特許第6241855号(P6241855)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6241855アミロスフェロイドが結合して成熟神経細胞死を誘発する標的分子、アミロスフェロイドが誘導する神経細胞死を抑制する方法及び物質、及びそれらの利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6241855
(24)【登録日】2017年11月17日
(45)【発行日】2017年12月6日
(54)【発明の名称】アミロスフェロイドが結合して成熟神経細胞死を誘発する標的分子、アミロスフェロイドが誘導する神経細胞死を抑制する方法及び物質、及びそれらの利用
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/42 20060101AFI20171127BHJP
   C07K 14/00 20060101ALI20171127BHJP
   C07K 7/00 20060101ALI20171127BHJP
   A61K 38/16 20060101ALI20171127BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20171127BHJP
   A61K 38/12 20060101ALI20171127BHJP
   A61K 31/554 20060101ALI20171127BHJP
   A61K 38/13 20060101ALI20171127BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20171127BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20171127BHJP
   A61K 49/08 20060101ALI20171127BHJP
【FI】
   C12Q1/42
   C07K14/00
   C07K7/00
   A61K38/16ZNA
   A61K39/395 D
   A61K39/395 N
   A61K38/12
   A61K31/554
   A61K38/13
   A61P25/28
   C12N15/00 A
   A61K49/08
【請求項の数】4
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2015-123236(P2015-123236)
(22)【出願日】2015年6月18日
(62)【分割の表示】特願2013-551679(P2013-551679)の分割
【原出願日】2012年12月21日
(65)【公開番号】特開2015-214557(P2015-214557A)
(43)【公開日】2015年12月3日
【審査請求日】2015年12月17日
(31)【優先権主張番号】61/581267
(32)【優先日】2011年12月29日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】特願2012-2448(P2012-2448)
(32)【優先日】2012年1月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】511292334
【氏名又は名称】TAOヘルスライフファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内・佐藤アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】星 美奈子
【審査官】 小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/057664(WO,A1)
【文献】 Neurobiology of Disease,2006年,Vol.23,No.3,p669−678
【文献】 Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2003年,Vol.100,No.11,p6370−6375
【文献】 Journal of Neuroscience,1995年,Vol.15,No.9,p6239−6249
【文献】 Annals of Neurology,2008年,Vol.63,No.4,p428−435
【文献】 Neuroscience Letters,1998年,Vol.254,No.3,p141−144
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/16
A61K 39/395
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法(但し、人間の治療方法を除く)であって、
アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用を、
抗Na+/K+−ATPaseα3抗体、又は
50以下のアミノ酸長であってN末にX12NW(配列番号8)又はX2NW(配列番号49)のアミノ酸配列を有するペプチド、若しくはそのペプチドミミック(ここで、X1は、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)、又はリジン(Lys)であり、X2は、疎水性アミノ酸残基又はグリシン(Gry)である)
により、競合阻害することを含む、方法。
【請求項2】
アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の競合阻害が、両者又は一方の表面立体構造に基づく競合阻害である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法(但し、人間の治療方法を除く)であって、
アミロスフェロイドと相互作用する成熟神経細胞において、細胞膜のN型電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、ミトコンドリアのNa+/Ca2+交換輸送体(mNCX)、及び、ミトコンドリアの膜透過性遷移孔(mPTP)からなる群から選択される少なくとも1つのカルシウムチャネルをω―Conotoxin GVIA、CGP37157、及びCyclosporin Aからなる群から選択される少なくとも1つの化合物により阻害することを含む、方法。
【請求項4】
被検体のアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を調べる方法であって、
Na+/K+−ATPaseα3の結合パートナーをNa+/K+−ATPaseα3との結合部分として備えるNa+/K+−ATPaseα3イメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出すること、
アミロスフェロイドの結合パートナーをアミロスフェロイドとの結合部分として備えるアミロスフェロイドイメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出すること、
前記シグナルのシグナルデータ又はイメージデータから算出されるNa+/K+−ATPaseα3量及びアミロスフェロイド量を測定すること、及び、
前記測定結果と、基準とを比較することを含み、
前記基準は、
正常個体のNa+/K+−ATPaseα3量よりも低いほど重症度が重いとする基準、
前記被検体の以前のNa+/K+−ATPaseα3量よりも高い場合に重症度が軽くなったとする基準、及び
前記被検体の以前のNa+/K+−ATPaseα3量よりも低い場合に重症度が重くなったとする基準、並びに、
正常個体のアミロスフェロイド量よりも高いほど重症度が重いとする基準、
前記被検体の以前のアミロスフェロイド量よりも低い場合に重症度が軽くなったとする基準、及び
前記被検体の以前のアミロスフェロイド量よりも高い場合に重症度が重くなったとする基準、
からなる群から選択される1以上の基準である、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書の開示は、アミロスフェロイドが結合して成熟神経細胞死を誘発する標的分子、アミロスフェロイドが誘導する神経細胞死を抑制する方法及び又は物質、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症含む)及び/又はレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies / Lewy body dementia / diffuse Lewy body disease, cortical Lewy body disease / sentile dementia of Lewy body type)の予防、診断、改善、治療、及び/又は医薬組成物、スクリーニング方法、イメージングプローブ、及びイメージング方法などに関しうる。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病は、シナプス変性を経て成熟神経細胞が死に至る病である。最近の研究により、アルツハイマー病の発症は段階的であることがわかってきた。最初の段階として、シナプス変性が主に起こる段階がある。この段階は可逆的な段階である。前記可逆的段階の次の段階として、神経細胞死が起こる段階がある。この段階は不可逆的な段階であり、この不可逆的段階に至ることにより、アルツハイマー病が発症すると考えられている(非特許文献1)。
【0003】
シナプス変性は、主に、蓄積したβアミロイド(Aβ)2量体及び12量体がグルタミン酸受容体等に作用して起こるとされている。しかし、Aβ2量体及び12量体のいずれも、in vitro及びin vivoで神経細胞死を引き起こさない(非特許文献2)。よって、ヒトのアルツハイマー病の病態解析のために、可逆的なシナプス変性段階の後の不可逆的段階で起こる神経細胞死の原因と分子機構の解明が必要とされている。
【0004】
アミロスフェロイド(ASPD)は、非神経細胞及び幼若神経細胞には毒性を示さず、機能的に成熟した神経細胞を選択的に死にいたらしめるユニークなAβ集合体である(非特許文献1)。アミロスフェロイドは、in vitroで神経細胞死を起こす直径約10nmの球状Aβ集合体として最初に単離された(非特許文献3)。その後、この合成アミロスフェロイドに対する特異的な抗体が作製され(特許文献1及び2)、この抗体を用いてアルツハイマー病のヒト患者の脳から生体内で形成された(すなわち、ネイティブな)アミロスフェロイドが単離された(非特許文献3)。このネイティブアミロスフェロイドを用いた研究から、i)ネイティブアミロスフェロイドは、合成アミロスフェロイドと同様に、成熟神経細胞に対して選択的に細胞死を誘発し、また、ii)神経細胞脱落が認められるアルツハイマー病患者の大脳皮質におけるネイティブアミロスフェロイド量は、アルツハイマー病の重症度に相関して増加していること、そして、iii)神経細胞脱落があまり認められないアルツハイマー病患者の小脳におけるネイティブアミロスフェロイド量は微量しか存在しないことが明らかとなった(非特許文献3)。したがってアミロスフェロイドは、アルツハイマー病が発症する不可逆的段階において重要な役割を果たすと考えられる。さらに、ネイティブアミロスフェロイドは、レビー小体型認知症患者の脳からも検出されており(非特許文献1)、レビー小体型認知症においてもアミロスフェロイドはその発症において重要な役割を果たすと考えられる。
【0005】
