特許第6239341号(P6239341)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6239341大動脈血流波形分析による動脈硬化度の評価
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6239341
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】大動脈血流波形分析による動脈硬化度の評価
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/02 20060101AFI20171120BHJP
   A61B 10/00 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   A61B5/02 A
   A61B10/00 L
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-218945(P2013-218945)
(22)【出願日】2013年10月22日
(65)【公開番号】特開2015-80545(P2015-80545A)
(43)【公開日】2015年4月27日
【審査請求日】2016年10月20日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (その1)掲載年月日 平成25年6月14日 掲載アドレス http://journals.lww.com/jhypertension/Documents/FINAL%20−%20ESH2013Book−101−150.pdf (その2)開催日 平成25年6月14日〜平成25年6月17日(公開日は平成25年6月17日) 集会名、開催場所 第23回欧州高血圧学会(ESH2013) Milano Congressi(MiCo) John B.Hynes Veterans Memorial Convention Center(イタリア国 ミラノ 20149 ピアッツェーレ カルロ マグノ 1) (その3)掲載年月日 平成25年6月24日 掲載アドレス http://hyper.ahajournals.org/content/early/2013/06/24/HYPERTENSIONAHA.113.01318 http://hyper.ahajournals.org/content/62/3/542.full
(73)【特許権者】
【識別番号】516315742
【氏名又は名称】橋本 潤一郎
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋本 潤一郎
【審査官】 遠藤 直恵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−253657(JP,A)
【文献】 特開2005−261836(JP,A)
【文献】 J.Hashimoto et al.,Pulse Pressure Amplification, Arterial Stiffness, and Peripheral Wave Reflection Determine Pulsatile Flow Waveform of the Femoral Artery,Hypertension,2010年,56,926-933
【文献】 杉町 勝,基礎:AIと動脈の力学的特性,Arterial Stiffness動脈壁の硬化と老化,2006年,9,A-1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/02 −5/03
A61B 8/00−8/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の血圧データに基づいて算出された動脈血圧指標と被験者の血流データに基づいて算出された動脈血流指標との関数として、動脈硬化に関連する指標を演算する動脈硬化指標算出手段を備えた動脈硬化度評価装置であって、
前記動脈硬化に関連する指標が特性インピーダンス(Z0)であり、
前記特性インピーダンス(Z0)は、
【数1】
あるいは
【数2】
で表される動脈硬化度評価装置。
(VFwdは大動脈順流ピーク速度、P1hは大動脈投射圧波高、及びRは大動脈内半径である。)
【請求項2】
前記動脈血圧指標と、特性インピーダンス、頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度、及び頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度の頚動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度に対する比から選択された少なくとも1つとの相関を分析する手段
をさらに備え、
前記動脈血圧指標が、大動脈収縮期血圧、大動脈脈圧、大動脈増大圧、大動脈増大係数、大動脈投射波高、大動脈−橈骨動脈間の脈圧増幅、大動脈−大腿動脈間の脈圧増幅、大動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度、大動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度、大動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度の大動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度に対する比、及び標準化PWVC-Fからなる群の少なくとも1つから選択される請求項に記載の動脈硬化度評価装置。
【請求項3】
被験者の血圧データに基づいて算出された動脈血圧指標と被験者の血流データに基づいて算出された動脈血流指標との関数として、動脈硬化に関連する指標を演算する動脈硬化指標算出手段
を備えた動脈硬化度評価装置であって、
前記動脈血流指標が前記血流データに基づいて算出された大動脈血流指標であり、
前記大動脈血流指標と、頚動脈の血流データに基づいて算出された頚動脈血流指標との相関を分析する手段
をさらに備え、
前記大動脈血流指標が、収縮期順流ピーク速度、拡張期逆流ピーク速度、拡張終期速度、時間平均化平均速度、順流ピーク時間、逆流ピーク時間、及び下行大動脈の逆行性血流/順行性血流比からなる群の少なくとも1つから選択され、
前記頚動脈血流指標が、収縮期最大速度、拡張期最大速度、拡張終期速度、時間平均化平均速度、拡張期ピーク速度時間、収縮期ピーク速度時間、及び拡張期/収縮期血流量指数比からなる群の少なくとも1つから選択される、
動脈硬化度評価装置。
【請求項4】
被験者の血流データに基づいて算出された動脈血流指標に基づいて、動脈硬化に関連する指標を算出する動脈硬化指標算出手段
