(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb:0.005〜0.1%、Ti:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗鋼板。
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.03〜1.0%、Ni:0.03〜2.0%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の耐摩耗鋼板。
前記組成に加えてさらに、質量%で、REM:0.0005〜0.008%、Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の耐摩耗鋼板。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば、パワーショベル、ブルドーザー、ホッパー、バケット、ダンプトラック等の建設、土木、鉱山等の現場で使用される産業機械、運搬機器等の部品は、土砂等との接触により摩耗が生じる。このため、産業機械、運搬機器等の部品等用鋼材としては、部品等の寿命延長を目的に耐摩耗性に優れた鋼材が用いられている。実際の使用環境における土砂等は、乾燥、湿潤など種々の状態が想定される。特に、湿潤状態にある土砂等は、腐食性物質を含む場合が多いため、湿潤状態にある土砂等による摩耗は、腐食性物質を含む環境下での摩耗、いわゆる腐食摩耗となる。腐食摩耗は、摩耗環境として非常に厳しいことが知られており、従来から耐腐食摩耗性に優れた鋼材が望まれていた。
【0003】
また、これらの産業機械、運搬機器等は、0℃以下の低温域での使用も想定される。このため、これらの産業機械、運搬機器等の部品用として用いられる鋼材は、耐摩耗性、耐腐食摩耗性に加えて、さらに優れた低温靱性をも有することが望まれている。
【0004】
このような要望に対して、例えば特許文献1には、質量%で、C:0.30〜0.45%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.30〜1.20%、Cr:0.50〜1.40%、Mo:0.15〜0.55%、B:0.0005〜0.0050%、sol.Al:0.015〜0.060%を含み、さらにNb:0.02〜0.05%および/またはTi:0.01〜0.03%を含み、残部実質的にFeよりなる高靭性耐摩耗鋼が記載されている。特許文献1に記載された技術では、B、AlならびにNbおよび/またはTi添加の相乗的作用効果により、高強度、高靭性の比較的安価な高靭性耐摩耗鋼が得られるとしている。
【0005】
また、特許文献2には、質量%で、C:0.18〜0.25%、Si:0.10〜0.30%、Mn:0.03〜0.10%を含み、Cr:1.00〜2.00%、Mo:0.50超〜0.80%、Nb:0.007〜0.020%、B:0.0003〜0.0012%、sol.Al:0.020〜0.080%、N:0.0010〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる水焼入れおよび焼戻処理後の靭性並びに耐遅れ破壊特性に優れる耐摩耗鋼板が記載されている。特許文献2に記載された技術では、Mn含有量を0.10%以下と低く抑え、靭性、耐遅れ破壊特性を改善するとともに、Mo含有量を増加させ、さらにCr、B、sol.Al、N等の含有量を調整することにより、耐摩耗鋼としても十分に満足できる硬さの確保が可能となるとしている。また、特許文献2に記載された技術では、焼戻処理を施すことにより低温靭性がさらに向上するとしている。
【0006】
また、特許文献3には、質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.40〜1.50%、Mn:0.40〜1.50%、Cr:0.10〜0.50%、Mo:0.05〜1.00%、Ti:0.005〜0.050%、Nb:0.005〜0.050%、B:0.0005〜0.0030%、sol.Al:0.01〜0.10%、N:0.0010〜0.0060%を含有する鋼片を、1000〜1250℃に加熱し熱間圧延した後、A
3変態点以上の温度から10℃/s以上の冷却速度で100℃以下の温度まで冷却する焼入れ処理を行い、続いて150〜450℃の温度で焼戻し処理する、低温靭性に優れた高硬度耐摩耗鋼の製造方法が記載されている。特許文献3に記載された技術では、SiとNbを組み合わせて添加することにより焼戻し脆化と焼戻し軟化を同時に抑制でき、低温靭性に優れたHB500以上の高強度耐摩耗鋼が製造できるとしている。
【0007】
また、特許文献4には、質量%で、C:0.05〜0.40%、Si:0.1〜0.8%、Mn:0.5〜2.0%、Cr:0.1〜2.0%、Ti:0.005〜0.5%、B:0.0005〜0.005%、Al:0.005〜0.10%、N:0.005%以下を含む組成を有する鋼を、900℃以下のオーステナイト未再結晶域において累積圧下率50%以上で熱間圧延した後、Ar
3点以上から焼入れし、その後300〜Ac
1点で焼戻しする耐摩耗鋼の製造方法が記載されている。なお、上記した組成に加えて、さらにCu、Ni、Mo、Vを任意成分として含有してもよいとしている。特許文献4に記載された技術では、オーステナイト粒が展伸した組織を直接焼入れ、焼戻して、旧オーステナイト粒を展伸させた焼戻マルテンサイト組織とすることにより、低温靭性が顕著に向上するとしている。
