特許第6242415号(P6242415)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6242415強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6242415
(24)【登録日】2017年11月17日
(45)【発行日】2017年12月6日
(54)【発明の名称】強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171127BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20171127BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20171127BHJP
【FI】
   C22C38/00 301A
   C22C38/58
   C21D6/00 W
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-34390(P2016-34390)
(22)【出願日】2016年2月25日
(65)【公開番号】特開2017-150041(P2017-150041A)
(43)【公開日】2017年8月31日
【審査請求日】2016年12月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004215
【氏名又は名称】株式会社日本製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100091926
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 幸喜
(72)【発明者】
【氏名】本間 祐太
(72)【発明者】
【氏名】橋 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】茅野 林造
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 元
(72)【発明者】
【氏名】鵜野 剛吉
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平1−219121(JP,A)
【文献】 特開昭62−177120(JP,A)
【文献】 特開平6−220577(JP,A)
【文献】 特開平7−233438(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00− 6/04
C21D 8/00− 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01〜0.08%、Si:0.10〜0.40%、Mn:0.80〜1.80%、Ni:0.80〜2.50%、Cr:0.50〜1.00%、Cu:0.80〜1.50%、Mo:0.20〜0.60%、Al:0.010〜0.050%、Nb:0.030〜0.080%、N:0.005〜0.020%を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなる化学組成を有し、0.2%耐力が525MPa以上で、かつ2mmVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下を有することを特徴とする、強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼。
【請求項2】
前記化学組成に、さらに、質量%で、Ca:0.010%以下を含有することを特徴とする請求項1記載の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼。
【請求項3】
−80℃での2mmVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが130J以上を有することを特徴とする請求項1または2に記載の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼。
【請求項4】
調質後の境界角度を15°以上とした際の平均EBSD粒径が10μm以下であり、かつ最大EBSD粒径が120μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載したCu含有低合金鋼を製造する方法であって、850〜950℃の温度域に加熱して焼入れ処理を行い、その後、(AC3変態点−80℃)以上、(AC3変態点−10℃)以下の温度範囲に加熱して二相域焼入れ処理を行い、さらに560〜660℃にて焼戻し処理を行う調質処理を有することを特徴とする強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の製造方法。
【請求項6】
