特許第6237896号(P6237896)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6237896
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/22 20060101AFI20171120BHJP
   H01J 49/06 20060101ALI20171120BHJP
   H01J 49/24 20060101ALI20171120BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20171120BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   H01J49/22
   H01J49/06
   H01J49/24
   H01J49/42
   G01N27/62 E
【請求項の数】11
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-519037(P2016-519037)
(86)(22)【出願日】2014年5月14日
(86)【国際出願番号】JP2014062835
(87)【国際公開番号】WO2015173911
(87)【国際公開日】20151119
【審査請求日】2016年7月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西口 克
(72)【発明者】
【氏名】今津 亜季子
【審査官】 遠藤 直恵
(56)【参考文献】
【文献】 特開平01−252771(JP,A)
【文献】 特開平11−213940(JP,A)
【文献】 特開2014−044110(JP,A)
【文献】 特開2013−247000(JP,A)
【文献】 特開2000−149865(JP,A)
【文献】 米国特許第06107628(US,A)
【文献】 特表2010−527095(JP,A)
【文献】 特開2007−128694(JP,A)
【文献】 特開昭62−264546(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/22
H01J 49/06
H01J 49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
略大気圧雰囲気の下で試料成分をイオン化するイオン源と、イオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部が配置された高真空雰囲気に維持される分析室と、の間に、その真空度が順番に高くなるn個(ただし、nは1以上の整数)の中間真空室を備えた質量分析装置であって、
前記イオン源の次の第1中間真空室の内部に、第1のイオン光軸に沿って入射して来たイオンを該第1のイオン光軸と同じ直線上に位置しない第2のイオン光軸に沿って出射させるオフアクシス構造のイオン輸送装置が配置され、該イオン輸送装置は、
a)高周波電場の作用により、前記第1のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する前段イオン輸送部と、
b)高周波電場の作用により、前記第2のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する後段イオン輸送部と、
c)前記前段イオン輸送部と前記後段イオン輸送部との間に配置され、該前段イオン輸送部から出射するイオンが前記後段イオン輸送部のイオン受け容れ範囲に達するように、そのイオンの進行方向を直流電場の作用により偏向させるイオン偏向部と、
を備えることを特徴とする質量分析装置
【請求項2】
請求項に記載の質量分析装置であって、
前記イオン源から前記第1中間真空室へイオンを送るイオン導入部の中心軸が前記第1のイオン光軸の直線上に位置し、前記第1中間真空室から次の第2中間真空室又は分析室へとイオンを送るイオン通過開口部の中心軸が前記第2のイオン光軸の直線上に位置することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
試料成分由来のイオンを解離させるコリジョンセルを備えた質量分析装置であって、
前記コリジョンセルの内部に、第1のイオン光軸に沿って入射して来たイオンを該第1のイオン光軸と同じ直線上に位置しない第2のイオン光軸に沿って出射させるオフアクシス構造のイオン輸送装置が配置され、該イオン輸送装置は、
a)高周波電場の作用により、前記第1のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する前段イオン輸送部と、
b)高周波電場の作用により、前記第2のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する後段イオン輸送部と、
c)前記前段イオン輸送部と前記後段イオン輸送部との間に配置され、該前段イオン輸送部から出射するイオンが前記後段イオン輸送部のイオン受け容れ範囲に達するように、そのイオンの進行方向を直流電場の作用により偏向させるイオン偏向部と、
を備えることを特徴とする質量分析装置
【請求項4】
請求項に記載の質量分析装置であって、
試料成分由来のイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選択して前記コリジョンセルに導入する第1の質量分離部と、前記コリジョンセルでの解離により生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する第2の質量分離部と、をさらに備え、前記イオン輸送装置における前記第1のイオン光軸と前記第2のイオン光軸とは交差した状態であり、前記コリジョンセルを挟んで前記第1の質量分離部と前記第2の質量分離部とを非一直線状に配置してなることを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1又は3に記載の質量分析装置であって、
前記イオン輸送装置において、前記前段イオン輸送部と前記後段イオン輸送部の少なくともいずれか一方が、多重極ロッド型のイオンガイドであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1又は3に記載の質量分析装置であって、
前記イオン輸送装置において、前記前段イオン輸送部と前記後段イオン輸送部の少なくともいずれか一方が、略平行に並べられた複数の電極板からなる仮想的なロッド電極を複数用いた多重極アレイ型のイオンガイドであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項7】
請求項1又は3に記載の質量分析装置であって、
前記イオン輸送装置において、前記前段イオン輸送部と前記後段イオン輸送部の少なくともいずれか一方が、イオンファンネルであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項8】
請求項1又は3に記載の質量分析装置であって、
前記イオン輸送装置において、前記後段イオン輸送部が高周波カーペットであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項9】
