(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
硫化水素を含む原油や天然ガスの輸送に用いられるラインパイプには、強度やじん性、溶接性といった性質の他に、サワー環境中で発生するHIC(水素誘起割れ、Hydrogen Induced Cracking)やSSC(硫化物応力割れ、Sulfide Stress Cracking、硫化物応力腐食割れ(SSCC、Sulfide Stress Corrosion Cracking)とも呼ばれる)への耐性、すなわち耐サワー性が必要とされる。
【0003】
このうち、HICは、腐食反応に伴い鋼材表面に吸着した原子状の水素が、鋼材内部に侵入し、鋼中のMnSなどの非金属介在物や硬い第2相組織のまわりに拡散・集積する結果、分子化した水素ガスの内圧により割れを生じる現象である。
【0004】
また、パイプラインでは、ガスなどの輸送効率向上のために高圧化が進められており、これに対応するために、高強度材の使用が求められている。加えて、コスト削減の観点からも、使用鋼材量の低減が可能な高強度ラインパイプに対する要求が高まっている。
【0005】
しかし、HICの発生しやすさは、材料の硬さ、すなわち強度と密接な関係にあり、一般的に高強度な鋼材ほど割れ感受性が高くなる傾向がある。そこで、高強度と耐HIC性という、相反する性質を兼ね備える鋼管を実現するために、種々の研究が行われてきた。
【0006】
特許文献1には、S含有量に応じた特定の量のCaやCeが添加されたラインパイプ用鋼が記載されている。この鋼では、割れの起点となる針状のMnS系介在物を、CaやCeの添加によって、応力集中の小さい微細に分散した球状としている。これにより、割れの発生や伝播が抑制される。
【0007】
特許文献2には、耐HICおよび耐SSC性に優れたラインパイプ用鋼材が記載されている。この鋼材では、Ni、Mo、Crおよびその他合金元素を添加することにより、鋼中への水素侵入を抑制し、耐HICおよび耐SSC特性を向上させている。
【0008】
特許文献3には、板厚方向に均一で微細なベイナイト組織を有する鋼板が記載されている。この鋼板では、偏析傾向の高い元素(C、Mn、P等)の量を低減し、スラブ加熱段階での均熱処理や、冷却時の変態途中での加速冷却を行うことにより、中心偏析部での割れの起点となる島状マルテンサイトと割れの伝播経路となるマルテンサイトや粗大なブロック状ベイナイトの生成を抑制している。これにより、鋼板の耐HIC性を向上させることができる。
【0009】
特許文献4〜6には、API(アメリカ石油協会)規格でX80グレードの高強度鋼板において、S含有量を低くするとともにCaを添加することによって介在物の形態を制御することが記載されている。それにより、鋼板の耐サワー性を向上させている。さらに、前記鋼板では、C、Mnの含有量を低くして中央偏析を抑制するとともに、それにともなう強度低下を、Cr、Mn、Niなどの元素の添加と加速冷却により補っている。
【0010】
特許文献7、8には、ミクロ組織をフェライト単相組織とすることで耐SCC性や耐HIC性を改善し高強度鋼が記載されている。さらに、この高強度鋼では、MoまたはTiの多量添加によって得られる炭化物の析出強化を利用して、鋼材の強度を向上させている。
【0011】
また、特許文献9には、フェライト−ベイナイトの2相組織である、耐HIC性に優れた、API X80グレードの高強度鋼材が記載されている。この鋼材のミクロ組織には、割れ感受性の高いブロック状ベイナイトやマルテンサイトが含まれておらず、その結果、耐HIC性に優れている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、特許文献1に記載されたラインパイプ用鋼では、Caなどの最適添加により介在物形態を制御することでHIC割れ感受性を低下させているが、微量な鋼中S量に対して最適なCa量を添加することは非常に困難であり、耐HIC性を安定的に確保することが難しいという問題がある。
【0014】
特許文献2に記載された鋼には、水素侵入を抑制して耐HIC性を向上させるために、NiとともにCrおよび/またはMoが添加されている。しかし、これら合金元素の添加は、中心偏析を含む鋼の焼入性を高めるため、逆に耐HIC性を劣化させる場合がある。
【0015】
特許文献3においては、耐HIC性を向上させるために、鋼の成分を最適化するとともに圧延条件を最適化し、鋼の組織を上部ベイナイトあるいはアシキュラーフェライトとしている。しかし、この方法では、特許文献2の場合と同様に、中心偏析部の硬さや介在物の分布状態によっては、耐HIC性を十分に向上させることができない。
【0016】
特許文献4から6に記載された鋼についても同様で、鋼組成の最適化や中心偏析の抑制のみでは、耐HIC性を十分に向上させることができない。
【0017】
また、特許文献9において採用されているベイナイト組織は、ブロック状ベイナイトやマルテンサイト程ではないものの、比較的割れ感受性の高い組織である。そのため、必要な耐HIC性を得るためには、SとMnの量を厳しく制限するとともに、Caを添加する必要があり、製造コストが高くなるという問題がある。
【0018】
特許文献7、特許文献8において採用されているフェライト相は延性に富んだ組織であり、割れ感受性が低い。そのため、フェライト単相組織である鋼の耐HIC性は、ベイナイト組織またはアシキュラーフェライト組織の鋼に比べて大幅に改善されている。一方、フェライト相は軟質であるため、フェライト単相の鋼では、強度が不足する。
【0019】
そこで、特許文献7に記載の鋼では、C及びMoを多量に添加することによって炭化物を多量に析出させ、強度を高めている。しかし、Mo炭化物が分散したフェライト組織を得るためには、焼入れ焼戻しの後に冷間加工を行い、さらに再度焼戻しを行う必要がある。そのため、製造コストがかさむ。さらに、Mo炭化物は粒径が約0.1μmと大きく、強度上昇効果が低い。そのため、必要とされる強度を得るためには、CおよびMoの含有量を高め、炭化物の量を増やす必要がある。
【0020】
