(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記磁化固定層における上記非磁性層の上面及び下面の双方が、上記Pt族金属元素と上記強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた上記磁性材料と接している 請求項1に記載の記憶素子。
【背景技術】
【0004】
モバイル端末から大容量サーバに至るまで、各種情報機器の飛躍的な発展に伴い、これを構成するメモリやロジック等の素子においても、高集積化、高速化、低消費電力化等、さらなる高性能化が追求されている。
特に、半導体不揮発性メモリの進歩は著しく、中でも大容量ファイルメモリとしてのフラッシュメモリはハードディスクドライブを駆逐する勢いで普及が進んでいる。
【0005】
一方、コードストレージ用さらにはワーキングメモリへの展開を睨み、現在一般に用いられているNORフラッシュメモリ、DRAM等を置き換えるべく、半導体不揮発性メモリの開発が進められている。例えば、FeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)、MRAM(Magnetic Random Access Memory)、PCRAM(相変化RAM)等が挙げられる。これらのうち、一部はすでに実用化されている。
【0006】
これらの不揮発性メモリの中でも、MRAMは、磁性体の磁化方向によりデータ記憶を行うために、高速の書き換え、かつ、ほぼ無限(10
15回以上)の書き換えが可能であり、既に産業オートメーションや航空機等の分野で使用されている。
MRAMは、その高速動作と信頼性から、今後、コードストレージやワーキングメモリへの展開が期待されている。
【0007】
しかしながら、MRAMは、低消費電力化や大容量化に課題を有している。
これは、MRAMの記録原理、すなわち、配線から発生する電流磁界によって磁化を反転させる、という方式に起因する本質的な課題である。
【0008】
この問題を解決するための一つの方法として、電流磁界によらない記録(すなわち、磁化反転)方式が検討されており、中でもスピントルク磁化反転に関する研究は活発である(例えば、特許文献1、2、3、非特許文献1、2参照)。
【0009】
スピントルク磁化反転の記憶素子は、MRAMと同じくMTJ(Magnetic Tunnel Junction)により構成されている場合が多い。
この構成は、ある方向に固定された磁性層を通過するスピン偏極電子が、他の自由な(方向を固定されない)磁性層に進入する際にその磁性層にトルクを与えること(これをスピントランスファトルクとも呼ぶ)を利用したもので、ある閾値以上の電流を流せば自由磁性層が反転する。0/1の書換えは電流の極性を変えることにより行う。
この反転のための電流の絶対値は0.1μm程度のスケールの素子で1mA以下である。しかもこの電流値が素子体積に比例して減少するため、スケーリングが可能である。さらに、MRAMで必要であった記録用電流磁界発生用のワード線が不要であるため、セル構造が単純になるという利点もある。
以下、スピントルク磁化反転を利用したMRAMを、STT−MRAM(Spin Torque Transfer based Magnetic Random Access Memory)と呼ぶ。なお、スピントルク磁化反転は、またスピン注入磁化反転と呼ばれることもある。
STT−MRAMは、高速かつ書換え回数がほぼ無限大であるというMRAMの利点を保ったまま、低消費電力化、大容量化を可能とする不揮発メモリとして、大きな期待が寄せられている。
【0010】
STT−MRAMとしての記憶素子の構造は、MTJ構造を採用する場合、例えば下地層/磁化固定層/中間層(絶縁層)/記憶層/キャップ層のような構造となる。
MTJ構造を採用するメリットは、大きな磁気抵抗変化率を確保して、読み出し信号を大きくできる点にある。
【0011】
ここで、STT−MRAMは不揮発メモリであるから、電流によって書き込まれた情報を安定に記憶する必要がある。つまり、記憶層の磁化の熱揺らぎに対する安定性(熱安定性とも呼ばれる)を確保する必要がある。
記憶層の熱安定性が確保されていないと、反転した磁化の向きが、熱(動作環境における温度)により再反転する場合があり、書き込みエラーとなってしまう。
STT−MRAMにおける記憶素子は、従来のMRAMと比較して、スケーリングにおいて有利、すなわち記憶層の体積を小さくすることが可能であるという利点があることを上述した。しかしながら、体積が小さくなることは、他の特性が同一であるならば、熱安定性を低下させる方向にある。
STT−MRAMの大容量化を進めた場合、記憶素子の体積は一層小さくなるので、熱安定性の確保は重要な課題となる。
そのため、STT−MRAMにおける記憶素子において、熱安定性は非常に重要な特性であり、体積を減少させてもこの熱安定性が確保されるように設計する必要がある。
【0012】
このとき注意すべきは、記憶素子に流れる電流は、選択トランジスタ(各メモリセルを構成する記憶素子のうち電流を流す記憶素子を選択するためのトランジスタ)に流すことが可能な電流(選択トランジスタの飽和電流)の大きさに制限されるという点である。すなわち記憶素子には、選択トランジスタの飽和電流以下の電流で書き込みを行う必要がある。
トランジスタの飽和電流は微細化に伴って低下することが知られているため、STT−MRAMの微細化のためには、スピントランスファの効率を改善して、記憶素子に流す電流を低減させることが要請されるものとなる。
【0013】
またMTJ構造として、中間層にトンネル絶縁層を用いた場合には、トンネル絶縁層が絶縁破壊することを防ぐために、記憶素子に流す電流量に制限が生じることとなる。すなわち記憶素子の繰り返し書き込みに対する信頼性の確保の観点からも、スピントルク磁化反転に必要な電流を抑制しなくてはならないものである。
【0014】
このようにSTT−MRAM記憶素子では、スピントルク磁化反転に必要な反転電流をトランジスタの飽和電流やトンネルバリアとしての絶縁層(中間層)が破壊される電流以下に減らすことが要請される。
すなわち、STT−MRAM記憶素子については、前述の熱安定性の確保と共に、このような反転電流の低減も併せて図ることが要請されるものである。
【0015】
反転電流の低減と熱安定性の確保を両立させる観点で注目されているのが、垂直磁化膜を記憶層に用いた構造である。
例えば非特許文献3によれば、Co/Ni多層膜などの垂直磁化膜を記憶層に用いることにより、反転電流の低減と熱安定性の確保を両立できる可能性が示唆されている。
【0016】
垂直磁気異方性を有する磁性材料には希土類-遷移金属合金(TbCoFeなど)、金属多層膜(Co/Pd多層膜など)、規則合金(FePtなど)、酸化物と磁性金属の間の界面異方性の利用(Co/MgOなど)等いくつかの種類があるが、STT−MRAMにおいて大きな読み出し信号を与える高磁気抵抗変化率を実現するためにトンネル接合構造を採用することを考え、さらに耐熱性や製造上の容易さを考慮すると、界面磁気異方性を利用した材料、すなわちトンネルバリアであるMgO上にCo若しくはFeを含む磁性材料を積層させたものが有望である。
