特許第6238275号(P6238275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 堀田 善治の特許一覧

<>
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000003
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000004
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000005
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000006
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000007
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000008
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000009
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000010
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000011
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000012
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000013
  • 特許6238275-TiFe水素貯蔵合金の製造方法 図000014
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6238275
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】TiFe水素貯蔵合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171120BHJP
   C22C 14/00 20060101ALI20171120BHJP
   C21D 7/02 20060101ALI20171120BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20171120BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20171120BHJP
【FI】
   C22C38/00 302V
   C22C14/00 A
   C21D7/02 Z
   C22F1/18 H
   !C22F1/00 604
   !C22F1/00 621
   !C22F1/00 641A
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 685Z
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-54453(P2013-54453)
(22)【出願日】2013年3月16日
(65)【公開番号】特開2014-181344(P2014-181344A)
(43)【公開日】2014年9月29日
【審査請求日】2016年3月16日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年1月29日に行われたI▲2▼CNER International Hydrogen Storage Workshop at Ito Campus, Kyushu University, Fukuoka, JAPAN。 平成25年3月7日に出版された論文。 平成25年2月26日に行われたプレスリリース。
(73)【特許権者】
【識別番号】502354719
【氏名又は名称】堀田 善治
(74)【代理人】
【識別番号】100080160
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 憲一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100149205
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 泰央
(72)【発明者】
【氏名】堀田 善治
(72)【発明者】
【氏名】秋葉 悦男
(72)【発明者】
