(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
有床義歯を作製する方法としてよく知られたものの1つにロストワックス法がある。これは次のような各工程を経ることで有床義歯を得ることができる。すわなち、初めに印象材を用いて患者の口腔内の形状の型をとり(いわゆる印象採得。)、これに石膏を流して固め、石膏模型を作製する。
次に、石膏模型の上にワックスを用いて上下顎義歯の高さを確保し、ワックスに人工歯を埋め込み、蝋義歯とする(いわゆる人工歯排列。)。その後この蝋義歯を石膏などに埋めて固めるとともにワックスが流出する部位を形成したうえで湯等を用いてワックスを溶融して流し去る。これにより排列された人工歯のみが残り、ワックスが存在していた部分に空洞が形成されるのでここにレジン等を流入(填入)させて硬化する。そして人工歯を埋めて固めていた石膏を割って取り去ることにより有床義歯を得ることができる。
【0003】
このようにロストワックス法は工程が多く、完成までに時間がかかるとともに、その作製には歯科技工士の熟練が必要とされている。
【0004】
これに対して特許文献1、2には、CAD/CAMを用いて有床義歯等の歯科補綴物を作製する技術が開示されている。すなわち、CAD/CAMを用いて歯科補綴物の設計から製造までをデータとして取り扱い、最終的には当該データに基づいてNC工作機械を用いて歯科補綴物を削り出す。
これによれば、ロストワックス法に比べて工程が少なく、歯科補綴物をこれまでより短期間で製作することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を図面に示す形態に基づき説明する。ただし本発明はこれら形態に限定されるものではない。
【0018】
図1は1つの形態を説明する図であり、人工歯21を含む有床義歯10の外観を示した図である。このような有床義歯10が患者の口腔内の下顎側、及び/又は上顎側に配置され、欠損してしまった天然歯を人工的に補っている。
図1からわかるように、有床義歯10は義歯床11及び複数の人工歯21を有して構成されている。
図2(a)には
図1にIIa−IIaで示した断面図、
図2(b)には
図2(a)の分解図をそれぞれ示した。
図3には義歯床11の外観図、
図4には1つの例にかかる人工歯21の外観斜視図を示した。また、
図5(a)には
図2にVaで示した部位で、人工歯21の凸部21a及び義歯床11の入隅部13aの近傍の拡大図を示した。
図5(b)では、
図5(a)と同じ視点で人工歯21と義歯床11とを離隔して表した。
本形態では有床義歯10として一方の顎側全体を補う有床義歯を例に説明するが、一部の天然歯の欠損を補う部分的な有床義歯であってもよい。
【0019】
義歯床11は、人工歯21を所定の位置に保持するとともに、口腔粘膜上に有床義歯自体を安定して装着させる機能を有する部材である。本形態では
図3からわかるように、人工歯21が排列される部位として堤状の盛り上がった堤部12を備えるとともに、この堤部12の頂部に凹部13が設けられている。そしてこの凹部13に人工歯21の一端が挿入され人工歯21が接着剤で義歯床11に固定される。
【0020】
ここで義歯床11の凹部13のうち、人工歯21の先端部分が配置される凹部の入隅部13aでは、
図5(b)に示すように入隅部13aの最深部を含む断面において、該入隅部13aが成す角の最小値がθ
gとなっている。このθ
gは特に限定されることはないが、人工歯21を嵌め込む観点、及び切削により効率よく義歯床11を作製する観点から、通常は切削工具の径により決まる。そしてこれによれば、θ
gは20°以上120°以下となることが多い。ここで「入隅部」は凹部13により形成される内側の隅部を意味する。
【0021】
また、
図5(b)に示したように当該入隅部13aの最深部は曲率半径がR
g(mm)で形成されている。このR
gの値は特に限定されることはないが、義歯床11を切削で作製するので、通常は切削工具の先端の形状で決まる。そしてこの部位を切削する工具によれば、通常はR
gは1.0mm程度となることが多い。
【0022】
ここで、義歯床11はレジン、金属、又はセラミック焼結体等の硬い材料により構成されていることが好ましい。これにより精度のよい切削をすることができる。
【0023】
人工歯21は、欠損した天然歯の代わりに、当該天然歯の機能を有するように作製された人工の歯牙である。人工歯21は義歯床11の上記凹部13にその一端側が挿入されて接着剤により固定されることで保持される。これにより、複数の人工歯21が歯列のように弓状に排列され、天然歯のように機能することができる。
