特許第6243887号(P6243887)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6243887
(24)【登録日】2017年11月17日
(45)【発行日】2017年12月6日
(54)【発明の名称】光ファイバの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C03B 37/027 20060101AFI20171127BHJP
   G02B 6/02 20060101ALI20171127BHJP
【FI】
   C03B37/027 A
   G02B6/02 356A
   G02B6/02 376A
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-213056(P2015-213056)
(22)【出願日】2015年10月29日
(65)【公開番号】特開2017-81795(P2017-81795A)
(43)【公開日】2017年5月18日
【審査請求日】2016年5月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005186
【氏名又は名称】株式会社フジクラ
(74)【代理人】
【識別番号】100143764
【弁理士】
【氏名又は名称】森村 靖男
(74)【代理人】
【識別番号】100129296
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 博昭
(72)【発明者】
【氏名】北村 隆之
(72)【発明者】
【氏名】今瀬 章公
【審査官】 山田 頼通
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−062021(JP,A)
【文献】 特開2013−122502(JP,A)
【文献】 特開2007−238354(JP,A)
【文献】 特開2006−058494(JP,A)
【文献】 特開2002−321936(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B 37/00−37/16
G02B 6/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光ファイバ用母材を線引炉において線引きする線引工程と、
前記線引工程において引き出された光ファイバを徐冷炉において徐冷する徐冷工程と、
を備え、
前記光ファイバが前記徐冷炉に入線するとき、前記光ファイバの温度と前記光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度との温度差が20℃より高く100℃より低く、
下記式(6)を用いて、前記ガラスの仮想温度を最も効率良く低下させることができるときの前記ガラスの温度Tを求めた後、当該温度Tを用いて、前記ガラスの仮想温度が最も効率良く低下させられたときの前記光ファイバの伝送損失に対して増加量が0.001db/km未満となるときの前記光ファイバの温度と前記ガラスの仮想温度との温度差の上限値および下限値を算出し、
前記徐冷工程において、前記温度差が前記上限値から前記下限値までの範囲内に収まるように前記徐冷炉の温度を設定する
ことを特徴とする光ファイバの製造方法。
(ただし、前記式(6)において、Eactは前記ガラスの活性化エネルギー、kはBoltzmann定数、Tは前記ガラスの仮想温度である。)
【請求項2】
前記光ファイバが前記徐冷炉に入線するとき、前記光ファイバの温度と前記コアを構成するガラスの仮想温度との温度差が40℃より高く60℃より低い
ことを特徴とする請求項1に記載の光ファイバの製造方法。
【請求項3】
前記コアを構成するガラスの構造緩和の時定数をτ(T)、前記徐冷工程におけるある時点での前記光ファイバの温度をT、前記ある時点での前記コアを構成するガラスの仮想温度をT、前記ある時点から時間Δt経過後の前記コアを構成するガラスの仮想温度をTとしたとき、下記式(1)が成り立つ
ことを特徴とする請求項1または2に記載の光ファイバの製造方法。
20℃<T−T=(T−T)exp(−Δt/τ(T))<100℃・・・(1)
【請求項4】
下記式(2)が成り立つ
ことを特徴とする請求項3に記載の光ファイバの製造方法。
40℃<T−T=(T−T)exp(−Δt/τ(T))<60℃・・・(2)
【請求項5】
前記光ファイバの温度が1300℃以上1500℃以下の範囲にあるときの少なくとも一時期に前記光ファイバが前記徐冷炉に滞在する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の光ファイバの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバ通信システムにおいて光伝送距離の長距離化や光伝送速度の高速化を図るためには、光信号ノイズ比が高められなければない。そのため、光ファイバの伝送損失の低減が求められている。光ファイバの製造方法が高度に洗練されている現在では、光ファイバに含まれる不純物による伝送損失はほぼ限界まで低下していると考えられている。残る伝送損失の主な原因は、光ファイバを構成するガラスの構造や組成の揺らぎに伴う散乱損失である。これは光ファイバがガラスで構成されているが故に不可避なものである。
【0003】
