特許第6241580号(P6241580)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6241580-抵抗スポット溶接方法 図000004
  • 特許6241580-抵抗スポット溶接方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6241580
(24)【登録日】2017年11月17日
(45)【発行日】2017年12月6日
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/11 20060101AFI20171127BHJP
   B23K 11/24 20060101ALI20171127BHJP
【FI】
   B23K11/11 540
   B23K11/24 320
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-542186(P2017-542186)
(86)(22)【出願日】2017年5月23日
(86)【国際出願番号】JP2017019254
【審査請求日】2017年8月10日
(31)【優先権主張番号】特願2016-115481(P2016-115481)
(32)【優先日】2016年6月9日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179589
【弁理士】
【氏名又は名称】酒匂 健吾
(72)【発明者】
【氏名】澤西 央海
(72)【発明者】
【氏名】松田 広志
(72)【発明者】
【氏名】池田 倫正
【審査官】 黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−188752(JP,A)
【文献】 特開2016−55337(JP,A)
【文献】 特開2016−68142(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11
B23K 11/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法において、
上記金属板のうち、最も薄い金属板の板厚をt(mm)としたとき、各金属板間に2√t(mm)以上の径を有する溶融部が形成されるように定電流制御で通電を行う第1の段階と、
上記第1の段階で形成された溶融部の径をD(mm)としたとき、上記溶融部の径がDの80%以下となるように上記溶融部を一旦冷却する第2の段階と、
ついで、設定した目標値に応じて通電量を制御する適応制御溶接を行う第3の段階と、
をそなえる、抵抗スポット溶接方法。
【請求項2】
前記目標値を設定するためのテスト溶接を事前に行うものとし、
該テスト溶接では、定電流制御により前記第1〜第3の段階に対応するように溶接を行い、これにより、少なくとも前記第3の段階と対応する該テスト溶接の第3の段階における、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線および単位体積当たりの累積発熱量を導出し、
また、前記第3の段階の溶接を行うにあたり、前記目標値を、上記テスト溶接の第3の段階で導出した単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線および単位体積当たりの累積発熱量に設定して、該時間変化曲線を基準として溶接を行い、前記第3の段階の単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化量が基準である該時間変化曲線から外れた場合には、その外れ量を前記第3の段階の残りの通電時間内で補償すべく、前記第3の段階の累積発熱量が、上記テスト溶接の第3の段階で予め求めた累積発熱量と一致するように通電量を制御する適応制御溶接を行う、請求項1に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項3】
