(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記標準スリット開口及び前記高精度スリット開口はそれぞれ使用時に、前記目標エネルギーを有するイオンを通すよう前記横方向に位置決めされることを特徴とする請求項2または3に記載のイオン注入装置。
前記エネルギー分析スリットアセンブリは、前記標準スリット開口から前記高精度スリット開口へと、及び前記高精度スリット開口から前記標準スリット開口へと切換可能である可変スリットを備えることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のイオン注入装置。
前記コントローラは、決定された加速パラメータを、前記所与の注入条件についての最適加速パラメータとして記憶部に記憶させることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載のイオン注入装置。
前記コントローラは、前記注入処理を実行するために前記最適加速パラメータを前記記憶部から読み出して前記高周波線形加速器に設定することを特徴とする請求項7に記載のイオン注入装置。
前記コントローラは、前記オートビームセットアップにおける前記エネルギー分析スリットアセンブリの前記標準スリット開口から前記高精度スリット開口への切換を禁止することを特徴とする請求項9に記載のイオン注入装置。
前記コントローラは、前記標準スリット開口を使用して計測されるビーム電流量が前記目標ビーム電流量に相当する場合に、前記調整された加速パラメータを前記所与の注入条件についての最適加速パラメータとして記憶部に記憶させることを特徴とする請求項13に記載のイオン注入装置。
前記コントローラは、前記標準スリット開口を使用して計測されるビーム電流量が前記目標ビーム電流量に相当しない場合に、前記高精度スリット開口を使用して前記加速パラメータを再調整することを特徴とする請求項13または14に記載のイオン注入装置。
前記コントローラは、前記搬送容器が前記処理室に装着された後に、前記標準スリット開口を使用して前記注入処理を実行することを特徴とする請求項17に記載のイオン注入装置。
前記エネルギー分析磁石の入口及び/または出口に配設され、前記エネルギー分析スリットアセンブリと連動して切換可能に構成されている上流スリットアセンブリをさらに備えることを特徴とする請求項1から18のいずれかに記載のイオン注入装置。
前記コントローラは、前記所与の注入条件とは異なる注入条件を用いる別の注入処理においては前記エネルギー分析スリットアセンブリを前記高精度スリット開口に切り換えることを特徴とする請求項1から19のいずれかに記載のイオン注入装置。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。また、以下に述べる構成は例示であり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0014】
図1は、本発明のある実施形態に係るイオン注入装置100を概略的に示す上面図である。
図2は、
図1に示すイオン注入装置100の構成要素の配置を概略的に示す図である。イオン注入装置100は、いわゆる高エネルギーイオン注入装置に適する。高エネルギーイオン注入装置は、高周波線形加速方式のイオン加速器と高エネルギーイオン輸送用ビームラインを有するイオン注入装置である。高エネルギーイオン注入装置は、イオン源10で発生したイオンを高エネルギーに加速し、そうして得られたイオンビームBをビームラインに沿って被処理物(例えば基板またはウェハ40)まで輸送し、被処理物にイオンを注入する。
【0015】
図1及び/または
図2に示されるように、イオン注入装置100は、イオンを生成して質量分離するイオンビーム生成ユニット12と、イオンビーム生成ユニット12から供給されるイオンを加速パラメータに従って加速する高エネルギー多段直線加速ユニット14と、イオンビームBの軌道をU字状に曲げるビーム偏向ユニット16と、イオンビームBをウェハ40まで輸送するビーム輸送ラインユニット18と、輸送されたイオンビームBを均一に半導体ウェハに注入する基板処理供給ユニット20とを備える。
【0016】
イオンビーム生成ユニット12は、
図2に示されるように、イオン源10と、引出電極11と、質量分析装置22と、を有する。イオンビーム生成ユニット12では、イオン源10から引出電極11を通してビームが引き出されると同時に加速され、引出加速されたビームは質量分析装置22により質量分析される。質量分析装置22は、質量分析磁石22aと質量分析スリット22bとを有する。質量分析スリット22bは、質量分析装置22の次の構成要素である高エネルギー多段直線加速ユニット14の入り口部内に配置されている。なお、質量分析スリット22bは、質量分析磁石22aの直後(すなわち、高エネルギー多段直線加速ユニット14の直前)に配置されてもよい。
【0017】
高エネルギー多段直線加速ユニット14の直線加速部ハウジング内の最前部に、イオンビームの総ビーム電流を計測するための第1ビーム計測器80aが配置されている。第1ビーム計測器80aは、駆動機構によりビームライン上に上下方向から出し入れ可能に構成されている。第1ビーム計測器80aは例えばファラデーカップである。このファラデーカップはインジェクターファラデーカップとも呼ばれる。インジェクターファラデーカップは、水平方向に長い長方形の枡状形状で、開口部をビームライン上流側に向けて構成されている。第1ビーム計測器80aは、イオン源10及び/または質量分析磁石22aの調整時にイオンビームBの総ビーム電流を計測するために使用される。また、第1ビーム計測器80aは、ビームライン下流に到達するイオンビームBを必要に応じてビームライン上で完全に遮断するために用いられてもよい。
【0018】
質量分析装置22による質量分析の結果、注入に必要なイオン種だけが選別され、選別されたイオン種のイオンビームBは、次の高エネルギー多段直線加速ユニット14に導かれる。高エネルギー多段直線加速ユニット14は、通常の高エネルギーイオン注入に使用される第1線形加速器15aを備える。第1線形加速器15aは1以上の(例えば複数の)高周波共振器14aを備える。高エネルギー多段直線加速ユニット14は、第1線形加速器15aに加えて、第2線形加速器15bを備えてもよい。第2線形加速器15bは、超高エネルギーイオン注入のために第1線形加速器15aとともに使用される。第2線形加速器15bは1以上の(例えば複数の)高周波共振器14aを備える。高エネルギー多段直線加速ユニット14により加速されたイオンビームBは、ビーム偏向ユニット16により方向が変化させられる。
【0019】
第1線形加速器15aは、複数の高周波共振器14aと複数の収束発散レンズ64とを備える。高周波共振器14aは筒状の電極を備える。収束発散レンズ64は、例えば電場レンズ(例えば静電四極電極(Qレンズ))である。収束発散レンズ64は磁場レンズ(例えば四極電磁石)であってもよい。高周波共振器14aの筒状電極と収束発散レンズ64(例えばQレンズ)とは一列に交互に配列されており、それらの中心をイオンビームBが通る。第2線形加速器15bも第1線形加速器15aと同様に複数の高周波共振器14aと複数の収束発散レンズ64とを備える。
【0020】
収束発散レンズ64は、加速の途中や加速後にイオンビームBの収束発散を制御し、イオンビームBを効率的に輸送するために設けられている。収束発散レンズ64は、高周波線形加速器の内部あるいはその前後に、必要な数が配置される。横収束レンズ64aと縦収束レンズ64bとが交互に配列される。すなわち、横収束レンズ64aが高周波共振器14aの筒状電極の前方(または後方)に配置され、縦収束レンズ64bが高周波共振器14aの筒状電極の後方(または前方)に配置される。また、第2線形加速器15bの終端の横収束レンズ64aの後方には追加の縦収束レンズ64bが配置されていいる。高エネルギー多段直線加速ユニット14を通過するイオンビームBの収束及び発散が調整され、それにより後段のビーム偏向ユニット16に最適な二次元ビームプロファイルのイオンビームBが入射する。
【0021】
高周波線形加速器においては高周波(RF)の加速パラメータとして、個々の高周波共振器14aの筒状電極に印加する電圧の振幅V[kV]、周波数f[Hz]が考慮される。複数段の高周波加速を行う場合には、高周波共振器14a相互の位相φ[deg]も加速パラメータに追加される。これらの振幅V、周波数f、及び位相φは、高周波(RF)のパラメータである。周波数fは固定値が使用されてもよい。また、収束発散レンズ64の運転パラメータ(収束発散パラメータともいう)も考慮される。収束発散パラメータは例えばQレンズ電圧である。
