(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記熱延板焼鈍工程において、連続焼鈍で行い、その連続焼鈍は、焼鈍温度を800〜1100℃で行い、次いで400℃まで1℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する請求項7または9に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1や特許文献2に提示されているように、抗菌剤を配合した樹脂を表面に塗布したり、抗菌成分を含むめっき層を施した場合は、ステンレス鋼特有の表面光沢が失われる。そのため、表面光沢が求められる用途においては商品価値が失われてしまう。更に、抗菌性樹脂皮膜や抗菌成分を含むめっき層は、プレス加工時や使用時に割れたり、欠けたりして損傷を受けやすいことに加え、湿潤雰囲気に曝された場合には抗菌性成分が溶出し、外観が劣化するばかりか、本来の抗菌作用が失われてしまう。
【0010】
また、ステンレス鋼材自体に抗菌性を持たせている上記特許文献3〜特許文献5においても、課題が存在した。つまり、特許文献3と特許文献4に開示されている交番電解処理法は、電析によりCuをステンレス鋼の表面に析出させるものである。したがって、鋼表面からCuが剥がれ落ちやすく、例えば、表面をワイヤーブラシ、スチールタワシなどでこすると表面のCuが削られて、抗菌性が低下するという欠点があった。
【0011】
また、特許文献5のような表面Cu濃度を一定値以上に制御すれば抗菌性が得られると開示した従来技術について本発明者らが検討したところ、これら従来技術では同じ板面内の板幅方向において、抗菌性に大きなバラつきが生じる可能性があることが分かった。即ち、従来技術の方法で得られる抗菌ステンレス鋼は、その板面内で抗菌性が良好な箇所もあれば不良な箇所も存在しやすいことが分かり、抗菌性を付与した最終製品に供する場合に、歩留まりが悪化してしまうことが分かった。
【0012】
このように、従来開示されているステンレス鋼自体に抗菌性を発現させる技術は、抗菌性が低下しやすかったり、歩留まりの点で不満が残るものであった。
【0013】
また、フェライト系ステンレス鋼鈑に軟質化も求められる場合、硬さの制御が必要である。上述した硬さに関する従来技術には、以下の課題がある。
特許文献6に記載されているフェライト系ステンレス鋼は、Cu濃度が0.66〜1.08%で、Hvが190以下のものである。しかし、特許文献6に記載のフェライト系ステンレス鋼は後述する本発明の(a)式は満たしておらず、軟質化に加えて高い耐食性をも求められる場合に対応することが出来ないものであった。
【0014】
特許文献7は、Cuクラスタリングを5nm以下に制御し靭性を向上させるために、熱延後から巻き取りまでの冷却速度を3℃/s以上と規定しているものの、冷延素材の軟質化に関する技術は開示されていない。
【0015】
以上のように、Cu含有フェライト系ステンレス鋼について、抗菌性と軟質化を両立する技術はこれまで開示されていない。
そこで本発明では、抗菌性と軟質化を両立するフェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記抗菌性の課題を解決するため、本発明者らは板面内で抗菌性が良好な箇所と不良な箇所の違いを鋭意検討した。その結果、以下の知見を得た。
【0017】
(i)抗菌性を発現させるためには、鋼表面のCu濃化層のCu最大濃度は、最低限10質量%以上が必要である。
(ii)また、鋼表面のCu濃度制御は抗菌性発現に必要な条件ではあるが、それだけで十分ではないことが分かった。つまり、本発明者らの評価結果によれば、鋼表面のCu最大濃度が10質量%以上であっても、抗菌性が不良な場合が存在していた。これは、鋼表面のCu最大濃度以外に抗菌性発現の因子が存在することを意味しており、従来においてはそれらを掴めていなかったために、板面内で抗菌性のバラつきが大きくなってしまっていたものと推測された。そこで、本発明者らが、その因子を探るべく、更に鋼表層部の成分組成にまで視野を広げて調査を行ったところ、抗菌性は鋼表面のCu濃化層の主要成分であるFe,Crの存在状態とも強く関係していることを知見した。鋼表面のCu濃化層のCuは、抗菌性を左右する因子であるが、そのCuが鋼表面より溶け出して、菌の細胞活動を低下させることで、抗菌性発現と評価される。そのため、Cu濃化層中のCu周辺に存在するFeやCrとの関係は、抗菌性に大きく影響すると想定された。抗菌性を安定して得るためには、従来知られていたCu濃化層のCu最大濃度に加え、更にFe/Cr比を制御することが必要であると分かった。
(iii)更に、本発明者らの評価結果によれば、鋼表面のCu最大濃度が18質量%以上であれば、Fe/Cr比を制御しなかったとしても、抗菌性が不良な箇所は見当たらず、十分な抗菌性が得られることが分かった。
【0018】
また、前記の抗菌性を有する素材(鋼板)を軟質化するため、本発明者らは更に、Cu含有フェライト系ステンレス鋼板の硬さに及ぼす熱処理の影響を鋭意検討した。具体的には、Cuの固溶・析出形態とそれらに及ぼす熱処理(加熱・冷却条件)について種々検討し、以下の知見を得た。
【0019】
(a)硬質材と軟質材の組織比較より、Cuの析出形態に大きな違いが見られた。硬質材には、10〜100nmの微細Cu粒子が観察された。一方、軟質材にはCu析出が殆んど見られなかった。軟質材のCuはフェライトに固溶しているが、その固溶強化による硬化代は小さい。従って、硬化の主たる要因はCuの析出強化に起因すると考えられ、その析出抑制が軟質化に有効である。
なお上記Cu析出物の大きさはnmスケールであり、微小領域の組織観察に適したTEM(透過型電子顕微鏡)を用いて組織観察した。試料調整として、電解研磨法により薄膜試料を作成し、TEMにより最大20万倍まで拡大観察して、Cu析出物を観察した。
(b)Cu析出抑制により軟質化させるために、1.5%Cu含有フェライト系ステンレス鋼を基にして、軟質化に対して効果的な熱処理条件(下記(b−1)、b−2))を見出した。またこの熱処理条件は、Cu:0.3〜1.7質量%であるフェライト系ステンレス鋼でも同様に、軟質化に対して効果的である。
(b−1)仕上げ焼鈍について、溶体化温度を900〜1100℃とし、500℃未満まで冷却することで、硬さHvに関する下記(a)式を満たして軟質化することを知見した。900〜1100℃の溶体化温度は、Cu析出を再固溶するため、軟質化に有効と考えられる。また、3℃/s以上の平均冷却速度もCu析出を抑制する。
