特許第6236601号(P6236601)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6236601
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】高性能工具のためのナノ層コーティング
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/24 20060101AFI20171120BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   C23C14/24 F
   C23C14/24 R
   C23C14/06 P
【請求項の数】16
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-517500(P2014-517500)
(86)(22)【出願日】2012年6月25日
(65)【公表番号】特表2014-523968(P2014-523968A)
(43)【公表日】2014年9月18日
(86)【国際出願番号】EP2012002673
(87)【国際公開番号】WO2013000557
(87)【国際公開日】20130103
【審査請求日】2015年6月24日
(31)【優先権主張番号】61/503,038
(32)【優先日】2011年6月30日
(33)【優先権主張国】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】アルント,ミリヤム
【審査官】 有田 恭子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/140958(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/088947(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/072850(WO,A1)
【文献】 特開2009−263717(JP,A)
【文献】 特表2008−534297(JP,A)
【文献】 特開2010−188461(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
交互の少なくとも90at.%AlTiNからなるAナノ層および少なくとも90at.%TiSiNからなるBナノ層のナノ積層構造を備えるコーティングが基板の表面に堆積され、微粒子構造を示す前記ナノ積層構造を堆積するために少なくとも1つのアーク蒸発源を使用する、コーティング本体を製造するための方法であって、
前記微粒子構造の粒子境界は前記コーティングの厚みを横切って前記基板へと延在せず、
前記少なくとも1つのアーク蒸発源は、ターゲット上に設けられ、前記ターゲットの表面の上または上方に磁界を発生させるための磁界構成を含み、
前記磁界構成は周辺永久磁石と、中心永久磁石と、前記ターゲットの後ろに配置される少なくとも1つのリングコイルとを含み、巻線によって規定される前記リングコイルの内径は前記ターゲットの直径以下であり、
前記ナノ積層構造を堆積する間、前記周辺永久磁石は、前記ターゲットの表面上への前記周辺永久磁石の突出が、前記ターゲットの表面上への前記リングコイルの突出と比較して前記ターゲットの表面の中心からさらに離れるように、前記ターゲットから離れて位置決めされ、かつ、前記中心永久磁石は前記ターゲットに対して後退するように後方に位置決めされることを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記周辺永久磁石と前記ターゲットとの間の距離は6〜10mmであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
負のコイル電流が印加されることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
印加される前記コイル電流は−0.1〜−1Aであることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
交互の少なくとも90at.%AlTiNからなるAナノ層および少なくとも90at.%TiSiNからなるBナノ層のナノ積層構造を備えるコーティングが基板の表面に堆積され、微粒子構造を示す前記ナノ積層構造を堆積するために少なくとも1つのアーク蒸発源を使用する、コーティング本体を製造するための方法であって、
前記微粒子構造の粒子境界は前記コーティングの厚みを横切って前記基板へと延在せず、
前記少なくとも1つのアーク蒸発源は、カソードとして用いられるターゲットと、前記カソードの直接の近傍に配置されるアノードと、生成する磁力線が前記アノードに導かれる磁気手段とを含むことを特徴とする、方法。
【請求項6】
正のコイル電流が印加されることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
印加される前記コイル電流は0.5〜2Aであることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ナノ積層構造を堆積するための原料として用いられる前記ターゲットを各々が有する少なくとも2つのアーク蒸発源を用いることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載の方法であって、
前記少なくとも2つのアーク蒸発源の一方に含まれる前記ターゲットは、少なくともアルミニウムおよびチタンを原子百分率で主原料として含む第1の複合ターゲットであり、前記第1の複合ターゲットは前記Aナノ層を堆積するために用いられ、
