(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
所定の第一、第二の基準位置、及び該第一と該第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が子午線上に規定されており、該第一の基準位置から該第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズであって、
前記第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、前記アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内において、加入屈折力の変化率が実質0であり、
前記子午線上の加入度の変化を示す加入度曲線の最大加入度となる位置を、前記第二の基準位置から前記アイポイント位置とは反対側に少なくとも5mm以上ずれた位置とし、かつ、前記最大加入度を前記第二の基準位置における加入度の少なくとも1.10倍以上とすることにより、前記アイポイント位置から前記第二の基準位置に至る区間の前記加入度曲線の傾きを緩やかにしたことを特徴とする、眼鏡レンズ。
前記第一の基準位置から前記アイポイント位置と反対側の、前記眼鏡レンズの端部までの子午線上の区間においても、加入屈折力の変化率が実質0であることを特徴とする、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
前記第一の基準位置において所定の処方情報に応じた遠用度数を満たすと共に、前記第二の基準位置において該処方情報に応じた近用度数を満たし、前記アイポイント位置は遠用のアイポイント位置であり、前記屈折力変化部において屈折力が累進的に変化する遠近両用累進屈折力レンズであることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の眼鏡レンズ。
所定の第一、第二の基準位置、及び該第一と該第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が子午線上に規定されており、該第一の基準位置から該第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズの設計方法であって、
前記第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、前記アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内において、加入屈折力の変化率が実質0となるように設定し、
前記子午線上の加入度の変化を示す加入度曲線の最大加入度となる位置を、前記第二の基準位置から前記アイポイント位置とは反対側に少なくとも5mm以上ずれた位置とし、かつ、前記最大加入度を前記第二の基準位置における加入度の少なくとも1.10倍以上となるように設定する、眼鏡レンズの設計方法。
前記第一の基準位置から前記アイポイント位置と反対側の、前記眼鏡レンズの端部までの子午線上の区間においても、加入屈折力の変化率が実質0となるように、該子午線上の屈折力分布を設定する、請求項6に記載の眼鏡レンズの設計方法。
前記屈折力変化部の屈折力分布は、前記子午線上に複数の制御点を配置し、前記第一と第二の基準位置との屈折力差に基づいて各制御点における屈折力を計算し、隣接する前記制御点間の屈折力を所定の補間関数により補間することにより設定され、前記区間内の全ての制御点については、加入屈折力が実質0に設定される、請求項6又は請求項7に記載の眼鏡レンズの設計方法。
所定の第一、第二の基準位置、及び該第一と該第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が子午線上に規定されており、該第一の基準位置から該第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズの製造システムであって、
所定の処方情報を発注データとして送信する発注側端末と、
前記発注データを受信して前記処方に適した眼鏡レンズを設計する設計側端末と、
前記設計側端末による設計に従って眼鏡レンズを加工する加工機と、を備え、
前記設計側端末は、
前記第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、前記アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内において、加入屈折力の変化率が実質0となるように、さらに前記子午線上の加入度の変化を示す加入度曲線の最大加入度となる位置を、前記第二の基準位置から前記アイポイント位置とは反対側に少なくとも5mm以上ずれた位置とし、かつ、前記最大加入度を前記第二の基準位置における加入度の少なくとも1.10倍以上となるように、該屈折力変化部の屈折力分布を設定することを特徴とする、眼鏡レンズの製造システム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1〜3に記載の眼鏡レンズにおいて、アイポイント位置は、遠用度数測定位置と近用度数測定位置との間の領域、すなわち累進帯内に配置されている。また、アイポイント位置は、装用者が装用状態において遠方視した際に視線が通る位置として定義されている。従来の眼鏡レンズにおいては、遠用度数測定位置から近用度数測定位置に向かって加入度が連続的に増加している。このため、アイポイント位置では、遠用度数に対してプラスの度数が加入された状態にある。
【0006】
従来においては、上述のようにアイポイント位置にプラスの度数が加入されていることは知られていても、そのこと自体は当業者(眼鏡レンズの光学設計を行う技術者など)の間で特に問題として認識されてはいなかった。その理由は次のような事情による。
(1)眼鏡レンズの製造技術の向上により、遠用度数測定位置での遠用部屈折力がほぼ処方値通りに作られるようになり、遠用部屈折力の絶対的な誤差が小さくなったこと。
(2)眼鏡レンズの光学設計上、遠用度数測定位置での屈折力とアイポイント位置での屈折力の差は、例えば処方加入度が3Dの場合に概ね0.15D(ディオプター)以内に収まっており、この程度の誤差では遠方視にそれほど大きな影響はないと考えられていたこと。
(3)眼鏡の装用者は、装用中に眼鏡が多少ずり下がっても、そのままの状態で使用していることが多く、これによってプラスの度数の入り込みによる影響が抑えられていたこと。説明を補足すると、装用中に眼鏡がずり下がると、装用者が遠方視するときの視線は、子午線上においてアイポイント位置よりも上方に変位する。このとき、遠方視の視線が変位する方向は、プラスの度数の入り込みが少ない方向になる。このため、装用者は、プラスの度数の入り込みによる影響を感じにくくなり、実質的にその影響は小さくなる。