【0008】
また、特許文献5には、質量%で、C:0.10〜0.30%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.1〜2.0%、W:0.10〜1.40%、B:0.0003〜0.0020%を含み、さらにTi:0.005〜0.1%および/またはAl:0.035〜0.1%を含有する組成を有する低温靭性に優れた耐摩耗鋼板が記載されている。なお、特許文献5に記載された技術では、さらに、Nb、および/または、Cu、Ni、Cr、Vのうちから1種または2種以上、および/または、Ca、REMのうちの1種または2種を含有してもよいとしている。特許文献5に記載された技術によれば、高い表面硬さを有し、耐摩耗性に優れ、さらに優れた低温靭性を有する耐摩耗鋼板を、プロセスの困難性を伴うことなく、容易に製造できるとしている。
【0009】
また、特許文献6には、曲げ加工性に優れた耐摩耗鋼板が記載されている。特許文献6に記載された耐摩耗鋼板は、質量%で、C:0.05〜0.30%、Ti:0.1〜1.2%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、固溶C量が0.03%以下である組成を有する鋼板で、フェライト相を基地相とし、基地相中に硬質相が分散した組織を有する鋼板である。なお、さらにNb、Vのうちの1種または2種、Mo、Wのうちの1種または2種、Si、Mn、Cuのうちの1種または2種以上、Ni、Bのうちの1種または2種、およびCr、を含有してもよいとしている。これにより、硬さの顕著な上昇を伴うことなく、土砂摩耗に対する耐摩耗性、曲げ加工性がともに飛躍的に向上するとしている。
【0010】
このように、特許文献1〜5に記載された各技術は優れた低温靱性を、また、特許文献6に記載された技術は優れた曲げ加工性を、優れた耐摩耗性とともに保持する耐摩耗鋼板の提供を目的としている。なお、特許文献5に記載された技術では、Wを必須含有としており、製造コストが増大する問題がある。また、特許文献6に記載された技術では、フェライトを主相とするもので表面硬さが低く、耐摩耗性が十分ではないという問題があった。また、特許文献1〜6に記載された各技術では、湿潤状態にある土砂のような、腐食性物質を含む環境下における摩耗、すなわち腐食摩耗、について特段の検討は行っておらず、耐腐食摩耗性については不明のままである。このようなことから耐腐食摩耗性に優れた耐摩耗鋼板が要望されていた。
【0011】
このような要望に対し、例えば、特許文献7には、C:0.23〜0.35%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.1〜2.0%、Al:0.005〜0.100%、Cr:0.03〜2.0%、Mo:0.03〜1.0%を、DI*が45以上を満足するように含む組成を有し、焼入れままマルテンサイト相を主相とし、旧オーステナイト粒径が30μm以下である組織を有し、表面硬さがブリネル硬さHBW10/3000で450以上である低温靱性および耐腐食摩耗性に優れた耐摩耗鋼板が記載されている。特許文献7に記載された技術によれば、CrとMoを複合含有させて、とくに湿潤状態の土砂摩耗環境下での耐腐食摩耗性に優れ、かつ低温靭性にも優れた耐摩耗鋼板を、表面硬さの低下を伴うことなく、製造できるとしている。
【0012】
また、特許文献8には、C:0.10〜0.20%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.1〜2.0%、Al:0.005〜0.100%を含み、さらに、Cr:0.05〜2.0%、Mo:0.05〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種を含み、かつ鋼中固溶Cr量(Crsol)および鋼中固溶Mo量(Mosol)が、0.05≦(Crsol+2.5Mosol)≦2.0を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、焼入れままマルテンサイト相を主相とし、旧オーステナイト粒径が30μm以下である組織とを有し、さらに、表面硬さが、ブリネル硬さHBW10/3000で360以上である低温靱性および耐腐食摩耗性に優れた耐摩耗鋼板が提案されている。特許文献8に記載された技術によれば、とくに湿潤状態の土砂摩耗環境下での耐腐食摩耗性に優れ、かつ低温靭性にも優れた耐摩耗鋼板を表面硬さを低下させることなく、製造できるとしている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献7に記載された技術では、C含有量を0.23%以上と高くすることにより、ブリネル硬さHBW10/3000で450以上の高い表面硬さを有する鋼板となっているが、C含有量、表面硬さに見合う十分な耐腐食摩耗性を有する耐摩耗鋼板となるまでには至っていないという問題がある。また、特許文献8に記載された技術では、C含有量が0.20%以下と比較的低く、表面硬さが最高でも485程度と低いため、より高い表面硬さレベルで、優れた耐腐食摩耗性、優れた低温靭性を兼備するまでに至っていないという問題を残していた。