Hv≦40×(Cu−0.3)+135 ・・・ (a)
逆に、上記(a)式を満たさない場合、鋼中にはCu析出物が高密度で観察される。たとえ、Hv190以下に軟質化されていても、このように析出したCuは耐食性を低下させる。
(b−2)熱延板焼鈍についても、Cu析出を抑制する観点から、バッチ焼鈍ではなく連続焼鈍で行い、800〜1100℃加熱後400℃まで1℃/s以上の平均冷却速度で冷却する。これにより、本発明の規定する硬さに関する上記(a)式を満たす範囲で軟質化できる。
なお、本発明で規定するCu析出物は十分に小さいものが殆どであり、10〜1000nm程度の粗大な析出物は一部に観察される程度である。一方、従来技術では、抗菌性や高温特性改善のためにCu析出物を制御しているものの、その大きさは殆どが10〜1000nmであり、また析出密度が非常に高いものである。
【0020】
本発明は、以上の知見を基に得られたものであって、その内容は以下の通りである。
(1)質量%で、
C:0.050%以下、Cr:10.0〜30.0%、Si:2.00%以下、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Mn:2.00%以下、N:0.050%以下、Ni:2.0%以下、およびCu
:0.3〜1.7%を含有
し、残部がFe及び不可避不純物からなり、ステンレス鋼板の表面にCu濃化層が形成され、前記Cu濃化層のCu最大濃度Cmが10.0質量%以上であり、前記Cu最大濃度Cmを示す鋼板表面からの深さ位置におけるFe/Cr比が2.4以上であ
り、前記ステンレス鋼板の断面硬度がビッカース硬度スケールで下記(a)式を満たす抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
Hv硬さ≦40×(Cu−0.3)+135・・・(a)
(2)質量%で、
C:0.050%以下、Cr:10.0〜30.0%、Si:2.00%以下、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Mn:2.00%以下、N:0.050%以下、Ni:2.0%以下、およびCu0.1%以上
2.0%以下含有
し、残部がFe及び不可避不純物からなり、ステンレス鋼板の表面にCu濃化層が形成され、前記Cu濃化層のCu最大濃度Cmが18.0質量%以上である抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(3)前記Cuが、質量%で0.3〜1.7%であり、
前記ステンレス鋼板の断面硬度がビッカース硬度スケールで下記(
b)式を満たす前
記(2)に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
Hv硬さ≦40×(Cu−0.3)+135 ・・・ (
b)
(4)質量%で、更に、Ti:0.50%以下、Nb:1.00%以下、の1種又は2種以上を含有する前記
(1)〜(3)の何れか一項に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(
5)質量%で、更に、Sn:1.00%以下、Mo:1.00%以下、Al:1.000%以下、Mg:0.010%以下、Co:1.000%以下、V:0.50%以下、Zr:0.10%以下、REM:0.100%以下、La:0.100%以下、B:0.0100%以下、Ca:0.010%以下、の1種又は2種以上を含有する前記
(1)〜(4)の何れか一項に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(
6)金属製コイン用である前記(1)〜(
5)の何れか1つに記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(
7)熱間圧延工程、
熱延板焼鈍工程、冷間圧延工程、
仕上げ焼鈍工程及び仕上酸洗工程とを含むステンレス鋼板の製造方法であって、該ステンレス鋼板が、前記(1)
、(4)、(5)の何れか1つに記載の成分組成を有し、該仕上酸洗工程が、5.0〜35.0質量%硫酸水溶液に浸漬する酸洗工程と、1.0〜15.0質量%の硝酸と0.5〜5.0質量%の弗酸水溶液とを含む酸液に浸漬する酸洗工程とを含
み、該仕上げ焼鈍工程が、焼鈍温度900〜1100℃で行い、400℃まで3℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する工程を含むものである
前記(1)、(4)〜(6)の何れか一項に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
(
8)
熱間圧延工程、冷間圧延工程、及び仕上酸洗工程とを含むステンレス鋼板の製造方法であって、該ステンレス鋼板が、前記(2)〜(5)の何れか1項に記載の成分組成を有し、該仕上げ酸洗工程が、5.0〜35.0質量%硫酸水溶液に浸漬する酸洗工程と、1.0〜15.0質量%の硝酸と0.5〜5.0質量%の弗酸水溶液とを含む酸液に浸漬する酸洗工程とを含み、前記熱間圧延工程を、加熱温度1150〜1300℃、仕上げ圧延温度800〜1000℃、巻取り温度600℃以下で行う前記
(2)〜(6)の何れか一項に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
(
9)更に熱延板焼鈍工程、及び仕上げ焼鈍工程を含み
、該仕上げ焼鈍工程が、焼鈍温度900〜1100℃で行い、400℃まで3℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する工程を含むものである前記(8
)に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
(
10)前記熱延板焼鈍工程において、連続焼鈍で行い、その連続焼鈍は、焼鈍温度を800〜1100℃で行い、次いで400℃まで1℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する前記