前記第1の段階において各金属板間に形成される溶融部の合計厚みをtx(mm)としたとき、前記被溶接材の合計厚みt0(mm)との関係で、tx/t0≦0.95の関係を満足するように、前記第1の段階の通電を行う、請求項1または2に記載の抵抗スポット溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抵抗スポット溶接方法に関し、とくに分流や板隙などの外乱の影響が大きい場合であっても、散りを発生させることなく安定してナゲット径を確保することを可能ならしめようとするものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、重ね合わせた鋼板同士の接合には、重ね抵抗溶接法の一種である抵抗スポット溶接法が用いられている。
この溶接法は、重ね合わせた2枚以上の鋼板を挟んでその上下から一対の電極で加圧しつつ、上下電極間に高電流の溶接電流を短時間通電して接合する方法であり、高電流の溶接電流を流すことで発生する抵抗発熱を利用して、点状の溶接部が得られる。この点状の溶接部はナゲットと呼ばれ、重ね合わせた鋼板に電流を流した際に鋼板の接触箇所で両鋼板が溶融し、凝固した部分である。このナゲットにより、鋼板同士が点状に接合される。
【0003】
良好な溶接部品質を得るためには、ナゲット径が適正な範囲で形成されることが重要である。ナゲット径は、溶接電流、通電時間、電極形状および加圧力等の溶接条件によって定まる。従って、適切なナゲット径を形成するためには、被溶接材の材質、板厚および重ね枚数等の被溶接材条件に応じて、上記の溶接条件を適正に設定する必要がある。
【0004】
例えば、自動車の製造に際しては、一台当たり数千点ものスポット溶接が施されており、また次々と流れてくる被処理材(ワーク)を溶接する必要がある。この時、各溶接箇所における被溶接材の材質、板厚および重ね枚数等の被溶接材の状態が同一であれば、溶接電流、通電時間および加圧力等の溶接条件も同一の条件で同一のナゲット径を得ることができる。しかしながら、連続した溶接では、電極の被溶接材接触面が次第に摩耗して接触面積が初期状態よりも次第に広くなる。このように接触面積が広くなった状態で、初期状態と同じ値の溶接電流を流すと、被溶接材中の電流密度が低下し、溶接部の温度上昇が低くなるため、ナゲット径は小さくなる。このため、数百〜数千点の溶接毎に、電極の研磨または交換を行い、電極の先端径が拡大しすぎないようにしている。
【0005】
その他、予め定めた回数の溶接を行うと溶接電流値を増加させて、電極の摩耗に伴う電流密度の低下を補償する機能(ステッパー機能)を備えた抵抗溶接装置が、従来から使用されている。このステッパー機能を使用するには、上述した溶接電流変化パターンを予め適正に設定しておく必要がある。しかしながら、このために、数多くの溶接条件および被溶接材条件に対応した溶接電流変化パターンを、試験等によって導き出すには、多くの時間とコストが必要になる。また、実際の施工においては、電極摩耗の進行状態にはバラツキがあるため、予め定めた溶接電流変化パターンが常に適正であるとはいえない。
【0006】
さらに、溶接に際して外乱が存在する場合、例えば、溶接する点の近くにすでに溶接した点(既溶接点)がある場合や、被溶接材の表面凹凸が大きく溶接する点の近くに被溶接材の接触点が存在する場合には、溶接時に既溶接点や接触点に電流が分流する。このような状態では、所定の条件で溶接しても、電極直下の溶接したい位置における電流密度は低下するため、やはり必要な径のナゲットは得られなくなる。この発熱量不足を補償し、必要な径のナゲットを得るには、予め高い溶接電流を設定することが必要となる。
【0007】
また、表面凹凸や部材の形状などにより溶接する点の周囲が強く拘束されている場合や、溶接点周囲の鋼板間に異物が挟まっていたりする場合には、鋼板間の板隙が大きくなることで鋼板同士の接触径が狭まり、散りが発生しやすくなることもある。
【0008】
上記の問題を解決するものとして、以下に述べるような技術が提案されている。
例えば、特許文献1には、高張力鋼板への通電電流を漸変的に上昇させることによりナゲット生成を行なう第1ステップと、上記第1ステップの後に電流下降させる第2ステップと、上記第2ステップ後に電流上昇させて本溶接すると共に、漸変的に通電電流を下降させる第3ステップとを備えた工程によりスポット溶接を行なうことで、通電初期のなじみ不良に起因する散りを抑制しようとする高張力鋼板のスポット溶接方法が記載されている。
【0009】
特許文献2には、通電時間の初期にスパッタの発生を抑え得る程度の電流値に所定時間維持して被溶接物の表面を軟化させ、その後に電流値を所定時間高く維持してスパッタの発生を抑えつつナゲットを成長させるスポット溶接の通電制御方法が記載されている。