【0015】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、ブリネル硬さHBW10/3000で500以上と高い表面硬さを有し耐摩耗性に優れ、かつ優れた低温靱性と、優れた耐腐食摩耗性とを兼備する耐摩耗鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、高い表面硬さを有し耐摩耗性に優れた状態としたうえで、低温靭性、耐腐食摩耗性に影響する各種要因について鋭意研究を重ねた。その結果、まず、C含有量を0.20%超えとすることで、ブリネル硬さHBW10/3000で500以上の高い表面硬さが安定して得られ、優れた耐摩耗性が得られることを知見した。そして、そのような成分系で、さらに優れた低温靭性と優れた耐腐食摩耗性との両立を図るための方策について鋭意検討し、Crおよび/またはMoを適正量必須含有し、固溶Cr量および固溶Mo量を適正範囲に確保して、腐食摩耗をある程度抑制できる成分系としたうえで、さらにSbとBを複合して必須含有させることに思い至った。本発明者らの検討によれば、Sbは、とくに0.20質量%を超えるような高C系で耐腐食摩耗性を顕著に向上させる作用を有する。しかし、0.20質量%を超えるような高C系で、Sbを添加すると靭性の劣化が著しくなる。そこで、本発明者らは、BをSbと複合含有させることにより、Sb含有による靭性低下を抑制できることを新規に知見し、BをSbと複合させて含有することに思い至った。
【0017】
さらに、本発明者らは、Crおよび/またはMoを適正量含有し、さらに、Sb、Bを複合して含有したうえ、さらにC、Si、Mn、P、S、Al等を適正量含み、焼入れ性を向上させた組成として、焼入れ処理を施し、組織を、旧オーステナイト(γ)粒径が30μm以下で、体積率が95%以上の低温変態相(マルテンサイト、焼戻マルテンサイト、下部ベイナイト)を主相とする組織とすることにより、優れた低温靱性をも兼備する耐摩耗鋼板とすることができることを知見した。
【0018】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.20%超え0.35%以下、Si:0.02〜1.00%、Mn:0.1〜2.0%、P:0.020%以下、S:0.005%以下、Al:0.005〜0.100%、Sb:0.005〜0.20%、B:0.0003〜0.0030%を含み、さらに、Cr:0.05〜2.0%、Mo:0.05〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種を含み、かつ鋼中固溶Cr量および鋼中固溶Mo量が次(1)式
0.05 ≦( Crsol+2.5 Mosol ) ≦ 2.0 ……(1)
(ここで、Crsol:鋼中固溶Cr量(質量%)、Mosol:鋼中固溶Mo量(質量%))
を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、板厚1/4位置において、旧オーステナイト(γ)粒径が30μm以下で、低温変態相の体積率が95%以上である組織と、を有し、さらに、表面硬さが、ブリネル硬さHBW10/3000で500 以上であることを特徴とする低温靱性および耐腐食摩耗性に優れた耐摩耗鋼板。
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb:0.005〜0.1%、Ti:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする耐摩耗鋼板。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Sn:0.005〜0.2%を含有することを特徴とする耐摩耗鋼板。
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu:0.03〜1.0%、Ni:0.03〜2.0%のうちから選ばれた1種または2種を含有することを特徴とする耐摩耗鋼板。
(5)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、REM:0.0005〜0.008%、Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種以上を含有することを特徴とする耐摩耗鋼板。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、表面硬さを低下させることなく優れた耐摩耗性を安定的に有し、さらに低温靭性にも優れ、とくに湿潤状態の土砂摩耗環境下での耐腐食摩耗性に優れた耐摩耗鋼板を、容易にしかも安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、本発明耐摩耗鋼板の組成の限定理由について説明する。なお、以下、とくに断わらない限り質量%は、単に%で記す。
【0021】
C:0.20%超え0.35%以下
Cは、鋼板の硬さを高め、耐摩耗性を向上させるために重要な元素である。本発明では、鋼板の表面硬さをHBW10/3000で500以上を確保するために、0.20%超えの含有を必要とする。Cが0.20%以下では、所望の表面硬さが得られない。一方、0.35%を超えて多量に含有すると、溶接性、低温靭性および加工性が低下する。このため、Cは0.20%超え0.35%以下の範囲に限定した。なお、好ましくは0.21〜0.34%である。
【0022】
Si:0.02〜1.00%
