特許第6243501号(P6243501)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社小松製作所の特許一覧 ▶ コーテック株式会社の特許一覧 ▶ 日本化材株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6243501-鋼材の表面処理方法 図000002
  • 特許6243501-鋼材の表面処理方法 図000003
  • 特許6243501-鋼材の表面処理方法 図000004
  • 特許6243501-鋼材の表面処理方法 図000005
  • 特許6243501-鋼材の表面処理方法 図000006
  • 特許6243501-鋼材の表面処理方法 図000007
  • 特許6243501-鋼材の表面処理方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6243501
(24)【登録日】2017年11月17日
(45)【発行日】2017年12月6日
(54)【発明の名称】鋼材の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/83 20060101AFI20171127BHJP
   C23C 22/08 20060101ALI20171127BHJP
   C23C 22/78 20060101ALI20171127BHJP
【FI】
   C23C22/83
   C23C22/08
   C23C22/78
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-199364(P2016-199364)
(22)【出願日】2016年10月7日
(62)【分割の表示】特願2013-540699(P2013-540699)の分割
【原出願日】2012年9月12日
(65)【公開番号】特開2017-31511(P2017-31511A)
(43)【公開日】2017年2月9日
【審査請求日】2016年10月7日
(31)【優先権主張番号】特願2011-234331(P2011-234331)
(32)【優先日】2011年10月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】510270797
【氏名又は名称】コーテック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510270605
【氏名又は名称】日本化材株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000202
【氏名又は名称】新樹グローバル・アイピー特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】森田 春司
(72)【発明者】
【氏名】楯 恒夫
(72)【発明者】
【氏名】塩澤 明
【審査官】 宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭55−085677(JP,A)
【文献】 特開平04−276087(JP,A)
【文献】 特開平04−128384(JP,A)
【文献】 特開平02−176269(JP,A)
【文献】 特開昭48−002648(JP,A)
【文献】 特開平07−062533(JP,A)
【文献】 特開2002−285363(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00 − 22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オルトリン酸を主成分とし、さらにリンゴ酸、酒石酸、クエン酸およびシュウ酸の中から選択される1種の有機酸を含む防錆液を用いて、鋼材の表面に防錆処理および結晶構造を持つリン酸塩皮膜を形成する処理を行う防錆工程と、
遷移金属オキソ酸塩を含む処理液を用いて、前記鋼材の表面のリンス処理および前記結晶構造の安定化処理を行うリンス工程と、
前記リンス工程後の前記鋼材の表面を洗浄処理する洗浄工程と、
を備えている鋼材の表面処理方法。
【請求項2】
脱脂液を用いて前記鋼材の表面の油脂を除去する脱脂工程を、さらに備えている、
請求項1に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項3】
前記脱脂工程後の前記鋼材の表面を洗浄する第1水洗工程を、さらに備えている、
請求項2に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項4】
前記防錆液の希釈液である処理液を用いて、前記防錆工程後かつ前記リンス工程前の前記鋼材の表面を洗浄する第2水洗工程を、さらに備えている、
請求項1から3のいずれか1項に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項5】
