(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
下記式(1)で示される複数のチオール基(−SH)を有するチオール化合物と、下記式(2)で示されるチオスルホン酸エステルとを塩基の存在下で混合して、下記式(3)で示される構造を有するジスルフィド化合物を合成し、
この式(3)のジスルフィド化合物と硫黄S8とを反応させることを特徴とする、有機ポリスルフィド化合物の製造方法。
A(−SH)a (1)
上記式(1)において、Aは有機基を示す。aは2以上の整数を示す。
B−S−SO2−C (2)
上記式(2)において、B及びCは有機基を示す。
A(−S−S−B)a (3)
式(1)中のAは、アリール基であり、式(2)中のBは、アルキル基であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の有機ポリスルフィド化合物の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ジスルフィド系の材料は、正極活性が高いものの、単体硫黄に比べると硫黄の占める割合が低いため、単体硫黄を用いた場合の理想的な正極活性と比較すれば、活性は依然として低い。そのため、硫黄系材料においては、硫黄を用いることによって期待される正極活性をさらに高めることが求められる。
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、正極物質として利用可能な、新規な有機ポリスルフィド化合物の製造方
法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る有機ポリスルフィド化合物の製造方法は、以下の特徴を有する。
【0009】
下記式(1)で示される複数のチオール基(−SH)を有するチオール化合物と、下記式(2)で示されるチオスルホン酸エステルとを塩基の存在下で混合して、下記式(3)で示される構造を有するジスルフィド化合物を合成し、
この式(3)のジスルフィド化合物と硫黄S
8とを反応させる。
【0010】
A(−SH)
a (1)
上記式(1)において、Aは有機基を示す。aは2以上の整数を示す。
【0011】
B−S−SO
2−C (2)
上記式(2)において、B及びCは有機基を示す。
【0012】
A(−S−S−B)
a (3)
なお、式(3)のAは式(1)のAと同じであり、式(3)のBは式(2)のBと同じであり、式(3)のaは式(1)のaと同じである。
【0013】
更なる発明は、式(1)におけるaは、3以上の整数であることを特徴とする。
【0014】
更なる発明は、前記塩基はアミン類であることを特徴とする。
【0015】
更なる発明は、式(1)中のAは、アリール基であり、式(2)中のBは、アルキル基であることを特徴とする。
【0016】
更なる発明は、式(2)中のCは、アリール基であることを特徴とする。
【0017】
更なる発明は、式(3)のジスルフィド化合物と硫黄S
8との反応を無溶媒条件で行うことを特徴とする。
【0018】
本発明に係る有機ポリスルフィド化合物は、下記式(3)で示される構造を有するジスルフィド化合物と、硫黄S
8とを反応させて得られたことを特徴とするものである。
【0019】
A(−S−S−B)
a (3)
上記式(3)において、A及びBは有機基を示す。aは2以上の整数を示す。
【0020】
更なる発明は、式(3)におけるaは、3以上の整数であることを特徴とする。
【0021】
本発明に係る有機ポリスルフィド化合物は、複数の有機基Aと、複数の−S−S
n−S−で示されるポリスルフィド基(ここでnは0以上の整数である)とが結合して構成される有機ポリスルフィド化合物であって、
各有機基Aは、2以上の前記ポリスルフィド基を介して、他の有機基Aと結合していることを特徴とするものである。
【0022】
更なる発明は、各有機基Aは、3以上の前記ポリスルフィド基を介して、他の有機基Aと結合していることを特徴とする。
【0023】
更なる発明は、前記有機基Aは、アリール基であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、正極物質として利用可能な有機ポリスルフィド化合物を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明に係る有機ポリスルフィド化合物の製造方法は、まず、下記式(1)で示される複数のチオール基(−SH)を有するチオール化合物と、下記式(2)で示されるチオスルホン酸エステルとを塩基の存在下で混合して、下記式(3)で示される構造を有するジスルフィド化合物を合成する。次に、式(3)のジスルフィド化合物と硫黄S
