(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
船舶や海洋構造物、圧力容器に用いられる鋼は溶接接合して、所望の形状の構造物として仕上げられる。そのため、これらの鋼には、構造物の安全性の観点から母材の強度が高く、靭性が優れていることはもちろんのこと、溶接継手部(溶接金属や熱影響部)の靭性にも優れていることが要求される。
【0003】
鋼の靭性の評価基準としては、従来、主にシャルピー衝撃試験による吸収エネルギーが用いられてきたが、近年では、より信頼性を高めるために、き裂開口変位試験(Crack Tip Opening Displacement Test、以下CTOD試験とし、この試験での評価結果をCTOD特性またはCTOD値という)が用いられることが多い。この試験は、靭性評価部に疲労予き裂を発生させた試験片を3点曲げし、破壊直前のき裂の口開き量(塑性変形量)を測定して脆性破壊の発生抵抗を評価するものである。
【0004】
このCTOD試験では、疲労予き裂を用いるので極めて微小な領域が靭性評価部となり、局所脆化域が存在すると、シャルピー衝撃試験で良好な靭性が得られても、低い靭性を示す場合がある。
【0005】
前記局所脆化域は、板厚が厚い鋼などに多層盛溶接を施した際に、複雑な熱履歴を受ける溶接熱影響部(以下、HAZとも称する)で発生しやすく、具体的には、ボンド部(溶接金属と母材の境界)やボンド部が2相域に再加熱される部分(1サイクル目の溶接で粗粒となり、後続の溶接パスによりフェライトとオーステナイトの2相域に加熱される領域、以下2相域再加熱部という)が局所脆化域となる。
【0006】
前記ボンド部は、融点直下の高温にさらされるため、オーステナイト粒が粗大化し、引き続く冷却により靭性の低い上部ベイナイト組織に変態しやすいことから、マトリクス自体の靭性が低い。また、ボンド部では、ウッドマンステッテン組織や島状マルテンサイト(MA)などの脆化組織が生成しやすく、靭性はさらに低下する。
【0007】
溶接熱影響部の靭性を向上させるため、例えば鋼中にTiNを微細分散させ、オーステナイト粒の粗大化を抑制したり、フェライト変態核として利用したりする技術が実用化されている。しかしながら、ボンド部においてはTiNが溶解する温度域にまで加熱されることがあり、溶接部の低温靭性要求が厳しいほど、上述の作用効果が発揮されなくなる。
【0008】
一方、特許文献1や特許文献2には、希土類元素(REM)をTiと共に複合添加して鋼中に微細粒子を分散させることにより、オーステナイトの粒成長を抑制し、溶接部靭性を向上させる技術が開示されている。
【0009】
その他に、Tiの酸化物を分散させる技術や、BNのフェライト核生成能と酸化物分散を組み合わせる技術、さらにはCaやREMを添加して硫化物の形態を制御することにより、靭性を高める技術も、提案されている。
【0010】
しかし、これらの技術は、比較的低強度で合金元素量の少ない鋼材が対象であるところ、より高強度で合金元素量の多い鋼材の場合はHAZ組織がフェライトを含まない組織となるために、適用できない。
【0011】
そのため、溶接熱影響部においてフェライトを生成しやすくする技術として、特許文献3には、主にMnの添加量を2%以上に高める技術が開示されている。しかし、連続鋳造材ではスラブの中心部にMnが偏析しやすく、母材のみならず溶接熱影響部でも中心偏析部は硬度を増し破壊の起点となるため、母材およびHAZ靭性の低下を引き起こす。
【0012】
一方、2相域再加熱部は、2相域再加熱で、オーステナイトに逆変態した領域に炭素が濃化して、冷却中に島状マルテンサイトを含む脆弱なベイナイト組織が生成され、靭性が低下する。そのため、鋼組成を低C、低Si化し島状マルテンサイトの生成を抑制して靭性を向上し、Cuを添加することにより母材強度を確保する技術が開示されている(例えば、特許文献4および5)。これらは、時効処理によるCuの析出で強度を高めるものであるが、多量のCuを添加するために熱間延性が低下し、生産性を阻害する。
【0013】
ところで、船舶や海洋構造物、圧力容器、ペンストックなど、鉄鋼構造物においては、その大型化に伴い、鋼材に対しては一層の高強度化が要望されている。これら鉄鋼構造物に用いられる鋼材は、例えば、板厚が35mm以上100mm以下の厚肉材が多いので、降伏応力420MPa級やそれ以上の強度を確保するためには合金元素の多い鋼成分系が有利である。 この合金元素の多い鋼成分系において、ボンド部や2相域再加熱部の靭性を確保するのが難しいことは上述のとおりである。
