特許第6237853号(P6237853)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6237853
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】軟磁性合金
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/153 20060101AFI20171120BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20171120BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20171120BHJP
【FI】
   H01F1/153 133
   !C22C38/00 303S
   !C21D6/00 C
【請求項の数】5
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-194609(P2016-194609)
(22)【出願日】2016年9月30日
【審査請求日】2017年5月22日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】吉留 和宏
(72)【発明者】
【氏名】松元 裕之
(72)【発明者】
【氏名】米澤 祐
(72)【発明者】
【氏名】後藤 将太
(72)【発明者】
【氏名】横田 英明
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 暁斗
(72)【発明者】
【氏名】小枝 真仁
(72)【発明者】
【氏名】野老 誠吾
【審査官】 池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−125135(JP,A)
【文献】 特開平04−361505(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00−8/00
C21D 6/00−6/04
C22C 1/04−1/05
5/00−25/00
27/00−28/00
30/00−30/06
33/02
35/00−45/10
H01F 1/12−1/38
1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Feを主成分とする軟磁性合金であって、
前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、
互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μmあたりの仮想線合計距離が10mm〜25mmであり、
仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であることを特徴とする軟磁性合金。
【請求項2】
前記仮想線の距離の標準偏差が6nm以下である請求項1に記載の軟磁性合金。
【請求項3】
距離が4nm以上16nm以下である前記仮想線の存在割合が80%以上である請求項1または2に記載の軟磁性合金。
【請求項4】
前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合が25vol%以上50vol%以下である請求項1〜3のいずれかに記載の軟磁性合金。
【請求項5】
前記Fe組成ネットワーク相の含有体積割合が30vol%以上40vol%以下である請求項1〜4のいずれかに記載の軟磁性合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性合金に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子・情報・通信機器等において低消費電力化および高効率化が求められている。さらに、低炭素化社会へ向け、上記の要求が一層強くなっている。そのため、電子・情報・通信機器等の電源回路にも、エネルギー損失の低減や電源効率の向上が求められている。そして、電源回路に使用させる磁器素子の磁心には透磁率の向上およびコアロス(磁心損失)の低減が求められている。コアロスを低減すれば、電力エネルギーのロスが小さくなり、高効率化および省エネルギー化が図られる。
【0003】
特許文献1には、粉末の粒子形状を変化させることにより、透磁率が大きく、コアロスが小さく、磁心に適した軟磁性合金粉末を得たことが記載されている。しかし、現在ではさらに透磁率が大きく、コアロスが小さい磁心が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−30924号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
磁心のコアロスを低減する方法として、磁心を構成する磁性体の保磁力を低減することが考えられる。
【0006】
本発明の目的は、保磁力が低く、かつ、透磁率が高い軟磁性合金を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明に係る軟磁性合金は、
Feを主成分とする軟磁性合金であって、
前記軟磁性合金はFe含有量が前記軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなり、
前記Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有し、