【0007】
そうした状況のなかで、本願の出願人は、眼鏡店(販売店)の協力を得て、眼鏡の購入者から苦情を受ける割合や苦情の内容を独自に調査してみた。そうしたところ、苦情の割合は眼鏡の販売数量全体の1〜2%程度と少ないものの、そこに含まれる苦情の内容を調査してみると、非常に少数ではあるが、累進屈折力レンズのアイポイント位置にプラスの度数が入り込んでいることが原因ではないかと疑われるものが見つかった。
【0008】
そこで、本願の発明者は、さらに詳しく調査を進めたところ、装用中に眼鏡がずり上がりやすい人から、累進屈折力レンズを通して遠方視したときに像がぼやけるという苦情が寄せられていることが分かった。その要因としては、装用中に眼鏡がずり上がると、装用者が遠方視するときの視線がアイポイント位置よりも下方(プラスの度数の入り込みが多くなる方向)に変位するためと考えられる。ただし、装用中に眼鏡がずり上がる人というのは装用者全体の中でもごく少数であり、実際に苦情を受けた眼鏡店でのフィッティング調整によって遠方視の見え方が改善する場合も多い。
【0009】
このような事情から、従来においては、「アイポイント位置にプラスの度数が加入されていることが、遠方視の見え方に少なからず影響を与えるおそれがある」という事実は、課題として殆ど認識されていなかった。
【0010】
本願の発明者は、たとえ遠用度数測定位置と近用度数測定位置でそれぞれ処方値通りの屈折力を満たす眼鏡レンズであっても、この眼鏡レンズを枠入れした眼鏡を装用した場合に、処方値に応じた遠用距離を明瞭に見ることができないおそれがあるということを新たな課題として捉え、本発明を想到するに至った。
【0011】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、装用者が装用状態において遠方視等した際に、装用者に対して処方値に応じた遠方距離等を明瞭に見せることができる眼鏡レンズ、並びにこのような眼鏡レンズの設計方法、製造方法及び製造システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一形態に係る眼鏡レンズは、所定の第一、第二の基準位置、及び第一と第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が子午線上に規定されており、第一の基準位置から第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズであり、前記第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、前記アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内において、加入屈折力の変化率が実質0であることを特徴とする。
【0013】
本発明の一形態によれば、第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、前記アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内において、実質的に屈折力の加入がないため、装用者は、アイポイント位置(又はその付近)を通じて処方値に応じた距離を明瞭に見ることができる。また、装用者は、当該円内の領域で視線を動かした場合にも、像のぼやけ等を知覚することなく処方値に応じた上記距離を明瞭に見ることができる。
【0014】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズは、例えば、第一の基準位置からアイポイント位置と反対側の、眼鏡レンズの端部までの子午線上の区間においても、加入屈折力の変化率が実質0である。
【0015】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズは、例えば、第一の基準位置において所定の処方情報に応じた遠用度数を満たすと共に、第二の基準位置において該処方情報に応じた近用度数を満たし、アイポイント位置が遠用のアイポイント位置であり、屈折力変化部において屈折力が累進的に変化する遠近両用累進屈折力レンズである。
【0016】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズは、例えば、子午線上の加入度の変化を示す加入度曲線の最大加入度となる位置を、第二の基準位置からアイポイント位置とは反対側に少なくとも5mm以上ずれた位置とし、かつ、最大加入度を第二の基準位置における加入度の少なくとも1.10倍以上とすることにより、アイポイント位置から第二の基準位置に至る区間の加入度曲線の傾きを緩やかにしたものである。
【0017】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズの設計方法は、所定の第一、第二の基準位置、及び第一と第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が子午線上に規定されており、第一の基準位置から第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズの設計方法である。本方法では、前記第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、前記アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内において、加入屈折力の変化率が実質0となるように、屈折力変化部の屈折力分布を設定する。
【0018】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズの設計方法では、第一の基準位置からアイポイント位置と反対側の、眼鏡レンズの端部までの子午線上の区間においても、加入屈折力の変化率が実質0となるように、子午線上の屈折力分布を設定してもよい。
【0019】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズの設計方法において、屈折力変化部の屈折力分布は、子午線上に複数の制御点を配置し、第一と第二の基準位置との屈折力差に基づいて各制御点における屈折力を計算し、隣接する制御点間の屈折力を所定の補間関数により補間することにより設定することができる。このとき、上記区間内の全ての制御点については、加入屈折力が実質0に設定される。
