特許第6244913号(P6244913)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6244913-糖液の製造方法 図000012
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6244913
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】糖液の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/14 20060101AFI20171204BHJP
【FI】
   C12P19/14 A
【請求項の数】10
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2013-535986(P2013-535986)
(86)(22)【出願日】2013年7月1日
(86)【国際出願番号】JP2013067977
(87)【国際公開番号】WO2014007189
(87)【国際公開日】20140109
【審査請求日】2016年6月21日
(31)【優先権主張番号】特願2012-149382(P2012-149382)
(32)【優先日】2012年7月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】山田 千晶
(72)【発明者】
【氏名】栗原 宏征
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝成
【審査官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/115039(WO,A1)
【文献】 Appl. Biochem. Biotechnol., 2007.10, Vol.143, pp.93-100
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース含有バイオマスからの糖液の製造方法であって、
工程(1):セルロース含有バイオマスを糸状菌由来セルラーゼにより加水分解し、糖液と加水分解残渣に固液分離する工程、
工程(2):工程(1)の加水分解残渣を、アルカリ水溶液および無機塩水溶液を使用して独立して洗浄し、加水分解残渣に吸着した糸状菌由来セルラーゼを洗浄液として回収する工程、
工程(3):工程(2)の洗浄液を限外濾過膜に通じて濾過し、透過液として糖液を回収し、非透過液として糸状菌由来セルラーゼを回収する工程、を含むことを特徴とする、糖液の製造方法。
【請求項2】
工程(2)において、前記加水分解残渣をアルカリ水溶液で洗浄し、第一の洗浄液としてアルカリ水溶液洗浄液を回収した後、さらに無機塩水溶液で洗浄し、第二の洗浄液として無機塩水溶液洗浄液を回収することを特徴とする、請求項1に記載の糖液の製造方法。
【請求項3】
工程(2)のアルカリ水溶液のpHが7.5〜10.0の範囲であることを特徴とする、請求項1または2に記載の糖液の製造方法。
【請求項4】
工程(2)のアルカリ水溶液の温度が40℃以下であることを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【請求項5】
工程(2)のアルカリがアンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウムまたはリン酸三ナトリウムである、請求項1から4のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【請求項6】
工程(2)の無機塩が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウムからなる群から選ばれる1種または2種以上であることを特徴とする、請求項1から5のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【請求項7】
工程(1)の糸状菌由来セルラーゼがトリコデルマ属微生物由来であることを特徴とする、請求項1から6のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【請求項8】
工程(1)において、セルロース含有バイオマスの希硫酸処理物を加水分解することを特徴とする、請求項1から7のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【請求項9】
工程(1)において、プレス濾過により加水分解残渣を得ることを特徴とする、請求項1から8のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【請求項10】
工程(3)で得られた糖液をナノ濾過膜および/または逆浸透膜に通じて濾過し、非透過液として濃縮糖液を回収する工程を含む、請求項1から9のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース含有バイオマスから糖液を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、特にエネルギー使用量および環境負荷が少なく、かつ糖収量が多い、酵素を使用したセルロース含有バイオマスの加水分解方法が広く検討されている。しかしながら、酵素を使用する方法の欠点として、酵素費が高いといった課題があった。
【0003】
こうした技術課題を解決する手法として、加水分解に使用した酵素を回収再利用する方法が提案されており、中でも、加水分解残渣に吸着した酵素をアルカリ水溶液で洗浄することにより回収する方法は安価で酵素費の削減という目的に最も適しており、多くの検討がなされてきた。
【0004】
具体的には、酵素糖化後の加水分解残渣をpH8程度の水酸化ナトリウム水溶液で洗浄することで結晶セルロースから酵素成分を回収する方法(非特許文献1)、結晶セルロースまたは希硫酸処理したコーンストーバーに吸着した酵素をpH10〜13のアルカリ性水溶液で洗浄することにより回収する方法(非特許文献2)が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】D. E. Otterら、“Elution of Trichoderma reesei Cellulose from Cellulose by pH Adjustment with Sodium Hydroxide” Biotechnology Letters (1984) Vol.6、No.6、369-374
