【実施例1】
【0021】
図1〜
図11を用いて実施例1について説明する。
【0022】
図1は,実施例1におけるインバータの構成図である。
【0023】
交流モータ1は,インバータ2より三相交流電圧(U相電圧Vu,V相電圧Vv,W相電圧Vw)が印加されることで,三相交流電流(U相電流Iu,V相電流Iv,W相電流Iw)が流れ,モータトルクが発生する。なお,交流モータ1は三相であると仮定して説明するが,三相以外の場合についても同様である。
【0024】
交流モータ1の状態量について説明する。
図2は,電圧・電流のベクトル図である。U軸は,交流モータ1のU相コイルが発生する磁束方向を示す。V軸およびW軸についても同様である。S軸は,U軸を90度だけ反時計方向に回転させた軸である。d軸は,交流モータ1の回転軸を表し,その位相はS軸を基準としてθとする。また,d軸の回転速度,すなわち交流モータ1の回転速度はωとする。モータ電圧V1は,三相交流電圧の合成ベクトルであり,その電圧位相はS軸を基準としてθvとする。
【0025】
インバータ2は,直流電圧VDCをスイッチングにより三相交流電圧に変換し,交流モータ1に出力する。
【0026】
電流検出手段3は,三相交流電流を検出し,インバータ制御手段5へ出力する。
【0027】
位置・速度検出手段4は,交流モータ1の回転子位相θおよび回転速度ωを検出し,インバータ制御手段5へ出力する。
【0028】
インバータ制御手段5は,三相交流電流,回転子位相θ,回転速度ω,速度指令ω*に基づいて,ゲート信号Guvwをインバータ2へ出力する。これにより,インバータ2のスイッチングは制御され(PWM制御),交流モータ1の回転速度ωは,速度指令ω*に収束する。回転速度指令ω*は,トルク指令あるいは電流指令などに置き換えてもよい。
【0029】
インバータ制御手段5の構成要素は,出力電圧演算手段51,第1パルスパターン演算手段52,第2パルスパターン演算手段53,パルスパターン切換手段54,ゲート信号演算手段55,パルス数演算手段56である。以下,各構成要素について説明する。
【0030】
出力演算手段51は,三相交流電流,回転子位相θ,回転速度ωに基づいて,電圧位相θvおよび変調率Khを演算する。例えば,以下の手順で演算される。
【0031】
(1)非特許文献1のベクトル制御により,モータ電圧V1および電圧位相θvを演算
(2)モータ電圧V1を直流電圧VDCで除算することで変調率Khを導出
上記の演算後,電圧位相θvは,ゲート信号演算手段55へ出力される。また,変調率Khは,第1パルスパターン演算手段52,第2パルスパターン演算手段53へ出力される。
【0032】
第1パルスパターン演算手段52,第2パルスパターン演算手段53は,変調率Khおよびパルス数Pnoに基づいて,それぞれ,第1パルスパターンP1,第2パルスパターンP2を出力する。これは,例えば,メモリにテーブルを記憶させておくことにより実現される。パルス数Pnoとは,交流モータの1周期あたりの電圧パルスの総数であり,後述する奇対称性より奇数「Pno = 2n - 1(n:整数)」である。また,パルスパターンとは,電圧位相θvに対する電圧パルスの配置パターンである。全てのパルスパターンは,第1,第2パルスパターンに分類され,その定義は表1の通りである。この定義は,後述する奇対称性より0 degあるいは180 degを跨るパルスパターンは存在しないことに基づいている。
【0033】
【表1】
【0034】
図3にパルス数3,
図4にパルス数5の場合におけるパルスパターンの例を示す。
図3,
図4のa1,a2,…,anは,電圧パルスの番号を表す。パルス位相α1,α2,…,αm(m:整数)は,電圧パルスがONまたはOFFするときの電圧位相θvである。パルスパターンは,一般に(数1)および(数2)を満たすように設定される。
【0035】
【数1】
【0036】
【数2】
【0037】
