(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6237924
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/10 20060101AFI20171120BHJP
H02M 7/10 20060101ALI20171120BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
H01J49/10
H02M7/10 Z
H02M7/10 B
G01N27/62 G
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-554960(P2016-554960)
(86)(22)【出願日】2014年10月20日
(86)【国際出願番号】JP2014077827
(87)【国際公開番号】WO2016063329
(87)【国際公開日】20160428
【審査請求日】2016年10月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水谷 司朗
【審査官】
杉田 翠
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2014/068780(WO,A1)
【文献】
国際公開第2013/110989(WO,A1)
【文献】
特開2004−040915(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N27/60−27/70
27/92
H01J40/00−49/48
H02M7/00−7/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の成分をイオン化して質量分析するために所定の部位に高電圧を印加する高電圧電源を具備する質量分析装置であって、
前記高電圧電源は、正の高電圧を発生する正電圧発生部と、負の高電圧を発生する負電圧発生部と、前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部でそれぞれ所定の電圧が発生するように各電圧発生部を動作させる電圧制御部と、前記正電圧発生部の一対の正極側出力端と前記負電圧発生部の一対の負極側出力端とが接続され、前記電圧制御部の制御による正電圧出力と負電圧出力との切替え時に、前記正極側出力端又は前記負極側出力端の電圧の絶対値が所定レベル以上になったときに反対側の極性の一対の出力端間のインピーダンスを小さくすることで、その直前に該出力端に溜まっていた電荷を放出する電荷放出補助部と、を有し、
前記高電圧電源からの出力電圧を同極性で|V1|から|V2|(|V1|>|V2|)に変化させる際に、出力電圧を|V1|にするように前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部を動作させている状態から、所定時間、該出力電圧の極性を一時的に切り替えるように前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部を動作させ、そのあとに、再び出力電圧の極性を一時的な切替え前に戻して出力電圧を|V2|にするように前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部を動作させるべく前記電圧制御部を制御する制御部、を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、前記高電圧電源は、
前記正電圧発生部の一対の出力端の一つを前記負電圧発生部の一対の出力端の一つと接続することで両電圧発生部を直列に接続し、その直列接続の両端のうちの一端を基準側として他端から極性の切り替えられた高電圧出力を取り出すようにするとともに、
前記正電圧発生部の一対の出力端の間に接続される第1インピーダンス可変回路部と、前記負電圧発生部の一対の出力端の間に接続される第2インピーダンス可変回路部と、前記正電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第2インピーダンス可変回路部のインピーダンスを変化させるように駆動する第1出力駆動部と、前記負電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第1インピーダンス可変回路部のインピーダンスを変化させるように駆動する第2出力駆動部と、を前記電荷放出補助部として備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載の質量分析装置であって、前記高電圧電源は、
前記正電圧発生部の一対の出力端の一つを前記負電圧発生部の一対の出力端の一つと接続することで両電圧発生部を直列に接続し、その直列接続の両端のうちの一端を基準側として他端から極性の切り替えられた高電圧出力を取り出すようにするとともに、