前記調質処理が、板厚150mm〜500mmの厚肉部を有する大型構造用の鋼に適用されることを特徴とする請求項5記載の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の製造方法。
【請求項7】
熱間鍛錬によって製造され、その後、前記調質処理が行われることを特徴とする請求項5または6に記載の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、低温靱性が求められる用途に使用される、強度−低温靱性バランスに優れたるCu含有低合金鋼およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
石油・天然ガスはエネルギーの中心として、広く用いられている。近年、それらの開発は陸上から海洋へ移行しつつあり、特に海洋資源開発は大陸棚より大水深での採掘が主流になりつつある。この超大水深開発に使用される海洋構造物用鋼に対して、安全性の確保の観点から、優れた低温靱性を有することに加えて、高い降伏強さを有することが要望されている。
優れた強度−靱性バランスを確保するために、海洋構造物用鋼として、鋼板では例えばASTM A710で規定された1.0〜1.3質量%のCuを含有する鋼が、鍛鋼材では例えばASTM A707で規定された0.43質量%以下のCuを含む鋼が知られている。
前記の鋼は、時効処理でCuを析出させることによって、低炭素かつ低炭素当量の成分系で強度を確保し、強度と低温靱性を両立させたものである。
非特許文献1ではASTM A707 Grade L5を基に成分系を改良し、焼入れおよび焼戻しを実施し、機械的特性を評価した結果について解説がある。この非特許文献1ではFATTが−60℃であり、安全性を確保する観点から、更なる低温靱性の改善が必要となる。
【0003】
従来の技術として、低温靱性を確保するために、鋼板材では圧延後の直接焼入れや制御圧延などが適用されている。たとえば特許文献1はCTOD(き裂先端開口変位)特性に優れた高強度鋼の厚板を製造するために、C、Si、Al、NおよびBからなるM※値を規定し、かつ圧延後、直接焼入れを実施する製造方法を提案している。
特許文献1では、M※値として、
M※=5C(%)+2Si(%)+20Al(%)+70N(%)+1400B(%)が示されている。
【0004】
また、特許文献2では、質量%でCu:0.7〜1.5%含有する鋼板を900℃以下700℃以上で30%以上の圧下を加えた後、500〜650℃の範囲でCu析出処理を施すことにより、低温靱性および溶接性に優れた低C−Cu析出硬化型高張力鋼の製造方法が提案されている。
また、二相域焼入れによる材料特性の改善に関する研究成果も報告されている。例えば特許文献3では、B添加鋼の二相域焼入れ方法として、B、NおよびTi添加量を規定し、かつ二相域焼入れ温度を規定することによって、低降伏比を有する高張力鋼を安定して製造することを提案している。
また、特許文献4では、低温靱性および強度−靱性バランスに優れたNi含有鋼板を二相域焼入れによって製造することを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−81529号公報
【特許文献2】特開昭61−149430号公報
【特許文献3】特開平5−171263号公報
【特許文献4】特開2008−81776号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Steel Frogings:Second Volume,ASTM STP 1259,p.196
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
海洋構造物用鋼として広く適用されるCu含有低合金鋼を用いた大型構造体においても、安全性の確保の観点から、優れた低温靱性を有することに加えて、高い降伏強さを有する鋼が必要となっている。このCu含有低合金鋼は上述したように、時効処理により、材料の強度が大きく変化するため、焼戻し条件の改善のみでは優れた強度−低温靱性バランスを図ることが難しい。
また、特許文献1、2のいずれも製造工程に調質圧延が必要であり、圧延を行わない場合や、板厚が厚くて圧延が困難な場合には適用できない。特許文献1では板厚120mmが最大である。したがって、圧延を行わない製造方法や、150mm以上の厚肉のフランジ部など含む大型構造体には本製造方法は適用できない。
さらに、特許文献3、4では、Cuの含有量の規定はなく、時効処理によって強度が変化するCu含有低合金鋼において、強度−靱性バランスに優れた鋼を得るための製造方法については明らかとなっていない。
【0008】
