(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
地鉄と、該地鉄の表面に形成されたフォルステライト被膜と、該フォルステライト被膜上に形成された絶縁被膜と、を有し、表面に熱歪みによる磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板であって、
前記フォルステライト被膜の長手方向及び幅方向にわたる全ての箇所において、蛍光X線分析により測定されたTi強度のFe強度に対する比Ti/FeをR、前記熱歪みの歪み深さをD(μm)としたときに、以下の(1)〜(3)式を満たし、前記フォルステライト被膜の剥離がないことを特徴とする方向性電磁鋼板。
30≦D≦120 ・・・(1)
480R-50≦D≦480R+19 ・・・(2)
0.05≦R≦0.25 ・・・(3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の方法では、ある限られた条件では被膜密着性の評価ができても、鋼種や製造条件がわずかに異なるだけで輝度と密着性との関係がずれてしまい、十分に評価に耐えられるものとは必ずしもいいがたかった。そのため従来は、フォルステライト被膜が剥離しないように、鉄損を下げる観点から最適な照射エネルギーよりも低めの照射エネルギーで電子ビームやレーザーを照射せざるを得なかった。あるいは、鉄損をより低減するために強い照射エネルギーで磁区細分化処理を行うと、フォルステライト被膜が剥離してしまい、結果として低鉄損が得られないということもあった。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑み、フォルステライト被膜が地鉄から剥離することなく、低鉄損を達成する方向性電磁鋼板の製造方法を提供することを目的とする。なお、特許文献2に記載の方法は脱炭焼鈍時点の品質を評価するもので、最終製品としての方向性電磁鋼板における被膜密着性を直接評価するものではない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題の解決に向けて鋭意検討を重ねた。その結果、被膜密着性が低いほど、磁区細分化処理で与える熱歪み量を低くしても、処理後に被膜剥離が起きやすいこと、被膜密着性がフォルステライト被膜を蛍光X線分析して得たTi強度に依存することなどを見出した。これらの知見に基づき、蛍光X線分析によりTi強度を測定して、これにより被膜密着性を評価して、このTi強度に基づいて、磁区細分化処理で与える熱歪み量(例えば、電子ビームの照射エネルギー)を調整すれば、フォルステライト被膜が地鉄から剥離することなく低鉄損を達成できるとの着想を得た。
【0009】
本発明は、上記の知見及び着想によって完成されたものであり、その要旨構成は以下のとおりである。
[1]最終板厚とした地鉄を脱炭焼鈍し、
前記地鉄の表面に焼鈍分離剤を塗布し、
仕上げ焼鈍を施して、前記地鉄表面にフォルステライト被膜を形成し、
前記フォルステライト被膜上に絶縁コーティングを塗布し、
該絶縁コーティングの焼き付けを兼ねた平坦化焼鈍を施して、前記フォルステライト被膜上に絶縁被膜を形成して、方向性電磁鋼板を得て、
該方向性電磁鋼板の表面に熱歪みを与える磁区細分化処理を施す工程を有する方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記仕上げ焼鈍の後、前記磁区細分化処理の前のいずれかの段階で、前記フォルステライト被膜のいずれかの位置において、蛍光X線分析によりTi強度を測定し、
前記磁区細分化処理の工程では、測定されたTi強度に基づいて、与える熱歪み量を調整することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0010】
[2]前記磁区細分化処理の工程では、測定されたTi強度、及び、同一の成分かつ同一の製造工程で製造した方向性電磁鋼板について予め求めた、Ti強度とフォルステライト被膜の剥離が生じない最大の熱歪み量との関係に基づいて、与える熱歪み量を調整する上記[1]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0011】
[3]前記蛍光X線分析ではFe強度も測定し、
