(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ブラスめっきは、質量%で、0.1〜5%のCo、0.1〜5%のNiの一方又は両方を含むことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
前記伸線加工を施した後、得られた鋼線の表面にCuを主成分とするめっき及びZnを主成分とするめっきに加え、更に、Coを主成分とするめっき、Niを主成分とするめっきの一方又は両方を層状に形成し、拡散熱処理を行うことを特徴とする請求項4記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
前記伸線加工を施した後、得られた鋼線の表面にCuを主成分とするめっきに加え、更に、Znを主成分としてCoを含む合金めっき、Znを主成分としてNiを含む合金めっきの一方又は両方を層状に形成し、拡散熱処理を行うことを特徴とする請求項4記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献4では、電気めっきでブラスを析出させた後、低温かつ短時間の熱処理を行うことにより、パテンティングを省略して高強度の極細ブラスめっき鋼線を得る方法が提案されている。Cuめっき、Znめっきを拡散熱処理によって合金化させ、ブラスめっきとする場合、鋼の成分組成と加熱温度及び時間を適正に制御しなければ、加工歪みが導入された鋼線のパーライトが分断され、最終伸線で破断したり、極細ブラスめっき鋼線の強度や延性の低下が問題になることがわかった。
【0007】
本発明はこのような実情に鑑み、パテンティングを省略し、層状に形成されたCuめっき、Znめっきを合金化させる拡散熱処理を行い、延性に優れた高強度極細ブラスめっき鋼線を得ることができる、極細ブラスめっき鋼線の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋼の成分組成のうち、特に、Si及びCrの含有量と、伸線加工の加工歪み、拡散熱処理の加熱温度、加熱時間、C量によって求められる焼戻しパラメータに着目し、伸線加工後の拡散熱処理によって、強度が低下せず、加工性が損なわれない条件を見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明の要旨は以下のとおりである。
[1] 質量%で、
C:0.3〜1.1%、
Si:0.5〜2.0%、
Mn:0.2〜1.0%、
Cr:0.5〜1.0%、
を含み、残部はFe及び不可避的不純物からなり、
線径が3.0〜5.0mmの熱間圧延線材に、下記(2)式の加工歪みεが0.5〜1.6の伸線加工を施した後、得られた鋼線の表面にCuを主成分とするめっき及びZnを主成分とするめっきを層状に形成し、加熱温度が450℃以上、下記(3)式の焼戻しパラメータPが12000〜13000の範囲内で、Si及びCrの含有量の合計(Si+Cr)[質量%]と、前記加工歪みεと、前記焼戻しパラメータPとが、
2.5≧Si+Cr≧1.9×ε+0.0017×P−21.4 (1)
を満足するように拡散熱処理を行ってブラスめっきとし、更に、線径が0.2〜0.4mmになるように最終伸線することを特徴とする極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
ここで、
加工歪ε=2×ln(d
0/d
1) (2)
焼戻しパラメータP=T×{log(t)+(21.3−5.8×C)} (3)
であり、
d
0:熱間圧延線材の線径[mm]、d
1:拡散熱処理前の鋼線の線径[mm]、T:加熱温度[K]、t:加熱時間[h]、C:C量[質量%]である。
[2] 前記極細ブラスめっき鋼線の引張強さが3000MPa以上であることを特徴とする上記[1]記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