を備え、前記動脈硬化に関連する指標が下行大動脈の逆行性血流/順行性血流比(R/F比)である、動脈硬化度評価装置。
【請求項5】
前記逆行性血流/順行性血流比と、頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度(PWVC-F)、頚動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度(PWVC-R)、下行大動脈特性インピーダンス(Z0)、及び大動脈脈圧(PPA)からなる群の少なくとも1つとの相関を分析する手段
を備える請求項4に記載の動脈硬化度評価装置。
【請求項6】
前記逆行性血流/順行性血流比と、頚動脈の血流データに基づいて算出された頚動脈血流指標との相関を分析する手段
をさらに備え、
前記頚動脈血流指標が、収縮期最大速度、拡張期最大速度、拡張終期速度、時間平均化平均速度、拡張期ピーク速度時間、収縮期ピーク速度時間、及び拡張期/収縮期血流量指数比からなる群の少なくとも1つから選択される、請求項4又は5に記載の動脈硬化度評価装置。
【請求項7】
コンピュータを、請求項1〜6のいずれか一項に記載の動脈硬化度評価装置として機能させるためのプログラム。
【請求項8】
請求項7に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動脈の硬化度を評価するための装置、プログラム、及びコンピュータ記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
大動脈は加齢に伴って硬化し、例えば、大動脈の硬化は脳卒中を含む心臓血管疾患の突然発症に先立って起こることが多い等、大動脈の硬さ(aortic stiffness)は心臓・脳・腎臓を含む主要臓器の障害と密接に関連することが知られている。
【0003】
大動脈の血流(「中心」血流)はこれら主要臓器への血流を規定し、循環器系において重要な役割を演じている。しかしながら大動脈は体幹深部に存在するため、その血流を測定することは難しく、これまでは少数の心血管疾患患者を対象に動脈内カテーテルを用いた直接法による測定の他、経食道エコー法や核磁気共鳴画像法(MRI)による測定が行われていた。しかしながら、これらの方法は、侵襲性が強いか、又は検査自体が高額であるなど、被験者にとって非常に負担が大きい。
【0004】
また、これまで動脈硬化度の評価は、主に脈波伝播速度(pulse wave velocity: PWV)の測定に基づいてきた(非特許文献1)。しかし、PWVはある領域(たとえば頸動脈−大腿動脈間)での平均的な硬さを反映するものであって、大動脈に特異的な硬さを計測できる指標とは必ずしも言い難い。一方、大動脈の特性インピーダンスは特異的な硬さを反映するものの、従来法では血圧及び血流波形を直接法で記録することが必要であったため(非特許文献2)、侵襲性が強い上、その測定の適応となる対象者は非常に少なかった。さらに、周波数分析に基づいて血圧及び血流の関係から特性インピーダンスを算出するため(非特許文献3)、その数理的処理が非常に煩雑であり、これまで広く臨床応用されることはなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Asmar R et al. Hypertension 1995;26:485-490
【非特許文献2】Mills CJ et al. Cardiovasc Res 1970;4:405-417
【非特許文献3】Murgo J et al. Circulation 1980;62:105-116
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
侵襲性が少なく、広範な対象者で測定でき、簡便かつ正確な特性インピーダンスの測定及び動脈硬化度の評価が望まれている。
【0007】
本発明の目的は、かかる要望を満たす動脈硬化度評価装置、プログラム、及びコンピュータ記録媒体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成すべく、本発明者らは、大動脈の血流波形の新規な記録方法を見出し、これを非侵襲的方法(トノメトリ法)で測定した血圧波形と組み合わせることにより、時系列ドメインで大動脈特性インピーダンスを推定し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。

[1]被験者の血流データに基づいて算出された動脈血流指標に基づいて、動脈硬化に関連する指標を算出する動脈硬化指標算出手段
を備えた動脈硬化度評価装置。
[2]被験者の血圧データに基づいて算出された動脈血圧指標と被験者の血流データに基づいて算出された動脈血流指標との関数として、動脈硬化に関連する指標を演算する動脈硬化指標算出手段
を備えた動脈硬化度評価装置。
[3]前記動脈血流指標が前記血流データに基づいて算出された大動脈血流指標であり、該大動脈血流指標は、5〜20心周期または5〜20秒間の大動脈の血流速度波形データを、収縮初期の立ち上がりで同期してアンサンブル平均し、一拍分の平均化血流波形を生成し、この血流波形から算出した収縮期順流ピーク速度(VFwd)、拡張期逆流ピーク速度(VRev)、拡張終期速度(VED)、時間平均化平均速度(VM)、順流ピーク時間 (TFwd)、逆流ピーク時間(TRev)、及び/又は下行大動脈の逆行性血流/順行性血流比(R/F比)である項1又は2に記載の動脈硬化度評価装置。
[4]前記動脈硬化に関連する指標が特性インピーダンスである項2又は3に記載の動脈硬化度評価装置。
[5]前記動脈血圧指標と、特性インピーダンス、頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度、及び頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度の頚動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度に対する比から選択された少なくとも1つとの相関を分析する手段
をさらに備え、
前記動脈血圧指標が、大動脈収縮期血圧、大動脈脈圧、大動脈増大圧、大動脈増大係数、大動脈投射波高、大動脈−橈骨動脈間の脈圧増幅、大動脈−大腿動脈間の脈圧増幅、大動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度、大動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度、大動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度の大動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度に対する比、及び標準化PWVC-Fからなる群の少なくとも1つから選択される項2又は3に記載の動脈硬化度評価装置。