本発明は、上記事情を背景としてなされたものであり、強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼を提供することを目的とし、第1に本発明における適正な組成範囲の明確化を図り、第2として強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼を製造するための二相域焼入れ処理を含む適正な調質条件を示す。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼のうち、第1の形態は、質量%で、C:0.01〜0.08%、Si:0.10〜0.40%、Mn:0.80〜1.80%、Ni:0.80〜2.50%、Cr:0.50〜1.00%、Cu:0.80〜1.50%、Mo:0.20〜0.60%、Al:0.010〜0.050%、Nb:0.030〜0.080%、N:0.005〜0.020%を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなる化学組成を有し、0.2%耐力が525MPa以上で、かつVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下を有することを特徴とする。
【0010】
他の形態の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の発明は、前記化学組成に、さらに、質量%で、Ca:0.010%以下を含有することを特徴とする。
【0011】
他の形態の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の発明は、前記形態の本発明において、−80℃での2mmVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが130J以上を有することを特徴とする。
【0012】
他の形態の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の発明は、前記形態の本発明において、調質後の境界角度を15°以上とした際の平均EBSD粒径が10μm以下であり、かつ最大EBSD粒径が120μm以下であることを特徴とする。
【0013】
本発明の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の製造方法の発明のうち、第1の形態は、強度−低温靱性バランスに優れた前記Cu含有低合金鋼の発明の第1〜第3の形態のいずれかに記載したCu含有低合金鋼を製造する方法であって、850〜950℃の温度域に加熱して焼入れ処理を行い、その後、(AC3変態点−80℃)以上、(AC3変態点−10℃)以下の温度範囲に加熱して二相域焼入れ処理を行い、さらに560〜660℃にて焼戻し処理を行う調質処理を有することを特徴とする。
【0014】
他の形態の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の製造方法の発明は、前記形態の本発明において、前記調質処理が、板厚150mm〜500mmの厚肉部を有する大型構造用の鋼に適用されることを特徴とする。
【0015】
他の形態の強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の製造方法の発明は、前記形態の本発明において、熱間鍛錬によって製造され、その後、前記調質処理が行われることを特徴とする。
【0016】
以下に、本発明で規定した内容について以下に説明する。なお、化学組成においては質量%で示されている。
【0017】
C:0.01〜0.08%
強度を確保するという観点からはCは必要な添加元素であるため0.01%を下限とする。しかし、0.08%を超える含有は強度の増加による靱性の低下、二相域焼入れ時の硬質相の析出、溶接性の低下が生じることから、0.08%を上限とする。なお、同様の理由で下限を0.02%、上限を0.05%とするのが望ましい。
【0018】
Si:0.10〜0.40%
Siは合金の溶解・精錬を行う際に脱酸元素として使用される。また、強度確保のために必要な元素であるため0.10%を下限とする。しかし、過剰な含有は靱性の低下や溶接性の低下を招くので0.40%を上限とする。
【0019】
Mn:0.80〜1.80%
MnはSiと同様に脱酸元素として有用な元素であり、焼入れ性の向上にも寄与する。その効果を発揮するためには、0.80%以上の含有量が必要である。しかし、過剰な含有は靱性の低下を招くので1.80%を上限とする。なお、同様の理由で下限を1.00%、上限を1.50%とするのが望ましい。
【0020】
Ni:0.80〜2.50%
Niは焼入れ性の向上による強度の確保、低温靱性の確保のために必要な元素であるため0.80%を下限とする。しかし、過剰な含有は残留γを安定化し、靱性の低下を招くので2.50%を上限とする。なお、同様の理由で下限を1.50%、上限を2.30%とするのが望ましい。
【0021】
Cr:0.50〜1.00%
Crは焼入れ性を確保し、強度と靭性を確保する上で重要な元素であるため、0.50%を下限とする。しかし、過剰の含有は焼入れ性を高め、靱性の低下、溶接割れ感受性が高くなることから、1.00%を上限とする。なお、同様の理由で下限を0.60%、上限を0.80%とするのが望ましい。