【非特許文献2】Z. Zhuら、“Direct quantitative determination of adsorbed cellulose on lignocellulosic biomass with its application to study cellulose desorption for potential recycling” Analyst (2009) Vol.134、2267-2272
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者が従来の酵素回収方法を検討した結果、回収される酵素の種類に偏りがあり、回収後の酵素の再利用性が十分ではないことを見いだした。そこで本発明の解決しようとする課題は、糸状菌由来セルラーゼによるセルロース含有バイオマスの加水分解残渣から回収する糸状菌由来セルラーゼの再利用性を高め、糖液の製造方法で使用される糸状菌由来セルラーゼの使用量を削減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、糸状菌由来セルラーゼによるセルロース含有バイオマスの加水分解残渣をアルカリ水溶液および無機塩水溶液を用いて独立して洗浄した場合、酵素成分が偏りなく溶離されるということを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の[1]〜[10]の構成を有する。
[1]セルロース含有バイオマスからの糖液の製造方法であって、
工程(1):セルロース含有バイオマスを糸状菌由来セルラーゼにより加水分解し、糖液と加水分解残渣に固液分離する工程、
工程(2):工程(1)の加水分解残渣を、アルカリ水溶液および無機塩水溶液を使用して独立して洗浄し、加水分解残渣に吸着した糸状菌由来セルラーゼを洗浄液として回収する工程、
工程(3):工程(2)の洗浄液を限外濾過膜に通じて濾過し、透過液として糖液を回収し、非透過液として糸状菌由来セルラーゼを回収する工程、を含むことを特徴とする、糖液の製造方法。
[2]工程(2)において、前記加水分解残渣をアルカリ水溶液で洗浄し、第一の洗浄液としてアルカリ水溶液洗浄液を回収した後、さらに無機塩水溶液で洗浄し、第二の洗浄液として無機塩水溶液洗浄液を回収することを特徴とする、[1]に記載の糖液の製造方法。
[3]工程(2)のアルカリ水溶液のpHが7.5〜10.0の範囲であることを特徴とする、[1]または[2]に記載の糖液の製造方法。
[4]工程(2)のアルカリ水溶液の温度が40℃以下であることを特徴とする、[1]から[3]のいずれかに記載の糖液の製造方法。
[5]工程(2)のアルカリがアンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウムまたはリン酸三ナトリウムである、[1]から[4]のいずれかに記載の糖液の製造方法。
[6]工程(2)の無機塩が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウムからなる群から選ばれる1種または2種以上であることを特徴とする、[1]から[5]のいずれかに記載の糖液の製造方法。
[7]工程(1)の糸状菌由来セルラーゼがトリコデルマ属微生物由来であることを特徴とする、[1]から[6]のいずれかに記載の糖液の製造方法。
[8]工程(1)において、セルロース含有バイオマスの希硫酸処理物を加水分解することを特徴とする、[1]から[7]のいずれかに記載の糖液の製造方法。
[9]工程(1)において、プレス濾過により加水分解残渣を得ることを特徴とする、[1]から[8]のいずれかに記載の糖液の製造方法。
[10]工程(3)で得られた糖液をナノ濾過膜および/または逆浸透膜に通じて濾過し、非透過液として濃縮糖液を回収する工程を含む、[1]から[9]のいずれかに記載の糖液の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、セルロース含有バイオマスの加水分解残渣に吸着した糸状菌由来セルラーゼの酵素成分、とりわけセロビオース分解活性、キシラン分解活性に関わる酵素成分が偏りなく高効率で回収されるため、回収された糸状菌由来セルラーゼを繰り返し使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の糖液の製造方法の実施の形態を示した略図である。
図2図2は、本発明の糖液の製造方法を実施するための装置の形態を示した略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための形態について工程順に説明する。
【0012】
[工程(1)]
セルロース含有バイオマスは、バガス、スイッチグラス、ネピアグラス、エリアンサス、コーンストーバー、ビートパルプ、綿実殻、パーム殻房、稲わら、麦わら、竹、笹、などの草本系バイオマス、あるいはシラカバ、ブナなどの樹木、廃建材などの木質系バイオマスを挙げることができる。セルロース含有バイオマスは糖から構成されるセルロースおよびヘミセルロースの他に、芳香族高分子であるリグニンなどを含有しているため、前処理を施すことにより酵素による加水分解効率を向上させることができる。セルロース含有バイオマスの前処理方法としては、酸処理、硫酸処理、希硫酸処理、酢酸処理、アルカリ処理、苛性ソーダ処理、アンモニア処理、水熱処理、亜臨界水処理、微粉砕処理、蒸煮処理が挙げられるが、後述の工程(2)で幅広い酵素成分を効率よく回収するという観点においては希硫酸処理が好ましい。
【0013】
本発明ではセルロース含有バイオマスの加水分解のために糸状菌由来セルラーゼを使用する。糸状菌としては、トリコデルマ属(Trichoderma)、アスペルギルス属(Aspergillus)、セルロモナス属(Cellulomonas)、クロストリジウム属(Chlostridium)、ストレプトマイセス属(Streptomyces)、フミコラ属(Humicola)、アクレモニウム属(Acremonium)、イルペックス属(Irpex)、ムコール属(Mucor)、タラロマイセス属(Talaromyces)、などの微生物を挙げることができる。また、これら微生物に変異剤あるいは紫外線照射などで変異処理を施すことによりセルラーゼ生産性が向上した変異株由来のセルラーゼであってもよい。
【0014】
糸状菌由来セルラーゼは、セロビオハイドラーゼ、エンドグルカナーゼ、エキソグルカナーゼ、β−グルコシダーゼ、キシラナーゼ、β−キシロシダーゼ、キシログルカナーゼなどの複数の酵素成分を含む、セルロースおよび/またはヘミセルロースを加水分解して糖化する活性を有する酵素組成物である。糸状菌由来セルラーゼにはこうした複数の酵素成分が含まれるため、その協奏効果あるいは補完効果により効率的なセルロースおよび/またはヘミセルロースの加水分解を実施することができるため、本発明において好ましく使用される。
