(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6245139
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】耐スケール剥離性に優れた耐サワー溶接鋼管用厚鋼板、およびその製造方法、ならびに溶接鋼管
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20171204BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20171204BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20171204BHJP
B21B 1/38 20060101ALI20171204BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/58
C21D8/02 B
B21B1/38 A
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-215084(P2014-215084)
(22)【出願日】2014年10月22日
(65)【公開番号】特開2016-79492(P2016-79492A)
(43)【公開日】2016年5月16日
【審査請求日】2016年5月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】谷澤 彰彦
(72)【発明者】
【氏名】長尾 亮
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 進典
(72)【発明者】
【氏名】岡田 克己
(72)【発明者】
【氏名】近藤 丈
【審査官】
相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−139630(JP,A)
【文献】
国際公開第2014/010150(WO,A1)
【文献】
特開2013−237101(JP,A)
【文献】
特開平09−271806(JP,A)
【文献】
特開2008−095155(JP,A)
【文献】
特開2013−082979(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00− 8/10
B21B 1/00−11/00
B21B 47/00−99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02〜0.08質量%、Si:0.45質量%以下、Mn:1.00〜1.70質量%、Al:0.001〜0.060質量%、Ca:0.0010〜0.0060質量%を含有し、さらにCu:0.50質量%以下、Ni:1.00質量%以下、Cr:0.50質量%以下、Mo:0.50質量%以下、Nb:0.06質量%以下、V:0.10質量%以下、Ti:0.03質量%以下、B:0.0030質量%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ下記の(1)式で算出されるPcm値が0.110以上、(2)式で算出されるPHIC値が0.95以下、(3)式で算出されるACRM値が0以上、(4)式で算出されるカルシウム含有量と酸素含有量の比が2.5以下である組成を有し、ベイナイト相が面積率で95%以上である組織を有し、表面に生成したスケールの平均厚さが10μm超えかつ40μm以下で、スケール剥離性をJIS規格K5600-5-6で規定されるクロスカット法で評価した平均等級が2以下であることを特徴とする耐スケール剥離性に優れた耐サワー溶接鋼管用厚鋼板。
Pcm=[%C]+([%Si]/30)+([%Mn]/20)+([%Cu]/20)+([%Ni]/60)+([%Cr]/20)+([%Mo]/15)+([%V]/10)+5[%B] ・・・(1)
PHIC=4.46[%C]+(2.37[%Mn]/6)+(1.74[%Cu]+1.7[%Ni])/15+(1.18[%Cr]+1.95[%Mo]+1.74[%V] )/5+22.36[%P] ・・・(2)
ACRM=〔[%Ca]−(1.23[%O]−0.000365)〕/(1.25[%S]) ・・・(3)
カルシウム含有量と酸素含有量の比=[%Ca]/[%O] ・・・(4)
ここで、[%C]、[%Si]、[%Mn]、[%Cu]、[%Ni]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%B]、[%P]、[%Ca]、[%O]、[%S]は、それぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、B、P、Ca、O、Sの含有量(質量%)を表わし、含有しない場合はゼロとする。
【請求項2】
請求項1に記載の組成を有する鋼スラブを1000〜1250℃に加熱し、該鋼スラブに高圧水を噴射して両面のスケールを除去するデスケーリングを行なった後、パス数Nの熱間圧延を行ない、該熱間圧延の第(N−4)パスから最終第Nパスまでの間で圧延パス中に前記デスケーリングを2回以上行なうとともに、下記の(5)式で算出されるFT値以下かつAr3点以上の温度で前記熱間圧延を終了し、引き続き前記Ar3点以上の温度から600℃未満まで冷却速度10℃/秒以上で加速冷却を行ない、該加速冷却を停止した後、空冷することを特徴とする耐スケール剥離性に優れた、ベイナイト相が面積率で95%以上である組織を有し、表面に生成したスケールの平均厚さが10μm超えかつ40μm以下で、スケール剥離性をJIS規格K5600-5-6で規定されるクロスカット法で評価した平均等級が2以下である耐サワー溶接鋼管用厚鋼板の製造方法。
FT=845−〔500/3〕×〔(1.5[%Si]−2[%Cu]−2[%Ni]−[%Cr])〕 ・・・(5)