Siは、溶鋼の脱酸剤として作用する有効な元素である。また、Siは、固溶強化により鋼板の強度向上に有効に寄与する元素である。このような効果を得るためには、0.02%以上の含有を必要とする。Siが0.02%未満では十分な脱酸効果が得られない。一方、1.00%を超えて含有すると、延性、靭性が低下し、また鋼板中の介在物量が増加する。このため、Siは0.02〜1.00%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.2〜0.50%である。
【0023】
Mn:0.1〜2.0%
Mnは、焼入れ性を向上させ、鋼板硬さを増加させる作用を有する有効な元素である。このような効果を得るためには0.1%以上の含有を必要とする。一方、2.0%を超えて含有すると、溶接性が低下する。このため、Mnは0.1〜2.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.4〜1.6%、より好ましくは0.7〜1.4%である。
【0024】
P:0.020%以下
Pは、鋼中に多量含有すると低温靭性の低下を招く。このため、Pはできるだけ低減することが望ましいが、0.020%までは許容できる。このため、Pは0.020%以下に限定した。なお、過度の低減は精錬コストの高騰を招くため、Pは0.005%以上とすることが望ましい。
【0025】
S:0.005%以下
Sは、鋼中に多量に含まれるとMnSとして析出し、延性、靭性の低下を招く。とくに高強度鋼板では、MnSは破壊発生の起点となり、靭性の低下を招く。このため、本発明では、Sはできるだけ低減することが望ましいが、0.005%までは許容できる。このようなことから、Sは0.005%以下に限定した。なお、過度の低減は精錬コストの高騰を招くため、Sは0.0005%以上とすることが望ましい。
【0026】
Al:0.005〜0.100%
Alは、溶鋼の脱酸剤として作用する有効な元素である。また、Alは結晶粒の微細化により低温靱性の向上に有効に寄与する。このような効果を得るために、0.005%以上の含有を必要とする。Alが0.005%未満では、上記した効果が十分に得られない。一方、Alが0.100%を超えて多量に含有されると、溶接性が低下する。このため、Alは0.005〜0.100%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.015〜0.050%である。
【0027】
Sb:0.005〜0.20%
Sbは、耐腐食摩耗性を向上させる元素であり、本発明では重要な元素である。Sbは鋼板のアノード反応を抑制するとともに、カソード反応である水素発生反応も抑制する。これにより、鋼板の腐食を抑制し、耐腐食摩耗性を向上させることができる。本発明では、固溶Cr量および固溶Mo量の調整に加えてさらに、Sbを含有させることにより、優れた耐腐食摩耗性が得られる。さらに、Sbは熱間圧延のための再加熱時および熱間圧延後の熱処理時の脱炭を抑制し、鋼板表面の硬度低下を抑制することができる。このような効果を充分に得るためには、Sbは0.005%以上の含有を必要とする。一方、0.20%を超える含有は、靭性の低下を招く。このため、Sbは0.005〜0.20%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.010〜0.1%である。
【0028】
B:0.0003〜0.0030%
Bは、微量の含有で焼入れ性を向上させる有効な元素である。さらに、Bは、Sb含有による靭性の低下を低減することができる有用な元素である。このような効果が得られる理由は必ずしも明らかではないが、本発明者らは次のように考えている。
【0029】
本発明のような超高硬度な耐摩耗鋼においてSbを含有させると、Sbが旧γ粒界に偏析して靭性が低下する。しかし、SbとともにBを含有させると、Bが優先的に粒界に偏析することで、Sbの粒界への偏析を抑制することができるためと、考えられる。
【0030】
また、HBW10/3000で500以上の高硬度の耐摩耗鋼において、BとSbとを複合して含有させるにより、優れた耐腐食耐摩耗性が得られる。このような効果を得るためには、Bは0.0003%以上含有する必要がある。一方、0.0030%を超えて含有すると、逆に靭性が低下する。このため、Bは0.0003〜0.0030%の範囲に限定した。なお、耐摩耗鋼板の溶接に一般的に使用されるCO
2溶接などの低入熱溶接部における低温割れを抑制するという観点から、Bは0.0003〜0.0015%の範囲に限定することが好ましい。
【0031】
Cr:0.05〜2.0%、Mo:0.05〜1.0%のうちから選ばれた1種または2種
Cr、Moはいずれも、腐食摩耗を抑制する作用を有し、耐腐食摩耗性を向上させる有効な元素であり、本発明では重要な元素の一つであり1種または2種を選択して含有する。
【0032】
Crは、湿潤状態の土砂等との接触が問題となるような腐食摩耗環境において、アノード反応によりCr酸イオンとして溶出し、インヒビター効果により腐食を抑制することで、耐腐食摩耗性を向上させる。また、Crは、焼入れ性を高め、マルテンサイト相を微細化することにより低温靱性を向上させる効果を有する。このような効果を得るためには、0.05%以上の含有を必要とする。Crが0.05%未満では、このような効果を十分に発揮することができない。一方、2.0%を超える多量の含有は、溶接性が低下するとともに、製造コストが高騰する。このため、含有する場合にはCrは0.05〜2.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.07〜1.20%である。
【0033】