【氏名】松田 潤子
(72)【発明者】
【氏名】カベー エダラチ
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−232073(JP,A)
【文献】 特開平01−129936(JP,A)
【文献】 特開平02−240225(JP,A)
【文献】 特開平10−265875(JP,A)
【文献】 特開2004−011003(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 7/02
C22C 1/00, 1/18
C22C 14/00,38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiFeを材料とし、材料表面から材料内部へ延在し、周囲の当該材料に比べて水素移動抵抗が低い水素移動路を形成する水素移動路形成工程を含み、
前記水素移動路形成工程においては、TiFeに7以上の剪断歪みを加えることにより、前記TiFeの材料表面から材料内部へ延在する線欠陥又は面欠陥を前記水素移動路として形成することを特徴とするTiFe水素貯蔵合金の製造方法。
【請求項2】
前記水素移動路形成工程の後に、水素の吸収工程と放出工程を少なくとも1回ずつ行う使用前処理工程を含むことを特徴とする請求項1に記載のTiFe水素貯蔵合金の製造方法。
【請求項3】
活性化処理を行わないことを特徴とする請求項又は請求項2に記載のTiFe水素貯蔵合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TiFe水素貯蔵合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃焼しても二酸化炭素を発生しないことから、重要なエネルギー源として注目されている。また、電力エネルギーの貯蔵媒体としても注目されている。しかしながら、水素の貯蔵輸送技術は、未だ確立されていない。また、水素脆性による容器の脆化、可燃性ガスであるため取り扱いが難しいこと等が問題点として指摘されている。
【0003】
これら問題点を解決する材料として、水素貯蔵合金が注目されている。水素貯蔵合金は、吸収した水素を内部に貯蔵し、必要に応じて放出することが可能な材料である。水素貯蔵合金は、水素ガスの体積を1000分の1まで小さくして貯蔵できる。実用的には、室温付近で、大量、コンパクト及び迅速に、繰り返し水素の吸収及び放出が可能な材料であることが望ましい。
【0004】
代表的な水素貯蔵合金として、Mg、MgNi、LaNi、及びTiFeが知られている(下記非特許文献1〜9参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Schober, Wastlake, Scripta Metall. 15 (1981) 913
【非特許文献2】Mizuno, Morozumi, J. Less-Common Met. 84 (1982) 237
【非特許文献3】Kulshreshtha, Jayakumar, Bhatt, J. Mater. Sci. 28 (1993) 4229-4233
【非特許文献4】Kulshreshtha, Sasikala, Suryanarayana, Singh, Iyer, Met. Res. Bull. 23 (1988) 333
【非特許文献5】Lanyin, Fangjie, Deyou, Int. J. Hydrogen Energy 15 (1990) 259
【非特許文献6】Chung, Lee, Int. J. Hydrogen Energy 10 (1985) 537
【非特許文献7】Zuchner, Kirch, J. Less-Common Met. 99 (1984) 143
【非特許文献8】Trudea, Dignard-Bailey, Schulz, Tessier, Zaluski, Ryan, Strom-Olsen, Nanostruct. Mater. 1 (1992) 457
【非特許文献9】Zaluski, Tessier, Ryan, Donner, Zaluska, Storm-Olsen, Trudeau, Schulz, J. Mater. Res. 8 (1993) 3059
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した各種の水素貯蔵合金には、それぞれ問題点がある。まず、MgやMgNiは、水素の吸脱温度が室温よりもかなり高い。次に、LaNiは、Laがレアアース(レアメタル)であるため、非常に高価格であり、量産には不向きである。
