特許第6237407号(P6237407)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6237407Mn及びNbドープのPZT系圧電体膜の形成方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6237407
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】Mn及びNbドープのPZT系圧電体膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/318 20130101AFI20171120BHJP
   H01L 41/187 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   H01L41/318
   H01L41/187
【請求項の数】4
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-67840(P2014-67840)
(22)【出願日】2014年3月28日
(65)【公開番号】特開2015-192009(P2015-192009A)
(43)【公開日】2015年11月2日
【審査請求日】2016年9月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(72)【発明者】
【氏名】土井 利浩
(72)【発明者】
【氏名】桜井 英章
(72)【発明者】
【氏名】曽山 信幸
【審査官】 上田 智志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−290369(JP,A)
【文献】 特開2009−290364(JP,A)
【文献】 特開2011−029274(JP,A)
【文献】 K.WASA(他5名),Microstructure and Piezoelectric Properties of PZT-based Ternary Perovskite Pb(Mn,Nb)O3-PZT Thin Films,Applications of Ferroelectrics, 2009. ISAF 2009. 18th IEEE International Symposium on the,米国,The Institute of Electrical and Electronics Engine,2009年 8月27日,pp.1-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/187,41/318
C04B 35/491
C01G 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PZT系前駆体を含有する組成物を用いて湿式塗工法によりMn及びNbドープのPZT系圧電体膜を形成する方法であって、
前記PZT系前駆体が、前記組成物中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が(1.00〜1.25):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつMn及びNbの金属原子比の合計を1としたときのMnの割合が0.20〜0.80、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZrの割合が0.40〜0.60、Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902となる割合で含むことを特徴とするPZT系圧電体膜の形成方法。
【請求項2】
前記PZT系圧電体膜が、膜中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が(0.98〜1.12):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつ前記Mn及びNbの金属原子比の合計を1としたときの前記Mnの割合が0.20〜0.80、前記Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときの前記Zrの割合が0.40〜0.60、前記Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときの前記Zr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902である請求項1記載のPZT系圧電体膜の形成方法。
【請求項3】
前記PZT系圧電体膜が、X線回折による(100)配向度が90%以上であり、分極量のヒステリシスがその中心から正側に5kV/cm以上シフトした圧電体膜である請求項1又は2記載のPZT系圧電体膜の形成方法。
【請求項4】
前記組成物100質量%中に占める上記PZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で10〜35質量%であって、前記PZT系圧電体膜の膜厚が1200〜2000nmの範囲である請求項1ないし3いずれか1項に記載のPZT系圧電体膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子、IPD(Integrated Passive Device)、焦電素子等に用いられるMn及びNbがドープされたPZT系圧電体膜の形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ゾルゲル法に代表される、CSD(Chemical Solution Deposition)法で形成したPZT等の強誘電体膜は、成膜後、直ちに圧電体として使用することはできず、ジャイロセンサ等に使用するには分極処理を行わなければならない。焦電センサやジャイロセンサ等のセンサに利用する場合、使用される圧電膜の性能指数gは、以下の式(1)で表される。
【0003】
g(V・m/N)=d31/ε33 (1)
式(1)中、d31は圧電定数、ε33は誘電率を示す。
【0004】
即ち、PZT等の強誘電体膜を焦電センサやジャイロセンサ等のセンサに利用する場合、膜の圧電定数が大きく、膜の誘電率や誘電損失(tanδ)は一般に低い方が望ましく、また、成膜直後から膜の分極方向が揃っていることが、分極の安定性、分極工程が不要であるという面から望ましい。
【0005】
一方、このような膜をインクジェットヘッド等のアクチュエータに利用する場合は、高い電圧を印加して使用するため、分極処理は必ずしも必要にはならない。これは、高い電圧を印加して使用する場合、例えば成膜直後から膜の分極方向が揃っていなくても、駆動電圧で分極されるためである。しかし、仮に分極処理を行ったとしても、その後のリフロープロセス等の熱処理時に脱分極してしまう可能性等もある。
【0006】
このような問題については、セルフポーリングに関する研究が盛んに行われており、成膜直後から分極方向が一方向に揃う現象が報告されている。このセルフポーリング現象に関する詳細なメカニズムは明らかとなっていないが、膜内での内部電界や電極界面でのチャージトラップがその要因の一つであるとことが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0007】
また、圧電定数については、PbZrxTi1-x3で表されるPZT薄膜をゾルゲル法により形成する際、Nbを添加すると、圧電特性が向上することが知られている(例えば、非特許文献2参照。)。この論文では、CSD法により形成されたPbTiO3のシード層上に、Nbをドープして成長させた(100)配向のPZT薄膜についての研究結果が示されている。具体的には、(100)に配向させた厚さ1μmのPb1.1Zr0.52Ti0.483薄膜に、Nbを0〜4原子%の範囲内でドーピングしたときの研究結果が示されている。例えば、厚さ数nmという薄いPb1.05TiO3のシード層との結合に起因して、97%という高い{100}配向が全ての膜で得られことや、全体として、PZT薄膜の最大分極、残留分極、直角度、及び飽和保持力はNbのドーピングレベルとともに減少することが記載されている。また、3%のNbがドープされたPZT薄膜は、他のドーピングレベルを持つそれらの薄膜より5〜15%高くなって、12.9C/cm2という最も高い圧電定数−e31.fを示したことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】A. L. Kholkin et al. “Self-polarization effect in Pb(Zr,Ti)O3thin films, Integrated Ferroelectrics 22(1998)525-533.