また、特許文献8の鋼帯では、TiCの析出強化を利用して鋼の強度を高めている。TiCはMo炭化物に比べ微細であり、析出強化に有効だと考えられる。しかし、TiCは、析出時の温度の影響を受けて粗大化しやすい性質を有しているため、実際に得られる析出強化の効果は高くない。例えば、API X80グレード以上の強度を安定的に得るためには、重量比で0.1%を超えるような多量のTiを添加する必要があり、費用がかさむ。
【0021】
これに対して、特許文献9では、加速冷却の開始温度をAr
3点−30℃以上と規定し、初析フェライトを析出させないことを基本としている。そのため、HICを抑制するための十分な水素侵入の障壁とはなり得ない。また、Ar
3点−30℃未満の温度で加速冷却を開始して初析フェライトを形成した場合には、母相であるベイナイトやアシキュラーフェライトに対するフェライトの分率が多くなり、十分な強度を確保することができない。
【0022】
本発明は、上記事情に鑑み、API X65級以上の高強度鋼板であって、多量の合金元素を添加することなく、中央偏析部や表面近傍の介在物に起因するHICの発生が十分に抑制されたラインパイプ用鋼板を提供することを目的とする。また、本発明は、前記鋼板を素材として用いたラインパイプ用鋼管、ならびに前記鋼板および鋼管の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは、鋼の成分組成やミクロ組織が、機械的性質や耐HIC性に与える影響を検討した結果、以下の知見を得た。
(1)X65級以上とされるような強度の高いラインパイプの素材として用いられる鋼板は、主として、熱間圧延後に加速冷却または直接焼入れを行うことによって製造される。そのため、冷却速度の速い鋼板表面部の硬さが内部よりも高くなり、表面において水素誘起割れが発生しやすくなる。また、加速冷却工程を経て製造された高強度鋼板のミクロ組織は、表面だけでなく内部までベイナイトやアシキュラーフェライトなどの割れ感受性の高い組織となっている。そのため、中心偏析部のHICへの対策を施した場合でも、硫化物系または酸化物系介在物を起点としたHICをなくすことは困難である。
(2)したがって、上記のような高強度鋼板において、十分な耐HIC性を実現するためには、鋼板表面部におけるHICへの対策が不可欠である。
(3)鋼板内部のミクロ組織をベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織主体とするとともに、鋼板の表層部に、フェライト組織を主体とする層を形成することが、鋼板の強度と耐HIC性を向上させるうえで、極めて効果的である。
(4)所定の成分組成を有する鋼板を熱間圧延した後に、特定の条件で冷却を行うか、特定条件下での熱処理による脱炭を行うことにより、上記の組織を有する鋼板を製造することができる。
【0024】
以上の知見に基づき、鋼の成分組成と組織および製造条件について詳細な検討を行い、本発明を完成するに至った。
【0025】
すなわち、本発明の要旨構成は、次のとおりである。
(1)ラインパイプ用鋼板であって、
前記鋼板の少なくとも一方の表面に形成された、厚さ10μm以上、2000μm未満の表面層と、
前記鋼板の前記表面層以外の残部である内部層とを有し、
前記内部層が、質量%で、
C :0.02〜0.08%、
Si:0.01〜2.0%、
Mn:0.5〜1.8%、
P :0.01%以下、
S :0.002%以下、
Ti:0.005〜0.040%、
Al:0.01〜0.07%、
残部のFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、
前記内部層のミクロ組織に占めるベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織の体積分率の合計が90%以上であり、
前記表面層が、ミクロ組織に占めるフェライト組織の体積分率が80%以上である鋼からなることを特徴とするラインパイプ用鋼板。
【0026】
(2)前記内部層が、質量%で、
Nb:0.005〜0.05%、および
V :0.005〜0.1%の、いずれか一方または両方を、さらに含有することを特徴とする前記(1)に記載のラインパイプ用鋼板。
【0027】
(3)前記内部層が、質量%で、
Cu:0.5%以下、
Ni:0.5%以下、
Cr:0.5%以下、
Mo:0.05〜0.5%、および
Ca:0.0005〜0.005%、からなる群より選択される1種または2種以上を、さらに含有することを特徴とする前記(1)または(2)に記載のラインパイプ用鋼板。
【0028】
(4)5.0質量%のNaClと0.5質量%のCH
3COOHと水からなる水溶液にH
2Sガスを飽和させた試験水溶液に、25℃で96時間浸漬させた時にHICが発生しないことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載のラインパイプ用鋼板。
【0029】
(5)前記(1)〜(4)のいずれか一つに記載のラインパイプ用鋼板を素材として形成された鋼管。
【0030】
(6)ラインパイプ用鋼板の製造方法であって、
鋼素材を1000〜1300℃に加熱し、
前記加熱された鋼素材を、圧延終了温度:Ar
3点+20℃以上、累積圧下率:50%以上の条件で圧延して鋼板とし、
前記鋼板を、冷却開始温度:Ar
3点−15℃以上、Ar
3点未満、冷却停止温度:350〜600℃、鋼板の平均冷却速度:5〜80℃/sの条件で冷却することを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか一つに記載のラインパイプ用鋼板の製造方法。
【0031】
(7)ラインパイプ用鋼板の製造方法であって、
鋼素材を1000〜1300℃に加熱し、
前記加熱された鋼素材を、圧延終了温度:Ar
3点+20℃以上、累積圧下率:50%以上の条件で圧延して鋼板とし、
前記鋼板を、冷却開始温度:Ar
3点以上の条件で冷却し、
前記鋼板を800℃以上の温度に60秒以上保持する熱処理を行うことを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか一つに記載のラインパイプ用鋼板の製造方法。
【0032】
