特許第6239771号(P6239771)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6239771高分子フィルム及びそれを用いた癒着防止材
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  • 特許6239771-高分子フィルム及びそれを用いた癒着防止材 図000015
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6239771
(24)【登録日】2017年11月10日
(45)【発行日】2017年11月29日
(54)【発明の名称】高分子フィルム及びそれを用いた癒着防止材
(51)【国際特許分類】
   C08G 63/06 20060101AFI20171120BHJP
   C08G 63/664 20060101ALI20171120BHJP
   C08G 65/332 20060101ALI20171120BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20171120BHJP
   B32B 27/36 20060101ALI20171120BHJP
   A61L 15/12 20060101ALI20171120BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20171120BHJP
   A61L 31/06 20060101ALI20171120BHJP
   A61P 41/00 20060101ALI20171120BHJP
【FI】
   C08G63/06
   C08G63/664
   C08G65/332
   C08J5/18CFD
   C08J5/18CEZ
   B32B27/36
   A61L15/12
   A61L27/18
   A61L31/06
   A61P41/00
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-544650(P2016-544650)
(86)(22)【出願日】2016年6月17日
(86)【国際出願番号】JP2016068073
(87)【国際公開番号】WO2016204266
(87)【国際公開日】20161222
【審査請求日】2017年3月29日
(31)【優先権主張番号】特願2015-123855(P2015-123855)
(32)【優先日】2015年6月19日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509071242
【氏名又は名称】ナノシータ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100135909
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 和歌子
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 晃広
(72)【発明者】
【氏名】荒金 徹
(72)【発明者】
【氏名】棚橋 一裕
(72)【発明者】
【氏名】岡林 剛史
(72)【発明者】
【氏名】武岡 真司
(72)【発明者】
【氏名】藤枝 俊宣
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 翔一朗
(72)【発明者】
【氏名】村田 篤
(72)【発明者】
【氏名】大坪 真也
【審査官】 大木 みのり
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−222768(JP,A)
【文献】 特開2008−106269(JP,A)
【文献】 特開2014−171590(JP,A)
【文献】 特開2009−029967(JP,A)
【文献】 Tzong-Der Way et al,Preparation and characterization of branched polymers as postperative anti-adhesion barriers,Applied surface Science,2009年12月21日,Volume 256, Issue 10,pp. 3330-3336
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 63/00 − 85/00
A61L 15/00 − 33/00
A61P 41/00
C08J 5/00 − 5/22
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分岐型ポリアルキレングリコールの末端ヒドロキシル基に、乳酸、3−ヒドロキシ酪酸、グリコール酸及びε−カプロラクトンからなる群より選択される一種以上のモノマーからなるポリヒドロキシアルカン酸結合した構造を有するブロック共重合体を含み、
前記分岐型ポリアルキレングリコールは、一分子当たり3個以上の末端ヒドロキシル基を有し、
前記ブロック共重合体の全質量に対する前記分岐型ポリアルキレングリコールの質量比率が1〜30%であり、
前記ブロック共重合体中に含まれるポリヒドロキシアルカン酸の平均分子量を前記分岐型ポリアルキレングリコールの一分子当たりに存在する末端ヒドロキシル基の数Xで除した値が10000〜30000であり、
膜厚が10〜1000nmの範囲である、高分子フィルム。
【請求項2】
前記分岐型ポリアルキレングリコールは、多価アルコールに直鎖ポリエチレングリコールが結合した構造を有する、請求項1記載の高分子フィルム。
【請求項3】
前記分岐型ポリアルキレングリコールが有する末端ヒドロキシル基の数が3〜8である、請求項1又は2記載の高分子フィルム。
【請求項4】
前記分岐型ポリアルキレングリコールの平均分子量が5000〜30000の範囲である、請求項1〜3のいずれか一項記載の高分子フィルム。
【請求項5】
前記ブロック共重合体の平均分子量が40000〜200000の範囲である、請求項1〜4のいずれか一項記載の高分子フィルム。
