特許第6238087号(P6238087)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6238087
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】標識糖鎖試料の調製方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/00 20060101AFI20171120BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20171120BHJP
   G01N 30/04 20060101ALI20171120BHJP
   G01N 30/26 20060101ALI20171120BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   G01N30/00 E
   G01N30/06 Z
   G01N30/04 A
   G01N30/26 A
   G01N30/88 E
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-535400(P2015-535400)
(86)(22)【出願日】2014年8月11日
(86)【国際出願番号】JP2014071208
(87)【国際公開番号】WO2015033743
(87)【国際公開日】20150312
【審査請求日】2016年2月18日
(31)【優先権主張番号】特願2013-185737(P2013-185737)
(32)【優先日】2013年9月6日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】豊田 雅哲
【審査官】 赤坂 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/150834(WO,A1)
【文献】 特開2012−201653(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/015028(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0040334(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00−30/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標識糖鎖試料を調製する方法であって、
(工程1)標識糖鎖を含む試料溶液をシリカ系担体と接触させることにより、シリカ系担体に糖鎖成分を吸着させる工程、
(工程2)シリカ系担体を洗浄液で洗浄する工程、
(工程3)シリカ系担体に溶出液を接触させ、吸着した糖鎖成分を溶出させる工程、を含み、工程1における試料溶液が99体積%を超えるアセトニトリルを含む溶液である方法。
【請求項2】
工程2における洗浄液が95体積%を超えるアセトニトリルおよび5体積%未満の水を含む溶液である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程2における洗浄液が100体積%のアセトニトリルである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
工程3における溶出液が1体積%以上の水を含む溶液である、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
工程3における溶出液が50体積%以上の水を含む溶液である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
工程3における溶出液が水である、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記シリカ系担体がモノリスシリカである、請求項1から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
標識糖鎖が、糖鎖の還元末端に、アミノ基、ヒドラジド基、またはアミノオキシ基を含む化合物を結合させたものである、請求項1から7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
標識糖鎖が、下記から選ばれる少なくとも一つのアミノ基含有化合物を、糖鎖の還元末端に結合させたものである、請求項8に記載の方法。
2-aminopyridine; 2-aminobenzamide; 2-aminoanthranilic acid; 7-amino-1-naphthol; 3-(acetylamino)-6-aminoacridine; 9-aminopyrene-1,4,6-trisulfonic acid; 8-aminonaphtalene-1,3,6-trisulfonic acid; 7-amino-1,3-naphtalenedisulfonicacid: 2-amino-9(10H)-acridone; 5-aminofluorescein; Dansylethylenediamine; 7-amino-4-methylcoumarine; benzylamine