(8)前記(1)〜(4)のいずれか一つに記載のラインパイプ用鋼板を素材として使用することを特徴とするラインパイプ用鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、高い強度と、優れた耐HIC性という、相反する性質を兼ね備えたラインパイプ用鋼板が得られる。本発明の鋼板では、内部層のミクロ組織をベイナイトや、アシキュラーフェライト、ベイニティックフェライトなどの微細フェライトを主体とし、表面にのみ、軟質なフェライトを主体とする層を形成しているため、多量の合金元素を添加せずとも、十分な強度を得ることができる。したがって、本発明の鋼板は、性能面で優れるのみならず、製造コストの点でも有利である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
次に、本発明を実施する方法について具体的に説明する。
本発明においては、ラインパイプ用鋼板が、鋼板の少なくとも一方の表面に形成された表面層と、前記表面層以外の残部である内部層とを有し、前記表面層のミクロ組織に占めるベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織の体積分率の合計が90%以上であり、前記内部層のミクロ組織に占めるフェライト組織の体積分率が80%以上であることが重要である。
以下、本発明における内部層と表面層のミクロ組織の限定理由について説明する。
【0035】
・ 内部層
本発明では、鋼板の内部層を、ベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織の体積分率の合計が90%以上であるミクロ組織とする。ここで、内部層とは、後述する表面層を除いた、母材鋼板全体を指す。内部層の組織を上記のようにすることによって、ラインパイプに求められる十分な強度、じん性、および耐HIC性を得ることができる。
【0036】
内部層のミクロ組織は、ベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイニティックフェライトのいずれか一つ以上を含むものであってもよく、ベイナイト、アシキュラーフェライト、ベイニティックフェライトの全てを含むものであってもよい。なお、ベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織の体積分率の合計は、95%以上であることがより好ましい。
【0037】
内部層における、ベイナイト、アシキュラーフェライト、およびベイニティックフェライト以外の組織は少ないほどよい。しかし、ベイナイト、アシキュラーフェライト、およびベイニティックフェライトの合計の体積分率が90%以上であれば、残部の組織の影響はほぼ無視できるため、マルテンサイトなど、他の組織の1種または2種以上を、合計体積分率で10%未満含むことは許容される。ベイナイト、アシキュラーフェライト、およびベイニティックフェライト以外の組織は、合計体積分率で5%未満であることが好ましい。
【0038】
なお、ベイナイト組織とは、鋼をオーステナイト(γ)の温度域から加速冷却して得られる転移密度の高い微細組織である。また、アシキュラーフェライトおよびベイニティックフェライトは、微視的には変態により転移が多く導入された微細な針状の非等軸フェライトである。アシキュラーフェライトおよびベイニティックフェライトは、転位密度の高いラス構造の下部組織や炭化物を有するベイナイト組織とは厳密には異なるが、転位密度の高い微細な針状の組織である。ベイナイト組織と微細フェライト組織は類似しているため、光学顕微鏡においてその区別は難しいが、厳密には別の組織であり、透過電子顕微鏡(TEM)による下部組織の観察により区別することができる。本発明においては、組織の特性の観点から、鋼板の内部層における、これらの組織、すなわちベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織の体積分率の合計を90%以上とする。
【0039】
・ 表面層
本発明では、鋼板の少なくとも一方の表面に、フェライト組織の体積分率が80%以上である表面層を形成する。これにより、鋼板の耐HIC性を高めることができる。フェライト相は軟質であり、延性に優れている。そのため、鋼板表面にフェライト主体の層を設けることにより、高強度鋼板において問題とされてきた、表層部におけるHICの発生を抑制することができる。また、フェライトには、パーライト、ベイナイト、マルテンサイトなどの硬質相に比べて、転位などの水素トラップサイトが少ない。そのため、本発明における表面層は水素侵入の障壁として機能し、鋼材内部におけるHICの発生を抑制する。
【0040】
本発明では、上記効果を得るために、表面層のミクロ組織におけるフェライト相の体積分率を80%以上とすることが重要である。フェライト相の体積分率は、85%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましい。
【0041】
表面層における、フェライト以外の組織は少ないほどよい。しかし、フェライトの体積分率が90%以上であれば、残部の組織の影響はほぼ無視できるため、ベイナイト、パーライト、セメンタイトなど、他の組織の1種または2種以上を、合計体積分率で20%未満含むことは許容される。フェライト以外の組織の合計体積分率は、15%未満であることがより好ましく、10%未満であることがさらに好ましい。
【0042】
表面層の厚さは、10μm以上、2000μm未満とする。10μm未満では、腐食環境に曝された場合、厚さが不十分なため腐食により短期間でフェライト相が消失してしまい、十分な水素侵入抑制効果が得られない。また、厚さが2000μm以上では、軟質なフェライト組織の体積が多くなるため、鋼板の強度低下を招き、高強度鋼としての機械的性質を確保することが困難となる。
【0043】
なお、フェライト組織としては、例えば、鋼をAr
3点未満のオーステナイト(γ)とフェライトの2相領域の温度に保つことで晶出・成長するフェライト相等がある。フェライト組織は、ナイタールでエッチングした試料を光学顕微鏡で観察した時に白く観察される組織である。
【0044】