ガラスの構造の揺らぎを低減する方法としては、溶融したガラスを冷却する際に緩やかに冷却することが知られている。このように溶融したガラスを緩やかに冷却する方法として、線引炉から線引きされた直後の光ファイバを徐冷することが試みられている。具体的には、線引炉から線引きした光ファイバを徐冷炉で加熱したり、線引きした直後の光ファイバを断熱材で囲んだりして、光ファイバの冷却速度を低下させることが検討されている。
【0004】
下記特許文献1には、シリカガラスを主成分とするコアとクラッドを有する光ファイバの外径が最終外径の500%より小さくなる位置から光ファイバの温度が1400℃になる位置までのうちの70%以上の領域において、漸化式で求められる目標温度に対して±100℃以下となるように加熱炉(徐冷炉)の温度を設定することが開示されている。このように光ファイバの温度履歴が制御されることによって、光ファイバを構成するガラスの仮想温度が低下して伝送損失が低減されるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−62021号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記特許文献1に開示されている技術では、漸化式で求められる理想的な温度変化に光ファイバの温度を合わせるために複雑な計算を繰り返すことが求められる。また、特許文献1に開示されている技術では、光ファイバの温度が漸化式で求められる目標温度に対して±50℃〜100℃もずれることを許容している。このような広い範囲で光ファイバの温度のずれが許容されると、温度履歴が十分に適正化されているとは言い難い。例えば、徐冷される光ファイバの温度が±100℃の範囲で変化し、光ファイバを構成するガラスの仮想温度も同様の範囲で変化したとすると、得られる光ファイバの光散乱による伝送損失は±0.007dB/km程度も上下することになる。このような光ファイバの温度履歴が十分に適正化されていない従来の製造方法では、徐冷炉を必要以上に長くする過剰な設備投資が行われたり、線引速度を必要以上に低下させて生産性が損なわれたりする。
【0007】
本発明者らは、徐冷工程において光ファイバを構成するガラスの仮想温度と光ファイバの温度との温度差が所定の範囲になるように制御することによって、光ファイバを構成するガラスの構造緩和を促進させ、光ファイバの伝送損失を低減させ易くなることを見出した。
【0008】
そこで、本発明は、光ファイバの伝送損失を低減させることが容易な光ファイバの製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明の光ファイバの製造方法は、光ファイバ用母材を線引炉において線引きする線引工程と、前記線引工程において引き出された光ファイバを徐冷炉において徐冷する徐冷工程と、を備え、前記光ファイバが前記徐冷炉に入線するとき、前記光ファイバの温度と前記光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度との温度差が20℃より高く100℃より低いことを特徴とする。
【0010】
上記のように徐冷工程において光ファイバの温度と当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度との温度差が所定の範囲に制御されることによって、短時間で当該コアを構成するガラスの仮想温度が下げられる。すなわち、徐冷工程においてコアを構成するガラスの構造緩和が短時間で促進される。その結果、コアに光が伝送される際にコアを構成するガラスの構造の揺らぎに起因する散乱損失が抑制され、光ファイバの伝送損失が低減される。
【0011】
また、前記光ファイバが前記徐冷炉に入線するとき、前記光ファイバの温度と前記コアを構成するガラスの仮想温度との温度差が40℃より高く60℃より低いことが好ましい。このように徐冷炉に入線する光ファイバの温度がより適した範囲に制御されることによって、当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和の促進効果が増大され易くなり、光ファイバの伝送損失が低減され易くなる。
【0012】
また、前記コアを構成するガラスの構造緩和の時定数をτ(T)、前記徐冷工程におけるある時点での前記光ファイバの温度をT、前記ある時点での前記コアを構成するガラスの仮想温度をT、前記ある時点から時間Δt経過後の前記コアを構成するガラスの仮想温度をTとしたとき、下記式(1)が成り立つことが好ましい。
20℃<T−T=(T−T)exp(−Δt/τ(T))<100℃・・・(1)
徐冷炉に入線する時だけでなく入線してから出線するまでの任意の期間においても光ファイバの温度Tと当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度Tとの温度差(T−T)が上記所定の範囲に制御されることによって、当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和が促進され易くなり、光ファイバの伝送損失が低減され易くなる。
【0013】
また、下記式(2)が成り立つことが好ましい。
40℃<T−T=(T−T)exp(−Δt/τ(T))<60℃・・・(2)
このように徐冷工程の任意の期間において光ファイバの温度Tと当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度Tとの温度差(T−T)がより適した範囲に制御されることによって、当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和がより促進され易くなり、光ファイバの伝送損失がより低減され易くなる。
【0014】
