(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6236599
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】リコピンのシス異性化方法
(51)【国際特許分類】
C07C 5/23 20060101AFI20171120BHJP
C07C 11/21 20060101ALI20171120BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20171120BHJP
A61K 8/31 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
C07C5/23
C07C11/21
A23L2/00 F
A61K8/31
【請求項の数】12
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-184170(P2013-184170)
(22)【出願日】2013年9月5日
(65)【公開番号】特開2015-51930(P2015-51930A)
(43)【公開日】2015年3月19日
【審査請求日】2016年9月1日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 公益社団法人日本化学会、「日本化学会第93春季年会講演予稿集(オンライン)」、平成25年3月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000104113
【氏名又は名称】カゴメ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】506158197
【氏名又は名称】公立大学法人 滋賀県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(74)【代理人】
【識別番号】100089037
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】井上 吉教
(72)【発明者】
【氏名】林 謙登
(72)【発明者】
【氏名】竹原 宗範
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 勉
(72)【発明者】
【氏名】北村 千寿
(72)【発明者】
【氏名】本田 真己
(72)【発明者】
【氏名】伊神 晴之
(72)【発明者】
【氏名】川名 隆広
【審査官】
水島 英一郎
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−211169(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第101314554(CN,A)
【文献】
特開平06−306047(JP,A)
【文献】
井上吉教 他,リコピンの異性化反応,第55回 香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会,日本,2011年11月19日,323−325頁,2P II-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
A23L
A61K
CAplus(STN)
REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸エチル又はヘキサンからなる溶媒に、リコピンと、エリトロシンB及びローズベンガルからなる群より選択される1種以上の光増感剤とを溶解させたリコピン溶液に、前記光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射することを特徴とする、リコピンのシス異性化方法。
【請求項2】
照射時間が5分間〜3時間である、請求項1に記載のリコピンのシス異性化方法。
【請求項3】
光照射後のリコピンのシス異性化率が30%以上であり、かつリコピン残存率が20%以上となるように光を照射する、請求項1又は2に記載のリコピンのシス異性化方法。
【請求項4】
前記リコピン溶液が、青果物から調製されたオレオレジンを前記溶媒に溶解させた溶液である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のリコピンのシス異性化方法。
【請求項5】
