【文献】
橋本 寿正 Toshimasa HASHIMOTO,高分子材料の熱刺激電流分析,応用物理,1989年,第58巻第3号,p.375-382
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。
本実施形態では、以下の順序で項分けをして説明を行う。
1.熱刺激電流測定装置の構成
2.TSC測定の概要
3.TSC測定の測定条件の概要
4.TSC測定の特徴的な手順
5.本実施形態の効果
6.変形例等
【0011】
<1.熱刺激電流測定装置の構成>
先ず、TSC測定を行うために用いられる熱刺激電流測定装置の概略構成について説明する。
【0012】
(第1構成例)
図1は、本発明に係る熱刺激電流測定装置の概略構成の一例を示す説明図である。
図例の熱刺激電流測定装置は、大別すると、試料室10と、直流電源20と、直流微小電流計30と、コンピュータ部40と、を備えて構成されている。
【0013】
試料室10は、TSC測定の測定対象となる試料11が、その上下から電極12によって挟み込まれた状態で、室内にセットされるように構成されている。測定対象となる試料11としては、有機半導体または無機半導体の他に、高分子材料、トナー、医薬品等が挙げられる。
また、試料室10には、室内の温度を一定に保持したり、急冷したり、一定の速度で昇温したりできるように、温調機能13が付設されている。温調機能13は、公知技術を利用して構成されたものであればよい。
さらに、試料室10には、室内環境を減圧下にしたり、所定ガス(例えばヘリウムガス)環境下にしたりできるように、開閉弁14を介して、ロータリーポンプ15およびガス供給源16が連通している。
【0014】
直流電源20は、試料室10内にセットされた試料11に対して、リレースイッチ21および電極12を介して、当該試料11の内部に分極や電荷トラップ等を生じさせるための電圧を印加するものである。この電圧印加によって、試料室10内の試料11は、励起されて分極や電荷トラップ等が生じることになる。
【0015】
直流微小電流計30は、試料室10内にセットされた試料11における脱分極現象や脱トラップ現象等で生じる電流を、電極12およびリレースイッチ31を介して検出するものである。つまり、直流微小電流計30は、TSC測定のための直流微小電流を検出するものである。そのために、直流微小電流計30は、フェムトアンペア(10
-15A)とい
う非常に微小な電流を測定し得るようになっている。
【0016】
コンピュータ部40は、TSC測定に必要な動作制御を行うためのものであり、具体的にはCPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、HDD(Hard disk drive)、各種インタフェース等の組み合わせからなるものである。そして、コンピュータ部40は、CPUがROMまたはHDDに格納された所定プログラムを実行することにより、測定実行手段41、モニタリング手段42、結果処理手段43、データ記憶領域44、条件抽出手段45、条件登録手段46および条件修正手段47として機能するように構成されている。
【0017】
測定実行手段41は、試料室10内にセットされた試料11に対するTSC測定を行うための機能である。さらに詳しくは、試料11に対するTSC測定を行うために、試料室10の温調機能13や直流電源20等に代表される熱刺激電流測定装置の各部に対して、動作制御指示を与えるようになっている。
モニタリング手段42は、TSC測定の際の試料室10内の温度や直流微小電流計30での検出電流等を検知する機能である。
結果処理手段43は、モニタリング手段42での検知結果を基に、所定の演算処理やデータプロット処理等を行って、試料室10内にセットされた試料11についてのTSC測定結果データを生成する機能である。この結果処理手段43が生成したTSC測定結果データは、コンピュータ部40に接続する図示せぬディスプレイ装置やプリンタ装置等で出力されることになる。
【0018】
データ記憶領域44は、測定実行手段41がTSC測定を実行するために必要となる各種情報を記憶保持しておく機能である。データ記憶領域44が記憶保持する各種情報には、TSC測定を適切に行うための測定条件に関する情報が含まれる。なお、TSC測定を行うための測定条件については、詳細を後述する。
【0019】
条件抽出手段45は、試料室10内にセットされた試料11に対するTSC測定を行う際に必要となる測定条件について、その条件出しを行う機能である。