(7)または(9)に記載の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板、及び、その製造方法によれば、良好な抗菌性を板面内全域に渡って発揮するため、従来以上に良好な抗菌性を歩留まり良く得ることが出来る。また、本発明の望ましい形態によれば、鋼表面のCu最大濃度を従来に例を見ない程高濃化することが出来、これによって更に良好な抗菌性を得ることが出来る。また、フェライト系ステンレス鋼のCu含有量0.3〜1.7%を制限するとともに、熱延板焼鈍及び仕上げ焼鈍の条件を制御することで十分に軟質化を図ることが可能となり、優れた抗菌化と両立させることができる。これらの特徴を有する本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、例えば金属製コインとして好適に用いることが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態である抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法について詳細に説明する。なお、特に注記しない限り、元素の含有量%は質量%を意味する。
【0024】
第1実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、質量%で、Cuを0.1%以上5.0%以下含有し、ステンレス鋼板の表面にCu濃化層が形成され、Cu濃化層のCu最大濃度Cmが10.0質量%以上であり、Cu最大濃度Cmを示す鋼板表面からの深さ位置におけるFe/Cr比が2.4以上のフェライト系ステンレス鋼板である。
また、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、質量%で、Cuを0.1%以上5.0%以下含有し、ステンレス鋼板の表面にCu濃化層が形成され、Cu濃化層のCu最大濃度Cmが18.0質量%以上のフェライト系ステンレス鋼板である。
【0025】
第1実施形態または第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板においては、質量%で、更に、C:0.050%以下、Cr:10.0〜30.0%、Si:2.00%以下、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Mn:2.00%以下、N:0.050%以下、Ni:2.0%以下を含有するものであってもよい。
【0026】
また、第1実施形態または第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板においては、質量%で、更に、Ti:0.5%以下、Nb:1.00%以下の1種又は2種を含有していてもよい。
【0027】
更にまた、第1実施形態または第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板においては、質量%で、更に、Sn:1.00%以下、Mo:1.00%以下、Al:1.000%以下、Mg:0.010%以下、Co:1.000%以下、V:0.50%以下、Zr:0.10%以下、REM:0.100%以下、La:0.100%以下、B:0.0100%以下、Ca:0.010%以下の1種又は2種以上を含有していてもよい。
【0028】
ここで、Cu濃化層とは、フェライト系ステンレス鋼板の表層のうち、フェライト系ステンレス鋼板における平均Cu濃度よりも高いCu濃度を示す領域をいう。具体的には、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板を、グロー放電発光分析(GDS)により、鋼板表面より約800nmの深さまで、酸洗工程によって表面に濃化する元素や酸化物を構成する元素を検出する。検出元素について詳細は、後に述べる。O,Fe,Cr,Si,Mn,Nb,Ti,Al,Cuの濃度分布を測定すると、Cu、Fe、Crは、例えば
図2に示すように深さ方向での濃度分布を示す。
図2では、表面から深さ30nmまでのCu濃度が、30nm超の深さのCu濃度より大きくなっている。
図2において30nm超の深さのCu濃度はステンレス鋼板の平均Cu濃度とみなすとすると、
図2におけるCu濃化層は、表面から深さ30nmまでの領域となる。Cu濃化層はこのようにして決めればよい。
【0029】
また、GDS分析により求められるCu濃度は、O,Fe,Cr,Si,Mn,Nb,Ti,Al,Cuの合計量に対するCuの濃度で表される。Cu濃化層のうち、Cu濃度が最大となる濃度をCu最大濃度Cmとする。更に、Cu最大濃度Cmを示す鋼板表面からの深さにおけるFe濃度とCr濃度の比を本実施形態ではFe/Cr比という。
図2の例では、Cu最大濃度Cmは75.0%であり、Fe/Cr比は2.9である。
【0030】
O,Fe,Cr,Si,Mn,Nb,Ti,Al,Cuは、酸洗工程によって表面に濃化する元素や酸化物を構成する元素なので、Cu濃度を算出するために用いた。
【0031】
なお、P,S,N,Niは、酸洗工程による表面濃化や、酸化物を構成して表面に濃化することが無いため、Cu濃度算出の際に考慮はしないことにする。
【0032】
Ti、Nb、Alは、本発明における任意添加元素であるが、酸化物を構成する元素であるため、Cu濃度算出の際に考慮する。これらの元素が含有されない場合は、これらの元素の濃度が0%としてCu濃度を算出する。
【0033】
また、Cは汚染元素であるため、GDS分析で検出した後、Cを除いてCu濃度を算出することにする。
【0034】
次に、フェライト系ステンレス鋼板のCu含有量について説明する。
Cuは、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板において抗菌性を向上させるための最も重要な元素である。本実施形態ではCu濃化層のCu最大濃度Cmを10.0%以上にすることが必要であるが、鋼のCu含有量が0.1%未満の場合は、後述する本実施形態の製造方法を適用したとしても10.0%以上のCm値を得ることが出来ない。そのため、下限を0.1%とした。一方、Cu含有量が多すぎると製造過程において鋳片の割れが発生するため、上限を5.0%以下とした。好ましくは0.1〜1.7%であり、最も好ましくは0.2〜1.5%である。
【0035】
本実施形態において抗菌性を得るためには、鋼の表層の元素分布を厳密に制御する必要がある。まず、鋼表面のCu濃化層のCu最大濃度Cmを10.0%以上にする必要がある。10.0%に満たない場合、他の規定が満足されても抗菌性は発現しない。好ましくは11.0%以上、更に好ましくは、18.0%以上である。一方、Cu最大濃度Cmはいくら高くても抗菌性に悪影響を及ぼすことはないため、その上限は規定しない。