前記磁区細分化処理の工程では、測定されたTi強度のFe強度に対する比Ti/FeをR、前記熱歪み量の指標である歪み深さをD(μm)としたときに、以下の(1)式及び(2)式を満たすように、前記歪み深さDを調整する上記[1]に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
30≦D≦120 ・・・(1)
480R-50≦D≦480R+19 ・・・(2)
【0012】
[4]前記フォルステライト被膜の長手方向及び幅方向にわたる複数箇所において、蛍光X線分析を行い、
前記磁区細分化処理の工程では、前記方向性電磁鋼板の表面上の位置に応じて与える熱歪み量を調整する上記[1]〜[3]のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0013】
[5]前記磁区細分化処理の工程では、前記方向性電磁鋼板の表面にレーザー、プラズマ、及び電子ビームのいずれかを照射することで、前記熱歪みを与える上記[1]〜[4]のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0014】
[6]地鉄と、該地鉄の表面に形成されたフォルステライト被膜と、該フォルステライト被膜上に形成された絶縁被膜と、を有し、表面に熱歪みによる磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板であって、
前記フォルステライト被膜の長手方向及び幅方向にわたる全ての箇所において、蛍光X線分析により測定されたTi強度のFe強度に対する比Ti/FeをR、前記熱歪みの歪み深さをD(μm)としたときに、以下の(1)〜(3)式を満たすことを特徴とする方向性電磁鋼板。
30≦D≦120 ・・・(1)
480R-50≦D≦480R+19 ・・・(2)
0.05≦R≦0.25 ・・・(3)
【発明の効果】
【0015】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法によれば、フォルステライト被膜が地鉄から剥離することなく、低鉄損を達成した方向性電磁鋼板を得ることができる。また、本発明の方向性電磁鋼板は、フォルステライト被膜が地鉄から剥離することなく、低鉄損を達成できる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
まず、本発明を完成する契機となった実験について説明する。
【0018】
平坦化焼鈍後の方向性電磁鋼板コイル内での位置が異なる複数の箇所からサンプルを切り出し、それぞれの箇所について、以下の各種の試験を行った。
【0019】
1)蛍光X線によるTi強度及びFe強度を測定した。
2)800℃×2時間の歪取焼鈍後、直径の異なる複数の曲げ棒でサンプルを曲げて、フォルステライト被膜(以下、単に「被膜」ともいう。)が地鉄から剥離しなかった最小の曲げ径(非剥離最小曲げ径)を調査した。この方法は、曲げ密着性を評価する公知の手法である。非剥離最小曲げ径が小さいほど、優れた曲げ密着性を有する。
3)各種サンプルに、種々の照射エネルギーで電子ビームを照射し、照射後のサンプルの鉄損と、被膜の剥離有無を評価した。
4)電子ビーム照射部の断面をナノインデンターで測定し、以下の方法で歪み領域の深さを測定した。まず、鋼板表面の電子ビーム照射部の外延より1mm離れた位置の硬度を基準とし、その基準の硬度より10%以上硬度が大きい場所を「歪み導入領域」と定義した。そして、その歪み導入領域の最深部までの深さを「歪み深さ」と定義した。
【0020】
試験結果を以下に説明する。まず
図1に、蛍光X線分析によるTi強度と、非剥離最小曲げ径(すなわち曲げ密着性)との関係を示す。
図1に示すように、両者には良い相関が得られている。Ti強度が高いほど、曲げ密着性が良好となっていることがわかる。
【0021】
次に、これら種々の曲げ密着性を持つサンプルに、電子ビームを照射し、被膜の剥離有無を目視により評価した結果を
図2(A),(B)に示す。これらの図で、剥離が生じたサンプルは「×」、生じなかったサンプルは「○」でプロットした。
図2(A),(B)に示すように、曲げ密着性の良好なサンプル(またはTi強度の高いサンプル)では、高い照射エネルギーで電子ビームを照射しても被膜が剥がれにくいのに対し、曲げ密着性の劣ったサンプル(またはTi強度の低いサンプル)では、低い照射エネルギーで電子ビームを照射しても容易に被膜が剥離することがわかる。
