(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記複数の被験者について、回帰式に基づいて老年障害リスクを算出し、老年障害リスクの算出値と老年障害データとから老年障害リスクの算出値の正答率を算出し、正答率が65%以上の場合に、任意の被験者について、その回帰式を使用して老年障害リスクを算出する請求項4記載の老年障害リスクの算出方法。
演算手段が、多変量解析の回帰式として、複数の被験者から取得した老年障害の有無又は程度に関する老年障害データのうち、明らかに老年障害があるものと老年障害がないものとを2値の目的変数とし、それらの老年障害データに係る被験者の2以上の歩行パラメータの計測データを説明変数に含めたロジスティック回帰分析による回帰式を記憶しており、任意の被験者について、前記2以上の歩行パラメータに基づき、前記回帰式から老年障害リスクを算出する請求項6記載の老年障害リスクの算出システム。
演算手段が記憶する回帰式が、説明変数として、被験者の年齢、性別及び体格に関する基礎データの1以上を含み、任意の被験者について、前記2以上の歩行パラメータ及び1以上の基礎データに基づき前記回帰式から老年障害リスクを算出する請求項7記載の老年障害リスクの算出システム。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しつつ本発明を詳細に説明する。なお、各図中、同一符号は同一又は同等の構成要素を表している。
【0014】
図1は、本発明の一実施例の老年障害リスクの評価方法を実施する老年障害リスクの評価システム1の概略構成図である。
【0015】
この評価システム1は、膝痛、腰痛、尿失禁、認知症及びサルコペニアから選ばれる老年障害リスクを、被験者の歩行行為から計測した特定の歩行パラメータに基づいて評価するものである。この評価システム1により老年障害リスクを評価する被験者の年齢については特に制限はなく、20歳代、30歳代の者も被験者となり得るが、評価内容が老年障害リスクであるため、被験者は、好ましくは60歳以上、より好ましくは65歳以上、さらに好ましくは70歳以上の、未だ上記の老年障害の少なくとも何れかを発症していない老齢者である。なお、本発明の前提として老齢障害リスクを多変量解析により評価する場合に、回帰式を算出するためのデータは、好ましくは60歳以上、より好ましくは65歳以上、さらに好ましくは70歳以上の老齢者から収集する。また、回帰式を算出するためのデータを収集する年齢層は、老年障害リスクを評価する被験者の年齢層に対応させることが好ましい。
【0016】
この評価システム1における老年障害リスクの具体的な評価内容としては、少なくとも、膝痛、腰痛、尿失禁、認知症及びサルコペニアから選ばれる老年障害について、発生の危険性の有無の予測、頻度や痛みの程度の予測等をあげることができる。なお、この評価システム1では、歩行行為に基づいて評価することのできる転倒リスク等の発生の危険性も評価することができる。
【0017】
ここで、サルコペニアとは、加齢により筋肉量が減少した虚弱状態をいい、本実施例においては、男性の場合はBMIが18.5以下で、かつ握力が25kg以下、女性の場合はBMIが18.5以下で、かつ握力が20kg以下を目安とする。サルコペニアリスクの評価内容としては、この目安のような虚弱状態となる危険性の有無の予測をあげることができる。
【0018】
また、本発明において認知症とは、軽度の認知障害をいう。認知症の判断は、「MMS」(Mini-Mental State)等の一般に知られた痴呆の検査の得点により行うことができる。例えば、「MMS」検査の方法は、今日の日付や住所を回答させる、簡単な計算の結果を回答させる、簡単な単語を暗記して回答させる等の問診によって行い、35点を満点として点数の結果が得られる。一般的には、「MMS」検査の結果が20点以下の場合には認知障害と判定される。例えば23点以下を認知症、及び軽度認知症状「MCI」(Mild cognitive impairment)のリスクありと評価することができる。後述する本発明の実施例では、認知症についての老年障害データを「MMS」検査により取得した。