請求項1、3、5〜8のいずれか1項に記載の質量分析装置であって、
前記第1のイオン光軸と前記第2のイオン光軸とは平行であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項10】
請求項9に記載の質量分析装置であって、
前記イオン偏向部は、第1のイオン光軸及び第2のイオン光軸を含む面に直交するように設けられた平行平板電極を含むことを特徴とする質量分析装置。
【請求項11】
請求項1、3、5〜10のいずれか1項に記載の質量分析装置であって、
前記後段イオン輸送部は、前記第1のイオン光軸の延長線上を外れて配置されていることを特徴とするイオン輸送装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンを捕集しつつ輸送するイオン輸送装置、特に、エレクトロスプレイイオン化質量分析装置、大気圧化学イオン化質量分析装置、高周波誘導結合プラズマイオン化質量分析装置といった、大気圧に近い比較的高いガス圧雰囲気の下で試料をイオン化するイオン源を備える質量分析装置に好適なイオン輸送装置、を用いた質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロスプレイイオン化法(ESI)、大気圧化学イオン化法(APCI)、大気圧光イオン化法(APPI)などの大気圧イオン源を用いた質量分析装置では、イオン化室は略大気圧であるのに対し、四重極マスフィルタなどの質量分離器やイオン検出器が配置される分析室の内部は高真空雰囲気に保つ必要がある。そこで一般に、こうした質量分析装置では、イオン化室と分析室との間に1乃至複数の中間真空室を設け、段階的に真空度を高めるようにした多段差動排気系の構成が用いられている。このような多段差動排気系の構成の質量分析装置において、中間真空室の内部には、イオンレンズやイオンガイドとも呼ばれるイオン輸送光学系が配置されている。イオン輸送光学系は、直流電場や高周波電場、或いはその両者の作用によって、イオンを収束したり、場合によっては加速又は減速したりしながら、イオンを後段へと輸送する一種の光学デバイスである。
【0003】
イオンを効率よく捕集しつつ輸送するために、従来より様々な構造及び構成のイオン輸送光学系が用いられている。広く利用されているイオン輸送光学系の一つの態様として、イオン光軸の周りに又はイオン光軸に沿って多数の電極を備え、その多数の電極の中の隣接する電極同士に位相が互いに180°反転した高周波電圧を印加することで形成した高周波電場の作用により、イオンを捕集しながら又は収束させながら輸送するものがある。この態様のイオン輸送光学系の代表例として、4本又はそれ以上の偶数本のロッド電極をイオン光軸の周りに配置した多重極イオンガイドや、ロッド電極に代えてイオン光軸方向に配設された複数の電極板から成る仮想ロッド電極を用いた多重極アレイ型イオンガイド、などがある。
また、特許文献1には、イオン進行方向に円形状の開口面積が徐々に小さくなるアパーチャ電極をイオン光軸に沿って多数並べた構造のイオンファンネルと呼ばれるイオン輸送光学系が開示されている。イオンファンネルでは、イオン光軸方向に隣接するアパーチャ電極同士に位相が互いに180°反転した高周波電圧を印加することでイオンを収束させる高周波電場を形成する。
さらにまた、特許文献2には、プリント基板上に多数のリング状電極を略同心円状に形成した高周波カーペットと呼ばれるイオン輸送光学系が開示されている。高周波カーペットでは、同心円の径方向に隣接するリング状電極同士に位相が互いに180°反転した高周波電圧を印加することでイオンを収束させる高周波電場を形成する。
即ち、これらはいずれも、高周波電場の作用を利用したイオン輸送光学系である。
【0004】
ところで、上述した質量分析装置では、イオン化室においてイオン化されなかった試料成分由来の分子や試料溶媒由来或いは液体クロマトグラフの移動相由来の分子などの中性粒子が、生成されたイオンとともに、イオン化室の次段の中間真空室内に導入される。このような中性粒子は電場の影響を受けないため、中性粒子が分析室に達して四重極マスフィルタに導入されると、該マスフィルタでは中性粒子は除去されず、イオン検出器に到達してしまうおそれがある。中性粒子がイオン検出器に入射すると、ノイズの大きな要因となる。そこで、近年、イオン化室の次段の低真空の中間真空室において、イオン導入口の中心軸と次段の中間真空室へとイオンを送り出すイオン通過開口の中心軸とをずらすオフアクシス構造が採用されるようになっている。
【0005】
オフアクシス構造では、或るイオン光軸の周囲に或る程度広がって飛行しているイオン流の進行方向を曲げて別の方向に向かわせる必要があるため、一般に、イオン光軸が直線状である場合のような高いイオン透過率を確保することは難しい。そこで従来、イオンを高周波電場によって捕捉しつつその進行方向を曲げるようなオフアクシス構造のイオン輸送光学系が開発されている。
【0006】
例えば特許文献3に開示されたイオン輸送光学系では、リングの一部が切欠かれた略C字状の電極が配列された二つのイオンファンネルを、それぞれの切欠き部を近接させて略平行に配置した構造となっている。そして、各イオンファンネルの電極に印加する電圧条件を適切に設定することで、切欠き部を通して一方のイオンファンネルから他方のイオンファンネルへとイオンを移行させるようにし、それによってオフアクシス構造を実現している。また、非特許文献1には、前後二段のイオンファンネルの中心軸をずらし、後段のイオンファンネルの内部でイオンの進行方向を屈曲させるようにしたオフアクシス構造のデュアルイオンファンネルが開示されている。
【0007】
しかしながら、こうした従来のオフアクシス構造のイオン輸送光学系では、電極の構造や形状が複雑になったり、或いは、多数の電極にそれぞれ印加する電圧の条件が複雑になったりする。そのため、一般的なイオン輸送光学系に比べて装置コストが大幅に高くなるとともに、メンテナンス性が低くなる。また、デュアルイオンファンネルでは除去されるべき中性粒子がイオンファンネルの電極に衝突してしまうため、電極が汚染され易く、時間経過に伴うイオン輸送性能の低下が起こり易い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第6107628号明細書
【特許文献2】特開2010−527095号公報
【特許文献3】国際公開第2009/037483号
