特許第6237047号(P6237047)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6237047疲労強度に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6237047
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】疲労強度に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171120BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20171120BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20171120BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20171120BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20171120BHJP
   B21B 3/00 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   C22C38/00 301W
   C22C38/06
   C22C38/58
   C21D9/46 S
   C21D8/02 A
   B21B3/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-198544(P2013-198544)
(22)【出願日】2013年9月25日
(65)【公開番号】特開2015-63736(P2015-63736A)
(43)【公開日】2015年4月9日
【審査請求日】2016年5月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100105441
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 久喬
(74)【代理人】
【識別番号】100107892
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 俊太
(74)【代理人】
【識別番号】100166707
【弁理士】
【氏名又は名称】香取 英夫
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 雄三
(72)【発明者】
【氏名】甲斐 真輔
(72)【発明者】
【氏名】御手洗 拡史
(72)【発明者】
【氏名】前田 大介
(72)【発明者】
【氏名】河野 治
【審査官】 蛭田 敦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−105340(JP,A)
【文献】 特開平11−061329(JP,A)
【文献】 特開2012−092419(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 〜 38/60
C21D 9/46 〜 9/48
C21D 8/02 〜 8/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.10〜0.20%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.10〜2.00%、
P≦0.100%、
S≦0.0100%、
Al:0.005〜0.050%、
N≦0.0100%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成からなり、引張強度が467MPa以上、594MPa以下であり、鋼板の表裏面から板厚の少なくとも10%に相当する厚みの領域のミクロ組織がベイナイト単相であり、板厚中心部の板厚の少なくとも50%に相当する厚みの領域のミクロ組織が50%以上のフェライト面積分率を有し、前記表裏面から板厚の少なくとも10%に相当する厚みの領域の硬さが前記板厚中心部の板厚の少なくとも50%に相当する厚みの領域の平均硬さの1.15倍以上であることを特徴とする疲労特性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項2】
質量%でさらに、
Nb:0.050%以下、
Ti:0.300%以下、
V:0.10%以下、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:1.00%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0030%以下、
REM:0.0200%以下、
のうちの1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1に記載の疲労特性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法であって、
請求項1または請求項2の組成を有する鋳片を1150℃以上に加熱し、粗圧延した後、Ar3温度+50(℃)以上の温度にて仕上げ圧延を行い、その後、仕上げ圧延終了温度から650℃までの間の平均の熱伝達係数αを下記式(1)で示される範囲内として鋼板の表面及び裏面から冷却を行い、その後鋼板全厚の平均の温度を600℃以下として巻取りを行うことを特徴とする疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
91×板厚(mm)+756
≦α(J/msecK)≦91×板厚(mm)+1800 ・・・(1)