また、前記光ファイバの温度が1300℃以上1500℃以下の範囲にあるときの少なくとも一時期に前記光ファイバが前記徐冷炉に滞在することが好ましい。光ファイバの温度がこの範囲にあるときに光ファイバが徐冷されることによって、光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度が短時間で低下され易くなり、光ファイバの伝送損失が低減され易くなる。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、本発明によれば、光ファイバの伝送損失を低減させることが容易な光ファイバの製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の光ファイバの製造方法の工程を示すフローチャートである。
図2】本発明の光ファイバの製造方法に用いる装置の構成を概略的に示す図である。
図3】ガラスの温度及び当該ガラスの仮想温度と徐冷時間との関係を示すグラフである。
図4】ガラスの仮想温度とガラスの温度との温度差(T−T)と、ガラスの仮想温度の単位時間当たりの低下速度((T−T)/Δt)と、の関係を示すグラフである。
図5】ガラスの仮想温度とガラスの温度との温度差の時間変化を示すグラフである。
図6図5とは異なる条件における、ガラスの仮想温度とガラスの温度との温度差の時間変化を示すグラフである。
図7図6に実線で示す適正化された温度差(T−T)と、散乱による伝送損失が0.001dB/km以上増加しない温度差(T−T)の経時変化の上限及び下限とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る光ファイバの製造方法の好適な実施形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0018】
図1は、本発明の光ファイバの製造方法の工程を示すフローチャートである。図1に示すように、本実施形態の光ファイバの製造方法は、線引工程P1と、予冷工程P2と、徐冷工程P3と、急冷工程P4と、を備える。以下、これらの各工程について説明する。なお、図2は本実施形態の光ファイバの製造方法に用いる装置の構成を概略的に示す図である。
【0019】
<線引工程P1>
線引工程P1は、線引炉110において光ファイバ用母材1Pの一端を線引きする工程である。まず、所望の光ファイバ1を構成するコア及びクラッドと同じ屈折率分布を持つガラスで構成される光ファイバ用母材1Pを準備する。光ファイバ1は、1つ又は複数のコア及びコアの外周面を隙間なく囲むクラッドを有する。また、コア及びクラッドはそれぞれシリカガラスからなり、コアの屈折率はクラッドの屈折率よりも高くされる。例えば、コアが屈折率を高くするゲルマニウム等のドーパントが添加されたシリカガラスから成る場合、クラッドは純粋なシリカガラスで構成される。また、例えば、コアが純粋なシリカガラスから成る場合、クラッドは屈折率を低くするフッ素等のドーパントが添加されたシリカガラスで構成される。
【0020】
次に、光ファイバ用母材1Pを、長手方向が垂直となるように懸架する。そして、光ファイバ用母材1Pを線引炉110に配置し、加熱部111を発熱させ、光ファイバ用母材1Pの下端部を加熱する。このとき光ファイバ用母材1Pの下端部は、例えば2000℃に加熱されて溶融状態となる。そして、加熱された光ファイバ用母材1Pの下端部から溶融したガラスを所定の線引速度で線引炉110から引き出す。
【0021】
<予冷工程P2>
予冷工程P2は、線引工程P1で線引炉110から引き出された光ファイバが後述する徐冷炉121へ送られるのに適した所定の温度になるように冷却する工程である。徐冷炉121へ送られるのに適した光ファイバの所定の温度については、後に詳述する。
【0022】
本実施形態の光ファイバの製造方法において、予冷工程P2は線引炉110の直下に設けられた筒状体120の中空部に線引工程P1で線引きされた光ファイバが通されることによって行われる。線引炉110の直下に筒状体120を設けることによって、筒状体120の中空部内の雰囲気は線引炉110内の雰囲気とほぼ同じになる。そのため、線引きされた直後の光ファイバの周囲の雰囲気や温度が急激に変化することが抑制される。
【0023】
徐冷炉121へ送られる光ファイバの温度は、主に線引速度と線引炉110内の雰囲気によって決められる。予冷工程P2を備えることによって、光ファイバの冷却速度を更に微調整し、徐冷炉121への光ファイバの入線温度を適切な範囲に調整し易くなる。線引炉110から引き出される光ファイバの温度と徐冷炉121へ送られるのに適した光ファイバの温度とに基づいて、徐冷炉121と線引炉110との距離や筒状体120の長さを適宜選択することができる。筒状体120は、例えば金属管等によって構成される。当該金属管を空冷したり、当該金属管の周囲に断熱材を配したりして、光ファイバの冷却速度を調整しても良い。
【0024】
<徐冷工程P3>
徐冷工程P3は、線引工程P1において線引炉110から引き出され、予冷工程P2において所定の温度に調整された光ファイバを徐冷炉121で徐冷する工程である。徐冷炉121内は入線する光ファイバの温度とは異なる所定の温度とされており、徐冷炉121に入線した光ファイバの周囲の温度により、光ファイバの冷却速度が低下させられる。徐冷炉121において光ファイバの冷却速度が低下させられることによって、以下に説明するように、光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造が緩和され、散乱損失が低減した光ファイバ1が得られる。