前記少なくとも2つのアーク蒸発源の他方に含まれる前記ターゲットは、少なくともチタンおよびシリコンを原子百分率で主原料として含む第2の複合ターゲットであり、前記第2の複合ターゲットは前記Bナノ層を堆積するために用いられる、方法。
【請求項9】
前記第1の複合ターゲット及び前記第2の複合ターゲットの少なくとも一つは粉末冶金技術によって作られることを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記ナノ積層構造は、主原料として窒素を含む反応雰囲気中で堆積されることを特徴とする、請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記ナノ積層構造は、少なくとも主原料として窒素を含む反応雰囲気を有するコーティング室内で堆積されることを特徴とする、請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記窒素の分圧は4〜7Paであることを特徴とする、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記ナノ積層構造の堆積の間、負のDCバイアス電圧が印加されることを特徴とする、請求項1〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記ナノ積層構造の堆積の間、前記基板は450℃以上700℃以下の温度に維持されることを特徴とする、請求項1〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
前記Aナノ層は、式(AlxTi1-x-yy)Nによって与えられる元素組成を有し、0.50≦x≦0.65および0≦y≦0.10であり、x、1−x−yおよびyによって与えられる係数は、前記Aナノ層中の元素量について元素のアルミニウム、チタンおよびタングステンのみを考慮すると、アルミニウム、チタンおよびタングステンの原子濃度にそれぞれ対応し、
前記Bナノ層は、式(Ti1-z-uSizu)Nによって与えられる元素組成を有し、0.05≦z≦0.30および0≦u≦0.10であり、1−z−u、zおよびuによって与えられる係数は、前記Bナノ層中の元素量について元素のチタン、シリコンおよびタングステンのみ考慮すると、チタン、シリコンおよびタングステンの原子濃度にそれぞれ対応することを特徴とする、請求項1〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
基板と、
前記基板上に形成されたコーティングとを備え、前記コーティングは、交互の少なくとも90at.%AlTiNからなるAナノ層および少なくとも90at.%TiSiNからなるBナノ層のナノ積層構造を含み、前記ナノ積層構造は微粒子構造を示し、前記微粒子構造の粒子境界は前記コーティングの厚みを横切って前記基板へと延在せず、
前記Aナノ層は、式(AlxTi1-x-yy)Nによって与えられる元素組成を有し、0.50≦x≦0.65および0≦y≦0.10であり、x、1−x−yおよびyによって与えられる係数は、前記Aナノ層中の元素量について元素のアルミニウム、チタンおよびタングステンのみを考慮すると、アルミニウム、チタンおよびタングステンの原子濃度にそれぞれ対応し、
前記Bナノ層は、式(Ti1-z-uSizu)Nによって与えられる元素組成を有し、0.05≦z≦0.30および0≦u≦0.10であり、1−z−u、zおよびuによって与えられる係数は、前記Bナノ層中の元素量について元素のチタン、シリコンおよびタングステンのみ考慮すると、チタン、シリコンおよびタングステンの原子濃度にそれぞれ対応することを特徴とする、コーティング本体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬質ナノ層状コーティングシステムまたはナノ積層コーティング構造、およびそれを基板表面に堆積する方法に関する。より特定的には、本発明に係るナノ層状コーティングシステムは、A型のナノ層およびB型のナノ層を含むコーティングシステムに関する。A型のナノ層はアルミニウムAl、チタンTi、および窒素Nを含み、B型のナノ層はチタンTi、シリコンSi、および窒素Nを含む。さらに本発明によると、好ましくは、A型のナノ層および/またはB型のナノ層のうち少なくともいくつかは、タングステンWをさらに含む。
【0002】
「ナノ層状コーティングシステム」、「ナノ積層コーティング構造」、「ナノ積層構造」および「ナノ層状構造」という概念は本発明の文脈内で区別なく用いられ、同じ意味を有する。
【0003】
本発明に係るコーティングシステムおよび堆積方法は、最新技術と比較して鋼鉄および鋳鉄の機械加工などの自動車用途におけるより高い生産性を可能にする高性能固体炭化物ドリルの製造に特に適している。
【背景技術】
【0004】
最新技術
切削工具は通常、切削作業においてよりよい効率を達成するためにPVD(物理蒸着)および/またはCVD(化学蒸着)法を用いてコーティングされる。切削工具のためのPVDおよびCVDコーティングは、向上した耐摩耗性および耐酸化性を提供するために設計されることが多いが、より高い効率を達成するためには、コーティング設計をコーティング特性の最も便利な組合せに関して各々の特定用途に適合させなければならない。このため、多くの異なる種類のPVD(物理蒸着)およびCVD(化学蒸着)コーティングがこれまでに開発されている。
【0005】
米国特許第5,580,653号には、以下の式(AlxTi1-x-ySiy)(C1-zz)によって与えられ、0.05≦x≦0.75、0.01≦y≦0.1、および0.6≦z≦1である組成を有する硬質皮膜が提案されている。xが0.05未満であるかまたはyが0.01未満である場合、耐酸化性の十分な改善を実現することができると述べられている。さらに、xが0.75よりも大きいかまたはyが0.1よりも大きい場合、皮膜の結晶構造が立方晶構造から六方晶構造に変わり、結果として硬度および耐摩耗性が減少すると述べられている。皮膜堆積には物理蒸着法、より具体的にはアーク放電イオンプレーティング法が用いられ、目的とする皮膜中の金属組成と同じ金属組成を有する合金ターゲットが材料源として用いられている。