ここで、[%Si]、[%Cu]、[%Ni]、[%Cr]は、それぞれSi、Cu、Ni、Crの含有量(質量%)を表わし、含有しない場合はゼロとする。
また、Nは5以上の整数である。
【請求項3】
請求項1に記載の厚鋼板からなることを特徴とする溶接鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐HIC性と耐SSC性が要求される天然ガスや石油等を輸送するラインパイプ、あるいは石油精製プラント等に設置されるプロセス配管として用いられる溶接鋼管の好適な素材となる厚鋼板、およびその製造方法、ならびに、その厚鋼板からなる溶接鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
天然ガスや石油等を輸送するラインパイプ、あるいは石油精製プラント等の各種プラントに設置されるプロセス配管に用いられる溶接鋼管は、UOE、プレスベンド、3ロールベンド等の様々な方法で厚鋼板を成形し、直線状のシーム(いわゆるストレートシーム)を溶接して製造される。これらのストレートシームの溶接鋼管は、厚鋼板の表面に生成したスケールを除去(以下、デスケーリングという)せずに成形する。ところが、厚鋼板は表面に生成したスケールが剥離し易いので、デスケーリングを行なわずに成形すると、厚鋼板の変形によってスケールが剥離し、
(a)そのスケールが厚鋼板に押し付けられて、表面疵(たとえば押し込み疵等)が発生する、
(b)スケール上に印字したマーキングが消失する、
(c)シームを溶接する際にスケールを巻き込んで溶接欠陥(たとえばブロー等)が発生する
という問題が発生する。
【0003】
そこで、これらの問題を解消するために、
(x)厚鋼板の成形過程で剥離したスケールを除去する、
(y)マーキングに頼らないトラッキングを可能にするトレーサビリティシステムを構築する、
(z)成形した厚鋼板を、溶接する前に洗浄する
等の技術が検討されている。しかし、いずれも溶接鋼管の製造コストの著しい増加や生産性の大幅な低下を招く。
【0004】
したがって、溶接鋼管の製造コストの増加や生産性の低下を抑えながら、スケールを剥離し難くする(以下、耐スケール剥離性を向上する、ともいう)ことにより、上記の(a)〜(c)の問題を解消する技術が求められている。
【0005】
一方で、湿潤硫化水素環境に曝される可能性のあるラインパイプやプロセス配管には、耐HIC性と耐SSC性を兼ね備えた特性(以下、耐サワー性という)が要求される。したがって、それらの用途に用いられる溶接鋼管(以下、耐サワー溶接鋼管という)の素材となる厚鋼板の製造過程にて、熱間圧延の後に行なう加速冷却の開始温度や冷却速度を調整することによって適正なミクロ組織を形成して、耐サワー性を高める必要がある。
【0006】
しかし加速冷却を行なうことによって、厚鋼板の耐スケール剥離性は劣化する(すなわちスケールが剥離し易くなる)という傾向が認められる。そこで、耐スケール剥離性と耐サワー性を両立させる技術が検討されている。
【0007】
たとえば特許文献1には、Siを0.50質量%以上添加することによって、厚鋼板からスケールが剥離するのを防止する技術が開示されている。しかし、この技術では、Siが溶接熱影響部における島状マルテンサイトの生成を助長する。その結果、得られた溶接鋼管は、ラインパイプやプロセス配管として必ずしも好適なものではない。
【0008】
特許文献2、3には、総圧延時間に占める冷却時間の割合を増やして、スケールを薄くすることによって、スケール中のFe
3O
4の比率を高くし、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、厚鋼板の表面温度が過度に低下するので、表層にフェライト相が生成し易くなる。その結果、厚鋼板の耐サワー性(とりわけ耐HIC性)の大幅な向上は期待できない。
【0009】
特許文献4には、熱間圧延の前に無酸化加熱炉で加熱して、スケールの生成を抑制する技術、およびショットブラストを用いてデスケーリングを行なう技術が開示されている。しかし、この技術は、無酸化加熱炉やショットブラストを経て厚鋼板を製造するので、その製造工程が複雑になり、その結果、製造コストの増加や生産性の低下を招く。
【0010】
特許文献5には、デスケーリングの条件を最適化し、厚鋼板の表面粗さを調整することによって、剥離し難い黒色のスケールを生成させる技術が開示されている。しかし、この技術では、溶接鋼管の成形のような厳しい曲げ加工にて、良好な耐スケール剥離性を得るのは困難である。
【0011】
特許文献6には、スケールの色調を調整することによって、剥離し難くする技術が開示されている。しかし、この技術では、溶接鋼管の成形のような厳しい曲げ加工にて、良好な耐スケール剥離性を得るのは困難である。
【0012】
特許文献7には、熱間圧延の前の加熱、および熱間圧延の後の冷却を適正に行なうことによって、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、徐冷を行なう必要があるので、生産性の低下を招く。また、加速冷却を行なって高強度材を製造する場合に、その加速冷却を停止した後で、徐冷を適正な条件で行なうことが難しくなり、その結果、良好な耐スケール剥離性を得るのが困難になる。
【0013】
特許文献8には、熱間圧延が終了した後、直ちに加速冷却を開始して、所定の温度で加速冷却を停止することで、剥離し難いスケールを生成させる技術が開示されている。しかし、この技術では、加速冷却を停止する温度が高いので、ミクロ組織が不均一となり、良好な耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を得るのが困難になる。
【0014】
特許文献9には、熱間圧延が終了した後、直ちに溶融塩を噴射して厚鋼板を冷却することで、スケールの厚さのばらつきを抑えて、スケール中のFe
3O
4の比率を高くし、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、溶融塩を噴射するための機器を設置する必要があるので、製造コストの増加を招く。
