(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
成分組成が、質量%で、C:0.05〜0.40%、Si:0.05〜3.0%、Mn:1.5〜3.5%、Al:1.5%以下、N:0.01%以下、P:0.1%以下、S:0.005%以下、Nb:0.04%以下、Ti:0.08%以下、及び、残部:Fe及び不可避的不純物からなり、
組織が、体積分率で、フェライト:15%以下、ラス中に円相当径が2〜500nmの鉄炭化物が析出しているマルテンサイト:20〜95%、残留オーステナイト:15%以下、及び、残部:ベイナイト及び前記以外のマルテンサイトからなり、
ND//<111>方位の結晶粒が占める面積分率とND//<100>方位の結晶粒が占める面積分率が、合計で40%以下であり、
引張強度が980MPa以上で、AI:5MPa以上であり、降伏点伸びが3%以下であり、塗装焼き付け後の降伏比が0.80以上である
ことを特徴とする衝突特性に優れた高強度鋼板。
前記成分組成が、さらに、質量%で、Cr、Cu、Ni、Sn、及び、Moの1種又は2種以上を合計量で1.0%以下含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の衝突特性に優れた高強度鋼板。
前記成分組成が、さらに、質量%で、Ca:0.005%以下、Ce:0.005%以下、及び、La:0.005%以下の1種又は2種以上を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の衝突特性に優れた高強度鋼板。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、DP鋼板及びTRIP鋼板に係る上記課題に鑑み、(i)成形加工した部材が衝突により大変形した際に、剪断加工で打ち抜いた部分からのき裂発生が起き難く、かつ、(ii)成形後の塗装焼付け処理で降伏強度が上昇し、高い降伏強度を有する、衝突時のエネルギー吸収特性及び反力特性に優れた高強度鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意検討した。その結果、本発明者らは、次の知見を見いだした。
(x)所要量の固溶C量を確保すれば、固溶Cが粒界に偏析して粒界を強化し、打抜き端面の粗さを小さくでき、さらに、塗装焼き付け処理後の反力特性が向上する。
(y)ND//<111>方位の結晶粒とND//<100>方位の結晶粒の界面を少なくすると、打抜き破面の粗さが小さくなり、衝突時あるいは疲労時の打抜き端面から割れを抑制できる。
(z)鋼中の残留γは打抜き端面を脆化させるため、残留γ量を適正化することで、衝突時における打抜き端面からのき裂発生を抑制することができる。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0010】
(1)成分組成が、質量%で、C:0.05〜0.40%、Si:0.05〜3.0%、Mn:1.5〜3.5%、Al:1.5%以下、N:0.01%以下、P:0.1%以下、S:0.005%以下、Nb:0.04%以下、Ti:0.08%以下、及び、残部:Fe及び不可避的不純物からなり、
組織が、体積分率で、フェライト:15%以下、ラス中に円相当径が2〜500nmの鉄炭化物が析出しているマルテンサイト:20〜95%、残留オーステナイト:15%以下、及び、残部:ベイナイト及び前記以外のマルテンサイトからなり、
ND//<111>方位の結晶粒が占める面積分率とND//<100>方位の結晶粒が占める面積分率が、合計で40%以下であり、
引張強度が980MPa以上で、AI:5MPa以上であり、降伏点伸びが3%以下であり、塗装焼き付け後の降伏比が0.80以上である
ことを特徴とする衝突特性に優れた高強度鋼板。
【0011】
(2)前記成分組成が、さらに、質量%で、V及びTaの1種又は2種を合計量で0.3%以下含むことを特徴とする前記(1)に記載の衝突特性に優れた高強度鋼板。
【0012】