前記洗浄工程後の前記鋼材の表面に水をスプレーするスプレー工程を、さらに備えている、
請求項1から3のいずれか1項に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項6】
前記防錆工程および前記第2水洗工程では、リン酸二水素ナトリウム水和物およびフッ素系界面活性剤を含む処理液が用いられる、
請求項1から3のいずれか1項に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項7】
前記リンス工程では、前記遷移金属オキソ酸塩を含む処理液が用いられる、
請求項1から3のいずれか1項に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項8】
前記リンス工程で使用される処理液に含まれる前記遷移金属オキソ酸塩は、タングステン酸塩、モリブデン酸塩、ジルコン酸塩のいずれか1つである、
請求項1から3のいずれか1項に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項9】
前記第1水洗工程は、複数回に分けて繰り返し行われる、
請求項1から3のいずれか1項に記載の鋼材の表面処理方法。
【請求項10】
前記第2水洗工程では、超音波またはスプレーが用いられる、
請求項1から3のいずれか1項に記載の鋼材の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、油圧ショベル等の建設機械に用いられる機械部材には、塗装の耐食性、密着性を向上させるために、塗装前の下処理として様々な表面処理が実施されている。
例えば、リン酸亜鉛を含む処理液を用いて、脱脂工程、第1水洗工程、酸洗工程、第2水洗工程、中和工程、第3水洗工程、表面調整工程、第4水洗工程、化成皮膜処理工程、第5水洗工程、湯洗工程を含む鋼材の表面処理方法があった。
【0003】
しかし、リン酸亜鉛を含む処理液には、環境に影響を及ぼす重金属イオンが多く含まれているという問題があった。また、リン酸亜鉛自体も劇物であるため、その処理を行う専用の設備が必要になる等、コストアップの問題を有していた(例えば、特許文献1参照)。
このため、環境負荷が小さく作業上も安全な処理液として、リンゴ酸やオルトリン酸等を主成分とした処理液が開発され、一部の部品の表面処理に使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−106334号公報(平成22年5月13日公開)
【発明の概要】
【0005】
しかしながら、上記従来の鋼材の表面処理方法では、以下に示すような問題点を有している。
すなわち、オルトリン酸を主成分としてリンゴ酸等の有機酸を加えることで微細な結晶構造を得るリン酸塩皮膜では、従来のリン酸亜鉛皮膜等の結晶構造が比較的大きいリン酸塩皮膜と比較して、結晶構造が微細であるために処理工程で結晶表面に残る不安定なリン酸塩や電解質が塗装との密着性等に悪影響を及ぼし易いという問題があった。
【0006】
本発明の課題は、リン酸亜鉛を含む処理液を用いた場合と同等以上の耐食性、密着性を確保しつつ、工程を簡素化してコストダウンを図ることが可能な機械部材の製造方法を提供することにある。
第1の発明に係る鋼材の表面処理方法は、防錆工程と、リンス工程と、洗浄工程と、を備えている。防錆工程は、オルトリン酸を主成分とし、さらに有機酸を含む防錆液を用いて、鋼材の表面に防錆処理および結晶構造を持つリン酸塩皮膜を形成する処理を行う。リンス工程は、遷移金属オキソ酸塩を含む処理液を用いて、鋼材の表面のリンス処理および結晶構造の安定化処理を行う。洗浄工程は、リンス工程後の前記鋼材の表面を洗浄処理する。
【0007】
第2の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1の発明に係る鋼材の表面処理方法であって、脱脂液を用いて鋼材の表面の油脂を除去する脱脂工程を、さらに備えている。
第3の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第2の発明に係る鋼材の表面処理方法であって、脱脂工程後の鋼材の表面を洗浄する第1水洗工程を、さらに備えている。
第4の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1から第3の発明のいずれか1つに係る鋼材の表面処理方法であって、防錆液の希釈液である処理液を用いて、防錆工程後かつ前記リンス工程前の鋼材の表面を洗浄する第2水洗工程を、さらに備えている。
【0008】
第5の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1から第4の発明のいずれか1つに係る鋼材の表面処理方法であって、洗浄工程後の鋼材の表面に水をスプレーするスプレー工程を、さらに備えている。