表面層の厚さは、鋼板の断面を顕微鏡で観察することによって測定することができる。鋼材の断面を湿式研磨し、さらにナイタール(1〜5%の硝酸を含むエタノール溶液)を用いてエッチングすることによち、表面層(軟質相)と内部層(母相)の境界が明瞭となる。その後、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡により断面を観察して、表面層の厚さを測定する。厚さが均一でない場合、観察視野内における表面層の最小厚さと最大厚さの両者が、ともに10〜2000μmの範囲内であることが好ましい。
【0045】
・ 鋼の成分組成
本発明のラインパイプ用鋼板においては、さらに、鋼板の内部層(母材鋼板)が所定の成分組成を有することが重要である。そこで、次に、本発明において鋼の成分組成を上記のように限定する理由を説明する。なお、成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味するものとする。
【0046】
C:0.02〜0.08%
Cは、Tiなどの元素と析出物を形成することによって、鋼の強度を高める作用を有する元素である。前記効果を得るためには、鋼が0.02%以上のCを含有する必要がある。一方、0.08%を超えるとじん性や耐HIC性が低下する。そのため、本発明ではC含有量を0.02〜0.08%とする。
【0047】
Si:0.01〜2.0%
Siは、製鋼工程における脱酸のために添加される元素である。Si含有量が0.01%未満では十分な脱酸効果を得ることができない。さらに、Siは、熱処理の際に鋼板表面を脱炭し易くする作用を有している。そのため、鋼に適量のSiを含有させることにより、表層にフェライト相を形成し易くなる。しかし、Si含有量が2.0%を超えると、じん性や溶接性が低下する。以上のことから、本発明ではSi含有量を0.01〜2.0%とする。
【0048】
Mn:0.5〜1.8%
Mnは、鋼の強度やじん性を向上させる作用を有する元素である。前記効果を得るためには、鋼が0.5%以上のMnを含有する必要がある。一方、Mn含有量が1.8%を超えると、溶接性と耐HIC性が低下する。そのため、本発明ではMn含有量を0.5〜1.8%とする。
【0049】
P:0.01%以下
Pは、不可避不純物元素であり、溶接性と耐HIC性を劣化させる性質を有している。そのため、本発明ではP含有量を0.01%以下とする。なお、下限については限定されないが、工業的には0%超である。また、過度の低P化は精錬時間の増加やコストの上昇を招くため、0.0005%以上とすることが好ましい。
【0050】
S:0.002%以下
Sは、HICの起点となる硫化物系介在物を形成する元素である。そのため、耐HIC性向上のためには、S含有量は低いほどよい。しかし、0.002%以下であれば耐HICの低下が問題とならないため、本発明ではS含有量を0.002%以下とする。なお、下限については限定されないが、工業的には0%超である。また、過度の低S化は精錬時間の増加やコストの上昇を招くため、0.0005%以上とすることが好ましい。
【0051】
Ti:0.005〜0.040%
Tiは、析出強化元素であり、炭化物を形成することによって鋼の強度を向上させる作用を有している。前記効果を得るためには、鋼が0.005%以上のTiを含有する必要がある。特に、Moが共存する場合には、TiはMoと複合析出物を形成して、鋼の強度向上に大きく寄与する。一方、0.040%を超えると溶接熱影響部のじん性劣化を招く。そのため、本発明ではTi含有量を0.005〜0.040%とする。さらに、Ti含有量を0.02%未満とすることで、鋼のじん性を向上させることができる。そのため、他の析出強化元素であるNbおよび/またはVを併用する場合には、Tiの含有量を低くし、0.005〜0.02%の範囲内とすることが好ましい。
【0052】
Al:0.01〜0.07%
Alは、脱酸剤として添加される元素である。Al含有量が0.01%未満では十分な脱酸効果を得ることができない。一方、Al含有量が0.07%を超えると鋼の清浄度が低下し、耐HIC性が低下する。そのため、本発明ではAl含有量を0.01〜0.07%とする。
【0053】
本発明のラインパイプ用鋼板は、以上の成分に加え、不可避的不純物と残部のFeからなる。本発明では、鋼の強度と耐サワー性という、相反する性質を両立させるために、鋼が上記成分組成を有することが重要である。
【0054】
また、本発明のラインパイプ用鋼板は、上記元素に加え、Nb:0.005〜0.05%、およびV:0.005〜0.1%の、いずれか一方または両方を、さらに含有することもできる。
【0055】
Nb:0.005〜0.05%
Nbは、組織の微細粒化によりじん性を向上させる作用を有する元素である。また、TiやMoと共に複合析出物を形成し、強度向上に寄与する。前記効果を得るためには、鋼板が0.005%以上のNbを含有することが好ましい。一方、Nb含有量が0.05%を超えると、溶接熱影響部のじん性が劣化する。そのため、Nb含有量は0.05%以下であることが好ましい。
【0056】
V:0.005〜0.1%
Vも、Nbと同様に、TiやMoと共に複合析出物を形成して、鋼の強度を向上させる作用を有する元素である。前記効果を得るためには、鋼板が0.005%以上のVを含有することが好ましい。一方、V含有量が0.1%を超えると、溶接熱影響部のじん性が劣化する。そのため、V含有量は0.1%以下であることが好ましい。
【0057】
また、本発明のラインパイプ用鋼板は、上記元素に加え、Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、 Cr:0.5%以下、Mo:0.05〜0.5%、およびCa:0.0005〜0.005%、からなる群より選択される1種または2種以上を、さらに含有することもできる。
【0058】
Cu:0.5%以下
Cuは、じん性の改善と強度の上昇に有効な元素である。しかし、過剰に添加すると溶接性が劣化する。そのため、Cuを添加する場合、その含有量は0.5%以下とすることが好ましい。Cu含有量の下限については特に限定されないが、0.02%以上とすることが好ましい。
【0059】
Ni:0.5%以下
Niは、じん性の改善と強度の上昇に有効な元素である。しかし、過剰に添加すると耐HIC性が低下する。そのため、Niを添加する場合、その含有量は0.5%以下とする。Ni含有量の下限については特に限定されないが、0.02%以上とすることが好ましい。