(3)前記成分組成が、さらに、質量%で、Cr、Cu、Ni、Sn、及び、Moの1種又は2種以上を合計量で1.0%以下含むことを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の衝突特性に優れた高強度鋼板。
【0013】
(4)前記成分組成が、さらに、質量%で、B:0.005%以下を含むことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の衝突特性に優れた高強度鋼板。
【0014】
(5)前記成分組成が、さらに、質量%で、Ca:0.005%以下、Ce:0.005%以下、及び、La:0.005%以下の1種又は2種以上を含むことを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の衝突特性に優れた高強度鋼板。
【0015】
(6)前記(1)〜(5)のいずれかに記載の衝突特性に優れた高強度鋼板を製造する製造方法において、
前記(1)〜(5)のいずれかに記載の成分組成の鋳片を熱間圧延に供し、「960+(80×[%Nb]+40×[%Ti])」℃以上の温度で仕上げ圧延を開始し、「880+(80×[%Nb]+40×[%Ti])」℃以上の温度で仕上げ圧延を終了して熱延鋼板とし、
上記熱延鋼板を、最終圧延終了温度〜(最終圧延終了温度−20℃)間を10℃/s以下で冷却し、次いで、Ar
3温度〜700℃間を30℃/s以上の平均冷却速度で冷却して、670℃以下で巻き取り、酸洗後、冷間圧延に供して冷延鋼板とし、
上記冷延鋼板に、最高到達温度Ac
3−60℃以上で3s以上の焼鈍を施し、焼鈍後、700〜500℃の温度域を10℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、次いで、300〜150℃の温度域を10℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、その後、300〜530℃の温度範囲に再加熱する
ことを特徴とする衝突特性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0016】
(7)前記再加熱を10s以上行うことを特徴とする前記(6)に記載の衝突特性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、優れた成形性と衝突特性を備える自動車用鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の衝突特性に優れた高強度鋼板(以下「本発明鋼板」という。)は
(a)成分組成が、質量%で、C:0.05〜0.40%、Si:0.05〜3.0%、Mn:1.5〜3.5%、Al:1.5%以下、N:0.01%以下、P:0.1%以下、S:0.005%以下、Nb:0.04%以下、Ti:0.08%以下、及び、残部:Fe及び不可避的不純物からなり、
(b)組織が、体積分率で、フェライト:15%以下、ラス中に円相当径が2〜500nmの鉄炭化物が析出しているマルテンサイト:20〜95%、残留オーステナイト:15%以下、及び、残部:ベイナイト及び前記以外のマルテンサイトからなり、
(c)ND//<111>方位の結晶粒が占める面積分率とND//<100>方位の結晶粒が占める面積分率が、合計で40%以下であり、
(d)引張強度が980MPa以上で、降伏点伸びが3%以下であり、AI:5MPa以上であり、成形加工してさらに塗装焼き付け処理した後の降伏比が0.80以上である
ことを特徴とする。
【0020】
まず、本発明鋼板の基本となる成分組成の限定理由について説明する。なお、成分組成に係る%は質量%を意味する。
【0021】
C:0.05〜0.40%
Cは、強度向上に有効な元素である。所要量の固溶C量を確保し、980MPaの引張強度を維持するとともに、粒界を強化するため、0.05%以上とする。好ましくは0.08%以上である。一方、0.40%を超えると、残留γ量が増大するとともに、多量に鉄炭化物が析出し、衝突時に打抜き端面から破壊が発生するので、0.40%以下とする。好ましくは0.30%以下である。