第6の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1から第5の発明のいずれか1つに係る鋼材の表面処理方法であって、防錆工程および第2水洗工程では、リン酸二水素ナトリウム水和物、フッ素系界面活性剤を含む処理液が用いられる。
【0009】
第7の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1から第6の発明のいずれか1つに係る鋼材の表面処理方法であって、リンス工程では、遷移金属オキソ酸塩を含む処理液が用いられる。
第8の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1から第7の発明のいずれか1つに係る鋼材の表面処理方法であって、リンス工程で使用される処理液に含まれる遷移金属オキソ酸塩は、タングステン酸塩、モリブデン酸塩、ジルコン酸塩のいずれか1つである。
【0010】
第9の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1から第8の発明のいずれか1つに係る鋼材の表面処理方法であって、第1水洗工程は、複数回に分けて繰り返し行われる。
第10の発明に係る鋼材の表面処理方法は、第1から第9の発明のいずれか1つに係る鋼材の表面処理方法であって、第2水洗工程では、超音波またはスプレーが用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態に係る鋼材の表面処理方法の流れを示すフローチャート。
図2図1の表面処理方法の内容を具体的に示す図。
図3図1の表面処理方法の各工程において用いられる処理液の構成を示す図。
図4図1の表面処理方法によって処理される油圧配管を搭載した油圧ショベルの構成示す全体斜視図。
図5】本発明の表面処理方法によって処理された鋼材の引っかき硬度試験および付着性(密着性)試験の試験結果とその比較例の試験結果を示す図。
図6】本発明の表面処理方法によって処理された鋼材の耐食性試験の試験結果とその比較例の試験結果を示す図。
図7】(a)は、本発明の表面処理方法によって鋼材表面に形成された皮膜の形状を示す図。(b)は、リン酸亜鉛を用いた表面処理方法によって鋼材表面に形成された皮膜の形状を示す比較図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る鋼材の表面処理方法について、図1図4を用いて説明すれば以下の通りである。
[鋼材の表面処理方法全体の構成]
本実施形態に係る鋼材の表面処理方法は、例えば、油圧ショベル1に搭載される油圧配管11a(図4参照)の塗装前処理として実施される前処理工程であって、図1に示すように、脱脂工程(S1)と、第1水洗工程(S2)と、防錆工程(S3)と、第2水洗工程(S4)と、リンス工程(S5)と、洗浄工程(S6)と、スプレー工程(S7)とが、この順に実施される。そして、その後、塗装工程(S8)が実施される。
【0013】
ここで、本実施形態の鋼材の表面処理方法によって処理される鋼材として、例えば、図4に示すように、油圧ショベル1に搭載された作業機4のブーム11のキャブ10側の面に設けられた油圧配管11a等がある。
脱脂工程(S1)では、図2に示すように、40〜70℃の脱脂液の浸漬もしくはスプレーを行う。ここでは、環境負荷を考慮して、#5000(日本化材(株)社製)の5〜10倍希釈液を用いることが望ましい。
【0014】
なお、ここで用いられる脱脂液#5000は、図3に示すような成分を含む処理液を用いることができる。
けい酸ナトリウム(けい酸ソーダ、水ガラス):20〜50wt%(CAS登録番号:1344−09−8(アメリカ化学会))
二リン酸(ピロリン酸):0.02〜2.00wt%(CAS登録番号:2466−09−3(アメリカ化学会))
特殊変性イオン水:50〜70wt%(CAS登録番号:7732−18−5(アメリカ化学会))
【0015】
第1水洗工程(S2)では、図2に示すように、脱脂工程(S1)において処理された鋼材を、清水(井水)中に1〜2分間浸漬する。
防錆工程(S3)では、図2に示すように、微細な結晶構造を得ることを目的として、第1水洗工程(S2)において処理された鋼材を、40〜50℃のオルトリン酸を主成分として有機酸が加えられた処理液中に浸漬、あるいはその処理液をスプレーすることにより、鋼材表面の除錆(脱錆)とリン酸塩皮膜の形成とが同時に行われる。
処理液としては、例えば、Appre Hybrid(登録商標)液(日本化材(株)社製)の5〜10倍希釈液を用いることができる。
【0016】
なお、ここで用いられるAppre Hybrid液としては、図3に示すような成分を含む処理液を用いることができる。
リン酸(オルトリン酸):2.0〜60.0wt%(CAS登録番号:7664−38−2(アメリカ化学会))
DL−リンゴ酸:0.02〜5wt%(CAS登録番号:617−48−1(アメリカ化学会))
リン酸二水素ナトリウム二水和物:0.01〜5wt%(CAS登録番号:13472−35−0(アメリカ化学会))