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法であって、
請求項1または請求項2の組成を有する鋳片を1150℃以上に加熱し、粗圧延した後、Ar3温度+50(℃)以上の温度にて仕上げ圧延を行い、その後、仕上げ圧延終了温度から650℃までの間の冷却での平均の水量密度Wを下記式(2)で示される範囲内として鋼板の表面及び裏面から冷却を行い、その後鋼板全厚の平均の温度を600℃以下として巻取りを行うことを特徴とする疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
0.0048×板厚(mm)+0.00357
≦W(m/sec/m)≦0.0048×板厚(mm)+0.055・・(2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労強度に優れた高強度熱延鋼板、及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題に端を発して自動車の燃費向上が望まれているが、それに向け自動車の軽量化が求められている。その為には、自動車用鋼板の板厚を低減する必要があるが、その課題となっているのは、疲労強度の改善である。軽量化の為鋼板の板厚を低減した場合、鋼材に加わる応力は増加し、疲労寿命は劣化する。そのため、より疲労寿命の高い鋼板の開発が望まれていた。
【0003】
自動車の足回り部品として多用されている強度440MPa級の高強度熱延鋼板では、疲労限度比FL(疲労強度)/TS(引張強度)0.5以上が求められる。
【0004】
従来、疲労強度の改善に向けては、特許文献1に示されるようにミクロ組織をフェライト、マルテンサイトからなる複合組織とする、等の対策が取られていた。しかし、その場合、高価な合金を添加する必要が生じ、コスト増加を招いていた。
【0005】
また一方で、自動車用部品は多くの場合、プレス成形により部品形状に加工された後に用いられるため、優れたプレス成形性が必要とされる。プレス成形性の代表的な指標として、全伸びの値があり、多くの自動車用高強度熱延鋼板は、必要とされる全伸びの値が得られるように製造されている。上述の疲労強度の改善に際しては、対象の高強度熱延鋼板の全伸びの値を劣化させることなく行う必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−17203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、コスト増加を招くことなく、また全伸びの劣化を招くことなく、疲労強度を改善した高強度熱延鋼板、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、鋼板表裏層において所定の組織制御を行い、かつそのような表裏層が板厚中心より硬質である鋼板とすることで、疲労特性に優れた高強度熱延鋼板を得ることができることを見出して、本発明を完成した。
本発明の要旨は、以下の通りである。
【0009】
(1)発明1は、質量%で、
C:0.10〜0.20%、
Si:0.01〜2.00%、
Mn:0.10〜2.00%、
P≦0.100%、
S≦0.0100%、
Al:0.005〜0.050%、
N≦0.0100%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成からなり、引張強度が467MPa以上、594MPa以下であり、鋼板の表裏面から板厚の少なくとも10%に相当する厚みの領域のミクロ組織がベイナイト単相であり、板厚中心部の板厚の少なくとも50%に相当する厚みの領域のミクロ組織が50%以上のフェライト面積分率を有し、前記表裏面から板厚の少なくとも10%に相当する厚みの領域の硬さが前記板厚中心部の板厚の少なくとも50%に相当する厚みの領域の平均硬さの1.15倍以上であることを特徴とする疲労特性に優れた高強度熱延鋼板である。
【0010】
(2)発明2は、質量%でさらに、
Nb:0.050%以下、
Ti:0.300%以下、
V:0.10%以下、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:1.00%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0030%以下、
REM:0.0200%以下、
のうちの1種または2種以上を含むことを特徴とする発明1に記載の疲労特性に優れた高強度熱延鋼板である。
【0011】
(3)発明3は、発明1または発明2に記載の疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法であって、発明1または発明2の組成を有する鋳片を1150℃以上に加熱し、粗圧延した後、Ar3温度+50(℃)以上の温度にて仕上げ圧延を行い、その後、仕上げ圧延終了温度から650℃までの間の平均の熱伝達係数αを下記式(1)で示される範囲内として鋼板の表面及び裏面から冷却を行い、その後鋼板全厚の平均の温度を600℃以下として巻取りを行うことを特徴とする疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法である。
91×板厚(mm)+756
≦α(J/m2secK)≦91×板厚(mm)+1800 ・・・(1)
【0012】
(4)発明4は、発明1または発明2に記載の疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法であって、発明1または発明2の組成を有する鋳片を1150℃以上に加熱し、粗圧延した後、Ar3温度+50(℃)以上の温度にて仕上げ圧延を行い、その後、仕上げ圧延終了温度から650℃までの間の冷却での平均の水量密度Wを下記式(2)で示される範囲内として鋼板の表面及び裏面から冷却を行い、その後鋼板全厚の平均の温度を600℃以下として巻取りを行うことを特徴とする疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法である。
