【実施例】
【0021】
図1は、本発明の一実施例の電解質膜12を備える燃料電池14の構成を模式的に示す断面図である。
図1において、燃料電池14は、例えば白金や遷移金属等を担持する触媒担持カーボンを電解質膜12側の一面全体に支持したカーボンクロスから成り、導電性およびガス透過性を有するアノード(燃料極)16およびカソード(空気極)18が、電解質膜12を介して対向した構造を有している。また、燃料電池14には、アノード16の電解質膜12と接していない側に燃料室20と、カソード18の電解質膜12と接していない側に酸化剤ガス室22とが配置させられており、燃料室20には例えば水素ガス(H
2)等が供給され、酸化剤ガス室22には例えば酸素(O
2)を含む気体(空気)等が供給されている。このように構成された燃料電池14では、燃料電池14に電流を印加すると、カソード18において酸素含有ガス中の酸素と水(H
2O)とが還元反応して水酸化物イオン(OH
−)が生成され、その生成された水酸化物イオンがカソード18から電解質膜12を介してアノード16に供給される。そして、アノード16において、水酸化物イオン(OH
−)が燃料と反応して水を生成し電子(e
−)を放出することにより発電が行われる。なお、燃料電池14は、カソード18での還元反応により生成された水酸化物イオン(OH
−)が電解質膜12であるアニオン交換膜(アルカリ電解質膜)を介してアノード16へ移動し、燃料との酸化還元反応により発電するアニオン交換膜型燃料電池である。
【0022】
電解質膜12は、価数の異なる2種類以上の金属イオンから成る無機質の層状複水酸化物の粒子で表面がコーティングされたポリマー多孔質膜である有機無機ハイブリッド多孔質膜10を基材とし、この有機無機ハイブリッド多孔質膜10の連通気孔である細孔内に、アニオン伝導材料が充填されたものである。
図2は、電解質膜12にその基材(骨材)として含まれる有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面を示す概念図である。
図2に示すように、有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、たとえばマイクロスピニング法により繊維化された繊維状ポリマーが絡み合った状態で層状に成形されることにより、例えばPVDF(ポリフッ化ビニリデン、Poly Vinylidene DiFluoride)膜等の比較的高いガス透過性を有する有機質のポリマー多孔質膜24の表面に、例えばマグネシウムイオン(Mg
2+)等の2価の金属イオンと例えばアルミニウムイオン(Al
3+)等の3価の金属イオンとから成る無機質の層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされている。なお、PVDF膜は、50nm〜5μm程度の平均細孔径と、30〜90%程度の気孔率とを有する。
【0023】
電解質膜12は、アニオン伝導材料、たとえば陰イオン伝導ポリマー例えばクロロメチル(CM)基と4級アンモニウム基(QA)とを連鎖上に有する芳香族系アニオン交換ポリマーや、芳香族環を持つ非架橋のブロック共重合体等が、有機無機ハイブリッド多孔質膜10の連通する細孔10a内に、ガス漏れが生じないように緻密に充填されることにより作製されたものである。なお、有機無機ハイブリッド多孔質膜10の細孔10aに上記陰イオン伝導ポリマーを充填させる方法としては、例えば、有機無機ハイブリッド多孔質膜10を電解質モノマー溶液に浸漬し真空引きをして細孔10a内にその電解質モノマー溶液を含浸させた後、その電解質モノマー溶液のモノマーを重合させる方法でもよいが、後述の細孔フィリングプロセスが好適に用いられる。
【0024】
図3は、有機無機ハイブリッド多孔質膜10においてポリマー多孔質膜24の表面にコーティングされた層状複水酸化物LDHの構造を模式的に示す図である。その
図3に示すように、層状複水酸化物LDHは、ランダムに存在する二価または三価の金属イオン例えばマグネシウムイオン(Mg
2+)、アルミニウムイオン(Al
3+)等が水酸化物イオン(OH
−)に囲まれた複数層の基本層26と、それら複数層の基本層26との間の層間に存在する例えば炭酸イオン(CO
32−)等の陰イオン28および図示しない水分子から成る中間層30とから構成されている。なお、本実施例の無機質の層状複水酸化物LDHは、上記基本層26と中間層30との層状構造が規則的に積み重ねられており、例えば、基本層26が[Mg
2+1−xAl
3+x(OH)
2]
x+で表され、中間層30が[CO
32−x・yH
2O]
x−で表される。
【0025】
図4は、前述した有機無機ハイブリッド多孔質膜10の製造工程SA1乃至SA4を説明する工程図である。
図4に示すように、先ず、溶液作製工程SA1において、硝酸マグネシウム6水和物(Mg(NO
3)
2・6H
2O)を例えば0.030molと、硝酸アルミニウム9水和物(Al(NO
3)
3・9H
2O)を例えば0.015molと、尿素(Urea、CO(NH
2)
2)を例えば0.420molとを精製水に溶かして、複数の金属塩例えば硝酸マグネシウムおよび硝酸アルミニウムが溶解された溶液が作製される。なお、上記溶液において、尿素と硝酸イオンとのモル比すなわちUrea/[NO
