(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
骨粗鬆症、リウマチ、虫歯、歯周病などの疾病、あるいは骨折や歯の欠損などを原因とする損傷を受けた骨や歯などの硬組織を治療する技術や材料が各種開発されている。
従前においては、患部(損傷を受けた骨や歯などの硬組織)に樹脂を塗布または充填することによって患部を修復する方法が一般的であった。しかしながら、かかる方法は、塗布または充填される樹脂とエナメル質とが異質の材料であることから樹脂と患部との密着性や生体親和性に問題があり、時間が経過した場合には樹脂が剥離してしまうという問題があった。また、使用する樹脂によるアレルギー反応が生じるという問題もあった。
【0003】
ここで、本願発明者らは、この樹脂を用いる従前の方法における密着性や生体親和性などの問題点を解決するためにハイドロキシアパタイトから構成されている生体親和性シートおよびその製造方法を開発している(特許文献1、2参照)。かかるシートは硬組織の表面を形成するエナメル質と同質のアパタイトから構成されていることから、エナメル質との密着性や生体親和性に優れており、患部に適用した場合においても剥離の恐れがないという利点がある。また、樹脂成分を含有しないことから、アレルギー反応の恐れがないという利点もある。
【0004】
しかしながら、特許文献1や2に記載の生体親和性シートは、凹凸がない部分(患部)に対しては貼り付けが容易であることから有効な材料となり得るものの、歯の凹部(
図5の10)などの形状が複雑な部分(患部)に対しては、患部に沿って貼り付けることが困難な場合があった。
【0005】
また、特許文献1や2に記載の生体親和性シートは製造に手間がかかることから、直接、硬組織の表面にアパタイトやリン酸カルシウム化合物などを形成できるような技術に関する要望があった。
【0006】
本願発明者らは、かかる要望に対応すべく、硬組織の表面にリン酸カルシウム化合物を堆積させることができる装置を開発している(特許文献3参照)。具体的には、レーザー照射部から照射されたレーザーをターゲットであるリン酸カルシウム化合物に衝突させることによって、リン酸カルシウム化合物を微粒子化させて硬組織の表面に堆積させる装置である。かかる装置は患部に微粒子化したリン酸カルシウム化合物を直接堆積させていくものであることから、患部の形状に左右されることなくリン酸カルシウム化合物の堆積を行うことができるという利点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献3に記載の装置は、レーザーがターゲットに衝突する際に微粒子化したリン酸カルシウム化合物が広範囲に拡散してしまうことから、患部のみにリン酸カルシウム化合物を堆積させることは困難であった。
【0009】
また、特許文献3に記載の装置は、微粒子化したリン酸カルシウム化合物を単純に患部に堆積させる装置となっている。言うなれば、特許文献3に記載の装置は、微粒子化したリン酸カルシウム化合物を単純に患部にふりかけているにすぎず、堆積したリン酸カルシウム化合物は患部のエナメル質と一体化しにくいという問題があった。
【0010】
今回、本願発明者らは、レーザーとターゲットとの間隔および角度を特定の範囲に保持するターゲット保持手段を備えることによって、微粒子化したターゲット部材を患部に集中的に堆積させることができるという知見を得た。
また、予めターゲット部材や対象物の表面に水を散布したり、あるいは水とリン酸カルシウム化合物などを混合して凍結したものをターゲット部材としたりすることによって、患部に堆積した後のリン酸カルシウム化合物などが加水分解されてハイドロキシアパタイトを形成し、その結果患部のエナメル質と一体化していく現象が起こるという知見を得た。
【0011】
すなわち、本発明は上記した従来の問題点に鑑みてなされたものであって、形状が複雑な部分(患部)についても微粒子化したターゲット部材を集中的に堆積させることができ、さらに堆積後にエナメル質と一体化することによって患部との密着性や生体親和性に優れた薄膜と成り得る薄膜形成装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1に係る薄膜形成装置は、Er−YAGレーザーまたはEr−Cr−YSGGレーザーを照射ノズルから照射する照射手段と
