特許第6239448号(P6239448)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6239448インバータおよびこれを用いた駆動システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6239448
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】インバータおよびこれを用いた駆動システム
(51)【国際特許分類】
   H02M 7/48 20070101AFI20171120BHJP
   H02P 21/22 20160101ALI20171120BHJP
   H02P 23/16 20160101ALI20171120BHJP
   H02P 25/026 20160101ALI20171120BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20171120BHJP
   H02P 27/08 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   H02M7/48 F
   H02P21/22
   H02P23/16
   H02P25/026
   H02P27/06
   H02P27/08
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-124895(P2014-124895)
(22)【出願日】2014年6月18日
(65)【公開番号】特開2016-5378(P2016-5378A)
(43)【公開日】2016年1月12日
【審査請求日】2017年1月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100098660
【弁理士】
【氏名又は名称】戸田 裕二
(72)【発明者】
【氏名】隅田 悟士
(72)【発明者】
【氏名】岩路 善尚
【審査官】 小林 秀和
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−187933(JP,A)
【文献】 特開平11−220895(JP,A)
【文献】 特開昭59−216476(JP,A)
【文献】 特開平08−331856(JP,A)
【文献】 特開昭59−204469(JP,A)
【文献】 特開昭57−196872(JP,A)
【文献】 特開2010−154735(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 7/48
H02P 21/22
H02P 23/16
H02P 25/026
H02P 27/06
H02P 27/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流をスイッチングして交流に変換するインバータにおいて,
nを整数とし,
1周期あたりのパルス数を(2n - 1)とし,
電圧位相0 〜 180 deg,180 〜 360 degのパルス数をそれぞれn,(n - 1)とする第1パルスパターンと,
電圧位相0 〜 180 deg,180 〜 360 degのパルス数をそれぞれ(n - 1),nとする第2パルスパターンを,変調率に基づいて切り換え、
(数3)の高調波損失Whを最小化するように前記第1パルスパターンと前記第2パルスパターンを切り換えることを特徴とするインバータ。
【数3】
ただし,An:n次の電圧高調波,n:次数,λ:損失係数(0 ≦ λ ≦ 2)
【請求項2】
請求項1のインバータにおいて,
インバータの基本周波数に基づいて,前記パルス数を変更することを特徴とするインバータ。
【請求項3】
請求項1のインバータにおいて,
前記パルス数が所定値以上の場合には,前記パルスパターンの切り換えを停止することを特徴とするインバータ
【請求項4】
請求項1のインバータにおいて,
前記変調率に基づいて搬送波を反転させることを特徴とするインバータ。
【請求項5】
請求項1のインバータを用いて,
駆動システムの駆動源である交流モータを制御することを特徴とする駆動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,インバータおよびこれを用いた駆動システムに関するものであり,特に交流モータの高調波損失を低減する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