[6]前記動脈血流指標が前記血流データに基づいて算出された大動脈血流指標であり、
前記大動脈血流指標と、頚動脈の血流データに基づいて算出された頚動脈血流指標との相関を分析する手段
をさらに備え、
前記大動脈血流指標が、収縮期順流ピーク速度、拡張期逆流ピーク速度、拡張終期速度、時間平均化平均速度、順流ピーク時間、逆流ピーク時間、及び下行大動脈の逆行性血流/順行性血流比からなる群の少なくとも1つから選択され、
前記頚動脈血流指標が、収縮期最大速度、拡張期最大速度、拡張終期速度、時間平均化平均速度、拡張期ピーク速度時間、収縮期ピーク速度時間、及び拡張期/収縮期血流量指数比からなる群の少なくとも1つから選択される、
項2又は3に記載の動脈硬化度評価装置。
[7]コンピュータを、項1〜6のいずれか一項に記載の動脈硬化度評価装置として機能させるためのプログラム。
[8]項7に記載のプログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ほとんどの医療機関で使用されている超音波装置を使用して体表面から大動脈血流を記録し、この記録データから血流波形を解析できるため、簡便かつ安全な方法で大動脈の血流波形を正確に記録することが可能である。また、血流波形の評価のために高額なハードウェアを新規に購入する必要はない。
【0011】
また、非侵襲的な方法で得られた血圧波形と血流波形とを組み合わせて大動脈特性インピーダンスが推定できるため、被験者の身体的及び経済的負担が極めて少ない。このように、既存の医療機器を利用して、低額のソフトウェアを組み入れるだけで簡便、安全かつ正確に血流波形の測定及び動脈硬化度の評価が可能となり、評価結果は循環器疾患の診断、予防、治療における進歩に寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】大動脈硬化度評価システムの構成を示す略図。
図2】動脈硬化度評価装置の動作を示すフローチャート。
図3】アンサンブル平均した下行大動脈血流速度のパルス波形の例。
図4】アンサンブル平均した頚動脈血流速度波形の例。
図5】(A)−(F)大動脈逆流/順流比と動脈硬さの種々のパラメータとの関係を示すグラフ。被験者は各パラメータに従って4つの区分に分類した。P値は分散分析により評価した。*P<0.05は最も低い区分に対して(Bonferroni検定)。†P<0.05は年齢、性別、及び心拍に対して調整した線形部分相関。PWVC-F:頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度、PWVC-R:頚動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度、Z0:下行大動脈特性インピーダンス、PPA:大動脈脈圧、MAPA:大動脈平均血圧。
図6】正常血圧の対照群及び高血圧群における大動脈特性インピーダンスZ0を示すグラフ。P値はt検定により評価した。
図7】大動脈逆流/順流比に従って分類した3つの区分における頚動脈の拡張期/収縮期の血流指数。P値は分散分析により評価した。*P<0.05。最も低い区分に対して(Bonferroni検定)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0014】
図1は本発明の大動脈硬化度評価システム10の構成を示す。大動脈硬化度評価システム10は、被験者の動脈の血圧を測定する血圧測定装置12と、被験者の動脈の血圧波形を計測する脈圧センサ14と、被験者の血流を測定する血流測定装置16と、血圧測定装置12、脈圧センサ14及び血流測定装置16から受信したデータを記憶及び処理するコンピュータ等からなる大動脈硬化度評価装置20とを備える。大動脈硬化度評価装置20は、血圧測定装置12、脈圧センサ14及び血流測定装置16から受信した各種データ、内部で記憶又は生成したデータに基づいて演算又は判定等を行うCPU又はプロセッサである処理装置22と、各種のデータを記憶するハードディスク等の記憶装置50と、処理装置22における演算結果を表示する表示装置52とを備えている。
【0015】
処理装置22は、脈圧センサ14から受信した血圧波形データの所定期間のアンサンブル平均をとり、平均動脈波形を生成する動脈平均圧力波形生成手段24と、血圧測定装置12から受け取った血圧データ、脈圧センサ14から受信した血圧波形データ、及び/又は動脈平均圧力波形生成手段24から受け取った血圧波形データから動脈の血圧の状態を示す指標である動脈血圧指標を演算する血圧指標演算手段26と、血流測定装置16から受信した血流データの所定期間のアンサンブル平均をとり、平均血流速度波形を生成する大動脈平均血流速度波形生成手段28と、血流測定装置16から受信した血流データ又は大動脈平均血流速度波形生成手段28から受け取った波形データから大動脈の血流の状態を示す指標である大動脈血流指標を演算する大動脈血流指標演算手段30と、血圧指標演算手段26から受信した動脈血圧指標及び大動脈血流指標演算手段30から受信した大動脈血流指標に基づいて動脈硬化に関連する指標を演算する動脈硬化指標算出手段32と、動脈硬化指標算出手段32で算出された結果に基づいて動脈硬化の有無及び/又は進行度を判定する判定手段34とを備える。
【0016】
処理装置22はさらに、血流測定装置16から受信した血流データの所定期間のアンサンブル平均をとり、頚動脈の平均血流速度波形を生成する頚動脈平均血流速度波形生成手段36と、頚動脈平均血流速度波形生成手段36から受け取った血流データから頚動脈の血流の状態を示す指標である頚動脈血流指標を演算する頚動脈血流指数演算手段38と、大動脈血流指標演算手段30で算出された大動脈血流指標と、動脈の硬化度のパラメータとの相関を分析する第1の相関分析手段40と、大動脈血流指数演算手段30で算出された大動脈血流指標と頚動脈血流指数演算手段38で算出された頚動脈血流指標との相関を分析する第2の相関分析手段42と、被験者の人体計測値、病歴、薬物投与の有無、血液成分の測定値等と大動脈血流指標及び/又は頚動脈血流指標との相関を分析する第3の相関分析手段44とを備えている。
【0017】
なお、大動脈平均血流速度波形生成手段28及び頚動脈平均血流速度波形生成手段36を含む、血流測定装置16から受信した血流データから各種動脈の平均血流速度波形を生成する部分を動脈平均血流速度波形生成手段46と称し、大動脈血流指標演算手段30及び頚動脈血流指数演算手段38を含む、血流測定装置16から受信した血流データ又は動脈平均血流速度波形生成手段46から受け取った波形データから対応する動脈の血流の状態を示す指標である動脈血流指標を演算する部分を動脈血流指数演算手段48と称する。