条件登録手段46は、条件抽出手段45が条件出しをした測定条件を、データ記憶領域44内に登録する機能である。
条件修正手段47は、条件登録手段46がデータ記憶領域44に登録した測定条件の内容を、必要に応じて修正する機能である。
なお、測定条件の条件出しやその内容修正等については、詳細を後述する。
【0020】
これらの各機能を実現するための所定プログラム(すなわち、本発明に係る熱刺激電流測定プログラムの一実施形態)は、コンピュータ部40にインストールして用いられるが、そのインストールに先立ち、コンピュータ部40で読み取り可能な記憶媒体に格納されて提供されるものであってもよいし、あるいはコンピュータ部40と接続する通信回線を通じて当該コンピュータ部40へ提供されるものであってもよい。
また、熱刺激電流測定プログラムがインストールされるコンピュータ部40は、熱刺激電流測定装置の各部に対して動作制御指示を与え得るものであれば、必ずしも当該熱刺激電流測定装置に搭載されていなくてもよく、当該熱刺激電流測定装置に通信回線を介して接続されたものであってもよい。
【0021】
(第2構成例)
続いて、熱刺激電流測定装置の他の概略構成例を説明する。
図2は、本発明に係る熱刺激電流測定装置の概略構成の他の例を示す説明図である。
なお、ここでは、上述した第1構成例と同一の構成要素については、同一の符号を付して、その説明を省略する。
【0022】
図例の熱刺激電流測定装置は、光照射機構50を備えている。
光照射機構50は、試料室10内にセットされた試料11に対して、その試料11のバンドギャップに相当するエネルギーを持つ波長の光を照射するものである。ただし、試料11によって異なる波長の光を照射する必要が生じるので、光照射機構50としては、照射光の波長を変更可能な光源を有したもの、または介在させる光学フィルタを選択可能に構成されたものを用いることが考えられる。
【0023】
また、光照射機構50から光が照射されることに対応して、試料室10は、室内に試料
台17が設けられ、その試料台17上に測定対象となる試料11がセットされるように構成されている。そして、試料台17上にセットされた試料11の上面側の一部に電極12が配されるとともに、電極12が配されていない当該上面側の他部に対して光照射機構50からの光が照射されるようになっている。
【0024】
このような第2構成例の熱刺激電流測定装置においては、直流電源20による電圧印加に加えて、光照射機構50からの光照射を行うことで、試料室10内の試料11が励起されて、その試料11に電荷トラップ等が生じることになる。
【0025】
なお、ここでは熱刺激電流測定装置の概略構成例として第1構成例と第2構成例を説明したが、本実施形態の熱刺激電流測定装置は、第1構成例と第2構成例のいずれかであってもよいし、また第1構成例と第2構成例を必要に応じて選択し得るように構成されたものであってもよい。
【0026】
<2.TSC測定の概要>
次に、上述した構成の熱刺激電流測定装置を用いて行うTSC測定の概要について説明する。
【0027】
(TSC測定の一般的な手順)
図3は、TSC測定の概要の一具体例を示す説明図である。
なお、ここでは、測定対象となる試料11がSiC半導体や有機ELデバイス等の有機半導体であり、このような試料11に対して第2構成例で説明した熱刺激電流測定装置を用いて電圧印加および光照射を行うことで、当該試料11におけるトラップ準位を測定する場合を例に挙げる。
【0028】
熱刺激電流測定装置を用いてTSC測定を行う場合には、先ず、試料室10の室内に測定対象となる試料11をセットし、その状態で試料室10の温調機能13を動作させて、試料室10内を室温から液体窒素領域(例えば−180℃程度)まで冷却する。そして、試料室10内の試料11に対して、直流電源20からトラッピング電圧Vsetの電圧印加
を行うとともに、光照射機構50からの光照射を行って、これにより励起キャリア(電子、正孔)を発生させ、試料11内の電荷トラップを捕獲凍結させる(図中における「Step1」参照)。
【0029】
試料11に対するトラッピング電圧Vsetの電圧印加は、印加開始から所定の印加時間
tsetが経過するまで行う。そして、印加時間tsetが経過したら、その後は、所定の保持時間tgsetが経過するまで、試料室10の室内の温度状態を維持する。これは、保持時
間tgsetを確保することで、試料11における電荷トラップの状態を安定させ、これに
より精度の良いTSC測定を行えるようにするためである。
【0030】
保持時間tgsetが経過したら、その後は、試料室10の温調機能13を動作させて、