Moは、Crと同様に、湿潤状態の土砂等との接触が問題となるような腐食摩耗環境において、アノード反応によりMo酸イオンとして溶出し、インヒビター効果により腐食を抑制することで、耐腐食摩耗性を向上させる。また、Moは、焼入れ性を高め、マルテンサイト相を微細化することにより低温靱性を向上させる効果を有する。このような効果を得るためには、Moは0.05%以上の含有を必要とする。Moが0.05%未満では、このような効果を十分に発揮することができない。一方、1.0%を超える多量の含有は、溶接性が低下するうえ、製造コストが高騰する。このため、含有する場合には、Moは0.05〜1.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.10〜0.50%である。
【0034】
なお、CrとMoを複合して含有することにより、耐腐食摩耗性の向上が期待できる。これは、CrおよびMoが酸素酸として存在し得るpH領域が異なり、広い範囲のpHを有する湿潤状態の土砂等による腐食摩耗を抑制することができるためであると推定される。
【0035】
また、耐腐食摩耗性を向上させるために、本発明では、上記した範囲のCr、Moを含有し、さらに、鋼中固溶Cr量および鋼中固溶Mo量が次(1)式
0.05 ≦(Crsol+2.5 Mosol) ≦ 2.0 ……(1)
(ここで、Crsol:鋼中固溶Cr量(質量%)、Mosol:鋼中固溶Mo量(質量%))
を満足するように、調整する。Cr、Moが炭化物等を形成し、析出物として析出すると、その析出物周辺では固溶Cr量、固溶Mo量が減少するため、上記したインヒビター効果が低減し、耐腐食摩耗性が低下する。このため、本発明では、鋼中固溶Cr量(Crsol)および鋼中固溶Mo量(Mosol)が、上記した(1)式を満足するように調節する。
【0036】
(Crsol+2.5 Mosol)が、0.05未満では、上記したインヒビター効果を十分に確保することができない。このため、本発明では(Crsol+2.5 Mosol)を0.05以上とする必要がある。一方、(Crsol+2.5 Mosol)が2.0を超えると、効果が飽和するとともに、製造コストが高騰する。なお、好ましくは(Crsol+2.5 Mosol)は0.10〜1.0である。
【0037】
なお、固溶Cr量および固溶MO量は、次のような方法により算出するものとする。
【0038】
鋼板から、電解集出用試験片を採取し、該試験片を10%アセチルアセトン系電解液中で電解抽出し、得られた抽出残渣(析出物)をICP発光分光分析法で分析し、析出物として抽出残渣中に含まれるCr量、析出物として抽出残渣中に含まれるMo量として、それぞれ定量する。ここで、抽出残渣中に含まれるCr量を析出Cr量、抽出残渣中に含まれるMo量を析出Mo量とし、全Cr量、全Mo量からそれぞれ差し引き、固溶Cr量および固溶Mo量を求める。
【0039】
また、固溶Cr量、固溶Mo量が上記した(1)式を満足するようにするためには、炭化物等の析出を極力抑制する必要がある。そのためには、熱履歴を調整したり、Nb量やTi量を制御する必要がある。具体的には、例えば、CrやMoの炭化物等の析出する温度範囲(500〜800℃)に保持される時間を極力短くすることや、CrやMOよりも炭化物等を形成しやすいNbやTiを含有させることが望ましい。
【0040】
上記した成分が基本の成分であるが、基本の組成に加えてさらに選択元素として、Nb:0.005〜0.1%、Ti:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Sn:0.005〜0.2%、および/または、Cu:0.03〜1.0%、Ni:0.03〜2.0%のうちから選ばれた1種または2種、および/または、REM:0.0005〜0.008%、Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種以上、必要に応じて選択して含有してもよい。
【0041】
Nb:0.005〜0.1%、Ti:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%のうちから選ばれた1種または2種以上
Nb、Ti、Vはいずれも、炭窒化物等の析出物として析出し、組織の微細化を介して靭性を向上させる元素であり、必要に応じて選択して、Nb、Ti、Vのうちから選ばれた1種または2種以上を含有できる。
【0042】
Nbは、炭窒化物として析出し、組織の微細化を介して靭性の向上に有効に寄与する元素である。このような効果を確保するために、0.005%以上含有することが好ましい。一方、0.1%を超えて多量に含有すると、溶接性が低下する。このため、含有する場合には、Nbは0.005〜0.1%の範囲に限定することが好ましい。なお、組織微細化の観点から、0.012〜0.03%の範囲とすることがより好ましい。
【0043】
Tiは、TiNとして析出し、固溶Nの固定を介して靭性向上に寄与する元素である。このような効果を得るために、Tiは0.005%以上含有することが好ましい。一方、0.1%を超えて多量に含有すると、粗大な炭窒化物が析出し、靭性が低下する。このため、含有する場合には、Tiは0.005〜0.1%の範囲に限定することが好ましい。なお、コスト低減という観点から、0.005〜0.03%の範囲とすることがより好ましい。
【0044】
