウム鉄複合酸化物層5が設けられる。これらの層は、金型母材2の表面の略全体に設けられていてもよく、入子や中子などの金属溶湯に接触される部材に設けられていてもよい。
【0035】
金型母材2の材質は、鉄系材料、具体的には鋼材であり、より具体的には、一般的にダイカスト用金型1で広く用いられている材質である、JIS規格における熱間金型用鋼を挙げることができる。金型母材2の材質として、より好適にはJIS規格のSKD61材、及びSKD61相当材を挙げることができる。組成としては、C:0.35〜0.42質量%、Si:0.80〜1.20質量%、Mn:0.25〜0.50質量%、Cr:4.8〜5.50質量%、Mo:1.00〜1.50質量%、及びV:0.80〜1.15質量%を含み、かつP:0.030質量%以下及びS:0.020質量%以下に規制され、残部が鉄、又は鉄及び上記元素以外の不可避的不純物からなる鋼材を好適に用いることができる。
【0036】
本実施形態のダイカスト用金型1は、金型母材2に、塩浴窒化処理(塩浴軟窒化処理を含む)を施すことにより製造することができる。この手法により、金型母材2に対し、金型母材2の表面側から順に、窒素拡散層3、窒素化合物層4、及びリチウム鉄複合酸化物層5を一括で形成することができる。
【0037】
ダイカスト用金型1の好適な製造方法として採用し得る塩浴窒化処理としては、カチオン成分としてLi
+、Na
+及びK
+を含むと共に、アニオン成分としてCNO
-、CO
32-を含む溶融塩浴中に、金型母材2を浸漬する方法を挙げることができる。この際に、前記溶融塩浴に、アルカリ金属の水酸化物(水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)を添加することがより好ましい。
【0038】
前記塩浴窒化処理における溶融塩浴の温度は、450〜650℃であることが好ましく、500〜650℃であることがより好ましい。また、塩浴窒化処理において、溶融塩浴の温度は、前記温度範囲内における所定の温度に維持されることが好ましい。また、前記塩浴窒化処理における処理時間(金型母材2の浸漬時間)は、10〜240分であることが好ましく、20〜200分であることがより好ましい。
【0039】
なお、塩浴窒化処理の方法は、例えば、特開2002−226963号公報、及び特開2004−91906号公報に開示された塩浴窒化処理の方法に準じて行うことができる。
【0040】
以上詳述した本実施形態のダイカスト用金型1は、最表面に緻密で熱的安定性に優れるリチウム鉄複合酸化物層5が厚さ1.0μm以上9.0μm以下で形成されており、さらにリチウム鉄複合酸化物層5と共にその下層にある窒素化合物層4を備える。この構成により、本実施形態のダイカスト用金型1は、金属溶湯に対する耐溶損性に優れ、かつ耐焼付き性及び耐ヒートチェック性を有することが可能となる。また、本実施形態のダイカスト用金型1は、金属溶湯に対する耐溶損性などに優れるため、高寿命であり、その結果、ダイカスト用金型1を使用して製造されるダイカスト製品の製造コストの減少に寄与することができる。
【0041】
さらに、本実施形態のダイカスト用金型1は、塩浴窒化処理により、金型母材2に窒素拡散層3、窒素化合物層4、及びリチウム鉄複合酸化物層5を一括で設けることができる。よって、高価な装置や複雑な装置を必要とすることなく、また、多くの表面処理工程を必要とすることなく、簡単に製造することができるため、ダイカスト用金型1の製造コストを抑えることができる。ダイカスト用金型1の製造コストを抑えることができれば、そのダイカスト用金型1を用いて製造されるダイカスト製品の製造に関するイニシャルコストの減少に寄与することができる。
【0042】
ダイカスト用金型1を用いて製造することが可能なダイカスト製品の材質、すなわち、ダイカスト用金型1を用いて鋳造される金属材料(前述の金属溶湯)としては、アルミニウム、アルミニウム合金、亜鉛、亜鉛合金、マグネシウム、及びマグネシウム合金などの低融点金属を挙げることができる。これらのうち、アルミニウム又はアルミニウム合金が好ましく、本実施形態のダイカスト用金型1は、アルミニウム又はアルミニウム合金製のダイカスト製品を製造するためのアルミニウムダイカストに好適に用いられ得る。
【実施例】
【0043】
以下、本発明による効果を試験例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの試験例に限定されるものではない。なお、試験例中の「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0044】
[試験例1:アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性の評価試験]
