(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して実施形態を説明する。
【0012】
(第1の実施形態)
図1は第1の実施形態に係るエレベータのアクティブ制振装置の構成を模式的に示す図である。
【0013】
エレベータのシャフト1内に、一対のガイドレール2−1,2−2が立設されている。ガイドレール2−1,2−2は、シャフト1の壁面に垂直方向に等間隔に配置された多数のブラケット3によって固定されている。乗りかご5は、ガイドレール2−1,2−2に昇降自在に支持されている。図示せぬ巻上機の駆動により、乗りかご5は、ロープ4を介してシャフト1内を昇降動作する。
【0014】
ここで、乗りかご5の外枠を構成するかご枠6の4箇所にアクティブローラガイド7−1〜7−4が設置されている。アクティブローラガイド7−1〜7−4は、乗りかご5に発生した横方向の振動を能動的に制振しながら走行案内するものである。このうち、アクティブローラガイド7−1と7−2は、かご枠6の上部と下部の一方側(図面の右側)に設けられ、一方のガイドレール2−1に当接している。アクティブローラガイド7−3と7−4は、かご枠6の上部と下部の他方側(図面の左側)に設けられて、他方のガイドレール2−2に当接している。
【0015】
また、アクティブローラガイド7−1と7−2には、それぞれの位置箇所で乗りかご5と一方のガイドレール2−1間の相対変位を検出する変位センサ15−1と15−2が設置されている。同様に、アクティブローラガイド7−3と7−4には、それぞれの設置箇所で乗りかご5と他方のガイドレール2−2間の相対変位を検出する変位センサ15−3と15−4が設置されている。
【0016】
変位センサ15−1〜15−4は、非接触変位センサである。なお、検知方式として、例えば渦電流式、静電容量式、超音波式、光学式などがあるが、本発明は、特にこれらの方式に限定されるものではない。
【0017】
図2は乗りかご5に設けられたアクティブローラガイド7−1の構成を示す図である。ここでは、かご枠6の上部右側に設けられたアクティブローラガイド7−1の構成を示すが、他のアクティブローラガイド7−2〜7−4についても同様の構成である。
【0018】
アクティブローラガイド7−1には、ガイドレール2−1に当接する案内車輪8−1と、案内車輪8−1を支持する支持部材9−1、案内車輪8−1をガイドレール2−1に押し付けるスプリング10−1が設けられている。なお、実際には、ガイドレール2−1を前後方向から挟み込み、かごの前後方向の案内を行うための2個の前後方向車輪を含む、合計3個の案内車輪があるが、ここでは、かごの左右方向の案内支持を行う1個の案内車輪のみを示す。
【0019】
アクティブローラガイド7−1には、これらの一般的なガイド機構に加えて、制振用のアクチュエータ11−1が備えられている。アクチュエータ11−1は、乗りかご5と支持部材9−1との間に配置され、スプリング10−1の押し付け力に加えて、任意の力を案内車輪8−1と乗りかご5との間に発生させる。
【0020】
ここで、変位センサ15−1が支持部材9−1の近傍に設けられている。詳しくは、
図2に示すように、変位センサ15−1は、かご枠6から延出された固定部材6aに固定され、支持部材9−1とかご枠6との間の距離dを検出する。この距離dは、アクティブローラガイド7−1の設置箇所における乗りかご5とガイトレール2−1との相対変位を示す。
【0021】
他の変位センサ15−2〜15−4についても同様である。本実施形態では、これらの変位センサ15−1〜15−4を用いて、乗りかご5の4箇所で乗りかご5とガイトレール2−1,2−2間の左右方向(x方向)の相対変位を検出して、乗りかご5の左右方向(x方向)の振動を低減する。
【0022】
同じ方法で乗りかご5の前後方向(y方向)の振動を低減することもできる。その場合、変位センサ15−1〜15−4は、それぞれに乗りかご5とガイドレール2−1,2−2と間の前後方向(y方向)の相対変位を検出するように設置する。左右方向の振動を低減するシステムと前後方向の振動を低減するシステムは、同時設置が可能である。
【0023】
なお、乗りかご5の上部と下部に変位センサを設置したのは、乗りかご5が水平振動と回転振動を持つ2自由度振動系であると仮定しているためである。この2自由度振動系のモデルでは、少なくとも乗りかご5の水平振動成分を検出するための変位センサと、乗りかご5の回転振動成分を検出するための変位センサが必要となる。乗りかご5が1自由度振動系と仮定してモデル化した場合には、変位センサは乗りかご5の上部または下部の1か所にあれば良い。
【0024】
以下では、乗りかご5が2自由度振動系であると仮定して、左右方向の振動(水平振動)を低減する方法について説明する。
【0025】
通常、ガイドレール2−1,2−2は、所定の長さを有する複数本のレール部材を垂直方向に連結して構成されている。このガイドレール2−1,2−2を完全に垂直にして立設することは極めて困難であり、設置した段階で微小な撓み(曲がり)が存在する。この微小な撓み(曲がり)が乗りかご5の走行時に強制変位として働き、水平方向の揺れ(水平振動)を発生させる。このような水平振動を能動的に抑制するため、アクティブローラガイド7−1〜7−4には制振機構であるアクチュエータ11−1〜11−4が備えられている。
【0026】
図3はアクティブローラガイド7−1,7−2の制御システムの構成の一例を示す図である。なお、
図3では、かご枠6の上部右側と下部右側に設けられたアクティブローラガイド7−1,7−2に対する制御システムの構成を示すが、他のアクティブローラガイド7−3,7−4についても同様の構成である。
【0027】
アクティブローラガイド7−1,7−2に設置された変位センサ15−1,15−2の信号は、制御装置20に入力される。ここで、変位センサ15の信号がアナログ信号の場合には、図示せぬA/D変換器を介して制御装置20に信号が入力される。一方、変位センサからの信号が元々デジタル信号の場合には、有線または無線による通信によって、信号が制御装置20に直接入力される。
【0028】
制御装置20は、マイクロコンピュータからなり、乗りかご5に設置されている。制御装置20は、変位センサ15−1,15−2の信号に基づいて、所定の周期(例えば1ms周期)で乗りかご5の振動を低減させるための演算処理を実行する。
