(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
圧電特性の中で重要な要素のひとつとして、誘電損失が挙げられる。誘電損失の存在により、圧電材料に電界を印加した際の一部が熱エネルギーとして消費される。一般には圧電材料でD=ε・ε
0・E(Dは電束密度、Eは電界、εは比誘電率、ε
0は真空の比誘電率)が成立する。電界Eが交流のとき、誘電率εは、誘電損失がない場合には実数であるが、誘電損失があると複素数(= ε′−j・ε″)となる。ここで、実数部ε′は通常、誘電率と呼ばれ、虚数部ε″が誘電損失に対応する。Tanδ=ε″/ε′を誘電正接と呼び、δは損失角といわれる。誘電損失は、誘電体の電束密度Dが電界Eにただちには追従できずに、Dの位相がEの位相よりδだけ遅れることによっておこる。誘電材料の誘電損失は小さいほど望ましい。
【0008】
誘電損失を小さくする手法として、圧電材料の中に炭素や水素を混ぜる手法(特許文献1)もあるが、成膜温度などの条件を細かく管理する必要があり成膜装置をメンテナンスしたような際には条件を見直す必要がある場合が多い。
【0009】
また、圧電特性D31を良くする手法として圧電材料を化学量論組成からずれた組成にする手法(特許文献2)もあるが、この材料は誘電損失が大きく、使用する周波数によっては、圧電性能を十分に発揮することができない。
【0010】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、薄膜圧電素子を構成する非鉛圧電材料からなる圧電薄膜の誘電損失を低減しつつ、より大きな変位量を得ることのできる薄膜圧電素子を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明に係る薄膜圧電素子は、 圧電薄膜と、該圧電薄膜を挟んで配置される一対の電極膜と、を有する薄膜圧電素子であって、前記圧電薄膜は、組成式(K
1−w−xNa
w Sr
x)
m(Nb
1−y Zr
y)O
3 で表されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有し、(001)に優先配向していることを特徴とする薄膜圧電素子であり、ここで、0.95≦m<1.05、 0.6≦(m・x/y)≦0.8 である。
【0012】
mが0.95未満である場合には、誘電損失を低減させることができない。また、mが1.05以上の場合には、誘電損失が大きくなることを防止することができない。
【0013】
一方、m・x/yが0.6未満である場合には、mが1に近い化学量論組成近傍において誘電損失を十分低減させることができない。また、m・x/yが0.8を超える場合には、化学量論組成近傍において誘電損失が大きくなることを防止することができない。そして、これらの2つの組成領域を満たす場合において、十分小さい誘電損失が実現される。
【0014】
薄膜圧電素子に用いる圧電薄膜を化学量論組成近傍の組成とすることで、ペロブスカイト構造に格子欠陥ができにくく、より安定した圧電、誘電特性が得られる。
【0015】
そして、圧電薄膜がペロブスカイト構造を有し、(001)に優先配向していることで薄膜圧電素子の誘電損失を低く抑えた上に圧電特性を大きくすることができる。圧電薄膜が(001)以外の方位に優先配向している場合は、誘電損失を低減させることができず、また十分な圧電特性を得ることができない。
【0016】
ここで、優先配向とは、X線回折測定で得られる主配向つまり最も強度の強い信号の強度が全ピーク強度に占める割合が5割以上であることを指す。また、(001)配向度とは、(001)のピーク強度/全ピーク強度のことを指し(%)で表す。
【0017】
また、圧電薄膜の組成はNa(ナトリウム)/(Na+K(カリウム))比が0.5以上、0.75以下であることが好ましい。Na/(Na+K)比を0.5以上とすることで電極膜に電圧を印加した際のリーク電流密度がより小さくなる。また、Na/(Na+K)比を0.75以下とすることで圧電特性がより向上する。
【0018】
圧電素子のリーク電流密度は、1×10
−5A/cm
2以下であれば実用に耐えるが、1×10
−7A/cm
2以下であることがより好ましい。
【0019】