【0007】
そして、TiFeは、水素貯蔵合金として用いる際に活性化処理が必要であった。この活性化処理とは、H雰囲気下で、高温(400℃以上)、高圧(数十気圧以上)状態を1〜2hr維持する処理である。また、一度大気中に曝して水素を放出した後は、再度の活性化処理が必要である。
【0008】
すなわち、TiFeを水素貯蔵合金として用いるには、高温高圧設備の設置が必要であり、安全性の確保に費用が必要である。また、TiFeを収容する容器は、室温、低圧で使用する容器であるにも関わらず、活性化のためだけに、容器を高温高圧仕様にしなければならない。
【0009】
この活性化に係る問題を解決すべく、各種の研究が行われている(非特許文献1〜9参照)。非特許文献1,2には、Tiの過剰添加について記載されている。非特許文献3〜6には、第3の元素(Sn,Mn,Fe,Ni,Pd,Pt)の添加について記載されている。非特許文献7には、HへのOの添加について記載されている。非特許文献8には、ナノ結晶粒化について記載されている。非特許文献9には、メカニカルミリングについて記載されている。
【0010】
しかしながら、非特許文献1〜9に記載の技術は、いずれも、TiFeを水素貯蔵合金として実用化するために十分な対策とは言い難かった。
【0011】
本発明は、前記課題に鑑みてなされたもので、安価で、高温の活性処理が不要であり、且つ繰り返し水素の吸収及び放出が可能なTiFe水素貯蔵合金の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の態様の1つは、材料表面から材料内部へ延在し、周囲の当該材料に比べて水素移動抵抗が低い水素移動路を有することを特徴とするTiFe水素貯蔵合金である。
【0013】
また、本発明の他の態様の1つは、TiFeを材料とし、材料表面から材料内部へ延在し、周囲の当該材料に比べて水素移動抵抗が低い水素移動路を形成する水素移動路形成工程を含むことを特徴とするTiFe水素貯蔵合金の製造方法である。
【0014】
上述したTiFe水素貯蔵合金は、他の物品や他の装置に組み込まれた状態で実施される等各種の態様を含む。また、上述したTiFe水素貯蔵合金の製造方法は、他の方法の一環として実施されたり各工程に対応する手段を備えたTiFe水素貯蔵合金の製造装置として実施されたりする等の各種の態様を含む。また、TiFe水素貯蔵合金の製造装置を備える製造システム、前述した製造方法の構成に対応した機能をコンピュータに実現させるプログラム、該プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体、等としても実現可能である
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、安価で、高温の活性処理が不要であり、且つ水素の吸収/放出が繰り返し可能な水素貯蔵合金の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】TiFe水素貯蔵合金の構造を説明する図である。
図2図1のデータに基づくTiFeの組成構造を示す模式図である。
図3】TiFeの表面構造を説明する図である。
図4】歪み付与加工後のTiFe表面を低エネルギー走査型電子顕微鏡で観察した写真である。
図5】歪み付与加工の前後で変わる水素貯蔵特性を示す図である。
図6】大気に曝したTiFe水素貯蔵合金の水素貯蔵特性の変化を示すグラフである。
図7】各種の程度で歪み付与加工を施したTiFe試料の、真空吸引前後での水素貯蔵特性を示す図である。
図8】低い気圧範囲での水素貯蔵特性を示す図である。
図9】TiFe水素貯蔵合金の製造方法の流れを示すフローチャートである。
図10】歪み付与装置の一例に係る構成を説明する図である。
図11】剪断応力とビッカース硬度との関係を示す図である。
図12】歪み付与加工とX線回折との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、下記の順序に従って本技術を説明する。
(1)第1の実施形態:
(2)第2の実施形態:
(3)まとめ:
【0018】
(1)第1の実施形態:
本実施形態に係るTiFe水貯蔵合金は、材料表面から材料内部へ延在し、周囲の当該材料に比べて水素移動抵抗が低い水素移動路を有する。このため、水素移動路を有さないTiFeに比べて、材料表面で発生する水素原子が材料内部へと容易に侵入して水素原子を材料内部に貯蔵することができる。逆に、材料内部に貯蔵された水素原子は、材料内部から材料表面へ容易に移動し、内部に貯蔵した水素を容易に放出することができる。