【0010】
特許文献3には、推算した溶接部の温度分布と目標ナゲットを比較して溶接機の出力を制御することによって、設定したナゲット径を得ようとする抵抗溶接機の制御装置が記載されている。
【0011】
特許文献4には、溶接電流とチップ間電圧を検出し、熱伝導計算により溶接部のシミュレーションを行い、溶接中における溶接部のナゲットの形成状態を推定することによって、良好な溶接を行おうとする抵抗溶接機の溶接条件制御方法が記載されている。
【0012】
特許文献5には、被溶接物の板厚と通電時間とから、その被溶接物を良好に溶接することができる単位体積当たりの累積発熱量を計算し、計算された単位体積・単位時間当たりの発熱量を発生させる溶接電流または電圧に調整する処理を行う溶接システムを用いることにより、被溶接物の種類や電極の摩耗状態によらず良好な溶接を行おうとする抵抗溶接システムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2003−236674号公報
【特許文献2】特開2006−43731号公報
【特許文献3】特開平9−216071号公報
【特許文献4】特開平10−94883号公報
【特許文献5】特開平11−33743号公報
【特許文献6】国際公開2014/136507号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1および2に記載の技術では、外乱の有無および大小によって適正となる溶接条件は変化すると考えられるため、想定以上の板隙や分流が生じた際には、散りを発生させることなく所望のナゲット径を確保することができないという問題があった。
【0015】
また、特許文献3および4に記載の技術では、熱伝導モデル(熱伝導シミュレーション)等に基づいてナゲットの温度を推定するため、複雑な計算処理が必要であり、溶接制御装置の構成が複雑になるだけでなく、溶接制御装置自体が高価になるという問題があった。
【0016】
さらに、特許文献5に記載の技術では、累積発熱量を目標値に制御することによって、電極が一定量摩耗していたとしても良好な溶接を行うことができるものと考えられる。しかしながら、設定した被溶接材条件と実際の被溶接材条件が大きく異なる場合、例えば近くに前述した既溶接点などの外乱が存在する場合や、発熱量の時間変化パターンが短時間で大きく変化する場合、例えば目付量の多い溶融亜鉛めっき鋼板の溶接の場合などには、適応制御が追随できず、最終的な累積発熱量を目標値に合わることができても、発熱の形態、つまり溶接部の温度分布の時間変化が目標とする良好な溶接部が得られる熱量パターンから外れ、必要とするナゲット径が得られなかったり、散りが発生したりする。
例えば、分流の影響が大きな場合に累積発熱量を合わせようとすると、鋼板間ではなく電極−鋼板間近傍での発熱が著しくなり、鋼板表面からの散りが発生しやすくなるという問題がある。
【0017】
加えて、特許文献3〜5の技術は全て、電極先端が摩耗した場合の変化に対してはある程度は有効であるが、既溶接点との距離が短い場合など、分流の影響が大きい場合については何ら検討がなされておらず、実際に適応制御が働かない場合があった。
【0018】
そこで、発明者らは先に、上記の問題を解決するものとして、
「複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法において、
通電パターンを2段以上の多段ステップに分割して、溶接を実施するものとし、
まず、本溶接に先立ち、各ステップ毎に、定電流制御により通電して適正なナゲットを形成する場合の電極間の電気特性から算出される、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化および単位体積当たりの累積発熱量を目標値として記憶させるテスト溶接を行い、
ついで、本溶接として、該テスト溶接で得られた単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線を基準として溶接を開始し、いずれかのステップにおいて、瞬時発熱量の時間変化量が基準である時間変化曲線から外れた場合に、その差を当該ステップの残りの通電時間内で補償すべく、本溶接の累積発熱量がテスト溶接で予め求めた累積発熱量と一致するように通電量を制御する適応制御溶接を行うことを特徴とする抵抗スポット溶接方法。」を開発し、特許文献6において開示した。