【0022】
Cu:0.80〜1.50%
Cuは時効処理の際に析出し、鋼の強度を向上させる。低炭素鋼においてはCu析出物による強度の確保は非常に重要である。また、耐食性を向上する上でも重要な元素であるため、0.80%を下限とする。しかし、過剰な含有は靱性の低下、熱間加工性の低下を招くため1.50%を上限とする。なお、同様の理由で下限を1.10、上限を1.30とするのが望ましい。
【0023】
Mo:0.20〜0.60%
Moは焼入れ性の向上に寄与し、強度と靱性を確保する上で重要な元素であるため、0.20%を下限とする。しかし、過剰な含有は靱性の低下、溶接性の低下を招くため0.60%を上限とする。
【0024】
Al:0.010〜0.050%
AlはNと結合してAlNとなり、結晶粒成長を抑制する。結晶粒径の微細化は靱性を向上させるために必須であり、Alの含有量は0.010%を下限とする。しかし、過剰な含有は粗大なAlNによる靱性の低下を招くため0.050%を上限とする。
なお、同様の理由で下限を0.010%超、上限を0.030%とするのが望ましい。
【0025】
Nb:0.030〜0.080%
Nbは炭窒化物として結晶粒成長を抑制し、結晶粒径の微細化のために重要な元素であるため、0.030%を下限とする。しかし、過剰な添加は炭窒化物の凝集粗大化を促進し、靱性の低下を招くため0.080%を上限とする。なお、同様の理由で下限を0.04%、上限を0.060%とするのが望ましい。
【0026】
N:0.005〜0.020%
NはAlNおよび炭窒化物として、結晶粒成長を抑制し、結晶粒径の微細化のために重要な元素であるため含有される。その作用を十分に得るため0.005%を下限とする。しかし、過剰な添加は多量のAlNや炭窒化物の析出および凝集粗大化を促進し、靱性の低下を招くため0.020%を上限とする。
【0027】
Ca:0.010%以下
Caは酸化物や硫化物を形成するため、脱酸、脱硫元素として所望により使用される。しかし、過剰な添加は靱性の低下を招くため、0.010%以下とする。なお、同様の理由で上限をさらに0.005%とするのが望ましい。なお、上記作用を得るために、Caを0.0005%以上含有するのが望ましい。Caを積極的に添加しない場合、0.0005%未満でCaを不可避不純物として含むものであってもよい。
【0028】
EBSD粒径:平均10μm以下でかつ最大120μm以下
EBSD(電子線後方散乱回折法)は各結晶の方位を測定する方法である。一般的に鋼の場合は15°以上の大角境界で囲まれた結晶粒径(EBSD粒径)が靱性と相関を持つことが報告されている。このEBSD粒径が細かいほど鋼の低温靱性が良好な結果となる。平均EBSD粒径が10μm以下でかつ最大EBSD粒径が120μm以下であることにより、強度−低温靱性バランスがより優れたCu含有低合金鋼が得られる。一方で、平均EBSD粒径が10μmとなるか、最大EBSD粒径が120μmを超える場合は、低温靱性の特性が低下するためこれらを上限値とするのが望ましい。
【0029】
調質条件
焼入れ処理の場合には少なくともAC3変態点以上の温度に加熱する必要がある。また、焼入れ処理の加熱温度がAC3変態点以上であっても、温度が低い場合には焼入れ性が確保できないため、下限温度を850℃とする。しかし、焼入れ処理温度の高温化は加熱時にγ粒径が粗大化し、その後の靱性の低下を招くため、上限を950℃とする。
なお、この焼入れ処理は、必要に応じて複数回繰り返すことができる。また、該焼入れに際しての加熱手段や冷却手段は、本発明としては特に限定されるものではなく、所望の加熱能および冷却能が得られる手段を適宜選択することが出来る。
【0030】
焼入れ処理を施された鋼材は、次いで(AC3変態点−80℃)以上、(AC3変態点−10℃)以下の温度範囲で加熱された後、冷却する二相域焼入れ処理が施される。該二相域焼入れに際しての加熱手段や冷却手段も、本発明としては特に限定されるものではなく、所望の加熱能および冷却能が得られる手段を適宜選択することが出来る。
この熱処理は本発明において最も重要なものである。
【0031】
上記二相焼入れ熱処理における加熱温度は、上記したように、(AC3変態点−80℃)以上、(AC3変態点−10℃)以下の温度範囲に規定する。加熱温度が、(AC3変態点−80℃)未満では、γ相への変態量が不十分であり、高温焼戻しを受けるα相が多く、Cu析出物が粗大化するため、0.2%耐力を確保することが出来ない。また、その後の結晶粒径も細粒化されず、低温靱性の確保も難しい。一方で、(AC3変態点−10℃)を超える高温とすると、γ相への変態量が過剰で、かつ結晶粒径が粗大となり、十分な低温靱性を確保することが出来ない。このような理由から、二相焼入れは(AC3変態点−80℃)以上、(AC3変態点−10℃)以下の温度範囲に規定する。
【0032】