【特許文献4】国際公開第2013/001604号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「タンデムLC/MSの感度を高めるiFunnelテクノロジー」、アジレント・テクノロジーズ(Agilent Technologies)、[平成26年4月22日検索]、インターネット<URL: http://www.chem-agilent.com/pdf/low_5990-5891JAJP.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的とするところは、電極の形状や構造が単純であり、また電極に印加する電圧の条件も単純でありながら、分析に支障となる中性粒子を確実に除去する一方、イオンを効率よく収集して後段、例えば質量分離器や別のイオン輸送装置などへと輸送することができるオフアクシス構造のイオン輸送装置を利用した質量分析装置を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、メンテナンス性が高く、除去すべき中性粒子による電極の汚染が少ないオフアクシス構造のイオン輸送装置を利用した質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係る第1の態様の質量分析装置は、略大気圧雰囲気の下で試料成分をイオン化するイオン源と、イオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部が配置された高真空雰囲気に維持される分析室と、の間に、その真空度が順番に高くなるn個(ただし、nは1以上の整数)の中間真空室を備えた質量分析装置であって、
前記イオン源の次の第1中間真空室の内部に、第1のイオン光軸に沿って入射して来たイオンを該第1のイオン光軸と同じ直線上に位置しない第2のイオン光軸に沿って出射させるオフアクシス構造のイオン輸送装置が配置され、該イオン輸送装置は、
a)高周波電場の作用により、前記第1のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する前段イオン輸送部と、
b)高周波電場の作用により、前記第2のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する後段イオン輸送部と、
c)前記前段イオン輸送部と前記後段イオン輸送部との間に配置され、該前段イオン輸送部から出射するイオンが前記後段イオン輸送部のイオン受け容れ範囲に達するように、そのイオンの進行方向を直流電場の作用により偏向させるイオン偏向部と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る質量分析装置において、イオン輸送装置は、大気圧イオン源を具備し多段差動排気系の構成である質量分析装置において、大気圧イオン源によるイオン化を行うイオン化室の次段の低真空雰囲気である中間真空室に設置される。こうした中間真空室の内部は、前段のイオン化室から流入するガスによってガス圧が比較的高いため、イオンとガスとの衝突によるクーリングによって該イオンが持つエネルギが低減され、高周波電場に捕集され易くなる。その結果、前段イオン輸送部及び後段イオン輸送部それぞれにおいて、高いイオン透過率を達成できる。
【0013】
上記イオン輸送装置では、大気圧イオン源で生成された試料成分由来のイオンがガス流とともに、第1のイオン光軸に沿って前段イオン輸送部に導入される。上述したようにガスとの衝突によってエネルギが低減されたイオンは前段イオン輸送部により形成される高周波電場に捕集され、第1のイオン光軸付近に収束されつつ輸送される。イオンが前段イオン輸送部の出口から出射すると、次に、イオン偏向部により形成されている直流電場に突入する。荷電粒子であるイオンはこの直流電場による力を受けてその進行方向を曲げ、後段イオン輸送部の入口端のイオン受け容れ範囲に達する。そして、イオンは後段イオン輸送部により形成される高周波電場に捕集され、第2のイオン光軸付近に収束されつつ輸送される。
【0014】
一方、イオン偏向部において電場による力を受けない中性粒子は前段イオン輸送部に入射した方向を維持したまま、つまりは主として第1のイオン光軸に沿って進行する。即ち、イオン偏向部においてイオンと中性粒子とは分離され、中性粒子はそのまま直進する。そのため、中性粒子は後段イオン輸送部の入口端に達することなく、また、第1のイオン光軸の直線上に位置しない第2のイオン光軸に沿って進むことなく、真空排気などによって排除される。
【0015】
ここで、前段イオン輸送部と後段イオン輸送部とは同じ構造、同じ印加電圧のイオン輸送部でもよいし、異なる構造、又は構造は同じで印加電圧が相違するイオン輸送部でもよい。いずれにしても、これらイオン輸送部としては、直線状のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する従来、一般的なイオン輸送光学系を用いることができる。一方、イオン偏向部としては、直流電場の作用によりイオンを偏向させるものであることから、少なくとも一対の(つまり二枚の)電極板を含み、その一対の電極板に電位差がある直流電圧をそれぞれ印加する構成とすればよい。
したがって、本発明に係る質量分析装置では、電極の形状や構造が特殊であったり、或いは、印加する電圧の条件が複雑であったりするイオン輸送光学系を用いることなく、簡素な構造・構成でありながら高いイオン透過率を達成し、不所望の中性粒子は確実に除去することができる。また、イオン偏向部で直進した中性粒子が、後段イオン輸送部の各電極において少なくとも輸送されるイオンに向いた部分に当たらないような配置としておくことで、中性粒子による後段イオン輸送部の実質的な汚染(つまりイオンの収束や輸送に悪影響を与えるような汚染)を避けることができる。
【0016】
本発明に係る質量分析装置において、前段イオン輸送部と後段イオン輸送部の少なくとも一方は、上述した、四重極イオンガイドを初めとする多重極イオンガイド、ロッド電極を複数の電極板からなる仮想的なロッド電極で置き換えた多重極アレイ型イオンガイド、イオンファンネル、或いは、高周波カーペットなどのいずれかを利用することができる。構造・構成が簡素であるという観点からいえば、前段イオン輸送部と後段イオン輸送部との両方に四重極イオンガイドを用いるのが適当である。
【0017】
また本発明に係る質量分析装置の一態様として、第1のイオン光軸と第2のイオン光軸とを平行とした構成とするとよい。この構成では、イオンを偏向させるために該イオンに対し、第1のイオン光軸に沿った方向に直交する方向に力が作用するように直流電場が形成されるのが望ましい。そこで、この態様による質量分析装置では、上記イオン偏向部は、第1のイオン光軸及び第2のイオン光軸を含む面に直交するように設けられた平行平板電極を含む構成とするとよい。これによれば、簡素な構造・構成で以てイオンを適切に偏向させることができる。
【0018】
また本発明に係る質量分析装置において、後段イオン輸送部は、第1のイオン光軸の延長線上を外れて配置されている構成とするとよい。この構成によれば、イオン偏向部で直進した中性粒子は後段イオン輸送部に直接当たらず、後段イオン輸送部の電極の汚染を確実に回避することができる。
【0020】
また本発明に係る質量分析装置では、イオン化室から第1中間真空室へとイオンを送るイオン導入部の中心軸が上記第1のイオン光軸の直線上に位置し、その第1中間真空室から次の第2中間真空室又は分析室へとイオンを送るイオン通過開口部の中心軸が上記第2のイオン光軸の直線上に位置する構成としてもよい。
【0021】
上述したように、第1中間真空室の内部はイオン化室から流れ込むガスによって真空度が低い(例えば100Pa程度)ため、ガスとの衝突によるイオンのクーリング作用が十分に機能する。そのため、前段イオン輸送部や後段イオン輸送部においてイオンが捕集され易く、高いイオン透過率を達成するのに有利である。