前記青果物がトマトを含む、請求項4に記載のリコピンのシス異性化方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のリコピンのシス異性化方法によりリコピンをシス異性化し、次いで、得られたシス異性化されたリコピンを原料に用いて飲食品を製造することを特徴とする、飲食品の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか一項に記載のリコピンのシス異性化方法によりリコピンをシス異性化し、次いで、得られたシス異性化されたリコピンを原料に用いて化粧品を製造することを特徴とする、化粧品の製造方法。
【請求項8】
酢酸エチル又はヘキサンからなる溶媒に、リコピンと、エリトロシンB及びローズベンガルからなる群より選択される1種以上の光増感剤とを溶解させたリコピン溶液に、前記光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射することを特徴とする、シス異性化されたリコピンの製造方法。
【請求項9】
照射時間が5分間〜3時間である、請求項8に記載のシス異性化されたリコピンの製造方法。
【請求項10】
光照射後のリコピンのシス異性化率が30%以上であり、かつリコピン残存率が20%以上となるように光を照射する、請求項8又は9に記載のシス異性化されたリコピンの製造方法。
【請求項11】
前記リコピン溶液が、青果物から調製されたオレオレジンを前記溶媒に溶解させた溶液である、請求項8〜10のいずれか一項に記載のシス異性化されたリコピンの製造方法。
【請求項12】
前記青果物がトマトを含む、請求項11に記載のシス異性化されたリコピンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランス体リコピンをシス体リコピンへ異性化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リコピン(Lycopene)は、トマトに含まれている赤い色素であり、天然に存在するカロテノイド化合物の一種である。リコピンは、β−カロテン等の他のカロテノイド化合物と比較し、抗酸化作用が大きいことが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。また、リコピンには11個の共役π結合があるため、様々なシス体が存在しており、シス体リコピンは、トランス体リコピンよりも腸管吸収性がよいことも知られている(例えば、非特許文献2参照。)。
【0003】
β−カロテンやリコピン等のカロテノイド化合物の光異性化反応の平衡は、トランス体が多く生成する方向に傾いている。このため、通常、植物等から抽出・精製されたカロテノイド化合物含有組成物では、トランス体を多く含有する。そこで、カロテノイド化合物のシス体含有率(シス体比率)を高める方法が望まれている。例えば、特許文献1には、リコピンをはじめとするカロテノイド化合物に対して、熱処理、電磁波照射処理、又はラジカル反応を行うことにより、シス体比率を高められること、さらに、リコピンのシス体比率を、100℃の熱反応により約40%にまで、電子レンジによる電磁波照射処理により約65%にまで、ジクロロメタン溶液中でヨウ素を触媒として光異性化すること(ラジカル反応)により約77%にまで高められたことが記載されている。
【0004】
その他、光増感剤の存在下、光照射によってカロテノイド化合物を異性化する方法も知られている。例えば、非特許文献3には、β−カロテンをベンゼン/アセトン(容量比が50:50)に溶解させた溶液に610nm以上の波長の光を照射した場合には、シス異性化率は1.4%程度であったが、さらにクロロフィルaを添加して同じ照射条件で光照射した場合には、シス異性化率は30.7%となったことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012−211169号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】ブーム(Bohm)、他3名、Journal of Agricultural and Food Chemistry、2002年、第50巻、第221〜226ページ。
【非特許文献2】ファイラ(Failla)、他2名、Journal of Nutrition、2008年、第138巻、第482〜486ページ。
【非特許文献3】ジェンセン(Jensen)、他2名、Journal of American Chemical Society、1982年、第104巻、第6117〜6119ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の方法のうち、熱処理では、シス体比率はせいぜい40%程度に留まり、電磁波処理は、電磁波装置を必要とする。ラジカル反応では、食品加工には使用できないヨウ素を使用しているため、異性化後のリコピンの使用用途が限定されてしまうという問題がある。さらに、非特許文献3に記載の方法では、電磁波装置を必要とせず、より簡易な装置で実施可能であるものの、実際にリコピンをシス異性化したことは報告されていない。