【0022】
さらに、同じサンプルでの蛍光X線のTi/Fe強度比Rと歪み深さDとの関係をプロットしたものを
図3に示す。ここでも、剥離が生じたサンプルを「×」、生じなかったサンプルを「○」で示す。
図3に示すように、Ti強度比Rが高く歪み深さDが低いと剥離が生じにくくなり、Rが低くDが低いと剥離しやすい傾向が得られた。
【0023】
最後に、電子ビームの照射エネルギーと、被膜の剥離有無及び鉄損W
17/50との関係を
図4に示す。ここでも、剥離が生じたサンプルを「×」、生じなかったサンプルを「○」で示す。
図4に示すように、電子ビームの照射エネルギーを高めるにつれて鉄損は低下していくが、0.3J/cm
2を超えると却って鉄損は上昇する。また、剥離が生じなかったサンプルでは、同じ照射エネルギーでも剥離が生じたサンプルに比べて鉄損が低くなる傾向があった。
【0024】
以上のような結果が得られた原因について、本発明者らは以下のとおり考える。まず、曲げ密着性と蛍光X線のTi強度に相関(
図1)について説明する。従来から知られているとおり、焼鈍分離剤中にTiO
2を添加すると被膜密着性が改善する傾向がある。これは、仕上げ焼鈍中にTiO
2が分解して被膜中に取り込まれ、チタン酸マグネシウムや窒化チタンといった形態で存在するためと考えられる。すなわち、これらのTi化合物は、被膜の結晶粒界に濃化して粒界強度を高め、これにより被膜密着性が改善するものと考えられる。そして、本発明者らは、蛍光X線分析により被膜中のTi量を精度良く把握することができ、その結果、曲げ密着性と蛍光X線のTi強度に良い相関が得られることを見出したのである。
【0025】
次に、曲げ密着性の良否と磁区細分化処理後の被膜の剥離との関係について考察する。曲げ密着性は、曲げ棒で方向性電磁鋼板を曲げたときに、被膜が剥離するかどうかを試験する方法である。この曲げのときに、被膜−地鉄界面でせん断応力が働いて、このせん断応力により、被膜と地鉄を結びつけるアンカーのネック部分が破壊されて、被膜が剥離に至ると考えられる。これに対して、磁区細分化で熱ひずみを照射する場合も同じく、入熱後、冷却中に地鉄と被膜の熱膨張率差により被膜−地鉄界面にせん断応力が働くものと考えられる。磁区細分化処理では、照射部はきわめて短時間に多量の熱を与えられた後、すぐに冷却されるので、照射前後の温度変化も大きく、せん断応力も十分に強いため、破壊に至るものと考えられる。このように曲げ剥離試験と磁区細分化処理は同様なせん断応力により被膜の破壊が生じるために、両者の間に相関が生じるものと考えられる。
【0026】
最後に、電子ビーム照射等による熱歪み付与後の磁気特性の変化(
図4)について考察する。通常、電子ビームやレーザー等の照射エネルギーを高めると、磁区細分化効果が高まることにより渦電流損は低下するが、歪みによりヒステリシス損が上昇する。したがって、鉄損に最適な照射エネルギーが存在するため、
図4に示したような下に凸となる鉄損変化が得られるのは妥当である。ただし、注目すべきであるのは、この
図4で、被膜が剥離したサンプルは、いずれの照射エネルギーでも被膜が剥離しなかったサンプルに比べて鉄損は増大したことである。この理由は明確ではないが、被膜が損傷を受けることにより張力のかかり方が不均一になり、張力効果による鉄損低減効果が低下したためと考えられる。
【0027】
以上の点から、蛍光X線分析のTi強度により被膜密着性が評価できること、被膜密着性が高まることにより、磁区細分化処理での被膜の剥離が防止され、さらに鉄損もより改善する傾向が得られることがわかる。
【0028】
そこで本発明の方向性電磁鋼板の製造方法では、平坦化焼鈍後にフォルステライト被膜のいずれかの位置において蛍光X線分析によりTi強度を測定し、その後の磁区細分化処理の工程では、測定されたTi強度に基づいて、与える熱歪み量を調整することを特徴とする。
【0029】
具体的な第一の調整方法としては、同一の成分かつ同一の製造工程で製造した方向性電磁鋼板について、Ti強度と被膜の剥離が生じない最大の熱歪み量との関係を予め求めておき、この関係に基づいて、与える熱歪み量を調整することができる。
図2(B)では、所定の成分かつ所定の製造工程で製造した方向性電磁鋼板について、Ti強度と被膜の剥離が生じない最大の電子ビームの照射エネルギーとの関係が把握できる。そこで、この