【0019】
図1は、TiFe水素貯蔵合金の構造を説明する図である。同図(a)は、TiFe中のTiの2p3/2軌道及び2p1/2軌道の結合エネルギーを示す図であり、同図(b)は、TiFe中のFeの2p3/2軌道及び2p1/2軌道の結合エネルギーを示す図である。
【0020】
同図は、イオンエッチングを適宜に行いながら、エッチング時間毎に測定したXPS(X線光電子分光)のデータを示してある。なお、イオンエッチングには、アルゴンイオンを用い、加速電圧を3keVとし、Arによる電流が1.5μAとなる条件で行った。
【0021】
同図では、破線が後述する歪み付与加工処理前の結合エネルギーを示し、実線が歪み付与加工後の結合エネルギーを示す。歪み付与加工は、後述する歪み付与装置を用いて、室温(298K)、圧力6GPa、回転数10、で行い、後述する式(1)により表される約275の剪断歪みを与えた。なお、歪み付与加工前のTiFeには、1273Kで24時間のアニール処理を行ってある。
【0022】
同図(a)に示すように、TiFeに含まれるTi、TiO、TiOのそれぞれに係る結合エネルギーは、歪み付与加工処理の前後で変化が無い。また、同図(b)に示すように、TiFeに含まれるFe,FeO,Feのそれぞれに係る結合エネルギーも、歪み付与加工処理の前後で変化が無い。すなわち、TiFeの基本的な結晶構造は、歪み付与加工の前後で変化していないことが分かる。
【0023】
図2は、図1のデータに基づくTiFeの組成構造を示す模式図である。同図に示すように、図1のデータに基づくと、TiFeの表面から数nm〜数十nmは、TiO、及び、Fe又はFe3−xTi3+x、の組成が支配的であり、その下の数nmは、TiO、及び、Fe又はFeTi、の組成が支配的であり、その更に下は、TiFeの組成が支配的であるものと考えられる。
【0024】
このように、TiFe表面には、TiO等の酸化膜が形成されている。従来は、TiFeの水素吸収に必要な活性化処理は、この酸化膜が水素の侵入を阻害することが原因と考えられていた。しかしながら、後述するように、本願発明者の研究によれば、TiFeに活性化処理が必要な理由は、酸化膜ではなく、TiFe内の水素拡散係数の低さにあると考えられる。
【0025】
図3は、TiFeの表面構造を説明する図である。図3(a)は、歪み付与加工前のTiFe表面を光学顕微鏡で観察した写真、図3(b)及び(e)は、歪み付与加工後のTiFe表面を透過型電子顕微鏡で観察した写真である。
【0026】
図3(c)及び(d)は、図3(b)の制限視野電子回折(SAED)の暗視野画像であり、図3(f)及び(g)は、図3(e)のSAEDの暗視野画像である。図3(h)は、厚さの中間点から取られた暗視野画像である。全ての暗視野画像は、SAEDパターン中に示した矢印で示す回折されたビームにより得られた。
【0027】
図3(a)に示すTiFeは、観察前に1273Kで24時間のアニール処理を行ってある。図3(b)〜(d)に示すTiFeは、後述する歪み付与装置を用いて、室温(298K)、圧力6GPa、N=0.25の条件で歪み付与加工を行ったものであり、図3(e)〜(h)に示すTiFeは、後述する歪み付与装置を用いて、室温(298K)、圧力6GPa、N=10の条件で歪み付与加工を行ったものである。
【0028】
図3(a)に示す歪み付与加工前のTiFeは、平均粒度が750μm以下の微細構造を有する。図3(c)及び(d)に示すN=0.25の歪み付与加工後のTiFeには、図3(c)に観測される粗い結晶粒と、図3(d)に観測されるナノサイズの結晶粒とから成る異種混合の微細構造が形成されている。
【0029】
図3(e)〜(g)に示すN=10の歪み付与加工後のTiFeには、図中Aで示す領域に形成された粗い結晶粒と、図中Bで示す領域に形成されたナノサイズの結晶粒が形成されている。なお、図には示していないが、N=0.5の歪み付与加工後のTiFeも、図3(e)〜(g)と同様の結晶粒が観察された。
【0030】
N=0.5及びN=10の歪み付与加工後のTiFeは、N=0.25の歪み付与加工後のTiFeの微細構造と比較して、ナノサイズの結晶粒のサイズが小さくなっている。
【0031】
図3(h)に示す暗視野画像では、図3(e)〜(g)に示す試料表面の微細構造に比べて均質に見える。
【0032】
図3(f)〜(h)中のSAEDパターン中の輪光は、歪み付与加工によってTiFeのビッカース硬度が飽和した状態において、アモルファス状又は中間レンジの規則相が存在することを示している。
【0033】