一方で、界面磁気異方性を有する垂直磁化磁性材料は磁化固定層に用いることも有望である。特に、大きな読み出し信号を与えるために、トンネルバリアであるMgO直下にCo若しくはFeを含む磁性材料を積層させたものが有望である。
【0017】
また、熱安定性を確保する上では、磁化固定層の構造をいわゆる積層フェリピン構造とすることが有効である。すなわち、磁化固定層を、少なくとも2層の強磁性層と、非磁性層とから成る少なくとも3層の積層構造とするものである。通常、積層フェリピン構造としては、2層の強磁性層と非磁性層(Ru)とから成る積層構造を採用する場合が多い。
磁化固定層を積層フェリピン構造とすることで、記憶層に対する磁化固定層からの漏れ磁界によるバイアスを減少させることができ、熱安定性の向上が図られる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を次の順序で説明する。
<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
<3.実施例及び実験結果>
<4.変形例>
【0026】
<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>
まず、記憶装置の概略構成について説明する。
記憶装置の模式図を
図1、
図2及び
図3に示す。
図1は斜視図、
図2は断面図、
図3は平面図である。
【0027】
図1に示すように、実施の形態の記憶装置は、互いに直交する2種類のアドレス配線(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化の状態で情報を保持することができるSTT−MRAM(Spin Transfer Torque based Magnetic Random Access Memory)による記憶素子3が配置されて成る。
すなわち、シリコン基板等の半導体基体10の素子分離層2により分離された部分に、各記憶素子3を選択するための選択用トランジスタを構成する、ドレイン領域8、ソース領域7、並びにゲート電極1が、それぞれ形成されている。このうち、ゲート電極1は、図中前後方向に延びる一方のアドレス配線(ワード線)を兼ねている。
【0028】
ドレイン領域8は、
図1中左右の選択用トランジスタに共通して形成されており、このドレイン領域8には、配線9が接続されている。
そして、ソース領域7と、上方に配置された、
図1中左右方向に延びるビット線6との間に、スピントルク磁化反転により磁化の向きが反転する記憶層を有する記憶素子3が配置されている。この記憶素子3は、例えば磁気トンネル接合素子(MTJ素子)により構成される。
【0029】
図2に示すように、記憶素子3は2つの磁性層12、14を有する。この2層の磁性層12、14のうち、一方の磁性層を磁化M12の向きが固定された磁化固定層12とし、他方の磁性層を磁化M14の向きが変化する自由磁化層すなわち記憶層14とする。
また、記憶素子3は、ビット線6とソース領域7とに、それぞれ上下のコンタクト層4を介して接続されている。
これにより、2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向(積層方向)の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層14の磁化M14の向きを反転させることができる。
【0030】
図3に示すように、記憶装置はマトリクス状に直交配置させたそれぞれ多数の第1の配線(ワード線)1及び第2の配線(ビット線)6の交点に、記憶素子3を配置して構成されている。
記憶素子3は、その平面形状が円形状とされ、
図2に示した断面構造を有する。
また、記憶素子3は、
図2に示したように磁化固定層12と記憶層14とを有している。
そして、各記憶素子3によって、記憶装置のメモリセルが構成される。
【0031】
ここで、このような記憶装置では、選択トランジスタの飽和電流以下の電流で書き込みを行う必要があり、トランジスタの飽和電流は微細化に伴って低下することが知られているため、記憶装置の微細化のためには、スピントランスファの効率を改善して、記憶素子3に流す電流を低減させることが好適である。
【0032】
また、読み出し信号を大きくするためには、大きな磁気抵抗変化率を確保する必要があり、そのためには上述のようなMTJ構造を採用すること、すなわち2層の磁性層12、14の間に中間層をトンネル絶縁層(トンネルバリア層)とした記憶素子3の構成とすることが効果的である。
このように中間層としてトンネル絶縁層を用いた場合には、トンネル絶縁層が絶縁破壊することを防ぐために、記憶素子3に流す電流量に制限が生じる。すなわち記憶素子3の繰り返し書き込みに対する信頼性の確保の観点からも、スピントルク磁化反転に必要な電流を抑制することが好ましい。なお、スピントルク磁化反転に必要な電流は、反転電流、記憶電流などとも呼ばれる。
【0033】
また、実施の形態の記憶装置は不揮発メモリ装置であるから、電流によって書き込まれた情報を安定に記憶する必要がある。つまり、記憶層14の磁化の熱揺らぎに対する安定性(熱安定性)を確保する必要がある。
記憶層14の熱安定性が確保されていないと、反転した磁化の向きが、熱(動作環境における温度)により再反転する場合があり、保持エラーとなってしまう。
本記憶装置における記憶素子3(STT−MRAM)は、従来のMRAMと比較して、スケーリングにおいて有利、すなわち体積を小さくすることは可能であるが、体積が小さくなることは、他の特性が同一であるならば、熱安定性を低下させる方向にある。
STT−MRAMの大容量化を進めた場合、記憶素子3の体積は一層小さくなるので、熱安定性の確保は重要な課題となる。
そのため、STT−MRAMにおける記憶素子3において、熱安定性は非常に重要な特性であり、体積を減少させてもこの熱安定性が確保されるように設計することが要請される。
【0034】
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
続いて、実施の形態の記憶素子3の構成の概要を
図4を参照して説明する。
図4に示すように、記憶素子3は、下地層11の上に、磁化M12の向きが固定された磁化固定層(参照層とも呼ばれる)12、中間層(非磁性層:トンネル絶縁層)13、磁化M14の向きが可変である記憶層(自由磁化層)14、キャップ層15が同順に積層されている。
【0035】
記憶層14は、膜面に垂直な磁化M14を有し、情報に対応して磁化の向きが変化される。
【0036】
磁化固定層12は、記憶層14に記憶された情報の基準となる、膜面に垂直な磁化M14を有する。磁化固定層12は、高い保磁力等によって、磁化M12の向きが固定されている。
【0037】
中間層13は、非磁性体であって、記憶層14と磁化固定層12の間に設けられる。
そして記憶層14、中間層13、磁化固定層12を有する層構造の積層方向にスピン偏極した電子を注入することにより、記憶層14の磁化の向きが変化して、記憶層14に対して情報の記録が行われる。
【0038】
ここでスピントルク磁化反転について簡単に説明しておく。