上記二相域焼入れ処理に次いで、560〜660℃の温度範囲で焼戻し処理が施される。加熱温度が560℃未満では、Cu析出物の時効効果により0.2%耐力が増加し、靱性の低下を招く。また、低い焼戻し温度では、調質時の内部応力を緩和することができず、供用中の損傷の原因となる。一方で660℃を超えると、過時効となり、0.2%耐力が確保できない。したがって、焼戻し処理の温度範囲は560〜660℃とする。
【0033】
厚肉部
本願発明では、厚肉部を有する材料の製造に適用することができる。例えば、厚肉部の最大肉厚が150mm以上で、500mm以下のものが示される。
肉厚が150mm以上の材料では、調質圧延が難しく、本願発明による効果を顕著に得ることができる。一方、肉厚が500mmを超えると、焼入れおよび二相域焼入れの冷却過程で、冷却速度が低下し、強度の低下を招く。
【発明の効果】
【0034】
以上説明したように、本発明によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)525MPa以上の0.2%耐力を確保し、かつ
(2)Vノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下で良好な低温靱性を有している。
したがって、強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】本発明の一実施形態における調質処理のヒートパターンを示す図である。
図2】本発明の実施例における供試材の顕微鏡写真を示す図面代用写真である。
図3】同じく、EBSD測定結果から得られた境界角度15°以上の大角境界マップを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明で規定する化学組成を有する鋼は、該組成を目標にして行えば、常法により溶製することができ、本発明としては、その方法が特に限定されるものではない。
溶製された鋼塊は熱間鍛錬を行って、任意の形状にした後、焼入れ(Q)、二相域焼入れ(L)、焼戻し(T)処理を有する調質処理が施される。
なお、熱間鍛錬の内容、方法は特に限定されるものではなく、鍛錬比なども特に限定されない。熱間鍛錬された材料は、厚肉のものとすることができ、例えば板厚150mm〜500mmの厚肉部を有する材料とすることができる。
【0037】
調質処理では、Cu含有低合金鋼を850〜950℃の温度域に加熱して焼入れ処理を行う。その後、(AC3変態点−80℃)以上、(AC3変態点−10℃)以下の温度範囲で二相域焼入れ処理を行い、さらに560〜660℃にて焼戻し処理を行う。
なお、熱間鍛錬と調質処理の間に、焼準(N)等の熱処理を行うこともできる。上記焼準条件としては、例えば950〜1000℃の加熱条件を示すことができる。
【0038】
上記による組成範囲の規定およびその製造方法によれば、係留設備、ライザー、フローラインなどに使用される海洋構造物用鋼として好適な、低温靱性に優れ、とくに強度−低温靱性バランスに優れた厚肉Cu含有低合金鍛鋼の製造を可能なものとする。
上記で得られたCu含有低合金鋼は、0.2%耐力が525MPa以上で、かつ2mmVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下の特性を有している。
さらには、−80℃での吸収エネルギーが130J以上を有している。
調質後の境界角度を15°以上とした際の平均EBSD粒径が10μm以下であり、かつ最大EBSD粒径が120μm以下である。
【実施例1】
【0039】
以下に本発明の実施例を比較例と対比しつつ説明する。
表1に示す組成を有する供試材を真空誘導溶解炉により、50kg鋼塊に溶製した。溶製した各鋼塊は1250℃で熱間鍛造により、厚さ45mm×幅130mm(鍛造比:3.1s以上)とし、さらに焼準(960℃)を施した後、表2に示す調質条件(Q処理、L処理、T処理)で調質を施した。なお、実施例のQ処理(焼入れ)温度は全て900℃で実施しているが、上述した理由により、焼入れ温度が850〜950℃の範囲であれば、特に限定するものではない。また、Q処理およびL処理(二相域焼入れ処理)の冷却は、板厚450mmの水冷相当を模擬した冷却速度(10℃/min)とした。各供試材のT処理(焼戻)の条件は表2に示した。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
得られた試験材から、試験片を採取して引張試験、シャルピー衝撃試験を実施し、強度および低温靱性を評価した。試験方法は次の通りとした。
引張試験では得られた試験材から、丸棒引張試験片(平行部径:12.5mm、G.L.:50mm)を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して、室温で引張試験を実施し、0.2%耐力(Y.S.)と引張強さ(T.S.)を求めた。