フッ素系界面活性剤:0.01〜0.15wt%(CAS登録番号:68391−08−2(アメリカ化学会))
本液は、水溶液であって、使用される水としては、電気伝導度が20μS以下の清水、あるいは特殊変性イオン水(CAS登録番号:7732−18−5(アメリカ化学会))などが用いられる。
【0017】
ここで、上記Appre Hybrid液に含まれる有機酸としては、上記リンゴ酸(DL−リンゴ酸)以外に、酒石酸やクエン酸、シュウ酸等が考えられる。
なお、本発明の研究開発の過程で、有機酸としてシュウ酸を用いることも可能であることが分かった。リンゴ酸、酒石酸、クエン酸を用いて表面処理を実施した場合には、非常に微細な結晶構造が得られることが知られている。一方で、シュウ酸を用いた場合には、結晶は大きくなるものの、従来の亜鉛系リン酸塩処理皮膜よりも微細で、かつ結晶の形状が均一な結晶構造を得ることができる。このため、リンゴ酸等を用いた表面処理によって得られる微細な結晶構造と同等の性能が得られることを確認した。また、本工程を用いることで密着性や耐食性が向上することも同様に確認された。
【0018】
また、有機酸の配合割合としては、0.02〜5.00wt%、より好ましくは、0.1〜0.5wt%である。
これは、有機酸を多く配合するほど防錆性能は向上するものの、その割合が0.02wt%未満になると防錆性能が低下してしまう一方、5.0wt%を超えるとコストアップによって経済的効果が乏しくなってしまうためである。
【0019】
本実施形態のように、鋼材表面に微細構造皮膜を形成するAppre Hybrid液として有機酸を含む処理液を用いることにより、局所的に金属錯体を形成して金属の溶出を促進することができるとともに、リン酸イオンはこの溶出した金属錯体と反応して微細な結晶構造を形成される一因となるものと考えられる。
また、上記Appre Hybrid液に含まれるフッ素系界面活性剤は、アルキル鎖中の水素原子をフッ素原子に置換したものであって、物理化学的に安定でフッ素原子を含有しない界面活性剤と比較して表面張力が低いという特性がある。また、非イオン性の界面活性剤とすることで、その親水部の構造に起因して金属表面に微細構造被膜が形成され、より良い防錆効果が発揮されると考えられる。よって、本実施形態では、Appre Hybrid液に非イオン性のフッ素系界面活性剤を添加することで、浸透性を促進し、鋼材表面に微細構造皮膜を形成する。
【0020】
なお、非イオン性のフッ素系界面活性剤としては、特に限定されるものではないが、パーフルオロアルキルエチレンオキシド付加物、含フッ素基・親水性基・新油性基含有オリゴマー(例えば、パーフルオロアルキルスルホン酸化合物およびパーフルオロアルキルオキサイド付加物)からなる群から選択される少なくとも1種の化合物等を用いることができる。
【0021】
また、非イオン性フッ素系界面活性剤の配合割合としては、上記0.01〜0.15wt%、より好ましくは、0.01〜0.1wt%の範囲であるが好ましい。これは、配合割合が、0.01wt%未満の場合には効果が得られにくくなり、0.15wt%以上になるとコストアップによって経済的効果が乏しくなるためである。
さらに、上記Appre Hybrid液に含まれるリン酸二水素ナトリウム二水和物は、鋼材表面に極微細構造皮膜を形成する助剤として強力に機能するものである。これを添加することで、防錆性能、塗装下地皮膜としての効果、アンカー効果、通電特性の向上等、一層の性能向上が期待される。
【0022】
ここで、リン酸二水素ナトリウム二水和物の配合割合としては、0.01〜5.00wt%、より好ましくは、0.02〜0.50wt%である。
第2水洗工程(S4)では、図2に示すように、防錆工程(S3)において用いられたAppre Hybrid液の100倍希釈液を用いて、防錆工程(S3)において処理された鋼材に対して、超音波あるいはスプレーによる水洗処理を行う。
【0023】
これにより、鋼材の皮膜表面に残された不安定なリン酸鉄等の除去効果を高めることができる。
ここで、超音波による水洗処理を行う場合には、例えば、28kHzの超音波を発生させる発信機(図示せず)を油圧配管11aの長手方向に沿って3往復させるように処理することができる。
【0024】
また、スプレーによる水洗処理を行う場合には、0.1MPa以上の圧力で処理液をスプレーすることが好ましい。
なお、本実施形態では、例えば、槽方式で浸漬処理を行う場合の超音波と、それ以外で実施されるスプレー処理と、を使い分けることができる。具体的な対象製品としては、油圧配管11a(図4参照)のようなパイプ状の鋼材に対しては超音波処理を行い、板状や棒状の鋼材に対してはスプレー処理を行えばよい。これにより、鋼材の形状に関わらず、確実に表面処理を実施することができる。
【0025】
リンス工程(S5)では、図2に示すように、第2水洗工程(S4)において処理された鋼材を、常温のTリンス液(日本化材(株)社製)中に1〜2分間浸漬する。