3]は、4.0である。
【0026】
次に、析出工程SA2において、溶液作製工程SA1で得られた溶液をポリ−テトラ−フルオロ−エチレンの容器に移し、その容器内の溶液中において比較的高い疎水性があるポリマー多孔質膜24例えばPVDF膜等を入れ、上記容器を密封してオーブンに入れて例えば95℃で12時間保持させる。これにより、上記溶液中のポリマー多孔質膜24の表面に小片状の層状複水酸化物LDHが析出させられる。なお、析出工程SA2で使用されるポリマー多孔質膜24であるPVDF膜は比較的高い疎水性があるため、例えば上記溶液がPVDF膜に浸透しない場合には、そのPVDF膜を例えばエタノールで濡らしてから上記溶液に入れる。なお、上記PVDF膜は、例えば以下のPVDF膜作製表条件で作製されたものであり、高分子(PVDF)が溶媒に溶解された高分子溶液に高電圧を印加することで繊維化するエレクトロスピニング法により得られた繊維を例えば
図2に示すように相互に絡みあった状態で膜状に成形或いは積層したものである。
【0027】
[PVDF膜作製条件]
・高分子溶液
ポリマー: PVDF(株式会社クレハ、KFポリマー W♯1100)
溶媒: Acetone(アセトン)/DMF(N,N−ジメチルホルムアミド)
重量比3:7
濃度: 20wt.%
・エレクトロスピニング条件
装置: NANON(株式会社メック)
電圧: 20kV
流量: 1ml/hr
ノズル: 27G(テルモ注射針)
距離(ノズルからコレクター):15cm
膜厚み: 5〜20μm
【0028】
次に、洗浄工程SA3において、析出工程SA2によって表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされたポリマー多孔質膜24すなわち有機無機ハイブリッド多孔質膜10が精製水で洗浄される。次に、乾燥工程SA4において、洗浄工程SA3で洗浄された有機無機ハイブリッド多孔質膜10が例えば80度で乾燥される。これにより、有機無機ハイブリッド多孔質膜10が得られる。
【0029】
[実験I]
ここで、本発明者等が行った実験Iを説明する。なお、この実験Iは、前述した析出工程SA2によって、ポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされることを検証するための実験である。
【0030】
この実験Iでは、先ず、溶液作製工程SA1乃至乾燥工程SA4を経て
図5に示す実施例品1乃至実施例品5の有機無機ハイブリッド多孔質膜10を製造した。そして、製造された実施例品1乃至実施例品5の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、ポリマー多孔質膜24であるPVDF膜の表面に粒子が析出されたかを、FE−SEM(電界放射型走査型電子顕微鏡、Field Emission Scanning Electron Microscope)によるFESEM写真を用いて判定した。更に、PVDF膜の表面に析出された粒子が、層状複水酸化物LDHであるか否かをEDX(エネルギー分散型X線分光法)およびX線回折(X−ray diffraction)により判定した。なお、
図5に示すように、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、前述した溶液作製工程SA1乃至乾燥工程SA4を経て製造されたものである。また、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に対して析出工程SA2で保温時間が12時間から24時間に変更された点で異なりそれ以外は実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に製造されたものである。また、実施例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に対して析出工程SA2で保温時間が12時間から48時間に変更された点で異なりそれ以外は実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に製造されたものである。また、実施例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に対して析出工程SA2で保温温度が95℃から120℃に変更された点で異なりそれ以外は実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に製造されたものである。また、実施例品5の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に対して、析出工程SA2で保温温度が95℃から120℃に変更され且つ保温時間が12時間から24時間に変更された点で異なり、それ以外は同様に製造されたものである。
【0031】
更に、上記実験Iでは、
図5に示す比較例品1乃至比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10を製造し、上記と同様に、製造された比較例品1乃至比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、ポリマー多孔質膜24であるPVDF膜の表面に粒子が析出されたかを、FE−SEMによるFESEM写真を用いて判定した。なお、