【請求項10】
標識糖鎖が、下記から選ばれる少なくとも一つのヒドラジド基含有化合物を、糖鎖の還元末端に結合させたものである、請求項8に記載の方法。
2-aminobenzhydrazide; 2-hydrazinobenzoic acid; benzylhydrazine; 5-Dimethylaminonaphthalene-1-sulfonyl hydrazine(Dansylhydrazine); 2-hydrazinopyridine;9-fluorenylmethyl carbazate(Fmoc hydrazine); 4,4-difluoro-5,7-dimethyl-4-bora-3a,4a-diaza-s-indacene-3-propionoc acid, hydrazide; 2-(6,8-difluoro-7-hydroxy-4-methylcoumarin)acetohydrazide; 7-diethylaminocoumarin-3-carboxylic acid, hydrazide(DCCH); phenylhydrazine;1-Naphthaleneacethydrazide; phenylacetic hydrazide
【請求項11】
標識糖鎖が、下記から選ばれる少なくとも一つのアミノオキシ基含有化合物を、糖鎖の還元末端に結合さたものである、請求項8に記載の方法。
N-aminooxyacetyl(tryptophyl)arginine methyl ester; O-benzylhydroxylamine; Ophenylhydroxylamine;O-(2,3,4,5,6-pentafluorobenzyl)hydroxylamine; O-(4-nitrobenzyl)hydroxylamine; 2-aminooxypyridine; 2-aminooxymethylpyridine; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid methyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid ethyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid n-butyl ester; aminooxy-biotin
【請求項12】
(工程a)請求項1から1のいずれかに記載の方法を実施する工程、および
(工程b)工程aによって調製された標識糖鎖試料を、HPLC、質量分析、LC−MS、またはキャピラリ電気泳動法の分析手段によって分析する工程
を含む、糖鎖の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標識した糖鎖試料を調製する方法に関し、特に標識したO型糖鎖試料を効率的に調製する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖鎖とは、グルコース(Glc)、ガラクトース(Gal)、マンノース(Man)、フコース(Fuc)、キシロース(Xyl)、N−アセチルグルコサミン(GlcNAc)、N−アセチルガラクトサミン(GalNAc)、シアル酸などの単糖およびこれらの誘導体が鎖状に連なった分子の総称である。
【0003】
糖鎖は非常に多様性に富み、生物が有する様々な機能に関与する物質である。糖鎖は生体内でタンパク質や脂質などに結合した複合糖質として存在することが多く、生体内の糖鎖は細胞間情報伝達、タンパク質の機能や相互作用の調整などに深く関わっていることが明らかになりつつある。
【0004】
糖鎖を有する生体高分子としては、細胞の安定化に寄与する植物細胞の細胞壁のプロテオグリカン、細胞の分化、増殖、接着、移動等に影響を与える糖脂質、および細胞間相互作用や細胞認識に関与している糖タンパク質等が挙げられるが、これらの高分子の糖鎖が、互いに機能を代行、補助、増幅、調節、あるいは阻害しあいながら高度で精密な生体反応を制御する機構が次第に明らかにされつつある。さらに、このような糖鎖と細胞の分化増殖、細胞接着、免疫、および細胞の癌化との関係が明確にされれば、糖鎖工学と、医学、細胞工学、あるいは臓器工学と密接に関連させて新たな展開を図ることが期待できる。
【0005】
病気を早期発見して生活の質(QOL)を高く保つためには、病気の発症の予防や推移を診断できるバイオマーカーが必要である。糖鎖生合成にかかわる糖転移酵素の遺伝子破壊マウスの解析から、糖鎖はさまざまな組織・器官の機能維持に必須であることが明らかにされている(非特許文献1,2)。また、糖鎖修飾に異常がみられると様々な疾病が引き起こされることも知られている(非特許文献3)。糖鎖の構造は細胞の癌化や様々な疾病によって著しく変化するので、疾病の推移を調べるためのバイオマーカーとしての利用が期待されている。