【0019】
特許文献6の技術により、電極先端が摩耗したり、外乱が存在するような場合であっても、良好な径のナゲットを得ることができるようになった。
【0020】
しかしながら、外乱の影響が特に大きい場合、例えば、大きなナゲット径を確保する必要がある場合や、既溶接点が直近に存在したり、既溶接点が溶接点の周囲に多数存在する場合、鋼板間の板隙が大きい場合などには、時として電極近傍での発熱が過大となって散りが発生することがあり、尚も満足のいくナゲット径が得られない場合があった。
【0021】
本発明は、上掲した特許文献6の改良発明に係るものであって、上記のように外乱の影響が特に大きい場合であっても、散りの発生や通電時間の増加なしに、適切な径のナゲットを得ることができる抵抗スポット溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討を重ねた。
前述したように、外乱の影響が大きく、あるいはさらに電極先端が摩耗している場合には、特許文献6の技術に従い、テスト溶接で得られた累積発熱量を目標値に設定していわゆる適応制御溶接を行ったとしても、発熱の形態、つまり溶接部の温度分布の時間変化(以下、熱量パターンともいう)が、目標とする条件(すなわち、テスト溶接により、良好な溶接部が得られたときの溶接部の温度分布の時間変化)と異なることがあり、これによって、必要とするナゲット径が得られなかったり、散りが発生したりする。
【0023】
この点について、発明者らがさらに詳しく検討したところ、以下のような知見を得た。すなわち、抵抗スポット溶接開始前および溶接初期においては、溶接する点の鋼板間の抵抗が高く、通電径が確保されていない状態である。従って、外乱が存在する場合、例えば分流の影響が大きな場合に、テスト溶接で得られた累積発熱量を目標値に設定して適応制御溶接を行うと、溶接初期の鋼板間の通電径が確保されていない状態で溶接電流が大きく増加する。このため、鋼板−鋼板間ではなく電極−鋼板間近傍での発熱が著しくなって、テスト溶接と発熱形態が大きく異なってしまう。
【0024】
また、特に鋼板間の板隙が大きい場合は、電極の形状に沿うように、鋼板が大きく反るため、板隙が無い場合と比較して電極−鋼板間の接触面積が大きくなる。これにより、電極近傍における電流密度が低下し、また電極への抜熱も促されるため、板厚方向へのナゲット成長が妨げられ、薄肉のナゲットが形成されやすくなる。
さらに、溶融部の体積が減少することで溶接部の固有抵抗が低下し、電極間電圧が下がるという現象が生じることがある。電極間電圧が低下すると、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化および単位体積当たりの累積発熱量を目標値として適応制御溶接を行う場合、溶接制御装置は、発熱量が低下したと認識することになるため、実際には適正なナゲット径が得られていたとしても、溶接電流を急激に増加させて、散りの発生を招く。
【0025】
以上の点を踏まえ、発明者らがさらに検討を重ねた結果、
まず一定以上の大きさの溶融部を形成したのち、一旦溶融部を冷却(凝固)し、その後、予め設定した適正なナゲットを形成する場合の電極間の電気特性から算出される目標値に従い、通電量を制御する適応制御溶接を行うことによって、外乱の影響が特に大きい場合であっても、適応制御溶接時における溶接部の熱量パターンを、テスト溶接における熱量パターンに沿わせることが可能となり、通電時間の増加や散りの発生なしに、適切な径のナゲットを得ることができるとの知見を得た。
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
【0026】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法において、
上記金属板のうち、最も薄い金属板の板厚をt(mm)としたとき、各金属板間に2√t(mm)以上の径を有する溶融部が形成されるように定電流制御で通電を行う第1の段階と、
上記第1の段階で形成された溶融部の径をD(mm)としたとき、上記溶融部の径がDの80%以下となるように上記溶融部を一旦冷却する第2の段階と、
ついで、設定した目標値に応じて通電量を制御する適応制御溶接を行う第3の段階と、
をそなえる、抵抗スポット溶接方法。