前記正電圧発生部の一対の出力端の間に配設された、高電圧側から低電圧側に最大電流が所定値に制限された可変電流を供給する第1電流源と、前記負電圧発生部の一対の出力端の間に配設された、高電圧側から低電圧側に最大電流が所定値に制限された可変電流を供給する第2電流源と、前記正電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第2電流源により供給する電流を変化させるように駆動する第1出力駆動部と、前記負電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第1電流源により供給する電流を変化させるように駆動する第2出力駆動部と、を前記電荷放出補助部として備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の質量分析装置であって、
試料由来の正イオンを測定する正イオン測定モードと試料由来の負イオンを測定する負イオン測定モードとの切り替えが可能であり、前記高電圧電源は、その測定モードの切り替えに対応して正負の両極性の高電圧を選択的に出力するものであることを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の質量分析装置であって、
試料溶液を帯電させつつ大気雰囲気中に噴霧するノズルを含むエレクトロスプレーイオン化法によるイオン源を備え、前記高電圧電源による高電圧を前記ノズルに印加することを特徴とする質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン源などに高電圧を印加する高電圧電源装置を備えた質量分析装置に関し、特に、分析対象であるイオンの極性に応じた極性の高電圧をイオン源などに印加する極性切替え可能な高電圧電源装置を備えた質量分析装置に好適である質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフ(LC)の検出器として質量分析装置を用いた液体クロマトグラフ質量分析装置(LC−MS)では、LCのカラムから溶出する液体試料を気化させつつイオン化するために、エレクトロスプレイイオン化(ESI)法や大気圧化学イオン化(APCI)法などの大気圧イオン化法によるイオン源が用いられる。例えばESIイオン源では、液体試料を噴霧するノズルの先端に、分析対象であるイオンと同極性の高電圧(例えば±数[kV]程度)を印加する必要がある。
【0003】
こうした質量分析装置において、正イオンの検出と負イオンの検出とを短い周期で切り替えるためには、そのイオンの極性に応じて印加する高電圧の極性を切り替える必要があり、1系統の出力電圧の極性が切り替え可能であるような構成の高電圧電源装置が使用される。このように極性の異なる高電圧を切り替えるために、従来、高耐圧のリードリレーを用いた高電圧電源装置がよく知られている(例えば特許文献1など参照)。しかしながら、リードリレーを使用した高電圧電源装置では、出力電圧の極性切替えを機械的な接点の切替えで行うため、切替え速度が遅いという問題があった。
【0004】
これに対して本発明者は、特許文献2に記載の新規の構成の高電圧電源装置を提案している。この高電圧電源装置は、いずれも絶縁トランスを用いたDC−DC変換回路を含む正電圧発生回路及び負電圧発生回路を備え、正電圧発生回路による正極側の出力端と負電圧発生回路による負極側の出力端とにそれぞれ並列に抵抗が接続されるとともに、それら二本の抵抗が直列に接続される。そして、直列に接続された抵抗の一端を基準側とし、他端から正又は負の高電圧が取り出される。
【0005】
この高電圧電源装置では、制御回路から正電圧発生回路及び負電圧発生回路にそれぞれ含まれるスイッチング素子に所定の駆動信号を供給することで、正電圧発生回路及び負電圧発生回路においてそれぞれ高電圧を発生させるが、高電圧出力の正負の極性を切り替える際には、正電圧発生回路と負電圧発生回路との一方の出力電圧が正の高電圧+HVから変化してゼロになり、同時に他方の出力電圧がゼロから変化してオーバーシュートして負の高電圧−HVに収束するように制御を行う。このように、立ち上げようとしている側の電圧を意図的にオーバーシュートさせることによって、正負の極性切替えに要する時間を短縮するようにしている。
【0006】
また本発明者は、正負の極性切替えをさらに高速化するために、特許文献2に記載の高電圧電源装置をさらに改良した新規な高電圧電源装置を特許文献3において提案している。この高電圧電源装置では、上記装置において正電圧発生回路による正極側の出力端と負電圧発生回路による負極側の出力端とにそれぞれ並列に接続されていた抵抗を、例えばFETなどによるスイッチ回路に置き換える。また、それぞれのスイッチ回路に並列に、二本の抵抗を直列に接続した回路が接続され、正極側のその二本の抵抗の接続点から取り出された信号が負極側のスイッチ回路のオン・オフ駆動制御信号として入力され、逆に、負極側の二本の抵抗の接続点から取り出された信号が正極側のスイッチ回路のオン・オフ駆動制御信号として入力される。
【0007】
この高電圧電源装置において、例えば、正電圧発生回路が動作することでその出力端に正の高電圧+HVが現れ、負電圧発生回路は実質的に停止していることで出力端の電圧はほぼゼロであるとする。このとき、正極側の出力端の二本の抵抗の接続点にはそれら抵抗の抵抗値の比で高電圧+HVを分割した電圧が発生し、負極側のスイッチ回路に与えられる。それによって、該スイッチ回路はオンし、負電圧発生回路の出力端の間は導通状態となる。この状態から電圧の極性が正から負へと切り替えられると、正電圧発生回路は停止され、負電圧発生回路が動作する。正電圧発生回路の出力端の電圧が所定電圧まで下がると、負極側のスイッチ回路はオフする。一方、負電圧発生回路の出力端の電圧が増加するに伴い、今度は正極側のスイッチ回路がオンする。これによって、正電圧発生回路の出力端に残っていた電荷はスイッチ回路を通して急速に放電され、正電圧発生回路の出力電圧はゼロまでに迅速に下がることになる。