【0036】
また、種々抗菌性と鋼表層状態の関係を検討した結果、Cu最大濃度Cmに応じて、鋼表層のCu濃化層の主要成分であるFe、Crの存在状態を適切に制御する必要があることを発見した。そこで、Cu最大濃度CmとFe/Cr比とについて、
図3のグラフを用いてさらに説明する。
図3は、後述する実施例の表2〜表15における試験No.1〜551のデータのうち、Cu最大濃度Cm:5〜40質量%付近、Fe/Cr比:1〜6付近のデータを中心に抽出してプロットしたものであって、Cu最大濃度Cm、Fe/Cr比及び抗菌性評価との関係を調査した結果を示すグラフである。
図3のグラフ中の「○」は抗菌性が優れていたもの(本発明実施例)、「●」は抗菌性が特に優れていたもの(本発明実施例)、「×」は抗菌性が不良であったもの(本発明比較例)を示す。
【0037】
(A)Cu最大濃度Cmが10.0%以上18.0%未満の場合(第1実施形態のステンレス鋼板)
第1実施形態のフェライト系ステンレス鋼板においては、Fe/Cr比を2.4以上にすることが必要である。
図3に示すように、Fe/Cr比が2.4未満では、Cu最大濃度Cmが10.0%以上であっても抗菌性が発現されない。この理由は不明であるが、本発明者らの推定では、Fe/Cr比が2.4以上になることでFeとCrの結合が不安定になり、Cu濃化層中のCuも不安定になると考えられる。Cuは常温でFe,Crに比べて酸化されにくい、つまり酸素との結合を好まない元素である。Fe,Crが不安定状態の場合、FeやCrと結合されていた酸素が結合を解かれるため、Cu周辺の酸素量が増加する。よって、酸素との結合を嫌うCuは鋼表面からイオンとして水中に溶け出しやすくなると考えられる。イオンとして溶け出したCuは、菌の細胞活動を低下させるため、抗菌性を発現する。そのため、鋼表層のFe/Cr比を上記範囲内にすることで抗菌性発現に至るのではないかと考えている。Fe/Cr比は2.6以上9.5以下がより好ましく、3.0以上9.0以下更に好ましい。なお、Cu最大濃度Cmを10.0%以上にするとともにFe/Cr比を2.4以上にするには、後述する本実施形態の製造方法において酸洗条件を制御すればよい。
【0038】
(B)Cu最大濃度Cmが18.0%以上の場合(第2実施形態のステンレス鋼板)
本発明のフェライト系ステンレス鋼板においては、Cu最大濃度Cmを高めることによって、更に抗菌性が向上する。具体的には第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の如く、Cu最大濃度Cmを18.0%以上に制御すると、抗菌性が更に向上する。
図3のグラフからも明らかなように、第1実施形態と比べてCu最大濃度Cmが更に高い18.0%以上の場合は、Fe/Cr比を特に制御する必要が無い。この理由は不明であるが、本発明者らの推定では、Cu最大濃度Cmが18.0%以上になると、鋼表層のCu濃化層のCu濃度が大きくなる一方でFe濃度及びCr濃度が低下し、これにより、Cu濃化層のFeやCrの影響が小さくなるためと考えている。そのため、Fe/Cr比と関係なく、Cu濃化層のCuは鋼表面よりイオンとして水中に溶け出し、菌の細胞活動を低下させるため、抗菌性を発現すると推測される。
【0039】
なお、Cu最大濃度Cmを18.0%以上にするためには、後述する本実施形態の製造方法において、酸洗条件とともに圧延条件を制御すればよい。なお、鋼表層に過度にFeが多いと、フェライト系ステンレス鋼板の耐腐食性を低下させるため、Fe/Crを10.0以下とすることが好ましい。一方、鋼表層に過度にFeが少ないと、鋼表面に比較的多く存在するCrが酸化されやすい状態となるため、Fe/Crを0.4以上とすることが好ましい。Fe/Crの好ましい範囲は0.4〜10.0であり、更に好ましくは0.5〜9.5である。
【0040】
(フェライト系ステンレス鋼板の軟質化)
上記のように鋼表面のCu制御による抗菌性発現に加えて、軟質化を図る場合には、仕上げ焼鈍でのCu析出抑制が効果的である。以下、第1、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板における軟質化を図る具体的条件等について説明する。
まず、抗菌性と軟質化を両立するには、Cu含有量を0.3〜1.7%とすることが好ましい。Cu含有量が0.3%未満では、Cu固溶限を十分に下回るため、Cu析出による硬化がほとんど生じない。一方、C含有量が1.7%超では、Cu析出を抑制しても、Cuの固溶強化による硬化代が大きいために、本発明で規定する軟質化を達成するのが難しい。
Cuの析出形態としては、Cu含有量等にも影響されるが、10〜100nmの粒状もしくはロッド状である。硬質なステンレス鋼板は、Cu析出物の大きさにばらつきがあるものの、Cu析出密度の多いことを特徴とする。他方、軟質なステンレス鋼板では、Cu析出密度が小さく、その析出サイズも小さい。よって、Cu析出が硬化の主要因と考えられた。それを確かめるために、硬質なステンレス鋼板を素材として本発明で規定する条件で再熱処理し、熱処理前後での組織を比較した。その結果、同一成分でも硬質材と比べて、軟質材の方がCu析出密度も小さくなり、Cu析出サイズも小さくなるという差異が見られた。
またこのような軟質化のためのCu析出制御は、Cuを再固溶し、冷却過程で極力Cuを析出させないことが重要である。それに係る因子として、溶体化温度や冷却速度があり、後述の熱延板焼鈍条件及び仕上げ焼鈍条件に従って製造することで、軟質化を達成した。
本発明の軟質なステンレス鋼板の断面硬度は、ビッカース硬度スケールで、下記(a)式を満たす。なお(a)式は、種々行ったビッカース硬度測定結果を、各軸をCu濃度とビッカース硬度としたグラフにプロットした上で各プロットを耐食性の評価結果によって分類した結果、ビッカース硬度(Hv硬度、またはHvともいう)が190以下であると共に耐食性も具備する範囲として導くことが出来たものである。(a)式を満たさない場合、たとえHvが190以下と軟質であっても耐食性が劣化する。これは恐らくCuが過剰に析出したためであると推測される。
Hv硬さ≦40×(Cu−0.3)+135・・・(a)
なお、(a)式中の「Cu」は含有量(質量%)を示す。
【0041】
