特許第6237963号(P6237963)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6237963-高強度鋼板およびその製造方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6237963
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】高強度鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171120BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20171120BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20171120BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20171120BHJP
   C22C 18/04 20060101ALN20171120BHJP
【FI】
   C22C38/00 301U
   C22C38/00 301W
   C22C38/06
   C22C38/00 301T
   C22C38/58
   C21D9/46 J
   !C22C18/04
【請求項の数】8
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-526994(P2017-526994)
(86)(22)【出願日】2017年1月30日
(86)【国際出願番号】JP2017003154
【審査請求日】2017年5月26日
(31)【優先権主張番号】特願2016-42982(P2016-42982)
(32)【優先日】2016年3月7日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】椎森 芳恵
(72)【発明者】
【氏名】金子 真次郎
(72)【発明者】
【氏名】長滝 康伸
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−034326(JP,A)
【文献】 特開2014−019879(JP,A)
【文献】 特開2013−216946(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/051238(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 − 49/14
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成は、質量%で、
C:0.10%以上0.35%以下、
Si:0.5%以上2.0%以下、
Mn:1.5%以上3.0%以下、
P:0.050%以下、
S:0.0100%以下、
Al:0.001%以上1.00%以下、
N:0.0005%以上0.0200%以下を含有し、
C/Mnは0.08以上0.20以下であり、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
組織は、全組織に対する面積率で、
フェライトとベイニティックフェライトの合計が40%以上70%以下、
マルテンサイトが5%以上35%以下、
残留オーステナイトが5%以上30%以下、
さらにベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合が全マルテンサイト(残留オーステナイトを含む)に対して60%以上であり、
測定間隔0.5μmで測定した微小硬さの硬度差が4.0GPa以下である割合が全圧痕数に対して70%以上であり、
8.0GPa以下の微小硬さを有する組織の、全組織に対する割合が85%以上である高強度鋼板。
【請求項2】
前記成分組成に加えて、質量%で、
Ti:0.005%以上0.100%以下、
Nb:0.005%以上0.100%以下、
V:0.005%以上0.100%以下より選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
前記成分組成に加えて、質量%で、
Cr:0.05%以上1.0%以下、
Ni:0.05%以上0.50%以下、
Mo:0.05%以上1.0%以下、
Cu:0.005%以上0.500%以下、
B:0.0001%以上0.0100%以下より選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
前記成分組成に加えて、質量%で、
Ca:0.0001%以上0.0050%以下、
REM:0.0005%以上0.0050%以下より選ばれる1種または2種を含有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記成分組成を有し、粒径が1μm以上25μm以下でありブロック間隔が3μm以下である、ベイナイトとマルテンサイトの合計が全組織に対して80%以上である組織を有する鋼板に対して、
700℃まで平均昇温速度15℃/秒以上で加熱し、
740℃以上860℃以下の温度域で60秒以上600秒以下保持し、
350℃以上550℃以下の温度域まで平均冷却速度50℃/秒以下で冷却し、
引き続き、350℃以上550℃以下の温度域で30秒以上1200秒以下保持する高強度鋼板の製造方法。
【請求項6】
さらに、めっき処理を施す請求項5に記載の高強度鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記めっき処理は、溶融めっき処理、電気めっき処理のいずれかである請求項6に記載の高強度鋼板の製造方法。
【請求項8】