【0015】
セルラーゼとは、セルロースを加水分解する酵素群の総称である。具体的には、セロビオハイドラーゼ、エンドグルカナーゼ、エキソグルカナーゼ、β−グルコシダーゼなどを例示することができる。
【0016】
セロビオハイドラーゼとは、セルロースの還元末端または非還元末端から持続的加水分解を開始し、セロビオースを放出する酵素の総称であり、EC番号:EC3.2.1.91としてセロビオハイドラーゼに帰属される酵素群が記載されている。
【0017】
エンドグルカナーゼとは、セルロース分子鎖の中央部分から加水分解することを特徴とする酵素の総称であり、EC番号:EC3.2.1.4としてエンドグルカナーゼに帰属される酵素群が記載されている。
【0018】
エキソグルカナーゼとは、セルロース分子鎖の末端から加水分解することを特徴とする酵素の総称であり、EC番号:EC3.2.1.74としてエキソグルカナーゼに帰属される酵素群が記載されている。
【0019】
β−グルコシダーゼとは、セロオリゴ糖あるいはセロビオースに作用することをと特徴とする酵素の総称であり、EC番号:EC3.2.1.21としてβ−グルコシダーゼに帰属する酵素群が記載されている。
【0020】
キシラナーゼとは、ヘミセルロースあるいは特にキシランに作用することを特徴とする酵素の総称であり、EC番号:EC3.2.1.8としてキシラナーゼに帰属される酵素群が記載されている。
【0021】
β−キシロシダーゼとは、キシロオリゴ糖に作用することを特徴とする酵素の総称であり、EC番号:EC3.2.1.37としてキシロシダーゼに帰属される酵素群が記載されている。
【0022】
キシログルカナーゼとは、ヘミセルロースあるいは特にキシログルカンに作用することを特徴とする酵素の総称であり、EC番号:EC3.2.1.4またはEC3.2.1.151としてキシログルカナーゼに帰属される酵素群が記載されている。
【0023】
こうしたセルラーゼ成分は、ゲル濾過、イオン交換、二次元電気泳動などの公知手法により分離し、分離した成分のアミノ酸配列(N末端分析、C末端分析、質量分析)を行い、データベースとの比較により同定することができる。
【0024】
また、糸状菌由来セルラーゼの酵素活性は、アビセル分解活性、カルボキシメチルセルロース(CMC)分解活性、セロビオース分解活性、キシラン分解活性、マンナン分解活性などといった多糖の加水分解活性によって評価することができる。アビセル分解活性を示す主たる酵素は、セルロース末端部分から加水分解する特徴を有するセロビオハイドラーゼあるいはエキソグルカナーゼである。セロビオース分解活性を示す主たる酵素は、β−グルコシダーゼである。CMC分解活性に関与する主たる酵素は、セロビオハイドラーゼ、エキソグルカナーゼ、エンドグルカナーゼである。キシラン分解活性を示す主たる酵素はキシラナーゼ、β−キシロシダーゼである。ここで“主たる”という意味は、最も分解に関与することが知られていることからの表現であり、これ以外の酵素成分もその分解に関与していることを意味している。
【0025】
糸状菌は、培養液中にセルラーゼを産生するため、その培養液を粗酵素剤としてそのまま使用してもよいし、公知の方法で酵素群を精製し、製剤化したものを糸状菌由来セルラーゼ混合物として使用してもよい。糸状菌由来セルラーゼを精製し、製剤化したものとして使用する場合、プロテアーゼ阻害剤、分散剤、溶解促進剤、安定化剤など、酵素以外の物質を添加したものをセルラーゼ製剤として使用してもよい。なお、本発明ではこれらの中でも粗酵素物が好ましく使用される。粗酵素物は、トリコデルマ属の微生物がセルラーゼを産生するよう調製した培地中で、任意の期間該微生物を培養した培養上清に由来する。使用する培地成分は特に限定されないが、セルラーゼの産生を促進するためにセルロースを添加した培地が一般的に使用できる。そして、粗酵素物として、培養液をそのまま、あるいはトリコデルマ菌体を除去したのみの培養上清が好ましく使用される。
【0026】
粗酵素物中の各酵素成分の重量比は特に限定されるものではないが、例えば、トリコデルマ・リーセイ由来の培養液には、50〜95重量%のセロビオハイドラーゼが含まれており、残りの成分にエンドグルカナーゼ、β−グルコシダーゼなどが含まれている。また、トリコデルマ属の微生物は、強力なセルラーゼ成分を培養液中に生産する一方で、β−グルコシダーゼに関しては、細胞内あるいは細胞表層に保持しているため培養液中のβ−グルコシダーゼ活性は低い。そこで、粗酵素物に、さらに異種または同種のβ−グルコシダーゼを添加してもよい。異種のβ−グルコシダーゼとしては、アスペルギルス属由来のβ−グルコシダーゼが好ましく使用できる。アスペルギルス属由来のβ−グルコシダーゼとして、ノボザイム社より市販されているNovozyme188などを例示することができる。また、トリコデルマ属の微生物に遺伝子を導入し、その培養液中に産生されるよう遺伝子組み換えされたトリコデルマ属の微生物を培養し、β−グルコシダーゼ活性の向上した培養液を用いてもよい。
【0027】
糸状菌の中でもトリコデルマ属は、セルロースの加水分解において比活性の高い酵素成分を培養液中に大量に生産するため本発明において好ましく使用することができる。トリコデルマ属由来セルラーゼの具体例としては、トリコデルマ・リーセイQM9414(Trichoderma reesei QM9414)、トリコデルマ・リーセイQM9123(Trichoderma reesei QM9123)、トリコデルマ・リーセイRutC−30(Trichoderma reesei RutC−30)、トリコデルマ・リーセイPC3−7(Trichoderma reesei PC3−7)、トリコデルマ・リーセイCL−847(Trichoderma reesei CL−847)、トリコデルマ・リーセイMCG77(Trichoderma reesei MCG77)、トリコデルマ・リーセイMCG80(Trichoderma reesei MCG80)、トリコデルマ・ビリデQM9123(Trichoderma viride QM9123)由来のセルラーゼが挙げられるが、中でもトリコデルマ・リーセイ由来セルラーゼがより好ましい。
【0028】
本発明では、前述セルロース含有バイオマスに糸状菌由来セルラーゼを添加して加水分解を行う。加水分解反応の温度は、40〜60℃の範囲であることが好ましく、特にトリコデルマ属由来セルラーゼを使用する場合、45〜55℃の範囲であることがより好ましい。加水分解反応の時間は、2時間〜200時間の範囲であることが好ましい。2時間未満であると、十分な糖生成が得られず好ましくない。一方で、200時間を超えると酵素活性が低下し、回収酵素の再利用性に悪影響を及ぼすため好ましくない。加水分解反応のpHは、4.0〜6.0の範囲であることが好ましい。また、糸状菌由来セルラーゼとしてトリコデルマ属由来セルラーゼを使用する場合、その反応最適pHは5.0である。さらに、加水分解の過程でpHの変化が起きるため、反応液に緩衝液を添加する、あるいは酸やアルカリを用いて一定pHを保持しながら実施することが好ましい。