【0015】
特許文献10には、熱間圧延における圧延終了温度、冷却の条件、デスケーリングの条件を適正化して、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、圧延終了温度が低いので、表層にフェライト相が生成し易くなり、良好な耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を確保できない。
【0016】
特許文献11には、熱間圧延における1パスあたりの圧下率、圧延終了温度、デスケーリングの条件を適正化して、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、圧延終了温度が低いので、表層にフェライト相が生成し易くなり、良好な耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を得るのが困難になる。
【0017】
特許文献12には、熱間圧延が終了した後、保熱炉に装入して、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、保熱炉を経て厚鋼板を製造するので、その製造工程が複雑になり、その結果、製造コストの増加や生産性の低下を招く。
【0018】
特許文献13には、熱間圧延における圧下率、圧延終了温度、冷却の条件を適正化して、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、徐冷を行なう必要があるので、生産性の低下を招く。また、加速冷却を行なって高強度材を製造する場合に、その加速冷却を停止した後で、徐冷を適正な条件で行なうことが難しくなり、その結果、良好な耐スケール剥離性を得るのが困難になる。
【0019】
特許文献14には、熱間圧延の前に加熱に先立って、予めデスケーリングを行ない、さらに酸化防止剤を塗布することによって、スケールの生成を抑制する技術が開示されている。しかし、この技術では、酸化防止剤を塗布するための機器を設置する必要があるので、製造コストの増加を招く。
【0020】
特許文献15には、熱間圧延におけるデスケーリングと冷却の条件を最適化して、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、徐冷を行なう必要があるので、生産性の低下を招く。また、加速冷却を行なって高強度材を製造する場合に、その加速冷却を停止した後で、徐冷を適正な条件で行なうことが難しくなり、その結果、良好な耐スケール剥離性を得るのが困難になる。
【0021】
特許文献16では、熱間圧延の前の加熱の条件、および熱間圧延における圧下と加速冷却の条件を最適化して、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、加速冷却を停止する温度が高いので、ミクロ組織が不均一となり、良好な耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を得るのが困難になる。
【0022】
特許文献17では、熱間圧延の前の加熱の条件、および熱間圧延における圧下と加速冷却の条件を最適化して、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、溶接鋼管の成形のような厳しい曲げ加工にて、良好な耐スケール剥離性を得るのは困難である。
【0023】
特許文献18には、熱間圧延が終了した後、冷却と復熱の熱サイクルを2回以上繰り返すことによって、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、熱サイクルを経て厚鋼板を製造するので、その製造工程が複雑になり、その結果、製造コストの増加や生産性の低下を招く。
【0024】
特許文献19には、熱間圧延が終了した後、デスケーリングを行ない、さらに加速冷却を行なうことによって、スケールの生成を抑制する技術が開示されている。しかし、この技術では、熱間圧延と加速冷却の間でデスケーリングを行なうための機器を設置する必要があるので、製造コストの増加を招く。
【0025】
特許文献20には、スケールの平均厚さ、そのスケールと厚鋼板との間に生成するサブスケール層の厚さ、およびサブスケール層のCu濃度とNi濃度を適正化することによって、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、加速冷却を行なわないので、表層にフェライト相が生成し易くなり、良好な耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を得るのが困難になる。また、加速冷却を行なわない故に、高強度材を製造するのは困難である。
【0026】
特許文献21には、スケールの厚さと空孔率、およびスケールと厚鋼板との間の界面剥離率を低減することによって、スケールを厚鋼板に密着させる技術が開示されている。しかし、この技術では、空孔率や界面剥離率を調整するための機器を設置する必要があるので、製造コストの増加を招く。
【0027】
つまり、製造コストの増加や生産性の低下を抑えながら、優れた耐スケール剥離性と耐サワー性を兼ね備えた厚鋼板を得る技術は、未だ確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0028】
【特許文献1】特開平5-39523号公報
【特許文献2】特開平5-195055号公報
【特許文献3】特開平6-73504号公報
【特許文献4】特開平6-262243号公報
【特許文献5】特開平7-252593号公報
【特許文献6】特開平9-87799号公報
【特許文献7】特開平9-209036号公報
【特許文献8】特開平9-239428号公報
【特許文献9】特開平9-271806号公報
【特許文献10】特開平9-272917号公報
【特許文献11】特開平9-272918号公報