0.0048×板厚(mm)+0.00357
≦W(m/sec/m)≦0.0048×板厚(mm)+0.055 ・(2)
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来と比べ、コスト増加を招くことなく、加工性を劣化(全伸びを劣化)させることなく、疲労限度比、すなわち疲労強度と引張強度のバランスに優れた熱延鋼板を得ることができ、自動車軽量化に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】連続熱間圧延工程における冷却条件を示す図である。
図2】疲労試験片を示す図である。
図3】表裏層の硬さ(HVs)と板厚中心部の硬さ(HVc)との硬さの比(HVs/HVc)と疲労限度比の関係を示す図である。
図4】熱伝達係数α(J/msecK)と表裏層の硬さと板厚中心部の硬さとの硬さの比(HVs/HVc)を示す図である。
図5】板厚、冷却速度と表裏層の硬さと板厚中心部(1/2tと表示)の硬さとの硬さの比(HVs/HVc)の関係を示す図である。
図6】板厚、水量密度W(m/sec/m)と硬さ比(HVs/HVc)の関係を示す図である。
図7】本発明鋼のミクロ組織を示す顕微鏡写真で、(a)は表層部のミクロ組織、(b)は板厚中心部のミクロ組織、(c)は表層部のミクロ組織の拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明について、詳細に説明する。
【0016】
本発明者らは、疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の開発のため、鋼板表裏層において所定の組織制御を行い、かつそのような表裏層が板厚中心より硬質である鋼板、及びその容易な製造方法を開発した。
【0017】
鋼板の表裏層をその板厚内部より硬質とすることにより、鋼材の疲労限度比が上昇するのは以下の理由による。鋼材の疲労強度は鋼材が高強度なほど一般的には高い。これは、鋼板の強度が高いほど、一定レベルの繰り返し応力下において、鋼材の表面からき裂が生じにくいためである。従って、表裏層を高強度、即ち硬質とすることにより繰り返し応力の負荷時に表面からの疲労き裂の発生を抑制することができる。その一方で、板厚内部を表裏層より軟質とすることにより鋼板の加工性の劣化は避けることができる。従って、鋼板の表裏層を板厚内部より硬質とした鋼板を得ることにより、鋼板内部の加工性を維持したまま鋼材の疲労限度比を改善することが可能となる。
【0018】
また、本発明においては、上記の原理を応用することに加え、表裏層のミクロ組織を微細な炭化物を含むベイナイト単相の組織とすることにより疲労特性の改善を図った。ベイナイト組織とすることにより、疲労き裂の発生原因となりうる粗大な炭化物が生成しなくなり、疲労き裂が発生しにくくなる。
【0019】
本発明においては、鋼板の表裏層の強度を増加させる一方で、鋼板内部を軟質なフェライト主体の組織とすることで鋼板全体の成形性(全伸び)は良好に保つことができる。
【0020】
本発明者らは、表裏層のみが硬質となっており、かつベイナイト単相組織となっている高強度熱延鋼板の開発に取り組み、熱間圧延後の所定の温度域における冷却において、冷却水量等の冷却条件により変動する鋼板と冷却水の間の熱伝達係数を、板厚に応じた所定以上の値以上に制御し、表裏層と板厚中心の冷却速度の差を所定量大きくし、表裏層のみを板厚中心より著しく硬質とし、かつベイナイト単相組織とする製造方法及びそれによる高強度熱延鋼板を開発した。
【0021】
尚、熱伝達係数α(J/msecK)とは、2種類の物資間での熱エネルギーの伝え易さを表す値であり、単位面積、単位時間、単位温度差あたりの伝熱量(すなわち単位温度差あたりの熱流束密度)である。熱伝達係数は、冷却に用いる流体の速度等の条件によって大きく異なる。
【0022】
熱伝達係数を、板厚に応じた所定以上の値以上に制御することにより、表裏層のみが硬質となっている高強度熱延鋼板の開発に向け、本発明者らが行った実験について次に説明する。
【0023】
図1は連続熱間圧延工程における冷却パターンに示している。即ち、仕上げ圧延後の650℃までの急速冷却とその後に通常冷却(放冷)をして巻き取る工程までの表層冷却と板厚中央部(1/2tと表示)冷却の冷却パターンの概要を示す。なお、圧延後冷却開始までの時間(秒)を2.5秒以下、好ましくは1.6秒以下にすることが望ましい。圧延後の冷却開始までの時間とは、仕上げ圧延機とランアウトテーブルの冷却ゾーンの間を鋼板が走行する時間である。仕上げ圧延機とランアウトテーブルの冷却ゾーンとは、それらの間に通常温度計等の計測装置が設置されており積極的な冷却が行われないため、鋼板が空冷されるゾーンである。
【0024】
表1に示す鋼Aの組成からなる鋳片を用いて、図1及び表2−1及び表2−2に示す熱延条件にて、板厚3mm〜12mmの熱延鋼板の製造を行った。ここで、表2−1及び表2−2の仕上げ圧延温度、巻き取り温度は放射温度計により測定した値である。放射温度計による温度の測定値は、鋼材の表面(圧延時の上側の面)の最表層の温度の測定値である。
【0025】
仕上げ圧延後の冷却の際、冷却水の量等で定まる鋼板と冷却水の間の熱伝達係数は、鋼板の表面(圧延時の上側の面)、裏面(圧延時の下側の面)ともに同程度となるようにした。 表2−2に示す熱伝達係数は、所定の冷却条件で鋼材が冷却されている場合に、鋼材表面のからの抜熱量と鋼材の温度低下量の関係示し、一定条件での冷却においては下記式(3)のαで示される値である。この熱伝達係数は、冷却水量、鋼材の表面の状態などに依存する。