Vは、炭窒化物として析出し、組織を微細化する効果を介し靱性向上に寄与する元素である。このような効果を得るために、Vは0.005%以上含有することが好ましい。一方、0.1%を超えて多量に含有すると、溶接性が低下する。このため、含有する場合には、Vは0.005〜0.1%の範囲とすることが好ましい。なお、組織微細化および溶接性の観点から0.01〜0.06%の範囲とすることがより好ましい。
【0045】
Sn:0.005〜0.2%
Snは、耐腐食摩耗性を向上させる元素であり、本発明では、必要に応じて含有できる。Snは、アノード反応によりSnイオンとして溶出し、インヒビター効果により腐食を抑制することで、鋼板の耐腐食摩耗性を向上させる。また、Snは、鋼板表面にSnを含む酸化皮膜を形成し、鋼板のアノード反応、カソード反応を抑制することで、鋼板の耐腐食摩耗性を向上させる。このような効果を得るためには、Snは0.005%以上含有することが好ましい。一方、0.2%を超えて多量に含有すると、鋼板の延性や靱性の低下を招く。このため、含有する場合には、Snは0.005〜0.2%の範囲に限定することが好ましい。なお、トランプエレメントの低減という観点から、0.005〜0.1%の範囲とすることがより好ましい。
【0046】
Cu:0.03〜1.0%、Ni:0.03〜2.0%のうちから選ばれた1種または2種
Cu、Niはいずれも、焼入れ性を向上させ、硬さ増加に寄与する元素であり、必要に応じて選択して含有できる。このような効果を得るためには、Cu:0.03%以上、Ni:0.03%以上含有することが好ましい。一方、Cu:1.0%を超えると、熱間加工性が低下し、製造コストも高騰する。また、Ni:2.0%を超えて含有すると製造コストが高騰する。このようなことから、含有する場合には、Cuは0.03〜1.0%の範囲に、また、Niは0.03〜2.0%の範囲に限定することが好ましい。なお、コストのより低減という観点からは、Cuは0.03〜0.5%の範囲に、Niは0.03〜0.5%の範囲に、限定することがより好ましい。
【0047】
REM:0.0005〜0.008%、Ca:0.0005〜0.005%、Mg:0.0005〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種以上
REM、Ca、Mgはいずれも、Sと結合し球状の硫化物系介在物を生成する元素で、MnSの生成を抑制するために、必要に応じ選択して含有させる元素である。
【0048】
REMは、Sを固定し、靱性低下の原因となるMnSの生成を抑制する作用を有する。このような効果を得るために、0.0005%以上含有することが好ましい。一方、0.008%を超える含有は、鋼中介在物量が増加し、かえって靱性の低下を招く。このため、含有する場合は、REMは0.0005〜0.008%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.0005〜0.0020%である。
【0049】
Caは、Sを固定し、靱性低下の原因となるMnSの生成を抑制する作用を有する。このような効果を得るために、0.0005%以上含有することが好ましい。一方、0.005%を超える含有は、鋼中介在物量が増加し、かえって靱性の低下を招く。このため、含有する場合は、Caは0.0005〜0.005%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましく0.0005〜0.0030%である。
【0050】
Mgは、Sを固定し、靱性低下の原因となるMNSの生成を抑制する。このような効果を得るために、0.0005%以上含有することが好ましい。一方、0.005%を超える含有は、鋼中介在物量が増加し、かえって靱性の低下を招く。このため、含有する場合には、Mgは0.0005〜0.005%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.0005〜0.0040%である。
【0051】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0052】
次に、本発明耐摩耗鋼板の組織限定理由について説明する。
【0053】
本発明耐摩耗鋼板は、上記した組成を有し、板厚1/4位置において、旧オーステナイト(γ)粒径が30μm以下で、低温変態相を主相とする組織を有する。ここでいう「主相」とは、組織全体に対する体積率で、95%以上を占める相をいう。なお、板厚1/4位置は鋼板の平均的組織を示す位置であり、鋼板組織を代表する位置として使用した。
【0054】
主相:低温変態相
ここでいう「低温変態相」とは、焼入れままマルテンサイト相に加えて、マルテンサイト変態後の冷却過程に炭化物が生成した自己焼戻マルテンサイト相、靭性や加工性を改善するために意図的に300℃以下で焼戻した低温焼戻マルテンサイト相、およびベイニティックフェライト内に微細炭化物が析出した下部ベイナイト相、を含む相とする。なお、意図的に焼き戻す場合は、焼戻温度が300℃を超えると、焼き戻しによってセメンタイトが生成する際に、CrおよびMoがFeと共に炭化物を形成し、耐食性確保に有効な固溶Cr量および固溶Mo量が減少し、耐食性が低下する。このため、ここでの焼戻マルテンサイトは、300℃以下で焼き戻された低温焼戻マルテンサイトとする。
【0055】
主相である低温変態相が、体積率で95%未満では、所望の硬さを確保できず、耐摩耗性が低下し、所望の耐摩耗性を確保できない。なお、低温変態相以外の、ベイニティックフェライト間に炭化物が生成する上部ベイナイト相や、パーライト、フェライト相が多量に生成し、主相である低温変態相が体積率で95%未満となると、強度低下が大きいだけでなく、靭性が著しく低下する。このため、主相である低温変態相は、体積率で、95%以上に限定した。なお、好ましくは98%以上である。