【0008】
本発明は、リコピンを光増感剤の存在下で効率よくシス異性化する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、酢酸エチル又はヘキサンを溶媒とし、光増感剤としてエリトロシンB及びローズベンガルからなる群より選択される1種以上を用いることにより、リコピンを効率よくシス異性化できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明に係るリコピンのシス異性化方法、飲食品の製造方法、及び化粧品の製造方法は、下記[1]〜[7]である。
また、本発明に係るシス異性化されたリコピンの製造方法は、下記[8]〜[12]である。
[1] 酢酸エチル又はヘキサンからなる溶媒に、リコピンと、エリトロシンB及びローズベンガルからなる群より選択される1種以上の光増感剤とを溶解させたリコピン溶液に、前記光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射することを特徴とする、リコピンのシス異性化方法。
[2] 照射時間が5分間〜3時間である、前記[1]のリコピンのシス異性化方法。
[3] 光照射後のリコピンのシス異性化率が30%以上であり、かつリコピン残存率が20%以上となるように光を照射する、前記[1]又は[2]のリコピンのシス異性化方法。
[4] 前記リコピン溶液が、青果物から調製されたオレオレジンを前記溶媒に溶解させた溶液である、前記[1]〜[3]のいずれかのリコピンのシス異性化方法。
[5] 前記青果物がトマトを含む、前記[4]のリコピンのシス異性化方法。
[6] 前記[1]〜[5]のいずれかのリコピンのシス異性化方法により
リコピンをシス異性化し、次いで、得られたシス異性化されたリコピンを原料
に用いて飲食品を製造することを特徴とする、飲食品の製造方法。
[7] 前記[1]〜[5]のいずれかのリコピンのシス異性化方法により
リコピンをシス異性化し、次いで、得られたシス異性化されたリコピンを原料
に用いて化粧品を製造することを特徴とする、化粧品の製造方法。
[8] 酢酸エチル又はヘキサンからなる溶媒に、リコピンと、エリトロシンB及びローズベンガルからなる群より選択される1種以上の光増感剤とを溶解させたリコピン溶液に、前記光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射することを特徴とする、シス異性化されたリコピンの製造方法。
[9] 照射時間が5分間〜3時間である、前記[8]のシス異性化されたリコピンの製造方法。
[10] 光照射後のリコピンのシス異性化率が30%以上であり、かつリコピン残存率が20%以上となるように光を照射する、前記[8]又は[9]のシス異性化されたリコピンの製造方法。
[11] 前記リコピン溶液が、青果物から調製されたオレオレジンを前記溶媒に溶解させた溶液である、前記[8]〜[10]のいずれかのシス異性化されたリコピンの製造方法。
[12] 前記青果物がトマトを含む、前記[11]のシス異性化されたリコピンの製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、トランス体よりも、抗酸化能と生体吸収性のいずれもが良好なシス体の含有比率が高いリコピンを、比較的容易に得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明及び本願明細書において、シス異性化率とは、異性化処理(本発明においては、光照射処理)の前後における、シス体比率(全リコピンに占めるシス体リコピンの含有比率)の増加分を意味する。また、リコピン残存率とは、異性化処理前のリコピン量に対する異性化処理後のリコピン量の割合を意味する。さらに、シス異性化効率とは、異性化処理前のリコピン量に対する、異性化処理によって増加したシス体の割合を意味し、具体的には、下記式で算出される。
[シス異性化効率]=[シス異性化率]×[リコピン残存率]/100
【0013】
なお、本発明及び本願明細書において、リコピンの含有量は、逆相カラムや順相カラムを用いたHPLC(高速液体クロマトグラフィー)法により測定できる。定量は、クロマトグラム中における各リコピン異性体ピークのピーク面積に基づいて算出される。より詳細には、各リコピン異性体の含有率(各リコピン異性体のシス体比率)(%)及びリコピン残存率は、下記式により算出できる。