熱伝達係数α=Q/(Tw−Ta)・・・(3)
ここで、Q:単位面積当たりの熱移動量(W)、Tw:鋼板の表面温度(K)、Ta :冷却水の温度(K)、ただしTw>Taとする。
【0026】
表2−2に示す熱伝達係数は、例えば特公平6−88060号公報に記載されるような、冷却帯の入側及び出側及び冷却ゾーン内の中間温度計にて測定された温度実績値に基づいて、逐次最小自乗法を用いることで、水冷時における上部各冷却バンクの熱伝達係数、下部各冷却バンクの熱伝達係数、及び空冷時における上部各冷却バンク、下部各冷却バンクの熱伝達係数を修正する技術を用いて求めた。
【0027】
熱伝達係数は冷却の温度域の違いによる変動が見られたが、表2−2に示す値は、650℃以上の温度域での熱伝達係数の平均値である。また、連続熱間圧延工程では、通常、仕上げ圧延の後ランアウトテーブルでの冷却が始まるまでの間の数秒間、水冷が行われず空冷される領域が存在するが、表2における熱伝達係数の平均値はその温度域を通過した直後の水冷開始温度から650℃の間の平均値である。
【0028】
なお、熱伝達係数は以下のようにして求めた。
まず、各々の水量密度による冷却を行った場合のランアウトテーブル中における鋼板の温度をランアウトテーブル中の数ケ所で測定し、それにより鋼板の温度履歴を求めた。次に、上記式(3)及び比熱の値を用いて、ランアウトテーブル内の各位置における温度降下量を求め、それより鋼板の温度履歴を求めた。そして、それが実測と一致するように熱伝達係数を求めた。
得られた熱延鋼板の幅方向中央部より2枚の幅方向のJIS5号引張試験片、幅方向の疲労試験片、ミクロ組織観察用試験片を採取した。ミクロ組織観察用試験片の圧延方向断面(幅方向と垂直な断面)を埋め込み、研磨を行い、ナイタール腐食の後、ミクロ組織の観察を行った。
【0029】
その後、同じ断面の鏡面研磨を行い、板厚中心部、及び表層及び裏層の3か所においてビッカース硬さ測定を行い、そこでの硬さの測定値の平均値を求めた。
【0030】
鋼板の板厚中心部の硬さ(HVc)の測定においては、板厚中心部に位置する、全板厚の50%に相当する厚さを有する層の中を、板厚方向(板面と垂直な方向)に0.1mm間隔で、硬さ(HV)を測定し、その平均値(算術平均以下同じ)を求めた。その硬さ測定の際の荷重は1kgとした。鋼板の表裏層の硬さの測定は以下のように行った。
【0031】
鋼板の表裏層の硬さ(HVs)の測定においては、鋼板の表層、及び裏層から、鋼板全板厚の10%に相当する距離だけ離れた板厚方向位置において、鋼板の圧延方向と平行方向な線上で0.1mm間隔の距離を置いて10点の硬さ(HV)測定を行い、表裏層における測定値の平均値を求め、さらに表層と裏層の各々の平均値から表裏層の硬さの平均値を求めた。その際、硬さ測定の荷重は1kgとした。尚、表裏層各々の硬さの各々の平均値の差は互いに±5%以内であり、小さかった。
【0032】
鋼板の疲労強度(FL)の評価は、表面が熱延ままの鋼板から図2に示す寸法の疲労試験片1を採取し、その中央部の表裏面に試験片の長手方向に所定の曲げの繰り返し応力を加え、試験片が疲労破壊するまでの繰り返し数である平面曲げ疲労寿命を求めた。ここで、Lは圧延方向、Wは板厚方向である。そして、応力レベルを変えて疲労寿命を求め、そして、10回の繰り返し数においても破壊しなかった最低の応力を疲労強度(FL)として求めた。疲労強度(FL)を求める際は、その疲労強度近傍の応力レベルにおいては付加する繰り返し応力を10MPaごとに変えて繰り返し応力を付加する試験を行った。この疲労強度を、引張強度(TS)で除した値を疲労限度比(FL/TS)とした。
【0033】
このとき、試験片に加える繰り返し応力の条件は、完全両振り、即ち、応力振幅=σとした場合に、応力の時間変化が、最大応力=σ、最小応力=−σ、応力の平均値=0の正弦波となるような応力を加える条件とした。また、疲労寿命を評価するうえでは、同じ応力振幅σの値での試験を試験数N=3として複数回行い、得られた各試験ごとの測定値を算術平均して平面曲げ疲労寿命の平均値を求め、その求めた平均値により評価することとした。その他の試験条件はJIS Z 2275に準拠するものとした。
【0034】
図3に得られた熱延鋼板の、表層(表裏層)の硬さ(HVs)と板厚中心部の硬さ(HVc)の平均値の硬さ比(以降単に「硬さ比」と称することがある)と疲労限度比の関係を示す。硬さ比(HVs/HVc)を1.15以上とすることにより疲労限度比を0.50以上とすることができることが分かる。ここで、硬さは表層と裏層ではほぼ同じであった。尚、ここで、表裏層は硬いほど疲労特性は改善する。しかし、本発明では鉄鋼材料を急冷した場合に生じる硬質なミクロ組織を用いて表裏層を硬質としており、その観点から、板厚中心と表裏層の硬さ比の上限は特に限定するものではないが、大きくても3.0倍が限度であり、2.0倍が実用的である。
【0035】
ここで、充分な疲労強度を得るために、板厚中心部に対して十分な硬さを有する表裏層の厚みを、表裏層から全板厚の10%に相当する位置までの領域とすればよいのは以下の理由によるものと推定される。
疲労き裂は鋼材の表裏面において、繰り返し応力により転位が移動し、それが蓄積して表面に凹凸が生じることにより発生するとされている。表裏層から板厚の10%に相当する位置までの領域を硬くすることにより、鋼板表層部での転位の移動を抑えることが可能となり、表裏面で生じる疲労き裂の発生を遅延させることが可能となることを本発明者は知見している。尚、本発明のようにランアウトテーブルにおいて、表裏層の表面からの抜熱により鋼板を冷却する場合、表裏層の表面に近い位置ほど冷却速度は大きいので、表裏層に近い位置ほどより多くの低温変態組織が現れるようにあり、硬さは増加する。従って、上述の場合、板厚の10%の厚さより表層側及び裏層側にある組織は、表裏層から全板厚の10%のそれぞれの位置の硬さより硬い組織となる。