交流モータを高効率に駆動するには,インバータ適用による可変速駆動が有効である。インバータは,スイッチング素子を備えており,任意の周波数の交流電圧を交流モータに印加できる。しかし,スイッチング動作により電圧・電流高調波が発生するため,高調波損失(ヒステリシス損失・渦電流損失など)の原因となる。これらは,単に効率を低下させるだけでなく,熱により磁石・電磁鋼板などの材料特性を劣化させる。ゆえに,インバータのスイッチングを適切に制御し,高調波損失を低減させる必要がある。
【0003】
(特許文献1)では,変調率に応じて,インバータのスイッチングのパルス数を切り換えている。ここで,パルス数とは,交流モータの1周期において,インバータが出力する電圧パルスの数である。パルス数の調整により,電圧高調波を抑制し,高調波損失を低減することができる。
【0004】
(特許文献2)では,高調波損失を基本波電力で除算した値が最小となるようにパルス位相を規定する。パルス位相とは,電圧パルスがONまたはOFFされるときの電圧位相である。パルス位相が決定されると,電圧高調波が定まり,さらには,高調波損失を近似的に求めることができる。これを最小化するようにパルス位相を最適化している。
【0005】
(特許文献1)の問題点は,パルス数を変更できない場合には,高調波損失を低減できないことである。パルス数は,インバータのスイッチング素子の特性,あるいは,交流モータの回転速度に依存するため,任意に変更できるとは限らない。(特許文献2)では,パルス数は同一であっても,パルス位相を最適化することにより高調波損失を低減している。しかし,パルス位相の最適化では,高調波損失の極小化に留まる可能性があり,必ずしも最小化できるとは限らない。
【0006】
高調波損失を最小化するには,インバータのパルスパターンごとにパルス位相を最適化し,最適化後のパルスパターン同士を比較する必要がある。パルスパターンとは,電圧位相に対する電圧パルスの配置パターンである。同じパルス数(2n - 1,n:整数)において,パルスパターンは2つに分類される。第1パルスパターンは,電圧位相:0 〜 180 degのパルス数:n,180 〜 360 degのパルス数:(n - 1)である。第2パルスパターンは,電圧位相:0 〜 180 degのパルス数:(n - 1),180〜360 degのパルス数:nである。全てのパルスパターンは,第1,第2パルスパターンの一方に分類される。ゆえに,第1,第2パルスパターンをそれぞれ最適化し,さらに最適化後において,より損失の小さいパルスパターンを選択すれば,高調波損失を最小化できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−223772号公報
【特許文献2】特開2012−120250号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】電気学会:電動機制御工学,オーム社,pp.132-152 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は,インバータおよびこれを用いた駆動システムに関して、特に交流モータの高調波損失を低減するためのパルスパターン制御を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を達成するために、本発明は直流をスイッチングして交流に変換するインバータにおいて,nを整数とし,1周期あたりのパルス数を(2n - 1)とし,電圧位相0 〜 180 deg,180 〜 360 degのパルス数をそれぞれn,(n - 1)とする第1パルスパターンと,電圧位相0 〜 180 deg,180 〜 360 degのパルス数をそれぞれ(n - 1),nとする第2パルスパターンを,変調率に基づいて切り換えることを特徴とするものである。
【0011】
更に、本発明はインバータにおいて,インバータの基本周波数に基づいて,前記パルス数を変更することを特徴とするものである。
【0012】
更に、本発明はインバータにおいて,(数3)の高調波損失Whを最小化するように
前記第1パルスパターンと前記第2パルスパターンを切り換えることを特徴とするものである(ただし,An:n次の電圧高調波,n:次数,λ:損失係数(0 ≦ λ ≦ 2))。
【0013】