【0018】
血圧測定装置12は、動脈の血圧を測定可能な任意の装置であってよく、例えば公知のカフ式オシロメータが挙げられる。カフ式オシロメータで測定される動脈血圧としては、上腕動脈、橈骨動脈、及び/又は下肢動脈などの動脈の収縮期血圧、拡張期血圧、平均血圧及び/又は心拍が含まれる。かかる血圧測定法は公知技術であり、当業者には通常の技能で実施可能である。血圧測定装置12で測定した血圧の記録は、記憶装置50に保存される。通常は医師又は看護師等の医療従事者である、大動脈硬化度評価システム10の使用者(以下、ユーザ)は、表示装置52上に表示された保存した血圧データから、安定しているとユーザが判定したデータを選択及び/又は平均化し、後の演算処理のために用いることができる。
【0019】
脈圧センサ14は、トノメトリ法により橈骨動脈、頚動脈、上腕動脈、大腿動脈及び/又は足背動脈などの動脈からの血圧の波形を測定することが可能なセンサである。脈圧センサ14は一定時間(例えば5〜30秒間)血圧波形を記録し、この記録は記憶装置50に保存され、ユーザは、表示装置52上に時系列軸上に表示された保存した血圧波形データから、データが安定しているとユーザが判定した時間区域(例えば10秒間)を後の演算処理のために選択し得る。
【0020】
動脈平均圧力波形生成手段24は伝達関数を含むプログラムであり、例えば脈圧センサ14で記録された橈骨動脈の脈動圧力信号を所定期間(通常、5〜20周期)アンサンブル平均し、大動脈圧力波形に変換する。この場合、所定期間の平均脈圧力波形は動脈平均圧力波形生成手段24により自動計測され、表示装置52に表示され得る。
【0021】
血圧指標演算手段26は、血圧測定装置12から受け取った血圧データ、脈圧センサ14から受信した血圧波形データ、及び/又は動脈平均圧力波形生成手段24から受け取った血圧波形データに基づいて、血圧の状態を示す指標又はパラメータである動脈血圧指標を演算する。なお、「血圧データに基づいて算出された動脈血圧指標」と言う場合の「血圧データ」には、血圧測定装置12から受け取った血圧データ、脈圧センサ14から受信した血圧波形データ、及び/又は動脈平均圧力波形生成手段24から受け取った血圧波形データが含まれる。
【0022】
例えば、血圧指標演算手段26は、動脈平均圧力波形生成手段24で生成した大動脈圧力波形を上腕血圧の絶対値で較正することにより大動脈血圧の絶対値(推定値)を算出する。或いは、血圧指標演算手段26は、脈圧センサ14から受信した頚動脈の波形を上腕血圧の絶対値で較正することにより頚動脈血圧の絶対値(推定値)を算出する。一般に、頚動脈血圧の絶対値(推定値)は大動脈血圧にほぼ等しいと考えられているため、頚動脈血圧の絶対値(推定値)は大動脈血圧の絶対値(推定値)の代わりに使用し得る。これらの演算結果は、表示装置52に表示され得る。
【0023】
動脈血圧指標には、大動脈収縮期血圧、大動脈脈圧、大動脈増大圧、任意選択で所与の心拍に調節されてもよい大動脈増大係数、大動脈投射圧波高、大動脈−橈骨動脈間の脈圧増幅、大動脈−大腿動脈間の脈圧増幅、大動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度(PWVC-F)、大動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度(PWVC-R)、大動脈−末梢の動脈硬化度の勾配比であるPWVC-F対PWVC-Rの比(PWVC-F /PWVC-R)、標準化PWVC-F、及びこれらの組み合わせが含まれる。これらの動脈血圧指標は公知であり、例えば標準化PWVC-F以外の上記の動脈血圧指標は、例えばHashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933; Weber T et al., J Hypertens. 2009;27:1624-1630.; Hashimoto J et al., Hypertension. 2011;58:839-846.に記載されている通りに演算可能である。標準化PWVC-Fは公知の方法により計算可能である(Eur Heart J. 2010;31:2338-2350; Van Bortel LM et al., J Hypertens. 2012;30:445-448.)。
【0024】
血流測定装置16は、大動脈の血流を測定可能な任意の装置であってよく、例えば公知の変換器付き超音波装置が挙げられる。変換器付きの超音波装置の使用により、被験者の体表面から非侵襲的に大動脈の血流データ、特には経時的な血流速度変化の波形データを収集することが可能である。血流測定装置16は一定時間(例えば5〜30秒間)血流速度ないし血流量を記録する。この記録は記憶装置50に保存され、ユーザは、表示装置52上に時系列軸上に表示された保存した血流データから、データが安定しているとユーザが判定した時間区域(例えば10秒間)を後の演算処理のために選択し得る。
【0025】
大動脈平均血流速度波形生成手段28は、血流測定装置16によって得られた瞬時血流速度をまず空間的及び量的に平均する。次いで、平均瞬時速度を時系列データとして等間隔(例えば100Hz)で補間する。さらに、収縮初期の立ち上がり(血流が最大に変化する時点)等を起点として、複数拍分の血流速度波形を重ね合わせることにより、平均化した流速脈波の波形を得ることができる。通常は呼吸変動等を考慮して約5〜20心周期または約5〜20秒間のデータをアンサンブル平均し、一拍分の平均化波形を生成する(例えばHashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933参照)。この場合、平均脈血流波形は動脈平均圧力波形生成手段28により自動計測され、表示装置52に表示され得る。
【0026】
大動脈血流指標演算手段30は、血流測定装置16又は大動脈平均血流速度波形生成手段28から受け取った血流データに基づいて、大動脈の血流の状態を示す指標又はパラメータである大動脈血流指標を演算する。そのような大動脈血流指標には収縮期順流ピーク速度(VFwd)、拡張期逆流ピーク速度(VRev)、拡張終期速度(VED)、時間平均化平均速度(VM)、順流ピーク時間 (TFwd)、逆流ピーク時間(TRev)、下行大動脈の逆行性血流/順行性血流比(R/F比。以下、単に「逆流/順流比」と称する)、及びこれらの組み合わせが含まれる。これらの大動脈血流指標は公知であり、例えばHashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933等に記載されている。
R/F比は大動脈血流の逆行の程度を示し、
【0027】
【数1】
【0028】