【0020】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズの製造方法は、眼鏡レンズの上記設計方法を用いて設計された眼鏡レンズを製造する眼鏡レンズ製造工程を含む。
【0021】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズの製造システムは、所定の第一、第二の基準位置、及び第一と第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が子午線上に規定されており、第一の基準位置から第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズの製造システムであり、所定の処方情報を発注データとして送信する発注側端末と、発注データを受信して処方に適した眼鏡レンズを設計する設計側端末と、設計側端末による設計に従って眼鏡レンズを加工する加工機とを備える。この設計側端末は、第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内において、加入屈折力の変化率が実質0となるように、屈折力変化部の屈折力分布を設定することを特徴とする。
【0022】
また、本発明の一形態に係る眼鏡レンズは、所定の第一、第二の基準位置、及び第一と第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が子午線上に規定されており、第一の基準位置から第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズであり、第一の基準位置を中心とする半径4mmの円内における最大の加入屈折力差が0.03D以下、及び/又は、アイポイント位置を中心とする半径4mmの円内における最大の加入屈折力差が0.06D以下に抑えられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明の一形態によれば、装用者が装用状態において遠方視等した際に、装用者に対して処方値に応じた遠方距離等を明瞭に見せることができる眼鏡レンズ、並びにこのような眼鏡レンズの設計方法、製造方法及び製造システムが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る眼鏡レンズの設計方法を用いて眼鏡レンズを設計し製造する眼鏡レンズの製造システムについて説明する。
【0026】
[眼鏡レンズ製造システム1]
図1は、本実施形態の眼鏡レンズの製造方法を実現するための眼鏡レンズ製造システム1の構成を示すブロック図である。
図1に示されるように、眼鏡レンズ製造システム1は、顧客(装用予定者)に対する処方に応じた眼鏡レンズを発注する眼鏡店10と、眼鏡店10からの発注を受けて眼鏡レンズを製造する眼鏡レンズ製造工場20を有している。眼鏡レンズ製造工場20への発注は、インターネット等の所定のネットワークやFAX等によるデータ送信を通じて行われる。発注者には眼科医や一般消費者を含めてもよい。
【0027】
[眼鏡店10]
眼鏡店10には、店頭コンピュータ100が設置されている。店頭コンピュータ100は、例えば一般的なPC(Personal Computer)であり、眼鏡レンズ製造工場20への眼鏡レンズの発注を行うためのソフトウェアがインストールされている。店頭コンピュータ100には、眼鏡店スタッフによるマウスやキーボード等の操作を通じてレンズデータ及びフレームデータが入力される。レンズデータには、例えば処方値(ベースカーブ、球面屈折力、乱視屈折力、乱視軸方向、プリズム屈折力、プリズム基底方向、加入度数、遠用PD(Pupillary Distance)、近用PD等)、眼鏡レンズの装用条件(角膜頂点間距離、前傾角、フレームあおり角)、眼鏡レンズの種類(単焦点球面、単焦点非球面、多焦点(二重焦点、累進)、コーティング(染色加工、ハードコート、反射防止膜、紫外線カット等))、顧客の要望に応じたレイアウトデータ等が含まれる。フレームデータには、顧客が選択したフレームの形状データが含まれる。フレームデータは、例えばバーコードタグで管理されており、バーコードリーダによるフレームに貼り付けられたバーコードタグの読み取りを通じて入手することができる。店頭コンピュータ100は、発注データ(レンズデータ及びフレームデータ)を例えばインターネット経由で眼鏡レンズ製造工場20に送信する。
【0028】
[眼鏡レンズ製造工場20]
眼鏡レンズ製造工場20には、ホストコンピュータ200を中心としたLAN(Local Area Network)が構築されており、眼鏡レンズ設計用コンピュータ202や眼鏡レンズ加工用コンピュータ204をはじめ多数の端末装置が接続されている。眼鏡レンズ設計用コンピュータ202、眼鏡レンズ加工用コンピュータ204は一般的なPCであり、それぞれ、眼鏡レンズ設計用のプログラム、眼鏡レンズ加工用のプログラムがインストールされている。ホストコンピュータ200には、店頭コンピュータ100からインターネット経由で送信された発注データが入力される。ホストコンピュータ200は、入力された発注データを眼鏡レンズ設計用コンピュータ202に送信する。
【0029】
眼鏡レンズ製造工場20では、発注データを受けた後、未加工のブロックピースに対し、装用予定者の処方が満たされるように、凸面(物体側)、凹面(眼球側)の両面の設計及び加工が行われる。なお、眼鏡レンズ製造工場20では、生産性を向上させるため、全製作範囲の度数を複数のグループに区分し、各グループの度数範囲に適合した凸面カーブ形状(球面形状又は非球面形状)とレンズ径を有するセミフィニッシュトブランクが眼鏡レンズの注文に備えて予め用意されていてもよい。この場合、眼鏡レンズ製造工場20では、凹面側の加工(及び玉型加工)を行うだけで、装用予定者の処方に適した眼鏡レンズが製造される。
【0030】
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、受注に応じた眼鏡レンズを設計するためのプログラムがインストールされており、発注データ(レンズデータ)に基づいてレンズ設計データを作成し、発注データ(フレームデータ)に基づいて玉型加工データを作成する。眼鏡レンズ設計用コンピュータ202による眼鏡レンズの設計は、後に詳細に説明する。眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、作成したレンズ設計データ及び玉型加工データを眼鏡レンズ加工用コンピュータ204に転送する。
【0031】