さらに、前記めっき処理後、合金化処理温度450〜600℃で合金化処理を行う請求項6または7に記載の高強度鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複雑な形状にプレス成形される自動車部品などに用いて好適な延性および伸びフランジ性に優れる、引張強度(TS)が980MPa以上の高強度鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から自動車の燃費向上が要求され、自動車車体の軽量化が進められている。また衝突時における乗員の安全性確保の観点から自動車車体の衝突安全性向上も要求されている。このような要求に鑑み、自動車車体に対してTSが980MPa以上の高強度鋼板の適用が拡大している。
【0003】
しかし、一般に、鋼板が高強度化すれば、延性と伸びフランジ性は低下する。このため、高強度化しても高い延性と高い伸びフランジ性を有する高強度鋼板の開発が望まれている。
【0004】
このような要求に対して、例えば特許文献1には、全金属組織に占めるマルテンサイト相および残留オーステナイト相の合計の占積率が90%以上の鋼板を、Ac点以下であってAc点−50℃以上の温度に加熱保持し、Ms点以下まで冷却した後、焼戻す熱処理を行うことで、金属組織の大部分を微細な焼戻しマルテンサイト相とし、かつ残留オーステナイト相の体積比率を3%以下に抑えた、延性および伸びフランジ性を向上させた高強度鋼板が開示されている。
【0005】
特許文献2には、Mo、Vの添加を必須と規定し、マルテンサイト、焼戻しマルテンサイト、ベイナイトのいずれか1種類以上を面積率にて70%以上、残留オーステナイトを面積率にて5%以下とする組織を有する、耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板が開示されている。
【0006】
特許文献3には、焼き戻しマルテンサイト、フェライト、残留オーステナイトからなる組織を有し、鋼板表面のMn−Si複合酸化物の個数とSiを主体とする酸化物の鋼板表面被覆率を規定した、塗膜密着性と延性に優れた高強度冷延鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4291860号公報
【特許文献2】特許第4362319号公報
【特許文献3】特許第3889768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1は、金属組織の大部分を微細な焼戻しマルテンサイト相とすることで高い伸びフランジ性を有しているものの、残留オーステナイト相の体積比率が3%以下と低い。このため、引張強度980MPa以上での伸び(EL)は高々16%であり、十分な延性を有さない問題がある。
【0009】
特許文献2は、高価なMo、Vの添加を必須と規定するだけで、加工性に関する知見はない。実際、残留オーステナイトの体積分率が少ないので、延性に問題が残っている。
【0010】
特許文献3は、焼き戻しマルテンサイトの体積分率が多すぎるために、十分なTS×λバランスを達成できない場合がある。
【0011】
本発明は係る問題に鑑み、優れた延性および伸びフランジ性を有し、かつTSが980MPa以上の高強度鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、粒径が1μm以上25μm以下でありブロック間隔が3μm以下である、ベイナイトとマルテンサイトの合計が鋼板の全組織に対して80%以上である組織を有する鋼板に対して、焼鈍温度までの昇温速度、焼鈍温度、焼鈍後の冷却速度、および冷却停止温度を厳密に制御することで、金属組織中のフェライト、ベイニティックフェライト、マルテンサイト、残留オーステナイトの鋼板組織全体に対する面積率を調整する。また、ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合と、ナノ硬度(以下、微小硬さと称する場合もある。)の硬度差を制御する。その結果、従来よりも格段に優れた延性と伸びフランジ性を有し、かつTSが980MPa以上の高強度鋼板が得られることを見出した。本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
[1] 成分組成は、質量%で、C:0.10%以上0.35%以下、Si:0.5%以上2.0%以下、Mn:1.5%以上3.0%以下、P:0.050%以下、S:0.0100%以下、Al:0.001%以上1.00%以下、N:0.0005%以上0.0200%以下を含有し、C/Mnは0.08以上0.20以下であり、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、全組織に対する面積率で、フェライトとベイニティックフェライトの合計が40%以上70%以下、マルテンサイトが5%以上35%以下、残留オーステナイトが5%以上30%以下、さらにベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合が全マルテンサイト(残留オーステナイトを含む)に対して60%以上であり、測定間隔0.5μmで測定した微小硬さの硬度差が4.0GPa以下である割合が全圧痕数に対して70%以上であり、8.0GPa以下の微小硬さを有する組織の、全組織に対する割合が85%以上である高強度鋼板。
[2] 前記成分組成に加えて、質量%で、Ti:0.005%以上0.100%以下、Nb:0.005%以上0.100%以下、V:0.005%以上0.100%以下より選ばれる1種または2種以上を含有する上記[1]に記載の高強度鋼板。
[3] 前記成分組成に加えて、質量%で、Cr:0.05%以上1.0%以下、Ni:0.05%以上0.50%以下、Mo:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.005%以上0.500%以下、B:0.0001%以上0.0100%以下より選ばれる1種または2種以上を含有する上記[1]または[2]に記載の高強度鋼板。