なお、ここで用いられるTリンス液としては、図3に示すような成分を含む処理液を用いることができる。
変性タングステン酸ナトリウム(遷移金属オキソ酸塩):5〜50wt%(CAS登録番号:10213−10−2(アメリカ化学会))
特殊変性イオン水:50〜95wt%(CAS登録番号:7732−18−5(アメリカ化学会))
洗浄工程(S6)では、図2に示すように、リンス工程(S5)において処理された鋼材を、40〜70℃の清水(井水)中に3分間浸漬する。
【0026】
なお、この洗浄工程では、鋼材表面の水分の乾燥を促進させるために、40〜70℃の清水を用いているが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば、常温水を用いてもよい。
スプレー工程(S7)では、図2に示すように、洗浄工程(S6)において処理された鋼材に対して、純水を30秒間程度スプレーする。
【0027】
なお、ここでは、鋼材表面に残された電解質等を洗い流す効果を高めるために、20μS(好ましくは、10μS以下)の清水を用いることが好ましい。また、スプレーではなく、この清水中に鋼材を浸漬させることで、鋼材表面に残された電解質等を洗い流してもよい。
本実施形態の鋼材の表面処理方法では、以上のような工程により、塗装前の鋼材の表面処理を行うことで、従来よりも工程数を削減しつつ、鋼材表面に微細構造皮膜を形成することができる。このため、この表面上に塗装を施すと、塗料が微細構造に入り込んで鋼材とのアンカー効果によって密着性を向上させることができる。
【0028】
また、本実施形態の鋼材の表面処理方法では、各処理液の特性によって、緻密な結晶構造を含む微細構造被膜を鋼材表面に形成することができるため、結晶内部に結晶水等の異物が溜まり難く、ヒートサイクル性等にも優れた熱的特性も得ることができる。
この結果、従来のリン酸亜鉛を含む処理液を用いた表面処理方法によって塗装前処理された製品と同等以上の塗装の付着性(密着性)、耐食性を確保することができる。
【0029】
塗装工程(S8)では、図2に示すように、以上の表面処理方法による処理が施された鋼材の表面に塗装を行う。
なお、本実施形態の鋼材の表面処理方法による塗装の付着性、耐食性に関する効果について、以下の実施例において説明する。
【実施例1】
【0030】
上記実施形態において説明した鋼材の表面処理方法によって処理された鋼材の表面に施された塗装の密着性、耐食性について検証した結果について、図5から図7を用いて説明すれば以下の通りである。
なお、図5および図6に示す試験結果に表示されたPFE−CRとは、鋼板(SPCC−SD(JIS G3141鋼板(100×70×0.8mmt)))に対して、本発明の表面処理方法によって表面処理した試験片による試験結果を示している。より詳細には、PFE−CRは、上記実施形態で説明したAppre Hybrid液等を用いた表面処理が施された後、紛体1コート(関西ペイント社製エバクラッド8010ナチュラル)で塗装された試験片である。
【0031】
一方、PZ(亜鉛系リン酸塩皮膜)とは、PFE−CR試験片と共通の鋼板(SPCC−SD(JIS G3141鋼板(100×70×0.8mmt)))に対して、従来のリン酸亜鉛を含む処理液によって表面処理した試験片による試験結果を示している。より詳細には、PZは、パルテック製工業用リン酸亜鉛処理された後、PFE−CRと同様に、紛体1コート(関西ペイント社製エバクラッド8010ナチュラル)で塗装された試験片である。
【0032】
<塗装の引っかき硬度試験および付着性試験>
ここで、本発明の鋼材の表面処理方法によって処理された後、塗装が施された鋼材について、引っかき硬度試験および付着性試験を行った結果を、図5に示す。
(引っかき硬度試験)
まず、引っかき硬度試験は、JIS K 5600−5−4(塗装一般試験方法−第5部:塗膜の機械的性質−第4節:引っかき硬度(鉛筆硬度)に従って実施した。
【0033】
なお、ここで要求される品質としては、焼き付け型エナメルの場合には鉛筆硬度F以上である。
この結果、PFE−CRの試験片およびPZの試験片ともに、鉛筆硬度H以上と同等の引っかき硬度を有していることが分かった。
つまり、引っかき硬度試験においては、本発明の鋼材の表面処理方法と従来の鋼材の表面処理方法とは、同等の結果が得られた。
【0034】
(付着性試験)
次に、付着性試験は、JIS D 0202(自動車部品の塗膜通則 3.14 碁盤目付着性)に従って実施した。ただし、付着性試験における切り傷間隔を2.0mm、マス目の数を100として試験を行った。
なお、ここで要求される品質としては、マス目100個のうち、95〜100のマス目において塗装が剥離していない状態である。
【0035】
この結果、PFE−CRの試験片およびPZの試験片ともに、マス目100個のうち、100個のマス目において塗装が剥離していないことが分かった。
つまり、付着性試験においても、本発明の鋼材の表面処理方法と従来の鋼材の表面処理方法とは、同等の結果が得られた。
