【文献】
Appl. Microbiol. Biotechnol., 1985, Vol. 22, No. 2, pp. 103-107
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のブタノール製造方法に用いる形質転換体は、クロストリジウム属微生物において、酢酸生成酵素遺伝子および酪酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させることにより得られる。クロストリジウム属微生物は、ブタノール生成能を有するものであれば特に制限されないが、C.サッカロパーブチルアセトニカム(C.saccharoperbutylacetonicum)、例えば、ATCC27021株、ATCC13564株;C.ベイジェリンキ(C.beijerinckii)、例えば、ATCC51743株、C.アセトブチリカム(C.acetobutylicum)、例えば、ATCC824株およびC.ブチリカム(C.butylicum)などが挙げられる。C.サッカロパーブチルアセトニカム、C.ベイジェリンキ、およびC.アセトブチリカムが好ましく、C.サッカロパーブチルアセトニカムが特に好ましい。
【0014】
一般的にクロストリジウム属微生物は、プラスミドの導入が困難であるが、C.サッカロパーブチルアセトニカムはプラスミドの導入を比較的容易に行うことができる。また、C.アセトブチリカムATCC824株などでは、プラスミドがDNAエンドヌクレアーゼによって切断されるためにそのまま導入することができず、メチル化処理をする必要があるが、C.サッカロパーブチルアセトニカムではその必要がない。
【0015】
酪酸生成酵素遺伝子は、ブチリルCoAから酪酸が生成する経路に関与する酵素をコードする遺伝子である。酪酸生成酵素遺伝子には、ptb(ホスホトランスブチリラーゼをコードする遺伝子)およびbuk(酪酸キナーゼをコードする遺伝子)が含まれる。ホスホトランスブチリラーゼは、ブチリルCoAからブチリルリン酸を形成する反応を触媒する酵素である。酪酸キナーゼは、ブチリルリン酸を酪酸に転化する反応を触媒する酵素である。酪酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させることには、これらの遺伝子のうち単独の遺伝子の機能を欠損させること、および複数の遺伝子の機能を欠損させることが包含され、酵素サブユニットをコードする遺伝子の1つまたは複数の機能を欠損させることも包含される。
【0016】
酢酸生成酵素遺伝子は、アセチルCoAから酢酸が生成する経路に関与する酵素をコードする遺伝子である。酢酸生成酵素遺伝子には、pta(ホスホトランスアセチラーゼをコードする遺伝子)およびack(酢酸キナーゼをコードする遺伝子)が含まれる。ホスホトランスアセチラーゼは、アセチルCoAからアセチルリン酸を形成する反応を触媒する酵素である。アセテートキナーゼは、アセチルリン酸を酢酸に転化する反応を触媒する酵素である。酢酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させることには、これらの遺伝子のうち単独の遺伝子の機能を欠損させること、および複数の遺伝子の機能を欠損させることが包含され、酵素サブユニットをコードする遺伝子の1つまたは複数の機能を欠損させることも包含される。
【0017】
本発明において遺伝子には、DNAおよびRNAが包含され、DNAには一本鎖DNAおよび二本鎖DNAが包含される。
【0018】
酵素遺伝子の機能を欠損させることには、酵素遺伝子の一部または全部を改変(例えば、置換、欠失、付加および/または挿入)または破壊することによって、該遺伝子の発現産物が当該酵素としての機能を有しないようにすること、ならびに酵素タンパク質が発現しないようにすることが包含される。例えば、酵素遺伝子のゲノムDNAの一部に欠失、置換、付加または挿入を生じさせることによって、該酵素遺伝子の機能を全くまたは実質的に不全とするかまたは欠損させることができる。酵素遺伝子のプロモーターの一部または全部を改変(例えば、置換、欠失、付加および/または挿入)または破壊することによって、酵素タンパク質が発現しないようにすることも包含される。ここで、遺伝子が破壊されているとは、その遺伝子配列の一部またはすべてが欠失するか、遺伝子配列中に別のDNA配列が挿入されているか、または遺伝子配列中の一部配列が他の配列と置換されることにより、該酵素遺伝子の機能を全くまたは実質的に不全とした状態のことをさす。