【0014】
この点、特許文献6には、所定の成分組成の下に炭素当量Ceqを規定して、合金元素の多い鋼成分系であっても、420MPa以上の降伏応力と良好な低温靭性(CTOD特性)とを実現することが提案されている。この提案の技術によって、上記した使途の鉄鋼構造物に用いて好適な降伏応力(YS)が420MPa以上で、小〜中入熱による多層溶接部の溶接熱影響部の低温靭性(CTOD特性)に優れる高張力鋼板とその製造方法を提供することが可能になった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
近年、上記した使途の鉄鋼構造物は、益々重厚長大化する傾向にあり、中でも船舶や海洋構造物においては降伏応力(YS)が高くかつ溶接熱影響部の低温靭性(CTOD特性)に優れる、厚い素材の提供が希求されている。特に、優れたCTOD特性と460MPa以上の降伏応力とを有する、35mm以上100mm以下の厚板に対する要望が強い。
上記した特許文献6に記載の技術によって、合金元素の多い鋼成分系であっても420MPa以上の降伏応力と良好な低温靭性(CTOD特性)とを実現するための方途は拓かれたが、例えば厚みが50mm超の厚板においても厚みが50mmの鋼板の場合と同様に、十分な特性を得るまでには至っていない。すなわち、特許文献6に記載の技術によって、板厚が50mmの鋼板では500MPa以上の降伏応力が得られているが、板厚が50mm超になると板厚70mmで462MPa止まりの降伏応力になり、降伏応力が板厚の影響を受けることになる。
また、特許文献6に記載のように、さらに高強度化を狙って、420MPa以上級の材料に添加元素を単に添加すると、CTOD特性が劣化してしまう場合があった。
【0017】
そこで、本発明は、板厚35mm〜100mmの厚鋼板においても降伏応力が460MPa以上でかつCTOD亀裂開口変位が0.5mm以上を安定的に示す鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者等は、次に示す技術思想の下に、具体的な成分設計を行って本発明を完成するに到った。
i)CTOD特性は、鋼板全厚の試験片で評価されるため、成分の濃化する中心偏析部が破壊の起点となる。従って、溶接熱影響部のCTOD特性を向上するため、鋼板の中心偏析として濃化しやすい元素を適正量に制御し、中心偏析部の硬化を抑制する。溶鋼が凝固する際に最終凝固部となるスラブの中心において、C、Mn、P、Ni及びNbが他の元素に比べて濃化度が高いため、これらの元素の添加量を中心偏析部硬さ指標により制御して中心偏析での硬さを抑制する。
【0019】
ii)溶接熱影響部の靭性を向上させるため、TiNを有効利用して溶接ボンド部近傍でオーステナイト粒の粗大化を抑制する。Ti/Nを適正量に制御することにより、鋼中にTiNを均一に微細分散できる。
【0020】
iii)硫化物の形態制御を目的として添加しているCaの化合物(CaS)の晶出を溶接熱影響部の靭性向上に利用する。CaSは、酸化物に比べて低温で晶出するため、均一に微細分散することができる。そして、CaSの添加量および添加時の溶鋼中の溶存酸素量を適正範囲に制御することによって、CaS晶出後でも固溶Sが確保されるので、CaSの表面上にMnSが析出して複合硫化物を形成する。このMnSの周囲には、Mnの希薄帯が形成されるので、フェライト変態がより促進される。
【0021】
iv)また、CTOD値と強度とはトレードオフの関係なので、従来の高C−高Pの組成ではCeqを上昇させると、CTOD値が不十分となってしまう。それを解決するために、低C−低P−高Niの組成とすることで強度−CTOD値のバランスが改善することを見出した。
【0022】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.02〜0.08%、
Si:0.01〜0.35%、
Mn:1.4〜2.0%、
P:0.007%以下、
S:0.0035%以下、
Al:0.010〜0.060%、
Ni:0.5〜2.0%、
Mo:0.10〜0.50%、
Nb:0.005〜0.040%、