電子は2種類のスピン角運動量をもつ。仮にこれを上向き、下向きと定義する。非磁性体内部では両者が同数であり、強磁性体内部では両者の数に差がある。STT−MRAMを構成する2層の強磁性体である磁化固定層12及び記憶層14において、互いの磁気モーメントの向きが反方向(反平行)状態のときに、電子を磁化固定層12から記憶層14への移動させた場合について考える。
【0039】
磁化固定層12は、高い保磁力のために磁気モーメントの向きが固定された固定磁性層である。
磁化固定層12を通過した電子はスピン偏極、すなわち上向きと下向きの数に差が生じる。非磁性層である中間層13の厚さが充分に薄く構成されていると、磁化固定層12の通過によるスピン偏極が緩和して通常の非磁性体における非偏極(上向きと下向きが同数)状態になる前に他方の磁性体、すなわち記憶層14に電子が達する。
記憶層14では、スピン偏極度の符号が逆になっていることにより、系のエネルギを下げるために一部の電子は反転、すなわちスピン角運動量の向きを変えさせられる。このとき、系の全角運動量は保存されなくてはならないため、向きを変えた電子による角運動量変化の合計と等価な反作用が記憶層14の磁気モーメントにも与えられる。
【0040】
電流、すなわち単位時間に通過する電子の数が少ない場合には、向きを変える電子の総数も少ないために記憶層14の磁気モーメントに発生する角運動量変化も小さいが、電流が増えると多くの角運動量変化を単位時間内に与えることができる。
角運動量の時間変化はトルクであり、トルクがあるしきい値を超えると記憶層14の磁気モーメントは歳差運動を開始し、その一軸異方性により180度回転したところで安定となる。すなわち反方向状態から同方向(平行)状態への反転が起こる。
【0041】
磁化が同方向状態にあるとき、電流を逆に記憶層14から磁化固定層12へ電子を送る向きに流すと、今度は磁化固定層12で反射される際にスピン反転した電子が記憶層14に進入する際にトルクを与え、反方向状態へと磁気モーメントを反転させることができる。ただしこの際、反転を起こすのに必要な電流量は、反方向状態から同方向状態へと反転させる場合よりも多くなる。
【0042】
磁気モーメントの同方向状態から反方向状態への反転は直感的な理解が困難であるが、磁化固定層12が固定されているために磁気モーメントが反転できず、系全体の角運動量を保存するために記憶層14が反転する、と考えてもよい。
【0043】
このように、0/1の記録は、磁化固定層12から記憶層14の方向またはその逆向きに、それぞれの極性に対応する、あるしきい値以上の電流を流すことによって行われる。
【0044】
一方で、情報の読み出しは、従来型のMRAMと同様、磁気抵抗効果を用いて行われる。すなわち上述の記録の場合と同様に膜面垂直方向に電流を流す。そして、記憶層14の磁気モーメントが、磁化固定層12の磁気モーメントに対して同方向であるか反方向であるかに従い、素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0045】
磁化固定層12と記憶層14の間の中間層13として用いる材料は、金属でも絶縁体でも構わないが、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつより低い電流によって記録が可能とされるのは、中間層として絶縁体を用いた場合である。このときの素子を強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)と呼ぶ。
【0046】
ところで、スピントルク磁化反転によって、磁性層の磁化の向きを反転させるときに、必要となる電流の閾値Icは、磁性層の磁化容易軸が面内方向であるか、垂直方向であるかによって異なる。
面内磁化型のSTT-MRAMの反転電流をIc_paraとすると、
平行→反平行 Ic_para=(A・α・Ms・V/g(0)/P)(Hk+2πMs)
反平行→平行 Ic_para=-(A・α・Ms・V/g(π)/P)(Hk+2πMs)
となる。
一方、垂直磁化型STT−MRAMの反転電流をIc_perpとすると、
平行→反平行 Ic_perp=(A・α・Ms・V/g(0)/P)(Hk-4πMs)
反平行→平行 Ic_perp=-(A・α・Ms・V/g(π)/P)(Hk-4πMs)
となる。
ただし、Aは定数、αはダンピング定数、Msは飽和磁化、Vは素子体積、g(0)P、g(π)Pはそれぞれ平行、反平行時にスピントルクが相手の磁性層に伝達される効率に対応する係数、Hkは磁気異方性である(非特許文献3を参照)。
【0047】
上式において、垂直磁化型の場合の(Hk-4πMs)と面内磁化型の場合の(Hk+2πMs)とを比較すると、垂直磁化型が低記録電流化により適していることが理解できる。
【0048】
なお、反転電流Icは、後述する熱安定性の指標であるΔとの関係で表すと、下記[式1]により表されるものである。
【数1】
ただし、eは電子の電荷、ηはスピン注入効率、バー付きのhは変換プランク定数、αはダンピング定数、k
Bはボルツマン定数、Tは温度である。
【0049】
ここで、メモリとして存在し得るためには、記憶層14にて書き込まれた情報を保持することができなければならない。情報を保持する能力は、熱安定性の指標Δ(=KV/k
BT)の値で判断される。このΔは、下記[式2]により表される。
【数2】
ここで、K:異方性エネルギー、Hk:実効的な異方性磁界、k
B:ボルツマン定数、T:温度、Ms:飽和磁化量、V:記憶層の体積である。
【0050】
実効的な異方性磁界Hkには、形状磁気異方性、誘導磁気異方性、結晶磁気異方性等の影響が取り込まれており、単磁区の一斉回転モデルを仮定した場合、これは保磁力と同等となる。
【0051】
熱安定性の指標Δと電流の閾値Icとは、トレードオフの関係になることが多い。そのため、メモリ特性を維持するには、これらの両立が課題となることが多い。
記憶層14の磁化状態を変化させる電流の閾値は、実際には、例えば記憶層14の厚さが2nm程度であり、平面パターンが直径100nm程度の円形のTMR素子において、百〜数百μA程度である。
これに対して、電流磁場により磁化反転を行う通常のMRAMでは、書き込み電流が数mA以上必要となる。
従って、STT−MRAMの場合には、上述のように書き込み電流の閾値が充分に小さくなるため、集積回路の消費電力を低減させるために有効であることが分かる。
また、通常のMRAMで必要とされる、電流磁界発生用の配線が不要となるため、集積度においても通常のMRAMに比較して有利である。
【0052】
ここで、スピントルク磁化反転を行う場合には、記憶素子3に直接電流を流して情報の書き込み(記録)を行うことから、書き込みを行うメモリセルを選択するために、記憶素子3を選択トランジスタと接続してメモリセルを構成する。
この場合、記憶素子3に流れる電流は、選択トランジスタで流すことが可能な電流(選択トランジスタの飽和電流)の大きさによって制限される。
記録電流を低減させるためには、上述のように垂直磁化型を採用することが望ましい。また垂直磁化膜は一般に面内磁化膜よりも高い磁気異方性を持たせることが可能であるため、上述のΔを大きく保つ点でも好ましい。
【0053】