【0019】
本実施例の評価システム1は、上述の老年障害リスクの評価を可能とするために、歩行パラメータ計測手段として、歩行行為時の足圧分布を測定することのできるシート式圧力センサ2を有する。また、シート式圧力センサ2で計測された特定の歩行パラメータに基づいて老年障害リスクを評価する演算装置としてパーソナルコンピュータ3を有し、老年障害リスクの評価の表示手段として、パーソナルコンピュータ3と一体になっているディスプレイ4を有する。さらに、この評価システム1は、必要に応じて歩行時の姿勢を撮るためにビデオカメラ5を備えることが好ましい。ビデオカメラ5を備える場合は、パーソナルコンピュータ3に接続されていることが好ましい。
【0020】
ここで、シート式圧力センサ2としては、少なくともケーデンス、ストライド、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差及び両脚支持期左右差という特定の歩行パラメータを計測でき、さらに歩行速度等の歩行パラメータも計測できるものが好ましい。
【0021】
また、シート式圧力センサ2としては、
図2に示すように、歩行時の圧力分布を計測することができ、圧力分布から上述の歩行パラメータを計測できるものが好ましい。これにより、歩行パラメータを容易に得ることが可能となる。また、シート式圧力センサ2としては、少なくとも240cm×60cmの面積を有し、解像度が1cm
2以下、解析周波数が60Hz以上の圧力センサが好ましい。このようなシート式圧力センサとしては、例えば、アニマ株式会社製シート式下肢加重計シリーズウォークWay、AMTI社製の床反力計等を使用することができる。
なお、シート式圧力センサにより歩行パラメータを計測する場合の被験者の歩行距離は、5〜15mが好ましく、5〜10mがより好ましい。
【0022】
本発明において歩行パラメータ計測手段としては、シート式圧力センサの他、足にマーカーを装着し、複数のビデオカメラで撮影した画像情報の動作分析により歩行パラメータを計測するものを設けてもよい。具体的には、複数のビデオカメラと3次元動作解析システム(インターリハ社製3次元動作解析システムVICON)等を使用することができる。また、歩行パラメータ計測手段は、足の裏にインクをつけて、足跡による距離や角度測定を行う計測手段であってもよく、ビデオ画像による時間の解析を組み合わせた計測手段であってもよい。これらのうち、コストと被験者の負担、精度の点からシート式圧力センサが好ましい。
【0023】
歩行パラメータ計測手段は、上述の通り、少なくともケーデンス、ストライド、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差という特定の歩行パラメータを計測するが、ここでケーデンスとは、単位時間内の歩数(step/min)をいう。ケーデンスは、次式により算出することができる。
ケーデンス=(60/average)×2
式中、averageは右歩行1周期又は左歩行1周期(sec/2 step)を表す。
【0024】
歩幅は、左右一方の踵接地から、他方の踵が再び接地するまでの距離であり、身長で除して基準化した値を用いる。歩幅としては左右の歩幅をそれぞれ歩行パラメータとすることができる。歩幅差は、左右一方の歩幅と他方の歩幅との差であり、身長で除することにより基準化したものを用いる。つま先角度差は、左右一方のつま先角度と他方のつま先角度との差である。
【0025】
歩行比は、歩幅(m)をピッチ(回/分)で除した値である。歩行比は、歩行の効率を示し、成人の場合0.006に近づき、幼児や高齢者は低値となる。
【0026】
歩隔は、
図2に示すように、左右一方の踵接地から、左右他方の踵が再び接地するまでの水平方向距離であり、身長で除して基準化した値を用いる。なお、軸足になっている足の左右で歩隔の左右を定めるものとする。例えば、軸足を左足として右足をふみこんだ場合の左右の足の間隔は左歩隔とする。歩行パラメータとしては、左右の歩隔をそれぞれ歩行パラメータとすることができる。