Ti:0.005〜0.025%、
B:0.0003%未満、
N:0.002〜0.005%、
Ca:0.0005〜0.0050%および
O:0.0030%以下
を含有し、下記(1)式で規定されるCeq:0.420〜0.520、Ti/N:1.5〜4.0、並びに、下記(2)式及び(3)式を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする高張力鋼板。
記
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 ・・・(1)
0<[[Ca]−(0.18+130×[Ca])×[O]]/1.25/[S]<1 ・・・(2)
5.5[C]
4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+7.9[Nb]
1/2+0.53[Mo]≦3.70・・・(3)
ここで、[ ]は該括弧内の元素の含有量(質量%)
【0023】
2.前記成分組成は、更に、質量%で、
Cu:0.7%以下、
Cr:0.1〜1.0%および
V:0.005〜0.050%
の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする前記1に記載の高張力鋼板。
【0024】
3.前記鋼板の中心偏析部の硬さが下記(4)式を満足することを特徴とする前記1または2に記載の高張力鋼板。
記
Hvmax/Hvave≦1.35+0.006/[C]−t/500 ・・・・・(4)
ここで、Hvmax:中心偏析部のビッカース硬さの最大値、
Hvave:表裏面から板厚の1/4までと中心偏析部とを除く部分の ビッカース硬さの平均値、
[C]:C含有量(質量%)
t:鋼板の板厚(mm)
【0025】
4.前記1または2に記載の成分組成を有する鋼を、1030〜1200℃に加熱後、950℃以上の温度域における累積圧下率が30%以上、950℃未満の温度域における累積圧下率が30〜70%となる熱間圧延を施し、その後、600℃以下までを冷却速度1.0℃/s以上で冷却後、450〜650℃に焼戻し処理を施すことを特徴とする高張力鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、海洋構造物などの大型の鉄鋼構造物に用いて好適な、降伏応力(YS)が460MPa以上で、小〜中入熱の多層溶接部の低温靭性、特にCTOD特性に優れる高張力鋼板を、35mm以上100mm以下の厚さにおいても厚みに関わらずに安定して提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明について具体的に説明する。まず、本発明において、鋼の成分組成を上記した範囲に限定した理由について、成分毎に説明する。なお、以下に述べる鋼の成分組成を示す%表示は、特に断らない限り質量%を意味する。
C:0.02〜0.08%
Cは、高張力鋼板としての母材強度確保に必要な元素である。Cが0.02未満では焼入性が低下し、強度確保のために、Cu、Ni、CrおよびMoなどの焼入性向上元素の多量添加が必要となり、コスト高並びに溶接性の低下を招く。一方、C量が0.080%を超えると、溶接部靭性が劣化する。従って、C量は0.02〜0.08%の範囲とする。好ましくは、0.07%以下である。さらに好ましくは、0.03〜0.07%である。
【0028】
Si:0.01〜0.35%
Siは、脱酸材として、また、母材強度を得るために添加する成分である。しかし、0.30%を超える多量の添加は、溶接性の低下と溶接継手靭性の低下を招くので、Si量は0.01〜0.35%とする必要がある。好ましくは、0.23%以下である。さらに好ましくは、0.01〜0.20%である。
【0029】
Mn:1.4〜2.0%
Mnは、母材強度および溶接継手強度を確保するため、1.4%以上添加する。しかし、2.0%を超える添加は、溶接性を低下させ、焼入性が過剰となり、母材靭性および溶接継手靭性を低下させるため、1.4〜2.0%の範囲とする。さらに好ましくは、1.40〜1.85%である。
【0030】
P:0.007%以下
Pは、不純物元素であり、母材靭性および溶接部靭性を低下させ、特に溶接部において含有量が0.007%を超えるとCTOD特性が著しく低下するため、0.007%以下とする。
