【実施例】
【0024】
以下、実施例を示しながら更に詳細に説明する。コンクリート構造物として供試体を作製した。
図3は実施例について作製した供試体の概略を示し、(a)は平面図、(b)は側面図である。図中の数字は寸法(mm)を示し、側面図のうちアンカーボルトを想定している部分は断面として示している。トンネルの天井板を固定する接着系のあと施工アンカーを想定し、1000mm×1000mm×厚さ350mmのコンクリート直方体に、長さ240mmのアンカーボルトとしてM16のSS400相当材をコンクリート表面から130mmの深さまで埋め込んだ状態とした。1体の供試体に対してアンカーボルトを4本設置し、ボルト間の離隔は500mmを確保した。コンクリートの設計基準強度はFc=24N/mm
2とし、コンクリート内部はアンカーボルトの他に磁性体を配置しないために無筋とした。
【0025】
図4(a)乃至(d)は、実施例として作製した供試体に対して切削孔を設け、アンカーボルトの接着状態を異ならせた供試体の接着状況を模式的に示す図である。アンカーボルトとしてのM16のSS400相当材が、コンクリートに接着剤によって固着する度合いを接着剤の充填状況により変化させた。接着剤の充填状況は、
図4(a)〜(d)に順に示すように、100、75、50、25%の4水準の充填度を設定した。すなわち、コンクリートとアンカーボルトが固着した部分の長さの目安が130、97、65、32mmの各程度となるように充填度を設定した。接着剤を100%充填しない3水準のものは、いずれも孔の深部側に接着剤が充填され、コンクリート表面側に空隙が存在するものを作製した。24mm径のコア削孔によって設けられた孔にアンカーボルトを挿入し、充填度に応じてボルトとコンクリート孔の隙間に接着剤を注入し、アンカーボルトをコンクリートに固着させた。
【0026】
接着系アンカーは、一般に接着剤の注入方式の違いによりカプセル型と注入型とに分類される。本実施例では、接着剤として充填状況の違いを精度良く施工するために、注入型のエポキシ樹脂を使用した。また、コンクリート表面に突出したアンカーボルトに対して、100mm×100mm×厚さ9mmの鋼製プレートを設置し、ナットで固定した。
【0027】
パルス磁場の発生条件としては、
図1及び
図2に示すように、導体棒2としてのアンカーボルトとみなしたM16のSS400相当材の頭部にリングコイル12を差し込んで装着した。永久磁石15を、アンカーボルトとみなしたM16のSS400相当材の頭部上に設けない場合と設けた場合とで磁場を印加した。なお、比較のためのパルス磁場発生条件として、振磁コイルが内蔵されたボックスを、アンカーボルトとみなしたM16のSS400相当材の頭部に配置して振磁コイルにパルス電流を流した。
【0028】
検出素子13としてAEセンサを用いた。AEセンサとして受信した波形は、サンプリング周波数2MHzでデジタル化した後、解析処理部14中の波形受信部14aに記録させた。測定回数は、1ケースあたり10回を基本とした。
【0029】
また、締結部材4としてのナットの締結状態を異ならせた。ナットを締め付けず緩めた状態と、ナットをトルクレンチで80N・mのトルク量で締め付けた状態の、二種類の状態で試験を行った。
【0030】
先ず、ナットがプレートに接触しているものの、指先でナットを軽く締めた程度の緩んだ状態での測定結果について説明する。
図5は、リングコイルをアンカーボルトに見立てた相当材に装着したときの充填度の違いによる受信波形を示し、(a)(b)(c)(d)は充填度が、それぞれ100%、75%、50%、25%の各受信波形を示す図である。横軸は時間(秒)、縦軸はAEセンサの信号を電圧表示したものである。なお、AEセンサは、アンカーボルトに見立てた相当材の中心から100mm離れた位置になるようにコンクリート1の表面に設置した。
【0031】
図5から、受信波形の最大振幅値が接着剤の充填状況に応じて異なることが確認でき、接着剤の充填度が小さくなるに従って、波形の最大振幅値が小さくなる傾向にあることがわかる。この振幅の差異を定量的に把握するために、波形エネルギーを算出した。
図6は検出信号の波形から波形エネルギーを求めることを説明するための図である。横軸は時間、縦軸は検出信号の振幅である。ここで、波形エネルギーとは、サンプリングする各点における振幅値の2乗和で表され、次式(1)により算出される値である。
【数1】
ここで、Eは波形エネルギー(mV
2/s
2)、y
iはサンプリングする各点における振幅(mV/s)、nはサンプリング数で、n=10,000である。そのサンプリングの時間は10,000μsの間に相当する。