【0025】
従来の徐冷工程を有する光ファイバの製造方法では、徐冷炉への入線時の光ファイバの温度が十分に適正化されていない。具体的には、光ファイバの温度が高すぎたり低すぎたりする状態で徐冷炉に入線される場合がある。徐冷炉に入線する光ファイバの温度が高過ぎると、光ファイバを構成するガラスの構造が緩和する速度が非常に速いため、光ファイバを徐冷することによる効果を得ることがほとんど期待できない。一方、徐冷炉に入線する光ファイバの温度が低すぎると光ファイバを構成するガラスの構造が緩和する速度が遅くなるため、徐冷炉にて光ファイバを再加熱する必要等が生じることがある。このように従来の徐冷工程では、光ファイバを構成するガラスの構造緩和が効率よく行われているとは言い難い。そのため、徐冷炉を必要以上に長くする過剰な設備投資が行われたり、線引速度を必要以上に遅くして生産性が損ねられたりする虞がある。
【0026】
本実施形態の光ファイバの製造方法によれば、以下に説明するように徐冷工程P3において光ファイバの温度が適切な範囲に制御されることによって、光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和が促進される。その結果、過剰な設備投資を必要とせず、且つ、生産性良く、伝送損失が低減された光ファイバ1を得ることができる。また、本実施形態の光ファイバの製造方法によれば、上述した引用文献1に開示された技術のような複雑な計算を製造時に必要としない。
【0027】
いわゆるストロングガラスに分類されるシリカガラスでは、ガラスの粘性流動によると考えられる構造緩和の時定数τ(T)はArrheniusの式に従う。そのため、時定数τ(T)はガラスの組成によって決まる定数A及び活性化エネルギーEactを用いて、ガラスの温度Tの関数として下記式(3)のように表される。なお、kはBoltzmann定数である。
1/τ(T)=A・exp(−Eact/kT) (3)
(ここでは、Tはガラスの絶対温度である。)
【0028】
上記式(3)より、ガラスの温度が高いほど速くガラスの構造が緩和し、その温度における平衡状態に速く達することがわかる。すなわち、ガラスの温度が高いほどガラスの仮想温度がガラスの温度に近づくのが速くなる。
【0029】
ガラスを徐冷するときのガラスの温度及び当該ガラスの仮想温度と時間との関係を図3に示す。図3に示すグラフにおいて、横軸は時間、縦軸は温度を示している。図3において、実線はある徐冷条件でのガラスの温度推移を示しており、破線はそのときのガラスの仮想温度の推移を示している。また、点線は実線で示す徐冷条件よりも冷却速度を緩やかにした場合のガラスの温度推移を示しており、一点鎖線はそのときのガラスの仮想温度の推移を示している。
【0030】
図3に実線及び破線で示すように、高温域でガラスの温度が時間の経過と共に低下するときはガラスの仮想温度も同様に低下する。このようにガラスの温度が十分に高い状態では、ガラスの構造緩和の速度が非常に速い。しかし、ガラスの温度が低下するにつれてガラスの構造緩和の速度は遅くなる。やがてガラスの仮想温度の低下はガラスの温度の低下に追従できなくなる。そして、ガラスの温度とガラスの仮想温度との温度差が大きくなる。ここで、ガラスの冷却速度を緩やかにすると、冷却速度が速い場合に比べてガラスは相対的に温度の高い状態に長時間保持されることになる。そのため、図3に点線及び一点鎖線で示すように、ガラスの温度が低下してもガラスの温度とガラスの仮想温度との温度差は小さくなり、ガラスの仮想温度は先に説明した例よりも低くなる。すなわち、ガラスの冷却速度を緩やかにすると、ガラスの構造緩和が促進されやすくなる。
【0031】
上記のように、ガラスの温度が高いときはガラスの構造が速く緩和する。ただし、ガラスの仮想温度はガラスの温度よりも低くなることはないので、ガラスの温度が高いときはそのガラスの仮想温度も高いままとなる。すなわち、ガラスの温度が高すぎると徐冷することによる効果が少ない。かかる観点から、徐冷炉121に滞在させる光ファイバの温度は1600℃以下であることが好ましく、1500℃以下であることがより好ましい。一方、ガラスの温度が低い場合は仮想温度がより低い温度まで低下するが、仮想温度の低下速度は遅くなる。すなわち、ガラスの温度が低すぎると仮想温度を十分に低下させるための徐冷に時間を要する。かかる観点から、徐冷炉121に滞在させる光ファイバの温度は1300℃以上であることが好ましく、1400℃以上であることがより好ましい。よって、光ファイバの温度が1300℃以上1500℃以下の範囲にあるときの少なくとも一時期に光ファイバが徐冷炉121に滞在することが好ましい。このように、徐冷工程P3において光ファイバの温度が所定の範囲にあるときに光ファイバが徐冷されることによって、光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度が短時間で低下され易くなり、光ファイバの伝送損失が低減され易くなる。
【0032】
次に、ガラスの温度とガラスの仮想温度との関係から、光ファイバをどのように徐冷することによってコアを構成するガラスの構造緩和を効率良く促進し、光ファイバの伝送損失を低減できるのか、以下に説明する。
【0033】
光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和の時定数をτ(T)、徐冷工程P3におけるある時点での光ファイバの温度をT、当該ある時点でのコアを構成するガラスの仮想温度をTとしたとき、当該ある時点から時間Δt経過後のコアを構成するガラスの仮想温度Tは、上記式(3)から下記式(4)のように表される。なお、Δtは微小時間であって、その間のTは一定と仮定している。