垂直異方性を有する磁性材料としては希土類-遷移金属合金(TbCoFeなど)、金属多層膜(Co/Pd多層膜など)、規則合金(FePtなど)、酸化物と磁性金属の間の界面異方性の利用(Co/MgOなど)等いくつかの種類があるが、希土類-遷移金属合金は加熱により拡散、結晶化すると垂直磁気異方性を失うため、STT−MRAM用材料としては好ましくない。また金属多層膜も加熱により拡散し、垂直磁気異方性が劣化することが知られており、さらに垂直磁気異方性が発現するのは面心立方の(111)配向となっている場合であるため、MgOやそれに隣接して配置するFe、CoFe、CoFeBなどの高分極率層に要求される(001)配向を実現させることが困難となる。L10規則合金は高温でも安定であり、かつ(001)配向時に垂直磁気異方性を示すことから、上述のような問題は起こらないものの、製造時に500℃以上の十分に高い温度で加熱する、あるいは製造後に500℃以上の高温で熱処理を行うことで原子を規則配列させる必要があり、トンネルバリア等積層膜の他の部分における好ましくない拡散や界面粗さの増大を引き起こす可能性がある。
これに対し、界面磁気異方性を利用した材料、すなわちトンネルバリアであるMgO上にCo系あるいはFe系材料を積層させたものは上記いずれの問題も起こり難く、そのため、STT−MRAMの記憶層材料として有望視されている。
【0054】
一方で、界面磁気異方性を有する垂直磁化磁性材料は磁化固定層12に用いることも有望である。特に、大きな読み出し信号を与えるために、トンネルバリアであるMgO下にCo若しくはFeを含む磁性材料を積層させたものが有望である。
【0055】
本実施の形態では、記憶層14はCoFeBの垂直磁化膜である。
さらに、選択トランジスタの飽和電流値を考慮して、記憶層14と磁化固定層12との間の非磁性の中間層13として、絶縁体から成るトンネル絶縁層を用いて磁気トンネル接合(MTJ)素子を構成する。
【0056】
トンネル絶縁層を用いて磁気トンネル接合(MTJ)素子を構成することにより、非磁性導電層を用いて巨大磁気抵抗効果(GMR)素子を構成した場合と比較して、磁気抵抗変化率(MR比)を大きくすることができ、読み出し信号強度を大きくすることができる。
そして、特に、このトンネル絶縁層としての中間層13の材料として、酸化マグネシウム(MgO)を用いることにより、磁気抵抗変化率(MR比)を大きくすることができる。
また、一般に、スピントランスファの効率はMR比に依存し、MR比が大きいほど、スピントランスファの効率が向上し、磁化反転電流密度を低減できる。
従って、トンネル絶縁層の材料として酸化マグネシウムを用い、同時に上記の記憶層14を用いることにより、スピントルク磁化反転による書き込み閾値電流を低減することができ、少ない電流で情報の書き込み(記録)を行うことができる。また、読み出し信号強度を大きくすることができる。
これにより、MR比(TMR比)を確保して、スピントルク磁化反転による書き込み閾値電流を低減することができ、少ない電流で情報の書き込み(記録)を行うことができる。また、読み出し信号強度を大きくすることができる。
このようにトンネル絶縁層を酸化マグネシウム(MgO)膜により形成する場合には、MgO膜が結晶化していて、(001)方向に結晶配向性を維持していることがより望ましい。
なお、本実施の形態において、記憶層14と磁化固定層12との間の中間層13は、上述のように酸化マグネシウムから成る構成とする他にも、例えば酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、SiO
2、Bi
2O
3、MgF
2、CaF、SrTiO
2、AlLaO
3、Al−N−O等の各種の絶縁体、誘電体、半導体を用いて構成することもできる。
【0057】
トンネル絶縁層の面積抵抗値は、スピントルク磁化反転により記憶層14の磁化の向きを反転させるために必要な電流密度を得る観点から、数十Ωμm
2程度以下に制御することが望ましい。
そして、MgO膜から成るトンネル絶縁層では、面積抵抗値を上述の範囲とするために、MgO膜の膜厚を1.5nm以下に設定することが望ましい。
【0058】
また、本実施の形態の記憶素子3においては、記憶層14に隣接してキャップ層15が配置される。
【0059】
ここで、記憶素子3において、磁化固定層12の構造としては単層構造を採ることも考えられるが、2層以上の強磁性層と非磁性層から成る積層フェリピン構造を採用することが有効である。磁化固定層12を積層フェリピン構造とすることで、熱安定性の情報書き込み方向に対する非対称性を容易にキャンセルでき、スピントルクに対する安定性を向上できるためである。
このため本実施の形態としても、磁化固定層12を積層フェリピン構造とする。すなわち、少なくとも2層の強磁性層と、非磁性層とから成る積層フェリピン構造である。
【0060】
熱安定性の向上を図る上で磁化固定層12に要求される特徴は、構成する磁性層が同じ場合、積層フェリ結合強度が大きいことである。
本発明者等が鋭意検討を重ねた結果、界面磁気異方性を起源とする垂直磁気異方性材料をトンネルバリア絶縁層下に配置する構成で磁化固定層12の積層フェリ結合強度を高めるには、磁化固定層12を構成する少なくとも2層の磁性膜の磁気異方性エネルギーを高めること、特に、トンネルバリア絶縁層と接しない磁性層に、異方性エネルギーの大きなPt族金属元素と、3d遷移金属元素のうちの強磁性元素としての強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた合金もしくは積層構造を用いることが重要であることが判明した。そしてこのとき、上記Pt族金属元素の原子濃度を、上記強磁性3d遷移金属元素より低くすることで、積層フェリ結合強度が高められることを見出した。
【0061】
この点より、本実施の形態の記憶素子3では、磁化固定層12を以下のように構成する。
すなわち、本実施の形態の磁化固定層12は、少なくとも2層の強磁性層と、非磁性層とから成る積層フェリピン構造を有しており、上記磁化固定層中の上記絶縁層と接する磁性材料がCoFeB磁性層で構成され、上記磁化固定層中の上記絶縁層と接しない磁性材料が、Pt族金属元素と、3d遷移金属元素のうちの強磁性元素である強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた合金又は積層構造とされ、且つ上記Pt族金属元素の原子濃度が上記強磁性3d遷移金属元素よりも低いものとされる。
このような構成により、磁化固定層12における積層フェリ結合強度を高めることができ、熱安定性(情報保持能力)のさらなる向上を図ることができる。熱安定性の向上が図られることで、記憶素子3のさらなる小型化が可能となり、記憶装置の大記憶容量化を促進できる。
【0062】
また、熱安定性の向上が図られることで、動作エラーが抑制され、記憶素子3の動作マージンを充分に得ることができ、記憶素子3を安定して動作させることができる。
従って、安定して動作する、信頼性の高い記憶装置を実現できる。
【0063】
また、本実施の形態の記憶素子3は、記憶層14が垂直磁化膜であるため、記憶層14の磁化M14の向きを反転させるために必要となる、書き込み電流量を低減することができる。