【非特許文献2】Jian Zhong et al.“Effect of Nb Doping on Highly[100]-Textured PZT Films Grown on CSD-Prepared PbTiO3 Seed Layers”,Integrated Ferroelectrics 130(2011)1-11.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記非特許文献1に示された成膜方法では、セルフポーリング現象が観察されているものの、その値は小さく、実用上十分であるとは言えない。
【0010】
また、上記従来の非特許文献2に示されたNb添加によるPZT薄膜の圧電特性の向上技術では、NbをドープしたPZT薄膜(PNbZT薄膜)を湿式法、即ちゾルゲル液を用いたCSD法で形成すると、圧電定数は向上するものの、成膜直後から分極方向の揃った膜を得ることはできず、センサとして使用する場合分極状態の安定性が悪いという不具合があった。
【0011】
本発明の第1の目的は、圧電定数が高く、誘電率を低く、更に分極処理後の安定性に優れた、Mn及びNbドープのPZT系圧電体膜の形成方法を提供することにある。
【0012】
本発明の第2の目的は、成膜直後から分極方向が揃っており、分極処理をしなくても、分極の安定性が非常に高く、圧電特性に優れたMn及びNbドープのPZT系圧電体膜の形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の観点は、PZT系前駆体を含有する組成物を用いて湿式塗工法によりMn及びNbドープのPZT系圧電体膜を形成する方法であって、前記PZT系前駆体が、前記組成物中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が(1.00〜1.25):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつMn及びNbの金属原子比の合計を1としたときのMnの割合が0.20〜0.80、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZrの割合が0.40〜0.60、Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902となる割合で含むことを特徴とする。
【0014】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、前記PZT系圧電体膜が、膜中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が(0.98〜1.12):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつ前記Mn及びNbの金属原子比の合計を1としたときの前記Mnの割合が0.20〜0.80、前記Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときの前記Zrの割合が0.40〜0.60、前記Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときの前記Zr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902であるPZT系圧電体膜の形成方法である。
本発明の第3の観点は、第1又は第2の観点に基づく発明であって、前記PZT系圧電体膜が、X線回折による(100)配向度が90%以上であり、分極量のヒステリシスがその中心から正側に5kV/cm以上シフトした圧電体膜であるPZT系圧電体膜の形成方法である。
【0016】
本発明の第4の観点は、第1ないし第3の観点に基づく発明であって、前記組成物100質量%中に占める上記PZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で10〜35質量%であって、前記PZT系圧電体膜の膜厚が1200〜2000nmの範囲であるPZT系圧電体膜の形成方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の第1の観点のPZT系前駆体を含有する組成物を用いて湿式塗工法によりMn及びNbドープのPZT系圧電体膜を形成する方法では、上記PZT系前駆体が、前記組成物中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が(1.00〜1.25):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつMn及びNbの金属原子比の合計を1としたときのMnの割合が0.20〜0.80、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZrの割合が0.40〜0.60、Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902となる割合で含み、このPZT系前駆体を含有する組成物を用いて湿式塗工法により形成された本発明の第2の観点のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜は、膜中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が(0.98〜1.12):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつMn及びNbの金属原子比の合計を1としたときのMnの割合が0.20〜0.80、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZrの割合が0.40〜0.60、Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902である。これにより、圧電定数が高く、より大きな変位を示すとともに、誘電率が低い圧電体膜となる。また、(100)面に配向制御されることで、このMn及びNbドープの圧電体膜は、成膜直後から上向きに分極方向が揃っており、分極の安定性が非常に高いため、負側で電界を印加することで、分極せずにデバイスとして作動させることができる。また、ジャイロセンサ等として使用した場合、分極処理を必要としないため、製造工数を低減できる。更に、分極処理後、リフロープロセス等の熱処理等よって脱分極してしまうといった不具合が起こりにくいため、負側で電界を印加することで、安定してデバイスを作動させることができる。
また本発明の第1の観点のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜は、PZT系前駆体を含有する組成物を用いた湿式塗工法により、圧電特性に優れた膜に形成されるため、スパッタリング法等の真空成膜法により得られる膜と比較して低コストで得られる。
【0018】
本発明の第の観点の方法により形成されたMn及びNbドープのPZT系圧電体膜は、X線回折による(100)配向度が90%以上であり、分極量のヒステリシスがその中心から正側に大きくシフトし、そのシフト量が5kV/cm以上であるため、分極の安定性が非常に高い。
【0020】
本発明の第4の観点の方法では、前記組成物100質量%中に占める上記PZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で10〜35質量%であって、この方法で形成されたPZT系圧電体膜の膜厚が1200〜2000nmの範囲であるため、圧電デバイスとして使用する際に十分な変位量が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】実施例3及び比較例1の圧電体膜のヒステリシス曲線を示す図である。