ここで、特にCTOD特性を改善するには、Pを0.007%以下かつCを0.070%以下とした上で、Niを0.5%以上は添加することが肝要である。なぜなら、Pはマトリックスの脆化や中心偏析を悪化させること、Cは中心偏析の助長と島状マルテンサイトを増加させること、によって溶接部靭性を低下させる一方、Niはマトリックス靭性の向上により溶接部靭性を改善するからである。
【0031】
S:0.0035%以下
Sは、不可避的に混入する不純物であり、0.0035%を超えて含有すると母材および溶接部靭性を低下させるため、0.0035%以下とする。好ましくは、0.0030%以下である。
【0032】
Al:0.010〜0.060%
Alは、溶鋼を脱酸するために添加される元素であり、0.010%以上含有させる必要がある。一方、0.060%を超えて添加すると母材および溶接部靭性を低下させるとともに、溶接による希釈によって溶接金属部に混入し、靭性を低下させるので、0.060%以下に制限する。好ましくは、0.017〜0.055%である。なお、本発明においてAl量は、酸可溶性Al(Sol.Alなどとも称される)で規定するものとする。
【0033】
Ni:0.5〜2.0%
Niは、鋼の強度と靭性の向上に有効な元素であり、溶接部のCTOD特性の向上にも有効である。この効果を得るには0.5%以上の添加が必要である。しかし、Niは高価な元素であること、また過度の添加は鋳造時にスラブ表面疵の発生をまねきやすくなることから、上限を2.0%とする。さらに好ましくは、0.5〜1.8%である。
【0034】
Mo:0.10〜0.50%
Moは、母材を高強度化するのに有効な元素であり、特に高強度鋼材ではその効果が高い。この効果を発揮するには0.10%以上を含有させる。しかし、過剰に含有すると靭性に悪影響を与えるため、0.50%以下とする。さらには、0.15〜0.40%であることが好ましい。
【0035】
Nb:0.005〜0.040%
Nbは、オーステナイトの低温域における未再結晶域の形成に寄与する。その際、当該温度域で圧延を施すことにより、母材の組織微細化および高靭化を図ることができる。また、焼入れ性の向上や焼戻し軟化抵抗にも効果があり、母材強度の向上に有効な元素でもある。以上の効果を得るためには、0.005%以上含有する必要がある。しかし、0.040%を超えて含有すると靭性を劣化させるため、上限を0.040%、好ましくは0.035%とする。
【0036】
Ti:0.005〜0.025%
Tiは、溶鋼が凝固する際にTiNとなって析出し、溶接部におけるオーステナイトの粗大化を抑制し、溶接部の靭性向上に寄与する。しかし、0.005%未満の含有では、その効果が小さく、一方0.025%を超えて含有すると、TiNが粗大化して母材や溶接部靭性改善効果が得られないため、0.005〜0.025%とする。さらに好ましくは、0.006〜0.020%である。
【0037】
B:0.0003%未満
Bは、鋼がオーステナイト域から冷却される際にオーステナイト粒界に偏析し、フェライト変態を抑制し、島状マルテンサイト(M-A)を多量に含むベイナイト組織を生成させる。Bの添加は特に溶接熱影響部の組織を脆化させるため、0.0003%未満に制限する。
【0038】
N:0.002〜0.005%
Nは、TiやAlと反応して析出物を形成することによって、結晶粒を微細化し、母材靭性を向上させる。また、溶接部の組織の粗大化を抑制するTiNを形成させるために必要な元素である。これらの作用を発揮させるには、Nを0.002%以上含有することが必要である。一方、0.005%を超えて添加すると、固溶Nが母材や溶接部の靭性を著しく低下したり、TiNb複合析出物の生成に伴う固溶Nbの減少によって強度低下をまねくことから、上限を0.005%とする。さらに好ましくは、0.0025〜0.0045%である。
【0039】
Ca:0.0005〜0.0050%
Caは、Sを固定することによって靭性を向上する元素である。この効果を得るためには、少なくとも0.0005%の添加が必要である。しかし、0.0050を超えて含有してもその効果は飽和するため、0.0005〜0.0050%の範囲で添加する。さらに好ましくは、0.0008〜0.0040%である。
【0040】
O:0.0030%以下
Oは、0.0030%を超えて添加すると、母材の靭性が劣化するため、0.0030%以下、好ましくは、0.0025%以下とする。
