【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため、まず成分組成の見直しを行った。耐酸化性の良いオーステナイト系ステンレス鋼としては、前述のSUS302B、XM15J1、DIN1.4828のように、Siを高めたステンレス鋼やREMを添加したステンレス鋼が一般に使用されている。
【0012】
本発明者らは、上記のオーステナイト系ステンレス鋼が1050℃の環境に耐え得るか確認するために、自動車排気ガス環境を模擬した雰囲気ガス中での断続酸化試験を行ったが、いずれの鋼種も酸化による重量減少が顕著に現れ、1050℃における耐酸化性は無いと判断された。
【0013】
そこで、本発明者らは、1050℃の環境に耐え得る材料組成を明らかにすべく、種々の検討を重ねた。
【0014】
その結果、Cr、Mo、Si量を適正量に制御しつつ、オーステナイト母相を安定させるために、Ni、C、Nを所定の量添加する際に、オーステナイト相の粒成長を抑制する炭窒化物の量の確保、及び析出形態を制御することで、断続酸化環境に於いても保護性の高いスケールを形成させる方法により、1050℃に耐え得る耐酸化性を有するステンレス鋼板が得られることを知見した。
【0015】
具体的には、Cr、Mo量を所定の範囲に制御することで、スケール中の酸素イオンの拡散、金属原子の拡散が起こり難いCr
2O
3を主体とする酸化物スケールを形成させる。
【0016】
このスケールが加熱冷却時の母材の熱膨張収縮によって剥離しないように内部酸化層を形成させる。内部酸化層は、オーステナイト粒界に形成されるSi酸化物を指すものである。表面に保護性の高いCr
2O
3を主体とするスケールが形成されないとこの粒界酸化が浅くなり、スケール剥離を防止することが困難である。また、オーステナイト粒が成長すると、粒界の移動により、粒界酸化が抑制されるため、耐酸化性が損なわれることから、粒成長を抑制するために析出物を分散させる。
【0017】
図1は、Cr、MoとSi、C、Nが断続酸化に於ける耐酸化性に及ぼす影響を調べた結果を示したものである。試験方法は以下のとおりである。
【0018】
各種組成のオーステナイト系ステンレス鋼をラボ溶解し、1250℃に1時間加熱し、熱間圧延して板厚3mmにした後、熱延板焼鈍を1100℃で20秒行い、すぐに水冷し、ショットブラストした後、硫酸と硝弗酸でスケールを除去した。
【0019】
引き続き冷間圧延して、板厚1.2mmにした。さらに1100℃で20秒の焼鈍を行った後、水冷し、ソルトでスケール改質を行った後、酸洗した。
【0020】
表面をSiC紙で#600研磨した後、自動車排ガス雰囲気下で、1050℃と200℃の間で加熱冷却を繰り返す断続酸化試験を行った。繰り返しサイクル数2000サイクルにおいて、板厚減少が0.4mm超であるものを不合格、0.4mm以下を合格とした。この試験結果をまとめると
図1に示すように、表面の酸化抑制にはCrとMoが、スケールの剥離抑制にはSi、C、Nが、図中に示す係数で効果を示すことが明らかになった。なお、
図1において、白抜きのプロットが合格を表し、黒抜きのプロットが不合格を表す。
【0021】
これらの成分的な対策により、薄板では1050℃に耐え得る耐酸化性が得られる。しかしながら、排気系部品のように溶接構造になると、それだけでは不十分である。
図2に重ね隅肉溶接したサンプルの断面形状と、酸化試験後の板厚減少を示した。このサンプルを断続酸化試験に供したところ、溶接熱影響部において酸化が顕著になり、板厚減少が大きくなった結果、サンプルが分離してしまう場合も見られた(
図2下写真の左上部)。そのため、溶接熱影響部が排気系部品の寿命を支配することが分かった。溶接熱影響部が選択的に酸化する実態を調査したところ、この部分には表面にCr
2O
3を主体とするスケールが均一に形成されておらず、粒界酸化もあまり起こっていないことが分かった。
【0022】
そこで、溶接熱影響部と母材の組成を調べたところ、差異が認められなかったことから、母材と溶接熱影響部の酸化挙動の違いは、熱膨張、収縮による歪が影響していると考えられた。すなわち、溶接金属と母材の板厚により、加熱、冷却時に溶接金属と母材の間に温度差が生じ、この温度差による熱膨張収縮応力により、境目にある溶接熱影響部でスケールが剥離しやすくなるものと思われた。
【0023】