オペレータは、ブロックピースをカーブジェネレータ等の加工機206にセットして、眼鏡レンズ加工用コンピュータ204に対して加工開始の指示入力を行う。眼鏡レンズ加工用コンピュータ204は、眼鏡レンズ設計用コンピュータ202から転送されたレンズ設計データ及び玉型加工データを読み込み、加工機206を駆動制御する。加工機206は、ブロックピースの両面をレンズ設計データに従って研削・研磨して、眼鏡レンズの凸面形状及び凹面形状を創成する。また、加工機206は、凸面形状及び凹面形状創成後のアンカットレンズの外周面を玉型形状に対応した周縁形状に加工する。
【0032】
玉型加工後の眼鏡レンズには、発注データに従い、染色加工、ハードコート加工、反射防止膜、紫外線カット等の各種コーティングが施される。これにより、眼鏡レンズが完成して眼鏡店10に納品される。
【0033】
[眼鏡レンズ設計用コンピュータ202による眼鏡レンズの具体的設計方法]
図2は、眼鏡レンズ設計用コンピュータ202による眼鏡レンズの設計工程を示すフローチャートである。説明の便宜上、本明細書中の説明並びに図面において、処理ステップは「S」と省略して記す。なお、以下においては、累進屈折要素を凸面若しくは凹面に持つ片面非球面型、又は累進屈折要素を凸面と凹面とに分割した両面累進型、又は縦方向の累進屈折要素を凸面に、横方向の累進屈折要素を凹面とに分割した両面複合型の遠近両用累進屈折力レンズを想定した設計例を説明する。しかし、本発明は、片面非球面型、両面累進型、両面複合型の中近両用累進屈折力レンズや近々累進屈折力レンズなど、他の各種累進屈折力レンズにも適用することができる。また、本設計工程は、両面(凸面と凹面)による透過平均度数分布により処方値を満たす思想の設計、又は各面(凸面と凹面)の平均度数分布を加算した分布により処方値を満たす思想の設計、の何れにも適用することができる。
【0034】
図3に、本実施形態で設計及び製造される遠近両用累進屈折力レンズのレイアウトモデルを示す。
図3に示されるように、遠近両用累進屈折力レンズは、遠用部AF、近用部AN及び累進部APを有している。遠用部AFは、レンズの上方寄りに配置されており、近用部ANは、レンズの下方寄りに配置されている。累進部APは、遠用部AFと近用部ANとの間に屈折力変化部として配置されており、遠用部AFから近用部ANまでの屈折力を累進的に変化させる累進帯となっている。そのため、遠近両用累進屈折力レンズの装用者は、例えばパソコン作業やその他のデスクワーク等の手元から遠方までの広い距離範囲を見ることができる。
【0035】
[
図2のS1(子午線LL’の定義)]
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、発注データ(レイアウトデータ)に基づき、装用基準となるアイポイント位置EPを設定する。なお、アイポイント位置EPをはじめとするレンズレイアウトに必要な各位置は、発注データ(レイアウトデータ)に基づいてレンズ面に直接刻印される一対の隠しマークMを基に特定される。
図3の例では、アイポイント位置EPは、一対の隠しマークMを結ぶ線の中点(本例では、レンズの幾何学中心)から所定距離上方に設定されている。
【0036】
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、ホストコンピュータ200を介して店頭コンピュータ100より受信した発注データ内の所定のパラメータに基づいて、遠用部AFに対する近用部ANのインセット量を計算する。インセット量の計算に用いられるパラメータには、近用度数及び遠用度数の他、例えばBC(ベースカーブ)、PD(瞳孔間距離)、角膜頂点間距離、前傾角、フレームあおり角等の装用条件等が挙げられる。
【0037】
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、アイポイント位置EP及びインセット量に基づいて子午線LL’を定義する。
図3に示されるように、子午線LL’は、レンズ上端からアイポイント位置EPを経由してレンズの幾何学中心まで鉛直方向に延び、以降はレンズ下端に向けて眼の輻輳を考慮して鼻側に傾けられた線として定義される。遠用度数の測定対象点(JIS規格における遠用部測定基準点)たる遠用度数測定位置Fと近用度数の測定対象点(JIS規格における近用部設計基準点)たる近用度数測定位置Nは、子午線LL’上に設定され配置される。累進部APの累進帯は、遠用度数測定位置Fを基点とし、近用度数測定位置Nを終点として設定される。
【0038】
[
図2のS2(子午線LL’上の加入度数分布の設定)]
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、発注データ内の所定のパラメータに基づいて子午線LL’上の加入度数分布を設定する。子午線LL’上の加入度数分布の設定に用いられるパラメータには、近用度数、遠用度数、加入度数、累進部APの累進帯の長さ等が挙げられる。加入度数分布は、例えば累進部APを略縦断する子午線LL’上の区間内に制御点を等間隔で配置し、処方に応じた加入度に基づいて各制御点における屈折力を計算し、隣接する制御点間の屈折力をBスプライン等のスプライン補間等を用いて補間することにより得られる。しかし、このような設定方法では、アイポイント位置EPで遠用度数に対して加入される問題を回避することができない。
【0039】
ここで、アイポイント位置が遠用度数に対して加入された状態になる理由を記述する。
累進屈折力レンズにおいては、遠用度数測定位置から近用度数測定位置に向かって連続的に屈折力が変化(増加)し、それに応じて加入度も変化する。このとき、子午線上における累進帯の長さを長くすれば、加入度の変化を緩やかにすることができる。加入度の変化が緩やかになれば、非点収差が小さくなるため、像の歪みや揺れを抑えることができる。ただし、累進帯の長さは、個々の眼鏡レンズごとに設定される、遠用度数測定位置と近用度数測定位置との間の長さによって一義的に決まる。このため、従来においては、累進帯で必要とされる加入度を累進帯全域に振り分けることにより、加入度の変化をできるだけ緩やかにしている。
そうした場合、累進屈折力レンズの光学設計においては、遠用度数測定位置からプラス度数の加入を開始することになる。このため、遠用度数測定位置よりも下方(近用度数測定位置側)にあるアイポイント位置には、遠用度数測定位置で処方値により求められる遠用度数の他にプラスの度数が入り込むことになる。その結果、アイポイント位置が遠用度数に対して加入された状態になる。
【0040】