【0041】
さらに、下記(1)式で規定されるCeq:0.420〜0.520、Ti/N:1.5〜4.0、並びに、下記(2)式及び(3)式を満たすことが肝要である。なお、各式における[ ]は、該括弧内の元素の含有量(質量%)である。
記
Ceq=[C]+[Mn]/6+([Cu]+[Ni])/15+([Cr]+[Mo]+[V])/5 ・・・(1)
0<[[Ca]−(0.18+130×[Ca])×[O]]/1.25/[S]<1 ・・・(2)
5.5[C]
4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+7.9[Nb]
1/2+0.53[Mo]≦3.70・・・(3)
【0042】
Ceq:0.420〜0.520
前記(1)式で規定されるCeqが0.420未満では降伏応力460MPa級の強度を得ることが難しくなる。特に、35mmから50mm厚程度の鋼板において460MPa級の強度を確保することは勿論のこと、50mm以上の厚鋼板においても同様に460MPa級の強度を確保するためには、Ceqが0.420以上となる成分設計を行うことが肝要である。好ましくは、Ceqを0.440超とすることによって、560MPa超の強度を確保可能になる。
一方、Ceqが0.520を超えると、溶接性や溶接部靭性が低下するため、0.520以下とする。好ましくは、Ceqを0.50以下とする。
【0043】
Ti/N:1.5〜4.0
Ti/Nが1.5未満では生成するTiN量が減少し、TiNとならない固溶Nが溶接部靭性を低下させる。また、Ti/Nが4.0を超えると、TiNが粗大化し、溶接部靭性を低下させる。従って、Ti/Nの範囲は1.5〜4.0、好ましくは、1.8〜3.5とする。なお、Ti/Nは各元素の含有量(質量%)の比である。
【0044】
0<[[Ca]−(0.18+130×[Ca])×[O]]/1.25/[S]<1
[[Ca]−(0.18+130×[Ca])×[O]]/1.25/[S]は、硫化物形態制御に有効なCaとSの原子濃度の比を示す値であり、ACR(Atomic Concentration Ratio)とも称される。この値により硫化物の形態を推定することができ、高温でも溶解しないフェライト変態生成核CaSを微細分散させるために規定する必要がある。すなわち、ACRが0以下の場合は、CaSが晶出しない。そのため、SはMnS単独の形態で析出する結果、溶接熱影響部でのフェライト生成核が得られない。また、単独で析出したMnSは、圧延時に伸長されて母材の靭性低下を引き起こすことになる。
【0045】
一方、ACRが1以上の場合には、Sが完全にCaによって固定され、フェライト生成核として働くMnSがCaS上に析出しなくなるため、複合硫化物がフェライト生成核の微細分散を実現することができなくなって、靭性向上効果が得られない。かように、ACRが0を超え1未満の場合には、CaS上にMnSが析出して複合硫化物を形成し、これがフェライト生成核として有効に機能することになる。なお、ACRは、好ましくは0.2から0.8の範囲である。
【0046】
5.5[C]
4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+7.9[Nb]
1/2+0.53[Mo]≦3.70
5.5[C]
4/3+15[P]+0.90[Mn]+0.12[Ni]+7.9[Nb]
1/2+0.53[Mo]は、中心偏析に濃化しやすい成分で構成される中心偏析部硬さ指標であり、以下の説明ではCeq*値と称する。さて、CTOD試験は鋼板全厚を対象とする試験である。従って、同試験に供する試験片は中心偏析を含み、中心偏析での成分濃化が顕著であると、溶接熱影響部に硬化域が生成するため良好なCTOD値が得られない。Ceq*値を適正範囲に制御することにより、中心偏析部における過度の硬度上昇を抑制でき、板厚が厚い鋼材の溶接部においても優れたCTOD特性が得られる。Ceq*値の適正範囲は、実験的に求められたものであり、Ceq*値が3.70を超えるとCTOD特性が低下するので3.70以下とする。好ましくは3.50以下である。
【0047】
以上が本発明の基本成分組成であるが、更に特性を向上させることを所期して、Cu:0.7%以下、Cr:0.1〜1.0%およびV:0.005〜0.050%の中から選ばれる1種または2種以上を含有することができる。