8とを反応させる。これにより、有機ポリスルフィド化合物を得ることができる。
【0027】
A(−SH)
a (1)
上記式(1)において、Aは有機基を示す。aは2以上の整数を示す。
【0028】
B−S−SO
2−C (2)
上記式(2)において、B及びCは有機基を示す。
【0029】
A(−S−S−B)
a (3)
上記式(3)において、Aは式(1)の化合物に由来する有機基であり、Bは式(2)の化合物に由来する有機基である。aは式(1)のaと同じ数値である。
【0030】
以下、有機ポリスルフィド化合物の製造方法について、詳細に説明する。
【0031】
本発明の有機ポリスルフィド化合物の製造方法は、上記式(1)で示される複数のチオール基(−SH)を有するチオール化合物を用いる。
【0032】
式(1)中のAは、チオール基におけるS原子と少なくとも2箇所で結合する有機基である。aは2以上の整数である。aは3以上の整数であることが好ましい。それにより、架橋性が高まるため、S原子の存在率を高くすることができ、正極活性を高めることができる。aは、6以下であることが好ましく、5以下であることがより好ましく、4以下であることがさらに好ましい。なお、チオール基が2個の場合(a=2)、ジチオールといい、チオール基が3個の場合(a=3)、トリチオールという。
【0033】
有機基Aとしては、アリール基、アルキレン基などを例示することができる。有機基Aとしては、例えば、a=2である場合、1,4−フェニレン基(p−C
6H
4)、1,3−フェニレン基(m−C
6H
4)、1,2−フェニレン基(o−C
6H
4)、エチレン基(CH
2CH
2)、1,3−プロピレン基(CH
2CH
2CH
2)、1,4−ブチレン基(CH
2CH
2CH
2CH
2)、などを挙げることができる。また、a=2である場合の有機基Aとして、ピリジン環の2つの水素原子が置換されたピリジニレン基、例えば、2,3−ピリジニレン基(C
5H
3N)、2,4−ピリジニレン基(C
5H
3N)、2,5−ピリジニレン基(C
5H
3N)、3,5−ピリジニレン基(C
5H
3N)や、あるいは、ナフタレン環の2つの水素原子が置換されたナフチレン基、例えば、1,5−ナフチレン基(C
10H
6)、1,8−ナフチレン基(C
10H
6)なども挙げることができる。また、a=3の場合における有機基Aとしては、1,3,5−トリ置換ベンゼン基(C
6H
3)、トリ置換−トリフェニレン基、トリ置換−1,3,5−トリアジン基や、ナフタレン環の3つの水素原子が置換されたトリ置換ナフタレン基、ピリジン環の3つの水素原子が置換されたトリ置換ピリジン基などを挙げることができる。なお、トリ置換とは3つの水素原子が置換された構造を示し、例えば、1,3,5−トリ置換ベンゼン基は、ベンゼン環の1,3,5位の水素が置換された構造のことである。
【0034】
チオール化合物の具体例を以下に挙げる。これらの名称は、1,2−エタンジチオール、1,4−ブタンジチオール、1,2−ベンゼンジチオール、1,4−ベンゼンジチオール、1,3−ベンゼンジチオール、1,3,5−ベンゼントリチオール、である。
【0036】
本発明の有機ポリスルフィド化合物の製造方法は、上記式(2)で示されるチオスルホン酸エステルを用いる。
【0037】
式(2)中のBは、チオスルホン酸エステル結合における2価のS原子と結合する有機基であれば特に限定されるものではないが、アルキル基又はアリール基であることが好ましく、アルキル基であることがより好ましい。Bは、アルキル基の場合、炭素数1〜8のアルキル基が好ましい。アルキル基であるBとしては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基が例示される。これらは、直鎖であってもよいし、分岐を有するものであってもよいが、直鎖であることがより好ましい。Bとしては、メチル基、エチル基、プロピル基が、より好ましく、メチル基がさらに好ましい。Bは、アリール基の場合、フェニル基が好ましい。また、Bとして、ピリジン環の水素原子が置換されたものや、あるいは、ナフタレン環の水素原子が置換されたものなども挙げることができる。
【0038】