試料室10内を一定速度で昇温し、試料11における電荷トラップからの電子または正孔の熱的解放をTSC電流として直流微小電流計30で観測する(図中における「Step2」
参照)。これらの解放は、先ず、浅い電荷トラップから起こる(図中における「P1」参照)。
【0031】
そして、試料室10内をさらに昇温すると、試料11においては、より深い電荷トラップからもキャリアの解放が起こる(図中における「P2」参照)。この深い電荷トラップから熱的解放についても、引き続きTSC電流として直流微小電流計30で観測する(図中における「Step3」参照)。
なお、試料11の電荷トラップから解放される電子または正孔についてTSC電流とし
て直流微小電流計30で観測する際には、その電子または正孔の移動方向を導くために、試料11に対して直流電源20からコレクティング電圧Vcの電圧印加を行っているものとする。コレクティング電圧Vcの印加は、トラッピング電圧Vsetの印加終了後、ある
一定の短絡時間が経過したら開始する。そして、コレクティング電圧Vcの印加を開始したら、その後、試料室10内の一定速度での昇温を開始することになる。
【0032】
このようにして観測して得られたTSC電流値をコンピュータ部40の結果処理手段43で解析することにより、測定対象となった試料11について、そのバンドギャップ中のトラップ準位に関する情報が得られることになる。
【0033】
(TSC部分昇温法)
ところで、TSC測定にあたり、試料室10内を一定速度で昇温させる際には、部分昇温法という手法も採り得る。
図4は、TSC部分昇温法の一具体例を示す説明図である。
TSC部分昇温法では、試料室10内の昇温を段階的に行う。そのために、TSC部分昇温法では、各段階における昇温幅および温度間隔が設定される。そして、ある昇温開始温度(第1の温度)から試料室10内を一定速度で昇温し、第1の温度から昇温幅の分だけ試料室10内の温度を上昇させる。その後、昇温を中断して試料室10内を冷却し、試料室10内の温度が第1の温度に温度間隔分を加えた温度(第2の温度)まで低下すると、その第2の温度から再び試料室10内を一定速度で昇温し、第2の温度から昇温幅の分だけ試料室10内の温度を上昇させる。これを、規定の温度範囲について、繰り返し行うのである。
このようなTSC部分昇温法により試料室10内を昇温させれば、各昇温段階での熱的解放の相違を明確化し得るようになるので、その相違が直流微小電流計30で観測されるTSC電流に反映され、その結果として精度の良いTSC測定を実現し得るようになる。
【0034】
<3.TSC測定の測定条件の概要>
次に、上述したTSC測定を行う際に必要となる測定条件について説明する。
【0035】
ここでいう「測定条件」とは、測定対象となる試料11に対して、その試料11の特性や測定目的等を反映させたTSC測定を適切に行うために必要となる測定の条件で、そのTSC測定に際して予め設定しておくことが必要となる条件のことである。
【0036】
具体的には、測定条件としては、(1)試料室10内の冷却温度、(2)試料11に印加するトラッピング電圧Vsetの値、(3)トラッピング電圧Vsetの印加時間tsetの値
、(4)トラッピング電圧Vsetの印加後の保持時間tgsetの値、(5)試料11に印加するコレクティング電圧Vcの値、(6)試料11に対する光照射の有無、(7)光照射を行う場合の光の波長、(8)光照射を行う場合の光の照射強度、(9)試料室10内の昇温速度がある。
また、TSC部分昇温法による昇温を行う場合であれば、上記の(9)試料室10内の昇温速度に加えて、(10)各段階における昇温幅、(11)各段階の間の温度間隔がある。
【0037】
これらの測定条件は、既に説明したように、測定対象となる試料11に適したものである必要がある。その一方で、これらの測定条件について、例えば、熱刺激電流測定装置のオペレータが経験則に基づいて決定し、その熱刺激電流測定装置への設定を行ったのでは、必ずしも測定対象となる試料11に適した測定条件が設定されるとは限らず、また条件出しのために多くの工数(手間)を投入する必要が生じてしまう。
このことから、本実施形態においては、TSC測定にあたり、上述した一般的な手順に加えて、以下に述べるような特徴的な手順を経るようになっている。
【0038】
<4.TSC測定の特徴的な手順>
次に、上述した構成の熱刺激電流測定装置を用いて行うTSC測定の特徴的な手順、すなわち本実施形態における熱刺激電流測定方法の特徴的な手順について説明する。
【0039】
(処理手順の基本的な流れ)