衝撃試験では得られた試験材から、2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、JIS Z 2242の規定に準拠した。−80℃における吸収エネルギーvE−80℃(J)を求めるため、−80℃でシャルピー衝撃試験を実施した。なお、試験は各3本行い、得られた吸収エネルギーを算術平均して、その平均値をその鋼材の吸収エネルギー値とした。
さらに、FATTは任意の試験温度でシャルピー衝撃試験を実施し、その遷移曲線からFATTを採取した。
また、これらの試験材からサンプルを採取し、EBSD(TSL社製OIM)測定も実施した。EBSD測定の測定ピッチは0.3μmとし、300×400μm範囲5視野の測定値を元に粒径測定を実施した。なおEBSD粒径は15°以上の大角境界で囲まれた粒径を円相当径に換算した。
各試験によって得られた結果を表3に示す。
【0043】
【表3】
【0044】
鋼No.1および鋼No.2の供試材には鋼種Cを用いた。鋼No.1、2は、一般的な製造プロセスであるQTプロセスを利用した比較例である。鋼No.1ではQTプロセスのみではEBSD粒径の細粒化が得られず、低温靱性が低い。また、鋼No.2のように鋼No.1と同様のQTプロセスで焼戻し温度を高温化し、強度を低下させ、靱性の改善を図った場合であっても、良好な低温靱性は得られなかった。これらのことから、QTプロセスのみでは良好な低温靱性を確保することが難しいことは明らかである。
【0045】
鋼No.3(本発明例)および鋼No.4(本発明例)の供試材は、鋼No.1と同一鋼種を用いて、製造プロセスをQLTプロセスとしたものである。いずれの場合も、0.2%耐力、低温靱性ともに良好な結果が得られている。
【0046】
また、鋼No.1(QTプロセス)と鋼No.3(QLTプロセス)のミクロ組織を図2に、EBSD測定結果から得られた境界角度15°以上の大角境界マップを図3に示した。ミクロ組織観察結果および大角境界マップより、L処理を行うことで、ミクロ組織が複雑になり、大角境界の蛇行が認められた。また、鋼No.3では粒内にも微細な結晶粒が認められる。この大角境界の蛇行および微細粒の分散が低温靱性の向上に寄与している。
【0047】
したがって、本発明のQLTプロセスを適用することによって、従来のQTプロセスでは得られなかった強度−低温靱性バランスが得られることが明らかとなった。
【0048】
鋼No.5〜7(本発明例)の供試材には鋼種Aを用いており、本発明の熱処理プロセスの適用により、優れた強度と靱性が得られている。
鋼No.8〜19の供試材については鋼種Bを用いた。
鋼種No.8(比較例)ではL処理は実施しているが、T処理が施されていない。本比較例の場合、Cu析出物による時効効果が十分に得られないため、0.2%耐力の低下が認められる。
鋼No.9(比較例)ではL温度が(AC3−80℃)以下となっており、γ相への変態量が不十分であり、EBSD粒径の細粒化が得られていない。結果として、低温靱性が不十分となっている。
【0049】
鋼No.14(比較例)ではL温度が(AC3−10℃)を超えた条件で処理を行っている。本比較例の場合は、L加熱中のγ相の面積率が多く、結晶粒が粗粒となっている。その結果、低温靱性の低下が認められている。
鋼No.16(比較例)では550℃でT処理を行っている。本比較例の場合、T温度の低下による時効効果により、0.2%耐力が増加している。その結果、低温靱性が低下してしまう。
【0050】
一方で、鋼No.19(比較例)ではT温度が過剰になることにより、過時効となってしまい、0.2%耐力の低下が認められる。
鋼No.22(比較例)は比較材である鋼種Eを用いた結果である。鋼種Eを用いた場合、本発明で推奨しているQLTプロセスを適用した場合であっても0.2%耐力が525MPa以下となっている。本鋼種はCu析出物による時効効果によって強度を確保しているため、Cu量が少ない場合では、その効果を十分に得ることはできない。
【0051】
鋼No.23(比較例)では比較材である鋼種Fを用いた。鋼種Fを用いた場合も、本発明推奨のQLTプロセスを適用しても、十分な低温靱性を得ることが出来なかった。この理由として、鋼種FではC量が過剰となっており、L加熱中にγ相にCが濃化し、硬質相が析出したことが挙げられる。
【0052】
上記した結果より、適正な成分組成および製造プロセスの適用によって、優れた0.2%耐力および低温靱性を得ることができ、強度−低温靱性バランスに優れたCu含有低合金鋼の製造が可能であることが分かる。
【0053】
以上、本発明について上記実施形態および実施例に基づいて説明を行ったが、本発明の範囲を逸脱しない限りは、前記実施形態および実施例において適宜の変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、係留設備、ライザー、フローラインなどに使用される海洋構造物用鋼として好適である。ただし、使用用途がこれに限定されるものではない。
図1
図2
図3