【0022】
また上記第1の態様の質量分析装置において用いられているイオン輸送装置は、例えばタンデム四重極型質量分析装置やQ−TOF型質量分析装置などにおいて、試料成分由来のイオン(プリカーサイオン)を衝突誘起解離によって解離させるコリジョンセルの内部でプリカーサイオンやプロダクトイオンを輸送する際に利用することもできる。
即ち、本発明に係る第2の態様による質量分析装置は、試料成分由来のイオンを解離させるコリジョンセルを備えた質量分析装置であって、
前記コリジョンセルの内部に、第1のイオン光軸に沿って入射して来たイオンを該第1のイオン光軸と同じ直線上に位置しない第2のイオン光軸に沿って出射させるオフアクシス構造のイオン輸送装置が配置され、該イオン輸送装置は、
a)高周波電場の作用により、前記第1のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する前段イオン輸送部と、
b)高周波電場の作用により、前記第2のイオン光軸に沿ってイオンを収束させつつ輸送する後段イオン輸送部と、
c)前記前段イオン輸送部と前記後段イオン輸送部との間に配置され、該前段イオン輸送部から出射するイオンが前記後段イオン輸送部のイオン受け容れ範囲に達するように、そのイオンの進行方向を直流電場の作用により偏向させるイオン偏向部と、
を備えることを特徴としている。
この第2の態様による質量分析装置では、試料成分由来のイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選択して前記コリジョンセルに導入する第1の質量分離部と、前記コリジョンセルでの解離により生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する第2の質量分離部と、をさらに備える構成とすることができる。
【0023】
ここで、第1の質量分離部は典型的には四重極マスフィルタ、第2の質量分離部は典型的には四重極マスフィルタ又は飛行時間型質量分析器である。
【0024】
例えば特許文献4に記載されているように、ガスクロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたGC−MSでは、ガスクロマトグラフでキャリアガスとして使用されたヘリウム(He)等の希ガスが電子イオン化法によるイオン源に導入されると、イオン源でエネルギを受け取って準安定状態原子(又は分子)となり易い。こうした準安定状態原子は一種の中性粒子であり、第1の質量分離部に導入されると除去されることなく該質量分離部を通り抜けて、プリカーサイオンとともにコリジョンセルに入射する。
【0025】
本発明に係る第2の態様による質量分析装置では、衝突誘起解離ガスが導入されることでその外側の空間に比べてガス圧が相対的に高くなるコリジョンセルの内部に、上述した本発明に係るオフアクシス構造のイオン輸送装置が設置される。このため、第1の質量分離部から出射されてコリジョンセルに導入されるプリカーサイオンの進行方向と、該コリジョンセルから出射されて第2の質量分離部に導入されるプロダクトイオンの進行方向とが非一直線状となる。そのため、プリカーサイオンとともにコリジョンセルに入射した希ガス(特にヘリウム)の準安定状態原子はコリジョンセルの内部でプリカーサイオンやプロダクトイオンとは分離され除去される。したがって、そうした準安定状態原子が第2の質量分離部に導入されたり、該質量分離部を通り抜けてイオン検出器に到達したりすることを回避することができる。それによって、それら準安定状態原子に起因するノイズを減少させることができる。
【0026】
また、準安定状態原子などの中性粒子を除去するためだけであれば、イオン輸送装置として、第1のイオン光軸と第2のイオン光軸とを平行とした構成の装置を用いればよいが、そうした構成ではなく、第1のイオン光軸と第2のイオン光軸とを交差した状態としたイオン輸送装置を用いるとさらに好ましい。このような構成のイオン輸送装置を用いた本発明に係る第2の態様の質量分析装置では、コリジョンセルを挟んで第1の質量分離部と第2の質量分離部とを非一直線状に、つまりは斜めや直角の折れ線状に配置することができる。一般に、第1の質量分離部、コリジョンセル、及び第2の質量分離部を一直線状に配置すると装置外形がかなり大きくなることが避けられないが、上記構成の本発明に係る第2の態様の質量分析装置では、第1の質量分離部と第2の質量分離部との相対的な配置を柔軟に定め、装置外形を小さくすることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る質量分析装置に用いられているイオン輸送装置によれば、電極の形状や構造が特殊であったり、或いは、印加する電圧の条件が複雑であったりするイオン輸送光学系を用いることなく、簡素な構造・構成でありながら、不所望の中性粒子を確実に除去しつつ高いイオン透過率を達成することができる。それによって、製造上のコストを低減するとともにメンテナンス性も高いオフアクシス構造のイオン輸送装置を提供することができる。
【0028】
また本発明に係る第1の態様及び第2の態様の質量分析装置によれば、不要な中性粒子を排除してノイズを抑えながら、質量分析に供するイオンの量を増加させて分析感度を向上させることができる。さらにまた特に本発明に係る第2の態様の質量分析装置によれば、装置の小型化にも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明に係る質量分析装置で用いられるイオン輸送装置の第1実施例であるイオン輸送光学系の概略構成図。
図2】第1実施例のイオン輸送光学系の電極部の概略斜視図。
図3】第1実施例のイオン輸送光学系を用いた大気圧イオン化質量分析装置の概略構成図。
図4】本発明に係る質量分析装置で用いられるイオン輸送装置の第2実施例であるイオン輸送光学系の概略構成図。
図5】第2実施例のイオン輸送光学系に用いられる四重極アレイ型イオンガイドの電極部の概略斜視図。
図6】第2実施例であるイオン輸送光学系におけるイオン軌道のシミュレーション計算結果を示す図。
図7】本発明に係る質量分析装置で用いられるイオン輸送装置の第3実施例であるイオン輸送光学系の概略構成図。
図8】第3実施例のイオン輸送光学系に用いられる高周波カーペットの電極部の概略斜視図。
図9】本発明に係る質量分析装置で用いられるイオン輸送装置の第4実施例であるイオン輸送光学系の概略構成図。
図10】本発明に係る質量分析装置で用いられるイオン輸送装置の第5実施例であるイオン輸送光学系の概略構成図。
図11】本発明に係る質量分析装置で用いられるイオン輸送装置の第6実施例であるイオン輸送光学系の概略構成図。
図12】本発明に係る質量分析装置で用いられるイオン輸送装置の第7実施例であるイオン輸送光学系の概略構成図。
図13】第1〜第7実施例のイオン輸送光学系に用いられるイオン偏向部の別の構成例を示す図。
図14】本発明に係るタンデム四重極型質量分析装置の一実施例の概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明に係る質量分析装置及びそれに用いられるイオン輸送装置について、いくつかの実施例を添付図面を参照しつつ説明する。