このように書き込み電流の低減が図られることで、記憶素子3に書き込みを行う際の消費電力を低減することができる。
【0064】
ここで、
図4に示されるような本実施の形態の記憶素子3は、下地層11から金属キャップ層15までを真空装置内で連続的に形成して、その後エッチング等の加工により記憶素子3のパターンを形成することにより、製造することができる。
従って、記憶装置を製造する際に、一般の半導体MOS形成プロセスを適用できるという利点を有している。すなわち、本実施の形態の記憶装置を、汎用メモリとして適用することが可能になる。
【0065】
なお、本実施の形態の記憶素子3において、記憶層14には、非磁性元素を添加することも可能である。
異種元素の添加により、拡散の防止による耐熱性の向上や磁気抵抗効果の増大、平坦化に伴う絶縁耐圧の増大などの効果が得られる。この場合の添加元素の材料としては、B、C、N、O、F、Li、Mg、Si、P、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Cu、Ge、Nb、Ru、Rh、Pd、Ag、Ta、Ir、Pt、Au、Zr、Hf、W、Mo、Re、Os又はそれらの合金および酸化物を用いることができる。
【0066】
また、記憶層14としては、組成の異なる他の強磁性層を直接積層させることも可能である。或いは、強磁性層と軟磁性層とを積層させたり、複数層の強磁性層を軟磁性層や非磁性層を介して積層させたりすることも可能である。このように積層させた場合でも、本発明の効果を奏するものとなる。
特に複数層の強磁性層を非磁性層を介して積層させた構成としたときには、強磁性層の層間の相互作用の強さを調整することが可能になるため、磁化反転電流が大きくならないように抑制することが可能になるという効果が得られる。この場合の非磁性層の材料としては、Ru,Os,Re,Ir,Au,Ag,Cu,Al,Bi,Si,B,C,Cr,Ta,Pd,Pt,Zr,Hf,W,Mo,Nb、又はそれらの合金を用いることができる。
磁化固定層12及び記憶層14のそれぞれの膜厚は、0.5nm〜30nmであることが望ましい。
【0067】
記憶層14の磁化の向きを、小さい電流で容易に反転できるように、記憶素子3の寸法を小さくすることが望ましい。
例えば記憶素子3の面積は、0.01μm
2以下とすることが望ましいものとなる。
【0068】
記憶素子3のその他の構成は、スピントルク磁化反転により情報を記録する記憶素子の従来公知の構成と同様とすることができる。
例えば積層フェリピン構造の磁化固定層15を構成する強磁性層の材料としては、Co,CoFe,CoFeB等を用いることができる。また、非磁性層の材料としては、Ru,Re,Ir,Os等を用いることができる。
反強磁性層の材料としては、FeMn合金、PtMn合金、PtCrMn合金、NiMn合金、IrMn合金、NiO、Fe
2O
3等の磁性体を挙げることができる。
また、これらの磁性体に、Ag,Cu,Au,Al,Si,Bi,Ta,B,C,O,N,Pd,Pt,Zr,Ta,Hf,Ir,W,Mo,Nb等の非磁性元素を添加して、磁気特性を調整したり、その他の結晶構造や結晶性や物質の安定性等の各種物性を調整したりすることができる。
【0069】
また、記憶素子3の膜構成(層構造)は、記憶層14が磁化固定層12の下側に配置される構成でも問題ない。
【0070】
<3.実施例及び実験結果>
《実験1》
ここで、本実施の形態の記憶素子3に関して試料を作製し、その磁気特性を調べた。
なお、実際の記憶装置には、
図1に示したように、記憶素子3以外にもスイッチング用の半導体回路等が存在するが、ここでは、磁化固定層12の垂直磁性膜の磁気特性を調べる目的で、CoPt垂直磁化膜のみを形成したウェハにより検討を行った。
該試料は、厚さ0.725mmのシリコン基板上に、厚さ300nmの熱酸化膜を形成し、その上に
図5に示した層構造体を形成した。
具体的には、
・下地層11:膜厚10nmのTa膜と膜厚25nmのRu膜の積層膜
・磁化固定層12中の垂直磁化膜:膜厚2nmによるCoPt膜
なお実験では、磁化固定層12中の垂直磁化膜上に保護層として、図のようにRu:3nm/Ta:3nmによる積層膜を形成した。
また実験では、CoPt膜の組成はPt=0〜52原子%の範囲で変動させた。なお、Pt=0原子%は、Pt:5nm/Co:2nmという積層構造を意味している。このようにPt:5nm/Co:2nmとしても、CoとPtが混ざっていないので、Ptが下地扱いとなり、従ってPt=0原子%である。
【0071】
上記の全ての膜を成膜したのち、本実験の試料には350度の熱処理を行った。
本実験において、磁気特性の測定には試料振動型磁力計(VSM:Vibrating Sample Magnetometer)を使用した。
【0072】
上記のCoPtの組成を変化させて作成した各試料について、VSM測定結果から求めたKut(異方性エネルギー×CoPt積層厚)を
図6に示す。ここで、Kutは試料の膜面面内方向の磁化を飽和させるのに必要な外部印加磁場(Hk)、膜面面直方向の飽和磁化量Msを測定することで求めた。
【0073】
この
図6によると、Pt原子%が0〜38%までの間のKutは0.6erg/ccでほぼ一定若しくは若干の低下傾向であるが、Pt原子%が40を超えたところで、0.1erg/cc程度の比較的大きなKutの低下が見られる。このことからPtの原子%が40付近でCoPtのKutに大きな変化が生じていることが確認できる。また、Ptの原子%が50%超えた試料のKutは0.3erg/cc以下とPt原子%=0〜38%の試料の半分以下まで大きく低下してしまうことが判明した。
【0074】
この点より、垂直磁化膜を構成するPt族金属元素の原子濃度は、磁化固定層の積層フェリ結合強度を十分かつ安定に得る上で、40%以下であることが望ましいと言うことができる。
【0075】
《実験2》
次に、本実施の形態の記憶素子3の全体構成について、その試料を作製し、特性を調べた。
この実験2においては、磁化固定層12の磁化反転特性を調べる目的で、記録素子3のみを形成したウェハにより検討を行った。
具体的には、厚さ0.725mmのシリコン基板上に、厚さ300nmの熱酸化膜を形成し、その上に
図7に示す構造による記憶素子3を形成した。
図7に示されているように、磁化固定層12を構成する各層の材料及び膜厚は以下のように選定した。
・磁化固定層12:CoPt:2nm/Ru:0.8nm/CoFeB:2nmの積層膜。
ここで、本実験において、CoPtの組成はPt=0〜52原子%の範囲で変動させた。なお、この場合もPt=0原子%は、Pt:5nm/Co:2nmという積層構造を意味している。
磁化固定層12以外の各層の材料及び膜厚は以下のように選定した。
・下地層11:膜厚10nmのTa膜と膜厚25nmのRu膜の積層膜
・中間層(トンネル絶縁層)13:膜厚0.9nmの酸化マグネシウム膜
・記憶層14:CoFeB:1.5nm
・キャップ層15:Ta:3nm/Ru:3nm/Ta:3nmの積層膜
【0076】
本実験試料については、上記の全ての膜を成膜したのち、350度の熱処理を行った。
磁化固定層12、記憶層14のCoFeB合金の組成は、CoFe80%(Co30%−Fe70%)−B20%(いずれも原子%)とした。