【0019】
本発明において、酢酸生成酵素遺伝子の機能および酪酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させたクロストリジウム属微生物の形質転換体は、そのゲノム上の各酵素遺伝子が機能不全にされたノックアウト微生物である。このような形質転換体は、一般に、公知の標的遺伝子組換え法(ジーンターゲティング法:例えばMethods in Enzymology 225:803-890, 1993)を使用することにより、例えば相同組換えにより作製することができる。相同組換えによる方法は、ゲノム上の配列と相同な配列に目的のDNAを挿入し、このDNA断片を細胞内に導入して相同組換えを起こさせることにより実施できる。ゲノムへの導入の際には目的のDNAと薬剤耐性遺伝子を連結したDNA断片を用いると容易に相同組換えが起こった株を選抜することができる。また、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を連結したDNA断片をゲノム上に相同組換えによって挿入し、その後、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を置き換える形で導入することもできる。また、乳酸菌で発見されたグループIIイントロンを用いた手法(Guo et. al., Science 21;289(5478):452-7(2000))も知られている。グループIIイントロンは、乳酸菌のLtrAというタンパク質と複合体を形成し、ゲノム中の特定の領域に挿入される機能を持つイントロンである。このイントロンのターゲッティング領域と呼ばれる個所を適切に変更することにより、微生物ゲノム中の狙った場所にDNA配列を挿入することができる。DNAが挿入された場所が遺伝子の内部であった場合、その遺伝子の機能はほとんどの場合消失するため、遺伝子破壊の手法として利用することができる。この際、グループIIイントロン内部に適切な薬剤耐性遺伝子を挿入し、さらにその薬剤耐性遺伝子の内部にtdイントロンと呼ばれる自己離脱性(セルフ-スプライシング)DNA領域を挿入することにより、ベクターの状態では薬剤耐性遺伝子が発現できないが、グループIIイントロンとなりtdイントロンが自己離脱した状態でDNA配列が挿入されると、薬剤耐性遺伝子が機能を持つ状態となる。この手法で得た遺伝子破壊株は、ゲノム中に挿入された薬剤耐性遺伝子によって獲得される薬剤耐性をマーカーとすることにより容易に選抜することができる。
【0020】
ターゲッティング配列と呼ばれる個所に関しては、Perutkaらによって大腸菌を用いた解析が行われており(Perutka et al., J. Mol. Biol. 13;336(2):421-39(2004))、どの個所をどう改変すれば目的とするDNA配列に挿入されるのか予測することが可能となっている。この参考文献をもとにすれば、たとえばエクセルのマクロのプログラミングを行い、このマクロに対して破壊対象とする遺伝子の塩基配列を入力することによって、対象とする遺伝子へのDNA挿入部位とターゲッティング配列の改変方法を出力させることができる。
【0021】
一般的に遺伝子破壊株の選抜のために薬剤耐性遺伝子を用いる場合、複数遺伝子の破壊には別の薬剤耐性遺伝子を用いる必要がある。しかし、FLP−FRT法(Schweizer HP, J. Mol. Microbiol. Biotechnol. 5(2):67-77(2003))やCre−loxP法(Hoess et al. Nucleic Acids Res. 11;14(5):2287-300(1986))などを用いて薬剤耐性遺伝子を切り出すことにより、薬剤耐性をなくすことができる。FLP、CreはそれぞれFRT、loxPという25塩基前後の短いDNAを認識し、FRTまたはloxPに挟まれた領域を切り出すはたらきを持つ。すなわち、遺伝子破壊用ベクターの薬剤耐性遺伝子の側部にFRT配列またはloxP配列を配して遺伝子破壊を行い、その後薬剤耐性となった遺伝子破壊株に対してFLPまたはCre遺伝子をクローニングした別のベクターを導入して作用させることにより、薬剤感受性の遺伝子破壊株が取得できる。その後、同様の手法で再度遺伝子破壊を実施することができる。