【0036】
図4に650℃以上の熱伝達係数α(J/msecK)と硬さ比(HVs/HVc)の関係を示す。熱伝達係数α(J/msecK)が大きくなるほど、表裏層の硬さ(HVs)と板厚中心部の硬さ(HVc)との硬さ比(HVs/HVc)も増加する。硬さ比が増加するのは熱伝達係数が増加した場合、表裏層での抜熱量が増加して表裏層が急冷される一方で、鋼板の内部の冷却速度は表裏層ほど大きく増加しないため、板厚中心と表裏層の冷却速度の差が大きくなるためである。
【0037】
また、図4から、硬さ比(HVs/HVc)は同じ熱伝達係数αで冷却した場合、板厚3mm、6mm、12mmと板厚が異なる鋼板の硬さ比からみて、板厚が小さいほど硬さ比が大きいことが判明した。
【0038】
図5は、650℃以上の熱伝達係数αと板厚が異なる場合の硬さ比の変化を示す。同じ板厚で熱伝達係数が変化した場合の硬さ比の変化に着目すると、熱伝達係数が増加するにつれ硬さ比は増加するが、過度に熱伝達係数が大きくなると硬さ比は逆に低下することが分かる。熱伝達係数が増加するにつれ硬さ比は増加するのは、鋼板表裏層の組織がベイナイト単相組織となるためである。一方、過度に熱伝達係数が大きくなると硬さ比が小さくなるのは、その場合に鋼板の板厚中心部(1/2tと表示)でフェライト組織が減少し、表裏層との組織の差が小さくなるためである。図中の○印に付与した数字は、表裏層の硬さ(HVs)と板厚中心部の硬さ(HVc)との硬さ比(HVs/HVc)を示す数字である。
硬さ比を1.15以上にするために必要な熱伝達係数の範囲は板厚が大きいほど大きく、図5から十分な硬さ比1.15以上を得るためには式(1)で表わされる熱伝達係数α(J/msecK)の範囲内とする必要があることが分かる。
91×板厚(mm)+756
≦α(J/msecK)≦91×板厚(mm)+1800 ・・・(1)
【0039】
図6は、650℃以上の水量密度W(m/sec/m)と板厚(mm)が異なる場合の硬さ比(HVs/HVc)の変化を示す。同じ板厚で水量密度が変化した場合の硬さ比の変化に着目すると、水量密度が増加するにつれ硬さ比は増加するが、過度に水量密度が大きくなると硬さ比は逆に低下することが分かる。水量が増加するにつれ硬さ比は増加するのは、熱伝達係数の増加により鋼板表裏層の組織がベイナイト単相組織となるためである。一方、過度に水量密度が大きくなると硬さ比が小さくなるのは、その場合に過度に熱伝達係数が増加し、鋼板の板厚中心部(1/2tと表示)でフェライト組織が減少し、表裏層との組織の差が小さくなるためである。図中の○印に付与した数字は、表裏層の硬さ(HVs)と板厚中心部の硬さ(HVc)との硬さ比(HVs/HVc)を示す数字である。
硬さ比を1.15以上とするために必要な水量密度の範囲は板厚が大きいほど大きく、図6から十分な硬さ比1.15以上を得るためには、水量密度W(m/sec/m)を下記式(2)で表わされる範囲内とする必要があることが分かる。
0.0048×板厚(mm)+0.00357
≦W(m/sec/m)≦0.0048×板厚(mm)+0.055 ・(2)
【0040】
また、図7(a)及び(c)に示すように、表裏層部のミクロ組織をベイナイト単相組織とすることにより、良好な疲労限度比を得ることができることが判明した。図7(c)は、図7(a)の表層部のミクロ組織の拡大写真である。良好な疲労限度比が得られるのは、ベイナイト組織には微細な炭化物が含まれるが、その微細な炭化物により表裏層の強度が増加する一方で、疲労き裂自体は炭化物が微細であるために抑制されるためである。本発明の鋼板における良好な疲労強度は、表裏層が硬質であることによる効果に加え、表裏層の鋼組織をベイナイト単相とすることの効果も合わせて得ることにより得られる。表裏層においてそのような組織を得る為には、上述のような熱伝達係数での急速冷却を鋼板表裏層温度が少なくとも650℃となるまで行う必要があることが判明した。
【0041】
本発明において、図7(c)で示すベイナイト組織は、表裏層部に存在し、表層及び裏層のそれぞれは板厚の10%以上の厚みを有する必要がある。これは、以下の理由によるものと推定している。
本発明において、表裏層のベイナイト組織により、表裏層表面近傍のミクロ組織中における炭化物を起点とした疲労き裂の発生が遅延される。疲労き裂は、表裏層近傍の板厚のおおよそ10%の厚みを有する層の中の転位の蓄積を通じて生じるので、本発明者の知見によれば表層及び裏層のベイナイト層の厚みは、それぞれ板厚の10%以上とする必要がある。一方、ベイナイト単相組織の表裏層のそれぞれの厚さの最大値は、後述のように、軟質な組織の層を板厚中心部に全板厚の50%以上の厚さに設ける必要性があることから、表裏層の厚さはそれぞれ全板厚の25%となる。また、ここで鋼板の表層は圧延時に上側であった面であり、裏層とは圧延時に下側であった面である。但し、本発明では、表面・裏面の組織、特性は板厚中心に対して大凡対象であることを前提としており、表層と裏層を区別する必要はない。
【0042】
本発明において、鋼板の成形性(全伸び)を良好とするためには、図7(b)に示すように、板厚中心部の組織は軟質なフェライト組織とする必要がある。軟質なフェライト組織による全伸びを良好とする効果を得るためには、その軟質層の厚みは全板厚の50%以上とする必要がある。そして、その板厚中心部のフェライトを含む軟質な層におけるフェライト以外の組織は、ランアウトテーブルでの冷却中にフェライトの次に生じるベイナイトまたはパーライトまたはその複合組織となる。この軟質な層の厚さの上限は全板厚の80%である。これは、前述のように、鋼板の表層および裏層にそれぞれ全板厚の10%以上の厚さを有する硬質な層を設ける必要があるためである。