図5に示すように、比較例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、前述した析出工程SA2で処理される前のポリマー多孔質膜24すなわちPVDF膜である。また、比較例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に対して溶液作製工程SA1で作製された溶液において溶かされた尿素(Urea)が0.420molから0.210molに変更すなわち上記溶液中のUrea/[NO
3]のモル比が4.0から2.0に変更された点で異なりそれ以外は実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に製造されたものである。また、比較例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に対して溶液作製工程SA1で作製された溶液において溶かされた尿素(Urea)が0.420molから0.315molに変更すなわち上記溶液中のUrea/[NO
3]のモル比が4.0から3.0に変更された点で異なりそれ以外は実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に製造されたものである。また、比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に対して析出工程SA2で保温時間が12時間から6時間に変更された点で異なりそれ以外は実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に製造されたものである。
【0032】
以下、
図6乃至
図13を用いて実験Iの評価結果の要点を説明する。
図6の比較例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10すなわちポリマー多孔質膜24のFESEM写真に示すように、析出工程SA2の処理前のPVDF膜においてファイバーの表面は滑らかであった。また、
図7の比較例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真に示すように、比較例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面は、
図6に示す析出工程SA2の処理前のPVDF膜と略同じであり、比較例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、ポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子が析出しなかった。また、
図8の比較例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真に示すように、比較例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面は、
図6に示す析出工程SA2の処理前のPVDF膜と略同じであり、比較例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、ポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子が析出しなかった。また、
図9の比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真に示すように、比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面は、
図6に示す析出工程SA2の処理前のPVDF膜と略同じであり、比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、ポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子が析出しなかった。
【0033】
また、
図10の実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真に示すように、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面には、
図6に示す析出工程SA2処理前のPVDF膜に比べると、鱗片状(小片状)の粒子が略均一に析出されていた。また、
図11の実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真に示すように、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面には、
図6に示す析出工程SA2処理前のPVDF膜に比べると、鱗片状の粒子が略均一に析出されていた。なお、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に析出された鱗片状の粒子は、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に析出された鱗片状の粒子より小さい。また、