更に、本発明はインバータにおいて,前記変調率が正であるとき,前記第1パルスパターンに切り換え,前記変調率が負であるとき,前記第2パルスパターンに切り換えることを特徴とするものである。
【0014】
更に、本発明はインバータにおいて,
(1)前記nが奇数,かつ,変調率が所定値以上では,第1パルスパターン、
(2)前記nが奇数,かつ,変調率が所定値以下では,第2パルスパターン、
(3)前記nが偶数,かつ,変調率が所定値以上では,第2パルスパターン、
(4)前記nが偶数,かつ,変調率が所定値以下では,第1パルスパターン、の少なくとも1つに従って,前記第1パルスパターンと前記第2パルスパターンを切り換えることを特徴とするものである。
【0015】
更に、本発明はインバータにおいて,前記パルス数が所定値以上の場合には,前記パルスパターンの切り換えを停止することを特徴とするものである。
【0016】
更に、本発明はインバータにおいて,前記変調率に基づいて搬送波を反転させることを特徴とするものである。
【0017】
また、本発明は駆動システムにおいて、本発明のインバータを用いて,駆動システムの駆動源である交流モータを制御することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明により,交流モータの高調波損失を最小化できる。これにより,材料特性の劣化防止,冷却系の小型化などの効果を得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施例1におけるインバータの構成図。
図2】電圧・電流のベクトル図。
図3】パルス数3におけるパルスパターン。
図4】パルス数5におけるパルスパターン。
図5】パルス数nにおけるパルスパターン。
図6】パルス数3における変調率とパルス位相の関係図。
図7】パルス数3における変調率と高調波損失の関係図。
図8】パルス数5における変調率とパルス位相の関係図。
図9】パルス数5における変調率と高調波損失の関係図。
図10】パルス数3,変調率0 %近傍におけるパルスパターン。
図11】パルス数3,変調率+100 %近傍におけるパルスパターン。
図12】実施例2におけるインバータの構成図。
図13】第1搬送波選択時における動作波形図の一例。
図14】第2搬送波選択時における動作波形図の一例。
図15】実施例3におけるインバータこれを用いた駆動システムの構成図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下,図面を用いて本発明の各実施例を説明する。
【実施例1】
【0021】
図1図11を用いて実施例1について説明する。
【0022】
図1は,実施例1におけるインバータの構成図である。
【0023】
交流モータ1は,インバータ2より三相交流電圧(U相電圧Vu,V相電圧Vv,W相電圧Vw)が印加されることで,三相交流電流(U相電流Iu,V相電流Iv,W相電流Iw)が流れ,モータトルクが発生する。なお,交流モータ1は三相であると仮定して説明するが,三相以外の場合についても同様である。
【0024】
交流モータ1の状態量について説明する。図2は,電圧・電流のベクトル図である。U軸は,交流モータ1のU相コイルが発生する磁束方向を示す。V軸およびW軸についても同様である。S軸は,U軸を90度だけ反時計方向に回転させた軸である。d軸は,交流モータ1の回転軸を表し,その位相はS軸を基準としてθとする。また,d軸の回転速度,すなわち交流モータ1の回転速度はωとする。モータ電圧V1は,三相交流電圧の合成ベクトルであり,その電圧位相はS軸を基準としてθvとする。
【0025】
インバータ2は,直流電圧VDCをスイッチングにより三相交流電圧に変換し,交流モータ1に出力する。
【0026】
電流検出手段3は,三相交流電流を検出し,インバータ制御手段5へ出力する。
【0027】
位置・速度検出手段4は,交流モータ1の回転子位相θおよび回転速度ωを検出し,インバータ制御手段5へ出力する。
【0028】
インバータ制御手段5は,三相交流電流,回転子位相θ,回転速度ω,速度指令ω*に基づいて,ゲート信号Guvwをインバータ2へ出力する。これにより,インバータ2のスイッチングは制御され(PWM制御),交流モータ1の回転速度ωは,速度指令ω*に収束する。回転速度指令ω*は,トルク指令あるいは電流指令などに置き換えてもよい。
【0029】