【0029】
駆動装置21−1,21−2は、乗りかご5内に設けられており、制御装置20から出力される駆動制御信号(力指令信号または変位指令信号)に従ってアクチュエータ11−1,11−2を駆動する。実際にはアクチュエータ11−3,11−4に対応した駆動装置も設けられており、制御装置20から出力される駆動制御信号(力指令信号または変位指令信号)に従ってアクチュエータ11−3,11−4を駆動する。これにより、乗りかご5が水平方向に振動したときに、その振動を抑える方向にアクチュエータ11−1〜11−4が作動して振動を抑制する。
【0030】
なお、エレベータの水平振動(横振動)は、左右方向(x方向)の振動と、前後方向(y方向)の振動がある。以下では、左右方向の振動を対象として説明するが、前後方向の振動も同様に適用可能である。
【0031】
ここで、本実施形態では、走行時に乗りかご5の振動原因となるガイドレール2−1,2−2の撓み量をオブザーバ(推定器)によりリアルタイムに推定し、その撓み量による振動を打ち消すようなフィードフォワード制御力をアクチュエータ11−1〜11−4で発生させて、振動を抑制するものである。これを実現するための手法として、ガイドレール2−1,2−2の撓みと乗りかご5の水平振動(左右の振動)との関係を理論的に表した数学モデルを制御装置20内に構築しておく。
【0032】
上記数学モデルは、「かご振動モデル」と「レール変位モデル」とを組み合わせた「拡張状態方程式モデル」からなる。
【0033】
・「かご振動モデル」は、ガイドレール2−1,2−2の撓みによって乗りかご5が水平方向に強制変位を受けた場合の振動特性を状態方程式の形で表現したものである(式(1)および式(2),式(4)および式(5)参照)。
【0034】
・「レール変位モデル」は、ガイドレール2−1,2−2の撓みが所定の規則特性をもって変化するものと仮定して状態方程式の形で表現したものである(式(6)および式(7)参照)。
【0035】
なお、「レール変位」とは、ガイドレール2−1,2−2の撓み(曲がり)による水平方向の変位のことであり、ガイドレール2−1,2−2が垂直方向に真っ直ぐに撓みなく立設している状態では変位ゼロである。このレール変位のことを「撓み量」と言うこともある。
【0036】
・「拡張状態方程式モデル」は、「かご振動モデル」と「レール変位モデル」とを組み合わせた状態方程式である(式(8)および式(9)参照)。
【0037】
上記数学モデルについて、詳しく説明する。
【0038】
・「かご振動モデル」
乗りかご5の振動特性として、
図4に示すように、重心の水平振動変位X(t)と、重心回りの回転振動角度θ(t)の2つを持つ2自由度振動系モデルを考える。この2自由度振動系モデルを模式的に示すと
図5のようになる。
【0039】
図中のU1,U2はかご上部と下部におけるアクチュエータ11−1,11−2の力である。また、乗りかご5の諸元として、かご重量をM(kg)、慣性モーメントをJ(kg・m
2)、重心から上下のローラガイドまでの距離をL1,L2[m]、上下のローラガイドのバネ定数をK[N/m]、バネに含まれる減衰定数をC[Ns/m]とする。
【0040】
乗りかご5の重心の水平振動変位をX(t)、重心周りの回転振動角度をθ(t)とし、それらの時間微分をX’(t)、θ’(t)と記述すると、2自由度振動系モデルの状態方程式は、一般的に下記の式(1),式(2)で表される。
【数1】
【0042】
式(1)と式(2)はセットであり、運転方程式と出力方程式である。記号の上のドットは1階微分、2つのドットは2階微分を表わす。この式(2)は、
図5のように上部、下部のローラガイド付近の振動変位X+L1θ、X−L2θを、加速度センサで検出する場合である。
【0043】
ここで、A[4×4],B[4×4]は行列式であり、乗りかご5の諸元値で一意に定まる定数マトリクス値である。一般的なので、具体的な値の記述は省略する。乗りかご5の諸元とは、例えばかご重量、慣性モーメント、重心から上下のローラガイドまでの距離、上下のローラガイドのバネ定数、バネに含まれる減衰定数などである。C[4×4]は前項の部分をまとめた行列式であり、具体的な式については省略する。
【0044】
外乱として強制変位ベクトルD1,D2,D1’,D2’が与えられた場合に、乗りかご5にどのような水平振動変位X(t)および回転振動角度θ(t)が生じ、乗りかご5の上部と下部に設けられた図示せぬ加速度センサからどのような信号が出力されるのかは、上記式(1)と式(2)により理論的に計算できる。
【0045】
ただし、本実施形態では、加速度センサに代えて変位センサを用いているため、変位センサの信号から出力Yを算出可能な数学モデルに改造する必要がある。
【0046】
図3において、変位センサ15−1によって検出される乗りかご5とガイドレール2−1との間の相対変位をh1、変位センサ15−2によって検出される乗りかご5とガイドレール2−1との間の相対変位をh2、上側のアクティブローラガイド7−1の設置箇所におけるガイドレール2−1のレール変位(撓み量)をD1、下側のアクティブローラガイド7−2の設置箇所におけるガイドレール2−1のレール変位(撓み量)をD2とする。これらの幾何学的な関係式として、下記のような式(3)が得られる。
【数3】
【0047】
ここで、(X+L1θ),(X+L2θ)は絶対変位を示す。つまり、上部ガイドローラ側では、水平振動変位Xに回転振動変位L1θを加えた値から変位D1を減算した値が相対変位h1として求められる。同様に、下部ガイドローラ側では、水平振動変位Xに回転振動変位L2θを加えた値から変位D2を減算した値が相対変位h2として求められる。
【0048】
この式(3)を用いて、上述した式(1),式(2)の状態方程式を書き換えると、式(4),式(5)のようになる。
【数4】
【0050】
式(4)と式(5)はセットであり、運転方程式と出力方程式である。なお、式(4)は上記式(1)と同じであり、外乱(変位)を含めた運動方程式である。式(5)は上記式(2)を変位センサの信号を利用できる形に変えたものである。出力Yは相対変位の推定量である。上部ローラガイド側の相対変位速度と相対変位を(h1’,h1)、下部ローラガイド側の相対変位速度と相対変位を(h2’,h2)で表わしている。
【0051】
・「レール変位モデル」