試験例1では、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性を確認する試験を行った。この試験では、アルミニウムダイカスト用の金型母材を想定した、その金型母材に好適な鋼材の試験片を用いた。その鋼材としては、具体的には、SKD61相当鋼(C:0.4%、Si:0.95%、Mn:0.4%、Cr:5.2%、Mo:1.2%、及びV:0.8%を含み、残部が鉄からなる鋼材)に、調質処理(焼入れ・焼戻し)を施し、表面硬さを47HRCとしたものを、直径16mm、高さ100mmに加工した円柱状試験片を用いた。
【0045】
上記円柱状試験片に以下の表1に示す窒化処理を施し、それぞれ試験片1〜10を作製した。表1中の「塩浴軟窒化処理」は、シアン酸塩、炭酸塩、及びリチウム塩を添加した580℃の溶融塩に、円柱状試験片を10分〜220分浸漬した処理であり、特開2002−226963号公報、及び特開2004−91906号公報に開示された塩浴軟窒化処理に準じて行ったものである。
【0046】
【0047】
表1中の「酸化処理」は、ナトリウム及びカリウムなどのアルカリ水酸化物の溶融塩に円柱状試験片を400℃で20分浸漬した処理である。表1中の「ガス窒化処理」は、上記円柱状試験片をアンモニア(NH
3)ガス、窒素ガス及び水素ガスの混合ガス雰囲気に500℃、300分置いた処理である。表1中の「ガス浸硫窒化処理」は、上記円柱状試験片をアンモニア(NH
3)ガス、窒素ガス及び水素ガスに硫化水素(H
2S)ガスを添加した混合ガス雰囲気に510℃、300分置いた処理である。なお、試験片11は、窒化処理などの処理を行っていない、調質処理のままの円柱状試験片である。
【0048】
上記試験片1〜11について、それぞれ、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性を評価する試験を行った。この試験では、
図2に示すような試験装置100を用いて、鉄製ポット101に収容した内径約90mm及び深さ約200mmのアルミナ製るつぼ102中で、アルミニウム合金としてAl−Si−Cu系合金である、JIS規格ADC12(Si:11.4%、Cu:1.9%、残部:Al)を750℃に加熱溶解させ、その溶湯103中に、2本セットした各試験片104を約30mm浸漬させた状態で約200rpmで回転させながら30分間保持した。各試験片の溶損量(溶損率)は、試験片の試験前後の質量を測定し、式:(W
0−W
1)/W
0×100(%)(W
0:試験前の試験片の質量、W
1:試験後の試験片の質量)から算出された値とした。この結果を表2に示す。
【0049】
【0050】
なお、表2には、各試験片の断面を走査型電子顕微鏡で観察して測定された、リチウム鉄複合酸化物層の厚さ、窒素化合物層の厚さ、及び窒素拡散層深さもあわせて示す。代表例として、試験片3の断面を走査型電子顕微鏡により撮影した画像を
図3に示す。
図3に例示するように、試験片2〜5のダイカスト用金型は、金型母材に、窒素拡散層31、窒素化合物層41、及びリチウム鉄複合酸化物層51がこの順で形成されていたことが確認された。さらに、リチウム鉄複合酸化物層51は、表層側領域51aと、窒素化合物層41側の下層に、リチウム鉄複合酸化物と窒素化合物との混合領域51bを有していたことが確認された。
【0051】
また、表2には、マーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置(GD−OES;アルゴンガスを用いたパルススパッタ方式、計測面積(放電径):φ4mm)を用いて測定した、リチウム鉄複合酸化物層の表面のLi濃度もあわせて示す。
図4に、代表例として、試験片4及び5の深さ方向に対するLi濃度の測定結果を表すグラフを示す。
図4に示すように、リチウム鉄複合酸化物層は、窒素化合物層側に向かう深さ方向において、Li濃度が徐々に低下する傾斜組成を有していたことが確認された。
【0052】
試験片1〜11を用いた、アルミニウム合金溶湯に対する耐溶損性の評価試験結果から、試験片の最表層にリチウム鉄複合酸化物層を設けた試験片1〜6は、調質処理のままの試験片11に比べて、溶損率が非常に低い結果となった。また、試験片の最表層に厚さ1.0μm〜9.0μmの範囲にあるリチウム鉄複合酸化物層を設けた試験片2〜5は、それら以外の他の試験片に比べて溶損率が低く、ほとんど溶損しない結果(溶損率1.0%未満)であった。そのため、金型母材の最表層に厚さ1.0μm〜9.0μmのリチウム鉄複合酸化物層を設け、その下層に窒素化合物層、さらにその下層に窒素拡散層を設けることで、アルミニウム合金溶湯に対して優れた耐溶損性を有するダイカスト用金型を得ることができることが確認された。
【0053】