【0022】
酢酸生成酵素遺伝子および酪酸生成酵素遺伝子をコードするDNAの各配列として、GenBankに登録されている公知の配列を利用してもよい。今回用いた、ATCC27021株のptaの塩基配列を配列番号1に、ptbの塩基配列を配列番号2に示す。
【0023】
上記の塩基配列でコードされる酵素遺伝子と機能的に同等の遺伝子もまた、各酵素遺伝子に包含される。ある塩基配列からなる酵素遺伝子と機能的に同等の遺伝子としては、当該塩基配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列からなり、同じ酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。例えば、配列番号1からなるptaと機能的に同等の遺伝子としては、配列番号1と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列からなり、ホスホトランスアセチラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、当業者であれば既知の遺伝子に関してGenBankで得られた参照番号を用い、他の微生物において等価な遺伝子を決定することもできる。
【0024】
公知の配列に基づいてプローブ(例えば約30〜150塩基)を作製し、放射性または蛍光ラベルで標識し、各酵素遺伝子のゲノムDNAを検出または単離するために使用することができる。微生物細胞から定法に従いゲノムDNAを取り出したのち、制限酵素で切断後、サザンハイブリダイゼーション、in situハイブリダイゼーションなどのハイブリダイゼーション法によって上記プローブを用いて、目的の酵素遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)を探索することができる。必要に応じて制限酵素地図を作成し、相同組換えを行うための任意のターゲット部位を決定し、ターゲティングベクターを設計する。
【0025】
組換えDNAを挿入してターゲティングベクターを作製するためのベクターは、クロストリジウム属微生物で複製可能なベクターであれば特に限定されない。大腸菌とクロストリジウム属微生物のシャトルベクターであれば都合がよくpIM13由来のpKNT19(Journal of General Microbiology, 138, 1371-1378 (1992))などのシャトルベクターが特に好ましい。
【0026】
形質転換により遺伝子の破壊された株を取得するためのベクターは、必要な配列を、微生物ゲノムDNAを鋳型にしてクローニングすることにより取得するか、または合成し、必要であればそれらを適切に連結することによって取得できる。微生物ゲノムDNAから所望の遺伝子またはプロモーターをクローニングにより取得する方法は、分子生物学の分野において周知である。例えば遺伝子の配列が既知の場合、制限エンドヌクレアーゼ消化により適したゲノムライブラリを作り、所望の遺伝子配列に相補的なプローブを用いてスクリーニングすることができる。配列が単離されたら、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(米国特許第4,683,202号)のような標準的増幅法を用いてDNAを増幅し、形質転換に適した量のDNAを得ることができる。なお、クローニングに用いるゲノムDNAライブラリの作製、ハイブリダイゼーション、PCR、プラスミドDNAの調製、DNAの切断および連結、形質転換等の方法は、Sambrook, J., Fritsch,E.F., Maniatis,T., Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1.21(1989)に記載されている。DNA配列については、直接合成することも可能であるし、または、PCR等で取得したDNA配列を、制限酵素処理を行ってライゲーションを行うか、もしくはDNA配列の両端に相補的なプローブ(プライマー)に15bp分の別のDNA配列の相同領域を付加したものを用いてPCR反応を実施して増幅し、インフュージョン反応(米国特許第7,575,860号)を行うことにより、連結してより長鎖のDNA配列を取得することもできる。
【0027】