【0006】
糖鎖はバイオ医薬品の理解に重要な品質特性の一つとしても挙げられており、バイオ医薬品の同等性の担保にも有益と言われている。そのため、バイオ医薬品の製造プロセスの設計や工程内管理として糖鎖分析法の導入を求める声もある。
【0007】
糖鎖自体は蛍光性、紫外吸収性をもたないため、糖鎖を分析する際には予め標識を施すことが多い。糖鎖をHPLCあるいはHPLC−MSで分析する場合は、2−aminobenzamide誘導体化(2AB化)、2−aminopyridine誘導体化(PA化)などの蛍光標識を施すことが一般的である(非特許文献4)。また、糖鎖をMALDI−TOF MSで分析する場合にも、標識を施すことにより測定感度の向上を図ることが行われる(非特許文献5、6)。
【0008】
糖鎖に標識を施す(ラベル化する)際には、標識効率を高めるため糖鎖に対して過剰量の標識試薬を作用させる場合が多い。試料溶液中に過剰の標識試薬が存在すると、HPLC測定や質量分析に支障をきたすため、あらかじめ除去する必要がある。試薬の除去法としてモノリスシリカを用いる方法が有用な方法として良く用いられている。従来法として用いられている方法は、糖鎖の中でもN型糖鎖(アスパラギン結合型糖鎖)と呼ばれる糖鎖群を対象に検討されており、N型糖鎖の捕捉回収には十分であるが、N型糖鎖よりも分子量が小さいO型糖鎖(セリン・スレオニン結合型糖鎖)と呼ばれる分子に関しては、捕捉回収の回収率が低く、O型糖鎖の定量的な解析は特に困難であり、高い回収率でO型糖鎖を回収できる方法が求められていた(非特許文献7〜9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ioffe E., Stanley P., Proc. Natl. Acad. Sci., 91, pp.728-732 (1994)
【非特許文献2】Metzler M., Gertz A., Sarker M., Schachter H., Schrader J.W., Marth J.D., EMBO J., 13, pp.2056-2065 (1994)
【非特許文献3】Powell L.D., Paneerselvam K., Vij R., Diaz S., Manzi A., Buist N., Freeze H., Varki A., J. Clin. Invest., 94, pp.1901-1909 (1994)
【非特許文献4】Shilova N.V., Bovin N.V., Russian Journal of Bioorganic Chemistry, 29, pp.309-324 (2003)
【非特許文献5】Shinohara Y., Furukawa J.-i., Niikura K., Miura Y., Nishimura S.-I., Anal. Chem., 76, pp.6989-6997 (2004)
【非特許文献6】Furukawa J.-i., Shinohara Y., Kuramoto H., Miura Y., Shimaoka H., Kurogochi M., Nakano M., Nishimura S.-I., Anal. Chem., 80, pp.1094-1101 (2008)
【非特許文献7】Klein A, Lebreton A, Lemoine J, Perini JM, Roussel P, Michalski JC., Clin. Chem., 44, pp.2422-2428 (1998)
【非特許文献8】Anumula KR., Anal. Biochem., 373, pp.104-111 (2008)
【非特許文献9】Prater BD, Anumula KR, Hutchins JT., Anal. Biochem., 369, pp.202-209 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、O型糖鎖に代表される分子量の小さい糖鎖群を標識反応後、効率的に精製し、回収しうる、標識糖鎖試料の調製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、標識糖鎖を高濃度の有機溶媒で希釈してシリカ系担体に適用し、当該担体を高濃度の有機溶媒で洗浄し、当該担体に吸着した標識糖鎖を水を含む溶液で溶出することにより、標識糖鎖(特に、標識されたO型糖鎖)のロスを顕著に低減しつつ、標識糖鎖以外の物質(試薬、塩類、添加剤、未標識物など)を効率よく除去することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、より詳しくは、以下を提供するものである。
【0013】
[1] 標識糖鎖試料を調製する方法であって、
(工程1)標識糖鎖を含む試料溶液をシリカ系担体と接触させることにより、シリカ系担体に糖鎖成分を吸着させる工程、