【0060】
Cr:0.5%以下
Crは、Mnと同様に低Cでも十分な強度を得るために有効な元素である。しかし、過剰に添加すると溶接性が劣化する。そのため、Crを添加する場合、その含有量は0.5%以下とする。Cr含有量の下限については特に限定されないが、0.02%以上とすることが好ましい。
【0061】
Mo:0.05〜0.5%
Moは、熱間圧延後の冷却時におけるパーライト変態を抑制する作用を有する元素である。また、Moは、Tiとの微細な複合析出物を形成して、鋼板の強度を大きく上昇させる。前記効果を得るためには、Moを0.05%以上添加する必要がある。一方、0.5%を超えて添加すると、ベイナイトやマルテンサイトなどの硬化相を形成し、耐HIC特性が劣化する。そのため、Mo添加する場合、その含有量は0.05〜0.5%とする。
【0062】
Ca:0.0005〜0.005%
Caは、硫化物系介在物の形態を制御して、耐HIC性を向上させる作用を有する元素である。Caを0.0005%以上添加することで、前記効果が得られる。一方、0.005%を超えて添加しても効果が飽和し、むしろ、鋼の清浄度の低下により耐HIC性を劣化させる。そのため、Caを添加する場合、その含有量は0.0005〜0.005%とする。
【0063】
以上の成分組成の限定は、鋼板の内部層(母材鋼板)についてのものである。表面層の成分組成については特に限定されず、先に述べたミクロ組織を有する鋼であればよい。ただし、後述する製造上の観点からは、鋼素材に対して所定の処理を施すことによって、その表面のミクロ組織を変化させて上記表面層を形成することが好ましい。その場合、表面層の成分組成は、内部層(母材鋼板)の組成と同じか、母材鋼板を脱炭して得られる組成となる。
【0064】
本発明の鋼板の厚さは特に限定されないが、ラインパイプに求められる強度、じん性の観点から、10〜50mmとすることが好ましい。
【0065】
本発明の鋼板の降伏強度(YS)は、400〜700MPaであることが好ましく、引張強さ(TS)は、520〜820MPaであることが好ましい。本発明の鋼板はAPI−X60からX80のグレードに適用可能である。
【0066】
・ 鋼板の製造方法
次に、本発明の鋼板の製造方法について説明する。
本発明のラインパイプ用鋼板は、上記所定の成分組成を有する鋼素材を処理し、その表面に上記表面層を形成することによって製造できる。表面層の形成方法は特に限定されないが、製造効率の点からは、(1)熱間圧延後の冷却条件を制御する方法と、(2)熱間圧延後に熱処理を行って表面を脱炭する方法の、いずれかの方法を用いることが好ましい。以下、前記(1)および(2)の方法について、具体的に説明する。
【0067】
(1)熱間圧延後の冷却条件を制御する方法
まず、上記成分組成を有するスラブを製造する。前記スラブは、常法に従って、連続鋳造法で得ることができる。次に、得られたスラブを1000〜1300℃に加熱し、熱間圧延して鋼板を得る。前記熱間圧延は、圧延終了温度がAr
3点+20℃以上、累積圧下率が50%以上となるように行う。その後、鋼板表層温度がAr
3点−15℃以上、Ar
3点未満の温度範囲で、加速冷却を開始する。前記加速冷却は、鋼板の平均冷却速度5〜80℃/sで、鋼板表面温度が350〜600℃となるまで実施する。
【0068】
前記熱間圧延および加速冷却の方法については特に限定されず、各種公知の方法を用いることができる。この方法を用いて表面層を形成する場合、得られる表面層の成分組成は、母材鋼板(内部層)の成分組成と実質的に同一となる。以下、この製造方法における各条件の限定理由について説明する。
【0069】
加熱温度:1000〜1300℃
熱間圧延を行う際の加熱温度が1000℃未満では、炭化物の固溶が不十分なため、十分な強度が得られない。一方、1300℃を超えて加熱すると鋼板のじん性が低下する。そのため、この製造方法においては、加熱温度を1000〜1300℃まで加熱する。なお、加熱温度は1050℃〜1250℃とすることが好ましい。
【0070】
圧延終了温度:Ar
3点+20℃以上
熱間圧延の終了温度をAr
3点+20℃以上とする。Ar
3点とは、冷却時にフェライト変態が始まる温度である。圧延終了温度が低いと、圧延方向に伸展した組織となり、水素の蓄積や割れの伝播が生じやすくなるため、耐HIC性が低下する。特に、圧延終了温度をAr
3点以下とした場合には、初析フェライト相が析出し、2相域での圧延となる。そのため、圧延方向に更に進展した組織が形成され、耐HIC性が低下する。したがって、圧延終了温度は、Ar
3点+20℃以上とする。
【0071】
圧延終了温度がAr
3点+20℃以上であれば、十分な耐HIC性と強度が得られるため、圧延終了温度の上限は特に限定されない。しかし、組織の粗大化によるじん性低下を避けるため、950℃以下の温度で圧延を終了することが好ましい。
【0072】
なお、Ar
3点の値は、次の(1)式で近似することができる。
Ar
3(℃)=910−310[C]−80[Mn]−20[Cu]−15[Cr]−55[Ni]−80[Mo]・・・(1)
ここで、[M]は質量%単位で表した元素Mの含有量である。
本発明では、上記(1)式で算出した温度を、Ar
3点の値と定義する。
【0073】
累積圧下率:50%以上
熱間圧延工程における累積圧下率は50%以上とする。累積圧下率が50%未満であると、ひずみ付与と、再結晶したオ−ステナイトの細粒化が不充分となる。そのため、最終的に得られるフェライト粒が十分微細化せず、鋼板のじん性や耐HIC性が低くなる。なお、累積圧下率は、60%以上、85%以下とすることが好ましい。
【0074】
冷却開始温度:Ar
3点−15℃以上、Ar
3点未満
本発明では、鋼板の表層に、延性に富むフェライト相主体の表面層を形成することが重要である。前記表面層を形成するためには、熱間圧延後に行われる加速冷却の開始温度を、フェライトが形成され始めるAr
3点未満とする必要がある。冷却開始温度がAr
3点よりも低いほど、より多くのフェライトが形成される。しかし、フェライト相が多くなりすぎると十分な強度を得ることができない。そのため、冷却開始温度はAr