、照射手段からのレーザーの照射を受けるターゲット部材と、ターゲット部材を保持するターゲット保持手段を備え、ターゲット部材が、
ターゲット部材の表面に予め水または/および第一リン酸カルシウム水溶液を存在させたもの、
ターゲット部材の表面で水または/および第一リン酸カルシウム水溶液を凍結したもの、リン酸カルシウム化合物と水または/および第一リン酸カルシウム水溶液とを混合して凍結したもののいずれかであり、ターゲット保持手段は、照射ノズルの先端縁の一部または全部とターゲット部材との間隔を0.2〜20mm離間させ、かつ照射ノズルから照射されるレーザーがターゲット部材に衝突することによってターゲット部材から飛散する物質が対象物に堆積される角度となるように、ターゲット部材を保持するものであることを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項2に係る薄膜形成装置は、Er−YAGレーザーまたはEr−CrーYSGGレーザーを照射ノズルから照射する照射手段と
、照射手段からのレーザーの照射を受けるターゲット部材と、ターゲット部材を保持するターゲット保持手段と、ターゲット部材の表面に、水または/および第一リン酸カルシウム水溶液を散布する散布手段と
、照射手段と散布手段を制御する制御手段を備え、ターゲット保持手段は、照射ノズルの先端縁の一部または全部とターゲット部材との間隔を0.2〜20mm離間させ、かつ照射ノズルから照射されるレーザーがターゲット部材に衝突することによってターゲット部材から飛散する物質が対象物に堆積される角度となるように、ターゲット部材を保持するものであり、さらに、制御手段は、照射ノズルからのレーザーの照射および散布手段からの水の散布を間欠制御するものであることを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項3に係る薄膜形成装置は、ターゲット部材が、
αーTCP、OCP、ACPから選択される1種または2種以上のリン酸カルシウム化合物であることを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項4に係る薄膜形成装置は
、照射手段、ターゲット部材、ターゲット保持手段の少なくとも1つを冷却する冷却手段を備えることを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項
5に係るアパタイト薄膜形成方法は、請求項1から請求項
4のいずれか一項に記載の薄膜形成装置を用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る薄膜形成装置によれば、形状が複雑な部分(患部)についても微粒子化したターゲット部材を集中的に堆積させることができる。
【0021】
また、本発明に係る薄膜形成装置によれば、微粒子化したターゲット部材が患部に堆積した後、加水分解されることによってエナメル質と一体化していくことから、患部との密着性や生体親和性に優れた薄膜を形成することができる。
【0022】
また、本発明に係るアパタイト薄膜形成方法によれば、微粒子化したターゲット部材を口腔内などにおいて直接、かつ集中的に堆積させることができ、その後エナメル質と一体化させることができる。従って、特に虫歯などの治療において極めて有効な方法となる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下に述べる実施形態は本発明を具体化した一例に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものでない。
図1は本発明の薄膜形成装置の基本構造を示す模式図であり、
図2は
図1の斜視図であり、
図3は本発明にかかる薄膜形成装置の別の構造を示す模式図である。
【0025】
(基本構造)
まず、本発明にかかる薄膜形成装置の基本構造を
図1〜
図3に基づいて説明する。
図1および
図2に示す通り、本発明にかかる薄膜形成装置1は、レーザー照射手段2とターゲット部材3とターゲット部材3を保持するターゲット保持手段4を主要部品として構成されている。
【0027】
(レーザー照射手段)