図7はコンクリート面で受信した弾性波の波形エネルギー比を示す。横軸は充電度(%)であり、縦軸は波形エネルギー比である。波形エネルギー比とは、接着剤の充填度100%に対する各充填度の値の比であり、今回の実施例では4水準を設定している。
図7では、
図1及び
図2に示す手法(以下、リングコイル型による手法と呼ぶ。)で計測した値を黒丸(●)プロットで示し、比較例として振磁コイルが内蔵されたボックス(以下、これにより与える振動の方法をボックス型による手法と呼ぶ。)をボルトの頭部に配置し、振磁コイルにパルス電流を流して計測した値を三角(△)プロットで示し、次に説明するモデル化による解析結果の値を菱形(◇)プロットで示している。なお、モデル化による解析では13水準を設定している。
【0032】
ここで、モデル化について説明する。
図8は実施例での供試体のモデルを示し、(a)は斜視図、(b)は断面モデル図である。縦500mm×横500mm×高さ200mmのコンクリート直方体に、直径16mm×250mmのアンカーボルトをコンクリート表面から130mmの深さまで埋め込んだ状態を想定し、コンクリートとアンカーボルトの間には、接着剤の有無を模擬するための媒介層を設けている。解析モデルの各構成材料の材料定数としては、表1に示すとおりである。
【0033】
【表1】
【0034】
各構成材料の要素は何れも8節6面ソリッドとし、要素の代表長さは約10mmとした。また境界条件として、コンクリート部分の全側面(500mm×200mmの面4面)を無反射条件とした。磁場パルスの弾性波入力をアンカーボルトの突出部とし、アンカーボルトの軸方向を荷重入力方向とした。入力波形としては、入力開始時から13.75μ秒まで荷重を0から159.8Nまで直線的に増加させ、その後、入力開始時から27.5μ秒で荷重を0まで直線的に減少させた。波形出力位置としては、実施例と同様にコンクリート表面とした。
【0035】
接着剤の付着の状況の違いが弾性波挙動に与える影響を把握するために、長さ130mmの媒介層を13等分して接着剤の有無を模擬することにした。
図9は健全度のレベルに応じたモデル化の状態を示し、(a)は健全度レベル1の図、(b)は健全度レベル13の図である。媒介層全要素に接着剤の物性値を設定したものを「健全度レベル13(健全)」とし、アンカーボルト最下部の要素のみを接着剤で接着し、それ以外を空気としたものを「健全度レベル1」とした。さらに、接着剤の充填状況にバリエーションを持たせるために、層の下端部からコンクリート表面側に向って深さ方向に接着剤要素を段階的に増やし、健全度レベルを全13段階に設定した。
【0036】
図7に示すように、パルス磁場の発生条件がボックス型とリングコイル型の何れの場合においても、波形エネルギー比の値は解析値よりも計測結果が小さい値を示している。また、充填度が大きくなるに従って波形エネルギー比の値も大きくなる傾向は同様であることが確認される。なお、ボックス型では測定回数は1回であるが、リングコイル型では4水準それぞれの充填度において10回測定しており、充填度毎に測定値の平均と最大及び最小の範囲を同図に示している。リングコイル型を用いる場合は充填度75%における測定値のばらつきが大きいことから、この充填度前後の接着状況を定量的に把握することは難しいことが予測されるが、本実施例で設定した4水準の充填度の違いを把握したい場合には、判別結果に大きく影響はしない程度のばらつきの範囲であることが分かった。
【0037】
次に、ナットをトルクレンチで締めた状態での測定結果について説明する。80N・mのトルク量でナットを締め付けた状態で測定を行った。
図10はリングコイルを用いてパルス磁場を発生させ、コンクリート面で得られた弾性波の波形エネルギー比を示す図である。
図10では、
図1及び
図2に示すリングコイルを用いた手法の値を黒丸(●)プロットで示し、上述したモデル化による解析結果の値を菱形(◇)プロットで示している。横軸は充填度(%)、縦軸は波形エネルギー比である。
【0038】
図10では、計測値は解析値と概ね近い値となっていることが分かり、
図7に示す結果と同様、充填状況に応じて波形エネルギー比が変化する傾向が見られ、測定値のばらつきが小さい。ただし、充填度75%と100%の波形エネルギー比の値は、ともに0.8以上となっており、充填度が高く空隙部分が小さい場合には、充填度の違いを判別することは困難であることが分かった。これは、ナットを強く締め付けることによってプレートとコンクリートが接する面の圧力が大きくなることから、