【0022】
高エネルギー多段直線加速ユニット14を出た高エネルギーのイオンビームBは、ある範囲のエネルギー分布を持っている。このため、高エネルギーのイオンビームBの走査及び平行化を経てウェハ40に所望の注入精度で照射するためには、事前に高い精度のエネルギー分析と、中心軌道補正、及びビーム収束発散の調整を実施しておくことが望まれる。
【0023】
ビーム偏向ユニット16は、高エネルギーイオンビームのエネルギー分析、中心軌道補正、エネルギー分散の制御を行う。ビーム偏向ユニット16は、少なくとも2つの高精度偏向電磁石と少なくとも1つのエネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリット、及び、少なくとも1つの横収束機器とを備える。複数の偏向電磁石は、高エネルギーイオンビームのエネルギー分析とイオン注入角度の精密な補正、及び、エネルギー分散の抑制とを行うよう構成されている。
【0024】
ビーム偏向ユニット16は、上流から順に、エネルギー分析磁石24、エネルギー幅制限スリット27、横収束四重極レンズ26、エネルギー分析スリットアセンブリ(以下、エネルギー分析スリットともいう)28、及びステアリング磁石30を備える。エネルギー分析磁石24は、高エネルギー多段直線加速ユニット14の下流に配設されている。エネルギー幅制限スリット27及びエネルギー分析スリット28の詳細は後述する。横収束四重極レンズ26は、エネルギー分散を抑制する。ステアリング磁石30は、ステアリング(軌道補正)を提供する。イオンビームBは、ビーム偏向ユニット16によって方向転換され、ウェハ40の方向へ向かう。
【0025】
エネルギー分析スリット28の下流においてビーム電流量を計測する第2ビーム計測器80bが設けられている。第2ビーム計測器80bは、スキャナーハウジング内の最前部、すなわちビーム整形器32の直前部に配置されている。第2ビーム計測器80bは、駆動機構によりビームライン上に上下方向から出し入れ可能に構成されている。第2ビーム計測器80bは例えばファラデーカップである。このファラデーカップはリゾルバーファラデーカップとも呼ばれる。リゾルバーファラデーカップは、水平方向に長い長方形の枡状形状で、開口部をビームライン上流側に向けて構成されている。第2ビーム計測器80bは、高エネルギー多段直線加速ユニット14及び/またはビーム偏向ユニット16の調整の際にイオンビームBの総ビーム電流を計測するために使用される。また、第2ビーム計測器80bは、ビームライン下流に到達するイオンビームBを必要に応じてビームライン上で完全に遮断するために用いられてもよい。
【0026】
エネルギー分析磁石24は、ビーム偏向ユニット16の複数の偏向電磁石のうち最上流側の1つである。エネルギー分析磁石24は、エネルギーフィルター磁石(EFM)と呼ばれることもある。ステアリング磁石30は、ビーム偏向ユニット16の複数の偏向電磁石のうち最下流側の1つである。
【0027】
ビーム偏向ユニット16の偏向電磁石を通過中のイオンには、遠心力とローレンツ力が働いており、それらが釣り合って、円弧状の軌跡が描かれる。この釣合いを式で表すとmv=qBrとなる。mはイオンの質量、vは速度、qはイオン価数、Bは偏向電磁石の磁束密度、rは軌跡の曲率半径である。この軌跡の曲率半径rが、偏向電磁石の磁極中心の曲率半径と一致したイオンのみが、偏向電磁石を通過できる。言い換えると、イオンの価数が同じ場合、一定の磁場Bがかかっている偏向電磁石を通過できるのは、特定の運動量mvを持ったイオンのみである。エネルギー分析磁石24は実際には、イオンの運動量を分析する装置である。同様に、ステアリング磁石30や質量分析磁石22aも運動量フィルターである。
【0028】
ビーム偏向ユニット16は、複数の磁石を用いることで、イオンビームBを180°偏向させることができる。これにより、ビームラインがU字状の高エネルギーイオン注入装置を簡易な構成で実現できる。エネルギー分析磁石24およびステアリング磁石30は、それぞれ偏向角度が90度となるように構成されており、その結果、合計の偏向角度が180度となるように構成されている。なお、一つの磁石で行う偏向量は90°に限られず、以下の組合せでもよい。
(1)偏向量が90°の磁石が1つ+偏向量が45°の磁石が2つ
(2)偏向量が60°の磁石が3つ
(3)偏向量が45°の磁石が4つ
(4)偏向量が30°の磁石が6つ
(5)偏向量が60°の磁石が1つ+偏向量が120°の磁石が1つ
(6)偏向量が30°の磁石が1つ+偏向量が150°の磁石が1つ
【0029】
エネルギー分析磁石24には高い磁場精度が必要であるので、精密な磁場測定を行う高精度な磁場測定器86が取り付けられている。磁場測定器86は、MRP(磁気共鳴プローブ)とも呼ばれるNMR(核磁気共鳴)プローブとホールプローブとを適宜組み合わせたもので、MRPはホールプローブの校正に、ホールプローブは磁場一定のフィードバック制御にそれぞれ使用される。また、エネルギー分析磁石24は、磁場の不均一性が0.01%未満になるように、厳しい精度で製作されている。ステアリング磁石30にも同様に磁場測定器86が設けられている。なおステアリング磁石30の磁場測定器86には、ホールプローブのみ取り付けられていてもよい。さらに、エネルギー分析磁石24及びステアリング磁石30の各々には、電流設定精度と電流安定度とが1×10
−4以内の電源とその制御機器が接続されている。
【0030】
ビーム輸送ラインユニット18は、ビーム偏向ユニット16から出たイオンビームBを輸送するものであり、収束発散レンズ群から構成されるビーム整形器32と、ビーム走査器34と、ビーム平行化器36と、静電式の最終エネルギーフィルター38とを有する。最終エネルギーフィルター38は最終エネルギー分離スリットを含む。ビーム輸送ラインユニット18の長さは、イオンビーム生成ユニット12と高エネルギー多段直線加速ユニット14との合計長さに合わせて設計されている。ビーム輸送ラインユニット18は、ビーム偏向ユニット16により高エネルギー多段直線加速ユニット14と連結されて、全体でU字状のレイアウトを形成する。
【0031】
ビーム輸送ラインユニット18の下流側の終端には、基板処理供給ユニット20が設けられている。基板処理供給ユニット20は、注入処理においてイオンビームBをウェハ40に照射するための真空処理室21を有する。真空処理室21の中には、イオンビームBのビーム電流、位置、注入角度、収束発散角、上下左右方向のイオン分布等を計測するビームモニター、イオンビームBによるウェハ40の帯電を防止する帯電防止装置、ウェハ40を搬入搬出し適正な位置・角度に設置するウェハ搬送機構、イオン注入中にウェハ40を保持するESC(Electro Static Chuck)、注入中ビーム電流の変動に応じた速度でウェハ40をビームスキャン方向と直角方向に動かすウェハスキャン機構が収納されている。
【0032】
基板処理供給ユニット20においては、第3ビーム計測器80cがイオン注入位置の後方に設けられている。第3ビーム計測器80cは、例えば、イオンビームBの総ビーム電流を計測する固定式の横長ファラデーカップである。この横長ファラデーカップはチューニングファラデーとも呼ばれる。第3ビーム計測器80cは、ウェハ領域においてイオンビームBの走査範囲全体を計測できるビーム電流計測機能を有する。第3ビーム計測器80cは、ビームラインの最下流において最終セットアップビームを計測するよう構成されている。
【0033】
基板処理供給ユニット20においては、
図1に示されるように、真空処理室21に隣接してウェハ搬送装置90が設けられている。ウェハ搬送装置90は、中間搬送室、ロードロック室、及び大気搬送部を備える。ウェハ搬送装置90は、カセットステーション92に格納されたウェハ等の被処理物を真空処理室21に搬送するように構成されている。ウェハは、カセットステーション92から大気搬送部、ロードロック室、及び中間搬送室を介して真空処理室21に搬入される。一方、イオン注入処理がなされたウェハは、中間搬送室、ロードロック室、及び大気搬送部を介してカセットステーション92に搬出される。
【0034】
このようにして、イオン注入装置100のビームライン部は、対向する2本の長直線部を有する水平のU字状の折り返し型ビームラインに構成されている。上流の長直線部は、イオン源10で生成したイオンビームBを加速する複数のユニットから成る。下流の長直線部は、上流の長直線部に対し方向転換されたイオンビームBを調整してウェハ40に注入する複数のユニットから成る。2本の長直線部はほぼ同じ長さに構成されている。2本の長直線部の間に、メンテナンス作業のために十分な広さの作業スペースR1が設けられている。