【0024】
人工歯21は、
図2(a)、
図2(b)、
図4、
図5(a)、
図5(b)からよくわかるように、義歯床11に嵌め込まれる端部のうち少なくとも1つに先端が尖った凸部21aを有している。
【0025】
ここで人工歯21の凸部21aは、
図5(b)に示すようにその最先端を含む断面において、最大値がθ
jとなっている。このθ
jは上記義歯床11の凹部13の入隅部13aのθ
gと同じ又はθ
gよりも小さくされている。そしてこのθ
jもθ
gと同じ又はθ
gより小さい範囲において20°以上120°以下であることが好ましい。
【0026】
また、
図5(b)に示したように当該凸部21aの最先端は曲率半径がR
j(mm)で形成されている。このR
jの値は上記した義歯床11の入隅部13aの最深部の曲率半径R
gと同じ又はR
gよりも小さくされている。そしてR
jは好ましくは0.3mm以上1.5mm以下であり、上記したように義歯床11側の入隅部13aのR
gが1.0mm程度となることが多いことを鑑みると、R
jは0.3mm以上1.0mm以下であることがさらに好ましい。
【0027】
ここで、人工歯21には人工歯に用いられる公知の材料を用いることができる。これには例えばセラミック、レジン、硬質レジン、及び金属を挙げることができる。
また、義歯床11に人工歯21を接着する材料としては、公知の材料を用いることができるが、これには例えば即時重合レジン、歯肉色レジン、義歯床用レジン、エポキシ接着剤等の公知の工業用接着剤、又はこれらの少なくとも2つの組み合わせ等が挙げられる。
【0028】
以上説明した人工歯21は次のように義歯床11の凹部13に取り付けられる。すなわち、凹部13に人工歯21の一端側を挿入するように嵌め込む。このとき、人工歯21の凸部21aが義歯床11の凹部13の入隅部13aに向けて差し込まれる。また、
図5(a)からわかるように、人工歯21の凸部21aと義歯床11の凹部13の入隅部13aとの間には、所定の間隙Cが形成される。すなわち、このような間隙Cが形成されるように人工歯21及び凹部13が作製される。間隙Cの大きさは特に限定されることはないが、100μm以上500μm以下とすることが好ましい。
【0029】
本発明の上記の構成によれば、人工歯21の凸部21aと義歯床11の凹部13の入隅部13aとが上記のような関係を有しているので、人工歯21が凹部13の適切な位置に嵌め込まれ、凸部21aが凹部13の内面に接触してしまうことがなく、本来嵌め込まれる位置及び姿勢で人工歯21を義歯床11に取り付けることができる。なお、人工歯21と義歯床11とは凸部21a及び凹部13以外の他の部位で接触して人工歯21が義歯床11に保持されている。
【0030】
従って上記のような人工歯を用いることで、CAD/CAMを適用して従来よりも速く、簡易に作製することができる有床義歯において、確実に本来の姿勢で人工歯の排列することが可能となる。以下には上記形態の人工歯を備える有床義歯を作製する方法について説明する。
【0031】
図6は、1つの形態にかかる有床義歯の設計装置30に含まれる構成を概念的に表したブロック図である。有床義歯の設計装置30(以下、「設計装置30」と記載することがある。)。は、入力手段31、演算装置32、及び表示手段38を有している。そして演算装置32は、演算手段33、RAM34、記憶手段35、受信手段36、及び出力手段37を備えている。また、入力手段31にはキーボード31a、マウス31b、及び記憶媒体の1つとして機能する外部記憶装置31cが含まれている。
【0032】
演算手段33は、いわゆるCPU(中央演算子)により構成されており、上記した各構成部材に接続され、これらを制御することができる手段である。また、記憶媒体として機能する記憶手段35等に記憶された各種プログラム35aを実行し、これに基づいて後で説明する各種データの生成やデータの選択をする手段として演算をおこなうのも演算手段33である。
【0033】
RAM34は、演算手段33の作業領域や一時的なデータの記憶手段として機能する構成部材である。RAM34は、SRAM、DRAM、フラッシュメモリ等で構成することができ、公知のRAMと同様である。
【0034】
記憶手段35は、各種演算の根拠となるプログラムやデータが保存される記憶媒体として機能する部材である。また記憶手段35には、プログラムの実行により得られた中間、最終の各種結果を保存することができてもよい。より具体的には記憶手段35には、プログラム35a、人工歯形状データベース35b、義歯床形状データベース35cが記憶(保存)されている。またその他情報も併せて保存されていてもよい。
