(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の発明では、圧縮自着火燃焼に代えて火花点火燃焼を実施するため、燃費性能を十分に高めることができない。
【0007】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、燃料カット実行後の燃焼再開後においても安定した圧縮自着火燃焼を実現することができる直噴エンジンの制御装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明は、気筒に形成された燃焼室内に燃料を噴射可能な燃料噴射装置を有し、前記燃焼室内で燃料と空気との混合気を燃焼させてピストンを往復運動させる
車載用の直噴エンジンの制御装置であって、エンジンの運転状態を判定する判定手段と、少なくともエンジン負荷が所定負荷よりも低い領域に設定された圧縮自着火燃焼領域での運転時に前記燃焼室内の混合気が自着火により燃焼するように、前記燃料噴射装置を含むエンジンの各部を制御する燃焼制御手段とを備え、前記燃焼制御手段は、
車両の走行中に前記燃料噴射装置からの燃料噴射が停止される燃料カットの実行後、前記圧縮自着火燃焼領域で燃焼を再開させる場合に、前記混合気を自着火により燃焼させるとともに、前記燃料噴射装置に、圧縮行程中に燃料を複数回に分けて噴射する圧縮行程分割噴射を
前記気筒について1サイクル以上の期間にわたって実施させ
た後、当該圧縮行程分割噴射のいずれの回の噴射よりも噴射タイミングが早い定常運転用の噴射制御に切り替え、前記圧縮行程分割噴射から前記定常運転用の噴射制御に切り替えるタイミングは、前記燃料カットの時間を含む所定のパラメータに応じて変更されることを特徴とする直噴エンジンの制御装置を提供する(請求項1)。
【0009】
本発明によれば、燃料カット後の圧縮自着火燃焼領域での燃焼再開時に圧縮行程分割噴射を実施し、圧縮行程中に燃料を複数回に分けて噴射するため、燃料カット後の燃焼再開時であって燃焼室の壁面温度すなわち燃焼室内の温度が比較的低い場合においても、安定した圧縮自着火燃焼を実施することができる。このことは、高い燃費性能を実現する。
【0010】
具体的には、本発明では、圧縮行程分割噴射を実施することで、1噴射あたりの燃料量および燃料噴霧のペネトレーション(貫徹力)を小さく抑えることができ、燃料の拡散を抑えて圧縮上死点近傍において燃焼室内に局所的に空燃比が理論空燃比よりもリッチな混合気を形成することができる。ここで、リッチなほど混合気の着火遅れは短い。そのため、燃焼室内に局所的にリッチな混合気が形成されれば、このリッチな混合気を早期に着火、燃焼させて他の混合気の燃焼を誘発させることができ、混合気全体を確実に自着火させることができる。
【0011】
ここで、本発明において、前記ピストンは、その冠面に設けられて前記燃焼室天井から離間する方向に凹む凹状のキャビティを有し、前記燃焼制御手段は、燃料カット後の前記圧縮自着火燃焼領域での燃焼再開時に、前記圧縮行程分割噴射により噴射された各燃料がそれぞれ前記キャビティ内に収まるように、当該各燃料の噴射タイミングを制御するのが好ましい(請求項2)。
【0012】
このようにすれば、キャビティ内により確実にリッチな混合気を形成することができ、キャビティ内での安定した圧縮自着火燃焼を実現することができる。
【0013】
前記構成において、前記燃焼制御手段は、燃料カット後の前記圧縮自着火燃焼領域での燃焼再開時に、前記圧縮行程分割噴射の各燃料の噴射タイミングを、圧縮行程の後半に制御するのが好ましい(請求項3)。
【0014】
このようにすれば、より確実にキャビティ内に燃料を滞留させてリッチな混合気を形成することができる。
【0015】
また、本発明において、前記燃焼制御手段は、燃料カットから後であるか否かによらず、前記圧縮自着火燃焼領域では、前記混合気全体の空気過剰率を1より大きいリーンな値にするのが好ましい(請求項4)。
【0016】
このようにすれば、前述のように局所的にリッチな混合気を形成して安定した圧縮自着火燃焼を実現しつつ、空燃比リーンによる高い燃費性能および排気性能を得ることができる。
