【文献】
Gopichandran, N. et al.,"The effect of paracrine/autocrine interactions on the in vitro culture of bovine preimplantation embryos",Reproduction,2006年,Vol. 131,pp. 269-277
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
培養系で精子と卵子とを体外受精させて受精卵(接合子)を作製して、さらに受精卵を卵割、桑実胚、胚盤胞の段階を経て、透明帯から孵化した脱出胚盤胞の段階まで培養することが可能となり、この卵割から胚盤胞の段階にある受精卵を子宮に移植して産子を得る補助的生殖技術(ART)が、家畜領域のみならずヒトの不妊医療でも確立されている。
【0003】
しかし、体外受精による妊娠成功率は必ずしも高くはなく、たとえばヒトにおいては、その妊娠成功率は、依然として25〜35%程度に留まっている。その原因の一つとして、培養において子宮への移植に適した良質な受精卵を得られる確率が高くないことが挙げられる。培養された受精卵は、専門家が顕微鏡で個別に観察することにより、子宮への移植に適した良質な受精卵であるか否か判別されている。
【0004】
体外受精においては、容器中に培養液のドロップを作り、この中に受精卵を入れて体外培養するマイクロドロップ法が用いられることが多い。従来、このマイクロドロップ法には、細胞培養容器として、底面が単一平面であり、直径が30〜60mmのシャーレが使用され、シャーレの底面に、培養液のドロップを、間隔をあけて複数個作製し、その中で細胞を培養する方法が使用されてきた。
【0005】
通常のシャーレでドロップを作成するとドロップ形成位置が定まらず、振動等でドロップがずれてしまうといった問題があった。ドロップがずれてしまうと、その中で培養して観察していた受精卵の特定が難しくなるという問題があった。したがって、受精卵の位置を制御でき、作業時や培養時の振動による影響を抑制できる手段が求められていた。
【0006】
一方、受精卵の培養効果をより効率的にするためには受精卵同士の相互作用(パラクライン効果)を利用することが好ましいとされている。これらの効果を利用し、ドロップ位置を制御する目的で、シャーレの底面に受精卵のサイズと同程度のマイクロウェルを形成し、マイクロウェルに受精卵を配置するとともに、培養液のドロップを添加し、その中で培養を行うシステムが知られている(特許文献1)。それにより複数の受精卵の位置を制御して個別観察を可能としつつ、少量の培養液の中で複数の受精卵の培養を行うことができ、パラクライン効果を利用できる。このパラクライン効果は、複数の細胞、特に受精卵を、同じ系で培養することにより、培養液内部に蓄積したタンパク質、ホルモン、酵素等の細胞分泌物が互いの細胞に作用する効果であり、同じ系内であっても受精卵間の距離によって相互作用による影響に差があり、その結果培養後の細胞の品質にも差が生じることが知られている(非特許文献1および2)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、特許文献1に記載されるようなマイクロウェルの配置では、マイクロウェルごとに、最隣接のマイクロウェルの個数が異なり、したがって、各マイクロウェルに収容される細胞ごとに、パラクライン効果の程度が異なってしまい、均一な条件で培養を実施できないという問題があることを見出した。
【0010】
一方、マイクロウェルを円周上に等間隔で配置する構成では、マイクロウェルごとに、最隣接のマイクロウェルの個数は同一であるが、顕微鏡下で観察対象となるマイクロウェルを変更するたびに、細胞培養容器をレンズに対してX軸とY軸の両方向に移動させる必要があり、操作が煩雑になるという問題があることを見出した。
【0011】
したがって本発明は、マイクロウェルに収容される細胞ごとに均一なパラクライン効果を期待でき、かつ顕微鏡による観察が煩雑でない細胞培養容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、細胞培養容器の底部において、8個以上のマイクロウェルを、平行四辺形の辺上および頂点上に、マイクロウェル間の距離が同一で、最隣接のマイクロウェルの個数がいずれも同一となるように配置することにより、均一なパラクライン効果を期待できるとともに、顕微鏡観察の煩雑化も回避できることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)底部と側壁とを有する細胞培養容器であって、