このサンプルの溶接部における板厚変化の勾配(止端角度)を測定したところ、酸化が小さかったサンプルは止端角度が約10度と小さいのに対して、耐酸化性が劣ったサンプルでは止端角度が20度と大きいことが分かった。なお、本発明において、「板厚変化の勾配(止端角度)」とは、溶接部側面の断面観察において、母材の面と、溶接ビード(溶接金属)の表面接線とが交わる角度をX度(degree)とするとき、(180−X)の角度で表したものを指す。止端角度は通常0から90度の範囲で表示される。一般的に溶接ビードは複数の止端を有するので、複数の止端の角度が存在するが、本発明における止端角度は、その断面視野の中で最も大きい角度のものと定義する。止端角度が大きいということは、溶接ビード表面の膨らみ(盛り上がり)によって板厚が変化する勾配が急峻であることを意味する。
【0024】
そこで、以下の試験により、溶接金属と母材の板厚差が耐酸化性に及ぼす影響を調べたところ、特定の板厚差以上になると溶接熱影響部でスケール剥離を生じ耐酸化性が低下することが分かった。
【0025】
具体的には、24Cr-12Ni-0.1C-0.02N−2.0Si−1Mn−0.5Mo−0.05Al−0.05V鋼をラボ溶解し、1250℃に1時間加熱し、熱間圧延して板厚3mmにした後、熱延板焼鈍を1100℃で20秒行い、すぐに水冷し、ショットブラストした後、硫酸と硝弗酸でスケールを除去した。引き続き冷間圧延して板厚1.2mmにした。
【0026】
さらに1100℃で20秒の焼鈍を行った後、水冷し、ソルトでスケール改質を行った後、硝酸と弗酸の混酸中で浸漬酸洗した。この板をTig溶接で重ね隅肉溶接した。溶接は裏ビードが出る条件で行い、溶接ワイヤにはSUS310Sを用いた。溶接入熱と溶接速度を変えることで、溶接ビード形状を変化させ、板厚変化の勾配を変えた。
【0027】
溶接線を試験片の中心に置いて、酸化試験片を作成した後、自動車排ガス環境下で、200℃と1050℃の間を加熱冷却する断続酸化試験を2000サイクル行った。溶接熱影響部の板厚減少を測定し、板厚減少が0.4mm以下を合格とした。その結果、溶接金属と母材との板厚差があってもその板厚変化の勾配を15度以下にすることで、溶接熱影響部のスケール剥離を軽減することが可能になることが分かった。
【0028】
重ね隅肉溶接以外に、突合せ溶接についてもその効果を調べたが、いずれの場合でも板厚変化の勾配を15度以下にすることで溶接熱影響部の酸化を大きく軽減することが可能であることが分かった。さらに、板厚変化の勾配を低減することにより溶接熱影響部の酸化はより軽減し、板厚変化の勾配が無くなると母材と同じ耐酸化性を有するようになるが、15度超での耐酸化性改善効果は小さいことがわかった。なお、本発明では溶接方法の種類を限定しないが、特にアーク溶接の場合に良好な結果が得られる。他の溶接方法でも本発明が開示する技術的メカニズムに基づき遜色のない効果が得られる。
【0029】
上述のとおり、母材の成分設計の最適化と溶接金属の形状制御により、排気系部品としての耐久性を1050℃で耐えられるものにすることを可能であることが分かった。
【0030】
本発明は上記の知見に基づきなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
【0031】
(1)質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:1.0%〜4.0%、Mn:0.5〜3.5%、P:0.010〜0.040%、S:0.0001〜0.010%、Cr:20〜30%、Ni:8〜25%、Mo:0.01〜1.5%、Al:0.001〜0.10%、及びN:0.13〜0.50%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物であり、Cr、Mo、Si、C、及びNの含有量がCr+20Mo≧24.0%、及びSi+20C+15N≧5.8%を満たす
ステンレス鋼板を母材として用いた溶接構造を有し、溶接部における板厚変化の勾配が15度以下であることを特徴とす
る排気系部
品。
【0032】
(2)
前記ステンレス鋼板が、さらに、質量%で、Cu:0.1〜3.0%、V:0.03〜0.5%、Ti:0.001〜0.3%、Nb:0.001〜0.3%、B:0.0001〜0.0050%、及びCa:0.001〜0.010%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)
の排気系部
品。
【0033】
(3)
前記ステンレス鋼板が、さらに、質量%でW:0.01〜3.00%、Zr:0.05〜0.30%、Sn:0.01〜0.10%、Co:0.01〜0.30%、及びMg:0.0002%〜0.010%の1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)又は(2)
の排気系部
品。