図3(f)〜(h)中のSAEDパターンでは、(100)面に対応する超格子回折が欠如している。これは、歪み付与加工により、TiFe中に無秩序化が発生したことを示している。
【0034】
図4は、TiFe表面を低エネルギー走査型電子顕微鏡で観察した写真である。図4(a)は歪み付与加工前のTiFe表面であり、図4(b)は歪み付与加工後のTiFe表面である。同図に示すTiFeには、後述する歪み付与装置を用いて、室温(298K)、圧力6GPa、回転数10、で行い、後述する式(1)により表される約275の剪断歪みを与えた。なお、歪み付与加工前のTiFeには、1273Kで24時間のアニール処理を行ってある。
【0035】
同図からは、歪み付与加工後のTiFe表面に、数μmオーダーのFeに富んだ領域が局所的に形成されていることが分かる。このFeに富んだ領域の周囲に観察されるコントラストは、材料内部へ延びるクラックである。
【0036】
このクラックは、TiFe表面層の異相境界であり、TiFe表面から内部へと延在する線欠陥や面欠陥等の格子欠陥が形成されている。線欠陥や面欠陥等の格子欠陥は、格子欠陥の形成されていない周囲のTiFe材料に比べて、水素移動に係る抵抗(水素移動抵抗)が低い。
【0037】
このため、前記Feに富んだ領域の触媒作用により活性化された水素(水素原子)は、クラックが形成されていない場合に比べると、クラックを通じてTiFe内部に入り込みやすく、また、クラックを通じてTiFe内部から外部へと放出されやすい。このクラックは、本実施形態において、水素移動路を構成する。
【0038】
図5は、歪み付与加工の前後で変わる水素貯蔵特性を示す図である。図5(a)は、歪み付与加工前のTiFeの水素貯蔵特性を示すグラフであり、図5(b)は、歪み付与加工後のTiFeの水素貯蔵特性を示すグラフである。これらグラフに示すデータは、水素雰囲気下で、縦軸に示す気圧を変えつつTiFe試料より放出された水素の体積を測定することにより得た。
【0039】
なお、歪み付与加工前のTiFeは、1273Kで24時間のアニール処理を行う事により、TiFe試料内部の格子欠陥や組成偏析をリセットした状態にしてある。歪み付与加工は、後述する歪み付与装置を用いて、室温(298K)、6GPa、回転速度1rpm、回転数10回、の条件で行った。
【0040】
図5に示すように、TiFeは、気圧を上昇させても歪み付与加工前はほとんど水素貯蔵特性を示さないが、歪み付与加工後は、室温で、気圧の上昇に伴い非常に優れた水素貯蔵特性を示す。特に、約10MPaまで気圧を上昇させると、1.6〜1.7wt%の水素が吸収されることが確認された。また、歪み付与加工後のTiFeは、気圧の下降に伴い吸収した水素を放出していき、元の大気圧まで下降した時点で、吸収した水素の大半を放出する。
【0041】
図5に示す1st Cycleは、歪み付与加工後、最初に行った気圧の上昇及び下降時の水素貯蔵量の変動を示す。1st Cycleでは、約0.1から約1MPaへの気圧上昇時には水素貯蔵量が増加せず、約1MPaから約10MPaへの気圧上昇時には、徐々に水素貯蔵量が上昇していく。
【0042】
そして、約10MPaから約0.1MPaへの気圧下降時には、徐々に水素が放出されていくが、いったん約10MPaまで上昇させた気圧を約0.1MPa〜約0.001MPaまで下降させても、貯蔵された水素が完全には放出がされず、気圧上昇前の水素貯蔵状態には戻らない。
【0043】
図5に示す2nd Cycleは、1st Cycleを終えた試料を30分間ほどロータリーポンプで排気した容器内に保持してから行った、気圧の上昇及び下降時の水素貯蔵量の変動を示す。2nd Cycleでは、約1MPa付近で水素貯蔵量が急激に約1.1wt%まで上昇し、その後、約1MPaから約10MPaへの気圧上昇時に徐々に水素貯蔵量が上昇していく。
【0044】
そして、約10MPaから0.1MPaへの気圧下降により、貯蔵された水素がほぼ完全に放出がされて、ほぼ気圧上昇前の水素貯蔵状態に戻る。さらに、気圧を約0.0001MPaまで下降させると、より完全に気圧上昇前の水素貯蔵状態に戻る。
【0045】
図5に示す3rd Cycleは、2nd Cycleを終えた試料を30分間ほどロータリーポンプで排気した容器内に保持してから行った、気圧の上昇及び下降時の水素貯蔵量の変動を示す。約1MPa付近で水素貯蔵量が急激に約1.1wt%まで上昇し、その後、約1MPaから約10MPaへの気圧上昇時に徐々に水素貯蔵量が上昇していく。
【0046】
そして、約10MPaから0.1MPaへの気圧下降により、貯蔵された水素がほぼ完全に放出がされて、ほぼ気圧上昇前の水素貯蔵状態に戻る。さらに、気圧を約0.0001MPaまで下降させると、より完全に気圧上昇前の水素貯蔵状態に戻る。