インバータ制御手段5の構成要素は,出力電圧演算手段51,第1パルスパターン演算手段52,第2パルスパターン演算手段53,パルスパターン切換手段54,ゲート信号演算手段55,パルス数演算手段56である。以下,各構成要素について説明する。
【0030】
出力演算手段51は,三相交流電流,回転子位相θ,回転速度ωに基づいて,電圧位相θvおよび変調率Khを演算する。例えば,以下の手順で演算される。
【0031】
(1)非特許文献1のベクトル制御により,モータ電圧V1および電圧位相θvを演算
(2)モータ電圧V1を直流電圧VDCで除算することで変調率Khを導出
上記の演算後,電圧位相θvは,ゲート信号演算手段55へ出力される。また,変調率Khは,第1パルスパターン演算手段52,第2パルスパターン演算手段53へ出力される。
【0032】
第1パルスパターン演算手段52,第2パルスパターン演算手段53は,変調率Khおよびパルス数Pnoに基づいて,それぞれ,第1パルスパターンP1,第2パルスパターンP2を出力する。これは,例えば,メモリにテーブルを記憶させておくことにより実現される。パルス数Pnoとは,交流モータの1周期あたりの電圧パルスの総数であり,後述する奇対称性より奇数「Pno = 2n - 1(n:整数)」である。また,パルスパターンとは,電圧位相θvに対する電圧パルスの配置パターンである。全てのパルスパターンは,第1,第2パルスパターンに分類され,その定義は表1の通りである。この定義は,後述する奇対称性より0 degあるいは180 degを跨るパルスパターンは存在しないことに基づいている。
【0033】
【表1】
【0034】
図3にパルス数3,図4にパルス数5の場合におけるパルスパターンの例を示す。図3図4のa1,a2,…,anは,電圧パルスの番号を表す。パルス位相α1,α2,…,αm(m:整数)は,電圧パルスがONまたはOFFするときの電圧位相θvである。パルスパターンは,一般に(数1)および(数2)を満たすように設定される。
【0035】
【数1】
【0036】
【数2】
【0037】
(数1)は奇対称性を表し,パルスパターンに含まれる高調波の位相をゼロに統一する効果がある。また,(数2)は半波対称性を表し,偶次高調波の振幅をゼロとする効果がある。これらの対称性より,パルスパターンは,0 〜 90 degの間のみで規定される。ゆえに,図3に示したパルス数3においては,パルス位相α1,図4に示したパルス数5においては,パルス位相α1,α2のみ決定すれば,パルスパターンは規定される。一般化すると,パルス数「Pno = 2n - 1」では,パルスパターンは(n - 1)個のパルス位相により規定される。
【0038】
図5にパルス数Pnoを一般化した場合のパルスパターンを示す。図5より,以下のことが分かる。
(1)第1パルスパターンP1では,0 deg,180 degの内側(90 degを含む方向)に接するパルスが存在する。
(2)第1パルスパターンP1では,パルス数「Pno = 2n - 1」のnが奇数「n = 2p - 1(p:整数)」の場合,90 degを含むパルスが存在する。nが偶数「n = 2p(p:整数)」の場合,90 degを跨るパルスは存在しない。
(3)第2パルスパターンP2の性質は,第1パルスパターンP1と比べて逆である。
(4)パルスパターンP1,P2を切り換えるとき,パルスパターンは,不連続的に変化する(連続的に変化できない)。
【0039】
パルスパターン切換手段54は,第1パルスパターンP1,第2パルスパターンP2を変調率Khあるいはパルス数Pnoに基づいて切り換える。選択された方のパルスパターンPxは,ゲート信号演算手段55へ出力される。
【0040】
ゲート信号演算手段55は,電圧位相θvおよび選択パルスパターンPxに基づいて,ゲート信号Guvwを演算する。例えば,図3の点Qに示すように,電圧位相θvが90 degであり,かつ,第1パルスパターンP1が選択されている場合,ゲート信号はOFFとする。これを三相分演算し,ゲート信号Guvwをインバータ2へ出力する。
【0041】
パルス数演算手段56は,インバータ2の基本周波数あるいはスイッチング素子の材料特性(図示省略)などに基づいて,パルス数Pnoを演算する。インバータ2の基本波周波数の代わりに交流モータ1の回転速度ωでもよい(交流モータ1が同期機であれば,それらは一致するため)。パルス数Pnoの調整により,インバータ2のスイッチング損失と交流モータ1の高調波損失の配分を最適化できる。パルス数Pnoは,第1パルスパターン52,第2パルスパターン53,パルスパターン切換手段54へ出力される。