【0022】
Si:0.05〜3.0%
Siは、炭化物の生成を抑制することで、焼鈍中においてオーステナイトを安定化させる効果を有するとともに、固溶Cの確保や粒界上での炭化物形成抑止に寄与する元素である。0.05%未満では、引張強度が980MPa未満になったり、固溶C量が減少して塗装焼付け後の降伏比を確保できない場合があるので、0.05%以上とする。好ましくは0.10%以上である。
【0023】
一方、3.0%を超えると、所定の金属組織を得ることができなくなるので、3.0%以下とする。製造性の観点から、好ましくは2.5%以下である。
【0024】
Mn:1.5〜3.5%
Mnは、γ→α変態を制御し、所定の金属組織を得るために用いる元素である。1.5%未満では、所定のフェライト分率を得ることができないため、1.5%以上とする。より優れた成形性を得る観点から、好ましくは2.0%以上である。
【0025】
一方、3.5%を超えると、ND//<111>方位粒とND//<100>方位粒の分率が増大し、衝突時に打抜き端面から割れが発生するので、3.5%以下とする。溶接性の観点から、好ましくは3.0%以下である。
【0026】
Al:1.5%以下
Alは、炭化物の生成を抑制することで、焼鈍中においてオーステナイトを安定化させる効果を有するとともに、固溶Cの確保や粒界での炭化物形成抑制に寄与する元素である。1.5%を超えるとフェライト分率を適正化できないので、1.5%以下とする。好ましくは1.0%以下である。
【0027】
下限は特に限定しないが、精錬工程で脱酸材として添加すると、通常、0.002%程度は鋼中に残留するので、実用鋼板上0.002%が実質的な下限である。
【0028】
N:0.010%以下
Nは、固溶Nを残留させることで、塗装焼き付け後の降伏強度上昇に寄与する元素である。しかし、0.010%を超えると、鋼板の靱性が低下し、衝突時に打抜き端面から割れが発生するので、0.010%以下とする。成形性の観点からは、好ましくは0.005%以下である。
【0029】
下限は特に限定しないが、0.001%以下に低減することは、製造コストの増大を招くので、実用鋼板上0.001%が実質的な下限である。
【0030】
P:0.10%以下
Pは、強度の向上に寄与する元素である。しかし、0.10%を超えると、打抜き端面の粗さが増大し、衝突時に打抜き端面から割れが発生するので、0.10%以下とする。溶接性の観点から、好ましくは0.05%以下である。
【0031】
下限は特に限定しないが、0.001%以下に低減することは、製造コストの増大を招くので、実用鋼板上0.001%が実質的な下限である。
【0032】
S:0.005%以下、
Sは、不純物元素であり、0.005%を超えると、打抜き端面の粗さが増大し、衝突時に打ち抜き部からの破壊発生が起こるので、0.005%以下とする。衝突時に溶接部からの割れ発生を抑制するために、好ましくは0.003%以下である。
【0033】
下限は特に限定しないが、0.0002%以下に低減することは、製造コストの増大を招くので、実用鋼板上0.0002%が実質的な下限である。
【0034】
Nb:0.04%以下
Nbは、焼鈍後の固溶C量の最適化に用いる元素である。また、結晶粒径の細粒化を通じて、降伏強度の増大をもたらし、衝突特性の向上に寄与する元素である。しかし、0.04%を超えると、ND//<111>方位粒とND//<100>方位粒の分率が増大するとともに、結晶粒界に炭窒化物が析出し、衝突時に打抜き端面から割れが発生するので、0.04%以下とする。
【0035】
下限は特に限定しないが、0.0002%以下に低減することは製造コストの増大を招くので、実用鋼板上0.0002%が実質的な下限である。
【0036】
Ti:0.08%以下
Tiは、焼鈍後の固溶C量と固溶N量の最適化に用いる元素である。また、結晶粒径の細粒化を通じて、降伏強度の増大をもたらし、衝突特性の向上に寄与する元素である。しかし、0.08%を超えると、ND//<111>方位粒とND//<100>方位粒の分率が増大するとともに、結晶粒界に炭窒化物が析出し、衝突時に打抜き端面から割れが発生するので、0.08%以下とする。