で表される。動脈硬化指標算出手段32は、血圧指標演算手段26から受信した動脈血圧指標及び大動脈血流指標演算手段30から受信した大動脈血流指標に基づいて動脈硬化の状態を示す指標又はパラメータである動脈硬化指標を算出する。かかる動脈硬化指標には、例えば動脈硬化に関連する特性インピーダンス(Z0)が含まれる。特性インピーダンス(Z0)は、
【0029】
【数2】
【0030】
あるいは
【0031】
【数3】
【0032】
で表され、大動脈順流ピーク速度(VFwd)、大動脈投射圧波高(P1h)、及び大動脈内半径(R)より時間ドメインで計算される。式(2)は血流量で定義したインピーダンス、式(3)は血流速度で定義したインピーダンスであり、いずれを用いてもよい。
【0033】
判定手段34は、動脈硬化指標算出手段32で算出された結果に基づいて動脈硬化の有無及び/又は進行度を判定する。例えば、健常者、動脈硬化を有する可能性のある患者、及び/又は動脈硬化を有する患者の、特性インピーダンス(Z0)などの動脈硬化指標の測定値に基づき、動脈硬化の有無及び/又は進行度の判定基準として設定した閾値を設定し、予め記憶装置50に記憶する。判定手段34は、ある被験者の動脈硬化指標が、当該閾値以上か若しくはそれより小さいか、又は当該閾値以下か若しくはそれより大きいかを判定することにより、動脈硬化の有無及び/又は進行度を判定できる。
【0034】
頚動脈平均血流速度波形生成手段36は、上記の大動脈平均血流速度波形生成手段28と同様に、変換器付き超音波装置を用いて測定された頚動脈の平均血流速度波形を所定期間(通常、5〜20周期又は5〜20秒)アンサンブル平均する(例えばHashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933参照)。
【0035】
頚動脈血流指数演算手段38は、血流測定装置16又は頚動脈平均血流速度波形生成手段36から受け取った頚動脈の血流データから、頚動脈血流の状態を示す指標である各種の頚動脈血流指標を演算する。そのような頚動脈血流指標には、収縮期最大速度 (VSmax)、拡張期最大速度 (VDmax)、拡張終期速度(VED)、時間平均化平均速度(VM)、拡張期ピーク速度時間 (Tsmax)、収縮期ピーク速度時間(TDmax)、及び拡張期/収縮期血流指数比(D/S比、拡張期パルス波高(D)の収縮期パルス波高(S)に対する百分率)が含まれる。
【0036】
第1の相関分析手段40は、大動脈血流指標演算手段30で算出された大動脈血流指標と、動脈硬化度のパラメータとの相関を分析する。例えば、大動脈血流指標として下行大動脈の逆流/順流比が、動脈硬化度のパラメータとして下行大動脈の特性インピーダンス(Z0)、頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度(PWVC-F)、及び頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度(PWVC-F)の頚動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度(PWVC-R)に対する比(大動脈/末梢PWV比、PWVC-F/PWVC-R)が挙げられる。大動脈血流指標及び動脈硬化度のパラメータの一方を横軸、他方を縦軸にプロットし相関をとり、表示装置52でグラフとして視覚化することで、医療従事者等は、2つのパラメータの相関並びに大動脈血流指標を動脈硬化度の評価の指標として使用できる可能性を検討、確認することができる。
【0037】
第2の相関分析手段42は、血流指数演算手段30で算出された大動脈血流指標と頚動脈血流指数演算手段38で算出された頚動脈血流指標との相関を分析する。例えば、大動脈血流指標として大動脈逆流/順流比が、頚動脈血流指標として頚動脈の拡張期/収縮期の血流指数が挙げられる。この場合も、大動脈血流指標及び頚動脈血流指標の一方を横軸、他方を縦軸にプロットし相関をとり、表示装置52でグラフとして視覚化することで、医療従事者等は大動脈血流指標と頚動脈血流指標の相関を検討、確認することができる。
【0038】
第3の相関分析手段44は、被験者の体重、年齢、肥満指数(BMI)、病歴(例えば糖尿病、高血圧、高コレステロール血症等)、血液中の生化学的成分の量(例えば高密度リポタンパク質コレステロール、低密度リポタンパク質コレステロール、総コレステロール、空腹時血糖、及びヘモグロビンA1c等)、被験者の服用している薬剤の有無等と、大動脈血流指標及び/又は頚動脈血流指標との相関を分析する。
【0039】
図2は、動脈硬化度評価装置10の処理装置22の主な動作を示すフローチャートである。工程S1で、動脈平均圧力波形生成手段24が被験者の血圧パルス波形データから平均動脈圧力波形を生成する。工程S2で、動脈血圧指標演算手段26が、血圧測定装置12から受け取った血圧データ、脈圧センサ14から受け取った血圧波形データ、及び/又は動脈平均圧力波形生成手段24から受け取った波形データから動脈血圧指標を演算する。工程S3で、大動脈平均血流速度波形生成手段28が血流測定装置16から受信した血流データから大動脈平均血流速度波形を生成する。工程S4で、血流指数演算手段30が、血流測定装置16から受信した血流データ又は大動脈平均血流速度波形生成手段28から受け取った波形データから大動脈血流指標を演算する。工程S5で、動脈硬化指標算出手段32が、血圧指標演算手段26から受信した動脈血圧指標及び大動脈血流指標演算手段30から受信した大動脈血流指標に基づいて、具体的には動脈血流指標と大動脈血流指標の関数として、動脈硬化に関連する指標を演算する。任意選択で、工程S6で、判定手段34は、動脈硬化指標算出手段32で算出された動脈硬化指標に基づいて動脈硬化の有無及び/又は進行度を判定する。
【0040】
以上のように、本発明によれば、これまで非常に煩雑で実施困難であった被験者の血流波形の記録及び定量的分析を可能としたことで、血流の分析データに基づいて算出された大動脈血流指標の関数として、動脈硬化を評価し得る。
【0041】
さらに、かかる血流の分析データを、血圧測定値及び/又は他の動脈パラメータと組み合わせて、大動脈の硬化度を非侵襲的、簡便かつ精密に計測することができる。
【0042】
また、得られた大動脈血流波形やインピーダンスの情報を、動脈硬化の有無や動脈硬化の加齢に伴う変化を検出するための新規の指標として用いることができ、これまで不明であった循環器疾患の病態解明や新たな治療法の開発がなされ得る。
【0043】
なお、上記の実施形態は、以下のように変更可能である。