【0006】
しかし、米国特許第6,586,122号には、従来のTiAlN皮膜にSiを単に添加しても改善できる耐酸化性はせいぜい1.2倍未満であり、これは高速切削市場の現在の需要を満たすのに不十分であると述べられている。さらに、米国特許第6,586,122号には、Ti系硬質皮膜にSiを添加するとその耐酸化性をやや改善できるが、元の皮膜の静的耐摩耗性を十分に改善することはできず、したがって結果として不十分な改善であると説明されている。また、単にSiを含有する皮膜は、Siを含有しない皮膜よりも非常に大きな圧縮応力による脆性が高く、この過度の圧縮応力によって皮膜が切削工具基板からすぐに剥離してしまう傾向があると述べられている。
【0007】
したがって、米国特許第6,586,122号の著者たちは、切削工具基板と、当該基板上に形成されたSiを含まない第1の硬質皮膜およびSiを含む第2の硬質皮膜を有する多層皮膜とを含み、十分な切削性能、特に優秀な耐酸化性および耐摩耗性を示し得るSi含有多層皮膜被覆切削工具を提案している。第1の硬質皮膜は、Ti、AlおよびCrからなるグループから選択される1つ以上の金属成分と、N、B、CおよびOからなるグループから選択される1つ以上の非金属成分とを含み、第2の硬質皮膜は、Siと、周期表の4a、5aおよび6a族からなるグループから選択される1つ以上の金属成分と、Alと、N、B、CおよびOからなるグループから選択される1つ以上の非金属成分とを含む。切削工具の切削性能を十分高めるために、第2の硬質皮膜は、比較的高いSi濃度を有する相および比較的低いSi濃度を有する相を含む組成分離の多結晶膜でなければならない。この第2の硬質皮膜は、Siに富んだ硬質結晶粒子(平均粒径は好ましくは50nm以下)が比較的少量のSiを含む相によって構成されるマトリクスに分散された非晶質または微晶質の構造を有するように堆積されなければならない。さらに、そのような多層硬質皮膜は、特定的に特別に小さい圧縮応力と、改善した耐摩耗性と、第2の硬質皮膜の特別な構造のために切削工具基板に対する改善した接着性とを示すと述べられている。さらに、異なる量のSiを有する異なる相を含むこのような種類のSi含有硬質皮膜は従来の被覆法では形成できず、たとえば、被覆処理時に正電圧と負電圧との間で連続的または周期的に変化する基板バイアスパルス電圧を印加するPVD被覆法などの、被覆時におけるイオンエネルギの連続的または周期的な変化を含む被覆法でなければ形成できないと説明されている。このように、イオンエネルギの連続的または周期的な変化がもたらされ、これによってイオン拡散挙動も変化し、続いてSi含有硬質皮膜中のSi濃度も変化する。さらに、被覆温度も、イオン拡散挙動を制御するための、したがって結晶形態、特に多層皮膜の第2の硬質皮膜中の高いSi濃度相を構成する結晶の粒径を制御するための重要な要因であると述べられている。
【0008】
国際公開第2010/140958号は、切屑除去による機械加工用の切削工具であって、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化ホウ素系材料または高速度鋼の硬質合金の本体を有し、当該工具の上に硬質の耐摩耗性PVD皮膜が堆積され、当該皮膜は交互のAおよびB層の円柱状かつ多結晶のナノ積層構造を有し、層Aは(Ti1−xAlxMe1p)Naであり、0.3<x<0.95、好ましくは0.45<x<0.75、0.90<a<1.10、好ましくは0.96<a<1.04、0≦p<0.15であり、Me1はZr、Y、V、Nb、MoおよびWのうち1つ以上であり、層Bは(Ti1−y−zSiyMe2z)Nbであり、0.05<y<0.25、好ましくは0.05<y<0.18、0≦z0.4、0.9<b<1.1、好ましくは0.96b<1.04であり、Me2はY、V、Nb、Mo、WおよびAlのうち1つ以上であり、ナノ積層構造の厚みは0.5〜20μm、好ましくは0.5〜10μmであり、円柱の平均幅は20〜1000nmであり、AおよびB層の個々の平均の厚みは1〜50nmである切削工具を開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的
本発明の目的は、高性能切削工具のためのコーティングシステムを提供することであって、特に、鋼鉄および鋳鉄の機械加工などの特に自動車用途において最新技術と比較してより高い生産性を可能にする高性能固体炭化物ドリルのための広帯域のコーティングを提供することである。さらに、本発明の目的は、上述の高性能コーティング工具を製造するための商業用コーティング方法を提供することである。さらに、本発明に係るコーティング方法は可能な限り丈夫で単純であるべきである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明の説明
上述の目的は、両方とも高性能切削工具の効率を改善するために特別に設計された硬質ナノ層状コーティングシステムおよびそのコーティング堆積方法を提供することによって本発明によって達成される。
【0011】
本発明をよりよく説明するために、図1図8が説明に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係るコーティング構造の図面である。
図2】切削試験1の図である。
図3】切削試験2の図である。
図4】切削試験3の図である。
図5a】570℃で堆積されたナノ積層構造の、発明のコーティングの破断面走査型電子顕微鏡写真の図である。
図5b】500℃で堆積されたナノ積層構造の、発明のコーティングの破断面走査型電子顕微鏡写真の図である。
