【実施例】
【0030】
以下、本発明の実施例について説明する。
表1に示す化学成分の材料を50kgの真空溶解で溶製し、熱間鍛造により直径28mmの棒鋼を製造した。この後、焼ならし処理として920℃に加熱し、2時間保持した後空冷した。さらに、球状化焼なまし処理として760℃に加熱し、3時間保持した後、−15℃/時間で650℃まで冷却した後空冷し、各試験の供試材とした。
【0031】
【表1】
【0032】
前記供試材から直径25mm、長さ100mmの試験片を削り出し、種々の浸炭窒化条件で熱処理(浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻し処理)を行った。
図1に
表1の発明例1〜12、及び比較例13〜15で用いた浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻し処理の一例を示す。
図1中CPはカーボンポテンシャルを、OQは油焼入れを、ACは空冷をそれぞれ表している。この浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻し処理は、浸炭工程を含む浸炭焼入れ焼戻し処理と、浸炭窒化工程を含む浸炭窒化焼入れ焼戻し処理をこの順に行うようにしたものである。
【0033】
通常、オーステナイト中のN濃度が高くなるとマルテンサイト変態開始温度(Ms点)が低下し、焼入れ後の残留オーステナイト量が増加する。このため、残留オーステナイト量の増加により、表面硬さが不足する場合には表面硬さを所定の範囲に高めるため、840℃で2次焼入れを行なった。また、必要に応じて2次焼き入れ前に650℃で1時間保持する中間焼鈍を行なった。
【0034】
浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を行った後、試験片の外周を深さ0.2mmだけ研削し、5点平均でロックウェル硬さ(JIS Z2245に準拠)を求めた。その後、同試験片の縦断面を埋め込んで研磨仕上げし、表層部の表層C濃度と表層N濃度をEPMA(Electron Probe Micro Analysis)で分析した。ここで、表層C濃度と表層N濃度は、
試験片の表面から深さ10μmの位置までのC濃度、N濃度の最大値(ピーク値)とした。
【0035】
さらに、FE−EPMA(Field Emission-Electron Probe Micro Analysis)を用いて、
試験片の表面から深さ10μmの位置までの窒化物の元素マッピングを行い、100μm
2の領域に存在する粒径10nm以上300nm未満の窒化物を全て同定し、観察領域の面積で除して、粒径300nm未満の微細な窒化物の個数密度(個/mm
2)を求めた。
図2(A)にFE−EPMAによる表層における各種の炭化物や窒化物の観察写真を示す。
【0036】
図2(B)〜(F)は、
図2(A)に示された炭化物や窒化物を構成するC,N,Si,Cr及びMnの各元素を表した分析写真である。具体的には、
図2(A)の符号1に対応して、
図2(C),(D),(F)にはそれぞれ1c,1d,1fが存在するから、符号1はMnSi系窒化物であることが分かる。同様に、
図2(A)の符号2に対応して、
図2(C),(E)にはそれぞれ2c,2eが存在するから、符号2はCr系窒化物であり、
図2(A)の符号3に対応して、
図2(B),(E)にはそれぞれ3b,3eが存在するから、符号3はCr系炭化物であることが分かる。
【0037】
次に、同供試材から直径12.3mm、長さ22.6mmの転動疲労試験片を粗加工し、各鋼種をそれぞれ前述と同じ熱処理条件で浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を行い、試験表面を直径12mmに研削仕上げし、長さ22mmの試験片を作製した。同試験片を3%塩化ナトリウム溶液1L中に3gのチオシアン酸アンモニウム溶解した電解液を用い、電流密度0.2mA/cm
2で24時間の陰極チャージを行った。水素チャージ後、10分以内に転動疲労試験を開始した。
【0038】
転動疲労試験は、
図3(A),(B)に示されるように、試験片10に対してSUJ2製のボール12を相手球として2個所定の面圧で押し付け、ガイドローラ14によるガイドの下で、駆動ローラ16により試験片10を転動させるものである。試験条件は、面圧5.9GPaで、潤滑はタービン#68を飛沫給油し、負荷速度46240rpmで試験を行った。同一条件で10点の試験を行い、ワイブル分布の累積破損確率が10%となるL