本発明に係る薄膜圧電素子では、圧電薄膜と、一対の電極膜のうちの少なくともいずれか一方の電極膜との間にルテニウム酸ストロンチウム薄膜を有することが好ましい。ルテニウム酸ストロンチウム薄膜を中間膜として用い、圧電薄膜形成前に形成することで、圧電薄膜が(001)に優先配向しやすくなる。
【0020】
本発明に係る薄膜圧電アクチュエータは、上記の組成式で表されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有し、(001)に優先配向している薄膜圧電素子を有している。薄膜圧電アクチュエータとして具体的には、ハードディスクドライブのヘッドアセンブリ、インクジェットプリンタヘッドの圧電アクチュエータなどが挙げられる。
【0021】
また、本発明に係る薄膜圧電センサは、上記の組成式で表されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有し、(001)に優先配向している薄膜圧電素子を備えている。薄膜圧電センサとして具体的には、ジャイロセンサ、圧力センサ、脈波センサなどが挙げられる。
【0022】
そして、本発明に係るハードディスクドライブ、及びインクジェットプリンタ装置には上記の薄膜圧電アクチュエータが用いられている。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る薄膜圧電素子は従来の薄膜圧電素子よりも誘電損失を小さくすることができるため、本発明に係る薄膜圧電素子、薄膜圧電アクチュエータ、及び薄膜圧電センサ、並びにハードディスクドライブ、及びインクジェットプリンタ装置は動作中に発熱による動作異常が発生しなくなり信頼性を向上させることができる。
【0024】
また本発明に係る薄膜圧電素子は、高周波帯域での誘電損失が低く抑えられるので、高周波用素子への適用も可能になる。
【0025】
本発明に関わる圧電薄膜は、非鉛圧電材料であるため、環境や人体に対しての影響が低く抑えられている。したがって、本発明に係る薄膜圧電素子、薄膜圧電アクチュエータ、及び薄膜圧電センサ、並びにハードディスクドライブ、及びインクジェットプリンタ装置は従来使用が困難だった用途への適用も可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な一実施形態について詳細に説明する。なお、図面において、同一又は同等の要素については同一の符号を付す。また、上下左右の位置関係は図面に示す通りである。また、説明が重複する場合にはその説明を省略する。
【0028】
(薄膜圧電素子)
図1に従来の非鉛圧電薄膜の誘電正接Tanδ−測定周波数の相関グラフを示す。周波数の増加とともにTanδが増大しているのが分かる。
【0029】
図2に本実施形態に係る薄膜圧電素子100を示す。薄膜圧電素子100は、基板7と、基板7上に設けられた第一電極膜5と、第一電極膜5の上に形成された中間膜4と中間膜4上に形成された圧電薄膜3と、圧電薄膜3上に形成された第二電極膜1と、を備える。
【0030】
基板7には、例えば(100)面方位を有するシリコン基板を用いることができる。基板7は、一例として、100μm以上、1000μm以下の厚さを有する。また、基板7として、(100)面とは異なる面方位を有するシリコン基板のほかに、Siliconon Insulator(SOI)基板、石英ガラス基板、GaAs等からなる化合物半導体基板、サファイア基板、ステンレス等からなる金属基板、MgO基板、SrTiO
3基板等を用いることもできる。
【0031】
第一電極膜5は、一例として、Pt(白金)から形成される。第一電極膜5は、0.02μm以上、1.0μm以下の厚さを有することが好ましい。厚さが0.02μm未満であれば、電極としての機能が不十分となり、1.0μmを超えると圧電材料の変位特性阻害という問題がある。400〜500℃程度に加熱した(100)面方位を有するシリコン基板上にスパッタリング法によりPt膜を形成すると、(100)に配向した配向性の高い膜となり、その後に形成する圧電薄膜3も高い配向性を有する圧電薄膜3とすることができる。
【0032】
圧電薄膜3は、組成式(K
1−w−x Na
wSr
x)
m(Nb
1−y Zr
y)O
3 で表されるニオブ酸カリウムナトリウム化物であるニオブ酸カリウムナトリウム(以下KNNとも呼ぶ)を用いる。このときのmは式(1)の範囲であり、Sr/Zr組成比に対応する m・x/y は式(2)の範囲である。