式(2)中のCは、チオスルホン酸エステル結合における酸素原子と結合している6価のS原子と結合する有機基であれば特に限定されるものではないが、アルキル基又はアリール基であることが好ましく、アリール基であることがより好ましい。Cは、アルキル基の場合、炭素数1〜8のアルキル基が好ましい。アルキル基であるCとしては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基が例示される。これらは、直鎖であってもよいし、分岐を有するものであってもよいが、直鎖であることがより好ましい。Cとしては、メチル基、エチル基、プロピル基が、より好ましく、メチル基がさらに好ましい。Cは、アリール基の場合、フェニル基が好ましい。また、Cとして、ピリジン環の水素原子が置換されたものや、あるいは、ナフタレン環の水素原子が置換されたものなども挙げることができる。特に、合成上、式(2)におけるチオスルホン酸エステル結合は、ベンゼンチオスルホン酸エステル結合であることが好ましく、この場合、Cはフェニル基(C
6H
5)となる。
【0039】
チオスルホン酸エステルの具体例を以下に挙げる。
【0041】
チオスルホン酸エステルは、ジスルフィド結合(−S−S−)を有するジスルフィド化合物とスルフィン酸塩とを、無溶媒条件でヨウ素存在下にて混合して得ることができる。ジスルフィド化合物は、アルキルジスルフィド基を有するものであってよく、例えば、メチルジスルフィド基を有するものであってよい。ジスルフィド化合物がジメチルジスルフィドであり、スルフィン酸塩がベンゼンスルフィン酸ナトリウムである例の反応式を下記に示す。
【0043】
なお、上記の反応式は、化学量論的には、次のように記載できる。
【0045】
すなわち、反応によりヨウ化ナトリウムが生成するが、このヨウ化ナトリウムは分液処理によって分離することが可能であり、容易に目的とするチオスルホン酸エステルを精製することができる。そして、得られたチオスルホン酸エステルを式(3)の化合物の合成に利用することができる。そのため、ヨウ素を利用することにより、簡単に所望のジスルフィドを合成することができる。
【0046】
上記式(1)で示されるチオール化合物と、上記式(2)で示されるチオスルホン酸エステルとが、塩基の存在下で混合されると、反応が進行し、上記式(3)で示される構造を有するジスルフィド化合物が合成される。このジスルフィド化合物は、2個以上のジスルフィド結合(−S−S−)を有するジスルフィド化合物である。好ましくは、ジスルフィド化合物は、3個以上のジスルフィド結合(−S−S−)を有する。チオスルホン酸エステルは、2価のスルフィドと6価のスルホンが結合した構造を有しており、求核剤がスルフィドに攻撃することでチオアルキル基が結合した生成物を与える特性をもつ。そのため、チオールは、反応によりジスルフィドに変換することができる。したがって、チオールを複数有する化合物(ジチオール、トリチオール等)は、上記反応によって、ジスルフィドを複数有する化合物に変換することができる。
【0047】
式(1)のチオール化合物と式(2)のチオスルホン酸エステルとの反応は、溶媒の存在下で行うこともできるが、無溶媒条件で行うことが好ましい。無溶媒条件により副反応を抑制することができる。また、無溶媒条件では精製を容易に行うことができる。もちろん、副生成物が生成しない範囲、あるいは、操作が煩雑にならない範囲で、溶媒を使用してもよい。なお、無溶媒反応は、通常、固体反応(固相反応)にすることができる。
【0048】
上記反応に用いる塩基としては、無機塩基、有機塩基のいずれも使用することができるが、有機塩基を好ましく用いることができ、さらに、アミン類を好ましく用いることができる。
【0049】
アミン類としては、1級アミン(R−NH
2)、2級アミン、3級アミンのいずれか1種以上を用いることができ、例えば、アニリン類、トリエチルアミン、ピリジンなどを挙げることができる。このうち、アニリン類が好ましい。アニリン類としては、例えば、アニリン、トルイジン、クロロアニリンなどを用いることができる。なお、トルイジン、クロロアニリンは、o(オルト)、m(メタ)、p(パラ)のいずれでもよい。
【0050】