○上記の実施形態では、血圧指標演算手段26から受信した動脈血圧指標及び大動脈血流指標演算手段30から受信した大動脈血流指標に基づいて動脈硬化指標である特性インピーダンス(Z0)を算出しているが、動脈硬化指標は、大動脈血流指標演算手段30から受信した大動脈血流指標のみに基づいて算出されてもよい。例えば、大動脈血流指標である下行大動脈の逆行性血流/順行性血流比(R/F比)は特性インピーダンス(Z0)と密接な相関があるため、これを動脈硬化指標として用いてもよい。
○上記の実施形態では、動脈硬化指標算出手段32は、血圧指標演算手段26で算出された動脈血圧指標と大動脈血流指標演算手段30で算出された大動脈血流指標から動脈硬化指標を算出しているが、代わりに、動脈硬化指標算出手段32は、血圧指標演算手段26で算出された動脈血圧指標と頚動脈血流指数演算手段38で算出された頚動脈血流指標から動脈硬化指標を算出してもよい。つまり、血流測定装置16から受信した各種動脈の血流データに基づいて動脈平均血流速度波形生成手段46が動脈血流波形を生成し、動脈血流指数演算手段48が対応する動脈の動脈血流指標を演算し、これが動脈硬化指標算出手段32に用いられ得る。
○血圧データ(血圧波形データを含む)及び/又は血流データ(血流波形データを含む)を測定する場合、ユーザの操作により手動で測定時間を決定してもよいが、ある一定の時間区域(例えば5〜30秒間)をプリセットとして用い、その時間区域で自動的に測定が開始及び終了されるよう、処理装置22によりすべての工程が自動計測されてもよい。また、手動と自動をユーザが切り替えられる構成であってもよい。
○上記の実施形態では、動脈硬化指標である特性インピーダンス(Z0)を時系列(時間ドメイン)で分析しているが、血圧データと血流データとの周波数分析(周波数ドメイン)により特性インピーダンス(Z0)を測定してもよい。
○血圧と血流を別個に計測する代わりに、被験者からの血圧の測定と血流の測定とを同時に行い、両データを時間的に同期させてパーソナルコンピュータに取り込んだ上で自動処理してもよい。この場合、より精密な測定が可能である。
○上記の実施形態では、動脈平均圧力波形生成手段24、大動脈平均血流速度波形生成手段28、及び頚動脈平均血流速度波形生成手段36が、血圧指標演算手段26、血流指数演算手段30、及び頚動脈血流指数演算手段38と同じ処理装置22内に存在し、動脈硬化指標算出手段32も血圧指標演算手段26、血流指数演算手段30、及び頚動脈血流指数演算手段38と同じ処理装置22内に存在しているが、部材24、28、36は部材26、30、38とは物理的に離れた処理装置に存在してもよく、部材26、30、38と動脈硬化指標算出手段32も物理的に離れた処理装置に存在してもよい。つまり、処理装置22内の各部材が同一の処理装置内にある場合のみならず、異なる処理装置に存在する場合も本発明の範囲に含まれる。
【0044】
上記実施形態では動脈硬化度評価装置20について説明したが、本発明は、これに限らず、コンピュータを上記の動脈硬化度評価装置20として機能させるためのプログラムや、当該プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も包含する。
【0045】
本明細書中に引用されているすべての特許出願および文献の開示は、それらの全体が参照により本明細書に組み込まれるものとする。
【0046】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例】
【0047】
本発明者は、非侵襲的かつ定量的な方法(Hashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933; Hashimoto J et al., Hypertension. 2011;58:839-846.)を用いて、高血圧患者における下行大動脈及び脳(頸部)血流脈波形を包括的に評価した。本発明者の目的は、(1)大動脈血逆流の生理学的決定因子の解明及び(2)大動脈血の逆行性血流(逆流)と頸部の順行性血流(順流)との間の関係の調査である。
(方法)
1.患者
東北大学病院で診察した成人高血圧患者について調べた。除外基準は心不全、大動脈弁閉鎖不全を含む心臓弁膜疾患(超音波グレード>I°,Omoto R et al., Jpn Heart J. 1984;25:325-340)、大動脈炎症候群、大動脈瘤、心房細動、頚動脈狭窄、症候性脳卒中の既往、及び不十分な超音波シグナルの質とした。最終的な分析では296名(女性177名、男性119名、平均年齢54±13歳)が含まれた。
2.大動脈血圧測定及び動脈機能測定
一連の血圧測定は静かな温度制御環境下で公知の方法により行った(Hashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933; Hashimoto J et al., Hypertension. 2011;58:839-846.)。簡単に説明すると、患者を20分仰臥位にした後、上腕の血圧をカフ・オシロメトリック式圧力測定装置(HEM-907, Omron Healthcare, 日本国京都)で測定した。その後、ペン型圧力センサープローブ(SPT-301, Millar Instruments, 米国テキサス州Houston)を用いて非侵襲的に橈骨動脈、頚動脈及び大腿動脈から脈動圧力信号を圧平法(トノメトリ法)で記録した。記録した橈骨動脈の脈動圧力波形を11秒間アンサンブル平均し、一般化伝達関数(SphygmoCor version 8.2, AtCor Medical、オーストラリア国Sydney)を用いて対応する大動脈圧力波形に変換した。平均化した橈骨動脈を上腕の収縮期圧及び拡張期圧で較正し、曲線下面積より平均動脈圧を決定し、それにより大動脈収縮期圧及び拡張期圧を概算した。また、較正された大動脈波形を用いて大動脈投射波高(P1h)、大動脈増大圧、大動脈増大係数(AIx、所定数の心拍に対して補正)を計算した(Hashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933; Weber T et al, J Hypertens. 2009;27:1624-1630.; Hashimoto J et al., Hypertension. 2011;58:839-846.)。さらに、較正していない各脈波形の積分値から、大動脈−橈骨動脈間脈圧増幅及び大動脈−大腿動脈間脈圧増幅を比率で計算した(Hashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933)。
【0048】
また、硬さパラメータとして大動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度(PWVC-F)、及び大動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度(PWVC-R)を計測した。大動脈−末梢の動脈硬化度の勾配はPWVC-F対PWVC-Rの比として概算した。標準化PWVC-Fは公知の方法により計算した(Eur Heart J. 2010;31:2338-2350; Van Bortel LM et al., J Hypertens. 2012;30:445-448.)。