ここでレール変位モデルは、ガイドレール2−1,2−2の設置環境に着目して、ある仮定の下にモデル化できる。すなわち、ガイドレール2−1,2−2は、シャフト1の壁面に固定部材であるブラケット3によって固定される(
図11参照)。固定点では撓み(曲がり)は抑制されるため、固定点を起点とした周期で撓みやすい。したがって、ガイドレール2−1,2−2の撓みはブラケット3の設置間隔毎の周期を有する略正弦波の特性をもって変化するものと仮定してモデル化する。
【0052】
例えば、振動の周波数がωの正弦波と仮定した場合、式(6)、式(7)で表される。
【数6】
【0054】
・「拡張状態方程式モデル」
上記式(4)−(7)を組み合わせた「拡張状態方程式モデル」を構築すると、式(8),式(9)となる。
【数8】
【0056】
式(8)と式(9)はセットであり、2自由度振動系の拡張状態方程式モデル(かご振動+レール変位モデル)における運転方程式と出力方程式である。
【0057】
ここで、式(9)の出力方程式は、上記(5)の出力方程式と同じである。この出力方程式には、実際の計測値である変位センサの信号と拡張状態方程式との整合性を取るため、かご振動の状態量(X',X,θ',θ)とレール変位の推定量(D1',D2',D1,D2)との関係に基づいてレールとかご間の相対変位を算出するための変換式が含まれている(式中の(c)の部分)。
【0058】
このような拡張状態方程式を数学モデルとして用い、変位センサの測定結果と上記式(9)の出力Yとの差にオブザーバゲインを乗じてフィードバックするオブザーバを構成すれば、推定したいレール変位(撓み量)を得ることができる。
【0059】
図6は本実施形態におけるオブザーバの構成を説明するための図である。図中の40は実際の振動系を表した実物(エレベータの乗りかご)を示している。41はオブザーバである。なお、オブザーバ41の中はソフトウエアであり、実物40と変位センサの信号の部分はハードウエアである。実物40とは乗りかご5のことであり、そこに設置された変位センサ15−1,15−2の信号がオブザーバ41に入力されることを表している。
【0060】
いま、一方のガイドレール2−1の撓みによるレール変位を推定する場合を例にして説明する。乗りかご5の走行中に変位センサ15−1,15−2からガイドレール2−1と乗りかご5との間の相対変位を示す信号がオブザーバ41に入力される。
【0061】
オブザーバ41は、かご振動+レール変位モデル42、相対変位変換行列43、差分算出部44、オブザーバゲイン行列45とで構成される。
【0062】
かご振動+レール変位モデル42は、上記式(7)および式(8)に示した拡張状態方程式に相当し、かご振動の状態量(X',X,θ',θ)とレール変位の推定量(D1',D2',D1,D2)を出力する。なお、図中の(a)〜(d)は上記式(8)の出力方程式に付記した(a)〜(d)の部分に対応している。
【0063】
相対変位変換行列43は、上記式(8)の(c)の部分に対応している。この相対変位変換行列43は、かご振動の状態量(X',X,θ',θ)とレール変位の推定量(D1',D2',D1,D2)に基づいてレールとかご間の相対変位を導出するように設計されている。
【0064】
相対変位変換行列43から得られる相対変位は推定値である。差分算出部44は、この推定値と相対変位の実測値とを比較し、その差分値をオブザーバゲイン行列45を介してかご振動+レール変位モデル42にフィードバックする。オブザーバゲイン行列45は、相対変位の推定値と実測値との差分値に所定のゲインを乗じるための行列である。このオブザーバゲイン行列45は、後述するガイドレールの撓み波形の周波数ω
1より早くオブザーバ41で撓み量を推定できるように設計されている。
【0065】
このような構成のオブザーバ41を制御装置20に組み込み、
図3に示すように変位センサ15−1,15−2の信号を制御装置20に入力すれば、ガイドレール2−1の撓み量を推定できる。この推定結果に基づくフィードフォワード制御によりアクティブローラガイド7−1のアクチュエータ11−1とアクティブローラガイド7−2のアクチュエータ11−2を駆動すると、ガイドレール2−1の撓みによる変位をリアルタイムに吸収でき、乗りかご5の水平振動を低減できる。
【0066】
なお、
図6の構成では、変位センサ15−1,15−2の信号をそのままの大きさでオブザーバ41に入力しているが、例えば
図7に示すように、変位センサ15−1,15−2の信号に補正ゲイン46を乗じてから入力する構成としても良い。
【0067】
この補正ゲイン46は、推定精度を高めるためのものである。通常、変位センサ15−1,15−2の信号とオブザーバ41の推定値には、数学モデル42のモデル化により誤差が生じる。オブザーバ41は、モデル誤差の影響を小さく抑える働きをする。その際、補正ゲイン46として、例えば2〜4倍程度のゲインをセンサ信号に乗じるように設計すると、モデル誤差の影響を強く補正して、レール変位をより精度良く推定できる。
【0068】
また、ここでは説明を簡単にするため、一方のガイドレール2−1の撓み量を推定する場合を想定して説明したが、実際には、変位センサ15−3,15−4を用いて、他方のガイドレール2−2の撓み量も含めて推定する。
【0069】
要するに、オブザーバ41は、変位センサ15−1〜15−4の信号から乗りかご5の状態量として得られるレールとかご間の相対変位および相対変位速度を入力信号とし、拡張状態方程式モデルを用いてガイドレール2−1,2−2の撓み量を略リアルタイムに推定する。このオブザーバ41の推定結果に基づいてアクティブローラガイド7−1〜7−4の制振機構(アクチュエータ11−1〜11−4)をフィードフォワード制御することによって、あたかも、事前にガイドレール2−1,2−2の撓み量を学習したものと同様の制振効果を得ることができる。
【0070】
以下に、具体的な構成について説明する。
図8は制御装置20の機能構成を示すブロック図である。
【0071】
制御装置20には、乗りかご5の水平振動を抑制するための機能として、レール変位推定ブロック31、フィードフォワード制御ブロック33、フィードバック制御ブロック35が備えられている。変位センサ15−1〜15−4から出力される相対変位信号16−1〜16−4は、レール変位推定ブロック31と共にフィードバック制御ブロック35に与えられる。
【0072】