【請求項6】
前記ブロック共重合体は、式(I):
【化1】
[式中、mは、0〜4の整数であり、n、o、p、q及びrは、それぞれ独立して36〜126の整数であり、v、w、x、y及びzは、それぞれ独立して91〜376の整数である]
又は、式(II):
【化2】
[式中、sは81〜126の整数、tは220〜377の整数である]
で表される、請求項1〜5のいずれか一項記載の高分子フィルム。
【請求項7】
ヤング率が20MPa以上700MPa以下である、請求項1〜6のいずれか一項記載の高分子フィルム。
【請求項8】
後退接触角が60°未満である、請求項1〜7のいずれか一項記載の高分子フィルム。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項記載の高分子フィルムの少なくとも片面に水溶性ポリマーからなる水溶性フィルムが積層されている、積層フィルム。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか一項記載の高分子フィルム又は請求項9記載の積層フィルムからなる、癒着防止材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子フィルム及びそれを用いた癒着防止材に関する。
【背景技術】
【0002】
医療分野において、生体組織にフィルムを貼付することで、外科手術で切開した部位の閉鎖や、熱傷等の創傷部位の保護、止血、輸液ライン等のデバイスの皮膚への固定、臓器の癒着防止等を行うことが知られている。これらのフィルムには、切開部が開いて出血が起こるのを防ぐ、生体組織がむき出しになるのを防ぐ、生体組織に固定されたデバイスが外れるのを防ぐ、臓器癒着を防ぐ等の目的から、生体組織への強力な付着性及び生体の動きに追従できる柔軟性や強度等が求められている。
【0003】
また、体内で使用される場合には、フィルムが体内に永久的に残留すると、それ自身が感染や炎症等の合併症に繋がるだけでなく、フィルムを取り出すために再手術をしなければならないケースもあることから、役目を果たした後は分解されて体内から消失するよう、生分解性も必要とされている。
【0004】
生分解性を有するフィルムとしては、ポリ乳酸やポリラクトン、あるいはそれらのポリマーからなるブロックを含む共重合体などの生分解性ポリマーからなるものが知られている。例えば特許文献1及び2には、生分解性ポリマーからなる膜厚がナノメートルサイズのフィルムであって、生体組織に対して密着させることができるものが報告されている。また、特許文献3及び4には、生分解性であり、かつ親水性で生体親和性を有するブロック共重合体を用いたフィルムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−140978号公報
【特許文献2】特開2012−187926号公報
【特許文献3】特開2001−327520号公報
【特許文献4】特開2004−313759号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1及び2に記載のフィルムは疎水性が高いため、湿潤環境にある生体の表面に対する親和性が弱いと考えられる。さらに、結晶性でありガラス転移点が高い共重合体を用いているため、薄膜であっても変形しづらく、生体の動きに十分追従できない、あるいは微細な凹凸を有する生体組織に対応しきれない等の問題がある。また、特許文献3及び4のフィルムは、生体組織に対して高い密着性を有するために必要なフィルム膜厚について検討が行われておらず、また癒着防止材として利用するために十分な特性を有するか否かは不明である。
【0007】
本発明は、生体の動きや微細な凹凸にも対応可能であり、かつ生体組織に対する付着性にも優れた高分子フィルムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上述したような問題を検討した結果、分岐型ポリアルキレングリコールブロックとポリヒドロキシアルカン酸ブロックとからなるブロック共重合体を材料として用いることにより、生体組織に対する付着性に優れた高分子フィルムを製造できることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0009】
(1)分岐型ポリアルキレングリコールとポリヒドロキシアルカン酸とが結合した構造を有するブロック共重合体を含み、
上記分岐型ポリアルキレングリコールは、一分子当たり3個以上の末端ヒドロキシル基を有し、
上記ブロック共重合体の全質量に対する上記分岐型ポリアルキレングリコールの質量比率が1〜30%であり、
上記ブロック共重合体中に含まれるポリヒドロキシアルカン酸の平均分子量を上記分岐型ポリアルキレングリコールの一分子当たりに存在する末端ヒドロキシル基の数Xで除した値が10000〜30000であり、
膜厚が10〜1000nmの範囲である、高分子フィルム。
(2)上記分岐型ポリアルキレングリコールは、多価アルコールに直鎖ポリエチレングリコールが結合した構造を有する、(1)記載の高分子フィルム。
(3)上記分岐型ポリアルキレングリコールが有する末端ヒドロキシル基の数が3〜8である、(1)又は(2)記載の高分子フィルム。
(4)上記分岐型ポリアルキレングリコールの平均分子量が5000〜30000の範囲である、(1)〜(3)のいずれか記載の高分子フィルム。
(5)上記ブロック共重合体の平均分子量が40000〜200000の範囲である、(1)〜(4)のいずれか記載の高分子フィルム。
(6)上記ブロック共重合体は、式(I):
【化1】
[式中、mは、0〜4の整数であり、n、o、p、q及びrは、それぞれ独立して36〜126の整数であり、v、w、x、y及びzは、それぞれ独立して91〜376の整数である]
又は、式(II):
【化2】
[式中、sは81〜126の整数、tは220〜377の整数である]
で表される、(1)〜(5)のいずれか記載の高分子フィルム。
(7)ヤング率が20MPa以上700MPa以下である、(1)〜(6)のいずれか記載の高分子フィルム。
(8)後退接触角が60°未満である、(1)〜(7)のいずれか記載の高分子フィルム。