【0027】
歩行角度は、
図2に示すように、左右一方の踵から他方の踵を結んだ直線が進行方向となす角度(°)である。なお、軸足になっている足の左右で歩行角度の左右を定めるものとする。例えば、軸足を左足として左足の踵と右足の踵とを結んだ直線と進行方向とがなす角度を左の歩行角度とする。歩行パラメータとしては、左右の歩行角度をそれぞれ歩行パラメータとすることができる。
【0028】
つま先角度は、
図2に示すように、踵とつま先を結ぶ直線が、進行方向となす角度(°)であり、外側がプラスで、内側がマイナスである。歩行パラメータとしては、左右のつま先角度をそれぞれ歩行パラメータとすることができる。
【0029】
ストライドは、左右一方の踵接地から、その一方の踵が再び接地するまでの距離であり、身長で除して基準化した値を用いる。ストライドとしては左右のストライドをそれぞれ歩行パラメータとすることができる。
【0030】
ストライド左右差は、左右一方の足の踵の接地から再度の接地までの距離と、他方の足の踵の接地から再度の接地までの距離との差であり、身長で除することにより基準化したものを使用する。
【0031】
歩隔左右差は、左右一方の足を軸足として他方の足を踏み出したときの歩隔と、軸足が左右逆の場合の歩隔との差であり、身長で除することにより基準化したものを使用する。
【0032】
歩行角度左右差は、左右一方の歩行角度と他方の歩行角度との差である。
【0033】
歩行速度は、或る距離を歩行する速さ(cm/sec)である。
【0034】
そのほか、歩行パラメータとして歩行速度、歩幅差、つま先角度差を用いることができる。
【0035】
また、歩行に関する時間もパラメータとして用いることができる。具体的には、立脚期、遊脚期、両脚支持期、立脚期左右差、遊脚期左右差、両脚支持期左右差を用いることができる。立脚期は左右一方の脚が地面についている時間であり、左右の立脚期をそれぞれ歩行パラメータとすることが出来る。遊脚期は左右一方の脚が宙に浮いている時間であり、左右の遊脚期をそれぞれ歩行パラメータとすることが出来る。両脚支持期は左右一方の脚が地面についてから離れるまでに他方の脚が地面についていた時間であり、両脚時期としては左右の両脚支持期をそれぞれ歩行パラメータとすることが出来る。立脚期左右差は、左右一方の立脚期と他方の立脚期との差である。遊脚期左右差は、左右一方の遊脚期と他方の遊脚期との差である。両脚支持期左右差は、左右一方の両脚支持期と他方の両脚支持期との差である。
【0036】
一方、演算装置として使用するパーソナルコンピュータ3は、シート式圧力センサ2から出力された上述の特定の歩行パラメータの2つ以上を用いて、前述した老年障害リスクを評価する。この場合、後述する多変量解析により、老年障害リスクを算出する回帰式を予め求めておき、その回帰式をパーソナルコンピュータ3に記憶させ、パーソナルコンピュータ3でその回帰式を用いて、任意の被験者について歩行パラメータから老年障害リスクを算出できるようにすることが好ましい。なお、老年障害リスクを評価するためのパラメータとしては、前述の特定の歩行パラメータの他、歩幅、歩行速度などの歩行パラメータを追加してもよい。また、年齢、性別、BMIの体格に関するデータ等の基礎データの1または2以上を追加することが好ましい。
【0037】
パーソナルコンピュータ3は回帰式を用いて算出した個々の被験者の評価結果をディスプレイ4に表示する。表示態様としては、回帰式により得られた確率値をそのまま数値として表示してもよく、確率値に応じて、「危険」、「注意」、「安心」などの言葉で段階的に表示してもよい。その際、被験者の心理を配慮して正答率を併記してもよい。
【0038】
また、パーソナルコンピュータ3は、一回の歩行行為で計測した歩行パラメータに基づいて、老年障害リスクの複数種を評価し、表示することができる。この場合、評価結果は順次表示してもよく、
図3に示すように、レーダーチャートで表示してもよく、レーダーチャートと個別の評価結果を組み合わせて表示してもよい。