【0042】
以上より,パルスパターンP1,P2が切り換えられ,また,選択されたパルスパターンPxによりインバータ2が制御され,交流モータ1は駆動される。
【0043】
本発明により,交流モータ1の高調波損失Whを最小化できる理由について説明する。
【0044】
高調波損失Whとは,電流高調波Inによって生じるヒステリシス損失あるいは渦電流損失などの総和であり,(数3)で表される。
【0045】
【数3】
【0046】
ただし,An:電圧高調波,n:高調波次数,λ:損失係数
電圧高調波Anとは,パルスパターンが含む高調波であり,パルスパターンをFFT解析することにより求められる。損失係数λとは,高調波損失Whの周波数依存性を表し, 0以上2以下の係数である。高調波損失の要因によって,以下のように定まる。
(1)λ = 0:周波数依存性がなく,銅損が主となる場合
(2)λ = 1:ヒステリシス損失が主となる場合
(3)λ = 2:渦電流損失が主となる場合
以下では,パルスパターンP1,P2の切り換えにより,(数3)の高調波損失が最小化されることを示す。
【0047】
図6は,パルス数3における変調率Khとパルス位相α1の関係図である。パルス数3において,パルスパターンの設計自由度は,パルス位相α1のみである。ゆえに,パルス位相α1は,変調率Khに応じて一意に定まる。例えば,第1パルスパターンP1を選択する場合は,変調率Khが増加するほど,パルス位相α1は90 degに漸近することが分かる(図6の上図)。これは,図3において,電圧パルスa1の幅が増加することを意味する。逆に,変調率Khが減少するほど,パルス位相α1は0 degに漸近し,図3の電圧パルスa1の幅は減少する。以上は,第2パルスパターンに関しても同様である。
【0048】
図7は,パルス数3における変調率Khと高調波損失Whの関係図である。高調波損失Whは,(数3)より求めており,損失係数λはゼロと仮定している。また,高調波損失Whは,変調率100 %(1パルス駆動時)の高調波損失を1として正規化している(単位:p.u.)。図7の区間M1,M2は,パルスパターンP1,P2の高調波損失Whが,他方より小さい区間を表す。ゆえに,区間M1,M2では,それぞれ,パルスパターンP1,P2に切り換えることにより高調波損失を最小化できる。例えば,変調率60 %は区間M1に含まれており,パルスパターンP1を選択する。このとき,P2を選択した場合に比べて,高調波損失Whを2.7 p.u.低減できる。区間M1,M2では,それぞれ,パルスパターンP2,P1は適用されないこととなる。これらの適用されないパルスパターンは,図6の灰色部分である。
【0049】
図6に示すようにパルス数3において,パルス位相α1は,変調率Khに応じて一意に定まるため,パルス位相α1を最適化する自由度はない。そのため,パルス位相を最適化する手法では,高調波損失を最小化できない。本発明では,パルスパターン切換手段54により,パルスパターン自体を切り換えることにより,高調波損失を最小化できる。
【0050】
図8は,パルス数5における変調率Khと高調波損失Whの関係図である。パルス数5において,パルスパターンの設計自由度は,パルス位相α1,α2の2つである。ゆえに,パルス位相α1,α2は,変調率Khに応じて一意に定まらず,パルス位相を最適化する自由度がある。図示は省略するが,7パルス以上も同様であり,パルス数が増加するほど,最適化の自由度も増加する。図8に示すパルス位相は,(数3)の高調波損失Whを最小化するように最適化した結果である。
【0051】
図9は,パルス数5における変調率Khと高調波損失Whの関係図である。図7に示すパルス数3の場合と同様にパルスパターンP1,P2を切り換えることにより,高調波損失を最小化できることが分かる。パルスパターンP1,P2は,既に最適化済みであり,それぞれのパルスパターンにおいては,高調波損失は極小化されている。しかし,高調波損失を最小化するには,それらを比較して,パルスパターン切換手段54により切り換える必要がある。
【0052】
パルス数5以上の場合において,パルス位相の最適化のみで高調波損失を最小化できないのは,パルスパターンP1,P2の不連続性に起因する。図5から明らかなように,パルス数を変更することなく,パルスパターンP1,P2を連続的に変化させることはできない。すなわち,パルスパターンP1,P2は,同じ枠組みで最適化できず,個別に最適化してから両者を比較する必要がある。本発明では,この点に着目し,パルスパターン切換手段54を設けている。