合成反応は、実験室レベルでは、乳鉢に各成分を加えて乳棒ですり合わせ混合することにより行うことができる。均一に混合した後、試験管に入れて放置してもよいし、撹拌を続けてもよい。反応温度は0〜50℃の範囲又は10〜40℃の範囲、例えば室温(25℃付近)とすることができる。反応時間は、1分以上、好ましくは3分以上、より好ましくは5分以上にすることができる。反応時間は、1時間以上又は3時間以上であってもよい。反応時間は、12時間以下、6時間以下、3時間以下、又は、1時間以下であってもよい。合成反応(ジスルフィド結合の形成)は速やかに進行する。また、乳鉢による合成は実験室レベルの合成であり、産業レベル(大量合成)では、撹拌機能の付いた反応器を用いることができる。反応後は、溶媒抽出、カラム分離、結晶化などの適宜の方法でジスルフィド化合物を精製することができる。
【0051】
合成されるジスルフィド化合物は、有機基Aがアリール基であり、有機基Bがアルキル基であることが好ましい。それにより、硫黄との反応により、正極活性の高い物質を容易に得ることができる。
【0052】
チオール化合物が1,3,5−ベンゼントリチオールであり、チオスルホン酸エステルがメチルベンゼンチオスルホン酸エステルである場合におけるジスルフィド化合物の合成の反応式を下記に示す。
【0054】
また、チオール化合物が、1,2−ベンゼンジチオール、1,3−ベンゼンジチオール又は1,4−ベンゼンジチオールであり、チオスルホン酸エステルがメチルベンゼンチオスルホン酸エステルである場合に得られるジスルフィド化合物の構造式を下記に示す。
【0056】
本発明では、式(3)のジスルフィド化合物と硫黄S
8とを反応させる。硫黄S
8は、単体硫黄であってよい。また、硫黄(S)は、S
8以外にも種々の同素体を形成するが、これらの同素体が含まれていてもよい。硫黄S
8は、通常、天然に存在する環状の物質である。硫黄S
8は、常温、常圧で固体であり、他の同素体に比べて、取り扱いが容易である。硫黄S
8を単位構造とする結晶として、α硫黄(斜方硫黄)、β硫黄(単斜硫黄)及びγ硫黄(単斜硫黄)があるが、いずれも用いることができる。
【0057】
式(3)のジスルフィド化合物と硫黄S
8との比率は、特に限定されるものではないが、例えば、式(3)のジスルフィド化合物1等量に対して、硫黄S
8が0.5〜1.5等量であることが好ましく、0.7〜1.3等量であることがより好ましい。この等量は、モル比で計算される。そのため、式(3)におけるA及びBの化学構造から、質量比を算出することができる。式(3)のジスルフィド化合物1等量に対して単体硫黄S
8の1等量分程度まではジスルフィドとの反応が起こるが、それ以上硫黄を加えると、未反応の硫黄が残存する場合があることが確認されている。そのため、式(3)のジスルフィド化合物1等量に対する硫黄S
8の量を1等量以下にすることも好ましい。ただし、未反応の硫黄が発生しない程度に、適切な硫黄添加量の条件検討を行うことが可能である。
【0058】
式(3)のジスルフィド化合物と硫黄S
8との反応は、無溶媒条件で行うことが好ましい。無溶媒条件により副反応を抑制することができる。ただし、副生成物が生成しない範囲で溶媒を使用してもよい。無溶媒反応は、通常、固体反応(固相反応)にすることができる。
【0059】
式(3)のジスルフィドと硫黄S
8との反応では、これらを混合した混合物を加熱することが好ましい。加熱により、反応が効率よく進行する。加熱温度は、反応性を高める観点から、好ましくは80℃以上、より好ましくは100℃以上である。ただし、温度が高すぎると、副反応等のおそれがあるため、加熱温度は、200℃以下が好ましく、150℃以下がより好ましい。加熱反応は、恒温槽を有する加熱器具で行うことができる。例えば、ドライサーモユニットを反応装置として使用することができる。反応中は、混合物を混合してもよいし、静置してもよい。反応は、乾燥雰囲気中で行われてもよい。乾燥雰囲気は、湿度が低く、水分が少ない。そのため、副反応を抑制することができる。また、反応は、不活性ガス中で行われてもよい。例えば、窒素雰囲気や、希ガスの雰囲気中で反応が行われてもよい。例えば、酸素濃度が低い条件で反応を行うと、酸素原子の混入を抑制することができる。反応時間は、目的とする物質の生成量(生成率)、未反応の硫黄S
8の存在量などを考慮して、適宜に設定することができる。反応時間は、例えば、1時間以上、3時間以上、6時間以上、24時間(1日)以上、さらには3日以上などであってよい。また、反応時間は、例えば、30日以下、20日以下、さらには14日以下などであってよい。
【0060】
本発明では、式(3)で示される構造を有するジスルフィド化合物と、硫黄S