図5は、本発明に係る熱刺激電流測定方法おける処理手順の基本的な流れの例を示すフローチャートである。
上述した構成の熱刺激電流測定装置を用いてTSC測定を行う場合には、先ず、熱刺激電流測定装置のオペレータが、測定対象となる試料11を特定する情報(例えば、有機半導体であれば当該有機半導体を構成する材料名等についての情報)を、コンピュータ部40に入力する。そして、コンピュータ部40は、情報入力がされた試料11について、TSC測定に必要となる測定条件がデータ記憶領域44内に既に登録されているか否かを検索し、その測定条件についての条件出しが必要か否かを判断する(ステップ101、以下ステップを「S」と略す。)。
【0040】
条件出しが必要であれば、コンピュータ部40では、条件抽出手段45が測定条件についての条件出しを行う条件抽出工程を実行する(S102)。具体的には、上記の(1)〜(9)の各測定条件と、必要に応じて上記の(10)および(11)の各測定条件とについて、それぞれの条件出しを行う。各測定条件の条件出しの具体的な手法については後述する。そして、各測定条件の条件出しを行ったら、コンピュータ部40では、条件抽出工程で条件出しをした各測定条件を条件登録手段46がデータ記憶領域44内に登録する条件登録工程を実行する(S103)。これにより、データ記憶領域44内には、測定対象となる試料11に対するTSC測定に必要となる測定条件が登録されることになる。
【0041】
データ記憶領域44内に測定条件が登録されていると、その後は、コンピュータ部40の測定実行手段41が熱刺激電流測定装置の各部に対して動作制御指示を与える。これにより、データ記憶領域44内の測定条件を用いつつ、試料室10内の試料11に対するTSC測定を行う測定実行工程が実施されることになる(S104)。このときのTSC測定は、既に説明した一般的な手順に沿って行われる(
図3参照)。そして、TSC測定を行うと、コンピュータ部40では、モニタリング手段42がTSC測定の際の試料室10内の温度や直流微小電流計30での検出電流等を検知し、結果処理手段43がモニタリング手段42での検知結果を解析してTSC測定結果データを生成する。
【0042】
TSC測定結果データを生成したら、コンピュータ部40は、その生成したTSC測定結果データを解析して、そのTSC測定結果データを得るのに用いた測定条件の修正が必要か否かを判断する(S105)。そして、修正が必要であれば、コンピュータ部40では、条件修正手段47が修正対象となるデータ記憶領域44内の測定条件の内容を修正する条件修正工程を実行する(S106)。これにより、データ記憶領域44内に登録されている測定条件は、その内容が必要に応じて修正されることになる。
【0043】
その後、コンピュータ部40は、修正後の測定条件によるTSC測定の再実行が必要であれば、再び測定実行工程から上述した各工程を繰り返し(S104〜S107)、再実行が不要であれば一連の処理を終了する。
【0044】
(S102:条件抽出工程)
ここで、条件抽出工程(S102)について、具体例を挙げてさらに詳しく説明する。
条件抽出工程(S102)では、例えば上記の(1)〜(11)の各測定条件について条件出しを行う。
【0045】
これらの各測定条件のうち、(1)、(6)、(9)の各測定条件については、熱刺激電流測定装置の仕様や、測定対象となる試料11を特定する情報(例えば有機半導体を構成する材料名等)等から、一意に決定することが可能である。したがって、(1)、(6)、(9)の各測定条件については、例えば、試料11を特定する情報とこれに対応する各測定条件の内容とを関連付ける情報を、様々な試料11について予めデータ記憶領域44内に記憶保持しておき、その記憶保持情報を基に条件出しを行うようにすることが考えられる。
【0046】
これに対して、上記の(2)〜(5)、(7)、(8)、(10)、(11)の各測定条件については、必ずしも測定対象となる試料11を特定する情報等から一意に決定し得るとは言えない。
そこで、条件抽出工程(S102)では、(2)〜(5)、(7)、(8)、(10)、(11)の各測定条件についての条件出しにあたり、以下に述べるような予備試験を行う。
【0047】
(トラッピング電圧Vsetについての予備試験)
条件抽出工程(S102)で予備試験を行う際には、先ず、後に行う測定実行工程(S104)にて測定対象となる試料11そのもの、または当該試料11と同一視できる他の試料11を、試料室10の室内にセットする。そして、試料室10の室内を上記(1)の測定条件についての条件出しで得られる温度(例えば−180℃程度)まで冷却し、その状態で試料11に対して直流電源20から電圧印加を行い、そのときの試料11における電流変化を直流微小電流計30で検出する。つまり、トラッピング電圧Vsetについての