なお、評価結果は、ディスプレイ4に表示する他、印刷して被験者に提供してもよく、通信回線により被験者に送信してもよい。
【0039】
本発明の老年障害リスクの評価方法は、好ましくは、上述のケーデンス、ストライド、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差から選ばれる2以上の歩行パラメータを使用し、また、必要に応じて、他の歩行パラメータや基礎データも使用して、膝痛、腰痛、尿失禁、認知症及びサルコペニアから選ばれる老年障害のリスクを評価する方法であり、より具体的には、上述の老年障害のリスク(例えば、老年障害が発生するか否か、或る痛みの程度で老年障害が発生するか否か、或る頻度で老年障害が発生するか否か等)を目的変数とし、上述の特定の歩行パラメータの2以上を説明変数に含めた多変量解析を行い、求めた回帰式を用いて確率値として老年障害リスクを算出することで老年障害の起こりやすさを評価する方法である。
【0040】
老年障害リスクを算出する多変量解析としては、ロジスティック回帰分析、線形回帰分析等を行うことができ、中でも、複数種の歩行パラメータが交絡して老年障害リスクに寄与していると考えられ、また、老年障害リスクを0から1の間の数値で予測できることから、ロジスティック回帰分析を用いることが好ましい。
【0041】
ロジスティック回帰分析を用いて老年障害リスクを評価するための回帰式を得る方法は、例えば、次の(B)〜(G)ステップを行うことで実現される。また、次の(A)ステップも行うことが好ましい。
複数の被験者について、
(A)年齢、性別及びBMI等の体格に関する基礎データの1以上を取得するステップ、
(B)ケーデンス、ストライド、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差から選ばれる2以上の歩行パラメータを計測するステップ、
(C)膝痛、腰痛、尿失禁、認知症及びサルコペニアから選ばれる老年障害の有無又は程度に関する老年障害データを取得するステップ、
(D)老年障害データから、明らかに老年障害があるものと老年障害がないものを抽出するステップ、
(E)抽出した老年障害データを2値の目的変数とし、その老年障害データに係る被験者の前記2以上の歩行パラメータの計測データを説明変数に含むか、さらに、前記1以上の基礎データも説明変数に含むロジスティック回帰分析の回帰式を算出するステップ、及び任意の被験者について、
(F)歩行パラメータを取得し、またはさらに基礎データも取得するステップ、
(G)歩行パラメータ、又は歩行パラメータと基礎データに基づき、(E)で算出した回帰式から老年障害リスクを算出するステップ
【0042】
ここで(A)ステップの基礎データは、問診や計測により取得することができる。
(B)ステップの歩行パラメータは、前述のシート式圧力センサを備えた歩行パラメータ手段により計測することができる。
(C)ステップの老年障害データは、問診や計測により取得することができる。
【0043】
(D)ステップでは、(E)ステップにおける回帰式の算出のために、予め、(C)ステップで取得した老年障害データから、明らかに老年障害があるものと老年障害がないものを抽出する。
【0044】
例えば、複数の被験者の問診データより、被験者の膝痛、腰痛、尿失禁、認知症及びサルコペニアの各老年障害について、各老年障害ごとに障害の基準を定め、その基準に基づき、「障害がない」、「明らかに障害がある」、「障害が僅かにある」の3つに分類し、複数の被験者の各老年障害データから、「障害がない」ものと、「明らかに障害がある」ものを抽出する。
【0045】
より具体的には、膝痛、腰痛については、上述の障害の基準を「中程度の痛みがある」とした場合、痛みがないときには「障害がない」に分類し、強い痛みがある又は中程度の痛みがあるときには「明らかに障害がある」に分類し、軽い痛みがあるときには「障害が僅かにある」に分類する。
【0046】