図2(B)の試験に用いた方向性電磁鋼板と同一の成分かつ同一の製造工程で製造した方向性電磁鋼板に対する磁区細分化処理の工程では、
図2(B)に基づいて、被膜の剥離が生じない範囲のなるべく高い照射エネルギーで電子ビームを照射する。こうすることにより、被膜の剥離が生じることなく、鉄損を低下する効果を最大限に得ることができる。
【0030】
第二の調整方法としては、蛍光X線分析ではTi強度に加えFe強度も測定し、
図3の関係に基づいて、与える熱歪み量を調整することができる。
図3の関係は、所定の成分かつ所定の製造工程で製造した方向性電磁鋼板について、被膜の剥離が生じないTi/Fe強度比Rと歪み深さDとの関係を予め求めたものである。そこで、この
図3の試験に用いた方向性電磁鋼板と同一の成分かつ同一の製造工程で製造した方向性電磁鋼板に対する磁区細分化処理の工程では、蛍光X線分析により測定されたTi/Fe強度比Rに対して、歪み深さDが以下の(1)式及び(2)式を満たすように、与える熱歪み量(例えば、電子ビームの照射エネルギー)を調整する。
30≦D≦120 ・・・(1)
480R-50≦D≦480R+19 ・・・(2)
【0031】
なお、Ti/Fe強度比Rについては、0.05≦R≦0.25を充足することが好ましい。Ti/Fe強度比Rの調整方法としては、まず焼鈍分離剤に適量のTiO
2を添加することが前提条件である。その上で、仕上げ焼鈍時のH
2濃度を制御することでRを調整することができる。すなわち、H
2を仕上げ焼鈍の低温域から導入すると焼鈍分離剤中のTiO
2が還元されて被膜に取り込まれやすくなる結果、Rが大きくなる。一方、高温域までH
2の導入を行わないようにすると逆にRが小さくなる。
【0032】
ここで、蛍光X線分析は、フォルステライト被膜の長手方向及び幅方向にわたる複数箇所において行い、この測定結果に基づいて、磁区細分化処理の工程では、方向性電磁鋼板の表面上の位置に応じて与える熱歪み量を調整することが好ましい。この実施形態について以下詳細に説明する。
【0033】
既述のとおり、焼鈍分離剤中にTiO
2を添加すると被膜密着性が改善する傾向があることは知られている。しかしながら、たとえ焼鈍分離剤中のTiO
2量を一定に保っても、仕上げ焼鈍の温度や雰囲気など、様々な条件の微妙な変動でTiの被膜中への移行は妨げられる。例えば、通常、仕上げ焼鈍は、方向性電磁鋼板がコイル状に巻き取られた状態で行われるが、コイル内のホットポイントとコールドポイント、あるいは雰囲気に露出された部分と、雰囲気の影響を受けにくいコイル内部とでは被膜中へのTiの取り込み量は変化し、必ずしも方向性電磁鋼板の長手方向及び幅方向の全域で一定のTi量が被膜中に取り込まれるわけではない。つまり、方向性電磁鋼板の表面上の位置によって被膜密着性が異なる。
【0034】
従来の曲げ剥離試験は破壊試験であり、曲げ密着性を評価できる部位は全体のごく一部に過ぎず、方向性電磁鋼板の表面全域にわたって被膜密着性を把握することは難しかった。そのため、本来はもっと強く磁区細分化処理をして鉄損を低くできる部分であっても、最適な照射エネルギーよりも低めの条件で磁区細分化処理を施さざるを得なかった。
【0035】
しかしながら、蛍光X線分析は、フォルステライト被膜の長手方向及び幅方向にわたる複数箇所において行うことで、方向性電磁鋼板の表面全域にわたって被膜密着性を把握することができる。すなわち、測定箇所ごとにTi強度が異なる場合でも、当該測定箇所ごとに、測定されたTi強度に基づいて、被膜の剥離が生じない範囲のなるべく高い照射エネルギーを決定し、当該照射エネルギーで電子ビームを照射する。こうすることにより、方向性電磁鋼板の表面全域にわたって被膜の剥離が生じることなく、鉄損を低下する効果を最大限に得ることができる。
【0036】
磁区細分化された方向性電磁鋼板は、その後長さ及び幅を客先の要望のサイズに合わせて切断し、出荷される。本実施形態によれば、方向性電磁鋼板の部位ごとに最適な磁区細分化処理の条件を与えることができる。その結果、全体的に被膜が剥離することなく、鉄損を低減できる。さらに、被膜密着性の強い部分については従来以上の低鉄損を得られることになり、ユーザーの鉄損要求に応じた製品を幅広く提供できるようになる。
【0037】