また、後述するレール変位推定ブロック31から出力されるレール変位推定信号32−1〜32−4がフィードバック制御ブロック35に与えられる。
【0073】
フィードバック制御ブロック35は、相対変位信号16−1〜16−4およびレール変位推定信号32−1〜32−4を用いて所定の演算処理を行う。演算方法としては、例えば、相対変位信号16−1〜16−4からレール変位推定信号32−1〜32−4をそれぞれ差し引くと、乗りかご5の上部、下部のローラガイド部の振動変位が算出される。その振動変位をさらに時間微分して振動速度に変換し、その値に所定のゲインを乗じた値をフィーバック制御信号36−1〜36−4として出力する方法がある。この場合、フィーバック制御力は振動減衰力として作用し、乗りかご5に振動が発生したときに速やかに減衰させる効果と、制御全体を安定化させる効果を期待できる。
【0074】
ここで、本実施形態では、制御装置20にフィードバック制御ブロック35とは別に、レール変位推定ブロック31とフィードフォワード制御ブロック33が備えられていることが特徴である。
【0075】
レール変位推定ブロック31は、上述したオブザーバに相当する。レール変位推定ブロック31は、ガイドレール2−1,2−2の撓みによって乗りかご5が受ける水平方向の振動の特性を表す数学モデルを有し、相対変位信号16−1〜16−4と上記数学モデルを用いて、走行時にガイドレール2−1,2−2の撓み量を略リアルタイムに推定する。
【0076】
フィードフォワード制御ブロック33は、レール変位推定ブロック31から出力されるレール変位推定信号32−1〜32−4に基づいて所定の演算処理を行う(
図10参照)。
【0077】
なお、フィードバック制御信号36−1〜36−4は、アクチュエータ11−1〜11−4で発生するフィードバック力に対応している。フィードフォワード制御信号34−1〜34−4についても同様であり、アクティブローラガイド7−1〜7−4のアクチュエータ11−1〜11−4に対応している。
【0078】
フィードフォワード制御信号34−1〜34−4は、ガイドレール2−1,2−2の撓みによる強制変位と変位速度を打ち消す方向にアクチュエータ11−1〜11−4を駆動させるものとなる。詳細については後述する。
【0079】
最終的には、フィードバック制御信号36−1〜36−4とフィードフォワード制御信号34−1〜34−4を加算器37−1〜37−4でそれぞれに足し合わせた結果が振動制御信号38−1〜38−4となる。この振動制御信号38−1〜38−4は、
図3に示した駆動装置21−1,21−2…に与えられ、アクティブローラガイド7−1〜7−4のアクチュエータ11−1〜11−4をそれぞれ駆動する。
【0080】
なお、原理的には、フィードフォワード制御信号34−1〜34−4だけで振動を0近くまで低減できる。しかし、実際には、レール変位推定信号32−1〜32−4に当然ながら誤差も生じるため、推定誤差が大きいときには、振動制御が加振側に働き、制御が発散する可能性が考えられる。このような場合、フィードバック制御信号36−1〜36−4があれば、かご振動を減衰させて制御を安定化させる成分となるため、フィードフォワード制御信号44の誤差の影響を緩和することができる。
【0081】
次に、フィードフォワード制御ブロック33の演算処理について説明する。
【0082】
図9はアクティブローラガイド7−1がレール撓みによる強制変位を受けたときの様子を示す図であり、
図9(a)は変位前の状態、同図(b)は変位後の状態を示している。
【0083】
例えば上側のアクティブローラガイド7−1が変位D1(t)を受けたとする。このとき、乗りかご5の水平位置が変化しないとすると、スプリング10−1の変位はD1[m]となる。
【0084】
ここで、スプリング10−1のバネ定数をK[N/m]、減衰定数をC[Ns/m]とすると、スプリング10−1が乗りかご5に加える力Fr(N)は、下記のように表される。
【0085】
Fs=K・D1(t)+C×D1'(t)
このFrが、乗りかご5の加振力となる。
【0086】
これに対し、アクチュエータ11−1で、−Faの力を発生させると、乗りかご5に伝わる加振力Fcは
Fc=Fr−Fa=0
となり、加振を受けないことになる。Frはレールの撓みによる強制変位の力、Faはアクチュエータ11−1が発生する力である。上側のアクティブローラガイド7−2が変位D2(t)を受けたときも同様である。
【0087】
このような処理を模式的に示すと、
図10のようになる。すなわち、フィードフォワード制御ブロック33は、レール変位推定信号32−1,32−2…として得られる変位D1(t),D2(t)…とこれらの微分値D1'(t),D2'(t)…に、それぞれにバネ定数K、減衰定数Cを乗じて足し合わせることで、フィードフォワード制御信号34−1,34−2…を生成する。
【0088】
図8に示したように、最終的には、フィードバック制御信号36−1,36−2…とフィードフォワード制御信号34−1,34−2…とを足し合わせた振動制御信号38−1,38−2…が駆動装置21−1,21−2…に与えられる。これにより、アクティブローラガイド7−1〜7−4のアクチュエータ11−1〜11−4が乗りかご5の水平振動を抑制する方向に動く。
【0089】
次に、「レール変位モデル」の根拠となるガイドレール2−1,2−2の撓み(曲がり)について説明する。
【0090】
図11はガイドレールの撓み状態の特徴を説明するための図である。
【0091】
上述したように、「レール変位モデル」は、ガイドレール2−1,2−2の撓み(曲がり)がブラケット3の設置間隔毎の周期を有する略正弦波の特性をもって変化するものと仮定してモデル化されている。
【0092】
上側アクティブローラガイド7−1が受ける変位D1(t)と、下側アクティブローラガイドが受ける変位D2(t)、およびそれらの時間微分であるdD1/dt=D1’(t),dD2/dt=,D2’(t)を推定するシステムを考える。
【0093】
ここで、
図11に示すように、ガイドレール2−1,2−2の撓み(曲がり)の特徴として、ブラケット3の設置間隔に起因した曲がり成分が最大であるという特徴がある。したがって、乗りかご5に加振力として加わるガイドレール2−1,2−2の撓みの周期は、乗りかご5の走行速度vとブラケット3の設置間隔とで一意に決まる周波数ω
1の周期を持つ正弦波の特性で変化すると仮定できる。つまり、下記のような式で表されるものとする。