図2】本発明実施形態のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜形成用組成物を用いて作製された圧電体膜に電圧を印加したときの圧電体膜の挙動を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。本発明のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜は、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等のPb含有のペロブスカイト構造を有する複合金属酸化物にMn,Nb元素が添加された所望の組成の圧電体膜である。具体的には、膜中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が(0.98〜1.12):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつMn及びNbの金属原子比の合計を1としたときのMnの割合が0.20〜0.80、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZrの割合が0.40〜0.60、Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902である。この圧電体膜は、上記複合金属酸化物等を構成する各金属原子を含むPZT系前駆体等を添加し調整された組成物を用いて、湿式塗工法により形成される。なお、本明細書において、圧電定数の大小(高低)とは、圧電定数の絶対値の大小(高低)をいう。
【0023】
組成物中に含まれるPZT系前駆体は、形成後の圧電体膜において上記複合金属酸化物等を構成するための原料であり、これらが所望の金属原子比を与えるような割合で含まれる。具体的には、組成物中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が、好ましくは(1.00〜1.25):(0.002〜0.056):(0.002〜0.056):(0.40〜0.60):(0.40〜0.60)を満たし、かつMn及びNbの金属原子比の合計を1としたときのMnの割合が0.20〜0.80、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZrの割合が0.40〜0.60、Mn、Nb、Zr及びTiの金属原子比の合計を1としたときのZr及びTiの合計割合が0.9300〜0.9902となる割合で含まれる。このように、使用する組成物中の金属原子比を好適な範囲に制御することで、形成後の圧電体膜において、上記所望の組成を示す膜に制御される。
【0024】
Mn及びNbをドープしない、ゾルゲル法等の湿式塗工法で成膜したPZT膜の場合、成膜直後は圧電特性を示さない。一方、Mn及びNbをドープし、(100)面に強く配向させた膜では、ヒステリシスが正側にシフトし、膜全体として成膜直後から分極方向が上向きに揃った膜になる。また、このような膜では、ヒステリシスのインプリント現象により分極の安定性に優れるとともに、誘電率、誘電損失(tanδ)が低く、圧電体として好適な特性を有する膜により形成されやすくすることができる。
【0025】
PZT系前駆体は、Pb、Mn、Nb、Zr及びTiの各金属原子に、有機基がその酸素又は窒素原子を介して結合している化合物が好適である。例えば、金属アルコキシド、金属ジオール錯体、金属トリオール錯体、金属カルボン酸塩、金属β−ジケトネート錯体、金属β−ジケトエステル錯体、金属β−イミノケト錯体、及び金属アミノ錯体からなる群より選ばれた1種又は2種以上が例示される。特に好適な化合物は、金属アルコキシド、その部分加水分解物、有機酸塩である。
【0026】
具体的には、Pb化合物としては、酢酸鉛:Pb(OAc)2等の酢酸塩や、鉛ジイソプロポキシド:Pb(OiPr)2等のアルコキシドが挙げられる。またMn化合物としては、2−エチルヘキサン酸マンガン、ナフテン酸マンガン、酢酸マンガン等の有機酸塩や、アセチルアセトンマンガン等の金属β−ジケトネート錯体が挙げられる。また、Nb化合物としては、ニオブペンタエトキシド等のアルコキシドや、2−エチルヘキサン酸ニオブ等の有機酸塩が挙げられる。またTi化合物としては、チタンテトラエトキシド:Ti(OEt)4、チタンテトライソプロポキシド:Ti(OiPr)4、チタンテトラn−ブトキシド:Ti(OnBu)4、チタンテトライソブトキシド:Ti(OiBu)4、チタンテトラt−ブトキシド:Ti(OtBu)4、チタンジメトキシジイソプロポキシド:Ti(OMe)2(OiPr)2等のアルコキシドが挙げられる。更にZr化合物としては、上記Ti化合物と同様のアルコキシド類が好ましい。金属アルコキシドはそのまま使用してもよいが、分解を促進させるためにその部分加水分解物を使用してもよい。
【0027】
これらのPZT系前駆体、即ち上記Pb化合物、Nb化合物、Mn化合物、Ti化合物及びZr化合物を、上述の所望の金属原子比を与えるような割合で組成物中に含ませる。これにより、形成後の圧電体膜において、Pb、Nb、Mn、Ti及びZrの金属原子比が上記範囲を満たす所望の組成になるよう制御される。ここで、膜中のMnの割合(原子比)を上記範囲になるように制御するのは、膜中のMnの割合が少なくなりすぎると、分極方向を揃える効果が十分に得られないからである。一方、Mnの割合が多くなりすぎると、Mnが膜中に取り込まれにくくなり、膜の電気特性が低下するからである。また、膜中のNbの割合を上記範囲になるように制御するのは、Nbの割合が少なくなりすぎると、電気特性を十分に向上させることができないからである。一方、Nbの割合が多くなりすぎると、クラックが生じるからである。
【0028】
また、膜中のZr、Tiの割合を上記範囲になるよう制御するのは、Zr、Tiの割合が所望の範囲から外れると、圧電体膜の圧電定数を十分に向上させることができないからである。また、MnとNbの合計割合に対するZrとTiの合計割合が少なくなると、十分なヒステリシスのシフトが起こらないからである。一方、MnとNbの合計割合に対するZrとTiの合計割合が多くなりすぎると、MnとNbが膜中に取り込まれにくくなり、膜の電気特性が低下する。また、Tiに対するZrの割合が適量でなくなると、十分な圧電定数が得られない。
【0029】
また、膜中のPbの割合を上記範囲になるように制御するのは、Pbの割合が少なくなりすぎると、膜中にパイロクロア相が多量に含まれてしまい、圧電特性等の電気特性を著しく低下させるからである。一方、Pbの割合が多くなりすぎると、焼成後の膜中に多量にPbOが残留し、リーク電流が増大して膜の電気的信頼性が低下するからである。即ち、膜中に過剰な鉛が残りやすくなり、リーク特性や絶縁特性を劣化させるからである。
【0030】
組成物100質量%中に占める上記PZT系前駆体の濃度は、酸化物濃度で10〜35質量%であることが好ましい。PZT系前駆体の濃度をこの範囲にするのが好ましい理由は、下限値未満では十分な膜厚が得られにくく、一方、上限値を超えるとクラックが発生しやすくなるからである。このうち、組成物100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度は、酸化物濃度で20〜25質量%とするのが好ましい。なお、組成物中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度をいう。
【0031】
組成物中にはジオールを含ませるのが好ましい。ジオールは、組成物の溶媒となる成分である。具体的には、プロピレングリコール、エチレングリコール又は1,3―プロパンジオール等が挙げられる。このうち、プロピレングリコール又はエチレングリコールが特に好ましい。ジオールを必須の溶媒成分とすれば、組成物の保存安定性を高めることができる。
【0032】
組成物100質量%中の上記ジオールの割合は、16〜56質量%とするのが好ましい。ジオールの割合をこの範囲にするのが好ましい理由は、下限値未満では沈殿が生成する不具合が生じル場合があり、一方、上限値を超えると厚膜化したときにボイド(マイクロポア)が生じやすくなるからである。このうち、ジオールの割合は、28〜42質量%とするのが好ましい。