(数1)は奇対称性を表し,パルスパターンに含まれる高調波の位相をゼロに統一する効果がある。また,(数2)は半波対称性を表し,偶次高調波の振幅をゼロとする効果がある。これらの対称性より,パルスパターンは,0 〜 90 degの間のみで規定される。ゆえに,
図3に示したパルス数3においては,パルス位相α1,
図4に示したパルス数5においては,パルス位相α1,α2のみ決定すれば,パルスパターンは規定される。一般化すると,パルス数「Pno = 2n - 1」では,パルスパターンは(n - 1)個のパルス位相により規定される。
【0038】
図5にパルス数Pnoを一般化した場合のパルスパターンを示す。
図5より,以下のことが分かる。
(1)第1パルスパターンP1では,0 deg,180 degの内側(90 degを含む方向)に接するパルスが存在する。
(2)第1パルスパターンP1では,パルス数「Pno = 2n - 1」のnが奇数「n = 2p - 1(p:整数)」の場合,90 degを含むパルスが存在する。nが偶数「n = 2p(p:整数)」の場合,90 degを跨るパルスは存在しない。
(3)第2パルスパターンP2の性質は,第1パルスパターンP1と比べて逆である。
(4)パルスパターンP1,P2を切り換えるとき,パルスパターンは,不連続的に変化する(連続的に変化できない)。
【0039】
パルスパターン切換手段54は,第1パルスパターンP1,第2パルスパターンP2を変調率Khあるいはパルス数Pnoに基づいて切り換える。選択された方のパルスパターンPxは,ゲート信号演算手段55へ出力される。
【0040】
ゲート信号演算手段55は,電圧位相θvおよび選択パルスパターンPxに基づいて,ゲート信号Guvwを演算する。例えば,
図3の点Qに示すように,電圧位相θvが90 degであり,かつ,第1パルスパターンP1が選択されている場合,ゲート信号はOFFとする。これを三相分演算し,ゲート信号Guvwをインバータ2へ出力する。
【0041】
パルス数演算手段56は,インバータ2の基本周波数あるいはスイッチング素子の材料特性(図示省略)などに基づいて,パルス数Pnoを演算する。インバータ2の基本波周波数の代わりに交流モータ1の回転速度ωでもよい(交流モータ1が同期機であれば,それらは一致するため)。パルス数Pnoの調整により,インバータ2のスイッチング損失と交流モータ1の高調波損失の配分を最適化できる。パルス数Pnoは,第1パルスパターン52,第2パルスパターン53,パルスパターン切換手段54へ出力される。
【0042】
以上より,パルスパターンP1,P2が切り換えられ,また,選択されたパルスパターンPxによりインバータ2が制御され,交流モータ1は駆動される。
【0043】
本発明により,交流モータ1の高調波損失Whを最小化できる理由について説明する。
【0044】
高調波損失Whとは,電流高調波Inによって生じるヒステリシス損失あるいは渦電流損失などの総和であり,(数3)で表される。
【0045】
【数3】
【0046】
ただし,An:電圧高調波,n:高調波次数,λ:損失係数
電圧高調波Anとは,パルスパターンが含む高調波であり,パルスパターンをFFT解析することにより求められる。損失係数λとは,高調波損失Whの周波数依存性を表し, 0以上2以下の係数である。高調波損失の要因によって,以下のように定まる。
(1)λ = 0:周波数依存性がなく,銅損が主となる場合
(2)λ = 1:ヒステリシス損失が主となる場合
(3)λ = 2:渦電流損失が主となる場合
以下では,パルスパターンP1,P2の切り換えにより,(数3)の高調波損失が最小化されることを示す。
【0047】
図6は,パルス数3における変調率Khとパルス位相α1の関係図である。パルス数3において,パルスパターンの設計自由度は,パルス位相α1のみである。ゆえに,パルス位相α1は,変調率Khに応じて一意に定まる。例えば,第1パルスパターンP1を選択する場合は,変調率Khが増加するほど,パルス位相α1は90 degに漸近することが分かる(
図6の上図)。これは,
図3において,電圧パルスa1の幅が増加することを意味する。逆に,変調率Khが減少するほど,パルス位相α1は0 degに漸近し,