【0037】
下限は特に限定しないが、0.0002%以下に低減することは製造コストの増大を招くので、実用鋼板上0.0002%が実質的な下限である。
【0038】
なお、TiとNbは、合計量で0.01%以上添加することが望ましい。
【0039】
本発明鋼板の上記成分組成において、残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0040】
本発明鋼板は、上記成分組成に、さらに、本発明鋼板の特性を阻害しない範囲で、(a)V及びTaの1種又は2種を合計量で0.3%以下、(b)Cr、Cu、Ni、Sn、及び、Moの1種又は2種以上を合計量で1.0%以下、(c)B:0.005%以下、及び、(d)Ca:0.005%以下、Ce:0.005%以下、及び、La:0.005%以下の1種又は2種以上の、1群又は2群以上を含有しもよい。
【0041】
V及びTaの1種又は2種の合計量:0.3%以下
V及びTaは、炭化物、窒化物、又は、炭窒化物を形成するとともに、細粒化に寄与して、鋼板の強度向上に寄与する元素である。しかし、合計量で0.3%を超えると、粒界に多量の炭化物又は炭窒化物が析出し、打抜き端面の粗さが増大し、衝突時の割れの起点となる。このため、V及びTaの含有量は、合計量で0.3%以下とする。
【0042】
製造性の観点から、好ましくは0.1%以下である。下限は特に限定しないが、添加効果を得るため、0.01%以上が好ましい。
【0043】
Cr、Cu、Ni、Sn、及び、Moの1種又は2種以上の合計量:1.0%以下
Cr、Cu、Ni、Sn、及び、Moは、Mnと同様に、所定の金属組織を得るために用いる元素である。しかし、合計量で1.0%を超えると所定の金属組織が得られないので、1.0%以下とする。製造性の観点から好ましくは0.5%以下である。下限は特に限定しないが、添加効果を得るため、0.1%以上が好ましい。
【0044】
B:0.005%以下
Bは、鋼板の焼入れ性を高め、金属組織の制御に用いられる元素である。0.005%を超えると、衝突時に割れ発生する場合があるので、0.005%以下とする。好ましくは0.003%以下である。下限は特に限定しないが、添加効果を得るため、0.0003%以上が好ましい。
【0045】
Ca:0.005%以下、Ce:0.005%以下、及び、La:0.005%以下の1種又は2種以上
Ca、Ce、及び、Laは、酸化物や硫化物の形態を制御する作用をなす元素である。いずれも、0.005%を超えると、添加効果が飽和するとともに成形性が低下するので、0.005%以下とする。好ましくは0.003%以下である。下限は特に限定しないが、添加効果を得るため、0.001%以上が好ましい。
【0046】
次に、本発明鋼板の組織の限定理由について説明する。組織に係る%は体積分率を意味する。
【0047】
フェライト:15%以下
フェライトは、鋼板の成形性を向上させる組織である。ここで、フェライトとは、ポリゴナルフェライト(αp)、擬ポリゴナルフェライト(αq)、粒状ベイニティックフェライト(αB)のいずれであっても構わない(参考文献1:「鋼のベイナイト写真集−1」日本鉄鋼協会(1992年)p.4、参照)。
【0048】
フェライトの分率が15%を超えると、衝突時に打抜き端面からの破壊が発生するとともに、塗装焼き付け後の降伏比0.80以上を確保できず、必要な反力が得られないので、10%以下とする。好ましくは6%以下である。
【0049】
ラス中に円相当径が2〜500nmの鉄炭化物が析出しているマルテンサイト:20〜95%
微小な鉄炭化物が析出したマルテンサイトを主な組織とすることは、980MPa以上の引張強度の確保と、固溶C量の確保、即ち、塗装焼き付け後の降伏比0.80以上の確保と、衝突時における打抜き端面からのき裂発生を抑制するうえで重要となる。
【0050】
マルテンサイトラス内に、円相当径で2〜500nmの鉄炭化物が2つ以上認められれば、そのラスを含むマルテンサイトブロックは、ラス中に、円相当径が2〜500nmの鉄炭化物が析出しているマルテンサイトに分類する。ここで、ラス内とは、ラスの内部であり、ラス粒界への鉄炭化物の析出は含まないものとする。