【0035】
プログラム35aは設計装置30を作動させるために必要なプログラムであり、特に限定されることはない。
【0036】
人工歯形状データベース35bは人工歯に関する形状等の情報が収納されたデータベースである。データベースに収納される人工歯形状の種類は特に限定されることはないが、歯列弓に含まれる複数の人工歯が1つの組となり、上下の歯列弓が咬みあわせされた状態でデータとして収納されている態様でもよい。そしてこのデータは、1つ1つの人工歯ごとの他、いくつかの人工歯が含まれる分割されたいくつかのユニットで取り扱えるように構成してもよい。
このような人工歯の組は、例えば「性別」、「体格」等患者の特徴に合わせるための複数のバリエーションを有したものが準備されていることが好ましい。
また、当該人工歯形状データベース35bには、上記説明した凸部21aの形状も含まれている。
【0037】
義歯床形状データベース35cは、義歯床に関する形状等の情報が収納されたデータベースである。データベースに収納される義歯床に関するデータの態様は特に限定されることはないが、例えば「人工歯が取り付けられる部位を含む上半分のみ」が、咬合された人工歯データとの位置関係(上記間隙Cの値等)を持って配置されている状態のデータとして収納されていてもよい。
バリエーションについても人工歯の大きさに合わせた組み合わせで3〜4種類の大きさのデータがあることが好ましい。
また、当該義歯床形状データベース35cには、上記説明した入隅部13aの形状も含まれる。
【0038】
受信手段36は、外部からの情報を演算装置32に適切に取り入れるための機能を有する構成部材であり、入力手段31が接続される。いわゆる入力ポート、入力コネクタ等もこれに含まれる。
【0039】
出力手段37は、得られた結果のうち外部に出力すべき情報を適切に外部に出力する機能を有する構成部材であり、モニター等の表示手段38や各種装置がここに接続される。いわゆる出力ポート、出力コネクタ等もこれに含まれる。
【0040】
入力装置31には、例えばキーボード31a、マウス31b、外部記憶装置31c等が含まれる。キーボード31a、マウス31bは公知のものを用いることができ、説明は省略する。
外部記憶装置31cは、公知の外部接続可能な記憶手段であり、記憶媒体としても機能する。ここには特に限定されることなく、必要とされる各種プログラム、データを記憶させておくことができる。例えば上記した記憶手段35と同様のプログラム、データがここに記憶されていても良い。また、演算装置30によるデータ生成の際の基礎となる印象データや咬合関係のデータ等を外部記憶装置31cに記憶しておいてもよい。
外部記憶装置31cとしては、公知の装置を用いることができる。これには例えばCD−ROM及びCD−ROMドライブ、DVD及びDVDドライブ、ハードディスク、各種メモリ等を挙げることができる。
【0041】
また、その他、ネットワークや通信により受信手段36を介して演算装置に情報が提供されてもよい。同様にネットワークや通信により出力手段37を介して外部の機器(例えばNC工作機械)に情報を送信することができてもよい。
【0042】
このような設計装置30によれば、義歯床を直接削り出すことができ、ロストワックス法のような複雑な工程を経ることなく有床義歯を作製することが可能となる。
【0043】
次に、設計装置30を用いて、有床義歯10を製造する方法S1(「製造方法S1」と記載することがある。)について説明する。ここではわかりやすさのため設計装置30を用いた例を説明するが、当該製造する方法はこれに限定されるものではなく、以下の趣旨を含む方法を可能とするものであれば他の装置で行うこともできる。
【0044】
図7に製造方法S1の流れを示した。ここからわかるように製造方法S1は、印象のデジタル化の工程S10、有床義歯の設計の工程S20、及び有床義歯の作製の工程S30を含む。以下それぞれの工程について説明する。
【0045】
工程S10は、得られた印象から形状データや咬合関係のCADデータを得る工程である。印象自体は公知の方法で印象採得し、ここから石膏模型等の患者の粘膜面情報を得ることができる。
【0046】
CADデータを得る方法は公知の装置を用いておこなうことができ、例えば3次元光学スキャナを挙げることができる。
一方、咬合関係のデータは、上顎の印象体と下顎の印象体とを患者の咬合状態と同様に組み合わせて3次元計測することにより得ることができる。