図12の実施例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真に示すように、実施例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面には、
図6に示す析出工程SA2処理前のPVDF膜に比べると、鱗片状の粒子が略均一に析出されていた。また、
図13の実施例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真に示すように、実施例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10の表面には、
図6に示す析出工程SA2処理前のPVDF膜に比べると、鱗片状の粒子が略均一に析出されていた。
【0034】
図14および
図19は、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のFESEM写真を示す図である。また、
図15および
図20は、
図14、
図19で示された実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に含まれる元素Mg、Alの原子比(At.%)を示す図である。
図16および
図21は、
図14、
図19で示された実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に存在するMg元素の分布を示す図である。
図17および
図22は、
図14、
図19で示された実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に存在するAl元素の分布を示す図である。
図18および
図23は、
図14、
図19で示された実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10に存在する複数の元素の強度(カウント数)を示す図である。なお、
図14乃至
図19、
図20乃至
図23は、
図14、
図19に示す実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10を、EDX(エネルギー分散型X線分光法)によって元素分析や組成分析したものである。
【0035】
図14乃至
図19に示すように、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、PVDF膜であるポリマー多孔質膜24の表面に析出された鱗片状の粒子の主な成分は、層状複水酸化物LDHに含まれるMgおよびAlであることが分かった。また、
図16および
図17に示すように、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、MgとAlとの二種類の元素がPVDF膜のファイバー全体に均一に分散していることが観察された。また、
図19乃至
図23に示すように、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、PVDF膜であるポリマー多孔質膜24の表面に析出された鱗片状の粒子の主な成分は、層状複水酸化物LDHに含まれるMgおよびAlであることが分かった。また、
図21および
図22に示すように、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、MgとAlとの二種類の元素がPVDF膜のファイバー全体に均一に分散していることが観察された。
【0036】
図24に示すように、比較例品1の析出工程SA2が行われていないPVDF膜のXRDパターンは、20度付近に2箇所回折ピークが観測されており、層状複水酸化物LDHのXRDパターンは、10度付近、24度付近、35度付近、40度付近、48度付近に回折ピークが観測されている。また、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のXRDパターンは、10度付近、20度付近に2箇所、24度付近、35度付近、40度付近、48度付近に回折ピークが観測されており、PVDF膜由来の回折ピーク以外に、層状複水酸化物LDHに帰属する回折ピークが観測された。このため、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、ポリマー多孔質膜24であるPVDF膜のファイバーの表面に均一に成長した鱗片状の粒子は、層状複水酸化物LDHから成る粒子であることが分かった。また、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のXRDパターンは、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に、10度付近、20度付近に2箇所、24度付近、35度付近、40度付近、48度付近に回折ピークが観測されており、PVDF膜由来の回折ピーク以外に、層状複水酸化物LDHに帰属する回折ピークが観測された。このため、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、ポリマー多孔質膜24であるPVDF膜のファイバーの表面に均一に成長した鱗片状の粒子は、層状複水酸化物LDHから成る粒子であることが分かった。なお、図示していないが、実施例品1、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に、前述したEDX(エネルギー分散型X線分光法)およびX線回折(X−ray diffraction)から、実施例品3および実施例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、ポリマー多孔質膜24であるPVDF膜のファイバーの表面に均一に成長した鱗片状の粒子は、層状複水酸化物LDHから成る粒子であった。