【0033】
また、他の溶媒として、カルボン酸、アルコール(例えば、エタノールや1−ブタノール、ジオール以外の多価アルコール)、エステル、ケトン類(例えば、アセトン、メチルエチルケトン)、エーテル類(例えば、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル)、シクロアルカン類(例えば、シクロヘキサン、シクロヘキサノール)、芳香族系(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン)、その他テトラヒドロフラン等が挙げられ、ジオールにこれらの1種又は2種以上を更に添加させた混合溶媒とすることもできる。
【0034】
カルボン酸としては、具体的には、n−酪酸、α−メチル酪酸、i−吉草酸、2−エチル酪酸、2,2−ジメチル酪酸、3,3−ジメチル酪酸、2,3−ジメチル酪酸、3−メチルペンタン酸、4−メチルペンタン酸、2−エチルペンタン酸、3−エチルペンタン酸、2,2−ジメチルペンタン酸、3,3−ジメチルペンタン酸、2,3−ジメチルペンタン酸、2−エチルヘキサン酸、3−エチルヘキサン酸を用いるのが好ましい。
【0035】
また、エステルとしては、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸sec−ブチル、酢酸tert−ブチル、酢酸イソブチル、酢酸n−アミル、酢酸sec−アミル、酢酸tert−アミル、酢酸イソアミルを用いるのが好ましく、アルコールとしては、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、イソ−ブチルアルコール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、2−メチル−2−ペンタノール、2−メトキシエタノールを用いるのが好適である。
【0036】
また、組成物には、高分子化合物であるポリビニルピロリドン(PVP)を含ませるのが好ましい。ポリビニルピロリドンは、組成物中の液粘度を調整するのに好適であり、クラックの抑制効果が大きい。特に、ポリビニルピロリドンは、k値によって決定される相対粘度を調整するために用いられる。ここでk値とは、分子量と相関する粘性特性値であり、毛細管粘度計により測定される相対粘度値(25℃)を下記のFikentscherの式に適用して算出される値である。
【0037】
k値=(1.5 logηrel −1)/(0.15+0.003c)
+(300clogηrel +(c+1.5clogηrel)21/2/(0.15c+0.003c2
上記式中、「ηrel」は、ポリビニルピロリドン水溶液の水に対する相対粘度を示し、「c」は、ポリビニルピロリドン水溶液中のポリビニルピロリドン濃度(%)を示す。
ポリビニルピロリドンのk値は、30〜90であることが好ましい。厚みのある圧電体膜を形成するには、組成物を基板等へ塗布する際、塗布された塗膜(ゲル膜)がその厚さを維持するために十分な粘度が必要となるが、k値が下限値未満では、それが得られにくい。一方、上限値を超えると粘度が高くなりすぎて、組成物を均一に塗布することが困難になる。
【0038】
上記ポリビニルピロリドンの割合は、上記PZT系前駆体1モルに対してモノマー換算で0.005〜0.25モルとなる割合とするのが好ましい。ポリビニルピロリドンの割合を上記範囲にするのが好ましい理由は、下限値未満では、クラックが発生しやすくなり、一方、上限値を超えるとボイドが発生しやすくなるからである。このうち、ポリビニルピロリドンの割合は、上記PZT系前駆体1モルに対してモノマー換算で0.01〜0.075モルとするのが特に好ましい。
【0039】
また、使用する組成物中には、炭素数6以上12以下の直鎖状モノアルコールを添加することが好ましく、その添加割合は組成物100質量%中に0.6〜10質量%であることが好ましい。組成物中に適量の直鎖状モノアルコールを含ませると、仮焼時に効果的に有機物を膜外に放出可能なゲル膜を形成でき、膜厚が100nmを超えても緻密で高特性のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜が得られる。上記直鎖モノアルコールの炭素数が6以上12以下であることが好ましい理由は、下限値未満では、沸点が十分に高くなく、膜の緻密化が十分に進行しない場合があるからである。一方、上限値を超えると、膜の緻密化はできるけれども、ゾルゲル液への溶解度が低く、十分な量を溶解させることが難しく、また液の粘性が上がり過ぎるため、ストリエーション(striation、細い筋、縞)の発生等により均一に塗布できない場合があるからである。なお、直鎖モノアルコールの炭素数は、7〜9とするのが更に好ましい。また、組成物100質量%中の直鎖状モノアルコールの割合が上記範囲であることが好ましい理由は、下限値未満では、膜中に十分な隙間を作ることができず、プロセス中に膜中の有機物を効果的に除去できないため、十分に膜の緻密化が進行しない場合があるからである。一方、上限値を超えると、膜の乾燥が遅くなり、乾燥するまでの時間が掛かるため、膜厚が薄くなってしまう場合があるからである。なお、組成物100質量%中の直鎖状モノアルコールの割合は1〜3質量%とするのが更に好ましい。また、炭素数6の直鎖モノアルコールは1−ヘキサノールであり、炭素数7の直鎖モノアルコールは1−ヘプタノールであり、炭素数8の直鎖モノアルコールは1−オクタノールであり、炭素数9の直鎖モノアルコールは1−ノナノールである。また、炭素数10の直鎖モノアルコールは1−デカノールであり、炭素数11の直鎖モノアルコールは1−ウンデカノールであり、炭素数12の直鎖モノアルコールは1−ドデカノールである。
【0040】
また、上記成分以外に、必要に応じて安定化剤として、β−ジケトン類(例えば、アセチルアセトン、ヘプタフルオロブタノイルピバロイルメタン、ジピバロイルメタン、トリフルオロアセチルアセトン、ベンゾイルアセトン等)、β−ケトン酸類(例えば、アセト酢酸、プロピオニル酢酸、ベンゾイル酢酸等)、β−ケトエステル類(例えば、上記ケトン酸のメチル、プロピル、ブチル等の低級アルキルエステル類)、オキシ酸類(例えば、乳酸、グリコール酸、α−オキシ酪酸、サリチル酸等)、上記オキシ酸の低級アルキルエステル類、オキシケトン類(例えば、ジアセトンアルコール、アセトイン等)、ジオール、トリオール、高級カルボン酸、アルカノールアミン類(例えば、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノエタノールアミン)、多価アミン等を、(安定化剤分子数)/(金属原子数)で0.2〜3程度添加してもよい。このうち、安定化剤としてはβ−ジケトン類のアセチルアセトンが好ましい。アセチルアセトン等の安定化剤の割合は、保存安定性を高めるのに好適であることから、組成物中に含まれるMn、Nb、Zr及びTiの総量を1モルとしたとき、組成物中に含まれるこれらの含有量が0.5〜4モルとなる割合とするのが好ましい。
【0041】
具体的に、上記組成物を調製するには、先ず、上述したPb化合物等のPZT系前駆体をそれぞれ用意し、これらを上記所望の金属原子比を与える割合になるように秤量する。秤量した上記PZT系前駆体とジオールとを反応容器内に投入して混合し、好ましくは窒素雰囲気中、130〜175℃の温度で0.5〜3時間還流し反応させることで合成液を調製する。還流後は、常圧蒸留や減圧蒸留の方法により、脱溶媒させておくのが好ましい。また、アセチルアセトン等の安定化剤を添加する場合は、上述のPZT系前駆体、ジオールを反応容器内に投入する際、これらとともに投入して混合する。或いは、脱溶媒後の合成液にこれらを添加し、窒素雰囲気中、130〜175℃の温度で0.5〜5時間還流を行うのが好ましい。その後、室温下で放冷することにより、合成液を室温(25℃程度)まで冷却させる。冷却後、ジオール以外の溶媒を添加することにより、合成液中に含まれるPZT系前駆体の濃度を所望の濃度に調整する。以上の工程により、本発明の組成物が得られる。PZT系前駆体、ジオールの使用量は、最終的に得られる組成物100質量%のPZT系前駆体の濃度が酸化物濃度で10〜35質量%、ジオールの濃度が16〜56質量%となるように調整するのが好ましい。