【0017】
また、本発明において、前記燃焼制御手段は、
前記定常運転用の噴射制御として、前記燃料噴射装置に燃料を吸気行程中に一括して噴射する吸気行程一括噴射を実施させるのが好ましい(請求項5)。
【0018】
このようにすれば、前述のように、燃料カット後の圧縮自着火燃焼領域での燃焼再開時に圧縮自着火燃焼をより確実に実現しつつ、燃焼再開後において吸気行程一括噴射の実施により混合気の空燃比がより均一な状態での圧縮自着火燃焼を実現して高い燃費性能および排気性能を実現することができる。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明によれば、燃料カット後の圧縮自着火燃焼領域での燃焼再開直後から安定した圧縮自着火燃焼を実現することができ、高い燃費性能を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
図1は、本発明に係る直噴エンジンの制御装置が適用されたエンジンシステム100の概略構成図である。エンジンシステム100は、車両に搭載されて、エンジン本体1を有する。
【0023】
エンジン本体1は、少なくともガソリンを含有する燃料が供給されるガソリンエンジンであり、4サイクルエンジン、すなわち、吸気行程、圧縮行程、膨張行程、排気行程が順に実施されるエンジンである。エンジン本体1は、後述するように、インジェクタ(燃料噴射装置)15により燃料を気筒10(燃焼室11)内に直接噴射可能に構成された直噴エンジンである。また、エンジン本体1は、後述するように、圧縮自着火燃焼が実現されるエンジンである。
【0024】
エンジン本体1は、気筒10が形成されたシリンダブロック12とシリンダヘッド13とを有する。本実施形態では、4つの気筒10がシリンダブロック12に直列に形成されている。各気筒10内には、コンロッドを介してクランクシャフトと連結されたピストン14が往復動可能に嵌挿されている。そして、各気筒10内には、気筒10の内側面とピストン14の冠面とシリンダヘッド13とによって囲まれた燃焼室11が形成されている。
【0025】
以下、ピストン14の往復動方向を上下方向といい、シリンダブロック12に対してシリンダヘッド13が配置されている側を上側という。
【0026】
本実施形態では、熱効率の向上や圧縮自着火燃焼の安定化等を目的として、エンジン本体1の幾何学的圧縮比は、15以上の比較的高い値に設定されている。エンジン本体1の幾何学的圧縮比は、これに限定されるものではないが、15以上20以下程度の範囲が好ましい。
【0027】
ピストン14および燃焼室11は、
図3に示すような構成を有する。ピストン14の冠面すなわち上面の径方向中央には、シリンダヘッド13および燃焼室11の天井から離間する方向すなわち下方に凹む凹状を有するキャビティ11aが形成されている。キャビティ11aは、その上端に、燃焼室11の天井向きすなわち上向きの開口部を有している。キャビティ11aの開口部の開口面積は、キャビティ11aの内部の各高さ位置での水平方向断面の面積の最大値よりも小さく設定されている。すなわち、キャビティ11aは、その開口部から所定深さまでの範囲において、上方に至るほど内径が狭くなるように上窄まり状になっている。
【0028】
シリンダヘッド13には、気筒10毎に、燃焼室11内に燃料を直接噴射するインジェクタ15が取り付けられている。インジェクタ15は、
図3に示すように、その噴口がキャビティ11aの径方向中央と対向するように、燃焼室11の天井面の径方向中央から燃焼室11内に臨むように配設されている。本実施形態では、インジェクタ15は、複数の噴口を有する多噴口型であり、インジェクタ15から噴射された燃料噴霧は、燃焼室11の径方向中央から下向き放射状に広がる。インジェクタ15は、燃料供給システム(不図示)により燃料タンク(不図示)から圧送された比較的高圧の燃料を燃焼室11内に噴射する。
【0029】