なお、アミロスフェロイドと、シナプス変性を引き起こす主な原因であるとされるAβ2量体及び12量体とは、ともにAβ集合体ながら、異なる経路でAβモノマーから形成されることが示されている。すなわち、Aβ2量体及び12量体はAβ2量体を経由するのに対し、アミロスフェロイドはAβ3量体から形成される(非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2006/016644
【特許文献2】WO2009/057664
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Noguchi et al. J.Biol.Chem. vol.284 no. 47, 32895-32905 (2009)
【非特許文献2】Shankar et al. Nature Medicine 14, 837-842 (2008)
【非特許文献3】Hoshi et al. Pro. Natl. Acad. Sci. U.S.A. vol.100, no.11, 6370-6375 (2003)
【非特許文献4】Matsumura et al. J.Biol.Chem. vol.286 no. 13, 11555-11562 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
アミロスフェロイドは、他のAβ集合体とは異なり、前シナプス細胞の表面に結合し、成熟神経細胞に対して細胞死を誘発すると予想された(非特許文献1)。しかしながら、アミロスフェロイドの成熟神経細胞への結合様式は不明なままであった。
【0009】
そこで、本明細書は、成熟神経細胞に発現するアミロスフェロイドの標的分子であって、アミロスフェロイドが相互作用することにより細胞死が誘発される標的分子などを開示する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示は、一又は複数の態様において、アミロスフェロイドの結合標的分子としてのNa+/K+−ATPaseα3の使用に関する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、神経細胞死のメカニズムの説明図である。
図2図2は、NAKの細胞外ドメイン4の配列、及び、アミロスフェロイド(ASPD)が結合すると考えられる部分を示す図である。
図3図3は、ASPDの結合実験(左写真)、及び、ASPDの毒性実験(右グラフ)の結果の一例を示す。
図4図4は、抗ASPD抗体(haASD1)及び抗Aβモノマー抗体(6E10)を用いてファーウエスタンブロッティングを行った一例を示す。
図5図5は、ファーウエスタンブロッティング(左)及び銀染色パターン(右)の一例を示す。
図6図6は、ファーウエスタンブロッティング(下段)、並びに、抗Na+/K+−ATPaseα1(NAKα1)抗体(上段)及び抗Na+/K+−ATPaseα3(NAKα3)抗体(中段)を用いたウエスタンブロッティングの一例を示す。
図7図7は、抗ASPD抗体(haASD1)による免疫沈降物を抗NAKα3抗体でウエスタンブロッティングした一例を示す。
図8図8は、ビオチン化ASPDを投与した成熟神経細胞から得られたアビジン分画の銀染色パターンの一例を示す。
図9図9は、抗ASPD抗体により検出された成熟神経細胞におけるASPDの結合部位(赤)と抗NAKα3により検出されたNAKα3の局在(緑)の蛍光顕微鏡観察写真の一例を示す。
図10図10は、合成ASPDを成熟神経細胞に投与し、1時間後に細胞を固定し、抗ASPD抗体を用いて細胞に結合したASPD量を定量した結果のスキャチャードプロットの一例を示す。
図11図11は、ASPDによるNAKα3及びNAKα1の活性阻害を測定した結果の一例を示す。
図12図12は、NAKα3の機能、構造、及び発現分布を示す。
図13図13は、ASPDの接触が誘導する成熟神経細胞内カルシウム濃度を測定した結果の一例を示す。
図14図14は、各種カルシウムチャネル阻害剤のASPD活性(アポトーシス活性)に対する影響を調べた結果の一例を示す。
図15図15は、神経細胞死のメカニズムの説明図である。
図16図16は、正常者(年齢をマッチさせた非認知症者)及びアルツハイマー病(AD)患者の大脳皮質におけるNAKα3及びNAKα1を抗体にて組織染色した結果の一例を示す。
図17図17は、正常者(年齢をマッチさせた非認知症者)及びAD患者の小脳におけるNAKα3を抗体にて組織染色した結果の一例を示す。
図18図18は、ASPD活性(アポトーシス活性)に対するAATペプチドの阻害効果を示すグラフの一例である。
図19図19は、ASPD活性(アポトーシス活性)に対するAATペプチドの阻害効果を示すグラフの一例である。
図20図20は、ASPD活性(アポトーシス活性)に対するAATペプチドの阻害効果を示すグラフの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示は、一又は複数の実施形態において、成熟神経細胞表面上でアミロスフェロイドが結合して作用する標的分子として、Na+/K+−ATPaseα3を同定したことに基づく。さらに、本開示は、一又は複数の実施形態において、アミロスフェロイドに結合能を有し、かつ、神経細胞死を抑制できるポリペプチド及び/又はペプチドモチーフを同定したことに基づく。
【0013】
本開示は、一又は複数の実施形態において、アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3との相互作用を阻害することにより、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を阻害できる。本開示は、一又は複数の実施形態において、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を阻害することにより、好ましくは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療を可能としうる。また、本開示は、一又は複数の実施形態において、アミロスフェロイド及び又はNa+/K+−ATPaseα3の測定やイメージングに基づき、好ましくは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の診断が可能としうる。さらにまた、本開示は、一又は複数の実施形態において、アミロスフェロイドが結合するNa+/K+−ATPaseα3の所定領域の立体構造に基づき、好ましくは、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を阻害できる化合物のスクリーニング方法を可能としうる。
【0014】
すなわち、本開示は、一又は複数の実施形態において、以下に関しうる;
(1) アミロスフェロイドが結合して成熟神経細胞死を誘発する標的分子としてのNa+/K+−ATPaseα3の使用;
(2) アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3との相互作用に基づき医薬品開発を行うことを含む、(1)記載の使用;
(3) アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法であって、
アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用を阻害することを含む、方法;
(4) アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の阻害が、両者又は一方の表面立体構造に基づく競合阻害を行い得る物質とアミロスフェロイドとの接触により行われる、(3)記載の方法;
(5) アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の阻害が、Na+/K+−ATPaseα3と競合してアミロスフェロイドに結合しうる物質とアミロスフェロイドとの接触により行われる、(3)記載の方法;
(6) アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法であって、
アミロスフェロイドと相互作用する成熟神経細胞において、細胞膜のN型電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、ミトコンドリアのNa+/Ca2+交換輸送体(mNCX)、ミトコンドリアの膜透過性遷移孔(mPTP)、及び、小胞体のリアノジン受容体(RyR)からなる群から選択される少なくとも1つのカルシウムチャネルを阻害することを含む、方法;
(7) アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法であって、
アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用を阻害することにより、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制することを含む、方法;
(8) アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の阻害が、両者又は一方の表面立体構造に基づく競合阻害を行い得る物質とアミロスフェロイドとの接触により行われる、(7)記載の方法;
(9) アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の阻害が、Na+/K+−ATPaseα3と競合してアミロスフェロイドに結合しうる物質とアミロスフェロイドとの接触により行われる、(7)記載の方法;
(10) アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法であって、
アミロスフェロイドと相互作用する成熟神経細胞において、細胞膜のN型電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、ミトコンドリアのNa+/Ca2+交換輸送体(mNCX)、ミトコンドリアの膜透過性遷移孔(mPTP)、及び、小胞体のリアノジン受容体(RyR)からなる群から選択される少なくとも1つのカルシウムチャネルを阻害することを含む、方法;
(11) アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療のための医薬組成物の有効成分の候補化合物のスクリーニング方法であって、
テスト化合物を用いてアミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の阻害能を測定すること、及び、
前記測定結果に基づき候補化合物を選択することを含む、スクリーニング方法;
(12) アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療のための医薬組成物の有効成分の候補化合物のスクリーニング方法であって、
Na+/K+−ATPaseα3の細胞外ドメイン4又はその一部の立体構造に基づく薬剤設計を行って合成されたテスト化合物を用い、アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の阻害能、及び/又は、アミロスフェロイドに対する結合能、及び/又は、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死に対する抑制能を測定すること、及び、
前記測定結果に基づき候補化合物を選択することを含む、スクリーニング方法;
(13) アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の診断方法であって、
Na+/K+−ATPaseα3の結合パートナーをNa+/K+−ATPaseα3との結合部分として備えるNa+/K+−ATPaseα3イメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出すること、及び、