互いに隣接する前記極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、前記軟磁性合金1μmあたりの仮想線合計距離が10mm〜25mmであり、
仮想線平均距離が6nm以上12nm以下であることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る軟磁性合金は、上記のFe組成ネットワーク相を有することで、保磁力が低く、かつ、透磁率が高くなる。
【0009】
本発明に係る軟磁性合金は、前記仮想線の距離の標準偏差が6nm以下であることが好ましい。
【0010】
本発明に係る軟磁性合金は、距離が4nm以上16nm以下である前記仮想線の存在割合が80%以上であることが好ましい。
【0011】
本発明に係る軟磁性合金は、前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合が25vol%以上50vol%以下であることが好ましい。
【0012】
本発明に係る軟磁性合金は、前記Fe組成ネットワーク相の含有体積割合が30vol%以上40vol%以下であることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態における軟磁性合金のFe濃度分布を三次元アトムプローブで観察した写真である。
図2】本発明の一実施形態における軟磁性合金が有するネットワーク構造モデルの写真である。
図3】極大点を探索する工程の模式図である。
図4】極大点を全て結ぶ仮想線を生成した状態の模式図である。
図5】Fe含有量が平均値を超える領域と平均値以下の領域とに区分した状態の模式図である。
図6】Fe含有量が平均値以下の領域を通過する仮想線を削除した状態の模式図である。
図7】三角形内部にFe含有量が平均値以下の部分がない場合に、三角形を形成する仮想線のうち最も長い仮想線を削除した状態の模式図である。
図8】単ロール法の模式図である。
図9】各組成における仮想線の長さと仮想線数割合との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0015】
本実施形態に係る軟磁性合金は、Feを主成分とする軟磁性合金である。「Feを主成分とする」とは、具体的には、軟磁性合金全体に占めるFeの含有量が65原子%以上である軟磁性合金を指す。
【0016】
本実施形態に係る軟磁性合金の組成は、Feを主成分とする点以外には特に制限はない。Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金やFe−M−B−C系の軟磁性合金が例示されるが、その他の軟磁性合金でもよい。
【0017】
なお、以下の記載では、軟磁性合金の各元素の含有率について、特に母数の記載が無い場合は、軟磁性合金全体を100原子%とする。
【0018】
Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金を用いる場合には、Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の組成をFeCuSiと表す場合に、以下の式を満たすことが好ましい。以下の式を満たすことにより、後述する仮想線合計距離が大きくなる傾向にあり、好ましいFe組成ネットワーク相を得ることが容易になる傾向にある。さらに、保磁力が低く透磁率が高い軟磁性合金を得ることが容易になる傾向にある。なお、下記組成からなる軟磁性合金は原材料が比較的安価となる。本願におけるFe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金には、f=0、すなわち、Cを含有しない軟磁性合金も含まれるものとする。
【0019】
a+b+c+d+e+f=100
0.1≦b≦3.0
1.0≦c≦10.0
11.5≦d≦17.5
7.0≦e≦13.0
0.0≦f≦4.0
【0020】
Cuの含有量(b)は、0.1〜3.0原子%であることが好ましく、0.5〜1.5原子%であることがより好ましい。また、Cuの含有量が少ないほど、後述する単ロール法により軟磁性合金からなる薄帯を作製し易くなる傾向にある。
【0021】
Mは遷移金属元素である。好ましくは、Nb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,Moからなる群から選択される1種以上である。また、MとしてNbを含有することが好ましい。
【0022】
Mの含有量(c)は、1.0〜10.0原子%であることが好ましく、3.0〜5.0原子%であることがより好ましい。
【0023】
Siの含有量(d)は、11.5〜17.5原子%であることが好ましく、13.5〜15.5原子%であることがより好ましい。
【0024】
Bの含有量(e)は、7.0〜13.0原子%であることが好ましく、9.0〜11.0原子%であることがより好ましい。
【0025】
Cの含有量(f)は、0.0〜4.0原子%であることが好ましく、Cを添加することで非晶質性が向上する。
【0026】
なお、Feは、いわば本実施形態にかかるFe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の残部である。
【0027】
また、Fe−M−B−C系の軟磁性合金を用いる場合には、Fe−M−B−C系の軟磁性合金の組成をFeαβγΩと表す場合に、以下の式を満たすことが好ましい。以下の式を満たすことにより、後述する仮想線合計距離が大きくなる傾向にあり、好ましいFe組成ネットワーク相を得ることが容易になる傾向にある。さらに、保磁力が低く透磁率が高い軟磁性合金を得ることが容易になる傾向にある。なお、下記組成からなる軟磁性合金は原材料が比較的安価となる。本願におけるFe−M−B−C系の軟磁性合金には、Ω=0、すなわち、Cを含有しない軟磁性合金も含まれるものとする。