シリンダヘッド13には、燃焼室11内の混合気に強制点火する点火プラグ16が気筒10毎に取り付けられている。点火プラグ16は、その先端に設けられた電極部分がインジェクタ15の噴口近傍に位置するように配置されている。
【0030】
シリンダヘッド13には、気筒10毎に、気筒10内に吸気を導入するための吸気ポート17および気筒10内から排気を排出するための排気ポート18がそれぞれ形成されている。吸気ポート17および排気ポート18には、これら各ポート17,18、詳細には、シリンダヘッド13に形成されたこれら各ポート17,18の開口をそれぞれ開閉する吸気弁21および排気弁22がそれぞれ配設されている。
【0031】
排気弁22は、排気弁駆動機構23によって駆動される。排気弁駆動機構23は、排気バルブリフト可変機構(以下、排気VVL(Variable Valve Lift)という)23aと、排気位相可変機構(以下、排気VVT(Variable Valve Timing)という)23bとを含む。
【0032】
排気VVL23aは、排気弁22の作動モードを
図4(a)に示す通常モードと、
図4(b)に示す特殊モードとに切り替える。通常モードでは、排気弁22は主に排気行程中に開弁する(開弁開始から閉弁までの期間の大部分が排気行程と重なる)。このとき、排気弁22のバルブリフトは、開弁後徐々に増大していき、最大リフトに到達すると再び徐々に減少してゼロに至る。特殊モードでは、排気弁22のバルブリフトは、通常モードと同様に、第1の開弁期間t_1中は、開弁後徐々に増大し最大リフトに到達した後再び徐々に減少していくが、そのままゼロに至ることなく、そのリフト量すなわち第1の開弁期間t_1での最大リフトよりも低いリフトを第2の開弁期間t_2維持した後ゼロに至る。排気VVL23aは、これらのモードを実現するために、カム形状が互いに異なる第1カムと第2カムとを有する。第1カムは、
図4(a)に示すリフト特性に対応した形状を有し、カム山を1つ有する。第2カムは、
図4(b)に示すリフト特性に対応した形状を有し、カム山を2つ有する。排気VVL23aは、第1カムと第2カムの作動状態を選択的に排気弁22に伝達するロストモーション機構を含んでおり、第1カムの作動状態を排気弁22に伝達することで排気弁22の作動状態を通常モードとし、第2カムの作動状態を排気弁22に伝達することで排気弁22の作動状態を特殊モードとする。排気VVL23aは、例えば油圧作動式である。
【0033】
排気VVT23bは、クランクシャフトに対する排気カムシャフトの回転位相を変更して排気弁22の開弁時期と閉弁時期とを変更する。なお、排気弁VVT75は、通常モードおよび特殊モードの各モードで、それぞれ排気弁22の開弁期間を一定に維持したまま、排気弁22の開弁時期と閉弁時期とを変更する。排気VVT23bは、液圧式、電磁式又は機械式の公知の構造を適宜採用すればよく、その詳細な構造についての説明は省略する。
【0034】
排気VVT23bは、排気弁22の作動状態が特殊モードとされている場合、排気弁22が排気行程に加えて吸気行程でも開弁するように、排気カムシャフトの回転位相を設定する。また、排気VVT23bは、排気弁22の作動状態が特殊モードとされている場合、第2の開弁期間t_2中に排気上死点(
図4(b)のTDC)がくるように、すなわち排気上死点における排気弁22のバルブリフトが第2の開弁期間t_2中に実現される比較的小さい値となるように、排気カムシャフトの回転位相を設定する。このように、本実施形態では、排気弁22の作動状態が特殊モードとされることで、排気弁22が排気行程に加えて吸気行程中にも開弁する排気二度開きが実施される。特に、本実施形態では、排気弁22は、途中で閉弁することなく排気上死点を挟んで排気行程と吸気行程において連続して開弁する。ここで、このように排気弁22を排気上死点を挟んで連続して開弁させた場合には、排気弁22とピストン14とが干渉するおそれがある。これに対して、本実施形態では、前述のように、排気上死点付近での排気弁22のバルブリフト量が小さい値に抑えられるため、排気弁22とピストン14との干渉を回避することができる。排気二度開きすなわち特殊モードは、高温の既燃ガスすなわち内部EGRガスを燃焼室11内に残留させていわゆる内部EGRを行うために実施される。具体的には、排気二度開きが実施されて吸気行程中にも排気弁22が開弁していると、排気行程で一旦排気ポート18に排出された排気が吸気行程中に燃焼室11内に逆流して排気すなわち高温の既燃ガスが燃焼室11内に残留する。
