(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6239391
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】電力変換装置
(51)【国際特許分類】
H02M 7/48 20070101AFI20171120BHJP
【FI】
H02M7/48 F
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-9088(P2014-9088)
(22)【出願日】2014年1月22日
(65)【公開番号】特開2015-139268(P2015-139268A)
(43)【公開日】2015年7月30日
【審査請求日】2016年8月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100098660
【弁理士】
【氏名又は名称】戸田 裕二
(72)【発明者】
【氏名】松本 洋平
(72)【発明者】
【氏名】森 和久
(72)【発明者】
【氏名】大沼 直人
(72)【発明者】
【氏名】蛭田 清玄
(72)【発明者】
【氏名】加藤 可奈子
【審査官】
小原 正信
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−186894(JP,A)
【文献】
特開平10−117500(JP,A)
【文献】
特開2006−050815(JP,A)
【文献】
特開平09−224399(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 7/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータを駆動するインバータと、前記モータの回転速度と磁極位置を検出するロータリーエンコーダと、前記インバータの出力電流を検出する電流検出器と、インバータ出力電流を検出する電流検出器の出力からノイズを除去するノイズフィルタと、前記モータの磁極位置の位相に対応してトルク軸の電流指令値及び磁束軸の電流指令を演算し、前記トルク軸の電流指令と磁束軸の電流指令から3相の電流指令値を演算する制御演算部と、を備えた電力変換装置において、
前記制御演算部で演算した3相の電流指令値に基づいて補償値を演算するデットタイム補償部を有し、トルク軸の電流指令と磁束軸の電流指令に基づき前記ノイズフィルタの出力に応じた3相電圧指令値を前記デットタイム補償部の出力で補正して前記インバータを制御し、前記3相の電流指令値と前記インバータの実際の出力電流との位相差を、前記モータの回転速度と、前記電流検出器及び前記ノイズフィルタにより生じる遅れ時間とを乗算することで求め、前記制御演算部は、前記モータの磁極位置の位相に前記求めた位相差を加算した位相に基づいて、前記3相の電流指令値を演算することを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電力変換装置において、前記ロータリーエンコーダに代えて、前記モータの磁極位置を推定する演算部を備えたことを特徴とする電力変換装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の電力変換装置において、前記位相差の演算を前記モータの回転速度に代えて前記モータの速度指令により演算することを特徴とする電力変換装置。
【請求項4】
請求項1ないし3に記載のいずれかの電力変換装置において、前記電流検出器及び前記ノイズフィルタにより生じる遅れ時間を固定値として近似して前記位相差を演算することを特徴とする電力変換装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータを駆動する電力変換装置に関し、特に、デッドタイムに起因する電流歪みの抑制方法に好適である。
【背景技術】
【0002】
電力変換器のスイッチング方式において、上下アームのスイッチング素子の短絡を防止するために設定されるデッドタイムにより、インバータの出力電圧が変化する。このため、相電流のゼロクロス点及びその近傍で出力電圧が不連続になり、これによって相電流も不連続になり、電流波形に歪みを生じる場合がある。その結果、相電流のゼロクロス点近傍において、モータのトルクが脈動したり、騒音が大きくなったりする原因となっている。
【0003】