【0028】
α+β+γ+Ω=100
1.0≦β≦14.1
2.0≦γ≦20.0
0.0≦Ω≦4.0
【0029】
Mは遷移金属元素である。好ましくは、Nb,Cu,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上である。また、MとしてNb,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上を含有することがさらに好ましい。
【0030】
Mの含有量(β)は、1.0〜14.1原子%であることが好ましく、7.0〜10.1原子%であることがさらに好ましい。
【0031】
また、Mに含まれるCuの含有量は、軟磁性合金全体を100原子%として0.0〜2.0原子%であることが好ましく、0.1〜1.0原子%であることがさらに好ましい。ただし、Mの含有量が7.0原子%未満の場合には、Cuを含まない方が好ましい場合もある。
【0032】
Bの含有量(γ)は、2.0〜20.0原子%であることが好ましい。また、MとしてNbを含む場合には4.5〜18.0原子%であることが好ましく、MとしてZrおよび/またはHfを含む場合には2.0〜8.0原子%であることが好ましい。Bの含有量が小さいほど非晶質性が低下する傾向にある。Bの含有量が大きいほど後述する極大点の数が減少する傾向にある。
【0033】
Cの含有量(Ω)は、0.0〜4.0原子%であることが好ましい。Cを添加することにより非晶質性が向上する傾向にある。Cの含有量が大きいほど後述する極大点の数が減少する傾向にある。
【0034】
ここで、本実施形態に係る軟磁性合金が有するFe組成ネットワーク相について説明する。
【0035】
Fe組成ネットワーク相とは、軟磁性合金の平均組成よりもFeの含有量が高い相のことである。本実施形態に係る軟磁性合金のFe濃度分布を3次元アトムプローブ(以下、3DAPと表記する場合がある)を用いて厚み5nmで観察すると図1のようにFe含有量が高い部分がネットワーク状に分布している状態が観察できる。当該分布を三次元化した模式図が図2である。なお、図1は後述する実施例、試料No.39に対して3DAPを用いて観察した結果である。
【0036】
従来のFe含有軟磁性合金は複数のFe含有量が高い部分がそれぞれ球体形状または略球体形状をなし、Fe含有量が低い部分を介してバラバラに存在していた。本実施形態に係る軟磁性合金は、図2のようにFe含有量が高い部分がネットワーク状に繋がって分布していることに特徴がある。
【0037】
Fe組成ネットワーク相の態様は、後述する仮想線合計距離および仮想線平均距離を測定することにより定量化することができる。
【0038】
以下、本実施形態におけるFe組成ネットワーク相の解析手順について図面を用いて説明することにより、仮想線合計距離および仮想線平均距離の算出方法について説明する。
【0039】
まず、Fe組成ネットワーク相の極大点の定義と極大点の確認方法について説明する。Fe組成ネットワーク相の極大点とは、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなる点のことである。
【0040】
1辺の長さが40nmの立方体を測定範囲とし、当該立方体を1辺の長さが1nmの立方体形状のグリッドごとに分割する。すなわち、一つの測定範囲にグリッドが40×40×40=64000個存在する。
【0041】
次に、各グリッドに含まれるFe含有量を評価する。そして、全てのグリッドにおけるFe含有量の平均値(以下、閾値と表記することがある)を算出する。当該Fe含有量の平均値は、各軟磁性合金の平均組成から算出される値と実質的に同等な値となる。
【0042】
次に、Fe含有量が閾値を超えるグリッドであり、全ての隣接グリッドのFe含有量以上のFe含有量であるグリッドを極大点とする。図3には極大点を探索する工程を示すモデルを示す。各グリッド10の内部に記載した数字が各グリッドに含まれるFe含有量を表す。隣接する全ての隣接グリッド10bのFe含有量以上のFe含有量であるグリッドを極大点10aとする。
【0043】
また、図3には、1個の極大点10aに対して8個の隣接グリッド10bが記載されているが、実際には、図3の極大点10aの手前および奥にも隣接グリッド10bが9個ずつ存在する。すなわち、1つの極大点10aに対して隣接グリッド10bが26個存在する。
【0044】
また、測定範囲の端部に位置するグリッド10については、測定範囲の外側についてFe含有量0のグリッドが存在するとみなす。
【0045】
次に、図4に示すように、測定範囲に含まれる全極大点10a間を結ぶ線分を生成する。また、この線分が仮想線である。仮想線を結ぶ際には、各グリッドの中心と中心とを結ぶ。なお、図4図7においては、説明の便宜上、極大点10aを丸印で表記する。丸印の内部に記載された数字はFe含有量である。
【0046】
次に、図5に示すように、閾値よりも高いFe含有量である領域(=Fe組成ネットワーク相)20aおよび閾値以下のFe含有量である領域20bを区分けする。そして、図6に示すように、領域20bを通過する仮想線を削除する。
【0047】
また、40nm×40nm×40nmの測定範囲内の最表面に存在するグリットの極大点と、同一最表面に存在する別のグリッドの極大点と、を結ぶ仮想線は削除する。また、後述する仮想線平均距離及び仮想線標準偏差を算出するときには、最表面に存在するグリッドの極大点を通る仮想線を計算から除外する。