8とを反応させることにより、有機ポリスルフィド化合物が得られる。この有機ポリスルフィド化合物は、原料である式(3)のジスルフィド化合物とも、硫黄S
8とも性質が異なっており、これらの化合物が結合し、高分子化した化合物であると推察される。
【0061】
合成された有機ポリスルフィド化合物は、以下で説明する構造を有するものと考えられる。もちろん、この構造は考えられ得る構造の一例であり、有機ポリスルフィド化合物は、この構造を有していなくてもよい。
【0062】
有機ポリスルフィド化合物は、複数の有機基Aと、複数の−S−S
n−S−で示されるポリスルフィド基とが結合して構成される。各有機基Aは、2以上の前記ポリスルフィド基を介して、他の有機基Aと結合している。ここで、nは0以上の整数である。すなわち、−S−S
n−S−は、2価の硫黄原子が2個以上連続したポリスルフィド基である。nは、1以上が好ましく、2以上がより好ましく、3以上がさらに好ましい。また、nは8の倍数であり得る。硫黄S
8がジスルフィド結合に挿入され得るからである。例えば、nは、8、16、24などであってよい。nの上限は特に限定されないが、例えば、nは100以下であってよく、50以下であってもよい。
【0063】
式(3)においてa=3である場合に得られる有機ポリスルフィド化合物の一般化した構造を下記に示す。なお、下記の構造において、末端において波線で省略された部分は、(−S
n−S−A−S−)
mが結合される。mは正の整数である。この構造では、一つの有機基Aに結合された一つのSから延びる部分と他のSから延びる部分とが、他の有機基Aにおいて連結していてもよい。すなわち、全体として、有機基Aとポリスルフィド基とが網目状に結合した構造をしていてもよい。この網目構造は2次元的であってもよいし、3次元的(立体的)であってもよい。
【0065】
有機ポリスルフィド化合物では、有機基Aがポリスルフィド基によって架橋する構造が形成されているものと考えられる。上記の構造式から、架橋構造を形成するためにaは2以上であることが好ましく、より架橋性の高い構造を得るためにaは3以上であることが好ましいことが理解される。また、架橋構造を形成しやすくするためには、aは6以下が好ましく、5以下がより好ましく、4以下がさらに好ましい。
【0066】
また、合成反応では、有機基Bを有する化合物が脱離すると考えられる。そのため、反応によって生じた有機基Bを有する化合物は、有機ポリスルフィド化合物から分離しやすい化合物であることが好ましい。そのため、例えば、有機基Bは、炭素数1〜8の有機基であってよく、炭素数1〜8のアルキル基又はアリール基が好ましく、炭素数4以下のアルキル基がより好ましい。
【0067】
反応によって得た合成物(有機ポリスルフィド化合物)は、精製されることが好ましい。合成物は、高分子化されており、種々の溶媒に不溶性を有し得る。そのため、例えば、溶媒によって溶出成分を除去して精製することが可能である。このとき、好ましくは複数の溶媒によって精製される。複数の溶媒は、極性の異なる溶媒であってもよい。例えば、アセトン、ジクロロメタン、ヘキサンに対して不溶性を示す場合があるため、これらの溶媒によって反応結果物を抽出し、溶出成分を除去して、有機ポリスルフィドを精製することができる。
【0068】
有機ポリスルフィド化合物においては、好ましくはAがアリール基である。さらに、有機基Aは、ベンゼン環構造を有していることが好ましい。この場合、構造が安定化されるため、正極活性を高めることができる。Aがアリール基(ベンゼン環構造)を有する場合の有機ポリスルフィド化合物の構造を下記に示す。なお、下記の構造において、末端において波線で省略された部分は、(−S
n−S−Ar−S−)
mが結合される。Arはアリール基であり、mは正の整数である。この構造では、一つのアリール基(Ar)に結合された一つのSから延びる部分と他のSから延びる部分とが、他のアリール基(Ar)において連結していてもよい。すなわち、全体として、アリール基とポリスルフィド基とが網目状に結合した構造をしていてもよい。この網目構造は2次元的であってもよいし、3次元的(立体的)であってもよい。
【0070】