【0008】
このように、出力端に設けられた正極側、負極側の二つのスイッチ回路は、正負の極性切替え時に、ゼロに変化しようとする極性の側の出力端に残る電荷を強制的に放出するように機能する。それによって、ゼロに変化しようとする電圧の立ち下がりが迅速になり、正負の極性切替えを一層高速化することができる。
【0009】
例えば、上述したような正負の極性切替えが高速で行える高電圧電源装置をESIイオン源に使用することで、正イオン測定モードと負イオン測定モードとを短時間で交互に切り替えながらLC/MS分析を実行することができる。それによって、正イオンになり易い化合物と負イオンになり易い化合物との両方を漏れなく検出することができるので、特に多成分一斉分析などに非常に有用である。
【0010】
近年、特に微量成分の定量などのため、質量分析装置にはさらなる高感度化が求められている。従来、ESIイオン源においてノズルに印加する電圧値自体の細かい制御は行われていなかったが、測定対象の化合物の性質などに応じてノズルへの印加電圧を適宜調整することによって、印加電圧が一定である場合に比べてイオン化効率が改善され、イオンの検出感度が向上することが分かっている。そこで、例えば正イオン測定モードでは、ノズルに印加する電圧を+2kV〜+5kV程度の範囲で、化合物に応じて又は化合物毎に設定されるSIM(選択イオンモニタリング)測定対象のイオン若しくはMRM(多重
反応モニタリング)測定対象のトランジション(プリカーサイオンとプロダクトイオンとの組み合わせ)毎に調整することによって、それぞれの化合物に対する検出感度を改善する試みが行われている。
【0011】
しかしながら、通常、SIM測定やMRM測定では数msec〜数十msec程度の短い時間で測定対象のイオンやトランジションを切り替える必要があるが、こうした短時間毎にノズルに印加する電圧の値を切り替えようとすると次のような問題がある。
【0012】
即ち、上記高電圧電源装置に限らず、この種の高電圧電源装置では一般に、出力電圧を平滑化するために出力端には容量性の負荷が存在している。電圧値(電圧の絶対値)を上昇させる際には、出力電流を大きくしておくことで容量性負荷を迅速に充電することができるので、電圧の立ち上がりは高速である。これに対し、電圧値(電圧の絶対値)を下降させる際には、容量性負荷に溜まっている電荷を出力抵抗等による経路を通して放出する必要があり、電圧降下の速度は電圧上昇時に比べるとかなり緩慢になる。例えば、本出願人が製造している特許文献3に記載の高電圧電源装置の一例では、電圧を+2kV→+5kVに上昇させるときの切替えの所要時間は1〜5msecであるのに対し、逆に電圧を+5kV→+2kVに降下させるときの切替えの所要時間は10〜50msecと、電圧上昇時に比べて約10倍程度遅くなる。
【0013】
例えば残留農薬の多成分一斉分析のような用途では、MRM測定を用いて複数の目的化合物由来のイオンを次々に測定する必要があるが、上述したように印加電圧の切替えに時間が掛かると、データの取り込み時間(いわゆるドウェルタイム)を短くしたり、或いは、同時並行的に測定するトランジションの数を制限したりする必要が生じることになる。前者の場合には、検出感度が犠牲になるし、後者の場合には一度に測定可能な化合物の数が少なくなり、場合によっては同じ試料に対して複数回の測定が必要になることもあり得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】米国特許第6002600号明細書
【特許文献2】特許第4687716号公報
【特許文献3】国際公開第2014/068780号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、イオン源などへ印加する高電圧の電圧値を同極性で変化させる際、特に電圧値(絶対値)を下げるように変化させる際に、電圧変化後に電圧が静定するまでのセトリング時間を短縮することができ、それによって例えば一定のサイクルタイムの期間中でより多数の化合物に対するMRM測定やSIM測定を実行することができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上述したように、特許文献3に記載の高電圧電源装置では、出力端に溜まっている電荷を強制的に放出させることで正負の極性切替えを高速化している。それにより、極性切替えに要する時間は1〜10msec程度と、同極性で電圧を上昇させるときの切替え時間並みになる。本発明者は、この極性切替え時間が同極性で電圧を降下させるときの切替え時間に比べて十分に短いことに着目し、同極性で電圧を降下させる電圧の切替え時に本来であれば必要でない極性切替えに相当する動作を加えることで、同極性で電圧を降下させるときの切替え時間を短縮することに想到した。
【0017】
即ち、上記課題を解決するために成された本発明は、試料中の成分をイオン化して質量分析するために所定の部位に高電圧を印加する高電圧電源を具備する質量分析装置であって、