【0048】
次に、図7に示すように、仮想線が三角形を構成する部分であって当該三角形の内側に領域20bがない場合には、当該三角形を構成する三本の仮想線のうち、最も長い線分を一本削除する。最後に、極大点同士が隣接するグリッドにある場合について、その極大点同士を結ぶ仮想線を削除する。
【0049】
測定範囲内に残った仮想線の長さを合計することで仮想線合計距離を算出する。さらに、仮想線の本数を算出し、仮想線1本当たりの距離である仮想線平均距離を算出する。
【0050】
なお、仮想線を有さない極大点、および、仮想線を有さない極大点の周囲に存在している閾値よりも高いFe含有量である領域もFe組成ネットワーク相に含まれるとする。
【0051】
以上に示す測定は、それぞれ異なる測定範囲で数回行うことで、算出される結果の精度を十分に高いものとすることができる。好ましくは、それぞれ異なる測定範囲で3回以上、測定を行う。
【0052】
本実施形態に係る軟磁性合金が有するFe組成ネットワーク相は、軟磁性合金1μmあたりの仮想線合計距離が10mm〜25mmである。仮想線平均距離、すなわち仮想線の距離の平均が6nm以上12nm以下である。
【0053】
本実施形態に係る軟磁性合金は、仮想線合計距離および仮想線平均距離が上記の範囲内であるFe組成ネットワーク相を有することにより、保磁力が低く透磁率が高く、特に高周波での軟磁性特性に優れた軟磁性合金を得ることができる。
【0054】
好ましくは、前記仮想線の距離の標準偏差が6nm以下である。
【0055】
好ましくは、距離が4nm以上16nm以下である前記仮想線の存在割合が80%以上である。
【0056】
さらに、前記軟磁性合金全体に占める前記Fe組成ネットワーク相の体積割合(閾値よりも高いFe含有量である領域20aおよび閾値以下のFe含有量である領域20bの合計に占める閾値よりも高いFe含有量である領域20aの体積割合)が25vol%以上50vol%以下であることが好ましく、30vol%以上40vol%以下であることがさらに好ましい。
【0057】
Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の場合とFe−M−B−C系の軟磁性合金の場合とを比較すると、仮想線合計距離はFe−M−B−C系の軟磁性合金の場合の方が長い傾向にある。また、仮想線平均距離はFe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の場合の方が長い傾向にある。
【0058】
そして、Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の場合とFe−M−B−C系の軟磁性合金の場合とを比較すると、保磁力はFe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の方が低い傾向にあり、透磁率はFe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の方が高い傾向にある。
【0059】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法について説明する
【0060】
本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法には特に限定はない。例えば単ロール法により本実施形態に係る軟磁性合金の薄帯を製造する方法がある。
【0061】
単ロール法では、まず、最終的に得られる軟磁性合金に含まれる各金属元素の純金属を準備し、最終的に得られる軟磁性合金と同組成となるように秤量する。そして、各金属元素の純金属を溶解し、混合して母合金を作製する。なお、前記純金属の溶解方法には特に制限はないが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる軟磁性合金とは通常、同組成となる。
【0062】
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(浴湯)を得る。溶融金属の温度には特に制限はないが、例えば1200〜1500℃とすることができる。
【0063】
単ロール法に用いられる装置の模式図を図8に示す。本実施形態に係る単ロール法においては、チャンバー35内部において、ノズル31から溶融金属32を矢印の方向に回転しているロール33へ噴射し供給することでロール33の回転方向へ薄帯34が製造される。なお、本実施形態ではロール33の材質には特に制限はない。例えばCuからなるロールが用いられる。
【0064】
単ロール法においては、主にロール33の回転速度を調整することで得られる薄帯の厚さを調整することができるが、例えばノズル31とロール33との間隔や溶融金属の温度などを調整することでも得られる薄帯の厚さを調整することができる。薄帯の厚さには特に制限はないが、例えば15〜30μmとすることができる。
【0065】
後述する熱処理前の時点では、薄帯は非晶質であることが好ましい。非晶質である薄帯に対して後述する熱処理を施すことにより、上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得ることができる。
【0066】