【0036】
<耐食性試験>
次に、本発明の鋼材の表面処理方法によって処理された後、塗装が施された鋼材について、耐食性試験を行った結果を、図6に示す。
なお、試験片は、上述した引っかき硬度試験および付着性試験で用いたものと同じ試験片を用いて試験を行った。
ここで、耐食性試験は、JIS K 5600−7−1に従って、暴露の面にJIS K 5600−5−6に規定されている単一刃を用いて試験片の端から20mm内側に対角状に交差するスクラッチを施した各試験片に対して塩水を噴霧し、120h経過時、240h経過時、480h経過時、600h経過時、720h経過時における塗装の一部に生じたサビ部分の幅、膨れ部分の幅を測定することで、塩水噴霧腐食性能を確認する試験を行った。
【0037】
(120h経過時)
この結果、従来のPZの試験片では、120h経過時のサビ幅、膨れ幅は、ともに1.0mm未満であった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、従来のPZの試験結果と同様に、120h経過時のサビ幅、膨れ幅は、ともに1.0mm未満であった。
よって、120h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片と同等の試験結果が得られた。
【0038】
(240h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、240h経過時のサビ幅は、1.4mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片1,2,4,5が、240h経過時のサビ幅、膨れ幅は、ともに1.0mm未満であった。そして、試験片3が、240h経過時のサビ幅は、1.2mmであった。
よって、240h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
【0039】
(480h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、480h経過時のサビ幅は、1.9mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片2,3,4,5が、480h経過時のサビ幅は、1.2mm,1.8mm、1.6mm、1.4mmであった。そして、試験片1が、480h経過時の膨れ幅は、1.4mmであった。
よって、480h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
【0040】
(600h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、600h経過時のサビ幅は、2.5mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片2,3,4,5が、600h経過時のサビ幅は、2.0mm,2.5mm、2.3mm、2.5mmであった。そして、試験片1が、600h経過時の膨れ幅は、1.9mmであった。
よって、600h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
【0041】
(720h経過時)
次に、従来のPZの試験片では、720h経過時のサビ幅は、3.0mmであった。
これに対して、本発明のPFE−CRの試験片では、5つの試験片のうち、試験片2,3,4,5が、720h経過時のサビ幅は、2.7mm、2.6mm、2.5mm、2.9mmであった。そして、試験片1が、720h経過時の膨れ幅は、2.0mmであった。
【0042】
よって、720h経過時の試験結果としては、本発明の試験片は、全ての試験片について、従来の試験片よりも優れた試験結果が得られた。
以上のように、本発明の鋼材の表面処理方法は、耐食性試験において、従来の鋼材の表面処理方法に対して同等以上の結果が得られた。
【0043】
<皮膜の形状>
本実施形態では、上述したオルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いることで、鋼材の表面に、図7(a)に示すような皮膜を形成する。図7(a)は、SEM(走査型電子顕微鏡)によって撮影した1万倍の拡大画像を示している。
一方、図7(b)は、従来の表面処理方法によって形成された亜鉛系リン酸塩処皮膜をSEM(走査型電子顕微鏡)によって撮影した1万倍の拡大画像を示している。
これらを比較すると、オルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いた場合、従来の亜鉛系リン酸塩処理皮膜と比較して、皮膜の山と谷の高低差は小さいものの、頂点となる部分の数が多く形成されていることが分かる。実際に表面積で比較すると、オルトリン酸を主成分として有機酸を加えた本発明の表面処理後の皮膜の方が、従来の亜鉛系リン酸塩処理皮膜よりも大きい。
【0044】