【0037】
図6乃至
図24の上記実験Iの結果によれば、比較例品1乃至比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、そのPVDF膜であるポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされなかったが、実施例品1乃至実施例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、そのPVDF膜であるポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされた。このため、析出工程SA2によって、ポリマー多孔質膜24の表面に鱗片状の層状複水酸化物LDHが析出されたと考えられる。
【0038】
また、
図6乃至
図24の上記実験Iの結果によれば、比較例品2、比較例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、PVDF膜の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされなかったが、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、PVDF膜の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされた。このため、析出工程SA2において、PVDF膜を入れる溶液に溶かされた尿素を0.420mol以上またはその溶液中のUrea/[NO
3]のモル比を4.0以上にすることによって、好適にPVDF膜の表面に層状複水酸化物LDHをコーティングさせることができると考えられる。
【0039】
また、
図6乃至
図24の上記実験Iの結果によれば、比較例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、PVDF膜の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされなかったが、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10では、PVDF膜の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされた。このため、析出工程SA2において、保持時間を12時間以上にすることによって、好適にPVDF膜の表面に層状複水酸化物LDHをコーティングさせることができると考えられる。
【0040】
[実験II]
次に、本発明者等が行った実験IIを説明する。なお、この実験IIは、PVDF膜であるポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされた有機無機ハイブリッド多孔質膜10が、イオン伝導性を有することを検証するための実験である。
【0041】
この実験IIでは、先ず、前述した実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10をそれぞれ用いて、
図25に示すように、一対の金電極32および34をその有機無機ハイブリッド多孔質膜10の両面に取り付けた。そして、交流インピーダンスアナライザー法で、環境温度80℃における相対湿度80%の時の上記実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10および実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のイオン伝導率をそれぞれ測定した。なお、上記実験IIにおいて、上記有機無機ハイブリッド多孔質膜10の環境制御は、ESPEC社製(Japan)SH−221の小型環境試験器を使用し、上記有機無機ハイブリッド多孔質膜10のイオン伝導率の測定は、Solartron Analytical社製(UK)Solartron 1260 lmpedance/gain−phase analyzerの電気特性評価装置を使用した。
【0042】
以下、
図26を用いて上記実験IIの結果を示す。
図26に示すように、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のイオン伝導率は、1.2×10