なお、熱処理前の軟磁性合金の薄帯が非晶質か否かを確認する方法には特に制限はない。ここで、薄帯が非晶質であるとは、薄帯に結晶が含まれていないということである。例えば、粒径0.01〜10μm程度の結晶の有無については、通常のX線回折測定により確認することができる。また、上記の非晶質中に結晶が存在するが結晶の体積割合が小さい場合には、通常のX線回折測定では結晶がないと判断されてしまう。この場合の結晶の有無については、例えば、イオンミリングにより薄片化した試料に対して、透過電子顕微鏡を用いて、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像または高分解能像を得ることで確認できる。制限視野回折像またはナノビーム回折像を用いる場合、回析パターンにおいて非晶質の場合にはリング状の回折が形成されるのに対し、非晶質ではない場合には結晶構造に起因した回折斑点が形成される。また、明視野像または高分解能像を用いる場合には、倍率1.00×10〜3.00×10倍で目視にて観察することで結晶の有無を確認できる。なお、本明細書では、通常のX線回折測定により結晶が有ることが確認できる場合には「結晶が有る」とし、通常のX線回折測定では結晶が有ることが確認できないが、イオンミリングにより薄片化した試料に対して、透過電子顕微鏡を用いて、制限視野回折像、ナノビーム回折像、明視野像または高分解能像を得ることで結晶が有ることが確認できる場合には、「微結晶が有る」とする。
【0067】
ここで、本発明者らは、ロール33の温度およびチャンバー35内部の蒸気圧を適切に制御することで、熱処理前の軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなり、熱処理後に好ましいFe組成ネットワーク相を得られやすくなることを見出した。具体的には、ロール33の温度を50〜70℃、好ましくは70℃とし、露点調整を行ったArガスを用いてチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下、好ましくは4hPa以下とすることにより、軟磁性合金の薄帯を非晶質にしやすくなることを見出した。
【0068】
従来、単ロール法においては、冷却速度を向上させ、溶融金属32を急冷させることが好ましいと考えられており、溶融金属32とロール33との温度差を広げることで冷却速度を向上させることが好ましいと考えられていた。そのため、ロール33の温度は通常、5〜30℃程度とすることが好ましいと考えられていた。しかし、本発明者らは、ロール33の温度を50〜70℃と従来の単ロール法より高温にし、さらにチャンバー35内部の蒸気圧を11hPa以下とすることで、溶融金属32が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくなることを見出した。なお、チャンバー内部の蒸気圧の下限は特に存在しない。露点調整したアルゴンを充填して蒸気圧を1hPa以下にしてもよく、真空に近い状態として蒸気圧を1hPa以下にしてもよい。また、蒸気圧が高くなると熱処理前の薄帯を非晶質にしにくくなり、非晶質になっても、後述する熱処理後に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得にくくなる。
【0069】
得られた薄帯34を熱処理することで上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得ることができる。この際に薄帯34が完全な非晶質であると上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得やすくなる。
【0070】
熱処理条件には特に制限はない。軟磁性合金の組成により好ましい熱処理条件は異なる。通常、好ましい熱処理温度は概ね500〜600℃、好ましい熱処理時間は概ね0.5〜10時間となる。しかし、組成によっては上記の範囲を外れたところに好ましい熱処理温度および熱処理時間が存在する場合もある。
【0071】
また、本実施形態に係る軟磁性合金を得る方法として、上記した単ロール法以外にも、例えば水アトマイズ法またはガスアトマイズ法により本実施形態に係る軟磁性合金の粉体を得る方法がある。以下、ガスアトマイズ法について説明する。
【0072】
ガスアトマイズ法では、上記した単ロール法と同様にして1200〜1500℃の溶融合金を得る。その後、前記溶融合金をチャンバー内で噴射させ、粉体を作製する。
【0073】
このとき、ガス噴射温度を50〜100℃とし、チャンバー内の蒸気圧4hPa以下とすることで、最終的に上記の好ましいFe組成ネットワーク相を得やすくなる。
【0074】
ガスアトマイズ法で粉体を作製した後に、500〜650℃で0.5〜10分、熱処理を行うことで、各粉体同士が焼結し粉体が粗大化することを防ぎつつ元素の拡散を促し、熱力学的平衡状態に短時間で到達させることができ、歪や応力を除去することができ、Fe組成ネットワーク相を得やすくなる。そして、特に高周波領域において良好な軟磁性特性を有する軟磁性合金粉末を得ることができる。
【0075】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されない。
【0076】
本実施形態に係る軟磁性合金の形状には特に制限はない。上記した通り、薄帯形状や粉末形状が例示されるが、それ以外にもブロック形状等も考えられる。
【0077】
本実施形態に係る軟磁性合金の用途には特に制限はない。例えば、磁心が挙げられる。インダクタ用、特にパワーインダクタ用の磁心として好適に用いることができる。本実施形態に係る軟磁性合金は、磁心の他にも薄膜インダクタ、磁気ヘッド、変圧トランスにも好適に用いることができる。
【0078】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金から磁心およびインダクタを得る方法について説明するが、本実施形態に係る軟磁性合金から磁心およびインダクタを得る方法は下記の方法に限定されない。