【0029】
前述の加水分解によって得られた加水分解物は、固液分離することで、糖液および加水分解残渣に分離することができる。固液分離の方法としては、遠心分離、プレス濾過が挙げられるが、本発明においてはプレス濾過により固形分を回収することが好ましい。
【0030】
固液分離としてのプレス濾過が好ましい理由として、1)糖溶液の回収率が優れる点、2)澄明な濾液を得られる点、が挙げられる。固液分離の際に固形物側に残った糖は、残渣を洗浄する際の加水量を増加させることでその回収率を上げることができる。ただし、加水量が増えると、糖溶液の糖濃度が低くなるため好ましくない。したがって、極力水の使用量を抑えつつ、高い糖回収率を得るという観点で、固液分離を行うための装置は1回の固液分離でより多くの糖溶液を回収できるプレス濾過であることが好ましい。また、本発明では固液分離で得られた糖溶液および残渣の洗浄液を限外濾過膜に通じて酵素成分の回収を行うため、この限外濾過膜に通じる液として、固形分あるいは微粒子成分の少ないことが膜ファウリングの観点で好ましい。プレス濾過の場合、固形分あるいは微粒子成分が少ないため、本発明で好ましく使用することができる。
【0031】
また工程(1)で得た糖液は、さらに糖濃度を高める濃縮処理を行ってもよい。濃縮処理は、蒸発濃縮、減圧濃縮、膜濃縮などを例示することができるが、エネルギー使用量が少なく、糖液に含まれる発酵阻害物質を分離することが可能なWO2010/067785号に記載される方法で、糖成分が濃縮された濃縮糖液を得ることができる。
【0032】
[工程(2)]
前記工程(1)で得られた加水分解残渣には比較的大量の糸状菌由来セルラーゼが吸着した状態にあり、工程(2)において、加水分解残渣をアルカリ水溶液および無機塩水溶液を用いて独立して洗浄することにより、吸着したセルラーゼ成分を洗浄液に溶解させて回収を行う。
【0033】
本発明で用いるアルカリ水溶液とは、pHが7を超えるものであれば特に限定されないが、pH7.5〜10.0の範囲のものを好ましく用いることができる。pHが10.0よりも高いと洗浄中にセルラーゼが失活することがあり、一方、pHが7.5よりも低いと十分な酵素回収率が得られないことがある。
【0034】
アルカリ水溶液はアルカリを水に溶解して調製することができる。アルカリとは、水に溶解した際に7よりも高いpHを示す物質であれば特に限定されないが、アルカリ金属あるいはアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア、アミン、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ金属のリン酸塩から選択される1種または2種以上を例示できる。特に、水によく溶け、少量で所望のpHに調整できるという観点から、より好ましいアルカリとして、アンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、リン酸三ナトリウムが例示され、また、本発明において最大の効果を得るという観点から、さらに好ましいアルカリとしてはアンモニアを例示することができる。
【0035】
アルカリ水溶液を用いて加水分解残渣の洗浄を行う際、洗浄中に加水分解残渣から抽出される成分によるpHの低下が起きるため、適宜アルカリを添加してpHを一定に保つことが望ましい。添加するアルカリは液体でも固体でもよいが、速やかにpH調整を行える液体を用いるほうが好ましい。
【0036】
アルカリ水溶液を用いた加水分解残渣の洗浄は、40℃以下の温度で行うことが好ましい。セルラーゼはアルカリ性条件下で不安定であり、40℃よりも高い温度で洗浄を行うと酵素が失活し、酵素の再利用性が低くなることがある。
【0037】
アルカリ水溶液を用いた加水分解残渣の洗浄時間は特に限定されないが、5〜180分の範囲であることが好ましい。5分未満であると、加水分解残渣に吸着したセルラーゼが十分に溶離しないことがあり、一方、洗浄時間が180分を超えるとセルラーゼが失活することがある。
【0038】
本発明での無機塩水溶液は特に限定されないが、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、硫酸塩、アンモニウム塩、塩酸塩、リン酸塩、硝酸塩から選択される1種または2種以上の水溶液を例示できる。より好ましい無機塩としては、水溶性の高い塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、硫酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、硫酸アンモニウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウムなどである。このうち最も好ましくは塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウムであり、こうした無機塩を添加することにより、特にキシラン分解活性に関わる酵素成分を多く回収することができる。
【0039】
水溶性無機塩の添加濃度は0.05〜5重量%の範囲が好ましい。0.05重量%未満であるとセルラーゼの回収効率が低いことがあり、また一方で5重量%を超えるとセルラーゼの失活が促進されることがあり、かつ経済的にも不利になる。また、洗浄の温度は特に限定されないが、40〜60℃の範囲で効率よくセルラーゼを回収できるため、この範囲が好ましい。
【0040】
本発明において、アルカリ水溶液を用いた洗浄と無機塩水溶液を用いた洗浄は独立して実施するが、どちらを先に実施してもよい。すなわち、加水分解残渣をアルカリ水溶液で洗浄し、第一の洗浄液としてアルカリ水溶液洗浄液を回収した後に、さらに加水分解残渣を無機塩水溶液で洗浄し、第二の洗浄液として無機塩水溶液洗浄液を回収してもよいし、あるいはその逆の順序でもよい。例えば、アルカリ水溶液、無機塩水溶液の順に洗浄を実施する場合、セロビオース分解活性に関与する成分を多く回収することができる。逆に無機塩水溶液、アルカリ水溶液の順に洗浄を実施する場合、キシラン分解活性に関与する成分を多く回収することができる。洗浄の順序によって回収される酵素成分が異なるのは、加水分解残渣に残ったアルカリまたは無機塩が次の洗浄物に持ち込まれるためである。より多く回収したい酵素成分に応じて最適な洗浄方法を定めることができる。なお、本発明の目的の一つは回収された酵素成分をセルロース含有バイオマスの加水分解に再利用することであり、セルロース含有バイオマスの最大の構成成分であるセルロースの分解に関与する結晶セルロース分解活性およびセロビオース分解活性をより多く回収できるという点で、本発明においてはアルカリ水溶液、無機塩水溶液の順に洗浄することが好ましい。