[4] 前記成分組成に加えて、質量%で、Ca:0.0001%以上0.0050%以下、REM:0.0005%以上0.0050%以下より選ばれる1種または2種を含有する上記[1]〜[3]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[5] 上記[1]〜[4]のいずれかに記載の成分組成を有し、粒径が1μm以上25μm以下でありブロック間隔が3μm以下である、ベイナイトとマルテンサイトの合計が全組織に対して80%以上である組織を有する鋼板に対して、700℃まで平均昇温速度15℃/秒以上で加熱し、740℃以上860℃以下の温度域で60秒以上600秒以下保持し、350℃以上550℃以下の温度域まで平均冷却速度50℃/秒以下で冷却し、引き続き、350℃以上550℃以下の温度域で30秒以上1200秒以下保持する高強度鋼板の製造方法。
[6]さらに、めっき処理を施す上記[5]に記載の高強度鋼板の製造方法。
[7] 前記めっき処理は、溶融めっき処理、電気めっき処理のいずれかである上記[6]に記載の高強度鋼板の製造方法。
[8] さらに、前記めっき処理後、合金化処理温度450〜600℃で合金化処理を行う上記[6]または[7]に記載の高強度鋼板の製造方法。
【0014】
なお、本発明において、高強度鋼板とは、引張強度(TS)が980MPa以上の鋼板であり、熱延鋼板、冷延鋼板、めっき処理、合金化めっき処理などの表面処理を熱延鋼板、冷延鋼板に施した鋼板を含むものである。また、本発明において、延性に優れたとは、伸び(EL)が20%以上であることを、また、伸びフランジ性に優れたとは、引張強度(TS)と穴拡げ率(λ)の積の値、すなわち伸びフランジ性(TS×λ)が22000MPa・%以上であることを意味する。さらに、本発明において鋼板とは、熱延鋼板の場合は、板厚が1.2〜6.0mmの範囲を、また、冷延鋼板の場合およびめっき鋼板の場合は、板厚が0.6〜2.6mmの範囲を意味する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、TS:980MPa以上を有し、かつ延性と伸びフランジ性に優れた高強度鋼板が得られる。本発明の高強度鋼板は、EL:20%以上、TS×λ:22000MPa・%以上と延性および伸びフランジ性に優れるため、複雑な形状にプレス成形される自動車部品用として好適である。さらに、本発明により製造した構造部品を自動車車体に適用することにより、一層の衝突安全性の向上と車体軽量化による燃費向上が達成されるので、産業の発展に大きく寄与することができる。なお、本発明では、延性と伸びフランジ性のすべてに優れた場合を、加工性に優れたと称する場合もある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)を説明する一部拡大略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の高強度鋼板の成分組成と、組織の適正範囲およびその限定理由について説明する。なお、以下の成分組成を表す%は、特に断らない限り質量%を意味するものとする。
【0018】
C:0.10%以上0.35%以下
Cは、強度に寄与する元素であり、鋼中に固溶してあるいは炭化物として析出して、鋼の強度を増加させる作用がある。さらに、延性の向上に寄与する重要な元素であり、残留オーステナイトに濃化することでその安定化を高める作用がある。TS:980MPa以上において、これらの作用を利用するためには、0.10%以上含有させることが必要である。一方、過度の含有は、強度上昇による伸びフランジ性の低下を招くとともに溶接性を損なう場合がある。よって、上限は0.35%以下とする。従って、Cは0.10%以上0.35%以下とする。好ましくは、0.18%以上である。好ましくは、0.28%以下である。
【0019】
Si:0.5%以上2.0%以下
Siは、固溶強化による鋼の高強度化に加え、加工硬化能を高めてフェライトの延性改善にも寄与する。また本発明では、オーステナイト中へのC濃化を促進させ、残留オーステナイトの安定化にも寄与する。これらの作用を得るためには0.5%以上含有させることが必要である。一方、2.0%を超える含有は、その効果を飽和させるだけでなく、表面性状に甚大な問題を生じるとともに、化成処理性やめっき性の低下を招く恐れがある。従って、Siは0.5%以上2.0%以下とする。好ましくは、1.0%以上である。好ましくは、1.66%以下である。
【0020】
Mn:1.5%以上3.0%以下
Mnは、マルテンサイトを所望量生成させることで、高強度化に寄与する。本発明の目的とする強度を得るためには、1.5%以上含有させることが必要である。一方、3.0%を超える含有は、焼入れ性の向上により、マルテンサイトが過剰に生成される。マルテンサイトが過剰に生成されることにより、8.0GPa超の微小硬さを有する組織の割合が増加し、伸びフランジ性の低下を招く。また、残留オーステナイトの生成を抑制する作用もあるため、本発明の目的とする残留オーステナイト量が得られず、加工性の低下を招く。従って、Mnは1.5%以上3.0%以下とする。好ましくは、1.5%以上である。好ましくは、2.5%以下である。
【0021】
P:0.050%以下
Pは、鋼中に不可避的に混入するものであり、鋼の強化には有効な元素であるが、溶接性を低下させるため、0.050%以下とする。好ましくは、0.030%以下である。なお、Pは、低減することが好ましいが、0.001%に満たないとその精製に過剰なコストがかかる。よって、Pの下限は0.001%以上が好ましい。
【0022】
S:0.0100%以下
Sは、鋼中に不可避的に混入するものであり、粗大なMnSなどの介在物を形成し、局部延性を著しく低下させるため、0.0100%以下とする。好ましくは、0.0050%以下である。なお、Sは、0.0001%に満たないとその精製に過剰なコストがかかる。よって、Sの下限は0.0001%以上が好ましい。より好ましくは、0.0005%以上である。