【特許文献12】特開平11-117018号公報
【特許文献13】特開平11-277105号公報
【特許文献14】特開2000-290727号公報
【特許文献15】特開2003-231918号公報
【特許文献16】特開2004-204346号公報
【特許文献17】特開2006-249469号公報
【特許文献18】特開2009-203532号公報
【特許文献19】特開2010-99725号公報
【特許文献20】特開2013-82979号公報
【特許文献21】特開2014-4610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
本発明は、従来の技術の問題点を解消し、優れた耐スケール剥離性と耐サワー性を兼ね備えた厚鋼板、およびその厚鋼板を低コストで効率良く生産する製造方法、ならびにその厚鋼板からなる溶接鋼管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0030】
本発明者は、耐サワー溶接鋼管の素材となる厚鋼板は、当然、耐サワー性が要求されることから、厚鋼板の耐サワー性を向上する技術について鋭意研究し、
(A)ミクロ組織を均一にすることが重要であり、Pcm値を0.11以上とする、
(B)中心偏析を軽減することが重要であり、PHIC値を0.95以下とする、
(C)中心偏析に起因するMnSの晶出を抑制することが重要であり、ACRM値を0以上とする、
(D)表層近傍のCa系クラスタの生成を抑制することが重要であり、カルシウム含有量と酸素含有量の比を2.5以下とする
ことが有効であるという知見を得た。
【0031】
また、耐スケール剥離性を向上する技術、特にストレートシームの耐サワー溶接鋼管の製造工程にて厚鋼板を成形する際のスケールの剥離を抑制する技術について、
(E)耐スケール剥離性を向上するためには、JIS規格K5600-5-6で規定されるクロスカット法でスケール剥離性を評価した平均等級を2以下とする、
(F)クロスカット法で評価した平均等級を2以下とするためには、圧延終了温度をAr3点〜FT値の範囲内で適正に制御する
ことが有効であるという知見を得た。
【0032】
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
【0033】
すなわち本発明は、C:0.02〜0.08質量%、Si:0.45質量%以下、Mn:1.00〜1.70質量%、Al:0.001〜0.060質量%、Ca:0.0010〜0.0060
質量%を含有し、さらにCu:0.50
質量%以下、Ni:1.00
質量%以下、Cr:0.50
質量%以下、Mo:0.50
質量%以下、Nb:0.06質量%以下、V:0.10質量%以下、Ti:0.03質量%以下、B:0.0030質量%以下の中から選ばれる1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ下記の(1)式で算出されるPcm値が0.110以上、(2)式で算出されるPHIC値が0.95以下、(3)式で算出されるACRM値が0以上、(4)式で算出されるカルシウム含有量と酸素含有量の比が2.5以下である組成を有し、ベイナイト相が面積率で95%以上である組織を有し、表面に生成したスケールの平均厚さが10μm超えかつ40μm以下で、スケール剥離性をJIS規格K5600-5-6で規定されるクロスカット法で評価した平均等級が2以下である耐スケール剥離性に優れた耐サワー溶接鋼管用厚鋼板である。
Pcm=[%C]+([%Si]/30)+([%Mn]/20)+([%Cu]/20)+([%Ni]/60)+([%Cr]/20)+([%Mo]/15)+([%V]/10)+5[%B] ・・・(1)
PHIC=4.46[%C]+(2.37[%Mn]/6)+(1.74[%Cu]+1.7[%Ni])/15+(1.18[%Cr]+1.95[%Mo]+1.74[%V])/5+22.36[%P] ・・・(2)
ACRM=〔[%Ca]−(1.23[%O]−0.000365)〕/(1.25[%S]) ・・・(3)
カルシウム含有量と酸素含有量の比=[%Ca]/[%O] ・・・(4)
ここで、[%C]、[%Si]、[%Mn]、[%Cu]、[%Ni]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%B]、[%P]、[%Ca]、[%O]、[%S]は、それぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、B、P、Ca、O、Sの含有量(質量%)を表わし、含有しない場合はゼロとする。
【0034】
また、本発明は、上記した組成を有する鋼スラブを1000〜1250℃に加熱し、鋼スラブに高圧水を噴射して両面のスケールを除去するデスケーリングを行なった後、パス数Nの熱間圧延を行ない、熱間圧延の第(N−4)パスから最終第Nパスまでの間で圧延パス中にデスケーリングを2回以上行なうとともに、下記の(5)式で算出されるFT値以下かつAr3点以上の温度で熱間圧延を終了し、引き続きAr3点以上の温度から600℃未満まで冷却速度10℃/秒以上で加速冷却を行ない、加速冷却を停止した後、空冷する耐スケール剥離性に優れた耐サワー溶接鋼管用厚鋼板の製造方法である。
FT=845−〔500/3〕×〔(1.5[%Si]−2[%Cu]−2[%Ni]−[%Cr])〕 ・・・(5)
ここで、[%Si]、[%Cu]、[%Ni]、[%Cr]は、それぞれSi、Cu、Ni、Crの含有量(質量%)を表わし、含有しない場合はゼロとする。
【0035】
また、Nは5以上の整数である。
【0036】
さらに、本発明は、上記の厚鋼板からなる溶接鋼管である。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、製造コストの増加や生産性の低下を抑えながら、優れた耐スケール剥離性と耐サワー性を兼ね備えた厚鋼板を得ることが可能となり、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0038】