【0014】
[各リコピン異性体の含有率(%)]=[各リコピン異性体のピーク面積]/[全リコピンのピークの合算値]×100
[リコピン残存率(%)]=[異性化処理後の全リコピンのピークの合算値]/[異性化処理前の全リコピンのピークの合算値]×100
【0015】
本発明に係るリコピンのシス異性化方法(以下、「本発明に係るシス化方法」ということがある。)は、酢酸エチル又はヘキサンからなる溶媒に、リコピンと、エリトロシンB(CAS番号:16423−68−0)及びローズベンガル(CAS番号:632−69−9)からなる群より選択される1種以上の光増感剤とを溶解させたリコピン溶液に、前記光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射することを特徴とする。本発明に係るシス化方法は、特定の溶媒中で、特定の光増感剤の存在下、光異性化反応を行うことにより、リコピンを効率よくシス異性化することができる。
【0016】
本発明に係るシス化方法においては、酢酸エチル又はヘキサンを溶媒として用いる。なかでも、ヘキサンを用いた場合には、光照射によってリコピンが分解しにくく、リコピン残存率が高いため、充分な時間光照射することにより、シス体を効率よく得ることができる。
【0017】
本発明に係るシス化方法においては、光増感剤として、エリトロシンB及びローズベンガルからなる群より選択される1種以上を用いる。エリトロシンB又はローズベンガルの存在下で光異性化反応を行うことにより、溶媒として酢酸エチルやヘキサンを用いた場合であっても、効率よくリコピンをシス異性化することができる。なお、エリトロシンBとローズベンガルは、それぞれ単独で用いてもよく、両者を組み合わせて用いてもよい。
【0018】
リコピンのシス体には、5−シス体、9−シス体、13−シス体等の様々な異性体があり、異性化方法により得られやすいシス体の種類が異なる。例えば、有機溶媒中でリコピンを加熱処理した場合には、主に13−シス体が合成される。これに対して、本発明に係るシス化方法では、特に5−シス体(5−シスリコピン)の含有率の高いリコピン組成物が得られる。5−シスリコピンは、活性化エネルギーがリコピンのモノシス体の中で最も高く、生成しにくいが、一度合成された5−シスリコピンは安定的に存在する。また、リコピンのモノシス体の中で、5−シス体が最も生体への吸収性及び抗酸化作用が高い。
【0019】
酢酸エチル及びヘキサンはいずれも可食性の有機溶剤であり、エリトロシンB及びローズベンガルも可食性の光増感剤である。このため、本発明に係るシス化方法によってシス化されたリコピンは安全性が高く、飲食品、医薬品、化粧料等の原料として好適である。
【0020】
本発明に係るシス化方法において供されるリコピンとしては、合成品であってもよいが、植物、動物、微生物等由来の天然物であることが好ましい。なかでも、リコピン含有量の多い青果物由来のものが好ましい。リコピン含有量の多い青果物としては、例えば、トマト、ナス、パプリカ、ピーマン、ニンジン、スイカ、メロン、グレープフルーツ、カキ、サクランボ、アンズ、プラム、パパイヤ、レッドグアバ等が挙げられ、特にトマトが好ましい。
【0021】
本発明に係るシス化方法において供されるリコピンとしては、水や有機溶媒を含まないか、又はこれらの含有量が非常に少ないものが好ましい。リコピンと共に持ち込まれる溶媒が少ない方が、酢酸エチル等の特定の溶媒によるリコピンシス化効果が充分に発揮できる。例えば、青果物由来のリコピンをシス化する場合には、酢酸エチル等の溶媒に、青果物の搾汁液を充分に濃縮した濃縮物やオレオレジン(有機溶媒により抽出した後、有機溶媒を除去することにより得られる脂質画分)を混合してこれらに含まれているリコピンを溶解させることによってリコピン溶液を調製することができる。その他、本発明に係るシス化方法においては、青果物等から精製したリコピンを供してもよい。
【0022】
なお、青果物の搾汁液は、原料となる青果物を常法により搾汁することによって調製することができる。搾汁器としては、パルパー、スクリュープレス、ギナー、デカンター、一軸又は二軸(同方向若しくは異方向回転型)エクストルーダー等の飲食品分野で搾汁、搾油に通常用いられるものを適宜組み合わせて用いることができる。搾汁は、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気下で行うこともできる。青果物は、搾汁前に、適当な大きさに細断又は破砕しておくことも好ましい。細断等には、ダイサー、カッター、スライサー、ハンマークラッシャー等の通常野菜や果物の細断や破砕に用いられるものを使用することができる。また、青果物又はその細断物等は、搾汁する前に、必要に応じて加熱処理を行ってもよい。搾汁液の濃縮処理は、減圧濃縮器、撹拌型薄膜式濃縮器、プレート式濃縮器等の通常用いられる濃縮器を用いて、常法により行うことができる。