【0023】
Al:0.001%以上1.00%以下
Alは、Siと同様に、オーステナイト中へのC濃化を促進させ、残留オーステナイトを安定化する作用がある。残留オーステナイト生成促進の観点から、Alは0.001%以上含有させる必要がある。しかし、多量に添加すると製造コストが高騰する。従って、Alは0.001%以上1.00%以下とする。好ましくは0.03%以上である。好ましくは、0.6%以下である。
【0024】
N:0.0005%以上0.0200%以下
Nは、鋼中に不可避的に混入するものであり、Alなどの炭窒化物形成元素と結びつくことで析出物を形成し、強度向上や組織の微細化に寄与する。この効果を得るためには、0.0005%以上の含有が必要である。一方、Nは0.0200%を越えて多量に含有すると耐時効性を低下させる。このため、Nは0.0005%以上0.0200%以下とする。
【0025】
C/Mn:0.08以上0.20以下
残留オーステナイトは歪誘起変態、すなわち材料が変形する場合に、歪みを受けた部分がマルテンサイトに変態することで変形部が硬質化し、歪の局所化を防ぐ効果がある。上述のとおり、Cは残留オーステナイトの安定化に寄与するが、Mnは残留オーステナイトの生成を抑制する作用があるため、C/Mnを適切に制御する必要がある。C/Mnが0.08に満たない場合は、Cが少なくMnが多い。このため、残留オーステナイトの安定性が低くなり、かつ、残留オーステナイトの生成を抑制するので、安定な残留オーステナイトを所望量生成させることができない。一方で、C/Mnが0.20を超える場合は、Cが多くMnが少ない。このため、残留オーステナイト中のC濃度が過度に上昇し、歪誘起によるマルテンサイト変態時に、マルテンサイトが過度に硬質化するため加工性の低下を招く。従って、C/Mnは0.08以上0.20以下とする。好ましくは、0.18以下である。
【0026】
残部は鉄および不可避的不純物である。ただし、本発明の効果を損なわない範囲においては、上記以外の成分を拒むものではない。
【0027】
以上の必須元素で本発明の鋼板は目的とする特性が得られるが、上記の必須元素に加えて、必要に応じて下記の元素を含有することができる。
【0028】
Ti:0.005%以上0.100%以下、Nb:0.005%以上0.100%以下、V:0.005%以上0.100%以下より選ばれる1種または2種以上
Ti、Nb、Vは、炭窒化物を形成し析出強化の作用および結晶粒を微細化する作用を有するため、鋼の強化元素として有用である。このような作用を有効に発揮させるためには、Ti、Nb、Vは0.005%以上含有することが好ましい。一方、Ti、Nb、Vを0.100%超えて含有した場合、その効果が飽和する。また、過度の添加はコストアップの要因になる。従って、それぞれTiは0.005%以上0.100%以下、Nbは0.005%以上0.100%以下、Vは0.005%以上0.100%以下が好ましい。
【0029】
Cr:0.05%以上1.0%以下、Ni:0.05%以上0.50%以下、Mo:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.005%以上0.500%以下、B:0.0001%以上0.0100%以下、より選ばれる1種または2種以上
Cr、Ni、Mo、Cu、Bは、焼入れ性を高め、マルテンサイトの生成を促進する作用を有するため、鋼の強化元素として有用である。このような作用を有効に発揮させるためには、Cr、Ni、Moはそれぞれ0.05%以上、Cuは0.005%以上、Bは0.0001%以上を含有することが好ましい。一方、それぞれCr、Moを1.0%超、Niを0.50%超、Cuを0.500%超、Bを0.0100%超えて含有した場合、過度にマルテンサイトが生成されるため、延性の低下を招くおそれがある。従って、それぞれCrは0.05%以上1.0%以下、Niは0.05%以上0.50%以下、Moは0.05%以上1.0%以下、Cuは:0.005%以上0.500%以下、Bは0.0001%以上0.0100%以下が好ましい。
【0030】
Ca:0.0001%以上0.0050%以下、REM:0.0005%以上0.0050%以下より選ばれる1種または2種
Ca、REMは、硫化物系介在物の形態を制御する作用を有し、局部延性の低下抑制に有効である。このような作用を有効に発揮させるためには、Caは0.0001%以上、REMは0.0005%以上を含有することが好ましい。一方、Ca、REMを0.0050%超えて含有した場合、その効果が飽和する。従って、それぞれCaは0.0001%以上0.0050%以下、REMは0.0005%以上0.0050%以下が好ましい。
【0031】
次に、本発明の高強度鋼板の重要な要件である金属組織等について説明する。なお、以下の面積率は、鋼板組織全体に対する面積率とする。
【0032】
フェライトとベイニティックフェライトの合計の面積率:40%以上70%以下
フェライトは焼鈍後の冷却中に生成され、鋼の延性向上に寄与する。ベイニティックフェライトは冷却停止温度に保持中に生成され、生成される際にはき出されるCがオーステナイト中に濃化することで、残留オーステナイトの安定性を高める効果がある。これとともに、変形時には、歪みを受けた残留オーステナイトがマルテンサイトに変態することで変形部が硬質化し、歪の局所化を防ぐ効果もある。フェライトとベイニティックフェライトの合計の面積率が40%に満たない場合、延性の確保が困難になる。一方、フェライトとベイニティックフェライトの合計の面積率が70%を超える場合、980MPa以上のTSを確保することが困難になる。従って、フェライトとベイニティックフェライトの合計の面積率は、40%以上70%以下とする。好ましくは、45%以上である。好ましくは、65%以下である。なお、フェライト、ベイニティックフェライトの面積率は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0033】