(工程2)シリカ系担体を洗浄液で洗浄する工程、
(工程3)シリカ系担体に溶出液を接触させ、吸着した糖鎖成分を溶出させる工程、を含み、工程1における試料溶液が95体積%を超える有機溶媒を含む溶液である方法。
【0014】
[2] 前記工程1における試料溶液に含まれる有機溶媒がアセトニトリルである、[1]に記載の方法。
【0015】
[3] 工程2における洗浄液が95体積%を超える有機溶媒および5体積%未満の水を含む溶液である、[1]または[2]に記載の方法。
【0016】
[4] 前記工程2における洗浄液に含まれる有機溶媒がアセトニトリルである、[3]に記載の方法。
【0017】
[5] 工程3における溶出液が1体積%以上の水を含む溶液である、[1]から[4]のいずれかに記載の方法。
【0018】
[6] 工程3における溶出液が50体積%以上の水を含む溶液である、[5]に記載の方法。
【0019】
[7] 工程3における溶出液が水である、[5]に記載の方法。
【0020】
[8] 前記シリカ系担体がモノリスシリカである、[1]から[7]のいずれかに記載の方法。
【0021】
[9] 標識糖鎖が、糖鎖の還元末端に、アミノ基、ヒドラジド基、またはアミノオキシ基を含む化合物を結合させたものである、[1]から[8]のいずれかに記載の方法。
【0022】
[10] 標識糖鎖が、下記から選ばれる少なくとも一つのアミノ基含有化合物を、糖鎖の還元末端に結合させたものである、[9]に記載の方法。
2-aminopyridine; 2-aminobenzamide; 2-aminoanthranilic acid; 7-amino-1-naphthol; 3-(acetylamino)-6-aminoacridine; 9-aminopyrene-1,4,6-trisulfonic acid; 8-aminonaphtalene-1,3,6-trisulfonic acid; 7-amino-1,3-naphtalenedisulfonicacid: 2-amino-9(10H)-acridone; 5-aminofluorescein; Dansylethylenediamine; 7-amino-4-methylcoumarine; benzylamine。
【0023】
[11] 標識糖鎖が、下記から選ばれる少なくとも一つのヒドラジド基含有化合物を、糖鎖の還元末端に結合させたものである、[9]に記載の方法。
2-aminobenzhydrazide; 2-hydrazinobenzoic acid; benzylhydrazine; 5-Dimethylaminonaphthalene-1-sulfonyl hydrazine(Dansylhydrazine); 2-hydrazinopyridine;9-fluorenylmethyl carbazate(Fmoc hydrazine); 4,4-difluoro-5,7-dimethyl-4-bora-3a,4a-diaza-s-indacene-3-propionoc acid, hydrazide; 2-(6,8-difluoro-7-hydroxy-4-methylcoumarin)acetohydrazide; 7-diethylaminocoumarin-3-carboxylic acid, hydrazide(DCCH); phenylhydrazine;1-Naphthaleneacethydrazide; phenylacetic hydrazide。
【0024】
[12] 標識糖鎖が、下記から選ばれる少なくとも一つのアミノオキシ基含有化合物を、糖鎖の還元末端に結合さたものである、[9]に記載の方法。
N-aminooxyacetyl(tryptophyl)arginine methyl ester; O-benzylhydroxylamine; Ophenylhydroxylamine;O-(2,3,4,5,6-pentafluorobenzyl)hydroxylamine; O-(4-nitrobenzyl)hydroxylamine; 2-aminooxypyridine; 2-aminooxymethylpyridine; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid methyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid ethyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid n-butyl ester; aminooxy-biotin。
【0025】
[13] [1]から[12]のいずれかに記載の方法によって調製された標識糖鎖試料。
【0026】