【0043】
本発明の鋼板のミクロ組織については、鋼板の表裏層組織は硬質なベイナイト組織とする必要がある。これは、表裏層を十分硬くして、かつ不可避的に生じる炭化物が粗大に析出することを防ぐことにより表裏層からの疲労き裂の発生を抑制することができるためである。一方、板厚中心部のミクロ組織はフェライト面積分率が50%以上となるようにする必要がある。これは、良好な疲労特性を得ながらも、得られる鋼板の成形性を良好に保つためである。ミクロ組織はフェライト単独の組織であってもよいが、通常の製造工程からして、フェライト組織以外にベイナイトまたはパーライトまたはその複合組織を含んでいてもよい。
【0044】
次に、本発明の鋼板の化学成分の限定理由について説明する。ここで、成分についての「%」は質量%である。
【0045】
(C:0.10〜0.20%)
Cは、0.20%超含有していると加工性及び溶接性が劣化するので、0.20%以下とする。また、Cが高すぎると、フェライト変態が遅延しベイナイトが増加する。そのため、板厚中心部におけるフェライト面積分率が低下する。そのため、急冷却時にも表裏層と板厚中心の硬さ比を大きくすることができなくなる。この観点からもCの上限は0.20%とする。Cが低すぎるとフェライト変態が速くなり、急冷却を行っても鋼板表裏層をベイナイト単相組織とはできなくなる。そこで、Cの下限は0.10%とする。上記の観点から、Cは0.10〜0.20%としたが0.13〜0.18%であることが好ましい。
【0046】
(Si:0.01〜2.00%)
Siは、予備脱酸に必要な元素である。所定の効果を得るためには0.01%以上含有する必要がある。しかし、2.00%超とした場合、変態点が過度に高温となるため、本発明に必要な圧延温度の確保が困難となるためその上限は2.00%、好ましくは1.40%である。 上記の観点から、Siは0.01〜2.00%としたが0.01〜1.40%であることが好ましい。
【0047】
(Mn:0.10〜2.00%)
Mnは、固溶強化元素として強度上昇に有効である。所望の強度を得るためには0.10%以上必要であるが、0.40%以上とすることが望ましい。一方、2.00%超添加するとスラブ割れを生ずるため、2.00%以下とする。また、Mnはオーステナイトフォーマーでありフェライト変態を遅延させる。従って、Mnが過多にあると板厚中心部のフェライトが減少し、ベイナイトを増加させ、表裏層と板厚中心部の硬さ比を大きくすることができなくなる。この観点からもMnの上限は2.00%、好ましくは1.60%である。上記の観点から、Mnは0.10〜2.00%としたが0.40〜1.60%であることが好ましい。
【0048】
(P≦0.100%)
Pは、不可避的に含有される不純物元素であり低いほど望ましく、0.100%超含有すると加工性や溶接性に悪影響を及ぼすと共に疲労特性も低下させるので、0.100%以下とするが、好ましくは0.020%以下である。
【0049】
(S≦0.0100%)
Sは、Pと同様に不可避的に含有される不純物元素であり低いほど望ましく、多すぎるとMnS等の粗大な介在物となって成形性を劣化させるので、0.0100%以下とする必要があるが、Sの上限は好ましくは0.003%である。
【0050】
(Al:0.005〜0.050%)
A1は、溶鋼の脱酸に必要な元素である。その効果を得るには0.005%以上、好ましくは0.010%以上含有させることが望ましい。しかし、過多に添加すると、変態点を極度に上昇させ、本発明に必要な圧延温度の確保が困難となるためその上限は0.050%、好ましくは0.030%とする。以上の観点から、Alは、0.005〜0.050%としたが、0.010〜0.030%とすることが望ましい。
【0051】
(N≦0.0100%)
Nは、成分調整段階で溶鋼に混入する不可避的不純物である。過多にあると、鋼材の時効を促進し加工性を劣化させる可能性があるので0.0100%以下とする。好ましくは、0.0040%以下である。
【0052】
以上を基本的な組成とする。
【0053】
次いで、必要に応じて選択的に添加させることができる成分(元素)について説明する。これらの成分はいずれも鋼板の強度を増加するに寄与する成分である。上記基本成分に加えて、必要に応じて、強度を得る為に以下の元素の内一種類以上を添加してもよい。
【0054】
(Nb:0.050%以下)
Nbは析出強化により強度を増加させる元素である。強度を得る為に、必要に応じてNbを添加してもよい。十分な強度増加の効果を得るためには、0.005%以上の添加をすることが望ましい。しかし過多にあるとその効果は飽和する一方で、コストを増加させる要因となるので、上限を0.050%とする。
【0055】
(Ti:0.300%以下)
Tiは析出強化により強度を増加させる元素である。強度を得る為に、必要に応じてTiを添加してもよい。十分な強度増加の効果を得るためには、0.005%以上の添加をすることが望ましい。しかし過多にあるとその効果は飽和する一方で、コストを増加させる要因となるので、上限を0.300%とする。
【0056】
(V:0.10%以下)
Vは析出強化により強度を増加させる元素である。強度を得る為に、必要に応じてVを添加してもよい。十分な強度増加の効果を得るためには、0.01%以上の添加をすることが望ましい。しかし過多にあるとその効果は飽和する一方で、コストを増加させる要因となるので、上限を0.10%とする。
【0057】
(Cu:1.0%以下)
Cuは固溶強化により強度を増加させる元素である。強度を得る為に、必要に応じてCuを添加してもよい。十分な強度増加の効果を得るためには、0.10%以上の添加をすることが望ましい。しかし過多にあるとその効果は飽和する一方で、コストを増加させる要因となるので、上限を1.0%とする。
【0058】