【0051】
マルテンサイト中に鉄炭化物の円相当径が2nm以上の鉄炭化物が存在しない場合は、塗装焼き付け後の降伏比0.80以上の確保が難しくなるとともに、衝突時に部材の打抜き端面からの割れが発生し、エネルギー吸収量が低下するとともに、適正な反力特性が得られない。
【0052】
鉄炭化物が粗大であり、円相当径で500nm以下のものがない場合は、降伏点伸び3%以下の確保と引張強度980MPa以上の確保が困難になる。このため、その適正サイズを2〜500nmに制限した。
【0053】
また、2〜500nmの鉄炭化物が析出したマルテンサイトの分率が20%未満であると、塗装焼き付け処理後の降伏比0.80以上を確保できないので、20%以上とする。好ましくは30%以上である。
【0054】
一方、95%を超えると、衝突時に大変形部位からの割れ発生が起こるため、その適正範囲を95%以下とする。好ましくは90%以下である。なお、鉄炭化物はFeを主に含有するものであり、Mn、Cr、Moを含有していても同様の効果を奏する。
【0055】
残留オーステナイト:15%以下
残留オーステナイトは、成形加工性の向上と、衝撃エネルギー吸収特性の向上に有効な金属組織である。しかし、15%を超えると、打抜き端面が脆化し、衝突時に打抜き端面から割れが発生するので、15%以下とする。好ましくは12%以下である。
【0056】
下限は特に限定しないが、3%未満であると、衝突時に伸びフランジ部位からの割れが発生しやすくなるため、3%以上であることが好ましい。
【0057】
残部:ベイナイト、及び、ラス中に2〜500nmの鉄炭化物が析出していないマルテンサイトの1種又は2種
上記組織以外の残部組織はベイナイト、及び、2〜500nmの鉄炭化物が析出していないマルテンサイトの1種又は2種である。ベイナイトは、所定量の残留γを確保するために用いることがある。ここで、ベイナイトとは、下部ベイナイトや上部ベイナイトを含み、さらに、参考文献1に記載のベイニティックフェライト(α°B)はベイナイトに区分する。
【0058】
鉄炭化物を含まないマルテンサイト、又は、円相当径:2〜500nm以外の鉄炭化物をラス中に含むマルテンサイトの体積分率は特に限定しないが、3%を超えると、塗装焼き付け処理後の降伏比が低くなる傾向があるので、3%以下であることが好ましい。
【0059】
フェライト、ベイナイト、パーライト、マルテンサイトの面積率は、光学顕微鏡又は走査電子顕微鏡(SEM)によって撮影した組織写真を用いて、ポイントカウント法又は画像解析によって測定できる。粒状ベイニティックフェライト(αB)とベイニティックフェライト(α°B)の判別は、SEM及び透過電子顕微鏡(TEM)による組織観察を行い、参考文献1を参照して判別する。
【0060】
残留オーステナイトの分率は、X線回折法により測定する。また、ラスマルテンサイト中の鉄炭化物のサイズは、SEM及びTEMによる組織観察を行って測定する。
【0061】
次に、特定の結晶粒の存在割合の限定理由について説明する。
【0062】
ND//<111>方位とND//<100>方位の占める面積分率:合計で40%以下
全組織のうち、ND//<111>方位とND//<100>方位の面積分率は、衝突時における打抜き端面からのき裂発生と関係する重要なパラメータである。
【0063】
ND//<111>方位の結晶粒とND//<100>方位の結晶粒の占める面積分率が40%を超えると、衝突した際に部品の打抜き端面からの割れが発生し易いため、その合計の面積分率は40%以下とする。ここで、ND//<uvw>方位は、板面垂直方向(ND)に平行に<uvw>方向を有する結晶粒を指し、<uvw>方位±10°の結晶粒とする。結晶方位の解析にはEBSD法を用いることが簡便である。
【0064】
次に、本発明鋼板の機械特性について説明する。
【0065】
引張強度:980MPa以上
引張強度が980MPa未満であると、部材の高強度化による部材軽量化メリットが得られないため、引張強度は980MPa以上とする。
