【実施例】
【0039】
共役芳香族モノマーとしてビチオフェンを用意した。
キラル誘導物質(chiral inducer)としての少量の光学活性分子をアキラルネマチック液晶に添加することで、らせん構造を有するコレステリック液晶の形成を生じさせることが可能であることは、一般に知られている。本例では、キラル誘導物質としてペラルゴン酸コレステリルを使用した。
【0040】
共役芳香族モノマーとしてのビチオフェン、キラル誘導物質としてのペラルゴン酸コレステリル、液晶鋳型として使用される、ネマチック液晶物質としての4−n−ヘキシル−4’−シアノビフェニル(6CB)、および支持電解質としてのテトラブチル アンモニウム パークロレイト(TBAP)で構成される液晶電解質溶液を調製した。組成比を表1に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
テフロン(登録商標)シート(厚さ約0.2mm)をスペーサに用い、サンドイッチ構造のインジウムスズ酸化物(ITO)被覆ガラス電極間に前記の液晶電解質溶液を注入した。次いで、4.0Vの電圧を印加し、温度を13.5℃(液晶相−結晶相の相転移温度)に維持して電解重合を行った。30分後に不溶性かつ不融性のポリマーフィルム(薄膜)が、このITO電極のアノードを被覆する形で得られた。次にITO表面の薄膜をメタノール、水、アセトンで順に洗浄し、乾燥させ、純粋なポリマーフィルムを得た。偏光光学顕微鏡観察により、結晶秩序上に指紋テクスチャが確認された。
【0043】
図1は、ポリマーフィルムの偏光顕微鏡(POM)写真である。
図1(a)のポリマーフィルムは、室温(コレステリック液晶となる温度範囲)でコレステリック液晶中のビチオフェンを電解重合したものである。このポリマーフィルムは不溶性かつ不融性であり、扇状の指紋テクスチャを有する。このテクスチャはコレステリック液晶のテクスチャと非常に似ている。これは、コレステリック液晶鋳型中で電解重合が行われ、その分子秩序が液晶鋳型のらせん構造から転写されたことを示している。
【0044】
図1(b)のポリマーフィルムは本実施例で合成したポリマーフィルムである。13.5℃での電解重合によって、指紋状パターンを持つ多結晶様構造の外観を生じさせた。拡大画像により、指紋状テクスチャがポリマーの球状結晶様構造を被覆していることが明らかとされた。
【0045】
図1(c)、(d)に示されるように、結晶性ドメイン中での重合および、それに引き続いて生じるコレステリック液晶中での重合の発生が確認された。コレステリック液晶は、層状構造を形成しないためドメイン(domain)を形成しない。しかしながら、このポリマーの光学的構造は単なるコレステリック秩序ではない。なぜなら、このポリマーは明瞭なドメイン構造を示すからである。POM画像では、指紋状構造が結晶ドメイン構造を被覆していることを明瞭に示している。
【0046】
図1(e)では、POM観察により、石膏の第一次赤色板(gypsum first order red plate)を組み込んだドメイン構造をはっきりと示している。また、三角形指紋状テクスチャを示している。さらに
図2に示すように、反射光でのポリマーの円偏光微分界面コントラスト光学顕微鏡(C−DIM)イメージは、指紋状ドメイン構造を示している。これは、まず結晶相中で重合が生じ、続いて、その結晶マルチドメイン上でコレステリック相中の重合が生じていることを示している。なぜなら、電解重合中、電解質およびモノマーの消費を伴って液晶の転移温度が変化し、結晶相から液晶相への相転移が生じたからである。従って、結晶相中での重合および液晶相中での重合は、結晶秩序の層と液晶秩序の層とを有する二重構造を生じさせる。結晶秩序の層を有しないポリマーは、このような幾何学的テクスチャを示さない。
【0047】
本方法で合成したポリマーは液晶分子を含有しない。なぜなら、電解重合中、相分離によってこのポリマーからマトリックス液晶が排除されるからである。
【0048】
このポリマーの色はレドックス法(redox process)によって調色可能である。酸化状態(1V、電気化学的ドーピング)では、ポリマーは青色となり、還元状態(−0.5V、脱ドーピング)では赤色となる。
図3に示されるように、ポリマーの形態はレドックス周期によって影響されない。また、指紋形状を構成するらせん状の線のピッチは酸化で変化しない。
【0049】
電気化学的方法で外部電圧(vs.Ag/Ag