3.大動脈血流測定
血流速度は、3.5-MHzセクター型プローブを装備したデュプレックス(複式)超音波装置(Vivid i, GE Health care, 日本国東京)を用いて測定した。胸骨上窩アプローチを使用して近位下行大動脈から、2次元のリアルタイムBモード及び双方向パルスドップラー信号を取得した。詳細には、プローブを胸骨上窩に置き、血流に対する超音波入射角が0°になるように長軸方向から見て下行大動脈を横切るように向けた。血管の管腔にわたり流速分布はほとんど変化しないため、ドップラーシフト信号を大動脈管腔の中心でサンプリングした。できるだけ遅い血流も含まれるように、できるだけ低いウォールフィルタを選択した。5.5mmのサンプル幅内で強度で重み付けしたドップラー信号の空間平均として、瞬時速度を計算した。空間平均した瞬時平均速度を16秒間連続して記録し、さらなる分析のため時系データとして記憶した。ドップラー記録と同じ部位でBモードにより下行大動脈の内径も測定した。
【0049】
16秒間の血流速度データを100Hzでオフラインにて補間した(Mathematica version 4.0,Wolfram Research, 米国イリノイ州Champaign)。次に速度脈波形を、経時的な血流速度が収縮期の下から上向きに変わる立ち上がり点を基準点として用いて、10個の連続する心周期に関しアンサンブル平均した(Hashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933)。時間軸に対して、プローブに向かう速度は基準線より上に、またプローブから遠ざかる速度は基準線より下に示すようにプロットして平均流速波形を描き、以下のパラメータを計測した (図3):
収縮期順流ピーク速度(VFwd);
拡張期逆流ピーク速度(VRev);
拡張終期血流速度(VED);
時間平均化平均血流速度(VM);
順流ピーク時間 (TFwd);
逆流ピーク時間(TRev)。
【0050】
下行大動脈血流速度に基づく逆流/順流比(R/F比)は百分率として式(1)から計算したが、これは大動脈血流の逆行の程度を示す。大動脈血流量に基づく逆流/順流比は、速度波形曲線の積分および下行大動脈の断面積から計算した。
【0051】
特性インピーダンス(Z0)は(Dujardin JP et al., Med Biol Eng Comput. 1981;19:565-568; Lucas CL et al.; Nichols WW et al., McDonald’s Blood Flow in Arteries: Theorertical, Experimental and Clinical Principles. London: Hodder Arnold; 2011)の方法を参考として式(2)から決定した。
4.頚動脈血流測定
デュプレックス(複式)超音波検査法で12-MHzリニア型プローブ(Vivid i)を用いて総頸動脈の血流速度を記録し、大動脈流の場合と同様に(Hashimoto J et al., Hypertension. 2010;56:926-933)、アンサンブル平均したパルス波形を構築し、次に以下のパラメータを計測した (図4):
収縮期最大血流速度 (VSmax);
拡張期最大血流速度 (VDmax);
拡張終期血流速度(VED);
時間平均化平均血流速度(VM);
拡張期ピーク血流時間 (Tsmax);
収縮期ピーク血流時間(TDmax)。
拡張期/収縮期血流量指数比(D/S比)は拡張期脈波高(D)の収縮期脈波高(S)に対する百分率として計算した:
D/S比=D/S×100=|(VDmax―VED)/(VSmax―VED)|×100 (%) ・・・ (2)
5.身体計測及び生化学的検査
肥満指数(BMI)を体重と身長から計算した。血液サンプルを採取し、総コレステロール、高密度リポタンパク質および低密度リポタンパク質コレステロール、空腹時血糖、及びヘモグロビンA1cを測定した。
6.統計分析
値は特段明記しない限り、平均±標準偏差又はパーセンテージとして示す。適宜、分散分析およびBonferroni補正による事後検定、χ2検定、対応のあるt検定あるいはPearson相関係数を用いて単変量解析を行なった。独立した関連を評価するために、多変数線形回帰分析を使用した。Bland-Altman プロット分析を行って、大動脈と頚動脈血流ピーク時間の間の一致性を評価した。P<0.05を統計学的に有意とみなした。
(結果)
(1)被験者の特徴
表1は被験者の臨床及び血行動態特性を示す。平均年齢は54±13歳(範囲、20−84歳)であった。大部分の被験者(90%)は降圧薬の投与下にあったため、上腕の平均収縮期/拡張期血圧は良好にコントロールされていた (129/74mmHg)。降圧薬(単独または併用)の内訳はカルシウム拮抗薬223人(79%)、レニン−アンジオテンシン系阻害薬96人(32%)、アドレナリン受容体遮断薬151人(51%)、利尿薬40人(14%)、他の降圧薬5人(2%)であった。全被験者中、血管拡張薬(カルシウム拮抗薬、レニン−アンジオテンシン系阻害薬、α遮断薬、及び亜硝酸薬)は、263人の患者(89%)に処方されていた。高コレステロール血症と糖尿病は、全被験者の42%および26%でそれぞれ観察された。
【0052】
【表1】
【0053】
(2)下行大動脈内の血流波形
下行大動脈の流速波形は、収縮期における順流(腹部大動脈方向への下向き血流)と拡張初期の逆流 (大動脈弓方向への上向き血流)から成る、正のピークと負のピークを有する双方向の波形を示した(図3)。より具体的には、流速は最初、0.11±0.02秒(表1)の加速時間で41±11 cm/sの収縮期ピークに達するよう急速に増加し、続いて、収縮後期の間徐々に減少し、次に拡張初期に負に転じた。この拡張初期における血流逆転は296人のすべての被験者(100%)で観察された。収縮期血流の開始から0.34±0.05 秒後に逆流ピークが生じ、この時間は駆出期間より常に長かった(P<0.001)。逆流ピーク速度の絶対値(|VRev|、14±4 cm/s)は、すべての被験者で順流ピーク速度の絶対値(|VFwd|)より小さかった(P<0.001)。逆流/順流比(|VRev|/|VFwd|)は平均35%であり、被験者間でかなりばらつきがあった (4分位範囲、27%〜42%)。拡張中期にはしばしば順流が見られたが、そのピーク速度は比較的低かった(5±4cm/s)。有意な大動脈弁閉鎖不全を示唆する汎拡張期逆流を示す被験者はいなかった。