【0035】
吸気弁21は、吸気弁駆動機構24によって駆動される。吸気弁駆動機構24の具体的構成は特に限定されないが、例えば、吸気弁21のバルブリフトを変更可能な吸気VVL24aと、吸気弁21の開弁時期と閉弁時期とを変更する吸気VVT24bとを含むものが挙げられる。
【0036】
各吸気ポート17には、吸気通路30が接続されている。具体的には、吸気通路30の下流端には気筒10に対応して分岐する分岐通路が形成されており、これら分岐通路と各吸気ポート17とが接続されている。
【0037】
吸気通路30には、上流側から順に、エアクリーナ31、スロットル弁32、サージタンク33が配設されている。
【0038】
各排気ポート18には排気通路40が接続されている。具体的には、吸気通路30と同様に、排気通路40の上流端には気筒10に対応して分岐する分岐通路が形成されており、これら分岐通路と各吸気ポート18とが接続されている。
【0039】
排気通路40には、排ガス中の有害成分を浄化する排気浄化装置が配設されている。本実施形態では、上流側から順に直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42とが設けられている。直キャタリスト41及びアンダーフットキャタリスト42は、三元触媒を含んでいる。
【0040】
吸気通路30と排気通路40との間には、排気の一部を吸気に還流するため、すなわち、外部EGRを行うためのEGR装置50が設けられている。EGR装置50は、EGR通路51と、EGRクーラ52とを含む。EGR通路51は、吸気通路30のうちのサージタンク33とスロットル弁32との間の部分と、排気通路40のうちの直キャタリスト41よりも上流側の部分とを接続している。EGRクーラ52は、EGR通路51を通過するガスを冷却するためのものであり、EGR通路51に介設されている。本実施形態では、EGR通路51を通過するガスは、EGRクーラ52により必ず冷却される。EGR通路51には、このEGR通路51を通過する排気の流量を調整するEGR弁53が配設されている。以下、このEGR装置50を用いて排気の一部を吸気に還流することを、外部EGRを行うといい、このEGR装置50により吸気に還流された排気を外部EGRガスという場合がある。
【0041】
前記各装置は、パワートレイン・コントロール・モジュール(制御手段、以下、PCMという)60によって制御される。PCM60は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェース及びこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。
【0042】
PCM60には、
図1,2に示すように、各種のセンサSW1〜SW11の検出信号が入力される。
【0043】
センサSW1は、新気の流量を検出するエアフローセンサSW1である。センサSW2は、新気の温度を検出する吸気温度センサである。エアフローセンサSW1、吸気温度センサSW2は、吸気通路30のうちエアクリーナ31の下流側に配設されている。センサSW3は、外部EGRガスの温度を検出するためのEGRガス温センサである。EGRガス温センサSW3は、EGR通路50のうち吸気通路30との接続部分近傍に配置されている。センサSW4は気筒10内に流入する直前の吸気の温度を検出する吸気ポート温度センサである。吸気ポート温度センサSW4は、吸気ポート17に取り付けられている。センサSW5は、排気温度を検出する排気温センサである。センサSW6は、排気圧を検出する排気圧センサである。排気温センサSW5、排気圧センサSW6は、排気通路40のうちEGR通路50の接続部分近傍に配置されている。センサSW7は、排気中の酸素濃度を検出するリニアO