[3] 前記ブラスめっきは、βブラス率が25%以下であることを特徴とする上記[1]又は[2]記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
[4] 前記ブラスめっきは、質量%で、0.1〜5%のCo、0.1〜5%のNiの一方又は両方を含むことを特徴とする上記[1]〜[3]の何れか1項に記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
[5] 前記伸線加工を施した後、得られた鋼線の表面にCuを主成分とするめっき及びZnを主成分とするめっきに加え、更に、Coを主成分とするめっき、Niを主成分とするめっきの一方又は両方を層状に形成し、拡散熱処理を行うことを特徴とする上記[4]記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
[6] 前記伸線加工を施した後、得られた鋼線の表面にCuを主成分とするめっきに加え、更に、Znを主成分としてCoを含む合金めっき、Znを主成分としてNiを含む合金めっきの一方又は両方を層状に形成し、拡散熱処理を行うことを特徴とする上記[4]記載の極細ブラスめっき鋼線の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、パテンティングを必要とせず、伸線加工後、そのまま、層状に形成されたCuめっき、Znめっきを合金化させる拡散熱処理を行い、延性に優れた高強度の極細ブラスめっき鋼線を製造することができる。そして、本発明によれば、ゴムとの接着強度が確保され、補強効果が大きいスチールコードなどが低エネルギーで得られ、製造時のCO
2排出量の削減、コストの削減が可能となるなど、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1に、極細ブラスめっき鋼線の製造プロセスの一例を示す。
図1の上段に示すように、従来、極細ブラスめっき鋼線は、熱間圧延線材に伸線加工(乾式伸線)を施し、パテンティング(熱処理)を行った後、電気めっきで層状に形成されたCuめっきとZnめっきとを、拡散熱処理によって合金化し、ブラスめっきとして、更に、最終伸線(湿式伸線)を行って製造されている。これに対し、本発明では、
図1の下段に示すように、パテンティング(熱処理)が省略され、伸線加工によって歪が導入された状態で、拡散熱処理が施される。
【0013】
従来の製造プロセスでは、伸線加工によって導入された歪みは、パテンティングによって消失しており、このような歪みが無い状態では、拡散熱処理を施しても、強度及び組織はほとんど変化しない。しかし、伸線加工後、そのまま、450℃以上に加熱される拡散熱処理を施した場合、保持時間が1s程度という極短時間であっても、パーライトのセメンタイトが分断され、また、転位が回復し、強度が低下する。このような状態で、更に、最終伸線を行うと、加工硬化が小さくなり、最終伸線の途中で断線が発生しやすくなり、また、極細ブラスめっき鋼線の強度及び延性が低下する。
【0014】
本発明において、熱間圧延線材を伸線加工し、鋼線表面にめっき層を形成し、拡散熱処理を行い、さらに最終伸線を施す。拡散熱処理前までの伸線加工で導入される加工歪みを「加工歪み」又は「加工歪みε」と呼ぶ。加工歪みεは下記(2)式で表される。なお、拡散熱処理後の最終伸線加工を含めた全体の加工歪みについて言及する場合には「総加工歪み」と呼んで上記加工歪みと区別する。
加工歪ε=2×ln(d
0/d
1) (2)
d
0:熱間圧延線材の線径[mm]、d
1:拡散熱処理前の鋼線の線径[mm]である。
【0015】