3点−15℃以上、Ar
3点未満とする。これにより、鋼板の表層にフェライト相主体の表面層を形成させ、耐HIC性を向上させることができる。
【0075】
鋼板の平均冷却速度:5〜80℃/s
加速冷却における鋼板の平均の冷却速度は、5〜80℃/sとする。冷却速度を5℃/s以上とすることにより、鋼板内部に十分な量のベイナイト、アシキュラーフェライト、およびベイニティックフェライト組織が形成され、高い強度を得ることができる。しかし、平均冷却速度が80℃/sより高いと、鋼板の表層部と内部と間の硬度差が大きくなってしまうため好ましくない。また、平均冷却速度が高いと表層部における冷却速度がより高くなり、マルテンサイトや島状マルテンサイトなどの硬質相の形成が促進され、耐HIC性を向上させるために必要なフェライト主体の表面層を形成することができない。
【0076】
冷却停止温度:350〜600℃
加速冷却工程では、目的とする強度を得るために必要な温度まで、上記冷却速度で鋼板が冷却される。加速冷却を終了する温度(冷却停止温度)は、350〜600℃とする。冷却停止温度を600℃以下とすることにより、鋼板内部層にベイナイト、アシキュラーフェライト、およびベイニティックフェライトを十分に生成し、高強度を得ることができる。また、冷却停止温度を350℃以上とすることにより、マルテンサイトや島状マルテンサイトの生成を抑制し、じん性や耐HIC性を向上させることができる。なお、冷却停止温度は、380〜550℃とすることが好ましい。
【0077】
(2)熱間圧延後に熱処理を行って表面を脱炭する方法
上記(1)の方法では、熱間圧延後の冷却条件を制御することにより、フェライト主体の表面層が形成される。しかし、加速冷却工程においてフェライト主体の表面層を形成しなかった場合でも、その後、さらに熱処理を行って鋼板表面を脱炭することによってフェライト主体の表面層を形成することができる。その方法は、次の通りである。
【0078】
まず、上記(1)の方法と同様の条件で、スラブを熱間圧延する。その後、鋼板表層温度がAr
3点以上の状態から、加速冷却を開始する。冷却終了後、得られた鋼板を再び加熱し、800℃以上の温度に60秒以上保持することによって表層に脱炭層を形成する。以下、この製造方法における各条件の限定理由について説明する。
【0079】
冷却開始温度:Ar
3点以上
(2)の方法では、上記(1)の方法とは異なり、加速冷却完了後の脱炭によってフェライト主体の表面層を形成するため、加速冷却の段階においてフェライト主体の表面層を形成する必要が無い。そのため、冷却開始温度はAr
3点以上とする。Ar
3点以上の温度から冷却を開始することで、初析フェライトが析出せず、ベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織のいずれか単相、またはそれらが混在する組織となる。
【0080】
この方法においても、内部層に耐HIC性とじん性を兼ね備えたベイナイト組織、アシキュラーフェライト組織、およびベイニティックフェライト組織を形成させるために、冷却速度を5〜80℃/sとすることが好ましい。また、島状マルテンサイトなどの硬質相の形成を避け、十分なベイナイトあるいは微細フェライトの形成を促すために、冷却停止温度は350〜600℃とすることが好ましい。
【0081】
保持温度:800℃以上
上記(2)の方法においては、冷却後の鋼板を再度加熱し、800℃以上の温度に保持する熱処理を行う。この熱処理によって、鋼板表層に脱炭層が形成される。脱炭によって鋼板表層のC含有量が低下する結果、表層部のミクロ組織がフェライト主体となる。熱処理時の保持温度が800℃未満であると、十分に脱炭が進行せず、耐HIC性の向上に必要な表面層を形成することができない。一方、保持温度の上限は特に限定されない。保持温度が高いほど脱炭速度が速くなるが、脱炭速度は鋼の成分組成によって異なる。そのため、保持温度は、使用される鋼の成分組成や、保持時間を考慮して適宜調整される。ただし、保持温度が900℃以上になると、オーステナイトの再結晶が生じるため、保持温度は900℃未満とすることが好ましい。
【0082】
保持時間:60秒以上
上記熱処理の保持時間は60秒以上とする。保持時間が長いほど脱炭が進行し、C量が十分に少なくなると、最終的にフェライト相が析出する。保持時間が60秒未満であると、保持温度が高くても、脱炭が十分に進行しない。保持時間の上限は特に限定されないが、長くなりすぎると強度低下が著しく、材質制御が困難となるため、3600秒以下とすることが好ましい。上記熱処理の際の雰囲気は特に限定されないが、表層の炭素を酸化して脱炭を十分に促すために大気雰囲気とすることが好ましい。
【0083】
上記(2)の方法では、脱炭によってフェライト主体の表面層を形成する。そのため、得られる表面層の成分組成は、内部層(母材鋼板)の成分組成から、炭素濃度を低下させたものとなる。他の成分の含有量は、実質的に内部層と同一である。内部層の炭素濃度(質量%)に対する表面層の炭素濃度(質量%)の比として定義される炭素濃度比は、0.5未満であることが好ましい。
【0084】
上記炭素濃度の測定方法は限定されず、各種公知の方法を用いることができる。一例としては、電子線マイクロアナライザ(EPMA)分析が使用できる。脱炭によって成形された表面層に炭素濃度の勾配がある場合、上記表面層の炭素濃度としては、表面層中における平均炭素濃度を用いる。測定された表面層の炭素濃度を、内部層(母材鋼板)の平均炭素濃度で除することにより、炭素濃度比を求めることができる。
【0085】
・ 耐HIC性
本発明の鋼板では、上記構成をとることによって優れた耐HIC性を達成している。耐HIC性を評価する方法の一つとして、NACE−TM0284に準拠して行われるHIC試験がある。この試験においては、鋼板から採取された試験片を、試験溶液に浸漬し、所定時間経過後に試験片に生じた割れの有無に基づいて耐HIC性が評価される。前記試験液としては、5.0%のNaClと、0.50%のCH
3COOHの水溶液に、H
2Sを添加したものなどが用いられる。
【0086】
一般的に、鋼の強度が高いほど、HICが発生しやすくなる傾向がある。引張強さが620MPa未満と低い鋼であれば、HICは比較的発生しにくいが、鋼の成分組成や、中心偏析の程度によっては、試験液中のH