レーザー照射手段2は、照射ノズル5からレーザーを照射するものであり、ErーYAGレーザー(波長2940nm程度)、ErーCrーYSGGレーザー(波長2780nm程度)、Nd−YAGレーザー(波長1064nm程度)、半導体レーザー(波長655〜2000nm程度)のいずれかから選択されるものである。ここで、これらのレーザーはそれぞれ照射するレーザーの波長が異なっているが、ターゲット部材3や対象物6(硬組織)の種類、ターゲット部材3の微粒子化の度合など、必要に応じて適宜選択されるものである。なお、上記のレーザー照射手段2は、いずれも歯科治療用のレーザーであることから、特別な機器を新たに製作することなく公知の手段を使用することができる点においても有益である。
【0028】
そしてこれらの中でも、後記するように、水とリン酸カルシウム化合物などの原料を混合して凍結したものをターゲット部材3とする場合や、ターゲット部材3や対象物6の表面に水を散布する散布手段を設ける場合には、レーザー照射手段2にはErーYAGレーザーまたはErーCrーYSGGレーザーを用いることが好ましい。その理由は、水(水酸基)の吸収波長の領域内にErーYAGレーザーまたはErーCrーYSGGレーザーの照射波長があることから、ターゲット部材3の表面や内部に存在する水を励起させることができ、ターゲット部材3をより微粒子化することができるからである。
【0029】
なお、照射ノズル5の形状はレーザーをターゲット部材3に照射することができるものであれば特に限定されるものではないが、ターゲット部材3を患部に集中的に堆積できるように微粒子化させることができる点からコア径が400μmのもの(C400F)や800μmのもの(C800F)を用いることが好ましく、その中でも400μmのもの(C400F)を用いることが好ましい。
また、レーザー照射手段2には、レンズやミラーなどの公知の技術を使用してレーザーの方向を変えたり、その出力を集中させたりしてもよい。
【0030】
(ターゲット部材)
ターゲット部材3は、骨や歯などの硬組織を治療、修復するために、レーザー照射手段2によって微粒子化されて患部に適用される部材である。
ターゲット部材3に用いられる材料としては、リン酸カルシウム化合物やNa
2O−CaO−SiO
2−P
2O
5系バイオガラス(Bioglass R)などがあるが、代表的なものはリン酸カルシウム化合物が挙げられる。
【0031】
ここでリン酸カルシウム化合物とは、骨や歯などの硬組織であるエナメル質(アパタイト)やその原材料またはこれらの混合物のことを指すものである。さらに具体的には、「エナメル質(アパタイト)」とは、M
10(ZO
n)
6X
2の組成を持った鉱物群(式中のMはCa、Na、Mg、Ba、K、Zn、Alなどで、ZOnは例えばPO
4、SO
4、CO
3などで、XはOH、F、O、CO
3などで表記されるもの)であり、ハイドロキシアパタイト(HAp)、炭酸アパタイト(CAp)、フッ化アパタイト(FAp)、フッ素化アパタイト(FHAP)などが挙げられる。また、「エナメル質(アパタイト)の原材料」としては、第一リン酸カルシウム(MCPM)、第二リン酸カルシウム(DCPD)、リン酸三カルシウム(α−TCP、β−TCP)、リン酸四カルシウム(TTCP) 、リン酸八カルシウム、オクタリン酸カルシウム(OCP)、アモルファスリン酸カルシウム(ACP)などのリン酸カルシウムやその水和物などが挙げられる。「これらの混合物」としては、牛等の骨から採取した生体アパタイト([(Ca)
10−aM
a][(PO
4)
6−bZ
b][(OH)
2−cX
c]の組成を持った鉱物群であり、具体的には、式中のMが例えばNa、Mg、Ba、K、Zn、Alに、Zが例えばSO
4、CO
3に、XがF、CO
3に置き換わったもの)などが挙げられる。
そしてこれらの中でも対象物6に堆積した後に加水分解を起こして硬組織のエナメル質と一体化し易くなる点から、αーTCP、OCP、ACP、FHAPから選択される1種または2種以上のリン酸カルシウム化合物を用いることが好ましい。
【0032】
また、上記したこれらの材料は、
図1、2に示すようにタブレット状に成形してターゲット部材3とすることが好ましい。なお、タブレット状に成形したターゲット部材3はそのままの状態でも使用することができるが、後記する散布手段などを用いてターゲット部材3の表面に水を散布した状態や、水を表面に散布した後に表面の水を凍結した状態にして使用することが好ましい。さらに、上記したターゲット部材の原料と水とを混合し、凍結してタブレット状に成形することもできる。