なお、フェライトとベイニティックフェライトの割合は特に限定しないが、好ましくは、フェライトが全組織に対して10%以下、または、ベイニティックフェライトが、フェライトとベイニティックフェライトの合計に対して75%以上である。
【0034】
マルテンサイトの面積率:5%以上35%以下
本発明では、強度確保のため、組織中にマルテンサイトを一部導入するが、マルテンサイトの面積率が35%超であると成形性が確保できなくなる。一方、マルテンサイトの面積率が5%未満であると所望の強度を得ることができない。従って、マルテンサイトの面積率は、5%以上35%以下とする。好ましくは、10%以上である。好ましくは、30%以下である。なお、マルテンサイトの面積率は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0035】
残留オーステナイトの面積率:5%以上30%以下
残留オーステナイトは、歪誘起変態、すなわち材料が変形する場合に、歪みを受けた部分がマルテンサイトに変態することで変形部が硬質化し、歪の局所化を防ぐ。980MPa以上のTSを維持しながら高加工性化するためには、面積率で5%以上の残留オーステナイトを有する必要がある。一方、残留オーステナイトは、面積率で30%を超えて存在するとプレス成形時にフランジ部に割れが生じやすくなる。従って、残留オーステナイトの面積率は5%以上30%以下とする。好ましくは、10%以上である。好ましくは、25%以下である。なお、残留オーステナイトの面積率は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0036】
ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合が全マルテンサイト(残留オーステナイトを含む)に対する割合:60%以上
残留オーステナイトは、歪誘起変態、すなわち材料が変形する場合に、歪みを受けた部分がマルテンサイトに変態する。マルテンサイトまたは残留オーステナイトがベイニティックフェライトと隣接している場合に比べ、フェライトと隣接している場合の方が隣接する組織の硬度差が大きくなり、変形時に組織の界面に応力が集中してボイド発生の起点になるため、伸びフランジ性が低下する。よって、ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合が、全マルテンサイト(残留オーステナイトを含む)に対して60%以上とする。好ましくは、65%以上である。
【0037】
ここで、本発明において、「ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)」を次のように定義する。以下、図1を参照しながら説明する。
「ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)」とは、マルテンサイト(残留オーステナイトを含む)が組織境界において1箇所でもベイニティックフェライトと接している状態で、かつ、マルテンサイト(残留オーステナイトを含む)が組織境界において1箇所もフェライトと接していない状態である。具体的には、図1の符号a、bは「ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)」に該当するが、符号cはこれに該当しない。
【0038】
上記の割合は、以下のように表すことができる。
((ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む))/(全マルテンサイト(残留オーステナイトを含む))×100≧60
なお、金属組織の面積率は、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0039】
測定間隔0.5μmで測定した微小硬さの硬度差が4.0GPa以下である割合が全圧痕数に対する割合:70%以上
微小硬さの硬度差が大きい場合、すなわち、隣り合う組織のナノ硬度の硬度差が大きい場合、変形時に組織の界面に応力が集中してボイド発生の起点になるため、伸びフランジ性の低下を招く。よって、微小硬さの硬度差は、4.0GPa以下とする。ここで、微小硬さの硬度差とは、測定間隔を0.5μmで圧痕し測定した場合の、隣り合う測定点(上下左右の4点)における微小硬さの差のうち最大値とする。また、4.0GPa以下の割合が、70%未満では所望の伸びフランジ性の確保が困難である。従って、測定間隔0.5μmで測定した場合の、隣り合う測定点(上下左右の4点)における微小硬さの硬度差が、4.0GPa以下である割合を全圧痕数(測定数)に対して70%以上とする。好ましくは75%以上である。ここでの微小硬さは、ナノインデンテーションにより求めた硬さのことである。なお、微小硬さは、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0040】
8.0GPa以下の微小硬さを有する組織の、全組織に対する割合:85%以上
8.0GPa超の微小硬さを有する組織の割合が多い場合、すなわち、硬質相が増加した場合、強度上昇による伸びフランジ性の低下を招く。よって、微小硬さは8.0GPa以下とする。ここでは、硬質相はマルテンサイトである。また、8.0GPa以下の割合が、85%未満では硬質相の割合が多くなり、強度上昇により伸びフランジ性の確保が困難である。従って、全組織に対する8.0GPa以下の微小硬さを有する組織の割合は85%以上とする。なお、微小硬さは、後述する実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0041】
次に、本発明の高強度鋼板の製造方法について説明する。
【0042】
