特許第6241569号(P6241569)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6241569高強度鋼及びその製造方法、並びに鋼管及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6241569
(24)【登録日】2017年11月17日
(45)【発行日】2017年12月6日
(54)【発明の名称】高強度鋼及びその製造方法、並びに鋼管及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171127BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20171127BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20171127BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20171127BHJP
   B21B 1/26 20060101ALI20171127BHJP
【FI】
   C22C38/00 301A
   C22C38/14
   C22C38/58
   C21D8/02 A
   B21B1/26 B
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-509278(P2017-509278)
(86)(22)【出願日】2016年3月25日
(86)【国際出願番号】JP2016001726
(87)【国際公開番号】WO2016157856
(87)【国際公開日】20161006
【審査請求日】2017年2月16日
(31)【優先権主張番号】特願2015-65775(P2015-65775)
(32)【優先日】2015年3月27日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】太田 周作
(72)【発明者】
【氏名】嶋村 純二
(72)【発明者】
【氏名】石川 信行
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 茂
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−183133(JP,A)
【文献】 特開2007−119884(JP,A)
【文献】 特開2007−169747(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/108027(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00− 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.04〜0.09%、Si:0.05〜0.20%、Mn:1.5〜2.0%、P:0.020%以下、S:0.002%以下、Mo:0.10〜0.50%、Nb:0.010〜0.050%、Ti:0.005〜0.02%、Al:0.01〜0.04%、N:0.006%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
式(1)で表されるX(%)が0.75%以上であり、
ベイナイト分率が50%以上の組織を有する鋼であり、
Lerson Miller Parameter (LMP)=15000の条件で行った時効後の転位密度が1.0×1015/m以上、かつ前記時効前後の降伏強度550MPa以上である高強度鋼
X(%)=0.35Cr+0.9Mo+12.5Nb+8V (1)
式(1)中における元素記号は各元素の含有量(質量%)を意味する。また、含有しない元素については0を代入する。
【請求項2】
質量%で、更に、Cr:0.50%以下、V:0.070%以下、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下のうち1種または2種を含有する請求項1に記載の高強度鋼
【請求項3】
請求項1又は2に記載の高強度鋼から構成され、外径が500mm以上である鋼管。
【請求項4】
請求項1または2記載の高強度鋼の製造方法であって、