本発明者らは、セメンタイトの生成挙動に影響を及ぼすCr、Siに着目し、拡散熱処理の条件による極細ブラスめっき鋼線の強度変化について検討を行った。まず、C量が0.6%、Si量が0.2%の鋼(比較例)と、C量が0.6%、Si量が1.5%、Cr量が0.7%(本発明)の2種類の鋼を熱間圧延し、得られた熱間圧延線材を伸線加工した。上記(2)式で表される拡散熱処理前までの伸線加工の加工歪みεは1.6とした。
【0016】
Cuめっき、Znめっきを電気めっきで施し、加熱温度T:480〜550℃、加熱時間t:2〜30sの範囲で、下記(3)式の焼戻しパラメータPを変化させて、拡散熱処理を行った。拡散熱処理の前後に引張試験を行い、拡散熱処理前の引張強さと、拡散熱処理後の引張強さとの差(TS変化)を求めた。
焼戻しパラメータP=T×{log(t)+(21.3−5.8×C)} (3)
T:加熱温度[K]、t:加熱時間[h]、C:C量[質量%]である。
【0017】
焼戻しパラメータPに対して、拡散熱処理前後の引張強さの差(TS変化)をプロットすると、
図2のようになる。
図2の「比較例」に示すように、Si量が少なく、Crを添加しない鋼では、引張強さは、焼戻しパラメータが11000までは変化せず、11000を超えると低下する。一方、Si量を増加させ、Crを添加した鋼(
図2の「本発明」)の場合、引張強さは、焼戻しパラメータが11000までは増加し、11000を超えると低下し始めるものの、13000までは引張強さの低下を30MPa程度に抑制することができる。
【0018】
次に、拡散熱処理後、ブラスめっきのβブラス率を、X線回折法によって測定した。βブラス率は、αブラスとβブラスのピーク強度の比率からα+βを100としたβの比率として求めた。ブラスめっきのβブラスは硬質な相であり、βブラスの増加により伸線加工性が低下する。伸線加工性を確保するためにはβブラス率は25%以下とすることが必要である。焼戻しパラメータに対してβブラス率をプロットしたのが
図3である。
図3に示すように、βブラス率を25%以下とするには、焼戻しパラメータを12000以上にすることが必要である。
【0019】
以上の結果に基づき、本発明において、前記(3)式の焼戻しパラメータPを12000〜13000の範囲内とする。
【0020】
拡散熱処理までの伸線加工の加工歪みε、焼戻しパラメータP、C、Si、Crの含有量と、極細ブラスめっき鋼線の強度及び延性との関係については、次のように整理される。
(a)拡散熱処理前の加工歪みεが大きい場合、より低温、より短時間でセメンタイトの分断が発生しやすくなり、焼戻しパラメータを小さくしても、強度が低下することがある。一方、焼戻しパラメータを小さくすると、ブラスめっきのβブラス率が高くなり(
図3)、伸線加工性が低下する。
(b)焼戻しパラメータが大きくなるように、高温、長時間の拡散熱処理を行うと、加工歪みが小さくても、セメンタイトが溶解し、強度が低下する。また、焼戻しパラメータを大きくすると、ブラスめっきのβブラス率が低下し(
図3)、伸線加工性が改善される。
(c)Si及びCrは、拡散熱処理によるセメンタイトの分断、C拡散を阻害するなど、強度の低下を抑制する元素である。加工歪みが小さい場合や、焼戻しパラメータが小さい場合は、Si、Crの含有量を少なくしても、強度低下の抑制は可能である。一方、加工歪みが大きい場合や、焼戻しパラメータが大きい場合は、強度の低下を抑制すために、Si、Crの含有量を多くする必要がある。ただし、Si及びCrの含有量の合計(Si+Cr)が過剰になると、伸線加工性が損なわれる。
【0021】
本発明者らは、これらの関係に基づいて、更に検討を行った。その結果、加工歪みεと、拡散熱処理の加熱温度T及び保持時間t並びにC量によって求められる焼戻しパラメータPと、Si及びCrの含有量の合計(Si+Cr)[質量%]とが、下記(1)〜(3)式の関係を満足するように拡散熱処理を行うことにより、極細ブラスめっき鋼線の強度を向上させ、延性を確保できるという知見を得て、本発明を完成させた。
2.5≧Si+Cr≧1.9×ε+0.0017×P−21 (1)
加工歪ε=2×ln(d