【0027】
2.前記目標値を設定するためのテスト溶接を事前に行うものとし、
該テスト溶接では、定電流制御により前記第1〜第3の段階に対応するように溶接を行い、これにより、少なくとも前記第3の段階と対応する該テスト溶接の第3の段階における、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線および単位体積当たりの累積発熱量を導出し、
また、前記第3の段階の溶接を行うにあたり、前記目標値を、上記テスト溶接の第3の段階で導出した単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線および単位体積当たりの累積発熱量に設定して、該時間変化曲線を基準として溶接を行い、前記第3の段階の単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化量が基準である該時間変化曲線から外れた場合には、その外れ量を前記第3の段階の残りの通電時間内で補償すべく、前記第3の段階の累積発熱量が、上記テスト溶接の第3の段階で予め求めた累積発熱量と一致するように通電量を制御する適応制御溶接を行う、前記1に記載の抵抗スポット溶接方法。
【0028】
3.前記第1の段階において各金属板間に形成される溶融部の合計厚みをtx(mm)としたとき、前記被溶接材の合計厚みt0(mm)との関係で、tx/t0≦0.95の関係を満足するように、前記第1の段階の通電を行う、前記1または2に記載の抵抗スポット溶接方法。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、大きなナゲット径を必要としたり、既溶接点が直近に存在したり、既溶接点が溶接点の周囲に多数存在したり、鋼板間の板厚が大きいというような、外乱の影響が特に大きい場合であっても、散りの発生や通電時間の増加なしに、良好なナゲットを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】本発明の一実施形態において、板隙のある板組みに対して溶接を行う場合の一例を模式的に示す図である。
図2】本発明の一実施形態において、板隙のある板組みに対して溶接を行う場合の別の例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明を、以下の実施形態に基づき説明する。
本発明の一実施形態は、複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法であって、
上記金属板のうち、最も薄い金属板の板厚をt(mm)としたとき、各金属板間に2√t(mm)以上の径を有する溶融部が形成されるように定電流制御で通電を行う第1の段階と、
上記第1の段階で形成された溶融部の径をD(mm)としたとき、上記溶融部の径がDの80%以下となるように上記溶融部を一旦冷却する第2の段階と、
ついで、設定した目標値に応じて通電量を制御して適応制御溶接を行う第3の段階と、
をそなえるものである。
【0032】
なお、本発明の一実施形態に係る抵抗スポット溶接方法で使用可能な溶接装置としては、上下一対の電極を備え、溶接中に加圧力および溶接電流をそれぞれ任意に制御可能であればよく、加圧機構(エアシリンダやサーボモータ等)、形式(定置式、ロボットガン等)、電極形状等はとくに限定されない。
【0033】
以下、本発明の一実施形態に係る抵抗スポット溶接方法の基本構成を、段階ごとに説明する。
【0034】
・第1の段階
第1の段階では、被溶接材のうち最も薄い金属板の板厚をt(mm)としたとき、各金属板間に2√t(mm)以上の径を有する溶融部が形成されるように定電流制御で通電を行う。
すなわち、第1の段階において各金属板間に2√t(mm)以上の径を有する溶融部を形成することによって、鋼板が、溶融によって膨張し、また電極近傍の昇温によって軟化する。このため、電極−鋼板間における接触面積が増加する。その結果、後述する第3の段階、すなわち適応制御溶接の開始時点における、板隙の有無や板隙の大小によるテスト溶接形態との接触面積の差が小さくなって、外乱の影響が特に大きい場合であっても、適応制御溶接時における溶接部の熱量パターンを、テスト溶接における熱量パターンに沿わせることが可能となり、散りの発生を有効に防止して、所望のナゲット径を得ることが可能となる。