鋼素材を1100〜1200℃に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程で加熱された鋼素材を、900℃以下での累積圧下率が50%以上、かつ圧延終了温度が850℃以下の条件で熱間圧延する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程で得られた熱延板を、冷却速度が5℃/秒以上、冷却停止温度が300〜550℃の条件で加速冷却する加速冷却工程と、を有する高強度鋼の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の高強度鋼を管状に冷間成形する冷間成形工程と、
前記冷間成形工程で管状に成形された鋼板の突合せ部を溶接する溶接工程と、を有する、外径が500mm以上である鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中温度域での長時間時効前後における降伏強度が550MPa以上の高強度鋼に関する。特に、本発明の高強度鋼は、蒸気配管用の高強度鋼管の素材として好適に使用可能である。
【背景技術】
【0002】
カナダ等に埋蔵されている油層からオイルサンドを回収する方法として、露天堀による方法と高温・高圧の蒸気を鋼管により油層に挿入するスチームインジェクション法がある。露天掘りが適用可能な地域が少ないため、多くの地域ではスチームインジェクション法が用いられる。
【0003】
スチームインジェクション法において、油層内へ送入される蒸気の温度は、300〜400℃の温度域(以下、中温度域という)にある。スチームインジェクション法では、中温度域の温度を有する蒸気が、高圧にて油層内に送り込まれる。この蒸気の送り込みには、上記の通り、鋼管が使用される。
【0004】
近年、エネルギー需要の増加に伴う重質油の回収率の向上ならびに敷設コストの低減を目的として、上記鋼管の大径化ならびに高強度化が要望されている。
【0005】
スチームインジェクション法に使用可能な蒸気輸送用の鋼管の従来技術として、特許文献1及び特許文献2がある。これらの特許文献では、API X80グレード相当の継目無管が報告されており、この継目無管の鋼管外径が最大で16インチである。
【0006】
継目無鋼管においては、更なる大径化が困難である。また、継目無鋼管においては、API X80グレード以上の強度を得るには合金元素の多量添加が求められる。
【0007】
ところで、特許文献3、4には、大径化が可能であり、溶接によって製造された高強度鋼管の製造技術が開示されている。より具体的には、特許文献3、4は、TMCP(Thermo−mechanical control process)により作製され、API X80グレード以上の強度を有する高強度鋼管の製造技術に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−290728号公報
【特許文献2】特許第4821939号公報
【特許文献3】特許第5055736号公報
【特許文献4】特許第4741528号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献3では、中温度域における高温特性はX80グレードを満足する。しかし、特許文献3では、長時間使用した際の強度特性については考慮されていない。
【0010】
特許文献4では長期間時効後のクリープ特性が記載されており、開発鋼は破断強度の改善が見られるものの、安全の判断基準が明確にされていない。また、破断強度もX80グレードにおける降伏応力の規格下限値の80%(=440MPa)を下回る値も散見され、十分な強度とは言いがたい。
【0011】
このように、従来技術では、大径であること、蒸気輸送用の高強度鋼管に要求される強度特性を有することの全てを満たす蒸気配管用の高強度鋼管を得ることができない。
【0012】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、大径であること、蒸気輸送用の高強度鋼管に要求される強度特性を有することの全てを満たす鋼管の素材となる高強度鋼及びその製造方法を提供することにある。また、本発明は、上記高強度鋼から構成される鋼管及びその製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、大径化された高強度鋼管における中温度域での特性について鋭意検討した。その結果、成分組成と製造条件を適宜選定することにより、大径でありながら、蒸気輸送用の高強度鋼管に要求される強度特性を有する高強度鋼管を製造可能な高強度鋼が得られることを見出した。