また、尿失禁の場合には、障害の基準を「1日に1回以上尿失禁がある」とした場合、尿失禁がないときには「障害がない」に分類し、1日に1回以上の尿失禁があるときには「明らかに障害がある」に分類し、1ヶ月に1〜3回又は週に1〜数回は、「障害が僅かにある」に分類する。
【0047】
なお、障害の基準は、各老年障害のレベルと個々の歩行パラメータとの関連性や、多変量解析、好ましくはロジスティック回帰分析の結果から得られる正答率等に基づいて決定したものを使用する。障害の基準と、それを決定するために用いた各老年障害のレベルと歩行パラメータは、データベースとして保存しておく。
【0048】
(E)ステップでは、(D)ステップで抽出した「障害がない」又は「明らかに障害がある」老年障害データを一方が0、他方が1の2値の目的変数とし、その老年障害データに係る被験者の前述の2以上の歩行パラメータの計測データを説明変数とするか、さらに歩行パラメータの計測データや基準データを説明変数に加えて回帰分析を行う。
この場合、男女別に回帰式をたてることが好ましい。
【0049】
また、回帰式を得るための被験者の人数は回帰式の精度の点から50人以上が好ましく、100人以上がより好ましい。
回帰式の算出には、市販の統計ソフト(IBM社)を用いることができる。
【0050】
また、多変量解析好ましくはロジスティック回帰分析を行うにあたり、最終的に説明変数として使用するパラメータは、変数増加法、変数減少法、又は変数増加法と変数減少法の両方を行い、説明変数の組合せを変えながら回帰分析を行い、正答率が高くなるものを選択する。
【0051】
回帰式を得た後は、オムニバス検定、HosmerとLemeshowの検定等により、回帰式の信頼性を調べ、所定の信頼性を有するもの、より具体的には、オムニバス検定結果が0.05未満、HosmerとLemeshowの検定結果が0.05以上となる場合に、その回帰式を(F)、(G)ステップの任意の被験者の老年障害リスクの算出に使用する。
【0052】
また、回帰式としては、正答率が65%以上であるものが好ましい。
ここで、正答率は、複数の老齢の被験者について、老年障害データと、回帰式により得られる老年障害リスクとが一致している人数の割合である。
例えば、(C)ステップで取得した老年障害データを、(D)ステップと同様に「障害がない」、「明らかに障害がある」、「障害が僅かにある」の3つのグループに分類し、「障害が僅かにある」グループは「障害がない」と扱う。即ち、正答率の算出では、回帰式を得るときには使用しなかった「障害が僅かにある」も含めた老年障害データの全データを使用する。
一方、(E)ステップで取得した回帰式から得られる老年障害リスク(老年障害の発生率)は、0〜1として得ることができる。そこで、回帰式から得られた老年障害リスクが0.5以上の場合を「障害がある」、0.5未満の場合を「障害がない」とする。
そして、(C)ステップで取得した老年障害データを上述のように分類した場合の「障害がある」か「障害がない」かの結果と、回帰式で得られた「障害がある」か「障害がない」かの結果が一致している被験者の数を正答率とする。
【0053】
なお、本発明では、膝痛、腰痛、尿失禁、認知症又はサルコペニアという特定の老年障害の起こりやすさを評価するにあたり、ケーデンス、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差という特定の歩行パラメータから選ばれる2以上を使用するが、これは、種々の老年障害について、より多くの歩行パラメータや基礎データを使用して発生率を求める多変量解析を行い、変数増加法又は変数減少法でパラメータを絞り込んでいった結果、膝痛、腰痛、尿失禁、認知症又はサルコペニアという老年障害については、ケーデンス、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差という特定の歩行パラメータから選ばれる2以上を説明変数に含める場合に、回帰式から算出される老年障害の発生率が、実際の老年障害の発生率と高い相関性を有することを本発明者らが見出したことに基づいている。
【0054】