インバータの出力電流の大きさによらず波形歪みが生じるのを抑制するため、インバータのオンデレイに伴う出力電圧降下を出力電流の大きさに応じて補償することが知られ、例えば、特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平3−135389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載のものでは、インバータ出力電流の指令信号の大きさと極性に応じて各相のデッドタイム補償電圧を求め、インバータ出力電圧の指令信号に補償電圧を加算し、デッドタイム補償を行うので、デッドタイム補償は、モータ電流のゼロクロスが発生するタイミングを精度良く判定して、デッドタイム補償電圧とモータ電流との極性を一致させる必要がある。つまり、特許文献1の方式では、相電流指令値の大きさと極性によりデッドタイム補償電圧を決定しているため、インバータ出力電流を検出する電流検出器の出力に誤検出防止のためにノイズ除去の機能を備えたノイズフィルタを設けた場合、特に高周波数においては、相電流指令値と実際の相電流の間に位相差が生じ、適切な補償をすることができない恐れがある。
【0006】
本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決し、モータの回転速度が高く、高周波数のインバータであっても簡単な構成で、デッドタイムに起因する電流歪みを抑制し、モータのトルク脈動及び、騒音を低減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記目的を達成するために、モータを駆動するインバータと、前記モータの回転速度と磁極位置を検出するロータリーエンコーダと、前記インバータの出力電流を検出する電流検出器と、インバータ出力電流を検出する電流検出器の出力からノイズを除去するノイズフィルタと、前記モータの磁極位置の位相に対応してトルク軸の電流指令値及び磁束軸の電流指令を演算し、前記トルク軸の電流指令と磁束軸の電流指令から3相の電流指令値を演算する制御演算部と、を備えた電力変換装置において、
前記制御演算部で演算した3相の電流指令値に基づいて補償値を演算するデットタイム補償部を有し、トルク軸の電流指令と磁束軸の電流指令に基づき前記ノイズフィルタの出力に応じた3相電圧指令値を前記デットタイム補償部の出力で補正して前記インバータを制御し、前記3相の電流指令値と前記インバータの実際の出力電流との位相差を、前記モータの回転速度と、前記電流検出器及び前記ノイズフィルタにより生じる遅れ時間と
を乗算することで求め、前記制御演算部は、前記モータの磁極位置の位相に前記求めた位相差を加算した位相に基づいて、前記3相の電流指令値を演算するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、3相の電流指令値とインバータの実際の出力電流との位相差を、モータの回転速度と、電流検出器及びノイズフィルタにより生じる遅れ時間と、から演算し、位相差をモータの磁極位置の位相に加算して3相の電流指令値を演算するので、デッドタイム補償電圧の位相が適切に設定され、モータの回転速度が高い場合でも、簡単な構成で、デッドタイムに起因する電流歪みの抑制し、モータのトルクが脈動、騒音を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を説明するにあたって、違いを明らかにするため、従来技術の詳細を説明する。
図4は従来の制御方式のブロック図であり、電源1,電源1の商用交流電源を直流電圧に変換する整流器2,整流器2で直流に変換された電圧を任意の周波数の交流電圧に変換するインバータ3,インバータ3により駆動されるモータ4,モータ4の回転速度および磁極位置を検出するロータリーエンコーダ5により電力変換装置の主回路部分は構成される。インバータ3は、モータのベクトル制御に基づいて回転座標系の磁束軸成分とトルク軸成分を制御することにより駆動する。磁束軸では、磁束軸電流指令Id*に対して、電流検出器6の出力信号が入力されたノイズフィルタ7から出力されたインバータ3の出力電流IuFB,IvFB,IwFB(以降、相電流検出値)を3相−2相変換(8)することにより得られる磁束軸電流IdFBとの差分を磁束軸電流制御系ブロック11に入力することにより磁束軸成分の電圧指令値Vd*を演算する。
【0011】
トルク軸においてはモータ4の速度指令ωre*に対してロータリーエンコーダ5から得られる回転速度ωreFBとの差分を速度制御系ブロック12に入力することによりトルク指令τ*を得る。さらにトルク−電流変換ゲインブロック(K