【0014】
本発明は上記知見に更に検討を加えてなされたものであり、すなわち、本発明は以下で構成される。
【0015】
[1]質量%で、C:0.04〜0.09%、Si:0.05〜0.20%、Mn:1.5〜2.0%、P:0.020%以下、S:0.002%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.10〜0.50%、Nb:0.010〜0.050%、V:0.070%以下、Ti:0.005〜0.02%、Al:0.01〜0.04%、N:0.006%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、式(1)で表されるX(%)が0.75%以上であり、ベイナイト分率が50%以上の組織を有する鋼であり、Lerson Miller Parameter (LMP)=15000の条件で行った時効後の、転位密度が1.0×1015/m以上かつ、前記時効前後の降伏強度550MPa以上である高強度鋼。
X(%)=0.35Cr+0.9Mo+12.5Nb+8V (1)
式(1)中における元素記号は各元素の含有量(質量%)を意味する。また、含有しない元素については0を代入する。
【0016】
[2]質量%で、更に、Cu:0.50%以下、Ni:0.50%以下のうち1種または2種を含有する[1]に記載の高強度鋼。
【0017】
[3][1]又は[2]に記載の高強度鋼から構成される鋼管。
【0018】
[4][1]または[2]記載の高強度鋼の製造方法であって、鋼素材を1100〜1200℃に加熱する加熱工程と、前記加熱工程で加熱された鋼素材を、900℃以下での累積圧下率が50%以上、かつ圧延終了温度が850℃以下の条件で熱間圧延する熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程で得られた熱延板を、冷却速度が5℃/秒以上、冷却停止温度が300〜550℃の条件で加速冷却する加速冷却工程と、を有する高強度鋼の製造方法。
【0019】
[5][1]又は[2]に記載の高強度鋼から構成される鋼板を管状に冷間成形する冷間成形工程と、前記冷間成形工程で管状に成形された鋼板の突合せ部を溶接する溶接工程と、を有する鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、大径でありながら、蒸気輸送用の高強度鋼管に要求される強度特性を有する高強度鋼管が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0022】
<高強度鋼>
本発明の高強度鋼は、質量%で、C:0.04〜0.09%、Si:0.05〜0.20%、Mn:1.5〜2.0%、P:0.020%以下、S:0.002%以下、Cr:0.50%以下、Mo:0.10〜0.50%、Nb:0.010〜0.050%、V:0.070%以下、Ti:0.005〜0.02%、Al:0.01〜0.04%、N:0.006%以下を含有する。以下の説明において、成分の含有量を表す「%」は「質量%」を意味する。
【0023】
C:0.04〜0.09%
Cは固溶強化ならびに析出強化により鋼の強度を確保するために必要な元素である。特に、固溶C量の増加と析出物の形成は中温度域での強度確保に寄与する。室温ならびに中温度域において所定の強度を確保するために、本発明では、C含有量を0.04%以上とする。また、C含有量が0.09%を超えると、靭性ならびに溶接性の劣化を招く。このため、C含有量の上限を0.09%とする。以上の通り、本発明において、C含有量は0.04〜0.09%とした。
【0024】
Si:0.05〜0.20%
Siは脱酸のために添加される。Si含有量が0.05%未満では充分な脱酸効果が得られない。Si含有量が0.20%を超えると靭性の劣化を招く。そこで、Si含有量は0.05〜0.20%とした。
【0025】
Mn:1.5〜2.0%
Mnは鋼の強度および靱性の向上に有効な元素である。Mn含有量が1.5%未満ではその効果が小さい。また、Mn含有量が2.0%を超えると靭性ならびに溶接性が著しく劣化する。そこで、Mn含有量は1.5〜2.0%とした。
【0026】
P:0.020%以下
Pは不純物元素であり、靱性を劣化させる。このため、P含有量は極力低減することが望ましい。しかし、P含有量を過度に低減すると、製造コストが上昇する。そこで、靭性劣化が許容範囲内に収まる条件として、P含有量を0.020%以下とした。
【0027】