ターゲティングベクターの微生物への導入は、公知の方法で実施できる。導入方法は、特に制限されないが、例えば、ミクロセル法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、プロトプラスト法、DEAE−デキストラン法、エレクトロポレーション法等を挙げることができ、エレクトロポレーション法が好ましく用いられる。
【0028】
得られた形質転換体をブタノール生産用の培地で培養しブタノール発酵を行うことによりブタノールを製造する。培養に用いる培地および培養条件は、ブタノール発酵の分野で公知のものを使用できる。培養培地は、通常、炭素源、窒素源および無機イオンを含む。
【0029】
炭素源としては、好ましくは糖類、例えば、単糖類、オリゴ糖類、多糖類を用いる。好ましくは単糖類、特にグルコースを用いる。グルコースとともに、ラクトース、ガラクトース、フラクトースもしくはでんぷんの加水分解物などのその他糖類、ソルビトールなどのアルコール類、またはフマル酸、クエン酸もしくはコハク酸等の有機酸類を、併用してもよい。
【0030】
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。
【0031】
無機イオンとしては、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が添加される。有機微量栄養素としては、チアミン、p−アミノ安息香酸、ビタミンB1、ビオチンなどの要求物質または酵母エキス等を必要に応じ適量含有させることが望ましい。
【0032】
本発明においては、還元力を上昇させた条件で培養を実施することにより、アセトン、エタノール、酢酸および酪酸といった副生物の生成を抑制しながらブタノールを高効率で生産することができる。ブタノールの絶対生成量も増大させることができる。還元力を上昇させた条件での培養とは、培養中に生じる酵素反応が、還元力が上昇した条件で行われることをさす。還元力の上昇は、例えば、NADHを添加することにより、水素を導入することにより、または培養槽内の水素分圧を上昇させることにより実施できる。培養槽内の水素分圧を上昇させることにより、培養液が接する気相における水素分圧が上昇し、培養液に接する気相中の水素は、ヒドロゲナーゼによって即座に取り込まれると考えられる。
【0033】
培養槽内の水素分圧は、例えば、密閉状態で培養することにより、上昇させることができる。密閉状態とすることにより、微生物から排出される水素の外部放出を制限することができ、結果として培養槽内の水素分圧を上昇させることができる。また、外部から水素を導入してもよい。例えば、培養液に水素をバブリングすることにより水素を導入してもよいし、培養槽の気相部に水素を導入してもよいし、培養液に接するように水素を導入してもよい。具体的には、培養槽内の水素分圧を20〜40℃の範囲で、好ましくは0.06atm以上、0.08atm以上、0.10atm以上、好ましくは0.12atm以上または0.15atm以上で、好ましくは10atm以下、5.0atm以下、4.0atm以下、3.0atm以下、2.0atm以下または1.0atm以下とする。
【0034】
水素分圧の測定は、公知の方法で実施でき、特に制限されないが、例えば、発生した気体をアルミニウムバッグに捕集し、バッグ内の気体の水素濃度をガスクロマトグラフィーで検出し、濃度と体積を掛け合わせることで発生した水素の量を定量し、発生した水素の量と培養槽中の気相部の体積から、水素分圧を算出できる。
【0035】
本発明においては、pHを調整して培養を実施することにより、副生物に対するブタノールの生成量を向上させることができる。pHは、好ましくは4.6以上、4.7以上、4.8以上、4.9以上、5以上または5.5以上であり、好ましくは8以下、7.5以下、7.0以下、6.9以下、6.8以下、6.7以下、6.6以下または6.5以下になるよう、必要であれば制御する。pH調整には、無機または有機の酸性またはアルカリ性物質、例えば、炭酸カルシウム、アンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどを使用できる。pH調整には、上記のようなアルカリ性物質等を加えなくても、培地が目的のpHに保たれている場合も包含される。
【0036】