もともと人間の眼はプラスの度数に対して調節機能をもたないため、アイポイント位置にプラスの度数が加入されると、遠方視したときに像がぼやけて見えてしまう。具体例として、仮に加入度の誤差がないときの計算視力(小数視力)が2.04であるとすると、加入度の誤差が0.12Dになると計算視力が1.63まで低下し、加入度の誤差が0.25Dになると計算視力が1.13まで低下する。つまり、アイポイント位置に加入されるプラスの度数が大きくなるほど、遠方視したときの視力が低下する傾向にある。
【0041】
また、アイポイント位置にプラスの度数が入り込まないようにするには、その分の加入度を累進帯内の他の領域に振り分ける必要がある。具体的には、アイポイント位置よりも下方の領域に振り分ける必要がある。しかし、そうなると、限られた狭い領域で加入度を変化させることになるため、累進帯における屈折力の変化率が相対的に大きくなる。その結果、レンズの非点収差が増大し、像の歪みや揺れなどが大きくなってしまう。
一般に、累進屈折力レンズに関する従来の光学設計としては、累進帯全域の屈折力の変化率をできるだけ小さく抑えることに主眼がおかれている。このため、従来においては、遠用度数測定位置からプラス度数の加入を開始する設計手法を採用しており、これによって遠用度数測定位置よりも下方にあるアイポイント位置では遠用度数に対して加入された状態になっている。
【0042】
これに対して、眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、遠用度数測定位置Fを中心とする半径4mmの円内において、及び/又は、アイポイント位置EPを中心とする半径4mmの円内において、加入屈折力(以下、単に「屈折力」ともいう)の変化率が実質0となるように、上記制御点を配置する。すなわち、従来は、近用度数測定位置Nに近い制御点ほど屈折力を加入度に応じて高く設定していたが、本実施形態では、遠用度数測定位置Fからアイポイント位置EPまでの子午線LL’上の区間の全ての制御点において加入屈折力が実質0(つまり当該区間で加入屈折力の変化率が実質0)に設定される。アイポイント位置EPでの加入がないため、装用者は、アイポイント位置EPを通じて遠方視した際、処方値に応じた遠用距離を明瞭に見ることができる。
【0043】
説明を補足すると、「加入屈折力の変化率が実質0」とは、例えば、基準となる加入屈折力(ここでは遠用度数)に対する加入(例えば透過平均度数)を上記区間の全範囲に亘って所定値以下に抑えることをいう。すなわち、「加入屈折力の変化率が実質0」とは、基準となる加入屈折力(本形態例では遠用部屈折力)と上記区間内の特定点の加入屈折力との差を所定値以下に抑えるという規定ではなく、基準となる加入屈折力との差を上記区間の全範囲に亘って所定値以下(最小値は0)に抑えることを保証する規定である。具体的には、第一の基準位置を遠用度数測定位置Fとし、第二の基準位置を近用度数測定位置Nとしたときに、遠用度数測定位置Fを中心とする半径4mmの円内における最大の加入屈折力差を0.03D以下、さらに好ましくは0.01D以下に抑えるものである。また、アイポイント位置EPを中心とする半径4mmの円内における最大の加入屈折力差を0.06D以下、好ましくは0.03D以下、さらに好ましくは0.01D以下に抑えるものである。
【0044】
ここで、
図5(b)においては、遠用度数測定位置Fからアイポイント位置EPまでの子午線LL’上の区間における最小の加入屈折力が、遠用度数測定位置Fでの加入屈折力(0D)となっている。このため、遠用度数測定位置Fを中心とする半径4mmの円内における最大の加入屈折力差は、当該円内における最大の加入屈折力と最小の加入屈折力(遠用度数測定位置Fでの加入屈折力)との差で表される。通常の光学設計では、遠用度数測定位置Fからアイポイント位置EPに向かって徐々に加入屈折力が大きくなる。このため、遠用度数測定位置Fを中心とする半径4mmの円内に含まれる、子午線上12mmの位置からアイポイント位置EPまでの子午線LL’上の区間における最大の加入屈折力差は、アイポイント位置EPでの加入屈折力と、遠用度数測定位置Fでの加入屈折力との差で表される。このことは、アイポイント位置EPを中心とする半径4mmの円内における最大の加入屈折力差についても同様である。すなわち、アイポイント位置EPを中心とする半径4mmの円内に含まれる、遠用度数測定位置Fから中点の位置までの子午線LL'上の区間における最大の加入屈折力差は、当該円内における最大の加入屈折力と最小の加入屈折力(遠用度数測定位置Fでの加入屈折力)との差、より具体的には、当該円内の一端となる中点(幾何学中心)の位置での加入屈折力と、当該円内の他端となる遠用度数測定位置Fでの加入屈折力との差で表される。
【0045】
上述のように加入屈折力の変化率を小さく抑えることにより、装用者は、例えば、遠用度数測定位置Fとアイポイント位置EPとの間で視線を動かした場合にも、像のぼやけ等を知覚することなく遠方視することができる。この点、JIS規格(規格番号:JIST7315)上で許容される遠用度数測定位置での遠用部屈折力の誤差は0.12Dであるので、これと比較しても加入度の差が十分に小さく抑えられることが容易に理解できる。
【0046】
ここで、眼鏡を装用する人のなかには、少数ではあるが、装用中に眼鏡がずり上がる人、又はずり上がりやすい人がいる。実際には、眼鏡レンズの光学設計で想定される装用位置に対し、2mm〜3mm上がった状態で装用(すなわち、視線がアイポイント位置の下方2mm〜3mmの位置を通る状態)され得ることが経験的に知られている。この場合、従来、装用者は、アイポイント位置よりも更に加入された位置を通じて遠方視することになり、処方値に応じた遠用距離を明瞭に見ることが一層難しかった。そこで、本実施形態では、この種のズレを考慮して、アイポイント位置EPを中心とする半径4mmの円内における加入屈折力の変化率を実質0とすることにより、加入屈折力の変化率が実質0となる子午線LL’上の区間を例えばアイポイント位置EPの下方3mmの位置にまで延ばしてもよい。これにより、装用者は、アイポイント位置EPの下方位置を通じて遠方視した場合であっても、処方値に応じた遠用距離を明瞭に見ることができる。
【0047】
本発明による効果は、装用中に眼鏡がずり上がる人、又はずり上がりやすい人だけでなく、累進屈折力レンズを用いた眼鏡の装用者すべてにもたらされるものである。特に、累進屈折力レンズ付きの眼鏡の購入者(年配者等)のなかには、上述したプラス度数の加入によって遠方視にぼやけ等が生じていても、装用者自身の眼機能の低下が原因であると勘違いして、そのまま使用している人が少なくないと推測される。本発明によれば、装用者にそのような勘違いをさせることなく、プラス度数の加入による遠方視のぼやけ等を解消し、眼精疲労等の軽減に大きく寄与することができる。
【0048】