10寿命を求めて評価寿命とした。なお、水素脆性型の面疲労はすべりに伴い、潤滑油の分解、新生面の生成等により水素侵入することが原因と考えられている。水素を陰極チャージした試験片10を用いた転動疲労試験で、水素脆性型の早期剥離現象を再現できることが確認されている。
【0039】
また、同供試材から粗加工後、各鋼種を各々前述と同じ熱処理条件で浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を行い、試験面直径26mmの円筒試験片を作製し、その試験片を用いて、2円筒ころがり疲労試験を行った。2円筒ころがり疲労試験は、
図4に示されるように、円筒形状の試験片18に対して相手円筒20を所定面圧で押し付け、その状態でモータ22により軸部24を介して試験片18を回転させるとともに、モータ22の回転をギア26,28を介して軸30に伝達して、相手円筒20を回転させるものである。相手円筒20は、SUJ2製の焼入れ焼戻し材からなり、軸方向に曲率半径150mmのクラウニングを有する直径130mmの形状に形成されている。
【0040】
試験条件は、水素脆性型の面疲労剥離を再現する条件で行った。具体的には、水素脆性の生じる潤滑油を用い、水素脆性型の早期転動疲労破壊が生じる試験条件(油温90℃、すべり率−60%、面圧3GPa、回転数1500rpm)で試験を行った。ここで、すべり率とは、試験片18と相手円筒20の周速の差と、試験片18の周速との比率である。試験は同一条件で4点行い、平均寿命を求めた。表2に試験結果を示す。
【0041】
【表2】
【0042】
表2の比較例のうち鋼種No.1〜No.4は、化学成分を発明例の鋼種No.1〜No.4とそれぞれ同じとする一方、浸炭窒化条件を発明例の鋼種No.1〜No.4とそれぞれ異ならせたもの
、すなわち図1に示した浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻し処理とは異なる浸炭・浸炭窒化焼入れ焼戻し処理を施したものである。
【0043】
発明例(鋼種No.1〜No.12)は、いずれも表面硬さHRC58以上64未満であり、表層C濃度は0.80〜1.50質量%の範囲、表層N濃度は0.10〜1.00質量%の範囲であり、粒径300nm未満の微細な窒化物を10
5個/mm
2以上含有する。
【0044】
発明例の水素チャージ材の転動疲労のL
10寿命は、20.9×10
7回(鋼種No.8)〜36.4×10
7回(鋼種No.1)と優れる。一方、比較例では、同L
10寿命は0.5×10
7回(比較例鋼種No.4)〜9.6×10
7回(比較例鋼種No.13)と、いずれも水素脆性型の早期転動疲労破壊が生じて低寿命である。本発明により水素脆性型の転動寿命が1桁程度改善していることが分かる。
【0045】
また、発明例の2円筒試験の平均寿命は、15.9×10
6回(鋼種No.3)〜25.1×10
6回(鋼種No.9)と優れる。一方、比較例では、同平均寿命は0.4×10
6回(比較例鋼種No.4)〜7.5×10
6回(比較例鋼種No.13)と、いずれも水素脆性により低寿命である。本発明により水素脆性型の転動寿命が1桁程度改善していることが分かる。
【0046】
表2の比較例のうち、鋼種No.13はMn/Siの値が低いため(1.69<2.00)、鋼種No.14はCr量が低いため(1.41<1.50)、鋼種No.15はMn量が低いため(0.70<0.80)、いずれも低寿命となった例である。また、比較例のうち鋼種No.1〜No.4は、化学成分は請求範囲内にあるが、浸炭窒化条件が適正でないため低寿命となった例である。
【0047】
具体的には、比較例の鋼種No.1は表層N濃度が低くなり(0.02<0.10)、しかも粒径300nm未満の窒化物の個数が少なくなったため(0.2×10
5<10
5)、比較例の鋼種No.2は粒径300nm未満の窒化物の個数が少なくなったため(0.8×10
5<10
5)、比較例の鋼種No.3は表面硬さが低くなったため(57<58)、比較例の鋼種No.4は表層C濃度が低くなったため(0.68<0.80)、いずれも低寿命となった例である。
【0048】
以上の説明からも明らかなように、従来Cr対比で不利であったSi添加の窒化物生成能を改善するようにした本発明の浸炭窒化鋼によれば、CrよりもSiを有効に活用することによって、面疲労強度を十分に確保し得る浸炭窒化鋼を安価に提供することができ、ひいてはその浸炭窒化鋼を用いることで面疲労強度を十分に確保し得る浸炭窒化部品を安価に提供することができる。