2センサである。リニアO
2センサSW7は、排気通路40のうち直キャタリスト41の上流側に配置されている。センサSW8は、排気中の酸素濃度を検出するラムダO
2センサである。ラムダO
2センサSW8は、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42との間に配置されている。センサSW9は、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサである。センサSW10は、クランクシャフトの回転角を検出するクランク角センサである。センサSW11は、車両のアクセルペダル(不図示)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサである。
【0044】
PCM60は、各センサSW1〜11の検出信号に基づいて種々の演算を行う。PCM60は、これらの検出信号に基づいてエンジン本体1や車両の運転条件を判定する。PCM60は、運転条件に応じてインジェクタ15、点火プラグ16、燃料供給システム、吸気VVT24b、吸気VVL24a、排気VVT23b、排気VVL23a、各種の弁(スロットル弁32、EGR弁53)のアクチュエータへ制御信号を出力して、これらを制御する。このように、本実施形態では、PCM60が、エンジン回転数、エンジン負荷等からエンジンの運転状態を判定する判定手段、および、この判定結果に基づいて、インジェクタ15や、点火プラグ16等を制御して、燃焼室11内での混合気の燃焼形態を制御し、後述するように、CI燃焼領域において圧縮自着火燃焼を実現させる燃焼制御手段として機能する。
【0045】
PCM60による制御内容について次に説明する。
【0046】
図5は、横軸がエンジンの回転数、縦軸がエンジン負荷の制御マップである。本エンジンシステム100では、エンジン負荷が予め設定された燃焼切替負荷T1以上となる高負荷領域(SI(Spark Ignition)燃焼領域)では、圧縮自着火燃焼を実施すると燃焼騒音が問題となるため、点火プラグ16による点火を行って混合気を燃焼させる火花点火燃焼を実施する。一方、燃焼騒音が小さく抑えられるエンジン負荷が燃焼切替負荷T1未満の低負荷領域に設定されたCI(Compression Ignition)燃焼領域(圧縮自着火燃焼領域)では点火プラグ16により点火を行わずに混合気を自着火させて燃焼させる圧縮自着火燃焼を実施する。
【0047】
CI燃焼領域での詳細な制御内容について説明する。
【0048】
安定した圧縮自着火燃焼を実現するためには、混合気の温度を自着火可能な温度にまで高める必要がある。そこで、CI燃焼領域では、内部EGRを実施して高温の既燃ガスである内部EGRガスを燃焼室11内に残留させ、これにより燃焼室11内および混合気の温度を高める。具体的には、CI燃焼領域では、排気弁22の作動状態を特殊モードとして排気二度開きを実施する。ただし、CI燃焼領域のうちエンジン負荷が比較的高い運転領域(
図5に示す例では、エンジン負荷がEGR切替負荷T2以上の領域)では、混合気の温度は十分に高く内部EGRガスを過剰に導入すると混合気が過早着火する、あるいは、燃焼騒音が大きくなるおそれがある。そのため、本実施形態では、エンジン負荷がEGR切替負荷T2未満に設定された低負荷側CI燃焼領域CI_1では、内部EGRのみを実施し、エンジン負荷がEGR切替負荷T2以上かつ燃焼切替負荷T1未満に設定された高負荷側CI燃焼領域CI_2では、内部EGRに加えて外部EGRを実施してEGRクーラ52で冷却された外部EGRガスを導入し、混合気の温度が過剰に上昇するのを抑制する。具体的には、高負荷側CI燃焼領域CI_2領域では、排気弁22の作動状態を特殊モードとして排気二度開きを実施するとともにEGR弁53を開弁させる。
【0049】
また、CI燃焼領域では、燃費性能をより高めるべく、混合気全体の空燃比を理論空燃比よりもリーンとする。すなわち、CI燃焼領域では、混合気全体の空気過剰率λをλ>1とする。