前記高電圧電源は、正の高電圧を発生する正電圧発生部と、負の高電圧を発生する負電圧発生部と、前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部でそれぞれ所定の電圧が発生するように各電圧発生部を動作させる電圧制御部と、前記正電圧発生部の一対の正極側出力端と前記負電圧発生部の一対の負極側出力端とが接続され、前記電圧制御部の制御による正電圧出力と負電圧出力との切替え時に、前記正極側出力端又は前記負極側出力端の電圧
の絶対値が所定レベル以上になったときに反対側の極性の一対の出力端間のインピーダンスを小さくすることで、その直前に該出力端に溜まっていた電荷を放出する電荷放出補助部と、を有し、
前記高電圧電源からの出力電圧を同極性で|V
1|から|V
2|(|V
1|>|V
2|)に変化させる際に、出力電圧を|V
1|にするように前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部を動作させている状態から、所定時間、該出力電圧の極性を一時的に切り替えるように前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部を動作させ、そのあとに、再び出力電圧の極性を一時的な切替え前に戻して出力電圧を|V
2|にするように前記正電圧発生部及び前記負電圧発生部を動作させるべく前記電圧制御部を制御する制御部、を備えることを特徴としている。
【0018】
本発明に係る質量分析装置における高電圧電源としては、典型的には、特許文献3に記載の高電圧電源装置を用いることができる。
即ち、本発明に係る質量分析装置の第1の態様において、前記高電圧電源は、
前記正電圧発生部の一対の出力端の一つを前記負電圧発生部の一対の出力端の一つと接続することで両電圧発生部を直列に接続し、その直列接続の両端のうちの一端を基準側として他端から極性の切り替えられた高電圧出力を取り出すようにするとともに、
前記正電圧発生部の一対の出力端の間に接続される第1インピーダンス可変部と、前記負電圧発生部の一対の出力端の間に接続される第2インピーダンス可変部と、前記正電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第2インピーダンス可変部のインピーダンスを変化させるように駆動する第1出力駆動部と、前記負電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第1インピーダンス可変部のインピーダンスを変化させるように駆動する第2出力駆動部と、を前記電荷放出補助部として備える構成とすることができる。
【0019】
ここで、第1及び第2インピーダンス可変部は、第2及び第1出力駆動部による駆動制御信号に応じてインピーダンスの値が複数段階に変化するものであれば、その段数や変化が連続的であるか不連続(離散的)であるかは問わない。したがって、第1及び第2インピーダンス可変部は、インピーダンスが実質的な無限大と零との二段階に変化するスイッチ回路であってもよい。
【0020】
また本発明に係る質量分析装置の第2の態様において、前記高電圧電源は、
前記正電圧発生部の一対の出力端の一つを前記負電圧発生部の一対の出力端の一つと接続することで両電圧発生部を直列に接続し、その直列接続の両端のうちの一端を基準側として他端から極性の切り替えられた高電圧出力を取り出すようにするとともに、
前記正電圧発生部の一対の出力端の間に配設された、高電圧側から低電圧側に最大電流が所定値に制限された可変電流を供給する第1電流源と、前記負電圧発生部の一対の出力端の間に配設された、高電圧側から低電圧側に最大電流が所定値に制限された可変電流を供給する第2電流源と、前記正電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第2電流源により供給する電流を変化させるように駆動する第1出力駆動部と、前記負電圧発生部の一対の出力端に現れた電圧又は電流に基づいて前記第1電流源により供給する電流を変化させるように駆動する第2出力駆動部と、を前記電荷放出補助部として備える構成とすることができる。
【0021】
第1及び第2の態様のいずれにおいても、例えば正電圧出力から負電圧出力に極性が切り替えられ、負電圧発生部の出力端に電圧が発生すると、正電圧発生部の一対の出力端の間に接続された第1インピーダンス可変部又は第1電流源が駆動され、電圧がゼロに向かって減少している正極側の出力端に蓄積していた電荷が、第1インピーダンス可変部を通して又は第1電流源により放電される。それによって、正の電圧は迅速に立ち下がってゼロになり、負の所定の電圧が電荷放出補助部の出力に現れる。負電圧出力から正電圧出力に極性が切り替えられるときも同様に、負の電圧は迅速に立ち下がってゼロになり、正の所定の電圧が電荷放出補助部の出力に現れる。
【0022】
本発明に係る質量分析装置において、制御部は、高電圧電源から例えばイオン源に印加する電圧を同極性で|V
1|から|V
2|に変化させる際に、電圧制御部を制御することで、出力電圧を|V
1|にするように正電圧発生部及び負電圧発生部を動作させている状態から、一旦、電圧の極性を切り替えるように正電圧発生部及び負電圧発生部を動作させる。例えば正電圧から負電圧に極性を切り替えると、上述したように正電圧発生部の出力端に溜まっていた電荷が電荷放出補助部において短時間で放出される。そのため、正電圧発生部の出力端の電圧が急速に下がる。そして、少なくとも、その電圧が|V
2|よりも下がった時点以降のタイミングで、再び電圧の極性を切替え前に戻して出力電圧を|V