このようにターゲット部材の表面に水が存在するようにすれば、レーザー(特に、ErーYAGレーザーまたはErーCrーYSGGレーザー)を照射した際に水を励起させることができ、ターゲット部材3をより微粒子化することができることから好適である。
【0033】
(ターゲット保持手段)
ターゲット保持手段4は、ターゲット部材3を対象物6に対して最適な距離、角度に保持するものである。
具体的には、第1にターゲット保持手段4は、ターゲット部材3を、レーザー照射手段2の照射ノズル5から照射されるレーザーの照射線上に保持するとともに、照射ノズル5の先端縁7と0.2〜20mmの間隔で離間して保持するものである。
ここで、間隔は、照射ノズル5の先端縁7とターゲット部材3との距離を指すものであるが、
図1に示す間隔(L)のように照射ノズル5の先端縁7とターゲット部材3とが最も離れている距離のことを指すものである。従って、間隔(L)が確保されている場合には、
図3のように照射ノズル5の先端縁の一部7aがターゲット部材3と接触していてもよい。そして間隔(L)については、ターゲット部材3を最適な堆積速度が得られることから、上記の範囲の中でも0.4〜10mmであることが好ましく、さらにその中でも0.4〜1.0mmであることが好ましい。
【0034】
また、第2にターゲット保持手段4は、レーザーの衝突によって微粒子化されたターゲット部材3が対象物6に堆積される角度となるようにターゲット部材3を保持するものである。
ここで、「堆積される角度」とは、照射ノズル5から照射されるレーザーの照射線とターゲット部材3の表面における法線との角度(
図1のΘ参照)のことを指すものである。なお、かかる角度は、レーザー照射手段2やターゲット部材3の種類、対象物6の形状などによって適宜決定されるものであるが、ターゲット部材3を最適な堆積速度が得られることから、20〜50°であることが好ましく、さらにその中でも30〜45°あることが好ましい。
【0035】
(散布手段、制御手段)
本発明にかかる薄膜形成装置には、ターゲット部材3や対象物6の表面に水を存在させるために、必要に応じてシャワーやスポイト(dropper)などの散布手段(図示せず)を設けることもできる。
また、かかる散布手段を設ける場合には、ターゲット部材3へのレーザー照射、あるいはレーザーの衝突によるターゲット部材3の微粒子化を妨げることがないよう、レーザーの照射時を避けて水を散布するように散布手段を制御する制御手段などを設けておくことが好ましい。すなわち、ターゲット部材3や対象物6の表面に水を散布している状態においてレーザーを照射してしまうと、レーザーがターゲット部材にうまく衝突せず、ターゲット部材3の微粒子化の効率が低下することになるからである。なお、このような制御手段(図示せず)としては、例えば、レーザー照射手段と散布手段を制御し、照射ノズルからのレーザーの照射や散布手段からの水の散布を間欠制御する制御手段などが挙げられる。
【0036】
(冷却手段)
さらに、本発明にかかる薄膜形成装置には、必要に応じてターゲット部材3や対象物6の表面を冷却するための冷却手段(図示せず)を設けることもできる。このような冷却手段を設けることによって、レーザーの照射によるターゲット部材3や対象物6の過剰な温度上昇を防止することができ、ターゲット部材3や対象物6の破壊や破裂、対象物6の周辺組織の火傷などを防止することができる。そして、このような冷却手段としては特に限定されるものではなく、公知の空冷装置や水冷装置、あるいはペルチエ素子などの熱電素子などを用いることができる。
【0037】
(アパタイト薄膜形成方法)
本発明にかかるアパタイト薄膜形成方法は、本発明にかかる薄膜形成装置を用いることによって行われる。具体的には口腔内においてアパタイト薄膜を形成する場合を例にすると以下の手順によって行われる。なお、以下においては歯に適用した場合について説明するが、骨など他の硬組織にアパタイト薄膜を形成する場合にも使用することもできる。
ここで、
図4は本発明にかかる薄膜形成装置を口腔内において使用した場合を示す模式図であり、
図5は本発明にかかる薄膜形成装置の口腔内における動作を示す模式図であり、