まず、厚鋼板の成分について説明する。
【0039】
C:0.02〜0.08質量%
Cは、焼入れ性を高める作用を有し、厚鋼板の強度を確保するために重要な元素である。C含有量が0.02質量%未満では、この効果が得られない。一方、C含有量が0.08質量%を超えると、硬質な第2相(たとえばマルテンサイト相等)が多量に生成するので、厚鋼板の靭性が劣化する。したがって、Cは0.02〜0.08質量%の範囲内とする。好ましくは0.03〜0.06質量%である。
【0040】
Si:0.45質量%以下
Siは、厚鋼板の素材となる鋼スラブを溶製する過程で脱酸剤として添加される元素である。しかしSi含有量が多すぎると、厚鋼板の溶接によって溶接熱影響部(以下、HAZという)に島状マルテンサイトを生成して、HAZ靭性の劣化を招く。したがって、Siは0.45質量%以下とする。Siは、耐スケール剥離性を劣化させる作用を有する元素であるから、含有量は少ないほど望ましい。ただし、Si含有量を0.05質量%未満まで低減させるためには、鋼スラブの溶製に長時間を要するので、工業的な種々の問題(たとえば生産性の低下、製造コストの増加等)を引き起こす。したがって、0.05〜0.45質量%が好ましく、より好ましくは0.05〜0.35質量%である。
【0041】
Mn:1.00〜1.70質量%
Mnは、厚鋼板の強度と靭性を向上する作用を有する元素である。Mn含有量が少なすぎると、その効果が得られない。一方、Mn含有量が多すぎると、Mnが中央偏析部に濃化し、中央偏析部の硬さが増加して、厚鋼板の靭性が劣化する。また、厚鋼板の溶接によってHAZにMnSを生成して、HAZ靭性の劣化を招く。したがって、Mn含有量は1.00〜1.70質量%の範囲内とする。好ましくは1.00〜1.50質量%である。
【0042】
Al:0.001〜0.060質量%
Alは、厚鋼板の素材となる鋼スラブを溶製する過程で脱酸剤として添加される元素である。Al含有量が少なすぎると、その効果が得られない。一方、Al含有量が多すぎると、Al系介在物が生成し易くなり、耐サワー性が劣化する。したがって、Al含有量は0.001〜0.060質量%の範囲内とする。好ましくは0.010〜0.050質量%である。
【0043】
Ca:0.0010〜0.0060質量%
Caは、中央偏析部に生成する針状のMnSの形態を球状化して、厚鋼板やHAZの靭性を向上する作用を有する元素である。Ca含有量が少なすぎると、その効果が得られない。一方で、Ca含有量が多すぎると、Ca系酸硫化物(たとえばCaOS等)のクラスタが生成して、耐サワー性(とりわけ耐HIC性)の劣化を引き起こす。したがってCaを含有する場合は、0.0010〜0.0060質量%の範囲内とする。好ましくは0.0010〜0.0040質量%である。
【0044】
O:0.0030質量%以下
Oは、鋼中に不可避的に含まれる元素であり、通常AlやCaと結合した酸化物として存在している。Oが過剰に含まれると、これらAl、Ca系酸化物の鋼中含有量が多くなりすぎ、クラスタを形成して耐HIC性能を劣化させるため、Oの含有量を0.0030質量%以下とすることが好ましい。
【0045】
本発明に係る厚鋼板は、上記の成分に加えて、Cu、Ni、Cr、Mo、Nb、V、Ti、Bの中から選ばれる1種以上を含有する。
【0046】
Cu:0.50質量%以下
Cuは、厚鋼板の靭性を向上し、かつ耐スケール剥離性を向上する作用を有する元素である。しかしCu含有量が多すぎると、溶接性の劣化やHAZ靭性の劣化を招く。したがってCuを含有する場合は、0.50質量%以下とする。好ましくは0.35質量%以下であり、より好ましくは0.30質量%以下である。
【0047】
Ni:1.00質量%以下
Niは、厚鋼板の靭性と強度を向上し、かつ耐スケール剥離性を向上する作用を有する元素である。しかしNi含有量が多すぎると、連続鋳造にて鋼スラブに割れが生じるので、熱間圧延の前に表面の手入れを行なう必要があり、生産性の著しい低下を招く。したがってNiを含有する場合は、1.00質量%以下とする。好ましくは0.50質量%以下であり、より好ましくは0.30質量%以下である。
【0048】
Cr:0.50質量%以下
Crは、低Cの成分設計にて厚鋼板の強度を向上し、かつ耐スケール剥離性を向上する作用を有する元素である。しかしCr含有量が多すぎると、溶接性の劣化やHAZ靭性の劣化を招く。したがってCrを含有する場合は、0.50質量%以下とする。好ましくは0.45質量%以下であり、より好ましくは0.30質量%以下である。
【0049】
Mo:0.50質量%以下
Moは、厚鋼板の焼入れ性を高めて、強度を向上する作用を有する元素である。しかしMo含有量が0.50質量%を超えると、HAZ靭性の劣化を招く。したがってMoを含有する場合は、0.50質量%以下とする。好ましくは0.35質量%以下である。
【0050】
Nb:0.06質量%以下
Nbは、厚鋼板の組織を微細化して、靭性と強度を向上する作用を有する元素である。しかしNb含有量が多すぎると、HAZ靭性が著しく劣化する。したがってNbを含有する場合は、0.06質量%以下とする。好ましくは0.05質量%以下である。
【0051】
V:0.10質量%以下
Vは、厚鋼板の焼入れ性を高めて、強度を向上する作用を有する元素である。しかしV含有量が多すぎると、析出脆化を引き起こし、厚鋼板やHAZの靭性劣化を招く。したがってVを含有する場合は、0.10質量%以下とする。より好ましくは0.05質量%以下である。
【0052】
Ti:0.03質量%以下
Tiは、TiNのピンニング効果によって、熱間圧延の前の加熱におけるオーステナイト結晶の粗大化を抑制し、厚鋼板やHAZの靭性を向上する作用を有する元素である。しかしTi含有量が多すぎると、粗大なTiNが生成して、HAZ靭性の劣化を招く。したがってTiを含有する場合は、0.03質量%以下とする。