底部に、細胞を収容するためのマイクロウェルが平行四辺形の辺上および頂点上に8個以上配置されてなる細胞収容部を有し、
平行四辺形の辺上および頂点上に配置されたマイクロウェルはいずれも、マイクロウェル間の距離が同一であり、最隣接のマイクロウェルの個数が同一である、
前記細胞培養容器。
(2)最隣接のマイクロウェル間の距離が1mm以下である、(1)記載の細胞培養容器。
(3)マイクロウェルが正方形の辺上および頂点上に8個以上配置されてなる細胞収容部を有する、(1)または(2)記載の細胞培養容器。
(4)マイクロウェルが平行四辺形の辺上および頂点上に8個以上配置されてなる細胞収容部を囲む内壁をさらに有する、(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞培養容器。
(5)マイクロウェルの壁面が、最深部から外縁に進むに従って高くなるような傾斜面を有する、(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞培養容器。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、培養条件の均一性と観察作業性が向上した細胞培養容器が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の細胞培養容器の一実施形態の概略図を
図1および2に示す。
図1は上面図を、
図2は垂直断面図を示す。
図1および2に示されるように、本実施形態の細胞培養容器1は、
底部2と側壁3とを有し、
底部2に、細胞を収容するためのマイクロウェル4が平行四辺形の辺上および頂点上に8個以上配置されてなる細胞収容部5を有し、
平行四辺形の辺上および頂点上に配置されたマイクロウェル4はいずれも、マイクロウェル間の距離が同一であり、最隣接のマイクロウェル4の個数が同一である。
【0018】
なお、
図1および
図2には、細胞収容部5を囲む内壁6が記載されているが、内壁は必須の構成要件ではない。
【0019】
本実施形態の細胞培養容器の底部には、マイクロウェルが、8個以上、例えば10個以上、好ましくは8個、配置されており、したがって、受精卵等の細胞を8個以上マイクロウェルに配置して培養することができる。受精卵等の細胞を同一系内に8個以上配置して培養することにより、良好なパラクライン効果を期待することができる。ここで、同一系内の培養は、隔離されておらず流通可能な培養液内、好ましくは同一の培養液のドロップ内の培養をさす。培養液のドロップは、その形状は特に制限されず、5ml以下、好ましくは1ml以下、より好ましくは200μl以下の培養液の塊をさす。
【0020】
本実施形態の細胞培養容器において、上記8個以上のマイクロウェルは、平行四辺形の辺上および頂点上に配置され、細胞収容部を構成している。平行四辺形には、正方形、長方形、菱形およびそれ以外の平行四辺形が包含される。マイクロウェルが平行四辺形の辺上および頂点上に配置されるとは、細胞培養容器の上面図において、マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形の重心が平行四辺形の辺上および頂点上に配置されることをさす。図形の重心は、例えば、円や楕円形の場合はその中心であり、正方形、長方形および平行四辺形の場合はその点対称の中心となる。すなわち、マイクロウェルの開口部が円や楕円形を形成する場合は、当該円または楕円の中心が、平行四辺形の辺上および頂点上に配置されることとなる。ただし、図形の重心が、多少ずれていても、例えば、マイクロウェルの重心間の距離の10%以内のずれであれば、最隣接のマイクロウェルに収容された細胞間で、均一なパラクライン効果を期待できる限り、本発明の範囲に包含される。
【0021】
図1および
図2に示す一実施形態について、細胞収容部の拡大図を
図3に示す。当該実施形態においては、開口部の外縁が形成する図形が円である8個のマイクロウェルが、正方形の頂点上に4個配置され(4a〜4d)、辺上に4個配置されている(4e〜4h)。別の実施形態における細胞収容部の拡大図を
図4に示す。当該実施形態においては、開口部の外縁が形成する図形が円である10個のマイクロウェルが、長方形の頂点上に4個配置され(4a〜4d)、辺上に6個配置されている(4e〜4j)。
【0022】