【0035】
このようにU字状にユニットを配置した高エネルギーイオン注入装置は、設置面積を抑えつつ良好な作業性が確保されている。また、高エネルギーイオン注入装置においては、個々のユニットや装置をモジュール構成とすることで、ビームライン基準位置に合わせて着脱、組み付けが可能となっている。
【0036】
また、高エネルギー多段直線加速ユニット14と、ビーム輸送ラインユニット18とが折り返して配置されるため、高エネルギーイオン注入装置の全長を抑えることができる。従来装置ではこれらがほぼ直線状に配置されている。また、ビーム偏向ユニット16を構成する複数の偏向電磁石の曲率半径は、装置幅を最小にするように最適化されている。これらによって、装置の設置面積を最小化するとともに、高エネルギー多段直線加速ユニット14とビーム輸送ラインユニット18との間に挟まれた作業スペースR1において、高エネルギー多段直線加速ユニット14やビーム輸送ラインユニット18の各装置に対する作業が可能となる。また、メンテナンス間隔が比較的短いイオン源10と、基板の供給/取出が必要な基板処理供給ユニット20とが隣接して配置されるため、作業者の移動が少なくてすむ。
【0037】
図3は、
図1及び
図2に示される高エネルギー多段直線加速ユニット14のコントローラの概略的な構成を示すブロック図である。高エネルギー多段直線加速ユニット14の制御のための構成要素として、オペレータが必要な条件を入力するための入力装置52、入力された条件から各種パラメータを数値計算し、更に各構成要素を制御するための制御演算装置54、高周波の電圧振幅を調整するための振幅制御装置56、高周波の位相を調整するための位相制御装置58、高周波の周波数を制御するための周波数制御装置60、高周波共振器14aのための高周波電源62、収束発散レンズ64のための収束発散レンズ電源66、加速パラメータ、収束発散パラメータ、及びその他の情報を表示するための表示装置68、決定されたパラメータを記憶しておくためのパラメータ記憶装置70が設けられている。
【0038】
入力装置52には、注入条件、及び/または、注入条件に基づくパラメータ計算のための初期条件が入力される。入力される条件には、例えば、入射条件としての引出電極11の引出電圧、イオン質量、イオン価数と、出射条件としての最終エネルギーとがある。
【0039】
高周波線形加速器の制御演算装置54には、あらかじめ各種パラメータを数値計算するための数値計算コード(プログラム)が内蔵されている。制御演算装置54は、内蔵している数値計算コードによって、入力された条件を基にイオンビームの加速並びに収束発散をシミュレーションし、最適な輸送効率が得られるよう加速パラメータ(電圧振幅、周波数、位相)を算出する。また、制御演算装置54は、効率的にイオンビームを輸送するための収束発散レンズ64の運転パラメータ(例えば、Qコイル電流、またはQ電極電圧)も算出する。入力された条件及び計算された各種パラメータは、表示装置68に表示される。高エネルギー多段直線加速ユニット14の能力を超えた加速条件に対しては、解がないことを意味する表示が表示装置68に表示される。加速パラメータ及び収束発散パラメータの算出方法の一例の詳細は例えば、参照によりその全体が本願明細書に援用される特許第3448731号公報に開示されている。
【0040】
電圧振幅パラメータは、制御演算装置54から振幅制御装置56に送られ、振幅制御装置56が、高周波電源62の振幅を調整する。位相パラメータは、位相制御装置58に送られ、位相制御装置58が、高周波電源62の位相を調整する。周波数パラメータは、周波数制御装置60に送られる。周波数制御装置60は、高周波電源62の出力周波数を制御するとともに、高エネルギー多段直線加速ユニット14の高周波共振器14aの共振周波数を制御する。制御演算装置54はまた、算出された収束発散パラメータにより、収束発散レンズ電源66を制御する。
【0041】
制御演算装置54は、イオン注入装置100のその他の構成要素(例えば、イオンビーム生成ユニット12、ビーム偏向ユニット16、ビーム輸送ラインユニット18、及び、基板処理供給ユニット20のうちいずれかに含まれる少なくとも1つの構成要素)を制御するよう構成されていてもよい。制御演算装置54は、イオン注入装置100の少なくとも1つの計測部(例えば、第1ビーム計測器80a、第2ビーム計測器80b、及び/または、第3ビーム計測器80c)の計測結果に基づいて、イオン注入装置100の少なくとも1つの構成要素(例えば、エネルギー分析スリット28)を制御してもよい。また、エネルギー分析磁石24及びステアリング磁石30の各々に接続されている電源及びその制御機器が、制御演算装置54によって制御されてもよい。
【0042】
ところで、高周波線形加速器によって加速または減速されたビームはあるエネルギー幅をもつ。エネルギー分析スリット28のスリット幅はある有限の大きさをもつから(つまりスリット幅はゼロではないから)、エネルギー分析スリットは、所望のエネルギーを有するイオンだけでなく、所望のエネルギーより僅かに高い(又は僅かに低い)イオンも通過させることになる。従って、ビームラインの下流へと輸送されるビームもスリット幅に応じて僅かなエネルギー幅をもつ。
【0043】
イオン注入装置100は上述のように、エネルギー分析を行う最終エネルギーフィルター38をビームラインの最下流に有する。最終エネルギーフィルター38の設定電圧は通過するイオンのエネルギーに合わせて決められる。最終エネルギーフィルター38でのイオンの曲げ角はエネルギーに反比例する。曲げ角が例えば15度の場合、エネルギーが1%変わると曲げ角は0.15度変わることになる。つまり、1%のエネルギー誤差が0.15度の注入角度誤差に相当する。特に高エネルギーイオン注入においては、こうした注入角度誤差をしばしば無視できない。例えば、高いトレンチ構造の底への注入をおこなう場合、注入角度はウェハの法線に対して約0度でありうる。その場合、イオンの注入深さはチャネリング現象に対し、非常に敏感となり、わずかな角度差によって深さ方向のイオンの密度分布が大きく変わってしまう。
【0044】
エネルギー分析スリット28のスリット幅を充分に小さくすれば、上述の注入角度誤差を低減し又は防止することができるかもしれない。しかし、スリット幅の縮小は輸送されるイオンビーム量の低減をもたらすから、イオン注入装置100の生産性を低下させることとなる。生産性を重視する場合には、ある広いスリット幅を採用することが望まれる。例えば、ある装置仕様に従って所望の生産性を確保するためのスリット幅は、例えば2.5%のエネルギー精度に相当する。
【0045】
所与の注入処理を行う生産フェーズの前に、その注入処理のためのイオンビームBが準備される。こうした準備フェーズは、いわゆるオートビームセットアップを含む。オートビームセットアップは、エネルギー分析スリット28の下流においてビーム電流をモニタしながら、イオンビーム量が所望の値となるようにイオン注入装置100の各機器を自動的に調整(チューニング)する処理である。オートビームセットアップの間、ビーム電流は、例えば第2ビーム計測器80bまたは第3ビーム計測器80cによってモニタされる。
【0046】
エネルギー分析されたイオンビームBのエネルギー分布は、スリット幅の中心にピークをもつ単峰型の形状の分布となるものと一般には考えられる。しかし、本発明者の検討によると、このような認識は場合によっては正確でないことが見出された。例えば、上述のように広いスリット幅(例えば±2.5%)が採用されそのスリットを用いてオートビームセットアップが実行された場合には、オートビームセットアップ後に得られるビームライン下流でのイオンビームBが理想的な単峰形状から乖離したエネルギー分布をもちうる。そうすると、注入されるイオンビームBには、目標エネルギーと異なるエネルギーをもつイオンが想定される以上に含まれうる。そこで、このような課題に対処する手法について以下に詳述する。
【0047】
ある実施形態においては、イオン注入装置100は、イオンビームBを高エネルギー多段直線加速ユニット14により加速し、エネルギー分析磁石24とエネルギー分析スリット28によりエネルギー分析するよう構成されている。イオン注入装置100は、エネルギー分析磁石24の後方に配置されるエネルギー分析スリット28の横開口幅を通常より狭くした状態で、イオン注入装置100の少なくとも1つのパラメータを調整し、調整後のビーム計測結果をフィードバックすることにより、最適なエネルギー精度でかつ最適ビーム電流量のビームを得るよう構成されている。