【0031】
[第1実施例]
本発明に係る質量分析装置に用いられるイオン輸送装置の一実施例(第1実施例)及びこれを用いた質量分析装置である大気圧イオン化質量分析装置について説明する。図1は第1実施例のイオン輸送光学系の概略構成図、図2は第1実施例のイオン輸送光学系の電極部の概略斜視図、図3は第1実施例のイオン輸送光学系を用いた大気圧イオン化質量分析装置の概略構成図である。
【0032】
図3において、イオン化室1は略大気圧雰囲気であり、分析室4は図示しない高性能の真空ポンプ(通常、ターボ分子ポンプとロータリポンプとの組み合わせ)による真空排気によって高真空雰囲気に維持される。イオン化室1と分析室4との間には、低真空雰囲気である第1中間真空室2と、該第1中間真空室2と分析室4との中間の真空度に維持される第2中間真空室3と、が設けられている。即ち、この質量分析装置は、イオン化室1からイオンの進行方向に段階的に真空度が高くなる多段差動排気系の構成となっている。
【0033】
イオン化室1内にはエレクトロスプレイノズル5から、試料成分を含む液体試料が片寄った電荷を付与されつつ噴霧される。噴霧された帯電液滴は周囲の大気に接触して微細化され、溶媒が蒸発する過程で試料成分分子が電荷を持って飛び出してイオン化される。なお、ここで示しているエレクトロスプレイイオン化(ESI)法ではなく、大気圧化学イオン化(APCI)法、大気圧光イオン化(APPI)法など、他の大気圧イオン化法を用いたものでもよい。
【0034】
イオン化室1と第1中間真空室2との間は細径の加熱キャピラリ6により連通しており、イオン化室1内で生成された試料成分由来のイオンは、主として加熱キャピラリ6の両開口端の圧力差によって加熱キャピラリ6に吸い込まれる。そして、加熱キャピラリ6の出口端から、ガス流とともにイオンは第1中間真空室2内に吐き出される。第1中間真空室2と第2中間真空室3とを隔てる隔壁には、頂部に小径のオリフィス71を有するスキマー7が設けられている。第1中間真空室2内には後述する特徴的な構成のオフアクシス−イオン輸送光学系20が設けられており、第1中間真空室2内に導入されたイオンはこのオフアクシス−イオン輸送光学系20によりスキマー7のオリフィス71に案内され、オリフィス71を通して第2中間真空室3へと送り込まれる。
【0035】
第2中間真空室3内には多重極(例えば八重極)型のイオンガイド8が配設されており、このイオンガイド8により形成される高周波電場の作用によりイオンは収束されて分析室4に送り込まれる。分析室4内でイオンは四重極マスフィルタ9の長軸方向の空間に導入され、四重極マスフィルタ9に印加されている高周波電圧と直流電圧とにより形成される電場の作用により、特定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルタ9を通り抜けてイオン検出器10に到達する。イオン検出器10は到達したイオンの量に応じた検出信号を生成し、図示しないデータ処理部へと送る。イオン化室1内で生成される試料成分由来のイオンのうち、分析対象であるイオンの損失を極力抑えつつイオン検出器10に入射させることで、高い感度の質量分析が実現できる。
【0036】
次に、第1中間真空室2内に配設されるオフアクシス−イオン輸送光学系について、詳細に説明する。
このオフアクシス−イオン輸送光学系20は、直線状である第1イオン光軸C1を中心とし、その周りに回転対称に4本の円柱状のロッド電極211、212、213、214が配置された前段四重極イオンガイド21と、第1イオン光軸C1の延長線上でなく、該イオン光軸C1に平行な直線状である第2イオン光軸C2を中心とし、その周りに回転対称に4本の円柱状のロッド電極221、222、223、224が配置された後段四重極イオンガイド22と、を含む。前段四重極イオンガイド21は加熱キャピラリ6の出口端の直後に配置され、加熱キャピラリ6の出口の中心軸と第1イオン光軸C1とは一直線状である。一方、後段四重極イオンガイド22はスキマー7の手前に配置され、オリフィス71の中心軸と第2イオン光軸C2とは一直線状である。
【0037】
前段四重極イオンガイド21と後段四重極イオンガイド22との間の空間には、イオンの進行方向を偏向させるイオン偏向部23が配置されている。イオン偏向部23は、第1イオン光軸C1及び第2イオン光軸C2を含む平面(この例ではx−z平面)に直交し、且つその両イオン光軸C1、C2を挟むようにx方向に離間して設けられた一対の平行平板電極231、232を含む。
【0038】
第1高周波/直流電圧発生部31は、前段四重極イオンガイド21の4本のロッド電極211〜214のうち、第1イオン光軸C1を挟んで対向する2本のロッド電極211、213に振幅、周波数、及び位相が同一である高周波電圧+V1cosωtを印加し、それらロッド電極211、213に対し周方向に隣接する他の2本のロッド電極212、214には振幅及び位相が同一で位相が反転した(つまりは180°異なる)高周波電圧−V1cosωtを印加する。また、第1高周波/直流電圧発生部31は、上記高周波電圧以外に、4本のロッド電極211〜214に共通に、所定の直流バイアス電圧VDC1を印加する。
【0039】
第2高周波/直流電圧発生部32は、後段四重極イオンガイド22の4本のロッド電極221〜224のうち、第2イオン光軸C2を挟んで対向する2本のロッド電極221、223に振幅、周波数、及び位相が同一である高周波電圧+V2cosω2tを印加し、それらロッド電極221、223に対し周方向に隣接する他の2本のロッド電極222、224には振幅及び位相が同一で位相が反転した高周波電圧−V2cosω2tを印加する。また、第2高周波/直流電圧発生部32は、上記高周波電圧以外に、4本のロッド電極221〜224に共通に、所定の直流バイアス電圧VDC2を印加する。
また偏向直流電圧発生部33は、一対の平行平板電極231、232にそれぞれ所定の直流電圧を印加する。
なお、これら電圧発生部31、32、33はいずれも制御部30による制御に基づいて電圧を生成する。
【0040】
前段、後段四重極イオンガイド21、22ではそれぞれ、ロッド電極211〜214、221〜224に印加される高周波電圧により、それらロッド電極211〜214、221〜224で囲まれる空間に四重極高周波電場が形成され、この高周波電場の作用により、導入されたイオンはイオン光軸C1、C2を中心として振動しつつその周りの所定の範囲に捕捉される。イオンが持つエネルギが大きすぎると該イオンは高周波電場に捕捉されにくいが、第1中間真空室2内は低真空状態であってイオンは残留ガスに接触する機会が多いので、イオンのエネルギは残留ガスに接触したクーリングの作用によって減じ易く、それ故に、イオンは効率良く高周波電場に捕捉される。これによって、所定のエネルギを有して前段、後段四重極イオンガイド21、22に導入されたイオンは、イオン光軸C1、C2の周囲に収束されつつ進行する。
【0041】