予備試験では、試料11に対して電圧−電流の測定を行って、印加電圧の変化に対する電流の変化を検出する。
【0048】
図6は、電圧−電流測定の検出結果の一具体例を示す説明図である。
図例のように、試料11に印加する電圧を時間経過により徐々に増大させると、その試料11における電流は、電荷トラップ等が生じる影響で、変曲点I
1を超えてから急激に大きくなり、次に変曲点I
2を超えると増大率が穏やかになるという特性を示す。このような特性を考慮して、測定実行工程(S104)で試料11に印加するトラッピング電圧Vsetについては、変曲点I
2に対応する電圧値に設定することが考えられる。ところが
、かかる点ではクリティカルな電圧値のためエラーバーが大になるおそれがある。そこで、変曲点I
2に+αの分だけマージン量を確保し、電流値がI
2+αの点に対応する電圧値を、トラッピング電圧Vsetの値とする。このときに確保するマージン量αとしては、
例えば電流値がI
2の10%±10%の範囲に属する量とすることが考えられる。
【0049】
このような手順の予備試験を経ることで、上記の(2)試料11に印加するトラッピング電圧Vsetの値について、条件出しが行われる。この条件出しによって抽出されたトラ
ッピング電圧Vsetの値は、コンピュータ部40の条件登録手段46によってデータ記憶
領域44内の所定箇所に登録されることになる。
【0050】
(トラッピング電圧Vsetの印加時間tsetについての予備試験)
トラッピング電圧Vsetについての条件出しを行ったら、次いで、条件抽出工程(S1
02)では、そのトラッピング電圧Vsetの印加時間tsetについての条件出しを行う。印加時間tsetの条件出しにあたっては、試料室10の室内を冷却した状態(例えば−18
0℃程度の状態)で、条件出しをしたトラッピング電圧Vsetの値の電圧を、その試料室
10内の試料11に対して直流電源20から印加する。そして、そのときの試料11における時間経過による電流変化を直流微小電流計30で検出する。つまり、印加時間tset
についての予備試験では、試料11の電流測定を行って、電圧印加の時間経過に対する電流の変化を検出する。
【0051】
図7は、時間経過に対する電流変化の検出結果の一具体例を示す説明図である。
図例のように、試料11に対してトラッピング電圧Vsetを印加すると、その試料11
における電流は、電圧印加の時間経過に伴って、印加当初から徐々に電流値が減少し、その後ある一定の電流値に収束するという特性を示す。なお、そのまま電圧印加を続けると、試料11における電流は、いわゆるサチレーションを起こすこともあり得る。このような特性を考慮して、測定実行工程(S104)で試料11に印加するトラッピング電圧Vsetの印加時間tsetについては、試料11における電流がある一定の電流値に収束し、かつ、サチレーションを起こすことがない時間とする。
【0052】
このような手順の予備試験を経ることで、上記の(3)トラッピング電圧Vsetの印加
時間tsetの値について、条件出しが行われる。この条件出しによって抽出された印加時
間tsetの値は、コンピュータ部40の条件登録手段46によってデータ記憶領域44内
の所定箇所に登録されることになる。
【0053】
(電圧印加後の保持時間tgsetについての予備試験)
トラッピング電圧Vsetの印加時間tsetについての条件出しを行ったら、次いで、条件抽出工程(S102)では、そのトラッピング電圧Vsetの印加終了後から試料室10内
の昇温を開始するまでの保持時間tgsetについての条件出しを行う。保持時間tgsetの条件出しにあたっては、試料室10の室内を冷却した状態(例えば−180℃程度の状態)で、その試料室10内の試料11に対して、条件出しをしたトラッピング電圧Vsetの
値の電圧を、同じく条件出しをした印加時間tsetだけ、直流電源20から印加する。そ
して、仮に設定したデフォルト保持時間が電圧印加終了から経過した後に、上記(9)の測定条件についての条件出しで得られる昇温速度で試料室10内の昇温を開始し、そのときの試料11における微小なTSC電流を直流微小電流計30で検出する。つまり、保持時間tgsetについての予備試験では、TSC部分昇温法ではなく、昇温すべき温度幅の
全体を一定の昇温速度で昇温して、試料11に対するTSC測定を行う。以下、このTSC測定を「TSCグローバルピーク測定」と称す。