【0041】
加水分解残渣の洗浄における洗浄液の量は特に限定されないが、第一の洗浄においては洗浄時の固形物濃度が1〜20重量%の間になるよう添加することが好ましい。20重量%より固形物濃度が多い場合、酵素回収量の観点で効率的でなく、一方、1重量%より固形物濃度が少ない場合、液量が増えるため、後述工程(3)での限外濾過膜処理が効率的でない。
【0042】
第二の洗浄においては、洗浄液の液量は固形物濃度が1〜10重量%の間になるよう添加することが好ましい。10重量%より固形物濃度が高い場合、第一の洗浄に用いたアルカリあるいは無機塩の第二の洗浄への持ち込み量が多くなるため、第二の洗浄において溶離されるべき酵素成分が回収できない場合がある。例えば、アルカリ水溶液、無機塩水溶液の順に洗浄を行った場合、無機塩水溶液を用いた洗浄におけるpHは先のアルカリ水溶液による洗浄の影響を受けるため、無機塩水溶液による洗浄で回収すべきキシラン分解活性に関与する酵素成分が失活する可能性がある。一方、無機塩水溶液、アルカリ水溶液の順に洗浄を行った場合、アルカリ水溶液を用いた洗浄における塩濃度が高いとキシラン分解活性の回収率が低下する場合がある。また、逆に固形物濃度が1重量%より低い場合、第一の洗浄と同様に液量が増えるため、後述工程(3)での限外濾過膜処理が効率的でない。
【0043】
なお、上述のような第一の洗浄液の影響を回避するために、第一の洗浄物の固液分離を行った後に加水分解残渣を一旦水に浸漬し、加水分解残渣に残ったアルカリまたは無機塩を洗い流してもよい。この場合、第二の洗浄においても第一の洗浄と同様に洗浄液の添加量を20重量%まで減らすことができる。
【0044】
あるいは、アルカリ水溶液、無機塩水溶液の順に洗浄を実施する場合に限っては、無機塩水溶液による洗浄の際、適宜酸を添加してセルラーゼが安定なpHに調整してもよい。添加する酸は特に限定されないが、硫酸、塩酸、クエン酸、酢酸などを用いることができる。無機塩水溶液を用いた洗浄におけるpHが低いほどキシラン分解活性に関与する酵素成分が、逆にpHが高いほどセロビオース分解活性に関与する酵素成分が多く回収できるため、無機塩水溶液を用いた洗浄におけるpHはより多く回収したい酵素成分に応じて適宜設定することができる。
【0045】
[工程(3)]
本発明では、前述工程(2)のアルカリ水溶液洗浄液および無機塩水溶液洗浄液を逐次的、あるいは同時的に限外濾過膜に通じて濾過し、透過液として糖液を回収し、非透過液として糸状菌由来セルラーゼを回収することを特徴とする。
【0046】
本発明で使用する限外濾過膜の分画分子量は、単糖であるグルコース(分子量180)やキシロース(分子量150)を透過でき、糸状菌由来セルラーゼを阻止できる限外濾過膜であれば限定されない。具体的には分画分子量500〜50,000の範囲であればよく、酵素反応に阻害的作用を示す夾雑物質を酵素と分離するという観点から、より好ましくは分画分子量5,000〜50,000の範囲であり、さらに好ましくは分画分子量10,000〜30,000の範囲である。
【0047】
限外濾過膜の素材としては、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリスルホン(PS)、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリフッ化ビニルデン(PVDF)、再生セルロース、セルロース、セルロースエステル、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリエーテルスルホン、ポリオレフィン、ポリビニルアルコール、ポリメチルメタクリレート、ポリ4フッ化エチレンなどを使用することができるが、再生セルロース、セルロース、セルロースエステルはセルラーゼによる分解を受けるため、PES、PVDFなどの合成高分子を素材とした限外濾過膜を使用することが好ましい。
【0048】
限外濾過膜の濾過方式として、デッドエンド濾過、クロスフロー濾過があるが、膜ファウリング抑制の観点から、クロスフロー濾過であることが好ましい。また使用する限外濾過膜の膜形態としては、平膜型、スパイラル型、チューブラー型、中空糸型など適宜の形態のものが使用できる。具体的には、DESAL社のG−5タイプ、G−10タイプ、G−20タイプ、G−50タイプ、PWタイプ、HWSUFタイプ、KOCH社のHFM−180,HFM−183、HFM−251、HFM−300、HFK−131、HFK−328、MPT−U20、MPS−U20P、MPS−U20S、Synder社のSPE1、SPE3、SPE5、SPE10、SPE30、SPV5、SPV50、SOW30、旭化成株式会社製のマイクローザ(登録商標)UFシリーズの分画分子量3,000から10,000に相当するもの、日東電工株式会社製のNTR7410、NTR7450などが挙げられる。
【0049】
[装置]
本発明の糖液の製造方法を実施するための装置について説明するが、その装置形態は必ずしも以下に限定されるものではない。
【0050】
装置形態の一例として、図2に示されるような装置が例示される。工程(1)を実施するための装置として、加水分解槽2とプレス濾過装置8がある。加水分解槽2は保温設備(加水分解槽)1、セルロース含有バイオマス投入口3、攪拌装置(加水分解槽)4を備える。固液分離装置はプレス濾過装置8とコンプレッサー9からなる。加水分解槽2で得られたセルロース含有バイオマスの加水分解物は、加水分解物投入口14よりプレス濾過装置8に投入される。ここでコンプレッサー9による圧搾を行い、固液分離する。
【0051】
工程(2)を実施するための装置として、アルカリ水溶液供給槽6、無機塩水溶液供給槽20、および循環ライン10がある。
【0052】
まずアルカリ水溶液を用いた洗浄を行うための装置形態について説明する。加水分解残渣の洗浄に用いるアルカリ水溶液は、アルカリ水溶液供給槽6から供給され、洗浄液通水口15を通ってプレス濾過装置内へ送られる。その後、プレス濾過装置8から循環ライン10を通じて洗浄液を循環させることができる。アルカリ水溶液供給槽6は水供給ライン(アルカリ水溶液供給槽)5、洗浄液を所望の温度に調節する保温設備(アルカリ水溶液供給槽)7、洗浄液のpHを測定するpHセンサ16、洗浄液のpHに応じて濃アルカリを滴下し、洗浄液のpHを調整するための濃アルカリ供給槽17を備える。濃アルカリ供給槽17は攪拌装置(濃アルカリ供給槽)18を有する。