次に、第1、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の他の化学成分について説明する。本発明の本質的な特徴は、上述したように鋼板の表層における元素濃度分布の制御にある。以下、耐食性、加工性や製造性など、抗菌性以外の要素まで考えた場合に使用可能な鋼の成分組成について記載するが、抗菌性ステンレス鋼板として本発明の課題を解決するに当っては、その成分組成は下記の成分に限定されるものではない。
【0042】
Cは、溶解原料等から不可避的に混入してくる不純物元素であり、少ない方が望ましく下限値は設けない。C量が0.050%を超えると、鋼の靱性および冷間加工性を悪化するため、上限を0.050%以下とするのがよい。C量は好ましくは、0.040%以下で、更に好ましくは0.020%以下とする。また、C量を過度に低減させることは製造コストの増加につながるため、0.001%以上にすることが好ましい。
【0043】
Crは、耐食性および耐高温酸化性の向上のため、10.0%以上の添加が必要である。一方、Cr量が30.0%を超えると成形性が劣化する可能性があるので、10.0〜30.0%の範囲とするのがよい。Cr量は好ましくは12.0〜27.0%であり、最も好ましくは13.0〜25.0%である。
【0044】
Siは、脱酸元素として作用し、また耐高温酸化性を向上させる。この効果を得るためには、Siを0.01%以上含有させればよい。しかし、Siを多量に添加すると鋼板が硬質化して延性が劣化する場合がある。したがって、Si含有量を2.00%以下とするのがよい。Si量は好ましくは0.01〜1.50%であり、更に好ましくは0.10〜1.20%である。
【0045】
Pは、原料から不可避的に混入する元素である。Pは粒界偏析元素であり、あまり多く含有すると鋼板の冷間加工性や靭性を劣化させるため、0.030%以下にするのがよい。
【0046】
Sは、P同様に原料から不可避的に混入する元素である。Sは耐食性および成形性を劣化させる元素であるため、0.010%以下にするのがよい。
【0047】
Mnは、脱酸剤として作用する。また、Sの結晶粒界への偏析による粒界脆化を防ぐことができる。これらの効果を得るためには、Mnを0.10%以上含有させればよい。しかし、あまり多いと鋼板の冷間加工性を低下させる。したがって、Mn含有量を2.00%以下にするのがよい。Mn量は好ましくは0.10〜1.80%あり、更に好ましくは0.12〜1.50%である。
【0048】
Nは、含有量が多くなると成形性を劣化させるので、0.050%以下にするのがよい。N量は好ましくは0.040%以下で、更に好ましくは0.030%以下である。一方、N量を過度に低減させることは、製造コストの増加につながるため、0.001%以上にすることが好ましい。
【0049】
Niは、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の熱間加工性を改善する。この効果を得るためには、Niを0.1%以上含有させればよい。しかし、Niを過剰に含有させるとフェライトの安定度が減少してしまうため、Ni量は2.0%以下にするのがよい。Ni量は好ましくは1.5%以下であり、更に好ましくは1.2%以下である。
【0050】
第1、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、上述した成分元素以外にFe及び不可避的に混入する不純物からなる。
【0051】
更に、第1、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板には、更に任意成分としてTi、Nbを含有させてもよい。Ti,Nbは、炭窒化物生成元素であるため、成形性を改善させる元素であり、必要に応じてどちらか一方、または両方を含有させればよい。成形性を改善する効果を得るためには、Tiを0.002%以上、Nbを0.002%以上含有させればよい。しかし、Ti、Nbの過剰な添加は加工性の劣化や靭性の低下を招くため、これらを含有させる場合は、Ti:0.50%以下、Nb:1.00%以下とすることが好ましい。より好ましくはTi:0.45%以下、Nb:0.95%以下とし、更に好ましくはTi:0.40%以下、Nb:0.90%以下とする。
【0052】
更に、第1、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板には、以下に示す元素を必要に応じて1種又は2種以上含有させてもよい。
【0053】
Snは、耐食性を向上させるために有効な元素である。この効果を得るためには、Snを0.005%以上含有させればよい。しかし1.00%を越えると靭性が劣化するので、1.00%以下とする。Sn量は好ましくは0.60%以下であり、更に好ましくは0.50%以下である。
【0054】
Moは、耐食性を向上させるために有効な元素である。この効果を得るためには、Moを0.002%以上含有させればよい。しかし、1.00%を超えると靭性が劣化するので、1.00%以下とする。Mo量は好ましくは0.70%以下であり、更に好ましくは0.50%以下である。
【0055】
Alは、Moと同様に耐食性を向上させる作用を呈する。この効果を得るためには、Alを0.002%以上含有させればよい。しかし、1.000%を超えて過剰に含有させると、製造性や加工性を低下させる。Al量は好ましくは0.300%以下であり、更に好ましくは0.100%以下である。
【0056】
Mgは、溶鋼中でMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する他、TiNの晶出核として作用し、凝固時にフェライト相を微細生成させることができる。凝固組織を微細化させることにより、粗大凝固組織に起因した鋼板の表面欠陥を防止できる他、加工性の向上をもたらすため必要に応じて含有させる。この効果を得るためには、Mgを0.001%以上含有させればよい。しかし、0.010%を超えて過剰に含有させると、製造性や加工性を低下させる。Mg量は好ましくは0.009%以下であり、更に好ましくは0.008%以下である。
【0057】
Coは、Moと同様に耐食性を向上させる作用を呈する。この効果を得るためには、Coを0.002%以上含有させればよい。しかし、1.000%を超えて過剰に含有させると、合金コストの上昇や製造性の低下に繋がる。Co量は好ましくは0.400%以下であり、更に好ましくは0.200%以下である。