[14] [1]から[13]のいずれかに記載の方法によって調製された標識糖鎖試料を、HPLC、質量分析、LC−MS、またはキャピラリ電気泳動法の分析手段によって分析する、糖鎖の分析方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明の方法によれば、標識されたO型糖鎖の回収率を飛躍的に高めることが可能となるとともに、標識した糖鎖以外の成分を効率よく除去することが可能となる。従って、本発明は、O型糖鎖の分析に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】モノリスシリカに吸着させた2AB標識グルコースオリゴマーを、アセトニトリル/水(95:5,v/v)で洗浄後、純水で溶出させた。図1は、これにより得られた2AB標識グルコースオリゴマーのHPLCのピークパターンを示す図である。
図2】モノリスシリカに吸着させた2AB標識グルコースオリゴマーを、100%アセトニトリルで洗浄後、純水で溶出させた。図2は、これにより得られた2AB標識グルコースオリゴマーのHPLCのピークパターンを示す図である。
図3】2AB標識グルコースオリゴマーを、各濃度(1%、5%、もしくは10%)のDMSOを含むアセトニトリル溶液、または各濃度(1%、5%、もしくは10%)の酢酸を含むアセトニトリル溶液に溶解し、6種の糖鎖溶液を調製した。これら糖鎖溶液を、モノリスシリカに注入して、当該グルコースオリゴマーをモノリスシリカに吸着させ、100%アセトニトリルで洗浄後、純水で溶出させた。図3は、これにより得られた2AB標識グルコースオリゴマーのHPLCのピークパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
(糖鎖試料)
本発明において使用する糖鎖試料は、例えば全血、血清、血漿、尿、唾液、細胞、組織、ウイルス、植物組織などの生体試料から調製されたものを用いることができる。また、精製された、あるいは未精製の糖タンパク質から調製されたものを用いることができる。糖鎖試料としては、別途精製された純粋な糖鎖を用いてもよい。
【0030】
生体試料に含まれる糖タンパク質から糖鎖を遊離させる手段としては、例えば、N−グリコシダーゼあるいはO−グリコシダーゼを用いたグリコシダーゼ処理、ヒドラジン分解、アルカリ処理によるβ脱離などの方法を用いることができる。N型糖鎖の分析を行う場合は、N−グリコシダーゼを用いる方法が好ましい。グリコシダーゼ処理に先立って、トリプシンやキモトリプシンなどを用いたプロテアーゼ処理を行ってもよい。O型糖鎖の分析を行う場合は、ヒドラジン分解を用いる方法が好ましい。ヒドラジン分解に先立って、トリプシンやキモトリプシンなどを用いてプロテアーゼ処理を行ってもよい。
【0031】
(糖鎖精製)
糖鎖を標識する前に、糖鎖以外の莢雑物(例えばタンパク質、ペプチド、核酸、脂質等)を除去することが好ましい。莢雑物の除去法としては、例えば、ゲルろ過精製、限外ろ過、透析、極性を利用した固相抽出、イオン交換樹脂による精製、溶解性の差を利用した沈殿などを用いることができる。糖鎖と選択的に結合する固相担体(例えば住友ベークライト(株)製 BlotGlyco BS−45601S、非特許文献6参照)による精製を用いることもできる。莢雑物の除去を行わずに糖鎖を標識してもよい。
【0032】
(糖鎖の標識)
糖鎖試料を、必要に応じて乾燥させたのち、標識試薬を加えて反応させて、糖鎖を標識することができる。標識反応は、例えば、還元的アミノ化反応を用いて任意のアミノ化合物で標識する反応であることが好ましい。標識試薬としては、糖鎖の還元末端と反応性を有するアミノ基、ヒドラジド基、アミノオキシ基等の官能基を含む物質が好ましい。
【0033】
アミノ基を有する物質としては、以下に列挙した化合物群から選ぶことが好ましいが、これに限定されるものではない。
2-aminopyridine; 2-aminobenzamide; 2-aminoanthranilic acid; 7-amino-1-naphthol; 3-(acetylamino)-6-aminoacridine; 9-aminopyrene-1,4,6-trisulfonic acid; 8-aminonaphtalene-1,3,6-trisulfonic acid; 7-amino-1,3-naphtalenedisulfonic acid: 2-amino-9(10H)-acridone; 5-aminofluorescein; Dansylethylenediamine; 7-amino-4-methylcoumarine; benzylamine
これら化合物のうち、2−aminobenzamide(2AB)は糖鎖をHPLC分析する際の標識として多用されており、特に好ましい。
【0034】
ヒドラジド基を有する物質としては、以下に列挙した化合物群から選ぶことが好ましい
が、これに限定されるものではない。