有機ポリスルフィド化合物は、充放電特性を示し、二次電池の正極物質として利用可能である。正極は、例えば、有機ポリスルフィド化合物と補助材料とを含んで構成することが可能である。補助材料としては、カーボンブラック、黒鉛(KS6など)、カーボンナノチューブ(VGCFなど)、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)などが例示される。これらは1種単独でも、2種以上を混合してもよい。正極中の有機ポリスルフィド化合物の含有量は、例えば、1〜50質量%程度にすることができる。
【0071】
下記に充放電メカニズムを示す反応式を示す。下記反応式に示すように、硫黄では、充放電メカニズムが理論上一応提示される。しかしながら、単体硫黄では、放電時に電子を受け取って生成した硫化リチウムが電解質へ溶けてしまい、それらが充電時に電極に再集積しないため、二次電池として繰り返し起こることが求められる電気化学反応が進行しない。一方、上記の有機ポリスルフィド化合物では、下記反応式に示すように、放電時には有機硫黄化合物が生成するため、電解質への溶出が抑制され、充放電メカニズムで要求される繰り返し反応が効率よく進行する。
【0073】
図1は、有機ポリスルフィド化合物を用いた電池の原理を示す模式図である。この電池は、リチウムイオン電池に応用したものであり、負極にリチウム(Li)を用い、正極物質として有機ポリスルフィド化合物を用いたものである。正極では、放電時には、S−S結合が開裂して電力が生じる。一方、充電時には、開裂したS,Sは、Li
+の作用により再結合され、S−S結合が再生される。このようにジスルフィド結合の開裂−再結合による充放電特性によって、電池の利用が可能となるのである。そして、硫黄原子の半径(88pm)は、従来の正極材料であるコバルト原子の半径(152pm)よりも格段に小さく、1つの原子が電子1個を受けると考えると、理論上、コバルト原子に対して遥かに高容量の正極材料を形成することが可能となるものである。また、硫黄原子が複数連続して結合したポリスルフィド基を有しており、硫黄含有率を単体硫黄に近づけることができるため、高容量にすることができる。また、ポリスルフィド基が有機基と結合しているため、単体硫黄では得られない優れた電気特性を得ることができる。
【実施例】
【0074】
[使用機器]
無溶媒における合成実験の実施に関しては、共栓付き試験管に試薬を詰めたものをドライサーモユニットTAITEC社製 Dry Thermo Unit DTU-1Cを用いて反応速度をコントロールしながら行なった。反応の確認は、Merck社製アルミシートSilicagel 60 F254を用いた薄層クロマトグラフィーによって行なった。無溶媒反応では、
図2に示すような、めのう乳鉢1と乳棒2とを用い各試料を混合した。
1H NMRは、JEOL製 JNM-MY60FTを用いた。これらの実験設備によって、無溶媒環境での合成や生成物の分析等を実施した。
【0075】
<実施例1>
[メチルベンゼンチオスルホン酸エステル(化合物1)の合成]
10 mlの共栓付試験管にベンゼンスルフィン酸ナトリウム(8.10 g, 50 mmol)と、ジメチルジスルフィド(1.71 g, 20 mmol)と、ヨウ素(11.1 g, 40 mmol)とを秤量し、ジクロロメタンで混合して、25℃条件下にて無溶媒反応(固相反応)を行った。ベンゼンスルフィン酸ナトリウムとしては、ベンゼンスルフィン酸ナトリウム5水和物(東京化成製)を、120℃で24時間乾燥処理したものを使用した。また、ジメチルジスルフィド及びヨウ素は、東京化成製を使用した。反応後の混合物をろ過し、さらに150 mLのジクロロメタンで残渣を洗った抽出物の溶液を、1 Mチオ硫酸ナトリウム水溶液にて分液処理を行うことで余分なヨウ素の中和をした。引き続き飽和食塩水で水洗し、有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥させた。乾燥剤(無水硫酸マグネシウム)をろ別した後にエバポレーターで溶媒を留去させることで、下記反応式に示す「化合物1」として、無色透明の油状液体を得た(収量3.59 g)。
【0076】
1H NMR(CDCl
3, 200 MHz): δ= 8.00-7.90 (Ar, 2H), 7.70-7.50 (Ar,3H) , 2.51 (s, 3H)。
【0077】
【化10】
【0078】
[ジスルフィド(化合物2)の合成]