前記シグナルのシグナルデータ若しくはイメージデータ、又は、前記シグナルデータ若しくはイメージデータから算出されるNa+/K+−ATPaseα3量の測定結果に基づき、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を判定することを含む、診断方法;
(14) 被検体のアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を調べる方法であって、
Na+/K+−ATPaseα3の結合パートナーをNa+/K+−ATPaseα3との結合部分として備えるNa+/K+−ATPaseα3イメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出すること、
前記シグナルのシグナルデータ又はイメージデータから算出されるNa+/K+−ATPaseα3量を測定すること、及び、
正常個体のNa+/K+−ATPaseα3量がよりも低いほど重症度が重い、及び/又は、前記被検体の以前のNa+/K+−ATPaseα3量よりも高い/低い場合にそれぞれ重症度が重く/軽くなったとする基準と、前記測定結果を比較することを含む、方法;
(15) 合成、単離、又は精製された物質であって、
アミロスフェロイドに対して結合能を有し、かつ、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制でき、
Na+/K+−ATPaseα3の細胞外ドメイン4又はその一部の構造と類似する、物質;
(16) 前記Na+/K+−ATPaseα3の細胞外ドメイン4におけるアミノ酸配列がRLNW(配列番号1)又はLNWである部分の構造と類似する、(15)記載の物質;
(17) 合成、単離、又は精製されたポリペプチドであって、
下記式(I)、(II)、又は(III)のアミノ酸配列で表わされるモチーフを含み、
1234 (I)(配列番号7)
2345 (II)(配列番号43)
234 (III)(配列番号48)
1は、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)、又はリジン(Lys)であり、
2は、疎水性アミノ酸残基、又はグリシン(Gly)であり、
3は、アスパラギン(Asn)、グルタミン(Gln)、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、システイン(Cys)、ヒスチジン(His)、又はチロシン(Tyr)であり、
4は、トリプトファン(Trp)、フェニルアラニン(Phe)、又はチロシン(Tyr)であり、
5は、トリプトファン(Trp)、チロシン(Tyr)、アスパラギン酸(Asp)又は疎水性アミノ酸残基であり、
アミロスフェロイドに対する結合能を有する、ポリペプチド;
(18) N末端に前記式(I)、(II)、又は(III)のアミノ酸配列で表わされるモチーフを有する、(17)記載のポリペプチド;
(19) アミノ酸配列の長さが、4〜25アミノ酸である、(17)又は(18)に記載のポリペプチド;
(20) アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3との相互作用を阻害でき、及び/又は、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制できる、(17)から(19)のいずれかに記載のポリペプチド;
(21) Na+/K+−ATPaseα3の細胞外ドメイン4又はその一部の構造と類似する、(17)から(20)のいずれかに記載のポリペプチド;
(22) 前記Na+/K+−ATPaseα3の細胞外ドメイン4におけるアミノ酸配列がRLNW(配列番号1)である部分の構造と類似する、(21)記載のポリペプチド;
(23) (17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチドの構造に類似したペプチドミミックであって、アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3との相互作用を阻害でき、及び/又は、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制できる、ペプチドミミック;
(24) (17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(25) (17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む、前記ポリペプチドを発現するためのベクター;
(26) (17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチド又は(23)記載のペプチドミミックを含む、組成物;
(27) アミロスフェロイドを検出及び/又は測定するために用いる、(26)記載の組成物;
(28) アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制するために用いる、(26)記載の組成物;
(29) アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3との相互作用を阻害するために用いる、(26)記載の組成物;
(30) (17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチド、(23)記載のペプチドミミック、(24)記載のポリヌクレオチド、又は(25)記載のベクターを含む、医薬組成物;
(31) アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療に用いる、(30)記載の医薬組成物;
(32) アミロスフェロイドに対するプローブ又はその前駆体であって、
(17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチド又は(23)記載のペプチドミミックをアミロスフェロイドとの結合部分として備える、プローブ又はその前駆体;
(33) アミロスフェロイドのイメージング又は検出若しくは測定に用いる、(32)記載のプローブ又はその前駆体;
(34) (17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチド又は(23)記載のペプチドミミックをアミロスフェロイドとの結合部分として備えるアミロスフェロイドイメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出することを含む、アミロスフェロイドイメージング方法;
(35) (34)記載のアミロスフェロイドイメージング方法で得られるシグナルデータ又はイメージデータに基づき、アミロスフェロイド量を算出することを含む、アミロスフェロイド量の測定方法;
(36) アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の診断方法であって、
アミロスフェロイドの結合パートナーをアミロスフェロイドとの結合部分として備えるアミロスフェロイドイメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出すること、及び、
前記シグナルのシグナルデータ若しくはイメージデータ、又は、前記シグナルデータ若しくはイメージデータから算出されるアミロスフェロイド量の測定結果に基づき、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を判定することを含む、診断方法;
(37) アミロスフェロイドの結合パートナーが、(17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチド又は(23)記載のペプチドミミックである、(36)記載の診断方法;
(38) 被検体のアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を調べる方法であって、
アミロスフェロイドの結合パートナーをアミロスフェロイドとの結合部分として備えるアミロスフェロイドイメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出すること、及び、
前記シグナルのシグナルデータ又はイメージデータから算出されるアミロスフェロイド量を測定すること、及び、
正常個体のアミロスフェロイド量よりも低いほど重症度が重い、及び/又は、前記被検体の以前のアミロスフェロイド量よりも高い/低い場合にそれぞれ重症度が重く/低くなったとする基準と、前記測定結果を比較することを含む、方法;
(39)アミロスフェロイドの結合パートナーが、(17)から(22)のいずれかに記載のポリペプチド又は(23)記載のペプチドミミックである、(38)記載の方法。
【0015】
[アミロスフェロイド]
本明細書において、アミロスフェロイド(以下、「ASPD」ともいう。)とは、機能的に成熟した神経細胞に選択的に細胞死を誘発できるAβ集合体をいう。ASPDは、「合成ASPD」及び「ネイティブASPD」を含む。合成ASPDとは、合成Aβを用いてin vitroで調製及び単離される直径約10〜15nmの球状体であるASPDをいう(非特許文献3)。また、ネイティブASPDとは、ヒト生体内で形成されたASPD、とりわけ、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の患者の脳から単離されうるASPDをいう(非特許文献1)。合成ASPD及びネイティブASPDは、ともに、成熟ヒト神経細胞に細胞死を誘発する。ASPDに特異的な立体構造を認識できる抗ASPD抗体も作製されている(例えば、特許文献1及び2に開示されるhaASD1、haASD2、mASD3など)。これらの抗ASPDモノクローナル抗体の特性解析やASPDのNMR解析の結果から、ASPDは、これまで報告された他のAβ集合体とは異なるユニークな立体構造をもつことがわかっている(例えば、非特許文献1のSupplemental Table S1、厚生労働科学研究費補助金(医療機器開発研究促進事業)平成22年度報告書)。具体的には、まず抗ASPD抗体のエピトープマップの結果から、ASPDを形成するにあたって、その構成要素であるAβは折り畳まれてN末端と中間部位が共にASPDの表面に出ていることがわかっている。このことからASPDに特異的な表面3次元構造を作っていることがわかる。ASPDの二次元NMRスペクトルもこの結果を支持しており、本来Aβモノマーで検出されるべきシグナルのうち、ASPD表面に出ている部位ではシグナルが観測出来る一方で、ASPDの内側に折り畳まれた部位に由来するシグナルは内部に折り畳まれることで磁気的に非等価かつ運動性が抑制されるためシグナルが減弱し検出されなくなる。NMR解析から得られた結果も、AβのN末端と中間部位がASPD表面に露出していることが示されており、抗ASPD抗体が認識する部位と一致していた。ASPD表面に出ている中間部位は、通常の凝集体では内部に折り畳まれている部位であり、ASPDの特異な立体構造を持つ凝集体であることを示している。したがって、本明細書においてASPDは、特許文献1及び2に開示されるASPDに特異的な抗ASPD抗体に反応し、かつ、機能的に成熟した神経細胞に選択的に細胞死を誘発できるAβ集合体ともいうことができる。ASPDは、限定されない一又は複数の実施形態において、Aβモノマーの約20〜150量体である。ASPDは、限定されない一又は複数の実施形態において、細胞毒性が高い形態として、分子量が約84kDa〜約172kDaであり、平均分子量が約128kDaである。ASPDは、限定されない一又は複数の実施形態において、溶液中でのAFM(原子間力顕微鏡)で測定した直径が、約4.6nm〜約9.8nmであり、平均約7.2nmである。