0/d
1) (2)
焼戻しパラメータP=T×{log(t)+(21.3−5.8×C)} (3)
ここで、d
0:熱間圧延線材の線径[mm]、d
1:拡散熱処理前の鋼線の線径[mm]、T:加熱温度[K]、t:加熱時間[h]、C:C量[質量%]である。
【0022】
Si+Crが2.5を超えると伸線材の延性が低下するため、上記(1)式において2.5以下に規定した。また、加工歪みεが大きい場合は拡散熱処理を低温、短時間で処理を行わないとセメンタイトが分解し、強度が低下する。焼き戻しパラメータを大きくするには加工歪みεを小さくする必要がある。多数の実験データについて重回帰分析を行ったところ、この関係はSi+Cr量と関連しており、焼き戻しパラメータPとεとから求められる1.9×ε+0.0017×P−21.4以上とすることでセメンタイトの分解が抑制でき、強度の低下を抑制できることが判明した。そこでSi+Crの下限規定として、上記(1)式の右辺を規定することとした。
【0023】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0024】
本発明の極細ブラスめっき鋼線の製造方法は、熱間圧延線材に伸線加工を施し、パテンティングを行うことなく、そのまま、電気めっきでCuめっきとZnめっきとを層状に形成し、拡散熱処理によってブラスめっきとし、更に、最終伸線を行うものである。本発明では、パテンティングが省略され、伸線加工によって歪が導入された状態で、拡散熱処理が施される。熱間圧延線材は、常法で溶製した鋼を鋳造し、熱間圧延によって製造される。
【0025】
まず、熱間圧延線材の成分、即ち、極細ブラスめっき鋼線の基材となる鋼線部分の成分について、説明する。特に記載のない場合、%は、質量%を意味する。
【0026】
Cは、強度を向上させる元素であり、極細ブラスめっき鋼線の引張強さを確保するために、C量を0.3%以上とする。好ましくは、0.4%以上、より好ましくは0.5%以上とする。一方、C量が過剰であると、伸線加工性が低下するため、上限を1.1%以下とする。好ましくは、1.0%以下、より好ましくは0.9%以下とする。
【0027】
Siは、本発明では重要な元素であり、Cの拡散を抑制し、フェライトとセメンタイト界面に濃化してセメンタイトの分解を抑制し、拡散熱処理による強度の上昇や、軟化の抑制に寄与する。拡散熱処理によるセメンタイトの分断を抑制し、伸線加工性を確保するために、Si量の下限を0.5%以上とする。好ましくは、0.6%以上とする。一方、Si量が2.0%を超えると、延性劣化が起きやすくなるため、上限を2.0%以下とする。好ましくは、1.8%以下とする。
【0028】
Mnは、脱酸、脱硫のために必要であり、極細ブラスめっき鋼線の強度を高めるために有効な元素である。本発明では、極細ブラスめっき鋼線の引張強さを確保するために、Mn量を0.2%以上とする。好ましくは、0.3%以上、より好ましくは0.4%以上とする。一方、Mn量が1.0%を超えると、Mn偏析によって伸線加工性が劣化し、伸線加工中の破断原因となるだけでなく、極細ブラスめっき鋼線の延性が劣化するため、上限を1.0%以下とする。好ましくは、0.9%%以下、より好ましくは0.8%以下とする。
【0029】
Crは、本発明では重要な元素であり、セメンタイトに固溶し、セメンタイトを熱的に安定化させ、拡散熱処理による溶解、分断や、形態の崩れを抑制する。セメンタイトの分断を抑制し、伸線加工性を確保するために、Cr量の下限を0.5%以上とする。好ましくは、0.6%以上とする。一方、Cr量が1.0%を超えると、延性が劣化し、伸線加工性が低下して断線が発生しやすくなるため、上限を1.0%以下とする。好ましくは、0.8%以下とする。
【0030】
上記の成分の残部はFe及び不可避的不純物である。不可避的不純物として、P、Sなどが含まれる。
【0031】