【0054】
図8は、TSCグローバルピーク測定の検出結果の一具体例を示す説明図である。
図例のように、TSCグローバルピーク測定の検出結果は、その立ち上がり側において直線近似部分を有するとともに、さらにその前段側(低温側)において返し部分を有するという特性を示す。直線近似部分は、公知の数学的手法を用いることで、その範囲を特定することが可能である。返し部分は、その保持温度で解放されるべき余剰キャリアが残存することで生じるもので、保持時間tgsetの値次第で発生態様が異なる。返し部分は、
検出結果の開始点と当該検出結果が下降から上昇に変わる変曲点の各座標値を把握した上で、公知の数学的手法を用いることで、その範囲を特定することが可能である。この返し部分については、保持時間tgsetを十分に確保すれば小さく抑えることが可能となるが
、そうするとTSC測定に多くの時間を要してしまうことになる。つまり、解放時間が異なるキャリアがあるため、保持時間tgsetは、試料11によって必要となる長さが異な
るのである。このような特性を考慮して、測定実行工程(S104)で確保すべき保持時間tgsetについては、直線近似部分の温度幅に対して、返し部分の温度幅が例えば30
%以内、望ましくは例えば10%以内に収まるように、その時間の大きさを設定することが考えられる。つまり、保持時間tgsetについての予備試験では、試料11に対するT
SCグローバルピーク測定を行って、直線近似部分に対する返し部分の大きさを検出する。
【0055】
このような手順の予備試験を経ることで、上記の(4)電圧印加後の保持時間tgset
の値について、条件出しが行われる。具体的には、返し部分の大きさ(温度幅)が直線近似部分の大きさ(温度幅)の所定割合以内(例えば30%以内、望ましくは例えば10%
以内)に収まるように、保持時間tgsetについての条件出しが行われる。この条件出し
によって抽出された保持時間tgsetの値は、コンピュータ部40の条件登録手段46に
よってデータ記憶領域44内の所定箇所に登録されることになる。また、このようにして得られた保持時間tgsetの値は、後に行う測定実行工程(S104)がTSC部分昇温
法による昇温を行う場合にも適用され得るものである。
【0056】
(コレクティング電圧Vcについての予備試験)
保持時間tgsetについての条件出しを行ったら、次いで、条件抽出工程(S102)
では、コレクティング電圧Vcについての条件出しを行う。コレクティング電圧Vcの条件出しにあたっては、先ず、条件出しをしたトラッピング電圧Vsetの値の1/100〜
1/1又は−1/100〜−1/1に相当するいずれかの値を推奨値として設定する。ただし、試料11に内部電界が発生し得る場合であれば、例えば0Vに設定することも考えられる。そして、その推奨値により試料11に対するTSCグローバルピーク測定を行って、その検出結果の波形を得る。
【0057】
図9は、コレクティング電圧の違いによるTSCグローバルピーク測定の検出結果の相違の一具体例を示す説明図である。
図例のように、TSCグローバルピーク測定の検出結果の波形は、その立ち上がり側はコレクティング電圧Vcに影響されにくいが、その反対側についてはコレクティング電圧Vc次第で大きく相違するという特性を示す。このTSCグローバルピーク測定の検出結果については、温度上昇に伴ってTSC電流が立ち上がり、ピークを過ぎた後に、TSC電流が再び元に戻るという波形を描くことが望ましい(図中における−10Vの波形参照)。このことから、推奨値によりTSCグローバルピーク測定を行った結果、その検出結果の波形が望ましいものであれば、その推奨値をコレクティング電圧Vcの値として設定する。ただし、その検出結果の波形が望ましいものでなければ、トラッピング電圧Vset
の値の1/100〜1/1又は−1/100〜−1/1の範囲の中で新たな推奨値を特定し、その新たな推奨値についてTSCグローバルピーク測定の検出結果の波形を確認する。
【0058】
このような手順の予備試験を経ることで、上記の(5)試料11に印加するコレクティング電圧Vcの値について、条件出しが行われる。この条件出しによって抽出されたコレクティング電圧Vcの値は、コンピュータ部40の条件登録手段46によってデータ記憶領域44内の所定箇所に登録されることになる。
【0059】
(照射光についての予備試験)