【0016】
合成ASPDは、非特許文献3に開示される方法で調製できる。具体的には、合成したアミロイドβモノマー(Aβ1-40及び/又はAβ1-42)を5〜7日間かけて(Aβ1-40)あるいは一晩(Aβ1-42)ゆっくりと回転撹拌することで合成ASPDを形成でき、0.22μm―フィルターのろ液を50kDaあるいは100kDa限外ろ過した保持液(retentate)を回収することによって精製できる。但し、本明細書において、合成ASPDはこの製造方法によって製造されたものに限定されない。なお、合成ASPDに使用するAβモノマーは、ヒト及びヒト以外の動物のものが使用できる。一方、ネイティブASPDは、非特許文献1に開示される方法で得ることができる。具体的には、アルツハイマー病等の患者の脳抽出物の100kDa限外ろ過保持液に対し、特許文献1及び2に開示されるhaASD1、haASD2、mASD3等のASPD立体構造特異的なモノクローナル抗体を用いて免疫沈降を行うことで得ることができる。但し、本明細書において、ネイティブASPDはこの製造方法によって得られたものに限定されない。
【0017】
[アミロイドβペプチド]
本明細書において「アミロイドβモノマー」とは、アミロイド前駆体タンパク質(APP)がβ−及びγ−セレクターゼに切断されることよって切り出されるペプチドをいい、「βアミロイド」、「Aβ」又は「Aβモノマー」とも表記される。また、本明細書において、Aβはそのアミノ酸配列の長さからAβ1-39、Aβ1-40、Aβ1-41、Aβ1-42、及びAβ1-43と呼ばれるものを含みうる。本明細書において、Aβは、ヒト型(ヒトに存在する配列)であってもよく、非ヒト型(ヒト以外の動物に存在する配列)であってもよい。また、本明細書において、Aβは、生体内の(ネイティブな)Aβ、及び、合成されたAβを含みうる。合成Aβは、特に限定されないが、公知のペプチド合成法(例えば、Fmoc法やBoc法)で合成でき、例えば、公知のペプチド合成機を利用して製造できる。ヒト型のAβ1-42(「Aβ42」ともいう。)は、アミノ酸配列(N末端から):DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVVIA(配列番号2)で表わされるアミノ酸配列からなるペプチドである。また、ヒト型のAβ1-41(Aβ41)、Aβ1-40(Aβ40)、及びAβ1-39(Aβ39)は、配列番号2のアミノ酸配列のC末端からそれぞれA、IA、及びVIAを欠いたアミノ酸配列からなるペプチドである。さらに、ヒト型のAβ1-43(Aβ43)は、配列番号2のアミノ酸配列のC末端にトレオニン残基(T/Thr)が1つ付加されたアミノ酸配列からなるペプチドである。
【0018】
[Na+/K+−ATPaseα3]
本明細書において、Na+/K+−ATPaseα3(以下、「NAKα3」ともいう。)とは、ATP1A3遺伝子の遺伝子産物の膜タンパク質である「ナトリウム/カリウム輸送体ATPアーゼサブユニットα3」のことをいう。Na+/K+ATPアーゼは、細胞質膜を介したナトリウムとカリウムの電気化学勾配を維持する役割を果たすATPアーゼ輸送体である。α3は特に神経細胞においては、膜電位の維持に関与すると考えられている。本明細書において、ATP1A3遺伝子及びNAKα3は、ヒト型(ヒトに存在する配列)であってもよく、非ヒト型(ヒト以外の動物に存在する配列)であってもよい。なお、本明細書において「ヒト以外の動物」とは、特に限定されないが、ヒトAβ及び/又はヒトNAKα3のオーソログを発現する細胞を有する動物であって、一又は複数の実施形態において、例えば、哺乳類、例えば、霊長類やげっ歯類、例えば、サルやラットである。
【0019】
ヒトATP1A3遺伝子は、NCBIデータベースアクセッションNo.NM_152296.3(mRNA、2011年5月12日付)で特定できる。また、ヒトNAKα3は、アクセッションNo.NP_689509.1(mRNA、2011年5月12日付)で特定できる。
【0020】
[ASPDの標的分子であるNAKα3の同定]
NAKα3は、ASPDが結合して成熟神経細胞に細胞死を誘導する標的分子である。本明細書において「ASPDの標的分子」とは、「ASPDが結合して成熟神経細胞に細胞死を誘導する標的分子」を含む。ASPDの標的分子であるNAKα3は、以下のようにして同定された。すなわち、成熟神経細胞、幼若神経細胞、及びヒト胎児腎臓由来細胞であるHEK293細胞由来の抽出液をそれぞれ電気泳動で展開し、生体内で形成された(すなわち、ネイティブな)ASPDをリガンドとし抗ASPD抗体を用いて検出することでファーウエスタンを行った。その結果、成熟神経細胞の場合のみに現れた約105kDaのバンドからNAKα3が同定された。なお、このバンドは合成ASPDをリガンドとした場合でも検出されるが、Aβモノマーをリガンドとし抗Aβ抗体(6E10)を検出に使用したファーウエスタンでは現れない。また、成熟ラットの海馬ニューロン(21DIV)の細胞抽出物をASPD共存下において、抗ASPD抗体で免疫沈降すると、NAKα3が共沈する。
【0021】
なお、Na+/K+ATPアーゼαサブユニットには、α1〜4の4つがあるが、このうち神経細胞に発現しているのは、主にα1とα3である。α1は、成熟神経細胞、幼若神経細胞、及びHEK293細胞のすべてにおいて発現している。一方、α3は、成熟神経細胞のみで発現する。アルツハイマー病で損傷を受けやすい海馬などでは、α3のmRNA発現量はα1の2倍から3倍以上である。したがって、ASPDが成熟神経細胞に選択的に細胞死を誘導することは、標的分子がNa+/K+−ATPaseα3(NAKα3)であることで説明されうる。
【0022】
[ASPDが誘発する成熟神経細胞の細胞死のメカニズム]
ASPDが標的であるNAKα3とタンパク質間相互作用して成熟神経細胞の細胞死を誘発するメカニズムは、以下のように考えられる。ASPDがNAKα3と相互作用すると、成熟神経細胞のNa+/K+ATPアーゼの機能が阻害されるため、細胞膜電位が上昇して神経細胞が過興奮状態となり電位依存性カルシウムチャネルを介して細胞外Ca2+が細胞内に多量に流入する。Ca2+の異常流入により細胞内Ca2+ホメオスタシスが失われ、その結果、細胞内Ca2+濃度が過剰に上昇して細胞死に至ると考えられる(図1参照)。より詳細には、細胞内Ca2+濃度の上昇は、カルパインの活性化、p25/サイクリン依存性キナーゼ5(CDK5)の活性化、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β(GKS3β)の活性化、及び、タウタンパク質の過剰リン酸化をこの順で引き起こし、成熟神経細胞に細胞死をもたらすと考えられる。但し、本開示は、これらのメカニズムに限定して解釈されなくてもよい。
【0023】
[ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用]
ASPDが誘発する成熟神経細胞死がASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用に起因することは、これまで報告されていない、従来技術の予測を超える新たな知見である。ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用を阻害できれば、ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制でき、ひいては、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の治療、診断、改善、及び/又は予防が可能となる。したがって、一又は複数の実施形態において、本開示は、アミロスフェロイドが結合して成熟神経細胞死を誘発する標的分子としてのNAKα3の使用に関する。ASPDの標的分子としてのNAKα3の使用は、一又は複数の実施形態において、ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用を阻害することでASPDの神経細胞死を抑制すること、ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用を阻害することでアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の治療、診断、改善、及び/又は予防をすること、ASPDとNAKα3との相互作用に基づく医薬組成物の開発をすることなどを含みうる。ASPDの標的分子としてのNAKα3の使用は、一又は複数の実施形態において、本明細書で開示される発明及びその実施形態を含みうる。なお、本明細書において「タンパク質間相互作用」とは、結合を含み、「ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用」とは、結果として細胞死をもたらし得る作用をNAKα3に及ぼすことを含む。また、本明細書において「アルツハイマー病」は、アルツハイマー型認知症を含む。また、本明細書において「アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の治療、診断、改善、及び/又は予防」の対象は、特に限定されないが、ヒト及び/又はヒト以外の動物とすることができる。
【0024】
したがって、本開示は、一又は複数の実施形態において、ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法であって、ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用を阻害することを含む方法に関する。また、本開示は、一又は複数の実施形態において、ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用を阻害することによりASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制することを含むアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に関する。
【0025】
[ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用を阻害する方法]
ASPDは、前述のとおり、ユニークな立体構造を有するAβ集合体である。したがって、ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用に関与するASPD又はNAKα3の部位の立体構造を模した物質(例えば、ポリペプチド、ペプチドミミック、低分子化合物、これらの塩、これらの溶媒和物など)であれば、ASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用を阻害することができる。相互作用する一方の立体構造を模した分子が存在することで競合阻害が生じると考えられるが、本開示はこの考え方に限定されなくてもよい。なお、本明細書において「物質」とは、化合物、その塩、その溶媒和物、及び/又はこれらを含む組成物を意味することができ、より具体的には、ポリペプチド、ペプチドミミック、低分子化合物、これらの塩、これらの溶媒和物、及び/又はこれらを含む組成物を意味することができる。
【0026】