【0053】
以上より,交流モータ1の高調波損失Whを最小化できる。以下,補足説明する。
【0054】
パルスパターンP1,P2の切り換えは,全て実施する必要はなく,一部省略してもよい。例えば,変調率0 %を境に切り換えるだけでもよい。
【0055】
(1)変調率Kh > 0:第1パルスパターンP1
(2)変調率Kh < 0:第2パルスパターンP2
区間M1,M2の境界値を得るには,(数3)を目的関数とする最適化問題を解く必要がある。しかし,変調率0 %で切り換える必要があることは,パルスパターンの対称性より明らかであり,最適化計算は不要である。変調率Kh > 0のとき,第1パルスパターンP1を選択する理由について,以下説明する。
【0056】
図10は,パルス数3,変調率0 %近傍におけるパルスパターンである。変調率0 %では,電圧パルスa1,a2の幅は60 degとなる。変調率Khを微小に増加させる場合,電圧パルスa1,a2の幅をΔaだけ増加させる必要がある。このとき,第1パルスパターンP1の方が,90 deg(U相電圧Vuの最大点)に近いところに電圧パルスを設けることができる。このため,第1パルスパターンP1の方が,電圧高調波が小さく,高調波損失も小さいと考えられる。
【0057】
変調率Kh < 0のとき,第2パルスパターンを選択する理由は,上記と同様に説明される。
【0058】
図10において,パルス数Pnoが3より大きい場合も同様である。図10に示すパルスパターンは,120 deg周期であり,3倍周波数成分のみを含む。交流モータ1が三相である場合,3倍周波数成分は打ち消されるため,高調波損失はゼロとなる。ゆえに,パルス位相が正しく最適化される限り,パルス数Pnoに関係なく,図10と同様なパルスパターンとなる。例えば,パルス数Pnoが5の場合,変調率Khが0 %に漸近すると,図8より電圧パルス幅a1は60 degに漸近することが分かる(第2パルスパターンP2では,電圧位相θv:60 deg〜90 degの幅30 degに見えるが,対称性より電圧位相θv:60 deg〜120 degの幅60 degである)。
【0059】
変調率0 %における簡易切換法と図7図9との整合性について説明する。
【0060】
図7図9において,変調率0 %を境に高調波損失Whを最小化するパルスパターンは,先に示した通りに切り換わっている。また,変調率0 %において,高調波損失Whが0となっており,パルスパターンP1,P2は,それぞれ正しく最適化されている。
【0061】
以上より,変調率0 %を境にパルスパターンP1,P2を切り換えることで,簡易的に高調波損失を低減することができる。
【0062】
パルスパターンP1,P2の切り換えは,変調率±100 %近傍のみでもよい。ここで,「近傍」と表現するのは,厳密な変調率±100 %を出力できるのは,1パルス駆動に限定されるからである。(表2)に変調率±100 %近傍でのパルスパターン切り換えについて示す。(表2)のnは,図5のnと同一であり,パルス数「Pno = 2n - 1」のnである。以下,表2の根拠について説明する。
【0063】
【表2】
【0064】
図11は,パルス数3(n = 2),変調率+100%近傍におけるパルスパターンである。変調率Khを100 %から微小に減少させる場合,電圧パルスa1,a2の幅をパルス幅Δaだけ減少させる必要がある。このとき,90 degに近いところから電圧パルスを削減すると,基本波成分の減少分が,高調波成分の減少分に対して大きい。このため,第1パルスパターンP1の方が,第2パルスパターンよりも高調波損失が大きい。ゆえに,パルス数3(n = 2),変調率+100 %近傍では,第2パルスパターンP2を選択する。一般化すると,図5において,90 degを跨る電圧パルスを有するパルスパターンは,変調率+100 %近傍における高調波損失が小さい。逆に90 degを跨らない電圧パルスを有するパルスパターンは,変調率-100 %近傍における高調波損失が小さい。以上をまとめると,(表2)の切り換え方法が得られる。
【0065】
(表2)の切り換え方法と,図7図9との整合性について説明する。図7(パルス数3:n = 2)において,変調率+100 %,-100 %近傍では,それぞれ,パルスパターンP2,P1の方が,高調波損失は小さい。また,図9(パルス数5:n = 3)において,変調率+100 %,-100 %近傍では,それぞれ,パルスパターンP1,P2の方が,高調波損失は小さい。以上は,(表2)の切り換え方法と整合している。