【0079】
薄帯形状の軟磁性合金から磁心を得る方法としては、例えば、薄帯形状の軟磁性合金を巻き回す方法や積層する方法が挙げられる。薄帯形状の軟磁性合金を積層する際に絶縁体を介して積層する場合には、さらに特性を向上させた磁芯を得ることができる。
【0080】
粉末形状の軟磁性合金から磁心を得る方法としては、例えば、適宜バインダと混合した後、金型を用いて成形する方法が挙げられる。また、バインダと混合する前に、粉末表面に酸化処理や絶縁被膜等を施すことにより、比抵抗が向上し、より高周波帯域に適合した磁心となる。
【0081】
成形方法に特に制限はなく、金型を用いる成形やモールド成形などが例示される。バインダの種類に特に制限はなく、シリコーン樹脂が例示される。軟磁性合金粉末とバインダとの混合比率にも特に制限はない。例えば軟磁性合金粉末100質量%に対し、1〜10質量%のバインダを混合させる。
【0082】
例えば、軟磁性合金粉末100質量%に対し、1〜5質量%のバインダを混合させ、金型を用いて圧縮成形することで、占積率(粉末充填率)が70%以上、1.6×10A/mの磁界を印加したときの磁束密度が0.4T以上、かつ比抵抗が1Ω・cm以上である磁心を得ることができる。上記の特性は、一般的なフェライト磁心よりも優れた特性である。
【0083】
また、例えば、軟磁性合金粉末100質量%に対し、1〜3質量%のバインダを混合させ、バインダの軟化点以上の温度条件下の金型で圧縮成形することで、占積率が80%以上、1.6×10A/mの磁界を印加したときの磁束密度が0.9T以上、かつ比抵抗が0.1Ω・cm以上である圧粉磁心を得ることができる。上記の特性は、一般的な圧粉磁心よりも優れた特性である。
【0084】
さらに、上記の磁心を成す成形体に対し、歪取り熱処理として成形後に熱処理することで、さらにコアロスが低下し、有用性が高まる。
【0085】
また、上記磁心に巻線を施すことでインダクタンス部品が得られる。巻線の施し方およびインダクタンス部品の製造方法には特に制限はない。例えば、上記の方法で製造した磁心に巻線を少なくとも1ターン以上巻き回す方法が挙げられる。
【0086】
さらに、軟磁性合金粒子を用いる場合には、巻線コイルが磁性体に内蔵されている状態で加圧成形し一体化することでインダクタンス部品を製造する方法がある。この場合には高周波かつ大電流に対応したインダクタンス部品を得やすい。
【0087】
さらに、軟磁性合金粒子を用いる場合には、軟磁性合金粒子にバインダおよび溶剤を添加してペースト化した軟磁性合金ペースト、および、コイル用の導体金属にバインダおよび溶剤を添加してペースト化した導体ペーストを交互に印刷積層した後に加熱焼成することで、インダクタンス部品を得ることができる。あるいは、軟磁性合金ペーストを用いて軟磁性合金シートを作製し、軟磁性合金シートの表面に導体ペーストを印刷し、これらを積層し焼成することで、コイルが磁性体に内蔵されたインダクタンス部品を得ることができる。
【0088】
ここで、軟磁性合金粒子を用いてインダクタンス部品を製造する場合には、最大粒径が篩径で45μm以下、中心粒径(D50)が30μm以下の軟磁性合金粉末を用いることが、優れたQ特性を得る上で好ましい。最大粒径を篩径で45μm以下とするために、目開き45μmの篩を用い、篩を通過する軟磁性合金粉末のみを用いてもよい。
【0089】
最大粒径が大きな軟磁性合金粉末を用いるほど高周波領域でのQ値が低下する傾向があり、特に最大粒径が篩径で45μmを超える軟磁性合金粉末を用いる場合には、高周波領域でのQ値が大きく低下する場合がある。ただし、高周波領域でのQ値を重視しない場合には、バラツキの大きな軟磁性合金粉末を使用可能である。バラツキの大きな軟磁性合金粉末は比較的安価で製造できるため、バラツキの大きな軟磁性合金粉末を用いる場合には、コストを低減することが可能である。
【実施例】
【0090】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。
【0091】
(実験1:試料No.1〜No.25
Fe:73.5原子%、Si:13.5原子%、B:9.0原子%、Nb:3.0原子%、Cu:1.0原子%の組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
【0092】
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属とした後に、規定ロール温度及び規定蒸気圧下で単ロール法により前記金属をロールに噴射させ、薄帯を作成した。また、ロールの回転数を適切に調整することで得られる薄帯の厚さを20μmとした。次に、作製した各薄帯に対して熱処理を行い、単板状の試料を得た。
【0093】
実験1では、ロールの温度、蒸気圧および熱処理条件を変化させて表1に示す各試料を作製した。露点調整を行ったArガスを用いることで蒸気圧を調整した。
【0094】
また、熱処理前の各薄帯に対してX線回折測定を行い、結晶の有無を確認した。さらに、透過電子顕微鏡を用いて制限視野回折像および30万倍で明視野像を観察し微結晶の有無を確認した。その結果、各実施例の薄帯には結晶および微結晶が存在せず非晶質であることを確認した。
【0095】
そして、各薄帯を熱処理した後の各試料の保磁力、周波数1kHzでの透磁率および周波数1MHzでの透磁率を測定した。結果を表1に示す。本実施例では、保磁力は1.0A/m以下である場合を良好とした。周波数1kHzでの透磁率は9.0×10以上である場合を良好とした。また、周波数1MHzでの透磁率は2.3×10以上である場合を良好とした。