−T=(T−T)exp(−Δt/τ(T))・・・(4)
【0034】
上記式(4)によれば、コアを構成するガラスの仮想温度Tが構造緩和の時定数τ(T)に依存するだけではなく、コアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)が、ある時点におけるコアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)に依存することがわかる。構造緩和の時定数τ(T)は、仮想温度がTであるガラスの温度がTであるときに、ガラスの仮想温度Tとガラスの温度Tとの温度差(T−T)が1/eになるまでの時間として定義されており、温度差(T−T)がある程度大きいほど単位時間当たりの仮想温度Tの変化が大きくなる。
【0035】
仮想温度がTであるガラスで構成されるコアを含む光ファイバの温度をTにしたときの温度差(T−T)と、仮想温度Tの単位時間当たりの変化((T−T)/Δt)と、の関係を図4に模式的に示す。図4に示すように、コアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとが一致している条件(T=T)では、コアを構成するガラスの構造緩和は起こらず、仮想温度の単位時間当たりの変化は0である((T−T)/Δt=0)。ここから光ファイバの温度Tを低下させ、コアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)が大きくなる条件を考えると、コアを構成するガラスの構造緩和の時定数τ(T)は大きくなるものの単位時間当たりの仮想温度Tの変化率((T−T)/Δt)は負に大きくなる。しかし、さらに光ファイバの温度Tを低下させてコアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)がさらに大きくなる条件を考えると、今度は次第にコアを構成するガラスの構造緩和の時定数τ(T)が大きくなるとともに単位時間当たりの仮想温度Tの変化((T−T)/Δt)の絶対値が小さくなる。すなわち、図4のグラフに表れているピークのように、コアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)がある値のときに仮想温度の単位時間当たりの変化((T−T)/Δt)が極小値をとることがわかる。
【0036】
ここで上記式(4)を解くと、ガラスの仮想温度Tの低下速度が最大になるときのガラスの温度Tと仮想温度Tとの間に下記式(5)の関係が成り立つことがわかる。
+(Eact/k)×T−(Eact/k)×T=0・・・(5)
【0037】
さらに上記式(5)を下記式(6)のようにTについて解くと、ガラスの仮想温度Tを最も効率良く低下させることができるときのガラスの温度Tを求めることができる。以下、ガラスの仮想温度Tを最も効率良く低下させることができるときのガラスの温度を「適正化されたガラスの温度」ということがあり、最も効率良く低下させられた仮想温度を「適正化された仮想温度」ということがある。
【0038】
これまでに説明したように、ある時点におけるガラスの仮想温度Tとガラスの温度Tとの温度差(T−T)が所定の値のときにガラスの仮想温度Tの単位時間当たりの変化が最も大きくなる。すなわち、仮想温度Tのガラスの一定時間Δt経過後の仮想温度Tを考えるとき、この仮想温度Tを最低値にすることができるガラスの温度Tが存在することになる。
【0039】
コアにGをドープした汎用的なシングルモード光ファイバについて、上記式(4)から求められるコアを構成するガラスの仮想温度Tが最低値になるときの値と、そのときの光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)の経時変化を図5に示す。ここで、定数A及び活性化エネルギーEactは非特許文献1(K.Saito, et al., Journal of the American Ceramic Society, Vol.89, pp.65-69(2006))に示されている値を用いる。図5のグラフにおいて、縦軸は、コアを構成するガラスの仮想温度Tが最低値になるときの値とそのときの光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)、横軸は光ファイバの徐冷時間である。ここで、徐冷初期(徐冷時間が0秒のとき)における光ファイバの温度Tが1900℃であると仮定すると、この温度においてコアを構成するガラスの構造が緩和するのに要する時間は0.0001秒未満と非常に短い。従って、コアを構成するガラスの徐冷初期の仮想温度Tも同じく1900℃であると考えてよい。すなわち、T−T=0℃と初期値が仮定される。
【0040】
上記の仮定により求められる温度差(T−T)の経時変化を見ると、概ね0.01秒までの時間領域においては温度差(T−T)が急激に大きくなる。このことから、光ファイバの温度が高くて温度差(T−T)が小さいため、光ファイバを急冷して温度差(T−T)を大きくすることによって、コアを構成するガラスの仮想温度Tを低下させる必要があることがわかる。一方、概ね0.01秒以降の時間領域では温度差(T−T)は徐々に小さくなり、光ファイバの温度Tがコアを構成するガラスの仮想温度Tの低下に適した範囲に保たれていることがわかる。この条件において、徐冷時間0.5秒の時のコアを構成するガラスの仮想温度は、1390℃と求められる。
【0041】