酸化マグネシウム(MgO)膜から成る中間層16は、RFマグネトロンスパッタ法を用いて成膜し、その他の膜はDCマグネトロンスパッタ法を用いて成膜した。
本実験において、磁気特性の測定には磁気光学カー効果を使用した。
【0077】
上記のようにCoPtの組成を変化させて作成した各試料について、カー測定結果から求めたHcouplingを
図8を参照して説明する。
図8において、
図8Aは、各試料についてのHcouplingを表している。ここで、Hcouplingについては、
図8B中に例示したように、積層フェリ結合が崩れる磁界(3kOe)で定義している。
【0078】
図8Aによると、Hcouplingは
図6に示したKutのPt原子%依存性と同様の傾向にあり、Pt原子%=40%付近でHcouplingの大きさに変化点がある。詳細にみると、Pt原子%が42%まではある程度のHcouplingを保っているが、Pt原子%が52%の試料ではHcouplingはほぼ消失してしまっている。従って、本実験の結果より、ある程度大きなHcouplingを得るには、Ptの原子%は、少なくともCoの原子%よりも少ないことが要請され、さらに望ましくは、Pt原子%が40%より小さい場合に大きなHcoupling、すなわちより安定した積層フェリ結合強度を実現できると言うことができる。
【0079】
実際に、直径50nmΦの大きさの素子に加工して、電気特性を調べたところ、何れのCoPt組成の試料においても面積抵抗が10Ωμm
2付近で100%以上の抵抗変化が得られたが、Pt原子%が52%の試料では積層フェリ型のMTJから予想されるようなMR曲線は得られず、保磁力差型のMTJから予想されるMR曲線に近くなった。
【0080】
また本実験では、下記の[表1]に示すように、
図7に示した構造の記憶素子3におけるPt原子%をそれぞれ0%(実施例1)、19.5%(実施例2)、28%(実施例3)、32.5%(実施例4)、37%(実施例5)、42%(比較例1)とした6種類の試料について、MR−H波形タイプ、外部磁場2.0kOe印加時のTMR減少率、熱安定性の指標Δ、及び反転電流密度Jc0(MA/cm
2)を求めた。
なお、Δ及びJc0は記憶層磁化反転電流のパルス幅依存性を測定することにより、求めた。
【表1】
【0081】
ここで、[表1]における「MR−H波形タイプ」について
図9を参照して説明しておく。
図9において、
図9AはMR−H波形タイプとしてタイプ1,タイプ2,タイプ3を表している。また
図9BではMR−H波形タイプとしてタイプ4を表している。
MR−H曲線は、記憶素子試料に外部磁場を印可しながら抵抗変化を測定したものであり、MR(TMR)は(高抵抗状態の抵抗―低抵抗状態の抵抗)/低抵抗状態の抵抗×100で表されるものである。
【0082】
図9Aに示すタイプ1としてのMR−H曲線は、印加外部磁場±3.0kOeの範囲で完全な角型を維持するものであり、いわば理想的なMR−H曲線を表すものとなる。
これに対して、タイプ2、タイプ3では、それぞれ+2.0kOe付近の印加磁場から角型性が低下、すなわちMRの低下が見られるものとなる。厳密な意味で言うと、これらタイプ2、タイプ3においても2.0kOe付近では積層フェリ結合強度に劣化が見られるということになるが、3.0kOeにかけてMRは0よりも相当に大きな値を維持するものであり、積層フェリ結合強度は比較的高いものである。印加磁場2.0kOe〜3.0kOeにかけてのMRの低下度合いは、図のようにタイプ2よりもタイプ3の方が大きく、従って積層フェリ結合強度的にはタイプ3よりもタイプ2の方が良好なものとなる。
【0083】
これらタイプ1〜3に対し、
図9Bに示すタイプ4は、印加磁場2.0kOe付近でMRが0まで低下してしまっている。これは2.0kOe付近で磁化固定層12中におけるCoFeBが完全に反転してしまっていることに対応する。すなわち、磁化固定層12の積層フェリ構造が壊れることに対応するものである。
このことから理解されるように、タイプ4は、積層フェリ結合が弱いために、熱安定性の確保、低消費電力化の面では望ましくないものとなる。
【0084】
上記[表1]の結果より、CoPtのPt原子濃度を変化させた場合には、MR−H波形のタイプが変化することが分かる。具体的に、積層フェリ結合強度は、Ptが少ない組成の場合に強く、Ptが多くなるにつれて弱くなることが分かる。
[表1]の結果によると、Pt原子%が37%(実施例5)と42%(比較例1)との間で、MR−H波形タイプがタイプ3とタイプ4の境界となり、またTMR減少率が10と100とで大きな差が現れることが分かる。この点からも、積層フェリ結合強度の確保の面では、Pt原子濃度は、前述のように40原子%以下とすることが望ましいことが分かる。
【0085】
また、[表1]の結果によると、実施例1〜実施例5としてのPt=0〜37原子%の試料の場合(タイプ1〜タイプ3の試料の場合)、ΔとJc0の特性には大きな差が見られないことが確認できる。これに対し、比較例1としての、タイプ4の波形が得られたPt=42原子%の試料の場合、Δが若干低下し、Jc0は約5割の増加となった。このことから、MR−H波形、特に積層フェリ結合強度とスピン注入磁化反転特性には大きな相関関係が存在することが分かる。このようにスピン注入磁化反転特性に差が出る要因は、スピン偏極電流を記憶素子に注入した際に、積層フェリ結合強度が弱い場合は記憶層14のみでなく、磁化固定層12の磁化が揺らいでしまうことにあると考えられる。
【0086】
なお、結果の詳細については省略するが、磁化固定層12中における中間層13(トンネルバリア絶縁層)とは接しない垂直磁化膜が、それぞれCoPd,FePt,FePdといった、3d遷移金属元素のうち強磁性元素である強磁性3d遷移金属元素と、Pt族金属元素との組み合せとされた場合にも、上記の各実験と全く同様の傾向が得られることが確認されている。
なお、上記強磁性3d遷移金属元素としては、Co、Fe以外にもNi等を挙げることができる。
【0087】
《実験3》
ここまで、CoPt/Ru/CoFeBという構成の磁化固定層12の実験結果について述べてきたが、さらに積層フェリ結合強度を高めることを意図して、CoPt/Ru/CoPt/CoFeBという積層構造についての試料を作成し、実験を行った。
図10は、当該≪実験3≫で用いた記憶素子試料の層構造を示している。図のように、本試料についても、下方側から下地層11/磁化固定層12/中間層13/記憶層14/キャップ層15とした点は先の
図7の試料と同様となる。
【0088】
本実験では、磁化固定層12の層構造を、CoPt:2nm/Ru:0.8nm/CoPt:xnm/CoFeB:(2−x)nmとした試料を作成し、その特性を調べた。
なお本実験においても、
図10に示す構造による記録素子3のみを形成したウェハにより検討を行った。具体的には、厚さ0.725mmのシリコン基板上に、厚さ300nmの熱酸化膜を形成し、その上に
図10に示した構成の記憶素子3を形成したものである。
本実験においても、磁化固定層12以外の膜構成(下地層11,中間層13,記憶層14,キャップ層15の膜構成)は、先の≪実験2≫と同じである。