【0053】
次に無機塩水溶液を用いた洗浄を行うための装置形態について説明する。無機塩水溶液は、無機塩水溶液供給槽20から供給される。無機塩水溶液供給槽20は、洗浄液を所望の温度に調節する保温設備(無機塩水溶液供給槽)21、水供給ライン(無機塩水溶液供給槽)19、および攪拌装置(無機塩水溶液供給槽)22を備える。
【0054】
続いて、工程(3)を実施するための装置として、濾液回収タンク11および限外濾過装置12がある。工程(2)で得られた洗浄液は、濾液回収タンク11に保持され、限外濾過膜装置12で濾過され、セルラーゼと糖を分離することができる。回収されたセルラーゼは、セルラーゼ回収ライン13を通じて回収および/または再利用することができる。
【0055】
なお、図2の装置では、固液分離装置としてのプレス濾過装置8を用いて加水分解残渣の洗浄を実施するという単純な装置構成であり、装置コストを低く抑えることができる利点を有する。
【0056】
その他、加水分解残渣を固液分離装置から洗浄槽に移送し、洗浄槽で加水分解残渣の洗浄を行う装置形態などによっても本発明の糖液の製造方法を実施することができる。
【0057】
[糖液の用途]
本発明により得られた糖液を発酵原料として化学品を生産する能力を有する微生物を生育させることで、各種化学品を製造することができる。ここでいう発酵原料として微生物を生育させるとは、糖液に含まれる糖成分あるいはアミノ源を微生物の栄養素として利用し、微生物の増殖、生育維持を行うことを意味している。化学品の具体例としては、アルコール、有機酸、アミノ酸、核酸など発酵工業において大量生産されている物質を挙げることができる。こうした化学品は、糖液中の糖成分を炭素源として、その代謝の過程において生体内外に化学品として蓄積生産する。微生物によって生産可能な化学品の具体例として、エタノール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、グリセロールなどのアルコール、酢酸、乳酸、ピルビン酸、コハク酸、リンゴ酸、イタコン酸、クエン酸などの有機酸、イノシン、グアノシンなどのヌクレオシド、イノシン酸、グアニル酸などのヌクレオチド、カダベリンなどのアミン化合物を挙げることができる。さらに、本発明の糖液は、酵素、抗生物質、組換えタンパク質などの生産に適用することも可能である。こうした化学品の製造に使用する微生物に関しては、目的の化学品を効率的に生産可能な微生物であればよく、大腸菌、酵母、糸状菌、担子菌などの微生物を使用することができる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0059】
(参考例1)セルロース含有バイオマスの調製
1.セルロース含有バイオマスの希硫酸処理
セルロース含有バイオマス(コーンコブ)を硫酸1%水溶液に浸し、150℃で30分オートクレーブ(日東高圧製)にて処理した。処理後、固液分離を行い、硫酸水溶液(以下、希硫酸処理液)と硫酸処理セルロースに分離した。次に固形分濃度が10重量%となるように硫酸処理セルロースと希硫酸処理液とを攪拌混合した後、水酸化ナトリウムによって、pHを5付近に調整した。得られた希硫酸処理物を以下の実施例に使用した。
【0060】
2.セルロース含有バイオマスのアンモニア処理
セルロース含有バイオマス(エリアンサス)を小型反応器(耐圧硝子工業製、TVS−N2 30mL)に投入し、液体窒素で冷却した。この反応器にアンモニアガスを流入し、試料を完全に液体アンモニアに浸漬させた。リアクターの蓋を閉め、室温で15分ほど放置した。次いで、150℃のオイルバス中にて1時間処理した。処理後、反応器をオイルバスから取り出し、ドラフト中で直ちにアンモニアガスをリーク後、さらに真空ポンプで反応器内を10Paまで真空引きし乾燥させた。得られたアンモニア処理物を以下の実施例に使用した。
【0061】
(参考例2)糖濃度の測定
グルコース濃度の測定にはグルコースCII−テストワコー(和光純薬製)を、キシロース濃度の測定には、D−XYLOSE ASSAY KIT(Megazyme製)を用いた。
【0062】
(参考例3)トリコデルマ属由来セルラーゼの調製
トリコデルマ属由来セルラーゼは以下の方法で調製した。
【0063】
[前培養]
コーンスティープリカー5%(w/v)、グルコース2%(w/v)、酒石酸アンモニウム0.37%(w/v)、硫酸アンモニウム0.14%(w/v)、リン酸二水素カリウム0.14%(w/v)、塩化カルシウム二水和物0.03%(w/v)、硫酸マグネシウム七水和物0.03%(w/v)、塩化亜鉛0.02%(w/v)、塩化鉄(III)六水和物0.01%(w/v)、硫酸銅(II)後水和物0.004%(w/v)、塩化マンガン四水和物0.0008%(w/v)、ホウ酸0.0006%(w/v)、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物0.026%(w/v)となるよう蒸留水に溶解し、100mLを500mL容バッフル付き三角フラスコに入れ121℃で15分間オートクレーブ滅菌した。放冷後、これとは別にそれぞれ121℃で15分間オートクレーブ滅菌したPE−MとTween80をそれぞれ0.01%(w/v)となるよう添加した。この前培養培地にトリコデルマ・リーセイPC3−7を1×10個/mLになるよう植菌し、28℃、180rpmにて72時間振とう培養し、前培養液とした(振とう装置:TAITEC製 BIO−SHAKER BR−40LF)。
【0064】
[本培養]
コーンスティープリカー5%(w/v)、グルコース2%(w/v)、セルロース(アビセル)10%(w/v)、酒石酸アンモニウム0.37%(w/v)、硫酸アンモニウム0.14%(w/v)、リン酸二水素カリウム0.2%(w/v)、塩化カルシウム二水和物0.03%(w/v)、硫酸マグネシウム七水和物0.03%(w/v)、塩化亜鉛0.02%(w/v)、塩化鉄(III)六水和物0.01%(w/v)、硫酸銅(II)五水和物0.004%(w/v)、塩化マンガン四水和物0.0008%(w/v)、ホウ酸0.006%(w/v)、七モリブデン酸六アンモニウム四水和物0.0026%(w/v)となるよう蒸留水に溶解し、2.5Lを5L容ジャーファーメンター(ABLE製 DPC−2A)に入れ、121℃で15分間オートクレーブ滅菌した。放冷後、これとは別にそれぞれ121℃で15分間オートクレーブ滅菌したPE−MとTween80をそれぞれ0.01%(w/v)となるよう添加し、前記の方法にて得た前培養液を250mL接種した。その後、28℃、300rpm、通気量1vvmにて87時間培養を行った。得られた培養液をそのまま粗酵素液として以下実施例に使用した。