【0056】
旧γ粒径:30μm以下
低温変態相が体積率で95%以上を確保できても、旧γ粒径が30μmを超えて粗大となると、やはり低温靭性が低下する。なお、旧γ粒径は、ピクリン酸腐食液で腐食した組織を光学顕微鏡(倍率:400倍)で観察し、JIS G 0551の規定に準拠して求めた値を用いるものとする。
【0057】
また、本発明耐摩耗鋼板は、上記した組成、組織を有し、かつ、ブリネル硬さHBW10/3000で500以上の表面硬さを有する。ここでいう「表面硬さ」は、表面から板厚方向に0.5mmの位置で、JIS Z 2243(2008)の規定に準拠して測定した値(ブリネル硬さ)を言うものとする。
【0058】
表面硬さ:ブリネル硬さHBW10/3000で500以上
表面硬さが、HBW10/3000で500未満では、表面硬さが低くすぎて、摩耗環境が厳しくより高い耐摩耗性が要求される場合に、所望の摩耗寿命を確保できない。このため、本発明耐摩耗鋼板では、表面硬さをブリネル硬さHBW10/3000で500以上に限定した。なお、ブリネル硬さは、JIS Z 2243(2008)の規定に準拠して測定するものとする。
【0059】
次に、本発明耐摩耗鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0060】
上記した組成の鋼素材を、出発素材とする。
【0061】
出発素材(鋼素材)を、所定の加熱温度に加熱したのち、熱間圧延して、所望の寸法形状の鋼板とする。なお、出発素材が、所定の温度を保持している場合には、冷却せずにそのまま、あるいは若干の加熱を施したのち、熱間圧延して、所望の寸法形状の鋼板としてもなんら問題はない。
【0062】
なお、鋼素材の製造方法は、とくに限定する必要はないが、上記した組成の溶鋼を、転炉、電気炉等の常用の溶製方法で溶製し、連続鋳造法等の常用の鋳造方法で所定寸法の鋳片(スラブ等:鋼素材)とすることが好ましい。なお、造塊−分塊圧延法で鋼片としたものを鋼素材としてもよいことは言うまでもない。
【0063】
加熱温度:950〜1250℃
加熱温度が950℃未満では、変形抵抗が高くなり圧延負荷が大きくなりすぎて、熱間圧延ができなくなる場合がある。一方、1250℃を超える高温では、結晶粒の粗大化が著しくなり、所望の高靭性を確保できなくなる。このため、加熱温度は950〜1250℃の範囲に限定した。
【0064】
加熱された鋼素材は、ついで、熱間圧延を施される。熱間圧延条件はとくに限定する必要はない。熱間圧延終了後、直ちに焼入れる直接焼入れ処理(DQ)を施すことが好ましい。なお、熱間圧延終了後、直接焼入れ処理を施す場合には、熱間圧延終了温度をAr3変態点以上の温度とすることが好ましい。また、熱間圧延終了後、空冷したのち、再加熱して焼入れする再加熱焼入れ処理(RQ)を施してもよい。
【0065】
直接焼入れ処理は、Ar3変態点以上の温度である800〜950℃の範囲の温度で熱間圧延を終了したのち、Ar3変態点以上の焼入れ開始温度から直ちに、水冷等の、好ましくはマルテンサイト相が形成される冷却速度(マルテンサイト生成臨界冷却速度以上の冷却速度)でMs変態点以下の冷却停止温度まで冷却する処理とすることが好ましい。なお、Ms変態点以下の冷却停止温度としては、300℃以下、より好ましくは200℃以下である。
【0066】
また、直接焼入れ処理に代えて、熱間圧延終了後、空冷したのち、再加熱して焼入れする再加熱焼入れ処理(RQ)を施してもよい。
【0067】
なお、再加熱焼入れ処理の焼入温度(加熱温度)は、焼入れ後に低温変態相を主相とする組織を形成するため、オーステナイト単相域となる850〜950℃とすることが望ましい。また、再加熱後の焼入れの冷却速度は、水冷等の、マルテンサイト相が形成される冷却速度(マルテンサイト生成臨界冷却速度以上の冷却速度)以上で、Ms変態点以下の冷却停止温度まで冷却する処理とすることが好ましい。なお、Ms変態点以下の冷却停止温度としては、焼入れままマルテンサイト相が自己焼戻しされることを防止し、強度低下を抑制するため、300℃以下とすることが好ましい。なお、さらに好ましくは、200℃以下である。
【0068】
なお、加工性や靭性を向上させる目的で、直接焼入れ処理後もしくは再加熱焼入れ処理後に、300℃以下の焼戻温度に加熱する、焼戻処理を行ってもよい。焼戻温度が300℃を超えると、焼き戻しにより、セメンタイトが生成する際にCrおよびMoがFeと共に炭化物を形成し、耐食性確保に有効な固溶Crおよび固溶Moが減少する。なお、より好ましくは200℃以下である。
【0069】
以下、実施例に基づき、さらに本発明を説明する。
【実施例】
【0070】
表1に示す組成の溶鋼を、真空溶解炉で溶製し、鋳型に鋳造し、150kgf鋼塊(鋼素材)とした。これら鋼素材を、表2に示す加熱温度に加熱し、表2に示す熱間圧延条件で熱間圧延し、ついで熱間圧延終了後直ちに、水冷し、表2に示す冷却停止温度まで冷却する直接焼入れ処理(DQ)を行った。また、一部では、熱間圧延終了後空冷したのちさらに表2に示す加熱温度に再加熱したのち、水冷し、表2に示す冷却停止温度まで冷却する再加熱焼入れ処理(RQ)を行った。なお、一部の鋼板では、表2に示す焼戻温度に加熱し焼き戻す焼戻処理を施した。
【0071】