S:0.002%以下
Sは不純物元素であり靭性を劣化させる。このため、S含有量は極力低減することが望ましい。また、Caを添加してMnSからCaS系の介在物に形態制御を行ったとしても、X80グレードの高強度材の場合には微細に分散したCaS系介在物も靱性低下の要因となり得る。そこで、S含有量を0.002%以下とした。
【0028】
Cr:0.50%以下
Crは焼き戻し軟化抵抗を高め、高温強度の上昇に有効な元素の一つである。この効果を得るためには、Cr含有量は0.05%以上であることが好ましい。しかし、Cr含有量が0.50%を超えると溶接性に悪影響を与える。そこで、Cr含有量は0.50%以下とした。なお、後述する式(1)が所望の範囲にあること等によって、焼き戻し軟化抵抗を高め、高温強度の上昇させることができるのであれば、Crを含まなくてもよい。
【0029】
Mo:0.10〜0.50%
Moは、固溶強化させ、また、焼入れ性を向上させる。固溶強化及び焼入れ性向上により、強度上昇の効果が得られ、特に焼戻し軟化抵抗の増大による中温度域での強度が上昇する。Mo含有量が0.10%未満ではその効果が小さく十分な強度が得られない。一方、Mo含有量が0.50%を超えると効果が飽和すると共に、靭性ならびに溶接性が劣化する。そこで、Mo含有量は0.1〜0.50%とした。
【0030】
Nb:0.010〜0.050%
Nbはスラブ加熱時と圧延時の結晶粒の成長を抑制する。この抑制により、ミクロ組織が微細化し、充分な強度と靱性を鋼に付与できる。また、Nbは、炭化物を形成し中温度域での強度確保に必要な成分でもある。その効果はNb含有量が0.010%以上で顕著である。また、Nb含有量が0.050%を超えるとその効果がほぼ飽和するだけでなく、靭性ならびに溶接性が劣化する。そこで、Nbの含有量は0.010〜0.050%とした。
【0031】
V:0.070%以下
Vは少量添加で結晶粒を微細化し、強度上昇に寄与する。また、焼戻し軟化抵抗を高め、中温度域での強度上昇に有効な元素の1つである。これらの効果を得るためにはV含有量は0.01%以上であることが好ましい。また、V含有量が0.070%を超えると溶接熱影響部の靭性が劣化する。そこで、V含有量は0.070%以下に規定する。なお、後述する式(1)で表されるXが所望の範囲にあること等によって、高温強度を上昇させることができるのであれば、Vを含まなくてもよい。
【0032】
Ti:0.005〜0.02%
Tiは、TiNを形成してスラブ加熱時や溶接熱影響部の粒成長を抑制し、ミクロ組織の微細化をもたらして靱性を改善する効果がある。この効果を得るためには、Ti含有量を0.005%以上にする必要がある。また、Ti含有量が0.02%を超えると、靱性が劣化する。そこで、Ti含有量は0.02%以下とした。
【0033】
Al:0.01〜0.04%
Alは脱酸剤として添加される。この効果を得るためにはAl含有量を0.01%以上にする必要がある。Al含有量が0.04%を超えると靱性が劣化する。そこで、Al含有量は0.01〜0.04%とする。
【0034】
N:0.006%以下
NはTiと共にTiNを形成し、1350℃以上に達する溶接熱影響部の高温域において微細分散する。この微細分散は、溶接熱影響部の旧オーステナイト粒を細粒化し、溶接熱影響部の靭性向上に大きく寄与する。この効果を得るためにはN含有量が0.002%以上であることが好ましい。N含有量が0.006%を超えると、析出物の粗大化ならびに固溶Nの増加による母材靭性の劣化と、鋼管での溶接金属の靭性劣化を招く。そこで、N含有量は0.006%以下とした。
【0035】
X(X=0.35Cr+0.9Mo+12.5Nb+8V (1)):0.75%以上
また、本発明では、Cr含有量、Mo含有量、Nb含有量及びV含有量を、X(%)が0.75%以上になるように調整する。X(%)は、中温度域での長時間時効後の優れた強度を有する鋼とするための重要な因子である。長時間時効時の転位回復を抑制し、長時間時効後に転位密度が1.0×1015/mになるように、X(%)を0.75%以上とする必要がある。本発明の高強度鋼を安価に製造するためには、X(%)は1.00%以下とすることが好ましく、さらに好ましくは0.90%以下である。なお、本発明にはCr、Vを含まない場合があるが、この場合、「0.35Cr+0.9Mo+12.5Nb+8V」の「Cr」や「V」には0を代入すればよい。
【0036】
また、本発明の高強度鋼は、更に特性を向上させる目的で、Cu、Niの1種または2種を含有してもよい。