本発明の高強度鋼板の製造方法は、上記した成分組成を有し、粒径が1μm以上25μm以下でありブロック間隔が3μm以下である、ベイナイトとマルテンサイトの合計が、全組織に対して80%以上である組織を有する鋼板に対して、700℃まで平均昇温速度15℃/秒以上で加熱し、740℃以上860℃以下の焼鈍温度で60秒以上600秒以下保持し、350℃以上550℃以下の温度域まで平均冷却速度50℃/秒以下で冷却し、引き続き、350℃以上550℃以下の温度域で30秒以上1200秒以下保持するものである。
【0043】
以下、詳細に説明する。
粒径が1μm以上25μm以下でありブロック間隔が3μm以下である、低温変態相(ベイナイト、マルテンサイト)の合計が、全組織に対する面積率で80%以上である組織を有する鋼板を出発鋼板とする。
【0044】
ここで、上記鋼板の製造方法について説明する。上記した組織が得られれば、特にこれを限定しないが、例えば以下の方法で製造することができる。
【0045】
熱延鋼板を上記鋼板とする場合は、上記の成分組成範囲に調整した鋼を溶製、鋳造して得られたスラブを用い、加熱温度を1250℃以上、仕上げ圧延出側温度:850℃以上で圧延し、平均冷却速度30℃/秒以上で巻取温度まで冷却し、巻取温度:350℃以上550℃以下とする熱間圧延を行う。こうして得られた熱延鋼板は、上記組織を有する鋼板とすることができる。
【0046】
また、冷延鋼板を上記鋼板とする場合は、上記の成分組成範囲に調整した鋼を溶製、鋳造して得られたスラブを用い、加熱温度を1250℃以上、仕上げ圧延出側温度:850℃以上で圧延し、平均冷却速度30℃/秒以上で巻取温度まで冷却し、巻取温度:600℃以上700℃以下とする熱間圧延を行う。得られた熱延板は、塩酸酸洗を行った後、圧下率40%以上で冷間圧延し、均熱温度をAc変態点以上、保持時間を60秒以上600秒以下、均熱温度から冷却停止温度までの平均冷却速度を50℃/秒未満、冷却停止温度を350℃以上550℃以下、350℃以上550℃以下の温度域での保持時間を30秒以上1200秒以下とする熱処理を行う。こうして得られた冷延鋼板は、上記組織を有する鋼板とすることができる。
【0047】
ここで、Ac変態点は、以下に示すAndrewsらの式より求めることができる。
Ac=910−203[C]1/2+45[Si]−30[Mn]−20[Cu]
−15[Ni]+11[Cr]+32[Mo]+104[V]+400[Ti]+460[Al]
なお、式中の元素記号は鋼板中含有量(質量%)を表す。含まない元素の場合は、式中の元素記号を0として計算する。
【0048】
粒径が1μm未満の低温変態相を生成させるためには、例えば強加工による粒の微細化などを行う必要があり、生産性を著しく低下させる。一方、粒径が25μmを超える場合やブロック間隔が3μmを越える場合、最終組織において微小硬さの大きい組織が生成しやすく、伸びフランジ性の低下を招く。さらに、低温変態相が80%に満たない場合も、最終組織において微小硬さの大きい組織が生成しやすく、伸びフランジ性の低下を招く。従って、粒径が1μm以上25μm以下でありブロック間隔が3μm以下である低温変態相が全組織に対して80%以上とする。好ましくは、85%以上である。本発明における低温変態相とは、ベイナイトとマルテンサイトである。
【0049】
700℃までの平均昇温速度:15℃/秒以上
平均昇温速度が15℃/秒に満たない場合、出発組織の低温変態相(ベイナイトおよびマルテンサイト)は、昇温中にラス構造を維持したまま逆変態することができず、セメンタイトが析出しやすく、あるいは溶解した際に合体しやすくなる。その結果、逆変態後のオーステナイトが塊状となり、最終組織において微小硬さの大きい組織が増加するため、伸びフランジ性の低下を招く。従って、700℃までの平均昇温速度が15℃/秒以上とする。好ましくは、20℃/秒以上である。
【0050】
焼鈍温度:740℃以上860℃以下
焼鈍温度が740℃よりも低い場合、焼鈍中にフェライトの体積分率が多くなり、最終的に得られる組織におけるフェライトの面積比率が多くなる。このため、980MPa以上のTSの確保が困難になる。一方、焼鈍温度が860℃を越える場合、焼鈍時に出発鋼板組織の低温変態相のラス構造を維持できなくなる。このため、最終組織においてベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイトまたは残留オーステナイトが減り、伸びフランジ性の低下を招く。従って、焼鈍温度は740℃以上860℃以下とする。好ましくは、760℃以上である。好ましくは、840℃以下である。
【0051】
焼鈍温度での保持時間:60秒以上600秒以下
焼鈍温度での保持時間が60秒に満たない場合、焼鈍中にオーステナイト安定化元素であるCおよびMnがオーステナイトへ十分濃化できないため、最終組織における残留オーステナイト中のCおよびMnの濃化が低下する。このため、残留オーステナイトの安定性が低下し、延性の低下を招く。一方、焼鈍温度での保持時間が600秒を超える場合、焼鈍時のオーステナイト分率が増加するため、最終組織において塊状のマルテンサイトが生成しやすくなる。このため、8.0GPa超の微小硬さをもつ組織が増加し、伸びフランジ性の低下を招く。従って、焼鈍温度での保持時間は60秒以上600秒以下とする。好ましくは、90秒以上である。好ましくは、300秒以下である。なお、焼鈍温度での保持時間とは、焼鈍温度、すなわち740℃以上860℃以下の温度域における、滞留時間をいう。
【0052】
平均冷却速度:50℃/秒以下
平均冷却速度が50℃/秒を超える場合、冷却中にフェライト、ベイニティックフェライトの生成が抑制され、所望量のフェライトとベイニティックフェライトが得られず、延性が低下する。従って、平均冷却速度は50℃/秒以下とする。好ましくは、35℃/秒以下である。なお、この冷却は、ガス冷却の他、炉冷、ミスト冷却、ロール冷却、水冷などを組み合わせて行うことが可能である。
【0053】
冷却停止温度:350℃以上550℃以下