【0065】
(参考例4)セルラーゼ活性測定方法
セルラーゼ活性は、1)結晶セルロース分解活性、2)セロビオース分解活性、3)キシラン分解活性、の3種について以下の手順で測定評価した。
【0066】
1)結晶セルロース分解活性
50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)に、1重量%になるよう結晶セルロース(Cellulose microcrystarine、Merk製)を懸濁したものを基質溶液とした。500μLの基質溶液に酵素液5μLを添加し、50℃で回転混和しながら反応させた。反応時間は24時間で、反応後、チューブを遠心分離し、その上清成分のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度は、参考例2に記載の方法で測定した。上記反応系にて1分間に1μmolのグルコースを生成する酵素量を1Uと定義し、活性値(U/mL)を下記式に従って算出した。
結晶セルロース分解活性(U/mL)=グルコース濃度(g/L)×1000×505(μL)/(180.16×反応時間(分)×5(μL))。
【0067】
2)セロビオース分解活性
50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)に、15mMとなるようD(+)−セロビオース(和光純薬製)を溶解したものを基質溶液とした。500μLの基質溶液に酵素液5μLを添加し、50℃で回転混和しながら反応させた。反応時間は0.5時間を基本としたが、活性の高さに応じて適宜反応時間を設定した。反応後、チューブを遠心分離し、その上清成分のグルコース濃度を測定した。グルコース濃度は、参考例2に記載の方法で測定した。上記反応系にて1分間に1μmolのグルコースを生成する酵素量を1Uと定義し、活性値(U/mL)を下記式に従って算出した。
セロビオース分解活性(U/mL)=グルコース濃度(g/L)×1000×505(μL)/(180.16×反応時間(分)×5(μL))。
【0068】
3)キシラン分解活性
50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.2)に、1重量%になるようキシラン(Xylan from Birch wood、Fluka社製)を懸濁したものを基質溶液とした。分注した500μLの基質溶液に酵素液5μLを添加し、50℃で回転混和しながら反応させた。反応時間は4時間を基本としたが、活性の高さに応じて適宜反応時間を設定した。反応後、チューブを遠心分離し、その上清成分のキシロース濃度を測定した。キシロース濃度は、参考例2に記載の方法で測定した。上記反応系にて1分間に1μmolのキシロースを生成する酵素量を1Uと定義し、活性値(U/mL)を下記式に従って算出した。
キシラン分解活性(U/mL)=キシロース濃度(g/L)×1000×505(μL)/(150.13×反応時間(分)×5(μL))。
【0069】
(比較例1)残渣の1回洗浄による酵素の回収
比較例として、アルカリ水溶液または無機塩水溶液のどちらか一方のみを用いて加水分解残渣の洗浄を実施した場合の酵素回収量について以下に示す。
【0070】
(工程1:セルロース含有バイオマスの加水分解)
セルロース含有バイオマスの希硫酸処理物およびアンモニア処理物を各1gずつ、50mL遠沈管4本に秤量し、前処理バイオマスの終濃度が10%(w/w)となるよう超純水を加え、さらに希釈硫酸あるいは希釈水酸化ナトリウム水溶液を用いて本組成物のpHを4.0〜6.0の範囲に調整した。pHを調整した本組成物にトリコデルマ属由来セルラーゼ30mgを添加し、ハイブリダイゼーションローテーター(日伸理化製 SN−06BN)を用いて50℃で24時間回転混和した。得られた加水分解物を遠心分離(8,000G、10分間)にて固液分離し、糖液8gと加水分解残渣2gを得た。
【0071】
(工程2:アルカリ水溶液による加水分解残渣の洗浄)
工程1で得られた加水分解残渣のうち2つに総重量が10gとなるよう超純水を添加し、一方は希釈水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH9に調整した。もう一方は比較のためにアルカリを一切添加しなかった(pH無調整)。これらの洗浄物をハイブリダイゼーションローテーター(日伸理化製 SN−06BN)を用いて25℃で1時間回転混和した。その後、本洗浄物を遠心分離(8,000G、10分間)にて固液分離し、洗浄液8gと加水分解残渣2gを得た。
【0072】
(工程2’:無機塩水溶液による加水分解残渣の洗浄)
工程1で得られた加水分解残渣のうち2つに総重量が10gとなるよう2重量%の塩化ナトリウム水溶液を添加し、一方はpH無調整とした。もう一方は比較のために希釈苛性ソーダを用いてpH9に調整した。これらの洗浄物をハイブリダイゼーションローテーター(日伸理化製 SN−06BN)を用いて1時間回転混和した。pH9のものは25℃、pH無調整のものは50℃で洗浄した。その後、本洗浄物を遠心分離(8,000G、10分間)にて固液分離し、洗浄液8gと加水分解残渣2gを得た。
【0073】
(工程3:限外濾過)
工程1で得られた糖溶液と工程2または工程2’で得られた洗浄液を合一し、分画分子量10,000の限外濾過膜(Sartorius stedim biotech製 VIVASPIN 20 材質:PES)で濾過し、非透過側が1mL以下になるまで8,000Gにて遠心した。非透過液を超純水で10倍以上に希釈し、再度8,000Gにて遠心分離し、非透過液を回収酵素液とした。得られた回収酵素液を用い、参考例4に従って活性測定を行った(表1)。
【0074】
【表1】
【0075】
(比較例2)同種の洗浄液を用いた残渣の2回洗浄による酵素の回収
比較例1の工程2または工程2’において固液分離を行って得られた加水分解残渣に対し、第一の洗浄で用いたのと同じ洗浄液を加え、第二の洗浄を行った。糖溶液、第一の洗浄液、および第二の洗浄液全てを合一し、比較例1の工程3と同様の方法にて回収酵素液を得た。上記回収酵素液を用い、参考例4に従って活性測定を行った(表2)。
【0076】
【表2】
【0077】
(実施例1)異なる洗浄液の組み合わせ効果