上記(6)の測定条件についての条件出しで試料11に対する光照射を行うとされた場合に、条件抽出工程(S102)では、さらに照射光の波長および照射強度についての条件出しを行う。照射光の波長および照射強度の条件出しにあたっては、試料室10の室内を冷却した状態(例えば−180℃程度の状態)で、その試料室10内の試料11に対して光照射機構50から光を照射する。このとき、光照射機構50は、長波長側から短波長側へ波長を可変させながら光照射を行う。そして、そのときの試料11における照射光の波長変化に応じた電流変化を直流微小電流計30で検出する。つまり、照射光についての予備試験では、試料11の電流測定を行って、照射光の波長変化に対する電流の変化を検出する。
【0060】
図10は、照射光の波長変化に対する電流変化の検出結果の一具体例を示す説明図である。
図例のように、試料11に対して光を照射すると、その試料11における電流は、照射光の波長が短波長になるのに連れて増大し、ある波長でフォトカレント(Photo Current
)最大値を迎えるという特性を示す。このような特性を考慮して、測定実行工程(S10
4)で試料11に照射する光については、フォトカレントの最大値を迎えたときの光エネルギー量Eeに対してマージン量を確保した光エネルギー量Esetとなるようにする。こ
のときに確保するマージン量としては、例えば光エネルギー量がEeの10%±10%の範囲に属する量とすることが考えられる。そして、光エネルギー量Esetが得られるよう
な照射光の波長λsetおよび照射強度を選定する。
【0061】
このような手順の予備試験を経ることで、上記の(7)光照射を行う場合の光の波長、および、上記の(8)光照射を行う場合の光の照射強度について、条件出しが行われる。この条件出しによって抽出された光の波長および照射強度は、コンピュータ部40の条件登録手段46によってデータ記憶領域44内の所定箇所に登録されることになる。
【0062】
(TSC部分昇温法についての予備試験)
測定実行工程(S104)においてTSC部分昇温法による昇温を行う場合であれば、条件抽出工程(S102)では、各段階における昇温幅および温度間隔についての条件出しを行う。各段階の昇温幅および温度間隔の条件出しにあたっては、保持時間tgsetに
ついての条件出しの場合と同様に、TSCグローバルピーク測定を行う(例えば
図8参照)。そして、TSCグローバルピーク測定の検出結果の波形を得たら、その波形の半値幅を求めて所定閾値と比較し、その波形のピークがシャープであるか、あるいはブロードであるかを判定する。その結果、波形のピークがシャープであれば、各段階の間の温度間隔を狭めるとともに、各段階における昇温幅が小さくなるようにする。また、波形のピークがブロードであれば、各段階の間の温度間隔を広げるとともに、各段階における昇温幅が大きくなるようにする。具体的には、波形の半値幅が所定数値範囲に属していれば、各段階の昇温幅および温度間隔を所定の基準値(例えば、昇温幅:30℃、温度間隔:10℃)に設定するが、波形の半値幅が所定数値範囲よりも小さくシャープなピークを有している場合には各段階の昇温幅および温度間隔を基準値よりも小さく設定し(例えば、昇温幅:25℃、温度間隔:5℃)、波形の半値幅が所定数値範囲よりも大きくブロードなピークを有している場合には各段階の昇温幅および温度間隔を基準値よりも大きく設定する(例えば、昇温幅:40℃、温度間隔:20℃)、といったことを行う。
【0063】
このような手順の予備試験を経ることで、上記の(10)各段階における昇温幅、および、上記の(11)各段階の間の温度間隔について、条件出しが行われる。この条件出しによって抽出された光の波長および照射強度は、コンピュータ部40の条件登録手段46によってデータ記憶領域44内の所定箇所に登録されることになる。
【0064】
以上のような条件抽出工程(S102)で条件出しがされた各測定条件は、条件登録工程(S103)でデータ記憶領域44内に登録される。その後は、測定実行工程(S104)において、データ記憶領域44内の測定条件を用いつつ、試料室10内の試料11に対するTSC測定が行われる。測定実行工程(S104)は、既に説明した一般的なTSC測定の手順に沿って行われる(
図3参照)。そして、測定実行工程(S104)の終了後は、必要に応じて、条件修正工程(S106)が行われる。
【0065】
(S106:条件修正工程)
次に、条件修正工程(S106)について、具体例を挙げてさらに詳しく説明する。
【0066】
図11は、TSC測定の検出結果の一具体例を示す説明図である。
測定実行工程(S104)において、TSC部分昇温法によるTSC測定を行うと、例えば