【0050】
ここで、例えば車両が力行運転していてエンジンの燃焼が継続している場合には、燃焼室11の壁面温度および排ガスの温度はある程度高く維持される。そのため、この場合には、前記のように内部EGRガスを導入することによって混合気の温度を適正に高めることができる。しかしながら、減速時等において燃料噴射および燃焼が停止される燃料カットが行われると、燃焼室11の壁面温度は低下していく。また、燃焼室11の壁面温度が低い状態では、発生した排ガスの温度も低く抑えられる。そのため、燃料カットからCI燃焼領域への復帰時、すなわち、燃料カットの実行後CI燃焼領域で燃焼を再開させる際には、内部EGRガスを導入しても混合気の温度を十分に高めることができず、適正な圧縮自着火燃焼が実現されないという問題がある。
【0051】
これに対して、本エンジンシステム100では、CI燃焼領域において、燃料カットからの復帰時と、それ以外の運転条件(以下、定常運転時という)とで、空燃比の制御およびEGRの制御は同一としつつ、すなわち、いずれの場合においても混合気全体の空燃比をリーンとしかつ排気二度開きを実施しつつ、燃料噴射の制御内容を異ならせることで、定常運転時においてより高い燃費性能および排気性能を実現するとともに、燃料カット後の燃焼再開時において安定した圧縮自着火燃焼を実現し、燃料カット後の燃焼再開時か否かによらずCI燃焼領域において圧縮自着火燃焼を実施する。なお、燃料カットからCI燃焼領域へ復帰する具体的な運転条件としては、燃料カット後CI燃焼領域に設定されたアイドル運転が実施される場合や、燃料カット後、CI燃焼領域内に含まれるような比較的緩やかな加速が行われた場合が挙げられる。CI燃焼領域における燃料噴射制御の内容について次に説明する。
【0052】
(1)定常運転時の燃料噴射制御
CI燃焼領域でエンジンが定常運転されている場合は、
図6(a)に示すように、燃料を吸気行程中に一括して噴射する吸気行程一括噴射を行い、予混合圧縮自着火燃焼を実施する。すなわち、燃料と空気とを圧縮上死点までに予め十分に混合させて混合気全体の空燃比をほぼ均一のリーンにして、圧縮上死点近傍において自着火させる。
図6(a)には、合わせて、吸気行程一括噴射を実施した場合の熱発生率dQ/dθを破線で示す。
【0053】
このように、本エンジンシステム100では、定常運転時において、空燃比リーンの均質予混合圧縮自着火燃焼が実施されることで、高い燃費性能および排気性能を得ることができる。
【0054】
(2)燃料カット後の燃焼再開時の燃料噴射制御
前記定常運転時で実施される吸気行程一括噴射による空燃比リーンの均質予混合圧縮自着火燃焼は、混合気全体がリーンとなるため、混合気の温度が十分に高い状態である必要があり、燃焼室11内の温度が低下している燃料カットからCI燃焼領域への復帰時には、安定して実現することができない。そこで、燃料カットからCI燃焼領域への復帰時には、吸気行程一括噴射ではなく、燃料を圧縮行程中に複数回に分けて噴射する圧縮行程分割噴射を行う。ここで、燃料の一部を吸気行程にも噴射しつつ圧縮行程で残りの燃料を分割噴射してもよいが、本実施形態では、
図6(b)に示すように、圧縮行程中にのみ燃料を分割噴射する。
図6(b)には、燃料を圧縮行程中に4回に分けて噴射させた場合を示す。
図6(b)には、合わせて、圧縮行程分割噴射を実施した場合の熱発生率dQ/dθを破線で示す。
【0055】
また、本実施形態では、圧縮行程中に分割噴射した各燃料がキャビティ11a内に収まるタイミングで各燃料を噴射する。具体的には、分割噴射により噴射された各燃料噴霧の先端が、
図7に示すように、キャビティ11aの内側に入るタイミングで、分割噴射を実施する。本実施形態では、圧縮行程中の分割噴射の各噴射タイミングは、それぞれ圧縮行程の後半に設定されている。より詳細には、この圧縮行程分割噴射の噴射タイミングは、圧縮上死点前20°CA〜圧縮上死点前60°CAの間に設定されるのが好ましい。
【0056】
そして、本実施形態では、