【0042】
一方、上述の直鎖状モノアルコールやポリビニルピロリドンを添加する場合には、以下の工程を更に経る。直鎖状モノアルコールを添加する場合は、冷却後の合成液に、上述のジオール以外の溶媒を添加する際、これらを併せて添加してゾルゲル液を調製する。次に、このゾルゲル液を、所定の雰囲気中、例えば窒素雰囲気中、100〜175℃の温度で0.5〜10時間再び還流を行う。
【0043】
そして、上記ゾルゲル液、又は冷却後、ジオール以外の溶媒を添加して濃度調整を行った、直鎖状モノアルコールを含まない上記合成液に、PZT系前駆体1モルに対する割合がモノマー換算で0.005〜0.25モルとなる量のポリビニルピロリドンを添加し、撹拌することで均一に分散させる。これにより、本発明のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜形成用組成物が得られる。
【0044】
なお、組成物の調製後、濾過処理等によってパーティクルを除去して、粒径0.5μm以上(特に0.3μm以上とりわけ0.2μm以上)のパーティクルの個数が組成物1ミリリットル当たり50個以下とするのが好ましい。組成物中の粒径0.5μm以上のパーティクルの個数が組成物1ミリリットル当たり50個を超えると、長期保存安定性が劣るものとなる。この組成物中の粒径0.5μm以上のパーティクルの個数は少ない程好ましく、特に組成物1ミリリットル当たり30個以下であることが好ましい。
【0045】
パーティクル個数が上記範囲内となるように調整した後の組成物を処理する方法は特に限定されるものではないが、例えば、次のような方法が挙げられる。第1の方法としては、市販の0.2μm孔径のメンブランフィルタを使用し、シリンジで圧送する濾過法である。第2の方法としては、市販の0.05μm孔径のメンブランフィルタと加圧タンクを組合せた加圧濾過法である。第3の方法としては、上記第2の方法で使用したフィルタと溶液循環槽を組合せた循環濾過法である。
【0046】
いずれの方法においても、組成物の圧送圧力によって、フィルタによるパーティクル捕捉率が異なる。圧力が低いほど捕捉率が高くなることは一般的に知られており、特に、第1の方法又は第2の方法で、粒径0.5μm以上のパーティクルの個数を組成物1ミリリットル当たり50個以下とする条件を実現するためには、組成物を低圧で非常にゆっくりとフィルタに通すのが好ましい。
【0047】
次に、上記組成物を原料溶液として用いたゾルゲル法により、本発明のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜を形成する方法について説明する。
【0048】
先ず、上記組成物を基板上に塗布し、所望の厚さを有する塗膜(ゲル膜)を形成する。塗布法については、特に限定されないが、スピンコート、ディップコート、LSMCD(Liquid Source Misted Chemical Deposition)法又は静電スプレー法等が挙げられる。圧電体膜を形成する基板には、下部電極が形成されたシリコン基板やサファイア基板等の耐熱性基板が用いられる。基板上に形成する下部電極は、Pt、TiOX、Ir、Ru等の導電性を有し、かつ圧電体膜と反応しない材料により形成される。例えば、下部電極を基板側から順にTiOX膜及びPt膜の2層構造にすることができる。上記TiOX膜の具体例としては、TiO2膜が挙げられる。更に基板としてシリコン基板を用いる場合には、この基板表面にSiO2膜を形成することができる。
【0049】
また、圧電体膜を形成する下部電極上には、圧電体膜を形成する前に、(100)面に優先的に結晶配向が制御された配向制御膜を形成しておくことが望ましい。これは、Mn及びNbドープのPZT系圧電体膜を(100)面に強く配向させることにより、成膜直後から分極方向が揃った膜に形成できるからである。配向制御膜としては、(100)面に優先的に結晶配向が制御されたLNO膜(LaNiO3膜)、PZT膜、SrTiO3膜等が挙げられる。
【0050】
基板上に塗膜を形成した後、この塗膜を仮焼し、更に焼成して結晶化させる。仮焼は、ホットプレート又は急速加熱処理(RTA)等を用いて、所定の条件で行う。仮焼は、溶媒を除去するとともに金属化合物を熱分解又は加水分解して複合酸化物に転化させるために行うことから、空気中、酸化雰囲気中、又は含水蒸気雰囲気中で行うのが望ましい。空気中での加熱でも、加水分解に必要な水分は空気中の湿気により十分に確保される。なお、仮焼前に、特に低沸点溶媒や吸着した水分子を除去するため、ホットプレート等を用いて70〜90℃の温度で、0.5〜5分間低温加熱(乾燥)を行ってもよい。
【0051】
仮焼は、好ましくは250〜300℃に2〜5分間保持することにより行うが、溶媒等を十分に除去し、ボイドやクラックの抑制効果をより高めるため、或いは膜構造の緻密化を促進させる理由から、加熱保持温度を変更させた二段仮焼により行うことが好ましい。二段仮焼を行う場合、一段目は250〜300℃に3〜10分間保持する仮焼とし、二段目は400〜500℃に3〜10分間保持する仮焼とする。
【0052】
ここで、一段目の仮焼温度を250〜300℃の範囲とするのが好ましい理由は、下限値未満では前駆物質の熱分解が不十分となり、クラックが発生しやすくなるからである。一方、上限値を超えると基板付近の前駆物質が完全に分解する前に基板上部の前駆物質が分解してしまい、有機物が膜の基板寄りに残留することでボイドが発生しやすくなるからである。また一段目の仮焼時間を3〜10分間とするのが好ましい理由は、下限値未満では前駆物質の分解が十分に進行せず、上限値を超えるとプロセス時間が長くなり生産性が低下する場合があるからである。また二段目の仮焼温度を400〜450℃の範囲とするのが好ましい理由は、下限値未満では前駆物質中に残った残留有機物を完全に除去できず、膜の緻密化が十分に進行しない場合があるからである。一方、上限値を超えると結晶化が進行して配向性の制御が難しくなる場合があるからである。更に二段目の仮焼時間を3〜10分間の範囲とするのが好ましい理由は、下限値未満では十分に残留有機物を除去でず、結晶化時に強い応力が発生して、膜の剥がれやクラックが発生しやすくなる場合があるからである。一方、上限値を超えるとプロセス時間が長くなり生産性が低下する場合があるからである。
【0053】
組成物の塗布から仮焼までの工程は、所望の膜厚になるように、仮焼までの工程を複数回繰り返して、最後に一括で焼成を行うこともできる。一方、原料溶液に、上述した組成物等を使用すれば、成膜時に発生する膜収縮由来の応力を抑制できること等から、ボイドやクラックを発生させることなく、1回の塗布で数百nm程度の厚い膜を形成できる。そのため、上記繰り返し行う工程数を少なくできる。
【0054】
焼成は、仮焼後の塗膜を結晶化温度以上の温度で焼成して結晶化させるための工程であり、これにより圧電体膜が得られる。この結晶化工程の焼成雰囲気はO2、N2、Ar、N2O又はH2等或いはこれらの混合ガス等が好適である。焼成は、600〜700℃で1〜5分間程度行われる。焼成は、急速加熱処理(RTA)で行ってもよい。急速加熱処理(RTA)で焼成する場合、その昇温速度を2.5〜100℃/秒とすることが好ましい。なお、上述の組成物の塗布から焼成までの工程を複数回繰り返すことにより、更に厚みのある圧電体膜に形成してもよい。
【0055】