【0096】
さらに、各試料について3DAP(3次元アトムプローブ)を用いて、仮想線合計距離、仮想線平均距離、仮想線標準偏差について測定した。さらに、長さ4〜16nmの仮想線の存在割合およびFeネットワーク組成相の体積割合を測定した。結果を表1に示す。なお、仮想線合計距離欄に「<1」と記載した試料は、Fe極大点とFe極大点との間に仮想線が存在しない試料である。ただし、Fe極大点とFe極大点とが隣接している場合には、仮想線合計距離を算出する際に、二つの隣接しているFe極大点の間に、極めて短い仮想線が存在しているとされる場合がある。その結果、仮想線合計距離が0.0001mm/μmであるとされる場合がある。したがって、本願では仮想線合計距離が0mm/μmであるとされる場合と、0.0001mm/μmであるとされる場合とを含む記載として、仮想線合計距離欄に「<1」と記載している。なお、仮想線平均距離および仮想線標準偏差を算出する際には、そのような極めて短い仮想線は存在しないとして算出する。
【0097】
【表1】
【0098】
表1より、ロール温度が50〜70℃であり、かつ30℃のチャンバー内において11hPa以下に蒸気圧を制御し、熱処理条件が500〜600℃で0.5〜10時間である実施例では非晶質の薄帯が得られた。そして、当該薄帯を熱処理することで、良好なFeネットワークを形成した。そして、保磁力が低下し、透磁率が向上した。
【0099】
これに対し、ロール温度が30℃の比較例(試料No.22〜25)、もしくは、ロール温度が50℃または70℃であり、11hPaより蒸気圧が高い比較例(試料No.1,2,16,17)では、熱処理後、好ましいFeネットワーク相の条件となる仮想線合計距離および/または仮想線平均距離が所定の範囲外であるか、仮想線が観察されない傾向があった。すなわち、薄帯製造時にロール温度が低すぎる場合および蒸気圧が高すぎる場合には、薄帯を熱処理した後に、良好なFeネットワークが形成できなかった。
【0100】
また、熱処理温度が低すぎる場合(試料No.11)および熱処理時間が短すぎる場合(試料No.7)では好ましいFeネットワークが形成されなかった。そして、実施例より保磁力が高く、透磁率が低くなった。また、熱処理温度が高い場合(試料No.15)および熱処理時間が長すぎる場合(試料No.10)ではFeの極大点が減少する傾向があった。また、試料No.15においては熱処理温度を高くすると保磁力が急激に悪化し、透磁率が急激に減少する傾向があった。これは、軟磁性合金の一部がボライド(FeB)を形成したためであると考える。また、試料No.15がボライドを形成していることはX線回折測定を用いて確認した。
【0101】
(実験2)
母合金の組成を変化させロール温度を70℃としチャンバー内の蒸気圧を4hPaとして実験1と同様にして実験を行った。また熱処理温度に関しては、各組成について450℃,500℃,550℃,600℃および650℃で熱処理を行い、保磁力が最低になる温度を熱処理温度とした。そして、表2および表3には、前記保磁力が最低となる温度における特性を記載した。すなわち、試料によって熱処理温度が異なる。Fe−Si−M−B−Cu−C系の組成で実験を行った結果を表2に、Fe−M−B−C系の組成で実験を行った結果を表3に示す。
【0102】
Fe−Si−M−B−Cu−C系の組成の場合には、上記の良好なFeネットワークが形成され保磁力は2.0A/m以下である場合を良好とした。周波数1kHzでの透磁率は5.0×10以上である場合を良好とした。また、周波数1MHzでの透磁率は2.0×10以上である場合を良好とした。Fe−M−B−C系の組成の場合には、保磁力は20A/m以下である場合を良好とした。周波数1kHzでの透磁率は2.0×10以上である場合を良好とした。また、周波数1MHzでの透磁率は1.3×10以上である場合を良好とした。
【0103】
また、試料No.39について3DAPを用いて厚み5nmで観察した。結果を図1に示す。図1より、試料No.39の実施例では、Fe含有量が高い部分がネットワーク状に分布していることが分かる。
【0104】
【表2】
【0105】
【表3】
【0106】
表2および表3に示すように母合金の組成を変化させても単ロール法でロール温度を70℃かつ蒸気圧を4hPaにして得られる薄帯が非晶質を形成することができ、かつ適正な温度で熱処理を行うことで、好ましいFe組成ネットワーク相が形成され、保磁力が低下し、透磁率が向上した。
【0107】
表2に示すFe−Si−M−B−Cu−C系の組成を有する実施例では極大点の数が比較的少なく、表3に示すFe−M−B−C系の組成を有する実施例では極大点の数が比較的多い傾向にあった。
【0108】
表2に示すFe−Si−M−B−Cu−C系組成、特に試料No.32〜36では、Cuを少量添加することでFeの極大点の数が増える傾向にあった。また、Cuの含有量が多すぎると単ロール法で得られる熱処理前の薄帯が結晶を含み、良好なFeネットワークを形成されない傾向があった。
【0109】
表2に示すFe−Si−M−B−Cu−C系組成、特に試料No43から47では、Nbの含有量が少ない試料ほど単ロール法で得られる薄帯が結晶を含みやすい傾向を示した。またNbの含有量が3〜5原子%の範囲外である場合には、Nbの含有量が3〜5原子%の範囲内である場合と比較して仮想線合計距離が減少し透磁率が減少しやすい傾向があった。
【0110】
表2に示すFe−Si−M−B−Cu−C系組成、特に試料No27から31ではBの含有量が少ない試料ほど単ロール法で得られる熱処理前の薄帯が微結晶を持ちやすい傾向にあった。Bの含有量が多い試料ほど仮想線合計距離が減少し透磁率が減少しやすい傾向にあった。