【0048】
Cu:0.7%以下
Cuは、母材の強度を高めるのに有効であり、そのためには0.1%以上で添加することが好ましい。但し、0.7%を超えての添加は、熱間延性を低下することになるため、0.7%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.6%以下とする。
【0049】
Cr:0.1〜1.0%
Crは、母材を高強度化するのに有効な元素であり、この効果を発揮するには0.1%以上を含有することが好ましい。しかし、過剰に含有すると靭性に悪影響を与えるため、添加する場合は1.0%以下とすることが好ましい。さらに、0.2〜0.8%であることが好ましい。
【0050】
V:0.005〜0.050%
Vは、0.005%以上の含有で母材の強度と靭性の向上に有効な元素であるが、含有量が0.050%を超えると靭性低下を招くため、添加する場合は0.005〜0.050%であることが好ましい。
【0051】
さらに、鋼板の中心偏析部の硬さを、以下のとおりに規定することが、CTOD特性を向上する上で有利である。
Hvmax/Hvave≦1.35+0.006/[C]−t/500
まず、上式において、Hvmaxは中心偏析部のビッカース硬さの最大値、Hvaveは鋼板の表裏面から板厚の1/4までと中心偏析部とを除く部分のビッカース硬さの平均値、[C]はC含有量(質量%)、tは板厚(mm)を示す。
すなわち、Hvmax/Hvaveは中心偏析部の硬さを表す無次元パラメータであり、その値が1.35+0.006/[C]−t/500で求まる値より高くなるとCTOD値が低下するため、1.35+0.006/[C]−t/500以下とすることが好ましい。より望ましくは、1.25+0.006/[C]−t・500以下とする。
【0052】
ここで、Hvmaxは、鋼板の厚さ方向に、中心偏析部を含む(板厚/40)mmの範囲をビッカース硬さ試験機(荷重10kgf)で板厚方向に0.25mm間隔となるように測定し、得られた測定値の中の最大値とする。また、Hvaveは、鋼板表面から板厚の1/4の位置と同裏面から板厚の1/4の位置との間における中心偏析部を除く範囲を、ビッカース硬さ試験機の荷重10kgfで板厚方向に一定間隔(たとえば1〜2mm)にて測定した値の平均値とする。
【0053】
次に、本発明の鋼板の製造方法について、詳しく説明する。
本発明に従う成分組成に調整した溶鋼を、転炉、電気炉または真空溶解炉などを用いた通常の方法で溶製し、次いで、連続鋳造の工程を経てスラブとした後、熱間圧延により所望の板厚とし、その後冷却し、焼戻し処理を施す。その際、熱間圧延における、スラブ加熱温度および圧下率を規定することが特に重要である。
【0054】
なお、本発明において、特に記載しない限り、鋼板の温度条件は、鋼板の板厚中心部の温度で規定するものとする。板厚中心部の温度は、板厚、表面温度および冷却条件などから、シミュレーション計算などにより求められる。たとえば、差分法を用い、板厚方向の温度分布を計算することにより、板厚中心部の温度を求めることができる。
【0055】
スラブ加熱温度:1030〜1200℃
スラブ加熱温度は、スラブに存在する鋳造欠陥を熱間圧延によって着実に圧着させるため1030℃以上とする。一方、1200℃を超える温度に加熱すると、凝固時に析出したTiNが粗大化し、母材や溶接部の靭性が低下するため、加熱温度の上限を1200℃とする。
【0056】
950℃以上の温度域における熱間圧延の累積圧下率:30%以上
オーステナイト粒を再結晶により微細なミクロ組織とするためには、熱間圧延における累積圧下率を30%以上とする。なぜなら、30%未満では、加熱時に生成した異常粗大粒が残存して、母材の靭性に悪影響を及ぼすからである。
【0057】
950℃未満の温度域における熱間圧延の累積圧下率:30〜70%
この温度域で圧延されたオーステナイト粒は十分に再結晶しないため、圧延後のオーステナイト粒は偏平に変形したままで、内部に変形帯などの欠陥を多量に含む内部歪の高い状態となる。これらのオーステナイト粒は、フェライト変態の駆動力として働き、フェライト変態を促進する。
【0058】
しかし、累積圧下率が30%未満では、内部歪による内部エネルギーの蓄積が十分でないためフェライト変態が起こりにくく母材靭性が低下する。一方、累積圧下率が70%を超えると、逆にポリゴナルフェライトの生成が促進されて、高強度と高靭性が両立しない。