本発明の評価方法及び評価システムによれば、高齢者本人やその介護者などが、種々の老年障害について、老年障害の状況または老年障害リスクを手軽に得ることができ、老年障害に適切に対応したり老年障害を回避するために有用な手段を講じ易くなる。
【0055】
本発明の評価方法及び評価システムは種々の態様をとることができる。
例えば、演算装置に、老年障害リスクの種類と程度ごとに、老年障害を回避するための運動、治具などの対策を記憶させておき、これを結果表示の際に表示し、被験者に提供してもよい。
【0056】
また、本発明の評価システムにおいて、演算装置には、歩行パラメータ等から老年障害リスクを算出する回帰式を記憶させておくだけでなく、その回帰式の導出に使用した多数人の基礎データ、歩行パラメータ、問診データをデータベースとして記憶させておき、新たに被験者が本発明の評価システムを利用する度に、その被験者の基礎データ、歩行パラメータ、問診データをデータベースに蓄積することによりデータベースを更新してもよい。これにより、データベースから得られる回帰式の正答率を向上させることができる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
【0058】
72〜91歳の老齢者(男性129名、女性196名)から問診により、年齢及びBMIを含む基礎データと、尿失禁、腰痛、サルコペニア及び認知症についての老年障害データ(発生の有無、程度)を得た。
【0059】
また、シート式圧力センサとして、アニマ株式会社製シート式下肢加重計シリーズウォークWayを備えた歩行パラメータ計測手段を使用し、これらの老齢者のケーデンス、ストライド、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差を計測した。
【0060】
次に、「1日に1回以上尿失禁がある」を基準として尿失禁の頻度が基準以上の場合に「明らかに尿失禁がある」とし、尿失禁がない場合を「尿失禁がない」とし、問診により得た尿失禁データから「明らかに尿失禁がある」ものと「尿失禁がない」ものを抽出した。
そして、尿失禁の有無を目的変数とするにあたり、「明らかに尿失禁がある」場合を1、「尿失禁がない」場合を0とし、「明らかに尿失禁がある」老齢者と「尿失禁がない」老齢者の歩行パラメータ、年齢及びBMIを説明変数とし、ロジスティック回帰分析を行い、表1に示すように、老年障害リスクlog p
x/(1−p
x) を算出する回帰式を得た。ここで、p
xは、老齢者xの老年障害の発生率であり、0〜1の数値をとる。
【0061】
同様にして、腰痛、サルコペニア、膝痛、認知症についても、それぞれの老年障害リスクを算出する回帰式を求めた。なお、回帰式の取得に際しては、回帰式から算出される老年障害リスク(発生率)の正答率が高くなるように、回帰式に用いる歩行パラメータ、及び年齢等の基礎データの組合せを選択した。
【0062】
【表1】
【0063】
表1の回帰式の値により、現在及び将来における障害の起こりやすさを判定できる。すなわち、0.5〜1は症状がある場合または症状がなくともリスクのある場合であるが、現に症状がある場合は発症が軽度か重度かの判定が、症状がない場合はリスクの高低の判定が可能である。具体的には、0.5以上0.66未満を軽度あるいは症状がない場合は要警戒、0.66以上0.83未満を中程度あるいは症状がない場合は発症を抑える対策検討要、0.83以上1以下を重度あるいは発症に備えた準備要と判定する。
【0064】
同様に症状なしの場合は、発症のリスクを3段階で判定できる。具体的には、0以上0.16未満は安心、0.16以上0.33未満は注意、0.33以上0.5未満は要注意と判定する。このように段階をつけることでスパイダーチャートなどで現在の症状と将来のリスクを老齢障害ごとに簡単に表示できる。
【0065】
膝痛、腰痛、尿失禁、サルコペニア、認知症の各老齢障害について、表1の回帰式から算出される老齢障害の発生率と、現状(当初の問診時)における老齢障害の有無から算出される正答率は、膝痛(男性)88%、膝痛(女性)67%、腰痛(男性)76%、腰痛(女性)69%、尿失禁(女性)81%、サルコペニア(男性)91%、サルコペニア(女性)80%、認知症(男性)81%、認知症(女性)86%であった。