−6[S/cm]であり、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10自体にイオン伝導性を有していることが分かった。また、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のイオン伝導率は、1.1×10
−8[S/cm]であり、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10自体にイオン伝導性を有していることが分かった。なお、図示していないが、実施例品3の有機無機ハイブリッド多孔質膜10および実施例品4の有機無機ハイブリッド多孔質膜10自体にも、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10および実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10と同様に、イオン伝導性を有していた。
【0043】
図26の上記実験IIの結果によれば、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10および実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、イオン伝導性を有していた。このため、PVDF膜であるポリマー多孔質膜24の表面が、層状複水酸化物LDHの粒子でコーティングされることによって、そのポリマー多孔質膜24の表面が層状複水酸化物LDHの粒子でコーティングされた有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、イオン伝導性を有すると考えられる。
【0044】
図26の上記実験IIの結果によれば、実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10のイオン伝導率は、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜のイオン伝導率より高かった。また、前述したように
図10乃至
図11から実施例品1の有機無機ハイブリッド多孔質膜10においてPVDF膜の表面にコーティングされた層状複水酸化物LDHの粒子の大きさは、実施例品2の有機無機ハイブリッド多孔質膜10における層状複水酸化物LDHの粒子に比べて小さかった。このため、PVDF膜の表面にコーティングされた層状複水酸化物LDHの粒子の大きさが小さい程、有機無機ハイブリッド多孔質膜10のイオン伝導率が高くなると考えられる。
【0045】
図27は、電解質膜12の基材として有機無機ハイブリッド多孔質膜10を用い、その細孔10a中にアニオン伝導材料を緻密に充填して電解質膜12を製造する製造工程を説明する工程図である。
図27において、プレス工程SB1では、LDHコーティングされた有機無機ハイブリッド多孔質膜10に、たとえばプレス荷重7×10
3N/8×10
−3m
2で1分間のプレスが行われる。次いで、溶媒浸漬工程SB2では、有機無機ハイブリッド多孔質膜10が、たとえば超音波中で30分間、エタノールに浸漬される。モノマー溶液作製工程SB3では、VBTACのモノマーとイニシエータ(重合開始剤)とがエタノールに溶解されることによりモノマー溶液が作製される。このイニシエータとしては、たとえば、2,2’−Azobis(2−methylpropionamidine)dihydrochloride(V50)水溶液が加えられる。
【0046】
モノマー溶液浸漬工程SB4では、有機無機ハイブリッド多孔質膜10が、たとえば4℃に冷却されたモノマー溶液中に2時間浸漬される。次いで、溶媒除去工程SB5では、有機無機ハイブリッド多孔質膜10に含浸されたモノマー溶液中からエタノールを除去するために、モノマー溶液が含浸されている有機無機ハイブリッド多孔質膜10をテフロン(登録商標)シート上に室温で載置してエタノールを徐々に蒸発させつつ、その有機無機ハイブリッド多孔質膜10上にモノマー溶液を滴下し、モノマーが飽和状態となるまでの時間継続する。
【0047】
次に、重合工程SB6では、有機無機ハイブリッド多孔質膜10をテフロン(登録商標)シートを介してガラス板で挟持した状態で、オーブン中において、60℃程度の温度で重合を進行させる。これにより、有機無機ハイブリッド多孔質膜10中に含浸されたVBTACのモノマーがポリマー化され、有機無機ハイブリッド多孔質膜10中にVBTACが緻密に充填された電解質膜12が得られる。次いで、洗浄工程SB7では電解質膜12が精製水で水洗され、乾燥工程SB8では電解質膜12が約80℃で乾燥される。上記モノマー溶液浸漬工程SB4、溶媒除去工程SB5、および重合工程SB6は、有機無機ハイブリッド多孔質膜10の細孔10a内にアニオン伝導材料を緻密に充填するマイクロフィリング工程すなわち充填工程に対応している。
【0048】
[実験III]
次に、本発明者等が行った実験IIIを説明する。この実験IIIは、PVDF膜であるポリマー多孔質膜24の表面に層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされた有機無機ハイブリッド多孔質膜10の細孔10a内に、アニオン伝導材料を緻密に充填した電解質膜12の、形状安定性、イオン伝導率などの性能や、膜の表面状態および膜構造を検証するための実験である。