加熱キャピラリ6の出口端からガスとともに噴き出したイオンは拡がりながら進むが、その多くが前段四重極イオンガイド21の入口側のイオン受け容れ範囲に入る。そのため、イオンは効率良く前段四重極イオンガイド21の高周波電場に捕捉され、第1イオン光軸C1に沿って進行し、前段四重極イオンガイド21の出口端から出射する。この出射したイオンは直後に平行平板電極231、232の間に形成されている直流偏向電場による力を受ける。この力は図1中の白抜き太矢印で示す方向(図2においてx軸の負方向)に作用する。それによって、図1図2中に太実線で示すように、イオンの進行方向は徐々に曲がる。なお、直流偏向電場においてはイオンに対する収束作用は働かないので、進行するに伴いイオンは拡がるものの、その多くは後段四重極イオンガイド22の入口側のイオン受け容れ範囲に入る。そのため、イオンは効率良く後段四重極イオンガイド22の高周波電場に捕捉される。
【0042】
前段四重極イオンガイド21にはイオンとともに、イオン化されていない各種分子や準安定状態分子などの中性粒子も入射する。これら中性粒子は高周波電場の影響を受けないので、前段四重極イオンガイド21の内部空間をほぼ直進する。そのため、中性粒子の多くは第1イオン光軸C1付近を直進し、イオン偏向部23の平行平板電極231、232間の空間に入射する。中性粒子は直流偏向電場の影響も受けないので、そのままほぼ直進して後段四重極イオンガイド22の外側を通過する。したがって、イオン偏向部23において中性粒子はイオンと分離され、中性粒子は主として残留ガスとともに第1中間真空室2内から排出される。このようにして、イオンとともに導入された、ノイズの要因となる様々な中性粒子は第1中間真空室2において排除される。
【0043】
後段四重極イオンガイド22の高周波電場に捕捉されたイオンは、その進行方向を第2イオン光軸C2に沿う方向に変えて進行し、後段四重極イオンガイド22の出口端から第2イオン光軸C2の周りに収束された状態で出射する。そして、イオンはオリフィス71を通過して第2中間真空室3へと送られる。
このようにして、このオフアクシス−イオン輸送光学系では、単純な構造の四重極イオンガイドと平行平板電極との組み合わせによって、中性粒子を確実に排除しつつ、目的とする試料成分由来のイオンを効率良く案内して後段へと送ることができる。
【0044】
この第1実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系において、前段及び後段四重極イオンガイド21、22は八重極イオンガイドなど、ロッド電極の本数が異なる他の多重極イオンガイドに置き換えることができるが、性能的には電極数が少ない四重極イオンガイドで十分であり、電極数が少ないことでコスト的にも有利である。また、イオン偏向部23は後述するように平行平板電極でなくてもよいが、平行平板電極は構造が単純であり、印加電圧の条件も単純であるので、やはりコスト的に有利であるといえる。
【0045】
[第2実施例]
また第1実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系における前段、後段四重極イオンガイド21、22に代えて、各ロッド電極を複数の電極板からなる仮想ロッド電極に置き換えた四重極アレイ型イオンガイドや四重極以外の多重極アレイ型イオンガイドを用いることもできる。四重極アレイ型イオンガイドを用いた第2実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Aの概略構成を、図4に示す。また図5は四重極アレイ型イオンガイドの電極部の概略斜視図である。図4では第1実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系と同じ構成要素に同じ符号を付してある。
【0046】
この第2実施例では、前段四重極アレイ型イオンガイド21A、後段四重極アレイ型イオンガイド22Aはいずれも、1本の仮想ロッド電極が4枚の円盤状電極からなるものである。図5では、第1イオン光軸の周りに配置される4本の仮想ロッド電極211A、212A、213A、214Aが、それぞれ4枚の円盤状電極から構成されている。1本の仮想ロッド電極に含まれる4枚の円盤状電極に同一の高周波電圧を印加することで、第1実施例における四重極イオンガイド21、22とほぼ同様の高周波電場を、4本の仮想ロッド電極で囲まれる空間に形成することができる。したがって、前段及び後段四重極アレイ型イオンガイド21A、22Aに入射するイオンの挙動は第1実施例の場合とほぼ同様である。そのため、前段四重極アレイ型イオンガイド21Aにより輸送されたイオンはイオン偏向部23でその進行方向を曲げられ、後段四重極アレイ型イオンガイド22Aの入口のイオン受け容れ範囲に達し、後段四重極アレイ型イオンガイド22Aで収束されつつ輸送される。また、中性粒子の挙動も第1実施例の場合とほぼ同様である。
【0047】
ここで、本発明に係る質量分析装置に用いられるイオン輸送装置の効果を検証するために行ったイオン軌道シミュレーションについて説明する。図6は、第2実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Aにおけるイオン軌道シミュレーション結果の平面図(a)及び斜視図(b)である。ここでは、四重極アレイ型イオンガイド21A、22Aは、1本の仮想ロッド電極を3枚の円盤状電極から構成されるものとしている。また、イオン偏向部23を構成する一対の平行平板電極のうち上側の平板電極231を下側の平板電極232よりも後段四重極アレイ型イオンガイド22Aの方向に長く延出させ、後段四重極アレイ型イオンガイド22Aの前部上方まで覆うようにしている。なお、図6では、イオン軌道が分かりにくくなることを避けるために、一部の仮想ロッド電極及び円盤状電極の記載を省略しているが、当然のことながら、これら要素はシミュレーション計算には考慮されている。
【0048】
前段及び後段四重極アレイ型イオンガイド21A、22Aの仮想ロッド電極に印加した高周波電圧の振幅は150[V]、周波数は800[kHz]である。また、偏向直流電圧はイオン透過率が最良になるように適宜調整された値である。図6に示されているイオン軌道を見ると、前段四重極アレイ型イオンガイド21Aにより輸送されたイオンが、イオン偏向部23によって後段四重極アレイ型イオンガイド22Aに向かうように偏向され、後段四重極アレイ型イオンガイド22Aにおいて捕捉され収束されている様子が確認できる。この軌道シミュレーションから計算すると、イオン透過率は約98%となり、簡単な構造でありながら高いイオン透過率が得られるオフアクシス構造のイオン輸送装置が実現できることが確認できた。
このシミュレーション結果は第2実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Aに基づくものであるが、上述した理由から、第実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20でもほぼ同等のイオン透過率を達成し得ることは明らかである。
【0049】
上記第1、第2実施例では、電極構造と印加電圧条件とを簡単にするために、高周波電場を利用したイオン輸送部として四重極イオンガイド、四重極アレイ型イオンガイドを用いたが、これらイオン輸送部としては、従来から知られているイオンファンネルや高周波カーペットなどを利用することもできる。以下に、そうした実施例による構成を説明する。
【0050】
[第3実施例]