図3の電圧パルスa1の幅は減少する。以上は,第2パルスパターンに関しても同様である。
【0048】
図7は,パルス数3における変調率Khと高調波損失Whの関係図である。高調波損失Whは,(数3)より求めており,損失係数λはゼロと仮定している。また,高調波損失Whは,変調率100 %(1パルス駆動時)の高調波損失を1として正規化している(単位:p.u.)。
図7の区間M1,M2は,パルスパターンP1,P2の高調波損失Whが,他方より小さい区間を表す。ゆえに,区間M1,M2では,それぞれ,パルスパターンP1,P2に切り換えることにより高調波損失を最小化できる。例えば,変調率60 %は区間M1に含まれており,パルスパターンP1を選択する。このとき,P2を選択した場合に比べて,高調波損失Whを2.7 p.u.低減できる。区間M1,M2では,それぞれ,パルスパターンP2,P1は適用されないこととなる。これらの適用されないパルスパターンは,
図6の灰色部分である。
【0049】
図6に示すようにパルス数3において,パルス位相α1は,変調率Khに応じて一意に定まるため,パルス位相α1を最適化する自由度はない。そのため,パルス位相を最適化する手法では,高調波損失を最小化できない。本発明では,パルスパターン切換手段54により,パルスパターン自体を切り換えることにより,高調波損失を最小化できる。
【0050】
図8は,パルス数5における変調率Khと高調波損失Whの関係図である。パルス数5において,パルスパターンの設計自由度は,パルス位相α1,α2の2つである。ゆえに,パルス位相α1,α2は,変調率Khに応じて一意に定まらず,パルス位相を最適化する自由度がある。図示は省略するが,7パルス以上も同様であり,パルス数が増加するほど,最適化の自由度も増加する。
図8に示すパルス位相は,(数3)の高調波損失Whを最小化するように最適化した結果である。
【0051】
図9は,パルス数5における変調率Khと高調波損失Whの関係図である。
図7に示すパルス数3の場合と同様にパルスパターンP1,P2を切り換えることにより,高調波損失を最小化できることが分かる。パルスパターンP1,P2は,既に最適化済みであり,それぞれのパルスパターンにおいては,高調波損失は極小化されている。しかし,高調波損失を最小化するには,それらを比較して,パルスパターン切換手段54により切り換える必要がある。
【0052】
パルス数5以上の場合において,パルス位相の最適化のみで高調波損失を最小化できないのは,パルスパターンP1,P2の不連続性に起因する。
図5から明らかなように,パルス数を変更することなく,パルスパターンP1,P2を連続的に変化させることはできない。すなわち,パルスパターンP1,P2は,同じ枠組みで最適化できず,個別に最適化してから両者を比較する必要がある。本発明では,この点に着目し,パルスパターン切換手段54を設けている。
【0053】
以上より,交流モータ1の高調波損失Whを最小化できる。以下,補足説明する。
【0054】
パルスパターンP1,P2の切り換えは,全て実施する必要はなく,一部省略してもよい。例えば,変調率0 %を境に切り換えるだけでもよい。
【0055】
(1)変調率Kh > 0:第1パルスパターンP1
(2)変調率Kh < 0:第2パルスパターンP2
区間M1,M2の境界値を得るには,(数3)を目的関数とする最適化問題を解く必要がある。しかし,変調率0 %で切り換える必要があることは,パルスパターンの対称性より明らかであり,最適化計算は不要である。変調率Kh > 0のとき,第1パルスパターンP1を選択する理由について,以下説明する。
【0056】
図10は,パルス数3,変調率0 %近傍におけるパルスパターンである。変調率0 %では,電圧パルスa1,a2の幅は60 degとなる。変調率Khを微小に増加させる場合,電圧パルスa1,a2の幅をΔaだけ増加させる必要がある。このとき,第1パルスパターンP1の方が,90 deg(U相電圧Vuの最大点)に近いところに電圧パルスを設けることができる。このため,第1パルスパターンP1の方が,電圧高調波が小さく,高調波損失も小さいと考えられる。