また、累進屈折力レンズは、JIS規格上、遠用度数測定位置から離れた遠用部内の位置では遠用度数を保証する必要がない。そのため、累進屈折力レンズによっては、装用者が例えば遠用度数測定位置より上方に視線を移動させた時、そこにプラスの度数が加入されていると、装用者に対し、屈折力の変化に応じて像のぼやけ等を知覚させることがある。そこで、本実施形態では、加入度の変化率が実質0となる子午線LL’上の区間を例えば遠用度数測定位置Fからレンズ上端にまで延ばしてもよい。これにより、装用者は、遠用度数測定位置Fより上方に視線を動かした場合にも、像のぼやけ等を知覚することなく遠方視することができる。
【0049】
[
図2のS3(水平方向のプリズム作用のコントロール)]
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、子午線LL’から水平方向に延びる複数の断面曲線を定義し、遠用部AF、近用部AN、累進部APの各部の度数分布に応じて各断面曲線上の屈折力分布を設定する。このとき、各部の度数分布の差を考慮せずに屈折力分布を単純に設定すると、左右方向に歪曲収差が大きくなる問題が指摘される。そこで、屈折力分布は、インセットを考慮しない状態の子午線(
図3中の子午線形状で、Y軸に平行な部分線)に対して左右に一定距離離れた位置でプリズム作用が抑えられる(コントロールされる)ように設定される。
【0050】
[
図2のS4(レンズ面形状の仮決定)]
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、子午線LL’上及び水平方向に延びる各断面曲線上の屈折力分布をスプライン補間等を用いて滑らかに接続し、接続後の屈折力分布を周知の換算式によって曲率分布に換算することにより、レンズ面の幾何学形状を暫定的に決定する。
【0051】
[
図2のS5(光線追跡計算)]
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、
図2のS4の処理で暫定的に決定されたレンズに対する光線追跡計算を行い、その光学性能を評価する。
【0052】
[
図2のS6(収束条件の判定)]
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、
図2のS5の処理による評価結果に基づいて所定の収束条件を満たすか否かを判定する。所定の収束条件は、例えば「遠用度数測定位置Fからアイポイント位置EPまでの子午線LL’上の区間で加入度の変化率が実質0であること」である。なお、この収束条件で定義される、加入度の変化率を実質0に抑える区間のバリエーションとして、例えば「遠用度数測定位置Fからアイポイント位置EPの下方3mmの位置までの子午線LL’上の区間」、「レンズ上端からアイポイント位置EPまでの子午線LL’上の区間」、「レンズ上端からアイポイント位置EPの下方3mmの位置までの子午線LL’上の区間」等が挙げられる。
【0053】
眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、所定の収束条件が満たされない場合(
図2のS6:NO)、
図2のS2の処理に戻り、各制御点の位置等を調節した上で、
図2のS3以降の処理を再度実行する。眼鏡レンズ設計用コンピュータ202は、所定の収束条件が満たされる場合には(
図2のS6:YES)、
図2のS4の処理で暫定的に決定されたレンズ面形状に対し、装用条件(例えば角膜頂点間距離、前傾角、フレームあおり角等)に応じた非球面補正量を計算して付加する。これにより、レンズ面形状が確定して、遠近両用累進屈折力レンズの形状設計が完了する。
【0054】
遠近両用累進屈折力レンズの確定形状データ(レンズ設計データ)は、眼鏡レンズ加工用コンピュータ204に転送される。眼鏡レンズ加工用コンピュータ204は、上述したように、レンズ設計データに従って加工機206を駆動制御して、ブロックピースの加工を行い、遠近両用累進屈折力レンズを製作する。本加工工程では、隠しマークMの刻印も併せて行われる。
【0055】
[比較検討]
次に、
図2のフローチャートに示される工程により設計される(以下、「本件設計」と記す。)遠近両用累進屈折力レンズと、従来設計の遠近両用累進屈折力レンズとの比較検討を行う。なお、従来設計とは、近用度数測定位置に近い制御点ほど屈折力を加入度に応じて単純に高く設定する設計をいう。
【0056】
図4(a)は、本件設計の遠近両用累進屈折力レンズの子午線LL’上の区間(レンズ上端からアイポイント位置EPの下方3mmの位置までの区間であり、以下、「遠用区間」と記す。)における加入度の変化率(加入度変化の微分値)を示し、
図4(b)は、本件設計の遠近両用累進屈折力レンズの遠用区間における加入度数分布を示す。また、
図5(a)は、従来設計の遠近両用累進屈折力レンズの遠用区間における加入度の変化率を示し、
図5(b)は、従来設計の遠近両用累進屈折力レンズの遠用区間における加入度数分布を示す。
図4及び
図5の各図の横軸は、子午線上の位置(単位:mm)を示し、
図4(a)及び
図5(a)の縦軸は、加入度の変化率(単位:D/mm)を示し、
図4(b)及び
図5(b)の縦軸は、遠用度数測定位置における度数を基準(0D)とした屈折力(単位:D)を示す。また、図中、実線は加入度が1.0Dの設計例を示し、破線は加入度が2.0Dの設計例を示し、一点鎖線は加入度が3.0Dの設計例を示す。なお、便宜上、
図4と
図5とで縦軸を異なるスケールで示している。
【0057】
図5に示される従来設計では、例えば遠用度数測定位置からアイポイント位置までの区間において、加入度の変化率が大きく(
図5(a)参照)、屈折力が加入度に応じて累進的に変化している(
図5(b)参照)。
図5(b)に示されるように、従来設計では、アイポイント位置において、約0.05D(加入度1.0Dの場合)、約0.10D(加入度2.0Dの場合)、約0.15D(加入度3.0Dの場合)の加入があり、アイポイント位置の下方3mmの位置において、0.14D(加入度1.0Dの場合)、0.28D(加入度2.0Dの場合)、0.42D(加入度3.0Dの場合)の加入がある。そのため、装用者は、アイポイント位置やその付近を介した場合に、処方値に応じた遠用距離を明瞭に見ることができない虞がある。特に、アイポイント位置の下方3mmの位置では、JIS規格(規格番号:JIST7315)上で許容される誤差0.12Dよりも加入が大きいため、処方値に応じた遠用距離を明瞭に見ることが一層難しい。
【0058】
一方、
図4に示される本件設計では、遠用度数測定位置Fを中心とする半径4mmの円内に含まれる、子午線上12mmの位置からアイポイント位置EPまでの区間において、加入屈折力の変化率が実質0であり(