【0094】
D1(t)=α・sin(ωt)
ただし、αは任意の係数である。また、ω=ω
1=
1/(L/v)×2π(rad/s)、Lはブラケット周期[m]、vは走行速度[m/s]である。D2(t)についても同様である。
【0095】
上記の式は、ガイドレール2−1,2−2の撓み変化の特徴に基づいている。すなわち、
図11に示すように、通常、ガイドレール2−1,2−2は、それぞれに所定の長さを有する複数本のレール部材2a,2b,2c…を垂直方向に継ぎ合わせて、シャフト1内にブラケット3によって固定されている。このため、ブラケット3の設置間隔あるいはレール部材2a,2b,2c…の継ぎ目でガイドレール2−1,2−2の撓みが変化する可能性が高い。
【0096】
図12はガイドレール2−1,2−2の撓み波形の振幅成分と周期との関係を示す図である。
【0097】
ガイドレール2−1,2−2の撓み波形は、ブラケット3の設置間隔の周期と走行速度vとで定まる周波数ω
1の成分と、レール部材2a,2b,2c…の継ぎ目の周期と走行速度vとで定まる周波数ω
2の成分を含む。その中でも周波数ω
1の成分が卓越している。周波数ω
1の成分に着目した場合、変位D1(t)の2階微分は、
D1"(t)=−ω
2D1(t)
となる。ここでは、ω=ω
1である。
【0098】
変位D2(t)についても同様である。これを状態方程式の形で表現すると、上述した式(6),式(7)のようになる。これをかご振動モデルの状態方程式である式(4),式(5)と組み合わせると、式(8),式(9)で示した拡張状態方程式の形になる。
【0099】
図13はガイドレールの撓み量と、本実施形態の方法で撓み量を推定した結果とを比較して示す図であり、横軸は時間[sec]、縦軸は変位[mm]を表わしている。
【0100】
図中の実線で示す波形50は走行時に乗りかご5の振動原因となるガイドレール2−1,2−2の撓み量をシミュレーションした結果を表している。これに対し、図中の一点鎖線で示す波形51はレール変位推定ブロック31によって理論的に推定したガイドレール2−1,2−2の撓み量をシミュレーションした結果を表している。両者の比較から本実施形態の方法により実際のガイドレール2−1,2−2の撓み量と近似した結果が得られることがわかる。
【0101】
図14は乗りかご5の振動と本実施形態の方法で振動抑制した結果とを比較して示す図であり、横軸は時間[sec]、縦軸は加速度[gal]を表わしている。
【0102】
図中の実線で示す波形52は、ガイドレール2−1,2−2の撓みによって乗りかご5が強制変位を受けときに発生する水平振動をシミュレーションした結果を表している。これに対し、図中の一点鎖線で示す波形53は、本実施形態の方法で水平振動を抑制した状態をシミュレーションした結果を表している。両者の比較から本実施形態の方法で乗りかご5の水平振動を0に近く状態まで低減できたことが分かる。
【0103】
以上のように本実施形態によれば、走行時にガイドレール2−1,2−2の撓み量を略リアルタイムに推定して、制振機構であるアクチュエータ11−1〜11−4をフィードフォワード制御することができる。したがって、ガイドレール2−1,2−2の撓みが気温や湿度、経年的に変化したとしても、現在の撓みに起因とした水平振動を確実にとらえて効果的に低減することができる。
【0104】
特に、本実施形態では、レールとかご間の相対変位を理論的に表した数学モデルをオブザーバとして用いることで、変位センサの信号をオブザーバに入力してレール変位(撓み量)を推定可能としている。したがって、高価な加速度センサを利用する制振システムに比べて、安価な構成にて高精度な制振システムを実現できるといったメリットがある。
【0105】
(第2の実施形態)
次に、第2の実施形態について説明する。
【0106】
図15は第2の実施形態における制御装置20の機能構成を示すブロック図である。なお、上記第1の実施形態における
図8の構成と同じ部分には同一符号を付して、その説明を省略するものとする。
【0107】
第2の実施形態において、制御装置20には2つのレール変位推定ブロック31a,21bが備えられている。
図12に示したように、ガイドレール2−1,2−2の撓み波形を分析すると、
(1)ブラケット周期
(2)レール継ぎ目周期
が顕著という特徴がある。
【0108】
上記第1の実施形態では、特に卓越しているブラケット周期をレール撓み波形の周期としてモデル化した。この場合、レール継ぎ目の影響が考慮されないため、推定誤差が大きくなることも想定される。
【0109】
そこで、第2の実施形態では、2つのレール変位推定ブロック31a,31bを備え、一方のレール変位推定ブロック31aではブラケット周期、他方のレール変位推定ブロック31bではレール繋ぎ目周期に着目して推定演算を行う構成とする。
【0110】
すなわち、レール変位推定ブロック31aでは、レール撓みがブラケット周期と走行速度vとで定まる周波数ω
1を有する略正弦波の特性を持つものと仮定した第1のレール変位モデルを用いて推定演算処理を行う。一方、レール変位推定ブロック31bでは、レール撓みがレール継ぎ目周期と走行速度vとで定まる周波数ω
2を有する略正弦波の特性を持つものと仮定した第2のレール変位モデルを用いて推定演算処理を行う。
【0111】
なお、かご振動モデルについては上記第1の実施形態と同様である。つまり、レール変位推定ブロック31aでは、かご振動モデルと第1のレール変位モデルとを組み合わせた第1の拡張状態方程式モデルを用い、変位センサ15−1〜15−4から出力される相対変位信号16−1〜16−4に基づいてガイドレール2−1,2−2の撓み量を推定する。レール変位推定ブロック31bでは、かご振動モデルと第2のレール変位モデルとを組み合わせた第2の拡張状態方程式モデルを用い、変位センサ15−1〜15−4から出力される相対変位信号16−1〜16−4に基づいてガイドレール2−1,2−2の撓み量を推定する。
【0112】
フィードフォワード制御ブロック33では、レール変位推定ブロック31a,31bから出力される第1のレール変位推定信号32a−1,32a−2…と第2のール変位推定信号32b−1,32b−2…をそれぞれに足し合わせたものを最終的な推定結果として用いてフィードフォワード制御を行う。
【0113】