図5に示す仮想温度Tと光ファイバの温度との温度差(T−T)の極大値は凡そ60℃であるため、T−T=60℃となる初期値を仮定してさらに検証する。すなわち、徐冷初期(徐冷時間が0秒のとき)における光ファイバの温度Tが1540℃、このときのコアを構成するガラスの仮想温度Tが1600℃という初期値を仮定する。そして、図5に示す結果と同様に、コアを構成するガラスの仮想温度Tが最低値になるときの値と、そのときの光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)の経時変化を図6に実線で示す。図6のグラフにおいて、縦軸は、コアを構成するガラスの仮想温度Tが最低値になるときの値とそのときの光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)、横軸は光ファイバの徐冷時間である。図6に実線で示すように、全ての時間領域で温度差(T−T)は単調に減少し続けており、光ファイバの温度Tがコアを構成するガラスの仮想温度Tの低下に適した範囲に保たれていることがわかる。この条件において、徐冷時間0.5秒の時のコアを構成するガラスの仮想温度は1388℃と求められる。従って、図5に示す条件の場合よりもコアを構成するガラスの仮想温度をさらに低下させられることがわかる。
【0042】
図5に示す結果と同様の検証を、非特許文献2(K. Saito, et al., Applied Physics Letters, Vol.83, pp.5175-5177 (2003))に記載されている定数A及び活性化エネルギーEactを用いて行ったところ、仮想温度Tと光ファイバの温度との温度差(T−T)の極大値は凡そ55℃であるため、T−T=55℃となる初期値を仮定してさらに検証する。図6には、徐冷初期(徐冷時間が0秒のとき)における光ファイバの温度Tが1485℃、このときのコアを構成するガラスの仮想温度Tが1540、T−T=55℃と仮定した場合について破線で示している。この破線で示す条件の場合も、全ての時間領域で温度差(T−T)は単調に減少し続けており、光ファイバの温度Tがコアを構成するガラスの仮想温度Tの低下に適した範囲に保たれていることがわかる。この条件において、徐冷時間0.5秒の時のコアを構成するガラスの仮想温度は1321℃と求められる。
【0043】
図6に示す結果から以下のことがわかる。すなわち、組成に基づいて決定される定数A及び活性化エネルギーEactの値に多少の違いがあったとしても、ガラスの仮想温度Tとガラスの温度Tとの温度差(T−T)が所定の範囲であれば、ガラスの仮想温度Tを効率良く低下させられることがわかる。よって、いわゆるドーパントの濃度が低く、主成分がシリカガラスである一般的な光ファイバであれば、コアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとの温度差(T−T)が所定の範囲のときに光ファイバが徐冷炉121に入線することで、コアを構成するガラスの仮想温度Tを効率良く低下させられる。例えば、G等のドーパントがドープされたシリカガラスから成るコアや、実質的に純粋なシリカガラスから成るクラッドのいずれにおいても、仮想温度を効率良く低下させられる。
【0044】
なお、光ファイバの製造に際して余計なエネルギーの消費を抑えるという観点からは、光ファイバの温度は線引炉110で加熱溶融された状態から昇温されることなく単調に低下され続けることが好ましい。この場合、徐冷炉121に入線する時の光ファイバの温度は、光ファイバが徐冷炉121内に存在するときの中で最も高い温度となる。すなわち、徐冷炉121におけるコアを構成するガラスの構造緩和の速度は、光ファイバが徐冷炉121に入線したときが最も速い。従って、徐冷炉121に入線するときの光ファイバの温度は徐冷工程P3におけるコアを構成するガラスの構造緩和に対して影響が大きい。そのため、徐冷炉121に入線する時の光ファイバの温度を適切に調整することが特に重要である。
【0045】
以上のことから、光ファイバが徐冷炉121に入線するとき、光ファイバの温度と当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度との温度差(T−T)は55℃〜60℃程度にされることが好ましいとわかる。ただし、この温度差(T−T)の最適値はガラスの組成に応じて多少の誤差が生じる。従って、光ファイバが徐冷炉121に入線するとき、光ファイバの温度と光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度との温度差は40℃より高く60℃より低いことが好ましい。このように徐冷工程P3において光ファイバの温度と当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度とが所定の範囲に制御されることによって、短時間で当該コアを構成するガラスの仮想温度が下げられる。すなわち、徐冷炉においてコアを構成するガラスの構造緩和が短時間で促進される。その結果、コアに光を伝送させる際にコアを構成するガラスの構造の揺らぎに起因する散乱損失が抑制され、光ファイバの伝送損失が低減される。また、光ファイバが徐冷炉121に入線するときの、光ファイバの温度と当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度との温度差(T−T)の下限は、45℃以上であることがより好ましく、50℃以上であることが更に好ましく、55℃以上であることが特に好ましい。このように徐冷炉に入線する光ファイバの温度がより適した範囲に制御されることによって、当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和が促進され易くなり、光ファイバの伝送損失が低減され易くなる。