冷却を停止する冷却停止温度が550℃を超える場合、残留オーステナイトの生成が抑制されるため、延性の低下を招く。一方、350℃に満たない場合、過度にマルテンサイト相が生成する。このため、微小硬さの大きい組織が増加し、伸びフランジ性の低下を招く。従って、冷却停止温度は350℃以上550℃以下とする。好ましくは、375℃以上である。好ましくは、500℃以下である。
【0054】
350℃以上550℃以下の温度域での保持時間:30秒以上1200秒以下
350℃以上550℃以下での保持時間が30秒に満たない場合は、所望の量の残留オーステナイトを得ることが困難となり、過度にマルテンサイトが生成する。このため、延性および伸びフランジ性の低下を招く。一方、保持時間が1200秒以上を超えても、残留オーステナイトの生成量には増加はない。このため延性の顕著な向上は認められず、生産性の低下を招くだけである。従って、350℃以上550℃以下での保持時間は30秒以上1200秒以下とする。好ましくは、60秒以上900秒以下である。
【0055】
以上により、本発明の高強度鋼板が製造される。得られた高強度鋼板は、めっき処理やめっき浴の組成によって材質に影響をおよぼされずに、本発明の効果は得られるため、めっき処理として、溶融めっき処理、合金化溶融めっき処理、電気めっき処理のいずれも施すことができる。例えば、亜鉛めっき鋼板、合金化亜鉛めっき鋼板、亜鉛アルミめっき鋼板、亜鉛ニッケルめっき鋼板、アルミめっき鋼板、亜鉛マグネシウムめっき鋼板、亜鉛アルミマグネシウムめっき鋼板とすることができる。
【0056】
めっき処理(好適条件)
めっき浴に浸漬し、めっき処理を行う。例えば、溶融亜鉛めっき処理の場合、めっき浴は440〜500℃が好ましい。めっき浴が440℃未満では亜鉛が溶融しない。一方、500℃超えではめっきの合金化が過剰に進んでしまう。また、溶融亜鉛めっき処理には、Al量が0.10質量%以上0.23質量%以下である亜鉛めっき浴を用いることが好ましい。
【0057】
めっき処理後、合金化処理温度450〜600℃で合金化処理(好適条件)
めっき処理後、450〜600℃まで再加熱をおこない、再加熱温度で所定時間保持することで合金化めっき鋼板とすることができる。再加熱温度が450℃未満では、合金化が不十分である。一方、600℃超えでは合金化時に未変態オーステナイトがパーライトへ変態し、所望の残留オーステナイトの体積率を確保できず、延性の低下を招く場合がある。よって、合金化処理温度は450〜600℃が好ましい。なお、合金化処理温度での保持時間は特に限定されないが、保持時間が1s未満では合金化が不十分である。よって、保持時間の下限は1s以上が好ましく、より好ましくは10秒以上である。保持時間の上限は120秒以下が好ましく、より好ましくは30秒である。なお、再加熱温度とは鋼板表面の温度とする。
その他、目付け量やめっき装置等のめっき条件(要領)については、常法によって行うことができる。
【実施例】
【0058】
以下、本発明に係る高強度鋼板およびその製造方法の作用・効果について、実施例を用いて説明する。
【0059】
表1に示す成分組成を有する真空溶解鋼をラボにて溶製し、板厚20mmのシートバースラブを作製した。これらのシートバースラブを、加熱温度を1250℃、仕上げ圧延出側温度を880℃で圧延し、圧延終了後40℃/秒で650℃まで冷却し、650℃で巻取り相当熱処理を行った熱延板は、塩酸酸洗および圧下率50%で冷間圧延を行い、板厚1.2mmの冷延鋼板とし、次いで、表2に示す熱処理条件で熱処理を行い、冷延鋼板を製造した。なお、この冷延鋼板を出発鋼板とする。
【0060】
また、表1に示す成分組成を有する真空溶解鋼をラボにて溶製し、板厚20mmのシートバースラブを作製した。これらのシートバースラブを、加熱温度を1250℃、仕上げ圧延出側温度を880℃で圧延し、圧延終了後50℃/秒で450℃まで冷却し、450℃で巻取り相当熱処理を行い、熱延鋼板を製造した。なお、この熱延鋼板を出発鋼板とする。
【0061】
次いで、上記熱延鋼板、上記冷延鋼板に対して、表2に示す熱処理条件で、加熱、焼鈍保持、冷却および冷却停止後の保持を行い、熱延鋼板又は冷延鋼板を得た。一部の鋼板に対しては、次いで0.13質量%のAlを含有する475℃の亜鉛めっき浴中に3秒浸漬し、片面当たり付着量45g/mの亜鉛めっき層を形成し亜鉛めっき冷延鋼板を製造した。さらに一部の亜鉛めっき冷延鋼板に対して、合金化処理を行い、引き続き冷却を施して、合金化亜鉛めっき冷延鋼板を作製した。なお、一部の亜鉛めっき冷延鋼板では、合金化処理を行わなかった。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
出発鋼板、および上記のようにして得た熱延鋼板、冷延鋼板、亜鉛めっき冷延鋼板、合金化亜鉛めっき冷延鋼板について、下記に示すように、鋼板の組織、機械特性を調査した。得られた結果を表2、表3に示す。
【0065】
出発鋼板のベイナイトとマルテンサイトの面積率
出発鋼板のベイナイトとマルテンサイトの面積率は、圧延方向断面で、板厚の1/4位置の面をナイタールで腐食後に、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することにより調査した。観察は観察視野5箇所で実施した。倍率が2000倍の断面組織写真を用い、画像解析により、任意に設定した50μm×50μm四方の正方形領域内に存在する各組織の占有面積を求め、平均値を算出し、これを面積率とした。塊状な形状として観察される黒色領域をフェライト、それ以外の部分で、内部に下部組織、例えばブロック、パケットなどの内部構造が認められるものをベイナイトとマルテンサイトとした。
【0066】
出発鋼板のベイナイトとマルテンサイトの粒径
ベイナイトとマルテンサイトの粒径は、まずSEMでの観察によりベイナイトとマルテンサイトの旧オーステナイト粒界を求め、画像解析を用いて旧オーステナイト粒界に囲まれる部分の面積から円相当直径を算出し、その平均値を粒径とした。