【0037】
Cu:0.50%以下
Cuは靭性の改善と強度の上昇に有効な元素の1つである。これらの効果を得るためにはCu含有量を0.05%以上にすることが好ましい。Cu含有量が0.50%を超えると、溶接性が低下する。そこで、Cuを含有する場合、Cu含有量は0.50%以下とした。
【0038】
Ni:0.50%以下
Niは靭性の改善と強度の上昇に有効な元素の1つである。これらの効果を得るためにはNi含有量を0.05%以上にすることが好ましい。Ni含有量が0.50%を超えると効果が飽和し製造コストの上昇を招く。そこで、Niを含有する場合、Ni含有量を0.50%以下とした。
【0039】
本発明では、Cu+Ni+Cr+Mo(元素記号は各元素の含有量(質量%)を意味する)が、0.90%以下になるように、Cu含有量、Ni含有量、Cr含有量及びMo含有量が調整されることが好ましい。これらの元素群は強度上昇に寄与し、多量に添加するほど鋼の特性を高められる。しかし、製造コストを安価に抑えるためには、Cu+Ni+Cr+Moを0.90%以下とすることが好ましい。
【0040】
上記成分以外の残部はFe及び不可避的不純物である。不可避的不純物としてはB:0.0002%以下が挙げられる。
【0041】
次いで、本発明の高強度鋼の組織について説明する。本発明の高強度鋼の組織において、ベイナイト分率は面積率で50%以上である。ベイナイト分率が50%以上であることは初期転位密度を高めるという理由で必要である。また、ベイナイト分率の上限は特に限定されない。なお、ベイナイト以外の相として、フェライト、パーライト、マルテンサイト、島状マルテンサイト(MA)、残留オーステナイト、などが、面積率の合計で50%以下含まれてもよい。
【0042】
次いで、本発明の高強度鋼の強度特性について説明する。Lerson Miller Parameter (LMP)=15000の条件で行った時効後の、転位密度が1.0×1015/m以上かつ降伏強度550MPa以上である。
【0043】
LMP=15000の時効処理とは、下記式(2)で表されるLMPが15000になる熱処理温度、熱処理時間の条件で行う時効処理である。「LMP=15000」は熱処理温度が400℃、熱処理時間が8時間の処理であり、中温度域である350℃で1年間熱処理した値に相当する。
【0044】
LMP=(T+273)×(20+log(t)) (2)
T:熱処理温度(℃)
t:熱処理時間(秒)
上記処理後の降伏強度が550MPa以上である。上記降伏強度が550MPa以上であることで蒸気配管用鋼管として安定した操業が可能であるという効果がある。ここで、上記降伏強度は、350℃の高温引張試験で測定された降伏強度を意味する。
【0045】
なお、実施例に記載の通り、本発明では、鋼板及び鋼管のいずれから採取した試験片も、上記時効処理前後の降伏強度がともに550MPa以上になる。
【0046】
上記処理後の転位密度は、1.0×1015/m以上である。上記転位密度が1.0×1015/m以上であることで、350℃における降伏強度が550MPa以上を確保できるという効果がある。
【0047】
次に転位密度の測定方法について説明する。
【0048】
転位密度はX線回折の半価幅βよりひずみを求め、換算する手法を用いる。通常のX線回折により得られる回折強度曲線では、波長の異なるKα1線とKα2線の2つが重なっているため、Rachingerの方法により分離する。
【0049】
ひずみの算出には以下に示すWilliamsson−Hall法を用いる。半価幅の広がりは結晶子のサイズDとひずみεが影響し、両因子の和として次式で計算できる。β=β1+β2=(0.9λ/(D×cosθ))+2ε×tanθ
さらにこの式は以下に変形できる。
βcosθ/λ=0.9/D+2ε×sinθ/λ
sinθ/λに対してβcosθ/λをプロットすることにより、直線の傾きからひずみεが算出される。なお、算出に用いる回折線は(110)、(211)、(220)とする。ひずみεから転位密度の換算は以下の式を用いた。
ρ=14.4ε/b
この時ρは転位密度を、bはバーガースベクトル(=0.25nm)を意味する。なお、θはX線回折のθ‐2θ法より算出されるピーク角度を意味し、λはX線回折で使用するX線の波長を意味する。
【0050】
<鋼管>
本発明の鋼管は、上記の高強度鋼から構成される。本発明の鋼管は、本発明の高強度鋼から構成されるため、大径としても、蒸気輸送用の高強度溶接鋼管に要求される強度特性を有する。