+)を印加した際のモノマーフリー0.1M TBAP/アセトニトリル溶液中のITO上のポリマーのUV−可視光吸収スペクトルより、ポリマーのエレクトロクロミズムを確認した。
図4に示されるように、主鎖のπ−π
*遷移による光学吸収バンドが487nmに観察される。主鎖のπ−π
*遷移による吸収強度は、電圧の増加に伴って減少する。他方、>700nmの吸収バンドは、主鎖上でのポラロン(polarons)(ラジカルカチオン)の発生に対応して、吸収強度が増加する。より高い電圧においては、ポリマーから電子が除去されて、電荷キャリアー(ビポラロン(bipolarons)、ジカチオン)としてのホールを生じさせる。低い電圧での還元では電子を導入し、過塩素酸イオンをポリマーから除去する。この電気化学的ドーピング−脱ドーピングプロセスはポリマーの電子状態を変化させる。
図5(a)に示されるように、ドーピング(酸化)プロセスでのポリマーのCIE(国際照明委員会)色空間は、電圧に伴って赤色から青色へと色が変化する。
【0050】
0.1M TBAP/アセトニトリル溶液中の種々の電位(vs.Ag/Ag
+)におけるポリマーの旋光分散(ORD)スペクトルは、
図6に示されるように、電気−キロプチカル的(electro−chiroptically)に活性なクロミズムを示す。
酸化に際して、506nmにおける旋光度トラフが632nmの等濃度点をもつスペクトルに出現した。これは酸化プロセスでの過塩素酸イオンの電気化学的ドーピング−脱ドーピングに起因する。この結果は、ポリマーが電気光学的に活性であり、ドーピングプロセスにより旋光度を制御できることを示す。
【0051】
図7には、モノマーフリー0.1M TBAP/アセトニトリル中、参照電極として0Vから1Vまでの間(vs.Ag/Ag
+)でスキャンニングを7回繰り返した光学的吸収(下側)と旋光度(上側)のポリマーの繰り返し変化が示されている。スイッチング時間は10s(0−1V)であった。吸収強度は498nmにおいてモニターした。0Vの酸化プロセスでは、498nmにおける吸収強度が減少する一方で、旋光度は増大した。還元プロセスでは、その逆のことが観察された。吸収および旋光性強度のこれらの変化は繰り返し可能であり、低い外部電圧でも色および旋光度を繰り返し制御可能であることを示している。
【0052】
図8に示すように、還元状態(0V)および酸化状態(1V)でのポリマーの反射スペクトルは、赤色領域において674nmで反射極大を示す。一方、酸化状態(1V)のポリマーは、緑色領域において552nmで反射極大を示す。これらの結果は、還元状態のポリマーが赤色領域で色を反射し、酸化状態のポリマーが緑色領域で色を反射することを示す。これは、金属色を示す天然のフォトニック昆虫に匹敵する。
【0053】
図9は、0Vにおけるポリマーについての、反射率vs.角度の変化(θ=θ’、θ=垂直方向からの試料に対する入射光の角度、θ’=試料表面に対する垂直方向からの検出角度)を示す。ポリマーの反射率は光の入射角度と共に変化する。
【0054】
図10に示されるように、ポリマーの円二色性(CD)は電気化学的方法によって調節可能である。400nmにおける正のシグナルは印加電圧の増加に伴い減少し、600nm付近における負のシグナルは印加電圧の増加に伴い増加した。この結果は、ポリマーのCDが外部電圧によって調節できることを示した。
図11に示されるように、直線二色性(LD)を測定すると、CDにおいてLDエレメントを示さなかった、これは、CDシグナルがポリマーの固有の性質であることを示す。入射光のCD光エレメントは、ある波長においてポリマーによって選択的に吸収され得る。ポリマーのコレステリック液晶秩序はCD吸収機能を与える。1Vにおける酸化されたポリマーのCDは、UV−可視光範囲で正のコットン効果を呈する一方、−0.5Vにおける還元されたポリマーのCDは、スプリットパターンをもつ負の第一のおよび正の第二のコットン効果を示す。
【0055】
サイクリックボルタンメトリー測定により、本ポリマーが良好な電気化学的応答および明確なレドックスプロセスを呈することが確認された。これは、
図12(a)に示されるように、ポリマーフィルムは電気活性であり、電極に忠実であることを示す。電気化学的特性評価の結果、不溶性および不融性特性により、薄いフィルムはポリマーであることが確認される。
【0056】
図12(b)〜(d)は、Ag/Ag
+参照電極および作用電極としてのPtワイヤを含有するアセトニトリル中の0.1M TBAP溶液中のポリマーの外観を示す。−0.5Vにおいてポリマーは赤色となり、1Vにおいては青色となる。一方、白色光の斜入射は、金属ブロンズ色(−0.5V、