【0066】
AI:5MPa以上
AIは、鋼中の固溶C量や固溶N量と関係する時効硬化性の指標である。引張試験にて、10%予歪を付加した後に100℃で60分の時効処理を行い、時効による降伏強度の上昇量を測定する。AIが5MPa未満であると、塗装焼き付け後の降伏強度比が低くなるため、適正な反力特性が得られない。AIは10MPa以上がより好ましい。
【0067】
降伏点伸び:3%以下
鋼板の降伏点伸びが3%を超えると、成形中及び衝突試験中の局部歪集中が生じ、破断しやすいため、その適正範囲を3%以上とする。1%以下がより好ましい範囲である。
【0068】
塗装焼き付け後の降伏比:0.80以上
塗装焼き付け後の降伏比が0.80未満であると、所望の衝突特性を確保できず、部材軽量化のメリットが得られないので、0.80以上とする。0.88以上がより好ましい。なお、自動車の骨格部材の場合、曲げ加工部や絞り加工部においては5%以上の成形歪が導入されるので、塗装焼き付け後の降伏比の評価は以下の手順で行う。
(1)素材に引張予歪量5%を付加
(2)塗装焼き付け相当として170℃で20分の時効処理を実施
(3)再引張をした際の降伏比(降伏強度/引張強度)を測定
【0069】
次に、本発明鋼板の製造方法について説明する。
【0070】
所要の成分組成の溶鋼を常法で鋳片とする。鋳片を熱間圧延に供し、
「960+(80×[%Nb]+40×[%Ti])」℃以上の温度で、仕上げ圧延を開始する。仕上げ圧延開始温度が「960+(80×[%Nb]+40×[%Ti])」℃未満であると、ND//<100>とND//<111>方位を有する結晶粒の面積分率が増加し、打抜き端面の粗さが増大して、衝突時に破断し易くなる。
【0071】
次いで、「880+(80×[%Nb]+40×[%Ti])」℃以上の温度で、熱間仕上げ圧延を終了する。仕上げ圧延終了温度が、「880+(80×[%Nb]+40×[%Ti])」℃未満であると、ND//<100>とND//<111>方位を有する結晶粒の面積分率が増加し、打抜き端面の粗さが増大して衝突時に破断し易くなる。「890+(80×[%Nb]+40×[%Ti])」℃以上が、より好ましい範囲である。
【0072】
次いで、最終圧延終了温度〜(最終圧延終了温度−20℃)間を10℃/s以下で冷却する。この冷却速度(CR1)が10℃/sを超えると、ND//<100>とND//<111>方位を有する結晶粒の面積分率が増加し、打抜き端面の粗さが増大して衝突時に打抜き端面から破断し易くなる。8℃/s以下がより好ましい範囲である。
【0073】
次いで、Ar
3温度〜700℃間を30℃/s以上の平均冷却速度で冷却する。この温度範囲の平均冷却速度(CR2)が30℃/s未満であると、焼鈍後において固溶C及び固溶Nが減少し、塗装焼き付け処理後に所定の降伏比を確保できず、また、打抜き部の粗さも増大する。このため、その適正範囲を30℃/s以上に制限した。
【0074】
冷却後に670℃以下で鋼板の巻取り処理を行う。巻取り温度が670℃を超えると、焼鈍後において固溶C及び固溶Nが減少し、塗装焼き付け処理後に所定の降伏比を確保できず、また、打抜き部の粗さも増大する。このため、その適正範囲を670℃/s以下に制限した。620℃以下がより好ましい。
【0075】
熱延板を酸洗した後、冷延を行う。冷延の圧下率は特に限定しないが、圧下率が75%を超えると、打抜き端面の粗さが増大して衝突時に破断し易くなる傾向があるため、75%以下が好ましい。
【0076】
次いで、連続焼鈍設備又は連続焼鈍・めっき設備を用いて、冷延板に、最高到達温度Ac
3−60℃以上で、3s以上の焼鈍を施す。最高到達温度がAc
3−60℃未満であると、ND//<100>方位とND//<111>方位を有する結晶粒の面積分率が増加するとともに、フェライト分率が増加し、衝突時に打抜き端面から破壊をし易くなる。
【0077】
このため、適正範囲をAc
3―60℃以上の範囲に制限した。Ac
3−40℃以上がより好ましい範囲である。上限は特に限定しないが、最高到達温度がAc