2S濃度を2300ppm以上とした試験においてはHICの発生が観察される。しかし、そのような鋼であっても、本発明に従って内部層と表面層の組織を制御することによって、HICの発生を著しく抑制することができる。
【0087】
また、引張強さが620MPa以上の鋼の場合には、中心偏析部の硬さをかなり低くしなければ、
試験液中のH
2S濃度が2300ppm未満の条件であってもHICが発生する。しかし、そのような鋼であっても、本発明に従って内部層と表面層の組織を制御することによって、やはりHICの発生を著しく抑制することができる。
【0088】
具体的には、本発明の鋼板では、5.0質量%のNaClと0.5質量%のCH
3COOHと水からなる水溶液に、H
2Sガスを飽和させた試験水溶液に、25℃で96時間浸漬させた時にHICが発生しない。なお、前記水溶液にH
2Sガスを飽和させる際には、純度99.9%以上のH
2Sガスを使用する。また、試験水溶液の温度は、NACE−TM0284規格に従い、上下方向に3℃ずつの変動が許容され、したがって、試験中、25±3℃の範囲内に保持される。
【0089】
・ 鋼管の製造方法
次に、本発明の鋼管の製造方法について説明する。
本発明では、上述の方法によって得られた鋼板を素材として用いて鋼管を製造する。鋼管の製造は、UOE成形、プレスベンド成形(ベンディングプレスとも称する)などの冷間成形法によって管状に成形した後、突き合わせ部を溶接することにより行うことができる。
【0090】
UOEプロセスでは、素材となる厚鋼板の幅方向端部に開先加工を施した後、プレス機を用いて鋼板の幅方向端部の端曲げを行う。次いで、プレス機を用いて鋼板をU字状に、そしてO字状に成形する。これより、鋼板の幅方向端部同士が対向するように円筒形状に成形される。その後、鋼板の対向する幅方向端部をつき合わせて溶接する。この溶接をシーム溶接と呼ぶ。前記シーム溶接は、仮付溶接工程と本溶接工程の二段階で実施することが好ましい。前記仮付溶接工程においては、円筒形状の鋼板を拘束し、対向する鋼板の幅方向端部同士を突き合わせて仮付溶接する。前記本溶接工程においては、サブマージアーク溶接法によって前記鋼板の突き合わせ部の内外面に溶接を施す。シーム溶接を行った後に、溶接残留応力の除去と鋼管真円度の向上のため、拡管を行う。拡管工程における拡管率(拡管前の管の外径に対する拡管前後の外径変化量の比)は、0.3%〜1.5%とする。真円度改善効果と拡管装置に要求される能力とのバランスの観点から、拡管率は0.5%〜1.2%の範囲であることが好ましい。
【0091】
プレスベンドの場合には、鋼板に三点曲げを繰り返し施すことにより逐次成形し、ほぼ円形の断面形状を有する鋼管を製造する。その後、上述のUOEプロセスと同様に、シーム溶接を実施する。プレスベンドの場合にも、シーム溶接の後、拡管を実施してもよい。
【実施例】
【0092】
次に、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は、該実施例によって何ら限定されるものではない。
【0093】
・ 実施例1
使用する鋼の成分組成が、鋼板の機械的特性や耐HIC性に与える影響を評価するため、組成の異なる鋼を素材として使用し、鋼板を製造した。用いた鋼素材の成分組成を表1に示す。連続鋳造法により、前記成分組成を有するスラブを製造し、さらに熱間圧延と加速冷却を行って、最終板厚20mmの鋼板を作製した。ここでは、先に説明した(1)熱間圧延後の冷却条件を制御する方法にしたがって、鋼板の表面にフェライトを主体とする表面層を形成した。製造条件、すなわち、熱間圧延時の加熱温度、圧延終了温度、冷却開始温度、冷却停止温度、及び冷却速度を、表2に示す。なお、内部層の成分組成は、表1に示した鋼素材の成分組成と同一である。得られた鋼板のそれぞれについて、ミクロ組織と各種機械的特性、および耐HIC性を評価した。評価方法は、以下の通りである。
【0094】
・ 表面層厚さ
走査型電子顕微鏡(SEM)を使用して鋼板の断面を観察することにより、表面層の厚さを測定した。測定に先だって、鋼板の断面を以下の手順で処理した。(1)耐水研磨紙を用いた研磨(#1200まで)、(2)ダイヤモンドペーストおよびアルミナバフを用いた仕上げ研磨、(3)ナイタールを用いた軽エッチング。表面層厚さの測定は、各試料について5視野ずつ実施した。その結果、表2に示したNo.1〜16の試料について、各視野内における表面層厚さの最大値と最小値が、すべて10から2000μmの範囲であることを確認した。なお、表2には、測定された表面層厚さのうち、最も小さい値を示した。
【0095】
・ 表面層、内部層のミクロ組織
得られた鋼板の表面層と内部層のそれぞれについて、以下の方法でミクロ組織を評価した。まず、鋼板から組織観察用試験片を採取し、圧延方向に平行な垂直断面(L断面)を研磨した後、ナイタールでエッチングして組織を現出させた。次に、SEMを用いて1000倍で観察し、相の種類を同定した。さらに、組織写真を撮影し、それらを画像解析して、表面層におけるフェライトの体積分率と、内部層におけるベイナイト、アシキュラーフェライト、およびベイニティックフェライトの体積分率を、それぞれ求めた。各体積分率の値は、3視野における平均値とした。
【0096】
・ 引張強さ、降伏強度
鋼板より、引張方向が圧延方向と直角となるように、ASTM E8規格に準拠した丸棒試験片(Φ6mmを採取した。前記試験片を用いて引張試験を実施し、降伏強度(YS)と引張強さ(TS)を測定した。試験片の標点間距離(GL)は、25mmとした。
【0097】
・ 耐HIC性
鋼板の耐HIC性を、NACE TM0284に準じた方法で試験した。試験には、長さ方向が圧延方向となるように鋼板から採取された試験片を用いた。試験片の寸法は、幅10mm×長さ100mm、厚さ20mmとした。前記試験片を、96時間、25±0.2℃の試験液に浸漬した後、表面を観察し、割れが発生しなかったものを○、割れが発生したものを×とした。前記試験液としては、5.0%NaCl+0.5%CH
3COOH水溶液に純度99.99%のH
2Sガスを通じてH
2Sが飽和した溶液を使用した。溶液のpHは2.9であった。