したがって、本開示におけるASPDとNAKα3とのタンパク質相互作用を阻害する方法は、一又は複数の実施形態において、ASPD又はNAKα3と、ASPDとNAKα3との相互作用に関与するASPD又はNAKα3の部位の立体構造を模した物質とを相互作用させることを含む方法に関する。また、本開示におけるASPDとNAKα3とのタンパク質相互作用を阻害する方法は、一又は複数の実施形態において、ASPDとNAKα3の両者又は一方の表面立体構造に基づき競合阻害を行い得る物質とASPDとの接触により行われる方法に関する。また、本開示におけるASPDとNAKα3とのタンパク質相互作用を阻害する方法は、一又は複数の実施形態において、NAKα3と競合してASPDに結合しうる物質とASPDとの接触により行われる方法に関する。これらのASPDとNAKα3とのタンパク質相互作用を阻害する方法は、前記ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法、及び、前記アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に適用できる。
【0027】
ASPDは、主に、NAKα3の細胞外ドメイン4と相互作用する。ヒトNAKα3の細胞外ドメイン4は、ACNo.NP_689509.1のアミノ酸配列の857〜908番目の配列(配列番号3、図2)と推定されている。図2は、ヒトNAKα1〜4における細胞外ドメイン4(配列番号3〜6)をアライメントし、実施例に示すポリペプチド(AATペプチド)に基づいて新たに見出された2か所のモチーフ(ASPDと相互作用するモチーフ、以下、「ASPD相互作用モチーフ」ともいう)の一例を囲みで示す。また、図2の2か所のASPD相互作用モチーフの上には、実施例に示すAAT01ペプチド(配列番号35)をアライメントの部分配列をアライメントしている。図2の2か所のASPD相互作用モチーフのうち、NAKα3の「RLNW」若しくは「LNW」を含むN末側のASPD相互作用モチーフは、NAKα3が他のNAKαと異なる配列・構造を有する部分であり(図2)、ASPDとNAKα3との特異的なタンパク質間相互作用により重要な部分であると考えられる。NAKα3の「YGQQWT」を含むC末側のモチーフ(AAT01ペプチドでは「Y−NLWR」)を含む部分は、NAKα3とNAKα1で配列構造が共通する部分である。なお、NAKα3の細胞外ドメイン4は、ヒトとラット間では完全に保存されている(図示せず)。
【0028】
したがって、本開示におけるASPDとNAKα3とのタンパク質相互作用を阻害する方法は、一又は複数の実施形態において、NAKα3の細胞外ドメイン4、「RLNW」若しくは「LNW」を含む部分、及び/又は、「YGQQWT」若しくは「Y−NLWR」を含む部分の立体構造を模した物質、あるいは前記立体構造に基づき競合阻害を行い得る物質を用いて行うことができる。これらの物質は、NAKα3の細胞外ドメイン4、「RLNW」若しくは「LNW」を含む部分、及び/又は、「YGQQWT」若しくは「Y−NLWR」を含む部分の構造に基づく薬剤設計(SBDD)をすることにより得ることもできる。上述したとおり、これらのASPDとNAKα3とのタンパク質相互作用を阻害する方法は、前記ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法、及び、前記アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に適用できる。なお、NAKα3の細胞外ドメイン4はNAKβサブユニットと直接相互作用している部位であることがわかっており、NAKβサブユニットとの相互作用が構造的な安定および酵素活性に影響を与えると考えられている。
【0029】
本開示は、一又は複数の実施形態において、合成、単離、又は精製された物質であって、ASPDに対して結合能を有し、かつ、ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制でき、NAKα3の細胞外ドメイン4又はその一部の構造と類似する物質に関する。前記物質としては、ポリペプチド、ペプチドミミック、低分子化合物、これらの塩、これらの溶媒和物、及び/又はこれらを含む組成物に関する。NAKα3の細胞外ドメイン4又はその一部の立体構造は、一又は複数の実施形態において、NAKα3の細胞外ドメイン4、「RLNW」若しくは「LNW」を含む部分、及び/又は、「YGQQWT」若しくは「Y−NLWR」を含む部分の立体構造である。これらの物質は、一又は複数の実施形態において、ASPDとNAKα3との相互作用の阻害、ASPDが誘発する成熟神経細胞死の抑制、或いは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、診断、及び/又は治療に使用できる。
【0030】
本明細書において、「ペプチドミミック」とは、ペプチド様化合物(例えば、ペプトイド)及び当該分野において公知の他の改変体が包含される。具体的には、例えば、公知のN置換グリシンオリゴマーであるペプトイド(S.M.Miller, R.J.Simon, S.Ng, R.N.Zuckermann, J.S. Kerr, W.H.Moos, Bioorg. Med.Chem Lett., 4, 2657(1994))、又はタンパク質のβ、γターン構造をミミックした非ペプチド化合物(M. Kahn Tetrahedron, 49, 3433(1993),コンビナトリアルケミストリー、(株)化学同人p44-64, 1997)などが例示される。本明細書において、「低分子化合物」とは、分子量が、例えば700以下、好ましくは500以下の化合物をいう。
【0031】
[抗NAKα3抗体]
さらにまた、本開示は、一又は複数の実施形態において、NAKα3の細胞外ドメイン4、「RLNW」若しくは「LNW」を含む部分、及び/又は、「YGQQWT」若しくは「Y−NLWR」を含む部分の立体構造を特異的に認識する抗NAKα3抗体に関する。前記抗NAKα抗体は、一又は複数の実施形態において、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、ヒト化抗体、及び/又は、完全ヒト抗体である。これらの抗体のなかでも、一又は複数の実施形態において、NAKα3とASPDとの相互作用を阻害しつつ、NAKα3のイオンチャネルの機能を阻害しないものが好ましい。したがって、本開示は、一又は複数の実施形態において、アミロスフェロイドが存在しうる条件下の成熟神経細胞のNAKα3に前記抗NAKα3抗体を結合させることを含む、ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法、及び、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に関する。また、本開示は、その他の態様において、ASPDが誘発する成熟神経細胞死の抑制、或いは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に使用する、前記抗NAKα3抗体を含む組成物に関する。
【0032】
[スクリーニング方法]
本開示は、一又は複数の実施形態において、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療のための医薬組成物の有効成分の候補化合物のスクリーニング方法であって、テスト化合物を用いてASPDとNAKα3とのタンパク質間相互作用の阻害能を測定すること、及び、前記測定結果に基づき候補化合物を選択することを含むスクリーニング方法に関する。
【0033】
また、本開示は、一又は複数の実施形態において、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療のための医薬組成物の有効成分の候補化合物のスクリーニング方法であって、NAKα3の細胞外ドメイン4又はその一部の立体構造に基づく薬剤設計(SBDD)を行って合成されたテスト化合物を用い、アミロスフェロイドとNa+/K+−ATPaseα3とのタンパク質間相互作用の阻害能、及び/又は、アミロスフェロイドに対する結合能、及び/又は、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死に対する抑制能を測定すること、及び、前記測定結果に基づき候補化合物を選択することを含む、スクリーニング方法に関する。NAKα3の細胞外ドメイン4又はその一部の立体構造は、一又は複数の実施形態において、NAKα3の細胞外ドメイン4、「RLNW」若しくは「LNW」を含む部分、及び/又は、「YGQQWT」若しくは「Y−NLWR」を含む部分の立体構造である。
【0034】
[カルシウムチャネル阻害剤による細胞死の抑制]
ASPDとNAKα3との相互作用に起因して細胞外から細胞内にCa2+を流入させ神経を死に至らしめるのは、N型の電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)である。さらに、細胞内小器官から細胞質へのCa2+流入も細胞死に関与すると考えられる。したがって、本開示は、その他の態様において、アミロスフェロイドと相互作用する成熟神経細胞において、細胞膜のN型電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、ミトコンドリアのNa+/Ca2+交換輸送体(mNCX)、ミトコンドリアの膜透過性遷移孔(mPTP)、及び、小胞体のリアノジン受容体(RyR)からなる群から選択される少なくとも1つのカルシウムチャネルを阻害することを含む、ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制する方法、及び、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に関する。各カルシウムチャネルの阻害剤は、公知の阻害剤を用いてもよい。また、本開示は、その他の態様において、ASPDが誘発する成熟神経細胞死の抑制、或いは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に使用する、細胞膜のN型電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)、ミトコンドリアのNa+/Ca2+交換輸送体(mNCX)、ミトコンドリアの膜透過性遷移孔(mPTP)、及び、小胞体のリアノジン受容体(RyR)からなる群から選択される少なくとも1つのカルシウムチャネルを阻害できる化合物を含む組成物又は医薬組成物に関する。
【0035】
[ASPD相互作用モチーフ]
ASPD相互作用モチーフ(ASPDと相互作用するモチーフ)は、下記式(I)、(II)、又は(III)のアミノ酸配列で表わされ得る。
1234 (I)(配列番号7)
2345 (II)(配列番号43)
234 (III)(配列番号48)
前記式(I)〜(III)において、
1は、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)、又はリジン(Lys)であり、
2は、疎水性アミノ酸残基、又はグリシン(Gly)であり、
3は、アスパラギン(Asn)、グルタミン(Gln)、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、システイン(Cys)、ヒスチジン(His)、又はチロシン(Tyr)であり、
4は、トリプトファン(Trp)、フェニルアラニン(Phe)、又はチロシン(Tyr)であり、X5は、トリプトファン(Trp)、チロシン(Tyr)、アスパラギン酸(Asp)又は疎水性アミノ酸残基である。
【0036】
本明細書において、疎水性アミノ酸残基は、ロイシン(Leu)、バリン(Val)、イソロイシン(Ile)、フェニルアラニン(Phe)、プロリン(Pro)、アラニン(Ala)、及びメチオニン(Met)を含む。
【0037】