(Ni:1.0%以下)
Niは固溶強化により強度を増加させる元素である。強度を得る為に、必要に応じてNiを添加してもよい。十分な強度増加の効果を得るためには、0.10%以上の添加をすることが望ましい。しかし過多にあるとその効果は飽和する一方で、コストを増加させる要因となるので、上限を1.0%とする。
【0059】
(Cr:1.0%以下)
Crは固溶強化により強度を増加させる元素である。強度を得る為に、必要に応じてCrを添加してもよい。十分な強度増加の効果を得るためには、0.10%以上の添加をすることが望ましい。しかし過多にあるとその効果は飽和する一方で、コストを増加させる要因となるので、上限を1.0%とする。
【0060】
(B:0.0050%以下)
Bは焼き入れ強化により強度を増加させる元素である。強度を得る為に、必要に応じてBを添加してもよい。十分な強度増加の効果を得るためには、0.0001%以上の添加をすることが望ましい。しかし過多にあるとその効果は飽和する一方で、コストを増加させる要因となるので、上限を0.0050%とする。
【0061】
(Ca:0.0030%以下)
硫化物の形態制御を行い、強度を増加し、加工性を改善するために、Caを添加してもよい。形態制御のため必要な効果を得る為には0.0005%以上を添加することが望ましい。一方、過多にあると効果が飽和し、かつコスト増加要因となるので、それを防ぐ観点から上限をCa:0.0030%とする。
【0062】
(REM:0.0200%以下)
REMもCaと同様に硫化物の形態制御を行い、強度を増加し、加工性を改善するために、REM(希土類元素)を添加してもよい。形態制御のため必要な効果を得る為には0.0005%以上を添加することが望ましい。一方、過多にあると効果が飽和し、かつコスト増加要因となるので、それを防ぐ観点から上限をREM:0.0200%とする。
【0063】
以上必要に応じて選択的に含有させる成分について説明したが、これらの選択成分は上記に説明した下限値以下を含有しても本発明の疲労特性に優れた高強度熱延鋼板の効果を損なうものではないので、本発明はその下限値以下をも含有することを許容するものである。また、上記に述べた成分の残部はFeおよび不可避不純物である。
【0064】
次に、本発明の製造方法の限定理由について、詳細に述べる。
【0065】
本発明の製造方法は、初めに、上記に述べた成分に調整された鋳片を精錬工程、連続鋳造工程を用いて製造する。次に、加熱、粗圧延、仕上げ圧延、冷却、巻き取り及び精整工程からなる連続熱延工程により熱延鋼板を得る。以下に具体的製造条件について述べる。
【0066】
(1150℃以上に加熱)
加熱温度は、粗圧延、仕上げ圧延からなる連続熱間圧延工程により熱延鋼板を得るために必要とされる温度が好ましい。この加熱温度は常法では、仕上げ圧延の温度を所定以上とする観点から1150℃以上である。加熱温度が高すぎると加熱中に生じる酸化層に起因した表面疵が生じる。また、過度に加熱温度を上げることは、生産コストの観点からも好ましくない。この観点から加熱温度の上限は1300℃程度が望ましい。
【0067】
粗圧延は、加熱炉から加熱した鋳片を抽出した後から仕上げ圧延の間の圧延工程であるが、その温度域も常法に従う。
【0068】
(Ar3温度+50(℃)以上の温度にて仕上げ圧延)
仕上げ圧延温度は、Ar温度+50℃以上とする必要がある。これは圧延温度がそれより低い場合、フェライト変態が鋼板表裏層において促進され、ランアウトテーブルでの熱伝達係数の増加による表裏層硬さの増加効果が得られないためである。尚、Ar変態温度は以下の公知の式(4)で求めるものとする。仕上げ圧延温度が過度に高いと、圧延前の鋼板に付着する酸化層の厚みが増加し、それが圧延時に噛みこまれ、鋼板に疵を残す。この観点から、仕上げ圧延温度の上限は概ね1100℃とする。
Ar=868−396×C+25×Si−68×Mn−36×Ni−21×Cu−25×Cr+30×Mo ・・・(4)
ここで、各元素は鋼板中に含有された元素の含有量(質量%)である。なお、含有されていない元素の含有量は0質量%とする。
【0069】
(650℃までの間の平均の熱伝達係数α)
所定の硬さ比を得る為に必要な、仕上げ圧延終了温度から650℃までの間の平均の鋼板表裏層の熱伝達係数αの範囲は板厚に依存し、その許容範囲は下記式(1)で表わされる。
91×板厚(mm)+756
≦α(J/msecK)≦91×板厚(mm)+1800 ・・・(1)
そして、硬さ比を最大とする観点から、熱伝達係数αは下記式(1−2)を満たすことが望ましい。
91×板厚(mm)+900
≦α(J/msecK)≦91×板厚(mm)+1500 ・・(1−2)
【0070】
ここで、必要な熱伝達係数α(J/msecK)に下限(式1の左辺)が存在するのは、それが小さすぎると鋼板表裏層がベイナイト単相組織とならないためである。一方、それに上限(式1の右辺)が存在するのは、それが大きすぎると板厚中心部のフェライトが減少し、そこの硬さが増加するためである。
【0071】
そのような仕上げ圧延終了温度からの冷却条件を満たす急冷却の温度域を650℃以上としたのは、急冷却に伴って生じる硬さ比を増加させるミクロ組織の変化は、650℃以上の温度域の冷却速度の変化により生じるためである。
【0072】
(650℃までの間の冷却での平均の水量密度W)
所定の硬さ比を得る為に必要な、650℃以上の冷却における水量密度の範囲は板厚に依存し、その許容範囲は下記式(2)で表わされる。
0.0048×板厚(mm)+0.00357
≦W(m/sec/m)≦0.0048×板厚(mm)+0.055 ・(2)
そして、硬さ比を最大とする観点からは、650℃以上の冷却における水量密度W(m/sec/m)の範囲は下記式(2−2)を満たすことが好ましい。
0.005×板厚(mm)+0.010