0.95≦m<1.05 ・・・ 式(1)
0.6≦(m・x/y)≦0.8 ・・・ 式(2)
これらの2つの組成領域を満たす場合において、十分小さい誘電損失が実現される。また、キューリー点の向上、リーク電流密度の低減等のためTa(タンタル)、Li(リチウム)、Ba(バリウム)、Mn(マンガン)などの元素を添加することもできる。圧電薄膜3の厚さは特に限定されず、例えば、0.5〜5μm程度とすることができる。
【0033】
圧電薄膜3は、第一電極膜5が形成された基板7を400〜600℃程度に加熱し、スパッタリング法や蒸着法により形成する。
【0034】
この圧電薄膜3において、Na/(Na+K)比は0.5以上、0.75以下であることができる。0.5以上とすることでリーク電流密度が小さくなる。0.75以下とすることで圧電特性が良くなる。
【0035】
圧電薄膜3にはその構造や特性に大きな影響を与えない範囲で上記の組成以外の少量の元素、化合物が含有されても構わない。
【0036】
この圧電薄膜3は、測定周波数100Hzでの誘電正接Tanδ100が0.05以下であることが好ましい。このことにより、圧電薄膜3が動作中に発熱などの問題が発生しなくなる。
【0037】
誘電正接Tanδ100は小さい方が好ましいことは言うまでもないが、実際に実現可能な下限値は0.01程度である。
【0038】
また、この圧電薄膜3は、測定周波数100Hzでの誘電正接Tanδ100と測定周波数10KHzでの誘電正接Tanδ10000との比Tanδ10000/Tanδ100が1.5以下であることが好ましい。このことにより、高周波数域においても薄膜圧電素子の使用が可能になる。
【0039】
誘電正接は一般に測定周波数が高いほど大きくなるので、Tanδ10000/Tanδ100の値は、通常1.0以上となる。
【0040】
第二電極膜1は、一例として、Pt(白金)から形成される。第二電極膜1は、一例として、0.02μm以上、1.0μm以下の厚さを有する。第二電極膜1は、第一電極膜5と同様にスパッタリング法により形成される。
【0041】
図2に示したように、第一電極膜5と圧電薄膜3との間に、中間膜4を設けることができる。中間膜4の材料は導電性酸化物であるルテニウム酸ストロンチウム:SrRuO
3が好適である。これにより、圧電薄膜3が(001)に優先配向しやすくなり、その結果圧電特性、誘電損失を改善できる。
【0042】
中間膜4は0.01μm以上、0.1μm以下の厚さにすることが好ましい。厚さを0.01μm以上、1μm以下とすることで、中間膜4の結晶性を高めることができ、圧電薄膜3の結晶性もそれに伴い高めることができる。その結果、圧電特性の向上、誘電損失の低減の効果が大きくなる。
【0043】
なお、薄膜圧電素子100において、基板7を除去した構成としても構わない。素子の変位量が必要なデバイスの場合、基板7を除去することで、変位量を高めることができる。また、薄膜圧電素子100には種々の保護膜を形成してもよい。
【0044】
(薄膜圧電アクチュエータ)
図3は、これらの薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電アクチュエータの一例としてのハードディスクドライブに搭載されたヘッドアセンブリの構成図である。この図に示すように、ヘッドアセンブリ200は、その主なる構成要素として、ベースプレート10、ロードビーム11、フレクシャ12、駆動素子である第1及び第2の薄膜圧電素子13、及びヘッド素子14aを備えたスライダ14を備えている。
【0045】
そして、ロードビーム11は、ベースプレート10に例えばビーム溶接などにより固着されている基端部11bと、この基端部11bから先細り状に延在された第1及び第2の板バネ部11c及び11dと、第1及び第2の板バネ部11c及び11dの間に形成された開口部11eと、第1及び第2の板バネ部11c及び11dに連続して直線的かつ先細り状に延在するビーム主部11fと、を備えている。
【0046】
第1及び第2の薄膜圧電素子13は、所定の間隔を保ってフレクシャ12の一部である配線用フレキシブル基板15上にそれぞれ配置されている。スライダ14はフレクシャ12の先端部に固定されており、第1及び第2の薄膜圧電素子13の伸縮に伴って回転運動する。
【0047】