2|にするように正電圧発生部及び負電圧発生部を動作させる。
【0023】
このような制御によって、同極性での電圧の絶対値を降下させる動作を極性切替え動作に置き換える。極性の切替え動作は同極性での電圧絶対値の降下動作に比べて格段に高速である。そのため、例えば、イオン源などに印加する高電圧を予め決められた値に順次切り替え、その電圧が切り替わる毎にデータを取得するような場合に、その電圧切替えのための無駄なセトリング時間を短縮し、データ取得時間に割り当てることができる。具体的には、例えば複数の目的化合物由来のイオンに対するSIM測定やMRM測定を電圧切替え毎に行うというサイクルを繰り返すような場合に、セトリング時間を短縮することで、1サイクルの所要時間を短縮してサイクルの繰り返しの頻度を高くしたり、データを取り込むドゥエルタイムを長くして感度を改善したり、或いは、1サイクル中で実施可能なSIM測定やMRM測定の数(つまりは測定対象のイオンの数)を増やしたりすることができる。
【0024】
本発明に係る質量分析装置は、試料由来の正イオンを測定する正イオン測定モードと試料由来の負イオンを測定する負イオン測定モードとの切り替えが可能である構成である場合と、正イオン測定モード又は負イオン測定モードのいずれか一方のみが可能である構成である場合とがある。前者の場合には、上記高電圧電源は、その測定モードの切り替えに対応して正負の両極性の高電圧を選択的に出力すればよい。また、後者の場合には、その測定モードのイオンの極性に応じて、上記高電圧電源による正又は負のいずれかの極性の高電圧を利用すればよい。
【0025】
また本発明に係る質量分析装置は、典型的には、試料溶液を帯電させつつ大気雰囲気中に噴霧するノズルを含むエレクトロスプレーイオン化(ESI)法によるイオン源を備えた質量分析装置に適用することができる。この場合、上記高電圧電源による高電圧をESIイオン源のノズルに印加すればよい。
こうした構成では例えば、制御部は、試料溶液中の目的化合物に応じて又は該目的化合物に由来する測定対象であるイオンに応じて、ノズルに印加する電圧の極性及び値を切り替えるように電圧制御部を制御するようにすることができる。
【0026】
この構成によれば、目的化合物毎に又は該目的化合物に由来する測定対象であるイオン毎にノズルに印加される電圧をイオン化に最適な電圧とすることができるので、いずれの目的化合物又はイオンに対してもイオン
化効率が良好になり、より多くのイオンを質量分析に供することで検出感度を向上させることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る質量分析装置によれば、イオン源などへ印加する高電圧の電圧値を同極性で下げるように変化させる際の電圧変化の高速化を図ることができる。それによって、多数の化合物に対するMRM測定やSIM測定を高速で実行する場合にも、化合物毎又は測定対象のイオン毎にイオン化に最適な電圧を設定することができ、各化合物又はイオンの検出感度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の一実施例である質量分析装置の概略構成図。
【
図2】本実施例の質量分析装置における高電圧電源の一例を示す構成図。
【
図4】本実施例の質量分析装置において同時に測定対象とされる化合物とそれに対応するノズル電圧の一例を示す図。
【
図5】本実施例の質量分析装置におけるイオン源への印加電圧の切替え時の制御手順を示すフローチャート。
【
図6】本実施例の質量分析装置における高電圧電源と従来の高電圧電源とにおいて高電圧を切り替えたときの実測の電圧波形を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の一実施例である質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例の質量分析装置の概略構成図である。
この質量分析装置は、例えば液体クロマトグラフのカラムから溶出する試料溶液を分析する大気圧イオン化質量分析装置であり、試料溶液をエレクトロスプレイイオン化用のノズル4から略大気圧雰囲気であるイオン化室1内に噴霧することで、該試料溶液に含まれる化合物をイオン化する。この際に、生成するイオンの極性に応じて、つまり正イオン測定モード、負イオン測定モードのいずれを実施するのかに応じて、異なる極性の高電圧をノズル4の先端に印加する必要があるが、その電圧源として後述する、出力電圧の極性を高速に切り替え可能である高電圧電源10が用いられる。
【0030】
上記のように大気圧雰囲気中で生成されたイオンは脱溶媒管5を通して後段の中間真空室2に送られ、図示しない電圧源により駆動されるイオンレンズ6で収束されてさらに真空度の高い高真空室3へ送られる。イオンは高真空室3内に配設された四重極マスフィルタ7の長軸方向の空間に導入される。四重極マスフィルタ7を構成する4本のロッド電極には図示しない電圧源より高周波電圧と直流電圧とを重畳した電圧が印加され、その電圧により形成される電場によって、所定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルタ7を通過する。そして、四重極マスフィルタ7を通過したイオンはイオン検出器8に達し、イオン検出器8は到達したイオンの数に応じたイオン強度信号を出力する。主制御部9は測定条件記憶部90に格納されている各種パラメータを含む測定条件に従って高電圧電源10や図示しないそのほかの電源等を制御することにより、分析動作を遂行する。