図7は、第3実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Bの概略構成図である。この実施例では、前段のイオン輸送部として四重極イオンガイド21を用い、後段のイオン輸送部として高周波カーペット22Bを用いている。図8はこの高周波カーペット22Bの電極部の概略斜視図である。
【0051】
高周波カーペット22Bは、同心円状に複数(この例では5本)のリング状電極22B1、22B2、22B3、22B4、22B5を配置したものであり、径方向に隣接するリング状電極、例えばリング状電極22B1と22B2とに、振幅及び周波数が同一であって位相が互いに反転した高周波電圧+Vcosωtと−Vcosωtをそれぞれ印加する。即ち、径方向に交互に位置するリング状電極の一方(図8の例ではリング状電極22B2、22B4)に+Vcosωtが印加され、他方(図8の例ではリング状電極22B1、22B3、22B5)に−Vcosωtが印加される。このように各リング状電極22B1〜22B5に印加される高周波電圧によって形成される高周波電場は、リング状電極22B1〜22B5から適宜離れた位置付近にイオンを捕捉する作用を有する。
【0052】
これに加えて、複数のリング状電極22B1…には、それぞれ異なる電圧値の直流電圧U1、U2、…が印加される。この直流電圧U1、U2、…は、外周側から内周側に向かって下り勾配になるポテンシャルを形成するように定められている。この勾配の上り・下りはイオンの極性によって異なるから、分析対象であるイオンの極性によって、直流電圧U1、U2、…の極性は異なる。高周波電場の作用によりリング状電極22B1〜22B5の表面から或る程度の距離以内に位置するイオンには、上述したような下り勾配のポテンシャルを示す直流電場が作用し、そのポテンシャルの勾配に従ってイオンは移動する。その結果、イオンは高周波カーペット22Bの外周側から内周側へ、つまりは第2イオン光軸C2に近づくように移動する。
【0053】
第3実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Bでは、上記実施例と同様に、イオン偏向部23において直流偏向電場の作用で偏向されたイオンを高周波カーペット22Bで収集し、最終的に第2イオン光軸C2付近に集めてオリフィス71から送り出す。一般的に、高周波カーペットは多重極イオンガイドなどに比べてイオン受け容れ範囲が広い。そのため、イオンを収束させる作用を有さないイオン偏向部23において或る程度イオン流が広がった場合でも、そうしたイオンを高周波カーペット22Bで効率良く収集して輸送することができる。
なお、高周波カーペット22Bとしては特許文献2に記載の構成のものを利用してもよいが、本願出願人が出願したPCT/JP2003/066564号に記載の高周波カーペットを利用するとさらに好ましい。
【0054】
[第4実施例]
図9は、第4実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Cの概略構成図である。この実施例では、第3実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Bにおける前段四重極イオンガイド21を、第2実施例で用いたような四重極アレイ型イオンガイド21Aに置き換えている。こうした構成でも、上記実施例と同様の効果が達成されることは明らかである。
【0055】
[第5実施例]
図10は、第5実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Dの概略構成図である。この実施例では、前段のイオン輸送部として四重極イオンガイド21を用い、後段のイオン輸送部として特許文献1等に記載されている一般的なイオンファンネル22Cを用いている。周知のようにイオンファンネルは、導入されたイオンを効率良くその中心軸付近に絞るように収束させることができるから、こうした構成でも、上記実施例と同様の効果が達成されることは明らかである。
【0056】
[第6実施例]
図11は、第6実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Eの概略構成図である。この実施例では、前段のイオン輸送部として四重極アレイ型イオンガイド21Aを用い、後段のイオン輸送部として第5実施例と同様に、イオンファンネル22Cを用いている。こうした構成でも、上記実施例と同様の効果が達成されることは明らかである。
【0057】
[第7実施例]
図12は、第7実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系20Fの概略構成図である。この実施例では、前段及び後段のイオン輸送部としていずれも、イオンファンネル21B、22Cを用いている。こうした構成でも、上記実施例と同様の効果が達成されることは明らかである。
【0058】
以上の各実施例で示しているように、イオン偏向部23を挟んでその前段及び後段にそれぞれ配置されるイオン輸送部としては、高周波電場を利用してイオンを捕集しつつ輸送するものであれば、様々な構成のものを利用することができる。また、イオン偏向部23も、上述した単なる一対の平行平板電極231、232を用いるものに限らない。
【0059】
図13は上記実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系に用いられるイオン偏向部の別の構成例を示す図である。図13(a)に示すイオン偏向部23Aは、円筒状の外側電極233と、その外側電極233の内部空間に、該電極233と電気的に絶縁された状態(例えば接触しない状態)で配置された平板状の内側電極234とを含む。内側電極234は、外側電極233の中心軸上で且つ該中心軸に平行に延展するように配置されている。また、外側電極233の内部空間(外側電極233の周面及び両開放端面で囲まれる円柱状の空間)への内側電極234の挿入長は、その内部空間において内側電極234と外側電極233と間の距離の1/2(図13(a)中のd)程度から外側電極233の長さL程度であればよい。
【0060】
外側電極233及び内側電極234は、外側電極233の周面が第1イオン光軸C1と平行になり、且つ第1イオン光軸C1が外側電極233の内周面と内側電極234との間の中間となる(つまり、図に示すように第1イオン光軸C1から外側電極233の内周面までの距離と第1イオン光軸C1から内側電極234までの距離とが略同一のdとなる)ように配置される。なお、平板状の内側電極234に代えて、棒状の電極を用いてもよい。
【0061】
外側電極233と内側電極234とには上述した一対の平行平板電極231、232と同様の直流電圧が印加される。これにより、外側電極233と内側電極234との間の空間には、イオンを内側電極234の方向に偏向させる直流電場が形成される。外側電極233は円筒状であるため、外側電極233の内周面と内側電極234との間に形成される電場は、外側電極233の内部空間にあるイオンを該外側電極233の中心軸方向に押す作用を有する。そのため、偏向されつつ進むイオンの拡がりは抑えられ、外側電極233の中心軸の周りに収束する。電荷を持たない中性粒子を含むガス流は電場の影響を受けずに直進する。そのため、イオンと中性粒子とは分離され、イオンは効率良く後段イオン輸送部のイオン受け容れ範囲に到達する。