第1及び第2の薄膜圧電素子13は、圧電薄膜とそれを挟む一対の電極膜とから構成されており、この圧電薄膜として本発明に係わる誘電損失の小さいアルカリニオブ酸系の圧電薄膜を用いることで、動作時の発熱を抑えるとともに、十分な変位量を得ることができる。
【0048】
図4は、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電アクチュエータの他の例としてのインクジェットプリンタヘッドの圧電アクチュエータの構成図である。
【0049】
圧電アクチュエータ300は、基材20上に、絶縁膜23、下部電極膜24、圧電薄膜25および上部電極膜26を積層して構成されている。
【0050】
所定の吐出信号が供給されず下部電極膜24と上部電極膜26との間に電圧が印加されていない場合、圧電薄膜25には変形を生じない。吐出信号が供給されていない薄膜圧電素子が設けられている圧力室21には、圧力変化が生じず、そのノズル27からインク滴は吐出されない。
【0051】
一方、所定の吐出信号が供給され、下部電極膜24と上部電極膜26との間に一定電圧が印加された場合、圧電薄膜25に変形を生じる。吐出信号が供給された薄膜圧電素子が設けられている圧力室21ではその絶縁膜23が大きくたわむ。このため圧力室21内の圧力が瞬間的に高まり、ノズル27からインク滴が吐出される。
【0052】
ここで、圧電薄膜として本発明に係わる誘電損失の小さいアルカリニオブ酸系の圧電薄膜を用いることで、動作時の発熱を抑えるとともに、十分な変位量を得ることができる。
【0053】
(薄膜圧電センサ)
図5(a)は、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電センサの一例としてのジャイロセンサの構成図(平面図)であり、
図5(b)は
図5(a)のA−A線矢視断面図である。
【0054】
ジャイロセンサ400は、基部110と、基部110の一面に接続する二つのアーム120、130を備える音叉振動子型の角速度検出素子である。このジャイロセンサ400は、上述の薄膜圧電素子を構成する圧電薄膜30、上部電極膜31、及び下部電極膜32を音叉型振動子の形状に則して微細加工して得られたものであり、各部(基部110、及びアーム120、130)は、薄膜圧電素子によって一体的に形成されている。
【0055】
一方のアーム120の第一の主面には、駆動電極膜31a、31b、及び検出電極膜31dがそれぞれ形成されている。同様に、他方のアーム130の第一の主面には、駆動電極膜31a、31b、及び検出電極膜31cがそれぞれ形成されている。これらの各電極膜31a、31b、31c、31dは、上部電極膜31を所定の電極形状にエッチングすることにより得られる。
【0056】
なお、基部110、及びアーム120、130のそれぞれの第二の主面(第一の主面の裏側の主面)にべた状に形成されている下部電極膜32は、ジャイロセンサ400のグランド電極として機能する。
【0057】
ここで、それぞれのアーム120、130の長手方向をZ方向とし、二つのアーム120、130の主面を含む平面をXZ平面とした上で、XYZ直交座標系を定義する。
【0058】
駆動電極膜31a、31bに駆動信号を供給すると、二つのアーム120、130は、面内振動モードで励振する。面内振動モードとは、二つのアーム120、130の主面に平行な向きに二つのアーム120、130が励振する振動モードのことを称する。例えば、一方のアーム120が−X方向に速度V1で励振しているとき、他方のアーム130は+X方向に速度V2で励振する。
【0059】
この状態でジャイロセンサ400にZ軸を回転軸として角速度ωの回転が加わると、二つのアーム120、130のそれぞれについて速度方向に直交する向きにコリオリ力が作用し、面外振動モードで励振し始める。面外振動モードとは、二つのアーム120、130の主面に直交する向きに二つのアーム120、130が励振する振動モードのことを称する。例えば、一方のアーム120に作用するコリオリ力F1が−Y方向であるとき、他方のアーム130に作用するコリオリ力F2は+Y方向である。
【0060】
コリオリ力F1、F2の大きさは、角速度ωに比例するため、コリオリ力F1、F2によるアーム120、130の機械的な歪みを圧電薄膜30によって電気信号(検出信号)に変換し、これを検出電極膜31c、31dから取り出すことにより角速度ωを求めることができる。
【0061】