【0031】
図2は高電圧電源10の一例を示す構成図、
図3は
図2中の電荷放出補助部26の具体的な構成例を示す図である。この高電圧電源10は、特許文献3に開示されている高電圧電源装置である。
【0032】
図2に示すように、高電圧電源10は、電圧制御部20、正電圧発生部21、負電圧発生部23、及び電荷放出補助部26を備える。
正電圧発生部21は、昇圧用のトランスT1と、トランスT1の一次巻線を駆動する駆動回路22と、トランスT1の二次巻線に接続された、4個のコンデンサC1〜C4及び4個のダイオードD1〜D4から成るコッククロフト−ウォルトン回路による整流回路と、を含む。負電圧発生部23は、コッククロフト−ウォルトン回路中の各ダイオードD5〜D8の向きが正電圧発生部21とは逆になっている点を除き、正電圧発生部21と基本的な構成は同じである。
【0033】
正電圧発生部21の出力端P2と負電圧発生部23の出力端Q1とは接続され、負電圧発生部23の他の出力端Q2は抵抗25を介して接地されている。正電圧発生部21の出力端P1、P2、負電圧発生部23の出力端Q1、Q2には電荷放出補助部26が接続されている。電荷放出補助部26において、正電圧発生部21の出力端P1、P2間には、抵抗60、61の直列接続回路とスイッチ回路62との並列回路が接続され、負電圧発生部23の出力端Q1、Q2間には、抵抗63、64の直列接続回路とスイッチ回路65との並列回路が接続されている。そして、正極側の抵抗60、61の接続点から取り出された信号が負極側のスイッチ回路65のオン・オフ駆動制御信号として入力され、逆に、負極側の抵抗63、64の接続点から取り出された信号が正極側のスイッチ回路62のオン・オフ駆動制御信号として入力されている。
【0034】
また、正電圧発生部21の出力端P1は、極性の切り替えられた高電圧が出力される電圧出力端29に接続されており、この電圧出力端29とグラウンドとの間には、2本の抵抗27、28が直列に接続されており、抵抗27、28の接続点から電圧制御部20に電圧信号がフィードバックされている。図示しないが、正電圧発生部21、負電圧発生部23の駆動回路22、24はそれぞれ、トランスT1の一次巻線に直列接続された直流電圧源及びスイッチング素子を含み、その直流電圧源から一次巻線へ印加される電圧(又は供給される電流)がスイッチング素子により断続される。このスイッチング素子をオン/オフ駆動する矩形波信号のパルス幅は電圧制御部20により制御され、それにより、トランスT1の一次巻線に供給される実効的な電力が変化し、それに伴って正電圧発生部21及び負電圧発生部23の出力電圧はそれぞれゼロから所定電圧まで変化する。
【0035】
この高電圧電源10では、出力電圧の極性を正から負へ又は負から正へ切り替える際の動作が高速に行われる。この出力電圧の極性切替え時の動作を概略的に説明する。
例えばいま、正電圧発生部21が駆動されることで出力端P1、P2間に正の高電圧+HVが現れ、負電圧発生部23の動作は実質的に停止していることで出力端Q1、Q2間の電圧はほぼゼロであるとする。このとき、正極側の抵抗60、61の接続点にはそれら抵抗60、61の抵抗値の比で高電圧+HVを分割した電圧が発生する。この電圧が駆動制御信号として逆極性側のスイッチ回路65に与えられることで該スイッチ回路65はオンし、負電圧発生部23の出力端Q1、Q2間は導通状態となる。
【0036】
この状態から電圧の極性が正から負へと切り替えられると、正電圧発生部21の動作は停止され、負電圧発生部23が駆動される。正電圧発生部21の出力端P1、P2間の電圧は低下し始め所定電圧まで下がるとスイッチ回路65はオフし、逆に負電圧発生部23の出力端Q1、Q2間の電圧(絶対値)は増加する。それに伴い、今度はスイッチ回路62に駆動制御信号が与えられて該スイッチ回路62がオンする。これによって、正電圧発生部21の出力端P1に残っていた電荷はスイッチ回路62を通して急速に放電され、ゼロまで迅速に下降する。
【0037】
スイッチ回路62、65がオンした状態とはスイッチ回路62、65のインピーダンスが非常に低くなって電流が通り易くなった状態であり、逆に、スイッチ回路62、65がオフした状態とはスイッチ回路62、65のインピーダンスが非常に高くなって電流が通りにくくなった状態である。即ち、このスイッチ回路62、65は抵抗60と61、抵抗63と64の抵抗分割による電圧に応じてインピーダンスが大きく変化するインピーダンス可変回路である。
【0038】
図2中に示した電荷放出補助部26はあくまでも原理的な構成であり、具体的には、
図3に示したようにFETやトランジスタ等をスイッチング素子を用いた回路が用いられる。FETのドレイン端子-ソース端子間耐電圧は通常1[kV]程度であり、±10[kV]程度までの高電圧を出力する場合には、1個のFETでは耐電圧を超えてしまう。そこで、
図3に示した例では、FETを10個以上直列に接続し、それらFET621〜62nのドレイン端子-ソース端子間に印加される電圧を均等化するために、直列に接続した抵抗601〜60n、61により出力端P1、P2間の電圧を分割して各FET621〜62nのゲート端子にそれぞれ印加している。
【0039】