前記ASPD相互作用モチーフにおいて、X1は、一又は複数の実施形態において、ASPDとの相互作用を強固にする観点から、ヒスチジン又はアルギニンが好ましい。X2は、一又は複数の実施形態において、同様の観点から、疎水性アミノ酸残基であることが好ましく、より好ましくはロイシン、イソロイシン、バリン、及びフェニルアラニン、さらに好ましくはロイシン、イソロイシン、及びフェニルアラニンであり、さらにより好ましくはロイシン及びフェニルアラニンである。X3は、一又は複数の実施形態において、同様の観点から、アスパラギン、グルタミン、ヒスチジンが好ましく、より好ましくはアスパラギンである。X4は、一又は複数の実施形態において、同様の観点から、トリプトファンが好ましい。X5は、同様の観点から、トリプトファン、フェニルアラニン、チロシン、アスパラギン酸が好ましい。
【0038】
前記ASPD相互作用モチーフは、一又は複数の実施形態において、ASPDとの相互作用を強固にする観点から、第7又は8番目のアミノ酸残基(すなわち、X4からC末端に2から4個目のアミノ酸残基)は(もしあれば)、トリプトファンであることが好ましい。
【0039】
前記ASPD相互作用モチーフの長さとしては、一又は複数の実施形態において、ASPDとの相互作用を強固にする観点から、3〜25アミノ酸又は4〜25アミノ酸が好ましく、より好ましくは3〜20又は4〜20、さらに好ましくは3〜18又は4〜18、さらにより好ましくは3〜14又は4〜14、さらにより好ましくは3〜12、4〜12又は5〜12、さらにより好ましくは3〜8又は4〜8である。
【0040】
ASPD相互作用モチーフは、一又は複数の実施形態において、下記アミノ酸配列(配列番号7〜34、42〜51)で示されるモチーフが挙げられる。
1234 (配列番号7)
12NW (配列番号8)
HX2NW (配列番号9)
H(F/L)NW (配列番号10)
HFNW (配列番号42)
2345 (配列番号43)
2NWX5 (配列番号44)
(F/L)NWX5 (配列番号45)
(F/L)NWD (配列番号46)
FNWD (配列番号47)
234 (配列番号48)
2NW (配列番号49)
(F/L)NW (配列番号50)
FNW (配列番号51)
12345 (配列番号11)
12NWX5 (配列番号12)
HX2NWX5 (配列番号13)
H(F/L)NWX5 (配列番号14)
H(F/L)NWY (配列番号15)
H(F/L)NWW (配列番号16)
H(F/L)NWL (配列番号17)
H(F/L)NWD (配列番号18)
12NWX5W (配列番号19)
HX2NWX5 (配列番号20)
H(F/L)NWX5W (配列番号21)
H(F/L)NWYW (配列番号22)
H(F/L)NWWW (配列番号23)
H(F/L)NWLW (配列番号24)
H(F/L)NWDW (配列番号25)
12NWX5XW (配列番号26)
HX2NWX5XW (配列番号27)
H(F/L)NWX5XW (配列番号28)
12NWX5XXW (配列番号29)
HX2NWX5XXW (配列番号30)
H(F/L)NWX5XXW (配列番号31)
H(F/L)NWYNLW (配列番号32)
H(F/L)NWWHSW (配列番号33)
H(F/L)NWLSWF (配列番号34)
【0041】
配列番号7〜34、42〜51のアミノ酸配列において、X1〜X5は上記のとおりであって、Xは任意のアミノ酸残基である。
【0042】
[ポリペプチド]
本開示は、一又は複数の実施形態において、合成、単離、又は精製されたポリペプチドであって、前記ASPD相互作用モチーフを含み、アミロスフェロイドに対する結合能を有するポリペプチド(以下、「第1のポリペプチド」ともいう)に関する。第1のポリペプチドにおいて、前記ASPD相互作用モチーフの実施形態は上述のとおりである。第1のポリペプチドは、一又は複数の実施形態において、好ましくは、ASPDが誘発する成熟神経細胞死を抑制でき、より好ましくは、さらに/或いは、ASPDとNAKα3との相互作用を阻害できる。
【0043】
第1のポリペプチドは、ASPD−NaKα3間相互作用の阻害向上の観点から、前記ASPD相互作用モチーフをN末端に有すること、すなわち、N末端の最初のアミノ酸がX1又はX2であることが好ましい。第1のポリペプチドの長さは、前記式(I)を含む長さであれば特に制限されない。前記ASPD相互作用モチーフからなるものであってもよく、前記ASPD相互作用モチーフにさらなるアミノ酸配列を含むものであってもよい。第1のポリペプチドの長さは、一又は複数の実施形態において、ASPD誘発成熟神経細胞死の抑制向上及び/又はASPD−NaKα3間相互作用の阻害向上の観点から、50以下、25以下、20以下、又は15以下、及び/又は、3以上、4以上、5以上、6以上、9以上、又は10以上である。
【0044】
本開示は、その他の態様において、第2のポリペプチドであって、アミロスフェロイドに対して結合能を有し、かつ、アミロスフェロイドが誘発する成熟神経細胞死を抑制できる、合成、単離、又は精製されたポリペプチドに関する。本開示の第2のポリペプチドは、NAKα3の細胞外ドメイン4の立体構造又はその一部の立体構造、好ましくは、NAKα3の細胞外ドメイン4、「RLNW」若しくは「LNW」を含む部分、及び/又は、「YGQQWT」若しくは「Y−NLWR」を含む部分の立体構造をミミックしていることが好ましく、さらに/或いは、ASPDとNAKα3との相互作用を阻害できることがより好ましい。第2のポリペプチドの一実施形態として、第1のポリペプチドが挙げられる。第2のポリペプチドの長さは、特に制限されないが、本開示の第1のポリペプチドと同等とすることができる。
【0045】
本開示のポリペプチド(第1及び第2を含む、以下同様)は、一又は複数の実施形態において、前記ASPD相互作用モチーフと脳移行性ペプチドとが直接又はリンカーペプチドを介して結合した形態が挙げられる。脳移行性ペプチドを結合させることで、本開示のポリペプチドが血液脳関門を越えて脳に移行される効率を高めることができる。脳移行性ペプチドをとしては、従来公知のものを利用できる。
【0046】
本開示のポリペプチドは、通常の合成方法によって適宜合成し、精製することによって調製することができる。本開示のポリペプチドは、合成、単離、及び/又は精製された形態であることが好ましい。
【0047】
本開示のポリペプチドをASPDと共存させること、或いは、接触させることにより、本開示のポリペプチドとASPDとは結合する。よって、本開示のポリペプチドは、ASPDが誘発する成熟神経細胞死の抑制、及び/又は、ASPDとNAKα3との相互作用の阻害に好ましくは使用でき、医薬組成物の有効成分として、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に使用できる。したがって、本開示は、その他の態様において、本開示のポリペプチドを含むアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に用いる医薬組成物に関する。
【0048】
或いは、本開示のポリペプチドは、ASPDのプローブ又はイメージングプローブ若しくはその前駆体として使用でき、ASPDの検出及び/又は測定方法、ASPDのイメージング方法、及び、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度の判定及び/又は診断方法に使用できる。したがって、本開示は、その他の態様において、ASPDの検出及び/又は測定用の、ASPDイメージング用の、又は、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度の判定及び/又は診断用の組成物、医薬組成物、又はキットであって、本開示のポリペプチドを含むものに関する。
【0049】
[ペプチドミミック]
本開示は、さらにその他の態様として、本開示のポリペプチドの構造をミミックしたペプチドミミックに関する。本開示のペプチドミミックは、ASPDとNAKα3との相互作用に対する阻害能を有する。本開示のペプチドミミックの好ましい実施形態として、前記式(I)で表わされるモチーフのペプチドミミックと脳移行性ペプチドとが直接又はリンカーを介して結合した形態が挙げられる。脳移行性ペプチドを結合させることで、本開示のペプチドミミックが血液脳関門を越えて脳に移行される効率を高めることができる。脳移行性ペプチドをとしては、従来公知のものを利用できる。
【0050】
したがって、本開示のペプチドミミックをASPDと共存させること、或いは、接触させることにより、ASPDとNAKα3との相互作用を阻害する。よって、本開示のペプチドミミックは、ASPDが誘発する成熟神経細胞死の抑制、及び/又は、ASPDとNAKα3との相互作用の阻害に好ましくは使用でき、医薬組成物の有効成分として、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に使用できる。したがって、本開示は、その他の態様において、本開示のペプチドミミックを含むアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に用いる医薬組成物に関する。
【0051】
或いは、本開示のペプチドミミックは、ASPDのプローブ又はイメージングプローブ若しくはその前駆体として使用でき、ASPDの検出及び/又は測定方法、ASPDのイメージング方法、及び、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度の判定及び/又は診断方法に使用できる。したがって、本開示は、その他の態様において、ASPDの検出及び/又は測定用の、ASPDイメージング用の、又は、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度の判定及び/又は診断用の組成物、医薬組成物、又はキットであって、本開示のペプチドミミックを含むものに関する。
【0052】
また、本開示は、その他の態様において、ASPDとNAKα3との相互作用の阻害、ASPDが誘発する成熟神経細胞死の抑制、或いは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防、改善、及び/又は治療の方法に使用するペプチドミミック、又は低分子化合物をスクリーニングする方法であって、第1のポリペプチドの立体構造に基づく薬剤設計(SBDD)をすることを含むスクリーニング方法に関する。前記スクリーニング方法は、前記SBDDにより設計して製造された候補化合物についてASPD結合能及び/又はASPDが誘発する成熟神経細胞死の抑制を調べることを含んでもよい。
【0053】
[ポリヌクレオチド及びベクター]
本開示は、さらにその他の態様として、本開示のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドに関し、また、本開示のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含み、前記ポリペプチドを発現するためのベクターに関する。前記ベクターとしては、前記ポリヌクレオチドを遺伝子導入できるものであれば特に限定されないが、安全性の観点からAVV(アデノ随伴ウイルス)ベクターが好ましい。本開示のベクターの好ましい実施形態として脳移行性ペプチドと結合した形態が挙げられる。脳移行性ペプチドを結合させることで、本開示のベクターが血液脳関門を越えて脳に移行される効率を高めることができる。脳移行性ペプチドをとしては、従来公知のものを利用できる。
【0054】
[医薬組成物]
本開示が医薬組成物である場合、その剤形は、投与方法に応じて適宜選択でき、例えば、注射剤、液体製剤、カプセル剤、咀嚼剤、錠剤、懸濁剤、クリーム剤、軟膏等が挙げられる。また、投与方法も特に制限されず、経口投与、非経口投与が挙げられる。本開示の医薬組成物は、投与形態や剤形に応じた従来公知の添加物(例えば、賦形剤又は希釈剤)を含有してもよい。
【0055】