【0111】
表2に示すFe−Si−M−B−Cu−C系組成、特に試料No.37から42ではSiの含有量が少ない試料ほど透磁率が減少する傾向にあった。
【0112】
表2に示すFe−Si−M−B−Cu−C系組成、特に試料No.55から56ではCを含有することでFe量を増加させた範囲においても非晶質を保つことができ良好なFeネットワークを形成する傾向があった。
【0113】
表3に示すFe−M−B−C系組成、特に試料No.61から65では、Mの含有量が少ない試料ほど単ロール法で得られる熱処理前の薄帯が結晶を含む傾向にあった。
【0114】
表3で示すFe−M−B−C系組成、特に試料No.66から70では、Bの含有量が少ない試料ほど単ロール法で得られる熱処理前の薄帯が結晶を含む傾向にあった。Bの含有量が多い試料ほど仮想線合計距離が減少する傾向にあった。
【0115】
表3の試料No.71〜103についても同様に検討を行った結果、ロール温度を70℃としチャンバー内の蒸気圧を4hPaとして作製した適切な組成を有する軟磁性合金薄帯が非晶質を形成した。そして、適切な熱処理をすることでFeのネットワーク構造を有し、保磁力が低く、透磁率が高くなる傾向にあった。
【0116】
また、表2の試料No.39と表3の試料No.63について、極大点と極大点の間の仮想線の長さに対する各長さの仮想線数割合をグラフ化した。グラフ化した結果が図9である。図9の横軸に仮想線の長さを、縦軸に仮想線数割合を記載した。図9のグラフを作成するに当たっては、長さが0以上、2nm未満の仮想線については仮想線の長さを1nm、長さが2nm以上、4nm未満の仮想線については仮想線の長さを3nm、長さが4nm以上、6nm未満の仮想線については仮想線の長さを5nmとし、以下同様としている。そして、各仮想線の長さに対する仮想線数割合をプロットし、プロットした点を直線で結ぶことでグラフを作成している。なお、図9の横軸の単位はnmである。
【0117】
図9より、表2に示すFe−Si−M−B−Cu−C系組成の方が表3に示すFe−M−B−C系組成よりも仮想線の長さのばらつきが大きいことがわかる。
【0118】
(実験
Fe:73.5原子%、Si:13.5原子%、B:9.0原子%、Nb:3.0原子%、Cu:1.0原子%の組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
【0119】
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属としたのちガスアトマイズ法により下表4に示す規定の条件下で前記金属を噴射させ、粉体を作成した。実験では、ガス噴射温度、チャンバー内の蒸気圧を変化させて試料No.104〜107を作製した。蒸気圧調整は露点調整をおこなったArガスを用いることで行った。
【0120】
熱処理前の各粉体に対してX線回折測定を行い、結晶の有無を確認した。さらに、透過電子顕微鏡で制限視野回折像および明視野像を観察した。その結果、各粉体には結晶が存在せず完全な非晶質であることを確認した。
【0121】
そして、得られた各粉体を熱処理した後に保磁力を測定した。そして、Fe組成ネットワークについて各種測定を行った。熱処理の温度はFe−Si−M−B−Cu−C系組成の試料では550℃、Fe−M−B−C系組成の試料では600℃とした。熱処理の時間は1時間とした。実験では、Fe−Si−M−B−Cu−C系組成(試料No.104および105)では保磁力が30A/m以下の場合を良好とした。Fe−M−B−C系組成(試料No.106および107)では保磁力が100A/m以下の場合を良好とした。

【0122】
【表4】
【0123】
試料No.105および107では、完全な非晶質の粉体を適切に熱処理することで、良好なFeネットワークを形成した。しかしながら、ガス温度が30℃と低すぎ、蒸気圧が25hPaと高すぎる試料No.104および106の比較例は、熱処理後の仮想線合計距離および仮想線平均距離が短くなり、好ましいFe組成ネットワークが形成できず、保磁力が高くなった。
【0124】
表4で示す比較例及び実施例を比較するとガス噴射温度を変更することで非晶質である軟磁性合金粉末が得られ、非晶質である軟磁性合金粉末に熱処理をすることで薄帯の場合と同様に仮想線合計距離および仮想線平均距離が増加し好ましいFe組成ネットワーク構造が得られることがわかった。また、保磁力についても、実験1〜3の薄帯と同様にFeのネットワーク構造を有することで保磁力が小さくなる傾向を示した。
【符号の説明】
【0125】
10… グリッド
10a… 極大点
10b… 隣接グリッド
20a…閾値よりも高いFe含有量である領域
20b…閾値以下のFe含有量である領域
31… ノズル
32… 溶融金属
33… ロール
34… 薄帯
35… チャンバー
【要約】      (修正有)
【課題】保磁力が低く、かつ、透磁率が高い軟磁性合金を提供する。
【解決手段】Feを主成分とする軟磁性合金であって、Fe含有量が軟磁性合金の平均組成よりも多い領域が繋がっているFe組成ネットワーク相からなる。Fe組成ネットワーク相は、局所的にFe含有量が周囲よりも高くなるFe含有量の極大点を有する。互いに隣接する極大点間を結ぶ仮想線を設定した場合において、軟磁性合金1μmあたりの仮想線合計距離が10mm〜25mmである。仮想線平均距離が6nm以上12nm以下である。
【選択図】なし
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9