この圧電薄膜として本発明に係わる誘電損失の小さいアルカリニオブ酸系の圧電薄膜を用いることで、動作時の発熱を抑えるとともに、十分な検出感度を得ることができる。
【0062】
図6は、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電センサの第二の例としての圧力センサの構成図である。
【0063】
圧力センサ500は、圧力を受けたときに対応するための空洞45を有するとともに、薄膜圧電素子40を支える支持体44と、電流増幅器46と、電圧測定器47とから構成されている。薄膜圧電素子40は共通電極膜41と圧電薄膜42と個別電極膜43とからなり、この順に支持体44に積層されている。ここで、外力がかかると薄膜圧電素子40がたわみ、電圧測定器47で電圧が検出される。
【0064】
この圧電薄膜として本発明に係わる誘電損失の小さいアルカリニオブ酸系の圧電薄膜を用いることで、動作時の発熱を抑えるとともに、十分な検出感度を得ることができる。
【0065】
図7は、上記の薄膜圧電素子を用いた薄膜圧電センサの第三の例としての脈波センサの構成図である。
【0066】
脈波センサ600は、基材51上に送信用圧電素子、及び受信用圧電素子を搭載した構成となっており。ここで、送信用圧電素子では送信用圧電薄膜52の厚み方向の両面には電極膜54a、55aが形成されており、受信用圧電素子では受信用圧電薄膜53の厚み方向の両面にも電極膜54b、55bが形成されている。また、基材51には、電極56、上面用電極57が形成されており、電極膜54a、54bと上面用電極57とはそれぞれ配線58で電気的に接続されている。
【0067】
生体の脈を検出するには、先ず脈波センサ600の基板裏面(圧電素子が搭載されていない面)を生体に当接させる。そして、脈の検出時に、送信用圧電素子の両電極膜54a、55aに特定の駆動用電圧信号を出力させる。送信用圧電素子は両電極膜54a、55aに入力された駆動用電圧信号に応じて励振して超音波を発生し、該超音波を生体内に送信する。生体内に送信された超音波は血流により反射され、受信用圧電素子により受信される。受信用圧電素子は、受信した超音波を電圧信号に変換して、両電極膜54b、55bから出力する。
【0068】
この両圧電薄膜として本発明に係わる誘電損失の小さいアルカリニオブ酸系の圧電薄膜を用いることで、動作時の発熱を抑えるとともに、十分な検出感度を得ることができる。
【0069】
(ハードディスクドライブ)
図8は、
図3に示したヘッドアセンブリを搭載したハードディスクドライブの構成図である。
【0070】
ハードディスクドライブ700は、筐体60内に、記録媒体としてのハードディスク61と、これに磁気情報を記録及び再生するヘッドスタックアセンブリ62とを備えている。ハードディスク61は、図示を省略したモータによって回転させられる。
【0071】
ヘッドスタックアセンブリ62は、ボイスコイルモータ63により支軸周りに回転自在に支持されたアクチュエータアーム64と、このアクチュエータアーム64に接続されたヘッドアセンブリ65とから構成される組立体を、図の奥行き方向に複数個積層したものである。ヘッドアセンブリ65の先端部には、ハードディスク61に対向するようにヘッドスライダ14が取り付けられている(
図3A参照)。
【0072】
ヘッドアセンブリ65(200)は、ヘッド素子14a(
図3参照)を2段階で変動させる形式を採用している。ヘッド素子14aの比較的大きな移動はボイスコイルモータ63によるヘッドアセンブリ65、及びアクチュエータアーム64の全体の駆動で制御し、微小な移動はヘッドアセンブリ65の先端部によるヘッドスライダ14の駆動により制御する。
【0073】
このヘッドアセンブリ65に用いられる薄膜圧電素子において、圧電薄膜として本発明に係わる誘電損失の小さいアルカリニオブ酸系の圧電薄膜を用いることで、動作時の発熱を抑えるとともに、十分な変位量を得ることができる。
【0074】
(インクジェットプリンタ装置)
図9は、
図4に示したインクジェットプリンタヘッドの圧電アクチュエータ300を搭載したインクジェットプリンタ装置の構成図である。
【0075】
インクジェットプリンタ装置800は、主にインクジェットプリンタヘッド70、本体71、トレイ72、ヘッド駆動機構73を備えて構成されており、
図4における圧電アクチュエータ300はインクジェットプリンタヘッド70に搭載されている。