T)13に入力することによりトルク軸電流指令Iq*が得られる。トルク軸電流指令Iq*と、相電流検出値を3相−2相変換(8)することにより得られるトルク軸電流IqFBとの差分をトルク軸電流制御系ブロック14に入力することによりトルク軸成分の電圧指令Vq*を得る。
【0012】
一方で、磁束軸電流指令Id*とトルク軸電流指令Iq*を2相−3相変換(15)することにより得られるインバータ3の出力電流の3相電流指令Iu*,Iv*,Iw*(以降、相電流指令値)の極性により、デッドタイム補償回路17はデッドタイム補償量の極性を決定してデッドタイム補償電圧を演算する。
【0013】
磁束軸成分の電圧指令Vd*とトルク軸成分の電圧指令Vq*を2相−3相変換(16)することにより、インバータ3の各相に対する電圧指令を得ることができる。この電圧指令にデッドタイム補償電圧を加算して、3相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*(以降、相電圧指令値)を演算し、相電圧指令値とキャリアの比較によりPWMパルスを生成してインバータ2のスイッチング素子を駆動する。
【0014】
この制御方式では、相電流指令値に基づいてデッドタイム補償電圧を演算するため、相電流指令値とインバータ出力の実際の電流Iu,Iv,Iw(以降、実際の相電流)に位相差の無い場合には、良好なデッドタイム補償動作が得られ、実際の相電流の歪みを抑制できる。
【0015】
しかし、相電流指令値と実際の相電流に位相差がある場合は、デッドタイム補償電圧と実際の相電流の極性が一致しない区間が生じるため、デッドタイム補償が適切に行われない。このことにより、デッドタイム補償の効果が小さくなるだけでなく、実際の電流と極性の異なるデッドタイム補償電圧が相電圧指令値に加算されるため、期待した効果とは逆に電流歪みが大きくなる。
【0016】
図5は相電流指令値と実際の相電流に位相差Δθreがある場合に演算されるデッドタイム補償電圧の説明図を示す。一般的に、電流検出器6の出力には、誤検出防止のためにノイズ除去の機能を備えたノイズフィルタ7を設ける。電流検出器6及びノイズフィルタ7は遅れ要素を持っているから、相電流検出値は実際の相電流に対して遅れ位相となる。さらに相電流指令値は、相電流検出値に一致するように演算されるから、相電流指令値は実際の相電流に対して遅れ位相となる。
【0017】
相電流指令値と実際の相電流に、遅れ要素による位相差がある場合、実際の相電流のゼロクロス近傍では、実際の相電流が正極性のときにデッドタイム補償電圧が負極性となる区間(左側斜線部)が生じる。一方で実際の相電流が負極性のときにデッドタイム補償電圧が正極性となる区間(右側斜線部)が生じる。これにより、
図4の方式ではデッドタイム補償電圧の極性が適切に判定されないため、電流歪みの抑制効果が小さいだけでなく、逆に電流歪みが大きくなる。
【0018】
実際の相電流に対する相電流指令値の遅れ時間Δtdが、電流検出器6及びノイズフィルタ7に代表される電力変換装置の構成部品の遅れ要素が支配的となり決定される場合、遅れ時間Δtdは固定値に近似できる。遅れ位相Δθre(単位:rad)は遅れ要素による遅れ時間Δtd(単位:sec)にモータの電気角速度(単位:rad/sec)を乗算した値となる。これは、モータの回転速度が高くなると共に、インバータの出力が高周波数になることで、相電流指令値と実際の相電流の位相差Δθreが大きくなるため、デッドタイム補償電圧と実際の相電流との位相差が大きくなり、デッドタイム補償が困難となった結果、電流歪みが増大し、モータのトルク脈動が大きくなり、騒音が増大することを示している。
【0019】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の一実施の形態による概略構成を示すブロック図であり、上図が主回路部分、下図が制御回路部分である。
電力変換装置の主回路部分は、電源1,電源1の商用交流電圧を直流電圧に変換する整流器2,整流器2で直流に変換された電圧を任意の周波数の交流電圧に変換するインバータ3,インバータ3により駆動されるモータ4,モータ4の回転速度及び磁極位置を検出するロータリーエンコーダ5により構成される。またモータ4はシーブ21と接続しており、シーブ21に巻きかけられるロープ22により乗りかご23及びおもり24が図示しない昇降路内に吊られている。モータ4が電力変換装置によって駆動されてシーブ21が回転駆動されると、ロープ22が駆動され、乗りかご23とおもり24が昇降路内において互いに反対方向に昇降する。