【0066】
(表2)の切り換え方法は,簡易的に実施してもよい。すなわち,変調率Khが所定値以上の場合は変調率+100%近傍,所定値以下の場合は変調率-100%近傍として,(表2)を適用してもよい。高調波損失の絶対値が大きいのは,変調率の絶対値が大きい場合であり,この限りにおいては,高調波損失を最小化できるからである。すなわち,少ない切換回数で効果的に高調波損失を低減できる。
【0067】
パルス数が所定値以上の場合,パルスパターンP1,P2の切換は停止してもよい。パルス数が多いほど,高調波損失の絶対量が減るためである。
【実施例2】
【0068】
以下、本発明の実施例2を図面を用いて説明する。
【0069】
図12は,本発明の実施例2の構成図を示す。但し,実施例1と同等の点については省略する。実施例2では,インバータ制御手段3は,第1搬送波出力手段521,第2搬送波出力手段531,搬送波切換手段541,正弦波出力手段57,PWM手段58を備える。これによりパルスパターンの切換えを簡易的に実施できることを示す。
【0070】
第1搬送波出力手段521は,第1搬送波C1を搬送波切換手段541へ出力する。
【0071】
第2搬送波出力手段531は,第2搬送波C2を搬送波切換手段541へ出力する。
【0072】
搬送波切換手段541は,搬送波C1,C2を切り換えて,PWM手段58へ出力する。
【0073】
正弦波出力手段57は,変調率Khに基づいて,U相電圧指令Vu*をPWM手段58へ出力する。
【0074】
PWM手段58は,選択された搬送波CxとU相電圧指令Vu*に基づいて,PWM信号P−PWMをゲート信号演算手段へ出力する。
【0075】
図13は,第1搬送波選択時における動作波形図である。また,図14は,第2搬送波選択時における動作波形図である。搬送波C1,C2は,正負の符号が逆となっており,これらを切り換えることで,PWM信号P−PWMを切り換えられる。搬送波C1,C2を選択する場合,それぞれ,実施例1の第1パルスパターンP1,第2パルスパターンP2を選択する場合に相当する。
【0076】
前述の実施例1に対して、本実施例の特長は,パルスパターンP1,P2のテーブルをメモリに記憶させる必要がない点である。すなわち,搬送波の符号を変調率Khに応じて反転させるだけで実装できる。このため,インバータ制御手段3のコストを削減できる。
【実施例3】
【0077】
以下、本発明の実施例3を図面を用いて説明する。図15は本発明の実施例3の構成図を示す。ただし,実施例1と同等の点については省略する。実施例3では,車両7の車輪6の駆動源である交流モータ1をインバータ2を用いて制御する。
【0078】
交流モータ1は,車輪6の内部へ収めるため,体積当たりのトルク密度は極めて高く設計される。ゆえに,交流モータ1の損失低減は,重要課題となる。本発明によれば,パルス数を変更することなく,すなわち,インバータ2の損失を増加させることなく,交流モータ1の高調波損失を低減することができる。そのため,冷却系を小型化・簡易化することが実現できる。
【符号の説明】
【0079】
1…交流モータ
2…インバータ手段
3…電流検出手段
4…位置・速度検出手段
5…インバータ制御手段
51…出力電圧演算手段
52…第1パルスパターン演算手段
53…第2パルスパターン演算手段
531…第1搬送波出力手段
532…第2搬送波出力手段
54…パルスパターン切換手段
541…搬送波切換手段
55…ゲート信号演算手段
56…パルス数演算手段
57…正弦波出力手段
58…PWM手段
6…車輪
7…車両

VDC…直流電圧
Vu,Vv,Vw…U相電圧,V相電圧,W相電圧,Vu*…U相電圧指令
V1…モータ電圧
Iu,Iv,Iw…U相電流,V相電流,W相電流
θv…電圧位相
θ…回転子位相
ω*…速度指令,ω…回転速度
Kh…変調率
P1…第1パルスパターン,P2…第2パルスパターン,P-PWM…PWM信号
C1…第1搬送波,C2…第2搬送波
a1,a2,…,an:電圧パルス
Pno…パルス数
図1
図2
図3
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図10
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図15