ガス窒化処理を施した試験片9やガス浸硫窒化処理を施した試験片10は、調質処理のままの試験片11に比べれば、耐溶損性は良好であったが、リチウム鉄複合酸化物層を形成させた試験片(試験片2〜5)は、ほとんど溶損しない結果であった。溶損現象は、溶湯と金型表面との界面において、鉄アルミニウム金属間化合物(Fe−Al系やFe−Al−Si系)が形成され、その形成と脱落を繰り返しながら、金型母材中の鉄原子が流出することによって進行する。このような現象に対し、厚さ1.0μm以上9.0μm以下のリチウム鉄複合酸化物層を最表層に有する試験片2〜5では、そのリチウム鉄複合酸化物層が緻密で熱安定性が高いことによって、アルミニウム合金溶湯と金型母材の鋼材との直接反応を抑えている。これが優れた耐溶損性を示す原因であると考えられる。
【0054】
[試験例2:ダイカスト用金型を用いた寿命評価試験]
JIS規格SKD61鋼で作製したダイカスト・ウォータージャケット用中子に、前述の表1で示した各処理を施し、その寿命評価をショット数比較で行った。前述の試験片2の処理条件と同様の塩浴軟窒化処理を行った中子A、試験片9の処理条件と同様の塩浴軟窒化処理を行った中子B、及び中子の母材に真空焼入れ処理を行った中子Cの結果を
図5に示す。この試験例2において、結果に用いたショット数は、中子の表面にヒートクラックの発生又は溶損量が肉厚減少量0.5mmを超えたときのショット数である。
【0055】
図5に示すように、中子の最表層に厚さ1.0μm〜9.0μmの範囲にあるリチウム鉄複合酸化物層を形成した金型(中子A)は、中子にガス軟窒化処理を施した金型(中子B)、及び中子に真空焼き入れ処理を施した金型(中子C)に比較して、それぞれ約4倍、及び約9倍の高寿命を示す結果が得られた。
【0056】
[試験例3:耐焼付き性の評価試験]
試験例3では、耐焼付き性(耐凝着性)を確認する試験を行った。この試験では、前述の試験例1で用いた試験片と同様のSKD61相当鋼に調質処理(焼入れ・焼戻し)を施し、表面硬さを47HRCとしたものを、直径7mm、高さ40mmに加工した円柱状試験片を用いた。具体的には、この円柱状試験片に、試験例1における試験片4の作製で行った塩浴軟窒化処理と同様の条件で窒化処理を施した試験片12、試験例1における試験片9の作製で行った条件と同様のガス窒化処理を施した試験片13、及び試験例1における試験片10の作製で行った条件と同様のガス浸硫窒化処理を施した試験片14を用いた。
【0057】
上記試験片12、13及び14について、ファビリー摩擦摩耗試験機を用い、浸炭したSCM435鋼を相手材として、乾式にて初荷重90kg、負荷速度25kg/s、回転数300rpmで試験を行い、摩擦係数の変化を計測し、焼付き荷重を調べた。
図6に、試験結果として得られた、荷重に対する摩擦係数及びトルクの関係を示す。塩浴軟窒化処理を施して最表層に厚さ1.0μm〜9.0μmの範囲にあるリチウム鉄複合酸化物層を形成させた試験片12は、高荷重でも摩擦係数が低く、660kg超でも焼付きを確認できなかった(試験機から異音が発生した時点で試験を中止した)。これに対し、ガス窒化処理を施した試験片13、及びガス浸硫窒化処理を施した試験片14では、摩擦係数が上昇した460kg辺りで、焼付きが起きたと判断した。ガス浸硫窒化処理を施した試験片14では、摩擦係数は、初期は小さいが急上昇し、ガス窒化処理を施した試験片13と同等の荷重で焼付きが確認された。試験後の断面組織観察から、試験片12は、リチウム鉄複合酸化物層が残存しており、この層によって金属転移が抑制され、優れた耐焼付き性を示したものと考えられる。
【0058】
[試験例4:耐ヒートチェック性の評価試験]
試験例4では、耐ヒートチェック性(耐ヒートクラック性)を確認する試験を行った。この試験では、前述の試験例1で用いた試験片と同様のSKD61相当鋼に調質処理(焼入れ・焼戻し)を施し、表面硬さを47HRCとしたものを、直径58mm、厚さ20mmに加工した円板状試験片を用いた。具体的には、この円板状試験片に、試験例1における試験片4の作製で行った塩浴軟窒化処理と同様の条件で窒化処理を施した試験片15、試験例1における試験片7の作製で行った条件と同様のリチウムを含有しない塩浴軟窒化処理を施した試験片16、試験例1における試験片9の作製で行った条件と同様のガス窒化処理を施した試験片17、及び調質処理のままの円板状試験片である試験片18を用いた。
【0059】
上記試験片15、16、17及び18について、ダイカスト用金型の実操業の負荷状態を想定し、
図7に示すように、試験片の表面を約160秒で570℃まで加熱した後、水冷槽を用いて約15秒で100℃まで急冷する過程を1サイクルとした。これを1000サイクル行い、1000サイクル後の各試験片の表面及び断面クラックを調べた。そして、各試験片の表面の単位面積当たりのヒートクラックの総長(mm/cm
2)で評価した。その結果を
図8に示す。
図8に示すように、最表層に厚さ1.0μm〜9.0μmの範囲にあるリチウム鉄複合酸化物層を有する試験片15は、リチウムを含有しない塩浴軟窒化処理を施した試験片16、ガス窒化処理を施した試験片17、及び調質処理のままの円板状試験片である試験片18に比べて、単位面積当たりのヒートクラックの総長が50%以上減少した。