(9)(1)〜(8)のいずれか記載の高分子フィルムの少なくとも片面に水溶性ポリマーからなる水溶性フィルムが積層されている、積層フィルム。
(10)(1)〜(8)のいずれか記載の高分子フィルム又は(9)記載の積層フィルムからなる、癒着防止材。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりでもある。
(11)分岐型ポリアルキレングリコールとポリヒドロキシアルカン酸とが結合した構造を有するブロック共重合体、を含む高分子フィルムであり、膜厚が10〜1000nmの範囲であり、
上記分岐型ポリアルキレングリコールは、一分子あたり3個以上の末端ヒドロキシル基を有し、上記ブロック共重合体の全質量に対する上記分岐型ポリアルキレングリコールの質量比率が1〜30%であり、
上記ブロック共重合体中に含まれるポリヒドロキシアルカン酸の平均分子量を上記分岐型ポリアルキレングリコールが一分子あたりに有する末端ヒドロキシル基の数Xで除した値が10000〜30000である、高分子フィルム。
(12)上記分岐型ポリアルキレングリコールは、多価アルコールに直鎖ポリエチレングリコールが結合した構造を有する、(11)記載の高分子フィルム。
(13)上記分岐型ポリアルキレングリコールが有する末端ヒドロキシル基の数が3〜8である、(11)又は(12)記載の高分子フィルム。
(14)上記分岐型ポリアルキレングリコールの平均分子量が5000〜30000の範囲である、(11)〜(13)のいずれか記載の高分子フィルム。
(15)上記ブロック共重合体の平均分子量が40000〜200000の範囲である、(11)〜(14)のいずれか記載の高分子フィルム。
(16)上記ブロック共重合体が、式(I):
【化3】
[式中、mは、0〜4の整数であり、n、o、p、q及びrは、それぞれ独立して36〜126の整数であり、v、w、x、y及びzは、それぞれ独立して91〜376の整数である]
又は、式(II):
【化4】
[式中、sは81〜126の整数、tは220〜377の整数である]
で表される、(11)〜(15)のいずれか記載の高分子フィルム。
(17)ヤング率が20MPa以上、700MPa以下である、(11)〜(16)のいずれかに記載の高分子フィルム。
(18)後退接触角が60°未満である、(11)〜(17)のいずれか記載の高分子フィルム。
(19)(11)〜(18)のいずれか記載の高分子フィルムの少なくとも片面に水溶性のポリマーからなる水溶性フィルムを積層して形成された積層フィルム。
(20)(11)〜(18)のいずれか記載の高分子フィルム又は(19)記載の積層フィルムを用いた癒着防止材。
【発明の効果】
【0011】
本発明の高分子フィルムは、生体組織への付着性及び生体の動きや微細な凹凸などへの追従性に優れており、癒着防止材、創傷閉鎖材、止血材、医療機器固定材などとして有用である。
本明細書は、本願の優先権の基礎である特願2015−123855号の明細書、特許請求の範囲および図面に記載された内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例の漿膜剥離モデルマウスを用いた癒着防止能評価の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の高分子フィルムは、分岐型ポリアルキレングリコールとポリヒドロキシアルカン酸が結合した構造を有するブロック共重合体を含む。ポリヒドロキシアルカン酸は、好ましくは分岐型ポリアルキレングリコール中のポリアルキレングリコール鎖の末端に結合している。分岐型ポリアルキレングリコールは、一分子あたり3個以上の末端ヒドロキシル基を有する。本発明の高分子フィルムは、上述のブロック共重合体を、その全体の質量(後述するような水溶性の薄膜層が積層されている場合にはそれを除いた高分子フィルムのみの質量)に対して90質量%以上、特に95質量%以上含むものであることが好ましい。
【0014】
なお、本明細書において「フィルム」とは、二次元的な広がりを有する構造物、例えば、シート、プレート、不連続な膜などを含む概念である。フィルムは微小孔を有していてもよく、多孔性のフィルムであってもよい。
【0015】
また、本明細書において「生体適合性」又は「生体親和性」を有する材料とは、生体組織に対して刺激や悪影響を殆どあるいは全く与えないものをいう。より具体的には、その材料が生体組織に対して有害な物質を発生又は溶出させることがなく、その材料と接触した生体組織が、当該材料を異物と判断して炎症や血液凝固などの防御反応を示すことがないようなものを意味する。本発明の高分子フィルムは、好ましくは生体適合性を有する。
【0016】
(分岐型ポリアルキレングリコール)
分岐型ポリアルキレングリコールは、一分子あたりX個の末端ヒドロキシル基を有し、その数Xは3以上、好ましくは4以上である。分岐型ポリアルキレングリコールは、その構造は特に限定されないが、多価アルコールのヒドロキシル基のうち少なくとも一部にポリアルキレングリコール、特に直鎖ポリアルキレングリコールが結合した構造を有するものであることが好ましい。多価アルコールは、ヒドロキシル基を3以上、より好ましくは4以上有する。多価アルコールの具体例としては、グリセリン、ポリグリセリン(特にグリセリンの2〜6量体であるもの)及びペンタエリトリトール、並びにグルコース、フルクトース、キシロース、ガラクトース、マンノース、エリトロース、アラビノース、スクロース、マルトースラクトース、トレハロース、セロビオースなどの糖類が挙げられる。これらの多価アルコールは生体適合性を有するため特に好ましい。
【0017】
多価アルコールが有する全てのヒドロキシル基にポリアルキレングリコールが結合していることが好ましい。しかし、これに限られるものではなく、多価アルコールの一部のヒドロキシル基にはポリアルキレングリコールが結合していなくともよい。ポリアルキレングリコール鎖の数は、少なすぎると分子間相互作用が弱くなる一方、多すぎても立体障害が生じて、共重合の反応性やフィルム成形性、機械特性が低下すると考えられる。そのような観点から、一分子の多価アルコールに結合するポリアルキレングリコール鎖の数は3〜8の範囲であることが好ましい。より詳細には、多価アルコールが有するヒドロキシル基のうち3〜8個に直鎖ポリアルキレングリコールが結合しており、それによりポリアルキレングリコール末端のヒドロキシル基が3〜8個存在する分岐型ポリアルキレングリコールを構成していることが好ましい。