【0048】
図4は、本発明のある実施形態に係るエネルギー分析スリット28の模式図である。エネルギー分析スリット28は、標準スリット開口110と、高精度スリット開口112と、を切換可能に構成されている。標準スリット開口110は、所与の注入条件のもとで行われる注入処理に使用される。高精度スリット開口112は、標準スリット開口110より高いエネルギー精度を有し、加速パラメータを調整するために使用される。
【0049】
標準スリット開口110は、横方向に第1スリット幅W1を有する。高精度スリット開口112は、横方向に第2スリット幅W2を有する。第2スリット幅W2は横方向に第1スリット幅W1より狭い。第2スリット幅W2は例えば第1スリット幅W1の1/5である。ここで、横方向は、ビーム進行方向及び縦方向に直交する方向である。縦方向は、エネルギー分析磁石24が生成する磁場の方向である。エネルギー分析磁石24は上述のように、高エネルギー多段直線加速ユニット14を出るイオンを偏向する磁場を生成する。つまり高精度スリット開口112は、エネルギー分析磁石24の偏向面内においてイオンビームBの基準軌道に垂直な方向の幅が標準スリット開口110より狭い。
【0050】
高精度スリット開口112は、標準スリット開口110とは別個に形成されている。
図4に示されるように、標準スリット開口110及び高精度スリット開口112は1つのスリット板114に形成されている。高精度スリット開口112は、スリット板114において標準スリット開口110と横方向に異なる位置に形成されている。また、高精度スリット開口112は、縦方向には標準スリット開口110と同じ位置に同じ幅を有して形成されている。
【0051】
エネルギー分析スリット28は、標準スリット開口110と高精度スリット開口112とを選択可能に構成されている。エネルギー分析スリット28は、スリット板114を横方向に駆動するスリット駆動部116を備える。標準スリット開口110及び高精度スリット開口112はそれぞれ使用時に、目標エネルギーを有するイオンを通すよう横方向に位置決めされる。
図4の上部には標準スリット開口110にイオンビームBが入射する様子を示し、
図4の下部には高精度スリット開口112にイオンビームBが入射する様子を示す。エネルギー分析スリット28は、セレクタブル・リゾルビング・アパチャー(SRA)と呼ぶこともできる。
【0052】
図5は、本発明のある実施形態に係るイオン注入方法を例示するフローチャートである。この方法は、準備フェーズと生産フェーズとを含む。準備フェーズは、前準備または段取り工程を含む(S100)。生産フェーズはイオン注入装置100の実運用を含む(S200)。
【0053】
コントローラ(例えば制御演算装置54、以下同様)は、新たな注入条件(注入レシピともいう)が与えられたときに前準備を実行する。前準備においては、詳しくは
図6を参照して以下に説明するように、高精度スリット開口112を使用してデータセット履歴作成が行われる。データセットは注入条件ごとに作成される。
【0054】
前準備の完了後に、搬送容器(例えばウェハカセット)を用いてイオン注入装置100にウェハ40が搬入される。よって、加速パラメータは、ウェハ40の搬送容器が真空処理室21(例えばカセットステーション92)に装着される前に決定される。つまり、加速パラメータは、いわゆるロット処理の開始前に決定される。
【0055】
搬送容器は、イオン注入装置100と他の装置との間でウェハ40を搬送するための容器であり、1枚または複数枚のウェハ40を収容することができる。搬送容器は、搬送容器から真空処理室21にウェハ40を搬入可能(または搬出可能)とするように真空処理室21に装着される。搬送容器は、搬送装置によって自動的に搬送されてもよいし、あるいはオペレータによって人手で搬送されてもよい。
【0056】
搬送容器が真空処理室21に装着されると、コントローラは、実運用を開始することができる。実運用においては、詳しくは
図7を参照して以下に説明するように、コントローラは、標準スリット開口110を使用してオートビームセットアップ及び注入処理を実行する。コントローラは、オートビームセットアップ(または注入処理)の実行を許可するオペレータの指令を受けて、オートビームセットアップ(または注入処理)を開始してもよい。
【0057】
図6は、本発明のある実施形態に係るイオンビームの調整方法を例示するフローチャートである。この方法は、
図5に示される前準備(S100)にあたる。前準備として、コントローラは、以後に実行される新たな注入条件に対応するデータセットを決定する。コントローラは、ビーム計測部により計測されるビーム電流量に基づいてデータセットを決定する。
【0058】
データセットは、例えば、高エネルギー多段直線加速ユニット14の運転パラメータ(上述の加速パラメータ及び収束発散パラメータ)と、ソースパラメータと、を含む。ソースパラメータは、例えば、イオン源10の制御パラメータと、引出電極11の設定値と、を含む。イオン源10の制御パラメータには例えば、アーク電流、アーク電圧、ソースガス流量、ソースマグネット電流がある。ソースマグネットは電子閉じこめ磁場を形成する。引出電極11の設定値には例えば、引き出しギャップ間隔、電極左右位置、電極傾きがある。
【0059】
データセットは、計測されるビーム電流量が目標ビーム電流量に相当するように決定される。加速パラメータについては、高エネルギー多段直線加速ユニット14においてイオンが目標エネルギーに加速されるように、かつ、計測されるビーム電流量が目標ビーム電流量に相当するように決定される。ここで、目標エネルギー及び目標ビーム電流量は、与えられた注入条件に従って定められる。例えば、目標エネルギー及び目標ビーム電流量はそれぞれウェハ40への注入エネルギー及び注入ビーム電流量に等しくてもよい。
【0060】
図6に示されるように、前準備(S100)においてコントローラは最初に、初期データセットを作成する(S102)。初期データセットは、入力された新たな注入条件に基づき決定されるデータセットの初期値である。コントローラは、適切な任意の公知の手法を用いて初期データセットを決定することができる。例えば、コントローラは、加速パラメータ及び収束発散パラメータの初期値を、上述のように特許第3448731号公報に開示される方法を用いて決定する。コントローラは、入力された注入条件及び決定されたパラメータ初期値をパラメータ記憶装置70または他の記憶装置に記憶してもよい。
【0061】
コントローラは、ソースビーム立ち上げを実行する(S104)。すなわち、コントローラは、初期データセットを使用してイオン注入装置100の運転を開始する。イオンビーム生成ユニット12及び高エネルギー多段直線加速ユニット14が起動され、ソースパラメータ、加速パラメータ、及び収束発散パラメータの各々の初期値に従ってイオンビームBが生成される。
【0062】
コントローラは、エネルギー分析スリット28を標準スリット開口110から高精度スリット開口112に切り換える(S106)。エネルギー分析スリット28が高精度スリット開口112に既に切り換えられている場合には、高精度スリット開口112がその位置に維持される。こうして、高精度スリット開口112は、イオンビームBの軌道上に配置されるように横方向に位置決めされる。
【0063】
コントローラは、データセットに含まれるパラメータを調整(チューニング)する(S108)。コントローラは、例えば、ソースパラメータ、加速パラメータ、及び収束発散パラメータを所定の順序に従って調整する。コントローラは、調整されたパラメータを調整の都度パラメータ記憶装置70に記憶させてもよい。
【0064】
続いて、コントローラは、ピークビーム電流が取得されるか否かを判定する(S110)。例えば、コントローラは、エネルギー分析スリット28の下流において計測されるビーム電流量があるしきい値に達するか否かを判定する。このしきい値は例えば目標ビーム電流量に応じて定められる目標ビーム電流量より小さい値である。ビーム電流は例えば第2ビーム計測器80bにより計測される。このときエネルギー分析スリット28が高精度スリット開口112に切り換えられているから、高精度スリット開口112を通過したイオンビームBのビーム電流が計測される。
【0065】
計測されるビーム電流がしきい値に満たない場合には(S110のN)、コントローラは、データセットの調整を再度実行し(S108)、ピークビーム電流が取得されるか否かを再度判定する(S110)。
【0066】