【0058】
Vは、炭窒化物を形成して、鋼材の強度を向上させる作用を呈する。この効果を得るためには、Vを0.002%以上含有させればよい。しかし、0.50%を超えて過剰に含有させると、製造性や加工性を低下させる。V量は好ましくは0.20%以下であり、更に好ましくは0.10%以下である。
【0059】
Zrは、Vと同様に炭窒化物を形成して、鋼材の強度を向上させる作用を呈する。この効果を得るためには、Zrを0.003%以上含有させればよい。しかし、0.10%を超えて過剰に含有させると、製造性や加工性を低下させる。Zr量は好ましくは0.08%以下であり、更に好ましくは0.05%以下である。
【0060】
REM,La,B,Caはいずれも、鋼中のSの存在形態に影響を及ぼす元素であり、熱間加工性を向上させる場合に必要に応じて含有させる。この効果を得るためには、REM:0.003%以上、La:0.002%以上、B:0.0002%以上、Ca:0.002%以上を含有させればよい。これらの元素の上限は、REM:0.100%以下、La:0.100%以下、B:0.0100%以下、Ca:0.010%以下であり、好ましい上限はそれぞれ、REM:0.080%以下、La:0.095%以下、B:0.0095%以下、Ca:0.009%以下であり、更に好ましい範囲はそれぞれ、REM:0.050%以下、La:0.050%以下、B:0.0060%以下、Ca:0.007%以下である。なお、本発明でいうREMとは、Sc、Y、及び、原子番号58〜71の元素を意味する。
【0061】
以上、説明した本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、抗菌性が求められるコイン用途に好適に適用することが出来る。また、本発明の軟質化されたフェライト系ステンレス鋼板であれば、コイン用途で更に軟質化が求められた場合にも適応することが可能である。
【0062】
次に、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
【0063】
第1実施形態のフェライト系ステンレス鋼を製造するには、上記の成分組成を有するステンレス鋼に対して熱間圧延工程、冷間圧延工程、及び仕上酸洗工程とを順次行う。ここで、仕上げ酸洗工程においては、5.0〜35.0質量%硫酸水溶液に浸漬する酸洗工程と、1.0〜15.0質量%の硝酸及び0.5〜5.0質量%弗酸水溶液を含む酸液に浸漬する酸洗工程とを行う。硫酸水溶液に浸漬する酸洗工程と、硝酸及び弗酸水溶液を含む酸液に浸漬する酸洗工程とは、この順で行ってもよく、逆順でもよい。
【0064】
また、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼を製造するには、上記第1実施形態の製造条件の他に、熱間圧延工程において、加熱温度1150〜1300℃、仕上げ熱延温度800〜1000℃、巻取り温度600℃以下の条件で熱間圧延を行う。
【0065】
ステンレス鋼板の表面を酸洗処理する理由としては、熱処理によって付着したスケール皮膜を除去することと、FeやCrを優先的に酸洗溶解させて表面のCu濃度を高くすることが目的である。そのような酸としては従来から様々な酸液が提案されている。しかし、本発明者らが実験を繰り返し行ったところ、特定濃度の硫酸酸洗工程と、特定濃度の硝弗酸酸洗工程とを経た場合に、他の酸液を用いた場合と比較して、スケール除去の効率と鋼表層のCu濃化の促進が顕著に向上することが判明した。また、この場合、前述したその他の表面特性も得られ、抗菌性を発現することが分かった。この知見を基にした本発明の製造方法によって、抗菌性に優れたステンレス鋼を確実に得ることが可能となる。
【0066】
酸洗で用いる酸液は以下の条件とする必要がある。つまり、硫酸水溶液については、濃度を5.0〜35.0質量%の範囲内にする必要がある。硫酸水溶液の濃度が5.0質量%未満の場合、酸水溶液によるスケールや鋼の溶解反応がほとんど進行しないため、表面にCuが濃化しないおそれがある。一方、硫酸水溶液の濃度が35.0質量%を超えると、酸水溶液による溶解反応が著しく進行し、溶解による著しい凹凸が生じる。この程度の凹凸は、製品板の筋状またはムラ状の模様となるため、製品品位を低下させる。そのため、硫酸水溶液の濃度は好ましくは、6.0〜34.0質量%であり、更に好ましくは8.0〜33.0質量%である。
【0067】
硝弗酸水溶液については、硝酸濃度を1.0〜15.0質量%とし、弗酸濃度を0.5〜5.0質量%にする必要がある。硝酸濃度が1.0質量%未満の場合、硫酸の場合と同じく溶解反応がほとんど進行しないため、表面にCuが濃化しない。一方、硝酸濃度が15.0質量%を超えると、溶解反応が著しく進行し、製品品位を低下させる。
【0068】
また、弗酸についても、硫酸や硝酸の場合と同じ理由で、濃度が0.5質量%未満と5.0質量%超とでは水溶液濃度として適さない。
【0069】
好ましくは、硝酸濃度が1.2〜14.5質量%、弗酸濃度が0.7〜4.7質量%であり、更に好ましくは硝酸濃度が1.5〜14.0質量%、弗酸濃度が0.9〜4.5質量%である。
【0070】
また、これら酸液に鋼板を浸漬させる時間は、Cu濃化層におけるCu最大濃度Cmやその他物性を考慮しつつ、硫酸水溶液、硝弗酸水溶液それぞれについて、10〜1000秒の範囲で適宜選択すればよい。また、各酸水溶液の温度についても一般的な条件であれば問題なく、特に限定するものではない。例えば、40〜80℃の範囲で行えば良い。
【0071】
なお、本実施形態の製造方法の特徴は、硫酸水溶液と硝弗酸水溶液による仕上げ酸洗によって鋼表層の物性を上述した範囲に厳密に制御できることを見出した点にある。そのため、例えば硫酸水溶液と硝弗酸水溶液の酸洗順番を逆にすることが可能である。また、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板の物性範囲を外れない限りにおいて、硫酸水溶液と硝弗酸水溶液に加え、更に第3、第4の酸洗処理を行っても構わない。
【0072】
次に、熱間圧延工程について説明する。
本発明者らが検討した結果、熱間圧延工程の諸条件を厳密に制御することにより、熱延段階において表層Cuが濃化することが分かった。そのため、熱延で表層Cu濃度を濃化した状態の冷延板を前記仕上げ酸洗に供することにより、表層Cu濃度を更に増加させて、抗菌性をより向上できることが分かった。