【0062】
また図13(b)に示すイオン偏向部23Bは、外側電極235を半円筒形状としたもので、それ以外はイオン偏向部23Aと同じである。
【0063】
上述した第1〜第7実施例のオフアクシス−イオン輸送光学系ではいずれも、第1イオン光軸C1と第2イオン光軸C2とが一直線状でなく且つ平行であるが、第1イオン光軸C1と第2イオン光軸C2とは平行である必要はなく、例えば斜交又は直交している構成とすることもできる。また、第1イオン光軸C1と第2イオン光軸C2とは交差している(つまりは同一平面上に位置している)必要もなく、イオン偏向部により偏向されたイオンがその入口のイオン受け容れ範囲に到達するような位置に後段イオン輸送部が配置されていればよい。このように第1イオン光軸C1と第2イオン光軸C2とを交差させたり同一平面上に位置しない配置としたりする利点の一つは、オフアクシス−イオン輸送光学系を挟んだその前段と後段のイオン光学系の配置の自由度が高くなり、それによって装置の小形化が図れることである。
【0064】
そうした質量分析装置の一例として、タンデム四重極型質量分析装置に上記オフアクシス−イオン輸送光学系を適用した例について、図14を用いて説明する。図14は、タンデム四重極型質量分析装置において高真空雰囲気に維持される分析室4内の概略構成を示す図である。
【0065】
即ち、試料成分由来のイオンは第1イオン光軸C3に沿って前段四重極マスフィルタ40に導入される。前段四重極マスフィルタ40に印加されている電圧に応じて特定の質量電荷比を有するイオンのみが選択的に該前段四重極マスフィルタ40を通り抜け、その後方に配置されているコリジョンセル41のイオン入射口411を経てコリジョンセル41の内部に入る。コリジョンセル41内には、前段四重極イオンガイド43、後段四重極イオンガイド44、及びイオン偏向部45を含むオフアクシス−イオン輸送光学系42が設置されている。このオフアクシス−イオン輸送光学系42は、上述したように入射側の第1イオン光軸C3と出射側の第2イオン光軸C4とが平行なものではなく、そのイオン光軸C3、C4が所定角度を有して交差している。イオン偏向部45において偏向されたイオンが後段四重極イオンガイド44の入口のイオン受け容れ範囲に到達するように、イオン偏向部45と後段四重極イオンガイド44との位置関係を定めておくことで、偏向されたイオンは後段四重極イオンガイド44で効率良く収集される。
【0066】
コリジョンセル41内にはアルゴンなどの所定の衝突誘起解離(CID)ガスが連続的又は間欠的に導入される。コリジョンセル41内に導入された特定の質量電荷比を有するイオン、つまりプリカーサイオンは、コリジョンセル41内でCIDガスに接触すると開裂を生じてプロダクトイオンが生成される。この開裂はコリジョンセル41内でプリカーサイオンが進行するに伴って促進されるから、プリカーサイオンとプロダクトイオンとが混じった状態のイオンがイオン偏向部45で偏向され、後段四重極イオンガイド44に送り込まれる。そうしたイオンの飛行の間にも開裂は促進され、プリカーサイオン由来のプロダクトイオンがコリジョンセル41のイオン出射口412を経て送り出される。
【0067】
このプロダクトイオンは第2イオン光軸C4に沿ってコリジョンセル41の後段に配置されている後段四重極マスフィルタ46に導入される。後段四重極マスフィルタ46に印加されている電圧に応じて特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが選択的に該後段四重極マスフィルタ46を通り抜けてイオン検出器10に到達し検出される。
【0068】
例えばガスクロマトグラフの検出器としてタンデム四重極型質量分析装置が使用される場合、ガスクロマトグラフにおいてキャリアガスとして使用されているヘリウムなどの希ガスがイオン源に導入される。この場合、電子イオン化法によるイオン源が用いられることが多いが、希ガスはイオン源でエネルギを受けると準安定状態原子(分子)となり易い。そのため、こうして生成された不所望の準安定状態原子が試料成分由来のイオンとともにコリジョンセル41に導入されることがある。準安定状態原子は中性粒子であって電場の影響を受けないから、イオン偏向部45においてイオン(プリカーサイオン、プロダクトイオン)と準安定状態原子とは分離され、後段四重極マスフィルタ46には準安定状態原子は入らない。これによって、準安定状態原子に起因するノイズを回避することができる。
【0069】
また、通常、タンデム四重極型質量分析装置では、前段四重極マスフィルタ40、コリジョンセル41、後段四重極マスフィルタ46をほぼ一直線状に配置するため、分析室4がかなり長くなることが避けられないが、図14に示した構成では、コリジョンセル41内でイオンを偏向させることで分析室4を短くすることができる。それによって、装置全体の外形を小さくすることができ、例えば装置の設置スペースを縮小することができる。
【0070】
もちろん、コリジョンセル41内に設置するオフアクシス−イオン輸送光学系は、上記第2〜第7実施例で示したような構成のもの、或いはそれを変形したものでもよいことは当然である。また、第1イオン光軸C3と第2イオン光軸C4との交差の角度なども適宜定めることができる。また、タンデム四重極型質量分析装置ではなく、後段の質量分離器として飛行時間型質量分析器を用いたQ−TOF型質量分析装置でも同様の構成が可能あることは当然である。
【0071】
また、上記実施例はいずれも本発明の一例に過ぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0072】
1…イオン化室
2…第1中間真空室
3…第2中間真空室
4…分析室
5…エレクトロスプレイノズル
6…加熱キャピラリ
7…スキマー
71…オリフィス
8…イオンガイド
9…四重極マスフィルタ
10…イオン検出器
20、20A、20B、20C、20D、20E、20F…オフアクシス−イオン輸送光学系
21…前段四重極イオンガイド
211、212、213、214、221、222、223、224…ロッド電極
21A…後段四重極アレイ型イオンガイド
211A、212A、213A、214A…仮想ロッド電極
21B、22C…イオンファンネル
22…後段四重極イオンガイド
22A…後段四重極アレイ型イオンガイド
22B…高周波カーペット
22B1、22B2、22B3、22B4、22B5…リング状電極
23、23A、23B…イオン偏向部
231、232…平板電極
233、235…外側電極
234…内側電極
30…制御部
31…第1高周波/直流電圧発生部
32…第2高周波/直流電圧発生部
33…偏向直流電圧発生部
40…前段四重極マスフィルタ
41…コリジョンセル
411…イオン入射口
412…イオン出射口
42…オフアクシス−イオン輸送光学系
43…前段四重極イオンガイド
44…後段四重極イオンガイド
45…イオン偏向部
46…後段四重極マスフィルタ
C1、C3…第1イオン光軸
C2、C4…第2イオン光軸
図1
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