【実施例1】
【0030】
上記実施形態において説明した鋼材の表面処理方法によって処理された鋼材の表面に施された塗装の密着性、耐食性について検証した結果について、
図5から
図7を用いて説明すれば以下の通りである。
なお、
図5および
図6に示す試験結果に表示されたPFE−CRとは、鋼板(SPCC−SD(JIS G3141鋼板(100×70×0.8mmt)))に対して、本発明の表面処理方法によって表面処理した試験片による試験結果を示している。より詳細には、PFE−CRは、上記実施形態で説明したAppre Hybrid液等を用いた表面処理が施された後、紛体1コート(関西ペイント社製エバクラッド8010ナチュラル)で塗装された試験片である。
【0031】
一方、PZ(亜鉛系リン酸塩皮膜)とは、PFE−CR試験片と共通の鋼板(SPCC−SD(JIS G3141鋼板(100×70×0.8mmt)))に対して、従来のリン酸亜鉛を含む処理液によって表面処理した試験片による試験結果を示している。より詳細には、PZは、パルテック製工業用リン酸亜鉛処理された後、PFE−CRと同様に、紛体1コート(関西ペイント社製エバクラッド8010ナチュラル)で塗装された試験片である。
【0032】
<塗装の引っかき硬度試験および付着性試験>
ここで、本発明の鋼材の表面処理方法によって処理された後、塗装が施された鋼材について、引っかき硬度試験および付着性試験を行った結果を、
図5に示す。
(引っかき硬度試験)
まず、引っかき硬度試験は、JIS K 5600−5−4(塗装一般試験方法−第5部:塗膜の機械的性質−第4節:引っかき硬度(鉛筆硬度)に従って実施した。
【0033】
なお、ここで要求される品質としては、焼き付け型エナメルの場合には鉛筆硬度F以上である。
この結果、PFE−CRの試験片およびPZの試験片ともに、鉛筆硬度H以上と同等の引っかき硬度を有していることが分かった。
つまり、引っかき硬度試験においては、本発明の鋼材の表面処理方法と従来の鋼材の表面処理方法とは、同等の結果が得られた。
【0034】
(付着性試験)
次に、付着性試験は、JIS D 0202(自動車部品の塗膜通則 3.14 碁盤目付着性)に従って実施した。ただし、付着性試験における切り傷間隔を2.0mm、マス目の数を100として試験を行った。
なお、ここで要求される品質としては、マス目100個のうち、95〜100のマス目において塗装が剥離していない状態である。
【0035】
この結果、PFE−CRの試験片およびPZの試験片ともに、マス目100個のうち、100個のマス目において塗装が剥離していないことが分かった。
つまり、付着性試験においても、本発明の鋼材の表面処理方法と従来の鋼材の表面処理方法とは、同等の結果が得られた。
【0036】
<耐食性試験>
次に、本発明の鋼材の表面処理方法によって処理された後、塗装が施された鋼材について、耐食性試験を行った結果を、
図6に示す。
なお、試験片は、上述した引っかき硬度試験および付着性試験で用いたものと同じ試験片を用いて試験を行った。
ここで、耐食性試験は、JIS K 5600−7−1に従って、暴露の面にJIS K 5600−5−6に規定されている単一刃を用いて試験片の端から20mm内側に対角状に交差するスクラッチを施した各試験片に対して塩水を噴霧し、120h経過時、240h経過時、480h経過時、600h経過時、720h経過時における塗装の一部に生じたサビ部分の幅、膨れ部分の幅を測定することで、塩水噴霧腐食性能を確認する試験を行った。
【0037】
(120h経過時)
この結果、従来のPZの試験片では、120h経過時のサビ幅、膨れ幅は、ともに1.0mm未満であった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、従来のPZの試験結果と同様に、120h経過時のサビ幅、膨れ幅は、ともに1.0mm未満であった。
よって、120h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片と同等の試験結果が得られた。
【0038】
(240h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、240h経過時のサビ幅は、1.4mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片1,2,4,5が、240h経過時のサビ幅、膨れ幅は、ともに1.0mm未満であった。そして、試験片3が、240h経過時のサビ幅は、1.2mmであった。
よって、240h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
【0039】
(480h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、480h経過時のサビ幅は、1.9mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片2,3,4,5が、480h経過時のサビ幅は、1.2mm,1.8mm、1.6mm、1.4mmであった。そして、試験片1が、480h経過時の膨れ幅は、1.4mmであった。
よって、480h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
【0040】
(600h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、600h経過時のサビ幅は、2.5mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片2,3,4,5が、600h経過時のサビ幅は、2.0mm,2.5mm、2.3mm、2.5mmであった。そして、試験片1が、600h経過時の膨れ幅は、1.9mmであった。
よって、600h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
【0041】