このようにして、コントローラは、計測されるビーム電流量が増加されるようにデータセットの各パラメータを調整することができる。初回のパラメータ調整においては、コントローラは、計測されるビーム電流量が初期ビーム電流量から増加されるようにデータセットの各パラメータを調整する。初期ビーム電流量は、パラメータの初期値に従ってイオン注入装置100が運転されるときに高精度スリット開口112を使用して計測されるビーム電流量である。以降のパラメータ調整においては、コントローラは、計測されるビーム電流量が前回調整ビーム電流量から増加されるようにデータセットの各パラメータを再調整する。ここで、前回調整ビーム電流量は、前回調整されたパラメータに従ってイオン注入装置100が運転されるときに高精度スリット開口112を使用して計測されるビーム電流量である。
【0067】
例えば加速パラメータの初回の調整においては、コントローラは、計測されるビーム電流量が、加速パラメータの初期値に従って高エネルギー多段直線加速ユニット14が運転されるときに比べて増加されるように加速パラメータを調整する。また、加速パラメータの次回以降の調整においては、コントローラは、計測されるビーム電流量が、前回調整された加速パラメータに従って高エネルギー多段直線加速ユニット14が運転されるときに比べて増加されるように加速パラメータを再調整する。コントローラは、ソースパラメータ及び収束発散パラメータについても同様に調整する。
【0068】
計測されるビーム電流がしきい値に達する場合には(S110のY)、コントローラは、エネルギー分析スリット28を高精度スリット開口112から標準スリット開口110に切り換える(S112)。標準スリット開口110がイオンビームBの軌道上に配置されるように横方向に位置決めされる。このように、コントローラは、パラメータ調整(S108)の後にエネルギー分析スリット28を切り換える。
【0069】
コントローラは、目標ビーム電流が取得されるか否かを判定する(S114)。例えば、コントローラは、エネルギー分析スリット28の下流において計測されるビーム電流量が目標ビーム電流量に達するか否かを判定する。このときエネルギー分析スリット28が標準スリット開口110に切り換えられているから、標準スリット開口110を通過したイオンビームBのビーム電流が計測される。ビーム電流は例えば第2ビーム計測器80bにより計測される。
【0070】
計測されるビーム電流が目標ビーム電流量に満たない場合には(S114のN)、コントローラは、エネルギー分析スリット28を標準スリット開口110から高精度スリット開口112に再び切り換える(S106)。続いて、上述のようにコントローラは、パラメータの調整を再度実行し(S108)、ピークビーム電流が取得されるか否かを再度判定する(S110)。このように、コントローラは、標準スリット開口110と高精度スリット開口112を切り替えながら、目標のビーム電流が得られるまでパラメータのチューニングを繰り返す。
【0071】
計測されるビーム電流が目標ビーム電流量に達する場合には(S114のY)、コントローラは、調整されたパラメータをパラメータ記憶装置70に記憶させる(S116)。特に、コントローラは、調整された加速パラメータを、入力された注入条件(例えば注入エネルギー)についての最適加速パラメータとして、パラメータ記憶装置70に記憶させる。
【0072】
このようにして、コントローラは、パラメータの最適化処理を実行する。すなわち、コントローラは、所与の注入条件に基づき暫定的に設定された初期値からパラメータを漸進的に調整し、当該注入条件を満たすイオンビームがビームライン下流へと効率的に輸送されるようにパラメータを最適値に更新する。例えば、加速パラメータについては、コントローラは、目標エネルギーに基づき暫定的に設定された初期値から加速パラメータを漸進的に調整し、高エネルギー多段直線加速ユニット14においてイオンが当該目標エネルギーに効率的に加速されるように加速パラメータを最適値に更新する。
【0073】
なお、コントローラは、計測されるビーム電流が上述のしきい値または目標ビーム電流量に満たない場合だけでなく、ビーム電流が過剰である場合にもデータセットの少なくとも1つのパラメータを再調整してもよい。この場合、コントローラは、加速パラメータ以外のパラメータを再調整することが望ましい。仮に、加速パラメータを再調整したとすると、加速エネルギーが再調整前の最適な値から外れるという不都合な結果となりうる。なぜなら、そのような再調整によってビーム電流を簡単に減らすことができるからである。そこで、コントローラは、ビーム電流を低減するために、例えば、上述のソースパラメータを再調整してもよい。あるいは、コントローラは、ビーム電流を低減するために、高周波線形加速器に入射するイオンビーム量を調整するためのビーム電流調整装置を制御してもよい。このビーム電流調整装置は、質量分析スリット22bの下流(例えば直後)に配置される可変アパチャー(例えば、CVA(Continuously Variable Aperture))を備えてもよい。可変アパチャーは高周波線形加速器の入口に配置されていてもよい。
【0074】
図6を参照して説明したイオンビーム調整方法は通常、新たな注入条件がコントローラに与えられたときに一度だけ実行される。ただし、イオン注入装置100(例えば高エネルギー多段直線加速ユニット14)のメンテナンスや修理が行われた場合には、コントローラは、以前に与えられた注入条件について本方法によりデータセットを修正してもよい。
【0075】
図7は、本発明のある実施形態に係るイオン注入方法を例示するフローチャートである。この方法は、
図5に示される実運用(S200)にあたる。コントローラは、注入レシピをロードする(S202)。すなわち、コントローラは、今回実行される注入処理の注入条件をパラメータ記憶装置70または他の記憶装置から読み出す。
【0076】
コントローラは、エネルギー分析スリット28を高精度スリット開口112から標準スリット開口110に切り換える(S204)。エネルギー分析スリット28が標準スリット開口110に既に切り換えられている場合には、標準スリット開口110がその位置に維持される。こうして、標準スリット開口110は、イオンビームBの軌道上に配置されるように横方向に位置決めされる。
【0077】
実運用においてはこれ以降、コントローラは、エネルギー分析スリット28の標準スリット開口110から高精度スリット開口112への切換を禁止してもよい。コントローラは、少なくともオートビームセットアップの間は、エネルギー分析スリット28の切換を禁止する。従って、オートビームセットアップ及びこれに続く注入処理においては標準スリット開口110が使用される。
【0078】
コントローラは、ロードされた注入レシピに対応するデータセットをパラメータ記憶装置70から読み出し、イオン注入装置100の各機器をそのデータセットに従って設定する(S206)。例えば、コントローラは、読み出された注入条件における注入エネルギーに対応する最適加速パラメータをパラメータ記憶装置70から読み出し、これを高エネルギー多段直線加速ユニット14に設定する。
【0079】
コントローラは、オートビームセットアップを実行する(S208)。オートビームセットアップによって、読み出された注入条件を満たすイオンビームBが準備される。
【0080】
このオートビームセットアップは、高周波共振器14aと異なるイオン注入装置100の少なくとも1つの構成要素を調整することによってビーム電流量を調整する処理である。具体的にはコントローラは上述のように、ビーム電流をモニタしながらイオンビーム量が所望の値となるようにイオン注入装置100の各機器を調整する。ビーム電流は例えば第2ビーム計測器80bまたは第3ビーム計測器80cにより計測される。コントローラは、オートビームセットアップにおいて例えば、イオン源10の制御パラメータ、引出電極11の設定値、及び/または、収束発散レンズ64の運転パラメータを調整する。これらの調整は、高エネルギー多段直線加速ユニット14による加速エネルギーには影響しない。なおオートビームセットアップは、ビーム電流調整に加えて、ビーム角度調整及び/または均一性調整を含んでもよい。
【0081】
コントローラは、オートビームセットアップにおける最適加速パラメータの変更を禁止する。よって、オートビームセットアップ及び注入処理の間、前処理(S100)において決定された最適加速パラメータに従って高エネルギー多段直線加速ユニット14は運転される。
【0082】
オートビームセットアップが完了すると、コントローラは、ウェハ40への注入処理を実行する(S210)。一枚または複数枚のウェハ40がウェハ搬送装置90によって真空処理室21のイオン注入位置へと搬入され、イオンビームBがウェハ40に照射される。その後、ウェハ40はウェハ搬送装置90によって真空処理室21から搬出される。こうした注入処理が所要の枚数のウェハ40が処理されるまで繰り返される。