【0057】
変調率Kh < 0のとき,第2パルスパターンを選択する理由は,上記と同様に説明される。
【0058】
図10において,パルス数Pnoが3より大きい場合も同様である。
図10に示すパルスパターンは,120 deg周期であり,3倍周波数成分のみを含む。交流モータ1が三相である場合,3倍周波数成分は打ち消されるため,高調波損失はゼロとなる。ゆえに,パルス位相が正しく最適化される限り,パルス数Pnoに関係なく,
図10と同様なパルスパターンとなる。例えば,パルス数Pnoが5の場合,変調率Khが0 %に漸近すると,
図8より電圧パルス幅a1は60 degに漸近することが分かる(第2パルスパターンP2では,電圧位相θv:60 deg〜90 degの幅30 degに見えるが,対称性より電圧位相θv:60 deg〜120 degの幅60 degである)。
【0059】
変調率0 %における簡易切換法と
図7,
図9との整合性について説明する。
【0060】
図7,
図9において,変調率0 %を境に高調波損失Whを最小化するパルスパターンは,先に示した通りに切り換わっている。また,変調率0 %において,高調波損失Whが0となっており,パルスパターンP1,P2は,それぞれ正しく最適化されている。
【0061】
以上より,変調率0 %を境にパルスパターンP1,P2を切り換えることで,簡易的に高調波損失を低減することができる。
【0062】
パルスパターンP1,P2の切り換えは,変調率±100 %近傍のみでもよい。ここで,「近傍」と表現するのは,厳密な変調率±100 %を出力できるのは,1パルス駆動に限定されるからである。(表2)に変調率±100 %近傍でのパルスパターン切り換えについて示す。(表2)のnは,
図5のnと同一であり,パルス数「Pno = 2n - 1」のnである。以下,表2の根拠について説明する。
【0063】
【表2】
【0064】
図11は,パルス数3(n = 2),変調率+100%近傍におけるパルスパターンである。変調率Khを100 %から微小に減少させる場合,電圧パルスa1,a2の幅をパルス幅Δaだけ減少させる必要がある。このとき,90 degに近いところから電圧パルスを削減すると,基本波成分の減少分が,高調波成分の減少分に対して大きい。このため,第1パルスパターンP1の方が,第2パルスパターンよりも高調波損失が大きい。ゆえに,パルス数3(n = 2),変調率+100 %近傍では,第2パルスパターンP2を選択する。一般化すると,
図5において,90 degを跨る電圧パルスを有するパルスパターンは,変調率+100 %近傍における高調波損失が小さい。逆に90 degを跨らない電圧パルスを有するパルスパターンは,変調率-100 %近傍における高調波損失が小さい。以上をまとめると,(表2)の切り換え方法が得られる。
【0065】
(表2)の切り換え方法と,
図7,
図9との整合性について説明する。
図7(パルス数3:n = 2)において,変調率+100 %,-100 %近傍では,それぞれ,パルスパターンP2,P1の方が,高調波損失は小さい。また,
図9(パルス数5:n = 3)において,変調率+100 %,-100 %近傍では,それぞれ,パルスパターンP1,P2の方が,高調波損失は小さい。以上は,(表2)の切り換え方法と整合している。
【0066】
(表2)の切り換え方法は,簡易的に実施してもよい。すなわち,変調率Khが所定値以上の場合は変調率+100%近傍,所定値以下の場合は変調率-100%近傍として,(表2)を適用してもよい。高調波損失の絶対値が大きいのは,変調率の絶対値が大きい場合であり,この限りにおいては,高調波損失を最小化できるからである。すなわち,少ない切換回数で効果的に高調波損失を低減できる。
【0067】
パルス数が所定値以上の場合,パルスパターンP1,P2の切換は停止してもよい。パルス数が多いほど,高調波損失の絶対量が減るためである。