【0098】
・ HAZじん性
得られた鋼板に対し、鋼管製造時の条件を模擬した溶接を行い、熱影響部(Heat Affected Zone、HAZ)から採取した試験片におけるじん性を評価した。前記溶接は、突き合わせた2枚の鋼板の合わせ面を、内外面からサブマージアーク溶接法によりシーム溶接して行った。サブマージアーク溶接における内面、外面の平均入熱は9.2kJ/mm、溶接速度は約1000mm/minとした。その後、試験片は、外面および内外面会合部のHAZ部より試験片を採取した。
【0099】
得られた試験片について、シャルピー衝撃試験を行い、各3個の試験片の測定で−30℃における吸収エネルギーがいずれも100J以上であったものを○、一つでも100J未満であったものを×とした。吸収エネルギーが高いほど、HAZじん性が優れていることを示している。
【0100】
各項目についての試験結果は、表2に示した通りである。本発明の条件をすべて満たす実施例(No.1〜10)の鋼板では、HIC性の試験において割れが観察されなかった。また、HAZじん性の評価においても、吸収エネルギーが100J以上と、良好な結果を示した。じん性は、脆性破壊に対する抵抗力の指標と見なすことができるが、一般的にHAZでは溶接時の熱影響によりじん性が低下する(脆化する)。したがって、そのように厳しい条件であるHAZ部においても高いじん性を備える本発明の鋼板は、HICなどの脆性破壊に対して極めて優れた耐性を有しているといえる。一方、内部層(母材鋼板)の成分組成が、本発明の条件を満たさない比較例(No.11〜16)の鋼板では、耐HIC性とHAZじん性の一方または両方の特性が、基準を満足しなかった。
【0101】
・ 実施例2
次に、製造条件と、それによって変化する表面層厚さが、鋼板の機械的特性や耐HIC性に与える影響を評価するため、様々な条件で最終板厚20mmの鋼板を製造した。製造条件と評価結果を表3に示す。それ以外の製造手順や評価方法は、実施例1と同様である。
【0102】
製造条件が本発明の範囲内である鋼板では、表面層の厚さと、表面層、内部層の両者のミクロ組織が本発明の範囲内に制御されていた。その結果、それらの鋼板は、API X65級相当以上(引張強さ≧535MPa)の強度を有するとともに、良好な耐HIC性およびHAZじん性を備えていた。なかでも、No.24、26、27および30の鋼板は、引張強さが625MPa以上と、極めて高いにもかかわらず、表面層を形成することにより、すぐれた耐HIC性を有していた。
【0103】
一方、No.22、23は鋼板の平均冷却速度が本発明の範囲にない。No.22では冷却速度が足りず、その結果、内部層におけるベイナイト、アシキュラーフェライト、およびベイニティックフェライトの体積分率が十分ではない。また、No.23では冷却速度が高すぎるため、最表層はフェライトで軟質化しているものの、その直下の内部層がマルテンサイトなどの形成により硬質化していた。その結果、No.22、23いずれの場合でも、十分な耐HIC性とじん性を得ることができなかった。
【0104】
【表1】
【0105】
【表2】
【0106】
【表3】
【0107】
・ 実施例3
次に、先に説明した(2)熱間圧延後に熱処理を行って表面を脱炭する方法にしたがって鋼板の表面にフェライトを主体とする表面層を形成した例を示す。すなわち、本実施例においては、スラブを熱間圧延した後、鋼板表層温度がAr
3点以上の状態から加速冷却を開始し、冷却終了後、得られた鋼板を再び加熱し、800℃以上の温度に60秒以上保持することによって表層に脱炭層を形成した。具体的な手順は次のとおりである。
【0108】
表4に示す成分組成のスラブを連続鋳造法により製造し、実施例2と同様に、様々な条件で熱間圧延と加速冷却を行って、最終板厚20mmの鋼板を作製した。ただし、ここでは、冷却開始温度をAr
3点以上とするとともに、冷却後の鋼板を再度加熱し、鋼板を800℃以上の温度に60秒以上保持する熱処理を行うことによって鋼板表層にフェライト脱炭層を形成した。用いた製造条件を表5に示す。その後、実施例2と同様の方法で、得られた鋼板のミクロ組織、各種機械的特性、および耐HIC性を評価した。評価結果は表5に示したとおりである。
【0109】
鋼の成分組成と製造条件が本発明の範囲内である鋼板では、表面層の厚さと、表面層、内部層の両者のミクロ組織が本発明の範囲内に制御されていた。その結果、それらの鋼板は、API X65級相当以上(引張強さ≧535MPa)の強度を有するとともに、良好な耐HIC性およびHAZじん性を備えていた。なかでも、No.36、37、40および41の鋼板は、引張強さが625MPa以上と、極めて高いにもかかわらず、フェライトを主体とする表面層を形成したことにより、すぐれた耐HIC性を示した。
【0110】
一方、冷却後の再加熱温度と再加熱時間のいずれかが本発明の条件を満たしていないNo.34、35、39および47では、耐HIC性が十分ではなかった。これは、熱処理時に脱炭が進行せず、水素侵入の障壁として働くフェライト層が形成されなかったためである。また、No.38、42および43では、冷却開始温度がAr
3点未満であるため、熱間圧延後の加速冷却工程において鋼板表層にフェライトが形成される。そして、冷却後の再加熱によってこのフェライトが粗大化した結果、耐HIC性および靭性が劣化していた。No.44〜47で用いた鋼種Tは、Si含有量が本発明の範囲外である。このうち、No.44、45および46においては、製造条件が本発明の条件を満たしているにも関わらず、十分な耐HIC性とじん性を得ることができなかった。これは、Si含有量が高すぎるため、加速冷却後の熱処理において鋼板表層における脱炭が促進され、その結果、厚さ2000μmを超えるフェライト層が形成されてしまうためである。
【0111】
以上の実施例の結果から分かるように、本発明のラインパイプ用鋼板は、X65級以上の強度と優れた耐HIC性を兼ね備えており、例えば、H
2S濃度が2300ppm以上であるようなサワー環境下においても使用することができる。また、H
2S濃度が2300ppm未満であるような、いわゆるマイルドサワー環境下においても好適に使用することができることはいうまでもない。
【0112】
【表4】
【0113】
【表5】