その他の培養条件は、特に制限されず、当技術分野で慣用の条件を採用することができる。例えば、バッチ培養を行う場合、培養時間は通常5〜100時間、好ましくは12〜48時間である。連続培養または流加培養を行う場合には、培養時間は通常200時間以上、好ましくは500時間以上、より好ましくは1000時間以上である。培養温度は通常20〜55℃、好ましくは25〜40℃、例えば約30℃に調整する。
【0037】
本発明の製造方法において、副生物に対するブタノールの生成比は、好ましくは1.0以上、1.5以上、2.0以上、2.5以上、3.0以上、4.0以上または5.0以上である。ここで、副生物に対するブタノールの生成比は、生成したブタノールのモル数を、生成したアセトン、エタノール、酢酸および酪酸の合計モル数で割った数値をさす。
【0038】
培養中または培養終了後の培養液から、発酵生成物、すなわちブタノールを製品として取得する工程は、大きく以下の2つの工程に分ける事ができる。まず、希薄な培養液から粗ブタノールを濃縮・回収する回収工程、ついで、粗ブタノールから副生物や、水といった不純物を除去する精製工程を行う必要がある。
【0039】
培養中または培養終了後の希薄な培養液から粗ブタノールを濃縮・回収する工程では、特別な方法は必要ではなく、公知の方法でブタノールを回収できる。当技術分野で周知の蒸留、ガスストリッピング、パーベーパレーション、ベーパーパーミエーション、イオン交換樹脂、シリカライト膜などを使用した膜分離、MF膜による菌体分離、逆浸透膜、活性炭などによる吸着、または溶媒抽出を用いる工程、これらの組み合わせ、およびその他の工程との組み合わせにより、培養中または培養終了後に実施できる。好ましくは、蒸留、ガスストリッピング、溶媒抽出である。
【0040】
本発明の形質転換体を用いれば、ブタノールの生成量に比して副生物の量を少なく抑えることができることから、上記の回収工程も効率的に実施することができる。例えば、蒸留、ガスストリッピング、パーベーパレーション、ベーパーパーミエーションによる回収を実施する場合、揮発性のある副生成物量が低減される事で、蒸発させる成分量が少なくなるので、エネルギーが削減される。MF膜、逆浸透膜を用いた膜分離手法を用いる場合には、非透過成分である副生成物量の低減により、浸透圧が低減されるのでエネルギーが削減される。溶媒抽出を用いる場合には、溶媒側(油層側)に抽出される副生成物量の低減により、使用する抽出溶媒が削減される。
【0041】
ブタノール回収工程は、培養中、培養終了後いずれに行う事も可能だが、培養中に行う事で、ブタノールや副生成物による生育阻害を回避して効率的に発酵を実施する事ができるので好ましい。
【0042】
ブタノール回収工程により得られる粗ブタノールから、副生成物や水といった不純物を除去する精製工程には、特別な方法は必要ではなく、公知の方法で精製できる。当技術分野で周知の蒸留、パーベーパレーション、逆浸透膜法を用いる工程、これらの組み合わせ、およびその他の工程との組み合わせにより、精製できる。好ましくは、蒸留、パーベーパレーション及び、これらを組み合わせた方法である。
【0043】
本発明の形質転換体を用いれば、ブタノールの生成量に比して副生物の量を少なく抑えることができる。すなわち、上記の精製工程において除去すべき副生成物の量が抑えられるために、効率的に精製工程を行うことができるという点も、本発明の効果の一つである。
【0044】
本発明において、ブタノール回収工程及び、精製工程を行うに当たり、ブタノールと水が相分離する性質を利用する事で、これらの工程の効率を著しく向上させる事が可能である。すなわち、ブタノールと水を相分離させて、ブタノール相のみを取得する事で、効率的に水を除去する事が可能となる。この際、アセトン、エタノールなどの副生成物は、ブタノール、水両方に可溶なため、これらの副生成物が多く含まれる場合、ブタノールと水が相分離する組成範囲が非常に小さくなり、効果的ではなくなる。しかし、本発明においては、これらの副生成物の生成量が抑えられるために、広い組成範囲でブタノールと水が相分離するために、ブタノール回収、精製工程の効率を著しく向上させる事が可能となる。この点も本発明の有用な点となる。
【0045】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲は実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0046】