本発明の極細ブラスめっき鋼線は、パテンティングを施すことなく、熱間圧延線材に伸線加工、最終伸線を行って製造される。後述のように最終伸線後の線径を0.2〜0.4mmとする。熱間圧延線材から最終伸線までの合計加工歪みを総加工歪みという。高強度化のためには、総加工歪みを確保することが必要である。熱間圧延線材の線径は、細すぎると、総加工歪みが十分でなくなり、極細ブラスめっき鋼線の強度が低下するため、本発明では、熱間圧延線材の線径を3.0mm以上とする。一方、パテンティグを省略した場合、熱間圧延線材の線径が太すぎると、所望の線径とするまでの総加工歪みが大きくなり、延性が低下したり、製造の途中で断線する場合がある。本発明では、熱間圧延線材の線径は、5.0mm以下とする。即ち、線径が3.0〜5.0mmの熱間圧延線材を用いることにより、総加工歪みを好適範囲とすることができる。
【0032】
また、熱間圧延線材を伸線加工する際、前記(2)式で表される拡散熱処理前に導入される加工歪みεを小さくすると、拡散熱処理後の最終伸線で所望の線径とするまでの加工歪みが大きくなり、途中で断線したり、極細ブラスめっき鋼線の延性が低下する。本発明では、めっきを施す前(拡散熱処理前)までの伸線加工の加工歪みεを0.5以上とする。一方、めっきを施す前までの伸線加工の加工歪みεが大きくなると、拡散熱処理によってパーライトの分断が促進され、また、最終伸線で所望の線径とするまでの加工歪みを確保できなくなる。本発明では、最終伸線での断線を防止し、極細ブラスめっき鋼線の強度を確保するために、めっきを施す前までの伸線加工の加工歪みεの上限を1.6以下とする。
【0033】
熱間圧延線材を伸線加工した後、電気めっきにより、Cuを主成分とするめっき、Znを主成分とするめっきを行う。層状に、Cuめっき、Znめっきを形成した後、拡散熱処理によって、合金化し、ブラスめっきとする。ここで、Cuを主成分とする、Znを主成分とするとは、それぞれCu、Zn含有量が80質量%以上を意味している。
【0034】
拡散熱処理は、めっき層成分を拡散して合金化しブラスめっきとするとともに、その後の最終伸線に必要とされる伸線加工性の低下を抑制し、また、極細ブラスめっき鋼線の強度及び延性を確保するために、本発明では、最も重要な工程である。
【0035】
拡散熱処理の温度は、Cu、Znを合金化し、ブラスとするため、450℃以上とすることが必要である。また、拡散熱処理の加熱時間(保持時間)は、鋼線の強度や伸線加工性の低下の抑制、ブラスめっきのβブラス率の上昇の抑制などのため、温度に応じて調整することが必要であり、焼戻しパラメータを指標として制御する。焼戻しパラメータは、大きすぎると、強度や伸線加工性が低下するため、本発明では上限を13000以下とする。一方、焼戻しパラメータが小さすぎると、ブラスめっきのβブラス率が上昇し(
図3)、伸線加工性が低下するため、本発明では下限を12000以上とする。
【0036】
焼戻しパラメータPは、次式のように表わされる。
焼戻しパラメータP=T×{log(t)+(21.3−5.8×C)} (3)
ここで、T:加熱温度[K]、t:加熱時間[h]、C:C量[質量%]である。
【0037】
Si及びCrの含有量の合計(Si+Cr)[質量%]は、拡散熱処理前までの伸線加工の加工歪みε、拡散熱処理の焼戻しパラメータPと関連させて制御することが必要である。Si及びCrの含有量の合計(Si+Cr)が、以下の関係を満足するように拡散熱処理を行うことによって、極細ブラスめっき鋼線の強度を向上させ、延性を確保できる。
2.5≧Si+Cr≧1.9×ε+0.0017×P−21.4 (1)
ここで、
加工歪ε=2×ln(d
0/d
1) (2)
焼戻しパラメータP=T×{log(t)+(21.3−5.8×C)} (3)
であり、
d
0:熱間圧延線材の線径[mm]、d
1:拡散熱処理前の鋼線の線径[mm]、T:加熱温度[K]、t:加熱時間[h]、C:C量[質量%]である。