【0083】
引き続いて、コントローラは、別の注入条件を用いる注入処理を実行してもよい。この場合、その別の注入条件が読み出され、オートビームセットアップによってその注入条件を満たすイオンビームBが準備される。そうして、注入処理が実行される。ある注入条件においては、標準スリット開口110ではなく、高精度スリット開口112が使用されてもよい。例えば、当該注入条件において要求されるエネルギー幅が標準スリット開口110によって実現されるエネルギー幅より小さい場合には、高精度スリット開口112が使用されてもよい。その場合、オートビームセットアップが実行される前に、コントローラは、エネルギー分析スリット28を標準スリット開口110から高精度スリット開口112に切り換えてもよい。ただし、高精度スリット開口112を使用することによりビーム電流量が当該注入条件における目標ビーム電流量を下回る場合には、高精度スリット開口112ではなく、標準スリット開口110が使用されてもよい。
【0084】
図8は、本発明のある実施形態に係るエネルギースペクトラムを例示する。
図8において縦軸にビーム電流を示し、横軸にエネルギーを示す。横軸のエネルギーは、エネルギー分析磁石24における偏向磁場を換算したエネルギー値の、目標エネルギーに対する相対値である。よって、良好なエネルギー精度を有する望ましいイオンビームは、エネルギー値が1であるときビーム電流に明りょうなピークを有するエネルギースペクトラムを与える。
【0085】
図8に示されるエネルギースペクトラムDは、高精度スリット開口112を使用して加速パラメータの調整を実行したときに得られたものである。エネルギースペクトラムEは、標準スリット開口110を使用して加速パラメータの調整を実行したときに得られたものである。エネルギースペクトラムFは、加速パラメータを調整する前のものである。
図8には参考として、使用された標準スリット開口110及び高精度スリット開口112それぞれのスリット幅に対応するエネルギー幅を図示する。
【0086】
エネルギースペクトラムFからわかるように、パラメータ調整前のイオンビームは目標エネルギーに明りょうなピークを有さず、広いエネルギー範囲に加速されたイオンを含む。一方、エネルギースペクトラムD及びEによると、対応するイオンビームに目標エネルギー及びその近傍のエネルギーをもつイオンが多く含まれることがわかる。しかし、エネルギースペクトラムEは、目標エネルギーに一致するピークを有するのではなく、目標エネルギーより低い側に一つ目のピークを有し、目標エネルギーより高い側にもう一つのピークを有する。そのため、目標エネルギーに一致するエネルギーをもつイオンは比較的少ない。2つのピークはそれぞれ目標エネルギーから約1%ずれている。こうしたエネルギーずれをもつイオンは上述のように、ずれに応じた角度誤差を有してウェハ40に注入されることになる。
【0087】
これに対し、エネルギースペクトラムDは、目標エネルギーに一致する単一の顕著なピークを有する。このようにして、最適なエネルギー精度でかつ最適ビーム電流量のイオンビームBを得ることができる。したがって、高精度スリット開口112を用いることにより、イオン注入装置の生産性を維持しつつ、エネルギー精度の向上を実現することができる。
【0088】
スリット幅の縮小に反比例してエネルギー分解能が向上される。よって、例えば、高精度スリット開口112が標準スリット開口110の1/5のスリット幅を有する場合、エネルギー分解能は5倍に向上される。
【0089】
また、上述のようにオートビームセットアップにおいてはエネルギー分析スリット28の切換が禁止されている。よって、スリット切換による発塵を防止することができる。また、切換が行われる場合に比べて、オートビームセットアップに要する時間を短くすることができる。
【0090】
さらに、オートビームセットアップにおいて加速パラメータの変更が禁止されている。これもまた、オートビームセットアップにおいて加速パラメータを調整する場合に比べて、オートビームセットアップに要する時間を短くすることに役立つ。
【0091】
原理的にはエネルギー分析磁石24の入口と出口の両方に高精度スリットを配置した状態で加速パラメータを決めるのが理想である。しかし、高精度スリット開口112をエネルギー分析磁石24の出口側に配置するだけでも、
図8に示されるように、実際上充分な効果を得ることができる。
【0092】
以上、本発明を実施形態にもとづいて説明した。本発明は上記実施形態に限定されず、種々の設計変更が可能であり、様々な変形例が可能であること、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは、当業者に理解されるところである。
【0093】
ある実施形態においては、エネルギー分析磁石24の入口(つまり高エネルギー多段直線加速ユニット14の出口)に第1上流スリットアセンブリが配設されていてもよい。第1上流スリットアセンブリは、高精度スリット開口112に対応する第1上流高精度スリットを有し、エネルギー分析スリット28と連動して切換可能に構成されていてもよい。例えば、コントローラは、高精度スリット開口112が使用されるとき第1上流高精度スリットをイオンビームBの軌道上に配置し、標準スリット開口110が使用されるとき第1上流高精度スリットをイオンビームBの軌道から外れた場所に移動させるように、第1上流スリットアセンブリを駆動してもよい。このようにして、さらに精度を向上することができる。
【0094】
ある実施形態においては、第1上流スリットアセンブリに加えて、または第1上流スリットアセンブリに代えて、第2上流スリットアセンブリが設けられていてもよい。第2上流スリットアセンブリは、エネルギー分析磁石24の出口においてエネルギー分析スリット28の上流に配設され、エネルギー分析スリット28と連動して切換可能に構成されていてもよい。第2上流スリットアセンブリは、エネルギー幅制限スリット27であってもよい。この場合、エネルギー幅制限スリット27は、エネルギー分析スリット28と同様に、標準スリット開口と、それより横方向に狭い高精度スリット開口と、を切換可能に構成されていてもよい。このようにして、さらに精度を向上することができる。
【0095】
ある実施形態においては、エネルギー分析スリット28は、標準スリット開口110から高精度スリット開口112へと、及び高精度スリット開口112から標準スリット開口110へと切換可能である可変スリットを備えてもよい。可変スリットは、スリット幅を連続的に変更可能である単一のスリットであってもよい。
【0096】
本書に言及されるコントローラ(または制御装置)は、そのコントローラが実行するものとして言及される1以上の機能を実行する単一のコントローラであってもよいし、あるいはそうした1以上の機能を協働して実行する複数のコントローラであってもよい。よって、例えば、本書に言及される1以上の機能を実行するある1つのコントローラは、それら機能のうち一部を実行する第1コントローラと、それら機能のうち残りを実行する第2コントローラとにより実現されてもよい。
【0097】
ある実施形態においては、エネルギー幅制限スリット27及びエネルギー分析スリット28は、より詳しくは以下に述べるように配置されていてもよい。上述のエネルギー分析磁石24、エネルギー幅制限スリット27、横収束四重極レンズ26、及びエネルギー分析スリット28はそれぞれ、以下の説明におけるエネルギー分析電磁石、エネルギー幅制限スリット、横収束レンズQR1、及びエネルギー分析スリットに対応する。
【0098】
ある実施形態に係るイオン注入装置は、イオン源で生成したイオンを静電場で引き出し、イオンビームを生成するビーム引き出し系と、引き出されたイオンビームをさらに加速する高周波加速器と、加速されたビームのビームサイズ(空間分布)を調整するための少なくとも1台の収束要素と、エネルギー分析電磁石として使用する少なくとも一台の偏向電磁石とを有する。そして、そのエネルギー分析電磁石の下流側にエネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリットとを設置する。
【0099】
ビームサイズ(イオンの空間分布)を調整するための収束要素は、高周波加速器とエネルギー分析電磁石との間、及びエネルギー分析電磁石とエネルギー分析スリットとの間に設置され、エネルギー幅のないビーム(高周波加速器に高周波電場を印加せず、引き出されたままのエネルギーで輸送されたビーム)が、エネルギースリットの位置に焦点を結ぶように調整される。