実施例1 形質転換微生物の作製
まず、Perutka et al., J. Mol. Biol. 13;336(2):421-39(2004)をもとにして、標的とする遺伝子の塩基配列を入力することにより、その遺伝子へのグループIIイントロンの挿入箇所とターゲッティング配列の改変方法が出力されるようなエクセルマクロのプログラミングを行った。次に、実際に遺伝子破壊を実施するpta遺伝子およびptb遺伝子の塩基配列をこれに入力し、ターゲッティング配列の改変箇所を出力させた。pta遺伝子の塩基配列を配列番号1に、ptb遺伝子の塩基配列を配列番号2に示す。
【0047】
この情報をもとに、pta遺伝子およびptb遺伝子の破壊ベクターであるpNS47プラスミドおよびpNS78プラスミドを設計した。構築には、DNA合成を利用した。その塩基配列をそれぞれ配列番号3および4に示す。プラスミドマップを
図2および
図3に示す。また、FLPリコンビナーゼを含むpKNT19−FLPプラスミドを設計し、同様にDNA合成により構築した。その塩基配列を配列番号5に、プラスミドマップを
図4に示す。
【0048】
作製したpNS47をC.サッカロパーブチルアセトニカムATCC27021株に形質転換した。具体的には、まず前培養として、C.サッカロパーブチルアセトニカムのグリセロールストック0.5mLをTYA培地5mLに接種し、30℃、24時間培養した。この前培養液をTYA培地10mLにOD=0.1となるよう接種、15mL容ファルコンチューブで37℃にてインキュベートした。OD=0.6となった段階で発酵液を遠心分離して上清を除去、氷冷しておいた65mM MOPSバッファー(pH6.5)10mLを加えピペッティングにより再懸濁し、遠心分離を行った。MOPSバッファーによる洗浄は2回繰り返した。遠心分離によりMOPSバッファーを除去した後、氷冷しておいた0.3Mスクロース100μLで菌体ペレットを再懸濁し、コンピテントセルとした。コンピテントセル50μLをエッペンドルフチューブに取り、プラスミド1μgと混合した。氷冷したエレクトロポレーション用セルに入れ、Exponential dcayモード、2.5kV/cm、25uF、350Ωで印加した。用いたエレクトロポレーション装置はGene pulser xcell(Bio−rad)である。その後5mL TYA培地に全量を接種し、30℃で2時間程度回復培養した。その後、回復培養液を、クロラムフェニコール10ppmを含有するMASS固体培地に塗布し、30℃で数日間培養を行って出現したコロニーからの選抜を行い、プラスミドが導入されクロラムフェニコール耐性となった株を取得した。さらにpNS47保持株を複数回継代培養した後、エリスロマイシン200ppmを含有するMASS固体培地に植菌することにより、グループIIイントロンが機能し、標的遺伝子中にDNA配列が挿入され、酢酸生成遺伝子ptaが破壊され、エリスロマイシン耐性を取得した株であるC.サッカロパーブチルアセトニカムΔpta株の取得ができた。
【0049】
この株は、このままではエリスロマイシン耐性を保持しており、複数遺伝子の破壊が行えないため、エリスロマイシン耐性遺伝子をpKNT19−FLPプラスミド中のFLPリコンビナーゼにより除去した。まず、C.サッカロパーブチルアセトニカムΔptaの継代培養を繰り返し、pNS47を自然に欠落した株を取得した。その株に対し、先ほどと同様にエレクトロポレーション法によりpKNT19−FLPプラスミドを導入し、クロラムフェニコール耐性で選抜した。pKNT19−FLPプラスミド導入株の継代培養を繰り返し、FLPの作用によりエリスロマイシン耐性遺伝子が除去され、エリスロマイシン感受性となった株をレプリカプレート法により選抜した。これを継代培養することによりpKNT19−FLPプラスミド自身をも欠損したC.サッカロパーブチルアセトニカムΔpta(エリスロマイシン耐性なし)を取得した。このエリスロマイシン耐性のないC.サッカロパーブチルアセトニカムΔptaに対し、上述と同様の手法を繰り返してpNS78を導入することにより、ptb遺伝子の破壊も行ったC.サッカロパーブチルアセトニカムΔptaΔptb株の取得に成功した。上記で用いた培地およびバッファーの組成を以下に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