【0049】
この実験IIIでは、先ず、
図27の工程図に示されたものと同じ工程に従って、前述した実施例品5をプレスした有機無機ハイブリッド多孔質膜10の細孔内にVBTACを緻密に充填して作製された電解質膜(実施例品1)と、無機質の層状複水酸化物LDHの粒子がコーティングされないPVDF(ポリマー多孔質)膜の細孔内にVBTACを緻密に充填して作製された電解質膜(比較例品1)と、前述の実施例品5のプレスなしの有機無機ハイブリッド多孔質膜10の細孔内にVBTACを緻密に充填して作製された電解質膜(比較例品2)とをそれぞれ複数個作製し、それら2種類或いは3種類の電解質膜の評価を行なった。
【0050】
図28は、実施例品1の電解質膜と比較例品1の電解質膜と比較例品2の電解質膜との各1個の形状安定性の評価結果を示す図表である。
図28において、LDHの粒子がコーティングされないプレス後のPVDF膜の細孔内にVBTACが充填された電解質膜(比較例品1)は、VBTACの充填前に対してVBTACの充填後では52%の膨張が観察された。しかし、LDHの粒子がコーティングされたプレス後のPVDF膜の細孔内にVBTACが充填された電解質膜(実施例品1)は、VBTACの充填前に対してVBTACの充填後では20%の収縮が見られ、形状が安定していることが確認された。また、LDHの粒子がコーティングされたプレスされないPVDF膜の細孔内にVBTACが充填された電解質膜(比較例品2)は、VBTACの充填前に対してVBTACの充填後では12%の収縮が見られ、形状が安定していることが確認された。
【0051】
図29および
図30は、電解質膜(実施例品1)に関し、LDHの粒子がコーティングされたPVDF膜の細孔内にVBTACが充填される前および充填された後のFESEM写真を示している。また、
図31および
図32は、電解質膜(比較例品1)に関し、LDHの粒子がコーティングされたPVDF膜の細孔内にVBTACが充填される前および充填された後のFESEM写真を示している。また、
図29および
図31を比較すると、実施例品1ではPVDF膜を構成する繊維の表面にLDHの粒子のコーティングが確認されるが、比較例品1ではLDHの粒子のコーティングがない。
図30および
図32を比較すると、
図30の実施例品1では、PVDF膜の細孔内にVBTACが緻密に充填されているのに対して、
図32の比較例品1では、膨潤に起因すると推定される亀裂の発生が明確に認識できる。このような亀裂は、ガス漏れの原因となる。
【0052】
図33および
図34は、電解質膜(実施例品1)および電解質膜(比較例品1)に充填されたVBTACの官能基(アニオン交換基)の存在を確認するためのATRスペクトル(全反射測定法による反射(透過)スペクトル)を示している。
図33の上段は、実施例品1においてLDHの粒子がコーティングされたPVDF膜の細孔内にVBTACが充填された後の透過スペクトルを示し、下段は、実施例品1においてLDHの粒子がコーティングされたPVDF膜の細孔内にVBTACが充填される前の透過スペクトルを示している。
図33の上段に示すスペクトルでは、破線で示すようにVBTACの官能基固有の吸収帯に対応する波数3000〜2800(cm
−1)、波数2200(cm
−1)、および波数1600(cm
−1)における局所的な低下が観測されるので、そのVBTACの官能基の存在が確認できるが、
図33の下段に示すスペクトルではそのような局所的な低下が見られない。また、
図34の上段は、比較例品1においてLDHの粒子がコーティングされていないポリマー多孔質膜内にVBTACが充填された後の透過スペクトルを示し、下段は、比較例品1においてLDHの粒子がコーティングされていないポリマー多孔質膜内にVBTACが充填される前の透過スペクトルを示している。
図34の上段に示すスペクトルでは、破線で示すようにVBTACの官能基固有の吸収帯に対応する波数3000〜2800(cm
−1)、波数2200(cm
−1)、および波数1600(cm
−1)における局所的な低下が観測されるので、そのVBTACの官能基の存在が確認できるが、
図34の下段に示すスペクトルではそのような局所的な低下が見られない。
【0053】
次に、
図30の実施例品1、
図32の比較例品1、および比較例品2を用いて、相対湿度RHが98%および50%における、温度(℃)に対するイオン伝導率(ms/cm)の変化特性を確認するために、各相対湿度および各測定温度におけるイオン伝導率を、
図35に示す方法で測定した。
図35において、測定対象のアニオン交換膜は、2cm×1cmの矩形とされた試料TPの表裏に、面方向の間隔が1cmとされた互いに並行な一対の白金電極PEを用いて2端子法によりイオン伝導率が測定された。表1および表2は、高相対湿度環境におけるイオン伝導率および低相対湿度環境におけるイオン伝導率の測定結果をそれぞれ示している。また、
図36および
図37は、高相対湿度環境(RH:98%)および低相対湿度環境(RH:50%)において、実施例品1、比較例品1、比較例品2の各測定温度におけるイオン伝導率の測定結果をそれぞれ示すグラフである。
【0054】
[表1]
相対湿度RH:98%環境におけるイオン伝導率(mS/cm)