【0018】
分岐型ポリアルキレングリコールの分子量は、大きすぎると生体内での代謝を受けにくくなる一方、小さすぎるとフィルムの親水性が低下し生体適合性が低下するだけでなく、高分子フィルムの物性に影響を及ぼすおそれがある。そのような観点から、分岐型ポリアルキレングリコールの平均分子量は5000〜30000の範囲であると好ましい。
【0019】
分岐型ポリアルキレングリコールの含有比率は、少なすぎるとフィルムの柔軟性が不十分となり生体組織に追従できなくなる一方、多すぎるとフィルム製造時の製膜性が低下するのみならず、水溶性が高くなりすぎて生体にフィルムを貼り付けた後に直ちに溶解してしまうことになる。そのような観点から、ブロック共重合体の全質量に対する分岐型ポリアルキレングリコールブロックの質量比率は、1%以上、特に5%以上であって、30%以下、特に25%以下、具体的には1〜30%の範囲、特に5〜30%の範囲であることが好ましい。
【0020】
なお、分岐型ポリアルキレングリコール及び後に詳述するポリヒドロキシアルカン酸のブロック共重合体の全質量に対する質量比率及び平均分子量は、ブロック共重合体のH−NMR測定を行い、ポリアルキレングリコールとポリヒドロキシアルカン酸のそれぞれに特徴的な化学構造に由来するプロトンのケミカルシフトのシグナルの積分値、繰り返し単位に含まれる水素原子の数及び繰り返し単位の分子量から算出することができる。
【0021】
例えば、分岐型ポリエチレングリコールとポリ(乳酸−グリコール酸)共重合体から成るブロック共重合体の場合には、ポリエチレングリコールのエチレン基の4つの水素原子に由来するケミカルシフト3.4〜3.7ppmのシグナルの相対積分値がA、乳酸単位のメチル基の3つの水素原子に由来するケミカルシフト1.4〜1.6ppmのシグナルの相対積分値がB、グリコール酸単位のメチレン基の2つの水素原子に由来するケミカルシフト4.7〜4.9ppmのシグナルの相対積分値がCであった場合、ブロック共重合体の全質量に対する分岐型ポリエチレングリコール及びポリヒドロキシアルカン酸の質量比率は、各繰り返し単位の分子量44、72、58を用いて、それぞれ以下の式1及び式2で表される。また、分岐型ポリエチレングリコール及びポリヒドロキシアルカン酸の平均分子量は、ブロック共重合体の平均分子量にそれぞれの質量比率をかけることにより算出することができる。
分岐型ポリエチレングリコールの質量比率(%)=100×(44×A/4)/((44×A/4)+(72×B/3)+(58×C/2)) …式1
ポリヒドロキシアルカン酸の質量比率(%)=100×((72×B/3)+(58×C/2))/((44×A/4)+(72×B/3)+(58×C/2)) …式2
【0022】
分岐型ポリアルキレングリコールとしては、具体的には多価アルコールにポリエチレングリコール又はポリプロピレングリコールが結合したものが挙げられる。例えば、日油社から市販されている「SUNBRIGHT(登録商標) PTE」シリーズ(ペンタエリトリトールのヒドロキシル基にポリエチレングリコール鎖が結合した構造を有する)及び「SUNBRIGHT(登録商標) HGEO」シリーズ(ヒドロキシル基を8個有するポリグリセリンのヒドロキシル基にポリエチレングリコールが結合した構造を有する)を好適に用いることができる。
【0023】
(ポリヒドロキシアルカン酸)
ポリヒドロキシアルカン酸は、生分解可能なヒドロキシアルカン酸のポリマーであればよく、一種類のヒドロキシアルカン酸モノマーからなるホモポリマーであっても、あるいは二種類以上のヒドロキシアルカン酸モノマーからなるコポリマーであってもよい。ヒドロキシアルカン酸モノマーとしては、例えば乳酸や3−ヒドロキシ酪酸、グリコール酸、ε-カプロラクトンが挙げられる。ヒドロキシアルカン酸モノマーはL体又はD体のいずれであってもよく、場合によってはポリマー中にD体とL体が混在していてもよいが(DL体)、機械的強度などの物性に優れる点などからD体又はL体のみからなるホモポリマーがより好ましい。具体的には、L−乳酸又はD−乳酸のいずれかからなるポリL−乳酸又はポリD−乳酸が最も好ましい。
【0024】
ブロック共重合体中に含まれるポリヒドロキシアルカン酸の分子量は、大きすぎると親水性が低下して生体適合性が低下してしまう一方、小さすぎると分子間の相互作用が弱くなって製膜性が低下し、十分な強度を有するフィルムを得ることができなくなる。そのような観点から、ブロック共重合体中に含まれるポリヒドロキシアルカン酸の平均分子量を一分子の分岐型ポリアルキレングリコールが有する末端ヒドロキシル基の数(X)で除した値、すなわち、分岐鎖1本あたりのポリヒドロキシアルカン酸の平均分子量は、10000〜30000の範囲であることが好ましい。
【0025】
(ブロック共重合体)
本発明の高分子フィルムに含有されるブロック共重合体は、その平均分子量が高すぎると高温で溶融した際に粘度が増しフィルム製造が困難になる一方、低すぎると分子間の相互作用が弱くなって製膜性が低下し、十分な強度を有するフィルムを得ることができなくなる。そのような観点から、ブロック共重合体の平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した分子量で40000以上、200000以下、特に150000以下、具体的には40000〜200000の範囲、特に40000〜150000の範囲であることが好ましい。
【0026】
ブロック共重合体の具体例としては、下記一般式(I)又は(II)で表される構造を有するものが挙げられる。
式(I):
【化5】
ここで、式(I)中、mは、0〜4の整数であり、n、o、p、q及びrは、それぞれ独立して36〜126の整数であり、v、w、x、y及びzは、それぞれ独立して91〜376の整数である。
式(II):
【化6】
ここで、式(II)中、sは81〜126の整数、tは220〜377の整数である。