【0035】
ここに、第1の段階において被溶接材の各金属板間に2√t(mm)以上の径を有する溶融部が形成されるように通電を行う条件は、例えば、次のようにして求めることができる。
すなわち、本溶接で使用する被溶接材と同じ鋼種、厚みの金属板を用いた予備溶接試験を、既溶接点への分流や板隙といった外乱のない状態または想定される外乱を模擬した状態で定電流制御により種々の条件で行う。
そして、外乱のない状態および外乱のある状態いずれにおいても、被溶接材の各金属板間に目標とする溶融部の径(2√t(mm)以上)を有する溶融部が形成される条件(溶接電流や通電時間、加圧力)を求め、この条件で定電流制御により通電を行えばよい。なお、溶融部の形成状態は、凝固後、ピール試験やナゲット中央の断面観察(ピクリン酸飽和水溶液にてエッチング)により確認することができる。なお、このときの溶融部の径は、溶接部を板幅方向の中心で切断した断面において各金属板間に形成される溶融部の重ね線状での長さとする。
【0036】
また、外乱の影響が特に大きい場合、例えば、
(1) 大きなナゲット径を確保する必要がある場合(例えば、目標とするナゲット径が4.5√t以上の場合)や、
(2) 既溶接点が直近に存在したり(例えば溶接点と既溶接点の間の距離が7mm以下の場合)、既溶接点が溶接点の周囲に多数存在する(例えば溶接点の周囲に既溶接点が3個以上存在する)場合、
(3) 板隙の影響が顕著な場合(金属板間の少なくとも1箇所に2.5mm以上の板隙がある場合、または板隙間距離が40mm未満の場合など)には、
被溶接材の各金属板間に2.5√t(mm)以上の径を有する溶融部が形成される条件で、通電を行うことが好ましい。
なお、第1の段階で形成される溶融部の径は、第1の段階における散り発生の防止という観点から、最終的に目標とするナゲット径の80%以下とすることが好ましい。より好ましくは70%以下である。
【0037】
さらに、第1の段階で各金属板間に形成される溶融部の合計厚みをtx(mm)、被溶接材の合計厚み(溶接開始前)をt0(mm)としたとき、tx/to≦0.95の関係を満足するように、第1の段階の通電を行うことが好ましい。
というのは、後述する第2の段階の冷却により、溶融部の厚みが減少するため、適応制御溶接開始時点における、板隙の有無や板隙の大小によるテスト溶接形態との溶融部の厚さの差をより小さくすることが可能となる。これによって、より有利に適応制御溶接での散りの発生を防止して、適切な径のナゲットを得ることが可能となるからである。また、外乱の影響が特に大きい場合には、tx/to≦0.90の関係を満足させることがより好ましい。なお、tx/toは、上記同様、適応制御溶接開始時点における、板隙の有無や板隙の大小によるテスト溶接形態との溶融部の厚さの差をより小さくするという観点から、0.10以上とすることが好ましい。より好ましくは0.30以上である。
【0038】
また、tx/to≦0.95の関係を満足するように溶融部を形成するには、例えば、上記と同様の予備溶接試験を行って、tx/to≦0.95の関係を満足する溶融部が形成される条件を求めればよい。
なお、溶融部の合計厚みは、溶接部を板幅方向の中心で切断した断面において各金属板間に形成される溶融部の合計厚みの最大値とする。これはナゲット中央の断面観察(ピクリン酸飽和水溶液にてエッチング)などにより確認することができる。
【0039】
・第2の段階
ついで、上記第1の段階で形成された溶融部の径をD(mm)としたとき、上記溶融部の径がDの80%以下となるように上記溶融部を一旦冷却する。ここで、溶融部とは、溶融状態にある部分を意味し、溶融部の径は、溶融状態に応じて、適宜変化する。
なお、第2の段階の冷却における溶融部の径の下限値は特に限定されず、0%(完全に凝固した状態)としてもよい。
また、溶融部の冷却方法としては、例えば、通電を停止する冷却時間C2(ms)を設ける方法が挙げられる。なお、このときの冷却時間C2は、板組やナゲット径によって様々であるが、例えば、上記と同様の予備溶接試験を行って、溶融部の径がDの80%以下となる冷却時間を求めればよい。
また、特には、t0を被溶接材の合計厚み(mm)、Rを電極先端径(mm)としたとき、C2≧20・t0/Rの関係を満足させることが好ましい。さらに、外乱の影響が特に大きい場合には、C2≧30・t0/Rの関係を満足させることがより好ましい。