フィードバック制御ブロック35も同様であり、第1のレール変位推定信号32a−1,32a−2…と第2のレール変位推定信号32b−1,32b−2…をそれぞれに足し合わせたものを最終的な推定結果として用いてフィードバック制御を行う。
【0114】
このように第2の実施形態によれば、ブラケット周期とレール継ぎ目周期の2つの特徴的な周期を考慮したレール変位モデルを用いることで、ガイドレール2−1,2−2の撓みの特徴をより反映させた推定処理を実施できる。その推定結果を用いてアクチュエータ11−1〜11−4をフィードフォワード制御することで、より精度の高い制振効果を期待できる。
【0115】
なお、上記第2の実施形態では、レール変位推定ブロック31aとレール変位推定ブロック31bの両方の推定結果を用いてフィードフォワード制御を行う構成したが、どちらか一方の推定結果を用いてフィードフォワード制御を行う構成としても良い。フィードバック制御についても同様である。
【0116】
また、別の方法として、乗りかご5の水平振動の固有周波数ωnに着目してレール撓みをモデル化することでも良い。すなわち、乗りかご5の高速走行時に生じる水平振動において、支配的な周波数は、乗りかご5が持つ共振周波数ωn[rad]である。
【0117】
この共振周波数ωnは、概ね、下記の式(10)で算出できる。
【数10】
【0118】
ただし、Kは上下アクティブローラガイドのバネ定数[N/m]、Mはかご重量(kg)である。
【0119】
このような共振周波数ωnに着目してレール撓みをモデル化した場合、実際の撓み波形とは一致しない。しかしながら、撓み波形の中で共振周波数ωnの成分がたとえ小さくても、乗りかご5の大きな揺れに繋がる。したがって、共振周波数ωnでモデル化しておくことでも、効果的に振動を抑制できる可能性がある。
【0120】
また、乗りかご5が持つ共振周波数ωnに一致する成分のみを推定することになるため、その推定した波形は小さくなる。そのため、アクチュエータ11−1〜11−4の動作量も小さくなり、省エネ効果を期待できる。
【0121】
(第3の実施形態)
次に、第3の実施形態について説明する。
【0122】
図16は第3の実施形態に係るエレベータのアクティブ制振装置の構成を模式的に示す図である。なお、上記第1の実施形態における
図1と同じ部分には同一符号を付して、その説明は省略するものとする。
【0123】
上記第1の実施形態では、乗りかご5の上下左右の4箇所に変位センサ15−1〜15−4を設置し、それぞれの箇所で相対変位を検出する構成した。これに対して、第3の実施形態では、
図16に示すように、乗りかご5の上部右側と下部左側と2箇所に変位センサ15−1,15−4が設置されている。変位センサ15−1は、アクティブローラガイド7−1の設置箇所で乗りかご5とガイトレール2−1との間の相対変位を検出する。変位センサ15−4は、アクティブローラガイド7−4の設置箇所で乗りかご5とガイトレール2−2との間の相対変位を検出する。
【0124】
変位センサ15−1,15−4から出力される相対変位信号は制御装置20に入力される。制御装置20は、相対変位を理論的に表した数学モデルをオブザーバとして用い、変位センサ15−1,15−4の相対変位信号に基づいてガイドレール2−1,2−2の撓み量を推定する。
【0125】
この場合、アクティブローラガイド7−1の案内車輪8−1が一方のガイドレール2−1に接触している箇所のレール変位とアクティブローラガイド7−4の案内車輪8−4が他方のガイドレール2−2に接触している箇所のレール変位が推定結果として得られる。制御装置20は、この推定結果に基づいてアクチュエータ11−1,11−4を駆動する。これにより、乗りかご5が水平方向に振動したときに、その振動を抑える方向にアクチュエータ11−1〜11−4が作動して振動を抑制する。
【0126】
このように、乗りかご5の上部右側と下部左側と2箇所に変位センサ15−1,15−4を設置することでも、上記第1の実施形態と同様に、走行時にガイドレール2−1,2−2の撓み量を略リアルタイムに推定して乗りかご5の水平振動を低減することができる。
【0127】
なお、
図16の例では、乗りかご5の上部右側と下部左側の2箇所に変位センサ15−1,15−4を設置したが、乗りかご5の下部右側と上部左側の2箇所に変位センサ15−2,15−3を設置することでも良い。あるいは、乗りかご5の上部右側と上部左側の2箇所に変位センサ15−1,15−3を設置するか、乗りかご5の下部右側と下部左側の2箇所に変位センサ15−2,15−4を設置することでも良い。要は、2つの変位センサを用いる場合には、乗りかご5の一方のガイドレール2−1側と他方のガイドレール2−2側の相対変位をそれぞれに検出できるような配置であれば良い。
【0128】
(第4の実施形態)
次に、第4の実施形態について説明する。
【0129】
図17は第4の実施形態に係るエレベータのアクティブ制振装置の構成を模式的に示す図である。なお、上記第1の実施形態における
図1と同じ部分には同一符号を付して、その説明は省略するものとする。
【0130】
第4の実施形態において、乗りかご5は、かご枠6とそのかご枠6に囲まれたかご室12とで構成される。かご室12は、実際には乗客が乗車する部分であり、かご枠6に防振ゴム13−1,13−2を介して連結されている。
【0131】
かご枠6とかご室12との間には、両者間の相対振動を抑制するためのアクチュエータ14−1,14−2が介在されている。
【0132】
また、それぞれのアクティブローラガイド7−1〜7−4には、第1の実施形態と同じく、変位センサ15−1〜15−4が設けられている。さらに、第4の実施形態では、かご室12の上部と下部に変位センサ15−5、15−6が設けられている。変位センサ15−5は、かご室12の上部において、かご室12とかご枠6との間の水平方向の相対変位を検出する。変位センサ15−6は、かご室12の下部において、かご室12とかご枠6との間の水平方向の相対変位を検出する。
【0133】
なお、
図17において、L1:かご枠重心と上部ローラガイド間の距離、L2:かご枠重心と下部ローラガイド間の距離、L3:かご枠重心とかご上枠のアクチュエータ間の距離、L4:かご枠重心とかご下枠のアクチュエータ間の距離、L5:かご室重心とかご上枠のアクチュエータ間の距離、L6:かご室重心とかご下枠のアクチュエータ間の距離である。
【0134】