【0027】
本発明のブロック共重合体の製造において、分岐型ポリアルキレングリコールとポリヒドロキシアルカン酸の結合は任意の方法により行うことができる。例えば、ポリアルキレングリコール鎖の末端ヒドロキシル基を起点にヒドロキシアルカン酸を重合する方法や、分岐型ポリアルキレングリコールとポリヒドロキシアルカン酸とを縮合反応で結合する方法が挙げられる。本発明のブロック共重合体のなかでも、分岐型ポリアルキレングリコールが有する直鎖状のポリアルキレングリコール鎖の末端に直鎖状のポリヒドロキシアルカン酸が結合している構造を有するものが、機械的な強度が強く、最も好ましい。
【0028】
本発明のブロック共重合体は、例えば、本明細書で定義したような分岐型ポリアルキレングリコールの存在下で、ラクチドなどのヒドロキシアルカン酸の環状エステル中間体をオクチル酸スズのような触媒を用いて減圧下で開環重合させることにより得ることができる。重合反応を行うための有機溶媒中での加熱還流において条件を調整することにより水分や低分子化合物を除去する方法、あるいは重合反応終了後に触媒を失活させて解重合反応を抑制する方法などは、ポリヒドロキシアルカン酸の製造について公知のものを利用できる。例えば、得られたブロック共重合体を減圧下で熱処理をすると、未反応の環状エステル中間体を昇華させて除去することができる。
【0029】
(高分子フィルム)
本発明の高分子フィルムは、ブロック共重合体に加えて、その物性を損なわない範囲で各種の添加剤を含んでいてもよい。添加剤の量は、高分子フィルムの全質量に対して0〜5質量%の範囲であることが好ましい。添加剤としては、例えば、酸化防止剤、耐候安定剤、熱安定化剤、滑剤、結晶核剤、紫外線吸収剤、着色剤などが挙げられる。高分子フィルムには複数種の添加剤が含まれていてもよい。
【0030】
また、本発明の高分子フィルムは、上述の添加剤とは別に、その物性を損なわない範囲で無機又は有機化合物からなる粒子を含んでいてもよい。粒子の量は、高分子フィルムの全質量に対して0〜5質量%の範囲であることが好ましい。そのような粒子としては、例えば、炭酸カルシウム、二酸化チタン、二酸化ケイ素、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、アルミナ、硫酸バリウム、ジルコニア、及びリン酸カルシウムなどからなる粒子、並びに架橋ポリスチレン系粒子、金属ナノ粒子などが挙げられる。
【0031】
本発明の高分子フィルムの膜厚は、柔軟性や機械的強度、及び貼付対象への形状追従性などの観点から、10nm以上、特に50nm以上であって、1000nm以下、特に500nm以下、具体的には10〜1000nmの範囲、特に10〜500nmの範囲であることが好ましい。そのような範囲であれば、フィルム形状の保持が容易であり、さらにフィルム貼り付け時にしわが発生しにくく好ましい。
【0032】
本発明の高分子フィルムの弾性は、高すぎるとフィルムが曲がりづらくなって貼付対象への追従性が低下し、さらに付着性も低下する。そのような観点から、本発明の高分子フィルムのヤング率は700MPa以下、とりわけ100MPa以下であることが好ましい。また、フィルムの弾性が低すぎると、フィルムにコシがなくなり取扱いにくくなる。そのような観点から、本発明の高分子フィルムのヤング率は、20MPa以上、とりわけ30MPa以上であることが好ましい。具体的には、ヤング率は20〜700MPaの範囲、とりわけ30〜100MPaであることが好ましい。なお、本明細書で言及する「ヤング率」は、後に詳述するSIEBIMM(Strain-Induced Elastic Buckling Instability for Mechanical Measurements)法により測定された値を意味する。
【0033】
本発明の高分子フィルムの貼り付け対象である生体組織への付着性は、後に詳述するような、市販の皮膚モデルを用いた付着性試験により測定された値を指標とすることができる。付着強度(剥離強度)は、高すぎると組織を圧迫して炎症を誘発する一方、低すぎるとフィルムが貼付対象から剥離して位置ずれをおこし、出血や癒着の原因となってしまう可能性がある。そのような観点から、本発明の高分子フィルムの付着強度は、0.15N/cm以上、特に0.2N/cm以上であって、0.75N/cm以下、特に0.35N/cm以下、具体的には0.15〜0.75N/cmの範囲、特に0.2〜0.35N/cmの範囲であることが好ましい。本発明において、好ましい付着力を有する高分子フィルムは、親水性が高く、例えば後退水接触角が60°未満、特に50°未満、とりわけ40°未満であることが好ましい。
【0034】
本発明の高分子フィルムは、取扱い性を向上する目的で、その少なくとも片面に水溶性の薄膜層が積層されていてもよい。その水溶性の層の材料としては、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、アルギン酸、ヒアルロン酸、アセチルヒアルロン酸、プルラン、キチン、キトサンなどの水溶性ポリマーが挙げられる。水溶性の薄膜層は、フィルム、シート、織物、編物、不織布など、どのような構造のものであってもよい。そのような水溶性の薄膜層が積層された高分子フィルムは、創傷被覆材、癒着防止材、止血材、封止材、絆創膏、ライン/チューブなどの固定材、薬剤を組織経由で吸収させるための貼付担体などの医療用途に特に有用である。
【0035】
本発明の高分子フィルムは、例えば、スピンコーティング、グラビアコーティング、ダイレクトリップコーティング、スロットコーティング、コンマコーティング、インクジェット及びシルクスクリーン印刷などの公知の技術を用いて製造することができる。製造工程において高分子フィルムを支持する基材としては、例えばガラス基材、金属基材及びプラスチック基材などを用いることができ、経済性及び表面平滑性の観点からプラスチックフィルムなどのプラスチック基材が好ましい。基材は、原料ポリマーの塗布前に、接着促進処理、例えば、空気中、窒素ガス中、窒素/炭酸ガスの混合ガス、その他の雰囲気下でのコロナ放電処理、減圧下でのプラズマ処理、火炎処理、紫外線処理などを施すとより好ましい。さらに、基材は、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエチレンイミン等のアンカー処理剤を用いてアンカー処理を施してもよい。