めのう乳鉢上に、1,3,5-benzenetrithiol(174 mg, 1.0 mmol)と、化合物1であるmethyl benzenethiosulfonate (847 mg, 4.5 mmol)とを入れ、混合しながらすりつぶした。その後、p-toluidine(642 mg, 6.0 mmol)を加えて2分間良くすりあわせた。1,3,5-benzenetrithiol及びp-toluidineは、東京化成製を使用した。反応物を十分にスパーテルでかき混ぜながらジクロロメタン30 mlで抽出後に溶媒を留去した。抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘキサン)にて精製し、溶液を濃縮乾固することで、下記反応式に示す「化合物2」を無色透明の油状物質として得た(収量309 mg)。
【0079】
1H NMR(CDCl
3, 200 MHz): δ= 7.51 (s, 3H), 2.47 (s, 3H)。
【0080】
【化11】
【0081】
[有機ポリスルフィド化合物の合成]
共栓付試験管に、上記によって得た化合物2(192.0 mg, 0.61 mmol)と硫黄粉末(157 mg, 0.61 mmol)とを入れ混合し、ドライサーモユニットで120℃、10日間加熱した。硫黄は、関東化学製を使用した。反応物をスパーテルで良く砕きながらアセトン、ジクロロメタン、ヘキサンをそれぞれ順に加えて溶出してくる成分を抽出除去して不溶性の粘性がある物質を常温で静置した。これにより、黄色のアモルファス固体として、実施例1の有機ポリスルフィド化合物が生成した(収量236 mg)。反応の化学式を下記に示す。なお、最終生成物は、正確な構造を特定していないため、下記のように記載している。
【0082】
【化12】
【0083】
<実施例2〜4>
実施例1と同様の方法により、1,2-benzenedithiol、1,3-benzenedithiol、1,4-benzenedithiolを用いて、ジスルフィド化合物として、下記に示す構造式のジスルフィド化合物を得た。そして、ジスルフィド化合物と硫黄とを混合して反応させた。反応条件は実施例1と同じである。これにより、1,2-benzenedithiolを出発物質とする有機ポリスルフィド(実施例2)、1,3-benzenedithiolを出発物質とする有機ポリスルフィド(実施例3)、1,4-benzenedithiolを出発物質とする有機ポリスルフィド(実施例4)を得た。
【0084】
【化13】
【0085】
[コイン型リチウム二次電池の作製]
上記で合成した各実施例の有機ポリスルフィド化合物100 mg(20wt%)とKS6 350 mg(70wt%)を、めのう乳鉢で混ぜ合わせた後、さらにVGCF25mg(5wt%)とPTFE25mg(5wt%)を加えてさらに1時間混ぜ合わせた。得られた粉末を50 mg秤量し、プレス器でφ15mmの大きさのペレットを作製した。ペレットは乾燥処理を行った。その後、ペレットを正極材料とし、コイン型(2016)セルに、金属リチウム板、電解液、ポリエチレン製セパレーターを入れ、圧着処理で封止を行うことでコイン型リチウム二次電池にした。
【0086】
[充放電特性評価]
コイン型リチウム二次電池の開放電圧(OCV)を測定し、その後、放電条件をCC 0.05 mA、1.5 V cutoffとし、充電条件をCC/CV 0.05 mA、3.5 V cutoffとし、終了電流値を0.01 mAとし、充電・放電休止一時間で充放電特性の測定を行った。
【0087】
実施例1〜4では、充放電挙動が見られた。このうち、実施例2〜4では、充放電挙動が少なからず見られたものの、二次電池として求められる繰り返し起こる電気化学反応の進行が弱く、実施例1に比べて電池特性は低かった。実施例2〜4では、単体硫黄と類似した挙動が示されている。一方、実施例1では実施例2〜4よりも優れた充放電特性が見られた。
【0088】
図3は、実施例1のリチウム二次電池の充放電特性を示すグラフである。このグラフで示すように、実施例1では、プラトー電位と550 Ah/kgを越える放電容量が観測され、単体硫黄で起こる容量の低下は見られなかった。具体的には、第一回目の放電容量は573 Ah/kg、第二回目の放電容量は519 Ah/kg、第三回目の放電容量は530 Ah/kgを示した。このように、実施例1では、容量は570-500Ah/kgと大きく、従来のリチウムコバルト酸148Ah/kgよりも非常に大きい。これらは、スルフィド結合の可逆的な解離・再結合に伴う酸化還元反応を利用して得られた性質であると考えられる。従来の有機系二次電池正極活性物質の容量や充電速度を大幅に上回るものである。