2-aminobenzhydrazide; 2-hydrazinobenzoic acid; benzylhydrazine; 5-Dimethylaminonaphthalene-1-sulfonyl hydrazine(Dansylhydrazine); 2-hydrazinopyridine; 9-fluorenylmethyl carbazate(Fmoc hydrazine); 4,4-difluoro-5,7-dimethyl-4-bora-3a,4a-diaza-s-indacene-3-propionoc acid, hydrazide; 2-(6,8-difluoro-7-hydroxy-4-methylcoumarin)acetohydrazide; 7-diethylaminocoumarin-3-carboxylic acid, hydrazide(DCCH); phenylhydrazine; 1-Naphthaleneacethydrazide; phenylacetic hydrazide。
【0035】
アミノオキシ基を有する物質としては、以下に列挙した化合物群から選ぶことが好ましいが、これに限定されるものではない。
N-aminooxyacetyl(tryptophyl)arginine methyl ester; O-benzylhydroxylamine; O-phenylhydroxylamine; O-(2,3,4,5,6-pentafluorobenzyl)hydroxylamine; O-(4-nitrobenzyl)hydroxylamine; 2-aminooxypyridine; 2-aminooxymethylpyridine; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid methyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoicacid ethyl ester; 4-[(aminooxyacetyl)amino]benzoic acid n-butyl ester; aminooxy-biotin。
【0036】
本発明においては、標識反応の条件は限定されるものではないが、例えば、糖鎖に対して10等量以上の標識試薬を添加し、還元剤の存在下で加熱反応を行うことが好ましい。反応系においてpHは、酸性から中性の条件であることが好ましく、2〜9がより好ましく、2〜8がさらに好ましく、2〜7が最も好ましい。反応温度は、4〜90℃が好ましく、25〜90℃がより好ましく、40〜90℃がさらに好ましい。反応時間は、10分間〜24時間が好ましく、10分間〜8時間がより好ましく、10分間〜3時間がさらに好ましい。ヒドラジド基含有化合物またはアミノオキシ基含有化合物で標識する場合には、還元剤は必ずしも添加しなくともよい。
【0037】
特に、アミノ化合物が2−aminobenzamideの場合、pHは、酸性から中性の条件であり、好ましくは2〜9であり、より好ましくは2〜8であり、さらに好ましくは2〜7である。反応温度は、4〜90℃であり、好ましくは30〜90℃であり、さらに好ましくは40〜80℃である。アミノ化合物の濃度は、1mM〜10Mであり、好ましくは10mM〜10Mであり、さらに好ましくは100mM〜1Mである。還元剤の濃度は、1mM〜10Mであり、好ましくは10mM〜10Mであり、さらに好ましくは100mM〜2Mである。反応時間は、10分間〜24時間であり、好ましくは10分間〜8時間であり、さらに好ましくは1時間〜3時間である。
【0038】
また、還元剤としては、例えば、シアノ水素化ホウ素ナトリウム、メチルアミンボラン、ジメチルアミンボラン、トリメチルアミンボラン、ピコリンボラン、ピリジンボランなどが使用可能であるが、シアノ水素化ホウ素ナトリウムを使用するのが反応性の面から考えて好ましい。
【0039】
(標識糖鎖の精製)
上記の方法により調製された標識糖鎖を含む試料溶液(標識糖鎖溶液)には、試薬、塩類、添加剤、未標識物が含まれているため、直接分析に供することは困難である。このため、分析前に予めこれらの物質を除去することが必要となる。除去方法としては、標識糖鎖を含む試料溶液を、シラノール基を有するシリカ系担体と接触させることにより、シリカ系担体に糖鎖成分を吸着させる工程(工程1);シリカ系担体を洗浄液で洗浄する工程(工程2);シリカ系担体に溶出液を接触させ、吸着した糖鎖成分を溶出させる工程(工程3);を含む方法を用いることが好ましい。シリカ系担体がシラノール基を有することで、効率的に標識糖鎖の捕捉を行うことができ、その結果、標識糖鎖以外の物質(糖鎖以外の莢雑物、試薬、塩類、添加剤、未標識物等)を除去した標識糖鎖試料を調製することが可能になる。
【0040】
本発明に係るシリカ系担体としては、シリカを含有する担体であればよく、シリカのみからなるものであっても、シリカ−有機物ハイブリッド型であってもよい。また、その形状も特に制限されず、粒子状、板状、繊維状、多孔質状等のいずれであってもよい。本発明では、これらの中でも、モノリスシリカを用いることが特に好ましい。モノリスシリカとは、3次元網目構造をもつフィルター状の多孔質連続体をなすシリカであり、従来の粒子状シリカと比較して、通液性がより良好であること、フリット(ビーズ塞き止め用の部材)が不要であること、デッドボリュームが少ないことなどの長所がある(特開平6−265534号公報)。モノリスシリカは、カラム状の容器またはマルチウェルプレートに固定されていることが好ましい。