図6は本発明にかかる別の形態の薄膜形成装置を口腔内において使用した場合を示す模式図である。
【0038】
図4に示すように、まず、歯科医師などの使用者8が薄膜形成装置1を患者9の口腔内に挿入する。
【0039】
次に、照射ノズル5からレーザー10をターゲット部材3に対して照射する。そうすると
図5に示すように、レーザー10の衝突によって微粒子化したターゲット部材3は治療したい患部11に堆積していくことになる。なおその際には、使用者8が患部11へのターゲット部材3の堆積度合いを確認しながら、微粒子化されたターゲット部材3が患部11に十分に堆積されるように薄膜形成装置1自体の角度を調節する。
【0040】
最後に、レーザー10の照射を停止し、口腔内から薄膜形成装置1を抜き取ることによってアパタイト薄膜の形成を終了する。そして、患部11に堆積されたターゲット部材3は、その後時間の経過によってアパタイト薄膜を形成してくことになるのである。
【0041】
なお、ターゲット部材3には、[0032]に記載した通り、リン酸カルシウム化合物などのターゲット部材の原料と水を混合して凍結してタブレット状に成形したものを用いることができる。
【0042】
また、必要に応じて、[0035]に記載した通り、散布手段や制御手段を用いてターゲット部材3や対象物6の表面に水を存在させることもできる。
【0043】
なお、
図4における薄膜形成装置1はレーザー照射手段2とターゲット保持手段4が一体となっているものであるが、
図6に示すように、薄膜形成装置1を構成するレーザー照射手段2とターゲット保持手段4を分離して、口腔内に挿入することもできる。このようにすれば、レーザー照射手段2とターゲット保持手段4の角度調節の自由度をより高くすることができる。
【0044】
なお、このようにレーザー照射手段2とターゲット保持手段4を分離しておけば、歯科治療用のレーザーを用いて患部11を削った直後にかかる患部11に微粒子化したリン酸カルシウム化合物を堆積することができることになり、迅速な治療ができることになる。
【0045】
次に、本発明にかかる薄膜形成装置1の動作および作用を口腔内においてアパタイト薄膜を形成する場合を例にして説明する。なお、骨など他の硬組織を治療、修復する場合も同様である。
【0046】
まず、治療に際して口を開け続けると唾液の分泌量が増加するため、唾液のpHは上昇する。特に、ターゲット部材3や対象物6の表面に水を散布した場合やターゲット部材3にリン酸カルシウム化合物と水を混合して凍結したものを使用した場合には、唾液のpHは著しく上昇することになる。ここで、口腔内のpHが中性域から弱アルカリ性域に上昇していくと再石灰化が起こる環境となることが知られている。
そうすると、患部に堆積された微粒子化されたリン酸カルシウム化合物(ターゲット部材3)は、時間の経過に伴って加水分解を起こし、アパタイト薄膜を形成していくことになる。ここで、形成されたアパタイト薄膜は歯のエナメル質と同質であることから患部と強固に結合することになる。従って、従来のような樹脂を用いた際に発生する密着性や生体親和性の問題を解決することができ、さらにアレルギー反応を防止することもできるのである。
なお、形成されたアパタイト薄膜と歯のエナメル質との一体化、およびその一体化の速度を向上させるために、予めターゲット部材や対象物の表面に、水と共にまたは水に替えて、第一リン酸カルシウム(MCPM)水溶液などの弱酸性の水溶液を散布しておくことが好ましい。
【0047】
また、本発明にかかるアパタイト薄膜形成方法によれば、特別な機器を用いることなく、従来は虫歯、歯周病、口内炎などの治療の際に止血や歯、歯茎、粘膜などの切除を行う目的で使用される歯科治療用のレーザーをそのまま用いて患部の治療、修復を行うことができるという利点もある。
【実施例】
【0048】
次に、実施例に基づいて本発明の薄膜形成装置を説明する。
【0049】
(実施例1)
まず、レーザー照射手段にErーYAGレーザー(ノズルコア径、400μm(C400F))を用い、ターゲット部材に3gのリン酸三カルシウム(α−TCP)を8t×10minの条件で直径16mm、厚さ1.5mmのタブレット状に加圧成形したものを用い、かかるターゲット部材を以下の条件でターゲット保持手段を用いて保持することによって薄膜形成装置を作製した。