【0059】
600℃以下まで冷却速度1.0℃/s以上
熱間圧延後、冷却速度1.0℃/s以上で600℃以下まで加速冷却する。すなわち、冷却速度が1.0℃/s未満では十分な母材の強度が得られない。また、600℃より高い温度で冷却を停止すると、フェライト+パーライトや上部ベイナイトなどの組織の分率が高くなり、高強度と高靭性とが両立しない。なお、加速冷却後に焼戻しを実施する場合には、加速冷却の停止温度の下限は特に限定されるものではない。一方、後工程で焼戻しを実施しない場合には、加速冷却の停止温度を350℃以上とすることが好ましい。
【0060】
焼戻し温度:450℃〜650℃
焼戻し温度が450℃未満では、十分な焼戻しの効果が得られない。一方、650℃を超える温度で焼戻しを行うと、炭窒化物が粗大に析出して靭性が低下し、また、強度の低下を引き起こすこともあるため、好ましくない。また、焼戻しは誘導加熱により行うことにて焼戻し時の炭化物の粗大化が抑制されるため、より好ましい。その場合は、差分法などのシミュレーションによって計算される鋼板の中心温度が450℃〜650℃となるように制御する。
【0061】
本発明鋼は、溶接熱影響部のオーステナイト粒の粗大化を抑制し、更に、高温でも溶解しないフェライト変態生成核を微細に分散させて、溶接熱影響部の組織を微細化するため、高い靭性が得られる。また、多層溶接時の熱サイクルにより2相域に再加熱される領域においても、最初の溶接による溶接熱影響部の組織が微細化されているため、2相域再加熱領域で未変態領域の靭性が向上し、再変態するオーステナイト粒も微細化し、靭性の低下度合いを小さくすることが可能である。
【実施例】
【0062】
表1に示す鋼記号A〜ZおよびA1の成分組成を有する、連続鋳造スラブを素材とし、熱間圧延と熱処理を行い、厚さが50mm〜100mmの厚鋼板を製造した。母材の評価方法として、引張試験は鋼板の板厚の1/2位置より試験片の長手方向が鋼板の圧延方向と垂直になるようにJIS4号試験片を採取し、JIS Z2241に従って降伏応力(YS)および引張強さ(TS)を測定した。
【0063】
また、シャルピー衝撃試験は、鋼板の板厚の1/2位置より試験片の長手方向が鋼板の圧延方向と垂直になるようにJIS Vノッチ試験片を採取し、−40℃における吸収エネルギーvE
-40℃を測定した。YS≧460MPa、TS≧570MPaおよびvE
-40℃≧200Jの全てを満たすものを母材特性が良好と評価した。
【0064】
溶接部靭性の評価は、K型開先を用いて、溶接入熱35kJ/cmのサブマージアーク溶接による多層盛溶接継手を作製し、鋼板の板厚の1/4位置のストレート側の溶接ボンド部をシャルピー衝撃試験のノッチ位置として、−40℃の温度における吸収エネルギーvE
-40℃を測定した。そして、3本の平均がvE
-40℃≧150Jを満足するものを溶接部継手靭性が良好と判断した。
【0065】
また、ストレート側の溶接ボンド部を三点曲げCTOD試験片のノッチ位置として、−10℃におけるCTOD値であるδ−10℃を測定し、試験数量3本のうちCTOD値(δ−10℃)の最小値が0.50mm以上である場合を、溶接継手のCTOD特性が良好と判断した。
【0066】
表2に熱間圧延条件及び熱処理条件と共に、母材特性と上記溶接部のシャルピー衝撃試験結果及びCTOD試験結果とを示す。なお、母材の強度または靭性が目標に達していない鋼板の一部で、継手を作製せずにその評価を行っていないものがある。
【0067】
表1において、鋼A〜EおよびA1は発明例であり、鋼F〜Zは成分組成のいずれかの成分量が本発明範囲外の比較例である。
試料No.1〜10および31は、いずれも発明例であり、溶接ボンド部のシャルピー衝撃試験の結果および溶接ボンド部の三点曲げCTOD試験の結果は満足するものであった。特に、試料No.4および5は、Ceqが本発明の範囲内にあり、板厚が50mmから100mmになっても、YP:460MPa以上が達成されている。
【0068】
一方、試料No.11〜30は、鋼組成が本発明の範囲外であり、母材靭性又は溶接ボンド部のシャルピー衝撃試験の結果および溶接ボンド部の三点曲げCTOD試験の結果は満足するものではなかった。
【0069】
【表1】
【表2】