【0067】
出発鋼板のベイナイトとマルテンサイトのブロック間隔
ベイナイトとマルテンサイトのブロック間隔は、SEM/後方散乱電子回折(EBSP)を用い、結晶方位の差が15 °以上の大角粒界のうち、結晶粒界、パケット境界を除いた大角粒界で囲われた部分をブロックとし、そのブロックの短径方向の長さを求め、ブロック間隔とした。
【0068】
以下は、上記のようにして得た熱延鋼板、冷延鋼板、亜鉛めっき冷延鋼板、合金化亜鉛めっき冷延鋼板の測定方法である。
【0069】
残留オーステナイトの面積率
残留オーステナイトの面積率は、CoのKα線を用いてX線回折法により求めた。すなわち、鋼板の板厚1/4付近の面を測定面とする試験片を使用し、BCC相の(200)面および(211)面と、FCC相の(200)面、(220)面および(311)面のピーク強度比から残留オーステナイトの体積率を算出し、3次元的に均質であることから、これを残留オーステナイトの面積率とした。
【0070】
残留オーステナイト以外の組織全体に占める各組織の面積率
残留オーステナイト以外の組織全体に占める各組織の面積率は、圧延方向断面で、板厚の1/4位置の面をナイタールで腐食後に、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することにより調査した。観察は観察視野5箇所で実施した。倍率が2000倍の断面組織写真を用い、画像解析により、任意に設定した50μm×50μm四方の正方形領域内に存在する各組織の占有面積を求め、平均値を算出し、これを各組織の面積率とした。
【0071】
マルテンサイトの面積率
マルテンサイトは、比較的平滑な表面を有し塊状な形状として観察される白色領域を残留オーステナイトを含むマルテンサイトと見做し、その面積率から上記した残留オーステナイトの面積率を引いた値をマルテンサイトの面積率とした。
【0072】
フェライト、ベイニティックフェライトの面積率
フェライト、ベイニティックフェライトは、塊状な形状として観察される黒色領域で内部に残留オーステナイトやマルテンサイトを含まないものをフェライト、伸長した形状として観察される濃灰色領域をベイニティックフェライトと同定し、各組織の含有面積を求め、これを各組織の面積率とした。
【0073】
ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合
上記方法により同定された残留オーステナイトを含むマルテンサイトのうち、組織境界において1箇所でもベイニティックフェライトと接し、かつ、組織境界において1箇所もフェライトと接していないものの割合を、ベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合とした。
【0074】
機械特性
機械特性(引張強度TS、降伏強度YP、伸びEL)は、圧延方向と90°の方向を長手方向(引張方向)とするJIS Z 2201に記載の5号試験片を用い、JIS Z 2241に準拠した引張試験を行って評価した。
【0075】
穴拡げ率
100mm×100mmの試験片を採取し、日本鉄鋼連盟規格JFST1001に準拠して行った。初期直径d=10mmの穴を打抜き、頂角:60°の円錐ポンチを上昇させて穴を拡げた際に、亀裂が板厚を貫通したところでポンチの上昇を停止して、亀裂貫通後の打抜き穴径dを測定し、次式
穴拡げ率(%)=((d−d0)/d0)×100
で算出した。同一番号の鋼板について3回試験を実施し、穴拡げ率の平均値(λ%)を求め、伸びフランジ性を評価した。
引張強さと穴拡げ率の積(TS×λ)を算出して、強度と加工性(伸びフランジ性)のバランスを評価した。
【0076】
ナノ硬さ(微小硬さ)
微小硬さはナノインデンテーションを用い、電解研磨を施した板厚1/4位置の板面を荷重を250μNで、測定間隔を0.5μmで、圧痕数計550点で行い測定した。微小硬さの硬度差は、隣り合う測定点(上下左右の4点)との微小硬さ差のうち最大値を算出し、求めた。
【0077】
上記測定の結果を、表3に示す。なお、表3の評価欄の記号○は、TSが980MPa以上、TSとλの積(TS×λ)が22000MPa・%以上、かつELが20%以上であり、良好であることを示す。一方、記号×は、TS、EL、TS×λのいずれか1つで上記の値を満足せず、劣っていることを示す。
【0078】
本発明例の鋼板は、TSが980MPa以上、TSとλの積(TS×λ)が22000MPa・%以上、かつELが20%以上であり、延性および伸びフランジ性に優れていることがわかった。これに対して、本発明の範囲を外れる比較例の鋼板は実施例からも明らかなように、TS、EL、TS×λの全てを満足しておらず、本発明の鋼板と比較して延性、伸びフランジ性のいずれかが大きく劣っていた。なお、本発明例は全て、
(ベイニティックフェライトの面積率)/(ベイニティックフェライト+フェライトの面積率)×100≧75%
であった。
【0079】
【表3】
【要約】
優れた延性および伸びフランジ性を有する高強度鋼板およびその製造方法を提供する。所定成分組成からなり、かつC/Mnは0.08以上0.20以下を有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、全組織に対する面積率で、フェライトとベイニティックフェライトの合計が40%以上70%以下、マルテンサイトが5%以上35%以下、残留オーステナイトが5%以上30%以下、さらにベイニティックフェライトと隣接するマルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の割合が全マルテンサイト(残留オーステナイトを含む)の60%以上であり、測定間隔0.5μmで測定した微小硬さの硬度差が、4.0GPa以下である割合が70%以上であり、全組織に対する8.0GPa以下の微小硬さを有する組織の割合が85%以上である。
図1