【0038】
拡散熱処理後、最終伸線を行い、線径を0.2〜0.4mmとする。線径が0.2〜0.4mmの極細ブラスめっき鋼線は、スチールコードなどのゴム製品の補強材として、好適に使用することができる。
【0039】
ブラスめっき極細鋼線をゴム製品の補強材として使用する場合、強度を高めると、線径を細くすることができる。ブラスめっき極細鋼線の線径が太くなると、ゴム製品が厚くなり、重量が増すため、タイヤの場合は、転がり抵抗が増加し、燃費の悪化につながる。より細い線径で、破断荷重を確保し、ゴム製品を軽量化するには、ブラスめっき極細鋼線の強度を3000MPa以上とすることが好ましい。
【0040】
ブラスめっきのめっき組成は、特に限定しないが、Cuの含有量が低下すると、βブラス率が増加する傾向がある。一方、Cuの含有量が増加すると、βブラス率は低下するものの、加硫後、ゴムとの接着性が劣化する場合がある。接着性を確保しつつ、βブラス率を低下させ、伸線加工性を確保するには、Cuの含有量を63〜67質量%とすることが好ましい。
【0041】
ブラスめっきのβブラスは硬質な相であり、βブラスの増加により伸線加工性が低下する。伸線加工性を確保するには、βブラス率を25%以下とすることが好ましい。βブラス率は、拡散熱処理後のブラスめっき鋼線の表面のめっきに含まれるαブラス及びβブラスのピーク強度をX線回折法によって測定し、αブラスとβブラスのピーク強度(第1ピークのカウント(cps)の数値)からα+βを100としたβの比率として求める。
【0042】
ブラスめっきに、更に、Co、Niの一方又は両方を添加することにより、αブラス相の安定域が広くなり、βブラス率が減少し、伸線加工性を向上させることができる。効果を得るには、Co、Niの含有量の下限は、何れも、0.1質量%以上にすることが好ましい。一方、Co、Niを過剰に含有させると、ブラスめっきが硬くなり、伸線加工性が悪化することがあるため、Co、Niの含有量の上限は、何れも、5.0質量%以下にすることが好ましい。ブラスめっきのCu、Co、Niの含有量は、Cuめっき、Znめっき、Coめっき、Niめっきの付着量、又は、Cuめっきの付着量、Zn−Co合金めっきの組成及び付着量、Zn−Ni合金めっきの組成及び付着量によって調整する。
【0043】
ブラスめっきに、Co、Niを含有させる方法は特に制限されない。例えば、電気めっきによって、Cuめっき、Znめっきに加えて、更に、Coめっき、Niめっきの一方又は両方を層状に形成し、拡散熱処理を施してもよい。また、例えば、電気めっきによって、Cuめっきを行った後、これに加えて、更に、Zn−Co合金めっき、Zn−Ni合金めっきの一方又は両方を形成し、拡散熱処理を施してもよい。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を示す。なお、この実施例は具体的な例に沿って説明を行うものであり、本発明を限定するものではない。
【0045】
表1に示す成分の鋼材を熱間圧延し、得られた熱間圧延線材を伸線加工し、地鉄表面に電気めっきによって、Cuめっきを形成し、更に、Znめっき、Zn−Co合金めっき、Zn−Ni合金めっきの何れかを層状に形成し、拡散熱処理を施し、ブラスめっきとした。熱間圧延線材の線径、伸線加工の加工歪、拡散熱処理の温度及び焼戻しパラメータ、ブラスめっきのCu含有量、Co又はNiの含有量を表2に示す。なお、No.20は、伸線加工の途中で、パテンティングを実施した。
【0046】
ブラスめっきのCu、Co、Niの含有量は、Cuめっき、Znめっき、Coめっき、Niめっきの付着量、又は、Cuめっきの付着量、Zn−Co合金めっきの組成及び付着量、Zn−Ni合金めっきの組成及び付着量によって調整した。拡散熱処理は高周波加熱によって行い、加熱温度(到達温度)、加熱時間(保持時間)及びC含有量から(3)式に基づいて焼戻しパラメータPを求めた。表2には、Si+Cr、(1)式右辺の値を記載している。βブラス率は、ブラスめっきに含まれるαブラス及びβブラスのピーク強度をX線回折法によって測定し、αブラスとβブラスのピーク強度の比率からα+βを100としたβの比率として求めた。