比較例1の工程2および工程2’の両方を実施した場合の酵素回収量について以下に示す。具体的には、水酸化ナトリウム水溶液(pH9、25℃)で第一の洗浄を行った後に無機塩水溶液(2重量%塩化ナトリウム、50℃)で第二の洗浄を、あるいはその逆の順序で加水分解残渣の洗浄を行った。糖溶液および洗浄液から比較例1の工程3と同様の方法で回収酵素を得、参考例4に従って活性測定を行った。その結果を相対活性で表3および表4にまとめた。希硫酸処理物、アンモニア処理物のいずれを用いても、1回のみの洗浄あるいは同種の洗浄液を用いた2回の洗浄よりも、異なる洗浄液を用いて2回洗浄を行った場合により多くの酵素成分が回収され、特に希硫酸処理物を用いた場合に顕著な効果が得られた。また、水酸化ナトリウム水溶液、無機塩水溶液の順に用いて洗浄を実施した場合にはセロビオース分解活性が、無機塩水溶液、水酸化ナトリウム水溶液の順に用いて洗浄を実施した場合にはキシラン分解活性が多く回収されるという傾向が認められた。
【0078】
【表3】
【0079】
【表4】
【0080】
(実施例2)第一の洗浄に使用するアルカリの種類と回収酵素量の関係
実施例1(希硫酸処理物)において、第一の洗浄液のアルカリとして水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸三ナトリウムを使用し、それぞれpH9に調整後25℃で1時間洗浄を行い、さらに第二の洗浄液として2重量%塩化ナトリウム水溶液を添加して50℃で1時間洗浄を行った。その他は比較例1の工程3と同様の方法で得られた回収酵素液を用い、参考例4に従って活性測定を行った。pH無調整で第一の洗浄のみを行った条件で回収した酵素の活性を基準(活性=1.0)として、相対活性で結果を表5に記した。第一の洗浄液のアルカリとして水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸三ナトリウムのいずれを用いた場合にも、第一の洗浄にアルカリを使用しない場合に比べより多くの酵素成分を回収することができた。中でもアンモニアを使用した場合に結晶セルロース分解活性に関与する酵素成分を最も多く回収することができた。
【0081】
【表5】
【0082】
(実施例3)洗浄pHの影響(水酸化ナトリウムによる第一の洗浄)
実施例1(アンモニア処理物)において、第一の洗浄液のアルカリとして水酸化ナトリウムを使用してpHを7.5〜12.0に調整し、25℃で1時間洗浄を行った後、第二の洗浄液として2重量%塩化ナトリウム水溶液を添加して50℃で1時間洗浄を行った。比較例1の工程3と同様の方法で得られた回収酵素液を用い、参考例4に従って活性測定を行った。pH無調整で第一の洗浄を行い、その他は同様に第二の洗浄を行った条件で回収した酵素の活性を基準(活性=1.0)として、相対活性で結果を表6に記した。
【0083】
【表6】
【0084】
pH7.5〜10.0の範囲においてpH無調整の場合よりもより多くの酵素を回収することができた。また、第一の洗浄におけるpHが低い場合にはキシラン分解活性が、pHが高い場合には結晶セルロースおよびセロビオース分解活性が多く回収された。
【0085】
(実施例4)洗浄pHの影響(アンモニアによる第一の洗浄)
実施例3において、セルロース含有バイオマスとして希硫酸処理物を用い、第一の洗浄液のアルカリとしてアンモニアを使用した。その他は実施例3と同様の方法で第二の洗浄を実施し、回収酵素液を得た。得られた回収酵素液について、参考例4に従って活性測定を行った。pH無調整で第一の洗浄を行い、その他は同様に第二の洗浄を行った条件で回収した酵素の活性を基準(活性=1.0)として、相対活性で結果を表7に記した。第一の洗浄液のアルカリとしてアンモニアを使用した場合にも、水酸化ナトリウムを使用した場合と同様にpH7.5〜10.0の範囲においてpH無調整の場合よりもより多くの酵素を回収することができた。
【0086】
【表7】
【0087】
(実施例5)洗浄pHと温度の関係
実施例3および実施例4において、第一の洗浄を25〜50℃の範囲で行った。その後、第二の洗浄液として2重量%塩化ナトリウム水溶液を添加して50℃で1時間洗浄を行い、比較例1の工程3と同様の方法で得られた回収酵素液を用いて参考例4に従って活性測定を行った。それぞれのpHにおいて、第一の洗浄を25℃で行った条件を基準(活性=1.0)として、第一の洗浄のアルカリとして水酸化ナトリウムを用いた結果を表8、アンモニアを用いた結果を表9に相対活性で記した。
【0088】
【表8】
【0089】
【表9】
【0090】
第一の洗浄液のアルカリとして水酸化ナトリウム、アンモニアのどちらを用いた場合にも、アルカリ水溶液による洗浄の温度が40℃を超えるとセルラーゼの失活が認められ、pH7.5〜10.0の範囲において酵素回収量が高いのはいずれも40℃以下であった。
【0091】
(実施例6)無機塩の種類と回収酵素量の関係
希硫酸処理物を使用し、実施例1と同様の方法で第一の洗浄におけるアルカリとして水酸化ナトリウムを用い、pH9、25℃にて一時間洗浄を行い、第一の洗浄液としてアルカリ水溶液洗浄液を回収した。その後、無機塩水溶液を用いた第二の洗浄を行い、第二の洗浄液として無機塩水溶液洗浄液を回収した。ただし、無機塩として塩化ナトリウムの他、塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウムをそれぞれ用いた。無機塩水溶液の濃度は実施例1と同様に2重量%、洗浄条件は50℃、1時間とした。糖溶液、第一の洗浄液、および第二の洗浄液全てを合一し、比較例1の工程3と同様の方法にて回収酵素液を得た。上記回収酵素液を用い、参考例4に従って活性測定を行った。それぞれの条件において、塩化ナトリウム水溶液を用いて第二の洗浄を行ったものを基準(活性=1.0)として表10に記した。
【0092】
【表10】
【0093】
塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸アンモニウムを用いて第二の洗浄を行った場合の回収酵素量は、塩化ナトリウムを用いた場合と同等もしくはそれ以上だった。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明で得られる糖液は、種々の発酵産物の糖原料として使用することができる。
【符号の説明】
【0095】
1 保温設備(加水分解槽)
2 加水分解槽
3 セルロース含有バイオマス投入口
4 攪拌装置(加水分解槽)
5 水供給ライン(アルカリ水溶液供給槽)
6 アルカリ水溶液供給槽
7 保温設備(アルカリ水溶液供給槽)
8 プレス濾過装置
9 コンプレッサー
10 循環ライン
11 濾液回収タンク
12 限外濾過膜装置
13 セルラーゼ回収ライン
14 加水分解物投入口
15 洗浄液通水口
16 pHセンサ
17 濃アルカリ供給槽
18 攪拌装置2(濃アルカリ供給槽)
19 水供給ライン2(無機塩水溶液供給槽)
20 無機塩水溶液供給槽
21 保温設備3(無機塩水溶液供給槽)
22 攪拌装置3(無機塩水溶液供給槽)
図1
図2