図2に符号Cで示す矢印のように、加振されたボルトを伝搬する弾性波がプレート5aからコンクリート表面へと伝搬しやすくなることに起因すると考えられる。つまり、ナットが緩んでいる場合には、コンクリート内部に埋め込まれたアンカーボルト固着部へ伝搬する弾性波の影響をコンクリート表面の受信点で有効に捉えられる一方、ナットが十分締結されてプレートが固定される場合は、コンクリート表面を伝搬する弾性波による影響が大きくなるため,コンクリート内部の充填度の違いを捉える感度が鈍くなることが推測される。
【0039】
次に、ナットをトルクレンチで締めた状態で、静磁場とパルス磁場とを重ねて印加してボルトを加振したときの測定結果について説明する。
図11はリングコイルと磁石を併用してボルトを加振したときの波形エネルギー比を示す図である。横軸は充填度(%)、縦軸は波形エネルギー比である。
図11では、リングコイル12及び永久磁石15を用いた手法の値を三角(▲)プロットで示し、上述したモデル化による解析結果の値を菱形(◇)プロットで示している。永久磁石15としてネオジウム磁石を用いた。
図11から、磁石を併用すると菱形プロットで示す解析結果と同じ値、傾向を示している。すなわち、ナットを強く締め付けた場合においても、充填状況に応じて波形エネルギー比が一定の程度で変化することが確認できた。さらには10回の測定値のばらつきは、4水準の充填度の違いを把握する場合においては影響が殆どない範囲であることが分かった。
【0040】
図12は、弾性波の初動波が受信点に達するまでの伝搬時間を示す図である。横軸は充填度(%)であり、縦軸は伝搬時間(ms)である。伝搬時間の算出にあっては、AIC(Akaike's Information Criterion:赤池情報量基準)を利用した。これにより波頭の読み取りにおける客観性や再現性を確保した。
図12に示す伝搬時間は、何れもナットを締め付けた状態で測定したデータである。白丸(○)プロットはリングコイル12のみを用いた場合を示し、三角(▲)プロットはリングコイル12とネオジウム磁石を用いた場合を示す。リングコイル12のみを用いた場合には、明らかに充填度が低い場合を判別することが可能であるが、50%程度以上の充填度の違いを判別することは困難である。一方、リングコイル12と永久磁石15を用いた場合には、一定程度の確度で充填度の違いを把握することが出来ることが分かった。
【0041】
以上の実施例から分かるように、本発明の実施形態に係るコンクリート構造物の診断方法によれば、プレート5aの貫通穴に導体2としてのアンカーボルトが貫通され、締結部材4としてのナットが緩んだ状態では、コンクリート1と導体棒2との固着部における接着剤の充填の違いを十分な精度で把握できる。また、締結部材4としてのナットが十分に締結された状態においては、リングコイル12だけを用いてパルス磁場を発生させることで、接着剤の充填の違いを確認することができる。また、リングコイル12によるパルス磁場と静磁場を印加した状態でリングコイル12によりパルス磁場を加えることで、コンクリート表面で受信される波形エネルギーや伝搬時間に着目することで、コンクリート1と導体棒2との間の接着剤の充填状況の違いを把握することができる。
【0042】
上述の実施例では、導体棒2の振動によって、導体棒2のコンクリート1との固着部とコンクリート1とを経由して伝わる弾性波を検出する場合を示している。よって、導体棒2の振動がコンクリート1に伝わることで時間の経過と共に減少する。従って、その導体棒2の振動を検出してもよい。その際、導体棒2の頭部である露出部2b、永久磁石15の振動をレーザー変位センサで測定してもよいし、導体棒2の露出部2b、永久磁石15に検出センサを設けてもよい。
【0043】
自動車、鉄道など各種交通ネットワークのために設けられたトンネルや橋などのコンクリート構造物には、
図1及び
図2に示すプレート5aが設けられ、締結部材4で締め付けがなされている。よって、実際の現場において、本発明によるあと施工のコンクリート構造物の導体とコンクリートとの固着部の充填について評価が適切に行える。
【0044】
本発明の実施形態は、特許請求の範囲に記載した範囲においてアンカーボルトなどの各種導体棒のコンクリートへの施工状況に応じて適宜変更することができる。上述の説明では、コンクリート1と導体棒2との間が接着剤によって接着層3が設けられている場合を説明しているが、コンクリートに導体棒としてのアンカーをあと施工により取り付ける際、機械式の後打ちアンカーを用い、例えば先頭側半分が二つ割れになった円筒体で、先頭に円錐状のくさびが設けられ、アンカーボルトを円筒体に挿入することにより、くさび部分が膨張してコンクリートの穴内面に固定されるものであっても、くさびによるアンカーボルトとコンクリートとの固着状態の良否を評価することもできる。