≦W(m/sec/m)≦0.005×板厚(mm)+0.040・・(2−2)
【0073】
ここで、必要な水量密度W(m/sec/m)に下限(式2の左辺)が存在するのは、それが小さすぎると熱伝達係数が低下し鋼板表裏層のベイナイト層の厚さが小さくなり、また、表裏層の硬さも小さくなるためである。一方、それに上限(式2の右辺)が存在するのは、それが大きすぎると熱伝達係数が過度に増加して板厚中心部のフェライトが減少し、そこの硬さが増加するためである。
【0074】
そのような水量密度での冷却を必要とする急冷却の温度域を650℃以上としたのは、急冷却に伴って生じる硬さ比を増加させるミクロ組織の変化は、650℃以上の温度域の冷却速度の変化により生じるためである。
【0075】
(600℃以下として巻取り)
巻取り温度は600℃以下とする。これは、巻取り温度が600℃を超える場合、十分な熱伝達係数αを得ても十分な表裏層硬度の増加効果が得られないためである。これは、巻き取り温度が600℃を超える場合、巻き取り後に生成するベイナイトが軟質となり、所定の硬さ比が得られないためである。表裏層の硬度を増加させる観点からは、巻き取り温度は560℃以下とすることが好ましい。
【0076】
尚、本発明において、650℃から巻き取り温度の間のランアウトテーブル上での冷却は、特段の冷却を行わない空冷、または水冷で行うものとする。ここでの冷却速度は速い方が、より大きな硬さ比を得る上で好ましい。しかし、過度に大きくすると冷却停止温度のばらつきも大きくなるので、特に規定はしない。
巻き取り温度の下限は特に規定しないが、350℃以下の場合、巻き取り温度の精度が劣化するので、巻き取り温度は350℃以上が好ましい。
尚、ここで、仕上げ圧延温度、圧延後の冷却の速度、巻き取り温度は、鋼板表面温度ではなく、全板厚の平均温度である。全板厚の平均温度は、表面温度の測定値に合うように鋼板の伝熱計算を行うなどして全板厚の温度を算出し、それらを平均(算術平均)して求める。
本発明において、鋳片が加熱炉を出た後の加熱温度、粗圧延の温度、時間、パススケジュール、仕上げ圧延のパススケジュール、仕上げ圧延終了から冷却を開始するまでの時間等の条件は、常法に従うものとする。
【実施例】
【0077】
以下に、本発明の実施例を具体的に説明する。
【0078】
表1に示す成分の鋼を転炉にて溶製した後、連続鋳造により鋳片とした。その後、表2−1及び表2−2に示す条件にて、再加熱を行い、粗圧延、仕上げ圧延、冷却、巻取りを行う事により熱延鋼板とした。なお、表2−2中に記載の熱伝達係数の上下限の数値は式(1)に、そして、水量密度の上下限の数値は式(2)による数値である。
得られた鋼板の組織、機械的特性を表3−1及び表3−2に示した。
【0079】
鋼板の幅方向中心部より採取した試験片を用いて、鋼板の引張試験、圧延方向断面の組織観察を行い、それと同じ断面のビッカース硬さ(HV)測定を行った。その際、鋼板の表層、及び裏層から、鋼板全板厚の10%に相当する距離だけ離れた板厚方向位置において、鋼板の圧延方向と平行方向な線上で0.1mm間隔の距離を置いて10点の硬さ測定を行い、表裏層における測定値の平均値を求め、さらに表層と裏層の平均値の平均値を求めた。硬さ測定の荷重は1kgとした。尚、表裏層各々の硬さの平均値の差は互いに±5%以内であり、小さかった。ここで、鋼板の表層、裏層とは、それぞれ圧延時にそれぞれ上側、下側であった面を指す。
【0080】
条件1−2、2、3−2、4、4−2、6、7、8、11〜18、22〜26は本発明例であり、良好な加工性(全伸びの劣化がない)と良好な疲労限度比[L(疲労強度)/TS(引張強度)]0.50以上が得られている。
【0081】
条件1(比較例)は急速冷却域の熱伝達係数が小さすぎるため、鋼板表裏層と板厚中心部の硬さの比が小さい。また、表裏層のベイナイト層の厚みが小さい。このため疲労限度比が小さい。
【0082】
条件2−2(比較例)は、急速冷却域の熱伝達係数が大きすぎるため、鋼板表裏層と板厚中心部の硬さの比が小さい。このため疲労限度比が小さい。
【0083】
条件3(比較例)は急速冷却域の熱伝達係数が小さすぎるため、また、表裏層のベイナイト層の厚みが小さい。鋼板表裏層と板厚中心部の硬さの比が小さい。このため疲労限度比が小さい。
【0084】
条件4−3(比較例)は、急速冷却域の熱伝達係数が大きすぎるため、鋼板表裏層と板厚中心部の硬さの比が小さい。このため疲労限度比が小さい。
【0085】
条件5及び条件5−2(比較例)は急速冷却域の熱伝達係数が小さすぎるため、鋼板表裏層と板厚中心部の硬さの比が小さい。また、表裏層のベイナイト層の厚みが小さい。このため疲労限度比が小さい。
【0086】
条件9(比較例)は、圧延温度が低すぎる為、鋼板表裏層と板厚中心部の硬さの比が小さい。また、表裏層のベイナイト層の厚みが小さい。このため、このため疲労限度比が小さい。
【0087】
条件10(比較例)は、巻取り温度が高すぎる為、鋼板表裏層で軟質のベイナイトが生成し、そのため板厚中心部の硬さの比が小さい。このため、このため疲労限度比が小さい。
【0088】
条件19(比較例)は、鋼成分中のMn量が所定より高い。そのため、所定の硬さ比が得られておらず、疲労限度比が小さい。
【0089】
条件20(比較例)は、鋼成分中のC量が所定より高い。そのため、所定の硬さ比が得られておらず、疲労限度比が小さい。
【0090】
【表1】




























【0091】
【表2-1】



【0092】
【表2-2】







【0093】
【表3-1】







【0094】
【表3-2】
【符号の説明】
【0095】
1 疲労試験片
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7