図6図7において発明のコーティング3と称される発明のコーティング3に含まれるナノ積層構造中の残留応力σを計算するための測定方法の例の図である。
図7】4個の異なる発明のコーティング1,2,3および4の計算された残留応力σの図である。
図8】発明のコーティング1の因数F10/90の定義を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステム(5)は、1つずつ交互に堆積されたA型のナノ層およびB型のナノ層を含む多層コーティングシステムに関する。A型のナノ層はアルミニウムAl、チタンTi、および窒素Nを含み、B型のナノ層はチタンTi、シリコンSi、および窒素Nを含む。好ましくは、少なくともいくつかのA型のナノ層および/または少なくともいくつかのB型のナノ層は、タングステンWをさらに含む。
【0014】
本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムに含まれるA型またはB型の各ナノ層は、本質的に、個々の層の最大の厚みが200nm未満である。
【0015】
本発明では、ナノ二重層周期は、繰返し(少なくとも2回)1つずつ堆積された1つのA型のナノ層および1つのB型のナノ層の2つのナノ層の厚みの合計と定義する。
【0016】
上述のような、しかしナノ二重層周期が約300nm以上であるコーティングシステムは、著しく劣る切削性能を示すことが判明した。
【0017】
したがって、本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムの好ましい実施形態は、本質的にナノ二重層周期が300nm未満であることを特徴とする。
【0018】
さらに、本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムの好ましい実施形態は、以下の式に係る元素組成を有するA型およびB型のナノ層を含む:
・ナノ層A:(AlxTi1-x-yy)Nであり、xおよびyはat.%であり、0.50≦x≦0.65および0≦y≦0.10である
・ナノ層B:(Ti1-z-uSizu)Nであり、zおよびuはat.%であり、0.05≦z≦0.30および0≦u≦0.10である
さらに、本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムの好ましい実施形態は、少なくとも4個または好ましくは少なくとも10個の個別のナノ層を含み、これらはそれぞれ少なくとも2個のA型のナノ層および2個のB型のナノ層、または好ましくは少なくとも5個のA型のナノ層および5個のB型のナノ層であり、A型のナノ層およびB型のナノ層は交互に堆積され、すなわちA型のナノ層の各々が対応するB型のナノ層の各々の上に堆積され、および/またはB型のナノ層の各々が対応するA型のナノ層の各々の上に堆積される。
【0019】
本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステム(5)を図1に示す。図1の硬質ナノ層状コーティングシステムは、それぞれA1,A2,A3,…Anである量nのA型のナノ層と、それぞれB1,B2,B3,…Bmである量mのB型のナノ層とを含み、A型のナノ層の厚みはdAとして表され、それぞれdA1,dA2,dA3,…dAnであり、B型のナノ層の厚みはdBとして表され、それぞれdB1,dB2,dB3,…dBmである。本発明によると、A型のナノ層の量は好ましくはB型のナノ層の量と等しく、n=mまたは少なくとも
【0020】
【数1】
【0021】
である。
本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムの他の好ましい実施形態では、A型のナノ層の厚みおよびB型のナノ層の厚みはほぼ等しく、
【0022】
【数2】
【0023】
であり、それぞれ
【0024】
【数3】
【0025】
であり、A1=dA2=dA3=…dAnおよびdB1=dB2=dB3=…dBmである。
特に、B層の厚みがA層の厚みよりも大きい場合に、本発明に従って堆積されたコーティングによって非常に良好な切削性能が観察された。したがって、本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムのさらに好ましい実施形態では、A型のナノ層の厚みはB型のナノ層の厚みよりも小さく、dA<dBまたは好ましくはdA≪dBであり、それぞれdAn<dBmまたは好ましくはdA≪dBmであり、dA1=dA2=dA3=…dAnおよびdB1=dB2=dB3=…dBmである。
【0026】
本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムのもう1つの好ましい実施形態では、A型のナノ層の厚みはB型のナノ層の厚み以下であり、個々のナノ層Aの厚みおよび個々のナノ層Bの厚みはコーティングの全厚みに沿って変化し、dA≦dBであり、それぞれdAn≦dBmであり、
a)dA1≧dA2≧dA3≧…dAnおよびdB1≧dB2≧dB3≧…dBmであり、または
b)dA1≦dA2≦dA3≦…dAnおよびdB1≦dB2≦dB3≦…dBmであり、または
c)コーティングの全厚みの少なくとも一部は、a)に従って堆積されたA型のナノ層およびB型のナノ層を含み、コーティングの全厚みの少なくとも一部は、b)に従って堆積されたA型のナノ層およびB型のナノ層を含む。
【0027】
図1に示されるように、本発明に係る硬質ナノ層状コーティングシステムの構造は、基板(1)と、交互のナノ層Aおよびナノ層Bからなる硬質ナノ層コーティングシステムとの間に、中間層(2)をさらに含み得る。中間層(2)の厚みおよび組成は、たとえば硬質ナノ層状コーティングシステムの組織に影響を与えるように、かつコーティング時の応力を低下させるように選択されるべきである。さらに、図1に示されるように、交互のナノ層Aおよびナノ層Bからなるナノ層コーティングシステムの最後の層の上に最上層(3)がさらに堆積され得る。