さらに、本発明の細胞培養容器において、平行四辺形の辺上および頂点上に配置されたマイクロウェルはいずれも、最隣接のマイクロウェルの個数が同一であるように配置されている。最隣接のマイクロウェルとは、基準となるマイクロウェルから最短距離にある別のマイクロウェルを一つ特定した場合に、基準となるマイクロウェルからその最短距離と同一の距離にある、すなわち同様に最短距離にあるマイクロウェルすべてをさす。
【0023】
例えば、
図3に示されるように、マイクロウェル4aに対しては、マイクロウェル4eと4fが最隣接のマイクロウェルとなり、したがって、マイクロウェル4aの最隣接のマイクロウェルの個数は2個である。マイクロウェル4b〜4dについても同様である。さらに、マイクロウェル4eに対しては、マイクロウェル4aと4dが最隣接のマイクロウェルとなり、したがって、マイクロウェル4eの最隣接のマイクロウェルの個数は2個である。マイクロウェル4f〜4hについても同様である。したがって、
図3に示す実施形態においては、正方形の辺上および頂点上に配置されたマイクロウェルはいずれも、最隣接のマイクロウェルの個数が同一である。
【0024】
図4に示す実施形態では、マイクロウェル4aに対しては、マイクロウェル4eと4fが最隣接のマイクロウェルとなり、したがって、マイクロウェル4aの最隣接のマイクロウェルの個数は2個である。マイクロウェル4b〜4dについても同様である。さらに、マイクロウェル4eに対しては、マイクロウェル4aと4dが最隣接のマイクロウェルとなり、したがって、マイクロウェル4eの最隣接のマイクロウェルの個数は2個である。マイクロウェル4hについても同様である。マイクロウェル4fに対しては、マイクロウェル4aと4gが最隣接のマイクロウェルとなり、したがって、マイクロウェル4fの最隣接のマイクロウェルの個数は2個である。マイクロウェル4g、4iおよび4jについても同様である。したがって、
図4に示す実施形態においては、長方形の辺上および頂点上に配置されたマイクロウェルはいずれも、最隣接のマイクロウェルの個数が同一である。
【0025】
最隣接のマイクロウェルの個数を同一とする観点から、マイクロウェルは、平行四辺形のすべての頂点上に配置されるとともに、すべての辺上に少なくとも1個配置される。例えば、
図5に示すような態様では、マイクロウェルが、長方形のすべての頂点上に配置され、2つの辺上にのみ2個ずつ配置されている。その結果、マイクロウェル4aについては、マイクロウェル4dと4eが最隣接のマイクロウェルに該当するためその個数は2個となるが、マイクロウェル4eについては、マイクロウェル4a、4fおよび4hが最隣接のマイクロウェルに該当するためその個数は3個となる。したがって、
図5の態様では、長方形の辺上および頂点上に配置されるマイクロウェルについて、最隣接のマイクロウェルの個数が同一とはならない。なお、マイクロウェル4aについては、マイクロウェル4hは最隣接のマイクロウェルには該当せず、マイクロウェル4eについては、マイクロウェル4dおよび4gは最隣接のマイクロウェルに該当しない。
【0026】
また、
図6に示すような態様では、マイクロウェルが、正方形のすべての頂点上に配置され、すべての辺上に1個ずつ配置され、かつ正方形の中心にも配置されている。マイクロウェル4aについては、
図3について説明したとおり、最隣接のマイクロウェルの個数は2個であるが、マイクロウェル4eについては、マイクロウェル4a、4dおよび4iが最隣接のマイクロウェルに該当するためその個数は3個であり、マイクロウェル4iについては、マイクロウェル4e〜4hが最隣接のマイクロウェルに該当するためその個数は4個となる。したがって、最隣接のマイクロウェルの個数が同一とはならない。
【0027】
本実施形態では、受精卵等の細胞を収容するマイクロウェル間のピッチを均一にするだけではなく、最隣接のマイクロウェルの個数を同一とすることにより、最隣接の細胞(例えば受精卵)の個数自体も同一となり、パラクライン効果などの細胞同士の相互作用の影響の差を最小限にできる。平行四辺形のうち、正方形の辺上および頂点上にマイクロウェルが等間隔で配置された態様は、細胞同士の相互作用の影響を均一化する観点からさらに好ましい。
【0028】
マイクロウェルを円周上に等間隔で配置する場合も、マイクロウェルごとに、最隣接のマイクロウェルの個数は同一となる。しかし、顕微鏡下で観察対象となるマイクロウェルを変更するたびに、細胞培養容器をレンズに対してX軸とY軸の両方向に移動させる必要があり、操作が煩雑になる。本実施形態の細胞培養容器では、マイクロウェルが、平行四辺形の辺上および頂点上に配置されていることから、顕微鏡下で観察対象を、一つのマイクロウェルから隣のマイクロウェルに変更する場合に、細胞培養容器をレンズに対してX軸またはY軸のいずれかの方向に移動させるだけでよく、操作が簡便であり、すべてのマイクロウェルに収容された細胞の観察を短時間で実施することができる。