【0023】
青果物のオレオレジンは、常法により調製できる。例えば、青果物の搾汁液から不溶性画分を回収し、この不溶性画分を、アセトン、酢酸エチル、ヘキサン、ジクロロメタン、ジクロロエタン、低級脂肪族アルコール類等の有機溶剤と混合して脂質画分を抽出した後、当該有機溶剤を留去法等により除去することにより、オレオレジンが得られる。本発明においては、市販されているオレオレジンを用いてもよい。
【0024】
本発明に係るシス化方法においては、まず、酢酸エチル又はヘキサンを溶媒とし、リコピンと、エリトロシンB及びローズベンガルからなる群より選択される1種以上の光増感剤とを溶解させた溶液(リコピン溶液)を調製する。当該リコピン溶液は、溶媒にリコピンを溶解させた溶液に光増感剤を添加することによって調製してもよく、光増感剤を含有する溶媒にリコピンを溶解させることによって調製してもよい。
【0025】
リコピン溶液中のリコピン濃度は、特に限定されるものではない。本発明においては、例えば、全リコピン濃度を1×10
−6〜1×10
−2mol/L(mol/dm
3)とすることが好ましく、1×10
−5〜1×10
−3mol/Lとすることがより好ましく、1×10
−5〜1×10
−4mol/Lとすることがさらに好ましい。
【0026】
リコピン溶液中の光増感剤濃度は、光増感剤の効果、すなわち、光増感剤添加前よりもリコピンのシス異性化効率を高められるという効果が発揮し得る濃度であれば特に限定されるものではない。光増感剤の濃度が高くなるほど、より短時間でより多くのリコピンを異性化することができるが、リコピンが分解されやすくなるおそれもある。本発明においては、例えば、リコピン溶液における光増感剤の濃度が1×10
−6〜1×10
−2mol/Lとすることが好ましく、1×10
−5〜1×10
−3mol/Lとすることがより好ましく、1×10
−5〜1×10
−4mol/Lとすることがさらに好ましい。
【0027】
本発明に係るシス化方法においては、前記の通り調製されたリコピン溶液に、当該リコピン溶液に含有させた光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射する。光増感剤としてエリトロシンBを用いた場合には、400〜600nmの波長範囲内の光を照射することが好しく、ローズベンガルを用いた場合には、400〜600nmの波長範囲内の光を照射することが好ましい。
【0028】
リコピン溶液への光照射の際の光源としては、リコピン溶液に含有させた光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射し得るものであれば特に限定されるものではなく、例えば、低圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、キセノンランプ、ナトリウムランプ、ハロゲンランプ、発光ダイオード、レーザー、及び蛍光灯等を用いることができる。光照射の際に、照射波長を特定の範囲内のものとする場合には、光源に、所望の範囲以外の波長の光を遮断するためのカットフィルター等を設けることができる。
【0029】
本発明に係るシス化方法においては、シス化の効率とリコピンの分解抑制のバランスの点から、光照射後のリコピンのシス異性化率が30%以上であり、かつリコピン残存率が20%以上となるように、光の照度、照射時間、照射時のリコピン溶液の濃度等を調製して光照射することが好ましく、光照射後のリコピンのシス異性化率が45%以上であり、かつリコピン残存率が25%以上となるように光を照射することがより好ましい。
【0030】
照射時間は、特に限定されるものではなく、使用する溶媒の種類や光照射時の温度、目的のシス異性化効率等を考慮して適宜決定することができる。照射時間が長くなるほど、シス異性化反応とリコピンの分解反応が共により進行する傾向にある。本発明においては、照射時間が5分間〜3時間であることが好ましく、10〜90分間であることがより好ましく、15〜60分間がさらに好ましい。照射時間が当該範囲内であることにより、リコピンが過剰に分解されることを抑制しつつ、充分なシス化を行うことができる。
【0031】
リコピン溶液に光を照射する際の温度は、特に限定されるものではなく、使用する溶媒の種類や光照射時の温度、目的のシス異性化効率等を考慮して適宜決定することができる。本発明においては、光照射時のリコピン溶液の温度は、80℃以下であることが好ましく、40℃以下であることがより好ましく、室温であることがさらに好ましい。