このため、オルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いた場合には、微細な凹凸が多く形成されることで、従来の亜鉛系リン酸塩処理皮膜と同等のアンカー効果を得ることができるものと推定される。
しかしながら、実際には、上述のオルトリン酸を主成分として有機酸を加えた除錆防錆液を用いたリン酸塩処理皮膜の方が、密着性や耐食性が明らかに劣る結果となった。これは、微細な結晶構造を持つリン酸塩処理皮膜は、皮膜形成の過程において皮膜表面に発生する、あるいは皮膜表面に残存する鉄イオン、リンイオンあるいは不安定な結晶成分によって、これらの性能がより阻害されたためと推測される。
【0045】
<考察>
本発明の鋼材の表面処理方法について、以上のような優れた結果が得られた理由について考察した結果、本発明の発明者らは、本発明の表面処理方法で用いたTリンス液の効果として、酸化剤として鉄イオンおよびリン酸イオンに対する反応の促進安定化作用によるものと推察した。
【0046】
すなわち、発明者らは、本発明で用いたTリンス液によって、素材の過度の溶出を防ぐとともに、鋼材の表面に微細な結晶構造を安定化させるという効果が得られたため、塗膜の鋼材に対するアンカー効果の促進と安定化が図れたものと考えた。
【0047】
[他の実施形態]
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
(A)
上記実施形態では、図1に示すリンス工程において、変性タングステン酸ナトリウムを含むTリンス液を用いて、鋼材の表面処理を行う例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、上述した変性タングステン酸ナトリウムを含む変性タングステン酸塩以外に、モリブデン酸塩やジルコン酸塩等、他の遷移金属オキソ酸塩を含むTリンス液を用いてもよい。
【0048】
(B)
上記実施形態では、脱脂工程、第1水洗工程、防錆工程、第2水洗工程、リンス工程、洗浄工程、スプレー工程を含む表面処理方法を塗装前に実施する例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、脱脂工程については、例えば、脱脂処理の必要がない鋼材を用いる場合には、本発明に必須工程ではない。
第1水洗工程、第2水洗工程、スプレー工程についても同様に、本発明の効果を得る上で必須の工程ではない。
【0049】
(C)
上記実施形態では、塗装の前処理として、上述した本発明の表面処理方法を実施する例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、メッキ処理等を実施する前処理として、本発明の表面処理方法を実施してもよい。
この場合でも、塗装処理と同様に、鋼材表面におけるアンカー効果を発揮することで、密着性等に優れたメッキ処理を実施することができる。
【0050】
(D)
上記実施形態では、第1水洗工程を1回実施する例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、第1水洗工程を複数回に分けて繰り返し実施してもよい。
【0051】
(E)
上記実施形態では、鋼材表面に微細構造皮膜を形成するAppre Hybrid液として、水道水等の清水を主成分とする水溶液を用いる例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、蒸留水等を用いたAppre Hybrid液を用いてもよい。
ただし、この場合には、腐食性能の面から、電気伝導率が20μS以下の水を用いることが好ましい。
【0052】
(F)
上記実施形態では、本発明の鋼材の表面処理方法によって処理される鋼材の一例として、油圧ショベル1に用いられた油圧配管11aを例として挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0053】
例えば、油圧ショベル等の他の建設機械に用いられる他の機械部材や、各種車両等に用いられる塗装処理される機械部材の塗装(製造)に本発明を適用してもよい。
この場合には、例えば、第2水洗工程における処理として、機械部材の形状等に応じて、超音波を用いるかスプレーを用いるかを決定すればよい。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の鋼材の表面処理方法は、リン酸亜鉛処理液を用いた従来の鋼材の表面処理方法と比較して、同等以上の耐食性や密着性を確保しつつ、工程を簡略化してコストダウンを図ることができるという効果を奏することから、塗装前の鋼材の表面処理として広く活用可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 油圧ショベル
4 作業機
10 キャブ
11 ブーム
11a 油圧配管
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7