【0029】
本実施形態の細胞培養容器は、底部と側壁とを有し、底部と側壁とから形成される空間に液体を収容可能である。底部の形状は特に制限されず、三角形および四角形等の多角形の形状でもよく、円(円形、略円形、楕円形および略楕円形を含む)の形状でもよく、側壁は底部の外縁を囲うように形成される。本実施形態の細胞培養容器において、通常、底部と反対側は開口しており、開口部の形状は好ましくは底部の形状と同一である。好ましくは、開口部が円形で、開口幅(例えば、
図2のr)が、好ましくは30〜60mm、特に35mmのものが用いられる。これは従来の細胞培養に用いられているシャーレと同等のサイズであり、汎用のシャーレから簡便に作製できること、および既存の培養装置等に適合しやすいことから、上記のようなサイズのものが好ましい。なお、本実施形態の細胞培養容器は、通常のシャーレと同様に蓋を有していてもよい。
【0030】
マイクロウェルは、壁面と開口部を有する凹部を形成し、細胞培養容器の底部に直接窪みとして設けられた凹部でもよいし、底部から突出した部材により形成される凹部でもよい。マイクロウェルの開口部は、細胞を収容可能な開口幅を有する。ここで、マイクロウェルの開口部の開口幅は、マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形の最小径の長さをさす。従って、マイクロウェルの開口部の外縁が円形である場合、開口幅は円の直径に等しく、その直径は、培養する細胞の最大寸法より大きいものとなる。本実施形態の細胞培養容器により受精卵を培養する場合、胚盤胞の段階まで培養することが望ましいため、円形の開口部の直径は、胚盤胞の段階の細胞の最大寸法より大きいものであることが望ましい。また、マイクロウェルの開口部の外縁が円形である場合、開口幅は、マイクロウェル間のピッチより小さい。したがって、マイクロウェルの開口部の開口幅(例えば
図3のR、マイクロウェルの開口部の外縁が円形である場合はその直径)は、0.1〜1mmである。好ましくは0.25mm以上、より好ましくは0.26mm以上、さらに好ましくは0.27mm以上であり、好ましくは0.7mm未満、さらに好ましくは0.45mm未満である。また、上記マイクロウェルの開口部の開口幅は、X+m(ここでXは細胞の最大径を表す)と規定することもできる。ここで、mは、好ましくは0.01mm以上、さらに好ましくは0.02mm以上である。
【0031】
マイクロウェルの壁面は、最深部から外縁に進むに従って高くなるような傾斜面を有することが好ましい。傾斜面の形状(プロファイル)は、マイクロウェルが形成する凹部の最も低い位置から凹部の外縁へ向かって曲線状に高くなる場合、階段状に高くなる場合等、適宜採用することができるが、特に直線部分を含むこと、すなわち凹部の最も低い位置(最深部)から凹部の外縁へ進むに従い、その経路の全区間もしくは一部の区間が直線状に高くなる傾斜面であることが好ましい。直線部分を含むことで、マイクロウェル内に配置した細胞の移動が抑制され、細胞をマイクロウェルの最深部に固定し易くなる。したがって、顕微鏡で観察した場合に鮮明な画像を得ることができる。このような傾斜面は、好ましくは、円錐面または円錐台の側面を形成する。円錐面を形成する場合、マイクロウェルの最深部は円錐の頂点に該当するように円錐が配置されるような構成となる。この場合、マイクロウェルの最深部、すなわち円錐の頂点は丸みを帯びていてもよい。傾斜面が円錐台の側面を形成する場合、円錐台の上面および下面のうち面積の小さいほうがマイクロウェルの最深部に該当するように円錐台が配置されるような構成となる。
【0032】
マイクロウェルの深さは、マイクロウェルの開口部から最深部までを垂直に測った深さをいい、好ましくは0.05〜0.5mmである。マイクロウェルの深さは、浅過ぎると、培養容器の輸送時や細胞の分裂時などに細胞が動き、細胞がマイクロウェルの範囲外に出てしまう恐れがあるため、確実に細胞をマイクロウェル内に保持できるように設定される。例えば、細胞をマイクロウェル内に保持するには、深さが細胞の最大径の1/3以上であることが好ましく、1/2以上であることがさらに好ましい。一方、深過ぎると、マイクロウェル内に培養液や細胞を導入することが難しくなるため、細胞をマイクロウェル内に保持しつつ、深過ぎない値になるよう適宜設定される。例えば、深さの上限をマイクロウェルの開口部の開口幅に対して3倍以下とすることができる。さらに、培養液の導入を容易にするためには、深さはマイクロウェルの開口幅の1倍以下であることが好ましく、1/2以下であることが特に好ましい。