【0053】
B:0.0030質量%以下
Bは、焼入れ性を著しく高める作用を有する元素であり、少量の添加で(すなわち安価に)厚鋼板の強度を向上することができる。しかしB含有量が多すぎると、溶接性の劣化やHAZ靭性の劣化を招く。したがってBを含有する場合は、0.0030質量%以下とする。好ましくは0.020質量%以下である。
【0054】
Pcm:0.110以上
Pcmは、(1)式で算出される値であり、溶接低温割れ性を評価するための指標であるが、厚鋼板の強度や組織を評価する指標として用いることもできる。つまり、Pcmが低すぎると、後述する加速冷却を行なっても、ベイナイト相を主体とする均一な組織を形成できず、その結果、耐サワー性の劣化を招く。したがって、Pcmは0.110以上とする。好ましくは0.12以上である。
Pcm=[%C]+([%Si]/30)+([%Mn]/20)+([%Cu]/20)+([%Ni]/60)+([%Cr]/20)+([%Mo]/15)+([%V]/10)+5[%B] ・・・(1)
ここで、[%C]、[%Si]、[%Mn]、[%Cu]、[%Ni]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%B]は、それぞれC、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Bの含有量(質量%)を表わす。いずれの元素も、含有しない場合はゼロとする。
【0055】
PHIC:0.95以下
PHICは、(2)式で算出される値であり、一般的な炭素等量の計算に用いられる合金元素に加えてPの影響を考慮して、中心偏析に起因する最終凝固部の性状を評価するための指標である。PHIC値が高すぎると、最終凝固部に粗大なMnSが生成していない鋼スラブであっても、NbTi−CN系化合物を起点にしてHIC割れが発生し易くなる。したがって、PHICは0.95以下とする。
PHIC=4.46[%C]+(2.37[%Mn]/6)+(1.74[%Cu]+1.7[%Ni])/15+(1.18[%Cr]+1.95[%Mo]+1.74[%V])/5+22.36[%P] ・・・(2)
ここで、[%C]、[%Mn]、[%Cu]、[%Ni]、[%Cr]、[%Mo]、[%V]、[%P]は、それぞれC、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、V、Pの含有量(質量%)を表わし、含有しない場合はゼロとする。
【0056】
ACRM:0(ゼロ)以上
ACRMは、(3)式で算出される値であり、鋼スラブの最終凝固部に生成するMnSがCaによって球状化される現象を評価するための指標である。ACRM値が低すぎると、最終凝固部に粗大なMnSが残留するので、耐サワー性の劣化を招く。したがって、ACRMは0以上とする。
ACRM=〔[%Ca]−(1.23[%O]−0.000365)〕/(1.25[%S]) ・・・(3)
ここで、[%Ca]、[%O]、[%S]は、それぞれCa、O、Sの含有量(質量%)を表わし、含有しない場合はゼロとする。
【0057】
カルシウム含有量と酸素含有量の比:2.5以下
カルシウム含有量と酸素含有量の比は、(4)式で算出される値であり、厚鋼板の表層近傍に集積するCaOクラスタを定量化するための指標である。その比が高すぎると、表層近傍の耐サワー性(とりわけ耐HIC性)が劣化する。したがって、カルシウム含有量と酸素含有量の比は2.5以下とする。好ましくは2.2以下である。
カルシウム含有量と酸素含有量の比=[%Ca]/[%O] ・・・(4)
ここで、[%Ca] 、[%O]は、それぞれCa、Oの含有量(質量%)を表わし、含有しない場合はゼロとする。
【0058】
本発明において、P、Sは、不可避的に含まれる不純物元素であり、いずれも少ないほど好ましいが、それぞれ、下記の範囲ならば許容される。
【0059】
P:0.015質量%以下
Pは偏析しやすく、中央部に濃化する元素であり、少量含まれるだけでも中央偏析の硬さを顕著に上げ、耐サワー性を劣化させるため、少なければ少ないほど良い。ただし、0.015質量%までは許容することができる。より好ましくは、0.010質量%以下である。
【0060】
S:0.0015質量%以下
SはMnと結合し、MnSを生成する。また、SはMnと同じく中央部に濃化しやすい元素であるため、S量が多いとMnSの中央偏析が多数生成させることになり、耐サワー性を著しく劣化させる。したがって、Sは極力低減することが望ましいが、0.0015質量%までは許容できる。より好ましくは、0.0010質量%以下である。
【0061】
本発明に係る厚鋼板に添加する元素の好適な含有量と、それを限定する理由は上記の通りであり、上記した成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0062】
次に、厚鋼板の組織について説明する。
【0063】
ベイナイト相:95%以上
厚鋼板の耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を確保するためには、均一な組織を形成する必要がある。ラインパイプやプロセス配管として用いられる溶接鋼管として求められる強度(すなわち530MPa以上の引張強度)を発現するためには、ベイナイト相を主体とする組織を形成する必要がある。ベイナイト相が面積率で95%未満では、ベイナイト相と他の相との間をHICに起因する亀裂が伝播し、耐HIC性の劣化を招く。したがってベイナイト相は、面積率で95%以上とする。このベイナイト相の割合は、表層から板厚方向(1/8)×t〜(7/8)×tの位置で測定した値である。ベイナイト相のラス間に生成する微細なセメンタイト、および島状マルテンサイトは、ベイナイト相の一部とみなす。つまり、ベイナイト相以外の残部5%未満の組織は、フェライト相、パーライト相、マルテンサイト相、およびベイナイト相以外の場所で生成する粗大なセメンタイトである。
【0064】