図8に示すように、燃料カット後の燃焼再開時に圧縮行程分割噴射を各気筒10で1サイクルずつ行い、その後、定常運転時の制御すなわち吸気行程一括噴射に移行させる。
図8は、燃料カットからの復帰後における、各気筒(第1気筒〜第4気筒)の噴射パターンを示したものであり、右にいくほど時間(サイクル数)が経過する図である。
【0057】
このように圧縮行程中に分割噴射を行えば、以下に説明するように、混合気全体の空燃比をリーンとしつつ、燃焼室11内に局所的に理論空燃比よりもリッチであって着火遅れが短く早期に着火する混合気を形成することができる。特に、キャビティ11a内に燃料が収まるよう噴射されるため、キャビティ11a内に確実にリッチな混合気を形成することができる。そして、このリッチな混合気の早期の着火、燃焼によって周囲の比較的リーンな混合気の着火を誘発させることができ、燃料カット後の復帰直後であって着火開始前の燃焼室11内の温度が低い状態であっても、混合気全体を自着火させることができる。
【0058】
図9(a)(b)(c)に、噴射量を同じとしつつ噴射パターンを異ならせた際の混合気の空燃比の分布を示す。これら
図9(a)(b)(c)は、混合気の空燃比の分布を演算した結果であり、横軸が当量比φ、縦軸が頻度(空間頻度)のグラフである。横軸の当量比φは、空気過剰率λの逆数であり、当量比φが大きいほど燃料リッチなことを表す。縦軸の頻度は、キャビティ11a内の空間を複数の領域に分割した場合の各領域の局所的な当量比φの値に基づき、同等の当量比φとなる領域の数を特定したものである。また、
図9(a)は、圧縮上死点前20°CAに燃料を一括噴射した場合の結果、
図9(b)は、圧縮上死点前14°CAに燃料を一括噴射した場合の結果、
図9(c)は、圧縮上死点前14、17、20°CAにそれぞれ燃料を噴射した場合すなわち圧縮行程中に3回にわたって燃料を分割噴射した場合の結果である。
【0059】
図9(a)(b)の燃料を一括噴射した場合では、頻度は当量比φ=1すなわち空気過剰率λ=1付近に集中している。これに対して、
図9(c)の圧縮行程中に分割噴射した場合には、頻度が、当量比φが高く空燃比がリッチな側にまで広がっており、キャビティ11a内によりリッチな領域が形成されていることが示されている。このように、圧縮行程中に分割噴射した場合には、燃料を一括噴射する場合に比べて、キャビティ11a内に局所的によりリッチな混合気を形成することができる。これは、同量の燃料を一括噴射する場合に比べて、分割噴射した場合の方が、各燃料の燃料噴霧のぺネトレーション(貫徹力)が小さく抑えられて燃料の拡散が抑制されるためである。
【0060】
図10に、混合気の着火遅れと空燃比との関係を示す。
図10は、横軸を時間の対数軸とし、縦軸を混合気の温度としたグラフであり、圧縮自着火燃焼させた際の混合気の温度変化を示したものである。
図10には、異なる空燃比の混合気を初期温度T0(1300K程度)同一の条件において自着火させた際の温度変化を示している。具体的には、
図10のL1、L2、L3、L4は、それぞれ、当量比φ=1.0、3.0、5.0、7.0の温度変化である。この
図10において、温度が初期温度T0から立ち上がるタイミングが着火開始タイミングであり、立ち上がりが右側であるほど着火遅れが長いことを示している。この
図10に示されるように、着火前の温度が同じ温度T0であっても、当量比φが大きく空燃比が燃料リッチなほど着火遅れは短く混合気は早期に着火、燃焼する。
【0061】
図11に、以上説明した、本実施形態に係るエンジンシステム100の噴射制御すなわち燃料カットからCI燃焼領域への復帰時に圧縮行程分割噴射を行った場合と、復帰直後から吸気行程一括噴射を行った場合との、燃料噴射量、燃焼室の壁面温度(燃焼室壁温)、エンジントルクの変化を比較して示す。
図11において、実線が、圧縮行程分割噴射を行った場合の変化であり、破線が復帰直後から吸気行程一括噴射を行った場合の変化である。
図11には、時刻t1で燃料カットが行われ、時刻t2でアクセル開度が踏まれて復帰要求がなされて緩加速が行われた場合を示す。
【0062】