得られた鋼板から、試験片を採取し、組織観察、固溶Cr、Mo量測定、表面硬さ試験、シャルピー衝撃試験、耐腐食摩耗試験を実施した。試験方法は次のとおりとした。
(1)組織観察
得られた鋼板の板厚1/4位置から、観察面が圧延方向に対して垂直な断面となるように組織観察用試験片を採取した。得られた組織観察用試験片の観察面を研磨し、ピクリン酸腐食液で腐食して旧γ粒界を現出させたのち、光学顕微鏡(倍率:400倍)を用いて観察し、撮像した。得られた組織写真から、画像解析により、旧γ粒の面積を測定し各旧γ粒の円相当径を求めた。なお、測定した旧γ粒は各100個以上とした。得られた各旧γ粒の円相当径を算術平均して、その平均値を当該鋼板の旧γ粒の平均粒径とした。
【0072】
また、研磨した織観察用試験片についてナイタール液で腐食し、走査型電子顕微鏡(倍率:2000〜5000倍)を用いて組織観察し、撮像した。なお、観察は各10視野以上とした。得られた組織写真から組織を同定し、画像解析により、各相の面積を測定し、組織全体に対する割合(面積率)を求め、体積率に換算して、当該相の組織分率とした。なお、本発明では、マルテンサイト相、焼戻マルテンサイト相、下部ベイナイト相を合わせて低温変態相と称する。焼戻マルテンサイト相は、マルテンサイト変態後の冷却中にラス内に炭化物が生成した自己焼戻マルテンサイトおよび靭性や加工性を改善するために意図的に300℃以下で焼戻された低温焼戻マルテンサイトを含む。また、下部ベイナイト相は、ベイニティックフェライト内に微細炭化物が析出した相をいい、マルテンサイト相は、炭化物が生成していない焼入れままのマルテンサイトをいう。
(2)固溶Cr、Mo量測定
得られた鋼板から、電解抽出用試験片を採取し、10%AA電解液(10%アセチルアセトン−1%塩化テトラメチルアンモニウム−メチルアルコール電解液)中で電解し、残渣を抽出した。得られた抽出残渣について、ICP発光分光分析法を用いて、抽出残渣中に含まれるCr、Mo量を分析し、析出物となっているCr量および析出物となっているMo量とした。得られた析出物となっているCr量を全Cr量から差し引き、固溶Cr量(Crsol)を算出した。また、得られた析出物となっているMo量を全Mo量から差し引き、固溶Mo量(Mosol)を算出した。
(3)表面硬さ試験
得られた鋼板の表面から0.5mm位置が測定面となるように表面硬さ測定用試験片を採取し、JIS Z 2243(2008)の規定に準拠して、表面硬さHBW10/3000を測定した。硬さ測定は、10mmのタングステン硬球を使用し、荷重は3000kgfで行った。なお、表面から0.5mm位置置で、5点以上測定することとし、得られた測定値の算術平均を求め、平均値を、当該鋼板の表面硬さとした。
(4)シャルピー衝撃試験
得られた鋼板の板厚1/4位置からで、試験片の長さ方向が圧延方向に垂直な方向(C方向)となるように、Vノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242(2005)の規定に準拠して、シャルピー衝撃試験を実施した。試験温度は−40℃とし、吸収エネルギーvE
−40(J)を求めた。なお、試験片本数は各3本とし、その算術平均を当該鋼板の吸収エネルギーvE
−40とした。vE
−40が30J以上である鋼板を、「母材低温靱性」に優れる鋼板と評価した。
(5)耐腐食摩耗試験
得られた鋼板から、試験面(摩耗面)が、表面から板厚方向に0.5mmの位置となるように摩耗試験片(大きさ:10mm厚×25mm幅×75mm長さ)を採取した。これら試験片を摩耗試験機に装着し、摩耗試験を実施した。
【0073】
摩耗試験片は、試験機回転子の回転軸と垂直に、かつ25mm×75mmの面が回転円の円周接線方向となるように、取り付けたのち、試験片および回転子を外槽で覆い、内部に摩耗材を導入した。摩耗材は、平均粒径0.65mmの硅砂および濃度が15000質量ppmとなるよう調製したNaCl水溶液を、硅砂とNaCl水溶液の重量比が3:2となるよう混合したものを用いた。
【0074】
試験条件は、回転子:600回/min、外槽:45回/minとして、それぞれ回転させて行った。回転子の回転数が、計10800回となるまで回転させたのち、試験を終了した。試験終了後、各試験片の重量を測定した。そして、試験後重量と初期重量との差(=重量減少量)を算出した。なお、従来例として、引張強さ400MPa級一般構造用圧延鋼材SS400(JIS G3101)から採取した摩耗試験片について、同様に摩耗試験を実施し、試験片の重量減少量を求めた。
【0075】
得られた試験片の重量減少量を、従来例の試験片重量減少量を基準値とし、耐摩耗比(=(基準値)/(試験片の重量減少量))を算出した。そして、耐摩耗比が2.60以上である場合を「耐腐食摩耗性に優れる」と評価した。
【0076】
得られた結果を表3に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
【表3】
【0080】
本発明例はいずれも、表面硬さがHBW10/3000で500以上の表面硬さを有し、vE
−40:30J以上の優れた低温靱性と、耐摩耗比:2.60以上の優れた耐腐食摩耗性を有している。一方、本発明範囲を外れる比較例は、表面硬さがHBW10/3000で500未満と低いか、低温靱性がvE
−40:30J未満と低下しているか、あるいは耐腐食摩耗性が耐摩耗比:2.60未満と低下しているか、あるいは表面硬さ、低温靭性、耐腐食摩耗性のうちの2つ以上が低下している。