【0076】
インクジェットプリンタ装置800は、イエロー、マゼンダ、シアン、ブラックの計4色のインクカートリッジを備えており、フルカラー印刷が可能なように構成されている。また、このインクジェットプリンタ装置800は、内部に専用のコントローラボード等を備えており、インクジェットプリンタヘッド70のインク吐出タイミング及びヘッド駆動機構73の走査を制御する。また、本体71は背面にトレイ72を備えるとともに、その内部にオートシートフィーダ(自動連続給紙機構)76を備え、記録用紙75を自動的に送り出し、正面の排出口74から記録用紙75を排紙する。
【0077】
このインクジェットプリンタヘッド70の圧電アクチュエータに用いられる薄膜圧電素子において、圧電薄膜として本発明に係わる誘電損失の小さいアルカリニオブ酸系の圧電薄膜を用いることで、安全性が高く、動作時の発熱の小さいインクジェットプリンタ装置を提供することができる。
【実施例】
【0078】
(薄膜圧電素子)
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0079】
(実施例1)
以下のようにして実施例1の薄膜圧電素子100を作製した。
【0080】
(100)面方位を有するシリコン基板7を400℃に加熱し、シリコン基板7の面方位にエピタキシャル成長させながら第一電極膜5としてPtを200nmスパッタリング法によりシリコン基板7上に成膜した。このときの成膜レートは0.2nm/secである。
【0081】
次に、シリコン基板7を550℃に加熱して圧電薄膜3を2000nmスパッタリング法によりエピタキシャル成長させて成膜した。この時の圧電薄膜3のスパッタリングターゲットとして、(K
0.17Na
0.76Sr
0.07)
0.96(Nb
0.9Zr
0.1)O
3 の組成を有する焼結体を用いた。圧電薄膜3の膜組成はこのターゲット組成とほぼ同様となる。
【0082】
次に常温において第二電極膜1としてPt:200nmをスパッタリング法により成膜した。
【0083】
その後、フォトリソグラフィを用いて圧電薄膜3を含む積層体のパターンニングを行い、RIEでエッチングを行い、シリコン基板7をダイシングすることで、2mm×20mm形状の薄膜圧電素子100を作製した。
【0084】
(実施例2〜9、比較例1〜5)
圧電薄膜3のスパッタリングターゲットとして、表1に示す材料をスパッタリングターゲットとして用いて圧電薄膜3を形成した以外は実施例1と同様に薄膜圧電素子100を作製した。
【0085】
【表1】
【0086】
(実施例10〜12)
実施例1と同様にシリコン基板7を400℃に加熱し、シリコン基板7の面方位にエピタキシャル成長させながら第一電極膜5としてPtを200nmスパッタリング法によりシリコン基板7上に成膜した。この第一電極膜5の上に中間膜4としてルテニウム酸ストロンチウム:SrRuO
3を35nmスパッタリング法により成膜した。
【0087】
圧電薄膜3のスパッタリングターゲットとして、実施例10では表1に示す材料を用いた。実施例11では、表1に示すように、更にBaを0.11at%、Taを6.5at%加えたものを用いた。実施例12では、表1に示すように、更にBaを0.11at%、Taを6.5at%、Mnを0.35at%加えたものを用いた。このとき各元素は、各元素を含む圧電薄膜全体で100at%となるように含有させた。以下、実施例1と同様に薄膜圧電素子100を作製した。
【0088】
(薄膜圧電素子の評価)
実施例1〜12、および比較例1〜6の各薄膜圧電素子100について、電圧を20V印加した際の変位量をレーザドップラー振動計(グラフテック社製)を用いて測定した。さらに各薄膜圧電素子100について、インピーダンスアナライザー(アジレントテクノロジー社製)4294Aにて、測定電圧:0.5mV、測定周波数:100〜10000Hzで誘電正接を測定した。次に強誘電体評価システムTF−1000(aixACCT社製)を用いて測定電圧:±20V、測定周波数:100Hzにてリーク電流密度を評価した。各測定値を表1に示す。
【0089】