直列接続された多数のFET621〜62nの中の最も低電圧側のFET62nのソース端子と出力端P2との間には抵抗62rが接続されており、これにより該FET(以下、他のFETと区別するために「駆動FET」と呼ぶ)62nが他のFET621〜62mに流れる電流を制御する。FET62nのゲート端子は、負極側における抵抗64nと抵抗63との接続点に接続されている。つまり、負の出力電圧が抵抗分割して得られた電圧が正極側のFET62nのゲート端子に印加されている。負極側も同様の構成である。なお、全てのFETのゲート端子-ソース端子間に接続されたツェナーダイオードは、ゲート端子に過電圧が印加されるのを防止する機能を有する。
【0040】
いま、正の高電圧が出力されている状態を考える。このとき、負電圧発生部23の出力電圧はゼロであるから、正極側の駆動FET62nのゲート端子の電圧はほぼゼロである。一方、負極側の駆動FET65nのゲート端子には、正極側の出力電圧が抵抗分割して得られた電圧が印加される。例えば、抵抗分割により得られる電圧が10[V]、駆動FET65nのソース端子に接続された抵抗65rの抵抗値が1[kΩ]であるとし、駆動FET65nのゲート閾値(Vth)が4[V]であるとすると、(10[V]−4[V])/1[kΩ]=6[mA]maxの電流が駆動FET65n及びそのほかの直列接続されたFET651〜65mに流れ得ることになる。ただし、正電圧出力時には負電圧発生部23の出力電圧(出力端Q1、Q2間の電圧)は略ゼロであるから、実際には負極側の駆動FET65n及び他のFET651〜65mには殆ど電流は流れない。
【0041】
一方、負の高電圧が出力されている状態から正の高電圧に切り替えられ、正電圧発生部21の出力端P1、P2間の電圧が立ち上がる途中では、負電圧発生部23の出力には電荷が蓄積されているため、駆動FET65n及びそのほかのFET651〜65mに最大で6[mA]の電流が流れ、これによって蓄積されていた電荷は迅速に放電される。
【0042】
上述したように高電圧電源10では、電荷放出補助部26において、正から負に出力電圧の極性が切り替えられるときには正極側の出力端に残っていた電荷が強制的に放出され、逆に負から正に出力電圧の極性が切り替えられるときには負極側の出力端に残っていた電荷が強制的に放出される。それによって、正負の極性切替えを従来よりも迅速に行えるという利点がある。
【0043】
なお、電荷放出補助部26の構成は
図3に記載のものに限らず、特許文献3に記載されているように、トランジスタなどを用いた構成に変形することもできる。また、
図3に示した回路において、駆動FET62n、65nを含むFETの直列接続回路は上述したように最大電流が制限された電流源であるとみることもできる。したがって、駆動FET62n、65nを含むFETの直列接続回路はそれぞれ可変電流源であると捉えることもできる。
【0044】
次に、本実施例の質量分析装置において主制御部9及び高電圧電源10により実施される特徴的な動作を説明する。
いま、試料溶液に既知の複数の目的化合物が含まれ(厳密には含まれる可能性があり)、その目的化合物を定量する場合を考える。この場合、それら目的化合物由来のイオンの質量電荷比をターゲットとしたSIM測定を所定の測定時間範囲内で繰り返し、それぞれのSIM測定で得られるイオン強度信号からマスクロマトグラム(抽出イオンクロマトグラム)を作成する。そして、マスクロマトグラム上で目的化合物に対応したピークを検出し、そのピーク面積を算出して該ピーク面積値から定量値を求める。
【0045】
ESIイオン源では、化合物の種類によってイオン化効率が最良になる印加電圧の値が異なる。そのため、上述したように複数の目的化合物に対するSIM測定を実施する場合、化合物の種類に応じてノズル4への印加電圧を切り替えると、各目的化合物を高い感度で検出することができる。そこで、例えば或る測定時間範囲において三種の目的化合物に対するSIM測定を行う場合、事前に、
図4に示すように目的化合物に対する最適なノズル電圧を測定パラメータの一つとして設定しておく。こうした設定は分析者が行うようにしてもよいし、予め多数の化合物と最適ノズル電圧との関係を示すテーブル等を作成しておき、分析者により目的化合物が選択されると、上記テーブル等を参照して選択された目的化合物に対応する最適ノズル電圧が自動的に設定されるようにしてもよい。いずれにしても、
図4に示したような情報が測定条件の一つとして測定条件記憶部90に格納される。
【0046】
分析が開始されると、主制御部9は測定条件記憶部90に格納されている測定条件に従って、高電圧電源10や図示しない他の電源などを制御することにより、分析を遂行する。上記測定時間範囲においては、主制御部9は
図4に示した情報等に基づき、三種の化合物A、B、Cにそれぞれ対応する質量電荷比を有するイオンをターゲットとするSIM測定を所定のサイクルで繰り返すように各部を制御する。このとき、ノズル4への印加電圧を、+5[kV]→+2[kV]→+3[kV]→+5[kV]→…と繰り返し変化させる必要がある。高電圧電源10では、例えば+2[kV]→+3[kV]→+5[kV]のように同極性で電圧(の絶対値)が上昇するように出力電圧が切り替えられるときにはその切替えは高速である。一方、+5[kV]→+2[kV]のように同極性で電圧(の絶対値)が降下するように出力電圧が切り替えられるときにはその切替えが緩慢である。そこで、電圧制御部20は主制御部9から出力電圧をV
1からV
2(ただし、ここではV
1、V
2は正極性でV