測定温度(℃)30 40 50 60 70 80
実施例品1 35 45 58 69 82 95
比較例品1 27 − 40 45 53 64
比較例品2 − 38 46 56 − 75
【0055】
[表2]
相対湿度RH:50%環境におけるイオン伝導率(mS/cm)
測定温度(℃) 40 50 60 70 80
実施例品1 4.9 7.0 10.1 13.5 18.0
比較例品1 − 0.2 0.3 − 0.6
比較例品2 3.5 5.2 7.0 9.9 13.2
【0056】
表1、表2および
図36、
図37から明らかなように、相対湿度RHに関して、実施例品1、比較例品1、および比較例品2のイオン伝導率は相対湿度RHが高い程高いイオン伝導率が得られる。また、実施例品1は、比較例品1および比較例品2に比較して、相対湿度RHの低下に拘わらずイオン伝導率の低下割合が少ない。実用環境では低湿度での性能も重視されるので、この実施例品1の特性は有利である。次に、表1および
図36、或いは表2および
図37から明らかなように、同じ相対湿度環境において、実施例品1は、比較例品1および比較例品2に比較して、イオン伝導率が大幅に高い。有機無機ハイブリッド多孔質膜10において、層状複水酸化物の粒子で表面がコーティングされたポリマー多孔質膜自体にイオン伝導性が生じて、電解質膜全体のイオン伝導性が大幅に高くなったからである。また、
図36において、比較例品1は比較例品2よりイオン伝導率が高い。
【0057】
上述のように、本実施例の電解質膜12によれば、価数の異なる2種類以上の金属イオンから成る無機質の層状複水酸化物LDHの粒子で表面がコーティングされたポリマー多孔質膜24自体にイオン伝導性があることから、そのポリマー多孔質膜24の細孔10a内にアニオン伝導材料(VBTAC)が充填されることで構成された電解質膜12は、イオン伝導性のないポリマー多孔質膜を用いた場合に比べて、電解質膜12のイオン伝導性が大幅に高くなる。また、ポリマー多孔質膜24は有機系であることから、それが基材として用いることによって、電解質膜12の機械的強度を向上させることができる。すなわち、価数の異なる2種類以上の金属イオンから成る無機質の層状複水酸化物LDHの粒子で表面がコーティングされたポリマー多孔質膜24すなわち有機無機ハイブリッド多孔質膜10を用いることにより、比較的高いイオン伝導性および機械的強度を共に有する電解質膜12を得ることができる。
【0058】
また、本実施例の電解質膜12によれば、ポリマー多孔質膜24は、エレクトロスピニング法により繊維化された繊維状樹脂が相互に絡み合った状態で膜状に成形されたものである。これにより、高い気孔率が得られるため、アニオン伝導材料(VBTAC)の充填率が高められるので、電解質膜12の性能が得られるとともに、柔軟性が得られるので、電解質の膨張や取り扱いに対して機械的強度が向上した電解質膜12が得られる。
【0059】
また、本実施例の電解質膜12によれば、アニオン伝導材料(VBTAC)は、ポリマー多孔質膜24に含浸された該アニオン伝導材料のモノマー溶液中の溶媒の蒸発に応じて該モノマー溶液を補充して濃度を高めた後、前記ポリマー多孔質膜中のモノマーを重合させる処理により、ポリマー多孔質膜24の細孔内に充填される。このようにすれば、アニオン伝導材料の充填率が一層高められるので、電解質膜12の性能が得られる。
【0060】
また、本実施例の電解質膜12の基材である有機無機ハイブリッド多孔質膜10は、(a)複数種類の金属塩例えば硝酸マグネシウムおよび硝酸アルミニウムが溶解された溶液を作製する溶液作製工程SA1と、(b)前記溶液中においてPVDF膜であるポリマー多孔質膜24を入れそのポリマー多孔質膜の表面に小片状の層状複水酸化物LDHを析出させ、該表面を該層状複水酸化物LDHでコーティングする析出工程SA2と、(c)ポリマー多孔質膜24の細孔内に、アニオン伝導材料を充填する充填工程(SB4−SB6)とを、含む製造方法により製造される。この製造方法によれば、溶液作製工程SA1において複数の金属塩が溶解された溶液が作製され、析出工程SA2において前記溶液中においてポリマー多孔質膜24を入れそのポリマー多孔質膜24の表面に小片状の層状複水酸化物が析出されることで、ポリマー多孔質膜24の表面が層状複水酸化物の粒子でコーティングされたイオン伝導性を有する有機無機ハイブリッド多孔質膜10が得られ、その有機無機ハイブリッド多孔質膜10を電解質膜12の基材として用いることによって、比較的高いイオン伝導性および強度を有する電解質膜12を製造することができる。
【0061】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
【0062】
たとえば、前述の実施例において、価数の異なる2種類以上の金属イオンから成る無機質の層状複水酸化物LDHの粒子で表面がコーティングされたポリマー多孔質膜24すなわち有機無機ハイブリッド多孔質膜10の細孔内にアニオン伝導材料(VBTAC)が充填された電解質膜12は、燃料電池14に用いられていたが、二次電池にも用いられる。
【0063】
なお、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。