【0073】
具体的には、熱間圧延する際に、加熱温度1150〜1300℃、仕上げ温度800〜1000℃、巻取り温度600℃以下で行い、仕上げ酸洗を上述の条件で行うことにより、Cu最大濃度Cmを18.0%まで上昇できることが分かった。
【0074】
熱間圧延工程後の酸洗仕上げによってCu最大濃度を増加させるためには、熱延板製造時に表層のCu濃度を高くすることと、Cuを固溶した状態で存在させることが重要である。加熱温度1150℃以上であれば、通常の保持時間で、スラブにわずかに残るCu析出物を再固溶することができる。しかし、1300℃超では、粒粗大化によって表面疵等の原因となり、加熱エネルギーも無駄である。
【0075】
次いで、仕上げ温度と巻取り温度の範囲について説明する。本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、従来の熱延板製工程で製造した場合、鋼中に含有されるCuがCu析出物として冷却時に生成するため、鋼中に固溶するCu量が減少する。一方、熱延板製造時の仕上げ温度を800〜1000℃とし、水吹き付けなどの通常設備を使用して、比較的早く熱延板を冷却し、600℃以下で巻取ることにより、Cu析出物は生成しないことが確かめられた。このようにして得られた熱延ステンレス鋼板は、通常の酸洗でもCu濃度の高い冷延板となることが分かっており、更に上記に規定する酸洗によって、Cu最大濃度Cmが18.0%以上の今までにない高濃度のCuを表層に有するフェライト系ステンレス鋼板となることが分かった。
【0076】
この理由は不明であるが、本発明者らの推定では、以下のように考えられる。1150〜1300℃のスラブ加熱時、Cuに比べて酸化しやすいFeやCrは、優先的に酸化される。そのため、スケール直下には、酸化されなかったCuが残留するため、表面Cu濃度も高くなる。さらに、仕上げ熱延温度を800〜1000℃とし、かつ600℃以下で巻取ることで、Cu析出物温度域を短時間で通過することになり、Cu析出が抑制される。そのため、表面Cu濃度が高く、Cu析出物も無い熱延ステンレス鋼板を製造できる。
【0077】
また、鋼板温度が600℃以下であれば、鋼中でのCu拡散速度が遅くなり、Cu析出物の生成が抑制されるものの、長時間保定されるとCu析出物が生成されるため、仕上げ熱延後に注水巻取りとし、さらにコイルを水冷することが好ましい。
【0078】
熱間圧延工程におけるより好ましい条件はそれぞれ、加熱温度1200℃超、仕上げ圧延温度:800℃超、巻取り温度:600℃以下であり、最も好ましくはそれぞれ、加熱温度1250〜1300℃、仕上げ圧延温度:900〜1000℃、巻取り温度:500℃以下である。
【0079】
また、上述してきた本実施形態に係る抗菌性を有するステンレス鋼板は、冷間圧延後の仕上げ焼鈍工程の条件において、900〜1100℃で焼鈍し、3℃/秒以上の平均冷却速度で400℃まで冷却することで、本発明で規定する硬さ以下に軟質化させることができる。
【0080】
溶体化温度(仕上げ焼鈍温度)は、Cuを固溶できる温度以上であれば、硬度に及ぼす影響は少ない。そこで、硬さに及ぼす溶体化温度の影響を把握するため、700〜1100℃の範囲内で種々温度にて溶体化熱処理(仕上げ焼鈍)し、その後水冷した。その結果、900℃以上の溶体化温度で硬さは殆んど変わらないことが分かった。また、溶体化温度による影響は硬さの影響は、Hv10未満であった。
また、溶体化熱処理後の冷却の際の平均冷却速度を、3℃/秒以上とすることで本発明の規定する下記式(a)式を満たすHv硬さとなり、軟質化させることができる。
Hv硬さ≦40×(Cu−0.3)+135 ・・・(a)
硬さに及ぼす平均冷却速度の影響を把握するため、900〜1100℃で溶体化熱処置後、種々冷却方法で冷却した。その結果、3℃/秒以上の平均冷却速度で、後述する冷却終了温度まで冷却することにより軟質化することが分かった。3℃/秒以上の平均冷却速度は、ガス吹き付け等の通常設備で制御可能である。また、高冷却速度ほど、Cu析出は抑制される傾向にあり、軟質化に有効である。そのため、平均冷却速度の上限は特に設けず、使用する冷却設備の性能等を考慮して適宜決定してよい。
【0081】
溶体化熱処理後の冷却において冷却終了温度は、400℃以下とする。
硬さに及ぼす冷却終了温度の影響を把握するため、900〜1100℃で溶体化熱処理後に平均3℃/秒以上の冷却速度で種々温度まで冷却制御し、その後自然冷却(平均冷却速度3℃/秒未満)した。その結果、400℃以下の冷却終了温度とした場合に、本発明の規定する上記(a)式を満たすHv硬さに軟質化させることができた。
一方、冷却速度終了温度が500〜700℃では、著しい硬質化を確認した。この硬質化した試験片では、10〜100nmのCu析出物が観察された。このことから、500〜700℃の温度域はCu析出のノーズ温度域と考えられ、該Cu析出ノーズ温度域を素早く通過させる、つまり冷却速度を大きくすることが軟質化に有効である。
以上のより、本実施形態に係る仕上げ焼鈍工程におけるより好ましい条件は、加熱温度(仕上げ焼鈍温度):910〜1080℃、冷却完了温度:390℃以下、平均冷却速度:3.2℃/秒以上であり、最も好ましくはそれぞれ、加熱温度:920〜1060℃、冷却完了温度:380℃以下、平均冷却速度:3.5℃/秒以上である。
【0082】
軟質化のために、更に熱間圧延後の熱延板焼鈍条件を追加することで、Cu析出抑制により好ましい形態となる。
熱延板焼鈍条件を規定することで、Cu析出物の大きさは、後工程である仕上げ焼鈍で溶体化可能なサイズに制御される。なお熱延板焼鈍は、バッチ焼鈍ではなく連続焼鈍で行い、800〜1100℃まで加熱後、400℃まで1℃/秒以上の平均冷却速度で冷却する。
加熱温度が800℃未満では再結晶が不十分であり、一方1100℃超では結晶粒が粗大化するため、その後の製造性に悪影響を及ぼす。また、冷却終了温度は、Cu析出を抑制するために400℃とした。1℃/秒以下の平均冷却速度ではCu析出物が粗大化し、その後の仕上げ焼鈍でもCu析出物を十分に溶体化できない。
熱延板焼鈍工程における好ましい条件はそれぞれ、加熱温度810〜1090℃、冷却温度:390℃以下、平均冷却速度:1.1℃/秒以上、最も好ましくはそれぞれ、加熱温度820〜1080℃、冷却温度:380℃以下、平均冷却速度:1.2℃/秒以上とする。
【0083】