図11に示すような検出結果が得られる。条件修正工程(S106)に際しては、先ず、この検出結果について解析し、その検出結果を得るのに用いた測定条件の修正が必要か否かを判断する。具体的には、例えば、TSC部分昇温法により得られた各段階の検出結果のそれぞれについて、保持時間tgsetの条件出しを行った場合(例えば
図8参照)
と同様に、直線近似部分の温度幅に対して返し部分の温度幅が例えば30%以内、望ましくは例えば10%以内に収まっているか否かを解析し、その範囲に収まっていなければ測定条件の修正が必要であると判断する。
【0067】
修正が必要と判断した場合、条件修正工程(S106)においては、測定条件の修正が必要である旨の情報をコンピュータ部40が出力する。これにより、熱刺激電流測定装置のオペレータは、測定条件の修正が必要であることを把握することができる。
【0068】
測定条件の修正は、以下のようにして行うことが考えられる。
例えば、修正が必要である測定条件の設定値をコンピュータ部40から表示出力して、そのコンピュータ部40を操作する熱刺激電流測定装置のオペレータに修正後の設定値をマニュアル入力させる。
また、例えば、修正を許可する旨の所定操作が熱刺激電流測定装置のオペレータによって行われると、修正が必要である測定条件について、コンピュータ部40が再度条件出しを行って、修正後の設定値を自動的に特定するようにしてもよい。
【0069】
<5.本実施形態の効果>
本実施形態で説明した熱刺激電流測定装置、熱刺激電流測定プログラムおよび熱刺激電流測定方法によれば、以下のような効果が得られる。
【0070】
本実施形態においては、測定対象となる試料11に対するTSC測定を行う際に必要となる測定条件について、当該試料11を試料室10内にセットすれば、その条件出しが自動的に行われる。そのため、従来のように熱刺激電流測定装置のオペレータ等が経験則に基づいて条件出しを行う場合とは異なり、測定対象となる試料11に適した測定条件を簡便かつ迅速に条件出しすることができ、その条件出しをした測定条件により適切なTSC測定を行うことが可能となる。このことは、特に未知材料からなる試料11が測定対象となる場合に非常に有効である。すなわち、未知材料からなる試料11が測定対象となる場合であっても、従来の場合とは異なり、煩雑な条件の絞込みや再現性の検証など、多くの工数(手間)を投入する必要が生じてしまうことがない。
【0071】
また、本実施形態においては、自動的に条件出しをする測定条件として、(2)試料11に印加するトラッピング電圧Vsetの大きさ、(3)トラッピング電圧Vsetの印加時間tsetの値、(4)トラッピング電圧Vsetの印加終了から試料11の昇温開始までの保持時間tgsetの値の少なくとも一つを含む。これらの測定条件は、TSC測定の検出結果
に大きな影響を及ぼす一方で、測定対象となる試料11の種類によって内容が異なり得る。そのため、これらの代表的な測定条件を自動的に行う条件出しの対象とすれば、適切なTSC測定を行う上で非常に有効なものとなり、またその条件出しを簡便かつ迅速に行えるようになるので、TSC測定の測定実施者にとっても非常に利便性が高いものとなる。
特に、(4)保持時間tgsetについては、本実施形態では、TSC測定の検出結果に
おける返し部分の大きさが当該検出結果における直線近似部分の大きさの所定割合以内(例えば30%以内、望ましくは例えば10%以内)に収まるように、その条件出しを行う。このような条件出しを行えば、後に行う測定実行工程(S104)において、TSC測定に多くの時間を要してしまうのを抑制しつつ、余剰キャリアの解放を確実に行えるようにすることで当該TSC測定の高精度化が図れるようになる。
【0072】
また、本実施形態においては、TSC測定の結果に応じてデータ記憶領域44に登録した測定条件の内容を修正し得るようになっている。つまり、実際にTSC測定を行った結果を、データ記憶領域44内における測定条件の内容にフィードバックし得るようになっている。そのため、測定条件の内容修正を重ねることで、その測定条件について、より一層の適切化が図れるようになる。また、内容修正後の測定条件を用いてTSC測定を行う
ことで、そのTSC測定の結果についての高精度化も期待できる。
【0073】
<6.変形例等>
以上に本発明の実施形態を説明したが、上述した開示内容は、本発明の例示的な実施形態を示すものである。すなわち、本発明の技術的範囲は、上述の例示的な実施形態に限定されるものではない。
【0074】
例えば、本実施形態では、測定条件の設定値について具体的な数値を挙げている場合があるが、これらの数値は単なる例示に過ぎず、必要に応じて適宜設定することが可能である。