【0046】
また、徐冷炉121に入線する時だけでなく入線してから出線するまで、すなわち徐冷工程P3を開始してから終了するまでの任意の期間においても光ファイバの温度Tと当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度Tとの温度差(T−T)を上記所定の範囲に制御することによって、当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和が促進され易くなり、光ファイバの伝送損失を低減させ易くなる。すなわち、コアを構成するガラスの構造緩和の時定数をτ(T)、徐冷工程P3におけるある時点での光ファイバの温度をT、当該ある時点でのコアを構成するガラスの仮想温度をT、当該ある時点から時間Δt経過後のコアを構成するガラスの仮想温度をTとしたとき、下記式(2)が成り立つことが好ましい。
40℃<T−T=(T−T)exp(−Δt/τ(T))<60℃・・・(2)
このように徐冷工程P3において光ファイバの温度Tと当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度Tとの温度差(T−T)が所定の範囲に維持されることによって、当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和がより促進され易くなる。従って、光ファイバの伝送損失がより低減され易くなる。
【0047】
なお、コアを構成するガラスの仮想温度Tを最も効率良く低下させるための、光ファイバの温度Tと当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度Tとの温度差(T−T)の条件は上述の通りであるが、以下に説明する条件でも光ファイバの伝送損失を十分に低減させることができる。
【0048】
光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの伝送損失とは、次のような関係式で結び付けられる。Rayleigh散乱係数Rはコアを構成するガラスの仮想温度Tに比例し、Rayleigh散乱による伝送損失αは伝送させる光の波長をλ[μm]とする下記式(7)で表される。
α=R/λ=BT/λ・・・(7)
【0049】
ここで、非特許文献2(K. Saito, et al., Applied Physics Letters, Vol.83, pp.5175-5177 (2003))によると、B=4.0×10−4dB/km/μm/Kである。波長λ=1.55μmにおける伝送損失を考えると、コアを構成するガラスの仮想温度Tが14℃上昇すると、Rayleigh散乱による伝送損失αが凡そ0.001dB/km増加する。すなわち、最も効率良く低下させられるときのコアを構成するガラスの仮想温度Tからの誤差を14℃未満に抑制することができれば、Rayleigh散乱による伝送損失αの増加を0.001dB/km未満に抑えることができる。
【0050】
上記のように、最も効率良く低下させられるときのコアを構成するガラスの仮想温度Tから許容し得る誤差を考慮する場合、以下に説明するように、コアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度との温度差(T−T)が20℃より高く100℃未満という温度条件で、光ファイバを徐冷炉121に入線させれば良い。
【0051】
図6に実線で示す適正化された温度差(T−T)での徐冷工程を0.5秒経たときのコアを構成するガラスの仮想温度Tから予想される伝送損失に対して、散乱による伝送損失の増加を0.001dB/km未満に抑えられるときの温度差は、上記漸化式(4)から予測することができる。徐冷初期(徐冷時間が0秒のとき)における光ファイバのコアを構成するガラスの仮想温度Tを1540℃、温度差(T−T)を徐冷工程P3においてほぼ一定となるよう仮定して漸化式(4)を解くと、図7に示すグラフが得られる。図7には図6に実線で示す適正化された温度差(T−T)を実線で再掲している。さらに、図7には散乱による伝送損失が0.001dB/km以上増加しない温度差(T−T)の経時変化の上限を破線で示し、下限を一点鎖線で示す。ここで、定数A及び活性化エネルギーEactは非特許文献1(K.Saito, et al., Journal of the American Ceramic Society, Vol.89, pp.65-69 (2006))に示されている値を用いる。図7に示す結果から、徐冷工程P3中に上記温度差(T−T)が20℃より高く100℃未満の範囲になるように光ファイバの温度履歴を制御すべく徐冷炉121の温度が設定されれば、最も効率良く低下させられるときのコアを構成するガラスの仮想温度Tに対して、コアを構成するガラスの仮想温度が14℃程度以上上昇しない範囲に抑えられることがわかる。よって、コアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度との温度差(T−T)が20℃より高く100℃未満という温度条件で光ファイバを徐冷炉121に入線させれば、伝送損失は最も低下させられる適正化された条件のときの値に対して0.001dB/km以下の増加に抑えることができる。
【0052】