3+70℃以上だと、結晶粒が粗大化して打抜き端面が脆化し、衝突時に割れの起点となり得る。
【0078】
焼鈍後、700〜500℃の温度域を、10℃/s以上の平均冷却速度で冷却する。この平均冷却速度(CR3)が10℃/s未満であると、フェライト分率が増大するとともに、固溶C量が減少することにより塗装焼き付け処理後の降伏比が低下する。このため、その適正範囲を10℃/s以上に制限した。20℃/s以上がより好ましい範囲である。
【0079】
次いで、300〜150℃間の平均冷却速度が10℃/s以上で冷却を行う。300〜150℃間の平均冷却速度(CR4)が10℃/s未満であると、固溶C量が低下するために、塗装焼き付け処理後の降伏比が低下する。
【0080】
次いで、300〜530℃間の範囲で再加熱を行い、この温度間の滞留時間が10s以上となる熱処理を行う。この滞留時間が10s未満であるか、再加熱温度(Tr)が300℃未満であると、マルテンサイトラス内の炭化物が成長しないため、塗装焼き付け後の降伏比0.80以上の確保が難しくなるとともに、衝突時に部材の打抜き端面からの割れが発生し、エネルギー吸収量が低下するとともに、適正な反力特性が得られない。
【0081】
一方、再加熱温度が530℃を超えると、鉄炭化物が粗大化するために降伏点伸び3%以下の確保と、引張強度980MPa以上の確保が困難になる。
【0082】
なお、前記熱履歴を満足する範囲内で、その熱処理の中途でめっき処理を施してもよい。また、めっきの方法は連続焼鈍・めっきラインで製造しても、焼鈍ラインとは別にめっき専用の設備を用いても構わない。めっきの組成は特に限定することはなく、また、溶融めっき、合金化溶融めっき、電気めっきのいずれでも構わない。
【0083】
焼鈍が終了した後、伸び率0.2%以上で調質圧延を行う。伸び率が0.2%未満であると、降伏点伸びが3%超となり、所望の反力特性を得ることができない。上限は特に限定しないが、伸び率が2.0%を超えると成形性が低下するので、2.0%以下が好ましい。
【実施例】
【0084】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0085】
(実施例)
表1に示す組成を有する鋼を溶製して鋼片を製造し、この鋼片を1200〜1250℃で加熱して、熱間で粗圧延を行い、引き続き、仕上げ圧延を行った。
【0086】
【表1】
【0087】
なお、表1の空欄は、分析値が検出限界未満であったことを意味する。
【0088】
仕上げ圧延のスタンドは全7段からなり、表2に示すように、第1スタンドの入り側で測定した温度(仕上げ圧延開始温度)がHST、最終第7スタンドの圧延直後の温度(最終仕上げ圧延温度)がHFTである。
【0089】
仕上げ圧延後は冷却を行い、巻取り処理を行った。冷却・巻取りは、表2に示すように、仕上げ圧延温度(HFT)から(HFT〜20℃)間の平均冷却速度(CR1)、Ar
3温度〜700℃間の平均冷却速度(CR2)、巻取り温度(CT)を変化させた。
【0090】
【表2】
【0091】
【表3】
【0092】
熱延終了後、酸洗処理を行い、スケールを除去した後、1.2mm厚さになるように冷延率45〜70%で冷間圧延を行い、その後、焼鈍を行った。
【0093】
焼鈍は、連続焼鈍設備を用いて、焼鈍時の最高到達温度(ST)、焼鈍後の700〜500℃間の平均冷却速度(CR3)、300〜150℃間の平均冷却速度(CR4)を変化させ、引き続き、150℃以下に冷却された鋼板を再加熱した。再加熱においては、再加熱温度(Tr)、再加熱における300〜520℃の滞留時間(tr)を変化させた。焼鈍後は、スキンパス圧延を伸び率(SP)で行った。
【0094】
また、これらの鋼板のうち、連続焼鈍中及び連続焼鈍後に溶融亜鉛めっき処理を施した場合は「GI」、合金化溶融亜鉛めっきを施した場合は「GA」、冷延焼鈍後に電気亜鉛めっきを施した場合は「EG」と表2中に表記した(「鋼種」の欄、参照)。
【0095】
なお、「CR」は、冷延鋼板である。鋼No.F―1及び鋼No.G−1は、連続焼鈍めっき設備を用いて、700〜500℃間を平均冷却速度30℃/sで冷却し、次いで、亜鉛めっき処理を行い、300〜150℃間を15℃/sで冷却し、引き続き再加熱を行った例である。