【0033】
マイクロウェルは、細胞培養容器の底部において、平行四辺形の辺上および頂点上に8個以上近接して配置され、細胞収容部を構成する。このような8個以上のマイクロウェルの群から構成される細胞収容部は、底部に複数群配置されていてもよく、それらの群は互いに近接していなくてもよい。
【0034】
平行四辺形の辺上および頂点上に近接して配置されるマイクロウェル間のピッチ(マイクロウェル間の距離)は同一であり、好ましくは1mm以下、より好ましくは0.8mm以下、さらに好ましくは0.6mm以下である。観察装置として、1/2インチのCCD素子、4、10、20倍の対物レンズを備えたものがよく用いられる。このような観察装置で、4倍の対物レンズを選択した場合の観察可能な視野はおよそ1.6mm×1.2mmであり、この観察視野内に4個以上のマイクロウェルが含まれるように設計することが好ましい。マイクロウェル間の距離が同一とは、平行四辺形の辺上および頂点上において隣接して配置されたマイクロウェル間の距離が同一であることをさす。マイクロウェル間の距離は、その差が10%以内であれば、マイクロウェル間の距離が同一であるとみなすことができる。
【0035】
マイクロウェル間のピッチは近接するマイクロウェルの中心間の距離である(例えば、
図3のa)。マイクロウェルの中心は、マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形の重心とし、外縁が円形であればその円の中心をさす。マイクロウェル間のピッチは、マイクロウェルの開口部の外縁の寸法より大きい。マイクロウェルの開口部の外縁の寸法は、開口部の外縁が円形であればその直径をさし、そうでなければ開口部の外縁が形成する図形の最小径とする。
【0036】
最隣接のマイクロウェル間の距離は、換言すれば、あるマイクロウェルに関して、近接する全てのマイクロウェルとのピッチのうち最短のものをさす。最隣接のマイクロウェル間の距離は、好ましくは1mm以下、より好ましくは0.8mm以下、さらに好ましくは0.6mm以下であり、好ましくは0.15mm以上である。またマイクロウェルの外縁から最隣接のマイクロウェルの外縁までの距離は、好ましくは0.05mm以上である。距離は小さい方が相互作用の影響が増大するため好ましい。一方、距離を一定以上とすることで、受精卵等の細胞を配置する際に隣のウェルへ誤って入れてしまう作業ミスを防止でき、製造が容易で製造コストの点でも有利である。
【0037】
マイクロウェルの壁面、特に傾斜面の表面粗さは、大きい値であると、顕微鏡で透過観察を行った画像を輪郭抽出処理に付す際に、傾斜面上の凹凸に起因して明瞭な輪郭が得られない恐れがあるため、可能な限り小さい値であることが好ましい。具体的には、最大高さRy(粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけを抜き取り、この抜き取り部分における山頂線と谷底線との間隔をいう)が1.0μm未満、特に0.5μm未満であることが好ましい。なお、傾斜面の表面粗さは、培養容器の鋳型を作製する際に磨き処理を施す等して、鋳型の加工精度を高めることにより小さくすることができる。
【0038】
8個以上のマイクロウェルが平行四辺形の辺上および頂点上に配置されてなる細胞収容部は、それらを囲む内壁により、培養容器内のその他の部分と隔てられていてもよい(例えば、
図1および
図2の6)。当該実施形態では、近接したマイクロウェルの群(細胞収容部)ごとに内壁で囲まれており、複数のマイクロウェルの群が細胞培養容器の底部に存在する場合は、各群ごとに内壁で囲まれることになる。通常、受精卵等の培養においては、培養容器に受精卵を含む培養液の液滴を形成し、液滴をオイルで覆うことにより培養液の乾燥が防止されている。8個以上近接して形成されたマイクロウェルの群をさらに内壁で囲むことにより、その内部に培養液を収容して安定なドロップを形成し、培養液の分散を防ぐことができる。培養液をミネラルオイル等のオイルで覆う場合も同様である。
【0039】
本実施形態の細胞培養容器の材質は、特に制限されない。具体的には、金属、ガラス、およびシリコン等の無機材料、プラスチック(例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。本実施形態の細胞培養容器は、当業者に公知の方法で製造することができる。例えば、プラスチック材料からなる培養容器を製造する場合には、慣用の成形法、例えば射出成形により製造することができる。