【0036】
プラスチック基材として、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、又はポリプロピレンなどのポリオレフィンからなる二軸延伸フィルムを用いる場合、二軸延伸フィルム製膜工程後に原料ポリマーをコートするオフラインコート、あるいは二軸延伸フィルム製膜工程内で原料ポリマーをコートするインラインコートのいずれの方法で製造してもよい。
【0037】
インラインコートにより製造する場合、高分子フィルムが熱固定される前にコーティングを行うことが好ましい。従って、未延伸フィルム、長手方向又は横手方向への一軸延伸直後のフィルム、あるいは二軸延伸直後のフィルムにコーティングすることが好ましい。ここで、熱固定とは、延伸されたフィルムを延伸温度より高く、かつフィルムの融点よりも低い温度で保持する熱処理によってフィルムを結晶化させる工程を意味する。
【0038】
オフラインコートにより製造する場合、原料ポリマーを溶媒に分散させて得られた溶液を、グラビアコート、リバースコート、スプレーコート、キッスコート、コンマコート、ダイコート、ナイフコート、エアーナイフコート又はメタリングバーコートなどの方法により塗布することによりフィルムを形成することができる。オフラインコートによれば、比較的高速にフィルムの形成が可能である。
【0039】
原料ポリマーの塗膜の乾燥は、熱ロール接触法、熱媒(空気又はオイルなど)接触法、赤外線加熱法、マイクロ波加熱法などにより行うことができる。乾燥温度は、インラインコートの場合は80〜180℃の範囲内、オフラインコートの場合は60〜110℃の範囲内で行うことが好ましい。乾燥時間は、好ましくは1〜60秒、より好ましくは3〜30秒である。
【0040】
本発明の高分子フィルム及びそれを利用して得られる積層フィルムは、平面から高曲率面まで、あるいは凹凸を有する面など、様々な面に貼付可能な柔軟性を有し、生体内の、あるいは生体外であっても水分が存在する環境にある任意の組織に貼り付けることができる。そのため、外科手術で切開した皮膚や臓器の創傷に由来する癒着を防ぐ癒着防止材として、またそれら創傷を閉鎖するための創傷閉鎖材もしくは止血材として、特に有用である。また、ラインやチューブなどを患者の皮膚に固定するための固定材、あるいは薬剤を経皮又は経粘膜投与するための貼付担体などとしても利用することができ、さらに、非医療的なスキンケア用途にも応用することができる。
【実施例】
【0041】
1.原料ポリマーの調製
(実施例1)
窒素気流下において、フラスコにL−ラクチド(ピュラック・バイオ・ケム社製)75gと、脱水済みのSUNBRIGHT(登録商標)PTE−10T(4分岐型ポリエチレングリコール誘導体(ペンタエリトリトールポリエチレングリコール)、日油社製)25gを混合し、140℃に加熱して溶融させ、さらに混合した。次いで、混合物を180℃に加熱し、ジオクタン酸スズ(和光純薬工業社製)8.1mgを添加して反応させて、ブロック共重合体を得た。得られたポリマーをクロロホルムに溶解し、希塩酸で洗浄した後に大過剰のメタノール中へ滴下した。沈殿物として、GPC法による平均分子量が85000であるポリ乳酸−ポリエチレングリコールブロック共重合体を得た。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は25%であり、ポリ乳酸ブロックの平均分子量を分岐鎖数である4で除した値は15938であった。製膜時の溶媒にはジクロロメタンを用いた。
【0042】
(実施例2)
DL−ラクチド85gと、脱水済みのSUNBRIGHT(登録商標)PTE−10Tを17g混合した以外は実施例1と同様にし、GPC法による平均分子量が131000であるポリ乳酸−ポリエチレングリコールブロック共重合体を得た。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は17%であり、ポリ乳酸ブロックの平均分子量を分岐鎖数である4で除した値は27183であった。製膜時の溶媒にはジクロロメタンを用いた。
【0043】
(実施例3)
DL−ラクチドを85gと、脱水済みのSUNBRIGHT(登録商標)HGEO−50H(8分岐型ポリエチレングリコール誘導体、日油社製)15gを混合した以外は実施例1と同様にし、GPC法による平均分子量が111000であるポリ乳酸−ポリエチレングリコールブロック共重合体を得た。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は13%であり、ポリ乳酸ブロックの平均分子量を分岐鎖数である8で除した値は12071であった。製膜時の溶媒にはジクロロメタンを用いた。
【0044】
(比較例1)
ポリDL乳酸(PURAC社製,PURASORB(登録商標)PDL20、標準ポリメチルメタクリレート(PMMA)換算の重量平均分子量565000)を原料ポリマーとして用いた。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は0%である。製膜時の溶媒には酢酸エチルを用いた。
【0045】
(比較例2)
DL−ラクチド75gと、脱水済みのSUNBRIGHT(登録商標)HGEO−10T(8分岐型ポリエチレングリコール誘導体、日油社製)17gを混合した以外は実施例1と同様にし、GPC法による平均分子量が88400であるポリ乳酸−ポリエチレングリコールブロック共重合体を得た。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は25%であり、ポリ乳酸ブロックの平均分子量を分岐鎖数である8で除した値は8288であった。製膜時の溶媒にはジクロロメタンを用いた。
【0046】
(比較例3)