なお、冷却時間C2の上限については特に限定されるものではないが、生産性の観点から1000ms以下とすることが好ましい。
【0040】
・第3の段階
第3の段階では、設定した目標値に従い、通電量を制御して適応制御溶接を行う。
例えば、目標値を設定するためのテスト溶接を事前に行い、この目標値を、テスト溶接の第3の段階で導出した単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線および単位体積当たりの累積発熱量に設定して、時間変化曲線を基準として溶接を行い、当該第3の段階の瞬時発熱量の時間変化量が基準である時間変化曲線から外れた場合には、その外れ量を当該第3の段階の残りの通電時間内で補償すべく、当該第3の段階の累積発熱量が、テスト溶接の第3の段階で予め求めた累積発熱量と一致するように通電量を制御する適応制御溶接を行う。
なお、瞬時発熱量の時間変化量が基準である時間変化曲線に沿っている場合には、そのまま溶接を行って溶接を終了する。
【0041】
以上述べたような条件で第1〜第3の段階の溶接を行うことにより、外乱の影響が特に大きい場合、さらには電極先端が摩耗している場合であっても、第3の段階、すなわち適応制御溶接での通電開始時点における、板隙の有無や板隙の大小によるテスト溶接形態との電極−鋼板間の接触面積の差、さらには溶融部の厚さの差をより小さくすることが可能となる。
その結果、適応制御溶接における溶接部の熱量パターンを、テスト溶接における熱量パターンに沿わせて、局所的な発熱量の増大や熱量不足との誤認識を回避することが可能となり、散りの発生を有効に防止しつつ、所望のナゲット径を得ることができるのである。
【0042】
次に、テスト溶接について、説明する。
【0043】
(テスト溶接)
テスト溶接では、定電流制御により上記第1〜第3の段階に対応するように溶接を行い、これにより、少なくとも上記第3の段階と対応するテスト溶接の第3の段階における、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化および単位体積当たりの累積発熱量を導出することが好適である。
【0044】
例えば、このテスト溶接では、第1および第2の段階で設定される条件の下、被溶接材と同じ鋼種、厚みでの溶接試験を、既溶接点への分流や板隙のない状態、すなわち外乱の無い状態で、定電流制御にて種々の条件で行い、テスト溶接における最適条件(第3の段階に対応する段階の最適条件)を見つける。
そして、上記の条件で、定電流制御により第1〜第3の段階に対応するように溶接を行い、これにより、外乱の無い状態で適正なナゲットが形成される場合の電極間の電気特性を求め、この電極間の電気特性から、少なくとも第3の段階と対応するテスト溶接の第3の段階における、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線および単位体積当たりの累積発熱量を導出し、これらを上記した第3の段階における目標値として設定する。なお、ナゲット径がほとんど変化しない範囲であれば、板隙や分流などの外乱がある状態でテスト溶接を実施しても問題はない。
ここで、電極間の電気特性とは、電極間抵抗あるいは電極間電圧を意味する。
【0045】
なお、発熱量の算出方法については特に制限はないが、特許文献5にその一例が開示されており、本発明でもこの方法を採用することができる。この方法による単位体積・単位時間当たりの発熱量qおよび単位体積当たりの累積発熱量Qの算出要領は次のとおりである。
被溶接材の合計厚みをt、被溶接材の電気抵抗率をr、電極間電圧をV、溶接電流をIとし、電極と被溶接材が接触する面積をSとする。この場合、溶接電流は横断面積がSで、厚みtの柱状部分を通過して抵抗発熱を発生させる。この柱状部分における単位体積・単位時間当たりの発熱量qは次式(1)で求められる。
q=(V・I)/(S・t) --- (1)
また、この柱状部分の電気抵抗Rは、次式(2)で求められる。
R=(r・t)/S --- (2)
(2)式をSについて解いてこれを(1)式に代入すると、発熱量qは次式(3)
q=(V・I・R)/(r・t2
=(V2)/(r・t2) --- (3)
となる。
【0046】