【0100】
エネルギー幅のあるイオンビームを構成する個々のイオンの軌道は、それぞれのエネルギーに応じて、エネルギー分析電磁石によって、偏向面内で空間的に広がる(エネルギー分散)。エネルギー幅制限スリットは、エネルギー分析スリット上流であって、そのエネルギー分散がエネルギー幅のないビームのビームサイズと同程度になる位置に設ける。この位置は、エネルギー分析電磁石の出口付近になる。
【0101】
前記のように配置されたエネルギー分析電磁石と二枚のスリットによるエネルギー分析の詳細について、90°偏向電磁石が二台あり、その間に二枚のスリットが設置されている場合を例に取って、以下に述べる。
【0102】
ビームライン中心軸上の任意の位置(ビームライン起点からの飛行距離)sにおける水平面(偏向面)内横方向(ビーム軸と直交する方向)のイオンビームのサイズσ(s)(横方向ビームサイズ)は、次の式(1)で与えられる。
【数1】
【0103】
ここで、εはビームのエミッタンス、Eはビームエネルギー、Δ
EWはエネルギー幅である。β(s)はベータトロン関数(振幅)と呼ばれ、ビーム輸送方程式の解である。η(s)はディスパージョン(分散)関数と呼ばれ、エネルギーのずれたビーム輸送方程式の解である。
【0104】
イオン源から引き出されたイオンビームの中の個々のイオンは、ビーム(全イオンの集団)中心軸に対して、位置及び角度の分布を持っている。ここで、個々のイオンのビーム中心軸からの距離を横軸に、個々のイオンの進行方向ベクトルとビーム中心軸とが成す角度を縦軸に取ったグラフを位相空間プロットと呼ぶ。この位置の分布範囲と角度の分布範囲の積(位相空間でビームが占める面積)をエミッタンスと呼び、それを運動量で規格化したもの(規格化エミッタンス)は、イオン源引き出口からビーム輸送路の終端まで変化しない不変量になる。
【0105】
前述の式(1)の第一項;
【数2】
は、この初期のイオン分布に起因するビーム幅σ
1であり、σ
1を今後“エミッタンスによるビーム幅”と呼ぶ。また、エミッタンスは横方向と上下方向それぞれ独立に定義されるが、ここで問題になるのは横方向だけなので、今後特に断らない限り、エミッタンスεは横方向のエミッタンスを指す。
【0106】
前述のように、この空間分布によるビームの広がりに加えて、高周波線形加速装置によって加速されたビームは、エネルギー分布(幅)を持つ。エネルギー分布(幅)を持つビームが偏向電磁石を通過するとき、エネルギーが比較的高いイオンは、曲率半径が大きい外側の軌道を通り、エネルギーが比較的低いイオンは、曲率半径の小さい内側の軌道を通る。このため、1点(空間分布無し)で偏向電磁石に入射しても、出口では、エネルギー幅に応じた空間分布(横方向分布)が生じる。式(1)の第二項;
【数3】
は、このエネルギー分布が変化して生じた空間分布を表している。以後、エネルギー分布が偏向によって空間分布に変化していく現象をエネルギー分散、その結果生じたビーム幅σ
2をエネルギー分散によるビーム幅または単に分散と呼ぶ。式(1)は、ビームサイズがエミッタンスによるビーム幅と、エネルギー分散によるビーム幅の和であることを表している。
【0107】
本願発明では、エネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリットの2枚のスリットを用いるが、初めに、エネルギー分析スリット1枚によってビームをカットする従来の方法を例に、エネルギー分析電磁石から、エネルギー分析スリットに至る領域の、ビームの分布を説明する。
【0108】
図9は、エネルギー幅0%、中心エネルギーずれ0%のビームが、その焦点付近に置かれた1枚のエネルギー分析スリットを通過する様子を示す模式図である。
【0109】
図10は、偏向ユニットで、当初±4%のエネルギー幅を持ったビームが、一枚のエネルギー分析スリットによってカットされ、±2.5%のエネルギー幅を持つビームに変わる様子を示す模式図である。横軸はイオン源出口からのイオンの飛行距離、縦軸はビームの幅及び各スリットの開口幅を表している。横軸のすぐ上には、エネルギー分析電磁石(EFM)や偏向電磁石(BM)などの位置が示されている。
【0110】
図11は、
図10のエネルギー分析電磁石(EFM)入り口(5.6m付近)及びエネルギー分析スリットの入り口と出口(7.4m付近)におけるビームの横方向の空間分布と、対応するエネルギー分布とを説明するための図である。空間分布の横軸は、設計中心軌道からの横方向の距離、エネルギー分布の横軸は、予定注入エネルギーとの差を予定注入エネルギーで割った値である。縦軸は、いずれの分布もビーム電流密度(単位時間に通過するイオンの数密度)である。エネルギー分析スリットは、エミッタンスによるビーム幅が極小になる位置に設置されている。
【0111】
エネルギー分析電磁石(EFM)入り口での空間分布は、ガウス型に近い分布、エネルギー分布は、一様分布が想定されている。ビームがEFMに入り、分散が始まると、横方向の空間分布は引き延ばされて広がっていく。偏向電磁石には、分散を発生させる作用とともに、エミッタンスによるビーム幅を収束させる(βを小さくする)働きがあるため、式(3)の分散によるビーム幅σ
2がどんどん大きくなるのに対して、式(2)のσ
1は、どんどん小さくなっていき、横方向空間分布の端部はシャープになっていく。この間、エネルギー分布は変化しない。
【0112】
EFMとBMの間には、横収束レンズQR1が挿入されている。このレンズは、エネルギー分散の拡大を止めて、縮小方向へ向かわせるとともに、エミッタンスによるビーム幅σ
1の縮小を促進する働きがある。エネルギー分析スリットは、σ
1が極小になる位置に設置されるため、横収束レンズQR1の効果によって設置位置がEFM側へ動き、スペースが節約できる。エネルギー分散によるビーム幅σ
2は、横収束レンズQR1中心付近で最大になる。もし横収束レンズQR1がなければ、分散の拡大は、BM出口付近まで続く。
【0113】
エネルギー分析スリット入り口では、σ
2はまだ非常に大きく、σ1は極小になる(そうなるように横収束レンズQR1や高周波加速器出口の収束要素によって調整されている)ため、横方向の空間分布の端部は非常にシャープになり、全体でエネルギー分布に近い形状(一様分布)になっている。
【0114】
このビームが、エネルギー分析スリットによって、空間的にカットされる。まず、空間的なカットによってエネルギー分布の形状がどのように変化するか、一般的に説明する。この部分が本願発明を支える原理として、極めて重要である。
【0115】
エネルギー分布が矩形分布(一様分布)であり、エネルギー分散によるビーム幅σ
2がエミッタンスによるビーム幅σ
1より十分大きく、かつスリット幅W
Aより十分大きければ、カットされた後の空間分布は完全な矩形分布(一様分布)になる。このときエネルギー分布も、スリット幅に応じたエネルギー幅にカットされる。そのエネルギー幅は、式(3)より;
【数4】
である。
【0116】
しかし、カットされたエネルギー分布は、空間分布と異なり、完全な矩形分布にはならない。カットされたエネルギー分布の両端部は、エミッタンスによるビームの幅σ
1に対応するエネルギー幅だけエネルギーが揃っていないからである。σ
1に対応するエネルギー幅をΔE
edge/Eとすると、それは式(4)と同様に;
【数5】
と求められる。エネルギー分布端部の式(5)で与えられる範囲で、ビーム電流密度が矩形分布の値からゼロに向かって変化する。
【0117】
つまり、スリットで空間的に矩形分布にカットされたビームのエネルギー分布は、−W
A/η−2σ
1/η〜−W
A/η+2σ
1/ηの区間でビーム電流密度がゼロからカット前の値に立ち上がり、−W
A/η+2σ
1/η〜+W
A/η−2σ
1/ηの区間で一定(カット前の値)で、+W
A/η−2σ
1/η〜+W
A/η+2σ
1/ηの区間でゼロまで下がるという形状になる。そして、その実効的な幅は、式(4)の値になる。
【0118】
このようにして、一般には、スリット通過前後で、横方向の空間分布とエネルギー分布の形状が入れ替わり、エネルギー分布は矩形ではなくなる。しかし、
図11の例のように、ビームの焦点位置に一枚のエネルギー分析スリットを置いてビームをカットする場合は、σ
1がW
Aに比べて十分小さくなる(W
A=25mm、σ
1=0.6mm)ので、カットされたエネルギー分布もほぼ矩形とみなすことができる。
【0119】
図12は、エネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリットを有する偏向ユニットで、当初±4%のエネルギー幅を持ったビームが、一枚のエネルギー分析スリットによってカットされ、±2.5%のエネルギー幅を持つビームに変わる様子を示す模式図である。