L−ラクチド50gと、脱水済みのSUNBRIGHT(登録商標)MEH−20T(非分岐ポリエチレングリコール誘導体(メトキシポリエチレングリコール)、日油社製)50gを混合した以外は実施例1と同様にし、GPC法による平均分子量が83000であるポリ乳酸−ポリエチレングリコールブロック共重合体を得た。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は50%であり、ポリ乳酸ブロックの平均分子量を分岐鎖数である1で除した値は41500であった。製膜時の溶媒にはジクロロメタンを用いた。
【0047】
(比較例4)
L−ラクチド45gと、脱水済みのSUNBRIGHT(登録商標)MEH−20T(非分岐ポリエチレングリコール誘導体(メトキシポリエチレングリコール)、日油社製)50g、さらにグリコリド(ピュラック・バイオ・ケム社製)15gを混合した以外は実施例1と同様にし、GPC法による平均分子量が84500であるポリ(乳酸/グリコール酸)−ポリエチレングリコールブロック共重合体を得た。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は50%であり、ポリ乳酸ブロックの平均分子量を分岐鎖数である1で除した値は42250であった。製膜時の溶媒にはジクロロメタンを用いた。
【0048】
(比較例5)
L−ラクチド45gと、脱水済みのSUNBRIGHT(登録商標)DKH−20T(ポリエチレングリコール、日油社製)、さらにグリコリド20gを混合した以外は実施例1と同様にし、GPC法による平均分子量が187200であるポリ(乳酸/グリコール酸)−ポリエチレングリコール−ポリ(乳酸/グリコール酸)ブロック共重合体を得た。全質量に対するポリエチレングリコールブロックの質量比率は33%であり、ポリ(乳酸/グリコール酸)ブロックの平均分子量を分岐鎖数である2で除した値は62712であった。製膜時の溶媒にはジクロロメタンを用いた。
【0049】
2.製膜法
(1)スピンコーティング法
(i)基材
KST World社製のP型シリコンウェーハ(直径100±0.5mm、厚さ525±25μm、酸化膜200nm、結晶の面指数:100)を、40mm×40mmのサイズにカットして使用した。使用の前に、硫酸と過酸化水素水を体積比3:1で混合した溶液にシリコン基板を10分間浸漬した後、脱イオン水(抵抗率18Ωcm)にて洗浄した。
【0050】
(ii)製膜
まず、シリコン基板上に2重量%ポリビニルアルコール(PVA)水溶液を用いてスピンコート(4000rpm、20秒、Opticoat(登録商標)MS−A150、ミカサ社製)を行い、水溶性フィルムを形成した。次に、その上に実施例及び比較例に示したポリマーを溶解させた溶液を用いてスピンコート(4000rpm、20秒)を行って所望の厚さの高分子フィルムを形成し、シリコン基板上に水溶性フィルムと高分子フィルムとが積層された積層フィルムを得た。
【0051】
積層フィルムをシリコン基板ごと水中に浸漬させて水溶性フィルムを溶解させて、高分子フィルムを剥離させ、高分子フィルムの自己支持性を評価した。水中で剥離した高分子フィルムは、ワイヤーループを用いて掬い取った後、ポリスチレンディッシュ上でキャスト法により作製したプルランフィルム(膜厚10μm程度)にエタノールを介して貼り合わせて乾燥させた。得られたプルランフィルムに支持された高分子フィルムを癒着防止能評価に用いた。
【0052】
(2)グラビアコーティング法
マイクログラビア印刷装置(康井精機社製、ミニラボ装置)を用い、12cm幅のポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(Lumirror(登録商標)タイプT60、東レ社製、厚み25μm)の片面に、2重量%のPVA水溶液を用いて水溶性フィルムを形成した。その上に、実施例及び比較例に示したポリマーを溶解させた溶液を用いて所望の厚さの高分子フィルムを形成し、PETフィルム上に水溶性フィルムと高分子フィルムが積層された積層フィルムを得た。ミニラボ装置の条件は、グラビアロールの回転速度30rpm、ライン速度1.3m/分とし、乾燥温度は、酢酸エチル溶媒の場合は80℃、ジクロロメタン溶媒の場合は室温とした。積層フィルムを水中に浸漬させて水溶性フィルムを溶解させ、PETフィルムから高分子フィルムを剥離した。得られた高分子フィルムを、ヤング率、接触角、及び付着性の測定に用いた。
【0053】
3.フィルム特性の評価
(1)ブロック共重合体の平均分子量
フィルム原料であるブロック共重合体の平均分子量は、以下の条件でゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)を行うことにより測定した。
カラム:Shodex(登録商標) HFIP−G(1本)、HFIP−606M(2本)(いずれもShodex社製)
溶媒:ヘキサフルオロイソプロパノール(5mM トリフルオロ酢酸ナトリウム添加)
流速:0.2mL/min
カラム温度:40℃
試料調製:試料約1mgに溶媒2mLを加え、室温で緩やかに攪拌した後(試料濃度約0.05w/v%)、0.45μmフィルターを用いて濾過を行った。
注入量:0.020mL
標準試料:単分散ポリメチルメタクリレート
検出器:示差屈折率検出器RI(RI−104型、昭和電工社製、感度32)
【0054】
(2)ポリアルキレングリコールブロック及びポリヒドロキシアルカン酸ブロックの質量比率及び平均分子量
ブロック共重合体を構成するポリアルキレングリコールブロック及びポリヒドロキシアルカン酸ブロックの質量比率及び平均分子量は、ブロック共重合体のH−NMR測定を行い、本明細書に記載した方法に従って算出した。
【0055】
(3)自己支持性
実施例1〜3及び比較例1〜5の原料ポリマーを用いてスピンコーティング法で作製したフィルムの自己支持性の評価を行った。その結果を表1に示す。ここでフィルムの「自己支持性」とは、フィルムが形状を維持するのに支持体を必要としない性質を意味するものとする。より具体的には、高分子フィルムを水に浮遊させ、気液界面において3時間経過させた際に、膜厚の減少率が10%以下の場合は自己支持性あり、高分子フィルムが膨張し、膜厚の減少率が10%超の場合は自己支持性なしとして評価した。
【0056】