図4(a)参照)、加入屈折力が実質的にほとんど変化していない(
図4(b)参照)。
図4(b)に示されるように、本件設計では、アイポイント位置EPを中心とする半径4mmの円内に含まれる、遠用度数測定位置Fから中点の位置までの区間(アイポイント位置やその下方3mmの位置など)においても、加入屈折力の変化率が実質0である。そのため、装用者は、アイポイント位置やその付近を介した場合に、処方値に応じた遠用距離を明瞭に見ることができる。
【0059】
続いて、本発明の他の実施形態について、
図6を用いて説明する。なお、以降の説明では便宜上、先述した実施形態を第一の実施形態とし、以下に記述する実施形態を第二の実施形態とする。
【0060】
図6は子午線上の加入度の変化を示す加入度曲線を示す図である。
図6においては、従来の光学設計に基づく累進屈折力レンズの加入度曲線を実線、第一の実施形態に係る光学設計に基づく累進屈折力レンズの加入度曲線を一点鎖線、第二の実施形態に係る光学設計に基づく累進屈折力レンズの加入度曲線を二点鎖線で示している。また、縦軸にレンズの加入度をとり、横軸に子午線上の位置をとっている。横軸の中心(ゼロ)の位置は、一対の隠しマークM(
図3参照)を結ぶ線の中点であり、そこから左側(プラスの数値側:眼鏡装用時の上側)に4mmずれた位置がアイポイント位置EPとなっている。また、上記中点から左側に8mmずれた位置は遠用度数測定位置F(第一の基準位置に相当)となっており、上記中点から右側(マイナスの数値側)に14mmずれた位置が近用度数測定位置N(第二の基準位置)となっている。また、累進屈折力レンズの加入度が2.00Dの場合(近用度数=2.00D、遠用度数=0.00Dの場合)を例示している。累進屈折力レンズの加入度は、遠用度数測定位置での遠用部屈折力と近用度数測定位置での近用部屈折力の差で表される。
【0061】
まず、従来の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線をみると、遠用度数測定位置Fを起点にプラスの度数の加入が開始し、アイポイント位置EPに至っては遠用度数に対して約0.30Dのプラスの度数が入り込んでいる。この場合、遠用度数測定位置Fにおける加入度の処方値が0.00Dであるとすると、遠用度数測定位置Fでは処方値通りの加入度となるものの、アイポイント位置EPにおける加入度は、処方値との誤差が+0.30Dとなる。この加入度の誤差は、JIS規格(規格番号:JIST7315)上で許容される誤差0.12Dよりも大きい。
【0062】
一方、第一の実施形態の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線をみると、遠用度数測定位置Fからアイポイント位置EPに至る子午線上の区間には殆どプラスの度数が入り込んでいない。ただし、アイポイント位置EP(特に上記中点の位置)から近用度数測定位置Nに向かって加入度曲線が急激に立ち上がっている。このため、加入度曲線の傾きは、従来の光学設計に基づく眼鏡レンズよりも大きくなっている。
【0063】
これに対して、第二の実施形態の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線をみると、遠用度数測定位置Fからアイポイント位置EPに至る子午線上の区間には殆どプラスの度数が入り込んでいない。この点は第一の実施形態の場合と同様である。ただし、第一の実施形態の場合と比較すると、アイポイント位置EP(特に上記中点の位置)から近用度数測定位置Nに向かって立ち上がる加入度曲線の傾きが緩やかになっている。その理由は、第二の実施形態に係る眼鏡レンズにおいて、次のような構成を採用しているためである。
【0064】
まず、第二の実施形態の光学設計に基づく眼鏡レンズでは、子午線上において加入度曲線の最大加入度(極大値)となる位置(以下「ピーク位置」ともいう)が、従来及び第一の実施形態の場合に比べて、近用度数測定位置Nから右側(アイポイント位置EPとは反対側)に大きくずれた位置に存在している。具体的には、従来の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線のピーク位置は、近用度数測定位置Nから右側に2mm程度ずれており、第一の実施形態の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線のピーク位置は、近用度数測定位置Nから右側に3mm程度ずれている。この程度のずれは、遠用度数測定位置Fでの加入度と近用度数測定位置Nでの加入度を、それぞれ処方値通りの加入度とし、かつ子午線上の加入度曲線をできるだけ滑らかにつなぐように光学設計したときに、特に意図しなくても不可避的に生じるものである。その理由は以下の通りである。
(1)子午線上の加入度曲線をできるだけ滑らかにしようとすると、ピーク位置付近における加入度曲線の形状を放物線(山形)に近い形状にする必要がある。
(2)近用度数測定位置Nでの加入度を処方値通りの加入度にしようとすると、ピーク位置の手前(左側)で加入度を処方値に合わせる必要がある。
以上の理由により、必然的にピーク位置が近用度数測定位置Nの右側にずれることになる。
なお、近用度数測定位置Nよりも右側で眼鏡レンズの加入度が最大加入度を維持しながら一定のレベルで推移する場合は、加入度曲線の立ち上がりによって最初に最大加入度の到達した位置をピーク位置とする。
【0065】
一方、第二の実施形態の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線のピーク位置は、近用度数測定位置Nから右側に7mm程度ずれている。この程度のずれになると、もはや不可避的に生じるずれとはいえない。言い換えると、加入度曲線のピーク位置を近用度数測定位置Nから意図的にずらさないと、この程度のずれは生じない。このずれが不可避的なずれであるか、それとも意図的なずれであるかは、実際のずれ量から判別することが可能である。具体的には、加入度曲線のピーク位置が近用度数測定位置Nから右側に少なくとも5mm以上ずれていれば、従来の光学設計等による不可避的なずれではなく、意図的なずれであると判別することが可能である。なぜなら、遠用度数測定位置Fでの加入度をゼロとしたときの、近用度数測定位置Nでの加入度の処方値が2.00D超であっても、それらの区間で加入度曲線の傾きが多少大きくなるだけで、ピーク位置付近の曲線形状(曲がり具合)はそれほど変わらないからである。
【0066】