(3)大動脈血流量逆流の決定因子
図5は、下行大動脈の逆流/順流比と動脈の硬化パラメータの関係を示す。大動脈逆流比と大動脈PWVの間には有意な正の相関がみられた。すなわち、大動脈逆流比は頚動脈−大腿動脈間PWVの横軸の4つの区分の増加と共に、用量依存的に増加した。下行大動脈の特性インピーダンス(Z0)でも同様な関連が観察された。大動脈/末梢PWV比(PWVC-F /PWVC-R)の4つの区分の増加に比例して逆流比は増加する一方で、頚動脈−橈骨 (末梢)PWV(PWVC-R)は逆流比と有意な相関を示さなかった。さらに、大動脈逆流比は、大動脈の平均血圧と相関を有しないのに対して、大動脈脈圧と相関していた。年齢、性別および心拍数で補正した場合でも、逆流比は大動脈の特性インピーダンスおよび大動脈/末梢PWV比(PWVC-F /PWVC-R)と有意に相関していた。逆流比は、大動脈増大係数と弱いが有意な相関を示した (r=0.12; P=0.03)。
【0054】
血流を絶対値として表わした時、大動脈の逆流量は大動脈PWV(PWVC-F)および大動脈/末梢PWV比(PWVC-F/PWVC-R)(いずれもP=0.1)の増大につれて増大する傾向がある一方、順流量は有意に減少した (それぞれP=0.03及びP=0.002)。さらに、これらの作用の差は統計的有意性(P=0.009およびP=0.001)を示し、大動脈の硬さが逆流と順流に対して正反対の影響を及ぼすことを示した。大動脈投射波高(P1h)は逆流量の絶対値と正の相関があった(P=0.01)が、増大圧は順流量と負の相関があった(P<0.001)。
【0055】
さらに、正常血圧の対照群(n=5)についても大動脈特性インピーダンスZ0を本実施例の方法に従って測定したところ、図6に示すように、高血圧群(n=296)では対照群と比較して大動脈特性インピーダンスが有意に高いことが示された(対照群対高血圧群、250.8±36.7対354.3±158、エラーバーは標準偏差を示す)。
【0056】
表2は多変量解析の結果を示す。他の関連する可能性のある共変量と共にモデルに入力すると、下行大動脈の特性インピーダンスが逆流/順流比の主な独立の決定因子であることが判明した(モデル1)。このモデルの他の独立の決定因子には年齢、肥満指数および大動脈径が含まれ、これらすべてが逆流比と正の相関を示した。高コレステロール血症、糖尿病および血管拡張薬の使用は独立した関連を有しなかった。大動脈のインピーダンスの代わりに用いた場合、大動脈PWV (モデル2)及び大動脈/末梢PWV比(モデル3)も独立した正の決定因子であることが確認された。各モデルの中で、下行大動脈のインピーダンス、大動脈PWV、及び大動脈/末梢PWV比はそれぞれ単独で大動脈逆流比の分散の25.5%、13.2%及び17.0%を説明することが可能であった(部分r2/モデルR2)。しかしながら、大動脈の硬さのパラメータ(つまりZ0とPWVC-F)の代わりに入力した場合、大動脈脈圧、大動脈増大係数及び脈圧増幅は大動脈の逆流比と独立した関連を有しなかった。
【0057】
【表2】
【0058】
(4)頚動脈血流波形
頚動脈の血流速度波形は基本的に単方向性であり、収縮初期と拡張初期の2つの最大ピークからなる2峰性であった(図4)。ほとんどの患者で収縮後期に追加のピークが検出可能であった。収縮期ピーク流速、拡張期ピーク流速、拡張終期流速及び時間平均化平均流速はそれぞれ46±14、22±6、13±4、22±6cm/sであり、拡張期/収縮期の血流指数(flow index)は27.9±9.0%と計算された。平均収縮期ピーク血流時間は0.08±0.04秒、拡張期ピーク時間は0.36±0.03秒であった。頚動脈内径は6.4±0.8mmであった。
(5)大動脈逆流と頚動脈拡張期血流との関係
図7は大動脈の逆流/順流比と頚動脈の拡張期/収縮期血流指数の関係を示す。これらの間には非常に有意な相関があり、これは大動脈の逆流比の3つの区分の増加にわたって頚動脈の拡張期/収縮期血流指数が連続的に増加していることから明らかであった。大動脈の最大逆流速度と頚動脈の拡張期最大順流速度との間にも有意な相関が存在した(r=0.21;P<0.001)。さらにBland-Altmanヒストグラムでは、頚動脈の拡張期ピーク血流時間(TDmax、0.36±0.03秒)と大動脈の逆流ピーク時間(TRev、0.34±0.05秒)との間に高い一致性が認められ、各被験者においてその差はわずか0.02±0.04 秒であった(表2)。さらに、差の2SD (0.08秒)は平均 (0.35秒)よりもはるかに小さく、2つの時間測定値は直接的に関連していることが示唆された。
【0059】
様々な共変量を含む多変量モデルにて、大動脈の逆流/順流比(R/F比)は、頚動脈の拡張期/収縮期の血流指数(表3)の独立した規定因子であることが分かった。より具体的には、頸動脈の拡張期血流指数に対して、大動脈の逆流/順流比は年齢及び平均血圧と共に正の相関を有し、心拍数は逆相関を有していた。大動脈の逆流比のみで頚動脈の拡張期血流指数の分散の22.0%が説明可能であった。このモデルの共変量として大動脈脈圧を加えても結果は実質的に変わらなかった。大動脈の増大係数(AIx)は、このモデルに加えた場合、大動脈の逆流比と共に独立した関連因子であった(β=0.16; P=0.02)。大動脈血流測定値と頚動脈血流測定の間の密接した関係は、大動脈の特性インピーダンス、大動脈PWV、大動脈/末梢PWV比(すべてに対しβ=0.21;P<0.001)又は大動脈AIx(β=0.20;P<0.001)でさらに補正した後でも有意なままであった。
【0060】
【表3】
【0061】
以上の結果から、下行大動脈における逆流は、(1)高血圧症において一般的に見られる現象であること、(2)大動脈の硬さ(大動脈PWV及び大動脈特性インピーダンスにより測定される)と密接に関連すること、及び(3)頚動脈の拡張初期の順流に直接的に寄与することが明らかとなった。
【符号の説明】
【0062】
10…動脈硬化度評価装置、32…動脈硬化指標算出手段 40…第1の相関分析手段 42…第2の相関分析手段、44・・・第3の相関分析手段、収縮期順流ピーク速度(VFwd)、Z0…特性インピーダンス、PWVC-F…頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度、PWVC-F /PWVC-R…頚動脈−大腿動脈間の脈波伝播速度の頚動脈−橈骨動脈間の脈波伝播速度に対する比、VRev…拡張期逆流ピーク速度、VED…拡張終期速度、VM…時間平均化平均血流、TFwd…順流ピーク時間 、TRev…逆流ピーク時間、R/F…下行大動脈の逆流/順流比。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7