【0047】
工程S20は、工程S10で得た患者に基づく粘膜面の情報、及び設計装置30に保存されたデータベースに基づき最終的に有床義歯10の形状をデータ上で決定するとともに、排列を完了した有床義歯データから人工歯データを削除し義歯床切削のための加工データを有床義歯の作製工程S30(工作機械)に出力する工程である。ここで、本形態における工程S20で行われる各演算は設計装置30により行われる。すなわち、設計装置S30に備えられる記憶手段35に保存されたプログラム35aに沿って演算手段33が演算をすることにより進められる。
図8に工程S20の流れを示した。ここからわかるように、工程S20は、印象データの取得の工程S21、データ呼び出し及び排列位置調整の工程S22、人工歯・義歯床データの出力の工程S23を含む。
【0048】
工程S21は、工程S10でデータ化した印象に関する情報を取得し、設計装置30内に取り込む工程である。当該取り込みは設計装置30の受信手段36を介して記憶手段35に記憶される。
【0049】
工程S22は、データベースから情報を呼び出し、設計装置30上で人工歯を排列する工程である。すなわち、ここまでで取り込んだ情報に基づき、設計装置30の記憶手段35に格納されたデータベースから歯列弓に見合った人工歯データを呼び出す。そしてこれを顎堤上のおおよその位置に配置させたのち、位置を微調整する。
【0050】
工程S23は、工程S22で決定した形状から、人工歯の形状データ、及び義歯床の形状データを個別に抽出し、工程S30で用いる加工機へ指令データとして出力する工程である。この出力は設計装置30の出力手段37を介して行うことができる。
【0051】
なお、有床義歯の設計の工程S20では、切削の効率が考慮され、切削に用いられる工具の選定もなされる。切削の効率を考慮しない人工歯、義歯床の形態によれば、多数の工具を順に用いて徐々に微細な工具に変更して切削を進めることが必要となるが、これでは生産性の観点から必ずしも適切であるとはいえない。そこで、使用する工具を所定の範囲に抑え切削の効率を考慮する必要がある。従って最終的には効率を考慮して選定された工具に基づいて製造できる人工歯、及び義歯床の形態が指令データとして工程30に送信される。このときには人工歯21の凸部21aと凹部13の入隅部13aとを上記した形態にするために、人工歯21の凸部21aの先端の曲率半径は、義歯床11の凹部13の入隅部13aを形成するための切削工具の径よりも大きいことが好ましい。
すなわち、上記説明した人工歯21の凸部21a及び義歯床11の凹部13の入隅部13aの形態は、当該切削の効率が考慮された切削精度に基づいて、当該切削精度であることを前提に義歯床に人工歯を適切な位置及び姿勢で装着できる形態である。
【0052】
図7に戻って工程S30について説明する。工程S30は、工程S20から出力された義歯用の加工データを受信して工作機械により形状を削り出すとともに、これらを組み合わせて有床義歯10として仕上げる工程である。
図9には工程S30の流れを示した。
図9からわかるように、工程S30は、切削加工の工程S31、義歯床への人工歯の取り付けの工程S32、及び仕上げ研磨の工程S33を備えている。
【0053】
工程S31は、工程S23で出力された加工機への指令データを受信してこれに基づいて、加工機が切削により義歯床を削り出す工程である。ここで用いられる工作機械は公知の物を用いることができ、特に限定されるものではなく、公知のNC工作機械を使用することができる。ここで適用される義歯床の材料は硬質のレジン、金属、セラミック等の硬質の材料により形成されているので、切削が適切に精度よく行える。
【0054】
工程S32は、工程S31で得られた人工歯を義歯床に取り付ける工程である。これは、上記のように人工歯21の一端側を義歯床11の凹部13に嵌めるようにして固定する。ここで人工歯21の凸部21aと凹部13の入隅部13aとが上記の関係を有しているので、適切な人工歯の取り付けが可能である。
そして対向して配置された人工歯21と凹部13との間に接着剤が塗布等により供給され、固定される。
【0055】
工程S33は、工程S32で得られた有床義歯に対して仕上げ研磨を施し、最終的に有床義歯10を得る。
【0056】
以上のように、製造方法S1によれば、ロストワックス法のように手間や時間をかけることなく精度のよい有床義歯10を得ることができる。この方法では義歯床11は硬質のレジン、金属、セラミック焼結体等の硬質の材料から切削により形成されている。