【0028】
本発明の1つの実施形態では、基板(1)と硬質ナノ層状コーティングシステムとの間に中間層(2)が堆積され、中間層(2)は、硬質ナノ層コーティングシステムを形成するナノ層Aと同じAlおよびTiまたはAl、TiおよびWの濃度比を有するAlTiNまたはAlTiWNからなる。
【0029】
本発明の他の実施形態では、特別な表面の色を提供するために、交互のナノ層Aおよびナノ層Bからなるナノ層コーティングシステムの最後の層の上に最上層(3)が堆積される。
【0030】
中間層(2)および最上層(3)の両方とも、可能な限り薄く堆積されるべきである。
本発明に係る(AlxTi1-x-yy)N/(Ti1-z-uSizu)Nコーティングを、PVD技術を用いて高性能固体炭化物ドリル上に堆積した。より具体的には、当該コーティングを、エリコンバルザース社のInnovaコーティング機械でアークイオンプレーティング堆積法によって堆積した。本発明に係るコーティングの堆積に特に好適なコーティングパラメータは以下のとおりである:
・N圧力:4〜7Pa
・DC基板バイアス電圧:−20〜−60V
・温度:450〜700℃
・アーク電流は、ターゲット材料の蒸発に用いるアーク蒸発器の種類およびナノ層の所望の厚みを考慮して各実験ごとに定めた。
【0031】
本発明の他の重要な局面は、コーティング堆積に用いるアーク蒸発器の種類の重大な影響である。
【0032】
異なる種類のコーティングを異なる種類のアーク蒸発器を用いて本発明に従って堆積した。特許文献である国際公開第2010/088947号および米国特許出願連続番号第61/357,272号に記載されている種類のアーク蒸発器が本発明に係るコーティングの堆積に特に好適であることがわかった。これらの種類のアーク蒸発器を用いて、最も低い六方晶相含有量と、高すぎない固有圧縮応力と、好ましい組織とを示し、これによって特に良好なコーティング特性および最良の切削性能をが得られるコーティングを得ることができた。
【0033】
上述のアーク蒸発器を用いて、高剛性、高耐酸化性および低固有圧縮応力の優れた組合せを示し、これによって特に穿孔作業に優れた切削性能をもたらす、本発明に係るコーティングを堆積することができた。
【0034】
本発明に係るコーティングはさらに、図2図3および図4に示されるように、切削試験において最新技術のコーティングよりも優れた性能を示す。
【0035】
上述のアーク蒸発器およびアーク蒸発源の両方とも、本発明に係るコーティングの堆積にとって決定的であった。いずれの場合にも、アーク蒸発源の構成および操作モードがコーティング特性に影響を与えた。特に、ナノ積層コーティングのミクロ構造に影響を与えて当該構造を円柱状ではなく微粒子状にして、このようにして非円柱構造であるが微粒子構造を得ることができた。本発明に従って堆積されたナノ積層膜中のこれらの微粒子構造の形態は、図5に明確に観察できる。図5に示される写真は、本発明に従って堆積された2つのコーティングの破断面走査型電子顕微鏡写真に対応し、当該コーティングは、交互のAおよびB層のナノ積層構造(5)を有し、それぞれ層AはAlTiN層、層BはTiSiNナノ層であり、かつ、約50nm以下の二重層周期(少なくとも2回1つずつ交互に堆積された1つのA層および1つのB層、すなわち少なくともA/B/A/BまたはB/A/B/A構造を形成する層の厚みの合計)を有する。図5aおよび図5bに示されるナノ積層構造は、コーティング時の基板温度をそれぞれ約570℃および500℃に維持して堆積した。両方のナノ積層構造は、異なる粒径を有する微粒子構造を示す。
【0036】
本発明に係る微粒子構造を示す生成されたナノ積層構造は、円柱構造を示す同様のコーティングよりも、特にクラック伝播を防止するのにより有利である。これは、ナノ積層構造中の粒子境界または結晶境界の分布における差異に起因し得る。円柱構造では、結晶は円柱として平行に成長し、結果としてコーティングの厚みを横切って基板へと延在する長い結晶境界を有するため、基板への方向においてコーティングの厚みに沿ったクラック伝播を促進し、結果としてコーティングの層間剥離またはコーティングの不良がより急速に生じる。円柱構造とは異なり、本発明に従って生成されるような微粒子構造は、その結晶境界または粒子境界がコーティングの厚みを横切って基板へと延在せず、結果として基板への方向においてコーティングの厚みに沿ったクラック伝播を停止する微粒子を含む。
【0037】
おそらく上記に説明した理由のため、本発明に従って形成されるナノ積層構造によって示される微粒子構造は、寿命、耐疲労性、耐クレーター摩耗性、破壊靭性および耐酸化性に関して、穿孔およびフライス作業時に円柱構造よりも特に良好な切削性能を示す。
【0038】
本発明に従って堆積した発明のコーティングに含まれる交互のAおよびBナノ層のナノ積層構造の平均残留応力σを測定した。堆積した発明のコーティングのうちいくつかの測定値を図7に示す。応力は、sin2ψ法を用いてXRD測定によって評価した。測定は、約43°2θで200ピークのCuKα線を用いて行った。本発明に従って堆積したナノ積層コーティング構造の残留応力の計算に用いた方法を、発明のコーティング3の例を用いて図6に例示的に示す。発明のコーティング3は、交互のAlTiNおよびTiSiNナノ層のナノ積層構造を有し、全ナノ積層構造の平均組成は、エネルギ分散型x線分光法によって測定すると、原子百分率で20.3%Ti、14.18%Al、2.15%Siおよび55.37%Nであった。二重層周期は50nm未満であった。発明のコーティング3は、TiAlN層の堆積のための、原子百分率で60%Al/40%Tiの組成を有する粉末冶金複合TiAlターゲットと、TiSiN層の堆積のための、原子百分率で85%Ti/15%Siの組成を有する溶融冶金複合TiSiターゲットとを用いて、アークPVD技術によって堆積した。