以上の工程により、本発明のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜が得られる。この圧電体膜は、Mn及びNbをドープすることにより、圧電定数を向上することができるので、より大きな変位を得ることができるとともに、誘電率を低くすることができるので、センサとして使用する場合、利得が大きくなる。これは、添加されたMn及びNbがZr若しくはTiを置換し、酸素欠損を生じさせたことが主要因であると考えられる。また、図1に示すように、ヒステリシス曲線が大きく正側にシフトしており、成膜直後から上向きに分極方向が揃っている。このような膜は、負側で電界を印加することにより分極処理を施さなくてもデバイスを作動させることができる。そのため、この膜は、成膜後の分極処理を要することなく、圧電体として利用できる。また、分極処理後、リフロープロセス等の熱処理等よって脱分極してしまうといった不具合が起こりにくく、分極の安定性に優れるため、負側で電界を印加することで安定してデバイスを作動させることができる。これらの理由から、この膜は、圧電体として利用できる。具体的には、図2に示すように、圧電体膜11の両面にそれぞれ配置された電極12,13間に直流電圧14を印加する前から、圧電体膜11中の各分子11aが分極した状態に保たれる(図2(a))。そして、図2(b)に示すように、圧電体膜11の両面にそれぞれ配置された電極12,13間に電圧を印加すると、圧電体膜11が電圧を印加した方向に伸び、この電圧をゼロにすると、電圧を印加した方向に伸びた圧電体膜11が縮んで元に戻るので(図2(a))、圧電素子等に適用できる。なお、この実施の形態では、電圧を印加した方向に伸びる特性を有する圧電体膜を挙げたが、電圧を印加した方向に直交する方向に伸びる特性を有する圧電体膜であってもよい。
【0056】
また、このMn及びNbドープのPZT系圧電体膜をジャイロセンサ等として使用した場合、分極処理を必要としないため、製造工数を低減できる。また、この圧電体膜は、成膜時の工程数が少なく、比較的簡便に得られた厚い膜であるにも拘わらず、クラックが極めて少なく、緻密な膜構造を有するので、電気特性に非常に優れる。更に、600〜700℃という高温の焼成を経て作製されているため、圧電体膜を用いたデバイスをリフロー方式のハンダ付けのために高温に曝しても圧電特性が失われることはない。このため、本発明の組成物を用いて形成されたMn及びNbドープのPZT系圧電体膜は、圧電素子、IPD、焦電素子等の複合電子部品における構成材料として好適に使用することができる。
【実施例】
【0057】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0058】
<実施例1>
先ず、反応容器に酢酸鉛三水和物(Pb源)とプロピレングリコール(ジオール)とを入れ、窒素雰囲気中、150℃の温度で1時間還流した後、この反応容器に2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)、チタンテトライソプロポキシド(Ti源)及びアセチルアセトン(安定化剤)を更に加え、窒素雰囲気中、150℃の温度で1時間還流して反応させることにより、合成液を調製した。ここで、上記酢酸鉛三水和物(Pb源)、2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)及びチタンテトライソプロポキシド(Ti源)の各PZT系前駆体は、液中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が以下の表1に示す値になるように秤量した。またプロピレングリコール(ジオール)は、調製後の組成物100質量%に対して30質量%となるように添加し、アセチルアセトン(安定化剤)はPZT系前駆体1モルに対して2モルとなるように添加した。次いで上記合成液100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で35質量%になるように減圧蒸留を行って不要な溶媒を除去した。ここで、合成液中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、合成液に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、合成液100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。
【0059】
次いで、合成液を室温で放冷することにより25℃まで冷却した。この合成液に1−オクタノール(炭素数8の直鎖状モノアルコール)とエタノール(溶媒)を添加することにより、組成物100質量%中に占める上記PZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で25質量%であるゾルゲル液を得た。なお、ゾルゲル液中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。
【0060】
次に、上記ゾルゲル液に、ポリビニルピロリドン(PVP:k値=30)を上記PZT系前駆体1モルに対してモノマー換算で0.02モルとなるように添加し、室温(25℃)で24時間撹拌することにより、組成物を得た。この組成物は、市販の0.05μm孔径のメンブランフィルタを使用し、シリンジで圧送して濾過することにより粒径0.5μm以上のパーティクル個数がそれぞれ溶液1ミリリットル当たり1個であった。また、上記組成物100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度は、酸化物濃度(酸化物換算値)で17質量%であった。なお、組成物中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。また、1−オクタノール(炭素数8の直鎖状モノアルコール)は、上記組成物100質量%に対して2質量%含まれていた。更に、プロピレングリコール(ジオール)は、上記組成物100質量%に対して30質量%含まれていた。
【0061】
得られた組成物を、SiO2膜、TiO2膜及びPt膜が下から上に向ってこの順に積層されかつスピンコータ上にセットされたシリコン基板の最上層のPt膜(下部電極)上に滴下し、1800rpmの回転速度で60秒間スピンコートを行うことにより、上記Pt膜(下部電極)上に塗膜(ゲル膜)を形成した。この塗膜(ゲル膜)が形成されたシリコン基板を、ホットプレートを用いて、75℃の温度で1分間加熱保持(乾燥)することにより、低沸点溶媒や水を除去した。その後、300℃のホットプレートで5分間加熱保持(一段目の仮焼)することにより、ゲル膜を加熱分解し、更に別のホットプレートを用いて、450℃の温度で5分間加熱保持(二段目の仮焼)することにより、ゲル膜中に残存する有機物や吸着水を除去した。このようにして厚さ200nmの仮焼膜(Mn及びNbドープのPZTアモルファス膜)を得た。上記と同様の操作を2回繰り返すことにより、厚さ400nmの仮焼膜を得た。更に、上記厚さ400nmの仮焼膜が形成されたシリコン基板を、急速加熱処理(RTA)により酸素雰囲気中で700℃に1分間保持することにより、焼成した。このときの昇温速度は10℃/秒であった。このようにしてPt膜(下部電極)上に厚さ400nmの圧電体膜を形成した。上記の塗布から焼成までの一連の操作を5回繰り返することにより、最終的な膜厚を2000nmに調整した。なお、圧電体膜の膜厚は、圧電体膜の断面の厚さ(総厚)を、SEM(日立社製:S4300)により測定した。また、形成後の圧電体膜の組成を蛍光X線分析により測定したところ、以下の表3に示す組成の膜であった。なお、一部の実施例、比較例では、成膜後の膜中においてPbの減少がみられたが、これは焼成等の成膜中にPb源が蒸発したことによるものである。
【0062】
<実施例2〜8>
酢酸鉛三水和物(Pb源)、2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)及びチタンテトライソプロポキシド(Ti源)の各PZT系前駆体を、液中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が、以下の表1に示す値になるようにそれぞれ秤量したこと以外は、実施例1と同様にして組成物を調製し、圧電体膜を形成した。実施例2〜8で形成した圧電体膜は、以下の表3に示す組成の膜であった。