本実験では、CoPtの組成はPt=42原子%で固定とし、上記のx(nm)について、x=0、0.5、1.0とした試料をそれぞれ作成するものとした。
ここで、x=0.5の試料を実施例5、x=1.0の試料を実施例7とする。また、x=0の試料については先の比較例1と同様となることから、本実験においても比較例1と表記する。
なお、この場合もPt=0原子%は、Pt:5nm/Co:2nmという積層構造を意味する。
【0089】
上記の実施例6,実施例7,比較例1の試料について、MR−H波形タイプ、外部磁場2.0kOe印加時のTMR減少率、熱安定性の指標Δ、及び反転電流密度Jc0(MA/cm
2)を先の[表1]の場合と同様に求めた。
その結果を下記[表2]に表す。
【表2】
【0090】
この[表2]の結果より、CoPt/Ru/CoPt/CoFeBの構造とした実施例6,実施例7の試料では、Pt=42原子%としたにも関わらず、MR−H波形タイプがタイプ1となり、且つ外部磁場2.0kOe印加時のTMR減少率が0となることが分かる。
この結果より、CoPt/Ru/CoPt/CoFeBの構造(すなわち磁化固定層12における非磁性層の上面及び下面の双方が、Pt族金属元素と強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた磁性材料と接している構造)とすることで、CoPt/Ru/CoFeBの構造(比較例1)とした場合には積層フェリ結合強度の確保が図れなかったPt原子濃度においても、積層フェリ結合強度が確保されるということが分かる。換言すれば、CoPt/Ru/CoPt/CoFeBとしての、磁化固定層12における非磁性層の上面及び下面の双方がPt族金属元素と強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた磁性材料と接している構造、を採ることによって、CoPt/Ru/CoFeBとしての、磁化固定層12における非磁性層の下面のみがPt族金属元素と強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた磁性材料と接している構造を採る場合よりも、積層フェリ結合強度の改善が図られるものである。
【0091】
このようにCoPt/Ru/CoPt/CoFeBの構造により積層フェリ結合強度の向上が図られるのは、該構造では、CoPt/CoFeB/MgOトンネルバリアという構成が存在することによる。すなわち、先の≪実験2≫で用いたCoPt/Ru/CoFeBの構造の場合には、CoFeBは界面磁気異方性のみで垂直磁化していたが、CoPt/CoFeBという構成にすることにより、CoPtの結晶磁気異方性に基づいた垂直磁気異方性も活用できることから、積層フェリ結合強度自体がより強固となるものである。
【0092】
また、MgOバリア直下の磁性層にダンピング定数の大きな材料(Pt)が入ることにより、スピン注入に対する安定性が増し、磁化固定層12としてのスピントルク耐性が増加するというメリットもある。
上記[表2]の結果において、ΔとJc0の関係をみると、上述のように磁化固定層12にダンピング定数の大きなPtが加わったためにJc0の低減効果が得られていることが確認できる。
【0093】
ここで、CoPt/Ru/CoPt/CoFeBの構造においても、CoPt中のPtの原子%についてはCoよりも少ないことが要請され、さらに望ましくは、Pt原子%を40%以下とすることで、大きなHcoupling、より安定した積層フェリ結合強度が実現される点はCoPt/Ru/CoFeBの構造の場合と同様である。
【0094】
<4.変形例>
以上、本技術に係る実施の形態について説明したが、本技術は上記により例示した具体例に限定されるべきものではない。
例えば、本技術に係る記憶素子の構造は、TMR素子等の磁気抵抗効果素子の構成となるが、このTMR素子としての磁気抵抗効果素子は、上述の記憶装置のみならず、磁気ヘッド及びこの磁気ヘッドを搭載したハードディスクドライブ、集積回路チップ、さらにはパーソナルコンピュータ、携帯端末、携帯電話、磁気センサ機器をはじめとする各種電子機器、電気機器等に適用することが可能である。
【0095】
一例として
図12A、
図12Bに、上記記憶素子3の構造の磁気抵抗効果素子101を複合型磁気ヘッド100に適用した例を示す。なお、
図12Aは、複合型磁気ヘッド100について、その内部構造が分かるように一部を切り欠いて示した斜視図であり、
図12Bは複合型磁気ヘッド100の断面図である。
【0096】
複合型磁気ヘッド100は、ハードディスク装置等に用いられる磁気ヘッドであり、基板122上に、本技術に係る磁気抵抗効果型磁気ヘッドが形成されてなるとともに、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッド上にインダクティブ型磁気ヘッドが積層形成されてなる。ここで、磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、再生用ヘッドとして動作するものであり、インダクティブ型磁気ヘッドは、記録用ヘッドとして動作する。すなわち、この複合型磁気ヘッド100は、再生用ヘッドと記録用ヘッドを複合して構成されている。
【0097】
複合型磁気ヘッド100に搭載されている磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、いわゆるシールド型MRヘッドであり、基板122上に絶縁層123を介して形成された第1の磁気シールド125と、第1の磁気シールド125上に絶縁層123を介して形成された磁気抵抗効果素子101と、磁気抵抗効果素子101上に絶縁層123を介して形成された第2の磁気シールド127とを備えている。絶縁層123は、Al
2O
3やSiO
2等のような絶縁材料からなる。
第1の磁気シールド125は、磁気抵抗効果素子101の下層側を磁気的にシールドするためのものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。この第1の磁気シールド125上に、絶縁層123を介して磁気抵抗効果素子101が形成されている。
【0098】
磁気抵抗効果素子101は、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドにおいて、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として機能する。そして、この磁気抵抗効果素子101は、上述した記憶素子3と同様な膜構成(層構造)とされる。
この磁気抵抗効果素子101は、略矩形状に形成されてなり、その一側面が磁気記録媒体対向面に露呈するようになされている。そして、この磁気抵抗効果素子101の両端にはバイアス層128,129が配されている。またバイアス層128,129と接続されている接続端子130,131が形成されている。接続端子130,131を介して磁気抵抗効果素子101にセンス電流が供給される。
さらにバイアス層128,129の上部には、絶縁層123を介して第2の磁気シールド層127が設けられている。
【0099】