次に、スケールの性状について説明する。
【0065】
スケールの平均厚さ:10μm超えかつ40μm以下
厚鋼板の表面に生成するスケールは、厚さが小さいほど、耐スケール剥離性が向上する。ただし、スケールの平均厚さが10μm以下では、野外での保管や運搬、特に船舶による海上輸送の際に、錆が発生して、表面性状の劣化のみならずマーキングの消失等の問題が生じる。一方で、平均厚さが40μmを超えると、Cr、Cu、Niを含有する成分設計であっても、厚鋼板から鋼管を成形する際にスケールが剥離し易くなる。したがってスケールの平均厚さは、10μm超えかつ40μm以下とする。
【0066】
クロスカット法で評価した平均等級:2以下
厚鋼板の表面のスケールを、JIS規格K5600-5-6で規定されるクロスカット法で評価した等級は、耐スケール剥離性を示す指標として用いられる。クロスカット法によって得られる等級は、厚鋼板の表面の測定する部位によって、ばらつきが生じる。したがって、3ケ所以上でクロスカット法による評価を行ない、その平均等級を2以下とすることによって、厚鋼板を鋼管に成形する際に発生するスケール剥離を抑制できる。
【0067】
次に、厚鋼板の製造方法について説明する。
【0068】
鋼スラブの加熱温度:1000〜1250℃
熱間圧延の素材となる鋼スラブの製造方法は特に限定されるものではないが、たとえば、転炉法で溶製し、連続鋳造法でスラブとすることが好ましい。
【0069】
熱間圧延の前に鋼スラブを加熱する温度が1000℃未満では、厚鋼板に求められる強度(すなわち530MPa以上の引張強度)を発現できない。一方、加熱温度が1250℃を超えると、厚鋼板の靭性が劣化する。したがって鋼スラブの加熱温度は、1000〜1250℃の範囲内とする。
【0070】
熱間圧延の前のデスケーリング:加熱した鋼スラブの両面に高圧水を噴射
鋼スラブを加熱することによって、表面にスケール(以下、1次スケールという)が生成する。1次スケールが鋼スラブの表面に残留した状態で熱間圧延を行なうと、上記した(a)〜(c)の問題が発生し、さらに、得られた厚鋼板を成形する際に、スケール剥離が発生し易くなる。したがって、熱間圧延の前に1次スケールを除去する必要がある。そのデスケーリングにおいては、加熱した鋼スラブの両面に高圧水を噴射する。高圧水の圧力や流量は特に限定せず、1次スケールを除去できるように適宜設定する。
【0071】
熱間圧延におけるデスケーリング:第(N−4)パスから最終第Nパスまでの間で圧延パス中に2回以上
鋼スラブを加熱し、さらに1次スケールのデスケーリングを行なった後、熱間圧延(パス数:N)を行なう間に再びスケール(以下、2次スケールという)が生成する。2次スケールは、空孔を内包していることから剥離し易く、かつ成長が速いので、熱間圧延の最終パス(すなわち第Nパス)の圧下が終了するまでにデスケーリングを行なう。ただし熱間圧延の早い段階(たとえば第1パスの後)でそのデスケーリングを行なっても、その後で2次スケールが発生してしまう。したがって、第(N−4)パスから最終パス(すなわち第Nパス)までの間でデスケーリングを行なう。また、少量の1次スケールが残留する場合もあるので、2次スケールと1次スケールを完全に除去するために、デスケーリングを2回以上行なう。したがって、熱間圧延の第(N−4)パスから最終第Nパスまでの間で圧延パス中に2回以上デスケーリングを行なう。ここでNは、粗圧延と仕上げ圧延の合計パス数であり、5〜50の整数である。
【0072】
熱間圧延の第(N−4)パスから最終第Nパスまでの間で圧延パス中に2回以上デスケーリングを実施しない場合には、2次スケールや1次スケールが残存するため、厚鋼板表面のスケールが厚くなり、溶接鋼管に成形する際にスケール剥離も発生する。デスケーリングは、圧延パス中に少なくとも被圧延材が圧延機に噛み込む入側から行なうことが好ましく、圧延パス中に圧延機の両側から行なうことがより好ましい。
【0073】
なお、熱間圧延の第(N−2)パスから第Nパスまでの間で圧延パス中に2回以上デスケーリングを行なうと、2次スケールと1次スケールを除去する効果が一層高まる。ここでNは3〜50の整数である。
【0074】
熱間圧延の圧延終了温度:FT値以下かつAr3点以上
熱間圧延の圧延終了温度(℃)は、厚鋼板の強度、靭性、耐スケール剥離性に多大な影響を及ぼす因子である。そして、上記のような強度と靭性を確保するための成分設計と、それに関連して(5)式で算出されるFT値以下の温度で熱間圧延を終了することによって、クロスカット法による平均等級を2以下とし、耐スケール剥離性を向上することができる。なお、圧延終了温度の下限は、後述する加速冷却との関連でAr3点以上とする。Ar3点は、同じ成分の試験片を用いて実測することが望ましい。あるいは、下記の(6)式で推定した値を用いても良い。
FT=845−〔500/3〕×〔(1.5[%Si]−2[%Cu]−2[%Ni]−[%Cr])〕 ・・・(5)
ここで、[%Si]、[%Cu]、[%Ni]、[%Cr]は、それぞれSi、Cu、Ni、Crの含有量(質量%)を表わす。いずれの元素も、含有しない場合はゼロとする。
Ar3=910−310[%C] −80[%Mn] −20[%Cu] −55[%Ni] −15[%Cr] −80[%Mo] ・・・(6)
ここで、[%C]、[%Mn]、[%Cu]、[%Ni] 、[%Cr] 、[%Mo]は、それぞれC、Mn、Cu、Ni、Cr、Moの含有量(質量%)を表わす。いずれの元素も、含有しない場合はゼロとする。
【0075】
加速冷却の開始温度:Ar3点以上
熱間圧延が終了した後、加速冷却を行なう。加速冷却の開始温度(℃)がAr3点を下回ると、フェライト相が生成するので、耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を確保できない。したがって加速冷却の開始温度は、Ar3点以上とする。
【0076】
加速冷却の冷却速度:10℃/秒以上