【0039】
本発明に係るコーティングの好ましい実施形態では、交互のナノ層AおよびBのナノ積層構造が示す平均残留応力σは2〜5GPa、好ましくは2.5〜4GPa、より好ましくは2.8〜4GPaである。残留応力のこれらの推奨値は、穿孔およびフライス作業に特に有利であり得る。
【0040】
本発明の別の好ましい実施形態では、y=u°=0であるナノ積層される(AlxTi1-x-yy)N/(Ti1-z-uSizu)Nは、それぞれ(AlxTi1-x)Nおよび(Ti1-zSiz)Nナノ層の堆積のための粉末冶金技術によって作られたAlTiターゲットおよび溶融冶金技術によって作られたTiSiターゲットを原料として用いるアークPVD技術によって堆積される。
【0041】
本発明のさらに好ましい実施形態では、y=u°=0であるナノ積層される(AlxTi1-x-yy)N/(Ti1-z-uSizu)Nは、それぞれ(AlxTi1-x)Nおよび(Ti1-zSiz)Nナノ層の堆積のための粉末冶金技術によって作られたAlTiターゲットおよびこれも粉末冶金技術によって作られたTiSiターゲットを原料として用いるアークPVD技術によって堆積される。
【0042】
本発明に係るコーティング堆積の例1:
約5〜30nmの二重層周期を有するAlTiN/TiSiNコーティングを、以下のコーティング条件で、エリコンバルザース社のInnova型のコーティング機械で高性能固体炭化物ドリルφ8.5mm上に堆積した。
【0043】
圧力:6Pa
基板バイアス電圧:−40V(DC)
温度:570℃
AlTiNおよびTiSiNナノ層の堆積のために、Al0.6Ti0.4およびTi0.85Si0.15の元素組成を有するターゲットをそれぞれ用いた。特許文献である国際公開第2010/088947号の図15においてKrassnitzer等が提案する種類のアーク蒸発器を用いて、材料源ターゲットを蒸発させた。コーティング堆積のためにアーク蒸発器を調節することによって、内部(中心)永久磁石をターゲットに対して後退するように(後方に)位置決めし、外部永久磁石をターゲットに対して8mm離して位置決めした。コイル電流−0.3Aおよびアーク電流140Aを設定してアーク蒸発器を操作した。コーティングした切削工具を、表面品質を改善するために異なる機械的手法を用いて、コーティング後に後処理した。
【0044】
例1に従ってコーティングした後処理済みの固体炭化物ドリルを切削試験1および3によって試験した。これらはすべての切削試験において見事に優れた切削性能を示し(図2および図4参照)、操作時間が約50%増加した。切削試験の結果は、後処理の技術によって本質的に修正していない。
【0045】
図2は、以下の切削パラメータによって、コーティングされた固体炭化物ドリルφ8.5mmを用いて行なった切削試験1によって得られた結果を示す:
切削速度vc:180m/min
送りf:0.252mm/rev
貫通孔の開口:40mm
ワーク材料:Rm=900MPaで1.7225(42CrMo4)
図4は、以下の切削パラメータによって、コーティングされた固体炭化物ドリルφ8.5mmを用いて行なった切削試験3によって得られた結果を示す:
切削速度vc:100m/min
送りf:0.22mm/rev
貫通孔の開口:40mm
ワーク材料:EN−GJS−600−3(ノジュラー鋳鉄)
本発明に係るコーティング堆積の例2:
約8〜15nmの二重層周期を有するAlTiN/TiSiNコーティングを、以下のコーティング条件で、エリコンバルザース社のInnova型のコーティング機械で高性能固体炭化物ドリルφ8.5mm上に堆積した。
【0046】
圧力:5Pa
基板バイアス電圧:−30V(DC)
温度:570℃
AlTiNおよびTiSiNナノ層の堆積のために、Al0.6Ti0.4およびTi0.75Si0.25の元素組成を有するターゲットをそれぞれ用いた。例1で説明したのと同じ種類のアーク蒸発器を用いて、材料源ターゲットを蒸発させた。磁石システムの調節については、内部永久磁石もターゲットに対して後方に位置決めし、外部永久磁石はTiAlおよびTiSiターゲットからそれぞれ8mmおよび10mm離して位置決めした。コイル電流−0.3Aおよび−0.5Aならびにアーク電流140Aおよび160Aを設定して、TiAlおよびTiSiターゲットを蒸発させるためのアーク蒸発器をそれぞれ操作した。
【0047】
本発明に係るコーティング堆積の例3:
約5〜30nmの二重層周期を有するAlTiN/TiSiNコーティングを、以下のコーティング条件で、エリコンバルザース社のInnova型のコーティング機械で高性能固体炭化物ドリルφ8.5mm上に堆積した。
【0048】
圧力:6Pa
基板バイアス電圧:−50V(DC)
温度:500℃
AlTiNおよびTiSiNナノ層の堆積のために、Al0.6Ti0.4およびTi0.80Si0.20の元素組成を有するターゲットをそれぞれ用いた。例1および2で説明したのと同じ種類のアーク蒸発器を用いて、材料源ターゲットを蒸発させた。アーク蒸発器は、例1で使用したのと同じパラメータで操作した。
【0049】
例2および3に従って堆積したコーティングも、切削試験1および3で説明したのと同様の切削試験で非常に良好な切削性能を示した。
【0050】
本発明に係るコーティング堆積の例4:
約5〜30nmの二重層周期を有する本発明に係るAlTiN/TiSiNコーティングを、高性能固体炭化物ドリルφ8.5mm上に堆積した。TiAlおよびTiSiターゲットを蒸発させるために、米国特許出願連続番号第61/357,272号に記載されている種類のアーク蒸発器を用いた。この種類のアーク蒸発器は、カソード(ターゲット)と、アノードと、磁線をカソードの直接の近傍に配置されるアノードに導くことを可能にする磁気手段とを含む。コイル電流1.0Aおよび1.2Aならびにアーク電流200Aおよび180Aを設定して、TiAlおよびTiSiターゲットを蒸発させるためのアーク蒸発器をそれぞれ操作した。