実施例2 ΔptaΔptb株を用いたブタノール発酵
実施例1で作製した形質転換微生物(ΔptaΔptb株)を培養して、その性能を評価した。形質転換微生物のグリセロールストックを500μl分、TYA培地5mlに植菌し、試験管内で30℃にて培養を24時間行った。取得した前培養液を、新たなTYA、TYSまたはTYS−CaCO
3培地5mlに50μl分植菌し、試験管内で30℃にて培養を行った。TYS培地の組成を以下に示す。なお、TYS−CaCO
3培地とは、TYS培地にCaCO
3を5g/L添加した培地のことを指す。
【0054】
【表4】
【0055】
培養は、96時間程度行った。培養は開放条件または密閉条件で実施した。TYS−CaCO
3培地では、CaCO
3の作用によりpHが5を下回らないように保たれる。野生株についても同様に培養を行った。
【0056】
培養終了後、培養液を取得し、液体クロマトグラフィーを用いてブタノールおよび他のアルコール、ケトン、有機酸類の定量分析を実施した。カラムにはAminex HPX−87H Column(Bio−Rad)を使用した。結果を表5および6に示す。表中、「B/(A+E+酢+酪)」は、ブタノール(mM)を、アセトン(mM)とエタノール(mM)と酢酸(mM)と酪酸(mM)の合計で割った数値を表し、これを副生物パラメータと呼ぶ。
【0057】
【表5】
【0058】
【表6】
【0059】
表5の結果より、CaCO
3によるpH調整がなされていない場合、ΔptaΔptb株はほとんど生育しなかった。この際のpHは4.5程度まで低下しており、pHをある程度以上に維持することが生育には必要であることが判明した。なお、ΔptaΔptb株は、TYA培地で培養した場合はpHは5以上に保たれて生育し、CaCO
3によるpH調整は不要であった。
【0060】
また、TYS−CaCO
3培地で培養を実施した場合、野生株では最大でブタノール濃度は156mMにとどまったのに対し、ΔptaΔptb株ではブタノール濃度が、開放系で175mM、密閉系では184mMまで蓄積した。また、ΔptaΔptb株では酪酸・酢酸の生成は確認できなかった。さらに、密閉系ではアセトン濃度が3mM、エタノール濃度が10mMと低く抑えられ、結果として副生物パラメータは13.92まで上昇した。野生株でも密閉培養を実施することにより、副生物パラメータは2.08まで上昇したが、ΔptaΔptb株と比較すると低水準にとどまった。
【0061】
CaCO
3によるpH調整がなされている場合、開放系においても密閉系においても、ΔptaΔptb株の結果は、野生株の結果に比べて、副生物に対するブタノールの収率が高かった。
【0062】
実施例3 溶媒抽出培養を用いたΔptaΔptb株のブタノール発酵
実施例1で作製した形質転換微生物(ΔptaΔptb株)を溶媒抽出培養し、評価した。形質転換微生物のグリセロールストックを500μl分、TYA培地5mlに植菌し、試験管内で30℃にて培養を24時間行った。取得した前培養液を、新たなTYS−CaCO
3培地5mlに50μl分植菌し、さらに培養液層(水層)の上部に抽出溶媒としてオレイルアルコールを5ml重層し、試験管内で30℃にて培養を行った。抽出溶媒としてオレイルアルコールを重層することにより、ブタノールなどの生成物が溶媒層に移動し、生成物による生育阻害が防止されることが考えられたため、24時間ごとに50%グルコース溶液を一定量添加し、グルコースの消費ができなくなるまで培養を続けた。培養は96時間実施した。野生株についても上記と同様に培養評価を行った。
【0063】
培養終了後、培養液を取得し、液体クロマトグラフィーを用いてブタノールおよび他のアルコール、ケトン、有機酸類の定量分析を実施した。カラムにはAminex HPX−87H Column(Bio−Rad)を使用した。オレイルアルコール層の分析には気体クロマトグラフィーを用いてアルコール、ケトン類の定量分析を実施した。結果を表7に示す。
【0064】
【表7】
【0065】
表7の結果より、ΔptaΔptb株では油層に567mMという高濃度のブタノールが蓄積でき、また油層中の不純物濃度も低く抑えられた。一方、野生株では、油層のブタノール濃度は251mMにとどまった。野生株ではアセトンなどの副生物が水層に高濃度で蓄積しており、早い段階で生育が停止したため、その影響によるものと考えられた。