加速冷却の冷却速度は、厚鋼板の組織を制御するための指標であり、上記のような成分設計では、10℃/秒以上とすることによってベイナイト相を主体(面積率で95%以上)とする組織を得ることができる。冷却速度が10℃/秒未満では、フェライト相が生成し易くなるので、耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を確保できなくなる。
【0077】
加速冷却の停止温度:600℃未満
加速冷却の停止温度は、厚鋼板の組織を制御するための指標であり、上記のような成分設計では、600℃未満とすることによってベイナイト相を主体(面積率で95%以上)とする組織を得ることができる。
【0078】
本発明に係る厚鋼板の製造方法においては、加速冷却を停止した後、大気中で室温まで冷却(いわゆる空冷)するが、加速冷却の停止温度が600℃以上では、その空冷でフェライト相が生成するので、耐サワー性(とりわけ耐HIC性)を確保できなくなる。
【0079】
また、空冷の後で焼戻しを行なって、厚鋼板の強度と靭性のバランスを調整しても良い。
【0080】
上記の製造条件により、本発明の耐スケール剥離性および材質均一性に優れた溶接鋼管用厚鋼板を得ることができる。さらに、本発明の溶接鋼管の製造方法について説明する。
【0081】
本発明は、上記の厚鋼板を用いて鋼管となすものである。鋼管の成形方法としては、UOEプロセスやプレスベンド(ベンディングプレスとも称する)等の冷間成形によって鋼管形状に成形する方法が挙げられる。
【0082】
UOEプロセスでは、素材となる厚鋼板の幅方向端部に開先加工を施した後、プレス機を用いて厚鋼板の幅方向端部の端曲げを行ない、続いて、プレス機を用いて厚鋼板をU字状にそしてO字状に成形することにより、厚鋼板の幅方向同士が対向するように厚鋼板を円筒形状に成形する。次いで、厚鋼板の対向する幅方向端部を突き合わせて溶接する。この溶接をシーム溶接と呼ぶ。このシーム溶接においては、円筒形状の厚鋼板を拘束し、対向する厚鋼板の幅方向端部同士を突き合わせて仮付溶接する仮付溶接工程と、サブマージアーク溶接法によって厚鋼板の突き合わせ部の内外面に溶接を施す本溶接工程との、二段階の工程を有する方法が好ましい。シーム溶接を行なった後に、溶接残留応力の除去と鋼管真円度の向上のため、拡管を行なう。拡管工程において拡管率(拡管前の管の外径に対する拡管前後の外径変化量の比)は、通常、0.3〜1.5%の範囲で実施される。真円度改善効果と拡管装置に要求される能力とのバランスの観点から、拡管率は0.5〜1.2%の範囲であることが好ましい。その後、防食を目的としてコーティング処理を実施することができる。コーティング処理としては、外面に、たとえば、200〜300℃の温度域に加熱した後、たとえば公知の樹脂を塗布すれば良い。
【0083】
プレスベンドの場合には、厚鋼鈑に三点曲げを繰り返すことにより逐次成形し、ほぼ円形の断面形状を有する鋼管を製造する。その後は、上記のUOEプレスと同様に、シーム溶接を実施する。プレスベンドの場合にも、シーム溶接の後、拡管を実施しても良く、また、コーティングを実施することもできる。
【実施例】
【0084】
表1に示す成分の溶鋼を溶製し、連続鋳造にて鋼スラブとした。そして鋼スラブを加熱した後、熱間圧延を行なって厚鋼板とし、引き続き冷却水を噴射して加速冷却を行ない、さらに空冷して室温まで冷却した。表1に示す各元素の含有量から、Pcm、PHIC、ACRM、[%Ca]/[%O]、FT、Ar3を計算した値を表2に示す。鋼スラブの加熱温度、熱間圧延のデスケーリング、圧延終了温度、加速冷却の開始温度、停止温度、冷却速度、厚鋼板の板厚は、表3に示す通りである。
【0085】
なお、熱間圧延の圧延終了温度は、最終パス(すなわち第Nパス)直後の厚鋼板の表面温度を測定して求めた。加速冷却の開始温度と停止温度は、厚鋼板の進行方向(すなわち長手方向)の尾端側クロップから500mmの位置の表面温度を測定して求めた。冷却速度は、板厚方向中央部における700→650℃の冷却速度を熱伝導シミュレーションで計算した。
【0086】
【表1】
【0087】
【表2】
【0088】
【表3】
【0089】
こうして得られた厚鋼板の表層から板厚方向(1/8)×t〜(7/8)×tの位置を光学顕微鏡で撮影し、その写真を用いてベイナイト相の面積率を画像解析で求めた。また、厚鋼板の断面を光学顕微鏡で撮影し、その写真を用いて5ケ所のスケールの厚さを測定して、その平均値を求めた。クロスカット試験は、JIS規格K5600-5-6に準拠して行ない、厚鋼板の表面と裏面を光学顕微鏡で撮影し、その写真を用いて測定した5ケ所の等級の平均値を求めた。さらに、厚鋼板の長手方向に対して垂直にAPI規格5Lに準拠する全厚引張試験片を採取し、引張試験を行なって、引張強度を求めた。なお、引張強度の目標値は530MPa以上とした。
【0090】
HIC試験は、NACE TM0284に準拠して行なった。溶液はNACE−A液を用いた。HIC試験の目標はCLR≦10%とした。その理由は、溶接鋼管とした状態でCLR≦15%を満たすためである。
【0091】
【表4】
【0092】
次に、厚鋼板をプレスベンド法で成形し、シーム部を溶接してストレートシームの溶接鋼管(外径457〜914mm)とし、その後、真円度の向上を目的として拡管成形を実施した。そして、その溶接鋼管の表面を目視で観察して、スケールの剥離を調査した。その結果は、地鉄が露出せず、素材である厚鋼板に対してスプレー塗布により実施したマーキングが消失していないものを良(○)と評価し、地鉄が露出して、マーキングが消失しているものを不良(×)と評価して、表3に示す。なおスケール剥離については、マーキングが消失しないこと(すなわち評価○)を目標とした。
【0093】
表4から明らかなように、発明例は、厚鋼板の引張強度、CLR、および溶接鋼管に加工したした後のスケール剥離が、いずれも目標を達成しており、良好な結果が得られた。これに対して比較例は、いずれかが目標を満たしていない。