よって、徐冷炉121に入線する時だけでなく入線してから出線するまで、すなわち徐冷工程P3を開始してから終了するまでの任意の期間においても光ファイバの温度Tと当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの仮想温度Tとの温度差(T−T)を20℃より高く100℃未満の範囲に維持することによって、当該光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの構造緩和が促進され易くなり、光ファイバの伝送損失を低減させ易くなる。すなわち、下記式(1)が成り立つことが好ましい。
20℃<T−T=(T−T)exp(−Δt/τ(T))<100℃・・・(1)
【0053】
なお、最も効率良く低下させられるときのコアを構成するガラスの仮想温度Tと光ファイバの温度Tとの関係は、徐冷時間tのみに依存し、徐冷時間t、徐冷炉の長さL及び線引速度vは、下記式(8)の関係で結び付けることができる。
t=L/v・・・(8)
【0054】
従って、製造される光ファイバに含まれるコアを構成するガラスの目標とする仮想温度Tを設定し、生産性を考慮した線引速度vを決定すれば必要な徐冷炉の長さLが求められる。例えば、仮想温度Tを1500℃とするために徐冷時間tは0.1秒程度必要なので、線引速度vが20m/秒に設定されると、徐冷炉の長さLは2m必要であることがわかる。また、例えば、仮想温度Tを1400℃とするために徐冷時間tは0.4秒程度必要なので、線引速度vが10m/秒に設定されると、徐冷炉の長さLは4m必要であることがわかる。一方、徐冷炉の長さLが2mしかなければ、線引速度vを5m/秒とする必要があることがわかる。ただし、生産性等の観点から、線引速度vは10m/秒〜50m/秒程度、徐冷炉長Lは1m〜10m程度の範囲で選択されることが好ましく、徐冷時間tは1秒以下とすることが好ましい。
【0055】
<急冷工程P4>
徐冷工程P3後、光ファイバは耐外傷性などを高めるために被覆層で覆われる。この被覆層は通常、紫外線硬化性樹脂で構成される。このような被覆層を形成するためには、被覆層の焼損などが起こらないようにするため、光ファイバが十分に低い温度に冷却されている必要がある。光ファイバの温度は塗布される樹脂の粘度に影響を与え、結果として被覆層の厚さに影響を与える。被覆層を形成する際の適切な光ファイバの温度は、被覆層を構成する樹脂の性質に応じて適宜決定される。
【0056】
本実施形態の光ファイバの製造方法では、線引炉110とコーティング装置131の間に徐冷炉121が設けられることによって、光ファイバを十分に冷却させるための区間が短くなる。特に本実施形態の光ファイバの製造方法では予冷工程P2も備えるため、光ファイバを十分に冷却させるための区間が更に短くなる。従って、本実施形態の光ファイバの製造方法では、徐冷炉121を出た光ファイバを冷却装置122によって急冷させる急冷工程P4を備える。急冷工程P4では、徐冷工程P3よりも急速に光ファイバが冷却される。このような急冷工程P4を備えることによって、短い区間で光ファイバの温度を十分に低下させることができるので、被覆層を形成し易くなる。冷却装置122を出るときの光ファイバの温度は、例えば40℃〜50℃となる。
【0057】
上記のようにして冷却装置122を経て所定の温度まで冷却された光ファイバは、光ファイバを覆う被覆層となる紫外線硬化性樹脂が入ったコーティング装置131を通過し、この紫外線硬化性樹脂で被覆される。更に紫外線照射装置132を通過し、紫外線が照射されることで、紫外線硬化性樹脂が硬化して被覆層が形成され、光ファイバ1となる。なお、被覆層は通常は2層からなる。2層の被覆層を形成する場合、各層を構成する紫外線硬化性樹脂で光ファイバを被覆した後にそれらの紫外線硬化性樹脂を一度に硬化させて2層の被覆層を形成することができる。また、1層目の被覆層を形成した後に2層目の被覆層を形成しても良い。そして、光ファイバ1は、ターンプーリ141により方向が変換され、リール142により巻取られる。
【0058】
以上、本発明について好適な実施形態を例に説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。つまり、本発明の光ファイバの製造方法は、上述した線引工程及び徐冷工程を備えていれば良く、予冷工程や急冷工程は必須の構成要素ではない。また、本発明の光ファイバの製造方法はあらゆる種類の光ファイバの製造に適用可能である。例えば、本発明の光ファイバの製造方法は、シリカガラスを主成分とする光ファイバだけではなく、カルコゲナイドガラス、フッ素系ガラスなど、他の材料を主成分とする光ファイバの製造方法にも、上記式(3)における定数A、および活性化エネルギーEactが求められれば適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、伝送損失が低減された光ファイバを製造可能な光ファイバの製造方法が提供され、光ファイバ通信の分野に利用することができる。また、ファイバレーザ装置やその他光ファイバを利用したデバイスにも利用することができる。
【符号の説明】
【0060】
1・・・光ファイバ
1P・・・光ファイバ用母材
110・・・線引炉
111・・・加熱部
120・・・筒状体
121・・・徐冷炉
122・・・冷却装置
131・・・コーティング装置
132・・・紫外線照射装置
141・・・ターンプーリ
142・・・リール
P1・・・線引工程
P2・・・予冷工程
P3・・・徐冷工程
P4・・・急冷工程
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7