【0041】
モノリスシリカのポアサイズについては、小さすぎると通液性が低下し、大きすぎると理論段数が低下し、それにより糖鎖の回収量が低下してしまう。そのため、モノリスシリカのポアサイズは、例えば、互いに連続した細孔(スルーポア)径が1〜100μmであることが好ましく、1〜50μmであることがより好ましく、1〜30μmであることがさらに好ましく、1〜20μmであることが最も好ましい。モノリスシリカの性状については、順相モードまたはHILIC(Hydrophilic interaction chromatography)モードが好ましい。
【0042】
モノリスシリカの使用形態としては、モノリスシリカが固定されたカラムまたはマルチウェルプレートに標識糖鎖を含む試料溶液を注入し、自然落下、吸引、加圧、遠心などの方法により試料溶液をモノリスシリカ部を通過させたのち、洗浄液で洗浄し、溶出液を添加して糖鎖成分を溶出させることが好ましい。
【0043】
シリカ系担体(好ましくはモノリスシリカ)に適用する試料溶液は、95体積%を超える有機溶媒を含む溶液であることが好ましく、96体積%以上の有機溶媒を含む溶液であることがより好ましく、98体積%以上の有機溶媒を含む溶液であることがさらに好ましく、99体積%以上の有機溶媒を含む溶液であることが特に好ましい。前記有機溶媒としてはアセトニトリル、ヘキサン、酢酸エチル、塩化メチレン、テトラヒドロフランなどを用いることができるが、アセトニトリルが最も好ましい。
【0044】
糖鎖試料を適用した後、シリカ系担体(好ましくはモノリスシリカ)を洗浄液で洗浄することが好ましい。洗浄液は、95体積%を超える有機溶媒および5体積%未満の水を含む溶液であることが好ましく、96体積%以上の有機溶媒および4体積%以下の水を含む溶液であることがより好ましく、98体積%以上の有機溶媒および2体積%以下の水を含む溶液であることがさらに好ましく、99体積%以上の有機溶媒および1体積%以下の水を含む溶液であることが特に好ましく、100%の有機溶媒であることが最も好ましい。前記有機溶媒としてはアセトニトリルヘキサン、酢酸エチル、塩化メチレン、テトラヒドロフランなどを用いることができるが、アセトニトリルが最も好ましい。
【0045】
洗浄操作後、シリカ系担体(好ましくはモノリスシリカ)に溶出液を添加し、吸着した標識糖鎖を溶出することが好ましい。溶出液は10体積%以上の水を含むことが好ましく、50体積%以上の水を含むことがより好ましく、水が最も好ましい。水以外の成分は、例えば、アセトニトリル、および、メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノールに代表されるアルコールから選ばれる有機溶媒であることが好ましい。回収した糖鎖溶液(標識糖鎖試料)は、必要に応じて濃縮、乾燥、あるいは希釈して各種測定に供することができる。
【0046】
(MALDI−TOF MSを用いた糖鎖分析)
得られた標識糖鎖は、MALDI−TOF MSに代表される質量分析法で分析することができる。
【0047】
(HPLCおよびLC−MSを用いた糖鎖分析)
得られた標識糖鎖は、HPLCやLC−MSを用いて分析することができる。特に糖鎖が2AB化されている場合、HPLCやLC−MSによる分析が特に好適である。
【0048】
(その他の糖鎖分析)
得られた標識糖鎖は、キャピラリ電気泳動など各種分析に供することができる。
【実施例】
【0049】
以下の実施例にて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されることはない。
【0050】
A.標識した糖鎖試料の調製
グルコースが1個以上結合した混合物であるグルコースオリゴマーを、ヒドラジド基含有ポリマービーズ(住友ベークライト株式会社製、BS−45601S)5mgに添加し、2%酢酸を含むアセトニトリル180μLを加えたのち、80℃で1時間反応させ、乾固させた。2Mグアニジン塩酸塩溶液、水、メタノール、1%トリエチルアミン溶液にてポリマービーズを洗浄後、10%無水酢酸/メタノール溶液を添加し、室温で30分間反応させヒドラジド基をキャッピングした。キャッピング後、メタノールおよび水でポリマービーズを洗浄した。ビーズに純水20μLおよび2%酢酸を含むアセトニトリル180μLを加え、80℃で1時間加熱・乾固させることにより、ビーズから糖鎖を遊離させた。遊離させた糖鎖を50μLの2−aminobenzamide(2AB)溶液(350mMの2−aminobenzamide、1Mのシアノ水素化ホウ素ナトリウムになるように30%(v/v)酢酸/DMSO混合溶媒に溶解した溶液)に溶解し、この溶液50μLを上述のビーズに添加し、80℃で2時間反応させることにより糖鎖を2AB標識した。上清を回収し、2AB標識糖鎖(2AB標識グルコースオリゴマー)溶液(未反応の2ABを含む)を得た。