【0051】
例4に従ってコーティングした固体炭化物ドリルも後処理し、それらの切削性能を切削試験2によって評価した。切削試験2の結果を図3に示す。
【0052】
図3は、以下のパラメータによって、コーティングされた固体炭化物ドリルφ8.5mmを用いて行なった切削試験2によって得られた結果を示す:
切削速度vc:80m/min
送りf:0.284mm/rev
貫通孔の開口:40mm
ワーク材料:Rm=900MPaで1.7225(42CrMo4)
本発明に係るコーティング堆積の例5:
約30,50,75,100,150,180,200,250および300nmの二重層周期を有する本発明に係るAlTiN/TiSiNコーティングを、例4で使用したのと同じ種類のアーク蒸発器を用いて、高性能固体炭化物ドリルφ8.5mm上に数回に分けて堆積した。TiSiおよびAlTiターゲットからの材料蒸発のために、160〜200Aおよび180〜200Aの範囲のアーク電流をそれぞれ設定した。コイル電流もそれに応じて調整した。
【0053】
一般に、約300nmのナノ二重層周期を有するコーティングは著しく劣る切削性能を示したが、100nm未満のナノ二重層周期を有するコーティングは特に最良の切削性能を示した。例4に従ってコーティングした高性能固体炭化物ドリルφ8.5mmの切削試験の結果は、例1〜3に従ってコーティングした固体炭化物ドリルの切削試験によって得られた結果と比較して良好であった。
【0054】
上述のアーク蒸発器を用いて、約36〜46GPaのコーティング硬度値および約400〜470GPaのヤング率値を示す本発明に係るコーティングを堆積することができた。コーティング硬度およびヤング率の両値はナノ圧痕技術を用いて測定した。
【0055】
さらに、本発明に従って堆積されたコーティングは、X線検査によって測定された組織強度200/100≧10を示す。
【0056】
ピーク幅の比PWI_10/90は、式PWI_10%/PWI_90%を用いて計算した。PWI_10%およびPWI_90%はそれぞれ最大ピーク強度の10%および90%におけるピーク200の有効幅である。ピーク200は、CuKα線を用いたX線回折を使用して2θ軸において約43°で測定する。回折線は、CuKα2からの寄与、回折統計(平滑化)および背景に関して修正した。このようにして得られた、発明のコーティング1に含まれる交互のAおよびB層のナノ積層構造において測定されるピーク200を図8に例示的に示す。
【0057】
本発明に従って堆積された交互のAおよびB層(AlxTi1-x-yy)N/(Ti1-z-uSizu)Nのナノ積層コーティング構造の特徴的なPWI_10/90の値を表1に報告する。
【0058】
表1:発明のコーティング1,2,3および4に含まれる本発明に従って堆積されたナノ積層コーティング構造(AlxTi1-x-yy)N/(Ti1-z-uSizu)Nについて測定されたPWI_10/90
【0059】
【表1】
【0060】
本発明のさらに好ましい実施形態では、ナノ積層された(AlxTi1-x-yy)N/(Ti1-z-uSizu)Nは、上述の方法に従って、CuKα線を用いたX線回折を使用して、2θ軸において約43°で200ピークで測定したピーク幅の比PWI_10/90が7.5未満、好ましくは7未満である。
【0061】
本発明は、好ましくは本体(1)を含むコーティング工具であるコーティング本体であって、当該本体の上に硬質の耐摩耗性PVDコーティングが堆積され、コーティングは、それぞれ交互のA層A1,A2,A3,…AnおよびB層B1,B2,B3,…Bmのナノ積層構造(5)を有し、層Aは(AlxTi1-x-yy)Nであり、0.50≦x≦0.65および0≦y≦0.10であり、x、1−x−yおよびyによって与えられる係数は、層A中の元素量について元素のアルミニウム、チタンおよびタングステンのみを考慮すると、アルミニウム、チタンおよびタングステンの原子濃度にそれぞれ対応し、層Bは(Ti1-z-uSizu)Nであり、0.05≦z≦0.30および0≦u≦0.10であり、1−z−u、zおよびuによって与えられる係数は、層B中の元素量について元素のチタン、シリコンおよびタングステンのみを考慮すると、チタン、シリコンおよびタングステンの原子濃度にそれぞれ対応し、ナノ積層構造の厚みは0.01〜30μm、好ましくは1〜15μmであり、AおよびB層の個々の平均の厚みはそれぞれ1〜200nm、好ましくは1〜50nm、より好ましくは1〜30nmであることを特徴とし、交互のAおよびB層のナノ積層構造は微粒子構造を示すことを特徴とするコーティング本体を開示する。
【0062】
より好ましくは、コーティング本体は、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化ホウ素系材料または高速度鋼の硬質合金の本体(1)を有する切削工具である。
【0063】
好ましくは、交互のAおよびB層のナノ積層構造に含まれるdA1,dA2,dA3,…dAnと称されるA層(A1,A2,A3,…An)の厚みは、dB1,dB2,dB3,…dBmと称されるB層(B1,B2,B3,…Bm)の厚み以下であり、好ましくは、A層の厚みはB層の厚みの3/4以下であり、dA1≦3/4dB1,dA2≦3/4dB2,dA3≦3/4dB3,dAn≦3/4dBmである。
【0064】
好ましくは、ナノ積層構造の全厚みの少なくとも一部において、
−A層の厚みおよび/もしくはB層の厚みは、dA1=dA2=dA3…=dAnおよび/もしくはdB1=dB2=dB3…=dBmであるように一定のままであり、ならびに/または