以上説明したように、第1、第2実施形態の抗菌性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法によれば、良好な抗菌性を板面内全域に渡って発揮するため、従来以上に良好な抗菌性を歩留まり良く得ることが出来る。また、第2実施形態のフェライト系ステンレス鋼板及びその製造方法によれば、鋼表面のCu最大濃度を従来に例を見ない程高濃化することが出来、これによって更に良好な抗菌性を得ることが出来る。また、抗菌性と軟質化の両立は、Cu含有フェライト系ステンレス鋼のCu含有量が0.3〜1.7%が好ましい。
【実施例】
【0084】
(実施例1)
表1A及び表1Bに示す組成の鋼を真空溶解にて溶製し、1100〜1350℃の加熱温度および、仕上げ熱延温度700〜1020℃で熱間圧延し、巻取温度400〜700℃で巻き取った。次に大気中において980℃で10秒間保持する熱延板焼鈍を行い、通常の酸洗を行った後、冷間圧延を施して仕上げ焼鈍を施し、板厚1.0〜1.3mmの冷延板とした。その後、40〜80℃の硫酸および硝弗酸で酸洗して、フェライト系ステンレス鋼板を製造した。なお、表1A及び表1Bにおいて「−」と表記した欄は、当該元素を添加しなかったため、測定していないことを表す。
【0085】
得られたフェライト系ステンレス鋼板について、下記の評価を行った。なお、本実施例においては、板面内全てにおいて良好な抗菌性を発現しているかどうかを確認するため、抗菌性に差が生じる板幅方向を網羅して評価を行った。つまり、各鋼板の長さ方向任意の点において、50mm角の試験片を板幅方向に網羅するように多数切り出した。そして、これら試験片全てに対して評価を行った。
【0086】
(表面成分濃度の測定)
上述した試験片それぞれに対して、グロー放電発光分析(GDS)により、鋼表面より約800nmまでのC,O,Fe,Cr,Si,Mn,Nb,Ti,Al,Cu濃度分布を測定した。Cu濃化層内のCu、Fe,Cr濃度は、
図1の例に示すように深さ方向で変化していた。次いで、Cを除いて濃度分布を再度計算すると、
図2に示す例のような深さ方向に変化し、ステンレス鋼表面にCu濃化層が形成されていることが判明した。また、Cu濃化層のCu最大濃度をCmとした。更に、Cu最大濃度Cmが得られた深さにおけるFe濃度とCr濃度の比より得られるFe/Cr比も求めた。
なお、
図2は、本発明鋼の例であり、Cu最大濃度Cmは75.0%であった。また、Cu最大濃度Cmが得られる位置でのFeとCrの濃度から計算されるFe/Cr比は2.9であった。
【0087】
(抗菌性の評価)
抗菌性の評価はISO 22196に従った。上述した試験片それぞれに対して、供試菌液を1ミリリットル塗布し、25℃で36時間静置後、菌液を拭き取り希釈液中に振り出した。所定量の振り出し液を計測用培地に混釈し、35℃で24時間培養を行い、抗菌活性値が2.0以上の鋼を菌の増殖を抑制する優れた抗菌性をもつものと評価した。また、抗菌活性値が4.0以上の場合は、特に優れた抗菌性をもつものと評価した。なお、表中には各鋼材について1つずつしか数値の記載がないが、測定した試験片のうち、抗菌性評価で最も抗菌性が低かったものを記載し、表面成分濃度の結果については当該最も抗菌性が低かった試験片の測定結果を示している。これは、各鋼材の板幅方向で最も抗菌性が低いもので抗菌活性値が2.0以上あれば、その鋼材の板面全体で抗菌性があるということになるからである。
【0088】
評価した結果を表2〜
15に示す。表2〜
8(試験No.1〜276)は、第一酸洗液として硝弗酸を用い、第二酸洗液として硫酸を用い、この順で酸洗した場合の評価結果である。また、表
9〜
15(試験No.277〜551)は、酸洗の順序を入れ替えて第一酸洗液を硫酸、第二酸洗液を硝弗酸として、この順で酸洗した場合の評価結果である。なお、表2〜
15において「−」と表記した欄は、当該処理を行わなかったことを表す。
【0089】
本発明方法で規定する熱延条件を満たす製造方法で製造した試験No.181〜206、No.457〜481については、最大Cu濃度Cmが18%を超え、特に優れた抗菌性を発現した(抗菌性評価:●)。
【0090】
一方、本発明方法で規定する酸洗条件から外れた条件で製造した比較例である試験No.207〜276、No.482〜551の鋼板では、抗菌活性値は2.0を下回った(抗菌性評価:×)。特に、試験No.207〜221及び試験No.497〜511の鋼板では、酸洗処理として硝弗酸処理のみ行ったため、最大Cu濃度Cmが10%未満となり、抗菌性が本発明例に比べて低くなった。
【0091】
(実施例2)
次に、本発明の軟質化効果を確認するため、表1A、表1Bの一部鋼種の製造に際して、熱延板焼鈍工程と仕上焼鈍工程の条件を表
16に示す条件に変更した。
なお、実施例2においては、熱間圧延工程、冷間圧延工程、仕上酸洗工程は本発明範囲内の条件で実施した。
製造後の各鋼板について、断面硬さと耐食性の評価を行った。なお、断面硬さは、板厚中心でビッカース硬さ試験をN5実施し、平均値を測定した。耐食性はJISZ2371に準拠して、308K、5%NaOH溶液を72時間連続噴霧する試験を行い、その発錆状況を観察した。
評価結果を表
16に示す。
【0092】
本発明の好ましい仕上焼鈍条件を満たさない例では、断面Hv硬さが190を超える、又は、(a)式を満たさない結果となった。
一方、本発明の好ましい仕上焼鈍条件で製造した本発明例である試験No.552、555、556、559、560、563、564、567、568、571、572、575、576、579、580、583の鋼板のHv硬さは、190以下であり、且つ、(a)式を満たした。その結果、その他の本発明の好ましい製造条件を外れる例と比較して、点状の発錆が顕著に少なく、耐食性がより向上している結果となった。この結果より、本発明の好ましい製造条件であれば、例えばコイン用として軟質化と高い耐食性を求められる場合にも適用出来る鋼板を製造出来ることが分かった。
【0093】
【表1A】
【0094】
【表1B】
【0095】
【表2】
【0096】
【表3】
【0097】
【表4】
【0098】
【表5】
【0099】
【表6】
【0100】
【表7】
【0101】
【表8】
【0102】
【表9】
【0103】
【表10】
【0104】
【表11】
【0105】
【表12】
【0106】
【表13】
【0107】
【表14】
【0108】
【表15】
【0109】
【表16】