【0040】
本実施形態の細胞培養容器は、培養細胞の非特異的接着を防止し、また培養液のドロップが表面張力によって偏ることを防止する観点から、プラズマ処理などの表面親水化処理することが好ましい。製造後の容器に付着している菌数(バイオバーデン数)が100cfu/容器以下であることが好ましい。また、さらにγ線滅菌などの滅菌処理を施されていることがより好ましい。
【0041】
本実施形態の細胞培養容器は、受精卵の発育を促進するような表面処理または表面コートがなされていてもよい。特に、受精卵の発育を促進するために、他の器官の細胞(例えば、子宮内膜細胞や卵管上皮細胞)と共培養をする場合、これらの細胞をあらかじめ培養容器に接着させる必要がある。このような場合に、培養容器の表面に細胞接着性の材料をコートすると有利である。
【0042】
培養対象となる細胞は、特に制限されないが、例えば、受精卵、卵細胞、ES細胞(胚性幹細胞)およびiPS細胞(人工多能性幹細胞)が挙げられる。卵細胞は、未受精の卵細胞をさし、未成熟卵母細胞および成熟卵母細胞が含まれる。受精卵は、受精後、卵割により2細胞期、4細胞期、8細胞期と細胞数が増えていき、桑実胚を経て、胚盤胞へと発生する。受精卵には、2細胞胚、4細胞胚および8細胞胚などの初期胚、桑実胚、胚盤胞(初期胚盤胞、拡張胚盤胞および脱出胚盤胞を含む)が含まれる。胚盤胞は、胎盤を形成する潜在能力がある外部細胞と胚を形成する潜在能力がある内部細胞塊からなる胚を意味する。ES細胞は胚盤胞の内部細胞塊から得られる未分化な多能性または全能性細胞をさす。iPS細胞は、体細胞(主に線維芽細胞)へ数種類の遺伝子(転写因子)を導入することにより、ES細胞に似た分化万能性を持たせた細胞をさす。すなわち、本発明において細胞には、受精卵や胚盤胞のように複数の細胞の集合体も包含される。
【0043】
本実施形態の細胞培養容器は、好ましくは哺乳動物および鳥類の細胞、特に哺乳動物の細胞の培養に好適である。哺乳動物は、温血脊椎動物をさし、例えば、ヒトおよびサルなどの霊長類、マウス、ラットおよびウサギなどの齧歯類、イヌおよびネコなどの愛玩動物、ならびにウシ、ウマおよびブタなどの家畜が挙げられる。本実施形態の細胞培養容器は、ヒトの受精卵の培養に特に好適である。
【0044】
通常、マイクロウェルを覆うように培養液Aを添加した後、培養液を覆うようにオイルBを添加し、さらに培養液中に細胞Cを添加する。これらの作業は、通常ピペットやガラスキャピラリー等の器具を用いて実施される。本発明の細胞培養容器は、開口が大きいので、これらの操作を比較的容易に実施できる(
図7)。
【0045】
培養は、通常、細胞培養容器を培養細胞の発育および維持に必要なガスを含む環境雰囲気および一定の環境温度をもたらすインキュベータに入れることにより実施される。必要なガスには、水蒸気、遊離酸素(O
2)および二酸化炭素(CO
2)が含まれる。環境温度とCO
2含有量を調節することにより、培養液のpHを一定時間内に安定させることができる。安定なCO
2含有量と安定な温度により安定なpHが得られる。画像比較プログラムにより、培養中の細胞の画像を予め保存された画像と比較することにより、培養の際の温度、ガスおよび培養液などの培養条件を調節することもできる。
【0046】
例えば受精卵を培養する場合には、通常、培養後に、子宮への移植に適した良質な受精卵であるか否かが判別される。判別は自動で行ってもよいし、顕微鏡等により手動で行ってもよい。培養細胞の自動判別においては、顕微鏡により取得された培養容器内の細胞の画像をCCDカメラ等の検出装置によって撮像し、得られた像を輪郭抽出処理に付し、画像中の細胞に該当する部分を抽出し、抽出された細胞の画像を画像解析装置で解析することによりその質を判別することができる。画像の輪郭抽出処理については、例えば、特開2006−337110に記載された処理を利用できる。
【0047】
マイクロウェルが細胞培養容器の底部に平行な底面とそれに垂直な側面とからなる場合は、細胞がマイクロウェル内で移動して側面に接触する場合があり、その状態で細胞の撮像を行うと、撮影された画像において輪郭抽出処理により細胞の画像を抽出することが困難であるという問題があるが、マイクロウェルの壁面が、傾斜面を有する場合、好ましくは円錐状または円錐台状の部分を含む場合は、培養される細胞は自動的にマイクロウェルの底の部分に存在することとなり、マイクロウェルが細胞培養容器の底部に垂直な側面を傾斜面より開口部側に有していたとしても、これに接触したままとなることはなく、撮像された細胞の画像の輪郭抽出処理を問題なく実施することができる。