−A層の厚みおよび/もしくはB層の厚みは、dA1≧dA2≧dA3…≧dAnおよび/もしくはdB1≧dB2≧dB3…≧dBmであるように増大し、ならびに/または
−A層の厚みおよび/もしくはB層の厚みは、dA1≦dA2≦dA3…≦dAnおよび/もしくはdB1≦dB2≦dB3…≦dBmであるように減少する。
【0065】
好ましくは、上述のコーティング本体のコーティングに含まれるナノ積層コーティング構造において、
−1つずつ交互に堆積されてナノ二重層周期を形成するA型のナノ層およびB型のナノ層の厚みの合計は300nm未満、好ましくは100nm未満、より好ましくは5〜50nmであり、
−ナノ積層コーティング構造は、1つずつ交互に堆積されてA1/B1/A2/B2/またはB1/A1/B2/A2の多層構造を形成する少なくとも合計4個の個々のナノ層AおよびB、好ましくはA1/B1/A2/B2/A3/B3/A4/B4/A5/B5またはB1/A1/B2/A2/B3/A3/B4/A4/B5/A5の多層構造を形成する少なくとも合計10個の個々のナノ層を含む。
【0066】
好ましくは、上述のコーティング本体のコーティングに含まれるナノ積層コーティング構造において、
−ナノ積層構造は、最大サイズがナノ積層コーティング構造の全厚みの1/3である粒子を含む微粒子構造を有する。
【0067】
好ましくは、上述のコーティング本体のコーティングに含まれるナノ積層コーティング構造において、
−ナノ積層構造は、平均サイズが最大で1000nm、好ましくは10〜800nm、より好ましくは10〜400nmである粒子を含む微粒子構造を有する。
【0068】
本発明によると、上述のコーティング本体のコーティングに含まれるナノ積層コーティング構造は、粒子が全方向においてほぼ同じ寸法を有する等軸構造であるか等軸構造を含み得る。
【0069】
本発明によると、上述のコーティング本体のコーティングに含まれるナノ積層コーティング構造は、平均残留応力σが2.5〜5GPa、好ましくは3〜4GPaであり得る。
【0070】
本発明によると、上述のコーティング本体のコーティングに含まれるナノ積層コーティング構造は、ピーク幅の比PWI_10/90が7.5未満、好ましくは7未満であり得、
−PWI-10/90°=°PWI_10%/PWI_90%であり、
−PWI_10%およびPWI_90%は、それぞれ最大ピーク強度の10%および90%におけるピーク200の有効幅であり、
−200ピークは、2θ軸において約43°でCuKα線を用いたX線回折を使用して測定される。回折線はCuKα2線からの寄与、回折統計(平滑化)および背景に関して修正された。
【0071】
本発明に係るコーティングの好ましい実施形態では、コーティングは、
−基板(1)とナノ積層コーティング膜(5)との間に堆積される少なくとも1つの中間層(2)と、および/または
ナノ積層コーティング膜(5)の最も外側のナノ層の上に堆積される少なくとも1つの最上層(3)とを含む。
【0072】
好ましくは、本発明に係るコーティング本体は、穿孔またはフライス削り工具である。
好ましくは、本発明に係るコーティング本体は、穿孔もしくはフライス作業のために、より好ましくは鋼鉄、ステンレス鋼もしくは鋳鉄の穿孔、または硬化鋼もしくはステンレス鋼のフライス削りのために使用される。
【0073】
本発明に係るコーティング本体を製造するための好ましい方法は、アークPVD法であって、基板の表面上にナノ層状コーティング膜を堆積するために少なくとも1つのアーク蒸発源を使用することを特徴とし、少なくとも1つのアーク蒸発源は、ターゲット上に設けられ、ターゲットの表面の上または上方に磁界を発生させるための磁界構成を含み、磁界構成は周辺永久磁石およびターゲットの後ろに配置される少なくとも1つのリングイルを含み、巻線によって規定されるリングイルの内径はターゲットの直径以下であり、どのような場合でもターゲットの直径よりもかなり大きくはなく、周辺永久磁石はターゲットの表面に対して本質的に垂直にターゲットから離れるようにずらされ得、ターゲットの表面上への周辺永久磁石の突出は、ターゲットの表面上へのリングイルの突出と比較してターゲットの表面の中心からさらに離れており、内側または内部の中心永久磁石はターゲットに対して後退するように後方に位置決めされ、外側または外部の永久磁石はターゲットに対して数ミリメートル、好ましくは6〜10mm、より好ましくは約8mm離れて位置決めされる。好ましくは、本発明に係るナノ積層コーティング構造を堆積するためのこの方法を用いることによって、負のコイル電流が印加され、印加されるコイル電流は好ましくは−0.1〜−1Aである。
【0074】
本発明に係るコーティング本体を製造するためのさらに好ましい方法は、アークPVD法であって、基板の表面上にナノ層状コーティング膜を堆積するために少なくとも1つのアーク蒸発源を使用することを特徴とし、少なくとも1つのアーク蒸発源は、カソードとして用いられるターゲットと、カソードの直接の近傍に配置されるアノードと、磁界の流線をアノードに導くことを可能にする磁気手段とを含む。好ましくは、本発明に係るナノ積層コーティング構造を堆積するためのこの方法を用いることによって、正のコイル電流が印加され、印加されるコイル電流は好ましくは0.5〜2Aである。
【0075】
好ましくは、本発明に係るナノ積層コーティング構造を堆積するために適用される方法は、コーティング原料として、
−アルミニウムおよびチタンおよび/もしくはタングステンを含む、粉末冶金技術によって作られた少なくとも1つの複合ターゲットがA型のナノ層の堆積のために用いられ、ならびに/または
−チタンおよびシリコンおよび/もしくはタングステンを含む、溶融冶金技術によって作られた少なくとも1つの複合ターゲットがB型のナノ層の堆積のために用いられることを含む。
図1
図2
図3
図4
図5(a)】
図5(b)】
図6
図7
図8