【0051】
大径とは、鋼管の外径(直径)が500mm以上であることを意味する。特に、本発明によれば、蒸気輸送用の高強度溶接鋼管に要求される強度特性を維持しつつ、上記外径850mmまでは十分に大径化できる。
【0052】
また、鋼管の厚みは、特に限定されないが、蒸気輸送用の場合、12〜30mmである。
【0053】
蒸気輸送用の高強度溶接鋼管に要求される強度特性とは、上記高強度鋼と同様に、Lerson Miller Parameter (LMP)=15000の条件で行った時効後の、転位密度が1.0×1015/m以上かつ上記時効前後の350℃における降伏強度550MPa以上である。
【0054】
<高強度鋼の製造方法>
次に、本発明の高強度鋼の製造方法について説明する。本発明の製造方法は、加熱工程と、熱間圧延工程と、加速冷却工程と、を有する。以下、各工程について説明する。なお、以下の説明において、特に断らない限り、温度は板厚方向の平均温度とする。板厚方向の平均温度は、板厚、表面温度および冷却条件等から、シミュレーション計算等により求められる。例えば、差分法を用い、板厚方向の温度分布を計算することにより、板厚方向の平均温度が求められる。
【0055】
加熱工程
本発明において、加熱工程とは、鋼素材を1100〜1200℃に加熱する工程である。ここで鋼素材とは、例えば溶鋼を鋳造して得られるスラブである。鋼素材の成分組成が、高強度鋼の成分組成となるため、高強度鋼の成分組成の調整は、溶鋼の成分組成の調整の段階で行えばよい。なお、鋼素材の製鋼方法については特に限定しない。経済性の観点から、転炉法による製鋼プロセスと、連続鋳造プロセスによる鋼片の鋳造を行うことが望ましい。
【0056】
後述する熱間圧延工程に際し、オーステナイト化ならびに炭化物の固溶を十分に進行させ、室温ならびに中温度域での十分な強度を得るためには、鋼素材の加熱温度を1100℃以上とする必要がある。一方、加熱温度が1200℃を超えると、オーステナイト粒成長が著しく、母材靱性が劣化する。そこで、加熱温度は1100〜1200℃とした。
【0057】
熱間圧延工程
本発明において、熱間圧延工程とは、加熱工程で加熱された鋼素材を、900℃以下での累積圧下率が50%以上、かつ圧延終了温度が850℃以下の条件で熱間圧延する工程である。
【0058】
オーステナイト未再結晶温度域の上限は、Nb添加により900℃程度まで上昇する。900℃以下での温度域において圧延を行うことにより、オーステナイト粒が伸展し、板厚、板幅方向で細粒となると共に、圧延により導入される粒内の転位密度が増加する。900℃以下での累積圧下率が50%以上で圧延終了温度を850℃以下とすることにより、この効果が顕著に発揮され、熱間圧延および後述する冷却後の高強度鋼において、またその高強度鋼からなる鋼管の状態において、強度、特に中温度域での強度が向上する。なお、上記累積圧下率の上限は特に限定されないが、累積圧下率を過度に大きくすると圧延機に過大な負荷がかかるおそれがあるため、累積圧下率は90%以下とすることが好ましい。
【0059】
900℃以下での累積圧下率が50%未満あるいは圧延終了温度が850℃を超える場合には、オーステナイト粒の細粒化が十分でなく、粒内の転位密度が小さいため、中温度域での強度が劣化する。これより、900℃以下での累積圧下率は50%以上、かつ圧延終了温度は850℃以下とする。
【0060】
なお、上記圧延終了温度の下限は特に限定されないが、鋼全体がオーステナイトである状態から冷却することにより組織の均一性が確保されるという理由でAr3℃以上が好ましい。
【0061】
加速冷却工程
本発明において、加速冷却工程とは、熱間圧延工程で得られた熱延板を、冷却速度(冷却開始温度と冷却停止温度との差を冷却開始から冷却停止までの所要時間で除した平均冷却速度を意味する。)が5℃/秒以上、冷却停止温度が300〜550℃の条件で加速冷却する工程である。
【0062】
高強度鋼の強度は加速冷却での冷却速度の増加に伴い上昇する傾向を示す。加速冷却時の冷却速度が5℃/s未満の場合、高温で変態が開始するため、ベイナイト以外にフェライトやパーライトが生成するほか、冷却中に転位の回復も進行する。このため、冷却速度が5℃/s未満の場合、室温ならびに中温度域にて十分な強度を得ることができない。そこで、加速冷却時の冷却速度を5℃/s以上とする。なお、冷却速度の上限は特に限定されないが、マルテンサイト分率の過度な上昇をさけるために、冷却速度は50℃/s以下であることが好ましい。