また、最大加入度で比較すると、第二の実施形態の場合は、従来及び第一の実施形態の場合よりも最大加入度が大きくなっている。具体的には、従来及び第一の実施形態の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線における最大加入度は、それぞれ2.10D程度となっている。これに対して、第二の実施形態の光学設計に基づく眼鏡レンズの加入度曲線における最大加入度は、2.35D程度となっている。第二の実施形態に係る眼鏡レンズの構成としては、加入度曲線の最大加入度が、近用度数測定位置における加入度の1.10倍以上であればよい。
図6に示す例では、近用度数測定位置における加入度を2.00Dとしているが、この加入度との相対的な比較で規定すると、最大加入度は、2.31D以上であればよい。図例では、従来及び第一の実施形態の場合の最大加入度が、近用度数測定位置における加入度の1.05倍程度であるのに対して、第二の実施形態の場合の最大加入度は、近用度数測定位置における加入度の1.17倍程度となっている。
【0067】
また、非点収差0.5D以下の領域を明視域と定義すると、この明視域の幅はできるだけ広いほうが好ましい。本願の発明者による光学設計のシミュレーションでは、最大加入度を近用度数測定位置における加入度の1.15倍としたときに、眼鏡レンズの幾何学中心から下方4〜6mmの領域(明視域の幅が狭くなる領域)における明視域の幅が、従来の光学設計に基づく眼鏡レンズの場合と同等の幅となった。このことから、最大加入度は、近用度数測定位置における加入度の1.15倍以上に設定することが好ましい。なぜなら、明視域の幅が狭くなると、非点収差の増大によって像の揺れや歪みが増加するおそれがあり、この不都合を回避するためには上記の条件で設定することが有効だからである。
【0068】
また、
図7は加入度が2Dの場合の加入度変化率の曲線を示すものであるが、近用度数測定位置Nにおける加入度変化率の大小関係を比較すると、第二の実施形態の場合は、従来及び第一の実施形態の場合よりも加入度変化率が大きくなっている。具体的には、加入度が2Dの場合の近用度数測定位置Nにおける加入度変化率のシミュレーション結果では、従来の場合は0.045(D/mm)、第一の実施形態の場合は0.057(D/mm)となったのに対して、第二の実施形態の場合はそれよりも大きい0.113(D/mm)となった。また、加入度が1Dの場合の近用度数測定位置Nにおける加入度変化率のシミュレーション結果では、従来の場合は0.022(D/mm)、第一の実施形態の場合は0.028(D/mm)となったのに対して、第二の実施形態の場合はそれよりも大きい0.056(D/mm)となった。また、加入度が3Dの場合の近用度数測定位置Nにおける加入度変化率のシミュレーション結果では、従来の場合は0.067(D/mm)、第一の実施形態の場合は0.086(D/mm)となったのに対して、第二の実施形態の場合はそれよりも大きい0.170(D/mm)となった。
【0069】
第二の実施形態によれば、遠用度数測定Fからアイポイント位置EP付近までの加入屈折力の変化率を実質ゼロに抑えた場合でも、加入度曲線の最大加入度を意図的に高く設定し、かつピーク位置を近用度数測定位置Nから意図的に大きくずらして設定することにより、少なくとも第一の実施形態と比較して、アイポイント位置EPから近用度数測定位置Nに至る領域において、加入度曲線の傾きを緩やかにすることができる。これにより、累進帯内で明視域の幅を広く確保し、非点収差の増大による像の揺れや歪み等を小さく抑えることができる。
【0070】
また、近用度数測定位置Nでの加入度を処方値に合わせたうえで、例えば最大加入度を処方値の15%増しにすると、近用度数測定位置Nよりも下方の領域までプラスの度数が加入されることになる。これにより、ある特殊な使用環境では、近用度数測定位置Nよりも下方の領域までプラスの度数が加入されていることが利点となる場合がある。
【0071】
具体的には、例えば、混雑した電車内で携帯電話(スマートフォンを含む)などの画面を見ながら操作する場合である。このような使用環境では、隣席や周囲の乗客への配慮から、携帯電話の画面をかなり顔に近づけて見ることが多い。その場合は、普段の生活ではほとんど使用しない「近用度数測定位置Nよりも下方の領域」を使って画面を見ることになる。したがって、その際に当該領域にプラスの度数が入っているほうが、近くの物に焦点が合いやすくなるため、画面が見やすくなるという利点が得られる。
その結果、累進帯を使って物を見るときの見え方の改善効果と、近用度数測定位置Nよりも下方の領域を使って物を見るときの見え方の改善効果という、二重の効果が同時に得られる。
【0072】
以上が本発明の例示的な実施形態の説明である。本発明の実施形態は、上記に説明したものに限定されず、本発明の技術的思想の範囲において様々な変形が可能である。例えば明細書中に例示的に明示される実施例等又は自明な実施例等を適宜組み合わせた内容も本願の実施形態に含まれる。
【0073】
また、上記第二の実施形態においては、第一の実施形態に係る眼鏡レンズを前提として、それとの違いを説明したが、具体的な適用にあたっては、第一の実施形態に係る眼鏡レンズに限らず、累進屈折力レンズ全般に広く適用することが可能である。その場合の好ましい態様の一例を以下に付記する。
【0074】
(付記1)
所定の第一、第二の基準位置、及び該第一と該第二の基準位置との間にアイポイント位置の各位置が所定の隠しマークに基づいて子午線上に規定されており、該第一の基準位置から該第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズであって、
前記子午線上の加入度の変化を示す加入度曲線の最大加入度となる位置を、前記第二の基準位置から前記アイポイント位置とは反対側に少なくとも5mm以上ずれた位置とし、かつ、前記最大加入度を前記第二の基準位置における加入度の少なくとも1.10倍以上とすることにより、前記アイポイント位置から前記第二の基準位置に至る前記加入度曲線の傾きを緩やかにしたことを特徴とする、眼鏡レンズ。
【0075】
(付記2)
所定の第一、第二の基準位置、及び該第一と該第二の基準位置との間のアイポイント位置の各位置が所定の隠しマークに基づいて子午線上に規定されており、該第一の基準位置から該第二の基準位置にかけて屈折力が連続的に変化する屈折力変化部を持つ眼鏡レンズの製造方法であって、
前記子午線上の加入度の変化を示す加入度曲線の最大加入度となる位置が、前記第二の基準位置から前記アイポイント位置とは反対側に少なくとも5mm以上ずれた位置にあり、かつ、前記最大加入度が前記第二の基準位置における加入度の少なくとも1.10倍以上となるように、前記眼鏡レンズの少なくとも片面を加工することを特徴とする、眼鏡レンズの製造方法。