【0032】
本発明に係るシス化方法によってシス体比率が高められたリコピンは、異性化処理前のリコピンと同様に、様々な用途に用いることができる。特に、本発明に係るシス化方法によって、リコピン異性体のうち、腸での吸収性と抗酸化性がより優れた5−シスリコピン含有量が従来になく多いリコピン組成物が得られるため、本発明に係るリコピンのシス化方法によりシス異性化されたリコピンを原料として飲食品又は化粧品を製造することが好ましい。当該飲食品としては、特に限定されるものではないが、各種飲料、ジュレ、ゼリー、ジャム、シャーベット、サプリメント(栄養補助食品)等が好ましい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、リコピンの各異性体を定量する際のHPLCは、下記の条件で行った。
【0034】
<リコピンの逆相HPLC条件>
装置:日本分光 GLLIVERシステム(日本分光(株)社製)、
カラム:YMC Carotenoid C−30〔固定相:C30(トリアコンチル基)、内径:4.6mm×250mm、YMC(株)製〕、
カラム温度:25℃、
サンプル注入量:20μL、
移動相:メタノール:TBME:水=75:15:10(容量比)をA液、メタノール:TBME:水=7:90:3(容量比)をB液とし、B液比率を、0〜3分後までに27%、3〜15分後までに55%、15〜25分後までに65%、25〜35分後までに85%、35〜40分後までに95%、40〜48分後までに100%、48〜49分後までに0%となるようなリニアグラジエント、
移動相の流速:1.0mL/min、
検出器:フォトダイオードアレイ検出器、
検出波長:470nm。
【0035】
[参考例1]
ジクロロメタンに溶解させたオールトランスリコピンに対して、メチレンブルー(CAS番号:61−73−4)の存在下で光異性化反応を行い、得られた異性体組成物の組成を調べた。
まず、トマトペーストから抽出した純度98%以上のリコピン(オールトランスリコピン比率:99.9〜100%)を、ジクロロメタンに溶解させ、得られたリコピン溶液(リコピン濃度:1.13×10
−4mol/L)に、終濃度が2.73×10
−5mol/Lとなるようにメチレンブルーを添加した。
次いで、当該リコピン溶液を窒素置換した後、ナトリウム(主たる照射波長は、550〜650nm)を備えた光異性化装置に設置し、室温で光を照射した。なお、メチレンブルーは、600〜650nm付近に吸収極大波長を有する光増感剤である。
【0036】
光照射前(光照射時間が0時間の時点)と、光照射開始後から経時的にリコピン溶液の一部をサンプリングし、前記の方法で逆相HPLCを行い、クロマトグラフ中のピーク面積に基づいて、リコピンの各異性体の含有率やリコピン残存率等を求めた。算出結果を表1に示す。
【0037】
表1中、「シス体比率」は、溶液中に存在する全リコピンに占めるシス体(オ―ルトランス体以外の異性体)の総量の割合を意味する。本実験においては、光照射前の溶液に含まれているリコピンはほぼ全てオールトランスリコピンであり、異性化処理前のシス体比率は微量で無視できるため、シス体比率はシス異性化率に等しい。また、表1中、「5−シス体の含有率」は、溶液中に存在する全リコピンに占める5−シス体(5−シスリコピン)の割合を意味し、「5−シス体の異性化効率」は、異性化処理前の全リコピン量に対する、異性化処理によって増加した5−シス体の割合を意味し、具体的には、下記式で算出される。
[5−シス体の異性化効率]=[シス異性化率]×[5−シス体の含有率]/100
【0038】
この結果、照射時間が5分間という非常に短時間で、シス異性化効率が60%以上であり、5−シス体の異性化効率も25%と非常に高かった。
【0039】
[参考例2]
アセトンに溶解させたオールトランスリコピンに対して、メチレンブルー、クロロフィルa(CAS番号:479−61−8)、エリトロシンB、又はローズベンガルの存在下で光異性化反応を行い、得られた異性体組成物の組成を調べた。
【0040】
まず、トマトペーストから抽出した純度98%以上のリコピン(オールトランスリコピン比率:99.9〜100%)を、アセトンに溶解させ、得られたリコピン溶液(リコピン濃度:1.9×10
−5mol/L)に、メチレンブルー(終濃度:1.87×10
−5mol/L)、クロロフィルa(終濃度:1.79×10
−5mol/L)、エリトロシンB(終濃度:1.89×10
−5mol/L)、又はローズベンガル(終濃度:1.77×10