【0096】
本発明において、Ac3温度は下記の式を用いた。
Ac
3(℃)=937.2−436.5C+56Si−19.7Mn−16.3Cu
−26.6Ni−4.9Cr+38.1Mo+136.3Ti
−19.1Nb+124.8V+198.4Al
【0097】
得られた鋼板について、以下の評価を行った。
【0098】
圧延直角方向を長手方向として、JIS Z 2201に準拠した引張試験片を採取し、引張試験をJIS Z 2241に準拠して行い、機械的特性(降伏強度YS、引張強度TS、降伏点伸びYPE、均一伸びuEl)及び時効硬化性指標(AI)を測定した。素材のAIは10%予歪を付加した後、100℃で60分の時効処理を行い、再度引張試験を行い、この時効による降伏強度増加量を測定した。
【0099】
時効後の機械的特性は、引張試験にて5%の予歪付加を行い、塗装焼き付け相当の条件として170℃で20分間の熱処理を行い、再度引張試験を行い、この再引張試験での降伏強度(時効後YS)、最大引張強度(時効後TS)、及び、降伏比(時効後YR)を測定した。
【0100】
フェライトの面積率(f
F)、ラス内に2〜500nmの鉄炭化物が析出しているマルテンサイトの面積率(f
MP)、オーステナイトの面積率(f
A)、及び、その他の組織(ベイナイト(B)、パーライト(P)、ラス内に2〜500nmの鉄炭化物が析出しているマルテンサイトを除いたマルテンサイト(M))の面積率を、光学顕微鏡又は走査電子顕微鏡(SEM)によって撮影した組織写真を用いて、ポイントカウント法又は画像解析によって測定した。
【0101】
また、光学顕微鏡又はSEMで判別が難しい場合は、透過型電子顕微鏡(TEM)及びEBSD法による組織観察を行い、参考文献1(「鋼のベイナイト写真集」 日本鉄鋼協会(1992年))を元に組織の判別を行った。
【0102】
また、マルテンサイトラス内の鉄炭化物は、SEMで観察し、SEMで判別が困難な微小な鉄炭化物については、透過型電子顕微鏡(TEM)で大きさを観察した。
【0103】
鋼板の結晶方位は、以下のように測定した。圧延方向(RD)と圧延面垂直方向(ND)を含む面が観察面となるように切断し、この断面の板厚の1/4位置から1/2位置の間を5000μm
2以上の面積領域についてEBSD法で測定した。
【0104】
次いで、EBSD法で得られた結晶方位情報を元に、ND//<100>方位とND//<111>方位の分率を計算した。ここで、ND//<uvw>とは板面垂直方向(ND)に平行に<uvw>方向を有する結晶粒を指し、<uvw>方位±10°の結晶粒の分率を測定した。
【0105】
衝突試験時の打抜き端面からの破壊の有無については、
図1に示す手順で評価した。
【0106】
ポンチ打抜きにて、クリアランス15%の条件にてφ10の穴Aを鋼板1にあけ(
図1(a)、参照)、穴Aが、試験体2を構成するハット型形状部品Bの上面中央に位置するように、ハット型形状部品Bを成形した。
【0107】
次いで、試験体2を構成する蓋Cの中央部にクリアランス15%の条件でφ10の穴Dをあけ(
図1(b)、参照)、ハット型形状部品Bと蓋Cをスポット溶接により接合し、試験体2とした(
図1(c)、参照)。
【0108】
次いで、台F上に、穴Aが上面となるように試験体2を載置し、3mの高さから円筒状の重さ500kgの錘Eを試験体2の中央部に衝突させ、穴A及び穴Dからの割れの有無を評価した(
図1(d)、参照)。
【0109】
以上の測定結果及び評価結果を表3に示す。表3に示す結果から明らかなとおり、本発明の成分組成を有する鋼を適正な条件で製造した発明例(表1〜3の備考欄の発明例)の場合には、引張強度が980MPa以上で、降伏点伸びが3%以下であり、AIが5MPa以上であり、成形加工してさらに塗装焼き付け処理した後の降伏比が0.80以上であり、部材の衝突試験後に打抜き端面から破壊が起きないことが解る。これにより、発明例においては、衝突特性に優れていることが明らかである。