【0047】
このように、歪み付与加工後、最初に行う気圧上昇及び下降処理では、歪み付与加工処理を行っていない従来のTiFeに比べると、水素吸収及び放出特性が優れているものの、2回目の気圧上昇及び下降処理は、更に水素の吸収及び放出特性が優れていることが分かる。
【0048】
すなわち、2回目以降の気圧上昇及び下降処理の方が、低圧で迅速に水素が吸収され、気圧下降時は気圧の下降に対する水素放出の追随性が高く、1回目よりも2回目以降の方が、水素の吸収及び放出の気圧変動に対する追随性が向上することが分かる。また、1回目よりも2回目以降の方が、より完全に水素が放出されることが分かる。
【0049】
図6は、大気に曝したTiFe水素貯蔵合金の水素貯蔵特性の変化を示すグラフである。同図に示す1st Cycle、2nd Cycle、及び3rd Cycleは、図5(b)に示すものと同様であり、同図に示す6th Cycleは、図中には示していないが、2nd,3rd Cycleと同様の条件で、これらCycleに続けて行った4th,5th Cycle後の試料を、約二ヶ月間、室温下でデシケーター中に保管し、その後、水素雰囲気下で、縦軸に示す気圧を変えつつ試料の重量を測定することにより得たデータである。
【0050】
6th Cycleでは、約0.1MPaから約4MPaへの気圧上昇時は、水素貯蔵量は上昇せず、約4MPaから約10MPaへの気圧上昇時には、徐々に水素貯蔵量が上昇していく。
【0051】
そして、約10MPaから約0.1MPaへの気圧下降時には、徐々に水素が放出されていくが、いったん約10MPaまで上昇させた気圧を約0.1MPa〜約0.001MPaまで下降させても、貯蔵された水素が完全には放出されず、気圧上昇前の水素貯蔵状態には戻らない。
【0052】
なお、6th Cycleで用いたTiFeのように、空気中に長期間放置されたTiFe表面には、TiO等の表面酸化膜が形成される。従来の仮説では、この表面酸化膜が水素の侵入を阻害するため、TiFeの水素吸収時に活性化が必要であるとされていた。そこで、本願発明者らは、表面酸化膜の破壊により水素の侵入を容易化できるとの仮説に基づいて歪み付与加工を施したTiFeの水素貯蔵特性を調べていた。
【0053】
しかしながら、図6に示すグラフによれば、表面酸化膜が復活したはずの6th CyclにおけるTiFeの水素吸収及び放出特性は、1st Cycleに比べて迅速性や完全性において劣るものの、従来の歪み付与加工を行っていないTiFeに比べるとはるかに優れた水素貯蔵特性を維持している。
【0054】
ここで、歪み付与加工では、試料に点欠陥(空孔等)や線欠陥(転移等)、面欠陥(結晶粒界等)等の格子欠陥が形成されることが知られている。このことから、歪み付与加工を行っていないTiFeにおいて、水素貯蔵に活性化が必要な理由は、表面酸化膜が水素侵入を阻害しているのではなく、試料表面から試料内部への水素移動度が低いためと考えられる。
【0055】
すなわち、各種格子欠陥の導入により、試料表面のFe等によって触媒活性化された水素原子が、線欠陥や面欠陥を通して試料内部の格子欠陥へ移動して捕獲されるようになり、また、試料内部の格子欠陥に捕獲されていた水素が線欠陥や面欠陥を通して試料内部から試料表面へ容易に移動できるようになるものと考えられる。
【0056】
図7は、各種の程度で歪み付与加工を施したTiFe試料の、真空吸引の前後での水素貯蔵特性を示す図である。図7(a)は、真空吸引前の水素貯蔵特性を示すグラフであり、図7(b)は、真空吸引後の水素貯蔵特性を示すグラフである。これらグラフに示すデータは、水素雰囲気下で、縦軸に示す気圧を変えつつ試料より放出された水素の体積を測定することにより横軸に示す水素の重量を得た。
【0057】
図7(a)及び(b)に示すように、歪み付与加工の回転数がN=1/4,1の試料に比べて、N=10の方が水素放出は優れているが、N=10の試料に比べて、N=1の試料の方が水素吸収の絶対量が多い。この事実は、大量の歪みを付与しなくても、例えばN=1/4のような少量の歪みでも、本実施形態に係るTiFe水素吸蔵合金を実現できることを示す。すなわち、後述するHPT加工に限らず、圧延加工や押出加工等の一般的な歪み付与加工でも、本実施形態に係るTiFe水素吸蔵合金を実現できることが分かる。
【0058】