時刻t1で燃料カットが行われると、燃焼室壁温は徐々に低下していく。ここで、破線で示すように、時刻t2の復帰要求直後から吸気行程一括噴射を行った場合では、加速要求に応じて時刻t2から燃料噴射が開始されるものの、燃焼室11内の温度が低いために、安定した圧縮自着火燃焼が実現されず、有効なエンジントルクが生じない。そして、噴射量がある程度多くなった時点(時刻t3)で初めて安定した圧縮自着火燃焼が実現され有効なエンジントルクが生じる。このように、復帰直後から吸気行程一括噴射を行った場合は、噴射量がある程度多くなるまで有効なエンジントルクが生じず、レスポンスが悪くなるとともに、時刻t3において、比較的多い噴射量に対応した比較的大きいトルクがいきなり生じるため、トルクショックが大きくなり、操作性が非常に悪くなる。
【0063】
これに対して、
図11の実線で示すように、本実施形態に係るエンジンシステム100では、前述のように圧縮行程分割噴射が実施されることで復帰直後から安定した圧縮自着火燃焼が実現される結果、時刻t3よりも早く噴射量が少ない時刻t2において有効なエンジントルクを生じさせることができる。また、燃焼室11内の温度をより早い段階から上昇させることができ、その後の吸気行程一括噴射の実施時にも確実に安定した圧縮自着火燃焼を実現することができる。さらに、
図11には示されていないが、本エンジンシステム100によれば、このように復帰後早期に安定した圧縮自着火燃焼が実現されて燃焼温度が上昇することで、HCおよびCOの反応を促進することができ、排気性能を高めることができるとともに、内部EGRに含まれるこれら未燃ガスの燃焼への影響を小さく抑えてサイクル間での燃焼変動を抑制することができる。
【0064】
このように、本実施形態に係るエンジンシステム100では、燃料カットからCI燃焼領域への復帰時において、圧縮行程中に燃料を複数回に分けて分割して噴射する圧縮行程分割噴射を実施することで、より早期に安定した圧縮自着火燃焼を実現することができ、レスポンスを高め、かつ、トルクショックを小さく抑えて、高い運転操作性を得つつ、排気性能および燃費性能を高めることができる。
【0065】
特に、圧縮行程中に噴射された各燃料がキャビティ11a内に収まるように制御されるため、キャビティ11a内に局所的にリッチな混合気を確実に形成することができ、より確実に安定した圧縮自着火燃焼を実現することができる。
【0066】
ここで、前記実施形態では、燃料カットからCI燃焼領域への復帰時において、圧縮行程中に行われる分割噴射の噴射回数を4回とした場合について説明したが、この噴射回数は4回に限らない。
【0067】
また、前記実施形態では、燃料カットからCI燃焼領域への復帰時において、圧縮行程中にのみ燃料を噴射させる場合について説明したが、圧縮行程中の分割噴射と吸気行程中の噴射とを併用してもよい。すなわち、
図12に示すように、吸気行程中に一部の燃料を噴射させて空気と燃料の一部とを予め混合させつつ、圧縮行程中に分割噴射を行っても良い。
【0068】
また、前記実施形態では、燃料カットからCI燃焼領域への復帰時において、圧縮行程中の分割噴射を1サイクル行った後、すなわち、各気筒でそれぞれ1回ずつこの分割噴射を行った後、すぐに、定常運転時の噴射パターンすなわち吸気行程一括噴射に切り替えた場合について説明したが、圧縮行程分割噴射から吸気行程一括噴射への切替え方法は、これに限らない。
【0069】
例えば、圧縮行程分割噴射を複数サイクル行った後、吸気行程一括噴射に切り替えてもよい。そして、この切替タイミングを、燃料カットの時間、エンジン水温、吸気温、排気温、エンジン回転数等から予測される、着火遅れ時間の予測結果等に応じて変更してもよい。
【0070】
また、吸気行程一括噴射に切り替えるまでの間に、着火遅れ時間の予測結果等に応じて、圧縮行程中の分割噴射の回数、タイミング、噴射量を変化させてもよい。例えば、
図13に示すように、吸気行程中に一部の燃料を噴射させつつ圧縮行程中の分割噴射も行い、吸気行程中に噴射させる燃料を徐々に増加させるとともに圧縮行程中の分割噴射の回数を徐々に減少させてもよい。