ここで、上記第1の実施形態では、乗りかご5を構成するかご枠6とかご室12を一体として考え、かご全体の重心の水平振動と重心周りの回転振動を持つ2自由度の振動系をモデル化した。これに対し、第4の実施形態では、かご枠6とかご室12を別体として考え、かご枠6の重心の水平振動と重心周りの回転振動と、かご室12の重心の水平振動と重心周りの回転振動を持つ4自由度の振動系をモデル化する。
【0135】
4自由度振動系の拡張状態方程式を下記に示す。
【数11】
【0137】
ただし、Xw:かご枠重心の水平振動変位、Xs:かご室重心の水平振動変位、θw:かご枠重心の回転振動角度、θs:かご室重心の回転振動角度である。D1,D2:かご枠の上部と下部のレール変位(撓み量)、Fu,Fd:かご室の上部と下部に直接加わる加振力(空力外乱力)である。A[16×16]は、任意の行列式であり、具体的な数値は省略する。
【0138】
式(11)と式(12)はセットであり、4自由度振動系の拡張状態方程式モデル(かご振動+レール変位モデル)における運転方程式と出力方程式である。
【0139】
上記式(11)の運転方程式には、外乱変位であるD1,D2とFu,Fdの状態量が含まれている。なお、ここでは、一方のガイドレール2−1の上部と下部に対する状態量を例にしているが、実際には他方のガイドレール2−2の上部と下部に対する状態量も加わる。
【0140】
いま、変位センサ15−1によって検出される乗りかご5とガイドレール2−1との間の相対変位をh1、変位センサ15−2によって検出される乗りかご5とガイドレール2−1との間の相対変位をh2とする。また、変位センサ15−5によって検出されるかご枠6とかご室12との間の相対変位をhu、変位センサ15−6によって検出されるかご枠6とかご室12との間の相対変位をhdとする。
【0141】
上記式(12)の出力方程式は、上記各相対変位と、その1階微分である相対変位速度で構成される8個の状態量(h1',h1,h2',h2,hu',hu,hd',hd)を出力する。
図6と同様に、これらの状態量と実際の変位センサ信号およびその微分信号と比較し、その差分にオブザーバゲインをかけて戻すと、推定したいレール変位(D1,D2,Fu.Fd)およびその時間微分(D1',D2',Fu',Fd')が得られる。この場合、ガイドレール撓みによる変位D1,D2とは別に、主に走行時の風圧などによりかご室12に加わる加振力Fu,Fdを含めて推定することができる。
【0142】
なお、
図7で説明したように、変位センサ15−1〜15−6の信号に所定のゲインを乗じてから入力する構成としても良い。
【0143】
また、ここでは説明を簡単にするため、一方のガイドレール2−1の撓み量を推定する場合を想定して説明したが、実際には、変位センサ15−3,15−4を用いて、他方のガイドレール2−2の撓み量も含めて推定する。
【0144】
具体的には、
図8に示したレール変位推定ブロック31に上記式(11),式(12)の4自由度振動系の拡張状態方程式を有するオブザーバを組み込んでおく。そして、変位センサ15−1〜15−6の各信号をレール変位推定ブロック31に入力して、ガイドレール撓みによる変位D1,D2と、かご室12に加わる加振力Fu,Fdを推定する。
【0145】
フィードフォワード制御ブロック33は、この推定結果に基づいてアクチュエータ11−1〜11−4をフィードフォワード制御すると共に、かご枠6とかご室12との間に設けられたアクチュエータ14−1,14−2をフィードフォワード制御する。これにより、例えば2台のエレベータが高速走行中にすれ違った場合など、かご室12が風圧力などによって振動した場合に、その振動を抑制する方向にアクチュエータ14−1,14−2を駆動してかご室12の揺れを安定化できる。
【0146】
このように第4の実施形態によれば、かご枠6とかご室12を別体として振動系をモデル化しておくことにより、変位センサ15−1〜15−6を用いて、ガイドレール2−1,2−2の撓みによってかご枠6が強制変位力として受ける振動の他に、高速走行時にかご室12が受ける加振力による振動も抑制することができる。
【0147】
(第5の実施形態)
次に、第5の実施形態について説明する。
【0148】
上記第1の実施形態では、式(8)と式(9)の拡張状態方程式を用いてオブザーバを構成した。このオブザーバでは、実際値である変位センサの信号と拡張状態方程式の出力値との整合性を取るために相対変位の変換式が必要となる(式中の(c)部分)。これに対し、第5の実施形態では、この変換式の部分が事前に計算された状態方程式を用いてオブザーバを構成しておくことを特徴とする(
図18参照)。
【0149】
すなわち、まず、式(13)に示す相対変位と絶対変位との関係式を用いる。
【数13】
【0150】
なお、式(13)は上記(3)式と同じである。h1は変位センサ15−1によって検出される乗りかご5とガイドレール2−1との間の相対変位、h2は変位センサ15−2によって検出される乗りかご5とガイドレール2−1との間の相対変位である。D1は上側のアクティブローラガイド7−1の設置箇所におけるガイドレール2−1の変位(撓み量)、D2は下側のアクティブローラガイド7−2の設置箇所におけるガイドレール2−1の変位(撓み量)である。(X+L1θ),(X+L2θ)は絶対変位を示す。
【0151】
このような関係式を用いて、加速度センサの信号から得られるかご振動の状態量(X’,X,θ’,θ)を変形し、かご変位の状態量(h1’,h2’,h1,h2)を表わす「かご変位モデル」を用意しておく。第5の実施形態では、この「かご変位モデル」に「レール変位モデル」を組み合わせた「拡張状態方程式モデル」を用いる。この「拡張状態方程式モデル」は、下記の式(14)と式(15)で表される。
【数14】
【0153】
式(14)と式(15)はセットであり、2自由度振動系の拡張状態方程式モデル(かご変位+レール変位モデル)における運転方程式と出力方程式である。なお、h1,h2はかご上部と下部におけるガイドレール間の相対変位量(m)、D1,D2はかご上部と下部におけるレール変位(撓み量)(m)である。U1,U2はかご上部と下部におけるアクチュエータの力である。また、AA[8×8],BB[8×2],CC[4×8]には、レール変位モデルの構成要素が含まれている。複雑な計算式となるため、詳細は省略するものとする。
【0154】