【0066】
さらに、尿失禁(女性)、腰痛(男女)及びサルコペニア(男女)の老年障害については、同じ被験者に同じ問診を繰り返して症状の変化を追跡し、当初の老年障害リスクと3年後の症状とから正答率を算出した。
【0067】
その結果、回帰式から算出した当初の尿失禁の発生率が0.5以上で、問診において尿失禁が無い、又は上述の基準未満の尿失禁があると回答した者の多くが3年後には基準以上の尿失禁があると回答した。一方、回帰式から算出した当初の尿失禁の発生率が0.5未満で、問診において尿失禁が無いと回答した者のうち、3年後に基準以上の尿失禁があると回答した者は若干名であった。より具体的には、回帰式の値が0.5以上で当初は症状がない場合、3年後の尿失禁(女性)の発生率が、71.3%であった。
同様に、3年後の腰痛(男女)の発生率は60.9%となった。
また、3年後のサルコペニアの発生率は56.5%となった。
【0068】
また、
図4に、尿失禁、腰痛及びサルコペニアについて、回帰式から算出した老年障害リスク(発生率)と、当初の問診時における老年障害の程度との対応関係を示す。
図4から、尿失禁、腰痛、サルコペニアのいずれについても、実際の老年障害の程度が高いほど、回帰式により算出される老年障害リスクが高くなっており、本発明の回帰式による老年障害リスクの推定の的確性が示されている。
【0069】
以上により、表1の回帰式から算出した老年障害の発生率に基づいて、現在だけでなく、数年以内の将来における老年障害の発生を予測できることがわかる。
また、表1から、腰痛、尿失禁、サルコペニア、認知症の発生率は、男女別に歩行パラメータと基礎データを説明変数とする回帰式から得ると正答率が高いことがわかる。
【0070】
上記に示す回帰式のほか、以下の各老年障害において、歩行に関する時間のパラメータを用いた、例えば以下の回帰式を用いることができる。
【0071】
膝痛
(男性)
歩行速度*(-0.125)+右歩隔*1.219+左歩行角度*(-0.535)+右歩行周期*(-10.103)+右遊脚期*0.171+左両脚支持期*0.327+歩隔左右差*1.284+10.539
(女性)
歩行速度*(-0.035)+歩行角度左右差*0.289+両脚支持期左右差*0.267+3.923
【0072】
腰痛
(女性)
左歩幅*(-0.083)+左歩行角度*0.136+両脚支持期左右差*0.373+年齢*0.102-6.473
【0073】
上述した本発明の態様に関し、本発明はさらに以下の態様を開示する。
<1>
老年障害の起こりやすさ(即ち、老年障害リスク)を、歩行行為で計測した歩行パラメータに基づいて評価する老年障害リスクの評価方法であって、歩行パラメータとして、ケーデンス、ストライド、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差から選ばれる2以上を使用し、膝痛、腰痛、尿失禁、認知症及びサルコペニアから選ばれる老年障害について老年障害リスクを評価する老年障害リスクの評価方法。
【0074】
<2>
前記老年障害リスクを目的変数とし、前記2以上の歩行パラメータを説明変数に含めた多変量解析で老年障害リスクを算出する<1>記載の老年障害リスクの評価方法。
<3>
説明変数に、さらに年齢、性別及び体格に関する(BMI)基礎データの1又は複数を含めた<2>記載の老年障害リスクの評価方法。
<4>
目的変数を0又は1の2値として回帰式をたてる<2>又は<3>に記載の老年障害リスクの評価方法。
<5>
多変量解析としてロジスティック回帰分析を行う<2>〜<4>のいずれかに記載の老年障害リスクの評価方法。
<6>
複数の被験者について、
前記2以上の歩行パラメータを計測するステップ、
前記老年障害の有無又は程度に関する老年障害データを取得するステップ、
老年障害データから、明らかに老年障害があるものと老年障害がないものを抽出するステ