ここで、試料を密閉して真空吸引器で1000Pa以下に減圧させると、図7(b)に示すように、水素の吸収開始前の水素貯蔵量が、ほぼ図7(a)の初期値と同等のレベルに戻る。このように、TiFeに貯蔵された水素は、真空吸引で脱離させることが可能であり、真空吸引で容易に脱離可能なエネルギーレベルの捕獲中心に捕獲されているものと考えられる。
【0059】
なお、図8は、図5〜7よりも低い気圧範囲(0〜1MPa)での水素貯蔵特性を示す図である。同図に示すように、歪み付与加工を施したTiFeは、低圧でも水素吸収及び放出特性を持つことが分かる。
【0060】
(2)第2の実施形態:
図9は、TiFe水素貯蔵合金の製造方法の流れを示すフローチャートである。同図に示す製造方法は、少なくとも水素移動路形成工程としての歪み付与工程(S10)を行う。
【0061】
歪み付与工程(S10)においては、TiFeに歪みを与えて結晶粒径をサブミクロンレベル(1ミクロン以下)又はナノレベルに超微細化させる組織制御を行う。この歪み付与工程により試料に剪断歪みを定量的に与えることができる。また、歪み付与工程によって剪断歪みを与えられたTiFeは、材料の表面から内部へ連続的に形成された線欠陥や面欠陥等の格子欠陥を有する。
【0062】
歪みの付与は、試料に対して高圧を印加可能な様々な手法で行う事が可能であり、例えば、HPT(High-Pressure Torsion)法、HPS(High-Pressure Sliding)法、等を用いることができる。なお、以下ではHPT法を例に取って歪み付与工程(S10)について説明する。
【0063】
図10は、HPT法で用いる歪み付与装置の一例に係る構成を説明する図である。同図に示す歪み付与装置100は、試料に対して、挟み込みによる負荷圧力(静水圧)とねじり変形による剪断応力とを同時に加える。
【0064】
歪み付与装置100は、具体的には、対向配置した2つのアンビル10,20、押圧手段及び回転手段を備えている。なお、押圧手段及び回転手段については、図10では図示を省略している。
【0065】
アンビル10,20は略円柱状であり、互いに対向しあう面11,21に、リング状の凹部12,22を有する。リング状の凹部12,22は、アンビル10,20の面11,21を所定の位置関係で対面させたときにリング状の空間を形成する位置にそれぞれ形成されている。なお、アンビル10,20に設ける凹部12,22の形状はリング状に限るものではなく、円形であっても良い。
【0066】
押圧手段は、支持基台を介してアンビル10,20の少なくとも一方に接続されており、面11,21を互いに近づける方向に応力を印加することができる。これにより、歪み付与装置100は、リング状の空間に配置された試料に対し、当該試料を圧縮する方向の応力を加えることができる。
【0067】
回転手段は、支持基台を介してアンビル10,20の少なくとも一方に接続されており、アンビル10,20のリング状の凹部12,22の中心を回転軸として、アンビル10,20を他方のアンビルに対して相対的に回転させることができる。これにより、歪み付与装置100は、凹部12,22の間に挟圧された試料に対して連続的にねじり変形を加えて、当該試料に剪断歪みを導入することができる。
【0068】
なお、アンビル10,20の凹部12,22の底面13,23は、粗面とすることが好ましい。リング状の空間に試料を挟圧しながら回転力による歪みを加える際に、試料と底面13,23との接触部分が滑りにくくなることから、回転力を試料に伝えやすくなり、試料に対して効果的に歪みを加えることができるからである。
【0069】
また、アンビル10,20の面11,21の凹部12,22よりも中心側には、アンビル10、20の回転軸と中心が一致した円形状凹部14,24が形成されている。これにより、試料にねじり変形を加える際に2つのアンビル10,20が接触して摩擦が生じる可能性を軽減している。
【0070】
また、アンビル10,20のリング状の凹部12,22の深さの合計は、試料の厚みよりも小さくなるように構成することが好ましい。すなわち、凹部12,22の間に形成されるリング状の空間に試料を挟圧した状態で、面11,21の間に隙間25が形成される状態にすることが好ましい。
【0071】
これにより、歪み付与工程において、試料の微細化により試料厚みが徐々に薄くなったり、粉末試料の場合に、凹部の外に試料が漏出して凹部12,22の底面13,23の間隔が徐々に狭くなったりしても、面11,21が直接に接触して摩耗することを防止し、加える圧力を効率的に試料に伝えることができる。
【0072】
以上のように構成された歪み付与装置100を用いて、空間Sに配置された試料に挟み込み圧力(通常1GPa以上)を加えながら、アンビル10,20を他方のアンビルに対して相対的に回転させると試料に剪断歪みを発生し、この剪断歪みによって結晶粒径をサブミクロンレベルに超微細化することができる。