【0063】
<比較例1>
Mn源、Nb源としてのPZT系前駆体を使用せず、酢酸鉛三水和物(Pb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)及びチタンテトライソプロポキシド(Ti源)の各PZT系前駆体を、液中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が以下の表1に示す値になるように秤量したこと以外は、実施例1と同様にして組成物を調製し、圧電体膜を形成した。なお、形成後の圧電体膜は、以下の表3に示す組成の膜であった。
【0064】
<比較例2〜9>
酢酸鉛三水和物(Pb源)、2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)及びチタンテトライソプロポキシド(Ti源)の各PZT系前駆体を、液中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が、以下の表1に示す値になるようにそれぞれ秤量したこと以外は、実施例1と同様にして組成物を調製し、圧電体膜を形成した。比較例2〜9で形成した圧電体膜は、以下の表3に示す組成の膜であった。
【0065】
【表1】
【0066】
<実施例9>
先ず、反応容器に酢酸鉛三水和物(Pb源)とプロピレングリコール(ジオール)とを入れ、窒素雰囲気中、150℃の温度で1時間還流した後、この反応容器に2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)、チタンテトライソプロポキシド(Ti源)及びアセチルアセトン(安定化剤)を更に加え、窒素雰囲気中、150℃の温度で1時間還流して反応させることにより、合成液を調製した。ここで、上記酢酸鉛三水和物(Pb源)、2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)及びチタンテトライソプロポキシド(Ti源)の各PZT系前駆体は、液中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が以下の表2に示す値になるように秤量した。またプロピレングリコール(ジオール)は、調製後の組成物100質量%に対して16質量%となるように添加し、アセチルアセトン(安定化剤)は調製後の組成物に含まれるMn、Nb、Zr及びTiの総量1モルに対して2モルとなる割合で添加した。次いで上記合成液100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で35質量%になるように減圧蒸留を行って不要な溶媒を除去した。ここで、合成液中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、合成液に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、合成液100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。
【0067】
次いで、合成液を室温で放冷することにより25℃まで冷却した。この合成液に1−ブタノール(溶媒)を添加することにより、組成物100質量%中に占める上記PZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で15質量%である組成物を得た。なお、組成物中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。この組成物は、市販の0.05μm孔径のメンブランフィルタを使用し、シリンジで圧送して濾過することにより粒径0.5μm以上のパーティクル個数がそれぞれ溶液1ミリリットル当たり1個であった。プロピレングリコール(ジオール)は、上記組成物100質量%に対して16質量%含まれていた。
【0068】
得られた組成物を、SiO2膜、TiO2膜及びPt膜が下から上に向ってこの順に積層されかつスピンコータ上にセットされたシリコン基板の最上層のPt膜(下部電極)上に滴下し、2500rpmの回転速度で30秒間スピンコートを行うことにより、上記Pt膜(下部電極)上に塗膜(ゲル膜)を形成した。この塗膜(ゲル膜)が形成されたシリコン基板を、ホットプレートを用いて、75℃の温度で1分間加熱保持(乾燥)することにより、低沸点溶媒や水を除去した。その後、300℃のホットプレートで5分間加熱保持(仮焼)することにより、ゲル膜を加熱分解した。このようにして厚さ100nmの仮焼膜(Mn及びNbドープのPZTアモルファス膜)を得た。上記と同様の操作を3回繰り返すことにより、厚さ300nmの仮焼膜を得た。更に、上記厚さ300nmの仮焼膜が形成されたシリコン基板を、急速加熱処理(RTA)により酸素雰囲気中で700℃に1分間保持することにより、焼成した。このときの昇温速度は10℃/秒であった。このようにしてPt膜(下部電極)上に厚さ240nmの圧電体膜を形成した。上記の塗布から焼成までの一連の操作を5回繰り返することにより、最終的な膜厚を1200nmに調整した。なお、圧電体膜の膜厚は、圧電体膜の断面の厚さ(総厚)を、SEM(日立社製:S4300)により測定した。また、形成後の圧電体膜の組成を蛍光X線分析により測定したところ、以下の表4に示す組成の膜であった。
【0069】
<実施例10,11>
調製後の組成物100質量%に占めるプロピレングリコール(ジオール)の割合が、以下の表2に示す割合になるよう調整したこと以外は、実施例9と同様にして組成物を調製し、圧電体膜を形成した。なお、実施例10,11で形成した圧電体膜は、以下の表4に示す組成の膜であった。
【0070】
<実施例12〜14>
組成物100質量%に占めるプロピレングリコール(ジオール)の割合が、以下の表2に示す割合になるよう調整したこと、及びMn、Nb、Zr及びTiの総量1モルに対するアセチルアセトンの割合を、以下の表2に示す割合に調整したこと以外は、実施例9と同様にして組成物を調製し、圧電体膜を形成した。なお、実施例12〜14で形成した圧電体膜は、で形成した圧電体膜は、以下の表4に示す組成の膜であった。
【0071】
<実施例15>
組成物100質量%に占めるプロピレングリコール(ジオール)の割合が、以下の表2に示す割合になるよう調整したこと、及び組成物100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で、以下の表2に示す値になるように調整したこと以外は、実施例9と同様にして組成物を調製し、圧電体膜を形成した。なお、形成後の圧電体膜は、以下の表4に示す組成の膜であった。
【0072】
<実施例16>
先ず、反応容器に酢酸鉛三水和物(Pb源)とプロピレングリコール(ジオール)とを入れ、窒素雰囲気中、150℃の温度で1時間還流した後、この反応容器に2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)、チタンテトライソプロポキシド(Ti源)及びアセチルアセトン(安定化剤)を更に加え、窒素雰囲気中、150℃の温度で1時間還流して反応させることにより、合成液を調製した。ここで、上記酢酸鉛三水和物(Pb源)、2−エチルヘキサン酸マンガン(Mn源)、ニオブペンタエトキシド(Nb源)、ジルコニウムテトラブトキシド(Zr源)及びチタンテトライソプロポキシド(Ti源)の各PZT系前駆体は、液中の金属原子比(Pb:Mn:Nb:Zr:Ti)が以下の表2に示す値になるように秤量した。またプロピレングリコール(ジオール)は、調製後の組成物100質量%に対して30質量%となるように添加し、アセチルアセトン(安定化剤)は、調製後の組成物に含まれるMn、Nb、Zr及びTiの総量1モルに対して2モルとなるように添加した。次いで上記合成液100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で35質量%になるように減圧蒸留を行って不要な溶媒を除去した。ここで、合成液中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、合成液に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、合成液100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。