ップ、
抽出した老年障害データを2値の目的変数とし、その老年障害データに係る被験者の前記2以上の歩行パラメータの計測データを説明変数に含むロジスティック回帰分析の回帰式を算出するステップ、及び
任意の被験者について、歩行パラメータを取得し、歩行パラメータに基づいて回帰式から老年障害リスクを算出するステップ
を備える<5>記載の老年障害リスクの評価方法。
<7>
複数の被験者について、年齢、性別及び体格に関する基礎データの1以上を取得するステップをさらに備え、
回帰式を算出するステップにおいて、説明変数に基礎データの1以上を含め、
任意の被験者について、2以上の歩行パラメータ及び1以上の基礎データに基づいて回帰式から老年障害リスクを算出する<6>記載の老年障害リスクの評価方法。
<8>
回帰式を算出するステップにおいて、男女別に回帰式を算出する<6>又は<7>記載の老年障害リスクの評価方法。
<9>
前記複数の被験者について、回帰式に基づいて老年障害リスクを算出し、老年障害リスクの算出値と老年障害データとから老年障害リスクの算出値の正答率を算出し、正答率が65%以上の場合に、任意の被験者について、その回帰式を使用して老年障害リスクを算出する<6>〜<8>のいずれかに記載の老年障害リスクの評価方法。
<10>
一回の歩行行為で計測した歩行パラメータに基づいて、複数種の老年障害リスクを評価する<1>〜<9>のいずれかに記載の老年障害リスクの評価方法。
<11>
歩行パラメータが、シート式圧力センサを用いた歩行行為時の足圧分布の計測により得られた歩行パラメータである<1>〜<10>のいずれかに記載の老年障害リスクの評価方法。
<12>
歩行行為により、ケーデンス、ストライド、歩行比、歩幅、歩隔、歩行角度、つま先角度、ストライド左右差、歩隔左右差、歩行角度左右差、及び両脚支持期左右差から選ばれる2以上の歩行パラメータを計測する歩行パラメータ計測手段、
歩行パラメータ計測手段が計測した前記2以上の歩行パラメータに基づいて、膝痛、腰痛、尿失禁、認知症及びサルコペニアから選ばれる老年障害について老年障害リスクを評価する演算手段、及び
演算手段が評価した老年障害リスクを表示する表示手段を備えた老年障害リスクの評価システム。
<13>
演算手段が、前記2以上の歩行パラメータを説明変数に含めた多変量解析で老年障害リスクを算出する<12>記載の老年障害リスクの評価システム。
<14>
演算手段が、多変量解析の回帰式として、複数の被験者から取得した老年障害の有無又は程度に関する老年障害データのうち、明らかに老年障害があるものと老年障害がないものとを2値の目的変数とし、それらの老年障害データに係る被験者の2以上の歩行パラメータの計測データを説明変数に含めたロジスティック回帰分析による回帰式を記憶しており、任意の被験者について、前記2以上の歩行パラメータに基づき、前記回帰式から老年障害リスクを算出する<13>記載の老年障害リスクの評価システム。
<15>
演算手段が記憶する回帰式が、説明変数として、被験者の年齢、性別及び体格に関する基礎データの1以上を含み、任意の被験者について、前記2以上の歩行パラメータ及び1以上の基礎データに基づき前記回帰式から老年障害リスクを算出する<14>記載の老年障害リスクの評価システム。
<16>
演算手段が記憶する回帰式が、明らかに老年障害がある被験者と、老年障害がない被験者と、老年障害の程度がそれらの中間の被験者を含む複数の被験者について、回帰式から算出される老年障害リスクの老年障害データに対する正答率が65%以上である<12>〜<15>のいずれかに記載の老年障害リスクの評価システム。
<17>
歩行パラメータ計測手段が一回の歩行行為で計測した歩行パラメータに基づいて、演算手段が複数種の老年障害リスクを算出する<12>〜<16>のいずれかに記載の老年障害リスクの評価システム。
<18>
歩行パラメータ計測手段が、歩行行為時の足圧分布をシート式圧力センサで計測することにより歩行パラメータを計測する<12>〜<17>のいずれかに記載の老年障害リスクの評価システム。