【0051】
B.ラベル化糖鎖の精製
標識糖鎖を含む溶液中の標識糖鎖以外の物質である、試薬、塩類、添加剤、未標識物を低減させるため、以下の方法で固相抽出を行った。
【0052】
(実施例1)
2AB標識糖鎖溶液から、モノリスシリカを用いて試薬、塩類、添加剤、未標識物の除去を行った。モノリスシリカとして、ジーエルサイエンス株式会社製「MonoFasスピンカラム」を用いた。本カラムは、スルーポア径15μmのディスク状モノリスシリカフィルターが容量約1mLのチューブの底部に固定されたものであり、試料溶液をチューブ内に注入して遠心することにより、試料溶液をモノリスシリカの細孔内を通過させる仕組みになっている。
【0053】
2AB標識糖鎖溶液をアセトニトリル(ACN)で希釈し(溶液中のアセトニトリル濃度:99体積%)、モノリスシリカスピンカラムに注入し、卓上遠心機で遠心して通過させて標識糖鎖を吸着させた。カラムの洗浄条件の比較を行った。アセトニトリル/水(95:5,v/v)でカラムを洗浄したのち、純水50μLを加えて吸着成分を溶出させ、回収しHPLCを行った場合(第1の条件、図1)と、100%のアセトニトリルでカラムを洗浄したのち、純水50μLを加えて吸着成分を溶出させ、回収しHPLCを行った場合(第2の条件、図2)とを比較した。
N型糖鎖の糖残基数に相当するモデルとしてグルコースが7つ結合したGlc7、O型糖鎖の糖残基数に相当するモデルとしてグルコースが1つのGlc1に着目した。第1の条件がN型糖鎖の回収に問題はなかったことから、各条件でのGlc7のピーク面積に対するGlc1のピーク面積比を、精製したグルコースオリゴマーをそのままHPLCに供した場合のGlc7のピーク面積に対するGlc1のピーク面積比(=7.0)と比較し、O型糖鎖の回収率を求めた。第1の条件で行った場合(図1)のGlc7のピーク面積に対するGlc1のピーク面積比は4.76、第2の条件で行った場合(図2)のGlc7のピーク面積に対するGlc1のピーク面積比は6.49であり、O型糖鎖の回収率は第1の洗浄方法では約70%と回収率が比較的低いが、第2の条件では約90%以上と高く、第2の洗浄条件によればO型糖鎖の回収率が飛躍的に高まることが判明した。HPLCの条件を表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
(実施例2)
従来法では2AB標識糖鎖溶液中には、約5%のDMSOおよび酢酸を含有している。O型糖鎖の回収におけるこれらの成分の影響を調べた。2AB標識グルコースオリゴマーを、1%DMSO/99%アセトニトリル(体積%、以下同様)、5%DMSO/95%アセトニトリル、10%DMSO/90%アセトニトリル、1%酢酸/99%アセトニトリル、5%酢酸/95%アセトニトリル、10%酢酸/90%アセトニトリルに溶解させた6種の溶液を調製し、モノリスシリカに注入後、100%アセトニトリルで洗浄した。6本のモノリスシリカカラムに純水50μLを加えて吸着成分を溶出させ、回収しそれぞれのHPLCを行った場合(図3)を比較した。
【0056】
実施例1で既に示した方法と同様な方法で、各条件でのGlc7のピーク面積に対するGlc1のピーク面積比を、精製したグルコースオリゴマーをそのままHPLCに供した場合のGlc7のピーク面積に対するGlc1のピーク面積比(=4.03)と比較し、O型糖鎖の回収率を求めた。1%DMSO/99%アセトニトリル、5%DMSO/95%アセトニトリル、10%DMSO/90%アセトニトリル、1%酢酸/99%アセトニトリル、5%酢酸/95%アセトニトリル、10%酢酸/90%アセトニトリルに溶解させた各条件でのGlc7のピーク面積に対するGlc1のピーク面積比はそれぞれ、3.91、2.58、1.48、3.57、2.16、1.47であり、O型糖鎖の回収率はそれぞれ、97%、64%、37%、89%、54%、36%となった。従来の条件付近では50〜65%程度の回収率しか望めないが、1%以下のDMSOを含む溶液(すなわち、99%以上のアセトニトリルを含む溶液)や1%以下の酢酸を含む溶液(すなわち、99%以上のアセトニトリルを含む溶液)に溶解すると、驚くべきことに、O型糖鎖の回収率が約90%以上となり、O型糖鎖の回収率が飛躍的に高まることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によれば、O型糖鎖に代表される分子量の小さい糖鎖群を標識反応後、標識糖鎖のロスを低減しつつ、標識糖鎖以外の物質である、試薬、塩類、添加剤、未標識物を効率よく除去でき、N型糖鎖のみならず、O型糖鎖の定量的な分析が可能となる。多くの腫瘍マーカーのエピトープがO型糖鎖上に存在することが示唆されていることから、本発明は、例えば、癌などの疾患の診断や、シアロ糖鎖を標的とした新たなバイオマーカーの開発に有用である。従って、本発明は、例えば、医療分野において大きく貢献しうるものである。
図1
図2
図3