【0063】
鋼板強度は加速冷却の冷却停止温度が低下するに従い上昇する傾向を示す。しかし、加速冷却の冷却停止温度が550℃を超える場合、炭化物の成長が促進され固溶炭素量が低減するため、冷却後の高強度鋼において、またその高強度鋼からなる鋼管の状態において、十分な強度、特に中温度域での十分な強度が得られない。一方、冷却停止温度が300℃未満の場合には、可動転位の多いマルテンサイトなどの低温変態生成物の形成が顕著になる。その結果、中温度域での長時間時効により転位の回復が促進されて強度が著しく低下する。そこで、加速冷却の冷却停止温度は300〜550℃とする。
【0064】
<鋼管の製造方法>
本発明の鋼管の製造方法は、冷間成形工程と、溶接工程とを有する。
【0065】
冷間成形工程
冷間成形工程とは、本発明の高強度鋼から構成される鋼板を管状に冷間成形する工程である。
【0066】
蒸気輸送用の鋼管を製造する場合には、上記鋼板の厚みは12〜30mmであることが好ましい。
【0067】
冷間にて、鋼板を管状に成形する方法は特に限定されない。成形方法としては、UOE成形、プレスベンド成形、ロール成形などを例示できる。
【0068】
溶接工程
溶接工程とは、冷間成形工程で管状に成形された鋼板の突合せ部を溶接する工程である。溶接方法は、特に限定されないが、サブマージドアーク溶接等により溶接接合すればよい。なお、溶接後の鋼管に対して、拡管を実施すると、管断面の真円度が改善されるため、好ましい。鋼管製造後の熱処理は所望する特性に応じて実施すればよく、特に規定しない。
【実施例】
【0069】
表1に示す化学成分を有する鋼A〜Mを用いて、表2に示す製造条件にて作製した鋼板(板厚15〜25mm)を冷間成形後シーム溶接により、外径610mm×管厚15〜25mmの鋼管を作製した。なお、表2に示す製造条件において「圧下率」は900℃以下での累積圧下率、「FT」は圧延終了温度、「冷速」は冷却速度、「冷停」は冷却停止温度、「熱処理」は長時間時効処理を意味する。
【0070】
上記のように製造した鋼板の板幅中央部より鋼組織観察用サンプルを採取し、圧延長手方向と平行な板厚断面を鏡面研磨した後、ナイタール腐食することによりミクロ組織を出現させた。その後、光学顕微鏡を用い、400倍の倍率で無作為に5視野について鋼組織写真を撮影し、写真中のベイナイト分率を画像解析装置にて測定した。
【0071】
鋼板特性として、鋼板圧延方向と直角方向に引張試験片を採取し、350℃での降伏強度(単位MPa)を求めた。引張試験では直径6mmの丸棒試験片を用い、350℃での降伏強度(単位MPa)が550MPa以上を良好とした。
【0072】
長時間時効後(400℃で8時間の熱処理)の特性として、鋼板圧延方向と直角方向に引張試験片を採取し、350℃での降伏強度(単位MPa)を求めた。引張試験では直径6mmの丸棒試験片を用い、350℃での降伏強度(単位MPa)が550MPa以上を良好とした。
【0073】
また、長時間時効後(400℃で8時間の熱処理)の特性として、鋼管についても、管周方向の直径6mmの丸棒試験片を採取し、鋼板と同様に降伏強度の測定を行った。350℃での降伏強度(単位MPa)が550MPa以上を良好とした。
【0074】
長時間時効後(400℃で8時間の熱処理)の転位密度の測定には、鋼板板厚中心より厚さ1mm、20mm角の試験片を採取し、X線回折により半価幅を求め、転位密度に換算した。X線回折の解析方法はθ−2θ法とし、転位密度が1.0×1015/m以上を良好とした。なお、表中の「E+数字」は「10の(数字)乗」であることを意味する。例えば、「E+15」は1015を意味する。
【0075】
表2に鋼板の製造条件、得られた特性を示す。化学成分、鋼板製造条件とも本発明範囲内である本発明鋼(No.1〜9)は鋼板、鋼管の350℃での降伏強度(単位MPa)が550MPa以上を有し、かつ鋼板の長時間時効後の350℃での降伏強度についても550MPa以上が得られている。なお、表に結果を示していないが、鋼管についても長時間時効後(400℃で8時間の熱処理)の転位密度が、本発明例では1.0×1015/m以上であり、良好であった。
【0076】
一方、化学成分あるいは鋼板製造条件が本発明範囲外である比較鋼(No.10〜19)は、350℃での強度および/または長時間時効前後の350℃での強度が本発明鋼に対して劣っていた。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】