レーザー照射手段の照射ノズルの先端縁との間隔:1.0mm
ErーYAGレーザーの照射線とターゲット部材の表面における法線との角度:30°
【0050】
次に、対象物としてのチタン板とターゲット部材の表面にそれぞれ純水を散布した後、パワー350mJ、パルス速度10ppsの条件でErーYAGレーザーを10分間照射し、微粒子化したリン酸三カルシウム(α−TCP)をチタン板上に堆積した。
【0051】
その後、チタン板上に堆積したリン酸三カルシウム(α−TCP)に純水を散布した後、口腔内の環境を再現した37℃の恒温槽内に3時間保管することによって、堆積したリン酸三カルシウム(α−TCP)の加水分解を行い、実施例1の薄膜の形成を行った。なお、保管中は水分の蒸発を防止するためにチタン板の周辺を純水で満たした。
【0052】
図7に形成した薄膜のX線回折結果を示す。その結果、リン酸三カルシウム(α−TCP)のピークとともにハイドロキシアパタイト由来のピークが確認できた。
【0053】
(実施例2)
ターゲット部材に実施例1で作製したターゲット部材を純水に5分浸漬した後、冷凍庫に1時間保管することによって凍結したものを用い、レーザー照射手段にErーYAGレーザー(ノズルコア径、800μm(C800F))を用いた以外は、実施例1と同様にして実施例2の薄膜の形成を行った。
【0054】
図8に形成した薄膜の形成直後のX線回折結果を示す。その結果、リン酸三カルシウム(α−TCP)のピークが確認できた。
【0055】
(実施例3)
ターゲット部材(リン酸三カルシウム(α−TCP))の表面にのみ純水を散布した後、パワー200mJ、パルス速度10ppsの条件でErーYAGレーザーを10分間照射し、微粒子化したリン酸三カルシウム(α−TCP)をチタン板上に堆積した以外は、実施例1と同様にして実施例3の薄膜の形成を行った。
【0056】
図9に形成した薄膜の経過時間ごとのX線回折結果を示す(
図9(a):6時間後、
図9(b):12時間後、
図9(c):24時間後、
図9(d):48時間後)。その結果、時間が経過するにつれて、リン酸三カルシウム(α−TCP)のピークが減少し、それに伴ってハイドロキシアパタイト由来のピークが増加していることが確認できた。
【0057】
(実施例4)
対象物として硬組織を想定した牛エナメルを用い、かかる牛エナメルの表面にpH5.5の第一リン酸カルシウム(MCPM)水溶液を散布した以外は、実施例3と同様にして実施例4の薄膜の形成を行った。
【0058】
図10に形成した薄膜の経過時間ごとのX線回折結果を示す(
図10(a):堆積直後、
図10(b):6時間後、
図10(c):12時間後、
図10(d):24時間後、
図10(e):48時間後)。その結果、対象物がエナメル質である場合には、堆積直後からハイドロキシアパタイト由来のピークが確認できた。また、時間が経過するにつれて、リン酸三カルシウム(α−TCP)のピークが減少し、それに伴ってハイドロキシアパタイト由来のピークが増加していることが確認できた。
【0059】
図11に48時間後の薄膜のSEM写真を示す。その結果、
図11(a)、(b)から牛エナメル12上にハイドロキシアパタイト薄膜13が形成されていることが確認できた。また、
図11(c)、(d)に示す断面写真からも牛エナメル12上にハイドロキシアパタイト薄膜13が形成されていることが確認できた。
【0060】
以上の結果から、本発明の薄膜形成装置を用いれば、骨や歯などの硬組織に薄膜(特にアパタイト薄膜)を形成することができることがわかった。特に、ターゲット部材にリン酸カルシウム化合物を用いた場合には、微粒子化したリン酸カルシウム化合物を対象物に堆積させるだけでなく、加水分解によってハイドロキシアパタイト薄膜を形成させることができることがわかった。
また、予め水を散布や凍結させた状態でターゲットの表面や内部に水を保持させておくことによって、レーザー照射時に散布手段などを用いることなく微粒子化したリン酸カルシウム化合物を効率よく対象物に堆積させることができることがわかった。
さらに、水と共にまたは水に替えて、第一リン酸カルシウム(MCPM)水溶液などの弱酸性の水溶液を散布しておくことによって、形成されたアパタイト薄膜と歯のエナメル質との一体化、およびその一体化の速度を向上させることができることがわかった。