【0020】
電力変換装置の制御回路部分は、磁束軸においては、磁束軸電流指令Id*と、電流検出器6の出力信号が入力されたノイズフィルタ7から出力された相電流検出値IuFB,IvFB,IwFB(以降、相電流検出値)を3相−2相変換(8)することにより得られる磁束軸電流IdFBとの差分を磁束軸電流制御系ブロック11に入力することによって、磁束軸成分の電圧指令値Vd*を演算する。
【0021】
トルク軸においては、モータ4の速度指令ωre*に対してモータ4の回転軸に取り付けられたロータリーエンコーダ5から得られる回転速度ωreFBとの差分を速度制御系ブロック12に入力することによりトルク指令τ*を得る。さらにトルク−電流変換ゲインブロック(K
T)13に入力することによりトルク軸電流指令Iq*が得られる。トルク軸電流指令Iq*と、相電流検出値を3相−2相変換(8)することにより得られるトルク軸電流IqFBとの差分をトルク軸電流制御系ブロック14に入力することによりトルク軸成分の電圧指令Vq*を演算する。
【0022】
一方で、磁束軸電流指令Id*とトルク軸電流指令Iq*を2相−3相変換(15)することにより得られる相電流指令値Iu*,Iv*,Iw*(以降、相電流指令値)の極性により、デッドタイム補償回路17はデッドタイム補償量の極性を決定してデッドタイム補償電圧を演算する。
【0023】
磁束軸成分の電圧指令Vd*とトルク軸成分の電圧指令Vq*を2相−3相変換(16)することにより、インバータ3の各相に対する電圧指令を得ることができる。この電圧指令にデッドタイム補償電圧を加算して、3相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*(以降、相電圧指令値)を演算し、相電圧指令値とキャリアの比較によりPWMパルスを生成してスイッチング素子を駆動する。
【0024】
相電流指令値は、磁束軸成分の電流指令Id*とトルク軸成分の電流指令Iq*とモータ4の磁極位置に対応した位相θを2相−3相変換ブロック15に入力することで演算することができる。2相−3相変換の演算式を式(A)に示す。
【0026】
相電流指令値の位相は、(A)式からθにより決定されるので、相電流指令値の極性に基づいて演算するデッドタイム補償電圧の位相は、θに任意の数値を代入することで、変更することができる。(A)式のθは、ロータリーエンコーダから得られる回転速度ωreFBを積分することで得られる、モータ磁極位置に対応した位相θre及び、相電流指令値と実際の相電流との位相差Δθreにより、(B)式で表される。
【0028】
実際の相電流に対する相電流指令値の遅れ時間Δtd(単位:sec)に、ロータリーエンコーダから得られる回転速度ωreFB(単位:rad/sec)を乗算することで、Δθreが演算され、モータ磁極位置に対応したΔθreを得ることができる。回転速度ωreFBからΔθreを演算するに代えて、回転速度ωreFBをモータ4の速度指令ωre*に置き換えても良い。また、ここではモータ磁極位置の情報を得るために、ロータリーエンコーダを用いる例を示したが、インバータの電圧及び電流から磁極位置を推定することは可能であり、その情報を用いても良い。
【0029】
電流検出器6及びノイズフィルタ7に代表される電力変換装置の構成部品の遅れ要素が支配的となる場合、遅れ時間Δtdは固定値に近似できる。そのため、遅れ要素を含む部品に変更が無い限り、遅れ時間Δtdは電力変換装置を製作して最初の型式試験で測定するのみで、一意に決定することができる。
【0030】
図2は、従来の制御方式により、位相差Δθreが補正されない場合の電流波形を示し、
図3は、一実施の形態により、位相差Δθreが補正された場合の実際の相電流波形を示す。デッドタイムに起因する歪みは、基本波の6倍の周波数成分が電流波形に重畳される。補償前と比較して、一実施形態による歪みの抑制効果を確認できる。
【符号の説明】
【0031】
1 電源
2 整流器
3 インバータ
4 モータ
5 ロータリーエンコーダ
6 電流検出器
7 ノイズフィルタ
8 3相−2相変換ブロック
11 磁束軸電流制御系ブロック
12 速度制御系ブロック
13 トルク−電流変換ゲインブロック
14 トルク軸電流制御系ブロック
15 2相−3相変換ブロック
16 2相−3相変換ブロック
17 デッドタイム補償回路
21 シーブ
22 ロープ
23 乗りかご
24 おもり