図12(e))、銀色(0.7V、
図12(f))および金色(1V、
図12(g))反射を生じさせた。これらは、ポリマーの表面多層構造に由来する構造色である。走査型電子顕微鏡測定により、
図13に示されるように、ポリマーの表面は平坦であり、凹凸構造は存在しないことが明らかとされた。当該ポリマーは、電解重合中にキラル液晶から写された分子秩序によって生じた誘電性周期的構造の連続よりなるものであった。当該ポリマーのコレステリック秩序層は結晶秩序層の上に被覆されていた。
【0057】
図14は、ポリマー(試料のエッジ部分、薄い層の部分)がコレステリック秩序層および結晶秩序層よりなる二重構造を有していることを示す。2つの層のポリマーは同一の化学構造を有するが、コレステリック液晶秩序層と結晶秩序層の2つの層の屈折率は互いに異なる。二重構造は多層反射体として機能する。電気化学的レドックス(ドーピング−脱ドーピング)プロセスは、ポリマーフィルムの反射色を赤色から青色に変える(
図5(b))。還元状態の赤色成分および干渉を介した構造色はブロンズ色反射を発する。この場合、補色としての全反射および赤色光反射における青色成分の減算は、−0.5Vの還元形態でのブロンズ色の出現を可能とする。酸化状態での赤色範囲の光の吸収および青色範囲の光の反射は1Vで金色反射を示す。このプロセスにおいて、銀色反射が0.7Vで観察される。さらに、試料上でのランダムな結晶の形成が拡散反射を生じさせる。光をの拡散させると、Lamellibranch molluscs(二枚貝類)の殻では白色光の反射の増加が観察できる。本ポリマーの反射メカニズムは、構造色をもつ動物の反射メカニズムと同様である。モルフォチョウの場合には、玉虫色構造直下の顔料の存在は特定の色(モルフォチョウ色)を呈するのに重要である。ネオンテトラ(魚類)は、表皮下コラーゲンラメラ下のイリドフォアおよびこれらの層直下のメラノフォアの1または2の層を有する。ネオンテトラの反射光の色は、周囲の光度の変化、および励起状態若しくは応力下の変化でK
+濃度が変化する。ネオンテトラの色の変化は、機械的運動を伴うイリドフォア中のグアニンで作成された反射する小板の運動によって引き起こされる。
【0058】
本ポリマーに関して、分子レベルにおけるπ−共役骨格の電子状態の変化による固有の色の変化、および多結晶構造による白色拡散反射の組合せは、電気化学的プロセスにより対イオン(ClO
4−)のドーピング−脱ドーピングを伴う迅速な調色可能な金属反射を生じさせる。ポリマーへのイオンの侵入および放出による色の変化機能の点でネオンテトラのそれと同様である。
【0059】
コレステリック液晶中で合成されたポリマーは従前の研究においては虹色およびレーザー回折を示すが、本二重構造のポリマーは虹色反射を示さず、ある電位においては単色の金属反射を示す。単色発色は、多層構造の-に由来となる結晶秩序層と液晶秩序層よりなるラミネート構造に由来する。当該ポリマーは、100mV/sにおいて良好な電気化学的スイッチングを呈する。これは、ポリマーvs.印加電圧の応答が≦5s(0−1V)で可能であることを示す。当該応答は、金属反射色の変化に対応する。これらの結果は、結晶秩序層の上にコレステリック秩序層を備えたポリマーが、低い印加電圧(≦1V)でCD、旋光度、および金属色の電気化学的な変化を可能としていることを示している。当該ポリマーの金属色の光学的なメモリー効果が期待できる。なぜなら、ある種のドーピングされた状態は、印加電圧をカットオフした後でも保持されるからである。
【0060】
最後に、光の斜入射で金属反射をもつポリチオフェンは、結晶相と液晶相の電解質溶液中で合成された。ポリマーの個々の主鎖は、エピタキシャル電気化学重合の間、媒体の構造のトポロジー的インプリンティングによって配置される。重合の進行は、電解質溶液の結晶から液晶への相転移に従う。重合プロセス中の自然な相転移の結果、結晶秩序をもつポリチオフェン上に液晶秩序という、二重構造がもたらされる。本発明の相転移連続重合は、幾何学的構造をもつ指紋状パターンの形成を可能とする。多結晶秩序をもつフィルムは拡散した反射を可能とし、これは金属色を生じさせる。当該ポリマーは金属色の電気化学的駆動変化を示す。金属材料(鉄、銀)は、低電圧でこのような金属色の変化を示さない。このような金属反射エレクトロクロミズムは、フォトニックな生体系の調色可能な保護色の機能に相当する。