比較例3及び4の原料ポリマーを用いて得られた高分子フィルムは、水中で膜としての存在を確認できなかった。比較例2及び比較例5の原料ポリマーを用いて得られた高分子フィルムは、3時間経過後において製膜時より膜面積が大きくなり、かつ膜厚が大幅に減少しており、膜安定性に劣っていた。その他の実施例1、2及び3並びに比較例1の原料ポリマーを用いて得られた高分子フィルムは、膜面積及び膜厚の変化はほとんど観察されず、3時間経過後も気液界面において安定に存在していた。
【表1】
【0057】
(4)フィルム膜厚の測定
実施例1、2及び3並びに比較例1の原料ポリマーを用いてグラビアコーティング法により作製したフィルムの膜厚を測定した。測定は、原子間力顕微鏡(ナノスケールハイブリッド顕微鏡VN−8000、キーエンス社製、タッピングモード)にて、高分子フィルムの一領域(100μm×25μm)を観察することにより行った。
【0058】
(5)ヤング率
実施例1、2及び3並びに比較例1の原料ポリマーを用いてグラビアコーティング法により作製した高分子フィルムのヤング率を測定した。ヤング率はSIEBIMM(Strain-Induced Elastic Buckling Instability for Mechanical Measurements)法を用いて、以下のようにして測定した。
【0059】
3cm角のポリジメチルシロキサン(PDMS)(Sylgard184(登録商標)、東レダウ・コーニング社製)を3.6cm角のテフロン(登録商標)基板上で一方向を3.6cmに引き延ばし、その上に測定対象の高分子フィルムを貼り付けた。PDMS基材が貼付された高分子フィルムごと元の形に戻る際の力を利用して高分子フィルムにしわを形成させて、しわの間隔を測定し、下記の式3に従ってヤング率を算出した。
【数1】
:測定サンプルのヤング率
:PDMS基材のヤング率(1.8MPa)
:測定サンプルのポアソン比(0.33)
:PDMS基材のポアソン比(0.5)
λ :しわの波長
h :測定サンプルの膜厚
【0060】
フィルム膜厚及びヤング率の測定結果を表2にまとめた。ポリエチレングリコールブロックの質量比率が25%である実施例1のポリマーからなる高分子フィルムは、ポリエチレングリコールブロックを有しない比較例1のポリマーからなる高分子フィルムと比較して小さなヤング率を示した。なお、実施例2及び3のポリマーからなる高分子フィルムは、今回採用した手法ではヤング率が算出できなかったものの、高分子フィルムに生じたしわが速やかに消失していく様子が観察されたことから、それらと同程度である312nmの膜厚を有する実施例1のポリマーからなる高分子フィルムのヤング率64MPaよりも低い値を有し、また、高分子フィルムが十分な取扱い性を有していたことから、20MPa以上であると推察された。
【表2】
【0061】
(6)接触角
シリコン基板に本発明の高分子フィルムを掬い取り、室温にて終夜乾燥させた。その高分子フィルム表面に水滴(4μl)を滴下し、デジタルマイクロスコープ(朝日光学社製、MS−200)で真横から接触角を観察した。水滴滴下30秒後の接触角を静的接触角、水滴の水の蒸発に伴って液滴の界面が後退するときの接触角を後退接触角と定義して、それぞれ測定した。
【0062】
グラビアコーティング法により作製した実施例1、2及び3、並びに比較例1のポリマーからなる高分子フィルムの測定結果を表3にまとめた。静的接触角はいずれの高分子フィルムにおいてもほぼ同様の値であったが、後退接触角については、ポリエチレングリコールブロックを含有する実施例1、2及び3のポリマーからなる高分子フィルムでは、ポリエチレングリコールブロックを有しない比較例1のポリマーからなる高分子フィルムよりも小さく、濡れ性が向上していることがわかった。
【表3】
【0063】
(7)付着性試験
腕模型「バイオスキン」(肌模型No.47、ビューラックス社製)の表面に、1×1cmのサイズの高分子フィルムを貼り付けた。6時間経過後に、その上から市販の様々な接着テープを貼り付けた後、約60°の角度で剥離した。高分子フィルムが剥離しなかった場合は高分子フィルムの被着体への付着強度が高い、接着テープと一体となって高分子フィルムが剥離した場合は高分子フィルムの被着体への付着強度が低いと判断した。試験結果は、高分子フィルムの剥離割合が65%以上のものを「5」、35〜65%のものを「4」。15〜35%のものを「3」、5〜15%のものを「2」、5%以下のものを「1」、剥離がみられないものを「0」として評価した。粘着テープの粘着力は、日本工業規格JIS Z 0237に記載の90°引き剥がし試験によって算出された値を用いた。
【0064】
実施例1、2及び3並びに比較例1の原料ポリマーを用いて得られた高分子フィルムの付着性試験の結果を表2に示す。ヤング率が100MPa以下であった実施例1、2及び3のポリマーからなる高分子フィルムは、ヤング率が100MPa超であった比較例1のポリマーからなる高分子フィルムと比較して高い付着性を示した。
【表4】
【0065】
(8)漿膜剥離モデルマウスを用いた癒着防止能評価
週齢11−12週の雌性マウス(C57BL6系統、体重22〜25g、日本クレア社製)をエーテル麻酔下にて開腹した。側腹部の腹壁をピンセットにて持ち上げ、鋏でΦ1mmの円形に腹膜を欠損させた。水溶性フィルム(プルランフィルム)と高分子フィルムが積層された積層フィルムを創傷部に配置し、生理食塩水にて水溶性フィルムを溶解させて、高分子フィルムを創傷部に貼付けた。溶解操作は、ウエスにより水分を除去しながら行った。比較群として、市販の癒着防止フィルムであるセプラフィルム(登録商標、科研製薬社製)貼付群(陽性対照)及び被覆材未貼付群(陰性対照)を用いた。
【0066】
術後1週間後に再度開腹し、創部と他臓器間の癒着程度を、下記の1から5の5段階の癒着スコアを用いて評価した。評価結果を図1のグラフにまとめた。
スコア1:癒着が無い
スコア2:癒着はあるが重力等で容易に剥離ができる
スコア3:鈍的剥離が必要
スコア4:鋭的剥離が必要
スコア5:剥離の際に組織が欠損する
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書中にとり入れるものとする。
図1