ここで、上記第1の実施形態における拡張状態方程式(式(8)および式(9)参照)との違いは、ガイドレール2−1の撓みによって乗りかご5が受ける水平方向の振動特性を表す状態方程式を変形して、ガイドレール2−1と乗りかご5間の相対変位を状態ベクトルとして状態方程式の形で表現している点である。このような拡張状態方程式を用いてオブザーバを構成すると、
図18のようになる。
【0155】
図18は第5の実施形態におけるオブザーバの構成を説明するための図である。図中の40は実際の振動系を表した実物(エレベータの乗りかご)を示している。61はオブザーバである。
【0156】
いま、一方のガイドレール2−1の撓みによるレール変位を推定する場合を例にして説明する。乗りかご5の走行中に、変位センサ15−1,15−2からガイドレール2−1と乗りかご5との間の相対変位を示す信号がオブザーバ61に入力される。
【0157】
オブザーバ61は、かご変位+レール変位モデル62、差分算出部63、オブザーバゲイン行列64とで構成される。
【0158】
かご変位+レール変位モデル62は、上記式(14)および式(15)に示した拡張状態方程式に相当し、かご変位の状態量(h1’,h2’,h1,h2)とレール変位の推定量(D1',D2',D1,D2)を出力する。このかご変位+レール変位モデル62から出力されるかご変位の状態量(h1’,h2’,h1,h2)が相対変位の推定値として差分算出部63に与えられる。
【0159】
差分算出部63は、この相対変位の推定値と相対変位の実測値とを比較し、その差分値をオブザーバゲイン行列64を介してかご変位+レール変位モデル62にフィードバックする。オブザーバゲイン行列64は、
図6のオブザーバゲイン行列45と同様に、相対変位の推定値と実測値との差分値に所定のゲインを乗じるための行列である。
【0160】
ここで、上記第1の実施形態で用いられた
図6のオブザーバ41は、出力値であるレール変位の推定量(D1’,D2’,D1,D2)がフィードバックされる構成である。つまり、推定結果をフィードバックして推定する構成となるため、例えば推定結果に誤差を含む場合に精度が低下する可能性がある。
【0161】
これに対し、第5の実施形態のオブザーバ61では、レール変位の推定量(D1’,D2’,D1,D2)がフィードバックされないため、推定精度や推定の安定性が得やすいといった利点がある。ただし、
図6の相対変位変換行列43に相当する複雑な式を事前に解いておく必要がある。
【0162】
このような構成のオブザーバ61を制御装置20に組み込み、
図3に示すように変位センサ15−1,15−2の信号を制御装置20に入力すれば、ガイドレール2−1の撓み量を推定できる。この推定結果に基づくフィードフォワード制御によりアクティブローラガイド7−1のアクチュエータ11−1とアクティブローラガイド7−2のアクチュエータ11−2を駆動すると、ガイドレール2−1の撓みによる変位をリアルタイムに吸収でき、乗りかご5の水平振動を低減できる。
【0163】
なお、
図8の構成では、変位センサ15−1,15−2の信号をそのままの大きさでオブザーバ41に入力しているが、例えば
図7に示すように、変位センサ15−1,15−2の信号に補正ゲイン46を乗じてから入力する構成としても良い。
【0164】
また、ここでは説明を簡単にするため、一方のガイドレール2−1の撓み量を推定する場合を想定して説明したが、実際には、変位センサ15−3,15−4を用いて、他方のガイドレール2−2の撓み量も含めて推定する。
【0165】
要するに、オブザーバ61は、変位センサ15−1〜15−4の信号から乗りかご5の状態量として得られるレールとかご間の相対変位および相対変位速度を入力信号とし、拡張状態方程式モデルを用いてガイドレール2−1,2−2の撓み量を略リアルタイムに推定する。このオブザーバ41の推定結果に基づいてアクティブローラガイド7−1〜7−4の制振機構(アクチュエータ11−1〜11−4)をフィードフォワード制御することによって、あたかも、事前にガイドレール2−1,2−2の撓み量を学習したものと同様の制振効果を得ることができる。
【0166】
また、ここでは説明を簡単にするため、一方のガイドレール2−1の撓み量を推定する場合を想定して説明したが、実際には、変位センサ15−3,15−4を用いて、他方のガイドレール2−2の撓み量も含めて推定する。
【0167】
要するに、オブザーバ41は、変位センサ15−1〜15−4の信号から乗りかご5の状態量として得られるレールとかご間の相対変位および相対変位速度を入力信号とし、拡張状態方程式モデルを用いてガイドレール2−1,2−2の撓み量を略リアルタイムに推定する。このオブザーバ41の推定結果に基づいてアクティブローラガイド7−1〜7−4の制振機構(アクチュエータ11−1〜11−4)をフィードフォワード制御することによって、あたかも、事前にガイドレール2−1,2−2の撓み量を学習したものと同様の制振効果を得ることができる。
【0168】
このように第5の実施形態によれば、レールとかご間の相対変位を状態ベクトルとしたかご変位モデルとレール変位モデルとを組み合わせた拡張状態方程式を用いてオブザーバを構成することで、より高精度にレール変位(撓み量)を推定して制振効果を上げることができる。
【0169】
なお、この第5の実施形態と上記第2乃至第4の実施形態を適宜組み合わせて構成することも可能である。
【0170】
以上述べた少なくとも1つの実施形態によれば、安価な構成にて、乗りかごの走行中にレールの撓みに起因した振動を確実にとらえて効果的に低減することができるアクティブローラガイド装置を提供することができる。
【0171】
なお、上記各実施形態では、エレベータを例にして説明したが、例えば電車などのようにレール上を走行する移動体であれば、本発明の手法を適用して振動を低減させることも可能である。
【0172】
要するに本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【解決手段】一実施形態に係るエレベータのアクティブ制振装置は、乗りかご5とガイドレール2−1間の相対変位を検出する少なくとも1つの変位センサ15−1と、この変位センサ15−1の信号を用いガイドレール2−11の撓み量を略リアルタイムに推定し、その推定結果に基づいて乗りかご5の振動を抑制する方向にアクティブローラガイド7−1のアクチュエータ11−1を制御する制御装置20とを備える。