経口投与に適した剤形としては、錠剤、粒子、液体又は粉末含有カプセル、トローチ、咀嚼剤、多粒子及びナノ粒子、ゲル、フィルムなどの固形製剤;懸濁液、溶液、シロップ及びエリキシルなどの液体製剤が挙げられる。前記賦形剤としては、セルロース、炭酸カルシウム、第二リン酸カルシウム、マンニトール及びクエン酸ナトリウムなどの担体;ポリビニルピロリジン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース及びゼラチンなどの造粒結合剤;澱粉グリコール酸ナトリウム及びケイ酸塩などの崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム及びステアリン酸などの滑沢剤;ラウリル硫酸ナトリウムなどの湿潤剤;保存剤、抗酸化剤、矯味矯臭剤及び着色剤が挙げられる。
【0056】
本開示の医薬組成物の非経口投与としては、血流中、筋肉中又は内部器官中に直接投与することが挙げられる。非経口投与は、静脈内、動脈内、腹腔内、鞘内、心室内、尿道内、胸骨内、頭蓋内、筋肉内及び皮下の投与を含む。非経口投与は、例えば、針注射器、針なし注射器及びその他の注入技術で行える。また、非経口投与に適した剤形としては、例えば、賦形剤及び/又は緩衝剤を含む水溶液が挙げられる。
【0057】
[予防、改善、及び/又は治療方法]
本明細書において、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の予防とは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の発症を抑制すること、或いは可逆的な軽度な認知障害よりも病態の進行を進めないことを含む。また、本明細書において、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の改善とは、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の可逆的な軽度な認知障害の病態の進行が止まること、或いは、病態が軽度になることを含む。さらに、本明細書において、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の治療とは、病態の進行を遅らせる、或いはほとんど止まらせることを含む。
【0058】
本態様の好ましい一実施形態としては、ポリペプチド、ペプチドミミック、又は低分子化合物を含む本開示の医薬組成物を対象に投与することを含む。本態様の治療又は予防方法は、本開示の医薬組成物を対象に有効量投与することを含むことが好ましい。対象がヒトである場合、例えば、ポリペプチド、ペプチドミミック、又は低分子化合物の1日あたりの総量は、一般的には、0.0001mg/kg〜100mg/kgの範囲とすることができる。また、一日当たりの総量は、単回又は分割投与で投与することができる。投与方法は、上述した経口/非経口投与を適宜選択できる。
【0059】
[イメージング方法]
本開示は、その他の態様において、ASPDイメージングプローブ又はその前駆体であって、本開示のポリペプチド又はペプチドミミックをASPDとの結合部分として備える、イメージング用プローブ又はその前駆体に関する。本開示のポリペプチド又はペプチドミミックに適切な標識放射性化合物で標識することで、ASPDのイメージング用プローブとすることができる。
【0060】
また、本開示は、その他の態様において、ASPDのイメージング方法に関する。イメージング方法は、前記イメージング用プローブの投与から一定時間経過後、前記プローブを投与された被検体(好ましくは、被検体の脳)から前記プローブのシグナルを検出することにより行うことができる。被検体としては、例えば、ヒト及び又はヒト以外の動物(哺乳類等)が挙げられる。また、前記プローブのシグナルの検出は、例えば、前記イメージング用プローブの標識に用いた放射性核種のシグナルを検出することを含む。本開示のイメージング方法は、さらに、検出されたシグナルを再構成処理して画像に変換することを含んでいてもよく、またさらに、変換した画像を表示することを含んでいても良い。また、本開示のイメージング方法において、シグナルの検出は、使用する分子プローブの放射性核種の種類に応じて適宜決定でき、例えば、PETを用いた測定、SPECTを用いた測定等により行うことができる。
【0061】
SPECTを用いた測定は、例えば、前記イメージング用プローブを投与された被検体から放出されるγ線をガンマカメラにより測定することを含む。ガンマカメラによる測定は、例えば、前記イメージング用プローブの標識に使用した前記放射性核種から放出される放射線(γ線)を一定時間単位で測定することを含み、好ましくは放射線が放出される方向及び放射線数量を一定時間単位で測定することを含む。本開示のイメージング方法は、さらに、放射線の測定により得られた測定された本開示のイメージング用プローブの分布を断面画像として表すこと、及び、得られた断面画像を再構成することを含んでいてもよい。
【0062】
PETを用いた測定は、例えば、前記イメージング用プローブを投与された被検体から、ポジトロンと電子との結合により生成する1対の消滅放射線をPET用検出器で同時計数することを含み、さらに、計測した結果に基づきポジトロンを放出する放射性核種の位置の三次元分布を描写することを含んでいてもよい。
【0063】
本開示のイメージング方法において、SPECTの測定又はPETの測定とあわせて、X線CTやMRIの測定を行ってもよい。これにより、例えば、SPECTにより得られた画像又はPETにより得られた画像(機能画像)と、CTにより得られた画像又はMRIにより得られた画像(形態画像)とを融合させた融合画像を得ることができる。
【0064】
[判定/診断方法]
本開示のASPDイメージング方法で得られるシグナルデータ又はイメージデータに基づき、ASPD量を算出してもよい。アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の患者の大脳皮質におけるネイティブASPD量は、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の重症度に相関して増加することから、本開示のイメージング方法を行うことにより、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を判定又は診断できる。したがって、本開示は、その他の態様において、ASPDイメージング方法で得られるシグナルデータ又はイメージデータに基づき、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を判定することを含む診断方法に関する。
【0065】
なお、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の患者の大脳皮質におけるNAKα3を発現する神経細胞の数は、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の重症度に相関して減少する。したがって、NAKα3をイメージングすることによってもアルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を判定又は診断できる。したがって、本開示は、その他の態様において、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の診断方法であって、NAKα3の結合パートナーをNAKα3との結合部分として備えるNAKα3イメージングプローブが投与された被検体から、前記イメージングプローブのシグナルを検出することを含むNAKα3イメージング方法で得られるシグナルデータ若しくはイメージデータ、又は、前記シグナルデータ若しくはイメージデータから算出されるNAKα3量の測定結果に基づき、アルツハイマー病及び/又はレビー小体型認知症の病態の重症度を判定することを含む診断方法に関する。前記NAKα3の結合パートナーとしては、例えば、抗NAKα3抗体が挙げられる。また、NAKα3のイメージングは、ASPDのイメージングと同様に行うことができる。
【0066】
以下に、実施例を用いて本開示の一又は複数の実施形態をさらに説明する。
【実施例】
【0067】
1.ASPDは成熟神経細胞に毒性を発揮するが、未成熟神経細胞や非神経細胞であるHEK293細胞には毒性を発揮しない
(1−1)ASPD結合実験
合成ASPDをフィルターで精製した後、ヒト胎児由来HEK293細胞、成熟ラット海馬由来初代培養神経細胞に投与し、1時間後に固定、免疫組織染色を行った。ASPDはHEK293細胞には結合せず、成熟神経細胞に結合した。その結果を図3の左に示す。同図に示すとおり、ASPDと成熟神経細胞との結合は、抗ASPD抗体により阻害された。
(1−2)ASPD毒性実験
一定濃度のASPD(5μM)をそれぞれの細胞に投与し一晩置いた後、アポトーシス活性をロッシュ社製Cell Death ELISAを用いて定量した。ASPDは非神経細胞であるHEK293細胞、ラット海馬由来未成熟神経細胞には毒性を発揮せず、成熟神経細胞にのみ毒性を発揮した。その結果を図3の右に示す。同図に示す通り、ASPDの成熟神経細胞に対する毒性は抗ASPD抗体により阻止された。
(1−3)上記及び図3から、ASPDがその特異な立体構造により、成熟神経細胞表面にのみ存在するターゲット分子と結合し、神経毒性を発揮していることが示唆された。
【0068】
2.ASPDの標的分子であるNa+/K+−ATPaseα3の同定
(2−1)ファーウエスタン法による分析
ラット海馬由来初代培養神経細胞(図4に表示の培養日数)とHEK293細胞のそれぞれからRIPA(RadioImmunoPrecipitation Assay)により抽出液を調製、タンパク質量を定量後、一定量をSDS−PAGEにて電気泳動分離を行い、ニトロセルロース膜に転写後、ネイティブASPD又はAβモノマーと一定時間反応させた。ネイティブASPDの結合を抗ASPD抗体haASD1にて、Aβモノマーの結合は市販の抗Aβモノマー抗体である6E10にて、検出を行った(ファーウエスタンブロッティング)。その結果を図4に示す。
図4に示す通り、ASPDは、成熟神経細胞由来抽出液においてのみ105kDaのバンドを認識することがわかった。一方、Aβモノマーではこのバンドに結合せず、50kDa程度のバンドを認識していた。ネイティブASPDと105kDaのバンドの結合は、ASPDに特異的であり、抗ASPD抗体だけではバンドは検出されず、ネイティブASPDを予め過剰量の抗ASPD抗体で処理した場合にもバンドは検出されなかった。これはASPDの成熟神経細胞への結合と毒性が、抗ASPD抗体の事前処理で失われることと相関している。
【0069】
(2−2)質量分析法による分析
図5の左に、図4のネイティブASPDに換えて合成ASPDを使用した場合のファーウエスタンブロッティングの結果を示す。ネイティブASPD(図4左)と同様に、成熟神経細胞でのみ105kDaのバンドに合成ASPDが結合していることが示されている。従って、合成ASPDはネイティブASPDと等価と考えられ、今後これを用いて解析を実施した。
図5の右に、図5左で用いた細胞由来抽出液の銀染色パターンを示す。四角で囲ったところに、未成熟神経細胞由来抽出液やHEK293細胞由来抽出液では検出出来ないバンドが認められた。これを切り出して質量分析計(MALDI−TOF−MS、ブルカーダルトニクス社製、商品名:Ultraflex)によりMS/MS解析を行ったところ、Na+/K+−ATPaseαサブユニットが検出された。
【0070】
(2−3)α3サブユニットの確認