−5mol/L)をそれぞれ添加して、4種のリコピン溶液を調製した。
【0041】
次いで、当該リコピン溶液を窒素置換した後、参考例1で使用した光異性化装置のランプをキセノンランプ(装置名:USHIO INC.XB−50101AA)とし、使用する光増感剤の極大吸収波長に応じたカットフィルターを設けたものを使用して、各溶液中の光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射した。カットフィルターは、エリトロシンB又はローズベンガルを添加した溶液の場合にはGIFフィルター((株)ニコン社製)を、メチレンブルー又はクロロフィルaを添加した溶液の場合にはLV610フィルター(朝日分光(株)社製)を、それぞれ用いた。光照射前(光照射時間が0時間の時点)と、光照射開始後から経時的にリコピン溶液の一部をサンプリングし、前記の方法で逆相HPLCを行い、クロマトグラフ中のピーク面積に基づいて、リコピンの各異性体の含有率やリコピン残存率等を求めた。算出結果を表1に示す。
【0042】
この結果、アセトンに溶解させたリコピンは、いずれの光増感剤を用いた場合でも、わずか15分間の光照射によってシス異性化効率が20%以上となっており、さらに5−シス体の異性化効率も2%以上と高かった。
【0043】
【表1】
【0044】
[実施例1]
酢酸エチル又はヘキサンに溶解させたオールトランスリコピンに対して、エリトロシンB、ローズベンガル、クロロフィルa、β−カロテン(CAS番号:7235−40−7)、銅クロロフィル(CAS番号:15739−09−0)、又はベンゾフェノン(CAS番号:119−61−9)の存在下で光異性化反応を行い、得られた異性体組成物の組成を調べた。
【0045】
まず、トマトペーストから抽出した純度98%以上のリコピン(オールトランスリコピン比率:99.9〜100%)を、酢酸エチル又はヘキサンに溶解させ、得られたリコピン溶液に、1種類の光増感剤を添加した。各溶液におけるリコピン濃度(mol/L)及び光増感剤濃度(mol/L)を表2に示す。
【0046】
【表2】
【0047】
次いで、当該リコピン溶液を窒素置換した後、参考例1で使用した光異性化装置のランプを所望の波長範囲の光を放射するランプとし、使用する光増感剤の極大吸収波長に応じたカットフィルターを設けたものを使用して、各溶液中の光増感剤が吸収し得る波長範囲内の光を照射した。ベンゾフェノンを添加した溶液の場合には、低圧水銀ランプを光源とし、カットフィルターなしで測定した。その他の光増感剤を添加した溶液の場合には、キセノンランプ(装置名:USHIO INC.XB−50101AA)を光源とした。また、カットフィルターは、エリトロシンB又はローズベンガルを添加した溶液の場合にはGIFフィルター((株)ニコン社製)を、メチレンブルー、クロロフィルa、又は銅クロロフィルを添加した溶液の場合にはLV610フィルター(朝日分光(株)社製)を、β−カロテンを添加した溶液の場合にはV−40フィルター(AGCテクノグラス(株)社製)を、それぞれ用いた。光照射前(光照射時間が0時間の時点)と、光照射開始後から経時的にリコピン溶液の一部をサンプリングし、前記の方法で逆相HPLCを行い、クロマトグラフ中のピーク面積に基づいて、リコピンの各異性体の含有率やリコピン残存率等を求めた。算出結果を表3に示す。表3中、「シス体比率」、「5−シス体の含有率」、「5−シス体の異性化効率」は、表1と同じ意味である。
【0048】
【表3】
【0049】
この結果、参考例2とは異なり、ヘキサンに溶解させたリコピン溶液では、クロロフィルaの存在下で光照射を行っても、シス体比率は10%未満と低く、5−シス体も検出されなかった。これに対して、エリトロシンB又はローズベンガルの存在下で光照射を行った場合には、わずか15分間の光照射によってシス異性化効率が60%以上と非常に高くなっており、さらに5−シス体の異性化効率も15%以上と非常に高かった。
【0050】
また、酢酸エチルに溶解させたリコピン溶液では、クロロフィルaの存在下で光照射を行うことにより、シス異性化は生じていたものの、60分間照射してもシス異性化効率は20%未満であり、5−シス体の含有量も少なかった。ベンゾフェノンの存在下では、クロロフィルaよりもシス異性化効率と5−シス異性化効率が高かったものの、充分とはいえなかった。β−カロテン又は銅クロロフィル存在下では、ほとんどシス異性化は進行していなかった。これに対して、エリトロシンB又はローズベンガルの存在下で光照射を行った場合には、わずか15分間の光照射によってシス異性化効率が20%以上と非常に高くなっており、さらに5−シス体の異性化効率も5%以上と高かった。