【0047】
拡散熱処理後、得られたブラスめっき線にエマルションタイプの湿式潤滑剤を用いて、表2に示す線径まで最終伸線を施し、極細ブラスめっき鋼線を得た。最終伸線の途中で断線が発生しなかった場合は伸線加工性を良好「○」と評価し、断線が発生した場合は伸線加工性を不良「×」と評価した。極細ブラスめっき線の強度を引張試験で測定し、延性はねじり試験によるデラミネーション(ねじり試験での縦割れ発生)の有無で判断した。デラミネーションなしの場合は延性を良好「○」と評価し、デラミネーションが発生した場合は延性を不良「×」と評価した。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
表1、2において、本発明範囲を外れる数値にアンダーラインを付している。なお、Si+Crが(1)式左辺を外れる場合はSi+Crの数値にアンダーラインを付し、(1)式右辺を外れる場合は(1)式右辺の値にアンダーラインを付した。
【0051】
No.1〜19は、成分及び製造条件を本発明の範囲内とし、伸線加工の途中ではパテンティングを行わず、めっきを合金化する拡散熱処理を行い、最終伸線した本発明例であり、伸線加工性、強度、延性が良好である。
【0052】
No.20は、従来技術の代表的な例であり、Si及びCrの含有量が少ない熱間圧延線材を伸線加工し、電気めっきを施す前にパテンティングを施し、製造した例である。No.1〜19の本発明例では、従来のプロセスで製造した例のNo.20と同等の伸線加工性、強度、延性が得られている。
【0053】
No.21〜36は、成分、製造条件の何れか1以上を本発明の範囲外とし、伸線加工の途中ではパテンティングを行わず、めっきを合金化する拡散熱処理を行い、最終伸線した比較例である。No.21はSi、Crが少なく、拡散熱処理により強度が大きく低下し、最終伸線で断線が発生した例である。
【0054】
No.22は熱間圧延線材の線径が太く本発明の上限(5.0mm)を外れたため極細ブラスめっき鋼線製造までの総加工歪みが大きく、Si+Crが少ないため延性が低下し、不安定破壊により強度が低くなった例である。No.23は、熱間圧延線材の線径が細く本発明の下限(3.0mm)を外れたため総加工歪みが小さく、焼き戻しパラメータPが小さく、βブラスが増加し、伸線加工性が低下し、極細ブラスめっき鋼線の強度が低下した例である。
【0055】
No.24は、伸線加工(拡散熱処理前まで)の加工歪みεが小さく本発明の下限(0.5)を外れ、極細線の強度が低下した例である。一方、No.25は伸線加工(拡散熱処理前まで)の加工歪みεが大きく本発明の上限(1.6)を外れ、Si+Crが少なく、拡散熱処理により強度が低下し、極細ブラスめっき鋼線の強度、延性がともに低下した例である。
【0056】
No.26は、Si+Crが少なく拡散熱処理の焼戻しパラメータが大きく、拡散熱処理での強度低下が大きく、最終伸線の途中で断線した例である。No.27は拡散熱処理の焼戻しパラメータが小さく、No.28は拡散熱処理の温度が低く、ブラスめっきの合金化が進まず、βブラスが多くなり、最終伸線で断線した例である。
【0057】
No.29はCが少なく、No.30はSi、Cr量とともにSi+Crも少なく、No.31はCrとともにSi+Crも少ない例であり、拡散熱処理で強度が低下し、極細ブラスめっき鋼線の強度及び延性が低下した例である。No.32はMn量が少なく、極細ブラスめっき鋼線の強度が低下した例である。No.33、34、35及び36は、それぞれ、Si量、Mn量、Cr量及びC量が多く、かつ33と35はSi+Crが2.5を超えて多いため延性が低下し、最終伸線で断線が発生した例である。