【0073】
ここで、歪み付与装置100が試料に加える剪断歪みのひずみ量εは、下記の式(1)で表すことができる。下記(1)式において、rは回転中心からの距離、Nは回転数、tは試料の厚み、をそれぞれ表す。
【0074】
【数1】
【0075】
すなわち、歪み付与装置100が試料に与える剪断歪みγは、回転数N及び回転中心からの距離rに比例し、試料の厚みtに反比例する。更に言えば、試料に加えたねじり変形による剪断応力に比例し、試料の厚みtに反比例する。
【0076】
図11は、TiFeに対する剪断応力とビッカース硬度との関係を示す図である。同図に示す剪断応力は上述した歪み付与加工で加えたものであり、剪断応力γ(=P/S、P:付与荷重、S:断面積)に対応する回転数Nを併記してある。歪み付与加工には、比較のためにツールスチール製のアンビルとWC−11%Co製のアンビルを用いたが、いずれのアンビルを用いても同様の結果が得られている。
【0077】
図11に示すように、TiFeのビッカース硬度は、初期は回転数Nの増加に伴って増加し、回転数N=1で約1050Hvに達する。回転数N=1を超えるとビッカース硬度は約1050Hvの飽和値で一定となる。なお、この飽和値はSPD(severe plastic deformation)処理された材料中に報告された最高値に相当し、この硬度変化の挙動は、ハフニウム等の高融点金属の挙動に類似する。
【0078】
図12は、歪み付与加工とX線回折との関係を示す図である。図12(a)は、歪み付与加工の回転数NとX線回折との関係を示し、歪み付与加工前のTiFeのX線回折データと、各種の回転数の歪み付与加工後のTiFeのX線回折データを示してある。図12(b)は、歪み付与加工の回転数Nと(110)面の半値全幅(FWHM)との関係を示す図である。
【0079】
図12(a)に示すように、歪み付与加工後、Ti、Fe及びTiFeのピークは、目に見える形で検知されない。また、TiFeH及びTiFeHのピークは、歪み付与加工及びそれに続く水素吸収後、目に見える形で検出されない。水素化物が大気圧下で迅速に分解するためである。
【0080】
これは、歪み付与加工処理されたTiFeが空気中で非活性化されないことを示唆する。これに対し、歪み付与加工処理をせず、熱処理によって活性化して水素吸収させた従来のTiFeは、空気中で迅速に非活性化されるため、水素吸収によって試料内に形成された水素化物は大気中でも分解されない。
【0081】
また,図12(a)に示すように、歪み付与加工処理前のTiFeに観測される(211)面のピーク強度は、歪み付与加工後のTiFeにおいて非常に小さくなり、代わりに(100)面のピーク強度が大きくなっている。これは、ディスク状の試料表面と平行な傾向がある滑り面のような構造が、歪み付与加工によって形成されたことを示唆している。
【0082】
また、図12(b)で定量的に示すように、図12(a)に示す(110)面の半値全幅は、上述したビッカース硬度の場合と同様に、歪みの増加に伴って増加し、回転数N=1を超えると、一定レベルに飽和している。この半値全幅のブロード化における特徴は、格子歪みの発生、格子欠陥の生成、結晶粒の微細化、を示している。これらは、全て水素貯蔵特性の向上に寄与する特徴である。
【0083】
(3)まとめ:
以上説明した実施形態によれば、TiFe材料の表面から内部へ延在し、周囲のTiFe材料に比べて水素移動抵抗が低い水素移動路を有するTiFe水素貯蔵合金を実現することができる。また、このようなTiFe水素貯蔵合金の製造方法や製造装置も実現できる。このTiFe水素貯蔵合金は、安価で、高温の活性処理が不要であり、且つ水素の吸収/放出が繰り返し可能である。
【0084】
なお、本発明は上述した実施形態に限られず、上述した実施形態の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、公知技術並びに上述した実施形態の中で開示した各構成を相互に置換したり組み合わせを変更したりした構成、等も含まれる。また,本発明の技術的範囲は上述した実施形態に限定されず,特許請求の範囲に記載された事項とその均等物まで及ぶものである。
【符号の説明】
【0085】
10…アンビル、11…面、12…凹部、13…底面、14…円形状凹部、20…アンビル、21…面、22…凹部、23…底面、24…円形状凹部、100…歪み付与装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12