測定周波数100HzでのTanδ100の値及び測定周波数100HzでのTanδ100と測定周波数10KHzでのTanδ10000との比(Tanδ10000/Tanδ100)を表1に示した。比較例1〜6のTanδ100は0.071以上と高い値であったが、実施例1〜12のTanδ100の値は0.059 以下の値であった。また多くの実施例では0.05 以下の値を示した。同様に、Tanδ10000/Tanδ100は比較例1〜6では1.64以上と高い値であったが、実施例1〜12の値は1.4以下の値であった。
【0090】
このように、組成式(K
1−w−x Na
wSr
x)
m(Nb
1−y Zr
y)O
3 で表されるアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有し(0.95≦m<1.05、0.6≦(m・x/y)≦0.8)、(001)に優先配向している圧電薄膜を用いた薄膜圧電素子においては、十分に小さなTanδ100およびTanδ10000/Tanδ100を実現することができる。
【0091】
Tanδ100が0.05以下になっている場合には圧電薄膜素子が動作中に発熱することがなくなり、またTanδ10000/Tanδ100が1.5以下になっているときには高周波領域においても圧電薄膜素子が動作中に発熱することはない。
【0092】
図10に実施例12における非鉛圧電薄膜のTanδ−測定周波数の相関グラフを示す。測定を行った全周波数領域において、従来の非鉛圧電薄膜のTanδ−測定周波数である
図1と比べて本発明の非鉛圧電薄膜のTanδが小さくなっているのが分かる。
【0093】
図11に、上記の実施例2、3、11、12 及び比較例1、3、5、6 を含む種々の圧電薄膜組成にて作製した圧電薄膜3の(001)配向度と測定周波数100HzでのTanδ:Tanδ100との関係を示す。この図から、圧電薄膜3が(001)に優先配向即ち、XRDピーク強度比が50%を超えると、Tanδ100が0.05以下と、小さくなるのが分かる。
【0094】
上記の組成範囲即ち、0.95≦m<1.05、0.6≦(m・x/y)≦0.8を満たすアルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有する圧電薄膜の中でも、Na/(Na+K)比が0.5以上、0.75以下である場合には、リーク電流および圧電特性が特に良好であった。
【0095】
リーク電流密度については、Na/(Na+K)比が0.5未満である実施例5においてはリーク電流密度が10
−6 A/cm
2 台以上の値を示したのに対して、Na/(Na+K)比が0.5以上、0.75以下の実施例6〜8においてはリーク電流密度が10
−7 A/cm
2台の値が得られた。また、Na/(Na+K)比が0.75を超える実施例1〜4、9においては変位量がやや小さい値となったが、Na/(Na+K)比が0.5以上、0.75以下の実施例6〜8においては10μmを超える変位量を示した。
【0096】
表1に示すように、比較例1〜6の薄膜圧電素子の変位量は4.2〜6.6μmであったのに対して、実施例1〜12の変位量は6.5〜11.2μmの値が得られた。薄膜圧電素子の圧電特性は、本実施例の素子形状においては、5μm以上であれば実用に耐えるが、10μm以上であることがより好ましい。
【0097】
比較例4〜6では変位量として5μm以上が得られたが、リーク電流密度が高くなった。これは、mの値が好適な範囲を外れていた、あるいは(Sr/Zr)が外れたことで圧電薄膜3の格子欠陥が増えたためであると考えられる。また、圧電薄膜3が(001)以外の方位に優先配向している比較例3では、リーク電流密度は良好な値であったが、上述のとおり、誘電損失を低減させることができず、また十分な圧電特性を得ることができなかった。
【0098】
上記のように、第一電極膜5と圧電薄膜3との間に中間層4有し、また圧電薄膜用のスパッタリングターゲットにBa、Ta、Mnを添加して作製した実施例10〜12の薄膜圧電素子100は変位量が11.0〜11.2μmで測定周波数100HzでのTanδ:Tanδ100が0.018〜0.024と良好な結果が得られた。また、リーク電流密度も10
−8 A/cm
2台の値が得られた。このことから、中間層4を挿入することで圧電薄膜3の配向性が向上し、圧電特性が改善されたことで変位量が増加し、また、アルカリニオブ酸化物系のペロブスカイト構造を有する圧電薄膜にBa、Ta、Mnを添加することによっても、リーク電流密度が低減された圧電薄膜素子が得られることが明らかである。