上掲式(3)から明らかなように、単位体積・単位時間当たりの発熱量qは、電極間電圧Vと被溶接物の合計厚みtと被溶接物の電気抵抗率rから算出でき、電極と被溶接物が接触する面積Sによる影響を受けない。なお、(3)式は電極間電圧Vから発熱量を計算しているが、電極間電流Iから発熱量qを計算することもでき、このときにも電極と被溶接物が接触する面積Sを用いる必要がない。そして、単位体積・単位時間当たりの発熱量qを通電期間にわたって累積すれば、溶接に加えられる単位体積当たりの累積発熱量Qが得られる。(3)式から明らかなように、この単位体積当たりの累積発熱量Qもまた電極と被溶接材が接触する面積Sを用いないで算出することができる。
以上、特許文献5記載の方法によって、累積発熱量Qを算出する場合について説明したが、その他の算出式を用いても良いのは言うまでもない。
【0047】
なお、本発明の抵抗スポット溶接方法で使用する被溶接材は特に制限はなく、軟鋼から超高張力鋼板までの各種強度を有する鋼板およびめっき鋼板、アルミ合金などの軽金属板の溶接にも適用でき、3枚以上の鋼板を重ねた板組みにも適用できる。
【0048】
また、上述した第1の段階および第3の段階をさらに複数の通電ステップに分割したり、アップスロープやダウンスロープを加えてもよい。さらに、ナゲット形成のための通電の後に、溶接部の熱処理のための後通電を加えてもよい。この場合、通電条件は特に限定されず、それ以前のステップの溶接電流との大小関係も特に限定されるものではない。
なお、加圧力は一定である必要はなく、溶接電流と同様に、多段階に分割してもよい。
【実施例】
【0049】
表1ならびに図1および2に示すような2枚重ねまたは3枚重ねの金属板の板組みについて、表2に示す条件で抵抗スポット溶接を行い、溶接継手を作製した。なお、図1および図2に示すように、ここでは、各金属板11〜13間にスペーサ15を挿入し、上下からクランプすることで(図示せず)、種々の板隙厚さtgおよび板隙間距離Lgとなる板隙を設けた(3枚重ねの板組みの場合、金属板11、12の間の板隙厚さtgおよび板隙間距離Lgと、金属板12、13の間の板隙厚さtgおよび板隙間距離Lgとは、同じ値である)。なお、図中、符号14は電極である。
表2中、制御モードが「定電流」の場合は、表2に示した溶接条件で定電流制御によって溶接した際の結果を示している。一方、制御モードが「適応制御」の場合は、表2に示した溶接条件で板隙などの外乱が無い状態で定電流制御によりテスト溶接を行い、単位体積当たりの瞬時発熱量の時間変化曲線および単位体積当たりの累積発熱量を導出し、これらを目標値として、電流値を追従させる適応制御溶接を行った際の結果を示している(「適応制御」の場合の表2の電流値は、テスト溶接時の電流値である)。また、通電時間や加圧力、冷却時間などといった条件は、テスト溶接と本溶接で同じである。
なお、溶接機にはインバータ直流抵抗スポット溶接機を用い、電極にはDR形先端径6mmのクロム銅電極を用いた。
【0050】
得られた各継手について、溶接部を切断し断面をエッチング後、光学顕微鏡により観察し、各金属板間に形成されたナゲット径がいずれも目標径である4.5√t´以上(t´:隣り合う2枚の金属板のうち薄い方の金属板の板厚(mm))であり、かつ散りが発生しなかった場合を○と評価した。一方、ナゲット径が4.5√t´未満であるか、散りが発生した場合を×と評価した。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
発明例では、板隙厚さtgおよび板隙間距離Lgによらず、散りの発生なく、4.5√t´以上の径を有するナゲットが得られた。
一方、比較例ではいずれも、散りが発生するか、または十分な径のナゲットが形成されなかった。
【符号の説明】
【0054】
11,12,13:金属板
14:電極
15:スペーサ
【要約】
複数枚の金属板を重ね合わせた被溶接材を、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電して接合する抵抗スポット溶接方法であって、上記金属板のうち、最も薄い金属板の板厚をt(mm)としたとき、各金属板間に2√t(mm)以上の径を有する溶融部が形成されるように定電流制御で通電を行う第1の段階と、上記第1の段階で形成された溶融部の径をD(mm)としたとき、上記溶融部の径がDの80%以下となるように上記溶融部を一旦冷却する第2の段階と、ついで、設定した目標値に応じて通電量を制御して適応制御溶接を行う第3の段階と、をそなえる。
図1
図2