図4左及び図5左のファーウエスタンブロッティングに用いた抽出液を使って、Na+/K+−ATPaseα1サブユニットとα3サブユニットに選択的な抗体によるウエスタンブロッティングを行った。その結果を図6に示す。図6に示すとおり、成熟神経細胞に選択的に発現しているのはα3サブユニットであり、ASPDが結合しているターゲットはNa+/K+−ATPaseα3サブユニット(NAKα3)であると考えられた。
【0071】
(2−4)ASPD免疫沈降におけるNAKα3の共沈
成熟したラット海馬由来初代培養神経細胞の抽出液、その抽出液に合成ASPDを添加し、抗ASPD抗体(haASD1)あるいは対照として正常マウスIgGを用いた免疫沈降物をそれぞれ、電気泳動を行い、NAKα3特異的抗体でウエスタンブロッティングを行った。その結果を図7に示す。同図に示す通り、抗ASPD抗体によりNAKα3がASPDと共沈してくることが明らかとなった。
【0072】
(2−5)ASPD免疫沈降におけるNAKα3の共沈
上記(2−4)の実験から、ASPDとNAKα3が直接相互作用することが示された。その相互作用が生きている細胞上で起こることを示すために、ビオチン化したAβを一定比率配合したビオチン化ASPDを調製し、それを生きた成熟神経細胞(ラット海馬由来初代培養神経細胞)に投与し1時間以内に、ASPDの構造を破壊しない条件下で細胞膜を回収し、ビオチンに強い親和性を持つアビジンで分画を行った。銀線色の結果を図8に示す。同図が示す通り、ビオチン化ASPD投与条件でのみ105kDaあたりに認められるバンドがあり、タンデム質量分析(MS/MS)解析からNAKαであることが明らかとなった。
以上の異なる2つの実験(2−4)及び(2−5)から、ASPDとNAKα3が十分な結合の強さを持って直接相互作用することが示された。
【0073】
(2−6)蛍光顕微鏡観察
合成ASPDを投与後、成熟神経細胞(ラット海馬由来初代培養神経細胞)上のASPDの結合部位を抗ASPD抗体によって蛍光染色し、NAKa3の存在部位を特異的抗体によって蛍光染色し、そして蛍光顕微鏡観察した結果を図9に示す。同図が示す通り、ASPDが結合する部位はNAKα3の存在部位と合致することが示された。
【0074】
(2−7)解離定数
合成ASPDを成熟ラット海馬由来初代培養神経細胞に投与し、1時間後に細胞を固定し、抗ASPD抗体を用いて細胞に結合したASPD量を定量した結果のスキャチャードプロットの一例を図10に示す。また、同図のスキャチャードプロットから合成ASPDの解離定数がKd=1.5±7.8×10-7Mであることが示された。
【0075】
(2−8)ASPDによるNAKα3のATPase活性阻害
合成ASPDを成熟ラット海馬由来初代培養神経細胞に投与し約24時間後に細胞膜を回収し、ATPase活性を測定し、NAKの選択的阻害剤であるouabainを用いてNAK活性を求めた。ラットにおいては、ouabainのKiはα3=3.1±0.3x10-8M、α1=4.3±1.9x10-5Mである。そこで、低濃度のouabain(10nM)存在下ではNAKα3のみが阻害されるため、NAKα3活性を求めることが可能である(図11の左欄のグラフ)。そして、10nM ouabain存在下では阻害されず100μM ouabainで阻害される活性としてNAKα1活性(図11の中欄のグラフ)を求めることが可能である。図11に示したとおり、ASPD処理によりNAKα3活性が20%以下になっていることがわかった。一方、NAKα1活性はNAKα3活性ほど低下していないことが明らかとなった。従って、ASPDは特にNAKα3活性を強く阻害していることが明らかとなった。
【0076】
(2−9)NAKα3について
Na+/K+−ATPase(NAK)の機能と構造と分布を図12に示す。図12上図は、NAKの機能である、ATP加水分解と共役したナトリウム−カリウムポンプ機能を説明図の一例である。図12中図は、NAKのαサブユニット及びβサブユニットの構造の一例を示す図である。同図に示すように、βサブユニットは、αサブユニットの細胞外ドメイン4に結合することが報告されている(Lemas et al. vol 269, 8255-8259, 1994)。図12下図の表に示す通りα1サブユニットは全ての細胞に存在する普遍的タイプである。一方、α3サブユニットは成熟神経細胞に選択的に発現している。幼若神経ではα2サブユニットが発現しているが、成熟するとα3サブユニットに切り替わることが知られている。これらのNAKα3の知見は、図3〜11の結果とよく合致している。
【0077】
3.ASPDが誘導する細胞死のメカニズム
(3−1)細胞内カルシウム濃度を測定
ASPDが結合することによりNAKα3の活性が阻害されるとしたならば、(1)流入したNaがくみ出されないために膜電位が上昇し、その結果、膜電位依存的なCaチャンネルが開口し、あるいは、(2)Naの上昇に応答して細胞膜上のNa/Ca exchanger (NCX)が反応してCaを取り込み、最終的に細胞内に異常なカルシウムの流入が起こることが予想された。そこで、成熟したラット海馬由来初代培養神経細胞にASPDを投与したときの細胞内カルシウム濃度をFura PE3蛍光カルシウム指示薬にて観察した。その結果を図13に示す。同図に示す通り、ASPD投与直後から細胞内カルシウム濃度の上昇が検出され、それが最終的には細胞内カルシウム濃度が振り切れて細胞が死に至ることがわかった。これはASPD濃度に応じてより早く起きることも示された。
【0078】
(3−2)カルシウムチャネル阻害剤の効果
成熟ラット海馬由来初代培養神経細胞に、下記表1に示される各種阻害剤を同表に示される濃度で予め投与し、30分後に合成ASPD 4μMを投与し、およそ24時間後にアポトーシス活性を測定した。その結果を表1及び図14に示す。同表及び同図が示す通り、ASPD投与後、NAKα3活性が抑制されることにより起きる神経細胞死シグナルカスケードには、膜電位依存的カルシウムチャンネルのうち、プレシナプスに多く存在するN型チャンネルが関わっていることがわかった。さらに、ミトコンドリアに存在するNCX、mPTPもそれぞれ貢献していることがわかった。従って、図15に示したように、細胞内へのカルシウム流入はまずシナプス上の膜電位依存性N型カルシウムチャンネルが活性化することで起こり、それに続いてミトコンドリアのカルシウム代謝異常が起きて、細胞死に至ることが示された。
【0079】
【表1】
【0080】
4.アルツハイマー病の病態とNa+/K+−ATPaseα3との相関]
特異的抗体を用いてNAKの分布をヒト脳で検証した。正常脳での解析からは、まずNAKα1は、全体的に分布しており、これはNAKα1が普遍的に存在することと合致していた(図16左上)。一方、NAKα3はNAKα1とは全く異なった分布を示し、大脳皮質においては神経突起や軸索に沿ってドット状に、あるいは錐体細胞(神経細胞)を取り巻くように分布していることがわかった(図16右上)。小脳においては、NAKα3は神経突起や軸索に沿ってドット状に存在するほかにpurkinje cellを取り巻くように分布していた(図17左上)。これはBasket cellの分布と非常に良く重なる。Basket cellは大脳皮質にも存在しており、NAKα3がmRNAの発現解析において抑制性神経にその発現がよく認められることと合致している。
患者脳では、アルツハイマー病で障害が大きく認められる大脳皮質ではNAKα3の染色は失われていた(図16右下)。一方、NAKα1の染色は本来の存在部位では失われているが、それ以外の部分ではむしろ量が増大しているという結果が得られた(図16左下)。これは過去のmRNAの解析と合致している結果である(Siegel 1998)。同時にASPD量を調べてみたところ、患者小脳では正常と同じレベルの極小量のASPDしか検出されない一方で、障害が大きい大脳皮質では多量のASPDが存在しており、これはNAKα3の減少と相関していた(表2)。
【0081】
【表2】
【0082】
5.ASPDに結合し、かつ、細胞死を抑制するポリペプチド
抗ASPD抗体がASPDに結合することで、ターゲット分子であるNAKα3との相互作用を阻止し、神経細胞死を抑制することから、同様の効果を持つペプチドの探索を行った。そのために、マイクロタイタープレートに固定したASPDに対して、ランダムな12アミノ酸のライブラリをウイルス表面に発現しているphage display library(市販)を利用して、スクリーニングを行い、収束した配列を解析した。3回のphage displayから、同じ配列を持つphageが複数回重複して得られていることから、何らかの生物学的濃縮が起こり、ASPDに結合活性があるペプチドが得られている可能性を示唆している。また、得られた配列すべてをバイオインフォマティクス的に解析すると、H(His)およびW(Trp)が有意に高頻度で出現していた。H/Wを多く含むペプチドモチーフの中に、ASPDに特異的に結合するものが含まれていることを示唆している。その中から実際にASPD毒性を中和するものと中和しないものを調べると、毒性を中和するものは共通のモチーフを持つことがわかった。この中和活性を持つペプチドをAnti−AD toxicity (AAT)ペプチドと名付けた。得られたAATペプチド01〜05を表3に示す。また、中和活性を持たないペプチド(PD)の2例を表3に示す。
【0083】
【表3】
【0084】
成熟ラット海馬由来初代培養神経細胞に、AATペプチド(01〜03) 14μMを投与し、30分後に合成ASPD 4μMを投与、およそ24時間後にアポトーシス活性を測定した。その結果を図18に示す。
【0085】
興味深いことに、AATペプチド(01〜03)については、最初の4アミノ酸(HLNW)は、ターゲット分子であるNAKα3の細胞外ドメイン4の特定部分(RLNW;ここはNAKα3とNAKα1が大きく異なるところ)と類似しており、次の4アミノ酸はそれより少し下流の部分(Y−NLWR;NAKα3とNAKα1共通)に類似している(図2)。また、最後の4アミノ酸は特定のモチーフを持たないことが示唆された。最初の4アミノ酸のモチーフのうち、3番目のN(Asn)はNAKα3に特異的であり(図2参照、ヒトとラットで保存されている)、これが重要であることが示された。
【0086】
成熟ラット海馬由来初代培養神経細胞に、AATペプチド(04〜05) 0.14μMを投与し、30分後に合成ASPD 4μMを投与、およそ24時間後にアポトーシス活性を測定した。その結果を図19に示す。AAT01を短くしたAAT04及びAAT05は、AAT01と同等あるいはそれ以上の阻害効果があることが明らかとなった。
【0087】
さらに、下記表4に示すAATペプチド06及び07を用いて同様にASPDのアポトーシス活性の阻害効果を確認した。
【0088】
【表4】
【0089】
成熟ラット海馬由来初代培養神経細胞に、AATペプチド(04、06,07)2.8μMを投与し、30分後に合成ASPD 4μMを投与、およそ24時間後にアポトーシス活性を測定し、AATペプチドを投与していないコントロールとアポトーシス活性を比較し、その阻害活性を算出した。その結果を図20に示す。AAT04を短くしたペプチドの内、AAT06には、AAT04と同等あるいはそれ以上の阻害効果があることが明らかとなった。
【0090】
5.ASPDとAATペプチドとの解離定数
前記AATペプチド01〜03のC末端側にビオチンを結合させチップ上に固相化し、ASPDをリガンドとして表面プラズモン共鳴(SPR)により解離定数を求めた。その結果を下記表5に示す。
【0091】
【表5】
【0092】
配列番号7〜39、42〜51:ASPD相互作用モチーフ/ペプチド
配列番号40、41:ASPD相互作用モチーフ/ペプチド(コントロール)
図1
図2
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図20
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]