(720h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、720h経過時のサビ幅は、3.0mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片2,3,4,5が、720h経過時のサビ幅は、2.7mm、2.6mm、2.5mm、2.9mmであった。そして、試験片1が、720h経過時の膨れ幅は、2.0mmであった。
【0042】
よって、720h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
以上のように、本発明の鋼材の表面処理方法は、耐食性試験において、従来の鋼材の表面処理方法に対して同等以上の結果が得られた。
【0043】
<皮膜の形状>
本実施形態では、上述したオルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いることで、鋼材の表面に、
図7(a)に示すような皮膜を形成する。
図7(a)は、SEM(走査型電子顕微鏡)によって撮影した1万倍の拡大画像を示している。
一方、
図7(b)は、従来の表面処理方法によって形成された亜鉛系リン酸塩処皮膜をSEM(走査型電子顕微鏡)によって撮影した1万倍の拡大画像を示している。
これらを比較すると、オルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いた場合、従来の亜鉛系リン酸塩処理皮膜と比較して、皮膜の山と谷の高低差は小さいものの、頂点となる部分の数が多く形成されていることが分かる。実際に表面積で比較すると、オルトリン酸を主成分として有機酸を加えた本発明の表面処理後の皮膜の方が、従来の亜鉛系リン酸塩処理皮膜よりも大きい。
【0044】
このため、オルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いた場合には、微細な凹凸が多く形成されることで、従来の亜鉛系リン酸塩処理皮膜と同等のアンカー効果を得ることができるものと推定される。
しかしながら、実際には、上述のオルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いたリン酸塩処理皮膜の方が、密着性や耐食性が明らかに劣る結果となった。これは、微細な結晶構造を持つリン酸塩処理皮膜は、皮膜形成の過程において皮膜表面に発生する、あるいは皮膜表面に残存する鉄イオン、リンイオンあるいは不安定な結晶成分によって、これらの性能がより阻害されたためと推測される。
【0045】
<考察>
本発明の鋼材の表面処理方法について、以上のような優れた結果が得られた理由について考察した結果、本発明の発明者らは、本発明の表面処理方法で用いたTリンス液の効果として、酸化剤として鉄イオンおよびリン酸イオンに対する反応の促進安定化作用によるものと推察した。
【0046】
すなわち、発明者らは、本発明で用いたTリンス液によって、素材の過度の溶出を防ぐとともに、鋼材の表面に微細な結晶構造を安定化させるという効果が得られたため、塗膜の鋼材に対するアンカー効果の促進と安定化が図れたものと考えた。
【0047】
[他の実施形態]
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
(A)
上記実施形態では、
図1に示すリンス工程において、変性タングステン酸ナトリウムを含むTリンス液を用いて、鋼材の表面処理を行う例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、上述した変性タングステン酸ナトリウムを含む変性タングステン酸塩以外に、モリブデン酸塩やジルコン酸塩等、他の遷移金属オキソ酸塩を含むTリンス液を用いてもよい。
【0048】
(B)
上記実施形態では、脱脂工程、第1水洗工程、防錆工程、第2水洗工程、リンス工程、洗浄工程、スプレー工程を含む表面処理方法を塗装前に実施する例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、脱脂工程については、例えば、脱脂処理の必要がない鋼材を用いる場合には、本発明に必須工程ではない。
第1水洗工程、第2水洗工程、スプレー工程についても同様に、本発明の効果を得る上で必須の工程ではない。
【0049】
(C)
上記実施形態では、塗装の前処理として、上述した本発明の表面処理方法を実施する例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、メッキ処理等を実施する前処理として、本発明の表面処理方法を実施してもよい。
この場合でも、塗装処理と同様に、鋼材表面におけるアンカー効果を発揮することで、密着性等に優れたメッキ処理を実施することができる。
【0050】
(D)
上記実施形態では、第1水洗工程を1回実施する例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、第1水洗工程を複数回に分けて繰り返し実施してもよい。
【0051】
(E)
上記実施形態では、鋼材表面に微細構造皮膜を形成するAppre Hybrid液として、水道水等の清水を主成分とする水溶液を用いる例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、蒸留水等を用いたAppre Hybrid液を用いてもよい。
ただし、この場合には、腐食性能の面から、電気伝導率が20μS以下の水を用いることが好ましい。
【0052】
(F)
上記実施形態では、本発明の鋼材の表面処理方法によって処理される鋼材の一例として、油圧ショベル1に用いられた油圧配管11aを例として挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0053】
例えば、油圧ショベル等の他の建設機械に用いられる他の機械部材や、各種車両等に用いられる塗装処理される機械部材の塗装(製造)に本発明を適用してもよい。
この場合には、例えば、第2水洗工程における処理として、機械部材の形状等に応じて、超音波を用いるかスプレーを用いるかを決定すればよい。