1>V
2)に切り替える指示が与えられると、
図5に示す手順で電圧の切り替えを実行する。
【0047】
即ち、高電圧電源10の出力電圧がV
1である状態において、V
1→V
2との出力電圧変化の指示を受けると(ステップS1)、電圧制御部20は、まず出力電圧の極性を反転するように正電圧発生部21及び負電圧発生部23を動作させる(ステップS2)。このときの目標とする電圧は極性が負であればその値は−V
1でも−V
2でもよく、また別の値でもよい。上述したように、高電圧電源10では、正負の極性を切り替える際に電荷放出補助部26の自発的な作用により、つまりは電荷放出補助部26以外からの制御信号や駆動信号の供給を受けることなく、出力端に溜まっていた電荷を強制的に放出させる動作が行われる。そのため、極性の切替えは短時間で行われる。
【0048】
電圧制御部20は、極性切替えの制御から所定時間が経過するまで(ステップS3でNo)その状態を保ち、所定時間が経過したときに(ステップS3でYes)、目標とする電圧をV
2とし、出力電圧の極性を再度反転するように正電圧発生部21及び負電圧発生部23を動作させる(ステップS4)。このときの所定時間は実験的に予め決めておくことができる。上述したように、同極性で電圧が降下するように出力電圧を切り替えたとき、出力端に溜まっている電荷は負荷の抵抗(図
2中の抵抗60、61等)を通して放出されるだけであるので電圧が下がるのに時間が掛かる。これに対し、同極性での電圧降下の切替え時に一旦、極性反転動作を行うと、電荷放出補助部26により出力端に溜まっている電荷が強制的に放出されるため、電圧切替えに要する時間を短縮することができる。
【0049】
図6(a)は従来装置で+5[kV]→+2[kV]の電圧切替えを行ったときの電圧変化の実測波形である。この場合には、電圧切替えに約15msecの時間が掛かっている。一方、
図6(b)は本実施例の装置で+5[kV]→+2[kV]の電圧切替えを行ったときの電圧変化の実測波形である。極性を反転させることで出力電圧が急速に低下し、電圧切替えに要する時間は約2msecで済んでいることが分かる。なお、この例では、極性を切り替えることで+5[kV]から下がった電圧が負極性になる前に極性を戻すように、上記ステップS3における所定時間をほぼ最適な値に調整しているが、所定時間はそれほど厳密にする必要はない。例えば、所定時間をもう少し長くして、+5[kV]から下がった電圧が負極性になったとしても、電圧切替えに要する時間は極性反転を行わない場合に比べて十分に短くなる。
【0050】
上記例は、正極性で電圧を降下させる場合であるが、負極性で電圧の絶対値を降下させる、例えば−5[kV]→−2[kV]に電圧を切り替える場合でも、同様に、極性を一旦反転させるように制御を行うことで、電圧切替えの高速化が図れることは明らかである。
【0051】
上記実施例は、本発明をシングルタイプの四重極型質量分析装置に適用したものであるが、コリジョンセルを挟んでその前後に四重極マスフィルタを備えたタンデム四重極型質量分析装置に本発明を適用することができる。一般にタンデム四重極型質量分析装置は、その高いイオン選択性のために、多成分一斉分析に利用されることが多い。一度に分析したい化合物の数が多い場合、一つのトランジションに対するMRM測定の時間は短いから、高電圧電源から出力される電圧の切替えも高速で行う必要がある。したがって、タンデム四重極型質量分析装置においてMRM測定を行う際に、本発明は非常に有用である。
【0052】
また、上記実施例では、高電圧電源から出力される電圧をESIイオン源のノズルに印加していたが、高電圧の印加が必要なそれ以外のイオン源を用いた質量分析装置にも本発明を適用することができる。また、例えばイオン検出器など、イオン源以外で同様の高電圧が必要となる部分に高電圧電
源による出力電圧を印加するものであってもよい。
【0053】
また、上記実施例の質量分析装置では、ESIイオン源のノズル4に印加する高電圧の極性を切り替えることで、正イオン測定と負イオン測定とを選択的に行うことが可能であるが、正イオン測定のみ又は負イオン測定のみが可能である質量分析装置にも本発明を適用可能であることは明らかである。この場合、ノズル4に印加する高電圧の極性を切り替える必要はないものの、上記実施例のように、実質的に出力電圧の正負極性の高速な切り替えが可能である高電圧電源を備え、その極性切替えを利用して同極性の電圧切替えの高速化を図ればよい。
【0054】
さらにまた、上記実施例は本発明の一例にすぎず、上記記載以外に、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0055】
1…イオン化室
2…中間真空室
3…高真空室
4…ノズル
5…脱溶媒管
6…イオンレンズ
7…四重極マスフィルタ
8…イオン検出器
9…主制御部
90…測定条件記憶部
10…高電圧電源
20…電圧制御部
21…正電圧発生部
22、24…駆動回路
23…負電圧発生部
25、27…抵抗
26…電荷放出補助部
29…電圧出力端
P1、P2、Q1、Q2…出力端
C1、C2、C3、C4、C5、C6、C7、C8…コンデンサ
D1、D2、D3、D4、D5、D6、D7、D8…ダイオード
T1、T2…トランス
25、27、28、60、61、63、64、601〜60n、62r、65r…抵抗
62、65…スイッチ回路
621〜62n、651〜65n…FET