本発明を適用する方向性電磁鋼板は、最終板厚とした地鉄を脱炭焼鈍し、前記地鉄の表面に焼鈍分離剤を塗布し、前記地鉄に仕上げ焼鈍を施して、前記地鉄表面にフォルステライト被膜を形成し、前記フォルステライト被膜上に絶縁コーティングを塗布し、該絶縁コーティングの焼き付けを兼ねた平坦化焼鈍を施して、前記フォルステライト被膜上に絶縁被膜を形成することにより得ることができる。なお、焼鈍分離剤にアルミナを用いる等の方法でフォルステライト被膜を形成しない方法もあるが、これは本発明の対象外である。
【0038】
方向性電磁鋼板の成分組成及び組織は、本発明が着目する被膜密着性との関連性が薄いため、特に限定されない。また、磁区細分化処理の前までの製造条件についても、一般的な条件に従えばよい。
【0039】
本発明では、仕上げ焼鈍後、未反応の焼鈍分離剤を除去してから、磁区細分化処理の前までのいずれかの段階で、蛍光X線分析を行えばよい。蛍光X線を用いる利点は、非破壊で簡便にフォルステライト被膜の表面全域にわたって、被膜密着性を把握できる点である。
【0040】
磁区細分化処理の工程では、方向性電磁鋼板の表面にレーザー、プラズマ、及び電子ビームのいずれかを照射することで、熱歪みを与えることができる。熱歪み量の調整は、レーザーの場合はレーザー出力及びスキャン速度を制御することにより、電子ビームの場合はビーム電流及びスキャン速度を制御することにより、プラズマの場合はプラズマ電流及びスキャン速度を制御することにより、それぞれ行うことができる。
【0041】
本発明の方向性電磁鋼板は、地鉄と、該地鉄の表面に形成されたフォルステライト被膜と、該フォルステライト被膜上に形成された絶縁被膜と、を有し、表面に熱歪みによる磁区細分化処理が施されている。そして、フォルステライト被膜の長手方向及び幅方向にわたる全ての箇所において、蛍光X線分析により測定されたTi強度のFe強度に対する比Ti/FeをR、前記熱歪みの歪み深さをD(μm)としたときに、以下の(1)〜(3)式を満たすことを特徴とする。
30≦D≦120 ・・・(1)
480R-50≦D≦480R+19 ・・・(2)
0.05≦R≦0.25 ・・・(3)
【0042】
Rが0.05未満であれば、Tiの被膜中への濃化量が少なすぎ、いかに磁区細分化処理を弱めても被膜が劣化するおそれがある。また、Rが0.25を超えると、Tiの濃化量が高すぎ、Tiの一部が地鉄の内部まで侵入して窒化物や炭化物を形成し、磁気特性を劣化させるおそれがある。
【0043】
歪み深さDは、浅すぎると磁区細分化による渦電流損低減効果が十分でなく、深すぎると、ヒステリシス損が増大しすぎていずれも全鉄損が増大するため、(1)式の範囲とした。
【0044】
DとRの関係については、480R-50≦D≦480R+19とする。被膜中のTi量が低ければそれに応じて熱歪み深さDを浅くすることで良好な被膜特性が得られるが、浅すぎると磁区細分化による鉄損低減効果が不十分となる。
【実施例】
【0045】
仕上げ焼鈍の終了した0.23mm厚の方向性電磁鋼板コイルを用意した。未反応の焼鈍分離剤を除去した後、フォルステライト被膜上に絶縁コーティングを塗布し、焼付けを兼ねて800℃×30秒の平坦化焼鈍を施し、コイルに巻き取った。その際に、蛍光X線装置により、コイルの全長及び全幅でTi強度及びFe強度を測定した。
【0046】
図5は、Ti/Fe強度比の分布を示すコイル展開図である。この結果から、仕上げ焼鈍時のコイル炉頂部の全長と炉床部の外巻部で密着性が低下していることが予測される。
【0047】
一方、上記コイルと同一の成分および同一の製造工程で製造した鋼板について、予め電子ビームの照射を行って調べたところ、歪み深さDが35μmとなる照射エネルギーは0.16J/cm
2、歪み深さDが90μmとなる照射エネルギーは0.25J/cm
2であった。
【0048】
これをもとに、D≦480R+19を満足するよう、Ti/Fe強度比Rが0.17より低くなるコイル炉長部全長と炉床再外巻部の照射エネルギーを0.16J/cm
2、それ以外の部分の照射エネルギーを0.25J/cm
2として電子ビームを照射した。その結果、コイルの全長及び全幅で被膜の剥離がないことを目視により確認した。
【0049】
また、得られたコイルの鉄損は、0.16J/cm
2照射した部位で0.72W/kg、それ以外の部分で0.70W/kgと良好な値が得られ、コイルの多くの部分をより低い鉄損値とすることができた。