以上のような磁気抵抗効果型磁気ヘッドの上に積層形成されたインダクティブ型磁気ヘッドは、第2の磁気シールド127及び上層コア132によって構成される磁気コアと、当該磁気コアを巻回するように形成された薄膜コイル133とを備えている。
上層コア132は、第2の磁気シールド122と共に閉磁路を形成して、このインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアとなるものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132は、それらの前端部が磁気記録媒体対向面に露呈し、且つ、それらの後端部において第2の磁気シールド127及び上層コア132が互いに接するように形成されている。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132の前端部は、磁気記録媒体対向面において、第2の磁気シールド127及び上層コア132が所定の間隙gをもって離間するように形成されている。
すなわち、この複合型磁気ヘッド100において、第2の磁気シールド127は、磁気抵抗効果素子126の上層側を磁気的にシールドするだけでなく、インダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアも兼ねており、第2の磁気シールド127と上層コア132によってインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアが構成されている。そして間隙gが、インダクティブ型磁気ヘッドの記録用磁気ギャップとなる。
【0100】
また、第2の磁気シールド127上には、絶縁層123に埋設された薄膜コイル133が形成されている。ここで、薄膜コイル133は、第2の磁気シールド127及び上層コア132からなる磁気コアを巻回するように形成されている。図示していないが、この薄膜コイル133の両端部は、外部に露呈するようになされ、薄膜コイル133の両端に形成された端子が、このインダクティブ型磁気ヘッドの外部接続用端子となる。すなわち、磁気記録媒体への磁気信号の記録時には、これらの外部接続用端子から薄膜コイル132に記録電流が供給されることとなる。
【0101】
以上のように本技術の記憶素子としての積層構造体は、磁気記録媒体についての再生用ヘッド、すなわち磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子としての適用が可能である。
このように本技術の記憶素子としての積層構造体を磁気ヘッドに適用することで、熱安定性に優れた信頼性の高い磁気ヘッドを実現できる。
【0102】
また、これまでの説明では、下地層11/磁化固定層12/中間層13/記憶層14/キャップ層15による記憶素子3の構造を例示したが、本技術における記憶素子(及び磁気ヘッド)としては、
図11に示されるように、下地層11/下部磁化固定層12L/下部中間層13L/記憶層14/上部中間層13U/上部磁化固定層12U/キャップ層15のような、磁化固定層12を記憶層14の下部と上部に分割配置した記憶素子3’としての構造を採ることもできる。
この
図11では下部磁化固定層12Lの磁化M12Lの向き、及び上部磁化固定層12Uの磁化M12Uの向きも併せて示しているが、この場合はこれら磁化M12Lと磁化M12Uの向きを逆向きとすることになる。
またこの場合、下部中間層13L,上部中間層13Uは、中間層13と同様にMgO等の酸化膜で構成する。
【0103】
このように磁化固定層12を下部/上部に分割配置する構成とした場合も、下部/上部の各磁化固定層12について、これまでで説明した磁化固定層12と同様の構造、すなわち「少なくとも2層の強磁性層と、非磁性層とから成る積層フェリピン構造を有しており、上記磁化固定層中の上記絶縁層と接する磁性材料がCoFeB磁性層で構成され、上記磁化固定層中の上記絶縁層と接しない磁性材料が、Pt族金属元素と、強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた合金又は積層構造とされ、且つ上記Pt族金属元素の原子濃度が上記強磁性3d遷移金属元素よりも低いものとされる」構造を採ることで、同様に熱安定性の向上効果を得ることができる。
【0104】
また、これまでの説明では、記憶層14と磁化固定層12のCoFeBの組成を同一とする場合を例示したが、該組成については、本技術の要旨を逸脱しない範囲でその他様々な構成を採り得るものである。
【0105】
また、これまでの説明では、磁化固定層12中のCoFeBは単層としたが、結合磁界を著しく低下させない範囲で、元素や酸化物を添加することも可能である。
添加する元素の例としては、Ta、Hf、Nb、Zr、Cr、Ti、V、W、酸化物の例としてはMgO、AlO、SiO
2を挙げることができる。
【0106】
また、下地層11やキャップ層15は、単一材料でも複数材料の積層構造でも良い。
また本技術は、いわゆるトップ積層フェリ型のSTT−MRAMにも適用可能なものであり、その場合もCoPtの組成を本発明の範囲とすることで同様に熱安定性の向上効果を得ることができる。
【0107】
また、本技術は以下に示す構成を採ることもできる。
(1)
膜面に垂直な磁化を有し、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
上記記憶層に記憶された情報の基準となる膜面に垂直な磁化を有する磁化固定層と、
上記記憶層と上記磁化固定層の間に設けられる非磁性体による絶縁層と
を有する層構造を備え、
上記層構造の積層方向にスピン偏極した電子を注入することにより、上記記憶層の磁化の向きが変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われるとともに、
上記磁化固定層が少なくとも2層の強磁性層と、非磁性層とから成る積層フェリピン構造を有しており、
上記磁化固定層中の上記絶縁層と接する磁性材料がCoFeB磁性層で構成され、
上記磁化固定層中の上記絶縁層と接しない磁性材料が、Pt族金属元素と、3d遷移金属元素のうちの強磁性元素である強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた合金又は積層構造とされ、且つ上記Pt族金属元素の原子濃度が上記強磁性3d遷移金属元素よりも低いものとされている
記憶素子。
(2)
上記Pt族金属元素と上記強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた上記磁性材料において、上記Pt族金属元素の原子濃度が40%以下である
上記(1)に記載の記憶素子。
(3)
上記Pt族金属元素としてPt又はPdの少なくとも一方が用いられる上記(1)又は(2)何れかに記載の記憶素子。
(4)
上記強磁性3d遷移金属元素としてCo又はFeの少なくとも一方が用いられる上記(1)乃至(3)何れかに記載の記憶素子。
(5)
上記磁化固定層における上記非磁性層の上面及び下面の双方が、上記Pt族金属元素と上記強磁性3d遷移金属元素とを少なくとも1種類ずつ用いた上記磁性材料と接している
上記(1)乃至(4)何れかに記載の記憶素子。