図13は、
図12のエネルギー分析電磁石(EFM)入り口、エネルギー幅制限スリットの入り口と出口、及びエネルギー分析スリットの入り口と出口におけるビームの横方向の空間分布と、対応するエネルギー分布とを説明するための図である。
【0120】
EFM出口付近では、エネルギー分散によるビーム幅σ
2は極大値に向かって増加中であり、エミッタンスによるビームサイズσ
1は極小値に向かって減少中で、σ
2がσ
1より大きくなっているが、σ
1もまだかなり大きい状態である。ここにエネルギー幅制限スリットを置いてビームをカットすると、空間分布は一時的に矩形分布になるが、エネルギー分布は、式(5)のエッジを鈍らせる効果が大きく効いて、矩形とはほど遠いなだらかな分布になる。
【0121】
エネルギー幅制限スリットの開口幅を、例えば3%のエネルギー幅に相当する値に設定しても、エミッタンスによるビーム幅σ
1が大きいので、予定注入エネルギーに対して3%以上のエネルギー差を持つイオンも多数通過してしまう。分散の拡大によって、これら大きくエネルギーのずれたイオンの軌道は、中心からどんどん遠ざかり、結果としてビーム外縁を含めたビームサイズをかなり大きくしてしまう。例えば、
図13のように、高周波加速器から出たビームのエネルギー幅が4%であって、エネルギー幅制限スリット位置で計算した式(4)と式(5)のエネルギー幅の和が4%を超えていれば、外縁部を含めたビームサイズは、エネルギー幅制限スリットがないときと同じになる。ただし、スリットによるカットと分散による拡大で、この外縁部のイオン密度は非常に薄くなっている。このように、スリットでカットしきれなかったビーム外縁の密度の薄い部分をハローと呼ぶ。
【0122】
このようなビームのハローを除去して、エネルギーを確定するために、やはりσ
1が極小になる位置にエネルギー分析スリットが必要になる。
図13の最後に示されているように、エネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリットで二重にフィルターをかけたビームのエネルギー分布は、もともと矩形分布であっても、ドーム状の分布に変わる。これによって、中心部のビーム電流密度が相対的に高くなる分、実効的なエネルギー幅を小さくすることができる。また、高周波線形加速器から出てきたイオンビームのエネルギー分布は、もともとドーム状になっているのが普通なので、エネルギー幅低減効果は、さらに大きくなる。
【0123】
さらに、二重のスリットは、エネルギー幅と同時に、わずかな中心エネルギーずれを持つビームに対して、中心エネルギーずれを小さくする働きがある。
【0124】
図14は、エネルギー幅0%、中心エネルギーずれ3%のビームが、エネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリットを通過する様子を示す模式図である。
図14に示すように、エネルギー幅のないビーム(例えば設定加速エネルギー90keVの場合には90keV±0.000)のエネルギー分析では、エネルギー分析スリットの開口幅で規定される以上の中心エネルギーずれを起こしているビーム(例えば中心エネルギーずれ+3%の場合には92.7keV)は、完全に排除される。このような場合には、単純にスリットの開口幅を小さくすることで、エネルギー精度を上げることができる。
【0125】
エネルギー幅があるビーム(例えば設定加速エネルギー3MeVでエネルギー幅±3%の場合には、分布範囲は2.91MeV〜3.09MeV)でも、エネルギー分析スリットを狭くすれば、エネルギー精度は上がるが、大部分のビームがそこで無駄になるため、利用できるビーム電流値が大幅に下がり、生産能力が大幅に低下する。
【0126】
そこで、エネルギー分析スリットのスリット幅を広げたまま、中心エネルギーずれ(シフト)を低減する技術が必要である。これは、前述のように、エネルギー分散によるビーム幅に比べて、エミッタンスによるビーム幅が無視できない程度に大きい所に、エネルギー幅制限スリットを挿入することで、実現できる。
【0127】
図15は、エネルギー幅±4%、中心エネルギーずれ+3%のビームが、整形される様子を示す模式図である。
図16は、
図15のエネルギー分析電磁石(EFM)入り口、エネルギー幅制限スリットの入り口と出口、及びエネルギー分析スリットの入り口と出口におけるビームの横方向の空間分布と、対応するエネルギー分布とを説明するための図である。
【0128】
図15及び
図16に示すように、エネルギー幅±4%、中心エネルギーずれ+3%のビームが、整形される様子を示す。スリット幅が±3%のエネルギー幅に相当するエネルギー幅制限スリットがEFM出口付近に付けられていると、許容されるエネルギー範囲は、予定注入エネルギーの−1%〜+3%となる。
【0129】
この場合、エネルギー分析スリットの幅が±1%相当以上あれば、予定注入エネルギーよりエネルギーが低いイオン(−1%〜0%)は、2つのスリットを全て通過する。したがって、エネルギー分布も、負側は元の形状が保存され、矩形分布であればそのまま矩形分布で、ウェハまで到達する。
【0130】
予定注入エネルギーよりエネルギーが高いイオンに関しては、前述のエネルギー幅があり、中心エネルギーずれのない場合の二重スリットによる整形と全く同じようにエネルギー分布が整形される。矩形のエネルギー分布が(半)ドーム状の分布に整形されるので、分布の重心は、矩形分布より原点側に移動する。つまり、エネルギー分析スリット通過後のビームのエネルギー中心は、予定注入エネルギーに近づく。例えば、エネルギー分析スリットの幅を、エネルギー幅±2.5%相当に設定すると、もともと3%あった中心エネルギーずれは0.5%以下になる。
【0131】
元々のエネルギー分布が、矩形(一様)分布よりガウス型の分布に近い場合は、エネルギー幅制限スリットによるエネルギー中心の矯正効果がもっと高くなる。
【0132】
このように、設定ビームエネルギーに対して最大数%程度のエネルギー幅(エネルギー分布)を持っているとともに中心エネルギーずれの可能性を持つ加速システムで加速されたビームのエネルギー幅とエネルギー中心のずれをどちらか一方あるいは両方縮小して、エネルギー精度を上げるためには、エネルギー分散によるビームサイズとエミッタンスによるビームサイズが適正にコントロールされた位置に設置された二重スリットによるエネルギー制限が有効である。
【0133】
エネルギーがずれたイオンを排除するためのエネルギー分析電磁石の運用方法としては、磁場を特定のエネルギーに相当する値に固定する方法を採る。分析電磁石の磁場(磁束密度)B[T]とイオンのエネルギーE[keV]との間には、次の厳密な関係がある。
E=4.824265×10
4×(B
2・r
2・n
2)/m・・・式(6)
【0134】
ここで、m[amu]はイオンの質量数、nはイオンの電価数、r[m]は電磁石内のビーム中心軌道の曲率半径である(これを偏向電磁石の曲率半径という)。このうち、mとnは注入条件から決まる固定値であり、rは電磁石の設計時点で決まる固定値である。したがって、磁場Bを固定して運用することは、イオンのエネルギーEを特定することを意味する。
【0135】
磁極の中心付近を通過してきたイオンのみが通過できるように、エネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリットを設置すると、その特定のエネルギーを持ったイオンのみが分析スリットを通過するようになる。エネルギーが基準値より一定以上ずれたイオンは、このスリットの壁に衝突することで、ビームラインから排除される。
【0136】
本来のビームのエネルギーが少しずれ(シフト)ていて、ビーム電流が不足する場合は、リナックの加速位相や加速電圧を微調整してエネルギーを補正し、ビーム電流を増やす。ビーム電流値(ビーム中心軌道位置)を調整するために、エネルギー分析電磁石の磁場を微調整することはない。
【0137】
エネルギー分析電磁石として使用される偏向電磁石は、その磁場の値によって、イオンビームの注入エネルギーを確定するという重要な役割を持つため、磁場は、精密に設定され、一様に分布しなければならない。これは、磁極面平行度を±50μmで電磁石を製作し、磁場不均一性を±0.01%以下に抑えることで実現している。
【0138】
このようにエネルギー分析電磁石とエネルギー幅制限スリットとエネルギー分析スリットを配置することによって、リナックによって加速されたエネルギー幅を持つビームに対して、高いエネルギー精度を保証することができる。