【0073】
次いで、合成液を室温で放冷することにより25℃まで冷却した。この合成液に1−オクタノール(炭素数8の直鎖状モノアルコール)とエタノール(溶媒)を添加することにより、組成物100質量%中に占める上記PZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で25質量%であるゾルゲル液を得た。なお、ゾルゲル液中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。
【0074】
次に、上記ゾルゲル液に、ポリビニルピロリドン(PVP:k値=30)を上記PZT系前駆体1モルに対してモノマー換算で2モルとなるように添加し、室温(25℃)で24時間撹拌することにより、組成物を得た。この組成物は、市販の0.05μm孔径のメンブランフィルタを使用し、シリンジで圧送して濾過することにより粒径0.5μm以上のパーティクル個数がそれぞれ溶液1ミリリットル当たり1個であった。また、上記組成物100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度は、酸化物濃度(酸化物換算値)で17質量%であった。なお、組成物中に占めるPZT系前駆体の濃度における酸化物濃度とは、組成物に含まれる全ての金属原子が目的の酸化物になったと仮定して算出した、組成物100質量%に占める金属酸化物の濃度(酸化物換算値)をいう。また、1−オクタノール(炭素数8の直鎖状モノアルコール)は、上記組成物100質量%に対して2質量%含まれていた。更に、プロピレングリコール(ジオール)は、上記組成物100質量%に対して30質量%含まれていた。
【0075】
得られた組成物を、SiO2膜、TiO2膜及びPt膜が下から上に向ってこの順に積層されかつスピンコータ上にセットされたシリコン基板の最上層のPt膜(下部電極)上に滴下し、1800rpmの回転速度で60秒間スピンコートを行うことにより、上記Pt膜(下部電極)上に塗膜(ゲル膜)を形成した。この塗膜(ゲル膜)が形成されたシリコン基板を、ホットプレートを用いて、75℃の温度で1分間加熱保持(乾燥)することにより、低沸点溶媒や水を除去した。その後、300℃のホットプレートで5分間加熱保持(一段目の仮焼)することにより、ゲル膜を加熱分解し、更に別のホットプレートを用いて、450℃の温度で5分間加熱保持(二段目の仮焼)することにより、ゲル膜中に残存する有機物や吸着水を除去した。このようにして厚さ200nmの仮焼膜(Mn及びNbドープのPZTアモルファス膜)を得た。上記と同様の操作を2回繰り返すことにより、厚さ400nmの仮焼膜を得た。更に、上記厚さ400nmの仮焼膜が形成されたシリコン基板を、急速加熱処理(RTA)により酸素雰囲気中で700℃に1分間保持することにより、焼成した。このときの昇温速度は10℃/秒であった。このようにしてPt膜(下部電極)上に厚さ400nmの圧電体膜を形成した。上記の塗布から焼成までの一連の操作を3回繰り返することにより、最終的な膜厚を1200nmに調整した。なお、圧電体膜の膜厚は、圧電体膜の断面の厚さ(総厚)を、SEM(日立社製:S4300)により測定した。また、形成後の圧電体膜の組成を蛍光X線分析により測定したところ、以下の表4に示す組成の膜であった。
【0076】
<実施例17>
組成物100質量%中に占めるPZT系前駆体の濃度が、酸化物濃度で、以下の表2に示す値になるように調整したこと以外は、実施例16と同様にして組成物を調製し、圧電体膜を形成した。なお、形成後の圧電体膜は、以下の表4に示す組成の膜であった。
【0077】
【表2】
【0078】
<比較試験及び評価>
実施例1〜17及び比較例1〜9で形成した圧電体膜について、膜組成、ヒステリシスのずれ、比誘電率、圧電定数e31.f、クラックの有無、結晶の(100)面における配向度をそれぞれ評価した。これらの結果を以下の表3,表4に示す。
【0079】
(i) 膜組成:蛍光X線分析装置(リガク社製 型式名:Primus III+)を用いた蛍光X線分析により、圧電体膜の組成を分析した。
【0080】
(ii) ヒステリシスのずれ(シフト量):先ず、圧電体膜の上面に、スパッタ法により200μmφの一対の電極をそれぞれ形成した後、RTAを用いて、酸素雰囲気中で700℃に1分間保持して、ダメージを回復するためのアニーリングを行い、キャパシタ構造を作製し、この圧電素子を試験用サンプルとした。得られたキャパシタ素子を強誘電体評価装置(aix ACCT社製:TF−analyzer2000)により測定することにより、ヒステリシスのずれを評価した。なお、比較のため、この方法によって測定した実施例3及び比較例1のヒステリシス曲線を図1に示す。
【0081】
(iii) 比誘電率:上記圧電体膜のヒステリシスのずれを測定するために用いた圧電素子の誘電率を強誘電体評価装置(aix ACCT社製:TF−analyzer2000)により測定した後、無次元化するために、上記測定された誘電率を真空の誘電率で除して比誘電率を算出した。
【0082】
(iv) 圧電定数e31.f:圧電体膜を集束イオンビーム(FIB:Focused Ion Beam)により短冊状に加工し、この短冊状に加工した圧電体膜に100kV/cmの電界中で110℃の温度で1分間保持することにより分極処理を行った。更に、圧電評価装置(aix ACCT社製:aixPES)により、上記分極処理された圧電体膜に歪みを印加して生じた電荷量を測定し圧電定数e31.fを求めた。
【0083】
(v) クラックの有無:上記膜厚測定に使用した走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、膜表面及び膜断面の組織を撮影したSEM画像から、クラックの有無を観察した。そして、クラックが観察されなかった状態であったときを『無し』とし、クラックが観察された状態であったときを『有り』とした。
【0084】
(vi) 配向度:X線回折(XRD)装置(パナリティカル社製、型式名:Empyrean)を用いた集中法により得られた回折結果から、(100)面の強度/{(100)面の強度+(110)面の強度+(111)面の強度}を計算することにより算出した。
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
表1〜表4から明らかなように、実施例1〜17と比較例1〜9を比較すると、Mn及びNbをドープしていない比較例1では、ヒステリシスのシフトがみられなかった。Pbの割合が少ない比較例3、Pbの割合が多い比較例2では、圧電定数が低下した。また、Mnの割合が少ない比較例5では、ヒストリシスのずれが殆どみられず、また比誘電率も十分に低下しなかった。一方、Mnの割合が多い比較例4では、圧電定数が低下した。また、Nbの割合が少ない比較例7、Nbの割合が多い比較例6では、比誘電率も十分に低下しなかった。また、Zrの割合に対してTiの割合が少ない比較例8、Zrの割合に対してTiの割合が多い比較例9では、圧電定数が低下した。
【0088】
これに対し、Mn及びNnを所望の割合でドープした実施例1〜17では、圧電定数を比較的高い値に保った状態で、誘電率を低下させることができ、センサとしても有用な圧電体膜が得られた。また、ヒステリシスのシフトがみられ、分極処理後に脱分離しにくいことが判る。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明のMn及びNbドープのPZT系圧電体膜は、圧電素子、IPD、焦電素子の複合電子部品における構成材料等に利用できる。
図1
図2